説明

ネオジム磁石の加工方法

【課題】 ネオジム磁石の加工方法において、加工時の熱影響を抑制し、加工部位周囲へのダメージを低減して高精度の切断加工又は溝加工を可能にすること。
【解決手段】 レーザ光Lを照射してネオジム磁石Nを切断加工又は溝加工する加工方法であって、レーザ光Lが、波長1000〜1100nmの基本波を有する固体レーザの前記基本波又はその高調波である。これにより、加工部位周辺の粒界相の破壊を最小限に留めて保磁力を維持することができると共に、加工ロスを大幅に低減して高精度な加工を実現することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザ光を用いてネオジム磁石の切断加工又は溝加工を行うネオジム磁石の加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高い保磁力が得られるネオジム磁石(Nd−Fe−B系磁石)が種々の技術分野で採用されている。
従来、ネオジム磁石の切断加工は、例えば特許文献1に記載されているように、電鋳ダイヤモンド工具プレートやワイヤーソー等の工具を使用して行うことが主であった。
また、ネオジム磁石の切断加工方法として、上記工具を用いる方法以外に、例えば特許文献2に記載されているように、レーザ光を用いる方法も知られている。
【0003】
【特許文献1】特開平10−175171号公報(特許請求の範囲)
【特許文献2】特開平8−273961号公報(段落番号0027)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記従来の技術においても、以下の課題が残されている。
工具を用いたネオジム磁石の切断方法は、これら工具が高価なダイヤモンド砥粒を用いて製造されるために工具自体が高コストであると共に、切断する際にブレードの刃厚分の加工ロス(切断幅分又は溝幅分のロス)が生じていた。また、上記工具によるメカニカルな加工の場合、加工部位周囲の組織にダメージを与えて、保磁力を低下させてしまう問題があった。また、ネオジム磁石をレーザ光で加工する場合、従来、COレーザ(波長10.6μm)等の長波長レーザ光を用いて加工しているが、ネオジム磁石での熱拡散が大きく、この場合も熱影響によって磁石組織にダメージを与えてしまう不都合があった。
すなわち、ネオジム磁石は、図3の(a)に示すように、粒界相Dに包まれた主相Mがそれぞれ磁区を形成しており、この磁区が多いほど保磁力が高くなるが、上記工具を用いたメカニカルな加工や従来のレーザ光による加工の場合、図3の(b)に示すように、熱影響等により加工部位の周囲組織にダメージを与えて粒界相Dを破壊してしまう問題がある。この粒界相破壊により、ネオジム磁石の保磁力が低下してしまう不都合があった。特に、小さなネオジム磁石を得ようと上記従来の加工を行うと、加工による保磁力低下が顕著に生じてしまっていた。
【0005】
本発明は、前述の課題に鑑みてなされたもので、加工時の熱影響を抑制し、加工部位周囲へのダメージを低減して高精度の切断加工又は溝加工が可能なネオジム磁石の加工方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、前記課題を解決するために以下の構成を採用した。すなわち、本発明のネオジム磁石の加工方法は、レーザ光を照射してネオジム磁石を切断加工又は溝加工する加工方法であって、前記レーザ光が、波長1000〜1100nmの基本波を有する固体レーザの前記基本波又は高調波であることを特徴とする。
【0007】
このネオジム磁石の加工方法では、波長1000〜1100nmの基本波を有する固体レーザの前記基本波又は高調波でネオジム磁石を切断加工又は溝加工するので、加工部位周辺の粒界相の破壊を最小限に留めて保磁力を維持することができると共に、加工ロスを大幅に低減して高精度な加工を実現することができる。すなわち、従来のCOレーザ光のような長波長のレーザ光では、固体から液体への相変化に多くのエネルギーが使われて粒界相などへの熱影響が大きくなってしまうのに対し、本発明では、ネオジム磁石に含まれるネオジム(原子若しくはイオン)の遷移エネルギーと同レベルである波長1000〜1100nmの基本波のレーザ光又はその高調波を照射するため、該レーザ光の高い吸収効果が得られる。すなわち、ネオジム磁石における固体から液体への相変化だけでなく、液体から蒸気、蒸気からプラズマへの各相変化においても上記波長のレーザ光で高いエネルギー吸収が得られる。したがって、加工部位の周囲への熱拡散が少なく、照射部位だけを効率的に加工して100μm以下の加工ロスで切断加工又は溝加工を行うことができる。
特に、上記固体レーザの高調波を用いてレーザ加工することで、より短波長化された高エネルギーのレーザ光により、基本波よりも高い吸収率が得られ、より高い加工速度で加工を行うことが可能になり、スループットを向上させることができる。
【0008】
また、本発明のネオジム磁石の加工方法は、前記固体レーザが、Nd:YAGレーザ、Nd:YLFレーザ又はNd:YVOレーザであることを特徴とする。すなわち、このネオジム磁石の加工方法では、Nd:YAGレーザ、Nd:YLFレーザ又はNd:YVOレーザの基本波又はその高調波をレーザ光として照射するので、いずれもネオジム(Nd)を含む固定レーザからのレーザ光であり、ネオジム磁石に含まれるネオジムの遷移エネルギーと同レベル以上のエネルギーが得られ、高い吸収効果を得ることができる。
