説明

パルプ収率の変化量を測定する方法

【課題】パルプ収率の変化量を簡便かつ短時間で測定する方法の提供
【解決手段】リグノセルロース物質からパルプを製造する工程において、蒸解工程から排出される蒸解黒液中に含まれる無機物の量に対する有機物の量の比率の変化から、パルプ収率の変化量を測定する方法であって、基準とする任意の時点T1におけるパルプ収率Y1と、その時の蒸解黒液中の無機物の量に対する有機物の量の比R1及び無機アルカリ薬品の添加率A1の関係式を求め、T1から任意の時間経過後の時点T2における、蒸解黒液中の無機物の量に対する有機物の量の比R2及び無機アルカリ薬品の添加率A2から、T1とT2間におけるパルプ収率の変化量ΔYを算出することを特徴とする、パルプ収率の変化量の測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リグノセルロース物質からパルプを製造する際の運転条件の変更によって生じるパルプ収率の変化量を、簡便に測定する方法に関する。更に詳しく述べれば、本発明は、パルプ製造工程から生じる排出液(蒸解黒液)中の無機物の量と有機物の量の比の変化を正確に測定することにより、運転条件の変更等によって生じるパルプ収率の変化量を、簡便に求める方法に関する。
【背景技術】
【0002】
製紙原料であるリグノセルロース物質の多くを輸入に依存している日本においては、リファイナー等を用いて機械パルプとする場合も、あるいは蒸解処理して化学パルプとする場合も、そのパルプ収率を改善することは、重要な課題である。特に、パルプ収率の低い化学パルプ化法、とりわけ薬品の再生が可能で、使用原料の制限も少ないという利点で主流となっているクラフト法と呼ばれる蒸解法では、パルプ収率の向上に関する研究は古くから数多く行われてきた。その成果として、キノン化合物やポリサルファイド化合物を添加する方法、MCC法やITC法、Lo−Solids法といった連続蒸解釜における改良蒸解法等が開発され、数多くの工場に導入されている。実際の操業において、改善策の導入前後のパルプ収率の変化量を正確に知ることは、その改善効果を判断するうえで重要であるが、様々な変動要因が存在するために、解析に多大な時間と労力を要するのが常である。現在、パルプ収率を測定する方法には、実際の操業データより確認する方法や、予め行ったラボ蒸解実験よりパルプ収率とセルロース収率との相関式やパルプ収率と繊維粗度との相関式を求め、実際の操業時に採取したサンプルの各分析データと合わせてパルプ収率を算定するもの等がある。代表的な例としては、カッパー価とセルロース収率の相関関係を用いる方法(特許文献1参照)や、蒸解黒液中の全有機分と炭水化物由来の有機分との比を測定する方法(特許文献2参照)、未晒パルプの繊維粗度とパルプ収率の相関関係を用いる方法、パルプ中のキシロースとグルコースの量比から推定する方法等が知られている。
【特許文献1】特公昭62−29027
【特許文献2】特許3304344
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかし、実際の操業データから確認する方法については、様々な変動要因が存在するため、解析に多大な時間と労力を要し、短期間での解析・評価には信頼性が得られにくいといった問題があった。例えば、パルプ収率そのものを実証する方法には、使用したチップ重量と生産されたパルプ重量から求める方法、チップ重量と蒸解黒液中の有機物の量からのマテリアルバランスからパルプ収率を求める方法がある。しかし、それらの方法には、使用するリグノセルロース物質の正確な絶乾重量の値や蒸解黒液中の有機物の量の正確な値が必要である。したがって、使用するリグノセルロース物質の重量やその水分量、さらに蒸解黒液重量と蒸解黒液中のメタノールなどの揮発性有機物を含む固形物量等を正確に測定しなければならない。このように、実際の操業上のパルプ収率を求めようとすることは、非常に煩雑で労力を必要とする。
【0004】
