説明

パルスアーク溶接方法

【課題】シールドガスの混合比率及びチップ・母材間距離が変化しても安定したアーク状態を維持することができるパルスアーク溶接方法を提供すること。
【解決手段】第1ピーク期間Tp1中の第1ピーク電流Ip1の通電及び第2ピーク期間Tp2中の第2ピーク電流Ip2(<Ip1)の通電及びベース期間Tb中のベース電流Ibの通電とを1パルス周期として繰り返して溶接するパルスアーク溶接方法において、チップ・母材間距離が基準値よりも短くなったときは基準値とチップ・母材間距離との差に応じて前記第1ピーク電流値Ip1を増加させ、チップ・母材間距離が基準値よりも長くなったときは基準値とチップ・母材間距離との差に応じて前記第2ピーク電流値Ip2を減少させる。これにより、チップ・母材間距離の変化に伴う溶滴形成入熱の変化を補償して、良好な溶滴移行状態を維持することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シールドガスの混合比率及びチップ・母材間距離が変化しても安定した溶接を行うことができるパルスアーク溶接方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
図9は、溶接ロボットを使用した消耗電極式アーク溶接装置の一般的な構成図である。以下、同図を参照して各構成物について説明する。
【0003】
溶接電源PSは、ロボット制御装置RCからの溶接条件信号Wcを入力として、アークを発生させるための溶接電圧Vw及び溶接電流Iwを出力すると共に、溶接ワイヤ1の送給を制御するための送給制御信号Fcをワイヤ送給モータWMへ出力する。この溶接条件信号Wcには、図示していないが溶接電圧設定信号、溶接電流平均設定信号等が含まれている。この溶接電圧設定信号は、上記の溶接電圧Vwの平均値を設定する信号であり、後述するようにアーク長を設定する信号となる。また、溶接電流平均設定信号は、溶接電源PS内でワイヤ送給速度設定信号に変換されて、溶接ワイヤ1のワイヤ送給速度を設定する信号となる。溶接ワイヤ1は、ワイヤ送給モータWMと直結された送給ロール5の回転によって、溶接トーチ4内を通って送給されると共に、給電チップ4aを介して給電されて、母材2との間にアーク3が発生する。上記の溶接トーチ4は、図示していないロボットによって把持されており、上記のロボット制御装置RC内に記憶された作業プログラムに従って移動する。また、上記の溶接トーチ4の先端からは図示していないシールドガスが噴出され、アーク3及び母材2上の溶接部を大気から遮蔽している。上記の給電チップ4aの先端と母材2との距離がチップ・母材間距離Lw(mm)となり、アーク3の長さがアーク長La(mm)となり、上記の給電チップ4aの先端と溶接ワイヤ1の先端との距離がワイヤ突出し長さLx(mm)となる。したがって、Lw=Lx+Laである。
【0004】
チップ・母材間距離Lwには、溶接電流Iwの平均値に応じて適正となる目安値(基準値)がある。その値は、溶接電流平均値が200a以下では15mmであり、200〜300Aでは20mmであり、300A以上では25mmである。このチップ・母材間距離Lwの基準値は、母材の開先形状に応じて上記の値から微調整される。チップ・母材間距離Lwが基準値よりもあまり短くなっても、逆に長くなっても溶接状態は不安定になる。
【0005】
図10は、消耗電極式パルスアーク溶接の電流・電圧波形図の一例である。同図(A)は溶接電流Iwを示し、同図(B)は溶接電圧Vwを示す。時刻t1〜t2のピーク立上り期間Tup中は、同図(A)に示すように、ベース電流Ibからピーク電流Ipへと上昇する遷移電流が通電し、同図(B)に示すように、ベース電圧Vbからピーク電圧Vpへと上昇する遷移電圧が給電チップ・母材間に印加する。時刻t2〜t3のピーク期間Tp中は、同図(A)に示すように、臨界電流値以上のピーク電流Ipが通電し、同図(B)に示すように、ピーク電圧Vpが印加する。時刻t3〜t4のピーク立下り期間Tdw中は、ピーク電流Ipからベース電流Ibへと下降する遷移電流が通電し、同図(B)に示すように、ピーク電圧Vpからベース電圧Vbへと下降する遷移電圧が印加する。時刻t4〜t5のベース期間Tb中は、同図(A)に示すように、溶滴を成長させない小電流値のベース電流Ibが通電し、同図(B)に示すように、ベース電圧Vbが印加する。上記のt1〜t5の期間がパルス周期Tfとなる。
【0006】
上記のピーク立上り期間Tup及びピーク立下り期間Tdwは、母材材質に応じて適正値に設定される。母材材質が鉄鋼材料であるパルスMAG溶接では、両値は小さな値に設定されるために、ピーク電流波形は略矩形波状になる。他方、母材材質がアルミニウム材料であるパルスMIG溶接では、両値は大きな値に設定されるために、ピーク電流波形は台形波状になる。また、上記の遷移電流は、溶接性を向上させるために直線状に上昇/下降させる場合だけでなく、曲線状に変化させる場合もある(例えば、特許文献1、3参照)。また、ピーク電流Ipをステップ状に増加させる場合もある(例えば、特許文献2参照)。シールドガスとしては、パルスMAG溶接ではアルゴンガス80%+炭酸ガス20%の混合ガスを使用し、パルスMIG溶接ではアルゴンガス100%を使用することが多い。
【0007】