【0009】
また、本発明のネオジム磁石の加工方法は、前記切断加工又は溝加工を非酸化性雰囲気中で行うことが好ましい。すなわち、このネオジム磁石の加工方法では、切断加工又は溝加工を非酸化性雰囲気中で行うことにより、酸化し易い希土類を含む化合物のネオジム磁石に対して加工時の酸化を防ぎ、良好な加工性状を得ることができる。
【0010】
さらに、本発明のネオジム磁石の加工方法は、前記切断加工又は溝加工の加工部分に非酸化性ガスを吹き付けながら前記レーザ光を照射することを特徴とする。すなわち、このネオジム磁石の加工方法では、レーザ光を照射する際に切断加工又は溝加工の加工部分に非酸化性ガスを吹き付けながら行うので、加工部位周囲を非酸化性雰囲気としつつ、加工部分で発生する熱を空冷により除去することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、以下の効果を奏する。
すなわち、本発明のネオジム磁石の加工方法によれば、波長1000〜1100nmの基本波を有する固体レーザの前記基本波又はその高調波でネオジム磁石を切断加工又は溝加工するので、加工部位周辺の粒界相の破壊を最小限に留めて保磁力を維持することができると共に、加工ロスを大幅に低減して高精度な加工を実現することができる。したがって、保磁力が維持されていると共に高い加工品質で加工されたネオジム磁石を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明に係るネオジム磁石の加工方法の一実施形態を、図1から図3を参照しながら説明する。
【0013】
本実施形態におけるネオジム磁石の加工方法は、レーザ光を照射して希土類のネオジム(Nd)を含むネオジム磁石(Nd−Fe−B系磁石)を切断加工又は溝加工する加工方法であって、例えば図1及び図2に示すレーザ加工装置を用いて行う。このレーザ加工装置は、波長1000〜1100nmの基本波を有する固体レーザの基本波又はその高調波をレーザ光Lとして出射するレーザ光源1と、ネオジム磁石Nを上面に保持可能に載置するXYステージ2と、該XYステージ2を上面に設置した回転ステージ3と、XYステージ2及び回転ステージ3の駆動を制御する制御部Cとを備えている。
【0014】
また、レーザ加工装置は、切断加工又は溝加工の加工部分に非酸化性ガスを吹き付け、非酸化性雰囲気中でレーザ光を照射させるためのガス噴射機構4を備えている。
このガス噴射機構4は、窒素(N2)又はアルゴン(Ar)の非酸化性ガスの供給源4aと、該供給源4aに接続され供給源4aからの非酸化性ガスをネオジム磁石Nへ噴きつけるノズル4bと、を備えている。
【0015】
レーザ光源1は、固体レーザであるNd:YAGレーザ、Nd:YLFレーザ又はNd:YVOレーザを内蔵し、この固体レーザを用いてその基本波又は該基本波の高調波をレーザ光Lとして出射可能な構成を有している。上記高調波は、レーザ光源1に内蔵した非線形光学結晶(KTP(KTiOPO)、LBO(LiB)、LB4(Li)、BBO(β−BaB)、CLBO (CsLiB10)等)を用いて基本波を2倍以上の高調波に変換して得られる。なお、本実施形態では、例えばNd:YAGレーザを用い、その基本波(波長1064nm)の2倍高調波(2倍波)であるGreenレーザ光(波長542nm、出力20W)をレーザ光Lとして使用する。
【0016】
この2倍波であるGreenレーザ光では、図2に示すように、ネオジム磁石Nに対して、基本波に比べてより低い拡散反射率、すなわち高い吸収率が得られる。なお、図2は、組成がNd+Pr:28.5wt%、Co:2.3wt%、B:1.04%、Fe:balanceであるネオジム磁石Nに対する波長を変えた場合のレーザ光Lの拡散反射スペクトルを示したグラフである。
【0017】
また、図2からわかるように、基本波から4倍波まで十分な吸収が得られるが、2倍波より3倍波、3倍波よりも4倍波で低い拡散反射率が得られる。ただし、より短波長の高調波になるほど、得られるレーザ光Lの出力が小さくなるため、レーザ出力と吸収性とを考慮してレーザ光Lの波長が設定される。なお、加工速度及び加工品質の両面を考慮すると、2倍波のGreenレーザ光がレーザ光Lとして良好な加工を得ることができる。
【0018】
レーザ光源1とXYステージ2に保持されたネオジム磁石Nとの間のレーザ光路には、複数のレンズ部材や反射ミラー等の光学部材で構成される集光光学系5が設けられている。なお、集光光学系5は、レンズ部材等の移動によりレーザ光Lの焦点位置を調整可能な構成とされ、ネオジム磁石Nの表面に焦点を合わせることができるようになっている。
上記XYステージ2は、ネオジム磁石Nを保持する保持部(図示略)を備え、ステッピングモータ等により水平平面(XY平面)上の垂直2方向(X方向及びY方向)にそれぞれ移動可能で、水平平面の任意の方向に移動できる構成を有している。また、上記回転ステージ3は、XYステージ2上に保持したネオジム磁石2を通る中心軸を軸回りとしてステッピングモータ等によりXY平面内で回転可能な構成とされている。
