説明

パンの製造方法

【課題】 多量の難消化性澱粉を添加したとしても、焼成したパンがいやな澱粉臭がなく、小麦粉の焙焼香と醗酵風味を有し、また甘味を有するようになるパンの製造方法を提供する。
【解決手段】 パン生地の混捏工程で原料粉として少なくとも小麦粉及び難消化性澱粉を添加するパンの製造方法において、前記混捏工程として中種混捏工程及びその後の本捏工程を備えた中種法を採用するとともに、前記中種混捏工程で前記難消化性澱粉の全部を添加し、前記本捏工程で酒種を添加し、前記中種混捏工程でイースト醗酵性糖類を添加する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パン生地の混捏工程で原料粉として難消化性澱粉を添加するパンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、難消化性澱粉(レジスタントスターチ)は「健康な人の小腸内で消化,吸収されない澱粉及び部分分解物の総称」と定義され、食物繊維又は類似の性質を有していることが知られており、近年、その生理的意義が注目されている。難消化性澱粉が注目される理由には、(イ)近年の食生活の洋風化に伴い、肥満症などの生活習慣病の予防因子である食物繊維の摂取量が低下傾向にあること、(ロ)更に近年の研究で、食後の血糖値上昇が大きく長く継続することにより、体重の増加だけでなく肥満,糖尿病などの生活習慣病のリスクがアップすることが知られるようになり、その指標であるGI値(グリセミックインデックス)に対する消費者の認知度が高まっているが、難消化性澱粉を添加することによりGI値の低減が図られる等が挙げられる。
そして、健康志向やダイエットブームを背景にし、難消化性澱粉の整腸作用、便通作用、血糖値上昇抑制作用、コレステロール低下作用、脂肪蓄積抑制作用等を利用することを目的として、有効な難消化性澱粉の開発とともに、パン生地に難消化性澱粉を添加するパンの製法が検討されている。
【0003】
従来から、パンの製造方法においては、パン生地の混捏工程で小麦粉の一部を各種の澱粉に置き換えて添加する技術が存在する。例えば、小麦粉の一部をα化澱粉に置き換えることにより、α化澱粉の保水性を利用して、しっとりした柔らかいパンを製造する方法(参考文献1参照)や、同じくある種の化工澱粉を添加することにより、もちもちした弾力感と歯ごたえのあるパンを製造する方法(参考文献2参照)や、同じく化工澱粉を添加することにより、歯切れが良好な軽い食感のパンを製造する方法(参考文献3参照)等々である。
【0004】
また、従来においては、パン生地の混捏工程で小麦粉の一部を難消化性澱粉に置き換えて添加するパンの製法も開発されている(参考文献4乃至10参照)。
具体的には、例えば、アミロース含量が30重量%以上の澱粉を耐圧性密閉容器内で減圧してから、蒸気等によって加圧状態下で湿熱処理することにより得られ、食物繊維含量が30重量%以上である澱粉素材の技術がある(参考文献4,5参照)。
また、約80%以上のアミロース含量を有し、化学的に修飾されていないトウモロコシ耐性澱粉を含有する食物繊維を高含量で含むパン等の食品組成物の技術がある(参考文献6参照)。
更に、40重量%以上のアミロース含有率および10〜80重量%の湿分含有率を有する高アミロース澱粉を60〜160℃の温度で加熱することにより得られ、12%以上の食物繊維含有率の耐性粒状澱粉の技術がある(参考文献7参照)。
更にまた、ジャガイモ、タピオカ、トウモロコシ等の澱粉をα―アミラーゼ等の澱粉分解酵素によって部分的に加水分解して得た中間生成物、又は澱粉顆粒の水懸濁液をゲル化温度下で酸で処理した酸希釈澱粉を温水に溶解し、イソアミラーゼ、プルラナーゼ等の酵素によって脱分枝化し、老化させてから、酵素を不活性化し、若しくは酵素を不活性化してから老化させ、噴霧乾燥して得られれる難消化性澱粉の技術がある(参考文献8,9参照)。
また、澱粉を澱粉分解酵素で限定加水分解した後、脱分枝化酵素を加えて反応させることにより得られる、アミロース含量10〜30%を有する水不溶性難消化性澱粉の技術がある(参考文献10参照)。
更には、難消化性澱粉とは異なる素材であるが、上記難消化性澱粉と同様の作用・効果を奏することが期待される素材として水溶性難消化性デキストリンが開発され、且つこれをパン生地の混捏工程で小麦粉の一部に置き換えて添加するパンの製法が開発されてきている(参考文献11乃至14参照)。


【0005】
【特許文献1】特開昭62−104536号公報
