説明

パン酵母製造のための合成培地および半合成培地

【課題】本発明は、従来のパン酵母製造において生じていた、廃糖蜜の使用に
より生じる問題を解決する半合成培地および合成培地、ならびにこれら培地を使
用する培養方法を開発することを課題とする。
【解決手段】本発明に従って、アミノ酸、特に酸性アミノ酸、または塩基性ア
ミノ酸を高濃度で含む改善された合成培地が提供される。また、本発明に従って
、廃糖蜜中の有効成分を含有する画分を含む改善された半合成培地もまた提供さ
れる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パン酵母製造のための合成培地および半合成培地の分野にある。ま
た、本発明は、パン酵母製造のための培地補添物に関する。
【0002】
さらに本発明は、酵母の発酵能を簡便に決定するための方法に関する。
【背景技術】
【0003】
製パンに使用するパン酵母の製造は、製糖過程で副産物として生じる廃糖蜜を
原料として行われている。廃糖蜜を使用するパン酵母製造方法は周知であり、例
えば、非特許文献1)に詳細に記載されている。
【0004】
現在のところ、パン酵母製造に使用する廃糖蜜のほとんどは東南アジア諸国か
らの輸入でまかなわれている。しかし、製糖技術の向上による廃糖蜜の品質低下
や世界情勢の変化といった要因により、優良な廃糖蜜を安定的に確保することが
難しく、パン酵母の品質の安定化が困難な状況にある。今後、廃糖蜜の供給に関
する状況はさらに厳しさを増すものと予想されている。そのため、廃糖蜜をより
効率的に利用する方法の確立が望まれる。
【0005】
また、廃糖蜜の成分は、産出国、産出工場や産出年度によっても差がある一方
で、フィリピンなどの外国産廃糖蜜は、その製造構造の特定が産業構造上困難で
ある。そのため、パン酵母培養に適した成分の廃糖蜜を選択するためには、数種
の廃糖蜜を入手してから、選択することが必要とされる。しかし、廃糖蜜の中に
はパン酵母の培養に適当でない成分を含むものもあり、必ずしもパン酵母培養に
好適な廃糖蜜を常に入手できるとは限らない。そのため、実際のパン酵母の製造
においては、パン酵母培養に不適切な廃糖蜜を使用せざるを得ない場合もある。
【0006】
廃糖蜜を使用するパン酵母の製造方法においては、数種類の廃糖蜜を混合使用
することによる組成成分の片寄りの排除、廃糖蜜の選択、培養条件の調整、およ
び甜菜糖工場廃液及び/又はその処理物の添加(特開平10−136975)な
どが試みられているが、廃糖蜜の使用により生じる問題を解決するには至ってい
ない。
【0007】
これら廃糖蜜の使用により生じる問題を解決するために、培養原料として廃糖
蜜からの脱却を図り、合成原料を培地成分として常に安定した品質のパン酵母を
製造する試みがなされている。しかしながら、十分な発酵力を有するパン酵母製
造に適した合成培地または半合成培地は、いまだ開発されていない。その原因の
1つは、廃糖蜜に含まれるサトウキビ由来の成分からパン酵母の性能向上に必要
な有効成分を同定するための簡便な方法が確立されていないことにある。
【0008】
この出願の発明に関連する先行技術文献情報としては、次のものがある。
【非特許文献1】「製パンの科学 II 製パン材料の科学」(田中康夫・松本博編、株式会社 光琳、1992年9月
【特許文献1】公開特許公報 特開平10−136975
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上にかんがみて、本発明は、従来のパン酵母製造において生じていた、廃糖
蜜の使用により生じる問題を解決する半合成培地および合成培地、ならびにこれ
ら培地を使用する培養方法を開発することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題は、パン酵母の性能向上に必要な有効成分を同定する簡便な方法を開
発し、その方法を使用して、パン酵母製造のための半合成培地および合成培地を
開発することによって解決された。
【0011】
パン生地は、例えば、菓子パン生地、フランスパン生地、食パン生地など、そ
の種類に応じてパン酵母が発酵する条件が異なる。本発明において初めて、パン
生地の種類に応じた発酵条件に適した、パン酵母を製造するための有効成分を廃
糖蜜から同定した。この同定の結果、廃糖蜜をその目的とするパン生地に適した
画分に分離・精製し、その精製画分を合成培地に添加した半合成培地をパン酵母
製造に使用することにより、廃糖蜜をより効率的に利用することが可能となった

