説明

バイメタル用高熱膨張性Fe−Ni−Cr合金およびその溶製方法

【課題】熱間加工性と表面性状に優れるFe−Ni−Cr合金と、その有利な溶製方法を提案する。
【解決手段】mass%で、C:0.05〜0.30%、Si:0.05〜0.40%、Mn:0.05〜0.60%、S:0.0001〜0.005%、P:0.040%以下、Ni:20〜26%、Cr:1〜6%、N:0.02%以下、B:0.001%未満およびTi:0.05%未満を含有し、好ましくはさらに、Mg:0.001%以下、Ca:0.0001〜0.002%、Al:0.0001〜0.01%およびO:0.0001〜0.005%を含有すると共に、合金中に含まれる非金属介在物が、MnO−SiO−Al−MgO−CaO系で、その成分組成がMnO:0.1〜10%、SiO:10〜40%、Al:5〜40%、MgO:5〜40%、CaO:10〜40%であるバイメタル用Fe−Ni−Cr合金。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイメタルに用いられる高熱膨張性Fe−Ni−Cr合金に関し、具体的には、熱間加工性と表面性状に優れたバイメタル用高熱膨張性Fe−Ni−Cr合金とその溶製方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
温度センサーや温度補償部品として電気製品などに広く用いられているバイメタルは、熱膨張率の異なる2種類の金属板を機械的圧接や拡散、溶接などで接合し、熱膨張率の違いによって湾曲を起こさせる複合材料である。低熱膨張性の金属板としては、一般に、Niを36mass%程度含有するFe−Ni系合金が使用され、一方、高熱膨張性の金属板としては、Fe−20〜25%Ni合金にCrを添加したオーステナイト単相組織からなるステンレス鋼が使用されている。
【0003】
ところで、上記高熱膨張性の金属板には、30〜100℃の温度範囲での熱膨張係数αが18×10−6/℃以上、電気抵抗ρが70μΩ・cm以上という物理的特性を満たすことに加えて、製造性や表面性状にも優れていることが必要である。しかしながら、従来のFe−Ni−Cr系合金は、加工性が悪く、熱間圧延時に耳割れが生じやすく、また、製品板表面に介在物起因の表面欠陥が発生しやすいという問題があった。上記耳割れが生じると、熱延板の両幅端部を耳切りして除去しなければならず、製品歩留まりの低下や生産性の低下を招く原因となる。また、製品板表面に表面欠陥が発生すると、製品としての外観のみならず、バイメタルとしての品質特性にも悪影響を及ぼす。
【0004】
そこで、この問題に対する解決策として、特許文献1には、Ni:8〜30wt%、Cr:0.5〜14wt%含有するFe−Ni−Cr合金において、Sを0.08wt%以下、Pを0.040wt%以下に規制し、さらに、B:0.001〜0.030wt%、Ti:0.05〜2wt%、Zr:0.001〜1wt%のうちの1種または2種以上を添加することで、熱間加工性に優れたバイメタル用高膨張合金が得られることが開示されている。しかしながら、この特許文献1の技術においては、表面性状についての検討はなされていない。
【0005】
なお、介在物起因の表面欠陥を防止する技術としては、同じ分野で使用されているFe−Ni合金におけるものが幾つか開示されており、例えば、特許文献2には、Ni:30〜50wt%を含有するFe−Ni合金において、添加合金のAl含有量をできるだけ低減することによる脱酸制御とスラグ組成が制御された鍋内スラグによって精錬を行う介在物組成制御によって、介在物は安定して低融点化し、熱間圧延および冷間圧延で延伸、微細化されて、冷間加工性に優れ介在物性表面疵や内部欠陥のない品質の良好な高Ni合金が得られることが開示されている。また、特許文献3には、Ni:20〜50wt%を含有するFe−Ni合金において、非金属介在物の組成を、基本的にMnO−SiO−Al系で、MnOが5〜50wt%、SiOが30〜60wt%、Alが5〜30wt%で、さらに、その中に含まれるCaOおよびMgOが合計で30wt%以下のシリケート系非金属介在物に制御することで、表面性状とエッチング性に優れるFe−Ni合金が得られることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平06−093381号公報
【特許文献2】特開平11−315354号公報
【特許文献3】特開2002−004006号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したように、Fe−Ni−Cr合金においては、熱間加工性を改善する技術は開示されているが、表面性状を改善する技術については、ほとんど検討がなされていない。
