説明

ニューロトリプシン阻害剤とその判定

本発明は、水性緩衝液中において化合物をニューロトリプシン、その変異体、またはプロテアーゼドメインを含む断片、およびアグリンを含むタンパク質またはペプチド、その変異体またはアグリンの切断部位αまたはβを含む断片と一緒にインキュベーションし、アグリンの切断量を測定することを特徴とする、化合物がニューロトリプシン阻害剤であるか否かを判定する方法に関する。さらに、本発明はこの方法によって発見されたニューロトリプシンの阻害剤、特にHalおよびHalがフッ素、塩素または臭素である式(1)の化合物、そしてシナプスの欠損を原因とする疾患、例えば骨格筋萎縮、統合失調症、認知障害の治療および/または予防のためのこのような阻害剤の使用に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化合物がニューロトリプシン阻害剤、特定のニューロトリプシンの阻害剤であるか否かの判定方法、骨格筋萎縮および統合失調症の治療および/または予防のための該阻害剤の使用、および向知性薬としての使用に関する。
【背景技術】
【0002】
セリンプロテアーゼは、集中的に研究された共通の触媒機構を有するタンパク質分解酵素のグループに属する。セリンプロテアーゼは、ウイルス、細菌および真核生物中に見い出される。それらには、エクソペプチダーゼ、エンドペプチダーゼとオリゴペプチダーゼが含まれる。進化上の起源の異なる数種のペプチダーゼの反応機構には類似性が認められる。その他の点ではタンパク質の折り畳みは大きく異なっているにもかかわらず、触媒残基の幾何学的配置は極めて類似している。活性部位内のセリン、ヒスチジンおよびアスパラギン酸残基の触媒性トリアドは、ペプチド結合の効率的な加水開裂に関与する。セリンプロテアーゼの例として、トロンビン、第XIIa因子、第IXa因子、第Xa因子、プラスミン、tPA、トリプシン、キモトリプシン、さらにはウロキナーゼ、トリプターゼ、エラスターゼ、カリクレイン、補体C、プロテアーゼA、セリンカルボキシペプチダーゼIIなどのタンパク質が挙げられる。それらは、例えば、血液凝固や食物消化などの様々な重要な過程に関与する。セリンプロテアーゼ阻害剤が接着、移動、フリーラジカル産生、アポトーシスなどの細胞過程を阻害することが示されている。静脈内投与されたセリンプロテアーゼ阻害剤は、組織の損傷に対し保護作用がある。小分子阻害剤については、血液学、腫瘍学、ぜんそく、炎症、神経学、肺医学と免疫学と関係する様々な病気の治療に高い潜在能力が示されている。適当なセリンプロテアーゼ阻害剤は血栓性病の分野、ぜんそく、肝硬変、関節炎、癌腫、黒色腫、再狭窄、粉瘤、外傷、ショックと再潅流障害で機能不全の治療で有用でありうる。
【0003】
検討された酵素であるニューロトリプシン(WO98/49322)は、そのメンバーがほぼ完全に動物に限定されるキモトリプシンファミリーに属する。ニューロトリプシンのアミノ酸配列は、クリングルドメインから成る875個のアミノ酸、そしてそれに続く4個のスカベンジャー受容体のシステインに富む繰り返し配列(マウスでは3個)、そしてセリンプロテアーゼドメイン(図1AおよびB)のモザイクタンパク質を定義する。ニューロトリプシンは、トロンビン、tPA、トリプシンなどと同様に、S1ポケットの底にアスパラギン酸残基を含んでおり、このためこの結合部位において塩基性アミノ酸に対する特異性を示す。第X因子、第IX因子、トロンビン、組織プラスミノーゲン活性化因子とプラスミンなどの血液凝固カスケードおよび線溶系のプロテアーゼに対するニューロトリプシンの構造的類似性は、それが神経系におけるプロテアーゼ駆動性の細胞外シグナル伝達機構の要素でありうることを示唆する(Gschwend,T.P.ら、Molec.Cell Neurosci.9: 207-219,1997;Proba,K.ら、Blochim.Blophys.Acta 1396: 143-147,1998)。
【0004】
以下に示されるように、ニューロトリプシンは中枢神経系(CNS)のシナプスのシナプス前神経終末および神経筋接合部(NMJ)に位置している。シナプスは、神経伝達物質と呼ばれる化学物質の形で伝達内容が伝えられる、神経細胞(ニューロン)間の連結部である。シナプスは、シグナル放出細胞およびシグナル受容細胞のシナプス後の分化によって形成されるシナプス前終末で構成される。シナプス前終末から放出された神経伝達物質はシナプス間隙を横断して、シナプス後の分化における神経伝達物質受容体に結合する。神経伝達物質の結合時、受容体はシナプス後細胞で電気パルスの発生を誘起する。2個のニューロン間でのシグナル伝達は神経機能の基礎である。脳機能は情報処理ネットワ−クへの膨大な数のニューロンの特異的会合の結果である。
【0005】
大部分のシナプスが中枢神経系(CNS、脳)において認められ、そこでは各シナプスが2個のニューロンを連結させる。このような双方の点と点の連結によって、各ニューロンが何千という他のニューロンと連結しうる。一方、シナプスはニューロンを腺または筋細胞とも連結させる。神経筋接合部(NMJ、筋終板)は、神経細胞を横紋筋細胞と連結させるシナプスである。脳、脳幹、脊髄以外に位置しているシナプスは、末梢神経系(PNS)シナプスと呼ばれる。CNSシナプスとPNSシナプスは多くの構造的・機能的な共通点を示し、それらの分子成分(シナプス分子)の多くは共通である。したがって、シナプス標的分子はCNSとPNSの両方のシナプス機能を標的とする際に有用となりうる。
【0006】
骨格筋萎縮(サルコペニア)は、筋肉量と筋力の喪失と定義され、加齢に伴って生じる虚弱化および機能障害の発症に対する主要な一因となっている。それは筋力の喪失、代謝速度の低下、骨密度の緩やかな減少、そして有酸素容量の減少において主要な役割を果たす(Doherty,T.J., J.Appl.Physiol.95: 1717-1727,2003)。筋肉量の喪失は加齢に伴う筋肉の断面積の減少として現れ、筋繊維の数および個々の残存繊維の厚さの両方における減少の複合効果に起因すると判断されている。
【0007】
ここ数年間で、筋肉の分解の原因となる因子の同定および特性付けはかなり進歩している。これらの過程と関連する重要な遺伝子は、萎縮筋肉での増加が見られるユビキチンタンパク質リガーゼをコードする。萎縮阻止などの肥大活性を有する因子のうち、インスリン様成長因子1(IGF−1)が必須の役割を果たすことが判明している。この経路および骨格筋量を調節する他の数種の制御経路が集中的に検討されている(Glass, D.J., Nature Cell Blol.5: 87-90,2003のレビュー参照)。萎縮およびインスリン様成長因子の肥大性効果を招く筋肉分解を調節する分子機構の特性付けに重要な進歩、そして企業数社が筋肉量の増加を促進可能な薬剤の開発に取り組んでいるとの事実にもかかわらず、今日まで薬剤は認可されていない。
【0008】
老年期に認められる骨格筋萎縮の形態上の顕著な特徴(サルコペニア)は、筋繊維数の大幅な減少である。独立した多数の研究からの十分な証拠によって、筋繊維画分への神経入力が加齢と共に破壊されて、続いて萎縮および最終的な脱神経繊維の消失が起こることが裏付けられる(Kamal,H.K.,Nutrition Reviews 61: 157-167,2003)。老年期に認められる骨格筋萎縮の別の特徴は、運動ニューロン数の大幅な減少と筋萎縮の同時発生(Welle.S.,Can.J.Appl.Physiol 27: 19-41,2002)、そして神経筋接合部の顕著な構造変化(Tapia,J.C.ら、Abstract Viewer/Itinerary Planner,Washington DC: Society for Neuroscience)である。神経筋接合部の構造および機能における加齢と関連した顕著な退化が、最終的に構造的・機能的な脱神経を招く過程の主な要因であることをこれらの特徴は示している。数週間の内に代償性の神経再生を受けない脱神経筋線維は次第に萎縮して、最終的には消滅する。
【0009】
統合失調症は障害を引き起こす重度の慢性脳疾患である。世界人口の約1%が一生のうちに統合失調症を発症する。統合失調症の発症者は重度の苦しみを経験する。約10%が自殺する。統合失調症の罹患率は男女で等しいが、男性では女性よりも早く、通常10代後半または20代前半に疾患が現れ、女性は通常20代から30代前半に罹患する。統合失調症患者は、他人には聞こえない内なる声を聞いたり、他の人々が彼らの心を読んでいる、彼らの考えをコントロールしている、または彼らを傷つけようと企んでいる、と信じたりするといった恐ろしい症状を経験することが多い。これらの症状によって、彼らは恐ろしくて、内向的になりうる。彼らの発語および行動は支離滅裂で、他者には理解できないか、もしくは恐怖心を抱かせうる。現在利用可能な統合失調症の治療は苦痛を大幅に軽減するが、統合失調症患者の約3分の2が発症から数年以内に公的支援を必要とする。彼らの大部分は職場や学校への復帰ができず、社会的相互作用が比較的少ないか、全くなく、統合失調症患者の大半が生涯を通じて一部の症状で苦しみ続ける。5人中1人しか完全に回復しないと推定されている。したがって、統合失調症は世界的に最も重要な公衆衛生の問題の1つであり、社会的損失は数十億ドルと計上される。
【0010】
統合失調症患者の脳において現在最も一貫した神経病理学的所見は、中枢神経系の灰白質のシナプス数の減少であり、これは神経網(シナプスエリア)の容積の減少を反映している。神経変性の所見は認められない。一般に、組織領域ごとに数えたニューロン数はある程度増加しており、これは神経細胞体の個数が一定であり、ニューロン間の神経網領域のシナプス数の選択的減少によって説明される観察結果である。現象は死後検体における数例の独立した研究によって過去20年にわたって報告されており、前頭前野において最も広範囲に認められている。この観察結果が記録されている文献はSelemon, L.D.とGoldman-Rakic,P.S.によって慎重に再検討されている(Psychiatry 45: 17-25,1999)。McGlashan,T.H.とHoffman,R.E.(Arch.Gen.Psychiatry57: 637-648,2000)は、「過剰なシナプス剪定(excessive synaptic pruning)」仮説を踏まえて、統合失調症における本質的な形態学的、発生学的、電気生理学的な知見および代謝上の知見をまとめており、「過剰なシナプス剪定」あるいは「発達におけるシナプス接続の減少」がますます魅力的な統合失調症の病態生理学的モデルとなっているとの結論に達した。このモデルに基づくと、統合失調症は妊娠および幼児期におけるシナプス形成および/または思春期における過剰なシナプス剪定の発達障害の結果として重度に減少したシナプス結合に起因する。モデルによって、障害の現象学、徴候となる状態、発症、神経発生上の欠損、悪化のきっかけ、臨床所見における性差、発症年齢によって決まる経過、そして表現形としての出生率の低下にもかかわらず、集団内での統合失調症の遺伝子型の保存が説明される。
【0011】
向知性薬は、症状の有無に関わらず、認知障害を予防、軽減または治療することを目的とする薬物である。該薬物はアルツハイマー病(軽度認知障害)に進行していない高齢者の記憶障害の治療に有益である。一方、該薬物は、老化過程でよく起こると考えられる認知機能の加齢障害の改善の他、アルツハイマー病または痴ほうと関連する他の疾患の確定診断が下された患者の認知機能の改善または外傷後の認知機能障害における認知機能の改善にも有益である。
【0012】
軽度の認知障害は、加齢認知障害に関する臨床研究において広く引用される概念である(Ritchie,K. and Touchon,J., The Lancet 355: 225-228,2000)。それは一般に高齢者における記憶機能の無症状の病訴を意味しており、アルツハイマー病に進行する可能性が高いと判断される。患者と家族の苦悩を減らして、事故の危険を最小限にし、自律性を助長して、恐らくは最終的に痴ほう自身を招く経過の発現を妨げるため、早期の治療的介入を目的とした潜在的な痴呆症リスクを有する人々の特定は重要である。
【0013】
認知症のない認知機能障害は高齢者の間で非常に多く認められるため、老化過程における必然的な特徴と見なす人が多い。それにもかかわらず、患者が日々の活動を実行することが困難となりうるために臨床的有意性を獲得している。認知症を伴わない集団において認められる機能障害の範囲は極めて広いが、正常な認知の範囲のこの最後の局面を記述するためにいくつかの臨床上の分類が提案されている。最も初期のものの1つは良性の老年健忘であった。その臨床徴候としては、ささいな物事を思い出せない、最近の出来事とは対照的に昔の出来事を忘れる、記憶障害の自覚が挙げられる。加齢による認識衰退という用語は、より広範囲の認知機能(注意、記憶、学習、思考、言語、視空間機能)を意味しており、高齢者での基準を参照して診断される。向知性薬の処方によって、罹患者は自分達の日常活動を行い、それによって自分達の自律性を助長する能力を伸ばしうる。最終的には認知症を招きうる認知機能障害を伴う罹患者少なくとも一部と関連する他の障害として、パーキンソン病、多発性硬化症、脳卒中、頭部外傷が挙げられる。向知性薬の処方でも、これらの患者の認知機能は改善しうる。
【0014】
発明の開示
本発明は、水性緩衝液中においてニューロトリプシン、その変異体、またはニューロペプシンのプロテアーゼドメインを含む断片とアグリンを含むタンパク質またはペプチド、その変異体またはアグリンのα−またはβ−切断部位を含む断片とをインキュベーションして、そしてアグリンの切断量を測定することを特徴とする、ニューロトリプシンの触媒活性の測定方法と関連する。さらに、本発明は、水性緩衝液中において化合物をニューロトリプシン、その変異体、またはニューロトリプシンのプロテアーゼドメインを含む断片、およびアグリンを含むタンパク質またはペプチド、その変異体またはアグリンのα−またはβ−切断部位を含む断片と一緒にインキュベーションして、アグリンの切断量を測定することを特徴とする、化合物がニューロトリプシン阻害剤であるか否かの判定方法と関連する。
【0015】
また、本発明は、この方法によって見いだされたニューロトリプシンの阻害剤、特に次の式
【化2】


