説明

ヒトエグサ属緑藻類抽出物を有効成分とする抗酸化剤

【課題】ヒトエグサに属する緑藻類から食品等に適した水抽出可能な抗酸化作用を有する安定性の高い抗酸化性物質、および緑藻類の品質評価方法の提供。
【解決手段】ヒトエグサ科ヒトエグサ属に属する緑藻類を、極性溶媒による抽出工程に付すことによりその溶解画分として得られ、かつ酸性のときに270nmに最大吸収波長を有する物質を含有することを特徴とするヒトエグサ属緑藻類抽出物。次の(a)〜(d)の理化学的性質を有することを特徴とする精製物。(a)分子量300以下の化合物、(b) 酸性のときに最大吸収波長270nm、(c)100℃の温度に対する熱安定性、(d)pH1〜13の環境に対するpH安定性。上記の抽出物または精製物を有効成分とする抗酸化剤。上記の抽出物または精製物を含む飲食品、医薬用および化粧用組成物。緑藻類の色彩値を測定することによる、緑藻類の品質評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒトエグサ科ヒトエグサ属に属する緑藻類を、水やアルコール等の極性溶媒で抽出して得られた抗酸化活性を有するヒトエグサ属緑藻類抽出物、該抽出物から有効成分として単離された精製物、およびその食品、医薬、化粧品等の分野における用途に関するものである。また本発明は、緑藻類の品質の簡便な評価方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
酸化は、食品においてはその品質の劣化、また、生体内においては活性酸素による老化あるいはガンなどの疾患と関連しているといわれている。今日、この酸化もしくは活性酸素に対する予防は、種々の生活習慣病、老化防止あるいは健康維持と予防医学等の点から非常に注目されている。また、ガンをはじめ生活習慣病とよばれる疾病の主因は酸化ストレスであるといわれている(日本食品科学工学会誌第52巻第1号、7-18、2005年)(非特許文献1)。従来、このような酸化あるいは活性酸素を防止もしくは抑制するために、種々の合成または天然の抗酸化剤が検討されているが、ヒトが摂取する食品あるいは医薬等に使用するためには天然から得られたものが特に望ましい。
【0003】
天然由来の抗酸化剤として、特開2001−288078号公報(特許文献1)には、アオサから単離されたD−システノールが、ヒドロキシラジカル発生阻害作用および一重項酸素阻害作用を有し、健康食品、医薬品等に有用であることが開示されている。
【0004】
日本家政学会誌Vol.39, No.11, 1173-1178 (1988) (非特許文献2)には、青のり7種の海藻から脂質区分を抽出し、それらの脂質区分に抗酸化性物質が含まれること、そしてそのおもな抗酸化性物質はフェオフィチンであることが記載されている。
【0005】
また、特開平9−67266号公報(特許文献2)には、ヒトエグサ属、アオサ属等に属する海藻の抽出物を有効成分として含有するヒアルロニダーゼ阻害剤について開示されている。
【0006】
特開2003−176213号公報(特許文献3)には、ヒトエグサおよびニガウリの抽出物が育毛剤として有用であることが記載されている。
【0007】
【特許文献1】特開2001−288078号公報
【特許文献2】特開平9−67266号公報
【特許文献3】特開2003−176213号公報
【非特許文献1】日本食品科学工学会誌第52巻第1号, 7-18 (2005)
【非特許文献2】日本家政学会誌Vol.39, No.11, 1173-1178 (1988)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
また、緑藻類の抗酸化活性の有無もしくは程度、あるいはタンパク質、アミノ酸、香気成分および色素成分の含有程度等を推定することにより緑藻類の品質を評価する方法については、本発明者らが知る限り未だ報告されていない。海苔佃煮は日本の伝統的な食品であるが、その原料であるヒトエグサの抗酸化性については知られていない。本発明は、ヒトエグサに属する緑藻類から、食品等に適した水で抽出可能な抗酸化作用を有する安定性の高い抗酸化性物質、およびその用途を提供することを目的とするものである。