また、発明者らの調査したところによれば、上記特許文献1の技術おいて熱間加工性を改善する効果が認められたBやTiは、却って熱間加工性を悪化させることがあることが明らかとなった。
【0008】
そこで、本発明は、従来技術が抱える上記問題点を解決するべく開発したものであり、その目的は、熱間加工性と表面性状に優れるFe−Ni−Cr合金と、その有利な溶製方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、上記課題の解決に向けて、各種実験を行って鋭意検討した。その結果、Fe−Ni−Cr合金における熱間加工性の低下は、鋼中に不純物として混入しているSに起因するものであるが、BやTi添加による熱間加工性の低下は、BやTiがNと結合して粒界に析出し、粒界強度を低下させるためであること、したがって、Fe−Ni−Cr合金における熱間加工性を改善するためには、SとNの含有量を低減することに加えて、BやTiの添加量を制限する必要があることを見出した。
【0010】
また、Fe−Ni−Cr合金における表面性状の低下は、鋼中に存在する延伸性に劣る非金属介在物に起因すること、したがって、表面性状を改善するには、非金属介在物を延伸性に優れるMnO−SiO−Al−MgO−CaO系に制御してやる必要があり、そのためには、精錬工程において生成するスラグの成分組成等を適性範囲に制御してやることが有効であることを見出した。
【0011】
上記知見に基づき開発した本発明は、C:0.05〜0.30mass%、Si:0.05〜0.40mass%、Mn:0.05〜0.60mass%、S:0.0001〜0.005mass%、P:0.040mass%以下、Ni:20〜26mass%、Cr:1〜6mass%、N:0.02mass%以下、B:0.001mass%未満およびTi:0.05mass%未満を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなるバイメタル用Fe−Ni−Cr合金である。
【0012】
本発明のバイメタル用Fe−Ni−Cr合金は、上記成分組成に加えてさらに、Mg:0.001mass%以下、Ca:0.0001〜0.002mass%、Al:0.0001〜0.01mass%およびO:0.0001〜0.005mass%を含有することを特徴とする。
【0013】
また、本発明のバイメタル用Fe−Ni−Cr合金は、合金中に含まれる非金属介在物が、MnO−SiO−Al−MgO−CaO系であり、その成分組成が、MnO:0.1〜10mass%、SiO:10〜40mass%、Al:5〜40mass%、MgO:5〜40mass%、CaO:10〜40mass%であることを特徴とする。
【0014】
また、本発明は、FeおよびNiを主成分とする溶解原料を電気炉で溶解した後、AODおよび/またはVODを用いて、酸化精錬して脱燐、脱炭し、Siおよび/またはSi合金鉄を投入して脱酸および仕上脱硫した後、Crを添加して請求項1または2に記載の成分組成とすることを特徴とするバイメタル用Fe−Ni−Cr合金の溶製方法を提案する。
【0015】
また、本発明は、Pの含有量が0.06mass%以下の低燐Fe、CrおよびNiを主成分とする溶解原料を電気炉で溶解した後、AODおよび/またはVODを用いて、酸化精錬して脱炭し、Siおよび/またはSi合金鉄を投入してCr還元し、脱酸および仕上脱硫して請求項1または2に記載の成分組成とすることを特徴とするバイメタル用Fe−Ni−Cr合金の溶製方法を提案する。
【0016】
また、本発明のバイメタル用Fe−Ni−Cr合金の溶製方法は、上記Siおよび/またはSi合金鉄を投入する脱酸工程では、生成するスラグを、塩基度(CaO/SiO)が1〜6で、MgOが2〜10mass%およびAlが0.2〜10mass%であるCaO−SiO−Al−MgO−F系に制御するとともに、溶鋼中のSiを0.05〜0.40mass%の範囲に制御することを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、バイメタル用高熱膨張性Fe−Ni−Cr合金の熱間加工性を著しく改善させるとともに、介在物起因の表面欠陥を大幅に低減することができるので、生産性の向上と製品歩留りの向上のみならず、バイメタルの品質向上にも寄与する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】Fe−Ni−Cr合金(鋼塊)の粒界析出物をB添加の有無で比較したミクロ組織写真である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明を開発する契機となった実験について説明する。
