バルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法とこれを用いた銅合金製配管器材並びに皮膜形成剤
【課題】カドミウムを含有する銅合金を再利用して銅合金製配管器材を設けることができ、この銅合金製配管器材からのカドミウムの溶出を抑制できるバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法及びその銅合金製配管器材を提供する。
【解決手段】カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部を、カドミウムよりも貴な金属を含有する金属塩水溶液内に浸漬させ、この配管器材の接液部表層のカドミウムを貴な金属と置換させてカドミウムの溶出を抑制したバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法である。
【解決手段】カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部を、カドミウムよりも貴な金属を含有する金属塩水溶液内に浸漬させ、この配管器材の接液部表層のカドミウムを貴な金属と置換させてカドミウムの溶出を抑制したバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バルブ・管継手、水栓等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法とこれを用いた銅合金製配管器材並びに皮膜形成剤に関する。
【背景技術】
【0002】
青銅や黄銅等の銅合金は、鋳造性、機械加工性、並びに経済性にも優れ、かつ、その他の材料が発揮することが困難な高い抗菌作用が得られるため、水道用、給水給湯用のバルブ・管継手、ストレーナ、水栓等の配管器材の材料として一般的に多く用いられている。この銅合金は、銅や亜鉛、スズなどの様々な金属元素から成っており、このうち、亜鉛の中には、その化学的挙動や性質が似ていることからカドミウムが固溶した状態になっている。カドミウムは有害元素であり、人体に悪影響を及ぼすためその水質基準の見直しが進められているが、その溶出源の多くは配管器材からであるため、配管器材からの溶出を抑えることが極めて重要になっている。
【0003】
この種の配管器材を銅合金により製作する場合には、銅合金を構成する各元素を集めて一から製作するとコスト高になるため、一般的には、銅合金スクラップ等を回収し、炉で溶解して再利用することが多くなっている。この場合、国内においては、天然亜鉛鉱石から精製した最純亜鉛、特殊亜鉛、普通亜鉛などの電気亜鉛や、或は蒸留亜鉛が用いられることが多い。一方、国外では、一度ダイキャスト品などの亜鉛製品として流通した製品のリサイクル品や鋳造の過程で発生する酸化亜鉛を再度利用した再生亜鉛インゴットが使われることが多い。
【0004】
この場合、カドミウムの含有量を抑えることによりこのカドミウムの溶出を防ぐようにした銅合金として、例えば、特許文献1の耐孔食性銅基合金管材が知られている。この銅基合金管材は、亜鉛、燐を含有し、非酸性化雰囲気中において600℃〜1050℃、1分〜5時間の条件で熱処理された管材である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−247923号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、銅合金スクラップを再利用して配管器材を設ける際に電気亜鉛を用いた場合には、カドミウムの含有を少なくすることは可能になるが、コストが大幅に上昇する。一方、蒸留亜鉛は、カドミウムを多く含有しているため、この蒸留亜鉛を再利用した配管器材にはカドミウムが混入しやすくなる。特に、亜鉛の比率の大きい黄銅には多くのカドミウムが含まれることになり、銅成分の含有割合の大きい銅合金スクラップに亜鉛を追加すると更にカドミウムが多く含まれてこのカドミウムが溶出しやすい黄銅になるおそれもある。
また、再生亜鉛インゴットにも、その収集・再生過程でカドミウムが発生しやすくなり、カドミウムの含有割合が天然亜鉛鉱石により精製された蒸留亜鉛に近くなることになり、上記と同様にカドミウムが溶出しやすい黄銅になるおそれがある。
【0007】
一方、特許文献1の耐孔食性銅基合金管材は、銅合金スクラップ等を材料として再利用することを前提としておらず、あらたに材料を用いて銅合金中のカドミウムの含有量を抑えるように設けたものであるから、コストアップに繋がっていた。
【0008】
本発明は、上述した実情に鑑み、鋭意検討の結果開発に至ったものであり、その目的とするところは、カドミウムを含有する銅合金を再利用して銅合金製配管器材を設けることができ、この銅合金製配管器材からのカドミウムの溶出を抑制するバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法及びその銅合金製配管器材並びに皮膜形成剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するため、請求項1に係る発明は、カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部を、カドミウムよりも貴な金属を含有する金属塩水溶液内に浸漬させ、この配管器材の接液部表層のカドミウムを貴な金属と置換させてカドミウムの溶出を抑制したバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法である。
【0010】
請求項2に係る発明は、貴な金属を銅とし、この銅を含有する硝酸銅、硫酸銅、酢酸銅のうちの何れか一種以上からなる金属塩水溶液としたバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法である。
【0011】
請求項3に係る発明は、配管器材の接液部にNiCrめっきを施したバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法である。
【0012】
請求項4に係る発明は、カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部に不飽和脂肪酸からなる有機物質により皮膜を形成し、この配管器材の接液部表層の亜鉛を被覆して亜鉛中に固溶しているカドミウムの溶出を抑制したバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法である。
【0013】
請求項5に係る発明は、不飽和脂肪酸は、モノ不飽和脂肪酸又はジ不飽和脂肪酸等を含有した有機物質であるバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法である。
【0014】
請求項6に係る発明は、不飽和脂肪酸は、モノ不飽和脂肪酸のオレイン酸又はジ不飽和脂肪酸のリノール酸等を含有した有機物質であるバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法である。
【0015】
請求項7に係る発明は、モノ不飽和脂肪酸のオレイン酸は、オレイン酸濃度を0.004wt%以上で、16.00wt%以下としたバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法である。
【0016】
請求項8に係る発明は、配管器材を酸又はアルカリ系の溶液で洗浄した後に、不飽和脂肪酸からなる有機物質で皮膜を形成したバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法である。
【0017】
請求項9に係る発明は、カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部を、カドミウムよりも貴な金属を含有する金属塩水溶液内に浸漬させ、この配管器材の接液部表層のカドミウムを貴な金属と置換させ、次いで、この接液部に不飽和脂肪酸からなる有機物質により皮膜を形成し、この配管器材の接液部表層の亜鉛を被覆することでカドミウムの溶出を防止したバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法である。
【0018】
請求項10に係る発明は、カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部表層の鉛を含有する偏在金属成分を、硝酸と塩酸とを含有する混酸によって洗浄し、接液部表層からカドミウムよりも貴な金属もしくはその金属塩を溶出させて、混酸中に溶出した金属もしくはこの金属塩を構成する金属と接液部表層のカドミウムとを置換させてカドミウムの溶出を抑制したバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法である。
【0019】
請求項11に係る発明は、混酸は、カドミウムよりも貴で且つ水素よりも卑な金属を含有するバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法である。
【0020】
請求項12に係る発明は、カドミウム溶出防止方法を用いて、少なくとも接液部表層のカドミウムの溶出を抑制したバルブ・管継手等の銅合金製配管器材である。
【0021】
請求項13に係る発明は、不飽和脂肪酸からなる有機物質により、カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部表層に皮膜を形成する皮膜形成剤である。
【発明の効果】
【0022】
請求項1に係る発明によると、接液部表層のカドミウムを貴な金属と置換させてこの部分からのカドミウムの溶出を抑制することができる。そのため、カドミウムを含有する銅合金を再利用してバルブ・管継手、ストレーナ、水栓等の銅合金製配管器材を設けた場合であってもカドミウムの溶出量を抑えることができる。しかも、銅合金スクラップとして低コストではあるがカドミウムの多く含まれる蒸留亜鉛や再生亜鉛インゴットを材料とし、表層のみのカドミウム溶出防止処理をおこなうことにより、銅合金全体のカドミウム含有量を抑える場合に比較して処理部分を少なくできるため、処理設備や作業も簡略化できる。更に、鋳造等の成形段階ではなく、形成後の配管器材に対して容易に処理を施すことができるため、延いては、短時間で大量の配管器材のカドミウムの溶出防止を図ることができる。また、カドミウムの溶出を防止していることで亜鉛の溶出も抑えることができる。
【0023】
請求項2に係る発明によると、配管器材の表面層を侵すことなくカドミウムの溶出防止処理を実施でき、配管器材が有する外部表面の美観、耐食性、耐摩耗性などの特性を確保できる。
【0024】
請求項3に係る発明によると、NiCrめっきを侵すことなくカドミウムの溶出を防止し、このNiCrめっきによって、装飾性に優れた水栓金具や、耐食性や操作性などの機能性に優れたボールバルブ等の配管器材を形成可能となる。
【0025】
請求項4に係る発明によると、接液部表層の銅合金中の亜鉛を皮膜で覆うことにより、カドミウムの抑制を防止することができる。そのため、カドミウムを含有する銅合金を再利用してバルブ・管継手、ストレーナ、水栓等の銅合金製配管器材を設けた場合であってもカドミウムの溶出量を抑えることができる。しかも、皮膜の形成後には、不飽和脂肪酸が有する二重結合によって銅合金中に含まれる亜鉛と結合する分子の間隔が狭まって、皮膜の密度が増すことでカドミウムの溶出を確実に防ぐことが可能になる。このため、銅合金スクラップとして低コストではあるがカドミウムの多く含まれる蒸留亜鉛や再生亜鉛インゴットを材料とし、表層のみのカドミウム溶出防止処理をおこなうことにより、銅合金全体のカドミウム含有量を抑える場合に比較して処理部分を少なくできるため処理設備や作業も簡略化できる。更に、鋳造等の成形段階ではなく、形成後の配管器材に対して容易に処理を施すことができ、延いては、短時間で大量の配管器材のカドミウムの溶出防止を図れる。また、カドミウムの溶出を防止していることで亜鉛の溶出も抑えることができる。
【0026】
請求項5に係る発明によると、不飽和脂肪酸の中でも、天然中に豊富に存在することから経済性に優れ、量産性に向いたモノ不飽和脂肪酸やジ不飽和脂肪酸により接液部表層の銅合金中の亜鉛を皮膜で覆うことにより、カドミウムの溶出を抑制することができる。
【0027】
請求項6に係る発明によると、皮膜の密度を向上させてカドミウムの溶出防止機能を高めるとともに、酸化を防いで臭いの発生を防止できる。
【0028】
請求項7に係る発明によると、効果的に皮膜処理を施してカドミウムの溶出防止機能を高め、臭いの発生防止効果も高めることが可能になる。
【0029】
請求項8に係る発明によると、洗浄した後に皮膜を形成することで、カドミウムの溶出量をより少なく抑えることが可能になる。
【0030】
請求項9に係る発明によると、接液部表層のカドミウムを貴な金属と置換させ、この接液部表層の亜鉛を、不飽和脂肪酸からなる有機物質で形成した皮膜で覆うことにより、これらの処理を組合わせることでカドミウムの溶出防止効果を高めることが可能になり、それぞれの処理を単独でおこなう場合よりもカドミウムの溶出を抑えることが可能になる。
【0031】
請求項10に係る発明によると、接液部表層のPbを含有する偏在金属成分を混酸によって洗浄し、接液部表層から溶出させた金属で接液部表層のカドミウムを置換させてカドミウムの溶出を防止することができる。これにより、接液部表層のカドミウムを貴な金属と置換させてこの部分からのカドミウムの溶出を防止することができる。そのため、カドミウムを含有する銅合金を再利用してバルブ・管継手、ストレーナ、水栓等の銅合金製配管器材を設けた場合であってもカドミウムの溶出量を抑えることができる。しかも、銅合金スクラップとして低コストではあるがカドミウムの多く含まれる蒸留亜鉛や再生亜鉛インゴットを材料とし、表層のみのカドミウム溶出防止処理をおこなうことにより、銅合金全体のカドミウム含有量を抑える場合に比較して処理部分を少なくできるため、処理設備や作業も簡略化できる。更に、鋳造等の成形段階ではなく、形成後の配管器材に対して容易に処理を施すことができるため、延いては、短時間で大量の配管器材のカドミウムの溶出防止を図ることができる。また、カドミウムの溶出を防止していることで亜鉛の溶出も抑えることができる。
【0032】
請求項11に係る発明によると、混酸によってカドミウムを置換させることにより接液部表層のカドミウムを確実に取り除いて、このカドミウムの溶出を防ぐことが可能になる。
【0033】
請求項12又は請求項13に係る発明によると、接液部表層からのカドミウムの溶出を防止しつつ、カドミウムを含有する銅合金のスクラップ等を再利用して形成することができ、バルブ・管継手、ストレーナ、水栓等の各種の銅合金製配管器材と皮膜形成剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】カドミウムの置換による溶出防止工程の第1の例を示すフローチャートである。
【図2】カドミウムの置換による溶出防止工程の第2の例を示すフローチャートである。
【図3】カドミウムの置換による溶出防止工程の第3の例を示すフローチャートである。
【図4】カドミウムの不飽和脂肪酸からなる有機物質の皮膜による溶出防止工程を示すフローチャートである。
【図5】FT−IR分析による分析結果を示したグラフである。
【図6】図4の溶出防止工程に混酸による洗浄工程を導入した溶出防止工程を示すフローチャートである。
【図7】(a)は、工程1を示すフローチャートである。(b)は、工程2を示すフローチャートである。
【図8】(a)は、工程3を示すフローチャートである。(b)は、工程4を示すフローチャートである。
【図9】(a)は、工程5を示すフローチャートである。(b)は、工程6を示すフローチャートである。
【図10】主要元素のイオン化傾向を示した説明図である。
【図11】工程1における硝酸Ni置換処理における処理条件と金属元素の浸出量との関係を示したグラフである。
【図12】図11における処理温度と処理時間との関係を示したグラフである。
【図13】工程1における処理時間と金属元素の浸出濃度との関係を示したグラフである。
【図14】工程2における処理時間と金属元素の浸出濃度との関係を示したグラフである。
【図15】工程3における処理時間と金属元素の浸出濃度との関係を示したグラフである。
【図16】工程4における処理時間と金属元素の浸出濃度との関係を示したグラフである。
【図17】工程5における処理時間と金属元素の浸出濃度との関係を示したグラフである。
【図18】工程1における硝酸Ni濃度と金属元素の浸出量との関係を示したグラフである。
【図19】工程5における硝酸Ni濃度と金属元素の浸出量との関係を示したグラフである。
【図20】硝酸Ni置換処理と硝酸銅置換処理の置換処理能力を示したグラフである。
【図21】カドミウムめっき品の表面を示した顕微鏡写真である。
【図22】図21の拡大写真である。
【図23】表面研磨したカドミウムめっき品の表面を示した顕微鏡写真である。
【図24】図23の拡大写真である。
【図25】カドミウムめっき品のFT−IR分析による分析結果を示したグラフである。
【図26】工程7における溶出防止工程を示したフローチャートである。
【図27】工程8における溶出防止工程を示したフローチャートである。
【図28】工程9における溶出防止工程を示したフローチャートである。
【図29】工程10における溶出防止工程を示したフローチャートである。
【図30】工程11における溶出防止工程を示したフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下に、本発明におけるバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法とこれを用いた銅合金製配管器材の実施形態を説明するが、その前に、対象となる銅合金とこの銅合金に含有される亜鉛インゴット中における、一般的なカドミウムの含有割合を説明する。本発明のカドミウム溶出防止方法では、電気亜鉛と比べて安価な蒸留亜鉛や再生亜鉛をその対象としているが、これらの成分と比較するために電気亜鉛の成分割合についても記している。なお、本発明により電気亜鉛にカドミウム溶出防止処理を施すようにしてもよい。
【0036】
先ず、亜鉛インゴット中のカドミウムの含有割合に関して、JIS H2107に規定されている亜鉛地金成分(電気亜鉛と蒸留亜鉛)について、その成分割合(%)を表1に示す。また、再生亜鉛の地金成分を一例として表2に挙げる。表1において、最純亜鉛地金、特殊亜鉛地金、普通亜鉛地金は、電気亜鉛であり、蒸留亜鉛地金特種、蒸留亜鉛地金1種、蒸留亜鉛地金2種は、蒸留亜鉛である。
