説明

ハウリングキャンセラ

【課題】 周波数一定の楽音の持続音とハウリングとを区別して、楽音による音声信号を減衰させない適応フィルタを備えたハウリングキャンセラを提供する。
【解決手段】 波形分析部7は、マイクロフォン1から入力された音声信号がハウリング発生による入力信号であるか否かを判定し、ハウリング発生による入力信号でない場合は検出した周波数付近で適応フィルタ6の適応処理を鈍化するようにフィルタ係数を設定する。これにより、楽音による音声信号を減衰させることなくハウリングを抑制することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は講堂やホール等に設置される拡声システムにおいて、楽音を低減させずにハウリングを抑制するハウリングキャンセラに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に講堂やホール等で拡声装置を用いた場合、スピーカから出力された音声は、ある伝達関数をもつ音響経路を経て再びマイクロフォンに入力される。つまり、マイクロフォン−増幅器−スピーカ−音響経路−マイクロフォン、の経路で閉ループが形成される。この閉ループのゲインが1を越えるとスピーカからマイクロフォンに帰還した音声が増大してハウリングの発生となる。
【0003】
このハウリングを効率的に防止するために、適応フィルタ(アダプティブ・ディジタル・フィルタ)を用いてハウリングの発生を防止するハウリングキャンセラが提案されている(例えば非特許文献1参照)。
【0004】
図6は上記のハウリングキャンセラを示した図である。マイクロフォン101およびスピーカ104は講堂やホール等、同一の音響空間に設置されている。ここで、マイクロフォン101から入力された音声信号は、フロントエンドのマイクロフォンアンプで増幅されたのちA/Dコンバータによってディジタル信号y(k)に変換される。
【0005】
信号y(k)は、加算器102を介して増幅器103に供給され、増幅される。G(z)は、増幅器103の伝達関数である。増幅器103から出力された信号x(k)は、D/Aコンバータによって音声信号に変換された後にスピーカ104から発音される。
【0006】
スピーカ104から発音された音声は音響帰還路105を経てマイクロフォン101に帰還する。音響帰還路105は、スピーカ104からマイクロフォン101に至る音響経路である。H(z)は音響帰還路105の伝達関数である。音響帰還路105を介して帰還される帰還信号d(k)は、話者等の音源が発生する音源信号s(k)とともにマイクロフォン101に入力される。マイクロフォン101は、この入力された音声をディジタル信号に変換してy(k)として出力する。
【0007】
このような拡声装置では、マイクロフォン101−増幅器103−スピーカ104−音響帰還路105−マイクロフォン101の経路で閉ループが形成される。この閉ループのゲインが1を超えると、帰還信号d(k)が増大されてハウリング発生となる。同図に示す拡声装置では、このようなハウリングの発生を防止するために、ディレイ回路106、適応フィルタ107および加算器102を含むハウリングキャンセラを有している。
【0008】
ディレイ回路106は、増幅器103の出力信号x(k)を音響帰還路105の時間遅延に対応した遅延時間τを付与して信号x(k−τ)として適応フィルタ107に出力するものである。適応フィルタ107は、図7に示すようにフィルタ部107aおよびフィルタ係数推定部107bを有しており、信号x(k−τ)は、フィルタ部107aおよびフィルタ係数推定部107bの両方に入力される。
【0009】
フィルタ部107aは、音響帰還路105の伝達関数H(z)を模擬した伝達関数F(z)でマイクロフォン101から入力される信号を減衰するようにフィルタ係数が設定されている。したがって、適応フィルタ107から出力された信号do(k)は、音響帰還路105の伝達関数H(z)を模擬した伝達関数F(z)で信号x(k−τ)をフィルタリングした信号であるため、スピーカ104から音響帰還路105を伝達してマイクロフォン101に再入力される帰還信号d(k)を模擬したものとなる。
【0010】
加算器102は、マイクロフォン101から入力された信号y(k)(ここで、y(k)は音源信号と帰還信号を加算した信号)から、帰還信号d(k)を模擬した信号do(k)を減算する。これにより、入力信号から帰還信号が除去され、ハウリングをキャンセルすることができる。