(式中、HalおよびHalは、互いに独立して、フッ素、塩素または臭素である)の化合物、およびその医薬的に許容されうる付加塩に関する。
【0016】
本発明はさらに、特にシナプスの欠損を原因とする疾患、例えば骨格筋萎縮、統合失調症、認知障害の治療および/または予防のための医薬などの阻害剤の使用法、および骨格筋萎縮、統合失調症および認知障害の治療および/または予防のための医薬の製造における該阻害剤の使用に関する。
【0017】
発明を実施するための最良の形態
本発明はニューロトリプシンの阻害によってプロシナプス活性(シナプス形成、シナプス分化、シナプスの組織化、シナプス保護、シナプス強化)が高められるとの事実に基づいている。ニューロトリプシン遺伝子は脊髄(実施例1)の運動ニューロンなどの中枢神経系の多くのニューロンで発現されており(Gschwend,T.P.ら、Molec.Cell Neurosci.9;207-219,1997; Wolfer,D.P.ら、Molec.Cell.Neurosci,18: 407-433,2001)、ニューロトリプシンタンパク質は、神経筋接合部の他、多くのCNSシナプス中に存在する(Molinari,F.ら、Science 298: 1779-1781,2002)。ニューロトリプシンはバランスの良いシナプス機能の発達および/または維持の大きな一因となっている。多量のニューロトリプシン(過剰発現)は、少な過ぎるシナプス結合と関連する。CNSニューロン内においてニューロトリプシンを過剰発現しているトランスジェニックマウスは、記憶や学習といった認知機能に非常に重要な2つの脳構造である大脳皮質と海馬状隆起におけるシナプス数の減少を示す。同様に、脊髄運動ニューロン内においてニューロトリプシンを過剰発現しているトランスジェニックマウスは、筋肉活動の神経制御を媒介するシナプスである神経筋接合(NMJ)の減少を示す。
【0018】
運動ニューロン内にニューロトリプシンを過剰発現しているトランスジェニックマウスの横隔膜の神経筋接合の変化は、アグリン遺伝子の標的不活化に起因する変化と似ている。プロテオグリカンアグリンは、十分に特性付けされたシナプス前(シナプス形成、シナプス分化、シナプスの組織化、シナプス保護、シナプス強化)物質である(Sanes.J.R. and Lichtman,J., Nature Rev.Neurosci.2: 791-805,2001)。それは質量約220kDaのコアタンパク質を有する。アグリンは数種のアイソフォ−ムで存在する。これらは分泌型の細胞外マトリックスタンパク質および非常に短いN末端細胞質セグメントを有するII型膜貫通タンパク質の両方をコードする。プロシナプス活性を有するアグリンの領域は、アグリンのC末端部分、特に第3番目のラミニンGドメインに位置している(Bezakova,G. and Ruegg,M.A., Nature Rev. Molec.Cell Biol.4: 295-308,2003)。アグリンはニューロトリプシンの基質である(実施例2)。ニューロトリプシンはアグリンを2ヶ所の部位で切断する(実施例25)。(α部位と呼ばれる)1つの部位がアルギニン995(R995)とアラニン996(A996)の間に位置している。(β部位と呼ばれる)他の部位はリジン1754(K1754)とセリン1755(S1755)の間に位置している。アミノ酸数はラット(NP_786930)の膜結合アグリン(スプライス変異A4B0)を示す。一方、切断部位αと切断部位βはいずれもヒトのアグリンを含めた哺乳動物のアグリンで十分に保存されている。ニューロトリプシンによるアグリン切断によって、A996からK1754までの約100kDa(キロダルトン)の断片とS1755からC末端までの約22kDaの断片が生じる。αとβ両部位の切断によって、アグリンのN末端部分からアグリンのシナプス組織化活性が分離される。アグリンの切断はインビボでも起こる。野生型マウスでは、アグリンの100kDaの断片は、出生後の最初の数週間、ニューロトリプシンの発達過程での発現がピ−ク(実施例3)である時期に最も多量に生じることが判明している。アグリンの100kDa断片は、モーターニューロン内でニューロトリプシンを過剰発現しているトランスジェニックマウスにおいて著しく増量する(実施例4および5)。
【0019】
アグリンはNMJ(実施例6)およびCNS(実施例14)のいずれにおいてもニューロトリプシンの天然基質である。アグリンを切断することで、ニューロトリプシンはアグリンのプロシナプス活性を打ち消す。トランスジェニックマウスの神経筋接合部においての過剰のニューロトリプシンは、3日以下以内での事前準備された神経筋接合の消失を制御する(実施例4、5、6および7)。これらの知見から、ニューロトリプシンはシナプス不安定化または抗シナプス物質と見なされる。
【0020】
シナプス前物質と抗シナプス物質の共存は、神経系の神経回路が固定されたネットワークシステムというよりむしろ動的なシステムであるという考え方を裏付けている。プロシナプス因子と抗シナプス因子間でのバランスのとれた調和によって恒常性がもたらされる。例えば要求の変化を満たすためにプロシナプス結合が変わる必要がある場合に要求される適応変化は、制御下においてプロシナプスエネルギーと抗シナプスエネルギーとのバランスを変化させる。この微妙で、厳密に制御されたプロシナプスエネルギーと抗シナプスエネルギーとの相互作用は脱制御に対して弱く、不適当なシナプス恒常性や、機能要件に対する不適当な適応を招く。異常調節の程度が閾値を超えた場合、シナプス疾患が起こりうる。
【0021】
ニューロトリプシン活性の医薬品による調節は、シナプス機能の調節機構に対する前例のないアクセスをもたらす。ニューロトリプシンのタンパク質分解活性を抑制することで、抗シナプス活性を犠牲にして、プロシナプス活性を強化させて、ひいてはシナプスの数および/または大きさおよび/または強さを増す方向でシナプスバランスを変化させる。
【0022】
脊髄運動ニューロン内でニューロトリプシンを過剰発現しているトランスジェニックマウスを用いた実験により、骨格筋萎縮(実施例8および10)とシナプス結合の悪化(実施例9)との相関関係が示される。ニューロトリプシン阻害剤は過剰のニューロトリプシンでの結果を相殺して、シナプス結合の喪失を原因とする骨格筋萎縮、例えば老年患者における骨格筋萎縮の治療および予防を可能にするであろう。
【0023】
運動ニューロン内にニューロトリプシンを過剰発現するトランスジェニックマウス系統において、筋繊維数の著しい減少を主因とする顕著な骨格筋萎縮が認められる(実施例10)。運動ニューロンによるニューロトリプシン過剰産生の影響の定量的評価を表1に示している。運動ニューロンが産生する過剰レベルのニューロトリプシンは、ニューロトリプシン過剰発現のレベルに応じて、生体マウスのヒラメ筋の筋繊維数を18−48%の範囲で減少させる。ニューロトリプシンの過剰発現が運動ニューロンに限定されていたことから(実験の詳細は実施例4を参照)、これらの結果は運動ニューロンが発現するニューロトリプシンが標的筋繊維上の神経筋接合部を介して局所的に作用することを示す。触媒不活性型ニューロトリプシンを過剰発現しているマウスの筋肉が正常な繊維数を示していることから、この局所的な萎縮作用はニューロトリプシンのタンパク質分解活性に厳密に依存している。
【0024】
運動ニューロン内でニューロトリプシンを過剰発現しているマウスでは、神経筋接合の断片化の大幅な促進が示される(実施例9)。繊維数の減少と同時に起こる断片化は、高齢のヒトと動物の骨格筋で観察される特徴である。上記のとおり、神経筋接合の退化と筋繊維の喪失は触媒活性のないニューロトリプシンの過剰発現では引き起こされない。これによって、運動ニューロン由来のニューロトリプシンは、筋繊維の神経支配を低下させて、最終的にそれらの喪失を起こす因子として特性付けされる。神経支配の低下活性を有する薬剤が、神経筋接合部と中枢神経系のいずれでも発達過程におけるシナプス除去の段階の間、関与すると仮定された。シナプス低下活性が成人期を通じて持続して、シナプス前エレメントとシナプス後エレメント間のバランスの維持に関与することが可能である。ニューロトリプシン発現の時間的パターンは、発達過程でのシナプス除去の期間中にピークに達して(マウスとラットで出生後の最初の2週間)、その後、成人期を通じてより低レベルで発現されたままになるため、この可能性を裏付けている。
【0025】
トランスジェニックマウスの運動ニューロンにおけるニューロトリプシン過剰発現は、神経筋接合部の分解をもたらす(実施例7)。横隔膜とヒラメ筋を含めた、異なる種類の筋肉内の神経筋接合部の維持におけるニューロトリプシンの役割に関する系統的解析によって、運動ニューロン内でのニューロトリプシンの過剰発現が神経筋接合部のサイズを縮小させることが明らかになっている。運動ニューロン内でのニューロトリプシンの強い過剰発現は、先に確立された神経筋接合の完全な分散をもたらす。ニューロトリプシンのシナプス分解作用の結果として、シナプス後分化の認められない、および/または構造上および機能上低下したシナプス後分化の認められる運動神経は、先のNMJ部位を越えて成長し始める。筋繊維の表面上にまさに成長している神経は、シナプス後膜における続発性のひだの欠如から結論付けられる、電子顕微鏡的検査時に未成熟に見える小さな異所性のシナプスを構築する。
【0026】
トランスジェニックマウスの運動ニューロン内でのニューロトリプシン過剰発現によって、プロテオグリカンアグリンが切断される(実施例5)。結果として、アグリンのC末端部分はNMJから消失する(実施例6)。アグリンのNMJ保存活性およびNMJ促進活性を有するアグリンの領域は、アグリンのC末端部分、特に第3番目のラミニンGドメインに位置する(Bezakova.G., Nature Reviews Molecular Cell Biology 4: 295-308,2003)。したがって、アグリンのC末端ドメインの除去によって、いわゆる分散因子からNMJが無防備なままになり、NMJは崩壊して数日以内に消失する。Thy−1プロモーターによるニューロトリプシントランス遺伝子の発現促進開始時(出生から2〜5日後)における運動ニューロン内でのニューロトリプシンの上方制御は、数日以内にNMJからアグリンを消失させる(実施例6)。アグリンの消失直後、シナプス後アセチルコリン受容体も消失する(実施例7)。要約すると、これらの観察結果は運動ニューロン内でのニューロトリプシンの上方制御で始まる一連の現象を示している。過剰のニューロトリプシンは次に、NMJでアグリンを切断して、アグリンのC末端部分をNMJから除去する。C末端部分にはアグリンのNMJ保護能およびNMJ促進能の活性部位が含まれるため、NMJは分散因子に対して無防備なままとなり、分解される。
【0027】
運動ニューロンで選択的にニューロトリプシンを過剰発現するマウスの骨格筋における神経繊維数の顕著な減少という観察結果は、ニューロトリプシンが脱神経、それに続く脱神経された筋繊維の萎縮と最終的な喪失を招く、運動終板の退化と因果関係があることを示している。これらの観察結果は、年齢依存性の骨格筋萎縮を伴うヒトと動物の筋肉および神経筋接合で認められる観察結果と一致している。複数因子の収束作用に起因して年齢依存的な筋繊維喪失が起こる状況下では、ニューロトリプシンによって制御された微妙な部分的抑制によって、運動終板の退化、脱神経、筋繊維喪失の過程が中断されうる。したがって、ニューロトリプシンの抑制は年齢依存的な筋繊維の脱神経、筋繊維喪失、骨格筋萎縮に有益な影響を与えることが予想される。
【0028】
骨格筋萎縮は同時に筋力を大幅に喪失させて、老化の進行とともに起こる体調変化および機能的障害の発症に対する一因となっている。下肢の衰弱は、椅子からの起立または起床の困難、遅い歩行速度および他の動き、そして転倒や傷害を招くバランス維持の困難といった多くの機能的損傷に関与する。骨格筋繊維の喪失は、筋肉が発達させることができる絶対強度と、筋肉が力を発達させることができるスピードのいずれにも負の効果を及ぼす。
【0029】
加齢は代謝速度の段階的低下と関連しており、肥満発症傾向の増加の他、暑さや寒さに対する耐性の低下など、実質的な生理学的影響を有する。骨格筋は無脂肪体重の約40%を占めており、体の新陳代謝の恒常性に重要に関与している。したがって、加齢に伴う骨格筋量の減少が代謝速度の低下の主要原因である。繊維の進行性喪失を予防することで、ニューロトリプシンの抑制はこれらの代謝影響および生理学的影響に逆らって作用する。
【0030】
加齢に伴う骨格筋量と力の進行性消失は、加齢に伴って観察される骨密度の徐減の主要原因として認識されてきた。逆に、筋肉活動が骨に及ぼす力が骨形成を刺激することは周知である。それで、筋収縮によって発生した力は骨質の重要な決定要素である。したがって、末梢のニューロトリプシン活性の抑制によって筋繊維喪失を防ぐことで、骨格筋質に及ぼす悪影響を予防または抑制して、間接的に骨粗鬆症の進行に拮抗しうる。
【0031】
ニューロトリプシン阻害の有益な効果は、筋消耗が随伴症状となる、癌、エイズ、敗血症などの多数の臨床的症状で発生する骨格筋萎縮に対しても期待されうる。
【0032】
ニューロトリプシンは中枢神経系(CNS)でも抗シナプス機能を有する。ニューロトリプシンmRNAはCNSの灰白質のニューロンで発現され(Gschwend,T.P.ら、Molec.Cell Neurosci.9: 207-219,1997)、そしてニューロトリプシンタンパク質は多くの脳領域内のシナプスに富んだ領域で豊富である(Molinari, F.ら、Science 298: 1779-1781.2002)。特に、高濃度のニューロトリプシンタンパク質は、大脳皮質、海馬および扁桃のシナプスに富んだ領域で見いだされる。一方、他のシナプスに富んだ領域も多量のニューロトリプシン発現を示す。より高倍率では、ニューロトリプシンタンパク質はシナプス前末端の膜内、特にシナプス間隙の内側を覆う膜領域内で認められる(Molinari,F.ら、Science 298: 1779-1781,2002)。ニューロトリプシンの最も強い免疫染色は、シナプス前末端のシナプス活性領域上に認められる。時折、ニューロトリプシンの免疫反応性はシナプス前末端の小胞でも観察される。しかし、大半のシナプス前小胞がニューロトリプシンの免疫反応性を欠くことは注目に値する。ニューロトリプシンのシナプス局在化に関する独自の証拠が、生化学的アプローチ、つまりシナプトソーム分析によって得られる。シナプス前活性領域の膜内でのニューロトリプシンの免疫細胞化学的局在は、ヒトとマウスで同じである。要約すれば、結果は、ニューロトリプシンが、シナプス前末端、特にシナプス前活性領域のシナプス間隙の内側を覆うシナプス前膜に位置していることを示す。
【0033】
シナプス、特にシナプス前活性領域におけるその局在化によって、ニューロトリプシンはシナプス構造および機能を制御するための戦略上重要な位置に置かれる。シナプス構造および機能、特にCNS内での抗シナプス物質としての機能の調節因子としてのニューロトリプシンの役割は、CNSニューロン内においてニューロトリプシンを過剰発現するトランスジェニックマウスでの実験によって実証される(実施例11)。CNSニューロンが産生する過剰量のニューロトリプシンは、中枢神経系においてシナプスの数と大きさを有意に減少させる。構造変化の徴候は、形態学的方法と電気生理学的方法のいずれでも存在する。
【0034】
神経網領域でのシナプス計数は、領域毎でのシナプス数の減少を示す(実施例12)。染料で満たされた樹状突起に沿った樹状突起棘の検査によって、ニューロトリプシン過剰発現マウスにおける脊柱の縮小と減少が示される(実施例13)。多くのシナプスが樹状突起棘で終結するため、これらの結果は相互に一致する。したがって、より少数のシナプスおよびより少数の樹状突起棘は、同じ現象の2つの読み出しを示している。まとめると、これら観察結果はニューロトリプシンの抗シナプス機能を明確に実証している。
【0035】
CNSにおいても、ニューロトリプシンはアグリンの切断を媒介する(実施例14および15)。プロテオグリカンアグリンは神経筋接合部(Sanes,J.R. and Lichtman.J., Nat Rev.Neurosci.2: 791-805.2001)および中枢神経系のシナプス(Smith,M.A. and Hilgenberg.L.G.Neuroreport 13: 1485-1495.2002;Kroger,S. and Schroder,J.E.,News Physiol.Sci.17: 207-212.2002)のいずれにも存在している。野生型マウスのCNSホモジェネートでは、アグリンの100kDa断片は出生後の最初の数週間、発生段階でのニューロトリプシン発現がそのピ−クとなる際に最も多量に生じることが見出されている(実施例14)。アグリンの100kDa断片の量は、CNSニューロン内にニューロトリプシンを過剰発現しているトランスジェニックマウスで著しく増加する(実施例15)。非活性化されたニューロトリプシン存在下では、活性部位セリンをアラニンで置換することで、アグリンの切断は起こらない。このように、ニューロトリプシンのタンパク質分解活性はCNSにおいてアグリンの切断とアグリンの100kDa断片の生成を媒介することは明確である。これらの実験で使用されたアグリンの型は膜固定型である。このN末端結合型のアグリンは中枢神経系で主に認められ、CNSにおいてシナプス分化を制御することが報告されている(Bose,CM.ら、J.Neurosci.20: 9086-9095,2000)。
【0036】
要約すれば、ニューロトリプシンはNMJだけでなく、CNSでも抗シナプス機能を有する。記憶や学習といった認知機能に非常に重要な2つの脳構造である大脳皮質と海馬において、多量のニューロトリプシン(過剰発現)に対して、関連するシナプス結合は少な過ぎる。シナプスを組織化するプロテオグリカンアグリンは、CNSにおいてニューロトリプシンの生理学的基質でもある。アグリンの切断によって、ニューロトリプシンはアグリンのプロシナプス活性を打ち消す。
【化3】

【0037】
プロシナプス物質アブリンと抗シナプス物質ニューロトリプシンの共存および相互作用は、神経系の神経回路が固定されたネットワークシステムというよりむしろ動的システムであるという考え方を裏付けている。プロシナプス因子と抗シナプス因子間でのバランスのとれた調和によって恒常性が維持される。例えば記憶保存のために回路の変化が必要となる際に適応変化が要求される場合、制御下においてプロシナプスエネルギーと抗シナプスエネルギーとのバランスをシフトさせる。回路の変化の達成時には、プロシナプスエネルギーと抗シナプスエネルギーとのバランスが回復される。
【0038】
この微妙で、厳密に制御されたプロシナプスエネルギーと抗シナプスエネルギーとの相互作用は脱制御に対して弱く、不適当なシナプス恒常性や、機能要件に対する不適当な適応を招く。脱制御の程度が閾値を超えた場合、シナプス疾患を招きうる。
【0039】
ニューロトリプシン活性の医薬品による調節は、シナプス機能の調節機構に対する前例のないアクセスをもたらす。ニューロトリプシンのタンパク質分解活性を阻害することで、寿命の延長、ひいてはアグリン濃度の上昇を招く。ニューロトリプシンとアグリンとのこの結合に起因して、抗シナプス活性の低下は、ニューロトリプシン阻害によって誘発されるアグリンのプロシナプス活性を高める。結果として、プロシナプス活性を強化させる方向でバランスがシフトして、シナプスの数、大きさおよび強さの増大を招く。
【化4】