また、実際の操業と同様の条件でラボ蒸解実験を予め行い、その結果より得られる相関式を用いてパルプ収率を求める方法もある。しかし、その方法では、リグノセルロース物質中の糖組成分析や繊維粗度、あるいは蒸解黒液中の全有機分と炭水化物由来の有機分等、各項目の分析に多大な時間を要し、またその分析技術に熟練する必要があった。したがって、操業条件が変わった時など、以前のラボ実験データとの相関関係が無くなった場合には、新たに多くの労力をかけてラボ実験データを再測定する必要が生じるという欠点があった。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者等は、実際の操業上のパルプ収率の測定において、かかる現状に鑑み、工場で実際の使用したチップ量と生産されたパルプ量より求める方法や、ラボ実験データからの補正が常に必要となる相関式からパルプ収率そのものを求める方法ではなく、蒸解処理温度や蒸解薬品の添加量といった運転条件の変化に伴うパルプ収率の変化量を、精度良く簡便に算出する方法を見出すことに主眼を置き、種々検討を重ねた。その結果、多くの労力をかけることなく、精度良く簡便にパルプ収率の変化量を算出する方法を見出すことに成功した。すなわち、パルプ収率と蒸解黒液中の無機物の量及び有機物の量との間に密接な関係にあることに着目し、蒸解黒液を不活性ガス中で特定の温度と時間で乾燥することにより、精度のよい全固形分量を求め、全固形分量中の有機物の量と無機物の量を測定し、その比率を用いてパルプ収率の変化量を短期間でより正確に算出できる方法を見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明は、以下に記載の要旨を骨子とするものである。
(ア) リグノセルロース物質からパルプを製造する工程において、蒸解工程から排出される蒸解黒液中に含まれる無機物の量に対する有機物の量の比率の変化から、パルプ収率の変化量を測定する方法であって、基準とする任意の時点T1におけるパルプ収率Y1と、その時の蒸解黒液中の無機物の量に対する有機物の量の比R1及び無機アルカリ薬品の添加率A1の関係式を求め、T1から任意の時間経過後の時点T2における、蒸解黒液中の無機物の量に対する有機物の量の比R2及び無機アルカリ薬品の添加率A2から、T1とT2間におけるパルプ収率の変化量ΔYを算出することを特徴とするパルプ収率の変化量の測定方法。
【0007】
(イ) リグノセルロース物質からパルプを製造する工程において、蒸解工程から排出される蒸解黒液中に含まれる無機物の量に対する有機物の量の比率の変化から、パルプ収率の変化量を測定する方法であって、基準とする任意の時点T1におけるパルプ収率Y1と、その時の蒸解黒液中の無機物の量に対する有機物の量の比R1及び無機アルカリ薬品の添加率A1から次式(1)
R1=(100−Y1)/(α×A1) (1)
に従って求めた係数αと、T1から任意の時間経過後の時点T2における、蒸解黒液中の無機物の量に対する有機物の量の比R2及び無機アルカリ薬品の添加率A2から次式(2)
ΔY=α(A1×R1−A2×R2) (2)
に従って、T1の時点におけるパルプ収率Y1と、T2の時点におけるパルプ収率Y2の変化量ΔY(但し、T2におけるパルプ収率をY2としたとき、ΔY=Y2−Y1である。)を算出することを特徴とする、パルプ収率の変化量の測定方法。
【0008】
(ウ) T1とT2の各時点におけるパルプの原料となるリグノセルロース物質の組成が実質的に同じであることを特徴とする(ア)又は(イ)に記載のパルプ収率の変化量の測定方法。
【0009】
(エ) T1とT2の各時点における無機アルカリ薬品の組成が実質的に同じであることを特徴とする(ア)又は(イ)に記載のパルプ収率の変化量の測定方法。
【0010】
(オ) T1の時点におけるパルプ収率Y1として、測定値又は推定値を用いる(ア)又は(イ)に記載のパルプ収率の変化量の測定方法。
【0011】
(カ) 無機アルカリ薬品の添加率として、活性アルカリ添加率を用いる(ア)又は(イ)に記載のパルプ収率の変化量の測定方法。
【0012】