【0011】
フィルタ係数推定部107bは、適応アルゴリズムを用いて信号x(k−τ)およびe(k)に基づいて伝達関数F(z)が伝達関数H(z)に一致または近似するようにフィルタ部107aのフィルタ係数を逐次更新する。この結果、信号d(k)を模擬した信号do(k)が得られ、ハウリング発生を防止することができる。
【非特許文献1】稲積,今井,小西,:”LMSアルゴリズムを用いた拡声系のハウリング防止”,日本音響学会講演論文集pp.417−418(1991,3)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
ところで、ハウリングは一定周波数の正弦波(純音)の高レベル信号として現れるが、非特許文献1に記載のハウリングキャンセラは、このハウリングに対してフィルタを適応させ、信号の周波数ピークを減衰させるような模擬信号do(k)を生成する。すなわち、ハウリングキャンセラは、マイクロフォンから入力された信号のうち、ディレイ回路106で遅延された信号に類似する成分を帰還信号と判断して、これを減衰させるように適応フィルタのフィルタ係数を更新する。したがって、ハウリングキャンセラは、ハウリングの発生する前の帰還信号をキャンセルしてハウリングを防止することができるとともに、ハウリングが発生した場合のハウリング音も速やかに減衰させることができる。
【0013】
このように、適応フィルタ内蔵のハウリングキャンセラの場合、マイクロフォンから入力した信号のうち遅延した信号と類似する成分を帰還信号とみなして減衰させる特性を有する。このため、例えばバイオリンやフルートなどの持続音を発する楽器の楽音は、ハウリング信号に類似した一定周波数の純音に近い高レベル信号であるために、マイクロフォンから入力された音源信号(ソース音)であっても、ハウリングキャンセラによってキャンセルされてしまうという問題点があった。
【0014】
本発明は、上記の事情に鑑み、周波数一定の楽音の持続音とハウリングとを区別して、楽音による入力を減衰させずにハウリングのみ減衰させる適応フィルタを備えたハウリングキャンセラを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
請求項1に記載の発明は、スピーカからマイクロフォンに至る音響帰還路の伝達関数を推定して、マイクロフォンの入力信号から帰還音声信号をキャンセルする適応フィルタを備えたハウリングキャンセラであって、一定周波数を有する信号であるピーク信号がマイクロフォンから入力されたとき、このピーク信号が楽音による入力信号であるか否かを判定する入力信号判定手段と、マイクロフォンからピーク信号が入力され、かつこれを入力信号判定手段が楽音による入力信号と判定した場合に、検出したピーク周波数付近において適応フィルタの適応処理を停止または鈍化させるように設定することを特徴とする。
【0016】
この発明では、マイクロフォンから入力された音声信号が楽音による入力信号であるか否かを判定する入力信号判定手段を有している。入力信号判定手段は、一定周波数の持続音を検出したときに、楽音による入力信号であるか否かを判定する。楽音による入力信号であると判定した場合、マイクロフォンから入力された信号をキャンセルしないように検出したピーク周波数において適応フィルタの適応処理を停止または鈍化させるように設定する。これにより、周波数一定の楽音の持続音が入力されても、その信号をキャンセルしないように適応フィルタが動作することができる。
【0017】
請求項2に記載の発明は、スピーカからマイクロフォンに至る音響帰還路の伝達関数を推定して、マイクロフォンの入力信号から帰還音声信号をキャンセルする適応フィルタを備えたハウリングキャンセラであって、一定周波数を有する信号であるピーク信号がマイクロフォンから入力されたとき、このピーク信号が楽音による入力信号であるか否かを判定する入力信号判定手段と、マイクロフォンからピーク信号が入力され、かつこれを入力信号判定手段が楽音による入力信号と判定した場合に、検出したピーク周波数付近において適応フィルタの出力信号の周波数特性が平滑化されるように出力信号を制御するフィルタ出力信号制御手段と、を備えたことを特徴とする。
【0018】