【0040】
ニューロトリプシンの抗シナプス活性を低下させて、ひいては抗シナプス活性を犠牲にしてプロシナプス活性を強化することによるシナプス調節の概念は、認知的脳機能障害の領域において広範囲に適用される。特に、ニューロトリプシンの阻害は、シナプス形成および既存のシナプスの増大および強化が必要とされる疾患と無症状の状態において有益である。
【0041】
ニューロトリプシンの阻害は統合失調症の治療に有用である。シナプスでの過剰のニューロトリプシンは、シナプス剪定を促進させ、ひいては統合失調症患者の脳に存在するシナプスの表現型と一致するシナプスの表現型を生じる。この実験での観察結果から、ニューロトリプシンはシナプス剪定の促進因子の1つと見なされる。複数の剪定促進因子の収束作用に起因して過剰のシナプス剪定が起こる状況下では、制御されたニューロトリプシンの部分的阻害によってシナプス剪定の促進が軽減される。これは「統合失調症のシナプス表現型」からの回復を可能にして、統合失調症の症状を軽減する。ニューロトリプシン過剰発現マウスのCNSにおけるシナプス数の減少は、ニューロトリプシンの阻害がシナプス剪定の程度を下げて、ひいてはシナプス数を増やして、ニューロンの結合性および連絡を強めることを示している。ニューロトリプシンの酵素機能を阻害する本発明の化合物は、統合失調症におけるシナプス変化の復帰、そして正常なシナプス構造および機能の再構築において有用であり、ひいては統合失調症の発症を予防または短縮させ、新たな発症を予防する。
【0042】
ニューロトリプシンの阻害は、軽度の認知機能障害、および認知機能の低下を伴う他の臨床状態と無症状状態における認知促進も裏付ける。認知機能障害の臨床状態と無症状状態の他、軽度の認知機能障害は、いくつかのCNS領域での大脳組織萎縮の証拠と関連することが発見されている。ニューロトリプシン過剰発現マウスのCNSにおけるシナプス数の減少は、ニューロトリプシンの阻害がシナプス数を増やして、ニューロンの結合性および連絡を強めることを示している。したがって、ニューロトリプシンの酵素機能を阻害する本発明の化合物は、シナプス数の減少またはシナプス機能の低下が関与する全ての臨床疾患および無症状疾患におけるシナプス変化の復帰、そして正常なシナプス構造および機能の再構築において有用である。これによって、医薬品でのニューロトリプシン阻害により、異なる原因で認知機能が低下した様々な状態において認知機能を改善しうる。
【0043】
これらの事実に基づいて、本発明はさらに、例えば骨格筋萎縮、統合失調症、認知障害などのシナプスの欠損が原因である疾患の治療および/または予防のための上記および下記の式(1)のニューロトリプシン阻害剤の使用に関する。治療する骨格筋萎縮は、特にいわゆるサルコペニア、つまり老齢を原因とする骨格筋萎縮、骨粗鬆症を伴う骨格筋萎縮、癌、エイズ、敗血症などの重度疾患と関連する筋消耗を原因とする骨格筋萎縮、または重度の傷害または重度疾患を原因とする運動不足および/またはベッド休養の結果としての骨格筋萎縮である。治療される統合失調症は、慢性の統合失調症、慢性の分裂感情障害、不特定の障害、種々の症候学の急性・慢性の統合失調症(例えば、軽減しない重度の「Kraepelinic」統合失調症またはDSM−III−R−プロトタイプの統合失調症様の障害)、発作性の統合失調症、妄想的(delusionic)な統合失調症様の障害、統合失調症様の人格障害(例えば、症状の軽い統合失調症様の人格障害、統合失調症型の性格障害、潜在性の統合失調症または統合失調症様の障害、非器質性精神障害)からなる全分野の統合失調症および統合失調症様の障害である。さらに、脳の働きを向上させ、学習と記憶機能を改善するために、本明細書に記載のニューロトリプシン阻害剤が向知性薬として使用されうる。治療される認知欠損は、軽度の認知機能障害(例えば、初期段階の可能性があるアルツハイマー病)、高齢者における認知症を伴わない認知機能障害、アルツハイマー病、パーキンソン病、多発性硬化症、脳卒中および頭部外傷患者における認知機能障害である。
【0044】
同様に、本発明は、シナプス欠損が原因となる疾患、例えば骨格筋萎縮、統合失調症および認知障害の治療および/または予防用医薬の製造のための式(1)の該阻害剤の使用に関する。さらに本発明は、シナプス欠損が原因となる疾患、例えば骨格筋萎縮、統合失調症および認知障害の治療および/または予防と関連しており、該治療を必要とする温血動物に対する該疾患への有効量の式(1)の化合物または医薬的に許容されうるその塩の投与を含んでいる。式(1)の化合物は、該治療を必要とする温血動物(例えば、ヒト)に対して、好ましくは該疾患に対する有効量を、そのままで、もしくは医薬組成物の形で予防的にまたは治療的に投与可能である。体重約70キログラムの個人の場合、本発明の化合物の1日投与量は約0.05g〜約5g、好ましくは約0.25g〜1.5gである。
【0045】
ニューロトリプシンは、プロリンに富んだ塩基性ドメイン(PB)、クリングルドメイン(KR)、3つ(マウスニューロトリプシン、mNT)または4つ(ヒトニューロトリプシン、hNT)のスカベンジャー受容体のシステインに富んだドメイン(SRCR1、SRCR2、SRCR3およびSRCR4)、およびプロテアーゼドメイン(PROT)で構成されている(図1)。チモーゲン活性化(ZA)部位は、ニューロトリプシンのプロテアーゼドメインN末端における切断部位を表す。ZA部位でのタンパク分解性切断は、触媒的不活性型から触媒的活性型にニューロトリプシンタンパク質を変換する。この切断によって、マウスニューロトリプシンの場合、非触媒性領域を含む約55kDaの断片およびプロテアーゼドメインを含む約30kDaの断片が生じる。ヒトニューロトリプシンの場合、生じる断片はそれぞれ67kDaおよび30kDaの分子量である。
【0046】
ヒトニューロトリプシンの生化学的分析とニューロトリプシン阻害剤の探索には、ミリグラムからグラムの範囲のタンパク質量が必要とされる。マウス骨髄腫細胞での安定発現、昆虫細胞でのバキュロウイルス媒介性発現、ヒト胎生腎(HEK)細胞での一過性発現、チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞での一過性発現、Picchia pastorisでの安定発現など、いくつかの真核生物発現システムについてニューロトリプシンの最適な生産および分泌が試験されている。これらのシステムには、上清中のタンパク質汚染量を減らす無血清条件および大規模生産のセットアップに容易に適応可能であるという利点がある。ニューロトリプシン発現はこれらの全ての発現システムにおいて実施可能である。しかし、実施例16および17に記載のとおり、ニューロトリプシンの最も効率的な生産と分泌は骨髄腫細胞で得られる。
【0047】
または、真核細胞における発現は、様々な真核発現ベクター(市販または自作)で実施されうる。同様に、HEK293T細胞およびHEK293−EBNA細胞、COS細胞、CHO細胞、HeLa細胞、H9細胞、Jurkat細胞、NIH3T3細胞、C127細胞、CV1細胞またはSf細胞などの様々な真核細胞系が利用されうる。
【0048】
ニューロトリプシン生産は、ニューロトリプシンの内因性発現を示す哺乳動物の細胞系にも基づきうる。内因性ヒトニューロトリプシンの発現は、ヒト肥満細胞系HMC−1内においてRNAレベルで認められている(Poorafshar,M. and Hellman,L, Eur.J.Biochem.261: 244-250,1999)。HMC−1細胞系は、適切に処理され、そのためヒトニューロトリプシンが活性型である可能性が非常に高い自然発生的な原料の代表である。これらの細胞は浮遊培養で成育させて、ヒトニューロトリプシンを構成的に発現することができる。HMC−1細胞から発現されるタンパク質は、ウェスタンブロット実験においてクリングルドメインに対して作成された特異的ポリクローナル抗体によって97kDaのバンドとして検出可能である。
【0049】
ニューロトリプシンの精製には、標準的なタンパク質精製方法が適用される(実施例18および19)。好ましくは、ヘパリンカラムでの親和性精製、次に疎水的相互作用カラムおよび固定金属キレートクロマトグラフィーカラムが使用される。次に溶出タンパク質をさらにMonoSカラムでのイオン交換クロマトグラフィーによって精製する。実験条件に応じて、イオン交換(DEAEまたはMonoQ)カラムまたはゲルろ過による追加的な、または代わりのクロマトグラフィーの段階もニューロトリプシンの精製に有用である。
【0050】
本発明は、水性緩衝液中においてニューロトリプシン、その変異体、またはニューロトリプシンのプロテアーゼドメインを含む断片と、アグリンを含むタンパク質またはペプチド、その変異体、またはアグリンのα−またはβ−切断部位を含む断片とをインキュベーションさせて(実施例20および21)、アグリンの切断量を測定する(実施例24)ことを特徴とする、ニューロトリプシンの触媒活性の測定方法に関する。
【0051】
本明細書で使用される、「アグリンを含むタンパク質またはペプチド、その変異体、または断片」とは、ヒトまたは他の哺乳動物または鳥のアグリン、該アグリンと1つ以上の(例えば、2または3つの)他のペプチドまたはタンパク質、特にマーカータンパク質(例えば、緑色蛍光タンパク質(GFP)、強化緑色蛍光タンパク質(EGFP)、または8×ヒスチジンなどの短鎖マーカーペプチド)との融合タンパク質、1個以上(例えば、1、2、3または4個)のアミノ酸を欠失または別のアミノ酸と置換させたアグリン変異体、先に定義された該アグリン変異体の融合タンパク質、または少なくとも6個、特に少なくとも8個のアグリンのアミノ酸(例えば、8〜20個または400〜600個のアグリンのアミノ酸)を含む断片(そのまま、またはマーカーペプチドまたはタンパク質と融合されており、アグリン変異体またはアグリン断片が切断部位αまたはβまたはいずれの切断部位も含んでおり、特にアグリン断片が以下で定義される切断部位αおよび/またはβのコンセンサス配列を含む)を意味する。該「アグリンを含むタンパク質またはペプチド、その変異体、または断片」は、さらに以下で記述されている非ペプチド性マーカー(例えば、分光検出用)を含みうる。
【0052】
特に、ニューロトリプシンの触媒的活性の測定方法は、ヒトまたは他の哺乳動物または鳥の完全長ニューロトリプシン、またはニューロトリプシンのプロテアーゼドメイン、そして完全長アグリンまたはその断片(例えば、膜結合アグリンの改変変異体で、例えば配列番号9のアグリン−EGFP、もしくは例えば配列番号12のC末端アグリン断片、アグリンC45)の使用に関連している。
【0053】
ニューロトリプシンの触媒活性を測定するための特に好ましい反応条件は、Ca2+イオンを含むpH7−8の緩衝液であり、例えば10mM MOPSの緩衝液(pH 7.5)、もしくは100〜200mM NaCl、1〜20mM CaCl(特に2〜5mM CaCl)そして任意で0.5%までのポリエチレングリコール(例えば、ポリエチレングリコール6000)を含む50〜100mM Tris−HClであり、反応温度は20〜40℃(例えば、約25℃)、反応時間は1−48時間(例えば、2〜16時間、例えば、約3時間)である。ニューロトリプシンは、3時間以内に基質の約80%が切断される濃度で使用される。ニューロトリプシンの好ましい濃度は0.1〜10nM(例えば、約1nM)であり、アグリンの濃度はニューロトリプシンの濃度の10〜5000倍(例えば、該濃度の1000倍)である。
【0054】
アグリン由来の基質の長さは、完全長アグリンから、ニューロトリプシンの少なくとも1つの切断部位を含む小ペプチドまで変化しうる。ニューロトリプシンは進化的に保存された異なる2つの部位でアグリンを切断する(実施例25)。第一の切断部位(切断部位α)を含むアミノ酸のコンセンサス配列は....P−P/A−I/V−E−R−A−S/T−C−Y....であり、R995とA996残基の間で切断が起こる。第二の切断部位(切断部位β)を含むアミノ酸のコンセンサス配列は....G/A−L/I/T−I/V−E−K−S−V/A−G....であり、K1754とS1755残基の間で切断が起こる。
【0055】
分析では、基質タンパク質またはペプチドからのタンパク質またはペプチド断片の放出を測定する。切断部位αまたはβの直ぐN末端側のアミノ酸配列を含むペプチドが、ペプチドのC末端に共有結合させた発色基質または蛍光発生基質と併用される場合、放出された発色基質または蛍光発生基質が測定される。切断部位αまたはβにわたる短いペプチド基質も、蛍光消光法によるニューロトリプシンのタンパク質分解活性の測定に使用可能である(Le Bonniec,B.F.ら、Biochemistry35: 7114-7122,1996)。
【0056】
切断部位αまたはβを含むタンパク質基質の切断産物の検出は、ニューロトリプシンのタンパク質分解活性によって生成した一方または他方の断片に対して特異的な抗体(実施例22および23)を用いて、またはアグリンの一端もしくは他端またはアグリン断片に、蛍光性、発色性、または他のタグを結合することによって実施される。切断産物の検出のために、タンパク質またはペプチドおよびそれらの切断産物のどのような検出方法も適用可能である。例えば、完全長アグリンおよびアグリンのより大きな断片(約10kDa以上)の切断は、SDS−PAGE、それに続くウェスタンブロット、もしくは蛍光またはタグ付きタンパク質を使用したゲル内での直接可視化によって、初めの基質の代わりにより小さな断片が出現することで検出される。アグリンのより小さな断片(約10kDa未満)は、プラスチック表面またはビーズへの結合によって固定され、切断は、抗体の特異的識別もしくは蛍光もしくは検出可能な化合物のいずれかによって検出可能な断片の可溶化によって可視化されうる(Patel,D.ら、Bio Techniques 31: 1194-1203,2001)。
【0057】
切断部位αでのニューロトリプシンによるアグリンの切断を調べるためのアグリン由来の1つの基質は、例えば、膜貫通型アグリンに基づく改変アグリン−EGFPである。この分子の可溶型は、ヒトカルシンテニン−1の分泌シグナルペプチド配列および8×ヒスチジンタグによる膜貫通部分の置き換えによって生成される。このタンパク質は金属親和性のクロマトグラフィーを利用して細胞培養上清から精製可能である。切断部位βを欠失させるために、LG3ドメインおよびEGF4ドメインとβ−部位を含むLG3ドメインを連結するループは、EGFPまたは短いリンカーで連結される別のタンパク質ドメインで置換される(実施例20参照)。ニューロトリプシン活性分析に有用な作業濃度は、低ナノモルからマイクロモル濃度まで、例えば1nMから10μMである。このタンパク質基質およびその切断産物は、切断部位αでの切断によって生じるアグリンのC末端切断産物を検出する抗体を利用したウェスタンブロット分析の利用(実施例22)によって、またはそのN末端ポリヒスチジンタグ介したタンパク質を結合および適当な抗体を介したC末端断片の放出のモニターによるELISAアッセイ(実施例22)によって、またはプレートリーダーでEGFP部分の放出された蛍光発光の測定によって測定可能である。
【0058】
ニューロトリプシンのタンパク質分解活性をモニターするための別のアグリン由来基質は、アグリンの切断部位βを含む約45kDaのC末端アグリン断片から成る。それはEGF4とLG3ドメインとの間に切断部位βを含むアグリンのLG2−EGF4およびLG3ドメインから成る。細胞培養物に分泌型タンパク質を産生させるために、ヒトカルシンテニン−1分泌シグナルペプチドをN末端に、次に精製およびNi−NTAプレートへの結合を容易にするための8×ヒスチジンタグを融合させる。検出とさらなる精製のために、C末端にStreptagIIを加えることができる。この基質(実施例21参照)は、低ナノモル濃度からマイクロモル濃度まで、例えば1nMから10μMまでのニューロトリプシン活性の測定に適している。ニューロトリプシン活性は、クーマシーブルーやSypro Rubyなどのタンパク質染色で未切断基質と切断産物を染色することによって、LG3ドメインを検出するStrepTactin(IBA、Goettingen)または適当な抗体を利用した切断産物のC末端を検出するウェスタンブロットによってモニターできる(実施例23参照)。適当な染料または他のシグナルを与えるタンパク質で標識されたC末端EGFPまたはSNAP−Tag(Covalys)を含む別のコンストラクトは、Ni−NTAプレートまたはNi−NTAビーズへのタンパク質基質のN末端部分の結合によって、ニューロトリプシンによる切断時に蛍光放出を検出するプレート試験でのハイスループット分析において使用可能である(参照例、Patel,D.,BioTechniques31: 1194-1203,2001)。
【0059】
発色性のタンパク分解性基質は、通常、3−5個の天然または人工のアミノ酸から成る天然または人工のペプチドを含む。それらは、アミノペプチダーゼによる好ましくない分解を減らすために、N末端が保護されている。それらのC末端上は、アミド結合の切断時に発色性基または蛍光発生性基が放出されるように改変が施されている。検出は脱離基の種類に左右され、光のUV領域から可視領域にまで及びうる。その他は蛍光シグナルを生じる。最も一般に使用される基は、波長405nmの光を吸収するp−ニトロアニリン(pNA)(Nall,T.A.ら、J.Biol.Chem.279: 48535-48542, 2004)、そして励起波長342nm、発光波長440nMの蛍光性の7−アミノ−4−メチルクマリン(AMC)である(Niyomrattanakit,P.ら、J. Virol.,78: 13708-13716,2004)。ニューロトリプシン活性の検出では、25−37℃の分析バッファー(150mM NaCl、5mM CaCl、0.1% PEG 6000、20mM MOPS、pH7.5)中で濃度20−50μMの短いトリペプチドIER−pNAを使用可能である。濃度1−5nMのニューロトリプシンでの切断時、410nmでのシグナル強度の上昇が分光光度計で追跡調査できる。
【0060】
FRET基質はハイスループット・スクリーニング(HTS)に容易に適応可能な均質の高感度分析を実現するため、タンパク分解分析において広く使用されている。該方法は、ハイスループットアッセイのセットアップにおいてニューロトリプシンの競合的阻害剤を選別するための有機化合物ライブラリーのスクリーニングにおいて特に有用である。FRETアッセイにおいて、ペプチド基質は2つのフルオロフォア、蛍光ドナー(オルトアミノ安息香酸、Abz)および消光受容体(エチレンジアミン−2,4−ジニトロフェニル:ED−DNP)で合成される。光励起時に、光放射なしで起こる蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)として知られている量子力学的現象を通してドナー(Abz)蛍光発光エネルギーが受容体(ED−DNP)によって有意に消光されるように、これら2つの基の間の距離を選択した。プロテアーゼによる基質ペプチドの切断時に、フルオロフォアは消失基から分離されて、ドナーの完全な蛍光収率を回復させる。因数7−100での蛍光発光の増加は、タンパク質分解速度と直線関係にある(Le Bonniec,B.F.ら、Biochemistry 35: 7114-7122,1996)。
【0061】
ニューロトリプシン活性の検出に有用なアグリンに基づくFRET基質の1つは、アグリンのニューロトリプシン認識部位αを含んでいるアミノ酸配列Abz−PIERASCY−ED−DNPを伴うノナペプチドである(Jerini AG、ドイツ、ベルリン)。推定切断部位は基質のアミノ酸4(R)と5(A)の間に位置している。25〜37℃の分析バッファー(150mM NaCl、5mM CaCl、0.1% PEG6000、20mM MOPS、pH7.5)中での1〜10nMニューロトリプシンによる濃度1〜40μMのペプチドの切断時、活性は分光光度計において励起波長320nm、発光波長430nmで上昇するシグナル強度のため蛍光分光分析によって検出できる。
【0062】
別のFRET基質は、2つの蛍光タンパク質、シアン蛍光タンパク質(CFP)と増強黄色蛍光タンパク質(EYFP: Enhanced Yellow-Fluorescent Protein)に基づいている。2つのタンパク質の間に、ニューロトリプシン認識配列α(PIERASCY)およびニューロトリプシン認識配列の上流、下流に1つずつ4個のアミノ酸のスペーサーを含む16個のアミノ酸のリンカーを導入する(リンカー配列:GAGSPIERASCYGSST)。または、切断部位βに隣接する、対応するアミノ酸配列も使用できる。ニューロトリプシンによる感受性リンカー配列の切断によって、2つのフルオロフォアが分離されて、エネルギーの移動が喪失する。データ収集は、1−10nMのニューロトリプシンおよび0.1〜1μMの基質を使用した25−37℃の分析バッファー(150mM NaCl、5mM CaCl、0.1% PEG 6000、20mm MOPS、pH7.5)において実施される。このように、基質の加水分解は、400〜50nMでの励起後、ドナーの蛍光発光強度を上昇させて(Em.485nm)、同時に受容体の蛍光発光を低下させる(Em.528nm)測定によって評価可能である(Pollock,B.A.ら、Trends in Cell Biol.9: 57-60,1999)。
【0063】
本発明はさらに、水性緩衝液中において化合物をニューロトリプシン、特にヒトのニューロトリプシン、その変異体、またはプロテアーゼドメインを含む断片、およびアグリンを含むタンパク質またはペプチド、その変異体またはアグリンのα−またはβ−切断部位を含む断片と一緒にインキュベーションし、アグリンの切断量を測定することを特徴とする、化合物がニューロトリプシン阻害剤であるか否かの判定方法に関する。
【0064】
特に、化合物がニューロトリプシン阻害剤であるか否かの判定方法は、完全長のヒトのニューロトリプシンまたはヒトのニューロトリプシンのプロテアーゼドメイン、および完全長のアグリンまたはその断片(例えば、膜結合アグリンの改変変異体、例えば配列番号9のアグリン−EGFP、または例えば配列番号12のC末端アグリン断片であるアグリン−C45)の使用に関連している。
【0065】
ニューロトリプシン阻害剤は、ニューロトリプシンのタンパク質分解活性の分析法(実施例24)を使用し、また候補化合物の活性低下作用を試験して(実施例26および27)検出される。ニューロトリプシンのタンパク質分解活性を測定するために、精製ニューロトリプシン(実施例18および19)および精製アグリン、または少なくとも1つの切断部位を含むアグリンの精製断片(実施例20および21)を適当な条件下で被験化合物と共にインキュベーションさせる。インキュベ−ション時間の終わりに、ニューロトリプシンのタンパク質分解活性によって生じる切断産物を測定する。潜在的なニューロトリプシン阻害剤を含む反応での切断産物の生成量と、有機化合物の添加なしでの対照反応との比較によって、化合物の阻害作用が判定される(実施例27)。ニューロトリプシン阻害剤として見いだされる化合物の阻害活性の用量依存性は、実施例28に記載のとおりに判定される。ニューロトリプシン阻害剤として見いだされる化合物の特異性は、実施例29に記載のとおりに他のセリンプロテアーゼに対する阻害活性の試験を実施することで検証される。
【0066】
化合物がニューロトリプシン阻害剤であるか否かを判定するための特に好ましい反応条件は、Ca2+イオンを含むpH7前後の緩衝液(例えば、100〜200mM NaCl、5〜20mM CaCl、20mM MOPS、pH7.5、任意で0.5%までのポリエチレングリコール)であり、反応温度は20〜40℃(例えば、約25℃)、反応時間は1〜48時間(例えば、3時間)である。ニューロトリプシンの好ましい濃度は0.1〜10nM(例えば、約1nM)であり、アグリンの濃度はニューロトリプシンの濃度の10〜5,000倍(例えば、該濃度の1,000倍)である。試験化合物は濃度を上昇させ、好ましくは0.001〜500μMの濃度で添加される。試験化合物の溶解度を改善するためにDMSOを30%まで添加できる。
【0067】
本発明はさらに、HTS(ハイスループット・スクリーニングシステム)に適した工程で、ニューロトリプシン、その変異体、またはニューロトリプシンのプロテアーゼドメインを含む断片、そしてアグリンを含むタンパク質またはペプチド、その変異体、またはアグリンの切断部位αまたは切断部位βの配列を含む断片、またはアグリンの切断部位αまたは切断部位βの配列と相同な配列を含む他のタンパク質を水性緩衝液中で一緒にインキュベーションし、そして切断産物の量を測定する、HTSにおけるニューロトリプシン活性と小分子有機化合物のニューロトリプシンに及ぼす阻害作用の検出方法に関する。
【0068】
特に、ニューロトリプシンの触媒活性を測るための方法を参考にしている上記の全ての方法を、HTS読み出しのための適切な方法を利用したマルチプレートアッセイまたはドットブロットで使用できた。
【0069】
C末端に色素性または蛍光性の脱離基を伴う切断部位αまたは切断部位βを含む小さいペプチド基質は、適当な波長の蛍光発光または吸収の増加を測定することで、マルチプレートリーダーで容易に読み出せる。この方法は、タンパク質の一部をウェル表面に固定させて、適当な波長でウェル内の上清における蛍光発生、吸収、または酵素活性を検出することで、N末端またはC末端に親和性タグを有するタンパク質基質(例えば、ポリヒスチジンタグまたはStreptagIIまたはタンパク質タグ)、C末端またはN末端に融合したシグナル放出タンパク質またはタンパク質ドメイン(例えば、蛍光タンパク質)、または発色団またはフルオロフォアで標識可能なタンパク質、もしくはβガラクトシダーゼなどの発色反応または蛍光反応の触媒となる酵素にも適用可能である。HTSでのニューロトリプシン活性に対する切断産物の生成は、シグナル放出酵素またはシグナル放出基を結合させた適切な抗体を用いて、ニューロトリプシン切断に適したタンパク質基質でコーティングされたウェル内の上清における切断産物の量または未切断基質の残留量を検出することでELISAを適用してモニターすることもできる(Gutierrez,O.A.ら、Anal.Biochem.307: 18-24,2002)。
【0070】
本発明はさらに、HPLC(Betageri,R.ら、J.Biochem.Biophys.Methods 27: 191-197,2 1993)、FPLC、質量分析(Mathur,S.ら、J.Biomol.Screen.8: 136-148,2003)、SELDI(Cyphergen)、または他の関連する適用などの方法を利用して、記載された種類の小ペプチド基質またはタンパク質基質の切断産物のHTS様の検出に適した他の非プレート分析に関する。
【0071】
また、本発明は、この方法によって検出されたニューロトリプシンの阻害剤、特に次の式
【化5】


(式中、HalおよびHalは、互いに独立して、フッ素、塩素または臭素、特に臭素である)の化合物およびその医薬的に許容されうる付加塩に関する。HalおよびHalの一方が臭素であり、他方が塩素またはフッ素である化合物、そしてその医薬的に許容されうる付加塩が好ましい。HalおよびHalが臭素である、式(1)の化合物の医薬的に許容されうる付加塩が特に好ましい。
【0072】
このような医薬的に許容されうる塩は、例えば有機酸または無機酸で形成される。適当な無機酸は、例えば、塩酸、硫酸またはリン酸などのハロゲン酸である。適当な有機酸は、例えば、カルボン酸、ホスホン酸、スルホン酸またはスルファミン酸、例えば、酢酸、プロピオン酸、オクタン酸、デカン酸、ドデカン酸、グリコール酸、乳酸、フマル酸、コハク酸、アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、グルタミン酸またはアスパラギン酸などのアミノ酸、マレイン酸、ヒドロキシマレイン酸、メチルマレイン酸、シクロヘキサンカルボン酸、アダマンタンカルボン酸、安息香酸、サリチル酸、4−アミノサリチル酸、フタル酸、フェニル酢酸、マンデル酸、桂皮酸、メタンスルホン酸またはエタンスルホン酸、2−ヒドロキシエタンスルホン酸、エタン−1,2−ジスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、2−ナフタレンスルホン酸、1,5−ナフタレンジスルホン酸、2−,3−または4−メチルベンゼンスルホン酸、メチル硫酸、エチル硫酸、ドデシル硫酸、N−シクロヘキシルスルファミン酸、N−メチル、N−エチルまたはN−プロピルスルファミン酸、またはアスコルビン酸などの他の有機プロトン酸である。
【0073】
分離または精製の目的で、医薬的に許容できない塩、例えばピクリン酸塩または過塩素酸塩も使用可能である。治療的用途では、医薬的に許容されうる塩または遊離の化合物のみが利用されるため(適用可能な場合、医薬製剤形)、これらが好ましい。
【0074】
式(1)の化合物は、周知の方法、例えば式(2)のアミンまたはその前駆体の縮合によって調製され、ここでアミジン機能は保護されているか、もしくはアミジン機能に容易に変換される官能基として式(3)のアルデヒドと共に存在しており、縮合反応後に任意の保護基が切断されるか、官能基がアミジン機能に変換される。
【化6】