特許文献1によれば、Sは熱間加工性を劣化させる元素であり、また、Nも多量に含有させると熱間加工性を劣化させる元素であるので、それぞれ0.008wt%以下、0.2wt%以下に低減する必要があるとしている。そこで、発明者らは、まず、特許文献1の技術を確認する実験を行った。
【0020】
上記実験では、高周波誘導炉を用いて、マグネシア坩堝中でNi:22mass%、Cr:3mass%を含有するFe−Ni−Cr合金を溶解し、CaO−SiO−Al−MgO−F系スラグを1kg添加し、さらに、SiおよびMnを添加して脱酸し、脱硫してS:0.005mass%以下に低減し、さらに、大気からにNの侵入を抑制してN:0.05mass%以下に低減したFe−22Ni−3Cr合金(B:0.0003mass%、N:0.001mass%)と、さらに、熱間加工性を向上するべく、上記合金にBを添加したFe−22Ni−3Cr合金(B:0.0022mass%、N:0.022mass%)の2種類の合金を溶製し、鋳造してそれぞれ20kgの鋼塊とした。次いで、上記2種類の鋼塊を1200℃に加熱後、熱間圧延して加工性の評価を行ったところ、Bを添加しなかった合金の熱間加工性は良好であったものの、Bを添加した合金では大きな耳割れが発生し、実用に供せられるレベルではないことが明らかとなった。
【0021】
そこで、上記耳割れの発生原因を調査するため、Bを添加した合金の鋼塊と、B無添加の合金の鋼塊についてミクロ組織観察を行ったところ、図1に示したように、Bを添加した合金では、粒界に巨大なBNが析出していることがわかった。この結果から、B添加による熱間加工性の低下は、粒界に巨大に析出したBNが起点となってボイドが形成され、粒界破壊を起こしたためであると推測された。なお、Ti添加合金でも、同様の調査を行った結果、B添加合金と同様の耳割れが発生した。さらに、結晶粒界へのTiNの析出も確認されており、同じ原因で熱間加工性が低下したものと考えられる。
【0022】
上記実験の結果から、BやTiは、従来、熱間加工性を改善する元素であると考えられていたが、Nを含有する合金においては、BやTiの添加は、BNやTiNの粒界析出を促進し、却って、熱間加工性を害するようになること、したがって、Fe−Ni−Cr合金における熱間加工性を改善するには、S:0.005mass%以下、N:0.02mass%以下に低減するだけではなく、さらに、BやTiの添加量も極力低減し、それぞれB:0.001mass%未満、Ti:0.05mass%未満に制限する必要があることがわかった。
【0023】
次に、発明者らは、表面性状を害する非金属介在物の組成を調査するため、上記実験と同様、高周波誘導炉を用いて、マグネシア坩堝中でFe−22%Ni−3%Cr合金を溶解した後、CaO−SiO−Al−MgO−F系スラグを1kg添加し、さらに、SiおよびMnを添加して脱酸、脱硫し、脱酸時に生成したスラグの塩基度(CaO/SiO)および成分組成を変化させることによって、鋼中に生成する非金属介在物の成分組成を種々に変化させた合金を溶製し、鋳造して20kg鋼塊とした。その後、上記鋼塊を1200℃に加熱し、熱間圧延し、表面のスケールを除去し、冷間圧延して板厚が1mmの冷延板とし、その冷延板表面を目視観察して表面疵の発生有無を調査する実験を行った。
その結果、SiおよびMn添加による脱酸時に生成するスラグの塩基度(CaO/SiO)を1〜6とし、そのスラグの成分組成をMgO:2〜10mass%、Al:0.2〜10mass%とし、さらに、そのときの溶鋼中のSi:0.05〜0.40mass%とすることで、鋼中の介在物を延伸性に優れるMnO−SiO−Al−MgO−CaO系に制御することができ、表面疵が発生しなくなることを突き止めた。
【0024】
ここで、溶鋼中のSiを0.05mass%以上とする理由は、0.05%未満になると、脱酸が不足して、溶鋼中のOが0.0050mass%を超え、介在物量が多くなると同時に大型化し、表面疵を発生しやすくなるからである。一方、0.40mass%以下とする理由は、Siが0.40mass%を超えると、スラグ中のMgOやAlの還元が進行しすぎて、溶鋼中に形成される介在物の組成が延伸性に劣るMgO・AlやAl系となり、表面疵を発生するようになるためである。なお、上記MgO・AlやAl系の介在物は、連続鋳造における浸漬ノズル内壁に付着して脱落しすることでも表面疵の発生原因となるので、極力、生成させないようにする必要がある。