消耗電極式アーク溶接では、アーク長を適正値に制御することが良好な溶接品質を得るために重要である。このために、溶接電圧Vwの平均値Vavがアーク長と略比例関係にあることを利用して、溶接電圧平均値Vavが予め定めた溶接電圧設定値と等しくなるように溶接電源の出力を制御してアーク長制御を行っている。パルスアーク溶接においても同様に、溶接電圧平均値Vavが溶接電圧設定値と等しくなるように上記のパルス周期Tfが制御されて溶接電源の出力制御が行われる(周波数変調制御)。これ以外にも、パルス周期Tfを所定値とし、ピーク期間Tpを制御することで溶接電源の出力制御を行う場合もある(パルス幅変調制御)。上記の溶接電圧平均値Vavとしては、溶接電圧Vwを平滑した値が制御に使用される。
【0008】
図11は、上記のピーク期間Tp及びピーク電流Ipの値を設定する方法を示す1パルス1溶滴移行範囲図である。同図の横軸はピーク期間Tp(ms)を示し、縦軸はピーク電流Ip(A)を示す。斜線部分がパルス周期Tfに同期して1つの溶滴が移行する(いわゆる1パルス1溶滴移行)条件範囲である。ピーク期間Tpとピーク電流Ipとの組合せ条件(ユニットパルス条件と言われる)が斜線部分内にあるときは、1パルス1溶滴移行となる。ユニットパルス条件は、この1パルス1溶滴移行範囲内であって、良好なビード形状(アンダーカットの発生がなく美麗なビード外観であること)が形成される条件に設定される。ピーク電流Ipが一定値でないときには、ピーク電流Ipをピーク期間Tp中積分した電流積分値が、斜線部分に対応する範囲内になるように両値を設定する。上記のユニットパルス条件は、溶接ワイヤの種類、シールドガスの混合比率、ワイヤ送給速度等に応じて1パルス1溶滴移行範囲が変化するのでそれに対応して再設定する必要がある。
【0009】
図12は、ユニットパルス条件が1パルス1溶滴移行範囲にあるときのアーク発生部の模式図である。溶接トーチ4の先端から送出された溶接ワイヤ1と母材2との間にアーク3が発生する。母材2上には溶融池2aが形成される。アーク陽極点3aは、ワイヤ先端部の溶滴1aの上部に形成される。このために、溶滴1aはアーク3によって包まれた状態になる。他方、アーク陰極点3bは、溶融池2a上に形成される。ピーク電流Ipが通電を終了した直後に離脱溶滴1bが移行する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2005−28383号公報
【特許文献2】特開2005−118872号公報
【特許文献3】特開2006−75890号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記のユニットパルス条件は、シールドガスの混合比率が基準比率であることを前提条件として、上述したように、1パルス1溶滴移行範囲であって、かつ、良好なビード形状が得られるように設定される。例えば、鉄鋼材料のパルスMAG溶接では、シールドガスにはアルゴンガスと炭酸ガスとの混合ガスを使用する。この場合の基準比率はアルゴンガス80%+炭酸ガス20%が日本では一般的である。
【0012】
シールドガスの供給方法として、上記の基準比率に正確に調整されて充填されたガスボンベ等を使用する場合には、シールドガスの混合比率の変動はほとんどなく基準比率に維持されて溶接を行うことができる。しかし、大規模な工場では、アルゴンガスと炭酸ガスとを別々のタンクに蓄積しておき、それらを混合器によって基準比率に混合した上で、集中配管を通して各溶接装置に供給することが多い。このような場合には、朝一番の工場稼動開始時において、シールドガスの混合比率が安定するまで初期変動することが多い。この変動幅は、シールドガスの供給設備によって異なるが、±5〜±10%と大きな場合もある。また、初期変動だけでなく、定常状態での変動もあり、その変動幅は初期変動幅よりは小さいが±5%程度になる場合もある。さらに、ワークの形状、要求品質等からシールドガスの混合比率をより適正値に調整して溶接する場合もある。このような高品質溶接では、シールドガスの基準比率をアルゴンガス比率を増加又は減少させて設定する。例えば、基準比率がアルゴンガス90%+炭酸ガス10%又はアルゴンガス70%+炭酸ガス30%のシールドガスを使用する。
【0013】
ところで、シールドガスの混合比率はアルゴンガス比率が増加する方向に変化しても、アーク状態は安定した状態を略維持することができる場合が多い。これは、アルゴンガス比率が増加すると、溶滴の移行がしやすくなるためである。したがって、アルゴンガス比率が増加する方向への変化に対しては、ユニットパルス条件を再設定しなくても良い場合が多い。
【0014】
他方、シールドガスのアルゴンガス比率が減少する方向に変化する場合には、図13で詳述するように、溶滴移行がしにくくなるために、アーク状態は不安定な状態になる。以下、この現象について説明する。
【0015】
図13(A)〜(C)は、シールドガスのアルゴンガス比率が基準比率よりも減少した場合のアーク発生部の模式図である。同図(A)〜(C)は、時間経過に伴う溶滴移行を示している。同図(A)に示すように、シールドガスのアルゴン比率が減少すると、アーク陽極点3aは溶滴1aの下部に形成される。アーク陽極点3aが溶滴1aの下部に形成された場合、同図(B)に示すように、アーク陽極点3a近傍は超高温になるために、溶滴1aの下部から金属蒸気5が下方向へ噴出する。この結果、溶滴1aは金属蒸気5によって押上げる方向へ力6を受けるので、溶滴移行が不安定になる。そして、同図(C)に示すように、押し上げ力6によって移行を阻止されて1パルス1溶滴移行することができなくなるために溶滴1aが大きく成長し、ワイヤの延長線以外へも飛散してスパッタ7が大量に発生する。
【0016】