【0037】
【表1】
【0038】
【表2】
【0039】
表1に示すように、蒸留亜鉛は、電気亜鉛に比較してカドミウムの含有割合が高くなっており、これにより電気亜鉛よりもカドミウムが溶出しやすいといえる。一方、表2に示した再生亜鉛についても、カドミウムの含有割合が高くなっており、カドミウムは溶出しやすいといえる。しかも、再生亜鉛は、収集・再生過程で供給される材料に依存するため、カドミウムの含有割合は必ずしも一定ではなく、表の値よりも大きくなる可能性は十分にある。
【0040】
続いて、カドミウムが固溶した亜鉛インゴットで作られた銅合金中のカドミウムの含有割合と、この銅合金におけるカドミウムの浸出(溶出)試験の結果を表3に示す。ここで、固溶とは、結晶構造の中に他の原子が入り込んでも、元の結晶構造の形を保って固体状態で混じり合っている状態をいう。また、表中におけるコンディショニングとは、JIS S3200−7 浸出性能試験で定義された方法で、14日間のうち少なくとも9回時間を空けずに浸出液を交換する作業であり、この作業を行なったものをコンディショニング有り浸出試験、行われなかったものをコンディショニング無し浸出試験という。
【0041】
カドミウムは、常温において理論上約900ppmの割合で亜鉛インゴット中に固溶可能であり、鉛とは異なり銅合金中に溶け込んだ状態になっている。このことから、銅合金からなるボールバルブ、ゲート弁と、銅合金スクラップと蒸留亜鉛や再生亜鉛インゴット(カドミウムを738ppm含有している亜鉛インゴット)を鋳造して作られた濃カドミウム状態の黄銅テストピース(以下、黄銅テストピースという)とを試験品とし、この試験品のカドミウムの含有分析、及び、JIS S3200−7に基づく水道水へのカドミウムの浸出量をそれぞれ測定した。
【0042】
なお、JIS S3200−7の定めにより、カドミウムをはじめ各元素の浸出測定を、ICP発光分光分析装置、又はICP質量分析装置にておこなった。ICP発光分光分析法及びICP質量分析法は、共に試料濃度に応じて得られる信号強度を標準試料と未知試料とで比較することによって濃度測定をおこなう分析方法である。したがって、得られた結果は、検出限界付近を除いて濃度にかかわらず有効数字2〜3桁で示される。
【0043】
ICP発光分光分析装置は、誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma)を励起源とした発光分光分析である。ICPに導入され励起された元素は、基底状態に戻るとき、元素特有の波長を持った電子波を発するため、これらの波長と強度を測定することにより元素の種類とその濃度を測定するものである。
一方、ICP質量分析装置は、ICPの中で多くの元素がイオンの状態にあることから、これら生じたイオンを質量分析器に導入し測定するものである。
【0044】
表3において、試験品1〜3はサイズ1/2黄銅製600型ボールバルブであり、その接液面積比(試験品の接液面積/試験品に最大限充填可能な容量)は、4568cm2/Lである。試験品4、5はサイズ1/2黄銅製125型ゲート弁、試験品6はサイズ1/2青銅製125型ゲート弁であり、これらの接液面積比は2174cm2/Lである。試験品7、8はサイズ3/4黄銅製125型ゲート弁であり、その接液面積比は2000cm2/Lである。
試験品9は黄銅テストピースであり、この黄銅テストピースは、スクラップなどにより作られた蒸留亜鉛や再生亜鉛インゴットを用いて形成された銅合金であり、その直径が20mm、厚さが10mmの円柱形状からなっており、接液面積比は1256cm2/Lである。
【0045】
【表3】
【0046】
表3の結果より、銅合金中のカドミウムの含有割合と、水道水への浸出量とには相関関係が見られ、カドミウム成分が多いほど水道水への浸出量は多くなる傾向になっている。ほぼ同一形状である黄銅製の試験品5と青銅製の試験品6とを比較した場合、カドミウムが固溶可能な亜鉛成分の多い黄銅製バルブである試験品5からのカドミウムの浸出量がより多くなった。
【0047】
表3のコンディショニング有りの浸出試験では、コンディショニング効果によって水道水中のミネラル分のスケールが銅合金製配管器材表面に被覆するため、何れの試験品もコンディショニング無し浸出試験に比較してカドミウムの溶出が抑えられているが、試験品を比較するにあたっては判別しにくくなるという理由から、以降についてはコンディショニング無し浸出試験により測定するものとする。
【0048】
上記の浸出試験の試験品9は、鋳肌面の黄銅テストピースである。この場合、同様に接水部分が鋳肌面製品である水栓金具等の見極めに役立つ。しかし、表4の通り、黄銅テストピースの全体的な成分分布を調査した蛍光X線分析に対し、鋳肌表層のみの成分分析を見ることのできるEPMA(Electron Probe Micro Analyzer)分析では元素成分が大きく異なる。今回用いたEPMA分析は、日本電子製JXA880RLの機器を用い、加速電圧15.0kV、照射電流1.198E−06A、ビーム径50μmにておこなった。
【0049】
これにより、本来微量含有金属である鉛、ビスマス、アルミニウムなどがEPMA分析により表層に偏析していることが確認された。また、この偏析は、表4の結果より、場所によってまちまちである。一方、表層の鋳肌面を切削除去した切削面の黄銅テストピースは、接水部分が切削面であることの多いバルブ等の見極めに役立つ。表4の通り、EPMA分析すべての観測点で金属成分の分布が同等であり、蛍光X線分析との差も少ない。
これは、黄銅中のカドミウム含有量とカドミウムの浸出量の相関を考察するのに有意義であり、配管器材におけるカドミウムの含有量と接液時のカドミウム浸出量を予測することが可能になる。
【0050】
【表4】
【0051】
試験品9の黄銅テストピースと比較するために、カドミウムを738ppm含有し、且つ試験品9と接液面積比が略同じ亜鉛インゴットを亜鉛テストピースとし、単にカドミウムの含有増減がカドミウムの浸出に影響するのか、この亜鉛テストピースのカドミウムの浸出試験を実施した。この試験結果を表5に示す。
【0052】
【表5】
【0053】
表5の結果より、同じ体積の亜鉛インゴットにおけるカドミウム含有量は、黄銅テストピースのカドミウム含有量(180〜200ppm)よりも高いという前提があるにもかかわらず、亜鉛テストピースではカドミウムの溶出はほとんど見られなかった。これにより、表3の銅合金におけるカドミウムの含有割合と浸出量との相関は、銅合金を構成する様々な元素の影響により生じているものであり、この相関は、銅合金特有のものであることが確認された。すなわち、少なくとも黄銅中にカドミウムが含有されている場合、カドミウムが固溶している亜鉛に比べて、カドミウムが浸出しやすいことが分かった。
【0054】
ところで、イオン化傾向において、カドミウムはE0=−0.40Vである。そのため、このカドミウムをE0=0Vの水素と比較して卑な金属として定義すると、酸やアルカリ系の溶液で洗浄したときにはこれらの溶液に溶解すると予想された。しかし、酸やアルカリの中にカドミウムを含有している黄銅テストピースを浸漬させたが、カドミウムの浸出低減を図ることはできなかった。
【0055】
その原因を探るために、試験品9と同じ黄銅テストピースの鋳肌面を切削除去した切削面の黄銅テストピースにて酸処理あるいはアルカリ処理前後のEPMA分析を行なった。酸処理は、硝酸0.6mol/L、塩酸0.047mol/Lの混酸とし、アルカリ処理は50g/LのNaOH水溶液とした。このEPMA分析結果を表6に示す。
【0056】
【表6】
【0057】
表6の結果より、酸処理ではカドミウムの成分に差はなく、アルカリ処理の場合は逆にカドミウムの成分が増えている。
【0058】
酸処理の場合には、カドミウムを含有している黄銅中の亜鉛層をカドミウムもろとも一緒に溶出させてしまっているので、結果として全面腐食と同じとなってしまっているために、表6の結果の通り、カドミウムの成分に差がないことになっている。
【0059】
アルカリ処理の場合には、両性金属である亜鉛は溶けるが、カドミウムは溶かさないため、黄銅中の亜鉛を選択的に溶かすことになってしまい、その結果としてカドミウムリッチになってしまう。或は、このアルカリ処理において、亜鉛と亜鉛に固溶しているカドミウムが溶け出るが、亜鉛と比べて相対的に貴であるカドミウムは銅合金の表面に再析出することもある。その結果、表6に示すように、カドミウムの成分が逆に増えることになる。
【0060】
続いて、浸出試験も合わせて行ない、その結果を表7に示している。表に示すように、酸処理、アルカリ処理共にカドミウム浸出を低減することはできなかった。よって、銅合金中のカドミウムを酸処理、又はアルカリ処理で取り除く方法は効果がない。なお、表7中、「未処理→SUSワイヤーブラスト処理」について、表層の偏析元素(鉛、アルミニウム、Bi)を除くために鋳肌黄銅テストピースにSUSワイヤーブラストを行って表面を研磨したものとし、これを全切削黄銅テストピースの代替とした。
【0061】
【表7】
【0062】
以上の事実を前提に、本発明におけるカドミウム溶出防止方法と銅合金製配管器材とこれを用いた銅合金製配管器材の実施形態を詳述する。
第一発明におけるカドミウム溶出防止方法は、カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部を、カドミウムよりも貴な金属を含有する金属塩水溶液内に浸漬させ、この配管器材の接液部表層のカドミウムを貴な金属と置換させてカドミウムの溶出を防止するようにしたものである。これにより、銅合金中のカドミウム含有量にこだわることなく、配管器材表層からのカドミウムの溶出量を減らすことにより、少なくとも接液部表層のカドミウムの溶出が抑制された銅合金製配管器材を得ることが可能になる。
【0063】
金属塩とは酸のH(水素)を金属イオンに置き換えた化合物のことであり、硝酸塩、硫酸塩、塩化物等のことである。
この金属塩の中には水に溶けることが可能なものがあり、その場合は陽イオンと陰イオンとなって溶解する。なお、水に溶けた際、陽イオンと陰イオンのつり合いがpHとなる。表8に、各金属塩水溶液とpH試験紙による実測値を示す。
【0064】
【表8】
【0065】
カドミウムよりも貴な金属となるNiや銅から成る金属塩水溶液中にカドミウムを含有する銅合金を浸漬させることで、イオン化傾向の違いにより溶液中のNiや銅などの貴な金属イオンと配管器材表層のカドミウムとを置換させることができる。表9は、置換処理前後の切削面カドミウム黄銅テストピースを用いたEPMA分析結果である。貴な金属にNiイオンを用いた物は、処理後にNiが増加し、CdとZnが減少している。貴な金属にCuイオンを用いた物は、処理後にCuが増加し、CdとZnが減少しZnの減少が大きい。なお、Cuイオンの場合は銅が酸化物として付着することから表9の金属元素以外に酸素の増加が著しくなっている。
【0066】
【表9】
【0067】
金属塩水溶液としては、硝酸塩、硫酸塩、酢酸塩などを用いればよい。一方、金属塩水溶液としては、ISO6509 耐脱亜鉛腐食試験で用いられ、銅合金中の亜鉛を溶出させることが知られている塩化銅も考えられるが、この塩化銅は、配管器材によく用いられるNiCrめっきを侵すため、金属塩水溶液として用いることには適していない。しかし、金属塩水溶液を硝酸銅、硫酸銅、酢酸銅とした場合、置換の処理段階において、カドミウムを溶かし易くなる。
また、前記のように、配管器材の接液部には、NiCrめっきを施すようにしてもよく、この場合、NiCrめっきが侵されることを防止することができる。
【0068】
一方、硝酸塩、硫酸塩、酢酸塩は、おのおの水への溶解量が大きく異なる。例えば、常温の水に対する溶解量を表10に示す。
【0069】
【表10】
【0070】
カドミウムを置換するには、水に溶解している銅イオンやNiイオンの総量が大きく影響することから、金属塩の中でも硝酸銅や硝酸Niが優れている。
【0071】
表3の試験品5と試験品6の比較より、カドミウムの浸出量の多い黄銅製の銅合金製配管器材は、逆に青銅製のものに対して鉛の含有は少ないことから、鉛を溶出除去するための表面処理をおこなわない場合が多い。よって、黄銅の場合、カドミウムの溶出防止処理として、図1に示す工程が考えられる。
【0072】
銅合金製配管器材の表面には錆止めのための防錆油が覆われていたり、切削のときの切削油が残存していたり、長期保存による埃、塵が表面に付着していることがある。これらが残存していると、カドミウムを効果的に溶出除去することができないため、脱脂工程によりこれらを除去しやすくするために表面から浮き上がらせる。
この脱脂工程は、例えば、アルカリ性キレート脱脂剤等に浸漬されることによりおこなわれる。
【0073】
水洗工程は、脱脂工程により防錆油や切削油、及び、埃や塵などを表面から浮き上がらせた後の脱脂剤を除去するためにおこなわれる。この水洗工程は、例えば、配管器材を図示しない槽内に投入し、手動にて揺動させた後に浸漬することによりおこなうようにする。この水洗工程により、油のような比重の軽いものは水面に浮遊し、比重の重いものは底に沈むことになり、浮遊した油を所定時間内に水のオーバーフローにより除去することが可能になる。
特に、対象とする配管器材の鋳肌表面の凹凸が激しく、前記水洗工程では除去が十分でない場合、表面にこびりついた埃、塵等が以降の浸漬処理で変色を引き起こす原因となる。このため、必要に応じて、再度水栓工程を実施するようにしてもよい。
【0074】
浸漬工程において、配管器材を金属塩水溶液内に浸漬させる場合には、配管器材を適宜の容器等に配置した上で、この配管器材を上記の硝酸銅、硫酸銅、酢酸銅のうちの何れかの金属塩水溶液に所定温度・所定時間で浸漬処理する。これにより、Cuイオンによって配管器材表層のカドミウムを置換してカドミウムの溶出防止を図ることができる。
【0075】
浸漬工程後の水洗工程は、水溶液や水溶液中のカドミウムイオンを除去するためにおこなわれ、この水洗工程により配管器材に付着した水溶液を超音波洗浄装置にて水洗いする。この水洗工程後には、水滴除去工程において、適宜の手段により配管器材に付着した水滴を除去する。
【0076】
近年、水質基準が厳しくなってきていることから、例えば、鉛やニッケルの溶出防止処理と本方法を組み合わせることも考えられる。その場合は、図2に示す工程など、酸又はアルカリ系の溶液で洗浄した後に実施するのもよい。なぜならば、表層に偏析した鉛やアルミニウムや、めっき処理によってもたらされためっき液残渣を取り除いてから、カドミウムを固溶した銅合金中の亜鉛に対してカドミウムの溶出防止処理がおこなえるからである。さらには、図3のように同時に行なう方法も考えられる。
【0077】
第二発明におけるカドミウム溶出防止方法は、カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部に、不飽和脂肪酸からなる有機物質により皮膜を形成し、この配管器材の接液部表層の亜鉛を被覆して亜鉛中に固溶しているカドミウムの溶出を抑制するようにしたものである。これにより、少なくとも接液部表層のカドミウムの溶出が抑制された銅合金製配管器材を設けることが可能になる。更に、銅合金表面に形成した皮膜は、水に不溶であるとともに、アルキル基の撥水性により水道水中のスケールを付着させない機能を有している。
【0078】
本方法も同様に、表3の試験品5と試験品6の比較より、カドミウムの浸出量の多い黄銅製の銅合金製配管器材は、逆に青銅製のものに対して鉛の含有は少ないことから、鉛を溶出除去するための表面処理はおこなわない場合が多い。よって、カドミウムの溶出防止処理として、図4に示す工程となる。
【0079】
不飽和脂肪酸とは、1つ以上の不飽和の炭素結合をもつ脂肪酸である。これらの不飽和脂肪酸は天然に多く見られ、不飽和の数によって分けられる。不飽和の炭素結合が炭化水素鎖中に1つあるものは、モノエン酸、1価不飽和脂肪酸、あるいはモノ不飽和脂肪酸と言う。複数の不飽和の炭素結合が炭化水素鎖中にあるものは、非共役ポリエン酸、多価不飽和脂肪酸といい、具体的に2つあるものはジ不飽和脂肪酸、3つあるものはトリ不飽和脂肪酸、4つあるものはテトラ不飽和脂肪酸、5つあるものはペンタ不飽和脂肪酸、6つあるものはヘキサ不飽和脂肪酸と言う。
【0080】
炭素結合の数が多いほど融点が低くなる。このことは、寒冷地に生息する魚類など変温動物にとって有利に働くことから、イワシに由来するイワシ酸やニシンに由来するニシン酸などがある。しかし、一方で不飽和炭素結合の数が多いほど自動酸化されやすく油脂の劣化が早く、工業化として皮膜剤の安定管理が難しくなる。しかも、天然での存在量が少ないため高額で、量産化に向けては皮膜が高コスト化してしまい不向きである。このため、モノ不飽和脂肪酸やジ不飽和脂肪酸に適している。
【0081】
不飽和脂肪酸は、IUPAC命名法によるIUPAC名と、それ以前より名前があるものは慣用名として2つが併用され、以下に不飽和脂肪酸を示す。天然物より産出されることの多い不飽和脂肪酸は、一般的に飽和脂肪酸や異なる不飽和脂肪酸が不可避不純物として混入することもあるが、作用に大きな悪影響を及ぼすことはない。表11においてはモノ不飽和脂肪酸、表12においてはジ不飽和脂肪酸、表13においてはトリ不飽和脂肪酸、表14においてはテトラ不飽和脂肪酸、表15においてはペンタ不飽和脂肪酸、表16においてはヘキサ不飽和脂肪酸の例をそれぞれ示している。
【0082】
【表11】
【0083】
【表12】
【0084】
【表13】
【0085】
【表14】
【0086】
【表15】
【0087】
【表16】
【0088】
不飽和脂肪酸は天然中に豊富に存在するが、主に存在する油糧種子などから抽出した粗油にはガム質、遊離脂肪酸、そしてカロチノイド系やクロロフィル系等の色素も混入しているため、これらを除去し精製した精製油や白絞油以上の純度のものが好ましい。なお、JAS規格においては数値化されており、オレイン酸70%以上のものが好ましく、その他不可避不純物を含有する。なお、主な不可避不純物を表17に示す。
【0089】
【表17】
【0090】
この場合、皮膜形成に用いる不飽和脂肪酸は、非水溶性であって、炭化水素鎖中の炭素数が10個以上のものが好ましい。特に、モノ不飽和脂肪酸のオレイン酸又はジ不飽和脂肪酸のリノール酸等の有機物質が好適である。これは、カドミウム溶出防止用の皮膜(保護膜)を形成するためのカドミウム溶出防止用保護膜形成剤としては、天然に多量に存在することから安価であり、また、安定ゆえ皮膜剤の管理が安易であるからである。
