説明

ニッケル内包フラーレンの製造方法、及び、製造装置

【課題】スピントロニクスデバイス、単分子磁気デバイス等への応用が期待されるニッケル内包フラーレンは、鉄やニッケルなどに代表される遷移金属がフラーレンとの間で効率の良い電子移動が起こらず金属原子が生成途中でフラーレンから脱離するために、ニッケル内包フラーレンの合成は困難とされていた。
【解決手段】るつぼに入れたニッケル金属に対し電子ビームを照射し、蒸発したニッケル原子に電子を衝突させ、電子とニッケルイオンからなるプラズマを生成し、プラズマとフラーレンの反応により堆積基板上にニッケル内包フラーレンを含む堆積物を形成した。電子ビームのエミッション電流を制御することにより、ニッケル内包フラーレンの高効率合成が可能になった。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラーレン分子の内部にニッケル原子を内包させたニッケル内包フラーレンの製造方法、及び、製造装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
内包フラーレンは、篭状のフラーレン分子の中空部に原子が内包された物質で、空のフラーレンとは電子構造的にも物性的にも大きく異なり、特異な性質を有する。ニッケル内包フラーレンは、化学式がNi@ Cn(n = 60, 70, 76, 78, 80, 82…)で表される磁性金属内包フラーレンであり、スピントロニクスデバイス、単分子磁気デバイス等への応用が期待されている。しかし、鉄やニッケルなどに代表される遷移金属はフラーレンとの間で効率の良い電子移動が起こらず金属原子が生成途中でフラーレンから脱離するために、ニッケル内包フラーレンの合成は困難とされていた。
一方、ニッケル内包炭素化合物としてこれまで合成に成功した例としては、ニッケル内包カーボンナノチューブやニッケル内包カーボンナノカプセルが知られている。特許文献1には、ニッケル等の金属を内包するカーボンナノチューブをアーク放電法により製造する方法が開示されている。特許文献2には、炭素含有液状化合物中でニッケル等の金属電極間に電圧を印加し電極に用いた金属を内包するカーボンナノカプセルを合成する方法が開示されている。図7は、従来のニッケル内包カーボンナノカプセルの製造装置の断面図である。カーボンナノカプセルは、グラファイトシートが数層から数十層程度積層して3次元的に閉じた籠状分子であり、直径が数10nm以上である。それに対し、フラーレンは、基本的に一重の六員環と五員環の組み合わせで形成されており、フラーレンの直径は1〜2nmである。ニッケル内包フラーレンは、ニッケル内包カーボンナノチューブやニッケル内包カーボンナノカプセルに比べ小さく、隣接するフラーレンに内包されたニッケル間の距離が1nm程度であるため、ニッケル原子間の相互作用が強く、他のニッケル内包炭素化合物では困難であったスピントロニクス応用が可能である。
特許文献3には、磁気泳動表示装置の磁性粒子としてニッケル内包カーボンナノチューブやニッケル内包カーボンナノカプセルを用いた表示技術が開示されている。特許文献3の実施例4には、ニッケル内包フラーレンの作製が記載されているが、特許文献3が出願された2005年10月当時は、ニッケル内包フラーレンを実際に合成したとの学会や論文による報告はなく、特許文献3の明細書の記載によれば、ニッケル内包フラーレンと明らかにわかる質量分析データも掲載されておらず、ニッケル内包フラーレンの一種と呼んでいるものは、実際には、ニッケル内包カーボンナノカプセルであると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009-167031号公報
【特許文献2】特開2005-255448号公報
【特許文献3】特開2007-121677号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】DJ.L.Li et al,Appl.Phys.Lett.96(2010)233103.2) Erric C. Neyts et al. , Carbon 47 (2009) 1028