【0075】
特に、本発明は、上記のとおりに、式(1)の化合物を含む医薬組成物、および式(1)の化合物の医薬としての使用に関する。
【0076】
本発明は、有効成分としての式(1)の化合物を含み、特に記載の疾患の治療に使用可能な医薬組成物と関連している。温血動物、特にヒトへの、経鼻、口腔、直腸投与、特に経口投与などの経腸投与、そして静脈内、筋肉内または皮下投与などの非経口投与のための組成物が好ましい。組成物は有効成分のみ、または、好ましくは有効成分と薬学的に許容されうる担体を含む。有効成分の用量は、治療する疾患、生物種、その年齢、体重、個々の状態、個別の薬物動態学的データ、そして投与方法によって決まる。
【0077】
医薬組成物は、約1〜約95%の有効成分を含み、例えばコーティング錠および非コーティング錠、アンプル、バイアル、座薬またはカプセル;軟膏、クリーム、ペースト、フォーム剤、チンキ剤、ドロップ剤、スプレー、分散剤などである。実施例は約0.05g〜約1.0gの有効成分を含むカプセルである。本発明の医薬組成物は、それ自体公知の方法、例えば、従来の混合、造粒、コーティング、溶解または凍結乾燥の工程によって調製される。
【0078】
有効成分の液剤、また懸濁剤または分散剤、特に等張水溶液、分散剤、懸濁剤の使用が好ましく、これらは例えば、有効成分のみ、または有効成分と担体を含む凍結乾燥組成物(例えば、マンニトール)の場合、使用前に調製可能である。医薬組成物は滅菌されていてもよく、および/または賦形剤(例えば、防腐剤、安定化剤、加湿剤および/または乳化剤、可溶化剤、浸透圧および/または緩衝液を調節するための塩)を含み、例えば従来の溶解および凍結乾燥の過程によって、それ自体公知の方法で調製されてもよい。該溶剤または懸濁剤は、増粘剤、典型的にはカルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、デキストラン、ポリビニルピロリドンまたはゼラチン、また可溶化剤(例えば、Tween80(登録商標)(ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノオレエート)を含みうる。
【0079】
油懸濁剤には、油成分として、注射の目的で汎用される植物油、合成油または半合成油を含む。
【0080】
適当な担体としては、特に砂糖などの充填剤、例えば乳糖、サッカロース、マンニトールまたはソルビトール、セルロース調製物、および/またはリン酸カルシウム(例えば、リン酸三カルシウムまたはリン酸水素カルシウム)、またでんぷん(例えば、トウモロコシ、小麦、米またはジャガイモのでんぷん)などの結合剤、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、および/またはポリビニルピロリドン、および/または、必要に応じて、前述のでんぷんなどの崩壊剤、またカルボキシメチルでんぷん、架橋ポリビニルピロリドン、アルギン酸またはアルギン酸ナトリウムなどのその塩である。さらなる賦形剤は、特に流度調整剤と滑剤(例えば、珪酸、タルク、ステアリン酸、またはステアリン酸マグネシウムまたはステアリン酸カルシウムなどのその塩、および/またはポリエチレングリコール、またはその誘導体)である。
【0081】
錠剤の中心部には、任意で、該技術分野で周知の適当な腸溶コーティングを施すことができる。
【0082】
経口投与用の医薬組成物として、ゼラチンでできた硬カプセル剤、そしてゼラチンおよびグリセロールまたはソルビトールなどの可塑剤でできた密封軟カプセル剤も挙げられる。直腸内投与に適した医薬組成物は、例えば、有効成分と坐剤基剤の併用による座薬である。適当な坐剤基剤は、例えば、天然または合成のトリグリセリド、パラフィン炭化水素、ポリエチレングリコール、または高級アルカノールである。
【0083】
実施例
実施例1:ニューロトリプシンは脊髄の運動ニューロンによって強発現される。
生体マウス脊髄の横断低温切片でのin situハイブリッドパタ−ンから、灰白質においてニューロトリプシンmRNAの細胞内での強発現が明らかになっている(Gschwend,T.P.ら、Molec.Cell Neurosci.9: 207-219,1997)。脊髄におけるニューロトリプシンの最も強い発現は、灰白質の前角内の運動ニューロンにおいて認められた。
【0084】
脊髄におけるニューロトリプシンタンパク質の免疫組織化学的局在のために、ニューロトリプシンの触媒ドメインに対する抗体が作成された。免疫付与用の抗原を作成するために、C末端にHis−tagを含むヒトニューロトリプシンの触媒ドメインを大腸菌内で産生させて、Ni−NTAカラムで精製して、リフォールディングさせた。50μg部分がヤギへの免疫付与(完全フロイントアジュバントの一次免疫および不完全フロイントアジュバントのブースタ注射)に使用された。免疫血清から、固定タンパク質G上で親和性クロマトグラフィーによってIgGを分離した。親和性精製済みIgGは、固定されたニューロトリプシンのタンパク分解性ドメイン上で親和性クロマトグラフィーによって得られた。
【0085】
成体マウス(2カ月)はナトリウムペントバルビタール(80mg/kg、Abbot)で深く麻酔させて、0.9%NaCl 10ml、続いて0.1Mリン酸緩衝液(pH7.4(PB))中に4%パラホルムアルデヒド(Merck)、0.05%グルタルアルデヒド(Merck)、0.2%ピクリン酸(BDH)を含む150mlの固定剤を経心臓的にかん流させた。脳の冠状断面を振動マイクロトーム上で60μmに切断した。免疫試薬の浸透を促進させるために、切片をPB中30%ショ糖で平衡化させて、液体窒素で急速冷凍させ、次にPB中で溶解させて、0.3%Triton−X100で10分間前処理した。室温(RT)の0.05Mトリス緩衝生理食塩水(TBS;pH7.4)の20%正常ヤギ血清(NGS;Vector Labs,Servion、スイス)中で45分間予備インキュベーション後、切片をニューロトリプシン(1μg/1ml)に対する一次抗体と4℃で36〜48時間インキュベーションした。免疫ペルオキシダーゼの光顕のために、切片をビオチン化ヤギ抗ウサギIgG(1:200, Vector Labs)と4℃で12時間インキュベーションさせて、その後、室温でアビジン−ビオチンペルオキシダーゼ複合体(Elite ABC; 1:100,Vector Labs)中で3時間インキュベーションさせた。0.004%過酸化水素の存在下で3,3’−ジアミノベンジジン(Sigma;TBS中0.05%、pH7.6)中でのインキュベ−ションによって抗原部位を可視化させた。切片をゼラチン化スライド上に乗せて、空気乾燥させ、脱水させて、Entelan(Merck)中においてカバースリップで覆った。
【0086】
このようにして生体マウス脊髄の横断面で検出された免疫組織化学的染色パタ−ンは、灰白質におけるニューロトリプシンの存在の強いシグナルを明らかにした。最も強い発現レベルは前角の運動ニューロンにおいて見られた。一次または二次抗体の省略を除いて、同じ方法で処理された対照切片では染色は示されなかった。
【0087】
結論として、これらの実験は、ニューロトリプシンが脊髄の灰白質で強発現されることを明示している。特に強い発現が運動ニューロンで見られ、その運動ニューロンは前角にあり、骨格筋神経を支配している。
【0088】
実施例2:ニューロトリプシンはアグリンを切断する。
アグリンに対するニューロトリプシンのタンパク質分解作用が、HEK293T細胞内での2つのタンパク質の同時発現によって試験された。マウスニューロトリプシンのコード配列を含む2310bpのKpnI−HindIII断片を真核発現ベクターpcDNA3.1(−)(Invitrogen)のKpnIとHindIIIにクロ−ニングした。スプライス変異体Y4とZ8を含む膜貫通アイソフォ−ムに存在しているラットアグリンをコードするcDNAクロ−ン(Rupp,F.ら、Neuron 6: 811-823,1991; GenBank Nr.M64780)をKpnIおよびEcoRIを介してpcDNA3(Invitrogen)のポリリンカ−に挿入した。HEK293T細胞は、10%COの加湿空気中で37℃のDMEM/10% FCS中で培養した。トランスフェクションでは、3cm皿内に置かれたガラスカバーガラス上のDMEM/10% FCS 3mlに細胞を播種した。播種の翌日、40〜60%のコンフルエンスの細胞に、リン酸カルシウム沈殿を使用して、ニューロトリプシンとアグリン(それぞれ5μgDNA)をコードするcDNAを一過性にトランスフェクションさせた。トランスフェクションから4時間後、培地を慎重に取り除き、3mlの新しいDMEM/10%FCSと交換した。
【0089】
ニューロトリプシンと同時発現させたアグリンの結果は、ウェスタンブロットによって分析した。トランスフェクションから48時間後、細胞をPBSで洗い、250μl緩衝液(20mM Tris−HCl、pH7.4 150mM NaCl、1mM EDTA、1% Triton X−100、プロテアーゼ阻害剤カクテル)を添加して溶解させた。抽出物は20分間4℃でインキュベーションさせて、次に4℃、15,000×gで20分間遠心分離機にかけた。上清を回収した。タンパク質濃度の測定後、上清を5×Laemmliローディングバッファーと混合させて、3分間煮沸後、遠心分離にかけて、分析に使用した。タンパク質は、7.5%アクリルアミドを使用してSDS−PAGEによって分離した。電気泳動後、タンパク質をニトロセルロースメンブレンにトランスファーさせた。トランスファー効率をPonceauS染色によって実証した。次にメンブレンを0.1%Tween−20および5%(w/v)ブロッキング試薬(Amersham)を含むTBSでブロッキングした。その後の全てのステップを0.1%Tween−20を含むTBS中で実施した。メンブレンを一次抗体(SZ177,1:1000;AGR540,1:1000; K−17、ポリクローナル抗アグリン抗体(Santa Cruz)、1:1000)と60分間インキュベーションさせた。十分な洗浄後、メンブレンをペルオキシダーゼ結合二次抗体と45分間インキュベーションさせた。使用説明書に従って、ChemiGlow(Alpha Innotech)を用いて検出した。Chemilmager(Alpha Innotech)を用いて撮像した。
【0090】
アグリンは1個のトランスフェクタント(図2、レーン1)の界面活性剤抽出物において明確に同定された。ダブルトランスフェクタントの抽出物中で、アグリンは強く減少していた(図2、レーン2)。アグリンのシグナルは空のベクターをトランスフェクションした細胞では認められなかった。抗ニューロトリプシン抗体によるブロットの再検出後、全て条件下でニューロトリプシンの産生が確認された。これらの異なる条件の培養液の分析から、ダブルトランスフェクションされた細胞の細胞抽出物から失われた免疫反応性が培地上清中に放出されていたことが明らかになった。ダブルトランスフェクションしたHEK293T細胞の200μl培養液中において、抗アグリン抗体によって100kDaのバンドが検出された(図2、レーン3)。このシグナルはシングルトランスフェクタント(図2、レーン4)の培地では認められなかった。同様に、アグリンおよび触媒活性のないニューロトリプシンをトランスフェクションしたHEK293T細胞の培地ではシグナルは検出されなかった。
【0091】
要約すれば、結果から、(1)HEK293T細胞内で産生されたニューロトリプシンには触媒活性がある、(2)神経筋接合部および中枢神経系のシナプスの細胞外に存在する成分であるアグリンがニューロトリプシン依存性のタンパク質分解によって切断可能である、(3)このニューロトリプシン依存性の切断によってアグリンの切断型および放出型が形成される、ことが示された。アグリンの放出部分の見掛け上の分子量は約100kDaである。アグリンの検出用に使用する抗体は、アグリンのC末端部分のエピトープに向けられているため、可溶化断片はアグリンのC末端側を含む。
【0092】
実施例3:インビボでのアグリンの切断は神経発生中での脊髄におけるニューロトリプシンの発現と一致する。
インビボでのアグリンの切断を試験するために、アグリンのNtおよびC末端の100kDa断片に対する特異的抗体を使用したウェスタンブロットによって発育中マウスおよび成体マウスの脊髄ホモジネ−トを分析した。3、6、12カ月齢のマウスの他、生後4、7、9、10、15、25日目のマウス脊髄から組織ホモジネ−トを調製した。図3に示されるように、Ntは生後3週間目まで最も強く発現しており、7〜10日目に発現レベルが最高になる。アグリンのC末端部分に対する抗体を用いたウェスタンブロットでは、非常によく似た時間的パターンが明らかとなり、ニューロトリプシンによるアグリンの切断がインビボでも起こることを示している。
【0093】
実施例4:トランスジェニックマウス技術を利用した運動ニューロンにおけるニューロトリプシンの選択的過剰発現。
ニューロトリプシンをThy−1遺伝子のプロモーターの制御下で過剰発現させた。Thy−1遺伝子はマウスの神経系ニューロンにおいて比較的遅くに発現する(場所に応じて、生後4−10日目;Gordon,J.W.ら、Cell 50: 445-452,1987)。したがって、Thy−1プロモーターの制御下にあるニューロトリプシンの発現によって、過剰量のニューロトリプシンの存在がそれ以前の発育段階を混乱させないようになっている。
【0094】
活性化を要求するコンディショナルトランス遺伝子を用いてニューロトリプシン過剰発現マウスを作成した。この目的のために、loxP部分に挾まれた、除去可能な転写停止配列をニューロトリプシンcDNAの前に導入した。このように、停止配列はCreレコンビナ−ゼ/loxP組換えシステムによって除去可能であった(Sauer B.ら、Proc.Natl.Acad.Sci.(USA)85: 5166-5170,1988)。Cre(Creレコンビナ−ゼ)タンパク質は大腸菌バクテリオファージP1によってコードされており、分子内および分子間DNAの組換えを効率的に促進させる。組換えは、loxPと呼ばれる特異的部位で起こる(Hamilton,D.L. and Abremski,K.,J. Mol.Biol.178: 481-486,1984)。Creレコンビナーゼのこの特徴によって、loxP配列の間にある特異的に目印の付いたDNA鎖を削除および挿入できる。インビボで特異的な機能変異を作成するために使用できる(Chen S.ら、Cell 51: 7-19,1987)。
【0095】
運動ニューロン内において活性型ニューロトリプシンを過剰発現するマウスを作成するために、コンディショナルなニューロトリプシン過剰発現用コンストラクトを有するマウスを、転写因子HB9の遺伝子内にCreレコンビナーゼDNAを有するヘテロ接合マウスと交配させた。HB9プロモーターは運動ニューロンの分化中にインビボで活性であり、ひいては全ての運動ニューロンがHB9活性型のCreレコンビナーゼを発現して、不活性型のトランス遺伝子から転写停止配列が除去される。
【0096】
PCRによってトランスジェニックマウスの遺伝子型を特定した。PCR用のDNAはマウスの尾から抽出した。野生型マウスニューロトリプシン遺伝子を検出しないようにPCRプライマーの位置を選択した。3’−プライマーはThy−1プロモーター内のDNA配列と、5’−プライマーはニューロトリプシンcDNA内の配列と一致させた。このDNA断片はニューロトリプシンのトランス遺伝子に固有である。通常、Creはマウスに存在しないため、Creインサート検出用プライマーはいずれもCre遺伝子内由来のDNA配列と等しかった。この手順で、ヒトニューロトリプシンを過剰発現しているマウス3系統とマウスニューロトリプシンを過剰発現している4系統を作成した。トランス遺伝子の発現は、ノーザンブロットおよびin situハイブリダイゼーションによってmRNAレベルで、そしてウェスタンブロットによってタンパク質レベルで実証された。通常の過剰発現は2−10倍程度であった。
【0097】
ニューロトリプシン媒介性の変化がその触媒ドメインに依存することは、同じプロモーター、つまりThy−1プロモーターの制御下において触媒活性のないニューロトリプシンを過剰発現しているトランスジェニックマウスを作成することで実証された。不活性型ニューロトリプシンは、必須の活性部位セリン711(キモトリプシンのセリン195に対応)をアラニンに変えることで容易に作成できる。全てのセリンプロテアーゼにおいて、活性部位セリンは、タンパク分解反応における共有結合中間体に関与しているため、その変異は触媒機能を完全に喪失させることになる。不活性型のニューロトリプシンを過剰発現しているトランスジェニックマウスは、健康であり、何の異常も示さなかった。
【0098】
実施例5:ニューロトリプシンのトランスジェニック過剰発現は、インビボでのアグリンの切断を促進させる。
組織ホモジネ−トを、ヒトニューロトリプシン(hNt)またはマウスニューロトリプシン(mNt)のいずれかを過剰発現している生体マウスの脊髄から調製した。これらのマウスは、不活性型トランス遺伝子を有するマウス(mNtでは497、489、533系統、hNtでは493、494系統)と運動ニューロン特異的HB9プロモーターの制御下でCreレコンビナ−ゼを発現するマウスを交配することで得られた。野生型マウスを対照に使用した。脊髄ホモジネ−トをSDS−PAGEおよびウェスタンブロットにかけた。ウェスタンブロットでは、アグリンのC末端100kDa断片の他、hNtおよびmNtに対する抗体をプロ−ブに用いた。図4に示されるように、アグリンのC末端の100kDa断片は、ニューロトリプシンを過剰発現しているトランスジェニックマウスにおいて強く増加していた。アグリンのC末端の100kDa断片の増量は、異なるトランスジェニックマウス系統での過剰発現のレベルで良好な相関関係にあった。ヒトとマウスのNtは、アグリンに対して同じタンパク質分解作用を示した。これらの結果は、ニューロトリプシンがインビボで濃度依存的にアグリンを切断することを示している。
【0099】
実施例6:運動ニューロン内でのニューロトリプシンのトランスジェニック過剰発現は、数時間から数日以内にNMJからアグリンを除去する。
脊髄運動ニューロン内のニューロトリプシン(Nt)のトランスジェニック過剰発現の効果は、神経筋接合部(NMJ)の免疫組織学的分析によって検討された。トランスジェニックNtの発現を促進させるために使用されたThy−1プロモーターが出生後の第一週中に活性化することが判明しているため(部位によって多少変動する)、出生後の第一週が特に重要であった。この分析では、NMJの表面局在によって横隔膜の筋肉が該比較分析の優れたモデルとなるため、横隔膜が使用された。アグリンのC末端100kDa断片に対するアフィニティー精製済み抗体を使用した免疫組織学的染色によってアグリンを可視化した。図5に示すように、トランス遺伝子の活性化前の時間点であるP0でのアグリンの免疫反応性は野生型マウスとトランスジェニックマウスで同じである(図5:P0)。いずれの場合でも、アグリンの免疫反応性は、図6に示す同じ筋肉でのNMJのα−Btxシグナルと明らかに一致する。P8では、野生型マウスと比較した場合のアグリンの免疫反応性の顕著な減少が、Nt過剰発現マウスの横隔膜のNMJにおいて認められる(図5:P8)。年齢を一致させた野生型マウスにおいてアグリン陽性NMJが密集した運動終板バンドは、ごく少数の大きなNMJ様アグリン陽性構造物を示すのみである。P4マウスにおけるアグリンの免疫反応性は、十分に保存されたNMJから残留NMJを反映する小さい構造物まで変動する、可変サイズの構造物の混在パタ−ンを特徴とする遷移段階を示す(図5:P4)。図5のアグリンの免疫反応性構造の大部分が、図6のα−Btx陽性構造と厳密に一致した。一方、Nt過剰発現マウスでの遷移状態のシナプスの相当な割合において、アグリンシグナルとα−Btxシグナルの比率はP0よりも小さかった(実施例7参照)。
【0100】
これらの結果は、ニューロトリプシンがインビボでNMJにおいてアグリンを切断して、アグリンのC末端部分がニューロトリプシン依存性の切断から数時間から数日以内にNMJから消失することを示している。C末端部分がアグリンのプロシナプス活性に関与するドメインを含んでいることから、これは特に注目に値する。
【0101】
実施例7:NMJからのアグリンのニューロトリプシン誘発性除去は、数時間から数日以内にNMJを分散させる。
運動ニューロンにおけるニューロトリプシン(Nt)過剰発現の効果と、その後のNMJからのアグリンの除去が、シナプス後装置の可視化によって検討された。蛍光α−ブンガロトキシン(α−Btx)でアセチルコリン受容体を染色することでシナプス後装置を可視化した。図6に示すように、Nt過剰発現(Nt)マウスと野生型(wt)マウスとの比較において、シナプス後装置は出生時(出生後の0日目、P0)には十分に確立されている。出生後の第一週目の終わり(P8)に、Nt過剰発現マウスにおいてNMJのシナプス後装置の大半が実質的に消失した。NMJが野生型マウスにおいて高密度で認められる場合、少数の残留NMJだけがいわゆる運動終板バンド内で認識できる。生後発育4日目(P4)に、依然として十分に形成されているNMJと部分的に溶解したNMJの混合物で構成された不均一パタ−ンが認められる。野生型マウスと比較した場合でのトランスジェニックマウスの運動終板バンド内でのNMJ密度の低下は、この段階のNt過剰発現マウスにおいてNMJの一部が既に完全に消失していることを示唆する。
【0102】
遷移状態のNMJは、α−Btxで装飾した構造物内でのアグリンの非存在または少なくとも強く減少した存在を特徴とする。このような遷移状態のNMJは、Nt過剰発現するマウスでもっぱら見られる。野生型マウスでは、Nt過剰発現マウスとは対照的に、アグリンの免疫染色はシナプス後装置におけるアセチルコリン受容体α−Btx染色と常に十分に一致している。
【0103】
要約すれば、これらの実験は、運動ニューロンにおけるNt発現の上昇が既存のNMJを分散させることを実証する。NMJの分散は、わずかな遅延を伴うトランスジェニックNtの上方制御の次に起こる(数時間から数日続くと推定される)。遷移状態のシナプスの分析は、シナプス後装置の分散が、アグリンの切断およびアグリンのC末端100kDa断片のNMJからの除去の次に起こることを実証する。このことは、Ntがアグリンのプロシナプスの役割を打ち消すことで、NMJにおいて抗シナプスの役割を果たすことを示す。抗シナプス機能が運動ニューロンにおけるニューロトリプシンの強い過剰発現によって過剰に亢進される場合、プロシナプス物質のアグリンは圧倒されて、ひいてはNMJは分解される。
【0104】
実施例8:脊髄運動ニューロンにおいてニューロトリプシン発現が上昇した生体マウスは、筋力低下を伴う神経筋の顕著な表現型を示す。
コンディショナルなNtトランス遺伝子を有するマウス(実施例4に記載)をHB9プロモーターの制御下でCreレコンビナ−ゼを発現しているマウスと交配することにより、運動ニューロンにおいてNtを過剰発現するトランスジェニックマウスを作成した。HB9プロモーターは脊髄運動ニューロンにおいてCreレコンビナーゼの過剰発現を促進させて、ひいては転写停止部分の切出しによって運動ニューロンにおいて不活性型Thy1−Ntトランス遺伝子を活性化させる。該交配に由来するダブルトランスジェニックマウスは、運動上の表現型を示す。それらは不安定な足どりと小さな歩幅でゆっくりと歩く。それらは相当な筋力低下も示す。
【0105】
要約すれば、運動ニューロンにおけるNtの過剰発現は、骨格筋での筋力低下を主な特徴とする、末梢での運動上の表現型を招く。
【0106】
実施例9;ニューロトリプシン発現が上昇した成体マウスの神経筋接合部は、シナプス前および後装置での顕著な断片化を示す。
Nt過剰発現トランスジェニックマウスと同年齢(若年成体)の野生型マウスの神経筋接合部の比較によって、Nt過剰発現マウスのNMJの顕著な断片化が明らかになった。野生型マウスにおいて出生後3週目までに発生するNMJの典型的プレッツェル構造は、Nt過剰発現マウスでは認められない(図7D、EおよびF)。Nt過剰発現マウスのNMJは、それらの標的筋繊維の表面のほぼ同じ領域を占めるが、それらのシナプス前接触の他、それらのシナプス後接触は隣接組織を形成せず、多数の小さな接触部位に分断される。Nt過剰発現マウスで観察されるNMJの断片化は、高齢者において見られる筋肉萎縮の一形態であるサルコペニアを患う高齢者のNMJでも認められる。
【0107】
要約すれば、運動ニューロンにおけるニューロトリプシン産生の増加は、サルコペニア患者の研究において報告されるNMJの断片化とよく似たNMJの断片化を招く。
【0108】
実施例10:ニューロトリプシン発現が上昇した成体マウスの筋肉において筋繊維数は有意に減少している。
運動ニューロンにおいてNtを過剰発現している若年成体マウスの筋肉の筋繊維数を分析した。個々の筋肉(例えば、ヒラメ筋)を分離して、筋肉中心部を通る筋肉の長軸と垂直に交わるように組織切片を作成した。切片をヘマトキシリンエオシン染色して、繊維を数えた。図8は野生型マウス(図8A)とNt過剰発現マウス(図8B)のヒラメ筋の比較を示す。Nt過剰発現マウスの筋肉は野生型マウスの筋肉よりもかなり薄く、筋繊維数は著しく減少している。異なる4系統のNt過剰発現マウス(表1)のヒラメ筋の筋繊維を数えた。
【0109】
【表1】