このような有機物質で皮膜を形成すると、この皮膜が銅合金中に含まれる亜鉛の上に形成され、その結果、亜鉛中に固溶しているカドミウムの溶出を防ぐことができる。
【0091】
ここでオレイン酸やリノール酸の有機物質による皮膜の存在について、FT−IR分析でも確認を行なった。FT−IRとは、フーリエ変換赤外分光光度計でフーリエ変換を利用して赤外光の各波長における強度分布を調べる装置である。赤外分光法とは、測定物質に赤外線を照射し透過光を分光することでスペクトルを得て対象物を見分けるものである。この赤外分光法において、スペクトルは、分子固有の形を示すため、表面研磨した黄銅テストピース及び電気亜鉛テストピース(Zn99.97%)上の皮膜をかき出し、FT−IR分析において赤外光を照射し、オレイン酸やリノール酸の有機物質による皮膜の存在状態を分析した。その結果を図5に示す。
【0092】
図5中に示したオレイン酸とリノール酸のピークでは、カルボキシル基の特徴を示す1750cm−1付近の独立峰ピークがはっきりと現れる。しかしながら、黄銅テストピース、及び電気亜鉛テストピース上の皮膜には1750cm−1の独立峰ピークは全く見られず、全て別の物質の変わったことがわかる。なお、電気亜鉛テストピースは、比較データとなるステアリン酸亜鉛と同位置にピークが動いているため、オレイン酸とリノール酸が化学反応して亜鉛と結合していることがわかる。一方、黄銅テストピースは、さらに比較データとなるステアリン酸の銅反応物のピークとも同位置にあるピークが見られるため、同様にオレイン酸とリノール酸が化学反応して銅リッチの表面にも結合していることがわかる。
【0093】
ところで、この不飽和脂肪酸による皮膜は、すべての金属と結合するわけではなく、例えば、ステンレス銅やアルミニウムなど空気や水中など酸素の供給によって不動態皮膜を形成できる金属表面には結合できない。従って、この皮膜は、亜鉛や黄銅など限られた金属表面でしか結合できないことがわかった。
【0094】
銅合金製配管器材に不飽和脂肪酸からなる有機物質の皮膜を形成する際には、上記した浸漬によるカドミウム溶出防止処理の場合と同様に脱脂工程、水洗工程を経た後に、浸漬工程において配管器材を不飽和脂肪酸である有機皮膜水溶液に所定温度・所定時間で浸漬処理する。これにより、銅合金製配管器材の表層に皮膜を形成してカドミウムの溶出防止を図ることができる。
【0095】
カドミウム溶出防止処理後には、エアブロー工程において、エアブローを銅合金製配管器材の表面に施して配管器材表面に付着している有機皮膜水溶液を除去し、かつ、配管器材表面に均一な皮膜を形成する。そのため、エアブロー処理を施す際には、このエアブローを強くして均一な状態で斑ムラを防ぐようにする。
その後、乾燥工程において、例えば、恒温乾燥炉等の炉に配管器材を入れ、所定温度にて所定時間乾燥させ、配管器材表面に均一な皮膜を形成させる。
【0096】
接液部にオレイン酸、リノール酸からなる不飽和脂肪酸で皮膜を形成した場合には、不飽和脂肪酸に含まれるカルボシキル基があり、本官能基とカドミウムが固溶している亜鉛と結合しやすくなり、特に、亜鉛が多いβ相を多く含有する黄銅においてカドミウムの溶出をより効果的に防止することが可能となる。
【0097】
その際、有機物質としては飽和脂肪酸も存在するが、皮膜を形成する上では不飽和脂肪酸が好ましく、その理由としては、双方の分子構造の違いが挙げられる。水に対して不溶性・撥水性を高める場合、アルキル基の長さが重要になり、飽和脂肪酸におけるアルキル基は、その長さが増すにつれて分子が自由に動き回る範囲が広がって広い立体空間の中に存在することになる。そのため、亜鉛と結合する飽和脂肪酸の分子の間隔が大きくなり皮膜として密度が粗くなって亜鉛が直接水分子と接する頻度が高まることになる。
【0098】
これに対して、不飽和脂肪酸の場合には、その分子構造内に二重結合が存在するため、この部分を軸に分子が平面構造になり、この分子が自由に動き回る範囲に制約が生じることになる。その結果、亜鉛と結合する分子の間隔が狭まって皮膜の密度を増すことができる。
【0099】
二重結合が多く含まれる不飽和脂肪酸として、例えば、ドコサヘキサエン酸(DHA)やニシン酸があるが、これらは数多くの二重結合によって酸化されやすいというデメリットがある。これらは、酸化すると腐敗臭が発生しやすくなるため、水道水などを流体とする銅合金製配管部材に使用することは好ましくない。
【0100】
そこで、銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止用として腐敗臭の発生を防ぐオレイン酸やリノール酸からなる不飽和脂肪酸を用いることが好ましい。
オレイン酸とリノール酸は、共に炭素数が18個の不飽和脂肪酸で、異なる点は、オレイン酸は分子構造内に二重結合が1つであり、リノール酸は分子構造内に二重構造が2つある点である。この二重結合の数差は、高温時での分子の安定性に違いを与える。具体的には、上述の通り配管器材表面に均一な皮膜を形成させるため乾燥工程にて高温下にさらすことになり、このことは、高温時での安定性に欠くリノール酸には不利となる。一般的に、リノール酸は安定して保存するために冷蔵保存を求められるくらいのものであり、安定性を要求される場合には、オレイン酸の方が適している。
【0101】
近年、水質基準が厳しくなってきていることから、例えば、鉛やニッケルの溶出防止処理と本方法を組み合わせることも考えられる。その場合は、酸又はアルカリ系の溶液で洗浄した後に実施するのもよい。一例として、酸溶液として0.6mol/L硝酸と、0.047mol/L塩酸から成る混酸による洗浄工程を導入したものを図6に示す。なぜならば、表層に偏析した鉛やアルミニウム、めっき処理によってもたらされためっき液残渣を取り除いてから、カドミウムが固溶した銅合金中の亜鉛に対してカドミウムの溶出防止処理がおこなえるからである。
【0102】
なお、カドミウム溶出防止のために金属に膜を形成する方法には、上記した有機薄膜以外にも、めっきによる薄膜形成も考えられる。通常、銅合金製配管器材には、水栓金具のように装飾性を向上させるためにNiCrめっきを施したり、ボールバルブのように機能性の向上を目的としてNiCrめっきを施す場合がある。このようなめっき処理を用いてカドミウムの溶出防止を図ろうとするためには、配管器材の接水部分を被覆する必要がある。そのため、バルブのボデーや水栓金具の胴などは、内面接水部分の被覆が難しい電気めっきの代わりに無電解めっきを施す場合がある。
【0103】
配管器材にめっき処理を施す場合、前記のNiCrめっき、Niめっき、銅めっき、スズめっき、亜鉛めっき、銀めっきなどが考えられるが、スズめっきや亜鉛めっきなどは一旦バルブを形成した後にその用途等に応じて個別に施すものであり、一様に施すことはできない。NiCrめっきは、要求されているめっきの処理精度を発揮できないものについては適用することが難しい。銅めっきやNiめっきは、後加工でNiCrめっきを施すことができるというメリットはあるが、水質基準や水質基準管理設定項目において定められた銅やNiの浸出基準値を超える可能性がある。そのため、銅やNiの浸出を低減する対策が必要になることがある。
【0104】
なお、本来はバルブや水栓金具の内面が対象となるため、回り込みに優れた電気めっきや無電解めっきなどがよいが、今回は黄銅テストピースを用い、各種電気めっきを行いカドミウムの浸出低減を調査した。また、今回はめっき皮膜によって影響を及ぼす他元素の浸出動向をチェックし、表18にまとめた。表18におけるNiCrめっきは、一般的な仕様条件の一つであるNiめっき8μm、Crめっき0.2μmのめっき厚とし、Niめっき、銅めっき、スズめっき、亜鉛めっき、銀めっきは、それぞれ1μmのめっき厚とした。
【0105】
【表18】
【0106】
表18のように、めっき処理を施した場合には、カドミウムの溶出をある程度抑えることは可能ではあるが、めっき材料自体が溶出するリスクがあらたに生じるため、好ましい処理方法ではない。
【0107】
カドミウムの浸出低減として、めっき皮膜は有意義であるが、この場合、めっきを形成する元素の浸出が大きくなる。これは、各種の元素の浸出量が決められている水質基準を考慮すると好ましいことではない。
例えば、銀めっき、金めっき、白金めっき、ロジウムめっき、パラジウムめっき、イリジウムめっきは、高コスト、スズめっきは軟硬度かつ外観美化が劣るというデメリットがあり、更に、これらのめっきを含む合金めっきを銅合金に施した場合も、めっき皮膜による高硬度化により、かじり、漏れなどの水道用器具の仕様そのものに悪影響を与えることがあるため、これらのめっきを施すことは好ましくない。
【0108】
前述したカドミウム溶出防止における第1の方法と第2の方法とを組合わせてもよく、第1の方法により、金属塩水溶液内に浸漬させた配管器材の接液部表層のカドミウムを貴な金属と置換させ、次いで、第2の方法により、この接液部表層に不飽和脂肪酸からなる有機物質により皮膜を形成して配管器材の接液部表層の亜鉛を被覆して亜鉛中に固溶しているカドミウムの溶出を防止させるようにしてもよい。この場合、これらの2つの処理方法により接液部を処理することで、カドミウムの溶出防止効果を一層高めることが可能になる。
【0109】
第三発明におけるカドミウム溶出防止方法は、カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部表層のPbを含有する偏在金属成分を、硝酸と塩酸とを含有する混酸により洗浄するようにし、接液部表層から、混酸中にあって、カドミウムよりも貴な金属、例えば、銅、Niが各々銅イオンやニッケルイオンとして溶出する。または、混酸中にあって、塩化銅、塩化ニッケル、硫酸ニッケル、水酸化ニッケルなどの金属塩を構成する銅やニッケルが銅イオン、ニッケルイオンとして同様に溶出する。この銅イオンやニッケルイオンと接液部表層のカドミウムとを置換させてカドミウムの溶出を防止するようにしたものである。
その際、混酸が、洗浄以前にカドミウムよりも貴で且つ水素よりも卑な金属を含有してもよい。
これらの場合、接液部表層の偏在金属成分(特にPb)を混酸で洗浄し、接液部表層から溶出させた金属によりカドミウムを置換させることで、このカドミウムの溶出の抑制が可能となる。
【実施例1】
【0110】
次に、本発明におけるバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法を適用した実施例を詳述する。
先ず、貴な金属に置換させるための金属塩水溶液として適したものを実験により確認する。ここで、前述したように銅合金配管器材にはNiCrめっきが施されたものが多いため、貴な金属イオンと対を成す陰イオンを変えた場合に、各陰イオンがNiCrめっき品に与える影響を目視により確認した。この結果を表19に示す。
【0111】
【表19】
【0112】
表19の結果より、塩化銅は、陰イオンである塩化物イオンによりNiCrめっきを侵すことが確認された。このため、塩化銅は金属塩水溶液として適していないといえる。
【実施例2】
【0113】
続いて、金属塩水溶液として上記の硝酸銅、硫酸銅、酢酸銅を用い、この金属塩水溶液に黄銅テストピースを浸漬させて、この浸漬により貴な金属イオンでカドミウムを置換可能であるかをカドミウム浸出試験により測定した。
【0114】
カドミウム溶出防止処理として、黄銅テストピースに、前述した実施形態に示した脱脂工程、水洗工程、浸漬工程、水洗工程、水滴除去工程を施した。脱脂工程としては、黄銅テストピースをアルカリ性キレート脱脂剤50g/Lに50℃で10分浸漬させ、表面の汚れを除去した。水洗工程としては、黄銅テストピースを10分水で洗浄して表面の脱脂剤を除去した。
【0115】
浸漬工程においては、硝酸銀、硝酸銅、硫酸銅、硝酸ニッケルの何れかの0.6mol/L(酢酸銅は水に対する溶解限界のため0.15mol/L)金属塩水溶液に対して、黄銅テストピースを50℃にて30分浸漬させて、カドミウムを金属イオンで置換させることにより溶出防止処理を施した。この浸漬工程後には、水洗工程において黄銅テストピースを10分水で洗浄して表面の金属塩水溶液を除去し、続いて、水滴除去工程において水滴を除去した。これらの工程を経た後の黄銅テストピースのカドミウム浸出試験の結果を表20に示す。
【0116】
【表20】
【0117】
一方において、C3771黄銅にカドミウムめっきを1μm施したものをめっきテストピースとし、このめっきテストピースを上記と同様に金属塩水溶液に浸漬させ、カドミウム浸出試験によりカドミウムの浸出量を測定した。このカドミウム浸出試験の結果を表21に示す。
【0118】
【表21】
【0119】
表21におけるめっきテストピースのカドミウム浸出試験の結果、カドミウムめっきを施したテストピースに対して浸漬処理した場合にも、Cu以上の貴な金属イオンによりカドミウムを置換できることが確認された。
そこで、表20における黄銅テストピースと表21におけるめっきテストピースとの結果を比較すると、黄銅テストピースの場合には、特に、Niイオンによって置換する場合のカドミウムイオンの浸出が低減されている。このとき、Cuイオンよりも卑な金属となるNiイオンは、カドミウムイオンと置換する反応スピードが遅くなり、その結果、カドミウム多量のめっきテストピースでは、30分の浸漬時間ではNiとの置換が不十分に終わっている。そして、めっきテストピースにおいては、置換Niによって残存カドミウムがガルバニック腐食を受け、未処理の場合よりもカドミウム浸出量が多くなる。
これに比べて、黄銅テストピースは、めっきテストピースよりも表層のカドミウム量が少なくなっていることから、金属塩水溶液がNiイオンであっても十分にカドミウムを置換することができ、カドミウムの浸出の低減につながっている。
【0120】
なお、分析範囲が大きく、試料全体の分析に有効な蛍光X線分析に対し、浸出に直接関わる接水表面の変化をとらえるため、高分解能スペクトルにより高感度なWDX(Wave−length Dispersive X−ray Spectrometry)方式のEPMAにより試験前後のテストピースを測定することで、テストピース表層の構成元素の検出とこの構成元素の比率を分析することもでき、この場合、表層の状態をより細かく確認できる。
【0121】
以上のことから、金属塩水溶液内の金属イオンとして、Niイオン以上の貴な金属を選択することが可能であり、この金属イオンと対になる陰イオンは、塩化物イオンを除く、硝酸イオン、硫酸イオンが好適である。また、その他の陰イオンとして、酢酸イオンを選択することも可能である。
【0122】
特に、pH6〜7を示す硝酸Ni水溶液は、カドミウムが混入しやすい亜鉛を原料にした銅合金製以外の配管器材部品からのカドミウムの浸出を防ぐこともでき、例えば、亜鉛華(酸化亜鉛)を原料とするOリングなどのゴムシート材からのカドミウムの浸出をこのゴムシートを傷めることなく低減することができる。なお、弱酸である硝酸銅も含め、硝酸Niは、他の金属塩と異なり有機溶剤であるアルコールにも溶解することができる。本来、ゴムシート材は、疎水性を示す物質であるが、アルコールに溶解する性質により円滑に置換反応をおこなうこともできる。例えば、ゴムシート材の接液面積の大きいバタフライバルブ全体を金属塩水溶液に浸漬させて、ゴムシート材の劣化を防ぎつつカドミウム溶出防止処理を施すことが可能になる。
【実施例3】
【0123】
次いで、CuなどNiイオン以上の貴な金属を配管器材用の材料として選択し、実際の製造工程上での効果を確認する。前述した鉛やニッケルの溶出防止処理方法は、特許第3345569号の鉛溶出防止方法や、特許第4197269号のニッケル溶出防止方法に用いる硝酸と塩酸を含有する混酸溶液と組合わせることにより、図7、図8、図9に示すカドミウム溶出防止工程がそれぞれ考えられる。ここで、図7(a)におけるカドミウム溶出防止工程を工程1、図7(b)を工程2、図8(a)を工程3、図8(b)を工程4、図9(a)を工程5、図9(b)を工程6とする。
【0124】
先ず、上記の組合わされた工程が有効であるかを、以下の表22に示す処理条件の下で検証した。全工程共通の脱脂工程としては、50g/Lアルカリキレート脱脂剤に50℃で30分浸漬させるものとし、水洗工程としては、流水中に10分浸漬処理させるものとし、水滴の除去工程としては、エアブローにて処理するものとした。
【0125】
【表22】
【0126】
各工程において用いるテストピースとして、黄銅テストピースを用いた。各テストピースに各工程の溶出防止処理工程を施し、その後、Cd浸出量を測定した。各処理工程後のCd浸出量の測定結果を表23に示す。
【0127】
【表23】
【0128】
表23に示すように、混酸との混合溶液において、NiイオンのものとCuイオンのものは挙動が大きく異なり、Cuイオンのものは酸の存在下でCdと置換が確認されなかった。この混酸との混合溶液において、NiイオンとCuイオンの挙動の違いは、各元素のイオン化傾向によるものと思われる。ここで、主要元素のイオン化傾向を図10に示す。
【0129】
図10において、NiはCdよりも貴な金属であるが、混酸のH(水素)よりは卑な位置にあるので、混酸と硝酸Niが混合しても影響を受けることなく、NiとCdの置換反応が進む。一方、Cuは、混酸のHに対しても貴な位置にあるので、混合溶液中に多数存在するHとCuとの置換が先に起こることになる。したがって、CuはCdとは置換せずに黄銅テストピース上に付着し、浸出試験を行うと残存するCdと付着Cuのガルバニック腐食が促進され、その結果、Cdの浸出が未処理に対して著しく増大してしまうと考えられる。
【0130】
以上のことから、実際の製造工程上で適用可能なものは、工程1〜工程5までと言える。続いて、工程1〜工程5までの各工程における最適条件の絞込みを黄銅テストピースの浸出試験により実施した。このときの黄銅テストピースの未処理時における各元素の浸出量を表24に示す。
【0131】
【表24】
【0132】
工程1の硝酸Ni置換処理工程において、硝酸Niの濃度と処理時間の水準を適宜の値に割り振り、各条件にて黄銅テストピースの浸出試験を実施した結果を表25に示す。このとき、硝酸Ni濃度を、硝酸Niの溶解限界である3.0mol/Lまで水準として割り振った。
【0133】
【表25】
【0134】
工程2の硝酸銅置換処理工程において、硝酸銅の濃度と処理時間の水準を適宜の値に割り振り、各条件にて黄銅テストピースの浸出試験を実施した結果を表26に示す。このとき、硝酸銅の濃度を、硝酸銅の溶解限界である6.0mol/Lまで水準として割り振った。
【0135】
【表26】
【0136】
工程3の硝酸Ni置換処理工程において、硝酸Niの濃度と処理時間の水準を適宜の値に割り振り、各条件にて黄銅テストピースの浸出試験を実施した結果を表27に示す。