上述した問題の対策として、溶滴1aの下部に形成されたアーク陽極点3aを上方に移動させるために、ピーク電流Ipの値を大きくする方法がある。しかし、ピーク電流値Ipを大きくするとアーク陽極点3aは溶滴1a上部に形成されるが、アーク3が広がった形状になりアーク力も増大するために、アンダーカットが発生しやすくなる。このために、良好なビード形状を得ることができにくくなる。さらには、アーク力の増大に伴い溶融池からのスパッタが増加することになる。
【0017】
上記はシールドガスの混合比率が変動した場合の課題について説明したが、チップ・母材間距離が基準値から変化した場合にも以下のような問題が生じる。上述したユニットパルス条件は、チップ・母材間距離が基準値であることを前提として、溶滴移行状態、ビード形状等が良好になるように適正値に設定される。チップ・母材間距離が基準値よりも±3mm程度変化しても溶接状態は大きくは悪化することはないので、ユニットパルス条件を再修正しなくても良い場合が多い。しかし、±3mmを超えて±5mm程度になると、溶接状態が悪くなるという問題があった。
【0018】
そこで、本発明は、シールドガスの混合比率及びチップ・母材間距離が変化しても安定したアーク状態を維持することができるパルスアーク溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上述した課題を解決するために、第1の発明は、第1ピーク期間中の第1ピーク電流の通電及び第2ピーク期間中の前記第1ピーク電流よりも小さな値の第2ピーク電流の通電及びベース期間中のベース電流の通電を1パルス周期として繰り返してアークを発生させ、このアークによって溶接ワイヤから溶滴を移行させて溶接するパルスアーク溶接方法において、
チップ・母材間距離が基準値よりも短くなったときは、前記基準値と前記チップ・母材間距離との差に応じて前記第1ピーク電流値を増加させる、
ことを特徴とするパルスアーク溶接方法である。
【0020】
第2の発明は、前記チップ・母材間距離が前記基準値よりも長くなったときは、前記基準値と前記チップ・母材間距離との差に応じて前記第2ピーク電流値を減少させる、
ことを特徴とする請求項1記載のパルスアーク溶接方法である。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、第1ピーク電流及び第2ピーク電流を通電することによって、シールドガスの混合比率が基準比率から所定範囲変化しても、アーク陽極点を溶滴上部に形成することができ、かつ、アーク形状の広がり及びアーク力の増大を抑制することができる。このために、1パルス1溶滴移行を行うことができ、かつ、アンダーカットの発生も抑制することができるので、安定したアーク状態を維持して良好な溶接品質を得ることができる。さらに、チップ・母材間距離が基準値よりも短くなったときに第1ピーク電流値を増加させることによって、溶滴移行状態を安定化することができ、短絡の発生も抑制することができる。このために、チップ・母材間距離が短くなっても良好な溶接品質を得ることができる。
【0022】
第2の発明によれば、さらに、チップ・母材間距離が基準値よりも長くなったときに第2ピーク電流値を減少させることによって、溶滴移行状態を安定化することができ、良好な溶接品質を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】実施の形態1に係るパルスアーク溶接方法における溶接電流Iwの波形図である
【図2】実施の形態1に係る第1ピーク電流修正量算出関数fの一例を示す図である。
【図3】実施の形態1に係る第1ピーク電流修正量算出関数fの図2とは異なる例を示す図である。
【図4】実施の形態1に係るパルスアーク溶接方法を実施するための溶接電源のブロック図である。
【図5】実施の形態2に係る第2ピーク電流修正量算出関数gの一例を示す図である。
【図6】実施の形態2に係る第2ピーク電流修正量算出関数gの図5とは異なる例を示す図である。
【図7】実施の形態2に係るパルスアーク溶接方法を実施するための溶接電源のブロック図である。
【図8】実施の形態3に係るパルスアーク溶接方法を実施するための溶接電源のブロック図である。
【図9】従来技術における溶接ロボットを使用した消耗電極式アーク溶接装置の一般的な構成図である。
【図10】従来技術における消耗電極式パルスアーク溶接の電流・電圧波形図の一例である。
【図11】従来技術におけるピーク期間Tp及びピーク電流Ipの値を設定する方法を示す1パルス1溶滴移行範囲図である。
【図12】従来技術におけるユニットパルス条件が1パルス1溶滴移行範囲にあるときのアーク発生部の模式図である。
【図13】課題を説明するための、シールドガスのアルゴンガス比率が基準比率よりも減少した場合のアーク発生部の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0025】
[実施の形態1]
図1は、本発明の実施の形態1に係るパルスアーク溶接方法における溶接電流Iwの波形図である。同図に示すように、ピーク期間Tpは、第1ピーク期間Tp1及び第2ピーク期間Tp2から形成される。第1ピーク期間Tp1中は第1ピーク電流Ip1を通電し、第2ピーク期間Tp2中は第1ピーク電流Ip1よりも小さな値の第2ピーク電流Ip2を通電する。したがって、ピーク電流波形は、右肩下がりのステップ状になる。
【0026】