【0025】
さらに、上記実験の結果によれば、MnO−SiO−Al−MgO−CaO系の介在物は、その成分組成を、MnO:0.1〜10mass%、SiO:10〜40mass%、Al:5〜40mass%、CaO:10〜40mass%、MgO:5〜40mass%の範囲に制御すれば、大型介在物が形成されることがなく、しかも、熱間圧延で延伸され、冷間圧延で微細に分断されるようになるため、より表面疵が発生し難くなることもわかった。
本発明は、上記の知見に、さらに検討を加えて開発したものである。
【0026】
次に、本発明のFe−Ni−Cr合金が有すべき成分組成について説明する。
C:0.05〜0.30mass%
Cは、固溶強化等で鋼を高強度化するのに有効な元素でもあるとともに、オーステナイト生成元素でもある。室温でオーステナイト単相組織とし、バイメタル用として必要な高熱膨張係数を確保するためには、Cを0.05mass%以上添加する必要がある。一方、0.30mass%を超えるCの添加は、多量の炭化物が生成して熱間加工性が低下するようになる。よって、Cは0.05〜0.30mass%の範囲とする。好ましくは0.05〜0.25mass%、より好ましくは0.05〜0.20mass%の範囲である。
【0027】
Si:0.05〜0.40mass%
Siは、脱酸剤および脱硫剤として添加される元素であり、0.05mass%以上含有することが必要である。しかし、0.40mass%を超えて添加すると、精錬時に生成するスラグ中のMgOやAlの還元が進行しすぎて、溶鋼中に形成される介在物の組成がMgO・AlやAl系となるため、表面疵が発生するようになる。よって、Siは0.05〜0.40mass%とする。好ましくは0.05〜0.35mass%の範囲である。
【0028】
Mn:0.05〜0.6mass%
Mnは、オーステナイト生成元素であり、また、粒界に偏析するSをMnSとして固定し、熱間加工性の向上に寄与する元素である。斯かる効果を得るためには、0.05mass%以上の添加が必要である。一方、0.6mass%を超えて添加すると、耐食性を低下させてしまう。よって、Mnは0.05〜0.6mass%の範囲とする。好ましくは0.10〜0.6mass%、より好ましくは0.20〜0.6mass%の範囲である。
【0029】
S:0.0001〜0.005mass%
Sは、Fe−Ni−Cr合金の熱間加工性を低下させる極めて有害な元素であり、極力低減するのが望ましい。特に、0.005mass%を超えて含有すると、熱間加工性が著しく低下し、熱間圧延時に、耳割れを生じるようになる。一方、バイメタル作製のための打抜き性や溶接性を確保するためには、Sは0.0001mass%以上含有することが必要である。よって、本発明では、Sは0.0001〜0.005mass%の範囲とする。好ましくは、0.0001〜0.003mass%、より好ましくは0.0001〜0.002mass%の範囲である。
【0030】
P:0.040mass%以下
Pは、Sと同様、熱間加工性を害する有害な元素であり、極力低減するのが望ましい。特に、0.040mass%を超えるとなると、熱間加工性が低下するようになる。よって、Pは0.040mass%以下とする。好ましくは0.030mass%以下、より好ましくは0.025mass%以下である。
【0031】
Ni:20〜26mass%
Niは、オーステナイト生成元素であり、室温でオーステナイト単相組織とし、必要な高熱膨張係数を確保するためには、20mass%以上の添加が必要である。一方、26mass%を超えて添加すると、逆に熱膨張係数が低下するようになる。よって、Niは20〜26mass%の範囲とする。
【0032】
Cr:1〜6mass%
Crは、高い熱膨張係数を確保するために必要な元素であり、1mass%以上添加する。しかし、6mass%を超えて添加すると、逆に熱膨張係数が低下するようになる。よって、Crは1〜6mass%の範囲とする。
【0033】
N:0.02mass%以下
Nは、Cと同様、オーステナイト生成元素である。しかし、Nは、BやTi等と結合して窒化物を形成し、熱間加工性を著しく低下させる元素であるため、BやTiを少量でも添加する場合には、極力低減するのが望ましい。よって、本発明においては、Nは0.02mass%以下に制限する。好ましくは0.018mass%以下、より好ましくは0.016mass%以下である。
【0034】
B:0.001mass%未満