【0012】
また、パン酵母製造に有効な成分を精製して使用することによって、廃糖蜜中
に混在するパン酵母製造の障害となる成分の培地への混入を避け、その結果、よ
り効率的に廃糖蜜を使用することも可能になった。
【0013】
従って、半合成培地は、廃糖蜜の有効利用をもたらし、廃糖蜜の供給に起因す
る問題を解決する。また、廃糖蜜から精製した画分を含む半合成培地を使用する
ことによって、常に一定量の有効成分を培地中に含有させることが可能となり、
その結果、廃糖蜜の成分のばらつきにより生じる問題をも改善する。
【0014】
さらに、本発明において完成されたパン酵母製造のための合成培地は、廃糖蜜
の供給および廃糖蜜の成分のばらつきを根本的に解決する。
【0015】
従って、本発明は、以下の発明を提供する。
【0016】
(1) 培地中の糖1gあたり1.2μg以上のビオチン、ならびに以下の補
添アミノ酸を含む、酵母培養のための合成培地:
a)培地中の糖1gあたり880μg以上のグルタミン酸;
b)培地中の糖1gあたり880μg以上のアスパラギン酸;または
c)グルタミン酸およびアスパラギン酸であって、該培地中の該グルタミン酸お
よび該アスパラギン酸の含有量の合計が、該培地中の糖1gあたり880μg以
上である、グルタミン酸およびアスパラギン酸。
【0017】
(2) 培地中の糖1gあたり1.2μg以上のビオチン、ならびに以下の補
添アミノ酸を含む、パン酵母製造のための合成培地:
a)培地中の糖1gあたり880μg以上のグルタミン酸;
b)培地中の糖1gあたり880μg以上のアスパラギン酸;または
c)グルタミン酸およびアスパラギン酸であって、該培地中の該グルタミン酸お
よび該アスパラギン酸の含有量の合計が、該培地中の糖1gあたり880μg以
上である、グルタミン酸およびアスパラギン酸。
【0018】
(3) 前記補添アミノ酸の量が、前記培地中の糖1gあたり33mg以上で
ある、項目1または2に記載の培地。
【0019】
(4) 前記補添アミノ酸の量が、前記培地中の糖1gあたり330mgであ
る、項目1または2に記載の培地。
【0020】
(5) 前記ビオチンの量が、前記培地中の糖1gあたり2.0μg以上であ
る、項目1または2に記載の培地。
【0021】
(6) 前記ビオチンの量が、前記培地中の糖1gあたり12μgである、項
目1または2に記載の培地。
【0022】
(7) 項目1または2に記載の培地を使用する、酵母の製造方法。
【0023】
(8) 項目7に記載の製造方法によって製造された酵母。
【0024】
(9) 項目8に記載の酵母を使用して製造されたパン。
【0025】
(10) 培地中の糖1gあたり1.2μg以上のビオチン、ならびに以下の
補添アミノ酸を含む、酵母培養のための半合成培地:
a)培地中の糖1gあたり880μg以上のグルタミン酸;
b)培地中の糖1gあたり880μg以上のアスパラギン酸;または
c)グルタミン酸およびアスパラギン酸であって、該培地中の該グルタミン酸お
よび該アスパラギン酸の含有量の合計が、該培地中の糖1gあたり880μg以
上である、グルタミン酸およびアスパラギン酸。
【0026】
(11) 培地中の糖1gあたり1.2μg以上のビオチン、ならびに以下の
補添アミノ酸を含む、パン酵母製造のための半合成培地:
a)培地中の糖1gあたり880μg以上のグルタミン酸;
b)培地中の糖1gあたり880μg以上のアスパラギン酸;または
c)グルタミン酸およびアスパラギン酸であって、該培地中の該グルタミン酸お
よび該アスパラギン酸の含有量の合計が、該培地中の糖1gあたり880μg以
上である、グルタミン酸およびアスパラギン酸。
【0027】
(12) 前記補添アミノ酸の量が、前記培地中の糖1gあたり33mg以上
である、項目10または11に記載の培地。
【0028】
(13) 前記補添アミノ酸の量が、前記培地中の糖1gあたり330mgで
ある、項目10または11に記載の培地。
【0029】
(14) 前記ビオチンの量が、前記培地中の糖1gあたり2.0μg以上で
ある、項目10または11に記載の培地。
【0030】
(15) 前記ビオチンの量が、前記培地中の糖1gあたり12μgである、
項目10または11に記載の培地。
【0031】
(16) 項目10または11に記載の培地を使用する、酵母の製造方法。
【0032】
(17) 項目16に記載の製造方法によって製造された酵母。
【0033】
(18) 項目17に記載の酵母を使用して製造されたパン。
【0034】
(19) 培地中の糖1gあたり1.2μg以上のビオチン、ならびに以下の
補添成分を含む、酵母培養のための合成培地:
a)カザミノ酸であって、該カザミノ酸中のグルタミン酸およびアスパラギン酸
の含有量の合計が該培地中の糖1gあたり880μg以上であるか、または該カ
ザミノ酸中のリジン、アルギニン、およびヒスチジンの含有量の合計が該培地中
の糖1gあたり880μg以上である、カザミノ酸;
b)アミノ酸混合物であって、該アミノ酸混合物中のグルタミン酸およびアスパ
ラギン酸の含有量の合計が該培地中の糖1gあたり880μg以上である、アミ
ノ酸混合物;または
c)アミノ酸混合物であって、該アミノ酸混合物中のリジン、アルギニン、およ
びヒスチジンの含有量の合計が該培地中の糖1gあたり880μg以上である、
アミノ酸混合物。
【0035】
(20) 培地中の糖1gあたり1.2μg以上のビオチン、ならびに以下の
補添成分を含む、パン酵母製造のための合成培地:
a)カザミノ酸であって、該カザミノ酸中のグルタミン酸およびアスパラギン酸
の含有量の合計が該培地中の糖1gあたり880μg以上であるか、または該カ
ザミノ酸中のリジン、アルギニン、およびヒスチジンの含有量の合計が該培地中
の糖1gあたり880μg以上である、カザミノ酸;
b)アミノ酸混合物であって、該アミノ酸混合物中のグルタミン酸およびアスパ
ラギン酸の含有量の合計が該培地中の糖1gあたり880μg以上である、アミ
ノ酸混合物;または
c)アミノ酸混合物であって、該アミノ酸混合物中のリジン、アルギニン、およ
びヒスチジンの含有量の合計が該培地中の糖1gあたり880μg以上である、
アミノ酸混合物。
【0036】
(21) 前記グルタミン酸およびアスパラギン酸の含有量の合計、または前
記リジン、アルギニン、およびヒスチジンの含有量の合計が、前記培地中の糖1
gあたり33mg以上である、項目19または20に記載の培地。
【0037】
(22) 前記グルタミン酸およびアスパラギン酸の含有量の合計、または前
記リジン、アルギニン、およびヒスチジンの含有量の合計が、前記培地中の糖1
gあたり330mgである、項目19または20に記載の培地。
【0038】
(23) 前記ビオチンの量が、前記培地中の糖1gあたり2.0μg以上で
ある、項目19または20に記載の培地。
【0039】
(24) 前記ビオチンの量が、前記培地中の糖1gあたり12μgである、
項目19または20に記載の培地。
【0040】
(25) 項目19または20に記載の培地を使用する、酵母の製造方法。
【0041】
(26) 項目25に記載の製造方法によって製造された酵母。
【0042】
(27) 項目26に記載の酵母を使用して製造されたパン。
【0043】
(28) 培地中の糖1gあたり1.2μg以上のビオチン、ならびに以下の
補添成分を含む、酵母培養のための半合成培地:
a)カザミノ酸であって、該カザミノ酸中のグルタミン酸およびアスパラギン酸
の含有量の合計が該培地中の糖1gあたり880μg以上であるか、または該カ
ザミノ酸中のリジン、アルギニン、およびヒスチジンの含有量の合計が該培地中
の糖1gあたり880μg以上である、カザミノ酸;
b)アミノ酸混合物であって、該アミノ酸混合物中のグルタミン酸およびアスパ
ラギン酸の含有量の合計が該培地中の糖1gあたり880μg以上である、アミ
ノ酸混合物;または
c)アミノ酸混合物であって、該アミノ酸混合物中のリジン、アルギニン、およ
びヒスチジンの含有量の合計が該培地中の糖1gあたり880μg以上である、
アミノ酸混合物。
【0044】
(29) 培地中の糖1gあたり1.2μg以上のビオチン、ならびに以下の
補添成分を含む、パン酵母製造のための半合成培地:
a)カザミノ酸であって、該カザミノ酸中のグルタミン酸およびアスパラギン酸
の含有量の合計が該培地中の糖1gあたり880μg以上であるか、または該カ
ザミノ酸中のリジン、アルギニン、およびヒスチジンの含有量の合計が該培地中
の糖1gあたり880μg以上である、カザミノ酸;
b)アミノ酸混合物であって、該アミノ酸混合物中のグルタミン酸およびアスパ
ラギン酸の含有量の合計が該培地中の糖1gあたり880μg以上である、アミ
ノ酸混合物;または
c)アミノ酸混合物であって、該アミノ酸混合物中のリジン、アルギニン、およ
びヒスチジンの含有量の合計が該培地中の糖1gあたり880μg以上である、
アミノ酸混合物。
【0045】
(30) 前記グルタミン酸およびアスパラギン酸の含有量の合計、または前
記リジン、アルギニン、およびヒスチジンの含有量の合計が、前記培地中の糖1
gあたり33mg以上である、項目28または29に記載の培地。
【0046】
(31) 前記グルタミン酸およびアスパラギン酸の含有量の合計、または前
記リジン、アルギニン、およびヒスチジンの含有量の合計が、前記培地中の糖1
gあたり330mgである、項目28または29に記載の培地。
【0047】
(32) 前記ビオチンの量が、前記培地中の糖1gあたり2.0μg以上で
ある、項目28または29に記載の培地。
【0048】
(33) 前記ビオチンの量が、前記培地中の糖1gあたり12μgである、
項目28または29に記載の培地。
【0049】
(34) 項目28または29に記載の培地を使用する、酵母の製造方法。
【0050】
(35) 項目34に記載の製造方法によって製造された酵母。
【0051】
(36) 項目35に記載の酵母を使用して製造されたパン。
【0052】
(37) 培地中の糖1gあたり1.2μg以上のビオチン、ならびに以下の
補添アミノ酸を含む、酵母培養のための合成培地:
a)培地中の糖1gあたり880μg以上のヒスチジン;
b)培地中の糖1gあたり880μg以上のアルギニン;
c)培地中の糖1gあたり880μg以上のリジン;
d)ヒスチジンおよびアルギニンであって、該培地中の該ヒスチジンおよび該ア
ルギニンの含有量の合計が培地中の糖1gあたり880μg以上である、ヒスチ
ジンおよびアルギニン;
e)ヒスチジンおよびリジンであって、該培地中の該ヒスチジンおよび該リジン
の含有量の合計が培地中の糖1gあたり880μg以上である、ヒスチジンおよ
びリジン;
f)リジンおよびアルギニンであって、該培地中の該リジンおよび該アルギニン
の含有量の合計が培地中の糖1gあたり880μg以上である、リジンおよびア
ルギニン;または
g)ヒスチジン、アルギニン、およびリジンであって、該培地中の該ヒスチジン
、該アルギニン、および該リジンの含有量の合計が培地中の糖1gあたり880
μg以上である、ヒスチジン、アルギニン、およびリジン。
【0053】
(38) 培地中の糖1gあたり1.2μg以上のビオチン、ならびに以下の
補添アミノ酸を含む、パン酵母製造のための合成培地:
a)培地中の糖1gあたり880μg以上のヒスチジン;
b)培地中の糖1gあたり880μg以上のアルギニン;
c)培地中の糖1gあたり880μg以上のリジン;
d)ヒスチジンおよびアルギニンであって、該培地中の該ヒスチジンおよび該ア
ルギニンの含有量の合計が培地中の糖1gあたり880μg以上である、ヒスチ
ジンおよびアルギニン;
e)ヒスチジンおよびリジンであって、該培地中の該ヒスチジンおよび該リジン
の含有量の合計が培地中の糖1gあたり880μg以上である、ヒスチジンおよ
びリジン;
f)リジンおよびアルギニンであって、該培地中の該リジンおよび該アルギニン
の含有量の合計が培地中の糖1gあたり880μg以上である、リジンおよびア
ルギニン;または
g)ヒスチジン、アルギニン、およびリジンであって、該培地中の該ヒスチジン
、該アルギニン、および該リジンの含有量の合計が培地中の糖1gあたり880
μg以上である、ヒスチジン、アルギニン、およびリジン。
【0054】
(39) 前記補添アミノ酸の量が、前記培地中の糖1gあたり33mg以上
である、項目37または38に記載の培地。
【0055】
(40) 前記補添アミノ酸の量が、前記培地中の糖1gあたり330mgで
ある、項目37または38に記載の培地。
【0056】
(41) 前記ビオチンの量が、前記培地中の糖1gあたり2.0μg以上で
ある、項目37または38に記載の培地。
【0057】
(42) 前記ビオチンの量が、前記培地中の糖1gあたり12μgである、
項目37または38に記載の培地。
【0058】
(43) 項目37または38に記載の培地を使用する、酵母の製造方法。
【0059】
(44) 項目43に記載の製造方法によって製造された酵母。
【0060】
(45) 項目44に記載の酵母を使用して製造されたパン。
【0061】
(46) 培地中の糖1gあたり1.2μg以上のビオチン、ならびに以下の
補添アミノ酸を含む、酵母培養のための半合成培地:
a)培地中の糖1gあたり880μg以上のヒスチジン;
b)培地中の糖1gあたり880μg以上のアルギニン;
c)培地中の糖1gあたり880μg以上のリジン;
d)ヒスチジンおよびアルギニンであって、該培地中の該ヒスチジンおよび該ア
ルギニンの含有量の合計が培地中の糖1gあたり880μg以上である、ヒスチ
ジンおよびアルギニン;
e)ヒスチジンおよびリジンであって、該培地中の該ヒスチジンおよび該リジン
の含有量の合計が培地中の糖1gあたり880μg以上である、ヒスチジンおよ
びリジン;
f)リジンおよびアルギニンであって、該培地中の該リジンおよび該アルギニン
の含有量の合計が培地中の糖1gあたり880μg以上である、リジンおよびア
ルギニン;または
g)ヒスチジン、アルギニン、およびリジンであって、該培地中の該ヒスチジン
、該アルギニン、および該リジンの含有量の合計が培地中の糖1gあたり880
μg以上である、ヒスチジン、アルギニン、およびリジン。
【0062】
(47) 培地中の糖1gあたり1.2μg以上のビオチン、ならびに以下の
補添アミノ酸を含む、パン酵母製造のための半合成培地:
a)培地中の糖1gあたり880μg以上のヒスチジン;
b)培地中の糖1gあたり880μg以上のアルギニン;
c)培地中の糖1gあたり880μg以上のリジン;
d)ヒスチジンおよびアルギニンであって、該培地中の該ヒスチジンおよび該ア
ルギニンの含有量の合計が培地中の糖1gあたり880μg以上である、ヒスチ
ジンおよびアルギニン;
e)ヒスチジンおよびリジンであって、該培地中の該ヒスチジンおよび該リジン
の含有量の合計が培地中の糖1gあたり880μg以上である、ヒスチジンおよ
びリジン;
f)リジンおよびアルギニンであって、該培地中の該リジンおよび該アルギニン
の含有量の合計が培地中の糖1gあたり880μg以上である、リジンおよびア
ルギニン;または
g)ヒスチジン、アルギニン、およびリジンであって、該培地中の該ヒスチジン
、該アルギニン、および該リジンの含有量の合計が培地中の糖1gあたり880
μg以上である、ヒスチジン、アルギニン、およびリジン。
【0063】
(48) 前記補添アミノ酸の量が、前記培地中の糖1gあたり33mg以上
である、項目46または47に記載の培地。
【0064】
(49) 前記補添アミノ酸の量が、前記培地中の糖1gあたり330mgで
ある、項目46または47に記載の培地。
【0065】
(50) 前記ビオチンの量が、前記培地中の糖1gあたり2.0μg以上で
ある、項目46または47に記載の培地。
【0066】
(51) 前記ビオチンの量が、前記培地中の糖1gあたり12μgである、
項目46または47に記載の培地。
【0067】
(52) 項目46または47に記載の培地を使用する、酵母の製造方法。
【0068】
(53) 項目52に記載の製造方法によって製造された酵母。
【0069】
(54) 項目53に記載の酵母を使用して製造されたパン。
【0070】
(55) 廃糖蜜から得られる精製画分であって、合成吸着剤に吸着しない画
分。
【0071】
(56) 前記合成吸着剤が芳香族系樹脂である、項目55に記載の精製画分