この発明では、マイクロフォンから入力された音声信号が楽音による入力信号であるか否かを判定する入力信号判定手段を有している。入力信号判定手段は、一定周波数の持続音を検出したときに、楽音による入力信号であるか否かを判定する。さらに、適応フィルタの出力信号を修正するフィルタ出力信号制御手段を備えており、入力信号判定手段が楽音による入力信号であると判定した場合は、検出したピーク周波数付近においてフィルタ出力信号の周波数特性を平滑化する。例えば検出したピーク周波数付近において、フィルタ出力信号の周波数特性の移動平均をとるように演算処理する。
【0019】
請求項3に記載の発明は、スピーカからマイクロフォンに至る音響帰還路の伝達関数を推定して、マイクロフォンの入力信号から帰還音声信号をキャンセルする適応フィルタを備えたハウリングキャンセラであって、一定周波数を有する信号であるピーク信号がマイクロフォンから入力されたとき、このピーク信号が楽音による入力信号であるか否かを判定する入力信号判定手段と、マイクロフォンからピーク信号が入力され、かつこれを入力信号判定手段が楽音による入力信号と判定した場合に、検出したピーク周波数において適応フィルタの出力信号の振幅を減衰させるフィルタ出力信号抑制手段と、を備えたことを特徴とすることを特徴とする。
【0020】
この発明では、マイクロフォンから入力された音声信号が楽音による入力信号であるか否かを判定する入力信号判定手段を有している。入力信号判定手段は、一定周波数の持続音を検出したときに、楽音による入力信号であるか否かを判定する。さらに、適応フィルタの出力信号を抑制するフィルタ出力信号抑制手段を備えており、入力信号判定手段が楽音による入力信号であると判定した場合は、検出したピーク周波数付近においてフィルタ出力信号を減衰させる。減衰には出力信号を0に修正することも含む。他の周波数においては減衰等せずにそのまま出力する。
【発明の効果】
【0021】
以上のように、この発明によれば、マイクロフォンからピーク信号が入力されたときに楽音による入力信号であるか否かを判定し、ピーク周波数において適応フィルタの適応処理を停止または鈍化することで、楽音による入力信号を抑制せずにハウリングのみ抑制することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態のハウリングキャンセラについて図を用いて詳細に説明する。
【0023】
[第1実施形態]
図1は第1実施形態に係る適応ハウリングキャンセラ内蔵拡声システムのブロック図である。同図に示すように、この適応ハウリングキャンセラ内蔵拡声システムは、マイクロフォン1、加算器2、増幅器3、スピーカ4、ディレイ回路5、適応フィルタ6、および波形分析部7からなり、マイクロフォン1およびスピーカ4は講堂やホール等に配置される。
【0024】
マイクロフォン1に入力された音声信号はA/D変換処理によりディジタル信号として加算器2と波形分析部7に入力される。加算器2は、マイクロフォン1からの入力信号から適応フィルタ6の出力信号を差し引いて出力する。加算器2の出力信号は、増幅器3を介して増幅されたのちスピーカ4に出力される。スピーカ4に伝達された信号はアナログ音声信号に変換されたのち放音される。ここでスピーカ4から発音された音声はマイクロフォン1に帰還信号として再入力される。
【0025】
この例におけるハウリングキャンセラは、ディレイ回路5および適応フィルタ6により、マイクロフォン1から入力された音声信号が増幅器3およびスピーカ4、マイクロフォン1が設置されている音響空間を伝搬して再度マイクロフォン1に入力されるまでの一連の音声伝達経路の伝達特性を模擬するものである。
【0026】
ディレイ回路5は、スピーカ4からマイクロフォン1に帰還する帰還信号の時間遅延を推定した時間遅延を付与するものである。ディレイ回路4で時間遅延を付与されて出力した信号は適応フィルタ6に入力される。
【0027】
適応フィルタ6は、音響帰還経路の伝達関数を模擬するフィルタであり、ディレイ回路5が遅延した信号をフィルタリングする。このフィルタリングされた出力信号を模擬信号として加算器2に出力する。
【0028】
適応フィルタ6は、図2に示すようにフィルタ部6aおよびフィルタ係数推定部6bからなるもので、フィルタ部6aおよびフィルタ係数推定部6bにはそれぞれディレイ回路5から遅延した信号が入力される。フィルタ部6aは入力された信号をフィルタリングし、加算器2に出力する。加算器2は、フィルタ部6aの出力信号をマイクロフォンの入力信号から差し引く。
【0029】