同図において、点線で示すように、従来のピーク電流は一定値Ipである。第1ピーク電流Ip1は、この一定値Ipよりも大きな値に設定する。第1ピーク期間Tp1中の第1ピーク電流Ip1の通電の作用は、従来のピーク電流値Ipよりも大きな電流を通電することによって、シールドガスの混合比率が変化してもアーク陽極点を溶滴上部に形成することである。この第1ピーク電流値Ip1が従来のピーク電流値Ipよりもおおきいので、シールドガスのアルゴン比率が減少してもアーク陽極点を溶滴上部に形成することができる。このアーク陽極点の形成のためには、0.2〜1.0ms程度の第1ピーク期間Tp1が必要である。したがって、この第1ピーク期間Tp1中の第1ピーク電流Ip1は一定値である方が良く、スロープ状に下がる波形でない方が良い。シールドガスの混合比率が所定範囲内で最大に変動したときを想定して、その状態でもアーク陽極点が溶滴上部に形成される第1ピーク電流値Ip1の下限値を実験によって求める。そして、第1ピーク電流値Ip1は、この下限値に裕度分を加算した値として設定する。裕度分は10〜50A程度である。アーク陽極点を溶滴上部に形成する作用だけを考慮すれば、第1ピーク電流値Ip1がこの下限値以上であれば良い。しかし、第1ピーク電流値Ip1をあまり大きくすると、アーク力が強くなり過ぎて、スパッタ及びアンダーカットが発生しやすくなるために、第1ピーク電流値Ip1は上記の下限値+裕度分の値に設定することが望ましい。
【0027】
他方、第2ピーク期間Tp2中の第2ピーク電流Ip2の値は、従来のピーク電流値Ip及び第1ピーク電流値Ip1よりも小さな値に設定される。アーク陽極点の形成位置は、第2ピーク期間Tp2になっても溶滴上部のままで移動しない。これは、アーク陽極点が一度形成されるとその位置で安定するので、電流値が小さくなっても移動しないためである。また、第2ピーク電流値Ip2が小さな値に設定されるので、ピーク期間Tp全体としての平均値は従来と略同一になる。このために、アーク形状及びアーク力は従来と略同一になり、アンダーカットのない良好なビード形状を得ることができる。
【0028】
各パラメータの設定方法を整理すると下記のようになる。チップ・母材間距離が基準値であるときに各パラメータを設定する。
(1) 第1ピーク期間Tp1及び第1ピーク電流Ip1は、シールドガスの混合比率が所定範囲で変化してもアーク陽極点が溶滴上部に形成されるように設定する。
(2) 第2ピーク期間Tp2及び第2ピーク電流Ip2は、溶滴移行が1パルス1溶滴移行となり、かつ、アンダーカットのない良好なビード形状が得られる値に設定する。
【0029】
チップ・母材間距離が基準値よりも短くなると、アーク長はアーク長制御によって略一定値に維持されるためにワイヤ突出し長さが短くなる。溶滴形成のための入熱は、アーク熱及びワイヤ突出し部でのジュール熱によって行われる。したがって、ワイヤ突出し長さが短くなるとジュール熱が減少するために、溶滴形成のための入熱が減少することになり、安定した溶滴移行ができなくなる。この結果、ワイヤ先端が充分に溶融していない状態で母材との短絡が発生する場合が生じ、スパッタの発生が多くなったり、アーク切れが発生したりする。このような現象は、チップ・母材間距離が短くなるのに伴い顕著となる。この問題を解決するために、以下のような制御を行う。すなわち、チップ・母材間距離Lwが基準値Ltよりも短くなると、距離差ΔL=Lt−Lwを算出し、この距離差ΔLを入力として予め定めた第1ピーク電流修正量算出関数fによって第1ピーク電流修正量ΔIp1=f(ΔL)を算出し、第1ピーク電流値Ip1をこの第1ピーク電流修正量ΔIp1だけ増加させる。この第1ピーク電流修正量算出関数fについては、図2〜図3で後述する。
【0030】
チップ・母材間距離Lwが基準値よりも短くなったときに、第1ピーク電流値Ip1を増加させることによって、以下のような効果を奏する。第1に、チップ・母材間距離Lwが短くなったことによるジュール熱の減少分を、第1ピーク電流値Ip1を増加させることによって補償することができる。このために、溶滴形成のための入熱が減少することを抑制することができるので、安定した溶滴移行を行うことができる。第2に、ピーク電流の前半部分である第1ピーク電流値Ip1を増加させることによって、溶融池に大きなアーク力を作用させて、溶融池を窪ますことができる。このために、チップ・母材間距離Lwが短くなると発生しやすくなる短絡を抑制することができる。これらの作用効果によって、チップ・母材間距離Lwが短くなっても溶接状態を安定なままで維持することができる。同時に、第1ピーク電流値Ip1は増加させるので、アーク陽極点を溶滴上部に形成する効果はそのまま維持している。
【0031】
第1ピーク電流Ip1を増加させる代わりに、第1ピーク電流Ip1及び第2ピーク電流Ip2を共に増加させることも考えられるが、このようにするとアークが広がった形状になりアンダーカットができやすくなるので、好ましくない。また、第1ピーク電流Ip1を増加させる代わりに第2ピーク電流Ip2を増加させることも考えられるが、このようにすると溶融池へ大きなアーク力を作用させて窪ませる効果が低減するので、好ましくない。
【0032】
図2は、上述した第1ピーク電流修正量算出関数fの一例を示す図である。同図の横軸は距離差ΔL(mm)を示し、縦軸は第1ピーク電流修正量ΔIp1(A)を示す。同図の溶接条件としては、溶接ワイヤ:直径1.2mmの鉄鋼ワイヤ、シールドガス:アルゴンガス80%+炭酸ガス20%、溶接電流平均値:150A、溶接電圧平均値:24.0v、ワイヤ送給速度:4.7m/min、チップ・母材間距離の基準値Lt:15mm、第1ピーク電流Ip1:480A、第1ピーク期間Tp1:0.7ms、第2ピーク電流Ip2:440A、第2ピーク期間Tp2:0.7msの場合である。