【0137】
【表27】
【0138】
工程4の硝酸銅置換処理工程において、硝酸銅の濃度と処理時間の水準を適宜の値に割り振り、各条件にて黄銅テストピースの浸出試験を実施した結果を表28に示す。
【0139】
【表28】
【0140】
工程5の硝酸Ni置換処理工程において、硝酸Niの濃度と処理時間の水準を適宜の値に割り振り、各条件にて黄銅テストピースの浸出試験を実施した結果を表29に示す。このとき、硝酸Niの濃度を、硝酸Niの溶解限界である3.0mol/Lまで水準として割り振った。
【0141】
【表29】
【0142】
上記のCdの浸出試験結果のみでは工程1〜工程5まで共に差異が無く、それぞれの硝酸Ni、硝酸銅の濃度は、最低の0.06mol/L、処理時間は最短の5分、処理温度は常温で可能であるが、後述する実施例5の皮膜処理工法とは異なり、Cd浸出量は、濃度・時間・温度条件を高めてもゼロにはならなかった。そこで、Cdと同時に測定したCu、Zn、Ni、及びPbも合わせて最適化条件を検討した。なお、以降に示した浸出量の単位のμg/Lについて、1mg/L=1000μg/Lの関係になっている。
【0143】
処理温度と処理時間との関係について、工程1の硝酸Ni置換処理にて母材に含まれないNi浸出の度合いから処理温度の関係を図11より導く場合、0.6mol/L・50℃・5分と、0.6mol/L・常温25℃・30分のNi浸出データが同等であることから、25℃上昇で反応速度に6倍の差があることが確認できる。なお、温度の下限は、処理溶液の氷結防止のために10℃とし、温度の上限は、溶液中に溶け込んだ空気の気泡化や沸騰による気泡化による水栓金具内のエアーポケット防止のため50℃とした。この温度の上限・下限に対して最低限度必要な処理時間の関係を図12に示した。
【0144】
処理時間と処理濃度との関係について、工程1〜工程5までのCu、Zn、Niの浸出の挙動を表25〜表29までの浸出試験結果からそれぞれ対応させて図13〜図17までに示す。図において、全ての処理方法、濃度において5分でその挙動の大部分が終了し、10分以上経過すると、大きな変化は確認されなかった。処理温度を50℃に固定した場合、何れの処理工程においても、その濃度にかかわらず5分経過後にその反応がほとんど終了している。
【0145】
これらの工程のうち、工程1、工程3、工程5は、硝酸Ni置換工程を有するため、濃度が最大となる3.0mol/Lになるにつれてより反応は進むと考えられる。そこで、表25と表29の浸出試験結果からそれぞれ対応させて、その挙動を図18、図19に示した。図18、図19において、Cd浸出量の最小、最大側である工程1、工程5における硝酸Ni置換工程について濃度と浸出量との関係を表したが、何れの場合にも、濃度0.6mol/L付近で頭打ちの状態となり、それ以上の濃度に設定してもその効果を期待することができないことが確認された。
【0146】
銅とNiの置換処理能力の差について、上記の表27と表28とを比較した場合、Cd浸出量の低減効果はほぼ同等であるが、このCd以外の元素の浸出も図20に示したとおり、銅とNiでは同等であることから、銅とNiの置換処理能力の差はほとんどないものと言える。
【0147】
硝酸銅置換工程を有する工程2、及び工程4では、MAX濃度6.0mol/Lになるにつれ反応は進むと思われたが、工程2、工程4における硝酸銅置換工程においても、0.6mol/L付近で十分に効果が発揮できることがわかった。
【0148】
めっき処理と硝酸Ni、硝酸銅との置換処理の浸出傾向の違いをそれぞれ比較すると、めっき処理、置換処理の双方ともに新たに供給される元素が表面に付着することになるが、各浸出試験において、表30の工程の違いによる「各種硝酸Ni置換」と「Niめっき」、表31の「各種硝酸銅置換」と「銅めっき」の浸出量の結果をそれぞれ比較すると、その挙動はそれぞれ大きく異なっている。これは、置換処理は、供給される元素がめっき処理とは異なり、酸化された状態で置換がおこなわれるため、テストピース表面に酸化膜が形成され、供給される元素による水への溶け出しがめっき処理よりも著しく低減されると考えられる。これにより、カドミウムの浸出を低減させる場合、めっき処理よりも置換処理が浸出低減効果が優れていると言える。
【0149】
【表30】
【0150】
【表31】
【実施例4】
【0151】
オレイン酸を不飽和脂肪酸とし、この不飽和脂肪酸に黄銅を浸漬させてこの黄銅に有機皮膜を施し、この皮膜形成した銅合金のカドミウム浸出試験を実施した。
試験に用いた試験品として、銅合金からなるボールバルブ、ゲート弁と、カドミウムを180〜200ppm含有している前述の黄銅テストピースを用いた。
【0152】
表32において、試験品1〜3はサイズ1/2黄銅製600型ボールバルブであり、その接液面積比は、4568cm2/Lである。試験品4、5はサイズ1/2黄銅製125型ゲート弁、試験品6はサイズ1/2青銅製125型ゲート弁であり、これらの接液面積比は2174cm2/Lである。試験品7、8はサイズ3/4黄銅製125型ゲート弁であり、その接液面積比は2000cm2/Lである。試験品9は、前述した黄銅テストピースである。
【0153】
カドミウム浸出試験前の処理として、前述した浸漬の場合と同様に、黄銅テストピースに脱脂工程、水洗工程を実施した後に、皮膜形成工程として、オレイン酸0.8wt%の不飽和脂肪酸(有機皮膜水溶液)の中に黄銅テストピースを50℃にて5分浸漬させてカドミウムの溶出防止処理を施した。この皮膜形成処理後には、エアブロー工程、乾燥工程を施した。エアブロー工程としては、黄銅テストピースにエアブローを適宜の時間施して有機皮膜水溶液を除去した。乾燥工程としては、70℃の恒温乾燥炉内に30分黄銅テストピースを入れ、この黄銅テストピースを乾燥させた。これらの工程を経た後の黄銅テストピースのカドミウム浸出試験の結果を表32に示す。表中、未処理カドミウムとは、表2に示したコンディショニング無し浸出試験の実測値であり、混酸処理とは、皮膜形成工程前に、0.6mol/L硝酸と0.047mol/L塩酸から成る混酸により銅合金を洗浄したものである。
【0154】
【表32】
【0155】
表32の結果より、有機物質により皮膜を形成したカドミウムの浸出量(表21における有機皮膜のみ カドミウム)は、未処理(表32における未処理 カドミウム)と比較して、何れの試験品の場合にも少ない量に抑えられている。これは、オレイン酸やリノール酸のような不飽和脂肪酸により亜鉛と結合して固溶しているカドミウムの浸出が抑えられたためである。
【0156】
更に、皮膜形成処理をおこなう前に混酸処理を施すことにより、表32に示すように皮膜処理工程のみの場合よりもカドミウム浸出量が抑えられた。このように、皮膜処理を施す対象物が銅合金である場合、処理前に酸処理をおこなうことにより効果を高めることができた。この理由としては、特に、鋳造後においては表層に鉛・鉄・アルミニウムなどの偏析物が多く、オレイン酸やリノール酸のような不飽和脂肪酸と結合しやすい亜鉛が表層に表れにくいためである。この表層の介在物を酸処理で取り除くことにより、銅合金表面への皮膜処理が促進され、カドミウムの浸出が低減された。
【実施例5】
【0157】
前述の黄銅テストピースを用いて、図6の工程における皮膜形成工程で用いる不飽和脂肪酸の濃度差を変えたときのカドミウム浸出量の変化を測定し、その濃度差により生じる浸出低減効果を検証した。使用する不飽和脂肪酸は、オレイン酸を代表として含むものとした。なお、オレイン酸は水に不溶で油水分離してしまい、直接水で希釈することができない。そこで、溶剤成分によりオレイン酸を水に溶解させた有機皮膜水溶液を水で希釈することによって、オレイン酸の濃度の水準を適宜の値に割り振った。このときの皮膜形成工程においては黄銅テストピースを50℃にて5分浸漬させるものとし、その後、エアブロー工程、乾燥工程を施した。エアブロー工程としては、黄銅テストピースにエアブローを適宜の時間施して有機皮膜水溶液を除去し、乾燥工程としては、70℃の恒温乾燥炉内に30分、黄銅テストピースを入れてこれを乾燥させた。
【0158】
このときの黄銅テストピースの未処理時における各元素の浸出量は、前述した表24に示したものである。オレイン酸濃度の水準は、表33に示すように割り振られ、このときの黄銅テストピースにおける各元素の浸出量を同表中に示している。
【0159】
【表33】
【0160】
表33の結果より、オレイン酸濃度が0.004wt%以上のときに各元素の浸出量が少ないと言える。よって、オレイン酸濃度≧0.004wt%とした場合に、効果的に皮膜処理を施すことができる。この場合、オレイン酸濃度のより濃いほうが皮膜処理の点では有効であるが、水に不溶であるオレイン酸を、溶剤成分を利用して水に溶かして非引火性の有機皮膜溶液とさせるためには、表33に示したオレイン酸濃度を、オレイン酸濃度≦16.00wt%とし、16.00wt%を濃度の上限とすることが望ましい。
【0161】
表33に用いた黄銅テストピースの接液面積比は1256cm2/Lであるが、表3で用いた試験品1〜3の黄銅製600型ボールバルブの接液面積比は4568cm2/Lであり差は約3.64倍である。よって、表33のデータに3.64を乗じると黄銅製600型ボールバルブ相当の数値と見なせ、オレイン酸濃度が0.004wt%の時は0.008mg/Lとなり、オレイン酸濃度が0.0016wt%の時は0.067mg/Lとなる。なお、これら相当する実測値に対し、バルブはJIS S3200−7に定められた配管途中に設置される給水用具で、その新基準値0.003mg/Lと比較するための補正値は、実測値×0.04となり、オレイン酸濃度が0.0016wt%の時は0.003mg/Lとなってしまうため、オレイン酸濃度が0.004wt%以上が下限となる。
【0162】
前述した図5の結果より、オレイン酸は、亜鉛並びに黄銅中の亜鉛と結合するため、表33において亜鉛の浸出低減がなされている。さらに、銅についても、同様に浸出低減がなされている。
【0163】
一方、乾燥工程での恒温乾燥炉内の温度についても、合わせて実験を行なった。このときの条件としては、70℃の恒温乾燥炉内に30分、50℃の恒温乾燥炉内に30分、25℃の常温下に長時間(144時間)放置するものとした。テストピースとしては、表面研磨した電気亜鉛を素材としたテストピース、表面研磨した素材に30μm厚のカドミウムめっきを施したテストピース、30μm厚のカドミウムめっきを施したものに不飽和脂肪酸のオレイン酸若しくはリノール酸の皮膜を形成したテストピースとした。
【0164】
このとき、有毒なカドミウムめっきについてもめっき品にて同様に実験を行なった。カドミウムは空気中で劣化しやすく、図21、図22の写真に示すように、めっき処理のみでは表面に酸化皮膜が形成されて変色が生じる。そのため、30μm厚のカドミウムめっきを施したテストピースを図23、図24の写真に示したように表面研磨し、めっき表面に形成された酸化皮膜を取り除いた。
各テストピースのFT−IR分析によるオレイン酸やリノール酸の有機物質の皮膜の存在状態を図25に示す。
【0165】
図25の結果より、不飽和脂肪酸のオレイン酸とリノール酸の皮膜は、乾燥工程での恒温乾燥炉内の温度50℃で30分の条件で亜鉛上でもカドミウム上でも皮膜を形成できることが確認された。さらに、亜鉛上においては、常温下で144時間放置しても皮膜を形成することが確認されたが、実際の製品に対して長時間の処理を施すことは経済的に有意義ではないといえる。
乾燥工程における恒温乾燥炉内の下限温度は50℃であることが確認され、一方、上限温度については、温度が高いほどより高い効果が期待できるものの、70℃を超えると有機皮膜水溶液の水分が沸騰に伴う泡を発しながら蒸発するため皮膜の形成には好ましいことではない。そのため、乾燥工程における恒温乾燥炉内の好適な温度は70℃程度とすることが好ましいといえる。
【実施例6】
【0166】
続いて、上述した実施例3における硝酸Ni置換工程または硝酸銅置換工程を含む処理工程と、実施例5の皮膜形成工程を含む処理工程とを組合わせた場合のカドミウム溶出防止処理工程を検証した。この場合の各カドミウムの溶出防止工程を図26〜図30にそれぞれ示しており、図26におけるカドミウム溶出防止工程を工程7、図27を同工程8、図26を同工程9、図29を同工程10、図30を同工程11とする。
【0167】
使用する不飽和脂肪酸は、オレイン酸0.8wt%を代表とした。皮膜形成工程では、黄銅テストピースを50℃にて5分浸漬させて、その後、エアブロー工程、乾燥工程を施した。エアブロー工程としては、黄銅テストピースにエアブローを適宜の時間施して有機皮膜水溶液を除去した。乾燥工程としては、70℃の恒温乾燥炉内に30分黄銅テストピースを入れ、この黄銅テストピースを乾燥させた。
このときの黄銅テストピースの未処理時における各元素量の浸出量は、前述した表24に示したものである。
【0168】
工程7の硝酸Ni置換処理工程で用いる硝酸Niの濃度と処理時間の試作水準を割り振り、試作後に行なった浸出試験結果を表34にまとめた。
【0169】
【表34】
【0170】
工程8の硝酸銅置換処理工程で用いる硝酸銅の濃度と処理時間の試作水準を割り振り、試作後に行なった浸出試験結果を表35にまとめた。
【0171】
【表35】
【0172】
工程9の硝酸Ni置換処理工程で用いる硝酸Niの濃度と処理時間の試作水準を割り振り、試作後に行なった浸出試験結果を表36にまとめた。
【0173】
【表36】
【0174】
工程10の硝酸銅置換処理工程で用いる硝酸銅の濃度と処理時間の試作水準を割り振り、試作後に行なった浸出試験結果を表37にまとめた。
【0175】
【表37】
【0176】
工程11の硝酸Ni置換処理工程で用いる硝酸Niの濃度と処理時間の試作水準を割り振り、試作後に行なった浸出試験結果を表38にまとめた。
【0177】
【表38】
【0178】
表25と表34、表26と表35、表27と表36、表28と表37、及び表29と表38の結果比較により、実施例3と実施例5を組合わせた工程によって、より一層のCdの浸出低減が図られた。さらに、Cu、Zn、及びNiにおいても浸出低減が確認された。
なお、本発明においては、バルブ、管継手、水栓等の銅合金製配管器材について述べたが、これに限定されるものではなく、例えば、高い熱伝導度が要求される銅合金製食品加工器具、銅合金製調理器具や、抗菌性が要求される銅合金製食品保存容器、銅合金製飲料保存容器にも適用できる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、バルブ・管継手、水栓等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法とこれを用いた銅合金製配管器材並びに皮膜形成剤に関する。
【背景技術】
【0002】
青銅や黄銅等の銅合金は、鋳造性、機械加工性、並びに経済性にも優れ、かつ、その他の材料が発揮することが困難な高い抗菌作用が得られるため、水道用、給水給湯用のバルブ・管継手、ストレーナ、水栓等の配管器材の材料として一般的に多く用いられている。この銅合金は、銅や亜鉛、スズなどの様々な金属元素から成っており、このうち、亜鉛の中には、その化学的挙動や性質が似ていることからカドミウムが固溶した状態になっている。カドミウムは有害元素であり、人体に悪影響を及ぼすためその水質基準の見直しが進められているが、その溶出源の多くは配管器材からであるため、配管器材からの溶出を抑えることが極めて重要になっている。
【0003】
この種の配管器材を銅合金により製作する場合には、銅合金を構成する各元素を集めて一から製作するとコスト高になるため、一般的には、銅合金スクラップ等を回収し、炉で溶解して再利用することが多くなっている。この場合、国内においては、天然亜鉛鉱石から精製した最純亜鉛、特殊亜鉛、普通亜鉛などの電気亜鉛や、或は蒸留亜鉛が用いられることが多い。一方、国外では、一度ダイキャスト品などの亜鉛製品として流通した製品のリサイクル品や鋳造の過程で発生する酸化亜鉛を再度利用した再生亜鉛インゴットが使われることが多い。
【0004】
この場合、カドミウムの含有量を抑えることによりこのカドミウムの溶出を防ぐようにした銅合金として、例えば、特許文献1の耐孔食性銅基合金管材が知られている。この銅基合金管材は、亜鉛、燐を含有し、非酸性化雰囲気中において600℃〜1050℃、1分〜5時間の条件で熱処理された管材である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−247923号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、銅合金スクラップを再利用して配管器材を設ける際に電気亜鉛を用いた場合には、カドミウムの含有を少なくすることは可能になるが、コストが大幅に上昇する。一方、蒸留亜鉛は、カドミウムを多く含有しているため、この蒸留亜鉛を再利用した配管器材にはカドミウムが混入しやすくなる。特に、亜鉛の比率の大きい黄銅には多くのカドミウムが含まれることになり、銅成分の含有割合の大きい銅合金スクラップに亜鉛を追加すると更にカドミウムが多く含まれてこのカドミウムが溶出しやすい黄銅になるおそれもある。
また、再生亜鉛インゴットにも、その収集・再生過程でカドミウムが発生しやすくなり、カドミウムの含有割合が天然亜鉛鉱石により精製された蒸留亜鉛に近くなることになり、上記と同様にカドミウムが溶出しやすい黄銅になるおそれがある。
【0007】
一方、特許文献1の耐孔食性銅基合金管材は、銅合金スクラップ等を材料として再利用することを前提としておらず、あらたに材料を用いて銅合金中のカドミウムの含有量を抑えるように設けたものであるから、コストアップに繋がっていた。
【0008】
本発明は、上述した実情に鑑み、鋭意検討の結果開発に至ったものであり、その目的とするところは、カドミウムを含有する銅合金を再利用して銅合金製配管器材を設けることができ、この銅合金製配管器材からのカドミウムの溶出を抑制するバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法及びその銅合金製配管器材並びに皮膜形成剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するため、請求項1に係る発明は、カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部を、カドミウムよりも貴な金属を含有する金属塩水溶液内に浸漬させ、この配管器材の接液部表層のカドミウムを貴な金属と置換させてカドミウムの溶出を抑制したバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法である。
