説明

ハロゲノベンゼンスルホンアミド誘導体

【課題】医薬化合物を大量に消費させることなく有機元素分析の標準試料として用いることができ、市販されている原料から簡便に合成することができる新規な化合物の提供。
【解決手段】式I[式中、R、R、R、R、R、R、R、R、R、R10、R11、R12、R13、R14およびR15は、それぞれ独立して水素、フッ素、塩素または臭素を示す。ただし、式中のフッ素の数は2であり、塩素の数は1であり、臭素の数は1である。]で表される化合物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機元素分析を実施する際に標準試料として使用することができる、新規なハロゲノベンゼンスルホンアミド誘導体に関する。
【背景技術】
【0002】
医薬品の開発において、医薬化合物の同定または純度の検定をするため、高精度でかつ速やかな医薬化合物の有機元素分析を行なうことが要請されている。
【0003】
有機元素分析を行なうためには標準試料が必要であり、化学大辞典によれば、標準試料は次のように定義されている。「各種の分析法、試験法、検査法、判別法などを実施する際にそのよりどころ、つまり基になるところの試料をいう。上記の方法が、はたしてどの程度の正確度または偏差を持つものであるかを実証論的に証明したりチェックしたりする場合に用いられる。自分に与えられた未知試料と標準試料とを同一条件で分析や試験などを実行することによって、実験的方法による実証が得られる点が非常に重要で、一般の化学分析はもちろん物理分析にも極めて広く用いられる。」(非特許文献1)
有機元素分析の際には標準試料を用いて検量線を作成し、それに基づき医薬化合物などの有機化合物中における各元素の含量を定める。
【0004】
有機元素分析に用いる標準試料は、化学構造が特定されている有機化合物であって、その化学構造から計算される元素組成をその標準物質の実質含有率とするものである。古くから様々な標準試料が市販されている(非特許文献2)。
【0005】
医薬化合物は、構成元素として炭素、水素および窒素の他に、ハロゲンおよび硫黄を含むものが多い。構成元素としてハロゲンおよび硫黄を含有する、現在市販されている標準試料として、(4−クロロ−3−トリフルオロメチル)フェニルチオ尿素(キシダ化学)(化合物(II))およびS−ベンジルチウロニウムクロリド(キシダ化学)(化合物(III))が挙げられる。
【0006】
【化1】