また本発明は、簡便な方法により緑藻類の品質を評価するすることができる方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、ヒトエグサ科ヒトエグサ属に属する緑藻類を、水等の極性溶媒による抽出工程に付してその抽出物について検討したところ、酸性のときに270nmに最大吸収波長を有する水溶性画分に優れた抗酸化作用のあることを見出し、この知見に基づいて本発明を完成させるに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、下記の構成を要旨とする、抗酸化活性を有するヒトエグサ属緑藻類抽出物、該抽出物から有効成分として単離された精製物および抗酸化剤(もしくは酸化ストレス抑制剤)としてのその用途に関するものである。
(1)ヒトエグサ科ヒトエグサ属に属する緑藻類を、極性溶媒による抽出工程に付すことにより抽出溶媒の溶解画分として得られ、かつ、酸性のときに270nmに最大吸収波長を有する物質を含有することを特徴とする、ヒトエグサ属緑藻類抽出物。
(2)ヒトエグサ科ヒトエグサ属に属する緑藻類を、水、低級アルコールまたはそれらの混合物による抽出工程に付すことにより得られることを特徴とする、上記(1)に記載のヒトエグサ属緑藻類抽出物。
(3)ヒトエグサ科ヒトエグサ属に属する緑藻類が、Monostroma nitidumであることを特徴とする、上記(1)または(2)に記載のヒトエグサ属緑藻類抽出物。
(4)上記(1)〜(3)のいずれかに記載されたヒトエグサ属緑藻類抽出物から得ることができるた単離精製物であって、下記(a)〜(d)の理化学的性質を有することを特徴とする、精製物。
(a)分子量が300以下の化合物である。
(b)酸性のときに270nmに最大吸収波長を有する。
(c)100℃の温度に対する熱安定性を有する。
(d)pH1〜13の環境に対するpH安定性を有する。
(5)上記(1)〜(3)のいずれかに記載されたヒトエグサ属緑藻類抽出物または上記(4)に記載の精製物を有効成分とする、抗酸化剤。
(6)上記(1)〜(3)のいずれかに記載されたヒトエグサ属緑藻類抽出物または上記(4)に記載された精製物を含む、抗酸化作用を有する飲食品。
(7)上記(1)〜(3)のいずれかに記載されたヒトエグサ属緑藻類抽出物または上記(4)に記載された精製物を含む、医薬用または化粧用組成物。
(8)緑藻類の色彩値を測定し、得られた色彩値に基づき、上記緑藻類について抗酸化活性(もしくは程度)、タンパク質、アミノ酸、香気成分および色素成分(含有量)からなる群から選択される一種または複数種の指標項目の程度(有無を含む)を推定することを特徴とする、緑藻類の評価方法。
(9)緑藻類が、ヒトエグサ科ヒトエグサ属に属する緑藻類であることを特徴とする、上記(8)に記載の評価方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明のヒトエグサ属緑藻類抽出物または精製物は、種々の抗酸化活性測定法により優れた抗酸化作用を有し、かつ高い熱安定性および広範囲pH安定性を有している。従って、天然由来である本発明の上記水溶性抽出物または精製物は、ヒトへの使用に適した抗酸化剤として有用であり、抗酸化作用を有する健康食品あるいは食品自体の酸化を防止できる食品等の種々の食品、活性酸素に関連する疾患の予防または治療用医薬品あるいは活性酸素の影響を抑制できる化粧品等の用途に使用することができる。本発明において、水溶性画分であるヒトエグサ属緑藻類抽出物、すなわち、酸性のときに270nmに最大吸収波長を有する水溶性画分が優れた抗酸化作用を有しかつ熱および広範囲pHに対して極めて高い安定性を有することは思いがけなかったことと解される。さらに、本発明の品質評価方法によれば、緑藻類の色彩値を測定するだけで、緑藻類の抗酸化活性の有無もしくは程度、あるいはタンパク質、アミノ酸、香気成分および色素成分の含有程度を推定することができ、これにより緑藻類を用いた食品の製造等において、緑藻類原料の品質管理もしくは評価等において簡便な方法として有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下は、本発明について詳細に説明するものである。本発明抽出物は、ヒトエグサ科ヒトエグサ属に属する緑藻類を、極性溶媒による抽出工程に付すことによりその溶解画分として得られたことを特徴とするものであることは前記したところであり、酸性のときに270nmに最大吸収波長を有する抗酸化性物質を含有するものである。