フィルタ係数推定部6bは、ディレイ回路5で遅延された過去の信号と加算器2の出力信号である現在の信号とに基づいて帰還信号の消去誤差を検出し、模擬信号を帰還信号に一致または近似させるべくフィルタ部6aの伝達関数を自動更新する。
【0030】
フィルタ係数推定部6bの伝達関数更新は適応アルゴリズムを用いる。適応アルゴリズムは、例えばLMS(Least Mean Square)アルゴリズムを用いる。
【0031】
波形分析部7は、マイクロフォン1から入力された信号を高速フーリエ変換(以下、FFTと言う)し、入力された信号の周波数特性を分析する。その結果入力された信号が楽音による入力信号であるか否かを判定するものである。楽音による入力信号であるか否かの判定は、入力された波形とあらかじめ記憶しておいた楽音波形パターンを比較し、楽音波形パターンとの相関が高いときに楽音による入力信号と判定する。比較方法は相互相関関数を用いたり、HMM(Hidden Marcov Model)法等の音声認識の手法を用いたりすればよい。楽音による入力信号と判定した場合は、適応フィルタ6にマイクロフォンから入力された信号をキャンセルしないよう指示する。なお、入力信号の周波数特性をあらかじめ記憶しておいた楽音波形の周波数特性と比較して、楽音による入力信号と判定してもよい。また、楽音波形に代えてハウリング波形を記憶し、入力信号を記憶したハウリング波形と比較し、ハウリングであるか否かを判定してハウリングでないと判定した場合に楽音による入力信号と判定するようにしてもよい。
【0032】
以下、上記のハウリングキャンセラ内蔵拡声システムの動作について詳細に説明する。
図3は第1実施形態に係る適応ハウリングキャンセラ内蔵拡声システムの伝達特性を示すブロック図である。同図に示すように、マイクロフォン1を介して入力された音声信号は、A/D変換処理によりディジタル信号y(k)に変換されて加算器2を介して増幅器3に入力される。増幅器3は、入力された信号y(k)を増幅するためのものである。G(z)は増幅器3の伝達関数である。
【0033】
増幅器3から出力された信号x(k)は、D/A変換処理によりアナログ音声信号に変換されてスピーカ4から音声を発音する。スピーカ4から発音された音声は音響帰還路8を経てマイクロフォン1に帰還する。音響帰還路8は、スピーカ4からマイクロフォン1に至る音響経路である。H(z)は音響帰還路8の伝達関数である。音響帰還路8を介して帰還される帰還信号d(k)は、話者等の音源が発生する音源信号s(k)とともにマイクロフォン1に入力される。
【0034】
また、増幅器3から出力された信号x(k)は、ディレイ回路5にも入力される。ディレイ回路5は、入力された信号x(k)に対し、時間遅延を付与して出力するもので、ここではスピーカ4からマイクロフォン1に帰還する帰還音声信号の時間遅延を推定した時間遅延τを付与するものである。ディレイ回路5で時間遅延τを付与されて出力した信号x(k−τ)は適応フィルタ6に入力される。
【0035】
適応フィルタ6は、図2に示したようにフィルタ部6aおよびフィルタ係数推定部6bからなるもので、フィルタ部6aおよびフィルタ係数推定部6bにはそれぞれディレイ回路5から出力された信号x(k−τ)が入力される。フィルタ部6aはスピーカ4からマイクロフォン1への帰還信号d(k)を模擬した信号do(k)を出力して、加算器2でマイクロフォン1から再入力される信号y(k)から帰還信号d(k)を模擬した信号do(k)を差し引くようにする。帰還信号d(k)を模擬した信号do(k)は、伝達関数F(z)に従って上記ディレイ回路5から出力された信号x(k−τ)を基に決定される。フィルタ係数推定部6bは、ディレイ回路5から出力された信号x(k−τ)とマイクロフォン1から増幅器3に伝達される信号のうち上記帰還信号d(k)を模擬した信号do(k)を差し引いた信号e(k)とを基にして、適応アルゴリズムを用い、帰還信号を模擬した信号do(k)が実際の帰還信号d(k)に一致もしくは近似するようにフィルタ部6aのフィルタ係数を更新するものである。適応アルゴリズムは、例えばLMSアルゴリズムを用いる。信号e(k)の2乗平均値J=E[e(k)](ただし、E[・]は期待値)とすれば、Jを最小にするようなフィルタ係数が演算により推定され、推定されたフィルタ係数を用いてフィルタ部6aのフィルタ係数が更新される。
【0036】