【0007】
特許文献1にはスルホンアミド化合物が開示されているが、本発明における化合物に関する具体的な記載はない。
【0008】
【特許文献1】特表2002−537376号公報
【非特許文献1】化学大辞典(共立出版;1989年8月15日発行)
【非特許文献2】ぶんせき,10,711−714(1986)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
医薬化合物の合成には、原料の選定、合成ルートの確立、合成条件の設定などの様々な試行錯誤が必要なため、医薬品の開発当初から一度に大量の医薬化合物を合成することは通常困難である。従って、医薬化合物は大変に稀少である。また、有機元素分析を行なう際には、医薬化合物および標準試料を燃焼させる必要があるため、有機元素分析後に医薬化合物および標準試料は完全に焼失し、回収不能となる。これらの理由から、有機元素分析に大量の医薬化合物を供することは、可能な限り回避することが望まれている。
【0010】
有機元素分析の標準試料として市販されている前述の(4−クロロ−3−トリフルオロメチル)フェニルチオ尿素(キシダ化学)(化合物(II))は、分子中にフッ素を22.38%、塩素を13.92%、硫黄を12.59%含有する。同様に有機元素分析用の標準試料として市販されている前述のS−ベンジルチウロニウムクロリド(キシダ化学)(化合物(III))は、分子中に塩素を17.49%、硫黄を15.82%含有する。
【0011】
一方、通常の医薬化合物は分子中にフッ素を5〜15%、塩素を5〜20%、臭素を10〜20%、硫黄を5〜15%含有している。例えば、抗菌剤であるオフロキサシンは分子中にフッ素を5.26%、および、レボフロキサシン(1/2HOを含む、化合物の水和物)は分子中にフッ素を5.13%それぞれ含有している。アレルギー用薬であるベシル酸ベポスタチンは分子中に塩素を6.48%、鎮痛剤である臭化水素酸エレトリプタンは分子中に臭素を17.24%、硫黄を6.91%それぞれ含有している。
【0012】
以上の通り、標準試料として市販されている化合物(II)および化合物(III)における各ハロゲンおよび硫黄の含有率は、通常の医薬化合物におけるそれらの含有率の範囲以上であるか、範囲内であってもかなり高くなっている。従って、これらの標準試料をある一定量を量り取ったとき、そこに含まれる各ハロゲンおよび硫黄の重量は大きくなる。よって、有機元素分析に供するために、当該各ハロゲンおよび硫黄の重量に見合うように秤量すべき医薬化合物の量は、自ずと大量になる。従って、有機元素分析にあたって、化合物(II)または化合物(III)を標準試料として使用すると、これらの標準試料に見合うような大量の医薬化合物を消費させなければならない。(後述の実施例3を参照)
【0013】
さらに、化合物(II)は特にフッ素の含有率が高いことから、フッ素を有機元素分析するために秤量すべき医薬化合物の量と、塩素または硫黄を有機元素分析するために秤量すべき医薬化合物の量が大きく乖離してしまうため、フッ素および塩素または硫黄を1回で分析することができない。従って、フッ素および塩素または硫黄を2回に分けて別々に分析しなければならず、その結果、医薬化合物の消費量は2回分となる上、分析実施者の手間と所要時間もこれに応じて2倍かかり、非効率的である。
【0014】
また、現在市販されている標準試料の中で、化合物(II)は硫黄の他に2種のハロゲンを1分子中に含有する唯一の化合物であり、標準試料として市販されている硫黄含有のその他の化合物は、すべて1分子中に1種のハロゲンしか含んでいない。化合物(III)も1分子中に1種類のハロゲン(塩素)しか含有していない。従って、例えば化合物(III)を標準試料として用い、多種類のハロゲンを含有する医薬化合物の有機元素分析を行なう際には、塩素以外のハロゲンを含む別の標準物質をさらに用意した上で、各ハロゲンをその種類に応じて別々に分析しなければならない。よって、医薬化合物の消費量は2回分以上となる上に、分析実施者の手間と所要時間もこれに応じて2倍以上かかり、非効率的である。
【0015】
以上のように、医薬化合物の有機元素分析にあたって、従来の標準試料を用いた場合、稀少な医薬化合物を大量に消費させなければならないという問題点があった。
【0016】
さらに、市販されている標準試料は慢性的に在庫量が少なく、入手困難となる危惧を払拭することができなかった。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは前記の課題を解決するため鋭意研究を行なった結果、ハロゲノベンゼンスルホンアミド構造を有する新規な化合物は、稀少な医薬化合物を大量に消費させることなく有機元素分析の標準試料として用いることができ、かつ、市販されている原料から少ない工程で合成することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0018】
すなわち、前記の課題を解決するための手段として、本発明のハロゲノベンゼンスルホンアミド構造を有する以下の化合物を提供する。
【0019】
一般式(I)
【0020】
【化2】

