説明

トルクリミッタ用潤滑油および潤滑グリース

【課題】高温・高湿環境下においても、トルクの変動が少なく、油膜切れによる金属接触を抑制することでビビリの発生を抑え軸受の長寿命化を可能とし、かつ耐ケミカルアタック性に優れる。
【解決手段】 40℃における動粘度が500〜1200mm2/sの合成飽和炭化水素油からなる基油に乳化剤が配合された潤滑油、または該基油に増ちょう剤と乳化剤が配合された潤滑グリースであり、上記乳化剤はスルホン酸金属塩であり、ケミカルアタック性を生じさせない溶媒に溶解されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、事務機等に使用されるトルクリミッタにおいて、潤滑に厳しい高温高湿の環境にも影響されず、発生トルクの安定化と軸受寿命の延長を図るために用いられる潤滑油および潤滑グリースに関する。
【背景技術】
【0002】
トルクリミッタには、ばねの内輪に対するラジアル方向の緊縛力を利用したもの、摩擦板をばねで摩擦板にスラスト方向に押し当ててすりあわせてトルクを発生させるものがあるが、いずれも摩擦力によりトルクを発生させている。トルクリミッタに関しては、多くの先行技術が知られている(例えば特許文献1〜4)。
これらトルクリミッタの内輪とばねまたは摩擦板、摩擦板と摩擦板間の摩耗、異常発熱、焼付き異音等を防止するために潤滑油、潤滑グリースが用いられている。また、トルクリミッタの内輪は金属の焼結材となっており、潤滑油を含浸させて使用する潤滑機構となっている。
従来、トルクリミッタ用潤滑油および潤滑グリースには、鉱物油、芳香族化合物、エステルなどを基油に使用し、耐摩耗剤等の各種添加剤を用途に応じて添加したものが多く使用されている。トルクリミッタに必要とされる性能は、長期間に渡っての油膜確保・維持であり、いかに金属接触を抑制し、摩擦係数を安定化できるかによりトルクリミッタの性能が左右される。特に、複写機、プリンタ等の紙送り装置やリボン・シート等のテンション機構に使用されるトルクリミッタには、トルクの変動が極めて少なく、かつ金属接触音を発生しない潤滑剤が要望されている。
【0003】
また、トルクリミッタ使用の複写機等の事務機は、使用環境が異なるため、様々な環境下で問題なく使用できることが求められている。特に油膜形成が困難な高温・高湿(例えば、40℃、相対湿度RH90%付近を想定)環境下において、トルクの変動が極めて少なく、かつ金属接触音を発生しない潤滑油等が要望されている。
さらに、トルクリミッタの周辺部品には加工性の良いポリカーボネート樹脂やABS樹脂などの樹脂が使用され、トルクリミッタに使用される潤滑油等の漏洩等による油やその蒸気等の接触によって樹脂材にヒビ、ワレや面粗れが発生し、いわゆるケミカルアタック現象が生じる場合がある。例えば、エステルや芳香族化合物を基油に用いた潤滑油等は、油膜形成能力が高くトルクリミッタに必要とされるトルク性能等を満足させる潤滑油等として知られているが、そのような分子内に芳香環や極性基を持つ基油を主体とする潤滑油等は、ケミカルアタックを起こしやすく、また、エステル系基油は高温・高湿下で加水分解を生じやすいという問題がある。
耐ケミカルアタック性を抑えるために、基油に防錆剤および酸化防止剤が配合された防錆油が知られており、該防錆油は、上記基油がポリオレフィン油を含有し、上記防錆剤がスルホン酸の金属塩およびモノカルボン酸の金属塩から選ばれた少なくとも1つの金属塩であり、上記酸化防止剤がフェノール系酸化防止剤としている(特許文献5)。
また、トルクの変動が少なく、油膜切れによる金属接触を抑制することによりトルクリミッタの長寿命化を可能とし、かつ耐樹脂性に優れたトルクリミッタ用潤滑油および潤滑グリースとして、基油が、合成飽和炭化水素化合物であり、かつ、潤滑油全量に対し、脂肪族系のリン酸エステルおよび亜リン酸エステルから選択される少なくとも1種のリン酸系エステルを1〜8重量%配合してなるトルクリミッタ用含浸軸受潤滑油または潤滑グリースが知られている(特許文献6)。
【0004】