【0033】
横軸の距離差ΔLは0〜15mmの範囲で変化し、それに対応して縦軸の第1ピーク電流修正量ΔIp1は0〜90Aの範囲で変化する。ΔL<0のとき(チップ・母材間距離Lwが基準値Ltよりも長いとき)はΔIp1=0である。ΔL=0mm、すなわちチップ・母材間距離Lwが基準値Ltのときは、ΔIp1=0Aとなり第1ピーク電流値Ip1=480Aとなる。ΔL=5mm、すなわちチップ・母材間距離Lw=10mmのときは、ΔIp1=30Aとなり、第1ピーク電流値Ip1=510Aとなる。ΔL=10mm、すなわちチップ・母材間距離Lw=5mmのときは、ΔIp1=60Aとなり、第1ピーク電流値Ip1=540Aとなる。実用上使用されるのはこの範囲までである。
【0034】
図3は、上述した第1ピーク電流修正量算出関数fの図2とは異なる例を示す図である。同図の横軸は距離差ΔL(mm)を示し、縦軸は第1ピーク電流修正量ΔIp1(A)を示す。同図の溶接条件としては、溶接電流平均値:250A、溶接電圧平均値:26.5v、ワイヤ送給速度:8.4m/min、チップ・母材間距離の基準値Lt:20mm、第1ピーク電流Ip1:500A、第1ピーク期間Tp1:0.7ms、第2ピーク電流Ip2:460A、第2ピーク期間Tp2:0.7msの場合であり、他の溶接条件は図2と同一である。すなわち、溶接電流平均値が150Aから250Aに変更された場合である。
【0035】
横軸の距離差ΔLは0〜20mmの範囲で変化し、それに対して縦軸の第1ピーク電流修正量ΔIp1は0〜80Aの範囲で変化する。ΔL<0のとき(チップ・母材間距離Lwが基準値Ltよりも長いとき)は、ΔIp1=0Aである。ΔL=0mm、すなわちチップ・母材間距離Lwが基準値Ltのときは、ΔIp1=0Aとなり第1ピーク電流値Ip1=500Aとなる。ΔL=10mm、すなわちチップ・母材間距離Lw=10mmのときは、ΔIp1=40Aとなり、第1ピーク電流値Ip1=540Aとなる。ΔL=15mm、すなわちチップ・母材間距離Lw=5mmのときは、ΔIp1=60Aとなり、第1ピーク電流値Ip1=560Aとなる。実用上使用されるのはこの範囲までである。
【0036】
図4は、上述した実施の形態1に係るパルスアーク溶接方法を実施するための溶接電源のブロック図である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0037】
電源主回路PMは、3相200V等の商用電源を入力として、後述する電流誤差増幅信号ΔIに従ってインバータ制御等の出力制御を行い、溶接電圧Vw及び溶接電流Iwを出力する。この電源主回路PMは、例えば、商用電源を整流する1次整流器、整流された直流を平滑する平滑コンデンサ、平滑された直流を高周波交流に変換するインバータ回路、高周波交流をアーク溶接に適した電圧値に降圧する高周波変圧器、降圧された高周波交流を整流する2次整流器、整流された直流を平滑するリアクトル、電流誤差増幅信号ΔIを入力としてパルス幅変調制御を行う変調回路、パルス幅変調された信号に基づいて上記のインバータ回路を駆動する駆動回路から構成される。インターフェース回路IFは、ロボット制御装置RCからの溶接条件信号Wcを入力として、この信号Wcに含まれる溶接電圧設定信号Vr、溶接電流平均設定信号Iar及びチップ・母材間距離信号Lwsを出力する。チップ・母材間距離信号Lwsは、ロボット制御装置RC内に記憶されている作業プログラムから算出されて、溶接電源に送信される。送給速度設定回路FRは、上記の溶接電流平均設定信号Iarを入力として、この信号の値に対応したワイヤ送給速度設定信号Frを出力する。送給制御回路FCは、このワイヤ送給速度設定信号Frを入力として、送給を制御するための送給制御信号Fcを出力する。ワイヤ送給機WFは、この送給制御信号Fcを入力として、この信号に従って内蔵されているワイヤ送給モータを回転駆動して溶接ワイヤ1を送給する。溶接ワイヤ1は、このワイヤ送給機WFによって溶接トーチ4内を送給されて、母材2との間にアーク3が発生して溶接が行われる。
【0038】
電圧検出回路VDは、溶接電圧Vwを検出しその平均値を算出して、電圧検出信号Vavを出力する。電圧誤差増幅回路EVは、上記の溶接電圧設定信号Vrと上記の電圧検出信号Vavとの誤差を増幅して、電圧誤差増幅信号ΔVを出力する。電圧/周波数変換回路VFは、この電圧誤差増幅信号ΔVに応じた周波数に変換し、図1で上述したパルス周期Tfごとに短時間Highレベルに変化するパルス周期信号Tfsを出力する。
【0039】
ピーク期間タイマ回路TPは、上記のパルス周期信号TfsがHighレベルに変化した時点から予め定めたピーク期間Tpの間だけHighレベルになるピーク期間信号Tpsを出力する。従って、このピーク期間信号Tpsは、図1において、ピーク期間Tpの間Highレベルになる。ベース電流設定回路IBRは、予め定めたベース電流設定信号Ibrを出力する。第1切換回路SW1は、このピーク期間信号TpsがHighレベル(ピーク期間)のときはa側に切り換わり後述するピーク電流設定信号Iprを電流設定信号Irとして出力し、Lowレベル(ベース期間)のときはb側に切り換わり上記のベース電流設定信号Ibrを電流設定信号Irとして出力する。
【0040】