【0072】
(57) 前記合成吸着剤が以下の構造式を有する樹脂である、項目55に記
載の精製画分:
【0073】
【化4】

【0074】
(58) 前記合成吸着剤がDIAION HP20(登録商標)である、項
目55に記載の精製画分。
【0075】
(59) 廃糖蜜から得られる精製画分であって、合成吸着剤に吸着する精製
画分。
【0076】
(60) 前記合成吸着剤が芳香族系樹脂である、項目59に記載の精製画分

【0077】
(61) 前記合成吸着剤が以下の構造式を有する樹脂である、項目59に記
載の精製画分:
【0078】
【化5】

【0079】
(62) 前記合成吸着剤に吸着した精製画分の溶出条件が、50% 2−プ
ロパノールおよび2% NH4OHを含有する溶媒による溶出である、項目59
に記載の精製画分。
【0080】
(63) 前記合成吸着剤がDIAION HP20(登録商標)である、項
目59に記載の精製画分。
【0081】
(64) 項目55または59に記載の精製画分を含有する、酵母培養のため
の半合成培地。
【0082】
(65) 項目64に記載の培地を使用する、酵母の製造方法。
【0083】
(66) 項目65に記載の製造方法によって製造された酵母。
【0084】
(67) 項目66に記載の酵母を使用して製造されたパン。
【0085】
(68) 項目55または59に記載の精製画分を含有する、パン酵母製造の
ための半合成培地。
【0086】
(69) 項目68に記載の培地を使用する、パン酵母の製造方法。
【0087】
(70) 項目69に記載の製造方法によって製造された酵母。
【0088】
(71) 項目70に記載の酵母を使用して製造されたパン。
【0089】
(72) 廃糖蜜から、酵母培地に添加する画分を精製する方法であって、以
下の工程:
a)廃糖蜜の成分を合成吸着剤と接触させる工程;および
b)該合成吸着剤に吸着しない物質、または該合成吸着剤に吸着して溶出される
物質を、酵母培地に添加する画分として回収する工程、
を包含する、精製方法。
【0090】
(73) 前記合成吸着剤が芳香族系樹脂である、項目72に記載の精製方法