(キ) 無機アルカリ薬品の添加率として、有効アルカリ添加率を用いる(ア)又は(イ)に記載のパルプ収率の変化量の測定方法。
【0013】
(ク) 蒸解黒液中の無機物の量に対する有機物の量の比率を算出するため、蒸解黒液中の全固形分量の測定に際し、蒸解黒液を不活性ガス雰囲気下で加熱処理することを特徴とする、(ア)乃至(キ)のいずれかに記載のパルプ収率の変化量の測定方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明のパルプ収率の変化量を算出する方法によれば、蒸解黒液の分析を不活性ガス中で行い分析精度を上げることにより、正確かつ短時間でその実操業でのパルプ収率の変化量が推算できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明におけるパルプ収率の変化量を測定する方法は、パルプ工場におけるリグノセルロース物質からパルプを取り出す工程において、以下のようにして行われる。現在、化学パルプ化法として最も普及しているクラフト法を例にすると、リグノセルロース物質として木材チップを、無機アルカリ薬品として白液と呼ばれる苛性ソーダ、硫化ソーダ等を含む水溶液を用い、これらを高温において蒸解と呼ばれる反応を行う。蒸解後はパルプと黒液と呼ばれるアルカリ性の廃液とに分けられ、パルプは漂白等の工程を経て紙製品の原料として使用される。一方、蒸解黒液にはセルロース、ヘミセルロース、リグニン等を主成分とする有機物及び無機アルカリ薬品や木材チップ由来の無機物が含まれている。蒸解黒液中の有機物は、濃縮工程を経て燃焼され二酸化炭素になり、無機物は苛性化工程を経て無機アルカリ薬品として再びパルプ製造工程に使用される。
【0016】
本発明における、上記の(1)式及び(2)式について以下に述べる。蒸解前後の物質収支から、基準とする任意の時点T1における蒸解黒液中の有機物の量Borgは、木材チップ等のリグノセルロース物質の使用量(絶乾重量)Cからパルプの収量(絶乾重量)Pを差し引いたものと考えられ、次式(i)で表せる。
Borg=C−P (i)
【0017】
一方、T1における蒸解黒液中の無機物の量Binorgは、そのほとんどが蒸解に使用した白液の無機アルカリ薬品量に由来する。木材チップ等のリグノセルロース物質の使用量Cと、リグノセルロース物質に対する無機アルカリ薬品の添加率A(%)との積により白液中の無機アルカリ薬品量を求め、さらに炭酸ソーダ等、その他の無機分を含めた無機物の量に変換するための係数αを用いて、次式(ii)のように表す。
Binorg=α×C×A/100 (ii)
【0018】
上記(i)(ii)式より、蒸解黒液中の無機物の量に対する有機物の量の比率Borg/Binorg(以下Rとする)を求めると、次式(iii)のように表せる。
R = Borg/Binorg =(C−P)/(α×C×A/100) (iii)
ここで、(iii)式の右辺の分母及び分子をCで除して、パルプ収率{(P/C)×100(%)}をYと置くと、次式(iv)のように整理できる。
R = (100−Y)/(α×A) (iv)
【0019】
ここで、基準とする任意の時点T1におけるパルプ収率をY1、無機アルカリ薬品の添加率をA1、蒸解黒液中の無機物の量に対する有機物の量の比をR1とすると、上記(iv)式より
R1 = (100−Y1)/(α×A1) (v)
Y1 = 100−α×A1×R1 (vi)
となり、αを求めることができる。
【0020】
同様に、任意の時点T1から任意の時間経過後の時点T2におけるパルプ収率をY2、無機アルカリ薬品の添加率をA2、蒸解黒液中の無機物の量に対する有機物の量の比をR2とし、αが一定であると仮定すると、次式(vii)が成り立つ。
Y2 = 100−α×A2×R2 (vii)
(vi)、(vii)式から、T1とT2間におけるパルプ収率の変化量ΔYは(viii)式のように表せる。
ΔY = Y2−Y1 = α(A1×R1− A2×R2) (viii)
【0021】