【0021】
[式中、R、R、R、R、R、R、R、R、R、R10、R11、R12、R13、R14およびR15は、それぞれ独立して水素原子、フッ素原子、塩素原子または臭素原子を示す。ただし、式中のフッ素原子の数は2であり、塩素原子の数は1であり、臭素原子の数は1である。]で表される化合物;
一般式(I)中のR、R、R、RおよびRのうちいずれか2つがフッ素原子で残りの3つが水素原子であり、R、R、R、RおよびR10のうちいずれか1つが臭素原子で残りの4つが水素原子であり、R11、R12、R13、R14およびR15のうちいずれか1つが塩素原子で残りの4つが水素原子である化合物;
および、一般式(I)中のRおよびRがともにフッ素原子であり、Rが臭素原子であり、R13が塩素原子であり、R、R、R、R、R、R、R10、R11、R12、R14およびR15が水素原子である化合物。
【0022】
さらに本発明は、一般式(I)で表される化合物の有機元素分析の標準試料としての使用を提供する。また本発明は、一般式(I)で表される化合物の、医薬化合物の有機元素分析の標準試料としての使用を提供する。より具体的には、本発明は、一般式(I)で表される化合物の、フッ素、塩素、臭素または硫黄を含有する医薬化合物の有機元素分析の標準試料としての使用を提供する。
【0023】
さらに本発明は、一般式(I)で表される化合物からなる、有機元素分析用の標準試料に関する。さらに本発明は、一般式(I)で表される化合物からなる、医薬化合物の有機元素分析用の標準試料に関する。より具体的には、本発明は、一般式(I)で表される化合物からなる、フッ素、塩素、臭素または硫黄を含有する医薬化合物の有機元素分析用の標準試料に関する。
【0024】
さらに本発明は、一般式(I)で表される化合物を標準試料として有機元素分析を行なう方法に関する。また本発明は、一般式(I)で表される化合物を標準試料として医薬化合物の有機元素分析を行なう方法に関する。さらにまた本発明は、一般式(I)で表される化合物を標準試料として、フッ素、塩素、臭素または硫黄を含有する医薬化合物の有機元素分析を行なう方法に関する。
【発明の効果】
【0025】
通常の医薬化合物は、前述のように、分子中にフッ素を5〜15%、塩素を5〜20%、臭素を10〜20%、硫黄を5〜15%含有している。一方、本発明の新規化合物は、分子中にフッ素を8.04%、塩素を7.50%、臭素を16.90%、硫黄を6.78%含有している。つまり、本発明の新規化合物は、各ハロゲンおよび硫黄のいずれの含有率も通常の医薬化合物における各元素の含有率の範囲内であり、さらに範囲内の中でも低い含有率である。従って、後述の実施例3で示すように、本発明の新規化合物は、従来の標準物質(化合物(II))に比べ、有機元素分析時の医薬化合物の消費量を約60%に抑えることができ、稀少価値の高い医薬化合物を大量に消費させる必要がない。
【0026】
さらに、本発明の新規化合物は、各ハロゲンおよび硫黄のいずれの含有率も通常の医薬化合物における各元素の含有率の範囲内であるから、従来の標準物質(化合物(II))のように、各元素を有機元素分析するために秤量すべき医薬化合物の量に乖離が生じることがない。従って、ハロゲンおよび硫黄を1回で分析することが可能であるから、医薬化合物の消費量も1回分に抑えることができる上、分析実施者の労力などの軽減が図れる。
【0027】
加えるに、本発明の新規化合物は、フッ素、塩素、臭素および硫黄を1分子中に含んでいるため、最大3種に及ぶ多種類のハロゲンを1回で分析することが可能である。1分子中に1種のハロゲンしか含んでいない従来の標準物質(例えば化合物(III))を用いて、フッ素および塩素を1分子中に含む医薬化合物の有機元素分析を行なうには、フッ素と塩素を別々に分析する必要があるため、2回分の医薬化合物を消費する。しかし、本発明の新規化合物を標準物質として用いれば、フッ素および塩素を同時に1回で分析することができるため、医薬化合物の消費量も1回分に抑えることができ、分析実施者の労力などの軽減も図れる。フッ素、塩素および臭素を含む医薬化合物の有機元素分析の場合も同様である。
【0028】
以上のように、有機元素分析を行なう際に、本発明の新規化合物を標準物質として用いれば医薬化合物を大量に消費させることがないため、稀少価値の高い医薬化合物を有効に活用することができる。その上、分析実施者の手間も軽減される。よって、これらの効果を奏する本発明の新規化合物は、有機元素分析の標準物質として優れている。
【0029】
さらに、本発明の新規化合物は、後述の製造方法の一例に示す通り、市販されている安価で入手容易な原料から、少ない工程数で簡単に合成することができる。つまり、慢性的に在庫量が少ない市販の標準物質を用いる場合に比べ、標準物質の入手困難に陥る危険性が少ない。この点からも、本発明の新規化合物は有機元素分析の標準物質として優れている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
本発明は、下記の一般式(I)
【0031】
【化3】