【0091】
(74) 前記合成吸着剤が以下の構造式を有する樹脂である、項目72に記
載の精製方法:
【0092】
【化6】

【0093】
(75) 前記合成吸着剤に吸着して溶出される物質の溶出条件が、50%
2−プロパノールおよび2% NH4OHを含有する溶媒による溶出である、項
目72に記載の精製方法。
【0094】
(76) 前記合成吸着剤がDIAION HP20(登録商標)である、項
目72に記載の精製方法。
【0095】
(77) 項目72に記載の方法によって精製された、精製画分。
【0096】
(78) 項目77に記載の精製画分を含有する、パン酵母製造のための半合
成培地。
【0097】
(79) 項目78に記載の培地を使用する、パン酵母の製造方法。
【0098】
(80) 項目79に記載の製造方法によって製造された酵母。
【0099】
(81) 項目80に記載の酵母を使用して製造されたパン。
【発明の効果】
【0100】
本発明によって提供された改善された合成培地、および改善された半合成培地
を使用することによって、従来のパン酵母製造において生じていた、廃糖蜜の使
用により生じる問題を解決することができた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0101】
以下、本発明を説明する。本明細書の全体にわたり、単数形の表現は、特に言
及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。また、
本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用い
られる意味で用いられることが理解されるべきである。
【0102】
(用語の定義)
以下に本明細書において特に使用される用語の定義を列挙する。
【0103】
本明細書において「酵母」とは、大部分の生活環を単細胞で経過する菌類をい
う。代表的な酵母としては、Saccharomyces属、Schizosa
ccharomyces属に属する酵母、特にSaccharomyces c
erevisiae、Saccharomyces ludwigii、および
Schizosaccharomyces pombeが挙げられる。
【0104】
本明細書において「パン酵母」とは、パンの製造に使用される、Saccha
romyces cerevisiaeに属し、パンの製造に使用される酵母を
いう。
【0105】
本明細書において、「アミノ酸」は、本発明の目的を満たす限り、天然のもの
でも非天然のものでもよい。「誘導体アミノ酸」または「アミノ酸アナログ」と
は、天然に存在するアミノ酸とは異なるがもとのアミノ酸と同様の機能を有する
ものをいう。そのような誘導体アミノ酸およびアミノ酸アナログは、当該分野に
おいて周知である。
【0106】
用語「天然のアミノ酸」とは、天然のアミノ酸のL−異性体を意味する。天然
のアミノ酸は、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、セリン
、メチオニン、トレオニン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、シ
ステイン、プロリン、ヒスチジン、アスパラギン酸、アスパラギン、グルタミン
酸、グルタミン、γ−カルボキシグルタミン酸、アルギニン、オルニチン、およ
びリジンである。特に示されない限り、本明細書でいう全てのアミノ酸はL体で
ある。本明細書において、好ましいアミノ酸は天然のアミノ酸である。
【0107】
本明細書中で使用する「アミノ酸」は、時々標準的な以下の三文字コードを用
いて明記される:アラニン(Ala)、セリン(Ser)、スレオニン(Thr
)、アスパラギン酸(Asp)、グルタミン酸(Glu)、アスパラギン(As
n)、グルタミン(Gln)、アルギニン(Arg)、リジン(Lys)、イソ
ロイシン(Ile)、ロイシン(Leu)、メチオニン(Met)、バリン(V
al)、フェニルアラニン(Phe)、チロシン(Tyr)、トリプトファン(
Trp)、プロリン(Pro)、グリシン(Gly)、ヒスチジン(His)、
システイン(Cys)。
【0108】
用語「非天然アミノ酸」とは、タンパク質中で通常は天然に見出されないアミ
ノ酸を意味する。非天然アミノ酸の例として、ノルロイシン、パラ−ニトロフェ
ニルアラニン、ホモフェニルアラニン、パラ−フルオロフェニルアラニン、3−
アミノ−2−ベンジルプロピオン酸、ホモアルギニンのD体またはL体およびD
−フェニルアラニンが挙げられる。「アミノ酸アナログ」とは、アミノ酸ではな
いが、アミノ酸の物性および/または機能に類似する分子をいう。アミノ酸アナ
ログとしては、例えば、エチオニン、カナバニン、2−メチルグルタミンなどが
挙げられる。アミノ酸模倣物とは、アミノ酸の一般的な化学構造とは異なる構造
を有するが、天然に存在するアミノ酸と同様な様式で機能する化合物をいう。
【0109】
本明細書において、「アミノ酸混合物」とは、天然のアミノ酸である、グリシ
ン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、セリン、メチオニン、トレオ
ニン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、システイン、プロリン、
ヒスチジン、アスパラギン酸、アスパラギン、グルタミン酸、グルタミン、アル
ギニン、γ−カルボキシグルタミン酸、オルニチン、およびリジンの少なくとも
5種以上、好ましくは少なくとも6種以上、より好ましくは少なくとも7種以上
、なおより好ましくは、少なくとも8種以上、少なくとも9種以上、少なくとも
10種以上、少なくとも11種以上、少なくとも12種以上、少なくとも13種
以上、少なくとも14種以上、少なくとも15種以上、少なくとも16種以上、
少なくとも17種以上、少なくとも18種以上、少なくとも19種以上、少なく
とも20種以上、少なくとも21種以上、または22種の天然のアミノ酸を含有
する混合物である。
【0110】
本明細書において使用する場合、「補添アミノ酸」とは、酵母培地に添加され
るアミノ酸を意味する。本明細書において、補添アミノ酸の濃度は、使用される
培地中の糖1gに対する重量として表される。添加される補添アミノ酸は、純粋
なアミノ酸化合物の形態であっても、アミノ酸を含む組成物の形態であってもよ
い。従って、本明細書において、カザミノ酸の形態でアミノ酸を補添する場合、
カザミノ酸は、補添アミノ酸として利用され得る。
【0111】
本明細書において使用される補添アミノ酸の濃度は、培地中の糖1g当たり、
380μg以上、好ましくは500μg以上、より好ましくは880μg以上、
最も好ましくは33mg以上である。培地中の糖1g当たり330mg程度の濃
度の補添アミノ酸の使用もまた、好ましい。
【0112】
本発明において培地中に添加される糖としては、グルコース、タロース、マン
ノース、フルクトース、ガラクトース、スクロース、およびこれらの混合物、な
らびにデキストロースが挙げられるが、これらに限定されない。
【0113】
本明細書において、合成培地および半合成培地に添加されるリン酸源としては
、KH2PO4、K2HPO4、K3PO4などのカリウム塩およびその水和物、Na
2PO4、Na2HPO4、Na3PO4などのナトリウム塩およびその水和物、な
らびに他の金属塩およびその水和物が挙げられる。好ましくは、リン酸源は、K
2PO4である。
【0114】
本明細書において、「カザミノ酸」とは、カゼインの加水分解物をいう。この
加水分解は、酸加水分解であっても、酵素による加水分解であってもよい。
【0115】
本明細書において使用されるカザミノ酸の濃度は、(1)カザミノ酸中のグル
タミン酸およびアスパラギン酸の含有量の合計、または(2)カザミノ酸中のリ
ジン、ヒスチジンおよびアルギニンの含有量の合計が、培地中の糖1gあたり、
380μg以上、好ましくは500μg以上、より好ましくは880μg以上、
最も好ましくは33mg以上となる、カザミノ酸の濃度である。カザミノ酸の濃
度として、(1)カザミノ酸中のグルタミン酸およびアスパラギン酸の含有量の
合計、または(2)カザミノ酸中のリジン、ヒスチジンおよびアルギニンの含有
量の合計が、培地中の糖1gあたり330mg程度となるカザミノ酸の使用もま
た、好ましい。
【0116】
本明細書において、「発酵能」とは、酵母を培養した場合に、糖質を無酸素的
に分解した代謝産物を生じる能力をいう。酵母の発酵には、代表的には、アルコ
ール発酵、グリセロール発酵などが挙げられるが、これらに限定されない。発酵
能を示す指標としては、例えば、低糖条件における発酵能(F10)、高糖状態
における発酵能(F40)、およびマルトース発酵力(Fm)などが挙げられる
が、これらに限定されない。これらの発酵能の指標は、酵母の流加培養によって
測定される。また、パン生地から生じる炭酸ガスを測定して、パン生地の発酵力
を測定するファーモグラフという方法もまた、発酵能を測定するために、使用可
能である。本明細書において、「発酵能」は、「発酵力」と互換可能に使用され
る。
【0117】
本明細書において、「流加培養」とは、酵母の培養期間中に、ある特定の物質
を培養槽に供給し、培養産物を培養終了時点まで培養槽の外に抜き出さない、培
養方法をいう。流加培養としては、供給する物質を連続的に加える連続流加培養
と、不連続的に加える逐次流加培養が挙げられる。また、流加培養の途中で、必
要に応じて、培養液を取り出してもよい。
【0118】
本明細書において使用する場合、「合成培地」とは、酵母エキスも、廃糖蜜も
含有しない培地をいう。合成培地としては、SD培地、および改変SD培地が挙
げられるが、これらに限定されない。
【0119】
本明細書において使用する場合、「SD培地」とは、以下と同等の組成を有す
る培地をいう:
・Yeast Nitrogen Base without amino a
cids without ammonium sulphate(Difco
社、Detroit,MIまたは同等品) 1.7g/L
・硫酸アンモニウム 5g/L、および
・デキストロース 20g/L。
【0120】
本明細書において使用する場合、「改変SD培地」とは、以下と同等の組成を
有する培地をいう:
・ビオチン 60μg/L、
・パントテン酸カルシウム 2400μg/L、
・葉酸 12μg/L、
・イノシトール 12000μg/L、
・ナイアシン 2400μg/L、
・p−アミノ安息香酸 1200μg/L、
・塩酸ピリドキシン 2400μg/L、
・リボフラビン 1200μg/L、
・塩酸チアミン 2400μg/L、
・H3BO3 3000μg/L、
・CuSO4 240μg/L、
・KI 600μg/L、
・FeCl2 1200μg/L、
・MnSO4 2400μg/L、
・Na2MoO4 1200μg/L、
・ZnSO4 2400μg/L、
・MgSO4 3g/L、
・CaCl2 600mg/L、
・NaCl 600mg/L、
・KH2PO4 6g/L、
・硫安 5g/L(または尿素2.25g/L)、および
・グルコース 30g/L。
【0121】
当業者は、上記のような周知の培地の組成を利用して、本発明に従ってアミノ
酸、ビオチン、カザミノ酸、および/または廃糖蜜画分を添加することによって
、本発明の合成培地または半合成培地を容易に作製することができる。
【0122】
本明細書において使用する場合、「半合成培地」とは、合成培地に、廃糖蜜か
ら精製または部分精製した成分または画分を添加した培地をいう。
【0123】
本明細書において使用する場合、「糖蜜培地」とは、廃糖蜜のような糖蜜を、
精製することなく使用して調製された培地をいう。
【0124】
本明細書において使用する場合、「精製」とは、廃糖蜜に含まれる特定の物質
を、天然の状態の廃糖蜜中においてその物質とともに存在する他の物質と分離す
る方法をいう。従って、本明細書において使用する場合、「精製」は、「部分精
製」を包含する。また、本明細書において使用する場合、用語「分画」は「精製
」と互換可能に使用される。
【0125】
本明細書において使用する場合、「合成吸着剤」とは、合成吸着剤と接触した
化合物の化学的性質(例えば、親水性・疎水性)に依存して、化合物をその表面
に選択的に吸着する物質をいう。好ましくは、合成吸着剤は、細孔と呼ばれる微
細な連続孔が粒子内部まで発達した多孔性の樹脂である。
【0126】
合成吸着剤としては、その化学構造により、芳香族系合成吸着剤、置換芳香族
系合成吸着剤、およびアクリル系合成吸着剤の3種類が挙げられる。芳香族系合
成吸着剤は、代表的には、架橋スチレン系の多孔質重合体で、芳香族の置換基を
有する合成吸着剤である。置換芳香族系合成吸着剤は、代表的には、芳香族重合
体の芳香核に臭素原子を結合させた疎水性の強い合成吸着剤であり、非極性・中
極性の物質を選択的に吸着する。アクリル系合成吸着剤とは、メタクリル酸エス
テル重合体を骨格とする親水性吸着剤である。この化学構造は各吸着剤の親水性
・疎水性の程度を決定する因子であるため、吸着させたい物質の親水性・疎水性
に合わせて適切な吸着剤種を選択することができる。好ましい合成吸着剤は、芳
香族系合成吸着剤である。
【0127】
芳香族合成吸着剤は、ペプチドや色素などの天然物の抽出分離や,抗生物質な
どの有用物の発酵液からの抽出濃縮等に利用可能であり、そしてこの芳香族合成
吸着剤は、吸着・脱着とも穏やかな条件下で汎用的に使用できる。
【0128】
好ましい芳香族合成吸着剤は、以下の構造を有する、
【0129】
【化7】