【0110】
結果では、別々のトランスジェニックマウス全4系統のNt過剰発現マウスにおける繊維数の顕著な減少が明らかにされている。
【0111】
要約すれば、マウスの繊維数の定量化により、運動ニューロン内におけるNtの上昇で筋繊維数が有意に減少することが実証される。
【0112】
実施例11:トランスジェニックマウスのCNSニューロンにおけるニューロトリプシンの過剰発現。
実施例4の手順に従って、ニューロトリプシンのコンディショナルな過剰発現のためのトランスジェニックマウスを得た。これらのマウスを、サイトメガロウイルス(CMV)プロモーターの制御下でCreレコンビナーゼを発現するヘテロ接合マウスと交配させた。CMVプロモーターはインビボで連続的に活性であり、ひいてはCreレコンビナ−ゼは常に2つのloxP配列において組換えを促進させる。この手順によって、転写停止配列が不活性型トランス遺伝子から取り除かれて、ニューロトリプシンcDNAの転写を可能にする。PCRおよびサザンブロットハイブリダイゼーションによる遺伝子型決定を実施例4と同様に実施した。同様に、ニューロトリプシンの活性部位セリン(セリン711)をアラニンに変えることで、Thy−1プロモーターの下で触媒活性のないニューロトリプシンを過剰発現しているトランスジェニックマウスを作成した。
【0113】
実施例12:CNSニューロン内でのニューロトリプシンレベルの濃度増加は、シナプス数の減少を招く。
シナプスに富む領域の組織容量当たりのシナプス数を定量して、シナプス(シナプス前軸索終末の領域、シナプス後脊柱の領域を含む)の大きさのパラメータ、そしてシナプスの長さ(シナプス前および後メンブレンの付着の長さで測定)を測定するために、2つの無関係な系統のニューロトリプシン過剰発現マウス(Nt491/creおよびNt494/cre)および数系統の対照マウス(野生型マウス、CMV−Creマウス、不活性型ニューロトリプシントランス遺伝子Nt491−inact.NtおよびNt494−inact.Ntを有するトランスジェニック親系統)を検討した。28日齢のマウスをMetiofane(シェリング・プラウ)で深く麻酔して、0.9%塩化ナトリウム、次に0.1Mリン酸緩衝液(PB)pH7.4中の2%パラホルムアルデヒドおよび1%グルタルアルデヒドから成る固定剤を心臓にかん流させた。脳を頭骨から取り出して、ビブラトームで100μm厚の連続切片を作成した。切片をPB中1%四酸化オスミウムで後固定させて、2%酢酸ウラニル処理して、エタノールと酸化プロピレンで脱水させ、Durcupan ACM樹脂(Fluka)に包埋した。電子顕微鏡分析のために、前内尾レベルのブレグマ−2mm、そして内外側方向1.5mmの海馬CA1領域を含む切片をさらに薄い切片にした。シナプス試料の採取手順は、開始倍率27,500倍で、互いの間隔が最低50μmの3つの非隣接領域からの海馬CA1領域における放線層の神経網の15〜23のEM試料から成り立った。最終倍率80,000倍で電子顕微鏡写真をプリントし、これらは90〜135μmの組織を描写した。シナプスは、シナプス前プロファイルが分化膜と隣接する少なくとも3つのシナプス小胞を含む、シナプス前/後プロファイルの2つの併置された肥膜と定義された。超微細構造的基準に従って、シナプスは軸索樹状突起間シナプスと軸索棘状(axospinous)シナプスに分類された。樹状突起幹(dendritic shaft)は、それらの大きさと、ミトコンドリアおよび微小管の有無によって識別した。樹状突起棘(dendritic spine)の直径は小さく、ミトコンドリアと微小管に欠けており、棘器(spine apparatus)を時折含んでいた。軸索樹状突起間シナプスは全てのサンプルにおいてわずかな割合を占めており、したがってさらなる統計的推定からは除外した。除外ラインに触れているものを除いて、各顕微鏡写真において全ての軸索棘状シナプスを数えた。Magnetic Tablet(Kurta)およびMacstereology2.8(Ranfurly Microsystems)分析プログラムを使用して、軸索終末およびシナプス後脊柱の断面積と全ての軸索棘状シナプスのシナプス接合部の長さをプリントから直接測定した。シナプス数の密度は、粒径分布法および式Nv=NA/d(NAは単位面積当たりのシナプスプロファイル数、dはシナプス接合部の平均長;DeFelipe, J.ら、Cereb.Cortex 9: 722-732,1999)を利用して得られた。
【0114】
mm当たりのシナプスを数えた。結果を図9に示す。mm当たりのシナプス数は、ニューロトリプシン過剰発現マウスにおいて有意に減少していた。対照的に、対照マウス、つまりダブルトランスジェニック(DTG)ニューロトリプシン過剰発現マウス(491−inact.Nt、494−inact.Nt、CMV−Cre)の作成に使用される親系統におけるシナプス数は、野生型マウスと同じであった。したがって、これらの結果はニューロトリプシン過剰発現マウスにおけるシナプスの有意な減少を示す。
【0115】
実施例13:CNSニューロンにおけるニューロトリプシン濃度上昇は、樹状突起棘(シナプス後エレメント)数を低下させる。
ステンレス製剃刀(Electron Microscopy Sciences)を使用して17−32日齢のニューロトリプシン過剰発現マウスと野生型マウスの海馬の傍矢状切片(300μm)を作成して、脳組織が切断による傷害から回復するための十分な時間を与えるために、34℃に保温した含酸素ACSFで満たされたインキュベーション槽に移して1時間培養した。その後、後の実験で使用されるまで切片を室温に保った。
【0116】
全体細胞パッチクランプ記録のために、同様にACSFで表面かん流した、標準的な水中チェンバー内に切片を入れた。赤外線照明を利用した微分干渉コントラスト光学機器を取り付けたAxioscope顕微鏡(Zeiss)で個々のニューロンを可視化させた。実験チェンバーは35〜36℃に維持され、これは生理的温度付近である。チェンバー内のACSFの流速は毎分1〜2mlであった。記録チェンバーに入る前に、オキシカーボン(oxycarbon)によってASCFに酸素を送り込んだ。Flaming/Brownプラーを付けて、チェンバー内と同じ溶液で満たされた全細胞レコーディングピペット(3〜5MΩ)を使用して記録した。形態の再構築のために、115mM KOH、20mM K−グルコン酸、10mM KCl、10mM HEPES(グッドの緩衝液)、10mMホスホクレアチン、4mM ATP−Mg、0.3mM GTPおよび13.4mMビオシチンの溶液をニューロンに注射した。ビオシチン標識済みCA1錐体細胞を伴う各切片を2枚のミリポアフィルター紙に挟んで、0.1Mリン酸緩衝液(PB)(pH7.4)中に1%グルタルアルデヒド、2%パラホルムアルデヒド、約0.2%ピクリン酸を含む固定剤中に浸して、室温での2〜3時間の固定中に平らに保った。切片を4℃のPB中0.5%パラホルムアルデヒドに保存した。PBでの数回の洗浄後、切片を2%過酸化水素で15分間処理して、次に0.5%Triton X−100(TBST)を含む0.05Mトリス緩衝生理食塩水(pH7.4)中20%正常ヤギ血清中で室温、30分間プレインキュベーションした。
【0117】
その後、それらを4℃のTBST中Vectastain Elite ABC(アビジン−ビオチン−ペルオキシダーゼ)試薬(1:100;Vector Labs)で一晩インキュベ−ションした。TBSTとトリス緩衝液(TB、pH7.6)中での15分×5回の洗浄後、ビオシチン含有細胞を0.0048%の過酸化水素の存在下、3,3’−ジアミノベンジジン(TB中0.05%)中でのインキュベーションによって可視化させた。TB中で数回洗浄して反応を止めた。切片をスライド上に乗せて、Mowiol(Hoechst)のカバースリップで覆った。
【0118】
図10に示されるように、CNSニューロンにおいてNtを過剰発現しているトランスジェニックマウスのCA1海馬錐体ニューロンは、樹状突起棘の数と大きさのいずれでも顕著な低下を示した。樹状突起棘がこれらのニューロン内のシナプスのシナプス後側を表すため、これらの結果は独立した方法によってニューロトリプシン過剰発現マウスでのシナプス数の減少を確認している。
【0119】
実施例14:インビボでのアグリン切断もCNS内で起こり、CNSニューロン内でのニューロトリプシンの発現と一致している。
CNS内でのアグリンの切断をインビボで試験するために、NtおよびアグリンのC末端100kDa断片に特異的な抗体を使用したウェスタンブロットによって、発育中マウスおよび成体マウスの脳ホモジネートを分析した。出生後3、6、12カ月のマウスの他、出生後4、7、9、10、15、25日目のマウス脊髄から組織ホモジネートを調製した。Ntは出生後3週目までに強く発現しており、7−10日目の発現が最も高いことが認められた。アグリンのC末端部分に対する抗体を用いたウェスタンブロットによって、よく似た時間的パターンが明らかにされており、CNS内においてニューロトリプシンによるアグリン切断がインビボでも起こることを示している。
【0120】
実施例15:CNSニューロンにおけるニューロトリプシンのトランスジェニック過剰発現はインビボでのアグリン切断を促進させる。
不活性型トランス遺伝子(mNtでは497、498、533系統、hNtでは493、494系統)を有するマウスと、CMVプロモーターの制御下でCreレコンビナーゼを発現しているマウスとを交配させて作成したヒトニューロトリプシン(hNt)またはマウスニューロトリプシン(mNt)のいずれかを過剰発現している生体マウス、そして比較のための野生型マウスの脳から組織ホモジネートを調製した。脳ホモジネートをSDS−PAGEとウェスタンブロットにかけた。ウェスタンブロットでは、アグリンのC末端100kDa断片の他、hNtまたはmNtに対する抗体をプローブとして用いた。アグリンのC末端100kDa断片が、ニューロトリプシンを過剰発現しているトランスジェニックマウスにおいて強く増加していることが認められた。アグリンのC末端100kDa断片の増量は、様々なトランスジェニックマウス系統における過剰発現レベルと良好な相関関係にあった。ヒト/マウスのNtは、アグリンに対して同じタンパク分解作用を示した。これらの結果は、NtがCNS内においてインビボで濃度依存的にアグリンを切断することを示す。
【0121】
実施例16:組換え型ニューロトリプシンの産生。
ニューロトリプシンは分泌型のマルチドメインタンパク質であり、ヒトニューロトリプシンでは875個のアミノ酸長、推定サイズは97kDa、マウスニューロトリプシンでは761個のアミノ酸長、推定サイズ85kDaである(図1A、B)。活性型タンパク質としてのこのセリンプロテアーゼの発現は、適切な折り畳みに左右され、翻訳後変性(例えば、ヒトのタンパク質では2つの部位、マウスのタンパク質では3つの部位について示されるN−グリコシル化)を受ける可能性が非常に高い(Gschwend,T.P.ら、Mol.Cell.Neurosci.9: 207-219,1997; Proba,K.ら、Biochim.Biophys.Acta 1396: 143-147,1998)。また、ニューロトリプシンはシグナルペプチドを含み、タンパク質を分泌場所から小胞体に導く。疎水性プロットによって決定される膜貫通領域が欠けているため、ニューロトリプシンは内在性膜タンパクではない(Kyte,J. and Doolittle,R.F., J. Mol.Biol.157: 105-132,1982)。ニューロトリプシンのチモーゲン活性化部位は、tPAのものと高い類似性を示す(組織型プラスミノーゲン活性化因子;Tate,K.M.ら、Biochemistry 26: 338-343,1987)。プロテアーゼによるこの部位での切断によって、2つの断片(見かけ上の分子量が約55kDa(マウスのニューロトリプシン)または約67kDa(ヒトのニューロトリプシン)の非触媒ドメインを含む断片、そして約30kDaのプロテアーゼドメインのみを含む断片)がもたらされる。
【0122】
骨髄腫細胞でのニューロトリプシンの産生。
骨髄腫細胞での安定なトランスフェクションのために、マウスおよびヒトのニューロトリプシンのコーディング領域を特別に設計したベクターに挿入した(Trauneckerら、Biotechnol.9: 109-113,1991)。このベクターによる発現は、Igκプロモーターおよびエンハンサ−によって促進される。目的の転写産物の3’末端は、安定したIg転写産物を模倣するためにIgκの定常ドメインをコード化しているエクソンにスプライシングされる。ベクターは、L−ヒスチジノールの存在下において安定なトランスフェクタントの選択を可能にするヒスチジノール脱水素酵素遺伝子を含んでいる。L−ヒスチジノールはL−ヒスタミンの前駆体およびタンパク質合成の阻害剤である。組換え型ニューロトリプシン生産のために、マウス骨髄腫細胞系統J558L(ECACC #88032902;European Collection of Cell Cultures)内にベクターを安定的にトランスフェクションした。原形質融合またはエレクトロポレーションによる安定的なトランスフェクションのための他の適当な系統としては、マウスP3−X63Ag8.653、マウスSp2/0−Ag14、マウスNSOおよびラットYB2/0が挙げられる(Gilliesら、Biotechnology 7: 799-804,1989;Nakataniら、Biotechnology 7: 805-810,1989;Bebbingtonら、Biotechnology 10: 169-175,1992; Shitaraら、J.Immunol.Meth.167: 271-278,1994)。
【0123】
J558L細胞の安定なトランスフェクションは、エレクトロポレーションを利用して実現可能である。1cmのキュベット内で計10個の細胞をPBS中の線状化ベクターまたは超らせんベクター10μgと混合させる。エレクトロポレ−ションは、Bio-Rad Gene Pulser(Bio-Rad Chemical Division)を利用して、960μF、170〜230Vのパルスで実施する。10%FCSを含む50ml DMEMに細胞を移して、マルチチャネルピペッターを使用して100μl/ウェルを加えることで5つの96ウェルプレートに播種する。
【0124】
J558L細胞のリポソ−ムトランスフェクションは、リポフェクタミンおよびPLUS試薬(Invitrogen)を用いて行う。1×10個の骨髄腫細胞を500×gで3分間遠心分離にかけて、無血清DMEM培地で1回洗う。2回目の遠心分離後、無血清DMEM培地3mlに細胞を再浮遊させる。トランスフェクションでは、ニューロトリプシンをコードするプラスミドDNA40μgを無血清DMEM320μlおよびPLUS試薬(Invitrogen)80μlと混合する。室温での15分間のインキュベーション後、予め無血清DMEM340μlと混合させたリポフェクタミントランスフェクション試薬60μlを反応に加えて、室温で15分間インキュベーションさせる。J558L細胞への添加前に、無血清DMEM 1mlをDNA−リポソーム混合液に加える。トランスフェクションした細胞を6cmの組織培養ディッシュ内において10%CO、37℃で培養する。4時間後、10%FCSを含む45mlのDMEMに細胞を希釈させて、マルチチャネルピペッターを用いて100μl/ウェルを加えることで5枚の96ウェルプレートに播種する。
【0125】
プロトプラスト調製では、哺乳動物の発現ベクターを含む大腸菌株803クローンのグリセロールストックをLB寒天/アンピシリンプレート上に画線培養させて、37℃で一晩増殖させる(803株はATCC#35581から入手可能である)。50μg/mlアンピシリンを含む、予め温めておいた(37℃)2mlのLB培地に1個のコロニーを植菌する。37℃、250rpmで4時間撹拌後、培養物100μlを100mlの新しい培地に移す。培養物がOD約0.6(600nMでのOD)に達した後、クロラムフェニコールを最終濃度120μg/ml加えて、250rpm、37℃で一晩増殖させる。
【0126】
ColE1複製起点を有するプラスミドをクロラムフェニコール存在下で増殖可能である(Hershfieldら、Proc.Natl.Acad.Sci.USA 71,4355-3459,1974)。一晩培養物を4℃、2,500×gで10分間遠心分離にかける。50mMトリス−HCl(pH8.0)中の氷冷20%(w/v)スクロース2.5mlに沈殿を再懸濁させる。氷上での5分間のインキュベーション前に、250mMトリス−HCl(pH8.0)中の氷冷1mg/mlリゾチ−ム500μlを加える。1mlの氷冷250mM EDTA(pH8.0)の添加、および氷上での5分間のインキュベーション後、1mlの氷冷50mM Tris−HCl(pH8.0)を加えて、プロトプラスト調製物を室温で10分間インキュベーションした。このインキュベーション期間中、通常の桿菌からの球状プロトプラストの形成が1000倍の顕微鏡を使用して認められた。
【0127】
約90%のプロトプラストがインキュベーション期間の終わりに形成されている必要がある。プロトプラスト浮遊液に対して、10%(w/v)スクロース、10mM MgCl、40μlの10mg/ml DNaseIを添加した20mlのDMEMを加える。室温での15分間のインキュベーションの後、室温で30分間、2500×gでプロトプラスト調製物を遠沈させる。この間、骨髄腫細胞J558Lの融合の準備をする。骨髄腫細胞を10%(v/v)FCSを添加したDMEMで培養して、トランスフェクション当日に約1×10細胞/mlの高い細胞密度に達する必要がある。原形質融合毎に、5×10細胞を室温で10分間500×gで遠沈させる。予め温めておいたDMEM(37℃)5ml中に細胞を再浮遊させて、最後の遠心分離後、プロトプラスト沈殿の上にゆっくりと重層させる。プロトプラストと骨髄腫細胞を混合するために、室温で10分間500×gでチューブを遠沈させる。上清の除去後、チューブをタッピングして細胞を混合させる。融合では、10%DMSOを添加したDMEM中のPEG1500 2mlを加えて、沈殿を数回上下にピペッティングして再浮遊させる。PEG溶液の添加から約1〜2分後、10%(v/v)FCS(37℃)を添加した予め温めておいたDMEM 10mlを加える。室温で10分間500×gで細胞を遠心分離にかける。上清を吸引除去して、10%(v/v)FCSおよび100μlの50mg/mlカナマイシンを添加した、予め温めておいたDMEM 50ml中に沈殿を再浮遊させる。最後に、マルチチャネルピペッターを使用して100μl/ウェルを加えることで、5枚の96ウェル組織培養プレートに細胞を播種する。
【0128】
トランスフェクションされた細胞の選択では、48時間後にL−ヒスチジノールを最終濃度5mMで加える。トランスフェクションされた骨髄腫細胞のみが、L−ヒスチジノール処理後に生き残る。
【0129】
選択開始後12−14日前後でクローンが認められるようになる。平均で、原形質融合およびリポソームトランスフェクション毎に40〜50クローンが得られる。ニューロトリプシン特異的抗体を使用したウェスタンブロットによって、全てのクロ−ンでの発現を分析した。大部分の骨髄腫細胞クローンがニューロトリプシンを発現していないか、もしくは中程度で発現しており、5〜10%とほんの一部が非常に高い発現レベルを示した。発現レベルの高いクローンを3回の単一細胞希釈によってサブクローニングして、ニューロトリプシン発現の安定性を保証した。安定発現しているクローンから、細胞抽出物および上清を回収して、10%SDS−PAGEで分離した。タンパク質をニトロセルロース膜に移した。非触媒性部分を認識するニューロトリプシン特異的抗体およびペルオキシダーゼに結合したヤギ−抗ウサギ二次抗体、もしくはプロテアーゼドメインを識別するニューロトリプシン特異的抗体およびペルオキシダーゼに結合したウサギ−抗ヤギ抗体でニューロトリプシンを検出した。完全長ニューロトリプシンは細胞抽出物中で主に検出され、非触媒断片に相当する65kDaバンドおよびタンパク分解ドメインの30kDaバンドは上清中で検出される。
【0130】
実施例17:ニューロトリプシンの中間スケール生産。
使用されたニューロトリプシンの原料は、ニューロトリプシンを発現する骨髄腫細胞系統の培養から生じた細胞培養の調製済み上清であった。これらの細胞は、TechnoMouse発酵器(Integra Biosciences)内での無血清培地における増殖に順応させた(Stoll,T.S.ら、J.Biotechnol.45: 111-123,1996;Ackermann,G.E. and Fent, K., Marine Environmental Research 46: 363-367,1998)。2mMグルタミンおよび10%FCSを含むDMEM(Gibco、No.41966-029)培地から開始して、1%FCSを含むこの培地で増殖させるように、細胞を段階的に順応させた。24ウェルプレートで順応させ、ほぼ隔日で培地交換した。細胞がコンフルエンシーに達した時に、それらを別のウェルに分けた。手順全体を通じて、細胞をコンフルエンシー付近の密度に保った。1%FCSを含むDMEMで良好に増殖している細胞を、0.5% FCSを添加した、タンパク質を含む無血清培地(Bio-Whittacker, No.77201)に移した。HL−1培地中では、次にHL−1培地のみ(FCS不含)で成長するように細胞を段階的に順応させた。タンパク質不含培地TurboDoma(Cell Culture Technologies GmbH, Zurich,No.THP)に細胞を順応させるために、HL−1培地を段階的にTurboDomaに交換した。HL−1からTurboDoma培地への順応段階は、FCSの減少と同様に実施した。
【0131】
実施例18:完全長ニューロトリプシンの精製。
前記実施例の上清20Lを1μm polygard CR光学フィルター(ミリポア)を通してろ過して、クロスフローろ過(SKAN AG)によって5Lに濃縮した。
【0132】
ヘパリン−親和性クロマトグラフィー。
それを120mlヘパリンカラム(Heparin sepharose 6 Fast Flow XK 50/20カラム;Amersham Biosciences)に加える前に、濃縮済みの上清にNaClを最終濃度0.3Mになるように加えた。カラムを20mM MOPS、300mM NaCl、pH7.2(バッファーA)で平衡化させた。Aekta Purifier(Amersham Biosciences Europe GmbH)のカラムに20℃、流速1ml/分でサンプルを加えた。カラムを4×カラム容積(CV)のバッファーAで洗った。結合タンパク質を20mM MOPS、1M NaCl、pH7.2(バッファーB)の勾配で溶出させた。勾配は以下の通りであった:1CVでは0%Bから43%B、3CVでは43%B、2CVでは43%から100%B、3CVでは100%B。ニューロトリプシンは450mMの塩化ナトリウム濃度で溶出し始める。ニューロトリプシン(完全長タンパク質およびプロテアーゼドメイン)を含む溶出画分をプールして、分注して、−20℃で保存した。
【0133】
ブチル置換ポリマー・マトリクス(Butyl sepharose 4 Fast Flow,Amersham Biosciences Europe GmbH)で疎水的相互作用クロマトグラフィーを実施した。ローディング条件にサンプルを調整するために、乾燥塩化ナトリウムを一定の撹拌状態下でゆっくりと加えた。塩化ナトリウム濃度の調整後、4℃のSS34ローター内で、12,000rpm、30分間Sorvall RC−5B遠心分離機でサンプルを遠心分離にかけた。20℃のAekta Purifierクロマトグラフィーシステム(Amersham Biosciences Europe GmbH)において平衡化済みの25mlカラム(20mM MOPS、1.5M塩化ナトリウム、pH7.2)に1ml/分の流速で上清を加えた。直線勾配で濃度を低下させた20mM MOPS(pH7.2)中の塩化ナトリウム(1.5M〜0.05M)を1ml/分で注いで結合タンパク質を溶出させた。完全長ニューロトリプシンは濃度900mMの塩化ナトリウムで溶出し始める。溶出画分を含む完全長タンパク質をプールして、−20℃で保存した。
【0134】
固定化金属アフィニティー(IMAC)クロマトグラフィー。
使用説明書に従って、Cu2+イオンをセファロース(Chelating Sepharose Fast Flow, Amersham Biosciences Europe GmbH)に結合させた。固体の塩化ナトリウムをサンプルに加えて、濃度を0.5M以上に上げた。続いて、29℃のSS34ローター内で12,000rpm、30分間Sorvall RC−5B遠心分離機でサンプルを遠心分離にかけた。結果として得られる上清を、4℃のEttanクロマトグラフィーシステム(Amersham Biosciences Europe GmbH)において流速1ml/分で1ml銅セファロースカラムに注いだ。20mM MOPS、0.5M塩化ナトリウム(pH7.2)中の10〜250mMのイミダゾール勾配でタンパク質を溶出させた。勾配は以下の通りであった:15CVでは0%Bから10%B、5CVでは10%Bから100%B、10CVでは100%B。完全長ニューロトリプシンは150mMのイミダゾールで溶出し始める。完全長ニューロトリプシンを含む画分をプールして、4℃で保存した。
【0135】
イオン交換クロマトグラフィー。
イオン交換クロマトグラフィーでは、サンプルを2.5倍希釈して塩化ナトリウムの最終濃度を0.2Mにして、4℃のSS34ローター内で12,000rpm、30分間Sorvall RC−5B遠心分離機で遠心分離にかけた。透明な上清を、20mM MOPS、200mM NaCl(pH7.2)で平衡化したMonoS PC 1.6/5カラム(Amersham Biosciences Europe GmbH)に流速0.1ml/分で注いだ。結合タンパク質を直線勾配の塩化ナトリウム(0.05M〜1M)で溶出させた。完全長ニューロトリプシンは300mMの塩化ナトリウムで溶出し始める。プロテアーゼドメインを含む画分をプールして、20℃で保存した。
【0136】
このようにして、完全長ニューロトリプシンが電気泳動的に純粋な形で産生される。図11では、SDS−PAGEゲル上での銀染色によって可視化した(A)、およびウェスタンブロットでのニューロトリプシン特異的抗体を使用した免疫染色によって可視化した(B)、精製された完全長ニューロトリプシンを示している。
【0137】
実施例19:ニューロトリプシンのプロテアーゼドメインの精製。
完全長タンパク質およびプロテアーゼドメインを含む前記実施例のヘパリン親和性クロマトグラフィーからの画分を上記の疎水性相互作用クロマトグラフィーにかけた。遠心分離した溶液の上清を平衡化済み12mlカラム(20mM MOPS、1.75M塩化ナトリウム、pH7.2)に流速1ml/分で加えた。20mM MOPS(pH7.2)中の直線勾配で濃度を減らした塩化ナトリウム(1.75M〜0.05M)を加えて1ml/分で結合タンパク質を溶出させた。プロテアーゼドメインは濃度1Mの塩化ナトリウムで溶出し始める。プロテアーゼドメインを含む画分をプールして、−20℃で保存した。
【0138】
完全長NtについてはIMAC(固定化金属アフィニティークロマトグラフィー)を実施した。完全長Ntについてはイオン交換クロマトグラフィーを実施した。
【0139】
このように、単離されたニューロトリプシンの触媒ドメインは電気泳動的に純粋な形で産生される。
【0140】
実施例20:切断部位βではなく、切断部位αを含む基質として適当な改変アグリンタンパク質のクローニング、発現および精製。
pCDNA−Agrin SN Y4Z19は膜結合型アグリンをコード化する。最初に、HpaI部位を導入するプライマー
【表2】