本発明における、基準とする任意の時点T1におけるパルプ収率Y1には、実際の測定値だけでなく推定値を用いることもできる。実際の測定値としては、実機での過去のデータ又はラボ実験データなどから得られた値が挙げられる。もし収率が不明である場合、例えばクラフト法であれば、一般的なパルプ収率は40%から60%の範囲内の値であるので、例えば50%をY1として用いても、収率の変化量ΔYを知ることができる。
【0022】
また、A1とA2は、基準とする任意の時点T1と、その時点から任意の時間経過後の時点T2における無機アルカリ薬品の添加率であり、活性アルカリ添加率(以下、AA添加率とする)又は有効アルカリ添加率(以下、EA添加率とする)を用いることができる。AA添加率は、リグノセルロース物質の使用量に対する活性アルカリ量(AA量)の添加率(%)であり、EA添加率は、リグノセルロース物質の使用量に対する有効アルカリ量(EA量)の添加率(%)である。なお、AA量とは、酸化ソーダに換算された白液中の苛性ソーダと硫化ソーダを加えた量であり、EA量とは、酸化ソーダに換算された白液中の苛性ソーダ量と硫化ソーダ量の1/2を加えた量である。
【0023】
蒸解黒液中の無機物の量に対する有機物の量の比R1、R2は、それぞれ実際の操業で生成される蒸解黒液をサンプリングし、その蒸解黒液中の無機物及び有機物の量を測定することで得られる。本発明における蒸解黒液中の無機物の量とは、Tappi試験法T625hm-85に基づき測定される、蒸解黒液中の硫酸塩灰分の重量を苛性ソーダ相当の重量に換算した値で表す。また、蒸解黒液中の有機物の量とは、不活性ガス雰囲気下で乾燥した蒸解黒液中の全固形分量(重量)と、苛性ソーダ相当の重量に換算した無機物の重量との差で表される。蒸解黒液中の無機物の量に対する有機物の量の比率とは、上記方法により得られた有機物の量を無機物の量で除した値で表される。
【0024】
本発明に適用し得るパルプ原料のリグノセルロース物質に特に限定はない。針葉樹又は広葉樹木材の他に、例えばケナフ、麻、バガス、イネ等に代表される非木材の植物であってもよい。もちろんこれらの中で複数の樹種を混合したものでも有効であるが、その場合、より正確なパルプ収率の変化量を得るために、測定する2点間における使用樹種の混合比、すなわちリグノセルロース物質の組成は実質的に同じであることが好ましい。ここで、実質的に同じというのは、リグノセルロース物質の組成が変化すると、黒液中に溶解する有機物及び無機物の量や組成が変化し、収率の変化量の算出に誤差を生じる恐れがあるため、リグノセルロース物質の組成変化が、この組成変化による誤差が許容できる範囲にあることを意味する。
【0025】
本発明に適用し得るパルプ化法は、主として化学パルプ化法であるが、機械パルプ化法であっても例えばSCMP(セミケミカルメカニカルパルプ)のような、無機薬品を使用する方法にも適用可能である。具体的な化学パルプ化法には、クラフト蒸解法、ポリサルファイド蒸解法、ソーダ蒸解法、サルファイト蒸解法等が挙げられる。これらの蒸解薬品について、正確なパルプ収率の変化量を得るために、測定する2点間における薬品の組成比、すなわち無機アルカリ薬品の組成は実質的に同じであることが好ましい。ここで、実質的に同じというのは、蒸解に用いる無機アルカリ薬品の組成が変化すると、黒液中の無機物の組成等が変化し、収率の変化量の算出に誤差を生じる恐れがあるため、無機アルカリ薬品の組成変化が、この組成変化による誤差が許容できる範囲にあることを意味する。
【0026】
本発明に適用し得る蒸解釜の形式については、黒液を抽出できるような構造であれば特に限定はない。一般的な蒸解釜としてバッチ式のものや連続的に蒸解するものが挙げられるが、本発明はいずれの方法でも適用できる。
【0027】
本発明における蒸解黒液とは、蒸解釜から抽出される蒸解廃液を意味する。連続式蒸解釜において複数の黒液の抽出箇所がある場合は、それらのすべてを合わせた液組成に相当するように採取するのが好ましい。一方、バッチ式蒸解釜では通常、洗浄工程の第一ウオッシャーろ液を用いるが、本発明では特に第一ウオッシャーろ液に限定するものではなく、バッチ釜から排出される蒸解黒液であれば、どこから採取してもよい。すなわち本発明においては、蒸解黒液中の無機物と有機物の比率の変化を元にパルプ収率の変化量を算出するため、黒液が洗浄液等で希釈されていてもパルプ収率の変化量を推定することができる。