【0032】
[式中、R、R、R、R、R、R、R、R、R、R10、R11、R12、R13、R14およびR15は、それぞれ独立して水素原子、フッ素原子、塩素原子または臭素原子を示す。ただし、式中のフッ素原子の数は2であり、塩素原子の数は1であり、臭素原子の数は1である。]で表される化合物に関する。
【0033】
以下に、一般式(I)中のR、R、R、R、R、R、R、R、R、R10、R11、R12、R13、R14およびR15の好ましい態様について説明する。
【0034】
、R、R、R、R、R、R、R、R、R10、R11、R12、R13、R14およびR15は、それぞれ独立して水素原子、フッ素原子、塩素原子または臭素原子を示す。(ただし、式中のフッ素原子の数は2であり、塩素原子の数は1であり、臭素原子の数は1である。)
【0035】
ここで、一般式(I)中のR、R、R、RおよびRのうちの少なくとも1つはフッ素原子、塩素原子または臭素原子であり、R、R、R、RおよびR10のうちの少なくとも1つはフッ素原子、塩素原子または臭素原子であり、R11、R12、R13、R14およびR15のうちの少なくとも1つはフッ素原子、塩素原子または臭素原子である(ただし、式中のフッ素原子の数は2であり、塩素原子の数は1であり、臭素原子の数は1である。)ことが好ましい。
【0036】
さらに、R、R、R、RおよびRのうちいずれか2つがフッ素原子、塩素原子、または臭素原子で残りの3つが水素原子であり、R、R、R、RおよびR10のうちいずれか1つがフッ素原子、塩素原子または臭素原子で残りの4つが水素原子であり、R11、R12、R13、R14およびR15のうちいずれか1つがフッ素原子、塩素原子または臭素原子で残りの4つが水素原子である(ただし、式中のフッ素原子の数は2であり、塩素原子の数は1であり、臭素原子の数は1である。)ことがより好ましく;
、R、R、RおよびRのうちいずれか2つがフッ素原子で残りの3つが水素原子であり、R、R、R、RおよびR10のうちいずれか1つが臭素原子で残りの4つが水素原子であり、R11、R12、R13、R14およびR15のうちいずれか1つが塩素原子で残りの4つが水素原子であることがさらに好ましく;
およびRがともにフッ素原子であり、Rが臭素原子であり、R13が塩素原子であり、R、R、R、R、R、R、R10、R11、R12、R14およびR15が水素原子であることが最も好ましい。
【0037】
本発明の化合物としては、N−(4−ブロモベンジル)−N−(2,4−ジフルオロフェニル)−4−クロロベンゼンスルホンアミド、N−(3−ブロモベンジル)−N−(3,4−ジフルオロフェニル)−3−クロロベンゼンスルホンアミド、N−(4−フルオロベンジル)−N−(2−クロロ−4−フルオロフェニル)−4−ブロモベンゼンスルホンアミドなどが挙げられ、とりわけ、N−(4−ブロモベンジル)−N−(2,4−ジフルオロフェニル)−4−クロロベンゼンスルホンアミドが好適である。
【0038】
以下に本発明の化合物(I)の製造法の一例を示す。
【0039】
【化4】