【特許文献2】特開平10−295253号公報
【特許文献3】特開平11−9174号公報
【特許文献4】特開平10−195104号公報
【特許文献5】特開平10−195105号公報
【特許文献6】特表平8−504583号公報
【特許文献7】特開平9−12601号公報
【特許文献8】特開平10−191931号公報
【特許文献9】特開平8−56690号
【特許文献10】特開2004−290176号公報
【特許文献11】特開平4−51840号公報
【特許文献12】特開平10−243777号公報
【特許文献13】特開2001−45960号公報
【特許文献14】特開平6−70670号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、この難消化性澱粉を添加するパンの製造方法において、パンに難消化性澱粉の各種の作用に由来する効能・効果の奏功を期待するためには、多量の難消化性澱粉を添加する必要がある。
しかしながら、このように多量の難消化性澱粉を添加すると、焼成したパンは、すえたような澱粉臭が強くなり、また、小麦粉醗酵風味を欠くようになるという問題があった。
【0007】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたもので、多量の難消化性澱粉を添加したとしても、焼成したパンがいやな澱粉臭がなく、小麦粉の焙焼香と醗酵風味を有し、また甘味を有するようになるパンの製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記従来の技術(参考文献1〜14参照)のうち一部には、本発明と同様の課題を解決しようとするものもあるが、しかし、従来、パン生地の混捏工程で原料粉として少なくとも小麦粉及び難消化性澱粉を添加するパンの製造方法において、本発明と同様の課題を解決することを目的として、酒種を添加し、好ましくは中種法における本捏工程で酒種を添加するというパンの製造方法、または中種法における中種混捏工程で難消化性澱粉の少なくとも一部を、好ましくは全部を添加し、好ましくはさらにイースト醗酵性糖類を添加し、必要に応じて、本捏工程で酒種を添加するというパンの製造方法は知られていなかった。本発明者らは、前記課題を解決するために、鋭意研究の結果、本発明を完成した。
【0009】
このような目的を達成するための本発明のパンの製造方法は、パン生地の混捏工程で原料粉として少なくとも小麦粉及び難消化性澱粉を添加するパンの製造方法において、前記混捏工程で酒種を添加する構成としている。
これにより、パン生地に酒種を添加するので、澱粉臭がマスキングされ、多量の難消化性澱粉を添加したとしても、焼成したパンは、いやな澱粉臭がなくなり、小麦粉の焙焼香と醗酵風味を有し、また甘味(あまみ)を有するようになる。
パン生地の製法としては、直捏法、中種法、短時間製法、ノータイム法、その他のパン製法を採用することができ、本発明では、それぞれのパン生地の混捏工程で酒種を添加することになる。
【0010】
そして、本発明は、必要に応じ、パン生地の混捏工程で原料粉として少なくとも小麦粉及び難消化性澱粉を添加するパンの製造方法において、前記混捏工程として中種混捏工程及びその後の本捏工程を備えた中種法を採用するとともに、本捏工程で酒種を添加する構成としている。
本捏工程で酒種を添加することにより、中種混捏工程で添加した場合と比較して、酒種由来の香りが焼成したパンによりよく残存し、また、より有効に、焼成したパンからいやな澱粉臭を除去し、焼成したパンが小麦粉の焙焼香と醗酵風味を有し、また甘味(あまみ)を有するようにすることができる。
【0011】
また、上記目的を達成するための本発明のパンの製造方法は、パン生地の混捏工程で原料粉として少なくとも小麦粉及び難消化性澱粉を添加するパンの製造方法において、前記混捏工程として中種混捏工程及びその後の本捏工程を備えた中種法を採用するとともに、前記中種混捏工程で前記難消化性澱粉の少なくとも一部を添加し、且つ本捏工程で酒種を添加する構成としている。
中種で難消化性澱粉の少なくとも一部を添加することにより、いやな澱粉臭が軽減され、小麦粉の焙焼香と醗酵風味、甘味が付与されるようになる。
また、本捏工程で酒種を添加することにより、中種混捏工程で添加した場合と比較して、酒種由来の香りが焼成したパンによりよく残存し、また、より有効に、焼成したパンからいやな澱粉臭を除去し、焼成したパンが小麦粉の焙焼香と醗酵風味を有し、また甘味(あまみ)を有するようにすることができる。
【0012】