とNotI部位を導入する
【表3】


を使用して、分泌型の溶解性アグリン変異体を作成した。結果として得られるPCR産物をHpaIとNotIで切断して、同じ制限エンドヌクレアーゼで切断した、ヒトカルシンテニン−1のコード配列を含むpEAK8ベクター内にクローニングした。事前に、ベクター内の追加のHpaI部位をクイックチェンジストラテジー(Stratagene)を使用して取り除いた。結果として得られるコンストラクトは、翻訳中に切断されるヒトカルシンテニン−1のシグナル配列を有する分泌型アグリンをコード化する。このコンストラクトに基づいて、アグリン遺伝子内のHpaIおよびBspHI部位を利用して、プライマー
【表4】


によるPCR産物のクロ−ニングによってN末端8×Hisタグを加えた。第三段階では、鋳型として先に記載されているコンストラクトおよびプライマー
【表5】


そして鋳型としてpEGFPおよびプライマー
【表6】


を用いたSOE PCRにおいて、C末端のLG3ドメインをEGFPと置換させた。結果として得られるPCR断片をSOE PCRにおいて結合させて、同様に切断したベクター内のEcoRV、NotI部位にクローニングした。結果として得られる分泌型のタンパク質の配列は、配列番号9である。
【0141】
HEK293T細胞に改変アグリン−EGFPコンストラクトをトランスフェクションさせて、10%FCS添加DMEM培地で増殖させて、6時間培養させた。培地をFCS不含DMEMと交換して、37℃で50時間インキュベーションした。上清200mlを遠心分離にかけて(4℃、30分 GS3、5,000rpm)、細胞および不溶性物質を取り除いた。除去後の溶液を4℃で一晩50mM Tris−HCl、150mM NaCl、0.1% PEG6000(pH 8.0)に対して1:25希釈後に2回透析した。ろ過(0.45μm孔サイズ)後、溶液をクロマトグラフィーによってさらに精製した。
【0142】
IMACクロマトグラフィー。
5CVの50mM Tris−HCl、150mM NaCl(pH8.0)での平衡化後、タンパク質サンプルを10ml/分で加えた。カラムを10CVの50mM Tris−HCl、150mM NaCl(pH8.0)で洗った。溶出では、25CV中の洗浄バッファー中イミダゾール0〜500mM勾配を使用した。アグリン−EGFPは20〜50mMのイミダゾールで溶出した。ウェスタンブロットおよびSDS−PAGEで決定された、目的タンパク質を含む画分をプールして、1:125で希釈して、20mM Tris−HCl、150mM NaCl、0.1%PEG6000(pH8.0)に対して4℃で一晩透析した。
【0143】
陰イオン交換クロマトグラフィー。
透析物の添加後、8ml POROS HQ20カラムを2CVの20mM Tris−HCl、150mM NaCl(pH8.0)で洗った。溶出では、洗浄バッファー中の塩化ナトリウムの勾配は150−2,000mMであった。アグリン−EGFPは約900−1,100mMの塩化ナトリウム濃度で溶出した。ウェスタンブロットおよびSDS−PAGEで決定された、目的タンパク質を含む画分をプールして、1:125で希釈して、20mM Tris−HCl、150mM NaCl、0.1% PEG6000(pH8.0)に対して4℃で一晩透析した。結果として得られるニューロトリプシンは90%純粋であり、インビトロでの活性アッセイに適していた。タンパク質を液体窒素で凍結させて、−20℃で保存した。
【0144】
このようにして作成した融合タンパク質アグリン−EGFPは、切断部位βではなく、切断部位αを含んでいる。アグリン−EGFPの分子量は250kDaより大きい。ニューロトリプシンによるアグリン−EGFP融合タンパク質の切断によって、約150kDaのC末端断片が生じる。図12には、SDS−PAGEゲル上で銀染色によって可視化された(A)、またウェスタンブロット上でアグリンのC末端の半分に対する抗体(実施例22)を使用した免疫染色よって可視化された(B)精製アグリン−EGFP融合タンパク質が示されている。EGFPは記述された適用に不可欠ではないが、どちらかと言えば位置設定を示すことに注意すること。EGFPを別のタンパク質と置換すること、もしくは切断部位βに突然変異を加えた完全長アグリンを使用することは、記載の産物に対する均等の選択肢である。
【0145】
実施例21:切断部位αではなく、切断部位βを含む基質として適切な小さなC末端アグリン断片(アグリン−C45)のクロ−ニング、発現および精製。
HpaI部位を導入するプライマー
【表7】