【0010】
請求項2に係る発明は、貴な金属を銅とし、この銅を含有する硝酸銅、硫酸銅、酢酸銅のうちの何れか一種以上からなる金属塩水溶液としたバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法である。
【0011】
請求項3に係る発明は、配管器材の接液部にNiCrめっきを施したバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法である。
【0012】
請求項4に係る発明は、カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部に不飽和脂肪酸からなる有機物質により皮膜を形成し、この配管器材の接液部表層の亜鉛を被覆して亜鉛中に固溶しているカドミウムの溶出を抑制したバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法である。
【0013】
請求項5に係る発明は、不飽和脂肪酸は、モノ不飽和脂肪酸又はジ不飽和脂肪酸等を含有した有機物質であるバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法である。
【0014】
請求項6に係る発明は、不飽和脂肪酸は、モノ不飽和脂肪酸のオレイン酸又はジ不飽和脂肪酸のリノール酸等を含有した有機物質であるバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法である。
【0015】
請求項7に係る発明は、モノ不飽和脂肪酸のオレイン酸は、オレイン酸濃度を0.004wt%以上で、16.00wt%以下としたバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法である。
【0016】
請求項8に係る発明は、配管器材を酸又はアルカリ系の溶液で洗浄した後に、不飽和脂肪酸からなる有機物質で皮膜を形成したバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法である。
【0017】
請求項9に係る発明は、カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部を、カドミウムよりも貴な金属を含有する金属塩水溶液内に浸漬させ、この配管器材の接液部表層のカドミウムを貴な金属と置換させ、次いで、この接液部に不飽和脂肪酸からなる有機物質により皮膜を形成し、この配管器材の接液部表層の亜鉛を被覆することでカドミウムの溶出を防止したバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法である。
【0018】
請求項10に係る発明は、カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部表層の鉛を含有する偏在金属成分を、硝酸と塩酸とを含有する混酸によって洗浄し、接液部表層からカドミウムよりも貴な金属もしくはその金属塩を溶出させて、混酸中に溶出した金属もしくはこの金属塩を構成する金属と接液部表層のカドミウムとを置換させてカドミウムの溶出を抑制したバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法である。
【0019】
請求項11に係る発明は、混酸は、カドミウムよりも貴で且つ水素よりも卑な金属を含有するバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法である。
【0020】
請求項12に係る発明は、カドミウム溶出防止方法を用いて、少なくとも接液部表層のカドミウムの溶出を抑制したバルブ・管継手等の銅合金製配管器材である。
【0021】
請求項13に係る発明は、不飽和脂肪酸からなる有機物質により、カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部表層に皮膜を形成する皮膜形成剤である。
【発明の効果】
【0022】
請求項1に係る発明によると、接液部表層のカドミウムを貴な金属と置換させてこの部分からのカドミウムの溶出を抑制することができる。そのため、カドミウムを含有する銅合金を再利用してバルブ・管継手、ストレーナ、水栓等の銅合金製配管器材を設けた場合であってもカドミウムの溶出量を抑えることができる。しかも、銅合金スクラップとして低コストではあるがカドミウムの多く含まれる蒸留亜鉛や再生亜鉛インゴットを材料とし、表層のみのカドミウム溶出防止処理をおこなうことにより、銅合金全体のカドミウム含有量を抑える場合に比較して処理部分を少なくできるため、処理設備や作業も簡略化できる。更に、鋳造等の成形段階ではなく、形成後の配管器材に対して容易に処理を施すことができるため、延いては、短時間で大量の配管器材のカドミウムの溶出防止を図ることができる。また、カドミウムの溶出を防止していることで亜鉛の溶出も抑えることができる。
【0023】
請求項2に係る発明によると、配管器材の表面層を侵すことなくカドミウムの溶出防止処理を実施でき、配管器材が有する外部表面の美観、耐食性、耐摩耗性などの特性を確保できる。
【0024】
請求項3に係る発明によると、NiCrめっきを侵すことなくカドミウムの溶出を防止し、このNiCrめっきによって、装飾性に優れた水栓金具や、耐食性や操作性などの機能性に優れたボールバルブ等の配管器材を形成可能となる。
【0025】
請求項4に係る発明によると、接液部表層の銅合金中の亜鉛を皮膜で覆うことにより、カドミウムの抑制を防止することができる。そのため、カドミウムを含有する銅合金を再利用してバルブ・管継手、ストレーナ、水栓等の銅合金製配管器材を設けた場合であってもカドミウムの溶出量を抑えることができる。しかも、皮膜の形成後には、不飽和脂肪酸が有する二重結合によって銅合金中に含まれる亜鉛と結合する分子の間隔が狭まって、皮膜の密度が増すことでカドミウムの溶出を確実に防ぐことが可能になる。このため、銅合金スクラップとして低コストではあるがカドミウムの多く含まれる蒸留亜鉛や再生亜鉛インゴットを材料とし、表層のみのカドミウム溶出防止処理をおこなうことにより、銅合金全体のカドミウム含有量を抑える場合に比較して処理部分を少なくできるため処理設備や作業も簡略化できる。更に、鋳造等の成形段階ではなく、形成後の配管器材に対して容易に処理を施すことができ、延いては、短時間で大量の配管器材のカドミウムの溶出防止を図れる。また、カドミウムの溶出を防止していることで亜鉛の溶出も抑えることができる。
【0026】
請求項5に係る発明によると、不飽和脂肪酸の中でも、天然中に豊富に存在することから経済性に優れ、量産性に向いたモノ不飽和脂肪酸やジ不飽和脂肪酸により接液部表層の銅合金中の亜鉛を皮膜で覆うことにより、カドミウムの溶出を抑制することができる。
【0027】
請求項6に係る発明によると、皮膜の密度を向上させてカドミウムの溶出防止機能を高めるとともに、酸化を防いで臭いの発生を防止できる。
【0028】
請求項7に係る発明によると、効果的に皮膜処理を施してカドミウムの溶出防止機能を高め、臭いの発生防止効果も高めることが可能になる。
【0029】
請求項8に係る発明によると、洗浄した後に皮膜を形成することで、カドミウムの溶出量をより少なく抑えることが可能になる。
【0030】
請求項9に係る発明によると、接液部表層のカドミウムを貴な金属と置換させ、この接液部表層の亜鉛を、不飽和脂肪酸からなる有機物質で形成した皮膜で覆うことにより、これらの処理を組合わせることでカドミウムの溶出防止効果を高めることが可能になり、それぞれの処理を単独でおこなう場合よりもカドミウムの溶出を抑えることが可能になる。
【0031】
請求項10に係る発明によると、接液部表層のPbを含有する偏在金属成分を混酸によって洗浄し、接液部表層から溶出させた金属で接液部表層のカドミウムを置換させてカドミウムの溶出を防止することができる。これにより、接液部表層のカドミウムを貴な金属と置換させてこの部分からのカドミウムの溶出を防止することができる。そのため、カドミウムを含有する銅合金を再利用してバルブ・管継手、ストレーナ、水栓等の銅合金製配管器材を設けた場合であってもカドミウムの溶出量を抑えることができる。しかも、銅合金スクラップとして低コストではあるがカドミウムの多く含まれる蒸留亜鉛や再生亜鉛インゴットを材料とし、表層のみのカドミウム溶出防止処理をおこなうことにより、銅合金全体のカドミウム含有量を抑える場合に比較して処理部分を少なくできるため、処理設備や作業も簡略化できる。更に、鋳造等の成形段階ではなく、形成後の配管器材に対して容易に処理を施すことができるため、延いては、短時間で大量の配管器材のカドミウムの溶出防止を図ることができる。また、カドミウムの溶出を防止していることで亜鉛の溶出も抑えることができる。
【0032】
請求項11に係る発明によると、混酸によってカドミウムを置換させることにより接液部表層のカドミウムを確実に取り除いて、このカドミウムの溶出を防ぐことが可能になる。
【0033】
請求項12又は請求項13に係る発明によると、接液部表層からのカドミウムの溶出を防止しつつ、カドミウムを含有する銅合金のスクラップ等を再利用して形成することができ、バルブ・管継手、ストレーナ、水栓等の各種の銅合金製配管器材と皮膜形成剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】カドミウムの置換による溶出防止工程の第1の例を示すフローチャートである。
【図2】カドミウムの置換による溶出防止工程の第2の例を示すフローチャートである。
【図3】カドミウムの置換による溶出防止工程の第3の例を示すフローチャートである。
【図4】カドミウムの不飽和脂肪酸からなる有機物質の皮膜による溶出防止工程を示すフローチャートである。
【図5】FT−IR分析による分析結果を示したグラフである。
【図6】図4の溶出防止工程に混酸による洗浄工程を導入した溶出防止工程を示すフローチャートである。
【図7】(a)は、工程1を示すフローチャートである。(b)は、工程2を示すフローチャートである。
【図8】(a)は、工程3を示すフローチャートである。(b)は、工程4を示すフローチャートである。
【図9】(a)は、工程5を示すフローチャートである。(b)は、工程6を示すフローチャートである。
【図10】主要元素のイオン化傾向を示した説明図である。
【図11】工程1における硝酸Ni置換処理における処理条件と金属元素の浸出量との関係を示したグラフである。
【図12】図11における処理温度と処理時間との関係を示したグラフである。
【図13】工程1における処理時間と金属元素の浸出濃度との関係を示したグラフである。
【図14】工程2における処理時間と金属元素の浸出濃度との関係を示したグラフである。
【図15】工程3における処理時間と金属元素の浸出濃度との関係を示したグラフである。
【図16】工程4における処理時間と金属元素の浸出濃度との関係を示したグラフである。
【図17】工程5における処理時間と金属元素の浸出濃度との関係を示したグラフである。
【図18】工程1における硝酸Ni濃度と金属元素の浸出量との関係を示したグラフである。
【図19】工程5における硝酸Ni濃度と金属元素の浸出量との関係を示したグラフである。
【図20】硝酸Ni置換処理と硝酸銅置換処理の置換処理能力を示したグラフである。
【図21】カドミウムめっき品の表面を示した顕微鏡写真である。
【図22】図21の拡大写真である。
【図23】表面研磨したカドミウムめっき品の表面を示した顕微鏡写真である。
【図24】図23の拡大写真である。
【図25】カドミウムめっき品のFT−IR分析による分析結果を示したグラフである。
【図26】工程7における溶出防止工程を示したフローチャートである。
【図27】工程8における溶出防止工程を示したフローチャートである。
【図28】工程9における溶出防止工程を示したフローチャートである。
【図29】工程10における溶出防止工程を示したフローチャートである。
【図30】工程11における溶出防止工程を示したフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下に、本発明におけるバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法とこれを用いた銅合金製配管器材の実施形態を説明するが、その前に、対象となる銅合金とこの銅合金に含有される亜鉛インゴット中における、一般的なカドミウムの含有割合を説明する。本発明のカドミウム溶出防止方法では、電気亜鉛と比べて安価な蒸留亜鉛や再生亜鉛をその対象としているが、これらの成分と比較するために電気亜鉛の成分割合についても記している。なお、本発明により電気亜鉛にカドミウム溶出防止処理を施すようにしてもよい。
【0036】
先ず、亜鉛インゴット中のカドミウムの含有割合に関して、JIS H2107に規定されている亜鉛地金成分(電気亜鉛と蒸留亜鉛)について、その成分割合(%)を表1に示す。また、再生亜鉛の地金成分を一例として表2に挙げる。表1において、最純亜鉛地金、特殊亜鉛地金、普通亜鉛地金は、電気亜鉛であり、蒸留亜鉛地金特種、蒸留亜鉛地金1種、蒸留亜鉛地金2種は、蒸留亜鉛である。
【0037】
【表1】
【0038】
【表2】
【0039】
表1に示すように、蒸留亜鉛は、電気亜鉛に比較してカドミウムの含有割合が高くなっており、これにより電気亜鉛よりもカドミウムが溶出しやすいといえる。一方、表2に示した再生亜鉛についても、カドミウムの含有割合が高くなっており、カドミウムは溶出しやすいといえる。しかも、再生亜鉛は、収集・再生過程で供給される材料に依存するため、カドミウムの含有割合は必ずしも一定ではなく、表の値よりも大きくなる可能性は十分にある。
【0040】
続いて、カドミウムが固溶した亜鉛インゴットで作られた銅合金中のカドミウムの含有割合と、この銅合金におけるカドミウムの浸出(溶出)試験の結果を表3に示す。ここで、固溶とは、結晶構造の中に他の原子が入り込んでも、元の結晶構造の形を保って固体状態で混じり合っている状態をいう。また、表中におけるコンディショニングとは、JIS S3200−7 浸出性能試験で定義された方法で、14日間のうち少なくとも9回時間を空けずに浸出液を交換する作業であり、この作業を行なったものをコンディショニング有り浸出試験、行われなかったものをコンディショニング無し浸出試験という。
【0041】
カドミウムは、常温において理論上約900ppmの割合で亜鉛インゴット中に固溶可能であり、鉛とは異なり銅合金中に溶け込んだ状態になっている。このことから、銅合金からなるボールバルブ、ゲート弁と、銅合金スクラップと蒸留亜鉛や再生亜鉛インゴット(カドミウムを738ppm含有している亜鉛インゴット)を鋳造して作られた濃カドミウム状態の黄銅テストピース(以下、黄銅テストピースという)とを試験品とし、この試験品のカドミウムの含有分析、及び、JIS S3200−7に基づく水道水へのカドミウムの浸出量をそれぞれ測定した。
【0042】
なお、JIS S3200−7の定めにより、カドミウムをはじめ各元素の浸出測定を、ICP発光分光分析装置、又はICP質量分析装置にておこなった。ICP発光分光分析法及びICP質量分析法は、共に試料濃度に応じて得られる信号強度を標準試料と未知試料とで比較することによって濃度測定をおこなう分析方法である。したがって、得られた結果は、検出限界付近を除いて濃度にかかわらず有効数字2〜3桁で示される。
【0043】
ICP発光分光分析装置は、誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma)を励起源とした発光分光分析である。ICPに導入され励起された元素は、基底状態に戻るとき、元素特有の波長を持った電子波を発するため、これらの波長と強度を測定することにより元素の種類とその濃度を測定するものである。
一方、ICP質量分析装置は、ICPの中で多くの元素がイオンの状態にあることから、これら生じたイオンを質量分析器に導入し測定するものである。
【0044】
表3において、試験品1〜3はサイズ1/2黄銅製600型ボールバルブであり、その接液面積比(試験品の接液面積/試験品に最大限充填可能な容量)は、4568cm2/Lである。試験品4、5はサイズ1/2黄銅製125型ゲート弁、試験品6はサイズ1/2青銅製125型ゲート弁であり、これらの接液面積比は2174cm2/Lである。試験品7、8はサイズ3/4黄銅製125型ゲート弁であり、その接液面積比は2000cm2/Lである。
試験品9は黄銅テストピースであり、この黄銅テストピースは、スクラップなどにより作られた蒸留亜鉛や再生亜鉛インゴットを用いて形成された銅合金であり、その直径が20mm、厚さが10mmの円柱形状からなっており、接液面積比は1256cm2/Lである。
【0045】
【表3】
【0046】
表3の結果より、銅合金中のカドミウムの含有割合と、水道水への浸出量とには相関関係が見られ、カドミウム成分が多いほど水道水への浸出量は多くなる傾向になっている。ほぼ同一形状である黄銅製の試験品5と青銅製の試験品6とを比較した場合、カドミウムが固溶可能な亜鉛成分の多い黄銅製バルブである試験品5からのカドミウムの浸出量がより多くなった。
【0047】
表3のコンディショニング有りの浸出試験では、コンディショニング効果によって水道水中のミネラル分のスケールが銅合金製配管器材表面に被覆するため、何れの試験品もコンディショニング無し浸出試験に比較してカドミウムの溶出が抑えられているが、試験品を比較するにあたっては判別しにくくなるという理由から、以降についてはコンディショニング無し浸出試験により測定するものとする。
【0048】
上記の浸出試験の試験品9は、鋳肌面の黄銅テストピースである。この場合、同様に接水部分が鋳肌面製品である水栓金具等の見極めに役立つ。しかし、表4の通り、黄銅テストピースの全体的な成分分布を調査した蛍光X線分析に対し、鋳肌表層のみの成分分析を見ることのできるEPMA(Electron Probe Micro Analyzer)分析では元素成分が大きく異なる。今回用いたEPMA分析は、日本電子製JXA880RLの機器を用い、加速電圧15.0kV、照射電流1.198E−06A、ビーム径50μmにておこなった。
【0049】
これにより、本来微量含有金属である鉛、ビスマス、アルミニウムなどがEPMA分析により表層に偏析していることが確認された。また、この偏析は、表4の結果より、場所によってまちまちである。一方、表層の鋳肌面を切削除去した切削面の黄銅テストピースは、接水部分が切削面であることの多いバルブ等の見極めに役立つ。表4の通り、EPMA分析すべての観測点で金属成分の分布が同等であり、蛍光X線分析との差も少ない。