第1ピーク期間タイマ回路TP1は、上記のピーク期間信号TpsがHighレベル(ピーク期間)に変化した時点から予め定めた第1ピーク期間Tp1の間だけHighレベルになる第1ピーク期間信号Tps1を出力する。第1ピーク電流設定回路IPR1は、チップ・母材間距離が基準値であるときに対応して予め定めた第1ピーク電流設定信号Ipr1を出力する。距離差算出回路DLは、上記のチップ・母材間距離信号Lws及び上記の溶接電流平均設定信号Iarを入力として、溶接電流平均設定信号Iarの値に対応して予め定めた基準値Ltからチップ・母材間距離信号Lwsの値を減算して、距離差信号ΔL=Lt−Lwsを出力する。したがって、距離差信号ΔLの値が0のときはチップ・母材間距離が基準値であるときであり、正の値であるときはチップ・母材間距離が基準値よりも短いときであり、負の値であるときはチップ・母材間距離が基準値よりも長いときである。第1ピーク電流修正量算出回路DIP1は、上記の距離差信号ΔL及び溶接電流平均設定信号Iarを入力として、溶接電流平均設定信号Iarの値に応じて予め定めた第1ピーク電流修正量算出関数f(図2、図3等)に基づいて第1ピーク電流修正量信号ΔIp1を算出する。但し、この第1ピーク電流修正量算出関数fは、入力である距離差信号ΔLが負の値であるときは、その出力は0となる関数である。このために、第1ピーク電流修正量信号ΔIp1の値は、チップ・母材間距離が基準値よりも短いときは正の値となり、基準値よりも長いときは0となる。小さな丸印で示す第1加算回路AD1は、上記の第1ピーク電流設定信号Ipr1と上記の第1ピーク電流修正量信号ΔIp1との加算を行い、第1ピーク電流修正設定信号Ips1を出力する。第2ピーク電流設定回路IPR2は、チップ・母材間距離が基準値であるときに対応して予め定めた第2ピーク電流設定信号Ipr2を出力する。第2切換回路SW2は、上記の第1ピーク期間信号Tps1がHighレベル(第1ピーク期間)はa側に切り換わり上記の第1ピーク電流修正設定信号Ips1をピーク電流設定信号Iprとして出力し、Lowレベル(第2ピーク期間)のときは上記の第2ピーク電流設定信号Ipr2をピーク電流設定信号Iprとして出力する。
【0041】
電流検出回路IDは、溶接電流Iwを検出して、電流検出信号Idを出力する。電流誤差増幅回路EIは、上記の電流設定信号Irと上記の電流検出信号Idとの誤差を増幅して、電流誤差増幅信号ΔIを出力する。これらの回路ブロックによって、図1で上述した溶接電流Iwが通電する。
【0042】
上述した実施の形態1によれば、第1ピーク電流及び第2ピーク電流を通電することによって、シールドガスの混合比率が基準比率から所定範囲変化しても、アーク陽極点を溶滴上部に形成することができ、かつ、アーク形状の広がり及びアーク力の増大を抑制することができる。このために、1パルス1溶滴移行を行うことができ、かつ、アンダーカットの発生も抑制することができるので、安定したアーク状態を維持して良好な溶接品質を得ることができる。さらに、チップ・母材間距離が基準値よりも短くなったときに第1ピーク電流値を増加させることによって、溶滴移行状態を安定化することができ、短絡の発生も抑制することができる。このために、チップ・母材間距離が短くなっても良好な溶接品質を得ることができる。
【0043】
[実施の形態2]
本発明の実施の形態2は、実施の形態1と同様に図1で上述した溶接電流Iwを通電し、その上でチップ・母材間距離が基準値よりも長くなったときでも溶接状態を安定化させることができる制御を追加したものである。
【0044】
チップ・母材間距離が基準値よりも長くなると、アーク長はアーク長制御によって略一定値に維持されるためにワイヤ突出し長さが長くなる。溶滴形成のための入熱は、アーク熱及びワイヤ突出し部でのジュール熱によって行われる。したがって、ワイヤ突出し長さが長くなるとジュール熱が増加するために、溶滴形成のための入熱が増加することになり、入熱が過剰になるので安定した溶滴移行ができなくなる場合が生じる。このような現象は、チップ・母材間距離が長くなるのに伴い顕著となる。この問題を解決するために、以下のような制御を行う。すなわち、チップ・母材間距離Lwが基準値Ltよりも長くなると、距離差ΔL=Lt−Lwを算出し、この距離差ΔLを入力として予め定めた第2ピーク電流修正量算出関数gによって第2ピーク電流修正量ΔIp2=g(ΔL)を算出し、第2ピーク電流値Ip2をこの第2ピーク電流修正量ΔIp2だけ減少させる。この第2ピーク電流修正量算出関数gについては、図5〜図6で後述する。
【0045】
チップ・母材間距離Lwが基準値よりも長くなったときに、第2ピーク電流値Ip2を減少させることによって、以下のような効果を奏する。チップ・母材間距離Lwが長くなったことによるジュール熱の増加分を、第2ピーク電流値Ip2を減少させることによって減少させることができる。このために、溶滴形成のための入熱が増加して過剰になることを抑制することができるので、安定した溶滴移行を行うことができる。同時に、第1ピーク電流値Ip1は一定値であるので、アーク陽極点を溶滴上部に形成する効果はそのまま維持している。
【0046】
第2ピーク電流Ip2を減少させる代わりに、第1ピーク電流Ip1及び第2ピーク電流Ip2を共に減少させることも考えられるが、このようにするとシールドガスの混合比率が変動してもアーク陽極点を溶滴上部に形成する作用が失われることになる。第2ピーク電流Ip2の代わりに第1ピーク電流Ip1を減少させる場合も同様に好ましくない。
【0047】