しかしながら、複写機、プリンタの給紙部にはトルクリミッタが持つ発生トルクを利用して、紙さばき機構部品として使用される。高温・高湿環境下では、潤滑油の粘度が低下して油膜厚さが小さくなるとともに、空気中の水分が水滴状となって潤滑油に浸入し、潤滑面に水が介入する。そのため、油膜切れが早期に発生してビビリ(トルク異常)を引き起こし、給紙機能の低下を引き起こすという問題がある。特に露点温度付近の高湿環境下においてビビリが発生しやすいという問題がある。
【特許文献1】特開平8−270675号公報
【特許文献2】特開平7−301248号公報
【特許文献3】特開平6−235447号公報
【特許文献4】実開平5−8062号公報
【特許文献5】特開2002−348688号公報
【特許文献6】特開2002−249794号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、事務機等に使用されるトルクリミッタにおいて、高温・高湿環境下においても、トルクの変動が少なく、油膜切れによる金属接触を抑制することにより軸受の長寿命化を可能とし、かつ耐ケミカルアタック性に優れたトルクリミッタ用潤滑油および潤滑グリースを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のトルクリミッタ用潤滑油は、40℃における動粘度が500〜1200mm2/sの合成飽和炭化水素油からなる基油に乳化剤が配合されていることを特徴とする。
本発明のトルクリミッタ用潤滑グリースは、40℃における動粘度が500〜1200mm2/sの合成飽和炭化水素油からなる基油に乳化剤および増ちょう剤が配合されてなることを特徴とする。
上記トルクリミッタ用潤滑油または潤滑グリースに用いられる乳化剤がスルホン酸金属塩であり、また、ケミカルアタック性を生じさせない溶媒に溶解された溶液であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明のトルクリミッタ用潤滑油または潤滑グリースは、動粘度が500〜1200mm2/sの合成飽和炭化水素油を基油に用い、スルホン酸金属塩を乳化剤に用いるので、潤滑剤に浸入する水滴を乳化剤で極微小水滴にするとともに、高粘度により、油膜切れを抑えることができる。また、合成飽和炭化水素油とスルホン酸金属塩を主成分とすることにより、他の極性成分を含む添加剤を少なくできるので樹脂材料に対する耐ケミカルアタック性に優れる。このため、本発明のトルクリミッタ用潤滑油または潤滑グリースを配合したトルクリミッタは、高温・高湿環境下においても、トルクの変動が少なく、良好なトルク安定性を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の潤滑油または潤滑グリースに用いることができる基油は、合成飽和炭化水素油である。好ましくはα−オレフィンのオリゴマーであり、例えばブテン−1、イソブチレン−1、α一オクテン、デセン−1等の炭素数3〜20程度α−オレフィンの重合体または共重合体であり、これらは通常、常温液状のオリゴマーである。共重合体としては、エチレンと上記α−オレフィンの共重合体がある。
【0009】
好ましい基油としては、[化1]で示されるポリ−α−オレフィンあるいは[化2]で示されるエチレン−α−オレフィン共重合体の水素化物が挙げられる。ポリ−α−オレフィンとしては炭素数6〜18のα−オレフィンのオリゴマー水素化物が好ましく使用され、エチレン−α−オレフィン共重合体としては、エチレンと炭素数3〜10のα−オレフィンの共重合体水素化物が好ましく使用される。
【化1】

ここで、nは 4〜16 の整数、mは 1〜6 の整数である。
【化2】

ここで、nは 1〜8 の整数、mは 1〜3 の整数、qは 1〜3 の整数、pはポリオレフィン油の粘度により異なる整数である。
【0010】
結露が生じるような高湿環境下において、微小水滴が潤滑油または潤滑グリース内に乳化した状態で、トルクリミッタに安定したトルクを発生させるために、基油として用いられる場合のポリオレフィン油は、40℃における動粘度が500〜1200mm2/s、好ましくは700〜900mm2/sである。500未満の動粘度であると微小水滴が乳化している高温・高湿環境下において油膜切れが生じやすくなり、1200mm2/sをこえるとトルクの初期低下量が大きくなる。