さらに、上記目的を達成するための本発明のパンの製造方法は、パン生地の混捏工程で原料粉として少なくとも小麦粉及び難消化性澱粉を添加するパンの製造方法において、前記混捏工程として中種混捏工程及びその後の本捏工程を備えた中種法を採用するとともに、前記中種混捏工程で前記難消化性澱粉の全部を添加する構成としている。
中種で難消化性澱粉の全部を添加することにより、焼成したパンは、いやな澱粉臭が軽減され、小麦粉の焙焼香と醗酵風味、甘味が付与されるようになる。
【0013】
この場合、必要に応じて、前記本捏工程で酒種を添加することが有効である。これにより、より一層、いやな澱粉臭がなくなり、小麦粉の焙焼香と醗酵風味を有し、また甘味(あまみ)を有するようになる。
【0014】
また、必要に応じ、前記中種混捏工程でイースト醗酵性糖類を添加する構成としている。中種混捏工程で難消化性澱粉を添加することにより、中種醗酵後の中種は未熟傾向になるが、イースト醗酵性糖類の添加により、イーストの活動が活発化し、中種醗酵が円滑に行なわれる。即ち、イースト醗酵性糖類を添加することにより、中種醗酵後の中種の未熟さを解消し、グルテン気泡膜の網目の形成を適度に細かい良好なものにしながら、焼成したパンの澱粉臭を軽減することができるようになる。
【0015】
この場合、前記イースト醗酵性糖類がブドウ糖であることが有効である。
イーストにとって資化され易いブドウ糖は、中種醗酵工程の早い段階でイーストにより資化されていく。即ち、中種醗酵工程の早い段階からイーストの活動が活発化するため、上述した中種混捏工程でイースト醗酵性糖類を添加する作用効果をより有効に奏することができるようになる。
【0016】
そして、必要に応じ、前記難消化性澱粉は、前記原料粉全体のうち10〜40質量%の量を添加する構成としている。
この範囲でより有効に機能する。即ち、パンに難消化性澱粉を使用する効能・効果を奏するとともに、パンに多量の難消化性澱粉を添加することから生じる前記弊害をより有効に解消することができるようになる。
【0017】
また、必要に応じ、前記イースト醗酵性糖類は、前記中種混捏工程で添加する難消化性澱粉に対して0.5〜15質量%の量、及び/又は前記中種混捏工程で使用する原料粉に対して0.2〜3.8質量%の量を添加する構成としている。
この範囲でより有効に機能する。即ち、より有効に、醗酵後の中種の未熟さが解消されて、グルテン気泡膜の網目の形成が良好になるとともに、焼成したパンの澱粉臭をより一層軽減して、小麦粉の焙焼香と醗酵風味を増大させることができる。
【0018】
そしてまた、必要に応じ、前記酒種は、前記難消化性澱粉に対して2〜20質量%の量、及び/又は前記原料粉全体に対して0.1〜4質量%の量を添加する構成としている。
この範囲でより有効に機能する。即ち、より有効に、焼成したパンからいやな澱粉臭を除去し、焼成したパンが小麦粉の焙焼香と醗酵風味を有し、また甘味(あまみ)を有するようにすることができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明のパンの製造方法によれば、多量の難消化性澱粉を添加したとしても、焼成したパンにおいて、いやな澱粉臭を低減することができ、小麦粉の焙焼香と醗酵風味を確保できるとともに、甘味(あまみ)を付与することができるようになる。
そして、難消化性澱粉の利点である整腸作用、便通作用、血糖値上昇抑制作用、コレステロール低下作用、脂肪蓄積抑制作用等を生かした有用なパンとすることができるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態に係るパンの製造方法について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではない。
本発明の実施形態に係るパンの製造方法は、パン生地の混捏工程で原料粉として少なくとも小麦粉及び難消化性澱粉を添加するパンの製造方法において、混捏工程として中種混捏工程及びその後の本捏工程を備えた中種法を採用するとともに、中種混捏工程で難消化性澱粉の少なくとも一部を添加し、且つ本捏工程で酒種を添加するという構成を備えるものである。
また、本発明の実施形態に係るパンの製造方法は、中種法を採用するとともに、中種混捏工程で難消化性澱粉の全部を添加するという構成を備えるものであり、好ましくは、さらに本捏工程で酒種を添加するという構成を備えるものである。
【0021】