Bは、熱間加工性の向上に有効な元素である。しかし、発明者らの研究によれば、Fe−Ni−Cr合金においては、0.001mass%以上添加すると、鋼中のNと結合してB窒化物を形成し、熱間加工性を著しく低下させるようになる。そのため、本発明では、Bは0.001mass%以下に制限する。好ましくは0.0008mass%以下、より好ましくは0.0006mass%以下である。
【0035】
Ti:0.05mass%未満
Tiは、熱間加工性の向上に有効な元素である。しかし、発明者らの研究によれば、Tiは、Bと同様、Fe−Ni−Cr合金においては、0.05mass%以上添加すると、鋼中のCやNと結合してTi(C,N)を形成し、熱間加工性を著しく低下させるようになる。そのため、本発明では、Tiは0.05mass%未満に制限する。好ましくは0.045mass%以下、より好ましくは0.04mass%以下である。
【0036】
本発明のFe−Ni−Cr合金は、上記必須とする成分に加えてさらに、Mg,Ca,AlおよびOを下記の範囲で含有することが好ましい。
Mg:0.001mass%以下
Mgは、精錬工程で、スラグや耐火物中のMgOが還元されることによって溶鋼中に供給される元素であり、介在物組成をMnO−SiO−Al−MgO−CaO系とするためには、0.001mass%以下含有することが好ましい。限定はしないが、すくなくとも0.0001mass%以上含有するのが好ましい。一方、Mgが0.001mass%を超えると、非金属介在物の主体が硬質なMgO・Al系となり、表面疵を引き起こす原因となる。よって、Mgは0.001mass%以下含有するのが好ましいが、より好ましくは0.0001〜0.0008mass%の範囲である。
【0037】
Ca:0.0001〜0.002mass%
Caは、スラグ中に含まれるCaOが、精錬工程の脱酸過程で還元されることによって溶鋼中に供給される元素であり、非金属介在物組成を、硬質なMgO・AlやAlとなるのを防止し、MnO−SiO−Al−MgO−CaO系とする作用があるため、0.0001mass%以上含有するのが好ましい。一方、Caが0.002mass%を超えると、非金属介在物中のCaOが上昇し、耐食性に悪影響を及ぼすようになる。よって、Caは0.0001〜0.002mass%の範囲で含有するのが好ましい。
【0038】
Al:0.0001〜0.01mass%
Alは、非金属介在物の組成をMnO−SiO−Al−MgO−CaO系に制御する働きがあるため、0.0001mass%以上含有するのが好ましい。一方、0.01mass%を超える含有は、非金属介在物が硬質なMgO・AlやAlとなり、表面疵を引き起こすようになる。よって、Alは0.0001〜0.01mass%の範囲で含有するのが好ましい。
【0039】
O:0.0001〜0.005mass%
Oは、酸化物系非金属介在物として鋼中に存在する元素であり、0.0050mass%を超えると、非金属介在物の量が多くなり、大型介在物の発生頻度も高くなるため、表面疵が発生するようになる。一方、Oが0.0001mass%未満になると、脱酸し過ぎて、スラグ中のAlやMgOが還元されて、鋼中に生成する非金属介在物が硬質なMgO・AlやAl介在物が主体となるため、表面疵を引き起こすようになる。よって、本発明では、Oは0.0001〜0.005mass%の範囲で含有させることが好ましい。なお、Oの含有量を上記範囲に制御するには、脱酸元素であるSi,MnおよびAlを上記の組成範囲に制御するのが有効である。
【0040】
次に、本発明のFe−Ni−Cr合金中に存在する非金属介在物について説明する。
本発明のFe−Ni−Cr合金中に存在する非金属介在物は、熱間圧延および冷間圧延において延伸、分断して微細に分散され易く、製品板となったときに表面疵を発生させないものであることが必要であり、そのためには、以下に説明する成分組成からなるMnO−SiO−Al−MgO−CaO系非金属介在物であることが好ましい。
【0041】
MnO:0.1〜10mass%
MnOは、0.1mass%未満となると、非金属介在物の延伸性が著しく低下するため、表面疵が発生するようになる。一方、10mass%を超えるMnOの含有は、Oの含有量が0.0050mass%を超える場合に相当するので、非金属介在物の量が多くなって、やはり、表面疵が発生するようになる。よって、非金属介在物中のMnOは0.1〜10mass%の範囲であることが好ましい。なお、MnOの組成を上記範囲とするには、鋼中のAl、Mg含有量を前述した範囲に制御するか、スラグの塩基度(CaO/SiO)を1〜6の範囲に制御するのが有効である。