【0028】
本発明において、正確なパルプ収率の変化量を得るために、比較する2点間の分析による測定誤差をできるだけ低くするのが好ましい。そのために、実際の操業において、リグノセルロース材料の混合比や蒸解薬品の組成比、蒸解温度等が安定した時点で蒸解黒液のサンプリングを行うのが好ましい。それらを同一に設定することが困難な場合は、蒸解黒液のサンプリング個数を増やし、それらをひとつにまとめて平均化してサンプルを分析することも有効である。
【0029】
本発明における無機物とは、蒸解に使用される無機アルカリ薬品溶液に含まれる、苛性ソーダ、硫化ソーダ、亜流酸ソーダや、炭酸ソーダ等が挙げられる。この他に蒸解反応後に生じる硫酸ソーダやチオ硫酸ソーダなども含む。その他、リグノセルロース材料由来の無機物も含まれるため収率の変化量の測定に誤差を生じるが、本発明においては前記のようにリグノセルロース物質の組成を実質的に同一とすることにより誤差を小さくすることができる。一方、本発明における有機物とは、セルロース、ヘミセルロース、リグニンを主成分として、酢酸、蟻酸、メタノール等木材成分由来の有機化合物をいう。また、基準とする任意の時点T1におけるパルプ収率Y1と、T1から任意の時間経過後の時点T2におけるパルプ収率Y2との間のパルプ収率の変化量ΔYとは、運転条件の変更等に伴うパルプ収率の変化幅の事である。
【0030】
蒸解黒液中の有機物の量と無機物の量の比率を正確に求めるために、蒸解黒液中の全固形分量を精度よく測定しなければならない。前述したTappi試験法における蒸解黒液の乾燥方法では、105℃で24時間と、乾燥に非常に時間がかかり、さらに、空気中で乾燥するため測定値のばらつきが大きくなってしまう。そこで、発明者らは種々検討を行い、新たな全固形分量の測定条件を決定した。すなわち、蒸解黒液中の成分である硫化ソーダやメチルメルカプタン等は、空気によって酸化され、亜硫酸ソーダ、二硫化ジメチル、苛性ソーダ等が生成するため、全固形物量中の無機物の重量が変化してしまう。このような無機物の重量変化を抑えるために、不活性ガス雰囲気下で温度と時間を定めて蒸解黒液を乾燥することにより、固形分量が精度よく測定できるようになり、蒸解黒液中の有機物の重量と無機物の重量の比率を正確に求めることが可能になった。本発明において使用される不活性ガスは、黒液中の成分と化学反応を起こさなければ何でもよく、例えば、窒素、ヘリウムなどが挙げられる。
【0031】
本発明における、全固形分量を測定するための乾燥温度は、110〜200℃が好ましい。110℃未満であると、乾燥に時間がかかり過ぎるので、作業の効率上好ましくない。また、200℃を超えると、黒液中の有機物が分解してしまうので好ましくない。より好ましい乾燥温度は、120〜180℃である。好ましい乾燥時間については、特に限定されないが、作業効率化の観点から短い方が好ましく、通常5〜12時間程度の範囲で設定される。本発明における、試料とする黒液の量は特に規定をしないが、多すぎると乾燥に時間がかかり、少なすぎると測定誤差の影響が大きくなるので、1〜20ccで行うのが好ましい。もちろん、黒液を希釈あるいは濃縮して試料とする方法も有効である。
【0032】
本発明を下記実施例により具体的に説明するが、もちろん本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。ラボ実験より検証した結果を実施例1〜3に、実際のクラフトパルプ工場における操業データより検証した結果を実施例4に示す。
【0033】
下記実施例1〜4において、パルプのカッパー価の測定、蒸解黒液中の硫酸塩灰分の測定、実測パルプ収率の測定は、次のように行った。
1) カッパー価の測定 : JIS P 8211に従って測定した。