[式中、R、R、R、R、R、R、R、R、R、R10、R11、R12、R13、R14およびR15は、それぞれ独立して水素原子、フッ素原子、塩素原子または臭素原子を示し、Xは塩素原子または臭素原子を示す。ただし、一般式(I)中のフッ素原子の数は2であり、塩素原子の数は1であり、臭素原子の数は1である。]
【0040】
化合物(Ic)は、アニリン誘導体(Ia)とアリールスルホニルクロリド(Ib)とを溶媒中、塩基の存在下で処理することにより製造することができる。塩基としては、トリエチルアミンなどの三級アミン、ピリジン、4−ジメチルアミノピリジン、ジイソプロピルエチルアミン、N−メチルモルホリン、N−メチルピペリジン、N−エチルピペリジン、N,N−ジメチルアニリン、N,N−ジエチルアニリン、炭酸ナトリウム、炭酸カリウムなどを挙げることができ、このうち、三級アミンとしてのトリエチルアミンまたはピリジンが好ましい。溶媒としては、N,N−ジメチルホルムアミド、N−メチルピロリドン、ジクロロメタン、ジクロロエタン、クロロホルム、テトラヒドロフラン、ジエチルエーテルなどを挙げることができ、このうち、N,N−ジメチルホルムアミドまたはN−メチルピロリドンが好ましい。また、ピリジンなどの塩基を溶媒として兼ねて用いることもできる。反応温度は−80℃から80℃の範囲であり、このうち、−10℃から60℃の範囲が好ましい。反応時間は、15分間から78時間の範囲であり、このうち、1時間から24時間の範囲が好ましい。
【0041】
化合物(I)は、化合物(Ic)と化合物(Id)とを溶媒中、塩基の存在下で処理することにより製造することができる。塩基としては、炭酸カリウム、水酸化カリウム、水素化ナトリウム、水素化カリウムなどを挙げることができ、このうち炭酸カリウムが特に好ましい。溶媒としては、アセトン、アセトニトリル、ジクロロメタン、N,N−ジメチルホルムアミド、N−メチルピロリドン、ピリジンなどを挙げることができ、このうちN,N−ジメチルホルムアミドが好ましい。反応温度は−20℃から80℃の範囲であり、このうち0℃から30℃の範囲が好ましい。反応時間は15分から48時間の範囲であり、このうち1時間から24時間の範囲が好ましい。
【0042】
ここで、原料となる、一般式(Ia)においてRおよびRがともにフッ素原子であり、R、RおよびRが水素原子である2,4−ジフルオロアニリンは、ABCHEM−TECH社より販売されている。同じく原料となる、一般式(Ib)においてR13が塩素原子であり、R11、R12、R14およびR15が水素原子である4−クロロベンゼンスルホニルクロリドは、ABCR社より販売されている。同じく原料となる、一般式(Id)においてRおよびXが臭素原子であり、R、R、RおよびR10が水素原子である4−ブロモベンジルブロミドは、ABCHEM−TECH社より販売されている。これらの原料はいずれも安価であり、入手が容易である。
【0043】
従って、一般式(I)中のRおよびRがともにフッ素原子であり、Rが臭素原子であり、R13が塩素原子であり、R、R、R、R、R、R、R10、R11、R12、R14およびR15が水素原子である、N−(4−ブロモベンジル)−N−(2,4−ジフルオロフェニル)−4−クロロベンゼンスルホンアミド(以下、化合物Aという。)は、これらの原料から上記製造方法に従って簡便に合成することができる。
【0044】
一般式(Ia)、(Ib)および(Id)で表されるその他の原料を具体的に列挙すると、アニリン、3−フルオロアニリン、2−クロロアニリン、4−ブロモアニリン、2,5−ジフルオロアニリン、3,4−ジフルオロアニリン、4−ブロモ−2−クロロアニリン、2−クロロ−4−フルオロアニリン、2−クロロ−4,6−ジフルオロアニリン、5−ブロモ−2,4−ジフルオロアニリン;ベンゼンスルホニルクロリド、2−フルオロベンゼンスルホニルクロリド、2−クロロベンゼンスルホニルクロリド、3−クロロベンゼンスルホニルクロリド、4−ブロモベンゼンスルホニルクロリド、2,4−ジフルオロベンゼンスルホニルクロリド、4−ブロモ−2−フルオロベンゼンスルホニルクロリド、2−ブロモ−4,6−ジフルオロベンゼンスルホニルクロリド、2−ブロモ−4−クロロ−5−フルオロベンゼンスルホニルクロリド;ベンジルブロミド、4−フルオロベンジルブロミド、4−クロロベンジルクロリド、2−ブロモベンジルブロミド、3−ブロモベンジルブロミド、4−ブロモベンジルクロリド、3,4−ジフルオロベンジルクロリド、2−クロロ−4−フルオロベンジルブロミド、4−ブロモ−2−フルオロベンジルクロリド、2−ブロモ−6−クロロベンジルブロミド、4−ブロモ−2,6−ジフルオロベンジルブロミドおよび5−ブロモ−2,3−ジフルオロベンジルクロリドがあり、これらはいずれも安価であり、容易に入手することができ、前記製造法により一般式(I)で表されるその他の化合物も同様に簡便に合成することができる。また、これらの原料は、各々のベンゼン環にフッ素原子、塩素原子および臭素原子を種々の組合せで持ち合わせているので、これらの原料から適当なものを選択して、一般式(I)で表される所望の化合物を合成することができる。
【0045】