【0042】
SiO:10〜40mass%
SiOは、10mass%未満あるいは40mass%超えのいずれの場合も、非金属介在物の融点が上昇し、延伸性が低下して表面疵を発生させるようになる。よって、非金属介在物中のSiOは、10〜40mass%の範囲であることが好ましい。なお、SiOの組成を上記範囲とするには、スラグの塩基度(CaO/SiO)を1〜6の範囲に制御し、鋼中のSiとAl含有量を前述した範囲に制御するのが有効である。
【0043】
Al:5〜40mass%
Alは、5mass%未満では、非金属介在物の融点が上昇し、延伸性が低下してしまう。一方、40mass%を超えると、非金属介在物が急激にクラスター化し易くなったり、硬質化して熱間圧延で延伸されなくなったりして、表面欠陥を引き起こす原因となる。よって、非金属介在物中のAlは5〜40mass%の範囲であることが好ましい。なお、Alの組成を上記範囲とするには、鋼中のAl含有量を前述した範囲に制御するか、スラグ中のAlを0.2〜10mass%の範囲に制御するのが有効である。
【0044】
MgO:5〜40mass%
MgOは、5mass%未満あるいは40mass%超えのいずれの場合も、非金属介在物の融点が上昇し、延伸性が低下して表面疵を発生させるようになる。よって、非金属介在物中のMgOは5〜40mass%の範囲であることが好ましい。なお、MgOは、精錬工程において、スラグや耐火物中のMgOが還元されることによって溶鋼中に供給される成分であり、MgOの組成を上記範囲とするには、鋼中のMg含有量を前述した範囲に制御するか、スラグ中のMgOの組成を2〜10mass%の範囲に制御するのが有効である。
【0045】
CaO:10〜40mass%
CaOは、10mass%未満あるいは40mass%超えでは、いずれの場合も非金属介在物の融点が上昇し、延伸性が低下して表面疵を発生させるおそれがある。よって、非金属介在物中のCaOは10〜40mass%の範囲であることが好ましい。だと、非金属介在物の融点を上昇させてしまい、その延伸性が低下してしまう可能性がある。なお、CaOは、スラグ中のCaOが脱酸工程にて還元されることによって溶鋼中に供給される成分であり、CaOの組成を上記範囲とするには、鋼中のCa含有量を前述した範囲に制御するか、スラグ中の塩基度(CaO/SiO)を1〜6の範囲に制御するのが有効である。
【0046】
なお、本発明の合金中に含まれる非金属介在物は、上記MnO,SiO,Al,MgOおよびCaOの他に、FeOやCr等を合計で10mass%以下含有していてもよい。好ましくは、5mass%以下である。
【0047】
次に、本発明のFe−Ni−Cr合金の溶製方法について説明する。
本発明のFe−Ni−Cr合金を溶製する方法には、以下に説明するA法、B法があり、いずれの方法を用いてもよい。
<A法>
FeおよびNiを主成分とする溶解原料、すなわち、鉄屑、フェロニッケル、純Ni等の溶解原料を電気炉で溶解した後、AODおよび/またはVODで、酸化精錬して脱燐、脱炭し、一旦、除滓した後、生石灰と蛍石を添加し、さらに、Siおよび/またはSi合金鉄を投入して脱酸、仕上脱硫してCrを添加し、その後、取鍋精錬で最後の成分調整を行って、前述した本発明の成分組成にする方法。
<B法>
Pの含有量が0.06mass%以下の低燐Feと、Cr,Niを主成分とする溶解原料、すなわち、選別した鉄屑、ステンレス屑、フェロニッケル、フェロクロムおよび純Ni等の溶解原料を電気炉等で溶解した後、AODおよび/またはVODで、酸化精錬して脱炭した後、生石灰と蛍石を添加し、さらに、Siおよび/またはSi合金鉄を投入してCr還元と脱酸、脱硫し、その後、取鍋精錬で最後の成分調整を行って、前述した本発明の成分組成にする方法。
【0048】
ここで、上記A法およびB法のいずれの溶製方法においても、生成するスラグはCaO−SiO−Al−MgO−F系とするのが好ましい。上記スラグ中のSiOは、脱酸工程で投入したSiおよび/またはSi合金鉄から生成される。また、CaOおよびFは、フラックスとして投入される生石灰および蛍石から生成する。また、MgOは、AODおよびVODの精錬炉の耐火物に、ドロマイトやMgO−CなどMgOを含む耐火物を用いた場合には、耐火物が溶解することでスラグ中に添加することができる。さらに、Alは、フラックスで添加しても構わないが、脱酸に用いるSi合金鉄に含まれる微量のAlの酸化によって形成させてもよい。
【0049】