2) 蒸解黒液中の硫酸塩灰分の測定 : パルプから分離した蒸解黒液を、Tappi 試験法T625hm−85に従って測定した。
3) 実測パルプ収率 : 未晒パルプの収率を、(蒸解処理後の未晒パルプの絶乾重量 /原料チップの絶乾重量)× 100から算出した。
【実施例1】
【0034】
蒸解黒液中の無機物の量に対する有機物の量比率を正確に測定するために、蒸解黒液の全固形分量の測定方法について検討を行った。
広葉樹木材チップを絶乾重量70g採取し、液比:3.5、絶乾チップ重量当たりAA添加率:18%、蒸解白液の硫化度:30%、蒸解温度:168℃、Hファクター:600の条件で、実験用バッチ式蒸解釜を用いて蒸解した。蒸解後、蒸解釜から採取した蒸解黒液を白金るつぼに約5ml入れ、すぐに精秤し、内部を窒素雰囲気にした恒温器で150℃、10時間乾燥した。乾燥後、固形分重量を測定し、乾燥前後の重量から全固形分濃度を求めた。同じ黒液サンプルについて5回繰り返し実験を行い、それらの全固形分濃度の標準偏差を求めた。結果を表1に示す。
「比較例1」
【0035】
実施例1で行った蒸解で得られた蒸解黒液を、恒温器内部を空気雰囲気で乾燥する他は実施例1と同様に乾燥処理を行い、5回繰り返して得た全固形分濃度の標準偏差を求めた。結果を表1に示す。
【0036】
【表1】


表1の結果より、蒸解黒液の乾燥条件として、実施例1の不活性ガス雰囲気下で乾燥した方が、測定値のばらつきが小さいので好ましい。
【0037】
以下の実施例2及び比較例2では、ラボ蒸解試験において、キノン化合物添加によるパルプ収率の変化量を本発明の方法で測定した結果について記載する。すなわち、基準とする任意の時点T1を、キノン化合物を添加しない条件として、T1から任意の時間経過した時点T2を、キノン化合物を添加した条件とした。
【実施例2】
【0038】
針葉樹木材チップを絶乾重量75g採取し、液比:3.5、絶乾チップ重量当たりAA添加率:17.7%(EA添加率 15.2%)、蒸解白液の硫化度:28.6%、蒸解温度:161℃、Hファクター:840〜1040、絶乾チップ重量当たりキノン化合物(川崎化成工業株式会社製、商品名:SAQ)添加率:0.05%、以上の条件で実験用バッチ式蒸解釜を用いて蒸解した。得られたパルプは良く洗浄して、その絶乾重量を測りパルプ収率の実測値を求めた。また、キノン化合物の添加の有無によるパルプ収率の変化量も実測値から求めた。結果を表2に示す。
【0039】
一方、蒸解釜から採取した蒸解黒液を実施例1と同様に、窒素雰囲気下で150℃、10時間で乾燥し、全固形分量を測定した。その後、Tappi試験法T625hm−85に基づき蒸解黒液中の硫酸塩灰分すなわち無機物の量を測定した。さらに、蒸解黒液の全固形分量から無機物の量を差し引いて有機物の量を求め、無機物の量に対する有機物の量の比率Rを求めた。この操作を、キノン化合物の添加の有無それぞれの蒸解条件ごとに行った。
【0040】
黒液の分析からパルプ収率の変化量を算出するために、まず(1)式を、キノン化合物を添加しない条件において適用した。すなわち、
R1=(100−Y1)/(α×A1) (1)
において、Y1に本実施例で得たパルプ収率の実測値を、A1に本実施例の蒸解実験におけるAA添加率(AA)を、そしてR1に本実施例で得た無機物の量に対する有機物の量の比率を代入して、係数αを求めた。
【0041】
次に、(2)式、
ΔY=α(A1×R1− A2×R2) (2)
において、α、A1、R1は前述の値を、A2、R2には本実施例のキノン化合物を添加した条件におけるAA添加率(AA)及び黒液を分析して得た、無機物の量に対する有機物の量の比率を代入して、キノン添加によるパルプ収率の変化量ΔYを求めた。結果を表3に示す。

「比較例2」
【0042】
実施例2における蒸解実験から採取した蒸解黒液を、空気雰囲気下で乾燥した他は、実施例2と同様に蒸解黒液中の無機物の量・有機物の量の測定を行い、係数αを求め、パルプ収率の変化量ΔYを求めた。結果を表4に示す。
【0043】
【表2】

【0044】
【表3】

【0045】