【0130】
また、好ましい芳香族合成吸着剤は、以下の構造的特徴を有する:
・細孔容積 1.3mL/g
・比表面積 600m2/g
・細孔半径 200オングストローム以上。
【0131】
特に好ましい芳香族合成吸着剤は、DIAION HP20(登録商標)(三
菱化学株式会社、東京)である。
【0132】
本明細書において、合成吸着剤に吸着した物質を溶出する溶媒としては、例え
ば、アルコール、アセトン、アルカリ、および酸溶液、ならびにこれらの混合物
が使用され得る。使用されるアルコールとしては、メタノール、エタノール、プ
ロパノール、イソプロパノール、ブタノールが挙げられるが、これらに限定され
ない。好ましい溶媒は、50% 2−プロパノールおよび2% NH4OHを含
有する水溶液である。
【0133】
本明細書において使用する場合、「有効成分」とは、パン酵母の培養において
、合成培地に添加した場合に、製造されるパン酵母の増殖速度・発酵能を改善す
るのに有効な成分をいう。
【0134】
(基本技術)
本明細書において使用される技術は、そうではないと具体的に指示しない限り
、当該分野の技術範囲内にある、微生物学、発酵工学、生化学、遺伝子工学、分
子生物学、遺伝学および関連する分野における周知慣用技術を使用する。そのよ
うな技術は、例えば、以下に列挙した文献および本明細書において他の場所おい
て引用した文献においても十分に説明されている。
【0135】
本明細書において使用される代表的な基本技術を以下に説明するが、これらは
あくまで例示であり、本発明が以下の説明に限定されることは意図しない。
【0136】
(流加培養)
流加培養の条件は、当該分野において周知である。代表的な流加培養を以下に
例示するが、流加培養の条件は、これに限定されない。流加培養条件を適宜変化
させることは、当業者が容易になし得ることである。
【0137】
例えば、代表的な流加培養は、YMPD培地(0.3% イーストエキス、0
.3% マルトエキス、0.5% ペプトン、3% グルコース)で培養した酵
母菌体1.2gを種酵母として、所定の培地に播種した後、糖蜜溶液(260g
/Lの糖に相当する廃糖蜜に19.49g/Lの尿素、および52g/LのKH
2PO4を添加した溶液)を用いて30℃で連続流加することによって行われる。
【0138】
流加培養の条件は当該分野において周知であり、当業者は、流加培養条件を適
宜選択・改変し得る。
【0139】
(廃糖蜜からの有効成分の精製)
廃糖蜜からの有効成分の精製は、合成吸着剤を用いて、以下のように行うこと
ができる。
【0140】
(廃糖蜜の精製:合成吸着剤による精製)
合成吸着剤としては、例えば、DIAION HP20(登録商標)(三菱化
学株式会社、東京)が挙げられるが、これに限定されない。例えば、DIAIO
N HP20以外に、DIAION HP21、SEPABEDAS SP82
5、SEPABEDAS SP850、SEPABEDAS SP70、SEP
ABEDAS SP700(いずれも、三菱化学株式会社、東京)が挙げられる
。また、同程度の疎水性を有する樹脂も、同様に本発明の目的に使用可能である

【0141】
合成吸着剤を利用する精製方法としては、水性溶媒中に溶解したサンプルを、
合成吸着剤にアプライし、吸着しない画分を回収する方法か、または吸着した画
分を、穏やかな条件で溶出することによって精製する方法が挙げられる。穏やか
な溶出条件として好ましい条件は、50% 2−プロパノールを含む2%アンモ
ニアを溶出液として使用する、常温での溶出である。
【0142】
(発酵能の測定)
本明細書において、発酵能を測定する場合には、例示的に、低糖条件における
発酵能(F10)、高糖状態における発酵能(F40)、およびマルトース発酵
力(Fm)を指標として用いたが、これら以外の指標も、当業者には周知である
。また、パン生地から生じる炭酸ガスを測定して、パン生地の発酵力を測定する
ファーモグラフという装置を用いる方法もまた、発酵能を測定するために、使用
可能である。
【0143】
説明のために、これらの指標の代表的な測定方法を以下に説明するが、本明細
書において使用される発酵能の測定方法は、以下に限定されない。
【0144】
(発酵能の測定:低糖条件における発酵能(F10)の測定)
低糖条件における発酵能(F10)とは、10%(重量/容量)のスクロース
溶液中で、30℃、120分間発酵させた際の炭酸ガス発生量である。
【0145】
(発酵能の測定:高糖状態における発酵能(F40)の測定)
高糖状態における発酵能(F40)とは、40%スクロース溶液中で、30℃
、120分間発酵させた際の炭酸ガス発生量である。
【0146】
(発酵能の測定:マルトース発酵力(Fm)の測定)
マルトース発酵力(Fm)とは、5%マルトース溶液中で、30℃、120分
間発酵させた際の炭酸ガス発生量である。この場合、Fmを、Fm(5)とも記
載する。
【0147】
(好ましい実施形態の説明)
以下に、代表的な合成培地およびパン酵母を用いて好ましい実施形態の説明を
記載するが、この実施形態は本発明の例示であり、本発明の範囲はそのような好
ましい実施形態に限定されないことが理解されるべきである。従って、本発明は
、代表的な合成培地およびパン酵母に限定されることなく、本明細書に記載の合
成培地以外の培地、およびパン酵母以外の酵母にも適用可能である。
【0148】
本発明は、酵母の培養、特にパン酵母の製造のための改善された合成培地、お
よび改善された半合成培地を提供する。
【0149】
1つの局面において、本発明は、a)培地中の糖1gあたり880μg以上の
グルタミン酸;b)培地中の糖1gあたり880μg以上のアスパラギン酸;ま
たはc)培地中のグルタミン酸およびアスパラギン酸の含有量の合計が、培地中
の糖1gあたり880μg以上である、グルタミン酸およびアスパラギン酸、を
含む培地を提供する。ある局面において、上記アミノ酸は、酵母培養用の合成培
地(例えば、SD培地、および改変SD培地)に添加されて、使用される。1つ
の局面において、上記アミノ酸の濃度は、培地中の糖1g当たり、380μg以
上、好ましくは500μg以上、より好ましくは880μg以上、最も好ましく
は33mg以上である。培地中の糖1g当たり330mg程度の濃度の補添アミ
ノ酸の使用もまた、好ましい。
【0150】
上記の場合において、培地中に添加される糖としては、グルコース、タロース
、マンノース、フルクトース、ガラクトース、スクロース、およびこれらの混合
物、ならびにデキストロースが挙げられるが、これらに限定されない。
【0151】
別の局面において、本発明は、カザミノ酸であって、該カザミノ酸中のグルタ
ミン酸およびアスパラギン酸の含有量の合計が該培地中の糖1gあたり880μ
g以上であるか、または該カザミノ酸中のリジン、アルギニン、およびヒスチジ
ンの含有量の合計が該培地中の糖1gあたり880μg以上である、カザミノ酸
を含む合成培地または半合成培地を提供する。
【0152】
さらに別の局面において、本発明は、アミノ酸混合物であって、該アミノ酸混
合物中のグルタミン酸およびアスパラギン酸の含有量の合計が該培地中の糖1g
あたり880μg以上であるか、または該アミノ酸混合物中のリジン、アルギニ
ン、およびヒスチジンの含有量の合計が該培地中の糖1gあたり880μg以上
である、アミノ酸混合物を含む合成培地または半合成培地を提供する。
【0153】
ある局面において、上記アミノ酸は、酵母培養用の合成培地(例えば、SD培
地、および改変SD培地)に添加されて、使用される。1つの局面において、上
記カザミノ酸の濃度は、カザミノ酸中のグルタミン酸およびアスパラギン酸の含
有量の合計、またはカザミノ酸中のリジン、アルギニン、およびヒスチジンの含
有量の合計が、培地中の糖1gあたり、380μg以上、好ましくは500μg
以上、より好ましくは880μg以上、最も好ましくは33mg以上となる、カ
ザミノ酸の濃度である。カザミノ酸の濃度として、カザミノ酸中のグルタミン酸
およびアスパラギン酸の含有量の合計、またはカザミノ酸中のリジン、アルギニ
ン、およびヒスチジンの含有量の合計が、培地中の糖1gあたり330mg程度
となるカザミノ酸の使用もまた、好ましい。
【0154】
本発明はさらに、酵母培養のための培地に添加する有効成分を精製する方法、
およびそのような方法によって精製された画分を提供する。
【0155】
1つの局面において、本発明は、廃糖蜜から酵母培養培地に添加する画分を精
製する方法であって、以下の工程:a)廃糖蜜の成分を合成吸着剤と接触させる
工程;および
b)該合成吸着剤に吸着しない物質、または該合成吸着剤に吸着して穏やかな溶
出条件で溶出される物質を、酵母培養培地に添加する画分として回収する工程、
を包含する、精製方法を提供する。ある局面において、この合成吸着剤は、芳香
族合成吸着剤からなる樹脂である。特定の局面において、この合成吸着剤は、D
IAION HP20(登録商標)(三菱化学株式会社、東京)である。
【0156】
1つの局面において、合成吸着剤に吸着する画分は、50%(v/v)2−プ
ロパノールおよび2%NH4OHを含む溶液で溶出される。
【0157】
上記の精製方法によって精製された画分もまた提供される。
【0158】
本明細書において引用された、科学文献、特許、特許出願などの参考文献は、
その全体が、各々具体的に記載されたのと同じ程度に本明細書において参考とし
て援用される。
【0159】
以上、本発明を、理解の容易のために好ましい実施形態を示して説明してきた
。以下に、実施例に基づいて本発明を説明するが、上述の説明および以下の実施
例は、例示の目的のみに提供され、本発明を限定する目的で提供したのではない
。従って、本発明の範囲は、本明細書に具体的に記載された実施形態にも実施例
にも限定されず、特許請求の範囲によってのみ限定される。
【実施例】
【0160】
以下に実施例を示して本発明をさらに詳しく説明するが、この発明は以下の例
に限定されるものではない。
【0161】
(実施例1:合成培地と廃糖蜜を使用する培地との比較)
(1.合成培地の成分決定)
従来使用されている合成培地は、パン酵母の増殖に適さないことが公知である
。そこで、本実施例において、パン酵母の製造に使用する合成培地として、以下
のとおりに改変SD培地を作製した。
【0162】
廃糖蜜中の存在する多数の成分について、パン酵母増殖およびパン酵母発酵能
に与える影響を検討した結果、発明者らはビオチンに着目した。ビオチン濃度に
関して、一般的に使用される合成培地であるSD培地の含まれるビオチン濃度は
、廃糖蜜中に含まれるビオチン濃度と比較して、培地中のグラム糖あたりの量が
少なかった。そこで、SD培地の調製に使用されるYeast Nitroge
n Base without amino acids without a
mmonium sulphate(Difco社、Detroit,MI)の
組成を参考にして、SD培地に、培地中の糖1グラムあたり2.0μgの糖を添
加した培地を用いて、パン酵母の増殖および発酵能を検討したことろ、パン酵母
の増殖速度、および発酵能(製パン性能)が顕著に改善された。同様の効果は、
培地中の糖1グラムあたり1.2μgの糖を添加した培地を使用した場合におい
ても確認された。
【0163】
改変SD培地の組成と、SD培地の組成との比較を表1に示す。また、流加培
養に使用した流加用基質も、表1に記載する。この流加培地の各成分間の比率は
、改変SD培地と同一であり、そのため、糖1g当たりの添加量が同一である。
しかし、改変SD培地について使用する流加培地では、1L当たりの糖の量を、
改変SD培地と比較して増やしたため、その他の成分についても、比例して増え
ている。
【0164】
【表1】