中種混捏工程で難消化性澱粉の全部又は一部を添加することにより、多量の難消化性澱粉を添加したとしても、焼成したパンは、いやな澱粉臭がなくなり、小麦粉の焙焼香と醗酵風味を有し、また甘味(あまみ)を有するようになる。
このため、中種混捏工程で添加する難消化性澱粉は、その量が多ければ多いほど、より一層本発明の作用・効果を奏すると考えられる。従って、具体的には、通常、中種混捏工程では、パン生地に添加する難消化性澱粉全体の50質量%以上の量のそれを添加することが望ましい。そして、中種混捏工程で難消化性澱粉の全部を添加することが最も望ましい。
【0022】
難消化性澱粉とは、上述した効能・効果のうち少なくともいずれか一つを若干でも奏するような実質有効成分である難消化性成分(狭義の難消化性澱粉)を一部含有しているものを広く意味する。即ち、狭義の難消化性澱粉を一部含有する生成物又は調製物という広義のそれを意味する。
難消化性澱粉は、上記従来の技術又はその他の製法により、各種の澱粉を物理的に加工し、および/または化学的に化工することにより生成または調製される。具体的には、例えば、ジャガイモ、タピオカ、トウモロコシ等の澱粉をα―アミラーゼ等の澱粉分解酵素によって部分的に加水分解して得た中間生成物を温水に溶解し、イソアミラーゼ等の酵素によって脱分枝化するとともに、老化させてから、酵素を不活性化し、若しくは酵素を不活性化してから老化させ、噴霧乾燥することにより、狭義の難消化性澱粉を50質量%前後含有する難消化性澱粉が得られる。
【0023】
難消化性澱粉は、人が経口摂取したときに、胃および小腸では消化および吸収されないで大腸の結腸まで到達して、結腸である種の腸内微生物により醗酵し、種々の短鎖脂肪酸が生成される。この短鎖脂肪酸は結腸で醗酵する澱粉の種類により異なってくる。そして、結腸内で生成された短鎖脂肪酸は結腸上皮細胞により急速に吸収されることになる。
従って、上述した、またはその他の難消化性澱粉の生理作用は、第一に胃および小腸で消化吸収されない性質と、第二に大腸の結腸で腸内細菌の醗酵基質となり醗酵する性質のうち少なくともいずれかの性質に由来すると推測される。そして、血糖値上昇抑制作用、インシュリン低下作用およびコレステロール低下作用等は、難消化性澱粉の前者の生理作用によるものであり、また潰瘍・腫瘍の治癒もしくは縮小等は、後者の生理作用によるものであると考えられる。
【0024】
また、難消化性澱粉は、狭義の難消化性澱粉を30%以上含有していること、好ましくは40%以上含有していること、より好ましくは45%以上含有していることが望ましく、50%程度含有していれば十分である。難消化性澱粉中の狭義の難消化性澱粉以外の成分は、難消化性澱粉の調製方法や原料の澱粉素材により相違するが、一般には、それから難消化性澱粉を調製する前段階の素材や中間段階の生成物及び/又はこれらの構成成分で狭義の難消化性澱粉にならなかったもの等であると推測される。
【0025】
難消化性澱粉は、原料粉全体のうち10〜40質量%の量を添加することが望ましく、10〜30質量%の量を添加することがより望ましく、15〜25質量%の量を添加することがより一層望ましい。こうすることにより、パンに難消化性澱粉を使用する効能・効果を奏するとともに、パンに多量の難消化性澱粉を添加することから生じる前記弊害を解消することができるようになる。
【0026】
ところで、中種法を採用するとともに、中種混捏工程で難消化性澱粉を添加する本実施の形態においては、中種に多量の難消化性澱粉を添加することから相対的に中種中の小麦グルテンの量が少なくなるために、グルテンが未熟傾向となり、グルテン気泡膜の網目が過度に細かく形成されるようになる。
従って、パン生地を構成する原料粉としての小麦粉は、一般的には、中種混捏工程では小麦粉全量の50〜100質量%の小麦粉を使用するが、本発明では、中種混捏工程では該小麦粉全量の60〜100質量%の小麦粉を使用することが望ましく、70〜100質量%の小麦粉を使用することがより一層望ましい。こうすることにより、中種のグルテンを形成する小麦蛋白質の割合を最低限または必要量以上に維持することができるようになる。
中種混捏工程で添加するイーストは、通常、前記原料粉全体に対して1.7〜2.3質量%、好ましくは1.8〜2.2質量%である。
【0027】