【非特許文献2】T.Umakoshi et al, Plasma and Fusion Research:Rapid Communications,Volume 6, 1206015 (2011)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、スピントロニクス等の応用に適し、優れた物性を備えたニッケル内包フラーレンを高い効率で合成する方法の実現を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明(1)は、真空容器中で、るつぼに入れたニッケル金属に対し電子ビームを照射することにより前記ニッケル金属を加熱、蒸発させ、同時に、蒸発したニッケル原子に電子を衝突させることで、ニッケルイオンと電子からなるニッケルプラズマを生成し、前記るつぼと対向する位置に堆積基板を配置し、前記堆積基板に負のバイアス電圧を印加することにより前記ニッケルイオンを前記堆積基板に向けて加速し、同時に、前記堆積基板に向けてフラーレン分子からなるフラーレン蒸気を噴射することにより、前記ニッケルイオンとフラーレン分子、又は、前記フラーレン分子と前記電子が付着したフラーレンイオンの反応によりニッケル内包フラーレンを生成するニッケル内包フラーレンの製造方法である。
本発明(2)は、真空容器中で、るつぼに入れたニッケル金属に対し電子ビームを照射することにより前記ニッケル金属を加熱、蒸発させ、同時に、蒸発したニッケル原子に電子を衝突させることで、ニッケルイオンと電子からなるニッケルプラズマを生成し、前記るつぼと対向する位置にフラーレンからなる薄膜を堆積させる堆積基板を配置し、前記堆積基板に負のバイアス電圧を印加することにより前記ニッケルイオンを前記堆積基板に向けて加速し、前記ニッケルイオンと前記薄膜を構成するフラーレン分子との反応によりニッケル内包フラーレンを生成するニッケル内包フラーレンの製造方法である。
本発明(3)は、前記フラーレンが、C60又はC70であることを特徴とする前記発明(1)又は前記発明(2)のニッケル内包フラーレンの製造方法である。
本発明(4)は、前記電子ビームのエミッション電流IEBが、100mA〜200mAの範囲であることを特徴とする前記発明(1)乃至前記発明(3)のニッケル内包フラーレンの製造方法である。
本発明(5)は、前記ニッケルイオンの前記堆積基板に対するイオン照射エネルギーが35〜40eVの範囲であることを特徴とする前記発明(1)乃至前記発明(4)のニッケル内包フラーレンの製造方法である。
本発明(6)は、真空容器中で、るつぼに入れたニッケル金属に対し電子ビームを照射することにより前記ニッケル金属を加熱、蒸発させ、同時に、蒸発したニッケル原子に電子を衝突させることで、ニッケルイオンと電子からなるニッケルプラズマを生成するニッケルプラズマの生成方法である。
本発明(7)は、少なくとも、真空容器と、るつぼに入れたニッケル金属に対し電子ビームを照射することにより前記ニッケル金属を加熱、蒸発させ、同時に、蒸発したニッケル原子に電子を衝突させることで、ニッケルイオンと電子からなるニッケルプラズマを生成するニッケルプラズマ生成装置と、前記るつぼと対向する位置に配置したフラーレン堆積基板と、前記堆積基板に負のバイアス電圧を印加する基板バイアス電源と、フラーレン昇華オーブンとからなり、前記ニッケルイオンと前記フラーレン昇華オーブンから噴射され堆積基板に堆積するフラーレン原子の反応によりニッケル内包フラーレンを合成するニッケル内包フラーレンの製造装置である。
【発明の効果】
【0007】
本発明(1)、(2)、(4)、(5)、(7)によれば、従来合成が困難であったニッケル内包フラーレンを高い効率で合成可能になった。
本発明(1)、(2)、(4)、(5)に係る電子銃法を用いたニッケル内包フラーレンの合成方法によれば、スパッター法に比べ、ニッケルの蒸発量を電子銃のエミッション電流で制御可能であり、また、高い効率でニッケル内包フラーレンの合成が可能である。
本発明(7)に係る電子銃法を用いたニッケル内包フラーレンの合成装置は、スパッター法による合成装置と比べ、装置が小型で、操作性に優れている。
本発明(3)によれば、特に、フラーレンの中で最も合成量が多く、大きさが小さくスピントロニクスへの応用に適したNi@C60又はNi@C70の合成が可能になった。
本発明(6)によれば、ニッケルイオン以外の他の物質のイオンの混合が少ない、高純度のニッケルプラズマの生成が可能になった。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】(a)は、本発明の実施例に係るニッケル内包フラーレンの製造装置の断面図である。(b)は、本発明に係る電子銃法によるニッケル内包フラーレンの生成メカニズムを示す図である。
【図2】ニッケルプラズマの基礎特性(プローブ電流Ip vs プローブ電圧Vp)のグラフである。
【図3】ニッケルプラズマのパラメータ(電子密度ne , 電子温度Te, 空間電位Φs vs IEB)のグラフである。