これは、黄銅中のカドミウム含有量とカドミウムの浸出量の相関を考察するのに有意義であり、配管器材におけるカドミウムの含有量と接液時のカドミウム浸出量を予測することが可能になる。
【0050】
【表4】
【0051】
試験品9の黄銅テストピースと比較するために、カドミウムを738ppm含有し、且つ試験品9と接液面積比が略同じ亜鉛インゴットを亜鉛テストピースとし、単にカドミウムの含有増減がカドミウムの浸出に影響するのか、この亜鉛テストピースのカドミウムの浸出試験を実施した。この試験結果を表5に示す。
【0052】
【表5】
【0053】
表5の結果より、同じ体積の亜鉛インゴットにおけるカドミウム含有量は、黄銅テストピースのカドミウム含有量(180〜200ppm)よりも高いという前提があるにもかかわらず、亜鉛テストピースではカドミウムの溶出はほとんど見られなかった。これにより、表3の銅合金におけるカドミウムの含有割合と浸出量との相関は、銅合金を構成する様々な元素の影響により生じているものであり、この相関は、銅合金特有のものであることが確認された。すなわち、少なくとも黄銅中にカドミウムが含有されている場合、カドミウムが固溶している亜鉛に比べて、カドミウムが浸出しやすいことが分かった。
【0054】
ところで、イオン化傾向において、カドミウムはE0=−0.40Vである。そのため、このカドミウムをE0=0Vの水素と比較して卑な金属として定義すると、酸やアルカリ系の溶液で洗浄したときにはこれらの溶液に溶解すると予想された。しかし、酸やアルカリの中にカドミウムを含有している黄銅テストピースを浸漬させたが、カドミウムの浸出低減を図ることはできなかった。
【0055】
その原因を探るために、試験品9と同じ黄銅テストピースの鋳肌面を切削除去した切削面の黄銅テストピースにて酸処理あるいはアルカリ処理前後のEPMA分析を行なった。酸処理は、硝酸0.6mol/L、塩酸0.047mol/Lの混酸とし、アルカリ処理は50g/LのNaOH水溶液とした。このEPMA分析結果を表6に示す。
【0056】
【表6】
【0057】
表6の結果より、酸処理ではカドミウムの成分に差はなく、アルカリ処理の場合は逆にカドミウムの成分が増えている。
【0058】
酸処理の場合には、カドミウムを含有している黄銅中の亜鉛層をカドミウムもろとも一緒に溶出させてしまっているので、結果として全面腐食と同じとなってしまっているために、表6の結果の通り、カドミウムの成分に差がないことになっている。
【0059】
アルカリ処理の場合には、両性金属である亜鉛は溶けるが、カドミウムは溶かさないため、黄銅中の亜鉛を選択的に溶かすことになってしまい、その結果としてカドミウムリッチになってしまう。或は、このアルカリ処理において、亜鉛と亜鉛に固溶しているカドミウムが溶け出るが、亜鉛と比べて相対的に貴であるカドミウムは銅合金の表面に再析出することもある。その結果、表6に示すように、カドミウムの成分が逆に増えることになる。
【0060】
続いて、浸出試験も合わせて行ない、その結果を表7に示している。表に示すように、酸処理、アルカリ処理共にカドミウム浸出を低減することはできなかった。よって、銅合金中のカドミウムを酸処理、又はアルカリ処理で取り除く方法は効果がない。なお、表7中、「未処理→SUSワイヤーブラスト処理」について、表層の偏析元素(鉛、アルミニウム、Bi)を除くために鋳肌黄銅テストピースにSUSワイヤーブラストを行って表面を研磨したものとし、これを全切削黄銅テストピースの代替とした。
【0061】
【表7】
【0062】
以上の事実を前提に、本発明におけるカドミウム溶出防止方法と銅合金製配管器材とこれを用いた銅合金製配管器材の実施形態を詳述する。
第一発明におけるカドミウム溶出防止方法は、カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部を、カドミウムよりも貴な金属を含有する金属塩水溶液内に浸漬させ、この配管器材の接液部表層のカドミウムを貴な金属と置換させてカドミウムの溶出を防止するようにしたものである。これにより、銅合金中のカドミウム含有量にこだわることなく、配管器材表層からのカドミウムの溶出量を減らすことにより、少なくとも接液部表層のカドミウムの溶出が抑制された銅合金製配管器材を得ることが可能になる。
【0063】
金属塩とは酸のH(水素)を金属イオンに置き換えた化合物のことであり、硝酸塩、硫酸塩、塩化物等のことである。
この金属塩の中には水に溶けることが可能なものがあり、その場合は陽イオンと陰イオンとなって溶解する。なお、水に溶けた際、陽イオンと陰イオンのつり合いがpHとなる。表8に、各金属塩水溶液とpH試験紙による実測値を示す。
【0064】
【表8】
【0065】
カドミウムよりも貴な金属となるNiや銅から成る金属塩水溶液中にカドミウムを含有する銅合金を浸漬させることで、イオン化傾向の違いにより溶液中のNiや銅などの貴な金属イオンと配管器材表層のカドミウムとを置換させることができる。表9は、置換処理前後の切削面カドミウム黄銅テストピースを用いたEPMA分析結果である。貴な金属にNiイオンを用いた物は、処理後にNiが増加し、CdとZnが減少している。貴な金属にCuイオンを用いた物は、処理後にCuが増加し、CdとZnが減少しZnの減少が大きい。なお、Cuイオンの場合は銅が酸化物として付着することから表9の金属元素以外に酸素の増加が著しくなっている。
【0066】
【表9】
【0067】
金属塩水溶液としては、硝酸塩、硫酸塩、酢酸塩などを用いればよい。一方、金属塩水溶液としては、ISO6509 耐脱亜鉛腐食試験で用いられ、銅合金中の亜鉛を溶出させることが知られている塩化銅も考えられるが、この塩化銅は、配管器材によく用いられるNiCrめっきを侵すため、金属塩水溶液として用いることには適していない。しかし、金属塩水溶液を硝酸銅、硫酸銅、酢酸銅とした場合、置換の処理段階において、カドミウムを溶かし易くなる。
また、前記のように、配管器材の接液部には、NiCrめっきを施すようにしてもよく、この場合、NiCrめっきが侵されることを防止することができる。
【0068】
一方、硝酸塩、硫酸塩、酢酸塩は、おのおの水への溶解量が大きく異なる。例えば、常温の水に対する溶解量を表10に示す。
【0069】
【表10】
【0070】
カドミウムを置換するには、水に溶解している銅イオンやNiイオンの総量が大きく影響することから、金属塩の中でも硝酸銅や硝酸Niが優れている。
【0071】
表3の試験品5と試験品6の比較より、カドミウムの浸出量の多い黄銅製の銅合金製配管器材は、逆に青銅製のものに対して鉛の含有は少ないことから、鉛を溶出除去するための表面処理をおこなわない場合が多い。よって、黄銅の場合、カドミウムの溶出防止処理として、図1に示す工程が考えられる。
【0072】
銅合金製配管器材の表面には錆止めのための防錆油が覆われていたり、切削のときの切削油が残存していたり、長期保存による埃、塵が表面に付着していることがある。これらが残存していると、カドミウムを効果的に溶出除去することができないため、脱脂工程によりこれらを除去しやすくするために表面から浮き上がらせる。
この脱脂工程は、例えば、アルカリ性キレート脱脂剤等に浸漬されることによりおこなわれる。
【0073】
水洗工程は、脱脂工程により防錆油や切削油、及び、埃や塵などを表面から浮き上がらせた後の脱脂剤を除去するためにおこなわれる。この水洗工程は、例えば、配管器材を図示しない槽内に投入し、手動にて揺動させた後に浸漬することによりおこなうようにする。この水洗工程により、油のような比重の軽いものは水面に浮遊し、比重の重いものは底に沈むことになり、浮遊した油を所定時間内に水のオーバーフローにより除去することが可能になる。
特に、対象とする配管器材の鋳肌表面の凹凸が激しく、前記水洗工程では除去が十分でない場合、表面にこびりついた埃、塵等が以降の浸漬処理で変色を引き起こす原因となる。このため、必要に応じて、再度水栓工程を実施するようにしてもよい。
【0074】
浸漬工程において、配管器材を金属塩水溶液内に浸漬させる場合には、配管器材を適宜の容器等に配置した上で、この配管器材を上記の硝酸銅、硫酸銅、酢酸銅のうちの何れかの金属塩水溶液に所定温度・所定時間で浸漬処理する。これにより、Cuイオンによって配管器材表層のカドミウムを置換してカドミウムの溶出防止を図ることができる。
【0075】
浸漬工程後の水洗工程は、水溶液や水溶液中のカドミウムイオンを除去するためにおこなわれ、この水洗工程により配管器材に付着した水溶液を超音波洗浄装置にて水洗いする。この水洗工程後には、水滴除去工程において、適宜の手段により配管器材に付着した水滴を除去する。
【0076】
近年、水質基準が厳しくなってきていることから、例えば、鉛やニッケルの溶出防止処理と本方法を組み合わせることも考えられる。その場合は、図2に示す工程など、酸又はアルカリ系の溶液で洗浄した後に実施するのもよい。なぜならば、表層に偏析した鉛やアルミニウムや、めっき処理によってもたらされためっき液残渣を取り除いてから、カドミウムを固溶した銅合金中の亜鉛に対してカドミウムの溶出防止処理がおこなえるからである。さらには、図3のように同時に行なう方法も考えられる。
【0077】
第二発明におけるカドミウム溶出防止方法は、カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部に、不飽和脂肪酸からなる有機物質により皮膜を形成し、この配管器材の接液部表層の亜鉛を被覆して亜鉛中に固溶しているカドミウムの溶出を抑制するようにしたものである。これにより、少なくとも接液部表層のカドミウムの溶出が抑制された銅合金製配管器材を設けることが可能になる。更に、銅合金表面に形成した皮膜は、水に不溶であるとともに、アルキル基の撥水性により水道水中のスケールを付着させない機能を有している。
【0078】
本方法も同様に、表3の試験品5と試験品6の比較より、カドミウムの浸出量の多い黄銅製の銅合金製配管器材は、逆に青銅製のものに対して鉛の含有は少ないことから、鉛を溶出除去するための表面処理はおこなわない場合が多い。よって、カドミウムの溶出防止処理として、図4に示す工程となる。
【0079】
不飽和脂肪酸とは、1つ以上の不飽和の炭素結合をもつ脂肪酸である。これらの不飽和脂肪酸は天然に多く見られ、不飽和の数によって分けられる。不飽和の炭素結合が炭化水素鎖中に1つあるものは、モノエン酸、1価不飽和脂肪酸、あるいはモノ不飽和脂肪酸と言う。複数の不飽和の炭素結合が炭化水素鎖中にあるものは、非共役ポリエン酸、多価不飽和脂肪酸といい、具体的に2つあるものはジ不飽和脂肪酸、3つあるものはトリ不飽和脂肪酸、4つあるものはテトラ不飽和脂肪酸、5つあるものはペンタ不飽和脂肪酸、6つあるものはヘキサ不飽和脂肪酸と言う。
【0080】
炭素結合の数が多いほど融点が低くなる。このことは、寒冷地に生息する魚類など変温動物にとって有利に働くことから、イワシに由来するイワシ酸やニシンに由来するニシン酸などがある。しかし、一方で不飽和炭素結合の数が多いほど自動酸化されやすく油脂の劣化が早く、工業化として皮膜剤の安定管理が難しくなる。しかも、天然での存在量が少ないため高額で、量産化に向けては皮膜が高コスト化してしまい不向きである。このため、モノ不飽和脂肪酸やジ不飽和脂肪酸に適している。
【0081】
不飽和脂肪酸は、IUPAC命名法によるIUPAC名と、それ以前より名前があるものは慣用名として2つが併用され、以下に不飽和脂肪酸を示す。天然物より産出されることの多い不飽和脂肪酸は、一般的に飽和脂肪酸や異なる不飽和脂肪酸が不可避不純物として混入することもあるが、作用に大きな悪影響を及ぼすことはない。表11においてはモノ不飽和脂肪酸、表12においてはジ不飽和脂肪酸、表13においてはトリ不飽和脂肪酸、表14においてはテトラ不飽和脂肪酸、表15においてはペンタ不飽和脂肪酸、表16においてはヘキサ不飽和脂肪酸の例をそれぞれ示している。
【0082】
【表11】
【0083】
【表12】
【0084】
【表13】
【0085】
【表14】
【0086】
【表15】
【0087】
【表16】
【0088】
不飽和脂肪酸は天然中に豊富に存在するが、主に存在する油糧種子などから抽出した粗油にはガム質、遊離脂肪酸、そしてカロチノイド系やクロロフィル系等の色素も混入しているため、これらを除去し精製した精製油や白絞油以上の純度のものが好ましい。なお、JAS規格においては数値化されており、オレイン酸70%以上のものが好ましく、その他不可避不純物を含有する。なお、主な不可避不純物を表17に示す。
【0089】
【表17】
【0090】
この場合、皮膜形成に用いる不飽和脂肪酸は、非水溶性であって、炭化水素鎖中の炭素数が10個以上のものが好ましい。特に、モノ不飽和脂肪酸のオレイン酸又はジ不飽和脂肪酸のリノール酸等の有機物質が好適である。これは、カドミウム溶出防止用の皮膜(保護膜)を形成するためのカドミウム溶出防止用保護膜形成剤としては、天然に多量に存在することから安価であり、また、安定ゆえ皮膜剤の管理が安易であるからである。
このような有機物質で皮膜を形成すると、この皮膜が銅合金中に含まれる亜鉛の上に形成され、その結果、亜鉛中に固溶しているカドミウムの溶出を防ぐことができる。
【0091】
ここでオレイン酸やリノール酸の有機物質による皮膜の存在について、FT−IR分析でも確認を行なった。FT−IRとは、フーリエ変換赤外分光光度計でフーリエ変換を利用して赤外光の各波長における強度分布を調べる装置である。赤外分光法とは、測定物質に赤外線を照射し透過光を分光することでスペクトルを得て対象物を見分けるものである。この赤外分光法において、スペクトルは、分子固有の形を示すため、表面研磨した黄銅テストピース及び電気亜鉛テストピース(Zn99.97%)上の皮膜をかき出し、FT−IR分析において赤外光を照射し、オレイン酸やリノール酸の有機物質による皮膜の存在状態を分析した。その結果を図5に示す。
【0092】
図5中に示したオレイン酸とリノール酸のピークでは、カルボキシル基の特徴を示す1750cm−1付近の独立峰ピークがはっきりと現れる。しかしながら、黄銅テストピース、及び電気亜鉛テストピース上の皮膜には1750cm−1の独立峰ピークは全く見られず、全て別の物質の変わったことがわかる。なお、電気亜鉛テストピースは、比較データとなるステアリン酸亜鉛と同位置にピークが動いているため、オレイン酸とリノール酸が化学反応して亜鉛と結合していることがわかる。一方、黄銅テストピースは、さらに比較データとなるステアリン酸の銅反応物のピークとも同位置にあるピークが見られるため、同様にオレイン酸とリノール酸が化学反応して銅リッチの表面にも結合していることがわかる。
【0093】
ところで、この不飽和脂肪酸による皮膜は、すべての金属と結合するわけではなく、例えば、ステンレス銅やアルミニウムなど空気や水中など酸素の供給によって不動態皮膜を形成できる金属表面には結合できない。従って、この皮膜は、亜鉛や黄銅など限られた金属表面でしか結合できないことがわかった。
【0094】
銅合金製配管器材に不飽和脂肪酸からなる有機物質の皮膜を形成する際には、上記した浸漬によるカドミウム溶出防止処理の場合と同様に脱脂工程、水洗工程を経た後に、浸漬工程において配管器材を不飽和脂肪酸である有機皮膜水溶液に所定温度・所定時間で浸漬処理する。これにより、銅合金製配管器材の表層に皮膜を形成してカドミウムの溶出防止を図ることができる。
【0095】
カドミウム溶出防止処理後には、エアブロー工程において、エアブローを銅合金製配管器材の表面に施して配管器材表面に付着している有機皮膜水溶液を除去し、かつ、配管器材表面に均一な皮膜を形成する。そのため、エアブロー処理を施す際には、このエアブローを強くして均一な状態で斑ムラを防ぐようにする。
その後、乾燥工程において、例えば、恒温乾燥炉等の炉に配管器材を入れ、所定温度にて所定時間乾燥させ、配管器材表面に均一な皮膜を形成させる。
【0096】
接液部にオレイン酸、リノール酸からなる不飽和脂肪酸で皮膜を形成した場合には、不飽和脂肪酸に含まれるカルボシキル基があり、本官能基とカドミウムが固溶している亜鉛と結合しやすくなり、特に、亜鉛が多いβ相を多く含有する黄銅においてカドミウムの溶出をより効果的に防止することが可能となる。
【0097】
その際、有機物質としては飽和脂肪酸も存在するが、皮膜を形成する上では不飽和脂肪酸が好ましく、その理由としては、双方の分子構造の違いが挙げられる。水に対して不溶性・撥水性を高める場合、アルキル基の長さが重要になり、飽和脂肪酸におけるアルキル基は、その長さが増すにつれて分子が自由に動き回る範囲が広がって広い立体空間の中に存在することになる。そのため、亜鉛と結合する飽和脂肪酸の分子の間隔が大きくなり皮膜として密度が粗くなって亜鉛が直接水分子と接する頻度が高まることになる。
【0098】
これに対して、不飽和脂肪酸の場合には、その分子構造内に二重結合が存在するため、この部分を軸に分子が平面構造になり、この分子が自由に動き回る範囲に制約が生じることになる。その結果、亜鉛と結合する分子の間隔が狭まって皮膜の密度を増すことができる。
【0099】
二重結合が多く含まれる不飽和脂肪酸として、例えば、ドコサヘキサエン酸(DHA)やニシン酸があるが、これらは数多くの二重結合によって酸化されやすいというデメリットがある。これらは、酸化すると腐敗臭が発生しやすくなるため、水道水などを流体とする銅合金製配管部材に使用することは好ましくない。
【0100】
そこで、銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止用として腐敗臭の発生を防ぐオレイン酸やリノール酸からなる不飽和脂肪酸を用いることが好ましい。
オレイン酸とリノール酸は、共に炭素数が18個の不飽和脂肪酸で、異なる点は、オレイン酸は分子構造内に二重結合が1つであり、リノール酸は分子構造内に二重構造が2つある点である。この二重結合の数差は、高温時での分子の安定性に違いを与える。具体的には、上述の通り配管器材表面に均一な皮膜を形成させるため乾燥工程にて高温下にさらすことになり、このことは、高温時での安定性に欠くリノール酸には不利となる。一般的に、リノール酸は安定して保存するために冷蔵保存を求められるくらいのものであり、安定性を要求される場合には、オレイン酸の方が適している。
【0101】