また、中種の未熟によるグルテン気泡膜の過度に細かい網目の形成を改善するために、中種混捏工程でイースト醗酵性糖類を添加することが望ましい。イースト醗酵性糖類としては、具体的には、例えば、砂糖、ブドウ糖、果糖、麦芽糖、その他のイーストが醗酵するときの栄養源となってイーストの醗酵活動を促進するように作用する糖類のうちのいずれか一つを、または二つ以上を組み合わせて添加することができる。しかし、イースト醗酵性糖類としては、ブドウ糖が望ましい。このように中種混捏工程でイースト醗酵性糖類を添加することにより、中種醗酵後の中種の未熟さを解消し、グルテン気泡膜の網目の形成を適度に細かい良好なものにしながら、焼成したパンの澱粉臭を軽減することができるようになる。
【0028】
イースト醗酵性糖類は、中種混捏工程で添加する難消化性澱粉に対して0.5〜15質量%添加することが望ましく、1〜10質量%添加することがより望ましく、3〜8質量%添加することがより一層望ましい。また、イースト醗酵性糖類は、中種混捏工程で使用する原料粉に対して0.2〜3.8質量%添加することが望ましく、0.4〜2.5質量%添加することがより望ましく、0.6〜2質量%添加することがより一層望ましい。さらには、イースト醗酵性糖類は、中種混捏工程で添加するイーストに対して10〜100質量%添加することが望ましく、25〜75質量%添加することがより望ましく、40〜60質量%添加することがより一層望ましい。イースト醗酵性糖類の添加量を多くするほど、醗酵後の中種の未熟さが解消されて、グルテン気泡膜の網目の形成が良好になるとともに、焼成したパンの澱粉臭をより一層軽減して、小麦粉の焙焼香と醗酵風味を増大させることができる。しかし、イースト醗酵性糖類の添加量が中種に添加する原料粉に対して2.5質量%を超えるようになると、焼成したパンのクラムの内相が荒くなるおそれがある。
【0029】
尚、ここで、中種の未熟によるグルテン気泡膜の過度に細かい網目の形成を改善するために、中種混捏工程で添加するイーストの添加量を増量することも考えられる。しかし、この方法も、焼成したパンの澱粉臭を軽減することができるが、その弊害として焼成したパンのイースト臭やアルコール臭が強くなって、小麦粉の焙焼香と醗酵風味を消してしまうため、望ましくない。
【0030】
また、添加する酒種とは、米、米麹、水などを原料として、酵母を醗酵させた醗酵種である。具体的には、例えば、生米、蒸米、米麹、水を原料として酒種を作成する場合、蒸米に由来する澱粉を米麹が分解してブドウ糖などを生成し、ブドウ糖などの生成物を、生米の表面に付着した酵母の栄養源にして、酵母を増殖、醗酵させることにより酒種を作成するのである。また、酒種の酵母として、生米に付着した酵母に替えて、清酒酵母等を用いることも可能であり、その場合には、生米を添加するとともに、又は生米を添加する替わりに清酒酵母等を添加する。酒種を安定的に製造するためには、生米を添加する替わりに清酒酵母等を添加する方法を採用するのが望ましい。さらに、雑菌の繁殖を抑制するためにpHを低下させる目的で乳酸を添加することも可能である。そして、これら酒種原料を混合して醗酵させるのであるが、醗酵温度は、通常、24℃前後であるが、これに限定されない。
【0031】
また、醗酵時間は、比較的長く、例えば120時間位とした場合には、醗酵後の醗酵物を直ちに酒種として利用することができる。これに対し、醗酵時間を比較的短く、例えば48時間位とした場合には、醗酵後の醗酵物を元種にして、この元種に蒸米、米麹、水等を添加・混合して、さらに約24時間醗酵させて、即ち種継ぎをして、継ぎ種を作成し、この継ぎ種を酒種として利用することもできる。さらに、このような種継ぎを複数回行って得た継ぎ種を酒種として利用することもできる。そして、種継ぎを行う場合も、行わない場合も、最後の醗酵後の醗酵物の米粒を粉砕するための乳化、乳製品等を添加しての成分調整、殺菌、ろ過等の工程を適宜採用して酒種を完成させることができる。なお、本発明における酒種の調製方法は、これに限られない。
【0032】
酒種は、中種混捏工程で添加してもよいし、本捏工程で添加してもよいし、両者の工程で添加してもよいが、本捏工程で添加することが望ましい。
酒種は、難消化性澱粉に対して2〜20質量%の量を添加することが望ましく、また5〜17質量%の量を添加することがより望ましく、さらには8〜15質量%の量を添加することがより一層望ましい。また、酒種は、原料粉全体に対して0.1〜4質量%の量を添加することが望ましく、また0.5〜3.5質量%の量を添加することがより望ましく、さらには1〜3質量%の量を添加することがより一層望ましい。これにより、より有効に、焼成したパンからいやな澱粉臭を除去し、焼成したパンが小麦粉の焙焼香と醗酵風味を有し、また甘味(あまみ)を有するようにすることができる。
【0033】