上述のように適応フィルタ6では、ディレイ回路5から出力された信号x(k−τ)とマイクロフォン1から増幅器3に伝達される信号y(k)のうち上記帰還信号d(k)を模擬した信号do(k)を差し引いた信号e(k)とを基にしてフィルタ係数を更新するので、マイクロフォン1から入力された信号のうち、信号d(k)をキャンセルすることが可能である。マイクロフォン1−増幅器3−スピーカ4−音響帰還路8−マイクロフォン1の経路で形成される閉ループのゲインが1を超えたとき、帰還信号d(k)のうち、ある周波数の振幅値が時間経過とともに増大して周波数スペクトル上でピークを形成し、ハウリング発生となるが、適応フィルタ6は特にこのピークを減衰させるようにフィルタ係数を更新して、生成した模擬信号do(k)を入力信号y(k)から減算する。したがって、マイクロフォンから入力された音源信号s(k)と帰還信号d(k)を加算した信号y(k)が周波数一定の持続音であるときに、フィルタ係数を逐次更新してその持続音を減衰させることができる。
【0037】
波形分析部7は、前述のようにマイクロフォン1から入力された信号y(k)をFFTし、ピーク周波数を検出する。ピーク周波数検出の手法は例えば、振幅値が所定の閾値以上となる周波数帯域のうち極大となる周波数をピーク周波数とすればよい。さらに、検出したピーク周波数のうち最も低い周波数ピークを入力信号の1次ピークとし、1次ピークの整数倍の周波数の近傍のピークを倍音ピークとする。
【0038】
検出したピーク周波数が一定時間以上継続して入力される場合、それぞれのピーク周波数付近のスペクトル形状から楽音による入力信号であるか否かを判定する。具体的には、入力信号の波形とあらかじめ記憶しておいた楽音波形パターンを比較し、楽音波形パターンとの相関が高いときに楽音による入力信号と判定する。入力信号の波形と楽音波形の相互相関関数を求めて楽音による信号であるか否かを判定する。なお、相互相関関数に替えてHMM等のパターンマッチングの手法を用いてもよい。また、楽音波形に代えてハウリング波形を記憶し、入力信号を記憶したハウリング波形と比較し、ハウリングであるか否かを判定してハウリングでないと判定した場合に楽音による入力信号と判定するようにしてもよい。また、検出したピーク形状の周波数幅を計算し、この周波数幅をピーク幅として、ピーク幅に所定の閾値を設定し、閾値以上のときに楽音による入力信号と判定するようにしてもよい。これらのように、楽音による入力信号であるか否かを判定することができればどのような手法であってもよい。
【0039】
楽音による入力信号でなく、ハウリング発生による入力信号であると判定したときは、適応フィルタ6がハウリングを抑制する。ピーク周波数を検出し、かつ楽音による入力信号であると判定したときは、適応フィルタ6にマイクロフォン1から入力された信号をキャンセルしないよう指示する。
【0040】
ここでは、フィルタ係数推定部6bに対して、検出したピーク周波数において適応処理を停止または鈍化するように指示する。適応フィルタ6の伝達関数はF(z)で表されるが、この伝達関数は忘却係数λやステップサイズαと呼ばれる係数を用いて更新される。忘却係数λはそれまでの伝達関数に乗ずる係数であり、0〜1の範囲に設定する。忘却係数λを小さくするとそれまでの伝達関数を消去して更新を促進することになる。ステップサイズαは修正の大きさを表す係数であり、ステップサイズαを大きくすると修正した伝達関数をより多く利用することとなり、更新を促進することになる。修正後の伝達関数F’(z)はF’(z)=λF(z)+αΔF(z)(ただし、ΔF(z)はフィルタ差分)なる式で表される。
【0041】
したがって波形分析部7は、ピーク周波数を検出し、かつ楽音による入力信号であると判定したときは、検出したピーク周波数において伝達関数F(z)を更新しないように適応フィルタ6のステップサイズαを小さくするように設定する。なお、検出した1次ピーク周波数だけでなく、倍音ピーク周波数についてもステップサイズαを小さくするようにしてもよい。また、ステップサイズαを小さくするように設定するとともに忘却係数λを大きくするように設定してもよい。これにより、マイクロフォン1からの新たな入力信号のうち、楽音と判定された入力信号のピーク周波数帯域をキャンセルしないようにすることができる。
【0042】
[第2実施形態]
図4は第2実施形態に係る適応ハウリングキャンセラ内蔵拡声システムのブロック図である。なお、第1実施形態に係る適応ハウリングキャンセラ内蔵拡声システムと同様の部分には同様の符号を付して詳細な説明を省略する。同図に示すように、この例における拡声システムは、第1実施形態のハウリングキャンセラに加え、適応フィルタ6と加算器2の間に信号修正部9をさらに備えている。