上記基油としては、特にポリ−α−オレフィンが好ましく用いられ、所定の基油粘度にするために、異なる粘度のポリ−α−オレフィンを2種類以上混ぜて使用できるが、単独で使用することが好ましい。
【0011】
上記の基油は粘度が高いため、油膜形成能力が高い。従って、トルクリミッタのビビリならびに軸受の摩耗を抑制する効果が大きく、軸受の長寿命化が図れる。これらの基油は耐ケミカルアタック性に優れるため、何らかの原因によりトルクリミッタ外部に潤滑油組成物が漏洩した場合、周辺部品の合成樹脂成形品に接触した場合にも、ケミカルアタックを生じない。
【0012】
本発明に用いる乳化剤としては、結露が生じるような高湿環境下において、合成飽和炭化水素油に混入した微小水滴を乳化できる乳化剤であれば使用できる。本発明に好適な乳化剤としては下記[化3]で表されるスルホン酸金属塩が挙げられる。
[化3]
(RSO3)nM
[化3]において、Rとしてはアルキル基、アルケニル基、アルキルベンゼンであり、Mは金属を表し、アルカリ土類金属またはアルカリ金属が好ましい。具体的にはカルシウム、バリウム、マグネシウム、ナトリウム等を例示できる。nは1または2である。本発明においては、上記のものを2種以上組み合わせて使用することができる。
【0013】
上記の乳化剤の作用としては、潤滑剤中に浸入した水を速やかに乳化させることで、油膜切れを防止する効果が求められる。そのため、乳化剤には分子内に適当な分子量の疎水基と極性の高い親水基を併せ持つ構造が必要になる。粘度が低い潤滑剤中に水が存在する場合には潤滑剤の油膜形成能力が低いため、乳化された水の影響で油膜が切れる。しかし、粘度が高い潤滑剤中に水が存在する場合には潤滑剤の油膜形成能力が高いため、乳化された水の影響を受けにくく、油膜切れが起こりにくい。
【0014】
上記乳化剤としてのスルホン酸金属塩の配合量は、スルホン酸金属塩の配合量として、基油全量に対し、0.5〜12重量%配合する。配合量が0.5重量%未満であると、乳化性に効果がなく、配合量が12重量%をこえると基油に対する溶解性、トルク安定性や耐ケミカルアタック性に悪影響を及ぼす。高湿環境でのトルクリミッタの性能と耐ケミカルアタック性を考慮すると、より好ましい配合量は1〜8重量%である。
【0015】
上記乳化剤は後述する耐ケミカルアタック性に優れた溶媒にスルホン酸金属塩を溶解することが、他の油、添加剤との相溶性をよくして乳化を促進させるため好ましい。耐ケミカルアタック性に優れた溶媒としては、無極性の溶媒が好ましく、鉱物油または合成飽和炭化水素油が挙げられる。
スルホン酸金属塩の鉱物油または合成飽和炭化水素油溶液中におけるスルホン酸金属塩の濃度としては、20〜80重量%、好ましくは30〜70重量%である。このため、スルホン酸金属塩鉱物油等溶液の配合量は、基油全量に対し、2.5〜15重量%になる。
【0016】
また、本発明では上記基油および乳化剤としてのスルホン酸金属塩を必須成分として含む潤滑油に増ちょう剤を配合することにより潤滑グリースとして使用することができる。
潤滑グリースとする場合の増ちょう剤は、基油中に分散し、ミセル構造をとって半固体状を呈する役割を担うものであり、ナトリウム石けん、リチウム石けん、カルシウム石けん、バリウム石けん、カルシウムコンプレックス石けん、アルミニウムコンプレックス石けん、リチウムコンプレックス石けん、バリウムコンプレックス石けん等の金属石けん等やべントン、シリカエアロゲル、ナトリウムテレフタレート、ウレア、ポリテトラフルオロエチレン、ヒドロキシアパタイト、ポリエチレンパウダー等の無機物、ウレア化合物、ワックス類等の非石けん系を用いることができる。好ましくは、機械的安定性や耐熱性、耐水性などトー夕ル的にバランスのとれた性能を有するリチウム系の石けんやウレア化合物等の増ちょう剤が好適である。
【0017】
本発明の潤滑油または潤滑グリースは、耐摩耗剤としてリン酸系エステルを配合することができる。
リン酸エステルとしては、下記[化4]で表されるものが使用される。
[化4]