なお、原料粉としては、本発明の目的・効果の実現を妨げない範囲で、小麦粉及び難消化性澱粉以外にも、これらの一部と置き換えて、小麦全粒粉、ライ麦粉、米粉等の穀粉、α化澱粉、エーテル化澱粉若しくはエステル化澱粉、架橋澱粉等の澱粉を使用することができる。
【実施例】
【0034】
次に、本発明に係る実施例について説明する。実施例においては、難消化性澱粉として、上掲の参考文献8(特開平10−191931号)に記載の調製物、具体的には、タピオカ澱粉をα―アミラーゼにより部分加水分解して得た中間生成物を温水に溶解し、イソアミラーゼによって脱分枝化するとともに、老化させてから、酵素を不活性化し、噴霧乾燥することにより得られた難消化性澱粉(狭義の難消化性澱粉を約50%含有する。)を使用した。難消化性澱粉中の狭義の難消化性澱粉は、水不溶性であった。
酒種は、蒸米、米麹、水、清酒酵母を混合して、22℃で120時間醗酵させた後、米粒を粉砕するために乳化し、乳成分を添加して成分調整し、殺菌、ろ過をして作成された液状種を使用した。
【0035】
〔実施例1〕
本発明の実施例1は、中種法を採用して、本捏工程で前記の難消化性澱粉および前記の酒種を添加し、その他は、図1に示す配合と工程により、角型食パンを製造したものである。
このようにして製造した食パンは、多量の難消化性澱粉を添加しているにもかかわらず、パン生地の混捏工程で酒種を添加したことにより、いやな澱粉臭がなくなり、小麦粉本来の焙焼香と醗酵風味を有し、また甘味(あまみ)を有するものであった。
【0036】
〔実施例2〕
本発明の実施例2は、中種法を採用して、中種工程で前記の難消化性澱粉を添加し、その他は、図2に示す配合と工程により、角型食パンを製造したものである。
このようにして製造した食パンは、多量の難消化性澱粉を添加しているにもかかわらず、中種混捏工程で難消化性澱粉を添加したことにより、いやな澱粉臭がなくなり、小麦粉本来の焙焼香と醗酵風味を有し、また甘味(あまみ)を有するものであった。
しかし、本実施例2では、中種混捏工程で多量の難消化性澱粉を添加することから、相対的に中種中の小麦グルテンの量が少なくなるために、このグルテンが未熟傾向となり、グルテン気泡膜の網目が過度に細かく形成されるという弊害が生じた。
【0037】
〔実施例3〕
実施例3は、前記の実施例2において本捏工程で添加した小麦粉も中種で添加したもので、即ち、中種混捏工程で全部の小麦粉および難消化性澱粉を添加するようにして角型食パンを製造したものである。この実施例3によれば、前記の実施例2とほぼ同様に、製造した食パンは、多量の難消化性澱粉を添加しているにもかかわらず、中種混捏工程で難消化性澱粉を添加したことにより、いやな澱粉臭がなくなり、小麦粉本来の焙焼香と醗酵風味を有し、また甘味(あまみ)を有するものであった。
また、本実施例3でもまた、前記の実施例2ほどではないが、中種のグルテンが若干未熟傾向となり、グルテン気泡膜の網目がやや細か過ぎるように形成されるようになった。
【0038】
〔実施例4〕
実施例4は、前記の実施例2において中種混捏工程でイースト醗酵性糖類としてブドウ糖を中種に添加する難消化性澱粉に対して5.5質量%(因みに、中種に使用する原料粉に対して1.43質量%であり、また中種に添加するイーストに対して43質量%である。)添加することにより、角型食パンを製造したものである。これによれば、中種醗酵後の中種の未熟さを解消し、グルテン気泡膜の網目の形成を適度に細かい良好なものにしながら、焼成したパンの澱粉臭を軽減することができるようになった。
【0039】
〔実施例5〕
次に、本発明の実施例5として、中種法を採用して、中種工程で難消化性澱粉の全量と、イースト醗酵性糖類としてブドウ糖を添加し、本捏工程で酒種を添加し、図3に示す配合と工程で角型食パンを製造したものである。
このようにして製造した食パンは、多量の難消化性澱粉を添加しているにもかかわらず、中種混捏工程で難消化性澱粉の全部を添加するとともに、パン生地の混捏工程で酒種を添加したことにより、いやな澱粉臭がなくなり、小麦粉の焙焼香と醗酵風味を有し、また甘味(あまみ)を有するものであった。特に、本実施例5では、中種混捏工程で難消化性澱粉の全部を添加し、かつ本捏工程で酒種を添加したことから、本捏工程で難消化性澱粉を添加した前掲の実施例1や、または酒種を添加しない前掲の実施例2と比較して、これらの効果が著しく認められた。
〔実施例6〕
本発明の実施例6は、前記実施例5において中種混捏工程で添加する難消化性澱粉を9質量%、同じくブドウ糖を0.5質量%として、さらに本捏工程で難消化性澱粉を9質量%添加するようにした以外は、前記実施例5と同様の配合及び工程で角型食パンを製造したものである。