【0019】
次に、ネオジム磁石Nの切断加工又は溝加工の方法について説明する。
まず、加工対象であるネオジム磁石NをXYステージ2上の保持部に固定する。この際、制御部CによりXYステージ2及び回転ステージ3を駆動してネオジム磁石Nをレーザ光Lが照射される所定位置に配置する。そして、レーザ光源1を駆動し、例えばGreenレーザ光を出射し、集光光学系5を介して保持状態のネオジム磁石Nの所定部位にGreenレーザ光を集光して照射する。
【0020】
このとき、レーザ光Lがネオジム磁石2の照射面に対してほぼ直交するようにレーザ照射が行われる。また、この際、ガス噴射機構4によりネオジム磁石Nの所定部位にノズル4bから非酸化性ガスを噴射して吹き付け、所定部位周囲を非酸化性雰囲気とする。この状態で、制御部CによりXYステージ2を駆動し、所定の切断方向へネオジム磁石Nを移動してレーザ光Lを一定速度で一軸走査させることで、所定部位の切断加工又は溝加工が行われる。
例えば、出力20WのGreenレーザ光をレーザ光Lとして照射した場合、50μm以下の溝幅で、かつ1mm/sec以下の加工速度で、2mm以上の溝深さが得られる。
【0021】
このように本実施形態では、波長1000〜1100nmの基本波を有する固体レーザの基本波又は高調波でネオジム磁石Nを切断加工又は溝加工するので、図3の(c)に示すように、加工部位周辺の粒界相Dの破壊を最小限に留めて保磁力を維持することができると共に、加工ロスを大幅に低減して高精度な加工を実現することができる。したがって、加工部位の周囲への熱拡散が少なく、照射部位だけを効率的に加工して100μm以下の加工ロスで切断加工又は溝加工を行うことができる。
【0022】
特に、固体レーザの高調波を用いてレーザ加工することで、より短波長化された高エネルギーのレーザ光により、基本波よりも高い吸収率が得られ、より高い加工速度で加工を行うことが可能になり、スループットを向上させることができる。また、波長が短いほど、集光能力も高くできるため、高い加工能力を得ることができる。
また、Nd:YAGレーザ、Nd:YLFレーザ又はNd:YVOレーザの基本波又はその高調波をレーザ光Lとして照射するので、いずれもネオジム(Nd)を含む固定レーザからのレーザ光であり、ネオジム磁石Nに含まれるネオジムの遷移エネルギーと同レベル以上のエネルギーが得られ、高い吸収効果を得ることができる。
【0023】
さらに、レーザ光Lを照射する際に、切断加工又は溝加工の加工部分にガス噴射機構4により非酸化性ガスを吹き付けながら加工を行うので、加工部位周囲を非酸化性雰囲気としてネオジム磁石Nの酸化を防ぐと共に、加工部分で発生する熱を空冷により除去し、良好な加工性状を得ることができる。
【0024】
なお、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることができる。
例えば、上記実施形態では、制御部CによりXYステージ2や回転ステージ3を駆動してネオジム磁石Nを移動させて加工を行うが、ネオジム磁石Nを固定し、集光光学系5を制御してレーザ光Lを走査しても構わない。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明に係るネオジム磁石の加工方法の一実施形態において、レーザ加工装置を示す簡易的な構成図である。
【図2】本実施形態において、ネオジム磁石に対する波長を変えた場合のレーザ光の拡散反射スペクトルを示したグラフである。
【図3】ネオジム磁石の良好な組織を示す模式図、メカニカルな加工を施した加工部位周囲の組織を示す模式図及び本実施形態のレーザ加工を施した加工部位周囲の組織を示す模式図である。
【符号の説明】
【0026】
1…レーザ光源、2…XYステージ、3…回転ステージ、4…ガス噴射機構、C…制御部、D…粒界相、L…レーザ光、M…主相、N…ネオジム磁石

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザ光を照射してネオジム磁石を切断加工又は溝加工する加工方法であって、
前記レーザ光が、波長1000〜1100nmの基本波を有する固体レーザの前記基本波又はその高調波であることを特徴とするネオジム磁石の加工方法。
【請求項2】
請求項1に記載のネオジム磁石の加工方法において、
前記固体レーザが、Nd:YAGレーザ、Nd:YLFレーザ又はNd:YVOレーザであることを特徴とするネオジム磁石の加工方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のネオジム磁石の加工方法において、
前記切断加工又は溝加工を非酸化性雰囲気中で行うことを特徴とするネオジム磁石の加工方法。
【請求項4】
請求項3に記載のネオジム磁石の加工方法において、
前記切断加工又は溝加工の加工部分に非酸化性ガスを吹き付けながら前記レーザ光を照射することを特徴とするネオジム磁石の加工方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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