【0013】
本発明において原料となるヒトエグサ科ヒトエグサ属に属する緑藻類は特に限定されず、例えばヒトエグサ(Monostroma nitidum)、ヒロハノヒトエグサ(Monostroma latissimum)、モツキヒトエグサ(Monostroma zostericola)等があげられるが、ヒトエグサが好ましい。これらの緑藻類としては、日本の沿海域から採取される天然または養殖のものがあるが、一般に湿潤または乾燥状態で市販されており、それを使用することができる。例えばヒトエグサは、古来より海苔佃煮やふりかけ用として長い間親しまれてきたものであり、通常は、福島以南の沿海域にて冬期間栽培されたものが冷凍や風乾されて使用されるが、実用的には一般に市販されているものを使用することができる。
【0014】
上記のようなヒトエグサ属緑藻類原料は、産地で採取された状態のものをそのまま抽出工程に使用しても構わないが、細片化もしくは微細化したもの、好ましくは乾燥物を細片化したものを使用することが、抽出効率の点において望ましい。緑藻類の乾燥物は、水分を含む湿潤形態の原料を乾燥機等を用いて乾燥させたもの、あるいは市販されている乾燥物を使用することができる。乾燥物原料を細片化する方法としては、例えば衝撃粉砕機、ボールミル、ピンミル、ジェットミル、凍結粉砕機等を使用し、好ましくは細胞壁を破壊するような条件で行う方法がある。湿潤の原料を使用する場合は、乾燥前のヒトエグサ原料を、例えば、コロイドミル、ひき臼型粉砕機等を用いて、上記乾燥物の場合と同様に細片化することができる。細片化された原料の大きさは特に限定されないが、小さいほど抽出効率は向上し、例えば3mm以下程度の粒径とすることができる。
【0015】
本発明において、ヒトエグサ属緑藻類原料の抽出は極性溶媒を使用して行う。極性溶媒としては、例えば水、アルコール(例えばメタノール、エタノール等)があげられるが、水および低級アルコール(特に炭素数1〜3)が好ましく、食品使用における適正等から、水およびエタノールがより好ましく、水が特に好ましい。これらの溶媒は、通常単独で使用されるが、混合溶媒として使用することもできる。緑藻類原料(好ましくは細片化物)に対する極性溶媒の使用量は特に限定されないが、通常、海藻原料(乾燥物として)1重量部に対して3〜200重量部、好ましくは10〜100重量部程度である。
【0016】
抽出操作は通常、極性溶媒にヒトエグサ属緑藻類原料を加えるか、緑藻類原料に極性溶媒を加えて混合し抽出を行う。抽出中は静置状態でも構わないが、ミキサーや攪拌器等で撹拌することにより抽出効率を高めて抽出時間を短縮させることができる。
【0017】
抽出工程における抽出温度は特に限定されないが、通常5〜50℃、好ましくは10〜30℃で抽出を行う。抽出時間は、緑藻類原料の成分が十分に抽出される条件であれば特に制限はなく、また藻類原料の大きさ、撹拌器使用の有無等によっても一概に規定することはできないが、例えば、細片化した緑藻類原料と溶媒を混合後静置した場合、通常15〜60分間程度であり、ミキサー等の攪拌器で撹拌しながら抽出を行う場合、通常10〜30分程度である。
【0018】
極性溶媒による抽出工程の後、溶媒による溶解画分を分取する。この溶解画分は、例えば、遠心分離(通常7000×g、10〜15分間程度)あるいは緑藻類原料の大きさに応じたフィルターを用いる濾過等により上静として分取することができる。このようにして得られた抽出による溶解画分は、後述のように、紫外線スペクトルで酸性のときに270nmに最大吸収波長を有しかつ優れた抗酸化活性を有する物質を含有している。
【0019】
上記のようにして得られた極性溶媒抽出による溶解画分は、極性溶媒が水の場合にはそのまま本発明のヒトエグサ属緑藻類抽出物とすることができるが、溶媒を濃縮または除去することにより、ヒトエグサ属緑藻類抽出物を濃縮物または乾燥物として得ることができる。また、水以外の極性溶媒を用いた場合には、通常溶媒を除去して乾燥したものをヒトエグサ属緑藻類抽出物とすることができる。このようにして最終的に得られる本発明のヒトエグサ属緑藻類抽出物は、酸性のときに270nmに最大吸収波長を有する抗酸化物質を含有しており、水を抽出溶媒として用いた場合には通常さらにラムナン硫酸、D−システノール酸が含まれる。また、エタノール等の水以外の極性溶媒を用いた場合には、通常上記抗酸化物質の他に、D−システノール酸、クロロフィル類、カロテノイド類が含まれる。