前記製造方法に従って製造できる、一般式(I)で表されるその他の化合物としては、例えば、N−(3−ブロモベンジル)−N−(3,4−ジフルオロフェニル)−3−クロロベンゼンスルホンアミドおよびN−(4−フルオロベンジル)−N−(2−クロロ−4−フルオロフェニル)−4−ブロモベンゼンスルホンアミドなどが挙げられる。
【0046】
また、一般式(I)で表される化合物の精製方法の一つとして再結晶を挙げることができる。再結晶溶媒としては、例えばエタノールなどのアルコール系溶媒、ヘキサン、トルエンなどの炭化水素系溶媒、酢酸エチルなどのエステル系溶媒、アセトンなどのケトン系溶媒、アセトニトリルなどの極性溶媒およびジクロロメタンなどのハロゲン化炭化水素系溶媒およびこれら溶媒の数種組み合わせた溶媒を挙げることができ、さらにこれらの溶媒と水とを組み合わせた含水系溶媒を挙げることができる。
【0047】
一般式(I)で表される化合物は、製造過程または精製過程で安定な塩または溶媒和物を形成してもよく、一般式(I)で表される化合物、その塩又はそれらの溶媒和物も本発明の範囲に含まれるものである。
【0048】
本発明の化合物を標準物質として用いる有機元素分析についての態様を、以下に述べる。
【0049】
有機元素分析とは、有機化合物の構成元素を検出し、その含量を定めることをいう。有機化合物を構成している各成分元素の百分率を求め、この結果から化合物の組成式を導き、有機化合物の同定またはその純度を判定する。分析の対象とする有機元素としては炭素、水素、窒素、ハロゲンおよび硫黄が挙げられ、このうち、ハロゲンおよび硫黄が特に好ましい。
【0050】
ここで、ハロゲンとはフッ素、塩素、臭素およびヨウ素などを意味し、このうち、フッ素、塩素および臭素が好ましい。
【0051】
有機元素分析の方法としては特に限定されないが、化合物を燃焼および分解し、その中に含まれるハロゲン、硫黄などを確認し、それらを定量する方法などが挙げられ、自動試料燃焼装置を使う方法、酸素フラスコ燃焼法、酸素ボンブ法などが挙げられる。有機元素分析に使用する装置としては特に限定されないが、自動試料燃焼装置が挙げられ、具体的にはAQF−100(三菱化学)が挙げられる。また、自動試料燃焼装置にイオンクロマトグラフィーを組み合わせた有機元素分析装置なども挙げられ、より具体的にはXS−100(三菱化学)などが挙げられる。
【0052】
医薬化合物とは、ヒトまたは動物の疾病の診断、治療または予防に使用されることを目的とする化合物を意味する。医薬化合物としては特に限定されないが、市販されている医薬化合物、研究中または開発中の医薬化合物などが挙げられる。具体的には、分子中にハロゲンまたは硫黄を含有する医薬化合物が挙げられ、より具体的には、分子中にフッ素、塩素、臭素または硫黄を含有する医薬化合物が挙げられる。医薬化合物としては、分子中にフッ素を5〜15%、塩素を5〜20%、臭素を10〜20%、または硫黄を5〜15%含有する医薬化合物であればよく、例えば、オフロキサシン、レボフロキサシン、ベシル酸ベポスタチン、臭化水素酸エレトリプタンなどが挙げられる。
【0053】
後述の実施例4で示すように、本発明の新規化合物を用いて検量線を作成した場合、高い相関係数が得られるため、本発明の新規化合物は有機元素分析の標準物質として好適である。
【0054】
さらに、後述の実施例5で示すように、本発明の新規化合物を標準試料として用い、複数回の分析を繰り返して実施した場合、変動係数が少ない高精度な分析結果が再現性よく得られた。これは、本発明の新規化合物が、分析時に実質的に完全に燃焼しているためであると考えられる。有機元素分析は、標準試料および医薬化合物を燃焼させて行なうため、標準試料として用いる化合物は完全に燃焼する化合物であることが望ましいとされている。よって、本発明の新規化合物は、この点においても標準試料として好適である。
【0055】
また、後述の実施例6で示すように、本発明の新規化合物を標準試料として用い、市販されている標準試料の有機元素分析を行なった結果、理論値との差は元素分析許容誤差範囲内(理論値±0.3%)であった。つまり、分析用としての厳しい検定を通過した市販の標準試料の理論値との差が、元素分析許容誤差範囲内であることから、本発明の新規化合物を用いた有機元素分析値は、極めて正確であることを示している。よって、本発明の新規化合物は、正確性を要求されるという点でも、有機元素分析の標準試料として好適である。
【0056】
さらに、本発明の新規化合物は、常温で保存が可能である、溶媒和物や塩などを形成するような変化を起こし難い、秤量しやすい、静電気を帯び難い、安定である、といった有機元素分析に用いる標準試料として必要な物性を備えている。
【0057】
以上述べたように、本発明の新規化合物は、有機元素分析に用いる標準試料として種々の観点から見ても、好適な資質を備えた化合物である。
【実施例】
【0058】
実施例中の「NMR」は「核磁気共鳴スペクトル」を意味する。「H−NMR」の括弧内は測定溶媒を意味し、多重度はs=singlet、d=doublet、t=triplet、q=quintet、m=multiplet、およびbr.s=broad singletを意味する。また、「CDCl」は重クロロホルムを意味する。
【0059】
[実施例1]
N−(4−ブロモベンジル)−N−(2,4−ジフルオロフェニル)−4−クロロベンゼンスルホンアミド(化合物A)
【0060】
【化5】