(RO)3P=O
上記[化4]において、Rとしてはアルキル基、アルケニル基またはアリール基が挙げられる。
【0018】
上記耐摩耗剤としてのリン酸系エステルの配合量としては、潤滑油全量に対し、1〜8重量%配合する。配合量が1重量%未満であると、摩耗低減効果やトルク安定性の改善に効果がなく、配合量が8重量%をこえると耐ケミカルアタック性に悪影響を及ぼす。このようなトルクリミッタの性能と耐ケミカルアタック性を考慮すると、より好ましい配合量は3〜5重量%である。
【0019】
上記潤滑油または潤滑グリースが用いられているトルクリミッタの例を説明する。トルクリミッタの内輪とばねまたは摩擦板、摩擦板と摩擦板間の摩耗、異常発熱、焼付き異音等を防止するために上述した潤滑油または潤滑グリースが用いられている。
図1に示すトルクリミッタは、コイルばね2の内輪1に対する緊縛力によりトルクを発生させる摩擦式リミッタである。トルクリミッタは金属製内輪1の外側に、大径部、小径部のあるコイルばね2が設けられ、ばねのフック2a、2bで蓋3、外套4に係り止めされている。外套4に圧入されている蓋3を回転させることにより、ばね2の内輪に対する緊迫力が連続的に変化してトルク調整は自由自在である。ばねの巻き方向により内輪の回転方向は制限される一方向回転トルクリミッタである。
【0020】
図2に示すトルクリミッタは金属製内輪1の外側に円筒状のコイルばね2が設けられており、ばねのフック2bにて外套4に係り止めされている。また、円筒状バネであるため、トルク調整は出来ないが、内輪に対する締め代を変化させたものを組み合せることによりばねの緊迫力は変化し、トルク値は決まり、トルク調整は可能となる。本形状もばねの巻き方向により内輪の回転方向は制限される一方向回転トルクリミッタである。
【0021】
図3に示すトルクリミッタは、セパレート型の金属製内輪1の外側に図2と同様に円筒状のコイルばね2が設けられている。また、ばねは円筒状のため、トルク調整は出来ないが内輪に対するばねの締め代によりトルク値は決定される。本形状もばねの巻き方向により内輪の回転方向は制限される。
【0022】
図4に示すトルクリミッタは金属製内輪1に摩擦板5がばね2により押し当てられており、内輪−摩擦板間に働く摩擦力にてトルクを発生させるものである。ばね2の押し当て力により摩擦力を変化させることができるために、トルク調整は可能である。本形状は内輪の回転方向はばねの巻き方向に依存しない。
【実施例】
【0023】
実施例1〜実施例15、比較例1〜比較例23
次に、トルクリミッタ用潤滑油および潤滑グリースを実施例により具体的に説明する。実施例および比較例で用いた各成分の略号は次のとおりである。また、配合割合は重量%で示されている。EM1〜EM3は溶液をそのまま用いた。
PAO1:ポリ−α−オレフィン油(40℃動粘度:200mm2/S)
PAO2:ポリ−α−オレフィン油(40℃動粘度:900mm2/S)
TCP:リン酸トリクレジル
EM1:スルホン酸金属塩系乳化剤1(松村石油社製、スルホールCA−45N、スルホン酸金属塩として45重量%含有)
EM2:スルホン酸金属塩系乳化剤2(松村石油社製、スルホールBA−30N、スルホン酸金属塩として31重量%含有)
EM3:スルホン酸金属塩系乳化剤2(松村石油社製、スルホール400、スルホン酸金属塩として62重量%含有)
【0024】
表1および表2に示す割合で各成分を配合した潤滑組成物を製造した。表1は油状の潤滑油の例であり、表2は増ちょう剤としてリチウム石けん(グリース全体に対して20重量%配合)を使用した潤滑グリースの例である。なお、表1および表2中の「BaI」は、全体を100重量%として、数値(重量%)表示したもの以外の残量を表している。
【表1】

【表2】

【0025】
潤滑油および潤滑グリースを以下の方法で評価した。結果を表3および表4に示す。
<トルク安定性試験>