【0020】
上記のようにして得られた本発明によるヒトエグサ属緑藻類抽出物は、通常の分離もしくは精製手段を用いることにより、酸性のときに270nmに最大吸収波長を有する物質を単離・精製して本発明の精製物として得ることができる。このような単離・精製手段としては、通常の精製手段、例えばカラムクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィー等の種々のクロマトグラフィー等を単独または組合せで使用して精製を行うことができる。また、さらに精製度を高めるために、例えば、抽出後の溶解画分をイオン交換樹脂カラム(DOWEX2×8(陰イオン交換型(交換基:ジメチルヒドロキエチルベンジルアンモニウム))、DOWEX50W(陽イオン交換型(交換基:スルホン酸))等)にて分画し、あるいはさらにアルコール(例えばメタノール、エタノール、イソプロパノール等)沈殿処理を行う等の前処理を予め施しておくこともできる。
【0021】
本発明においては、後記実施例に示すように、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて精製が行われている。この際の高速液体クロマトグラフィーの使用条件は下記の通りである。カラム:Shodex Asahipak NH2P-50 2D(アミノカラム、昭和電工株式会社製)、移動相:85%アセトニトリル水溶液(2.25 mM KH2PO4含有)、流速:0.3ml/分、温度:40℃、検出波長:244nm、保持時間:5〜6分。上記のような条件で単離・精製された本発明精製物は、紫外吸収スペクトルで酸性のときに(例えばpH3程度)270μmに最大吸収波長を有しかつ優れた抗酸化活性を有する物質である。また、この物質について、通常使用される電子衝撃イオン化質量分析法(EI−MS:(株)日立製作所、二重収束型)により分析を行った結果、抗酸化性物質である本発明の精製物は、分子量が300以下の化合物であり、また、酸性からアルカリ性までの広範囲のpH(pH1〜13)と、100℃の温度処理でも安定であるという極めて高い熱安定性およびpH安定性を有し、食品あるいは医薬品等への使用に適した特性を有している。
【0022】
本発明において、ヒトエグサ属緑藻類抽出物の抗酸化活性の測定は、当分野において周知の方法、すなわち、ラジカル捕捉活性を測定する1,1-diphenyl-2-picrylhydrazyl(DPPH)−HPLC法(例えばBioscience, Biotechnology and Biochemistry 62, 1201-1204 (1998)参照)、β-カロテンの消失の抑制度を測定するβ-カロテン退色法(例えば日本食品工業学会誌 Vol.41, 611-618 (1994)参照)、活性酸素吸収能力を測定するORAC法(例えばJournal of Agricultural and Food Chemistry 51, 3273-3279 (2003)参照)により行われ、いずれの測定法においても抗酸化活性が確認されている。ORAC(Oxygen Radical Absorbance Capacity)法は、米国農務省により開発された活性酸素吸収能力分析法と呼ばれる周知の方法であって、ラジカルによる蛍光物質の消失を、添加した試験物質がどの程度妨げることができるかを測定する方法であり、後記実施例においては、このORAC法に準じて抗酸化活性を確認した方法が具体的に示されている。
【0023】
本発明のヒトエグサ属緑藻類抽出物または生成物は、上記のように活性酸素吸収能力等の活性酸素を抑制する作用を有していることから、抗酸化剤として飲食品、医薬品あるいは化粧品等の用途に単独でまたは添加剤として使用することができる。本発明の抗酸化剤は、上記のような活性酸素吸収もしくは抑制能力を有していることにより、活性酸素に関連する疾患もしくは病態を予防または治療あるいは改善することができる。抗酸化あるいは活性酸素吸収によって効果のある活性酸素に関連する疾患は周知であり、動脈硬化、虚血性疾患、糖尿病、高脂血症、腎炎、老化、種々の癌、眼疾患、皮膚疾患等が例示される。