【図4】(a)は、ニッケル堆積量のIEB依存性を示すグラフである。(b)は、ニッケルのイオン化率のIEB依存性を示すグラフである。
【図5】質量分析結果のIEB依存性を示すグラフである。
【図6】質量分析結果のイオン照射エネルギーEi依存性を示すグラフである。
【図7】従来のニッケル内包カーボンナノカプセルの製造装置の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の最良形態について説明する。
【0010】
本願発明者等は、ニッケル内包フラーレンを高い効率で合成する方法について鋭意検討した結果、電子銃を用い電子ビームをるつぼに入れたニッケルに照射し、ニッケルイオンと電子からなるプラズマを発生させ、発生したニッケルイオンを昇華オーブンで昇華させたフラーレン分子と堆積基板上で反応させ、その際、電子銃の電子ビームエミッション電流を適切に制御することによりニッケル内包フラーレンの高効率合成が可能であることを初めて見出した。
【0011】
(ニッケル内包フラーレンの製造装置)
図1(a)は、本発明の実施例に係るニッケル内包フラーレンの製造装置の断面図である。本発明の実施例に係るニッケル内包フラーレンの製造装置は、排気管2を備えた真空容器1と、ニッケルイオンプラズマを生成するプラズマ生成装置3と、フラーレン昇華オーブン4と、ニッケルイオンとフラーレン分子又はフラーレンイオンを反応させながら堆積させる堆積基板6と、プラズマパラメータを測定するワイヤープローブ5と、堆積基板6にバイアス電圧を印加する基板バイアス印加電源7とから構成される。
図1(b)は、本発明に係る電子銃法によるニッケルイオンプラズマの生成メカニズムを示す図であり、プラズマ生成装置3の構成を示す概略図である。プラズマ生成装置3は、るつぼ8と、フィラメント加熱電源10と、フィラメント加熱電源10により加熱して熱電子13を発生するフィラメント11と、フィラメント11の電位を制御しるつぼ8に向かって熱電子13に加速エネルギーを与える電子加速電圧電源9と、熱電子13の軌道を制御しるつぼ8に流れる熱電子13の流れを適切に制御する磁場印加手段12とから構成される。フィラメント11、フィラメント加熱電源10、電子加速電圧電源9から構成される熱電子13の流れを発生する部分を電子銃と呼び、電子銃を用いニッケルイオンプラズマを生成する方法を電子銃法と呼ぶ。
【0012】
(ニッケル内包フラーレンの製造方法)
図1(a)に示す内包フラーレンの製造装置において、真空容器1の内部をターボ分子ポンプなどの真空ポンプで、約10-4Paの背景真空度に排気する。プラズマ生成装置3において、フィラメント加熱電源10によりフィラメント11を加熱し、熱電子を発生させる。フィラメント11には、フィラメント加熱電源10により、例えば、100〜500W程度の電力を供給する。るつぼ8には、ニッケル金属を入れておく。フィラメント11とるつぼ8の間に、フィラメント側が負電位になるようにフィラメントバイアス印加電源9により例えば4kVの電子ビーム加速電圧VEBを印加する。VEBは4〜5kVとするのが好ましい。この時、フィラメント11から発生した熱電子13は電子ビームとなりるつぼ8に向かって流れる。るつぼ8は、堆積基板6に向かって開口部を備えている。電子ビームの軌道は、磁場印加手段12により円弧状に曲げられ、磁場の大きさを制御することにより、るつぼ8に入れられたニッケル金属に効率良く照射されるように制御される。ここで電子ビーム電流の大きさをIEBで表す。IEBは、30mA〜200mAとなるようにフィラメント加熱電源10を制御する。るつぼ8に入れられたニッケル金属は電子銃から照射される電子ビームのために加熱されることで、真空容器1の中で蒸発する。同時に、蒸発したニッケル原子は電子ビームを構成する熱電子13で電離し、ニッケルイオン14となり、電子とニッケルの正イオンからなるプラズマが生成される。ニッケルは仕事関数が高いため、一般的な金属プラズマ生成方法である接触電離を利用した方法では、プラズマを生成するのが困難であった。電子ビームを用いた本発明に係る方法により他のイオンの混合が少ない、高純度のニッケルプラズマを生成することが可能になった。