(HisBNterm)およびNotI部位を導入するプライマー
【表8】


(BStreplink)、そして鋳型としてpcDNA3.1−AgrinY0Z0を使用して、アグリンの最後の2つのLGドメインおよび最後のEGF様ドメインをコードするDNA断片を増幅させた。この戦略を利用して、N末端8×HisタグおよびC末端StrepタグをコードするDNA配列を挿入した。結果として得られるPCR産物を制限酵素NotIおよびHpaI(太字はプライマー配列)で切断して、同じ制限酵素で切断したヒトカルシンテニン−1のシグナルペプチドのコード配列を含むpEAK8ベクター内にクローニングした。結果として得られるコンストラクトpEAK8−C45agrinは、C45アグリンの分泌シグナルとしてヒトカルシンテニン−1のシグナル配列のコーディング領域を含む。プラスミド増幅の他、クローニングを大腸菌内で実施した。発現のために、リン酸カルシウム法を利用してHEK293T細胞にトランスフェクションさせた。HEK293T細胞内での発現中、シグナルペプチドは切断される。結果として得られる分泌型タンパク質の配列は、配列番号12である。
【0146】
10%FCSを添加したDMEM培地(GIBCO)100mlの入った7×500cm2培養プレート(CORNING)内で80%コンフルエントまでHEK293T細胞を培養した。トランスフェクションのために、500mM CaCl 35mlおよびHBSバッファー(50mM HEPES、140mM NaCl、1.5mM NaHPO、pH7.1)35mlを室温で平衡化させた。pEAK8−agrin−C45DNA 2mgをCaCl溶液に加えて、HBSバッファーと混合させた。トランスフェクション混液を室温で30分間インキュベーションした。500cm2のHEK細胞のトランスフェクションのために、トランスフェクション混液10mlを培養物に滴下して加え、37℃のインキュベーター内で4時間培養した。次に、PBSでの1回の洗浄およびFCS不含DMEM培地の添加によってトランスフェクション混液を除去した。60時間後、条件培地を回収して、Steritop 0.22μm filter(MILLIPORE)を使用してろ過した。1M Tris buffer(pH8.5)で溶液のpHをpH8.5に調製した後、上清をBioCAD潅流クロマトグラフィーシステム(Perseptive Biosystems)のNi−NTAカラム(8ml POROS)を使用してIMAC精製に直接かけた。調製済みの培地を流速10ml/分で加えて、20CVの100mM Tris−HCl、150mM NaCl、pH8.0でカラムを洗った。溶出では、10CVの洗浄バッファー中において、直線勾配0〜1Mのイミダゾールを使用した。純粋なアグリン−C45断片を含む画分をプールして、NAP25カラム(Pharmacia)でバッファーを100mM Tris−HCl、150mM NaCl、10mM CaCl、0.1%PEG6000、pH8.0に交換した。精製タンパク質を液体窒素中で凍結させて、−20℃で保存した。この手順で精製されるアグリン断片は、ニューロトリプシンの基質に適している。
【0147】
この方法で産生させたアグリン−C45断片は、切断部位βを含むが、切断部位αは含まない。アグリン−C45の分子量は約45kDaである。ニューロトリプシンによるアグリン−C45タンパク質の切断によって、約23kDaのN末端断片および約22kDaのC末端断片が生じる。図13には、SDS−PAGEゲル(A)上で銀染色によって可視化された、またウェスタンブロット(B)上でStrep Tactinを使用したC末端Strep−tagの染色よって可視化された精製アグリン−C45タンパク質が示されている。
【0148】
実施例22:ラットアグリンのC末端半分に対するポリクローナル抗体の作成。
HEK293T細胞を16×150cm2の組織培養物フラスコ内で80%コンフルエントまで増殖させた。4×500cm2プレートに接種するために各フラスコを使用した。500cm2プレートは80mlの培地を含み、ポリ−L−リジンでコーティングされていた。細胞は2日以内に60〜80%コンフルエントまで増殖した。リン酸カルシウム法によって培養液(DMEM/10%FCS)1ml当たり各1μgのpcDNA−agrinY4Z8、pcDNA−hNTを細胞にトランスフェクションさせた。翌朝、培地をFCS不含DMEMと交換した。37℃、10%COで4日間細胞を増殖させた。上清を回収して、4℃で3,000rpm30分間遠心分離にかけて、室温でろ過(孔径0.45μm)した。最終濃度が20mMを超えないように1M HEPESバッファーを用いてろ液のpHを7.0に設定した。それを1ml/分でヘパリンカラム(17mlヘパリンセファロース;容量約2mg/mlゲルマトリックス)にのせた。カラムは5CVの20mM HEPES、80mM NaCl、pH7.5で平衡化させて、2CVの20mM HEPES、80mM NaCl(pH7.5)で洗った。20mM HEPES(pH7.5)において8CVの80〜1000mM NaClの直線勾配によって結合タンパク質を、溶出させた。100kDa断片は約400〜600mMのNaClで溶出した。SDS−PAGEおよびウェスタンブロットによってモニターしながら、標的タンパク質を含む画分をプールした。プールした画分を4℃で一晩20mM HEPES(pH7.5)1:100に対して透析して、NaCl濃度を5mM未満に下げた。透析物を4℃、12,000rpmで30分間遠心分離にかけて、20mM Tris(pH8.0)で平衡化したMonoQカラム(7.8ml HQ POROSカラム、容量:10〜20mg/mlマトリックス)にのせた。結合タンパク質は、20mM Tris(pH8.0)中の20CVでの0〜1,000mM NaClの直線勾配で溶出する。100kDa断片は100〜200mMのNaClで溶出した。SDS−PAGEおよびウェスタンブロットによって決定されるように、標的タンパク質を含む画分をプールした。
【0149】
免疫付与。
液体窒素で満たされたチューブ内に精製タンパク質を流して急速冷凍させて、−80℃で保存した。標準的手順によってタンパク質50μgを使用してウサギに免疫付与した。結果として得られる抗体は、アグリンのC末端部分を含むアグリン断片、具体的には切断部位αとβの間に位置するアグリン部分を含むアグリン断片の他、完全長アグリンの検出に適している。
【0150】
実施例23:ラットアグリンのLG3ドメインに対するポリクローナル抗体の作成。
それぞれ10%FCSを添加したDMEM培地(GIBCO)100mlの入った5×500cm2培養プレート(CORNING)内で80%コンフルエントまでHEK293T細胞を培養した。トランスフェクションでは、500mM CaCl 25mlおよびHBSバッファー(50mM HEPES、140mM NaCl、1.5mM NaHPO、pH7.1)25mlを1.5mgのpEAK8−agrin−C45DNAと15μgのpcDNA−hNT DNAに添加した。トランスフェクション混液を45分間室温でインキュベーションさせた。500cm2 HEK細胞のトランスフェクションのために、トランスフェクション混液10mlを培養物に滴下して加え、37℃で4時間培養した。PBSでの3回の洗浄およびFCS不含DMEM培地の添加によってトランスフェクション混液を除去した。60時間後、条件培地を回収して、Steritop 0.22μmフィルター(ミリポア)を使用してろ過した。pcDNA−hNTを細胞に同時トランスフェクションすることで、アグリン−C45断片が切断されて、ラットアグリンのLG3ドメインが放出される。主な汚染物質を取り除くために、条件培地を1:10に希釈して、50mM Tris−HCl、50mM NaCl(pH8.0)で5回透析して、陰イオン交換クロマトグラフィーにかけた。透析済み培地を10ml/分でBioCADクロマトグラフィーシステム(Perseptive Biosystems)に接続した4ml MonoQカラム(BioRAD社Uno Sphere MonoQ材を自分で充填、2×4cm)にのせた。20CV 50mM Tris−HCl、50mM NaCl(pH8.0)でカラムを洗った。50mM Tris−HCl(pH8.0)中の50mM NaClから2000mM NaClへの勾配を溶出に使用した(任意で、この第一段階をNi2+−キレ−トセファロースカラムを使用した金属親和性クロマトグラフィーに代えることができる)。目的タンパク質は通過液画分において認められ、50mM Tris−HCl、150mM NaCl(pH8.0)で事前に平衡化させた10ml StrepTactinカラムを用いた親和性クロマトグラフィーにそのままかけた。重力流でのタンパク質の結合後、10CVの平衡化バッファーでカラムを洗った。2.5mMのデスチオビオチンを添加した0.5CVの平衡化バッファーを使って6回溶出させた。SDS−PAGEを利用して溶出物を分析して、Centriprep 10.000 Concentrators(MILLIPORE)を用いてアグリン−C45断片およびLG3ドメインを含む画分を200μl容積に濃縮した。結果として得られる濃縮液をSuperdex S75ゲルろ過カラム(Amersham Pharmacia、1.6×30)にのせた。50mM Tris−HCl、250mM NaCl(pH8.0)を使用して、流速0.3ml/分でクロマトグラフィーを実施した。SDS−PAGEを使って溶出物を分析して、純粋なLG3ドメインを含む画分をプールして、液体窒素中で凍結させた。
【0151】
免疫付与。
アグリンのLG3ドメインに対するポリクローナル抗体を作成するために、50μgの断片を使用してウサギに免疫付与した。結果として得られる抗体は、アグリンのLG3ドメインを含むアグリン断片の検出の他、完全長アグリンの検出に有用である。
【0152】
実施例24:ニューロトリプシンのタンパク質分解活性の分析。
ニューロトリプシン活性の測定は、タンパク質低結合性チューブ(Eppendorf)の150mM NaCl、5mM CaCl、0.1%PEG、20mM MOPS(pH7.5)中で行う。ニューロトリプシン活性測定は、最高30%のDMSOを含む同じバッファーを使用して行うことも可能である。ヒトニューロトリプシンは、3時間以内に基質の約80%の切断をもたらす濃度で使用される。基質として、0.1〜1μMアグリン−EGFPまたは0.1〜3μMアグリン−C45が使用される。反応混合物は37℃で3時間インキュベーションする。次に、従来のSDS−PAGEサンプルバッファーの添加、そして70℃、5分間の加熱によって反応を止める。SDS−PAGE後に生じた切断産物を調べる。
【0153】
図14には、基質として改変アグリン−EGFP、およびSDS−PAGEおよびウェスタンブロッティング後にアグリン−EGFPのC末端切断産物を検出するためのアグリンのC末端部分に対する抗体を使用したアッセイの1例が示されている。図15には、基質としてアグリン−C45を使用するアッセイの1例が示されている。この場合、C末端切断産物の検出にStreptactin(IBA GmbH)を使用した。(実施例23に記載の通りに生成した)アグリンのLG3ドメインに対する抗体を、この目的のためにも使用できる。
【0154】
または、SDS−PAGEゲルは、銀染色(図15A)、クーマシーブリリアントブルーなどの従来のタンパク質染色方法によって染色するか、もしくはSypro ruby(BioRad)で定量する。
【0155】
実施例25:アグリン内のニューロトリプシンの切断部位の決定:切断部位αとβ。
切断部位αの正確な切断位置を決定するために、HEK293T細胞内で膜結合型アグリン変異体をヒトニューロトリプシンと同時発現させた。結果として得られる100kDaの切断産物は培養物上清中に出現して、精製して、Procise492cLCシーケンサー(Applied Biosystems)でのエドマン分解によってN末端の配列を決定した(実施例22参照)。決定した配列はASXYNSPLGXXSGDKであり、Xはシステイン残基を表す。このことから、995の位置のアルギニン後の配列VVTHGPPIERASCYNSPLGCCSDK内で切断が起こると結論付けることができる。
【0156】
数種の哺乳動物のアグリン配列およびトリ(ニワトリ)のアグリン配列の配列アラインメントは、アグリンの切断部位αに隣接するアミノ酸の高度な進化的保存性を示す。
【0157】
【表9】

【0158】
アグリンの切断部位α(アグリンの切断部位αはアルギニン995とアラニン996の間に位置する)のN末端の5つのアミノ酸およびC末端側の4つのアミノ酸は、切断部位αアグリンのコンセンサス配列P−P/A−l/V−E−R−A−S/T−C−Yを定める。
【0159】
切断部位βの正確な切断位置の測定のために、HEK293T細胞内においてアグリン−C45をヒトニューロトリプシンと同時発現させた。結果として得られる21kDaの切断産物を精製して(実施例23参照)、N末端の配列を決定した。得られる配列はSVGDLETLAFであった。この配列はストレッチGLVEKSVGDLETLAFDGRTで見られる。このことから、EGF4とLG3ドメイン間の1754の位置のリシン後でニューロトリプシンによってアグリンが切断されると結論付けることができる。
【0160】
数種の哺乳動物のアグリン配列およびトリ(ニワトリ)のアグリン配列の配列アラインメントは、アグリンの切断部位βに隣接するアミノ酸の高度な進化的保存性を示す。
【0161】
【表10】

【0162】
アグリンの切断部位β(アグリンの切断部位βはリシン1754とセリン1755の間に位置する)のN末端の5つのアミノ酸およびC末端側の4つのアミノ酸は、アグリンの切断部位βアグリンのコンセンサス配列G/A−L/I/T−V/I−E−K−S−V/A−Gを定める。
【0163】
結果として得られる切断産物をPVDFメンブレンに移して、次にN末端配列を決定することによる、精製ヒトニューロトリプシンおよび精製アグリン基質変異体のインビトロでの活性分析を利用して、上記の結果を確認できた。
【0164】
要約すれば、アグリンは2ヶ所でニューロトリプシンによって切断される。最初の切断部位(切断部位α)はR995〜A996の位置(受入番号NP_786930、ラットアグリンから数える)で認められ、つまりセリン−スレオニンに富む部位とSEAドメインの間のラット(ドブネズミ)アグリンのPPIERASCY配列内のアルギニンのC末端側で切断が起こる。アグリンの切断部位αと隣接する、哺乳動物と鳥類の配列との比較によって、アグリンの切断部位αのコンセンサス配列P−P/A−I/V−E−R−A−S/T−C−Yが定められ、ここでニューロトリプシンによる切断がアルギニン(R)残基のC末端側で起こる。2番目の切断部位(切断部位β)はK1754−S1755の位置(受入番号NP_786930、ラットアグリンから数える)で認められ、つまりアグリンのEGF4ドメインとLG3ドメインの連結部分のLVEKSVGD配列内のリシンのC末端側で切断が起こる。アグリンの切断部位βと隣接する、哺乳動物と鳥類の配列との比較によって、アグリンの切断部位βのコンセンサス配列G/A−L/I/T−V/I−E−K−S−V/A−Gが定められ、ここでニューロトリプシンによる切断がリシン(K)残基のC末端側で起こる。
【0165】
実施例26:阻害試験のための小分子化合物の調製。
化合物をDMSOに溶かして、最終濃度10mMにした。分析では、DMSO溶液を10mM MOPS(pH7.5)で希釈して、濃度500μMと5%DMSO(1:20希釈)にした。不溶性の沈殿物質を遠心分離(15分、16krcf、室温)で除去した。実施例27に記載のとおり、不要物を除去した上清を阻害試験に使用した。
【0166】
実施例27:ニューロトリプシンに対する小分子化合物の阻害活性の測定分析。
ニューロトリプシンの触媒活性に対する小分子化合物の阻害活性は、総量15μlで0.5ml低タンパク質結合性エッペンドルフチューブ内において150mM NaCl、5mM CaCl、5%DMSO、0.1%PEG6000、20mM MOPS(pH7.5)中で測定する。ヒトまたはマウスのニューロトリプシン、またはニューロトリプシンの触媒活性を有する切断型は、3時間以内に基質の80%が切断される濃度で使用する。基質として、可溶性の改変アグリン(例えば、0.1〜1μMアグリン−EGFP(実施例20)または0.1〜3μM改変アグリン−C45(実施例21))を使用する。5%DMSOを含む10mM MOPS(pH7.5)中の阻害剤溶液を最終濃度25μMまたは150μMで加える。反応混合物を37℃で3時間インキュベーションする。反応混合物中の5%DMSOは、小さな無機化合物阻害剤の溶解度を保持するために必要である。反応は基質または酵素の添加によって開始する。インキュベーション終了時に、従来のSDS−PAGEサンプルバッファーの添加および70℃、5分間の加熱によって反応を止める。消化サンプルをSDS−PAGEで分離して、基質の可視化後に調べる。
【0167】
基質の可視化の1つの方法はウェスタンブロッティングである。分析では、タンパク質をニトロセルロース膜に移す。アグリン−EGFPの切断によって生じた150kDaの消化断片、またはアグリン−C45の切断によって生じた22kDaの消化断片の強度から、ニューロトリプシンに対してスクリーニングされた小分子化合物の阻害活性が推定される。図16には、基質としてのアグリン−EGFP、そして検出用のアグリンC末端部分に対する抗体を使用した分析によるウェスタンブロット解析での阻害剤のスクリーニングの典型的な結果を示している。推定の阻害化合物の存在下でのニューロトリプシン媒介性切断によって生じるアグリン−EGFPの150kDa断片の強度を測定して(図16A)、相対強度をプロットする(図16B)。
【0168】
化合物No.7(ChemDiv(米国カリフォルニア州サンディエゴ)の識別番号1672-3440、N−アミジノ−N−(3,5−ジブロモサリチリデン)−スルファニルアミド、IUPAC名:アミノ{[(4−{[(1E)−(3,5−ジブロモ−2−ヒドロキシフェニル)メチレン]アミノ}フェニル)スルフォニル]アミノ}メタンイミニウム)はニューロトリプシンに対する有意な阻害活性を有することが判明した。
【0169】
または、銀染色、クーマシーブリリアントブルー染色などの従来のタンパク質染色方法による染色、もしくはSypro ruby(BioRad)染色での定量によって消化サンプルを直接ゲル内で可視化、定量する。
【0170】
実施例28:阻害化合物No.7(N−アミジノ−N−(3,5−ジブロモサリチリデン)−スルファニルアミド)の用量依存性。
改変アグリン−EGFPを基質として、実施例27に記載の分析によって0〜200μMの異なる濃度の化合物No.7を試験した。生じた産物をウェスタンブロットによって検出して(図17A)、定量した(図17B)。化合物No.7なしの反応と比較して、産物の最大量の半分は約60μMの濃度で存在した。したがって化合物No.7のIC50は約60μMの範囲内にある。
【0171】
実施例29:化合物No.7 N−アミジノ−N−(3,5−ジブロモサリチリデン)スルファニルアミドのニューロトリプシン阻害の特異性測定。
ヒトニューロトリプシンに対する阻害作用の見出されている化合物の特異性を確認するために、一組の通常のセリンプロテアーゼを用いた標準的な酵素反応速度測定を実施した。市販のプロテアーゼおよびパラニトロアニリド結合小ペプチド基質を用いた標準的な測光分析を利用した。
【0172】
プロテアーゼ:
ウシ血漿由来の活性化第Xa因子(6.1mgタンパク質/ml; Sigma Aldrich Chemie GmbH,D-89552 Steinheim,Germany)。
ブタ膵臓トリプシン(16099U/mg;Fluka Chemie AG, CH-9471 Buchs,Switzerland)。
tPA: Actilyse(10mg;Dr. Karl Thomae GmbH, Birkendorfer Strasse 65, D-88397 Biberach,Germany)。
ウシ血漿由来のトロンビン(50NIH/mg;Merck, D-64271 Darmstadt,Germany)。
ウロキナ−ゼHS medac(100000I.E.;medac Gesellschaft fur klinische Spezialpraparate mbH, D-22880 Wedel, Germany)。
ブタ膵臓由来のカリクレイン(43U/mg固体;Sigma Aldrich Chemie GmbH)。
ヒト血漿由来のプラスミン(3.2U/mg固体;Sigma Aldrich Chemie GmbH)。
【0173】
基質:
Bz-IEGR-pNA: S-2222, Chromogenix-Instrumentation Laboratory SpA, 1-20128 Milano, Italy。
Bz-FVR-pNA: N-Benzoyl-Phe-Val-Arg-p-nitroanilide HCI, Bachem AG, CH-4416Bubendorf, Switzerland。
IPR-pNA: S-2288, Chromogenix-Instrumentation Laboratory SpA。
Bz-VGR-pNA: N-Benzoyl-Val-Gly-Arg-p-nitroanilide, Sigma Aldrich Chemie GmbH。
N-Tosyl-GPK-pNA: N-Tosyl-Gly-Pro-Lys-p-nitroanilide,#90178, Fluka Chemie AG。
【0174】
分析条件:
初速度およびKmの0.1倍未満の範囲の様々な量のペプチド−p−ニトロアニリド基質を測定するために、適量のプロテアーゼを用いて、100mM Tris−HCl、150mM NaCl、1mM CaCl、5%DMSO、0.1%PEG6000(pH8.0)中で分析を実施した。阻害試験では、100μMの化合物No.7を使用した。Cary 50 Spectrophotometer(VARIAN)において25℃で測定を実施した。基質濃度からの初速の直接的依存性の範囲内になるように、Kmの0.1倍未満の様々な基質濃度を利用して初速を測定した。候補阻害剤No.7の存在下、非存在下で基質濃度に対して初速をプロットした。化合物は濃度100μMで使用した。
【0175】
【表11】