このような周知の疾患に関して、例えば、動脈硬化についてはJournal of the American College of Nutrition 22, 258-268 (2003))、糖尿病についてはJournal of Nutrition 133, 2125-2130 (2003))、老化についてはCurrent Medicinal Chemistry 8, 815-828 (2001)、種々の癌についてはCarcinogenesis 21, 1836-1841 (2000)、皮膚疾患についてはJournal of the European Academy of Dermatology and Venereology 17, 663-669 (2003)等の文献があげられる。
【0024】
本発明ヒトエグサ属緑藻類抽出物または精製物を食品に使用する場合、単独で(他の添加剤を含んでいてもよい)あるいは種々の飲食品に添加物として配合して抗酸化作用を有する飲食品とすることができる。本発明による抗酸化作用を有する飲食品は、栄養補助食品、栄養強化食品等の健康食品、あるいは抗酸化作用もしくは活性酸素抑制作用を有する機能性食品等の種々の食品形態をとりうる。
【0025】
本発明の飲食品には、ヒトエグサ属緑藻類抽出物または精製物の他に、炭水化物、脂質、タンパク質、ビタミン類、アミノ酸類、pH調節剤、界面活性剤、香料、色素、増粘剤等、賦形剤としての糖類、デンプン等の飲食品に一般に使用される添加物を使用することができる。本発明の飲食品は、錠剤、カプセル剤、粉末、丸剤、散剤、顆粒剤、シロップ剤、トローチ剤等の種々の製品形態で使用できる。また、本発明の抽出物または精製物を固形食品、半流動状食品、飲料等の種々の他の飲食品に添加した形態の飲食品とすることもできる。本発明の別の態様において、ヒトエグサ属緑藻類抽出物または精製物を種々の他の食品に添加した食品は、基礎となる食品自体の酸化変質を防止もしくは抑制する食品でもありうる。本発明の抽出物または精製物を添加する飲食品は、特に限定されないが、例えば、固形食品としてはパン、麺類、お菓子、ふりかけ類等が例示され、半流動食品としては、ゼリー類、豆腐、ようかん等が例示され、飲料としては、スープ類、お茶、青汁等が例示される。本発明による抗酸化作用を有する食品は、活性酸素に関連する上記したような種々の疾患または病態あるいは生活習慣病、すなわち、動脈硬化、虚血性疾患、糖尿病、高脂血症、腎炎、老化、種々の癌、眼疾患、皮膚疾患等に対して穏やかに作用してこれらを改善することができる。また、本発明の食品は、製品形態として上記のような疾患または病態の改善のために用いられる旨の表示を付した飲食品(特定保健用食品等)とすることができる。本発明飲食品を摂取する場合、本発明精製物としての経口摂取量は、一般に毎食事あたり0.1〜20mg程度、あるいは1日あたり0.5〜50mg程度である。
【0026】
本発明において、ヒトエグサ属緑藻類抽出物または精製物を健康食品もしくは機能性食品の用途に使用する場合のその配合量は、食品の形態等により異なりうるが、本発明精製物での含量として、例えば固形食品の全量に対して通常0.05〜5重量%程度であり、半流動食品の全量に対して通常0.05〜5重量%程度であり、飲料の全量に対して通常0.05〜5重量%程度である。また、本発明のヒトエグサ属緑藻類抽出物または精製物を食品自体の酸化防止剤として用いる場合の配合量は、本発明生成物での含量として、例えば固形食品の全量に対して通常0.01〜1重量%程度であり、半流動食品の全量に対して通常0.01〜1重量%程度であり、飲料の全量に対して通常0.01〜1重量%程度である。
【0027】
本発明ヒトエグサ属緑藻類抽出物または精製物を医薬もしくは医薬組成物として使用する場合、この医薬は抗酸化剤もしくは活性酸素吸収剤であり、また別の観点において酸化ストレス抑制剤でもありうる。従って、抗酸化剤あるいは活性酸素吸収剤によって効果のある活性酸素に関連する周知の疾患あるいは生活習慣病、すなわち、前記したような虚血性疾患、動脈硬化、糖尿病、高脂血症、腎炎、種々の癌、皮膚疾患、眼疾患等の疾患に対して予防剤あるいは治療剤として使用することができる。抗酸化剤としての本発明抽出物または精製物は、経口投与、皮下投与、静脈内投与、筋肉内投与、直腸投与、鼻腔内投与、経眼投与等の種々の投与経路で投与することができる。