なお、上記脱酸工程で生成するCaO−SiO−Al−MgO−F系のスラグは、以下に説明する理由から、生成するスラグの塩基度(CaO/SiO)を1〜6、スラグ中に含まれるMgOを2〜10mass%、Alを0.2〜10mass%とし、さらに、溶鋼中のSiを0.05〜0.40mass%の範囲に制御することが好ましい。
【0050】
スラグ塩基度(CaO/SiO):1〜6
スラグの塩基度が1未満では、脱酸が十分に進行せず、Oの含有量が0.0050mass%を超えるため、非金属介在物が多くなり、表面疵発生の原因となる。一方、塩基度が6を超えると、スラグ中のMgOの活量が高くなりすぎて、溶鋼中のMgが0.001mass%を超えるため、生成する介在物がMgO・Al主体となり、やはり、表面疵の原因となるからである。そのため、塩基度は1〜6に制御するのが好ましい。好ましくは1.5〜4、より好ましくは1.7〜3.5の範囲である。
【0051】
MgO:2〜10mass%
スラグ中のMgOが2mass%未満では、生成する介在物中にMgOを供給することができなくなり、介在物の延伸性が低下し、表面疵の原因となる。一方、10mass%を超えると、溶鋼中のMgが0.001mass%を超えるため、生成する介在物がMgO・Al主体となり、やはり、表面疵の原因となるからである。そのため、スラグ中のMgOは、2〜10mass%の範囲に制御するのが好ましい。好ましくは2.4〜9.5mass%、より好ましくは3.5〜9.0mass%の範囲である。
【0052】
Al:0.2〜10mass%
スラグ中のAlが0.2mass%未満では、溶鋼中のAl含有量が0.0001mass%未満となり、鋼中に生成する介在物中にAlを必要量供給できなくなるため、介在物の延伸性が阻害され、表面疵の原因となる。一方、10mass%を超えると、介在物中のAlが40mass%を超え、高融点化して延伸性を損なうようになる。そのため、スラグ中のAlは0.2〜10mass%の範囲に制御するのが好ましい。
【0053】
Si:0.05〜0.40mass%
脱酸工程における溶鋼中のSiは、脱酸剤および脱硫剤として添加される元素であり、0.05mass%以上が必要である。しかし、0.40mass%を超えて添加すると、スラグ中のMgOやAlの還元が進行しすぎて、溶鋼中にMgO・AlやAl介在物が形成されるため、表面疵の原因となる。よって、Siは0.05〜0.40mass%とする。好ましくは0.05〜0.35mass%の範囲である。
【実施例】
【0054】
先述したA法またはB法で、表1に示した成分組成を有するFe−Ni−Crを電気炉−AODまたはVODプロセスで溶製し、連続鋳造して鋼スラブとした。
具体的には、A法では、鉄屑、フェロニッケル、純Ni等のFeおよびNiを主成分とする溶解原料を60トン電気炉で溶解し、AODで酸化精錬して脱燐、脱炭した後、除滓し、その後、生石灰と蛍石を添加し、さらに、Siおよび/またはSi合金鉄を投入して脱酸と仕上脱硫し、その後、Crを添加し、最終的に、取鍋精錬で温度調整と最終成分調整を行って表1に示した成分組成に調整した後、連続鋳造法で鋼スラブとした。なお、上記AODには、ドロマイトを耐火物としたものを用いた。
また、B法では、鉄屑、ステンレス屑、フェロニッケル、フェロクロム、純Ni等の低燐(P≦0.06mass%)Fe、CrおよびNiを主成分とする溶解原料を60トン電気炉で溶解し、VODで酸化精錬して脱炭した後、生石灰と蛍石を添加し、さらに、Siおよび/またはSi合金鉄を投入してCr還元し、さらに、Ar撹拌して脱酸と仕上脱硫し、最終的に、取鍋精錬で、温度調整と最終成分調整を行って表1に示した成分組成に調整した後、連続鋳造法で鋼スラブとした。なお、上記VODには、MgO−Cを耐火物としたものを用いた。
なお、A法、B法とも、脱酸時におけるスラグ組成は、CaO−SiO−Al−MgO−F系に制御した。
また、合金の成分組成は、蛍光X線分析により測定した。ただし、Cは赤外線吸収法、酸素は不活性ガスインパルス融解赤外線吸収法で行った。また、スラグの成分組成は、蛍光X線分析法で測定した。
【0055】
【表1】

【0056】
上記のようにして得たそれぞれの鋼スラブの幅方向1/4、厚さ方向1/4の位置に含まれる非金属介在物をランダムに30個抽出し、EDSで成分分析して、それらの平均成分組成を求めた。
【0057】
上記鋼スラブは、その後、1200℃に加熱した後、熱間圧延して板厚:4.0mmの熱延板とし、その後、さらに冷間圧延して、板厚:1mmの冷延板とした。この際、熱延板については、鋼板エッジ部の耳割れの有無と大きさ(耳割れの深さ)を目視で調査し、耳割れの深さが10mm未満のものを熱間加工性良(○)、10mm以上のものを熱間加工性劣(×)と評価した。また、冷延板については、鋼板表面を目視観察し、長さが15mm以上の表面疵の単位面積当たりの発生率を測定し、製品コイル全長における平均発生率が1個/m未満のものを表面性状良(○)、1個/m以上のものを表面性状劣(×)と評価した。