【0165】
(2.流加培養における、合成培地と糖蜜培地との比較)
改変SD培地を用いて培養したパン酵母の性質を測定し、従来からパン酵母製
造に用いられてきた廃糖蜜(フィリピン産)を用いて培養したパン酵母と比較し
た。パン酵母菌株としては、オリエンタル酵母社の開発したT128株を使用し
た。改変SD培地、および廃糖蜜を培地として、微量流加培養によりパン酵母を
培養した。流加培養法はパン酵母企業の工場で行われている方法と同様であり、
工業レベルでのパン酵母の性質を調べるのに適当な培養法である。具体的には、
以下の条件を使用した。
【0166】
(2.1.合成培地および半合成培地での流加培養)
YMPD培地(0.3% イーストエキス、0.3% マルトエキス、0.5
% ペプトン、3% グルコース)で培養した酵母菌体1.2gを種酵母として
、改変SD培地に播種した後、糖溶液(260g/Lの糖に相当する廃糖蜜に1
9.49g/Lの尿素、および52g/LのKH2PO4を添加した溶液)を用い
て連続流加することによって、合成培地での流加培養を行った。
【0167】
必要に応じて、改変SD培地に、アミノ酸、カザミノ酸、または廃糖蜜の精製
画分を添加した。
【0168】
(2.2.廃糖蜜を使用する糖蜜培地での流加培養)
糖蜜溶液(260g/Lの糖に相当する廃糖蜜に19.49g/Lの尿素、お
よび52g/LのKH2PO4を添加した溶液)を調製し、流加培地として使用し
た:
YMPD培地(0.3% イーストエキス、0.3% マルトエキス、0.5
% ペプトン、3% グルコース)で培養した酵母菌体1.2gを種酵母として
、改変SD培地に播種した後、上記糖蜜培地を流加した。
【0169】
(2.3.合成培地で製造したパン酵母と廃糖蜜を使用する培地で製造したパ
ン酵母との比較)
上記2.1および2.2の培養方法で得られたパン酵母の性質を、以下につい
て比較した:培養後pH、対糖収率、マルトース発酵力(Fm)、低糖条件にお
ける発酵能(F10)、高糖状態における発酵能(F40)、および高糖生地発
酵力。
【0170】
(2.3.1.対糖収率の測定)
糖溶液、または同量の糖を含有する糖蜜溶液を用いて流加培養を行い、1gの
糖あたりに回収されるパン酵母の湿重量(水分を67%として)(g)を測定し
、パン酵母の対糖収率とした。この値が高い場合は、パン酵母の収率が高いこと
を示す。
【0171】
(2.3.2.マルトース発酵力(Fm)の測定)
流加培養で得られた菌体を用いて、5%マルトース溶液中で30℃、120分
間発酵させた際の炭酸ガス発生量を測定した。
【0172】
このマルトース発酵力は、フランスパン生地の発酵を予測するためのデータで
ある。
【0173】
(2.3.3.低糖条件における発酵能(F10)の測定)
流加培養で得られた菌体を用いて、10%スクロース溶液中で30℃、120
分間発酵させた際の炭酸ガス発生量を測定した。
【0174】
この低糖条件における発酵能(F10)での発酵力は、食パン生地の発酵を予
測するためのデータである。
【0175】
(2.3.4.高糖生地発酵力の測定)
高糖生地発酵力の測定は、周知の方法に従って、以下のように測定した:
小麦100部に対して、砂糖30部、NaCl0.5部、酵母4部、ショトニ
ング6部、脱脂粉乳2部、水52部を配合し、3.5分間ミキシングを行い、ミ
キシング終了時の温度を28℃になるようにした。その後、40g毎に分割した
生地を、Fermograph(ATTO社、東京)を用いて、30℃、2時間
のガス発生量を測定することによって、高糖生地発酵力を測定した。
【0176】
高糖生地発酵力は、菓子パン生地における発酵力の指標となる。
【0177】
以上の結果を、以下の表2にまとめた。
【0178】
【表2】