試験機は内製化したものを用い、評価に使用したトルクリミッタは、弊社製NTS18を用いた。図5はそのトルク安定性試験機の構造を説明するための図であり、軸回転用のモー夕6とトルク検出用のロードセル7、カップリング8、歪計9および記録計10からなる。回転軸に各サンプルオイルを含浸させた焼結内輪を用いたトルクリミッタ11をセットし、リミッタのトルク発生方向に回転させることにより、発生トルクはロードセルに伝わり、記録計により記録させるものである。なお、低速モー夕12は、高速モー夕6と切り替えて使用するものである。また、図5の左側の図は、上部から見た図である。
試験条件は、設定トルク500gf・cm、回転数50rpm、運転サイクル15秒間運転−1秒間停止の間欠運転、雰囲気温度:40℃、湿度:90%、試験時間400時間とし、測定項目は試験後の手感、0時間、200時間、400時間毎のトルクの変化(経時変化、1分間のトルク変動)、運転中のビビリ有無の確認を実施した。図5に示すトルク測定試験機により時間毎のトルク測定を行なった。試験結果表3中の○、×はトルクの安定性試験における結果を表す記号であり、1分間のトルク測定の結果、トルク低下が30gf・cm以下を「○」、30gf・cmをこえるものを「×」とした。それ以外の項目では、試験後の手感が良好だったものには「○」、不良だったものは「×」とした。
【0026】
<耐ケミカルアタック性試験>
トルクリミッタの周辺部品には加工性の良いPC(ポリカーボネート)樹脂やABS樹脂などが用いられ、トルクリミッタに用いられる潤滑剤の漏洩などによる、潤滑油または潤滑グリースとの接触により、樹脂材にヒビやワレが発生する可能性がある。そこで、本発明の潤滑油の耐ケミカルアタック性を確認するために、PC(ポリカーボネート)樹脂、ABS樹脂にて耐ケミカルアタック性のテストを行なった。
耐ケミカルアタック性は、潤滑グリース等が表面に塗布されたポリカーボネート樹脂板およびABS樹脂板に機械的応力を加えた後の樹脂板表面を観察するベンディング試験法により評価できる。
ベンディング試験法について説明する。
(1)試験装置
ベンディング試験装置の模式図を図6に示す。
試験装置13は、所定の試験片支持点距離(L)をおいて両端が移動自在に支持された試験片14と、この試験片14を載置できる試験台15と、試験片14にたわみ量(B)を与えるプローブ16と、このプローブ16を支持して、プローブ16の前進後退を可能とするたわみ量調整装置17とから構成される。
(2)試験条件
曲げ試験片: 127mm(長さ)× 12.7mm(幅)× 6.5mm(板厚)
試験片支持点距離: 100mm
試験片撓み量(支持点間距離の中心部の撓み量): 3.5mm
試験温度: 70℃
保持時間: 3時間
試験片材質1:ユーピロン S2000R(PC樹脂;三菱エンジニアリングプラスチックス社製)
試験片材質2:スタイラック 321(ABS樹脂;旭化成社製)
(3)試験方法
三点曲げ試験による。120℃で2時間アニール処理をした曲げ試験片の表面に潤滑油または潤滑グリースを塗布し、上記支持点距離で支持して塗布面の裏面より撓み量を与えて75℃×3時間空気中にて保持する。保持後のクラック有無を目視で確認する。試験片に割れ、ヒビが発生しなかった場合を「○」、試験片に割れ、ヒビが発生した場合を「×」とした。
【0027】
<乳化性テスト>
JIS K 2520に準じて乳化性テストを行なった。トルクリミッタ用潤滑油と水とを重量比で1:1の割合で混合攪拌して乳化度合いを測定した。トルクリミッタ用潤滑グリースについては、基油について水との乳化度合いを測定した。テストの結果、乳化したものを「○」、水と潤滑油に分離したものを「×」とした。
【0028】
【表3】

【表4】

【0029】
表3および表4に示す各実施例にみられるように、高温・高湿環境下でトルクリミッタとして良好なトルク性能を維持することと耐ケミカルアタック性に優れるという二つの要求を満たすためには、所定量の乳化剤の使用と、耐ケミカルアタック性に優れた飽和合成炭化水素化合物の基油(粘度900mm2/S)の使用が必要である。また、リン酸エステルの使用も好ましい。