【表4】

【0046】
表3で示した、実施例2の不活性ガス雰囲気で乾燥処理した結果から求めたパルプ収率の変化量ΔYは、表2で示した、実測値から求めたΔYとほぼ等しい値が求められた。一方、比較例2の空気雰囲気下乾燥した場合では、表4に記載されたΔYは、表2に記載されたΔYよりも10%以上低い値であった。
【実施例3】
【0047】
本実施例では無機アルカリ薬品の添加率として、EA添加率を用いて計算を行い、AA添加率を用いた場合との結果の比較を行った。
すなわち、実施例2における前記(1)式のA1及びA2に、AA添加率(AA)の代わりに、EA添加率(EA)を代入して係数α(以下、区別するためαEと記載する)を求め、さらにパルプ収率の変化量ΔYを求めた。結果を表5に示す。
【0048】
【表5】

【0049】
表5の結果より、AA添加率の代わりにとEA添加率を用いた場合でも、ΔYは同じ値となり、無機アルカリ薬品の添加率としていずれも採用できることがわかった。
【実施例4】
【0050】
本実施例では、基準となる任意の時点T1におけるパルプ収率(Y1)として、実験実測値から求めたパルプ収率を用いた場合と、パルプ収率の推定値を用いた場合とで比較した。絶乾チップ重量当たりAA添加率を18.0%、17.0%、16.0%、(EA添加率に換算すると、15.3%、14.5%、13.6%)の3水準で行った他は、実施例1と同様に蒸解実験を行い、パルプ収率の実測値を求めた。なお、本実施例における「基準となる任意の時点」はAA添加率が18.0%の条件とし、これが17.0%、16.0%となった場合のパルプ収率の変化量を求めることとした。
【0051】
<パルプ収率に実験実測値を用いた場合>
本実施例における「基準となる任意の時点:T1」である、AA添加率が18.0%の条件において、蒸解釜から採取した蒸解黒液は、実施例2と同様に乾燥等の処理を行い、無機物の量及び有機物の量を測定し、無機物の量に対する有機物の量の比率R1を求めた。
そして、前記(1)式
R1=(100−Y1)/(α×A1) (1)
を用い、パルプ収率Y1に実測値を、また、アルカリ添加率A1に本実施例の蒸解実験でのAA添加率(18.0)を代入し、係数α(以下、区別のためαJと記載する。)を求めた。
【0052】
一方、AA添加率が17.0%、16.0%の条件においても、蒸解釜から採取した蒸解黒液を、実施例2と同様に乾燥等の処理を行い、無機物の量及び有機物の量を測定し、無機物の量に対する有機物の量の比率R2をそれぞれ求めた。
そして、(2)式
ΔY=α(A1×R1−A2×R2) (2)
のαに、αJを代入してパルプ収率の変化量ΔYを求めた。
【0053】
<パルプ収率に推定値を用いた場合>
本実施例で表した、前記(1)式のパルプ収率Y1に、パルプ収率の推定値として50.0(%)、A1に18.0(%)を代入し、係数α(以下、区別のためαSと記載する。)を求めた。
そして、(2)式
ΔY=α(A1×R1−A2×R2) (2)
のαに、αSを代入してパルプ収率の変化量ΔYを求めた。
本実施例の蒸解実験において、パルプの重量測定によるパルプ収率等の結果を表6に示す。一方、蒸解黒液を分析して得られたパルプ収率の変化量ΔYの結果を表7に示す。
【0054】
【表6】

【0055】
【表7】

【0056】
表7に示す通り、本発明において、基準となる任意の時点におけるパルプ収率に、実測値及び推定値のいずれを用いても、パルプ収率の変化量ΔYをほぼ同じ値に求めることができる。
【実施例5】
【0057】
(現場操業データによる実施例)
本実施例では、実際のパルプ工場の蒸解釜から、キノン化合物(前述のSAQ)添加、無添加両条件の操業時に得られた蒸解黒液サンプルを入手し、キノン化合物の添加によるパルプ収率の変化量を求めた。操業条件は、リグノセルロース材料として広葉樹木材チップ、液比:3.0、絶乾チップ重量当たりAA添加率:約16.5%、蒸解白液の硫化度:31.0%、蒸解温度:150℃、Hファクター:400、絶乾チップ重量当たりキノン化合物(川崎化成工業株式会社製、商品名:SAQ)添加率:0.05%である。