本発明剤を医薬として使用する場合は、本発明抽出物または精製物を投与方法、投与目的等によってきまる適当な剤形、例えば錠剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、軟膏剤、クリーム剤、液剤、注射剤等の種々の形態とすることができる。これらの製剤を製造するには、製薬上許容される担体あるいは希釈剤等、具体的には通常の溶剤、可溶化剤、等張化剤、賦形剤、結合剤、滑沢剤等を添加することができる。本発明医薬の投与量は、投与方法、患者の状況等に応じて変化することはいうまでもなく、また適量と投与回数は専門医によって決定されるが、具体的には、例えば本発明精製物として成人1日当たり0.1〜100mg程度である。
【0028】
本発明ヒトエグサ属緑藻類抽出物または精製物を化粧用組成物の用途に使用する場合は、抗酸化作用あるいは活性酸素吸収作用により、皮膚あるいは毛髪等の部位に対する活性酸素の影響を阻害もしくは抑制することができる。本発明の化粧用組成物は、化粧品または化粧品原料の形態がありうる。化粧品の形態としては、本発明ヒトエグサ属緑藻類抽出物または精製物を配合したクリーム、化粧水、パック、シャンプー、リンス等の種々の形態をとることができ、また、化粧品原料の形態は、本発明ヒトエグサ属緑藻類抽出物または精製物を有効成分とする上記化粧品に使用するための原料であることができ、これらは当分野で一般的な方法を用いて製造することができる。本発明ヒトエグサ属緑藻類抽出物または精製物の配合量は、化粧品形態、抗酸化活性の強さ、あるいは上記医薬としての投与量等を考慮して適宜設定することができる。
【0029】
本発明はまた、緑藻類の色彩値を測定し、得られた色彩値に基づき、上記緑藻類について抗酸化活性、タンパク質、アミノ酸、香気成分および色素成分からなる群から選択される一種または複数種の指標項目の程度もしくは含有程度を推定することを特徴とする緑藻類の品質評価方法をも提供する。すなわちこの方法は、緑藻類の色彩値を測定して得られた色彩値に基づき、上記緑藻類について抗酸化活性の有無もしくは程度、およびタンパク質、アミノ酸(D−システノール酸、グルタミン酸、アラニン等)、香気関連成分(ジメチルサルファイド(DMS)、前駆体ジメチル−β−プロピオテチン(DMPT)等)、および色素成分(クロロフィルa、クロロフィルb、β−カロテン、ルイテイン等)の含有程度を推定することにより、緑藻類の品質を評価するものである。緑藻類はその種類、産地等により上記指標項目の程度もしくは含量が異なる場合があるため、本発明の方法により緑藻類の品質を簡便に評価することができる。緑藻類の品質評価のための上記項目は、緑藻類を使用する飲食品の種類等により単独または複数組合せの項目として適宜選択することができる。
【0030】
評価の対象となる上記緑藻類は特に限定されないが、例えば、ヒトエグサ科ヒトエグサ属に属する緑藻類(ヒトエグサ(Monostroma nitidum)、ヒロハノヒトエグサ(Monostroma latissimum)、モツキヒトエグサ(Monostroma zostericola)等)があげられるが、特にヒトエグサが好ましい。本発明の評価方法において、上記緑藻類はそれ自体食品でありうるが、通常他の飲食品の原料として使用されるものである。上記他の飲食品の例としては、本発明の飲食品について前記のように例示した種々の固形食品、半流動食品、飲料があげられる。
【0031】
本発明による上記評価方法は、後記の実施例5(表1(ヒトエグサの抗酸化活性および各種成分含量と色彩値との相関を示す)を含む)に示されるように、色差計を用いて測定した緑藻類の色彩値が、抗酸化活性、タンパク質、アミノ酸、香気成分および色素成分の含量等の指標項目と高い相関関係があること、すなわち、色彩値が高いほど上記指標項目の含量が多くなることを見出すことにより完成されたものである。このような相関関係の確認試験(実施例5)において、抗酸化活性は、前記したようなDPPH−HPLC法、β−カロテン退色法、ORAC法で測定された。また、タンパク質はケルダール法、アミノ酸はHPLC法、香気成分はHPLC法、色素成分はHPLC法を用いて測定された。
【0032】