プラズマ生成装置3に対向して配置された堆積基板6には、基板バイアス印加電源により負の基板バイアス電圧が印加される。プラズマ中のニッケルイオンは、この基板バイアス電圧により加速され、堆積基板6に向かって移動するプラズマ流となる。プラズマ生成装置3と堆積基板6の間には、フラーレン昇華オーブン4が配置されている。フラーレン昇華オーブンには空のフラーレンを入れてあり、加熱してフラーレン蒸気を昇華させ、ニッケルプラズマに向かって、或いは、堆積基板6に向かって噴射するが、堆積基板6に向かって噴射するほうがより好ましい。生成した内包フラーレンを効率よく回収することができる。また、加熱温度は、400〜800℃とするが好ましい。図1(a)では、フラーレンとしてC60を用いた場合が描かれている。C60はフラーレン類の中で代表的なフラーレンであり、分子径が最も小さいフラーレンであるため、内包フラーレンの合成が最も困難である。今回Ni@C60の合成が確認できたことから、本発明に係る製造方法を用いることにより、他のより大きなフラーレンについてもニッケル内包フラーレンの合成が可能であることは言うまでもない。昇華したフラーレン分子、又は、フラーレン分子と電子が結合したフラーレンの負イオンがプラズマ中のニッケルイオンと反応してニッケル内包フラーレンが生成する。その結果、堆積基板6上に、未反応の空のフラーレンとニッケル内包フラーレンが混合した堆積物が堆積する。堆積基板は、冷却水等により冷却するのが好ましい。
【0013】
(プラズマ基礎特性)
ニッケルプラズマのパラメータはプラズマ流中に配置されたラングミュアプローブ等のワイヤープローブ5により測定する。ワイヤープローブの先端部をプラズマ中に置き、プローブに外部電源からプローブ電圧Vpを与えると、プローブ電流Ipは、プラズマ電位をVsと表すと、V=Vp−Vsにより変化する。図2は、ニッケルプラズマの基礎特性(Ip vs Vp)のグラフである。プロセス条件は、IEB=120mA、VEB=4kV、真空容器内圧力P=1.5×10-3Pa、堆積基板位置z=10cm、プローブ位置z=10cmである。ただし、zは図1(a)に示された真空容器1のプラズマ流方向の座標であり、プラズマ生成装置3の位置が、z=0cmである。図2に示されたグラフから、ニッケルイオンと電子からなるプラズマが生成していることがわかる。また、図2のグラフから、プラズマの基礎特性である電子密度ne、電子温度Te、空間電位Φsが求められる。
図3は、ニッケルプラズマのパラメータ(ne , Te, vs IEB)のグラフである。プロセス条件は、VEB=4kV、真空容器内圧力P=1.5×10-3Pa、堆積基板位置z=10cm、プローブ位置z=10cmである。図3から、IEBの増加に伴い高密度プラズマが生成することがわかる。特に、IEB =100mA〜200mAの範囲で、ニッケル内包フラーレンの高効率合成が可能であることが予測される。
【0014】
(ニッケル内包フラーレンの精製)
堆積基板から回収した堆積物には、ニッケル内包フラーレン以外に空のフラーレンなどの不純物が含まれている。堆積物をトルエン等の溶媒に入れて、溶媒に溶けるものと、溶けないものに分離する。溶媒としてトルエンを用いる場合は、空のフラーレンがニッケル内包フラーレンと比較し、トルエンに溶けやすいので、溶媒に溶けなかった残渣を回収し、ニッケル内包フラーレンの精製を行うことができる。
【0015】
(ニッケル堆積量とイオン化率)
本願発明者等は、電子銃法によるニッケルプラズマの生成を試みる前に、スパッター法によるニッケルプラズマの生成を試みた(非特許文献2)。スパッター法は、真空容器内でArイオンを生成し、ニッケル板にArイオンを衝突させてニッケル原子を発生させ、それをイオン化する方法である。この方法によりニッケルプラズマの生成が確認された。また、堆積基板上にニッケル原子が堆積されることも確認できた。質量分析によりニッケル内包フラーレンの存在を示す質量ピークが観測され、ニッケル内包フラーレンの合成が確認された。しかし、スパッター法ではニッケル内包フラーレンの合成効率が極めて低いことが問題であった。
図4(a)は、堆積基板上のニッケル堆積量のIEB依存性を示すグラフである。堆積量Vdepは、単位時間、単位面積あたりに堆積したニッケルの量で定義され、具体的には、堆積膜厚から算出したニッケル堆積量を基板面積と成膜時間で割って計算した量である。プロセス条件は、VEB=4kV、真空容器内圧力P=3×10-3Pa、堆積基板の位置zsub=12cm、基板バイアス電圧Vsub=0〜−30Vである。図4(a)には、スパッターによるニッケルの堆積量も示されているが、本発明に係る電子銃法によるニッケルの堆積量は、スパッターによるニッケルの堆積量よりも多いこと、及び、IEBの増加に伴い堆積量が増加することがわかる。ニッケルの堆積量が多いことから、それに比例してニッケル内包フラーレンの合成確率も高いと考えられる。