本試験のトルク安定性の試験から、特に高湿環境においてトルクリミッタのトルク安定性を図るためには、軸受表面に付着しているオイル中に水を乳化させることが必要であり、本発明で見出された乳化剤がその作用に大きく関係することが示唆された。乳化剤が含まれていない比較例5、6、17では、乳化できない水が基油に混入して油膜切れが発生しトルク性能が不良となる。各比較例に示されているように、乳化剤の添加量が、溶液として、3〜15重量%であっても基油粘度が低い場合には油膜形成能が低いためにオイルに水が浸入して乳化してもビビリが発生する。また、乳化剤が溶液として15重量%をこえると、基油への溶解度の問題及び長期のトルク安定性に問題が生じ、耐ケミカルアタック性にも悪影響を及ぼす(比較例12、22)。さらに、耐摩耗剤として使用するリン酸エステルにも最適量が存在し、その使用量が1重量%未満であるとトルク安定効果が乏しく、8重量%をこえると、その性能以外の耐ケミカルアタック性に悪影響を及ぼしてくる(比較例13、23)。
以上の結果より、高温・高湿環境下においてもトルク安定性能に優れかつ耐ケミカルアタック性にも優れるトルクリミッタ用潤滑油または潤滑グリースとしては、基油が合成炭化水素化合物であり、基油100重量%に対し、リン酸エステルを1〜8重量%配合し、かつ、乳化剤としてスルホン酸塩を基油100重量%に対し、溶液として3〜15重量%配合するものが好適と考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明のトルクリミッタ用潤滑油または潤滑グリースは、高温・高湿環境下においても、トルクの変動が少なく、良好なトルク安定性が得られるとともに、耐ケミカルアタック性に優れるので、潤滑に厳しい高温高湿の環境下で使用されるトルクリミッタに好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】トルクリミッタの一例を示す断面図である。
【図2】トルクリミッタの他の一例を示す断面図である。
【図3】トルクリミッタの他の一例を示す断面図である。
【図4】トルクリミッタの他の一例を示す断面図である。
【図5】トルク安定性試験の模式図である。
【図6】ベンディング試験装置の模式図である。
【符号の説明】
【0032】
1 内輪
2 コイルばね
3 蓋
4 外套
5 摩擦板
6 高速モー夕
7 ロードセル
8 カップリング
9 歪計
10 記録計
11 トルクリミッタ
12 低速モー夕
13 ベンディング試験装置
14 試験片
15 試験台
16 プローブ
17 たわみ量調整装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
40℃における動粘度が500〜1200mm2/sの合成飽和炭化水素油からなる基油に乳化剤が配合されていることを特徴とするトルクリミッタ用潤滑油。
【請求項2】
前記乳化剤がスルホン酸金属塩であることを特徴とする請求項1記載のトルクリミッタ用潤滑油。
【請求項3】
前記乳化剤は、ケミカルアタック性を生じさせない溶媒に溶解された溶液であることを特徴とする請求項1または請求項2記載のトルクリミッタ用潤滑油。
【請求項4】
40℃における動粘度が500〜1200mm2/sの合成飽和炭化水素油からなる基油に乳化剤および増ちょう剤が配合されていることを特徴とするトルクリミッタ用潤滑グリース。
【請求項5】
前記乳化剤がスルホン酸金属塩であることを特徴とする請求項4記載のトルクリミッタ用潤滑グリース。
【請求項6】
前記乳化剤は、ケミカルアタック性を生じさせない溶媒に溶解された溶液であることを特徴とする請求項4または請求項5記載のトルクリミッタ用潤滑グリース。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−2157(P2006−2157A)
【公開日】平成18年1月5日(2006.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−176114(P2005−176114)
【出願日】平成17年6月16日(2005.6.16)
【分割の表示】特願2004−179180(P2004−179180)の分割
【原出願日】平成16年6月17日(2004.6.17)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】