図5は、上述した第2ピーク電流修正量算出関数gの一例を示す図である。同図の横軸は距離差ΔL(mm)を示し、縦軸は第2ピーク電流修正量ΔIp2(A)を示す。同図の溶接条件は、溶接電流平均値が150Aの場合であり、上述した図2と同一である。距離差ΔL=Lt−Lwなので、チップ・母材間距離Lwが基準値Ltよりも長いときは、ΔL<0となる。また、第2ピーク電流修正量ΔIp2も負の値となり、負の値を加算することで第2ピーク電流値Ip2を減少させる。
【0048】
横軸の距離差ΔLは−15〜0mmの範囲で変化し、それに対して縦軸の第2ピーク電流修正量ΔIp2は−90〜0Aの範囲で変化する。ΔL>0のとき(チップ・母材間距離Lwが基準値Ltよりも短いとき)は、ΔIp2=0である。また、ΔL<−15mmのときはΔIp2=−90Aである。ΔL=0mm、すなわちチップ・母材間距離Lwが基準値Ltのときは、ΔIp2=0Aとなり第2ピーク電流値Ip2=440Aとなる。ΔL=−5mm、すなわちチップ・母材間距離Lw=20mmのときは、ΔIp2=−30Aとなり、第2ピーク電流値Ip2=410Aとなる。ΔL=−10mm、すなわちチップ・母材間距離Lw=25mmのときは、ΔIp2=−60Aとなり、第2ピーク電流値Ip2=380Aとなる。実用上使用されるのはこの範囲までである。
【0049】
図6は、上述した第2ピーク電流修正量算出関数gの図5とは異なる例を示す図である。同図の横軸は距離差ΔL(mm)を示し、縦軸は第2ピーク電流修正量ΔIp2(A)を示す。横軸及び縦軸共に負の値となる。同図の溶接条件は溶接電流平均値が250Aの場合であり、上述した図3と同一である。
【0050】
横軸の距離差ΔLは−15〜0mmの範囲で変化し、それに対して縦軸の第2ピーク電流修正量ΔIp2は−120〜0Aの範囲で変化する。ΔL>0のとき(チップ・母材間距離Lwが基準値Ltよりも短いとき)は、ΔIp2=0Aである。また、ΔL<−15mmのときはΔIp2=−120Aである。ΔL=0mm、すなわちチップ・母材間距離Lwが基準値Lt=20mmのときは、ΔIp2=0Aとなり第2ピーク電流値Ip2=460Aとなる。ΔL=−10mm、すなわちチップ・母材間距離Lw=30mmのときは、ΔIp2=−80Aとなり、第2ピーク電流値Ip2=380Aとなる。ΔL=−15mm、すなわちチップ・母材間距離Lw=35mmのときは、ΔIp2=−120Aとなり、第2ピーク電流値Ip2=340Aとなる。
【0051】
図7は、上述した実施の形態2に係るパルスアーク溶接方法を実施するための溶接電源のブロック図である。同図において図4と同一のブロックには同一符号を付してそれらの説明は省略する。同図は、図4に、破線で示す第2ピーク電流修正量算出回路DIP2及び第2加算回路AD2を追加したものである。以下、同図を参照してこれらのブロックについて説明する。
【0052】
第2ピーク電流修正量算出回路DIP2は、距離差信号ΔL及び溶接電流平均設定信号Iarを入力として、溶接電流平均設定信号Iarの値に応じて予め定めた第2ピーク電流修正量算出関数g(図5、図6等)に基づいて第2ピーク電流修正量信号ΔIp2を算出する。但し、この第2ピーク電流修正量算出関数gは、入力である距離差信号ΔLが正の値であるときは、その出力は0となる関数である。このために、第2ピーク電流修正量信号ΔIp2の値は、チップ・母材間距離が基準値よりも長いときは負の値となり、基準値よりも短いときは0となる。小さな丸印で示す第2加算回路AD2は、上記の第2ピーク電流設定信号Ipr2と上記の第2ピーク電流修正量信号ΔIp2との加算を行い、第2ピーク電流修正設定信号Ips2を出力する。第2切換回路SW2は、第1ピーク期間信号Tps1がHighレベル(第1ピーク期間)はa側に切り換わり第1ピーク電流修正設定信号Ips1をピーク電流設定信号Iprとして出力し、Lowレベル(第2ピーク期間)のときは上記の第2ピーク電流修正設定信号Ips2をピーク電流設定信号Iprとして出力する。
【0053】
上述した実施の形態2によれば、実施の形態1と同様の効果を奏する。さらに、チップ・母材間距離が基準値よりも長くなったときに第2ピーク電流値を減少させることによって、溶滴移行状態を安定化することができ、良好な溶接品質を得ることができる。
【0054】
[実施の形態3]
本発明の実施の形態3では、上述した実施の形態1及び2で使用している距離差信号ΔLを溶接電流平均設定信号Iar及び溶接電流平均値から算出するものである。
【0055】
図8は、実施の形態3に係るパルスアーク溶接方法を実施するための溶接電源のブロック図である。同図において、上述した図4及び図7と同一のブロックには同一符号を付してそれらの説明は省略する。同図は、図7に対して、インターフェース回路IFを破線で示す第2インターフェース回路IF2に置換し、距離差算出回路DLを破線で示す第2距離差算出回路DL2に置換し、破線で示す溶接電流平均値検出回路IAVを追加したものである。以下、同図を参照してこれらのブロックについて説明する。
【0056】
第2インターフェース回路IF2は、ロボット制御装置RCからの溶接条件信号Wcを入力として、この信号Wcに含まれる溶接電圧設定信号Vr及び溶接電流平均設定信号Iarを出力する。実施の形態3では、チップ・母材間距離信号Lwsは不要となる。溶接電流平均値検出回路IAVは、電流検出信号Idを平均化して、溶接電流平均値検出信号Iavを出力する。第2距離差算出回路DL2は、溶接電流平均設定信号Iar及び上記の溶接電流平均値検出信号Iavを入力として、距離差信号ΔL=α・(Iav−Iar)を出力する。ここで、αは定数である。
【0057】