図4(b)は、基板に流入するイオン電流により算出したイオン化率のIEB依存性を示すグラフである。堆積基板上にはイオン化していない中性のニッケルとイオン化したニッケルが堆積するが、図4(b)の縦軸は、中性のニッケルに対するニッケルイオンの割合である。プロセス条件は、図4(a)と同じ条件を用いた。図4(b)から、IEBの増加に伴い基板に堆積するニッケルのイオン化率が増加することがわかる。
図4(a)、(b)に示すグラフから、電子銃法によれば、スパッター法よりも効率良くニッケルを堆積基板上に堆積させることが可能で、50mA〜200mAの範囲ではIEBの増加により、基板上に堆積したニッケル堆積量も、その中でイオン化したニッケルの割合も増加することがわかる。
スパッター法では、ニッケル板に衝突するArイオンの影響のためニッケルイオンのエネルギーを制御できないという問題があったのに対し、電子銃法では、ニッケルイオンは電子ビームによる加熱で蒸発したニッケル原子が電子で電離されてできるため、ニッケルイオンのエネルギーは堆積基板のバイアス電圧で正確に制御できる。また、スパッター法では、ニッケルイオンの生成に用いたArがプラズマに混ざるために、ニッケル内包フラーレンの合成に用いた場合、Arイオンもフラーレンに衝突するため、高純度ニッケル内包フラーレンの合成が阻害される。これらの点において、電子銃法により生成したニッケルプラズマを利用する本発明に係る方法はニッケル内包フラーレンの合成に適している。
【0016】
(質量分析結果のIEB依存性)
図5は、IEB=50mA、100mAとしてニッケル内包フラーレンの合成プロセスを行い、基板上に形成された堆積物を回収し、上記精製方法で精製を行った合成試料の質量分析結果である。プロセス条件は、VEB=4kV、真空容器内圧力P=3×10-3Pa、堆積基板の位置zsub=13cm、基板バイアス電圧Vsub=-50Vである。Ni@C60の質量数は778でありNiとCの同位体を考慮すれば、Ni@C60が存在すれば、質量数が778〜782のところにピークが観察されるはずである。図からわかるように、IEB=50mAの条件では、Ni@C60の存在が確認できなかったのに対し、IEB=100mAの条件では、質量数が778〜782のところに顕著なピークが観察された。このことは、図4(a)、(b)において得られた知見と対応するものであり、ニッケル内包フラーレンの合成にはIEBを十分大きくする必要があり、図4からは、IEB=50mA〜200mAの範囲では、IEBが大きいほどニッケルイオンの量が増加することから、ニッケル内包フラーレンの合成に適したIEBの大きさは100mA〜200mAであることがわかる。
【0017】
(内包金属)
以上、本発明の最良形態の説明に用いたニッケル以外でも、鉄やコバルト等の磁性金属に対し本発明を適用し、磁性金属内包フラーレンの高効率合成を行うことが可能である。
(フラーレン)
上記したように、内包フラーレンの原料となるフラーレンは、化学式がCn(n = 60, 70, 76, 78, 80, 82…)で表される炭素化合物である。例えば、スピントロニクスへの応用に用いる材料を製造する場合は、多量合成可能で、分子径の小さいC60やC70を用い、Ni@C60やNi@C70を製造するのが好ましい。
【実施例】
【0018】
以下に、実施例を用いて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0019】
(実施例1)
(内包フラーレンの合成と精製)
ニッケル内包フラーレンが合成される最適な基板バイアス電圧条件を調べるために、上記した製造方法により基板バイアス電圧を変えて堆積基板に堆積物を形成し、堆積物を精製し、精製した合成試料を質量分析した。プロセス条件は、VEB=4kV、IEB=100mA、真空容器内圧力P=3×10-3Pa、堆積基板の位置zsub=13cmとした。フラーレンの加熱温度は400〜800℃として、1時間、フラーレン噴射とプラズマ照射を継続し、堆積基板上に薄膜を形成した。堆積基板から薄膜を回収し、トルエンによって内包フラーレンの精製を行い、質量分析を行った。
(質量分析)
図6は、精製した合成試料の質量分析の結果である。イオン照射エネルギーEi(eV)は、Φs −Vsub(Vsub : 基板バイアス電圧、Φs:空間電位)で定義し、Φsは、図3より約2Vである。10eV〜55eVの範囲でEiを設定し、合成を行った。図6からわかるように、Ni@C60に相当する778〜782の検出ピークはEi =35eV〜40eVで合成した合成試料に対して検出されている。このことは、非特許文献2に開示されたシミュレーションによるニッケル内包フラーレンの合成に最適なイオン照射エネルギーである40eVと一致する結果となっている。Ni内包フラーレンの合成に最適なイオン照射エネルギーが実際の合成においても確認できた。