このようにして製造した食パンは、多量の難消化性澱粉を添加しているにもかかわらず、中種混捏工程で難消化性澱粉の一部を添加するとともに、パン生地の混捏工程で酒種を添加したことにより、いやな澱粉臭がなくなり、小麦粉の焙焼香と醗酵風味を有し、また甘味(あまみ)を有するものであった。
【実験例】
【0040】
〔実験例1〕
以下に、いくつか醗酵風味種の種類を変えて比較試験をした。
本発明として前記の実施例1と、比較例として前記の実施例1における酒種(液状。酵母を加熱殺菌済みのもの)を乳酸菌醗酵種(液状。乳酸菌生菌を含有するもの)、ホップ種(液状。乳酸菌を加熱殺菌済みのもの)またはパネトーネ種(生地状。酵母、乳酸菌の生菌を含有するもの)に置き換えたもの(それぞれ比較例1、比較例2及び比較例3とする)とにより、角型食パンを製造し、その澱粉臭のマスキング、小麦粉本来の焙焼香と醗酵風味、および甘味(あまみ)について比較検討した。
【0041】
なお、乳酸菌醗酵種は、乳酸菌(例えば、乳酸菌凍結乾燥粉末)、穀粉、水等を混合して醗酵させることにより得られ、通常、種継ぎを複数回繰り返すことにより得られる。
ホップ種は、ホップの煮汁にジャガイモ、小麦粉、リンゴ等を添加して、1週間程醗酵させることにより得られ、通常、種継ぎを複数回繰り返すことにより得られる。
パネトーネ種は、例えば、北イタリア地方のコモ湖に浮遊する菌を穀粉と水等を混合して醗酵させることにより得られ、通常、種継ぎを複数回繰り返すことにより得られる。
【0042】
その結果は、図4に示す通りであった。この結果から、実施例1は、パン生地の本捏工程で多量の難消化性澱粉を添加しているにもかかわらず、酒種を添加したことにより、いやな澱粉臭がなくなり、小麦粉本来の焙焼香と醗酵風味が強く、またコクの有る甘味(あまみ)を有するものであった。これに対し、比較例1ないし比較例3はいずれも、依然として澱粉臭が強いか、若しくは残っていて、また小麦粉の焙焼香・醗酵風味および甘味も乏しいものであった。
【0043】
〔実験例2〕
以下に、難消化性澱粉を添加する工程を変えて比較試験をした。
次に、本発明として前記の実施例2と、同じく前記の実施例3と、これに対し、比較例として、前記の実施例2において中種混捏工程で添加した難消化性澱粉を超強力粉と一緒に本捏工程で添加し、その他は前記の実施例2と同様の配合と工程の製法(比較例4)とにより、角型食パンを製造し、その澱粉臭のマスキング、小麦粉本来の焙焼香と醗酵風味、および甘味(あまみ)について比較検討した。
【0044】
その結果は、図5に示す通りであった。この結果から、実施例2及び実施例3は、パン生地の混捏工程で多量の難消化性澱粉を添加したにもかかわらず、中種混捏工程で難消化性澱粉の全部を添加したことにより、いやな添澱粉臭がなくなり、小麦粉本来の焙焼香と醗酵風味を有し、また甘味(あまみ)を有するものであった。これに対し、比較例4は、澱粉臭が強く、また小麦粉の焙焼香・醗酵および甘味も乏しいものであった。
【0045】
〔実験例3〕
今度は、本発明として前記の実施例2と、同じく前記の実施例4(前記の実施例2において、中種にイースト醗酵性糖類としてブドウ糖を中種に添加する難消化性澱粉に対して5.5質量%(因みに、中種に使用する原料粉に対して1.43質量%であり、また中種に添加するイーストに対して43質量%である。)添加したもの)と、これに対し、比較例として、前記実施例2において、中種に添加するイーストの添加量を0.5質量%増加して、2.8質量%としたもの(イースト醗酵性糖類は添加しない。比較例5)とにより、角型食パンを製造し、そのグルテン気泡膜の網目の形成、澱粉臭のマスキングおよび小麦粉本来の焙焼香と醗酵風味について比較検討した。
【0046】
その結果は、図6に示す通りであった。この結果によれば、実施例4は、醗酵後の中種の未熟さを解消して、グルテン気泡膜の網目の形成が良好になるとともに、焼成したパンの澱粉臭をより一層軽減して、小麦粉本来の焙焼香と醗酵風味を増大させることができた。これに対し、中種混捏工程で添加するイーストの添加量を増量した比較例5は、グルテン気泡膜の網目の形成を良好にし、また焼成したパンの澱粉臭を軽減することができるが、その弊害として、焼成したパンのイースト臭やアルコール臭が強くなって、小麦粉の焙焼香と醗酵風味を消してしまうものであった。
【0047】
〔実験例4〕