近年、水質基準が厳しくなってきていることから、例えば、鉛やニッケルの溶出防止処理と本方法を組み合わせることも考えられる。その場合は、酸又はアルカリ系の溶液で洗浄した後に実施するのもよい。一例として、酸溶液として0.6mol/L硝酸と、0.047mol/L塩酸から成る混酸による洗浄工程を導入したものを図6に示す。なぜならば、表層に偏析した鉛やアルミニウム、めっき処理によってもたらされためっき液残渣を取り除いてから、カドミウムが固溶した銅合金中の亜鉛に対してカドミウムの溶出防止処理がおこなえるからである。
【0102】
なお、カドミウム溶出防止のために金属に膜を形成する方法には、上記した有機薄膜以外にも、めっきによる薄膜形成も考えられる。通常、銅合金製配管器材には、水栓金具のように装飾性を向上させるためにNiCrめっきを施したり、ボールバルブのように機能性の向上を目的としてNiCrめっきを施す場合がある。このようなめっき処理を用いてカドミウムの溶出防止を図ろうとするためには、配管器材の接水部分を被覆する必要がある。そのため、バルブのボデーや水栓金具の胴などは、内面接水部分の被覆が難しい電気めっきの代わりに無電解めっきを施す場合がある。
【0103】
配管器材にめっき処理を施す場合、前記のNiCrめっき、Niめっき、銅めっき、スズめっき、亜鉛めっき、銀めっきなどが考えられるが、スズめっきや亜鉛めっきなどは一旦バルブを形成した後にその用途等に応じて個別に施すものであり、一様に施すことはできない。NiCrめっきは、要求されているめっきの処理精度を発揮できないものについては適用することが難しい。銅めっきやNiめっきは、後加工でNiCrめっきを施すことができるというメリットはあるが、水質基準や水質基準管理設定項目において定められた銅やNiの浸出基準値を超える可能性がある。そのため、銅やNiの浸出を低減する対策が必要になることがある。
【0104】
なお、本来はバルブや水栓金具の内面が対象となるため、回り込みに優れた電気めっきや無電解めっきなどがよいが、今回は黄銅テストピースを用い、各種電気めっきを行いカドミウムの浸出低減を調査した。また、今回はめっき皮膜によって影響を及ぼす他元素の浸出動向をチェックし、表18にまとめた。表18におけるNiCrめっきは、一般的な仕様条件の一つであるNiめっき8μm、Crめっき0.2μmのめっき厚とし、Niめっき、銅めっき、スズめっき、亜鉛めっき、銀めっきは、それぞれ1μmのめっき厚とした。
【0105】
【表18】
【0106】
表18のように、めっき処理を施した場合には、カドミウムの溶出をある程度抑えることは可能ではあるが、めっき材料自体が溶出するリスクがあらたに生じるため、好ましい処理方法ではない。
【0107】
カドミウムの浸出低減として、めっき皮膜は有意義であるが、この場合、めっきを形成する元素の浸出が大きくなる。これは、各種の元素の浸出量が決められている水質基準を考慮すると好ましいことではない。
例えば、銀めっき、金めっき、白金めっき、ロジウムめっき、パラジウムめっき、イリジウムめっきは、高コスト、スズめっきは軟硬度かつ外観美化が劣るというデメリットがあり、更に、これらのめっきを含む合金めっきを銅合金に施した場合も、めっき皮膜による高硬度化により、かじり、漏れなどの水道用器具の仕様そのものに悪影響を与えることがあるため、これらのめっきを施すことは好ましくない。
【0108】
前述したカドミウム溶出防止における第1の方法と第2の方法とを組合わせてもよく、第1の方法により、金属塩水溶液内に浸漬させた配管器材の接液部表層のカドミウムを貴な金属と置換させ、次いで、第2の方法により、この接液部表層に不飽和脂肪酸からなる有機物質により皮膜を形成して配管器材の接液部表層の亜鉛を被覆して亜鉛中に固溶しているカドミウムの溶出を防止させるようにしてもよい。この場合、これらの2つの処理方法により接液部を処理することで、カドミウムの溶出防止効果を一層高めることが可能になる。
【0109】
第三発明におけるカドミウム溶出防止方法は、カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部表層のPbを含有する偏在金属成分を、硝酸と塩酸とを含有する混酸により洗浄するようにし、接液部表層から、混酸中にあって、カドミウムよりも貴な金属、例えば、銅、Niが各々銅イオンやニッケルイオンとして溶出する。または、混酸中にあって、塩化銅、塩化ニッケル、硫酸ニッケル、水酸化ニッケルなどの金属塩を構成する銅やニッケルが銅イオン、ニッケルイオンとして同様に溶出する。この銅イオンやニッケルイオンと接液部表層のカドミウムとを置換させてカドミウムの溶出を防止するようにしたものである。
その際、混酸が、洗浄以前にカドミウムよりも貴で且つ水素よりも卑な金属を含有してもよい。
これらの場合、接液部表層の偏在金属成分(特にPb)を混酸で洗浄し、接液部表層から溶出させた金属によりカドミウムを置換させることで、このカドミウムの溶出の抑制が可能となる。
【実施例1】
【0110】
次に、本発明におけるバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法を適用した実施例を詳述する。
先ず、貴な金属に置換させるための金属塩水溶液として適したものを実験により確認する。ここで、前述したように銅合金配管器材にはNiCrめっきが施されたものが多いため、貴な金属イオンと対を成す陰イオンを変えた場合に、各陰イオンがNiCrめっき品に与える影響を目視により確認した。この結果を表19に示す。
【0111】
【表19】
【0112】
表19の結果より、塩化銅は、陰イオンである塩化物イオンによりNiCrめっきを侵すことが確認された。このため、塩化銅は金属塩水溶液として適していないといえる。
【実施例2】
【0113】
続いて、金属塩水溶液として上記の硝酸銅、硫酸銅、酢酸銅を用い、この金属塩水溶液に黄銅テストピースを浸漬させて、この浸漬により貴な金属イオンでカドミウムを置換可能であるかをカドミウム浸出試験により測定した。
【0114】
カドミウム溶出防止処理として、黄銅テストピースに、前述した実施形態に示した脱脂工程、水洗工程、浸漬工程、水洗工程、水滴除去工程を施した。脱脂工程としては、黄銅テストピースをアルカリ性キレート脱脂剤50g/Lに50℃で10分浸漬させ、表面の汚れを除去した。水洗工程としては、黄銅テストピースを10分水で洗浄して表面の脱脂剤を除去した。
【0115】
浸漬工程においては、硝酸銀、硝酸銅、硫酸銅、硝酸ニッケルの何れかの0.6mol/L(酢酸銅は水に対する溶解限界のため0.15mol/L)金属塩水溶液に対して、黄銅テストピースを50℃にて30分浸漬させて、カドミウムを金属イオンで置換させることにより溶出防止処理を施した。この浸漬工程後には、水洗工程において黄銅テストピースを10分水で洗浄して表面の金属塩水溶液を除去し、続いて、水滴除去工程において水滴を除去した。これらの工程を経た後の黄銅テストピースのカドミウム浸出試験の結果を表20に示す。
【0116】
【表20】
【0117】
一方において、C3771黄銅にカドミウムめっきを1μm施したものをめっきテストピースとし、このめっきテストピースを上記と同様に金属塩水溶液に浸漬させ、カドミウム浸出試験によりカドミウムの浸出量を測定した。このカドミウム浸出試験の結果を表21に示す。
【0118】
【表21】
【0119】
表21におけるめっきテストピースのカドミウム浸出試験の結果、カドミウムめっきを施したテストピースに対して浸漬処理した場合にも、Cu以上の貴な金属イオンによりカドミウムを置換できることが確認された。
そこで、表20における黄銅テストピースと表21におけるめっきテストピースとの結果を比較すると、黄銅テストピースの場合には、特に、Niイオンによって置換する場合のカドミウムイオンの浸出が低減されている。このとき、Cuイオンよりも卑な金属となるNiイオンは、カドミウムイオンと置換する反応スピードが遅くなり、その結果、カドミウム多量のめっきテストピースでは、30分の浸漬時間ではNiとの置換が不十分に終わっている。そして、めっきテストピースにおいては、置換Niによって残存カドミウムがガルバニック腐食を受け、未処理の場合よりもカドミウム浸出量が多くなる。
これに比べて、黄銅テストピースは、めっきテストピースよりも表層のカドミウム量が少なくなっていることから、金属塩水溶液がNiイオンであっても十分にカドミウムを置換することができ、カドミウムの浸出の低減につながっている。
【0120】
なお、分析範囲が大きく、試料全体の分析に有効な蛍光X線分析に対し、浸出に直接関わる接水表面の変化をとらえるため、高分解能スペクトルにより高感度なWDX(Wave−length Dispersive X−ray Spectrometry)方式のEPMAにより試験前後のテストピースを測定することで、テストピース表層の構成元素の検出とこの構成元素の比率を分析することもでき、この場合、表層の状態をより細かく確認できる。
【0121】
以上のことから、金属塩水溶液内の金属イオンとして、Niイオン以上の貴な金属を選択することが可能であり、この金属イオンと対になる陰イオンは、塩化物イオンを除く、硝酸イオン、硫酸イオンが好適である。また、その他の陰イオンとして、酢酸イオンを選択することも可能である。
【0122】
特に、pH6〜7を示す硝酸Ni水溶液は、カドミウムが混入しやすい亜鉛を原料にした銅合金製以外の配管器材部品からのカドミウムの浸出を防ぐこともでき、例えば、亜鉛華(酸化亜鉛)を原料とするOリングなどのゴムシート材からのカドミウムの浸出をこのゴムシートを傷めることなく低減することができる。なお、弱酸である硝酸銅も含め、硝酸Niは、他の金属塩と異なり有機溶剤であるアルコールにも溶解することができる。本来、ゴムシート材は、疎水性を示す物質であるが、アルコールに溶解する性質により円滑に置換反応をおこなうこともできる。例えば、ゴムシート材の接液面積の大きいバタフライバルブ全体を金属塩水溶液に浸漬させて、ゴムシート材の劣化を防ぎつつカドミウム溶出防止処理を施すことが可能になる。
【実施例3】
【0123】
次いで、CuなどNiイオン以上の貴な金属を配管器材用の材料として選択し、実際の製造工程上での効果を確認する。前述した鉛やニッケルの溶出防止処理方法は、特許第3345569号の鉛溶出防止方法や、特許第4197269号のニッケル溶出防止方法に用いる硝酸と塩酸を含有する混酸溶液と組合わせることにより、図7、図8、図9に示すカドミウム溶出防止工程がそれぞれ考えられる。ここで、図7(a)におけるカドミウム溶出防止工程を工程1、図7(b)を工程2、図8(a)を工程3、図8(b)を工程4、図9(a)を工程5、図9(b)を工程6とする。
【0124】
先ず、上記の組合わされた工程が有効であるかを、以下の表22に示す処理条件の下で検証した。全工程共通の脱脂工程としては、50g/Lアルカリキレート脱脂剤に50℃で30分浸漬させるものとし、水洗工程としては、流水中に10分浸漬処理させるものとし、水滴の除去工程としては、エアブローにて処理するものとした。
【0125】
【表22】
【0126】
各工程において用いるテストピースとして、黄銅テストピースを用いた。各テストピースに各工程の溶出防止処理工程を施し、その後、Cd浸出量を測定した。各処理工程後のCd浸出量の測定結果を表23に示す。
【0127】
【表23】
【0128】
表23に示すように、混酸との混合溶液において、NiイオンのものとCuイオンのものは挙動が大きく異なり、Cuイオンのものは酸の存在下でCdと置換が確認されなかった。この混酸との混合溶液において、NiイオンとCuイオンの挙動の違いは、各元素のイオン化傾向によるものと思われる。ここで、主要元素のイオン化傾向を図10に示す。
【0129】
図10において、NiはCdよりも貴な金属であるが、混酸のH(水素)よりは卑な位置にあるので、混酸と硝酸Niが混合しても影響を受けることなく、NiとCdの置換反応が進む。一方、Cuは、混酸のHに対しても貴な位置にあるので、混合溶液中に多数存在するHとCuとの置換が先に起こることになる。したがって、CuはCdとは置換せずに黄銅テストピース上に付着し、浸出試験を行うと残存するCdと付着Cuのガルバニック腐食が促進され、その結果、Cdの浸出が未処理に対して著しく増大してしまうと考えられる。
【0130】
以上のことから、実際の製造工程上で適用可能なものは、工程1〜工程5までと言える。続いて、工程1〜工程5までの各工程における最適条件の絞込みを黄銅テストピースの浸出試験により実施した。このときの黄銅テストピースの未処理時における各元素の浸出量を表24に示す。
【0131】
【表24】
【0132】
工程1の硝酸Ni置換処理工程において、硝酸Niの濃度と処理時間の水準を適宜の値に割り振り、各条件にて黄銅テストピースの浸出試験を実施した結果を表25に示す。このとき、硝酸Ni濃度を、硝酸Niの溶解限界である3.0mol/Lまで水準として割り振った。
【0133】
【表25】
【0134】
工程2の硝酸銅置換処理工程において、硝酸銅の濃度と処理時間の水準を適宜の値に割り振り、各条件にて黄銅テストピースの浸出試験を実施した結果を表26に示す。このとき、硝酸銅の濃度を、硝酸銅の溶解限界である6.0mol/Lまで水準として割り振った。
【0135】
【表26】
【0136】
工程3の硝酸Ni置換処理工程において、硝酸Niの濃度と処理時間の水準を適宜の値に割り振り、各条件にて黄銅テストピースの浸出試験を実施した結果を表27に示す。
【0137】
【表27】
【0138】
工程4の硝酸銅置換処理工程において、硝酸銅の濃度と処理時間の水準を適宜の値に割り振り、各条件にて黄銅テストピースの浸出試験を実施した結果を表28に示す。
【0139】
【表28】
【0140】
工程5の硝酸Ni置換処理工程において、硝酸Niの濃度と処理時間の水準を適宜の値に割り振り、各条件にて黄銅テストピースの浸出試験を実施した結果を表29に示す。このとき、硝酸Niの濃度を、硝酸Niの溶解限界である3.0mol/Lまで水準として割り振った。
【0141】
【表29】
【0142】
上記のCdの浸出試験結果のみでは工程1〜工程5まで共に差異が無く、それぞれの硝酸Ni、硝酸銅の濃度は、最低の0.06mol/L、処理時間は最短の5分、処理温度は常温で可能であるが、後述する実施例5の皮膜処理工法とは異なり、Cd浸出量は、濃度・時間・温度条件を高めてもゼロにはならなかった。そこで、Cdと同時に測定したCu、Zn、Ni、及びPbも合わせて最適化条件を検討した。なお、以降に示した浸出量の単位のμg/Lについて、1mg/L=1000μg/Lの関係になっている。
【0143】
処理温度と処理時間との関係について、工程1の硝酸Ni置換処理にて母材に含まれないNi浸出の度合いから処理温度の関係を図11より導く場合、0.6mol/L・50℃・5分と、0.6mol/L・常温25℃・30分のNi浸出データが同等であることから、25℃上昇で反応速度に6倍の差があることが確認できる。なお、温度の下限は、処理溶液の氷結防止のために10℃とし、温度の上限は、溶液中に溶け込んだ空気の気泡化や沸騰による気泡化による水栓金具内のエアーポケット防止のため50℃とした。この温度の上限・下限に対して最低限度必要な処理時間の関係を図12に示した。
【0144】
処理時間と処理濃度との関係について、工程1〜工程5までのCu、Zn、Niの浸出の挙動を表25〜表29までの浸出試験結果からそれぞれ対応させて図13〜図17までに示す。図において、全ての処理方法、濃度において5分でその挙動の大部分が終了し、10分以上経過すると、大きな変化は確認されなかった。処理温度を50℃に固定した場合、何れの処理工程においても、その濃度にかかわらず5分経過後にその反応がほとんど終了している。
【0145】
これらの工程のうち、工程1、工程3、工程5は、硝酸Ni置換工程を有するため、濃度が最大となる3.0mol/Lになるにつれてより反応は進むと考えられる。そこで、表25と表29の浸出試験結果からそれぞれ対応させて、その挙動を図18、図19に示した。図18、図19において、Cd浸出量の最小、最大側である工程1、工程5における硝酸Ni置換工程について濃度と浸出量との関係を表したが、何れの場合にも、濃度0.6mol/L付近で頭打ちの状態となり、それ以上の濃度に設定してもその効果を期待することができないことが確認された。
【0146】
銅とNiの置換処理能力の差について、上記の表27と表28とを比較した場合、Cd浸出量の低減効果はほぼ同等であるが、このCd以外の元素の浸出も図20に示したとおり、銅とNiでは同等であることから、銅とNiの置換処理能力の差はほとんどないものと言える。
【0147】
硝酸銅置換工程を有する工程2、及び工程4では、MAX濃度6.0mol/Lになるにつれ反応は進むと思われたが、工程2、工程4における硝酸銅置換工程においても、0.6mol/L付近で十分に効果が発揮できることがわかった。
【0148】
めっき処理と硝酸Ni、硝酸銅との置換処理の浸出傾向の違いをそれぞれ比較すると、めっき処理、置換処理の双方ともに新たに供給される元素が表面に付着することになるが、各浸出試験において、表30の工程の違いによる「各種硝酸Ni置換」と「Niめっき」、表31の「各種硝酸銅置換」と「銅めっき」の浸出量の結果をそれぞれ比較すると、その挙動はそれぞれ大きく異なっている。これは、置換処理は、供給される元素がめっき処理とは異なり、酸化された状態で置換がおこなわれるため、テストピース表面に酸化膜が形成され、供給される元素による水への溶け出しがめっき処理よりも著しく低減されると考えられる。これにより、カドミウムの浸出を低減させる場合、めっき処理よりも置換処理が浸出低減効果が優れていると言える。
【0149】
【表30】
【0150】
【表31】
【実施例4】
【0151】
オレイン酸を不飽和脂肪酸とし、この不飽和脂肪酸に黄銅を浸漬させてこの黄銅に有機皮膜を施し、この皮膜形成した銅合金のカドミウム浸出試験を実施した。
試験に用いた試験品として、銅合金からなるボールバルブ、ゲート弁と、カドミウムを180〜200ppm含有している前述の黄銅テストピースを用いた。
【0152】
表32において、試験品1〜3はサイズ1/2黄銅製600型ボールバルブであり、その接液面積比は、4568cm2/Lである。試験品4、5はサイズ1/2黄銅製125型ゲート弁、試験品6はサイズ1/2青銅製125型ゲート弁であり、これらの接液面積比は2174cm2/Lである。試験品7、8はサイズ3/4黄銅製125型ゲート弁であり、その接液面積比は2000cm2/Lである。試験品9は、前述した黄銅テストピースである。
【0153】