【0043】
信号修正部9は、適応フィルタ6の出力信号のうち、任意周波数範囲の信号を修正演算するものである。ここでは、適応フィルタ6の出力信号をFFTして、波形分析部7が検出した周波数帯域について適応フィルタ6の出力信号の周波数特性を平滑化するように修正演算する。適応フィルタ6の出力信号の修正動作について以下に説明する。
【0044】
図5は第2実施形態に係る適応ハウリングキャンセラ内蔵拡声システムの伝達特性を示す図である。同図に示すように、マイクロフォン1を介して入力された音声信号は、A/D変換処理によりディジタル信号y(k)に変換されて加算器2を介して増幅器3に入力される。増幅器3は、入力された信号y(k)を増幅するためのものである。G(z)は増幅器3の伝達関数である。
【0045】
増幅器3から出力された信号x(k)は、D/A変換処理によりアナログ音声信号に変換されてスピーカ4から音声を発音する。スピーカ4から発音された音声は音響帰還路8を経てマイクロフォン1に帰還する。音響帰還路8は、スピーカ4からマイクロフォン1に至る音響経路である。H(z)は音響帰還路8の伝達関数である。音響帰還路8を介して帰還される帰還信号d(k)は、話者等の音源が発生する音源信号s(k)とともにマイクロフォン1に入力される。マイクロフォン1は、この入力された音声をディジタル信号に変換してy(k)として出力する。
【0046】
また、増幅器3から出力された信号x(k)は、ディレイ回路5にも入力される。ディレイ回路5は、入力された信号x(k)に対し、時間遅延を付与して出力するもので、ここではスピーカ4からマイクロフォン1に帰還する帰還音声信号の時間遅延を推定した時間遅延τを付与するものである。ディレイ回路5で時間遅延τを付与されて出力した信号x(k−τ)は適応フィルタ6に入力される。
【0047】
適応フィルタ6は帰還音声信号d(k)を模擬した信号do(k)を伝達関数F(z)にしたがって出力する。さらに信号修正部9は、信号d1(k)を伝達関数F1(z)にしたがって出力する。加算器2は、マイクロフォン1から再入力された信号y(k)から信号d1(k)を差し引く。
【0048】
信号d1(k)は、信号do(k)の周波数特性において、波形分析部7で検出したピーク周波数付近の周波数特性を、その周波数特性の周波数に対する移動平均をとったものに置き換えるように変換されたものである。これにより、適応フィルタ7の出力信号do(k)の周波数特性は平滑化され、楽音による入力信号y(k)をキャンセルしないようにすることができる。なお、この例においても検出したピーク周波数付近だけでなく、その倍音周波数付近においても移動平均を演算し、出力信号の周波数特性を平滑化するようにしてもよい。
【0049】
また、信号修正部9は、模擬信号do(k)のうち波形分析部7が検出したピーク周波数における信号をカットするようにしてもよい。模擬信号do(k)のうち、波形分析部7が検出した周波数の出力信号を切り出して減衰または0に修正演算し、修正演算を行わない他の周波数と合成して出力する。このように信号修正部9は、バンドカットフィルタのように機能するようにしてもよい。なお、この場合も検出したピーク周波数付近だけでなく、その倍音周波数付近においても修正演算するようにしてもよい。
【0050】
また、第2実施形態においても波形分析部7は、ピーク周波数を検出し、かつハウリング発生による入力信号でないと判定したときは、伝達関数F(z)を更新しないように適応フィルタ6のステップサイズαを小さくするように設定するようにしてもよい。これにより、マイクロフォン1からの新たな入力信号をキャンセルしなくなる。
【0051】
以上のように本発明におけるハウリングキャンセラは、マイクロフォンから入力された音声信号をFFTして、そのピーク周波数の波形から、入力信号がハウリング発生によるものであるか否かを判定し、ハウリング発生による入力信号でないと判定したときは、検出したピーク周波数において適応フィルタの出力信号がマイクロフォンの入力信号をキャンセルしないように設定する。検出したピーク周波数において適応フィルタの適応処理を停止、または鈍化させることで入力信号をキャンセルしないようにすることができる。また、適応フィルタの出力信号の周波数特性において、検出したピーク周波数付近の移動平均を演算することにより入力信号をキャンセルしないようにすることができる。