緑藻類の色彩値は、合目的的な任意の方法で測定することができるが、色差計を用いるのが一般的である。使用される色差計は特に限定されず、通常の反射型あるいは透過型等を使用することができる。例えば、反射型の色差計としては、S and M Colour Computer(SUGA TEST INSTRUMENTS社)等が例示される。色差計による色彩の測定は、通常緑藻類の藻体表面に光源を照射するか、薄い切片にした藻体に光源を照射して、色彩値(座標値)を読みとったものである。色彩値としては、通常L値(明度)、a値(色度)、b値(色度)、C値(彩度)、h値(色相角度)が使用される。本発明においては、これらの色彩値を単独あるいは組合せで緑藻類の品質評価に使用することができるが、後記の表1(実施例5)においてh値が上記指標項目と特に高い相関関係を有していることから、単独で使用する場合は、h値を緑藻類の品質評価に使用することが好ましい。また、上記色彩値を組合せで使用する場合は、表1の結果より、h値とc値の組合せが好ましい。
【0033】
実際の評価は例えば、種々の緑藻類の色彩の測定値と、上記各指標項目の活性もしくは含量の関係を予め求めておき(検量線等)、これら活性もしくは含量の基準値とそれに対応する色彩値の基準値を所望の値に設定しておくことにより、その色彩値の基準値を目安として、品質の良否あるいはランク付け(例えば、基準値より高いほど高品質)等の評価を行うことができる。このように、本発明による上記評価方法は、緑藻類を用いた食品の製造等において、原料の品質管理もしくは評価等において極めて有用である。
【0034】
本発明もしくは明細書において、特に断りのない限り%表示は重量%を意味するものである。
【実施例】
【0035】
[実施例1]
市販の風乾ヒトエグサ(伊勢湾産)をハンマーミル(アトマイザー:セイシン企業社製)を用いて粒径3mm程度の大きさに粉砕し、水またはアルコール(メタノールまたはエタノール)の溶媒に浸し、遠心分離(7000×g)によって上澄みを回収した(本発明抽出物)。なお、ヒトエグサと溶媒の使用割合は、1:20(重量比)であり、抽出条件は25℃の温度で30分間であった。回収した上澄み液を、カラムにShodex Asahipak NH2O-50 2D(昭和電工株式会社製)、移動相に85%アセトニトリル水溶液(2.25 mM KH2PO4)を用い、流速0.3ml/min、温度40℃、検出波長244nmの条件下でHPLCに供し、5〜6分後に現れるピーク(図1)を回収することで抽出物を得た(本発明精製物)。なお、図1においてそのピークの後にビタミンCの小ピークが検出された。
【0036】
[実施例2]
実施例1の方法により得られた抽出物の抗酸化活性をORAC法(Journal of Agricultural and Food Chemistry 51, 3273-3279 (2003)参照)によって測定した。ORAC法は、ラジカルによる蛍光物質の消失を、添加した物質がどの程度妨げることができるかを測定する方法である。ラジカル発生剤である2,2’-azobis (2-amidino-propane) dihydrochloride(以下、AAPHと記す)を63.42μMとなるように、また蛍光物質であるfluorescein sodium salt(以下、FLと記す)を0.1μMとなるようにリン酸緩衝液(0.075M, pH7.0)を用いて調製した。FL溶液240μlと実施例1の方法により得られた抽出物10μlを混合し、これにAAPH溶液を50μl加え、直ちに蛍光(測定波長485nm、励起波長535nm)の測定を開始した。蛍光は2分おきに蛍光が失われるまで測定を続けた。縦軸に蛍光強度、横軸に測定時間をとったときに表される面積(AUC)を下式(1)によって計算した。その結果、抽出物は対照の水と比較して、活性の強さを表すAUCが大きくなった(図2)。従って、この抽出物は抗酸化活性を有していることが明らかとなった。
AUC=(f0+f1+f2+f3+f4・・・・・fi)/f0 (1)
(AUC:area under curve、 fi:i回目に測定した蛍光強度)
【0037】
[実施例3]