【0061】
1)N−(2,4−ジフルオロフェニル)−4−クロロベンゼンスルホンアミド
氷浴冷却下、2,4−ジフルオロアニリン(12.8g)、ピリジン(8.2ml)、およびN,N−ジメチルホルムアミド(10ml)の混合物に4−クロロベンゼンスルホニルクロリド(23.4g)のN,N−ジメチルホルムアミド(12ml)溶液を30分間かけて滴下して加えた後、4時間撹拌した。水を加えた反応混合物を酢酸エチルで抽出した後、有機層を飽和食塩水で洗浄した。有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥した後、濾過し、濾液を減圧下で濃縮した。得られた残渣にヘキサンを加えて撹拌することにより析出した固体を濾取して、標記化合物(12.16g)を得た。
H−NMR(CDCl)δ:6.59(1H,br.s),6.71−6.79(1H,m),6.84−6.92(1H,m),7.42(2H,d),7.52−7.60(1H,m),7.66(2H,d).

2)N−(4−ブロモベンジル)−N−(2,4−ジフルオロフェニル)−4−クロロベンゼンスルホンアミド
上記N−(2,4−ジフルオロフェニル)−4−クロロベンゼンスルホンアミド(19.54g)、4−ブロモベンジルブロミド(16.10g)、炭酸カリウム(19.54g)、およびN,N−ジメチルホルムアミド(200ml)の混合物を、室温で1.5時間撹拌した。反応混合物に酢酸エチルを加えた後、濾過し、濾液を水で洗浄した。水層を酢酸エチルで抽出した後、併せた有機層を飽和食塩水で洗浄した。有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥した後、濾過し、濾液を減圧下で濃縮して溶媒を留去した。得られた固体を酢酸エチルから再結晶することにより、標題化合物(16.12g)の結晶を得た。
H−NMR(CDCl)δ:4.65(2H,s),6.67−6.81(2H,m),7.00−7.09(1H,m),7.09(2H,d),7.37(2H,d),7.48(2H,d),7.65(2H,d).
【0062】
[実施例2]
実施例1で得られた化合物Aを約1mg、3mgおよび5mgずつ正確に量り取り、自動試料燃焼装置にイオンクロマトグラフィーを組み合わせた有機元素分析装置XS−100(三菱化学)を用いて分析を行ない、検量線を作成した。次に、オフロキサシンを約2〜3mgの範囲で正確に量り取り、前記XS−100(三菱化学)を用いて分析を行ない、先に作成した検量線に基づいて、オフロキサシン中のフッ素の定量を2回行なった。得られた定量値、および理論値と定量値との差を表1に示す。
【0063】
【表1】

【0064】
上記に示す通り、化合物Aを標準試料として用いたオフロキサシンのフッ素の定量は、理論値との差が±0.3%以下であった。よって、化合物Aは医薬化合物の有機元素分析用標準試料として好適である。
【0065】
[実施例3]
分子中に、フッ素13.78%、塩素8.63%および硫黄7.64%を含有する医薬化合物(以下、化合物(IV)という)の有機元素分析において、従来から市販されている(4−クロロ−3−トリフルオロメチル)フェニルチオ尿素(キシダ化学)(化合物(II))を標準試料として用いた場合と、実施例1で得られた化合物Aを標準試料として用いた場合で、秤量すべき化合物(IV)の重量を比較した。その結果を表2に示す。
【0066】
【表2】

【0067】
化合物(II)を約1mg、2mgおよび3mgずつ正確に量り取って検量線を作成し、その検量線に基づいて化合物(IV)のフッ素の定量を行なう場合に、作成した検量線の範囲内で定量できるように秤量すべき化合物(IV)の重量を計算によって求めた結果は、最低1.62mg、最高4.87mgであった。また、塩素の定量を行なう場合に秤量すべき化合物(IV)の重量を計算によって求めた結果は、最低1.61mg、最高4.84mgであった。同様に、硫黄の定量を行なう場合に秤量すべき化合物(IV)の重量を計算によって求めた結果は、最低1.65mg、最高4.94mgであった。以上のことから、フッ素、塩素および硫黄を一度に定量する場合に秤量すべき化合物(IV)の重量の範囲は、1.70mg(小数点以下第2位を切り上げ)から4.80mg(小数点以下第2位を切り下げ)の範囲となる。ここで、実際に医薬化合物を秤量する際には、予め求めた各元素の理論値と実測値がかけ離れている可能性があり、検量線で定量できる範囲を外れてしまう危険性があることから、前述で得られた範囲の両端より0.5mg分ずつを削除する。従って、化合物(II)を標準試料として用いた場合に秤量すべき化合物(IV)の重量の範囲は2.20mgから4.30mg(中央値は3.25mg)であった。
【0068】
次に、化合物(A)を約1mg、3mgおよび5mgずつ正確に量り取って検量線を作成し、その検量線に基づいて化合物(IV)のフッ素、塩素および硫黄の定量を行なう場合に秤量すべき化合物(IV)の重量の範囲は、前記と同様にして求めた結果、1.40mgから2.40mg(中央値は1.90mg)であった。
【0069】
以上の結果から、化合物(IV)の有機元素分析にあたり、従来から市販されている化合物(II)を標準試料として用いた場合に比較して、化合物Aを標準試料として用いた場合には、化合物(IV)を約60%の少ない量(3.25mg→1.90mg)で有機元素分析に供すればよく、有機元素分析時に化合物(IV)を大量に消費させる必要がない。
【0070】
[実施例4]検量線の適合度の検討
化合物Aを約1mg、2mg、3mg、4mg、5mgおよび6mgずつ正確に量り取り、自動試料燃焼装置にイオンクロマトグラフィーを組み合わせた有機元素分析装置XS−100(三菱化学)を用いて分析を行ない、二次式の検量線を作成した場合のフッ素、塩素、臭素および硫黄における相関係数を求めた結果を表3に示す。
【0071】
【表3】