【0058】
上記測定の結果を表2に示した。表2から、本発明に適合する成分組成を有し、かつ、精錬時のスラグを本発明に適合する成分組成に制御して溶製した発明例の合金(No.1〜7)は、いずれも熱延板に耳割れが発生していないか小さく、熱間加工性に優れているとともに、冷延板における表面疵の発生率も少なく、表面性状に優れている。
これに対して、合金の成分組成(S,N,B,Ti)が本発明から外れている比較例の合金(No.8〜13)では、すべてにおいて熱延板に大きな耳割れが発生しており、さらに、精錬時のスラグの成分組成が本発明から外れている比較例の合金(No.10〜13)では、すべてにおいて冷延板の表面疵の発生率が高くなっている。
以上の結果から、本発明は、Fe−Ni−Cr合金における熱間加工性、表面性状の改善に極めて有効であることが確認できる。
【0059】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明の技術は、高熱膨張性のFe−Ni−Cr合金に限定されるものではなく、例えば、低熱膨張材、ステンレス、Fe-Ni合金、磁性材料等、同様の特性が要求される合金にも適用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.05〜0.30mass%、
Si:0.05〜0.40mass%、
Mn:0.05〜0.60mass%、
S:0.0001〜0.005mass%、
P:0.040mass%以下、
Ni:20〜26mass%、
Cr:1〜6mass%、
N:0.02mass%以下、
B:0.001mass%未満および
Ti:0.05mass%未満を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなるバイメタル用Fe−Ni−Cr合金。
【請求項2】
上記成分組成に加えてさらに、Mg:0.001mass%以下、Ca:0.0001〜0.002mass%、Al:0.0001〜0.01mass%およびO:0.0001〜0.005mass%を含有することを特徴とする請求項1に記載のバイメタル用Fe−Ni−Cr合金。
【請求項3】
合金中に含まれる非金属介在物が、MnO−SiO−Al−MgO−CaO系であり、その成分組成が、MnO:0.1〜10mass%、SiO:10〜40mass%、Al:5〜40mass%、MgO:5〜40mass%、CaO:10〜40mass%であることを特徴とする請求項1または2に記載のバイメタル用Fe−Ni−Cr合金。
【請求項4】
FeおよびNiを主成分とする溶解原料を電気炉で溶解した後、AODおよび/またはVODを用いて、酸化精錬して脱燐、脱炭し、Siおよび/またはSi合金鉄を投入して脱酸および仕上脱硫した後、Crを添加して請求項1または2に記載の成分組成とすることを特徴とするバイメタル用Fe−Ni−Cr合金の溶製方法。
【請求項5】
Pの含有量が0.06mass%以下の低燐Fe、CrおよびNiを主成分とする溶解原料を電気炉で溶解した後、AODおよび/またはVODを用いて、酸化精錬して脱炭し、Siおよび/またはSi合金鉄を投入してCr還元し、脱酸および仕上脱硫して請求項1または2に記載の成分組成とすることを特徴とするバイメタル用Fe−Ni−Cr合金の溶製方法。
【請求項6】
上記Siおよび/またはSi合金鉄を投入する脱酸工程では、生成するスラグを、塩基度(CaO/SiO)が1〜6で、MgOが2〜10mass%およびAlが0.2〜10mass%であるCaO−SiO−Al−MgO−F系に制御するとともに、溶鋼中のSiを0.05〜0.40mass%の範囲に制御することを特徴とする請求項4または5に記載のバイメタル用Fe−Ni−Cr合金の溶製方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−188696(P2012−188696A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−52906(P2011−52906)
【出願日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【出願人】(000232793)日本冶金工業株式会社 (84)
【Fターム(参考)】