前記の実施例5(中種混捏工程で難消化性澱粉を添加し、かつ本捏工程で酒種を添加する)と、前記の実施例1(中種法の本捏工程で難消化性澱粉および酒種を添加する)と、前記の実施例2(中種混捏工程で難消化性澱粉を添加し、酒種は添加しない)とにより、角型食パンを製造し、その澱粉臭のマスキング、小麦粉の焙焼香と醗酵風味および甘味(あまみ)について比較検討した。
【0048】
図7に結果を示す。この結果によれば、実施例5は、多量の難消化性澱粉を添加しているにもかかわらず、中種混捏工程で該難消化性澱粉の全部を添加するとともに、パン生地の混捏工程で酒種を添加したことにより、いやな澱粉臭がなくなり、小麦粉の焙焼香と醗酵風味を有し、また甘味(あまみ)を有するものであった。特に、本実施例5では、中種混捏工程で難消化性澱粉の全部を添加し、かつ本捏工程で酒種を添加したことから、本捏工程で難消化性澱粉を添加した前掲の実施例1や、または酒種を添加しない前掲の実施例2と比較して、これらの効果が著しく認められた。また、実施例1は、本捏工程で酒種を添加したため、酒種を添加しない実施例2よりも、コクのある甘味が感じられるものであった。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の実施例1に係るパンの製造方法において、パン生地の配合と工程を示す表図である。
【図2】本発明の実施例2に係るパンの製造方法において、パン生地の配合と工程を示す表図である。
【図3】本発明の実施例5に係るパンの製造方法において、パン生地の配合と工程を示す表図である。
【図4】実験例1の結果を示す表図である。
【図5】実験例2の結果を示す表図である。
【図6】実験例3の結果を示す表図である。
【図7】実験例4の結果を示す表図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パン生地の混捏工程で原料粉として少なくとも小麦粉及び難消化性澱粉を添加するパンの製造方法において、前記混捏工程で酒種を添加することを特徴とするパンの製造方法。
【請求項2】
前記混捏工程として中種混捏工程及びその後の本捏工程を備えた中種法を採用するとともに、本捏工程で酒種を添加することを特徴とする請求項1に記載のパンの製造方法。
【請求項3】
パン生地の混捏工程で原料粉として少なくとも小麦粉及び難消化性澱粉を添加するパンの製造方法において、前記混捏工程として中種混捏工程及びその後の本捏工程を備えた中種法を採用するとともに、前記中種混捏工程で前記難消化性澱粉の少なくとも一部を添加し、且つ本捏工程で酒種を添加することを特徴とするパンの製造方法。
【請求項4】
パン生地の混捏工程で原料粉として少なくとも小麦粉及び難消化性澱粉を添加するパンの製造方法において、前記混捏工程として中種混捏工程及びその後の本捏工程を備えた中種法を採用するとともに、前記中種混捏工程で前記難消化性澱粉の全部を添加することを特徴とするパンの製造方法。
【請求項5】
前記本捏工程で酒種を添加することを特徴とする請求項4に記載のパンの製造方法。
【請求項6】
前記中種混捏工程でイースト醗酵性糖類を添加することを特徴とする請求項3、4または5に記載のパンの製造方法。
【請求項7】
前記イースト醗酵性糖類がブドウ糖であることを特徴とする請求項6に記載のパンの製造方法。
【請求項8】
前記難消化性澱粉は、前記原料粉全体のうち10〜40質量%の量を添加することを特徴とする請求項1、2、3、4、5、6または7に記載のパンの製造方法。
【請求項9】
前記イースト醗酵性糖類は、前記中種混捏工程で添加する難消化性澱粉に対して0.5〜15質量%の量、及び/又は前記中種混捏工程で使用する原料粉に対して0.2〜3.8質量%の量を添加することを特徴とする請求項6または7に記載のパンの製造方法。
【請求項10】
前記酒種は、前記難消化性澱粉に対して2〜20質量%の量、及び/又は前記原料粉全体に対して0.1〜4質量%の量を添加することを特徴とする請求項1、2、3又は5に記載のパンの製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−340653(P2006−340653A)
【公開日】平成18年12月21日(2006.12.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−168983(P2005−168983)
【出願日】平成17年6月9日(2005.6.9)
【出願人】(000178594)山崎製パン株式会社 (42)
【Fターム(参考)】