【0072】
上記に示す通り、化合物Aを用いて作成した検量線における相関係数は、フッ素、塩素、臭素および硫黄のいずれも99.9%以上であった。
【0073】
[実施例5]精度の確認
化合物Aを約1mg、3mgおよび5mgずつ正確に量り取り、前記XS−100(三菱化学)を用いて分析を行ない、検量線を作成した。次に、化合物Aを約3mg正確に量り取り、前記XS−100(三菱化学)を用いて分析を10回繰り返し行ない、先に作成した検量線に基づいて求めた化合物A中のフッ素、塩素および硫黄の定量値を表4に示す。(変動係数(C/V%)=標準偏差/平均×100)
【0074】
【表4】

【0075】
10回繰り返して行なった化合物Aの有機元素分析の結果、得られた変動係数はフッ素、塩素および硫黄のいずれにおいても0.3%以下であった。これは、実質的に完全な化合物Aの燃焼が起きているためであると考えられる。このように、化合物Aによって、変動係数が少ない高精度な有機元素分析が再現性よく行なわれた。
【0076】
[実施例6]有機元素分析の正確さの検討
化合物Aを約1mg、3mgおよび5mgずつ正確に量り取り、前記XS−100(三菱化学)を用いて分析を行ない、検量線を作成した。(4−クロロ−3−トリフルオロメチル)フェニルチオ尿素(キシダ化学)(化合物(II))を約1〜3mgの範囲で正確に量り取り、XS−100を用いて2回分析を行ない、先に作成した検量線に基づいて求めた化合物(II)中のフッ素、塩素および硫黄の定量値および、理論値と定量値との差を表5に示す。(表の括弧内は理論値と定量値との差を表す。)
【0077】
【表5】

【0078】
上記の通り、フッ素、塩素および硫黄のいずれの定量値においても、理論値との差が元素分析許容誤差範囲である±0.3%以内であった。よって、化合物Aを有機元素分析の標準試料として用いた場合に、極めて正確な定量値が得られた。
【0079】
これらの実施例に示すように、本発明の新規化合物は、有機化合物の標準試料として好適な資質を備えている上、稀少な医薬化合物を大量に消費させることなく有機元素分析の標準試料として用いることができる。さらに、前述のように、本発明の新規化合物は、市販されている原料から少ない工程で合成することができる。よって、本発明の新規物質は、有機分析に用いる標準試料として極めて有利な特質を有する化合物である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(I)
【化1】

[式中、R、R、R、R、R、R、R、R、R、R10、R11、R12、R13、R14およびR15は、それぞれ独立して水素原子、フッ素原子、塩素原子または臭素原子を示す。ただし、式中のフッ素原子の数は2であり、塩素原子の数は1であり、臭素原子の数は1である。]で表される化合物。
【請求項2】
一般式(I)中のR、R、R、RおよびRのうちいずれか2つがフッ素原子で残りの3つが水素原子であり、R、R、R、RおよびR10のうちいずれか1つが臭素原子で残りの4つが水素原子であり、R11、R12、R13、R14およびR15のうちいずれか1つが塩素原子で残りの4つが水素原子である、請求項1記載の化合物。
【請求項3】
一般式(I)中のRおよびRがともにフッ素原子であり、Rが臭素原子であり、R13が塩素原子であり、R、R、R、R、R、R、R10、R11、R12、R14およびR15が水素原子である、請求項1記載の化合物。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の化合物の有機元素分析の標準試料としての使用。

【公開番号】特開2008−100967(P2008−100967A)
【公開日】平成20年5月1日(2008.5.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−286385(P2006−286385)
【出願日】平成18年10月20日(2006.10.20)
【出願人】(000002831)第一製薬株式会社 (129)
【Fターム(参考)】