【0179】
表2の結果が示すように、改変SD培地で得られたパン酵母は、糖蜜培地で得
られたパン酵母と比較した場合、低糖状態における発酵能(F10)などについ
ては、廃糖蜜を用いた場合に近い性能を有しているが、高糖状態における発酵能
(F40)、および高糖生地発酵力が著しく劣っていた。菓子パンが普及してい
る我が国においては、高糖生地発酵力は極めて重要な特性であるので、高糖生地
発酵力の劣るパン酵母を製造する培地は、実用上問題がある。
(実施例2:合成培地と廃糖蜜を使用する培地とを比較するための試験管アッセ
イ系の構築)
実施例1の結果から、廃糖蜜培地を用いた場合と比較した場合、合成培地を用
いて製造したパン酵母では、高糖状態における発酵能(F40)、マルトース発
酵力(Fm)、および高糖生地発酵力が劣ることが明らかとなった。この原因と
しては、廃糖蜜に含まれるパン酵母の発酵能に関わる有効成分が合成培地では欠
乏している可能性が考えられる。そこで、廃糖蜜に含まれる有効成分を同定し、
その機能を明らかにすることを試みた。
【0180】
有効成分を同定するためには、どのような成分が、高糖状態における発酵能(
F40)、マルトース発酵力(Fm)、および高糖生地発酵力を改善するかを、
測定する必要がある。しかし、高糖状態における発酵能(F40)、マルトース
発酵力(Fm)、および高糖生地発酵力を測定するためには、大量の菌体が必要
であり、膨大な時間と労力を要する。そこで、有効成分の簡便な同定のための「
試験管アッセイ系」の確立を試みた。
【0181】
(1.合成培地を使用した場合と糖蜜培地を使用した場合における、試験管内
での酵母増殖特性の比較)
試験管アッセイ系を確立するために、合成培地を使用した場合におけるパン酵
母増殖特性と、糖蜜培地を使用した場合におけるパン酵母増殖特性とを比較した
。具体的には、以下のとおりに実験を行った。
【0182】
(方法)
培地はすべて、16φ試験管に5mlずつ分注し、紙栓をして120℃で15
分間オートクレーブした。T128株をSD液体培地で24時間前培養し、その
培養液をOD660=1(分光光度計 はU−2000 HITACHIを用いた
)となるよう、滅菌生理食塩水に懸濁した。そして、希釈した培養液を10μl
ずつ糖蜜培地と改変SD培地にそれぞれ添加して、経時的(具体的には、培養開
始後、24時間、48時間、および72時間)にOD660を測定した。糖蜜培地
の糖蜜には、フィリピン産、ならびに国産の球陽製糖(沖縄県名護市)、および
翔南製糖(沖縄県豊見城市)の3つの廃糖蜜を用いた。合成培地には改変SD培
地を用いた。
【0183】
(N源に硫安を用いた場合の結果)
T128株を各培地で試験管培養し、経時的にODを測定した結果と、pHを
測定した結果を図1と図2に示した。
【0184】
まず、国産廃糖蜜の二つの培地では酵母はほとんど同じ増殖パターンを示した
(図1)。糖蜜の国産と外国産の違いによる酵母増殖の違いは、国産の方が若干
酵母の増殖が良好であったが有意な差は認められなかった(図1)。pHの経時
変化は、外国産、国産廃糖蜜でほとんど違いがなかった(図2)。改変SD培地
では、24時間後に糖蜜培地の半分程の菌量までしか酵母が増殖せず(図1)、
その後、pH低下のため(図2)酵母の増殖はほとんど止まってしまうと考えら
れた。これは、pH低下が大きな要因であると考えられた(図2)。
【0185】
pH低下が増殖特性に大きな影響を与える条件下では、有効成分の同定が困難
であるだけでなくpHの低下を緩衝する物質が有効成分と誤認される可能性があ
ると考えられたので、pH低下を緩和するために、N源を尿素に変更して同様の
試験を行うことにした。
【0186】
(N源に尿素を用いた場合の結果)
N源を尿素に変更したことを除いて、用いた培地の組成、方法はN源硫安の系
と同様に行った。尿素は100倍濃度ストックを作り、フィルター滅菌し、オー
トクレーブ後に無菌的に50μlずつ各培地に添加した。また、コントロールと
して、フィリピン産廃糖蜜培地について、N源を硫安としたサンプルも加えた。
【0187】
培養開始から24時間後の糖蜜培地と合成培地でのODの差が、N源硫安の試
験系の時(図1)と比較して大きくなり、且つ、48時間後には合成培地でのO
Dが糖蜜培地でのODに追いつくという結果になった(図3)。しかし、48時
間後のフィリピン産廃糖蜜(N源尿素)を用いた試験区は酵母の増殖がほとんど
止まってしまい、また、国産の二つの廃糖蜜を用いた試験区でも72時間後には
増殖がほとんど止まってしまった。pHの経時変化もODと同時に測定したとこ
ろ、尿素の影響で、硫安の試験区(図2)とは逆に、培養を続けるとpHが上が
りすぎてしまい、酵母の増殖に悪影響を与えていると考えられた(図4)。
【0188】
以上のように、増殖特性に対するpH低下の影響が少ない条件下で実験を行っ
た結果、改変SD培地のような合成培地と、糖蜜培地でのパン酵母の試験管内で
の増殖特性の差異は、培養開始の24時間後での顕著なOD660の差異であるこ
とが明らかとなった。これに対して、培養開始の72時間後では、合成培地と、
糖蜜培地との間の差異が少ないか、または全くなかった。このことから、合成培
地と、糖蜜培地との差異は、増殖曲線の立ち上がりの遅れであることが明らかと
なった。
【0189】
以上の結果から、培養開始の24時間後での増殖曲線の立ち上がりの遅れを回
復させるか否かを指標として、合成培地に欠乏している有効成分の検索が可能で
あることが示された。
【0190】
また、これら廃糖蜜画分の効果は、改変SD培地を使用した場合のみならず、
SD培地を使用した場合にも同様に確認された。従って、SD培地と比較して、
改変SD培地において多く含まれるビオチンおよび少なく含まれるKH2PO4
、パン酵母の製造に対して影響しないことも確認された。
【0191】
(実施例3:本発明の試験管アッセイ系を用いる、廃糖蜜からの有効成分の検
索)
実施例2の結果により、培養開始の24時間後での増殖曲線の立ち上がりの遅
れを回復させるか否かを指標として、合成培地に欠乏している有効成分の検索が
可能であることが示されたので、その指標に基づいて、廃糖蜜から有効成分の検
索を行った。
【0192】
(廃糖蜜の分画)
廃糖蜜中の有効成分を精製するために、図5に概要を示すように、以下の方法
で、廃糖蜜を分画した。
【0193】
廃糖蜜を20%のBrix(水溶性固形分の指標)に希釈した廃糖蜜溶液を、
F0画分とした。
【0194】
F0画分を、8000rpmで20分間、遠心分離をして調製し、水で平衡化
した合成樹脂DIAION HP20(三菱化学株式会社、東京)にアプライし
た。サンプルのアプライは、700mlの試料を4Lのベッド体積のカラムにア
プライして、ベッド体積の3倍量の水を流し、樹脂に吸着しない画分を回収し、
700mlに減圧濃縮して、F1画分とした。次にベッド体積の3倍量の50%
2−プロパノール、2%アンモニアで溶出し、凍結乾燥して、F2画分とした
。F2画分として14.4g回収された(図5)。
【0195】
(得られた画分のパン酵母増殖に対する効果)
得られた精製画分F1およびF2を、合成培地に添加して、パン酵母の増殖、
および培養培地のpH変化に対する影響を検討した。
【0196】
F1画分の場合は、糖量として、糖蜜と同一になるように培地に添加した。F
2については、収量から換算して、同一の糖量になるように、添加した。その結
果を、図6A(パン酵母増殖)および図6B(pH変化)に示す。図6Aの24
時間後のOD660から明らかなように、いずれの画分も、酵母増殖を改善した。
【0197】
(得られた画分についての成分分析)
得られた画分についての成分分析を、以下のとおりに行った。
【0198】
全窒素量を、セミミクロ・ケールダール法にて測定した。具体的には、150
mlケルダ−ルフラスコに試料を一定量とり、硫酸10mlおよび分解促進剤(
硫酸カリウム:硫酸銅=9:1)約3gを加え、分解器(SIBATAセミミク
ロケルダール窒素分解器 SE−6型)で約4時間分解し、放冷後水を20ml
加え冷やし、塩入・奥田式蒸留器に150mlケルダ−ルフラスコと2%ホウ酸
捕集液を取り付けて蒸留した。捕集液をN/50硫酸で滴定し試料の全窒素量を
算出した。
【0199】
糖濃度を、イオンクロマトグラフィーにて測定した。具体的には、イオンクロ
マトグラフィー(日本ダイオネクス株式会社、大阪)にて測定した。分離カラム
には、DIONEX CarboPac PA1(4×250mm)、ガードカ
ラムDIONEX CarboPac PA1 Guardを使用した。溶離液
には200mM NaOHを使用し、アイソクラテック法により流速1.0mL
/分とし、パルスドアンペロメトリー検出器にて測定した。
【0200】
灰分を、常法に従って硫酸灰分法にて測定した。
【0201】
アミノ酸を、島津アミノ酸分析システムにて測定した。試料の前処理は、以下
のとおりに行った。糖蜜溶液3部を、7部の99.5%エタノールと混合し、3
,000rpmで20分間遠心分離した。遠心分離した上清5mlを減圧乾固し
、残渣を希釈液にて定容した後、ろ過した試料を、アミノ酸分析に供した。
【0202】
得られた画分についての成分分析を行った結果を、以下の表3に示す。
【0203】
(表3 糖蜜および廃糖蜜由来画分の成分分析)
【0204】
【表3】

【0205】
また、各画分のアミノ酸分析を行った結果を表4に示す。
【0206】
【表4】

【0207】
(パン酵母の発酵能に対する、廃糖蜜の各分画の効果)
パン酵母の発酵能に対する、廃糖蜜の各分画について検討した。
【0208】
廃糖蜜の各分画を改変SD培地に添加して、流加培養を行い、酵母の発酵能を
決定した。各画分を、同量の糖濃度となるように添加した。例えば、F1画分の
場合は、糖量として、糖蜜と同一になるように添加した。F2については、収量
から換算して、同一の糖量になるように、添加した。
【0209】
酵母の発酵能決定のために、実施例1に記載の方法によって以下を測定した:
培養後pH、培養前pH、対糖収率、Fm(マルトース発酵力)、F10(低糖
条件における発酵能)、F40(高糖状態における発酵能)、および高糖生地発
酵力。
【0210】
その結果を、以下の表5に示す。
【0211】
(表5 廃糖蜜由来画分の改変SD培地への添加試験)
【0212】
【表5】