【符号の説明】
【0020】
1 真空容器
2 排気管
3 プラズマ生成装置
4 フラーレン昇華オーブン
5 ワイヤープローブ
6 堆積基板
7 基板バイアス印加電源
8 るつぼ
9 電子加速電圧電源
10 フィラメント加熱電源
11 フィラメント
12 磁場印加手段
13 熱電子
14 Niイオン
15 電子
101 Ni電極
102 エタノール
103 スペーサー
104 煤

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空容器中で、るつぼに入れたニッケル金属に対し電子ビームを照射することにより前記ニッケル金属を加熱、蒸発させ、同時に、蒸発したニッケル原子に電子を衝突させることで、ニッケルイオンと電子からなるニッケルプラズマを生成し、前記るつぼと対向する位置に堆積基板を配置し、前記堆積基板に負のバイアス電圧を印加することにより前記ニッケルイオンを前記堆積基板に向けて加速し、同時に、前記堆積基板に向けてフラーレン分子からなるフラーレン蒸気を噴射することにより、前記ニッケルイオンとフラーレン分子、又は、前記フラーレン分子と前記電子が付着したフラーレンイオンの反応によりニッケル内包フラーレンを生成するニッケル内包フラーレンの製造方法。
【請求項2】
真空容器中で、るつぼに入れたニッケル金属に対し電子ビームを照射することにより前記ニッケル金属を加熱、蒸発させ、同時に、蒸発したニッケル原子に電子を衝突させることで、ニッケルイオンと電子からなるニッケルプラズマを生成し、前記るつぼと対向する位置にフラーレンからなる薄膜を堆積させる堆積基板を配置し、前記堆積基板に負のバイアス電圧を印加することにより前記ニッケルイオンを前記堆積基板に向けて加速し、前記ニッケルイオンと前記薄膜を構成するフラーレン分子との反応によりニッケル内包フラーレンを生成するニッケル内包フラーレンの製造方法。
【請求項3】
前記フラーレンが、C60又はC70であることを特徴とする請求項1又は2のいずれか1項記載のニッケル内包フラーレンの製造方法。
【請求項4】
前記電子ビームのエミッション電流IEBが、100mA〜200mAの範囲であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項記載のニッケル内包フラーレンの製造方法。
【請求項5】
前記ニッケルイオンの前記堆積基板に対するイオン照射エネルギーが35〜40eVの範囲であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項記載のニッケル内包フラーレンの製造方法。
【請求項6】
真空容器中で、るつぼに入れたニッケル金属に対し電子ビームを照射することにより前記ニッケル金属を加熱、蒸発させ、同時に、蒸発したニッケル原子に電子を衝突させることで、ニッケルイオンと電子からなるニッケルプラズマを生成するニッケルプラズマの生成方法
【請求項7】
少なくとも、真空容器と、るつぼに入れたニッケル金属に対し電子ビームを照射することにより前記ニッケル金属を加熱、蒸発させ、同時に、蒸発したニッケル原子に電子を衝突させることで、ニッケルイオンと電子からなるニッケルプラズマを生成するニッケルプラズマ生成装置と、前記るつぼと対向する位置に配置したフラーレン堆積基板と、前記堆積基板に負のバイアス電圧を印加する基板バイアス電源と、フラーレン昇華オーブンとからなり、前記ニッケルイオンと前記フラーレン昇華オーブンから噴射され堆積基板に堆積するフラーレン原子の反応によりニッケル内包フラーレンを合成するニッケル内包フラーレンの製造装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−35725(P2013−35725A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−174235(P2011−174235)
【出願日】平成23年8月9日(2011.8.9)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成23年3月8日 <フラーレン・ナノチューブ学会>発行の「第40回記念 フラーレン・ナノチューブ総合シンポジウム 講演要旨集」に発表
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【出願人】(511121872)
【Fターム(参考)】