カドミウム浸出試験前の処理として、前述した浸漬の場合と同様に、黄銅テストピースに脱脂工程、水洗工程を実施した後に、皮膜形成工程として、オレイン酸0.8wt%の不飽和脂肪酸(有機皮膜水溶液)の中に黄銅テストピースを50℃にて5分浸漬させてカドミウムの溶出防止処理を施した。この皮膜形成処理後には、エアブロー工程、乾燥工程を施した。エアブロー工程としては、黄銅テストピースにエアブローを適宜の時間施して有機皮膜水溶液を除去した。乾燥工程としては、70℃の恒温乾燥炉内に30分黄銅テストピースを入れ、この黄銅テストピースを乾燥させた。これらの工程を経た後の黄銅テストピースのカドミウム浸出試験の結果を表32に示す。表中、未処理カドミウムとは、表2に示したコンディショニング無し浸出試験の実測値であり、混酸処理とは、皮膜形成工程前に、0.6mol/L硝酸と0.047mol/L塩酸から成る混酸により銅合金を洗浄したものである。
【0154】
【表32】
【0155】
表32の結果より、有機物質により皮膜を形成したカドミウムの浸出量(表21における有機皮膜のみ カドミウム)は、未処理(表32における未処理 カドミウム)と比較して、何れの試験品の場合にも少ない量に抑えられている。これは、オレイン酸やリノール酸のような不飽和脂肪酸により亜鉛と結合して固溶しているカドミウムの浸出が抑えられたためである。
【0156】
更に、皮膜形成処理をおこなう前に混酸処理を施すことにより、表32に示すように皮膜処理工程のみの場合よりもカドミウム浸出量が抑えられた。このように、皮膜処理を施す対象物が銅合金である場合、処理前に酸処理をおこなうことにより効果を高めることができた。この理由としては、特に、鋳造後においては表層に鉛・鉄・アルミニウムなどの偏析物が多く、オレイン酸やリノール酸のような不飽和脂肪酸と結合しやすい亜鉛が表層に表れにくいためである。この表層の介在物を酸処理で取り除くことにより、銅合金表面への皮膜処理が促進され、カドミウムの浸出が低減された。
【実施例5】
【0157】
前述の黄銅テストピースを用いて、図6の工程における皮膜形成工程で用いる不飽和脂肪酸の濃度差を変えたときのカドミウム浸出量の変化を測定し、その濃度差により生じる浸出低減効果を検証した。使用する不飽和脂肪酸は、オレイン酸を代表として含むものとした。なお、オレイン酸は水に不溶で油水分離してしまい、直接水で希釈することができない。そこで、溶剤成分によりオレイン酸を水に溶解させた有機皮膜水溶液を水で希釈することによって、オレイン酸の濃度の水準を適宜の値に割り振った。このときの皮膜形成工程においては黄銅テストピースを50℃にて5分浸漬させるものとし、その後、エアブロー工程、乾燥工程を施した。エアブロー工程としては、黄銅テストピースにエアブローを適宜の時間施して有機皮膜水溶液を除去し、乾燥工程としては、70℃の恒温乾燥炉内に30分、黄銅テストピースを入れてこれを乾燥させた。
【0158】
このときの黄銅テストピースの未処理時における各元素の浸出量は、前述した表24に示したものである。オレイン酸濃度の水準は、表33に示すように割り振られ、このときの黄銅テストピースにおける各元素の浸出量を同表中に示している。
【0159】
【表33】
【0160】
表33の結果より、オレイン酸濃度が0.004wt%以上のときに各元素の浸出量が少ないと言える。よって、オレイン酸濃度≧0.004wt%とした場合に、効果的に皮膜処理を施すことができる。この場合、オレイン酸濃度のより濃いほうが皮膜処理の点では有効であるが、水に不溶であるオレイン酸を、溶剤成分を利用して水に溶かして非引火性の有機皮膜溶液とさせるためには、表33に示したオレイン酸濃度を、オレイン酸濃度≦16.00wt%とし、16.00wt%を濃度の上限とすることが望ましい。
【0161】
表33に用いた黄銅テストピースの接液面積比は1256cm2/Lであるが、表3で用いた試験品1〜3の黄銅製600型ボールバルブの接液面積比は4568cm2/Lであり差は約3.64倍である。よって、表33のデータに3.64を乗じると黄銅製600型ボールバルブ相当の数値と見なせ、オレイン酸濃度が0.004wt%の時は0.008mg/Lとなり、オレイン酸濃度が0.0016wt%の時は0.067mg/Lとなる。なお、これら相当する実測値に対し、バルブはJIS S3200−7に定められた配管途中に設置される給水用具で、その新基準値0.003mg/Lと比較するための補正値は、実測値×0.04となり、オレイン酸濃度が0.0016wt%の時は0.003mg/Lとなってしまうため、オレイン酸濃度が0.004wt%以上が下限となる。
【0162】
前述した図5の結果より、オレイン酸は、亜鉛並びに黄銅中の亜鉛と結合するため、表33において亜鉛の浸出低減がなされている。さらに、銅についても、同様に浸出低減がなされている。
【0163】
一方、乾燥工程での恒温乾燥炉内の温度についても、合わせて実験を行なった。このときの条件としては、70℃の恒温乾燥炉内に30分、50℃の恒温乾燥炉内に30分、25℃の常温下に長時間(144時間)放置するものとした。テストピースとしては、表面研磨した電気亜鉛を素材としたテストピース、表面研磨した素材に30μm厚のカドミウムめっきを施したテストピース、30μm厚のカドミウムめっきを施したものに不飽和脂肪酸のオレイン酸若しくはリノール酸の皮膜を形成したテストピースとした。
【0164】
このとき、有毒なカドミウムめっきについてもめっき品にて同様に実験を行なった。カドミウムは空気中で劣化しやすく、図21、図22の写真に示すように、めっき処理のみでは表面に酸化皮膜が形成されて変色が生じる。そのため、30μm厚のカドミウムめっきを施したテストピースを図23、図24の写真に示したように表面研磨し、めっき表面に形成された酸化皮膜を取り除いた。
各テストピースのFT−IR分析によるオレイン酸やリノール酸の有機物質の皮膜の存在状態を図25に示す。
【0165】
図25の結果より、不飽和脂肪酸のオレイン酸とリノール酸の皮膜は、乾燥工程での恒温乾燥炉内の温度50℃で30分の条件で亜鉛上でもカドミウム上でも皮膜を形成できることが確認された。さらに、亜鉛上においては、常温下で144時間放置しても皮膜を形成することが確認されたが、実際の製品に対して長時間の処理を施すことは経済的に有意義ではないといえる。
乾燥工程における恒温乾燥炉内の下限温度は50℃であることが確認され、一方、上限温度については、温度が高いほどより高い効果が期待できるものの、70℃を超えると有機皮膜水溶液の水分が沸騰に伴う泡を発しながら蒸発するため皮膜の形成には好ましいことではない。そのため、乾燥工程における恒温乾燥炉内の好適な温度は70℃程度とすることが好ましいといえる。
【実施例6】
【0166】
続いて、上述した実施例3における硝酸Ni置換工程または硝酸銅置換工程を含む処理工程と、実施例5の皮膜形成工程を含む処理工程とを組合わせた場合のカドミウム溶出防止処理工程を検証した。この場合の各カドミウムの溶出防止工程を図26〜図30にそれぞれ示しており、図26におけるカドミウム溶出防止工程を工程7、図27を同工程8、図26を同工程9、図29を同工程10、図30を同工程11とする。
【0167】
使用する不飽和脂肪酸は、オレイン酸0.8wt%を代表とした。皮膜形成工程では、黄銅テストピースを50℃にて5分浸漬させて、その後、エアブロー工程、乾燥工程を施した。エアブロー工程としては、黄銅テストピースにエアブローを適宜の時間施して有機皮膜水溶液を除去した。乾燥工程としては、70℃の恒温乾燥炉内に30分黄銅テストピースを入れ、この黄銅テストピースを乾燥させた。
このときの黄銅テストピースの未処理時における各元素量の浸出量は、前述した表24に示したものである。
【0168】
工程7の硝酸Ni置換処理工程で用いる硝酸Niの濃度と処理時間の試作水準を割り振り、試作後に行なった浸出試験結果を表34にまとめた。
【0169】
【表34】
【0170】
工程8の硝酸銅置換処理工程で用いる硝酸銅の濃度と処理時間の試作水準を割り振り、試作後に行なった浸出試験結果を表35にまとめた。
【0171】
【表35】
【0172】
工程9の硝酸Ni置換処理工程で用いる硝酸Niの濃度と処理時間の試作水準を割り振り、試作後に行なった浸出試験結果を表36にまとめた。
【0173】
【表36】
【0174】
工程10の硝酸銅置換処理工程で用いる硝酸銅の濃度と処理時間の試作水準を割り振り、試作後に行なった浸出試験結果を表37にまとめた。
【0175】
【表37】
【0176】
工程11の硝酸Ni置換処理工程で用いる硝酸Niの濃度と処理時間の試作水準を割り振り、試作後に行なった浸出試験結果を表38にまとめた。
【0177】
【表38】
【0178】
表25と表34、表26と表35、表27と表36、表28と表37、及び表29と表38の結果比較により、実施例3と実施例5を組合わせた工程によって、より一層のCdの浸出低減が図られた。さらに、Cu、Zn、及びNiにおいても浸出低減が確認された。
なお、本発明においては、バルブ、管継手、水栓等の銅合金製配管器材について述べたが、これに限定されるものではなく、例えば、高い熱伝導度が要求される銅合金製食品加工器具、銅合金製調理器具や、抗菌性が要求される銅合金製食品保存容器、銅合金製飲料保存容器にも適用できる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部を、カドミウムよりも貴な金属を含有する金属塩水溶液内に浸漬させ、この配管器材の接液部表層のカドミウムを貴な金属と置換させてカドミウムの溶出を抑制したことを特徴とするバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法。
【請求項2】
前記貴な金属を銅とし、この銅を含有する硝酸銅、硫酸銅、酢酸銅のうちの何れか一種以上からなる前記金属塩水溶液とした請求項1に記載のバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法。
【請求項3】
前記配管器材の接液部にNiCrめっきを施した請求項2に記載のバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法。
【請求項4】
カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部に不飽和脂肪酸からなる有機物質により皮膜を形成し、この配管器材の接液部表層の亜鉛を被覆して亜鉛中に固溶しているカドミウムの溶出を抑制したことを特徴とするバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法。
【請求項5】
前記不飽和脂肪酸は、モノ不飽和脂肪酸又はジ不飽和脂肪酸等を含有した有機物質である請求項4に記載のバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法。
【請求項6】
前記不飽和脂肪酸は、モノ不飽和脂肪酸のオレイン酸又はジ不飽和脂肪酸のリノール酸等を含有した有機物質である請求項4に記載のバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法。
【請求項7】
請求項6におけるモノ不飽和脂肪酸のオレイン酸は、0.004wt%≦オレイン酸濃度≦16.00wt%としたバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法。
【請求項8】
前記配管器材を酸又はアルカリ系の溶液で洗浄した後に、前記不飽和脂肪酸からなる有機物質で皮膜を形成した請求項4乃至7の何れか1項に記載のバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法。
【請求項9】
カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部を、カドミウムよりも貴な金属を含有する金属塩水溶液内に浸漬させ、この配管器材の接液部表層のカドミウムを貴な金属と置換させ、次いで、この接液部に不飽和脂肪酸からなる有機物質により皮膜を形成し、この配管器材の接液部表層の亜鉛を被覆することでカドミウムの溶出を抑制したことを特徴とするバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法。
【請求項10】
カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部表層の鉛を含有する偏在金属成分を、硝酸と塩酸とを含有する混酸によって洗浄し、接液部表層からカドミウムよりも貴な金属もしくはその金属塩を溶出させて、前記混酸中に溶出した金属もしくはこの金属塩を構成する金属と接液部表層のカドミウムとを置換させてカドミウムの溶出を抑制したことを特徴とするバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法。
【請求項11】
前記混酸は、カドミウムよりも貴で且つ水素よりも卑な金属を含有する請求項10に記載のバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法。
【請求項12】
請求項1乃至11の何れか1項に記載のカドミウム溶出防止方法を用いて、少なくとも接液部表層のカドミウムの溶出を抑制したバルブ・管継手等の銅合金製配管器材。
【請求項13】
不飽和脂肪酸からなる有機物質により、カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部表層に皮膜を形成することを特徴とする皮膜形成剤。
【請求項1】
カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部を、カドミウムよりも貴な金属を含有する金属塩水溶液内に浸漬させ、この配管器材の接液部表層のカドミウムを貴な金属と置換させてカドミウムの溶出を抑制したことを特徴とするバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法。
【請求項2】
前記貴な金属を銅とし、この銅を含有する硝酸銅、硫酸銅、酢酸銅のうちの何れか一種以上からなる前記金属塩水溶液とした請求項1に記載のバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法。
【請求項3】
前記配管器材の接液部にNiCrめっきを施した請求項2に記載のバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法。
【請求項4】
カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部に不飽和脂肪酸からなる有機物質により皮膜を形成し、この配管器材の接液部表層の亜鉛を被覆して亜鉛中に固溶しているカドミウムの溶出を抑制したことを特徴とするバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法。
【請求項5】
前記不飽和脂肪酸は、モノ不飽和脂肪酸又はジ不飽和脂肪酸等を含有した有機物質である請求項4に記載のバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法。
【請求項6】
前記不飽和脂肪酸は、モノ不飽和脂肪酸のオレイン酸又はジ不飽和脂肪酸のリノール酸等を含有した有機物質である請求項4に記載のバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法。
【請求項7】
請求項6におけるモノ不飽和脂肪酸のオレイン酸は、0.004wt%≦オレイン酸濃度≦16.00wt%としたバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法。
【請求項8】
前記配管器材を酸又はアルカリ系の溶液で洗浄した後に、前記不飽和脂肪酸からなる有機物質で皮膜を形成した請求項4乃至7の何れか1項に記載のバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法。
【請求項9】
カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部を、カドミウムよりも貴な金属を含有する金属塩水溶液内に浸漬させ、この配管器材の接液部表層のカドミウムを貴な金属と置換させ、次いで、この接液部に不飽和脂肪酸からなる有機物質により皮膜を形成し、この配管器材の接液部表層の亜鉛を被覆することでカドミウムの溶出を抑制したことを特徴とするバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法。
【請求項10】
カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部表層の鉛を含有する偏在金属成分を、硝酸と塩酸とを含有する混酸によって洗浄し、接液部表層からカドミウムよりも貴な金属もしくはその金属塩を溶出させて、前記混酸中に溶出した金属もしくはこの金属塩を構成する金属と接液部表層のカドミウムとを置換させてカドミウムの溶出を抑制したことを特徴とするバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法。
【請求項11】
前記混酸は、カドミウムよりも貴で且つ水素よりも卑な金属を含有する請求項10に記載のバルブ・管継手等の銅合金製配管器材のカドミウム溶出防止方法。
【請求項12】
請求項1乃至11の何れか1項に記載のカドミウム溶出防止方法を用いて、少なくとも接液部表層のカドミウムの溶出を抑制したバルブ・管継手等の銅合金製配管器材。
【請求項13】
不飽和脂肪酸からなる有機物質により、カドミウムが固溶した銅合金製配管器材の少なくとも接液部表層に皮膜を形成することを特徴とする皮膜形成剤。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【図30】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【図30】
【公開番号】特開2012−31500(P2012−31500A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−185582(P2010−185582)
【出願日】平成22年8月20日(2010.8.20)
【出願人】(390002381)株式会社キッツ (223)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年8月20日(2010.8.20)
【出願人】(390002381)株式会社キッツ (223)
【Fターム(参考)】
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