上記において、溶接電流平均設定信号Iar及び溶接電流平均値検出信号Iavによってチップ・母材間距離Lwと基準値Ltとの距離差ΔLが算出できる理由は以下のとおりである。ワイヤ送給速度が一定値であるときに、チップ・母材間距離Lwに反比例して溶接電流平均値が変化する。チップ・母材間距離Lwが基準値Ltにあるときに、溶接電流平均値が溶接電流平均設定信号Iarの値と等しくなるように送給速度設定回路FRによってワイヤ送給速度設定信号Frが出力される。換言すれば、チップ・母材間距離Lwが基準値Ltであるときは、溶接電流平均値は溶接電流平均設定信号Iarの値と一致する。チップ・母材間距離Lwが基準値Ltから短くなると、溶接電流平均値は溶接電流平均設定信号Iarの値よりも大きくなり、反対に、チップ・母材間距離Lwが基準値Ltよりも長くなると溶接電流平均値は溶接電流平均設定信号Iarの値よりも小さくなる。したがって、距離差ΔL=Lt−Lw=α・(Iav−Iar)
となる。
【0058】
上記においては、図8は図7を基礎として構成されているが、図4を基礎として構成することもできる。上述した実施の形態3によれば、チップ・母材間距離信号Lwsをロボット制御装置RCにおいて算出する必要がなく、溶接電流平均設定信号Iarと溶接電流平均値検出信号Iavによって距離差ΔLを算出することができる。このために、チップ・母材間距離信号Lwsを特別に算出して溶接電源に入力しなくても、上述した実施の形態1及び2の効果を奏することができる。
【0059】
上述した実施の形態1〜3では、ピーク立上り期間Tup及びピーク立下り期間Tdwが小さい値である矩形波ピーク電流のときを例示したが、両期間が大きな値である台形波ピーク電流のときも同様である。また、本発明は、電極プラス極性EPであるベース期間Tbの一部が電極マイナス極性ENとなる交流パルスアーク溶接法にも適用することができる。
【符号の説明】
【0060】
1 溶接ワイヤ
1a 溶滴
1b 離脱溶滴
2 母材
2a 溶融池
3 アーク
3a アーク陽極点
3b アーク陰極点
4 溶接トーチ
4a 給電チップ
5 送給ロール
6 金属蒸気
7 押し上げ力
8 スパッタ
AD1 第1加算回路
AD2 第2加算回路
DIP1 第1ピーク電流修正量算出回路
DIP2 第2ピーク電流修正量算出回路
DL 距離差算出回路
DL2 第2距離差算出回路
EI 電流誤差増幅回路
EN 電極マイナス極性
EP 電極プラス極性
EV 電圧誤差増幅回路
f 第1ピーク電流修正量算出関数
FC 送給制御回路
Fc 送給制御信号
FR 送給速度設定回路
Fr ワイヤ送給速度設定信号
g 第2ピーク電流修正量算出関数
IAD 溶接電流平均値検出回路
Fr ワイヤ送給速度設定信号
Iar 溶接電流平均設定信号
IAV 溶接電流平均値検出回路
Iav 溶接電流平均値検出信号
Ib ベース電流
IBR ベース電流設定回路
Ibr ベース電流設定信号
ID 電流検出回路
Id 電流検出信号
IF インターフェース回路
IF2 第2インターフェース回路
Ip ピーク電流
Ip1 第1ピーク電流
Ip2 第2ピーク電流
Ipr ピーク電流設定信号
IPR1 第1ピーク電流設定回路
Ipr1 第1ピーク電流設定信号
IPR2 第2ピーク電流設定回路
Ipr2 第2ピーク電流設定信号
Ips1 第1ピーク電流修正設定信号
Ips2 第2ピーク電流修正設定信号
Ir 電流設定信号
Iw 溶接電流
La アーク長
Lt (チップ・母材間距離の)基準値
Lw チップ・母材間距離
Lws チップ・母材間距離信号
PM 電源主回路
PS 溶接電源
RC ロボット制御装置
SW1 第1切換回路
SW2 第2切換回路
Tb ベース期間
Tdw ピーク立下り期間
Tf パルス周期
Tfs パルス周期信号
TP ピーク期間タイマ回路
Tp ピーク期間
TP1 第1ピーク期間タイマ回路
Tp1 第1ピーク期間
Tp2 第2ピーク期間
Tps ピーク期間信号
Tps1 第1ピーク期間信号
Tup ピーク立上り期間
Vav 電圧検出信号/溶接電圧平均値
Vb ベース電圧
VD 電圧検出回路
VF 電圧/周波数変換回路
Vp ピーク電圧
Vr 溶接電圧設定信号
Vw 溶接電圧
Wc 溶接条件信号
WF ワイヤ送給機
WM ワイヤ送給モータ
ΔI 電流誤差増幅信号
ΔIp1 第1ピーク電流修正量(信号)
ΔIp2 第2ピーク電流修正量(信号)
ΔL 距離差(信号)
ΔV 電圧誤差増幅信号

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1ピーク期間中の第1ピーク電流の通電及び第2ピーク期間中の前記第1ピーク電流よりも小さな値の第2ピーク電流の通電及びベース期間中のベース電流の通電とを1パルス周期として繰り返してアークを発生させ、このアークによって溶接ワイヤから溶滴を移行させて溶接するパルスアーク溶接方法において、
チップ・母材間距離が基準値よりも短くなったときは、前記基準値と前記チップ・母材間距離との差に応じて前記第1ピーク電流値を増加させる、
ことを特徴とするパルスアーク溶接方法。
【請求項2】
前記チップ・母材間距離が前記基準値よりも長くなったときは、前記基準値と前記チップ・母材間距離との差に応じて前記第2ピーク電流値を減少させる、
ことを特徴とする請求項1記載のパルスアーク溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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