【0052】
これにより、バイオリン等のように周波数一定の楽音の持続音が入力された時にその楽音をキャンセルせずに、ハウリングのみを抑制することが可能となる。
【0053】
なお、入力信号はマイクロフォンからの入力に限らず、振動センサ等、話者等の音源信号を集音するものであればどのようなものであってもよい。また、周波数分析の手法は上述したFFTに限らず、周波数ピークを算出できる手法であればどのようなものであってもよい。例えば帯域通過フィルタ等を用いてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明の第1実施形態に係る適応ハウリングキャンセラ内蔵拡声システムのブロック図
【図2】本発明の第1実施形態に係る適応フィルタの構成を詳細に示すブロック図
【図3】本発明の第1実施形態に係る適応ハウリングキャンセラ内蔵拡声システムの伝達特性を示す図
【図4】本発明の第2実施形態に係る適応ハウリングキャンセラ内蔵拡声システムの構成を示すブロック図
【図5】本発明の第2実施形態に係る適応ハウリングキャンセラ内蔵拡声システムの伝達特性を示す図
【図6】従来の適応ハウリングキャンセラ内蔵拡声システムの回路構成を示すブロック図
【図7】従来の適応フィルタの構成を詳細に示すブロック図
【符号の説明】
【0055】
1−マイクロフォン
2−加算器
3−増幅器
4−スピーカ
5−ディレイ回路
6−適応フィルタ
6a−フィルタ部
6b−フィルタ係数推定部
7−波形分析部
8−音響帰還路
9−信号修正部
101−従来の拡声システムにおけるマイクロフォン
102−従来の拡声システムにおける加算器
103−従来の拡声システムにおける増幅器
104−従来の拡声システムにおけるスピーカ
105−従来の拡声システムにおける音響帰還路
106−従来の拡声システムにおけるディレイ回路
107−従来の拡声システムにおける適応フィルタ
107a−従来の適応フィルタにおけるフィルタ部
107b−従来の適応フィルタにおけるフィルタ係数推定部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スピーカからマイクロフォンに至る音響帰還路の伝達関数を推定して、マイクロフォンの入力信号から帰還音声信号をキャンセルする適応フィルタを備えたハウリングキャンセラであって、
一定周波数を有する信号であるピーク信号がマイクロフォンから入力されたとき、このピーク信号が楽音による入力信号であるか否かを判定する入力信号判定手段と、
マイクロフォンからピーク信号が入力され、かつこれを入力信号判定手段が楽音による入力信号と判定した場合に、検出したピーク周波数付近において適応フィルタの適応処理を停止または鈍化させるように設定することを特徴とするハウリングキャンセラ。
【請求項2】
スピーカからマイクロフォンに至る音響帰還路の伝達関数を推定して、マイクロフォンの入力信号から帰還音声信号をキャンセルする適応フィルタを備えたハウリングキャンセラであって、
一定周波数を有する信号であるピーク信号がマイクロフォンから入力されたとき、このピーク信号が楽音による入力信号であるか否かを判定する入力信号判定手段と、
マイクロフォンからピーク信号が入力され、かつこれを入力信号判定手段が楽音による入力信号と判定した場合に、検出したピーク周波数付近において適応フィルタの出力信号の周波数特性が平滑化されるように出力信号を制御するフィルタ出力信号制御手段と、
を備えたことを特徴とするハウリングキャンセラ。
【請求項3】
スピーカからマイクロフォンに至る音響帰還路の伝達関数を推定して、マイクロフォンの入力信号から帰還音声信号をキャンセルする適応フィルタを備えたハウリングキャンセラであって、
一定周波数を有する信号であるピーク信号がマイクロフォンから入力されたとき、このピーク信号が楽音による入力信号であるか否かを判定する入力信号判定手段と、
マイクロフォンからピーク信号が入力され、かつこれを入力信号判定手段が楽音による入力信号と判定した場合に、検出したピーク周波数において適応フィルタの出力信号の振幅を減衰させるフィルタ出力信号抑制手段と、
を備えたことを特徴とするハウリングキャンセラ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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