【0176】
調べた酵素のいずれも濃度100μMで化合物No.7による有意な阻害を示さなかった。図18〜24には、第Xa因子、トリプシン、tPA、トロンビン、ウロキナーゼ、カリクレイン、プラスミンに関する、化合物No.7の存在下、非存在下での酵素反応速度測定の結果を示している。
【図面の簡単な説明】
【0177】
【図1】ニューロトリプシンのドメイン構造である。(A)hNt:ヒトのニューロトリプシン。(B)mNt:マウスのニューロトリプシン。ニューロトリプシンは、プロリンに富む塩基性ドメイン(PB)、クリングルドメイン(KR)、3つの(mNt)または4つの(hNt)スカベンジャー受容体のシステインに富むドメイン(SRCR1、SRCR2、SRCR3、SRCR4)とプロテアーゼドメイン(PROT)で構成される。
【図2】アグリンのニューロトリプシン媒介性切断:アグリンとニューロトリプシンを同時トランスフェクションしたHEK293細胞からのアグリンのウェスタンブロット解析である。セミコンフルエントなHEK293T細胞にpcDNA3.1−ニューロトリプシンまたはpcDNA3.1−アグリンの一方ないし両方を一過性にトランスフェクションした。サンプルをSDS−PAGEで分離させた。メンブレンをアグリンのC端子部分に対する抗アグリンポリクローナル抗体、次に二次ペルオキシダーゼ結合抗体とインキュベーションさせた。(レーン1 Ag)アグリンを単一トランスフェクションした細胞の界面活性剤抽出物。(レーン2 Ag+hNt)アグリンとニューロトリプシンを二重トランスフェクションした細胞の界面活性剤抽出物。アグリンが強く減少していることに注意すること。(レーン3 Ag+hNt)アグリンとニューロトリプシンを二重トランスフェクションした細胞の培養液。アグリンのC末端部分に対する抗アグリン抗体で100kDaのバンドが検出される。(レーン4 Ag)アグリンを単一トランスフェクションした細胞の培養液。抗ニューロトリプシン抗体でブロットを再検出した後、全ての条件下でニューロトリプシン産生が確認された。培養液の分析によって、二重トランスフェクションされた細胞の細胞抽出物から失われたアグリンの免疫反応性が上清培地中に放出されていたことが明らかになった。アグリンおよび触媒活性のないニューロトリプシンをトランスフェクションしたHEK293T細胞の上清培地においてシグナルは検出されなかった。
【図3】インビボでのアグリン切断の時間的パターンは、ニューロトリプシン発現の時間的パターンと一致する。異なる年齢のマウスの脊髄のホモジネートでSDS−PAGEおよびウェスタンブロット分析を行い、次にニューロトリプシンに対する特異抗体SZ177、アグリンのC末端100kDa断片に対する特異抗体R132を使用して、ニューロトリプシンおよびアグリンのC末端100kDa断片を探った。異なったサンプルでの等量の組織ホモジネートに関する対照としてβ−アクチンを探った。
【図4】運動ニューロンにおけるニューロトリプシンのトランスジェニック過剰発現はアグリンの切断を増加させる。脊髄抽出物のウェスタンブロットでは、アグリンのC末端100kDa断片に対する抗体の他、ヒト(hNt)とマウス(mNt)ニューロトリプシンに対する抗体で探った。結果では、ニューロトリプシン過剰発現マウスにおいてアグリンのC末端100kDa断片の増加が実証されている。
【図5】ニューロトリプシンはアグリンを神経筋接合部(NMJ)から除去する。アグリン免疫染色された、出生後0日目(P0)、4日目(P4)、8日目(P8)のマウスの横隔膜のNMJ。運動ニューロン内でニューロトリプシンを過剰発現しているトランスジェニックマウスでは、過剰発現の開始から数時間から数日以内にアグリンはNMJから消失する。P4:遷移状態。NMJからのアグリンの部分的な喪失。矢印は十分に形成された個々のNMJを示す。アスタリスクは部分的に分散したNMJを示す。P8:NMJからのアグリンのほぼ完全な喪失。矢印は十分に形成された個々のNMJ示す。アスタリスクは部分的に分散したNMJを示す。
【図6】ニューロトリプシン依存性のNMJからのアグリン除去は、シナプス後装置の分散を伴う。図7と同じマウス横隔膜のNMJのアセチルコリンレセプターを蛍光標識α−ブンガロトキシン(α−Btx)で染色した。アセチルコリンレセプターは過剰発現の開始から数時間から数日以内に消失する。P4:遷移状態。NMJの部分的な喪失。矢印は十分に形成された個々のNMJを示す。アスタリスクは部分的に分散したNMJを示す。P8:NMJからのアグリンのほぼ完全な喪失。矢印は十分に形成された個々のNMJ示す。アスタリスクは部分的に分散したNMJを示す。
【図7】Nt過剰発現マウスのヒラメ筋のNMJの断片化である。(A〜C)野生型マウスのNMJのα−ブンガロトキシン(α−Btx)染色法では、典型的なプレッツェル様構造が示される。(D〜F)Nt過剰発現マウスのNMJのα−Btx染色法では、シナプス後装置の顕著な断片化が示される。(G〜I)触媒活性のないNt(ニューロトリプシンSer711Ala)を過剰発現しているトランスジェニックマウスのNMJには変化は認められない。
【図8】野生型マウスおよびニューロトリプシン過剰発現マウスのヒラメ筋の断面である。(A)野生型マウス。(B)ニューロトリプシン過剰発現マウス。野生型マウスと比較して、Nt過剰発現マウスの筋肉には筋繊維が少ししか含まれない。(A)と(B)の矢印が一つの筋線維を示す。
【図9】海馬CA1領域の放線状層神経網内組織の容積当たりのシナプス数の数量化である。全ての実験動物において、海馬CA1領域の放線状層の同じ部位から採取された電子顕微鏡切片から、組織の容積当たりのシナプス数を測定した。wt:野生型。CMV−Cre:CMVプロモーターの制御下でCreリコンビナーゼを発現しているトランスジェニック系統。491(inact.Nt):不活性なトランス遺伝子を有し、転写停止部位を含む、トランスジェニック系統491。494(inact.Nt):不活性なトランス遺伝子を有し、転写停止部位を含む、トランスジェニック系統494。DTG(Nt491/cre):不活性なニューロトリプシントランス遺伝子がCreリコンビナ−ゼ内での交差によって活性化された系統491に由来するダブルトランスジェニックマウス。DTG(Nt494/cre):不活性なニューロトリプシントランス遺伝子がCreリコンビナ−ゼ内での交差によって活性化された系統494に由来するダブルトランスジェニックマウス。**, P<0.01。
【図10】CA1錐体ニューロンの第二樹状枝(secondary dendritic branch)上の脊柱である。野生型マウス(A、B)およびニューロトリプシンを過剰発現しているダブルトランスジェニックマウス(C、D)のCA1錐体ニューロンの第二樹状枝上の脊柱。インビトロでの電気生理学的試験中、イオン泳動的にCA1錐体細胞をビオシチンで満たして、アビジン−ビオチン−ペルオキシダーゼ組織化学を利用して可視化させた。野生型マウスの樹状突起には多数の長い、よく発達した脊柱(大きい矢印)がある。また、多くの短い、ずんぐり型(stubby-shaped)の脊柱(小さい矢印)も認められる。ニューロトリプシン過剰発現マウス(同腹仔)の樹状突起はずんぐり型の脊柱(小さい矢印)で占められ、長い、よく発達した脊柱(大きい矢印)は非常に少ない。脊柱の総密度(樹状突起の1単位長当たりの脊柱数)は、ニューロトリプシン過剰発現マウス(CおよびD)では著しく低い。
【図11】精製完全長ヒトニューロトリプシンである。SDS−PAGE、それに続く銀染色(A)およびウエスタンブロッティング(B)では、非還元条件下で約75kDaに対応する位置に移動する完全長ヒトニューロトリプシンの単一バンド(矢印で示される)が示された。抗ニューロトリプシン抗体を使用して免疫検出(B)を行った。スタンダ−ドの分子量(kDa)は左余白に示されている。
【図12】精製アグリン−EGFPである。アグリンのC末端半分に対して作成された抗体で検出した、銀染色済みSDSゲル(A)およびウェスタンブロットで示される精製改変アグリン−EGFP(矢印によって示された)(B)。スタンダ−ドの分子量(kDa)は左余白に示されている。切断部位αのみを含むものの、切断部位βを含まないように設計されたこのコンストラクトではEGFPはプレースフォールダー(placeholder)としてしか使用されないことに注意すること。
【図13】精製アグリン−C45断片である。(A)50kDaより下に移動した精製アグリン−C45断片(矢印で示す)を示している銀染色済みSDS−PAGEゲル。数字はPrecision plus protein standard(BIORAD)の分子量を示す。(B)C末端strepタグ検出用のStrepTactinを使用して精製アグリン−C45断片(矢印で示す)を検出するウェスタンブロット。数字はPrecision plus protein standard(BIORAD)の分子量を示す。
【図14】アグリン−EGFPを基質として使用したニューロトリプシン活性分析である。切断部位αに対する精製ニューロトリプシン活性を試験するために、切断部位α(アグリン−EGFP)のみを含んでいる基質を単独(−)で、またはニューロトリプシン(+)と一緒にインキュベーションして、次にSDS−PAGE、次にアグリンのC末端切断断片に対する抗体を使用したウェスタンブロッティングにかけた(実施例22を参照)。レーン1は対照としてニューロトリプシン処置なしのアグリン−EGFP(Ag−EGFPの矢印で示す)を示す。レーン2はアグリン−EGFP(Ag−EGPFの矢印で示す)とニューロトリプシン活性によって生成された約150kDaのC末端断片(Ag−CFの矢印で示す)を示す。分子量マーカー:kDa(キロダルトン)。
【図15】基質としてアグリン−C45を使用したニューロトリプシン活性分析である。アグリンの切断部位βに対する精製ニューロトリプシン活性を試験するために、切断部位β(アグリン−C45)のみを含んでいる基質を単独(−)で、またはニューロトリプシンと一緒に(+)インキュベーションして、次にSDS−PAGEにかけた。(A)ニューロトリプシンなし(−)の分析バッファーで3時間インキュベーションした250ngアグリン−C45およびニューロトリプシンを添加した(+)分析バッファーで3時間インキュベーションした250ngアグリン−C45を示す銀染色済みSDS−PAGE ゲル。左の数字に示されるPrecision plus protein standard(BIORAD)は分子量(kDa)を示す。アグリン−C45(矢印で示す)が50kDaより下に認められる。切断産物アグリン−C45が20〜25kDaに認められる(矢印で示す)。Ag−C45−NF:アグリン−C45のN末端切断断片。Ag−C45−CF:アグリン−C45のC末端切断断片。(B)(A)と同じサンプルでのウェスタンブロットであり、StrepTactin(IBA GmbH)を使用したC末端Strep−tagによって未切断アグリン−C45およびアグリン−C45の切断C末端断片を検出している。Ag−C45−CF:アグリン−C45のC末端切断断片(矢印で示す)。
【図16】アグリン基質およびC末端産物の抗体検出によるニューロトリプシン阻害剤のウェスタンブロットスクリーニング分析である。上のバンドは基質として使用した分子量250〜600kDaのアグリン−EGFPタンパク質(矢印の付いたAg−EGFP)を示す。下のバンドは、試験された阻害剤分子No.7、47、48、49、50、51の阻害活性に従って、異なる強度で現われる分子量約150kDa(矢印の付いたAg−CF)のニューロトリプシンによって生成されたアグリン−EGFPのC末端断片を示す。ヒストグラムは、アグリン−EGFPのニューロトリプシン媒介性切断によって生じた150kDaのバンド(Ag−CF)の相対強度(I)を示しており、陽性対照を100%と陰性対照を0%に設定している。陰性対照(−):ニューロトリプシンなしのアグリン−EGFPのみ。陽性対照(+):ニューロトリプシンを添加したアグリン−EGFP。No.7:N−アミジノ−N−(3,5−ジブロモサリチリデン)−スルファニルアミド。No.47:4−クロロシクロヘックス−4−エン−1,2−ジカルボン酸N−アミジノスルファニルアミド。No.48:N−アミジノ−N−(4−ジメチルアミノベンジリデン)−スルファニルアミド。No.49:N−アミジノ−N−ベンジリデン−スルファニルアミド。No.50:N−アミジノ−N−(2,4−ジクロロベンジリデン)−スルファニルアミド。No.51:N−アミジノ−N−(4−メトキシベンジリデン)−スルファニルアミド。
【図17】化合物No.7によるニューロトリプシン活性の用量依存的阻害である。(A)化合物No.7 N−アミジノ−N−(3,5−ジブロモサリチリデン)−スルファニルアミドの濃度に依存してアグリン−EGFPのニューロトリプシン媒介性切断によって生じたアグリンの150kDaC末端断片(Ag−CF)のウェスタンブロット検出。レーン1:アグリン−EGFP。レーン2:アグリン+マウスニューロトリプシン。レーン3:アグリン+マウスニューロトリプシン+25μM化合物No.7。レーン4:アグリン+マウスニューロトリプシン+37.5μM化合物No.7。レーン5;アグリン+マウスニューロトリプシン+50μM化合物No.7。レーン6:アグリン+マウスニューロトリプシン+75μM化合物No.7。レーン7:アグリン+マウスニューロトリプシン+100μM化合物No.7。(B)阻害剤化合物No.7のないアグリン+マウスニューロトリプシンの1=100%強度の阻害剤濃度に対する(A)からの強度データのグラフ上のプロット。
【図18】化合物No.7(N−アミジノ−N−(3,5−ジブロモ−サリチリデン)−スルファニルアミド)の特異性試験:試験されたプロテアーゼXa、トリプシン、tPA、トロンビン、ウロキナ−ゼ、カリクレイン、プラスミンについて阻害は認められない。グラフは、化合物No.7の非存在下(白四角)および存在下(白三角)での基質濃度(μM)に対してプロットされた、試験されたプロテアーゼであるXa(図18)、トリプシン(図19)、tPA(図20)、トロンビン(図21)、ウロキナ−ゼ(図22)、カリクレイン(図23)、プラスミン(図24)の初期の反応速度(V ini)を示す。tPA(図20)、ウロキナーゼ(図22)、ベンズアミジン(BA)の測定、そしてXa(図18)およびプラスミン(図24)の分析における競合阻害の陽性対照として、示されている濃度のパラアミノベンズアミジン(pABA)を添加した(白ひし形)。
【図19】化合物No.7(N−アミジノ−N−(3,5−ジブロモ−サリチリデン)−スルファニルアミド)の特異性試験:試験されたプロテアーゼXa、トリプシン、tPA、トロンビン、ウロキナ−ゼ、カリクレイン、プラスミンについて阻害は認められない。グラフは、化合物No.7の非存在下(白四角)および存在下(白三角)での基質濃度(μM)に対してプロットされた、試験されたプロテアーゼであるXa(図18)、トリプシン(図19)、tPA(図20)、トロンビン(図21)、ウロキナ−ゼ(図22)、カリクレイン(図23)、プラスミン(図24)の初期の反応速度(V ini)を示す。tPA(図20)、ウロキナーゼ(図22)、ベンズアミジン(BA)の測定、そしてXa(図18)およびプラスミン(図24)の分析における競合阻害の陽性対照として、示されている濃度のパラアミノベンズアミジン(pABA)を添加した(白ひし形)。
【図20】化合物No.7(N−アミジノ−N−(3,5−ジブロモ−サリチリデン)−スルファニルアミド)の特異性試験:試験されたプロテアーゼXa、トリプシン、tPA、トロンビン、ウロキナ−ゼ、カリクレイン、プラスミンについて阻害は認められない。グラフは、化合物No.7の非存在下(白四角)および存在下(白三角)での基質濃度(μM)に対してプロットされた、試験されたプロテアーゼであるXa(図18)、トリプシン(図19)、tPA(図20)、トロンビン(図21)、ウロキナ−ゼ(図22)、カリクレイン(図23)、プラスミン(図24)の初期の反応速度(V ini)を示す。tPA(図20)、ウロキナーゼ(図22)、ベンズアミジン(BA)の測定、そしてXa(図18)およびプラスミン(図24)の分析における競合阻害の陽性対照として、示されている濃度のパラアミノベンズアミジン(pABA)を添加した(白ひし形)。
【図21】化合物No.7(N−アミジノ−N−(3,5−ジブロモ−サリチリデン)−スルファニルアミド)の特異性試験:試験されたプロテアーゼXa、トリプシン、tPA、トロンビン、ウロキナ−ゼ、カリクレイン、プラスミンについて阻害は認められない。グラフは、化合物No.7の非存在下(白四角)および存在下(白三角)での基質濃度(μM)に対してプロットされた、試験されたプロテアーゼであるXa(図18)、トリプシン(図19)、tPA(図20)、トロンビン(図21)、ウロキナ−ゼ(図22)、カリクレイン(図23)、プラスミン(図24)の初期の反応速度(V ini)を示す。tPA(図20)、ウロキナーゼ(図22)、ベンズアミジン(BA)の測定、そしてXa(図18)およびプラスミン(図24)の分析における競合阻害の陽性対照として、示されている濃度のパラアミノベンズアミジン(pABA)を添加した(白ひし形)。
【図22】化合物No.7(N−アミジノ−N−(3,5−ジブロモ−サリチリデン)−スルファニルアミド)の特異性試験:試験されたプロテアーゼXa、トリプシン、tPA、トロンビン、ウロキナ−ゼ、カリクレイン、プラスミンについて阻害は認められない。グラフは、化合物No.7の非存在下(白四角)および存在下(白三角)での基質濃度(μM)に対してプロットされた、試験されたプロテアーゼであるXa(図18)、トリプシン(図19)、tPA(図20)、トロンビン(図21)、ウロキナ−ゼ(図22)、カリクレイン(図23)、プラスミン(図24)の初期の反応速度(V ini)を示す。tPA(図20)、ウロキナーゼ(図22)、ベンズアミジン(BA)の測定、そしてXa(図18)およびプラスミン(図24)の分析における競合阻害の陽性対照として、示されている濃度のパラアミノベンズアミジン(pABA)を添加した(白ひし形)。
【図23】化合物No.7(N−アミジノ−N−(3,5−ジブロモ−サリチリデン)−スルファニルアミド)の特異性試験:試験されたプロテアーゼXa、トリプシン、tPA、トロンビン、ウロキナ−ゼ、カリクレイン、プラスミンについて阻害は認められない。グラフは、化合物No.7の非存在下(白四角)および存在下(白三角)での基質濃度(μM)に対してプロットされた、試験されたプロテアーゼであるXa(図18)、トリプシン(図19)、tPA(図20)、トロンビン(図21)、ウロキナ−ゼ(図22)、カリクレイン(図23)、プラスミン(図24)の初期の反応速度(V ini)を示す。tPA(図20)、ウロキナーゼ(図22)、ベンズアミジン(BA)の測定、そしてXa(図18)およびプラスミン(図24)の分析における競合阻害の陽性対照として、示されている濃度のパラアミノベンズアミジン(pABA)を添加した(白ひし形)。
【図24】化合物No.7(N−アミジノ−N−(3,5−ジブロモ−サリチリデン)−スルファニルアミド)の特異性試験:試験されたプロテアーゼXa、トリプシン、tPA、トロンビン、ウロキナ−ゼ、カリクレイン、プラスミンについて阻害は認められない。グラフは、化合物No.7の非存在下(白四角)および存在下(白三角)での基質濃度(μM)に対してプロットされた、試験されたプロテアーゼであるXa(図18)、トリプシン(図19)、tPA(図20)、トロンビン(図21)、ウロキナ−ゼ(図22)、カリクレイン(図23)、プラスミン(図24)の初期の反応速度(V ini)を示す。tPA(図20)、ウロキナーゼ(図22)、ベンズアミジン(BA)の測定、そしてXa(図18)およびプラスミン(図24)の分析における競合阻害の陽性対照として、示されている濃度のパラアミノベンズアミジン(pABA)を添加した(白ひし形)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水性緩衝液中において化合物をニューロトリプシン、その変異体、またはニューロトリプシンのプロテアーゼドメインを含む断片、およびアグリンを含むタンパク質またはペプチド、その変異体またはアグリンのα−またはβ−切断部位を含む断片と一緒にインキュベーションし、そしてアグリンの切断量を測定することを特徴とする、化合物がニューロトリプシン阻害剤であるか否かを判定する方法。
【請求項2】
ヒトのニューロトリプシン、その変異体、またはヒトのニューロトリプシンのプロテアーゼドメインを含む断片を使用する請求項1記載の方法。
【請求項3】
完全長のヒトのニューロトリプシンを使用する請求項2記載の方法。
【請求項4】
ヒトのニューロトリプシンのプロテアーゼドメインを含む断片を使用する請求項2記載の方法。
【請求項5】
アグリンを含む該タンパク質またはペプチド、その変異体あるいは断片が、マーカータンパク質またはマーカーペプチドを有する融合タンパク質である請求項1〜4のいずれか一項記載の方法。
【請求項6】
アグリンを含む該タンパク質またはペプチド、その変異体あるいは断片が、分光検出用の非ペプチド性マーカーを含む請求項1〜5のいずれか一項記載の方法。
【請求項7】
完全長のアグリンを含むタンパク質またはペプチドを使用する請求項1〜6のいずれか一項記載の方法。
【請求項8】
該切断部位αあるいは切断部位βを含むアグリン断片を含むタンパク質またはペプチドを使用する請求項1〜6のいずれか一項記載の方法。
【請求項9】
該アグリン断片が該切断部位αおよび/または切断部位βを保持する少なくとも6個のアミノ酸を含む断片である請求項8記載の方法。
【請求項10】
該アグリン断片が該切断部位αのコンセンサス配列の少なくとも8個のアミノ酸を含む断片である請求項8記載の方法。
【請求項11】
該アグリン断片が該切断部位βのコンセンサス配列の少なくとも8個のアミノ酸を含む断片である請求項8記載の方法。
【請求項12】
C末端のアグリン断片C45を使用する請求項8記載の方法。
【請求項13】
水性緩衝液中においてニューロトリプシン、その変異体、または該プロテアーゼドメインを含む断片と、アグリンを含むタンパク質またはペプチド、その変異体またはアグリンの該α−またはβ−切断部位を含む断片とをインキュベーションし、そしてアグリンの切断量を測定することを特徴とする、ニューロトリプシンの触媒活性を測定する方法。
【請求項14】
アグリンを含む該タンパク質またはペプチド、その変異体または断片が、マーカータンパク質またはマーカーペプチドを有する融合タンパク質である請求項13記載の方法。
【請求項15】
アグリンを含む該タンパク質またはペプチド、その変異体または断片が、分光検出用の非ペプチド性マーカーを含む請求項13または14記載の方法。
【請求項16】
式(1)
【化1】


(式中、HalおよびHalは、互いに独立して、フッ素、塩素または臭素である)の化合物、およびその医薬的に許容されうる付加塩。
【請求項17】
HalおよびHalが臭素である、請求項16記載の式(1)の化合物およびその医薬的に許容される付加塩。
【請求項18】
請求項16または17記載の式(1)の化合物および医薬担体を含む医薬組成物。
【請求項19】
医薬としての使用のための請求項16または17記載の式(1)の化合物。
【請求項20】
シナプスの欠損を原因とする疾患の治療および/または予防のための請求項16または17記載の式(1)の化合物の使用。
【請求項21】
骨格筋萎縮の治療および/または予防のための請求項20記載の使用。
【請求項22】
統合失調症の治療および/または予防のための請求項20記載の使用。
【請求項23】
認知障害の治療および/または予防のための請求項20記載の使用。
【請求項24】
シナプスの欠損を原因とする疾患の治療および/または予防のための医薬の製造のための請求項16または17記載の式(1)の化合物の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【公表番号】特表2008−538178(P2008−538178A)
【公表日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−503516(P2008−503516)
【出願日】平成18年3月29日(2006.3.29)
【国際出願番号】PCT/EP2006/061152
【国際公開番号】WO2006/103261
【国際公開日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【出願人】(507324681)ユニバーシティ・オブ・チューリッヒ (7)
【氏名又は名称原語表記】UNIVERSITY OF ZURICH
【Fターム(参考)】