【0058】
まず、キノン化合物を添加していない条件において、蒸解黒液を1日1サンプルずつ、計3個を採取した。それらを実施例2と同様に無機物の量、有機物の量を測定し、無機物の量に対する有機物の量比率Rを求めた。そして、各サンプルから求めたRの平均値をR1とした。
そして、(1)式
R1=(100−Y1)/(α×A1) (1)
を用い、各黒液サンプリング時のAA添加率の平均値をA1に、Y1にパルプ収率の推定値として50.0(%)を代入し、係数αを求めた。
【0059】
次に、キノン化合物を添加した条件において、蒸解黒液を1日1サンプルずつ、計3個を採取した。それらを実施例2と同様に、無機物の量、有機物の量を測定し、無機物の量に対する有機物の量比率R2を求めた。
そして、(2)式
ΔY=α(A1×R1−A2×R2) (2)
を用い、A2に各黒液サンプリング時のAA添加率を代入し、キノン化合物の添加によるパルプ収率の変化量ΔYを算出した。結果を表8に示す。
【0060】
【表8】

【0061】
本実施例の通り、パルプ収率が測定しにくい現場操業において、キノン化合物の添加による効果(パルプ収率の増加量)を確認することができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リグノセルロース物質からパルプを製造する工程において、蒸解工程から排出される蒸解黒液中に含まれる無機物の量に対する有機物の量の比率の変化から、パルプ収率の変化量を測定する方法であって、基準とする任意の時点T1におけるパルプ収率Y1と、その時の蒸解黒液中の無機物の量に対する有機物の量の比R1及び無機アルカリ薬品の添加率A1の関係式を求め、T1から任意の時間経過後の時点T2における、蒸解黒液中の無機物の量に対する有機物の量の比R2及び無機アルカリ薬品の添加率A2から、T1とT2間におけるパルプ収率の変化量ΔYを算出することを特徴とするパルプ収率の変化量の測定方法。
【請求項2】
リグノセルロース物質からパルプを製造する工程において、蒸解工程から排出される蒸解黒液中に含まれる無機物の量に対する有機物の量の比率の変化から、パルプ収率の変化量を測定する方法であって、基準とする任意の時点T1におけるパルプ収率Y1と、その時の蒸解黒液中の無機物の量に対する有機物の量の比R1及び無機アルカリ薬品の添加率A1から次式(1)
R1=(100−Y1)/(α×A1) (1)
にしたがって係数αを求め、T1から任意の時間経過後の時点T2における、蒸解黒液中の無機物の量に対する有機物の量の比R2及び無機アルカリ薬品の添加率A2から次式(2)
ΔY=α(A1×R1− A2×R2) (2)
にしたがって、T1とT2間におけるパルプ収率の変化量ΔY(但し、T2におけるパルプ収率をY2としたとき、ΔY=Y2−Y1である。)を算出することを特徴とするパルプ収率の変化量の測定方法。
【請求項3】
T1とT2の各時点におけるパルプの原料となるリグノセルロース物質の組成が実質的に同じであることを特徴とする請求項1又は2に記載のパルプ収率の変化量の測定方法。
【請求項4】
T1とT2の各時点における無機アルカリ薬品の組成が実質的に同じであることを特徴とする請求項1又は2に記載のパルプ収率の変化量の測定方法。
【請求項5】
T1の時点におけるパルプ収率Y1として、測定値又は推定値を用いることを特徴とする請求項1又は2に記載のパルプ収率の変化量の測定方法。
【請求項6】
無機アルカリ薬品の添加率として、活性アルカリ添加率を用いることを特徴とする請求項1又は2に記載のパルプ収率の変化量の測定方法。
【請求項7】
無機アルカリ薬品の添加率として、有効アルカリ添加率を用いることを特徴とする請求項1又は2に記載のパルプ収率の変化量の測定方法。
【請求項8】
蒸解黒液中の無機物の量に対する有機物の量の比率を算出するため、蒸解黒液中の全固形分量の測定に際し、蒸解黒液を不活性ガス雰囲気下で加熱処理することを特徴とする、請求項1乃至7のいずれか1項に記載のパルプ収率の変化量の測定方法。