【0213】
上記の結果から、十分な発酵能を有するパン酵母の製造に不適格であった改変
SD培地に、F1画分を添加することによって、糖蜜培地で製造したパン酵母と
同程度の発酵能を有するパン酵母を製造することに成功した。
【0214】
F2画分を添加した場合には高糖生地発酵力の著しい改善が観察された。従っ
て、合成培地にF2精製画分を添加した半合成培地を使用することによって、菓
子パン生地製造のためのパン酵母の製造が可能である。
【0215】
この結果は、廃糖蜜を精製することによって、パン生地の種類に応じた有効成
分を含む精製画分が得られたことを示す。従って、本発明によって、パン生地の
種類に応じて廃糖蜜画分を選択することによって、より効率的に廃糖蜜を利用す
ることが可能となった。
【0216】
上記の結果は、F1画分およびF2画分は、改変SD培地に欠乏する、パン酵
母の発酵能にとって重要な有効成分を含んでいることを示す。本実施例の結果は
また、培養開始の24時間後での増殖曲線の立ち上がりの遅れを回復させるか否
かを指標として、合成培地に欠乏している有効成分であって、十分な発酵能を有
するパン酵母製造のために重要な有効成分の検索ができることを、示す。
【0217】
上記の結果から、F1画分またはF2画分を利用することによって、パン酵母
製造のための半合成培地を作製すること、および廃糖蜜をより効率的に利用する
ことが可能となった。
【0218】
(実施例4:パン酵母製造のための改善された合成培地の作製)
本実施例において、廃糖蜜に全く依存しない、パン酵母製造のための合成培地
を、作製した。
【0219】
実施例3において、十分な発酵能を有するパン酵母製造のための有効成分を含
む画分として、F1画分およびF2画分を同定した。これら画分の中でも特にF
1画分は、アミノ酸、特にグルタミン酸およびアスパラギン酸を多く含んでいる

【0220】
そこで、これらアミノ酸を改変SD培地に添加することによって、パン酵母製
造のための改善された合成培地を調製できるか否か検討した。
【0221】
(アミノ酸添加に対する、試験管アッセイ系での評価)
改変SD培地に対して、最終濃度0.5%(重量/重量)で各種アミノ酸(グ
ルタミン酸、アスパラギン酸、グリシン、プロリン)または、それらアミノ酸の
混合物、またはカザミノ酸(乳タンパク質であるカゼインを酸加水分解したもの
、各種アミノ酸の混合物である)を添加して、実施例1の試験管アッセイ系を利
用して、パン酵母の生育を調べた。パン酵母の増殖特性の結果を図7に、パン酵
母培養時のpH変化を図8に示す。
【0222】
図7の結果から明らかなように、培養開始後24時間での増殖を指標とした場
合、カザミノ酸、アミノ酸混合物、グルタミン酸、アスパラギン酸を添加した改
変SD培地は、廃糖蜜とほぼ同等の増殖特性を示した。これらの結果から、改変
SD培地のような合成培地においては、廃糖蜜中には豊富に存在する特定のアミ
ノ酸(例えば、グルタミン酸、およびアスパラギン酸)が欠乏し、そのために、
従来の合成培地では、パン酵母製造のために十分ではなかったことが示された。
【0223】
グルタミン酸、およびアスパラギン酸による格別な効果は、これらアミノ酸を
単独で使用した場合でも、合わせて使用した場合でも、最終濃度として、培地中
の糖1gあたり33mgを添加した場合に確認された。また、最終濃度を培地中
の糖1gあたり880μgとした場合においても、その効果が確認された。
【0224】
カザミノ酸、アミノ酸混合物、グルタミン酸、およびアスパラギン酸と同様の
効果は、塩基性アミノ酸である、ヒスチジン、アルギニン、およびリジンの各々
においても確認された。塩基性アミノ酸の場合には、最終濃度として、各アミノ
酸個別にまたは複数の塩基性アミノ酸の合計量として、培地中の糖1gあたり3
3mgを添加した場合に確認された。また、最終濃度を培地中の糖1gあたり8
80μgとした場合においても、その有効成分としての効果が確認された。
【0225】
(アミノ酸添加に対する、流加培養での評価)
アミノ酸などを添加した合成培地によって、十分な発酵能を有するパン酵母の
製造が可能か否かを確認するために、実施例1に記載の方法に従って、流加培養
を行い、そして、以下の項目の測定をした:培養後pH、対糖収率、マルトース
発酵力(Fm)、低糖条件における発酵能(F10)、高糖状態における発酵能
(F40)、および高糖生地発酵力。
【0226】
グルタミン酸およびアスパラギン酸に関して、最終濃度として培地中の糖1g
あたり33mgを添加した場合、十分な発酵能を有するパン酵母が製造された。
また、最終濃度を培地中の糖1gあたり880μgとした場合においても、十分
な発酵能を有するパン酵母が製造された。
【0227】
また、塩基性アミノ酸の場合にも同一の濃度を改変SD培地に添加した場合に
、十分な発酵能を有するパン酵母の製造が確認された。
【0228】
以上のように、本発明の好ましい実施形態を用いて本発明を例示してきたが、
本発明は、特許請求の範囲によってのみその範囲が解釈されるべきであることが
理解される。本明細書において引用した特許、特許出願および文献は、その内容
自体が具体的に本明細書に記載されているのと同様にその内容が本明細書に対す
る参考として援用されるべきであることが理解される。
【図面の簡単な説明】
【0229】
【図1】図1は、窒素源(N源)として、硫安を使用した場合の、外国産(フィリピン産)廃糖蜜を使用した糖蜜培地、国内産(球陽産および翔南産)廃糖蜜を使用した糖蜜培地、および改変SD培地でのパン酵母増殖特性を示すグラフである。
【図2】図2は、窒素源(N源)として、硫安を使用した場合の、外国産(フィリピン産)廃糖蜜を使用した糖蜜培地、国内産(球陽産および翔南産)廃糖蜜を使用した糖蜜培地、および改変SD培地でのパン酵母培養時の、培地pHの変化を示すグラフである。
【図3】図3は、窒素源(N源)として、尿素を使用した場合の、外国産(フィリピン産)廃糖蜜を使用した糖蜜培地、国内産(球陽産および翔南産)廃糖蜜を使用した糖蜜培地、および改変SD培地でのパン酵母増殖特性を示すグラフである。なお、比較のために、外国産(フィリピン産)廃糖蜜と硫安を使用した糖蜜培地での結果も、示している。
【図4】図4は、窒素源(N源)として、尿素を使用した場合の、外国産(フィリピン産)廃糖蜜を使用した糖蜜培地、国内産(球陽産および翔南産)廃糖蜜を使用した糖蜜培地、および改変SD培地でのパン酵母培養時の、培地pHの変化を示すグラフである。なお、比較のために、外国産(フィリピン産)廃糖蜜と硫安を使用した糖蜜培地での結果も、示している。
【図5】図5は、国内産(翔南産)廃糖蜜の分画の概要を示した図である。
【図6A】図6Aは、試験管アッセイ系を用いた、パン酵母の増殖に対する、廃糖蜜画分の効果を示すグラフである。
【図6B】図6Bは、試験管アッセイ系における、パン酵母の増殖の間の培地pH変化を示すグラフである。
【図7】図7は、試験管アッセイ系を用いた、パン酵母の増殖に対する、補添アミノ酸の効果を示すグラフである。
【図8】図8は、試験管アッセイ系における、パン酵母増殖のための培地pHに対する、補添アミノ酸の効果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
廃糖蜜から得られる精製画分であって、合成吸着剤に吸着する精製画分。
【請求項2】
前記合成吸着剤が芳香族系樹脂である、請求項1に記載の精製画分。
【請求項3】
前記合成吸着剤が以下の構造式を有する樹脂である、請求項1に記載の精製画分:
【化1】

【請求項4】
前記合成吸着剤に吸着した精製画分の溶出条件が、50% 2−プロパノールおよび2% NH4OHを含有する溶媒による溶出である、請求項1に記載の精製画分。
【請求項5】
前記合成吸着剤がDIAION HP20(登録商標)である、請求項1に記載の精製画分。
【請求項6】
請求項1に記載の精製画分を含有する、酵母培養のための半合成培地。
【請求項7】
請求項6に記載の培地を使用する、酵母の製造方法。
【請求項8】
請求項7に記載の製造方法によって製造された酵母。
【請求項9】
請求項8に記載の酵母を使用して製造されたパン。
【請求項10】
請求項1に記載の精製画分を含有する、パン酵母製造のための半合成培地。
【請求項11】
請求項10に記載の培地を使用する、パン酵母の製造方法。
【請求項12】
請求項11に記載の製造方法によって製造された酵母。
【請求項13】
請求項12に記載の酵母を使用して製造されたパン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6A】
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【図6B】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−178423(P2008−178423A)
【公開日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−94381(P2008−94381)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【分割の表示】特願2003−97474(P2003−97474)の分割
【原出願日】平成15年3月31日(2003.3.31)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2003年3月5日 社団法人 日本農芸化学会発行の「日本農芸化学会2003年度(平成15年度)大会講演要旨集」に発表
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【出願人】(000103840)オリエンタル酵母工業株式会社 (60)
【出願人】(592234908)株式会社トロピカルテクノセンター (14)
【Fターム(参考)】