青のりに含まれる活性物質としてフェオフィチン(日本家政学会誌Vol.39, 1173-1178 (1988))やアオサから得られたD−システノール酸(特開2001−288078号公報)がすでに報告されている。本抽出物の紫外吸収スペクトル(酸性(pH3.5)において最大吸収波長270nm)はフェオフィチンと明らかに異なる(図3)。D−システノール酸はニンヒドリン反応を示すのに対して、本抽出物はニンヒドリン反応を示さない。本抽出物は、HPLCのピークがビタミンCとは異なる位置であり(図1)、またβ-カロテンともHPLCの溶出時間が異なる(図示せず)。以上のことより、上記抽出物(本発明生成物)はフェオフィチン、D−システノール酸、ビタミンCあるいはβ-カロテンとは異なる物質であることがわかった。また、電子衝撃イオン化質量分析法(EI−MS)(二重収束型:日立製作所社製)を用いた分析により、本抽出物の分子量は300以下であることが確認された。
【0038】
[実施例4]
本抽出物を食品や医薬品としての利用が可能であるかどうかについて、熱およびpHに対する安定性を確認した。熱安定性は、抽出物を25℃および80℃、100℃で30分間処理した。pH安定性は、75mMリン酸緩衝液(pH7.0)、50mM HCl水溶液(pH1.0)、50mM NaOH水溶液(pH13.1)に抽出物を30分間処理した。これらについてORAC法にて抗酸化活性を測定したところ、熱処理および広範囲のpH処理を行っても活性は減少しておらず、安定性が非常に高いことが明らかとなった(図4)。この結果より、本抽出物は食品や医薬品として幅広い利用が可能であることが示された。
【0039】
[実施例5](色彩値測定による緑藻類の品質評価)
産地または収穫時期の異なるヒトエグサ(10〜32サンプル)の抗酸化活性、タンパク質、アミノ酸(D−システノール酸)、DMPT及び色素成分(クロロフィルa、クロロフィルb、β−カロテン、ルテイン)含量を測定し、これらと色彩値との相関関係を調査した。
ヒトエグサはハンマーミル(アトマイザー:セイシン企業社製)を用いて粒径3mm程度の大きさに粉砕し、各測定に供した。抗酸化活性及び色素成分の測定ではメタノールを、アミノ酸及びDMPTの測定では水を用いて抽出を行った。抽出方法はヒトエグサ0.2gに水またはメタノールを10ml加え、ホモジナイズした後、遠心分離(7000×g,10分、5℃)によって上清を回収した。この残渣に再び水またはメタノールを加え、同様の処理を行った。この操作を合計3回繰り返し、得られた上清を50mlにメスアップした。抗酸化活性はDPPH−HPLC法、β−カロテン退色法、ORAC法にて測定した。タンパク質はケルダール法にて、D−システノール酸、DMPT、色素成分はHPLCにて測定を行った。下にHPLCの条件を記す。色彩値はS and M Colour Computer(SUGA TEST INSTRUMENTS社製)にて測定した。
測定した抗酸化活性および各種成分含量と色彩値との相関関係を調べたところ、これらの間には高い相関関係があることが明らかとなった(表1)。このことより、色彩値を測定することで原料の品質管理もしくは評価を簡便に行うことができる。

HPLCの条件:
・D−システノール酸
カラム Shim-pack Amino-Na型(島津製作所社製)
移動相 A:0.2N クエン酸ナトリウム溶液
B:0.6N クエン酸ナトリウム溶液
C:0.2N 水酸化ナトリウム溶液
流速 0.5ml/min
検出 o−フタルアルデヒドによる蛍光法
(測定波長348nm、励起波長450nm)

・DMPT
カラム 日立ゲル#2618型(日立化成工業社製)
移動相 0.05% りん酸溶液
流速 1ml/min
検出 210nm
尚、DMPTはサンプルに水酸化ナトリウム溶液を加え分解を行い、その分解生成物であるアクリル酸を測定している。

・色素成分
カラム Waters Atlantis dC18(Waters社製)
移動相 A:95% エタノール水溶液(5mM NaCl)
B:60% エタノール水溶液(5mM NaCl)
流速 1.0ml/min
検出 410nm、438nm

【表1】

【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明は、ヒトエグサ属緑藻類抽出物または単離精製物を有効成分とする抗酸化剤、および抗酸化もしくは活性酸素抑制効果を有する食品、医薬、化粧品等の分野への用途に有用である。また、緑藻類を用いた食品の製造等において、原料の品質管理もしくは評価等において有用である。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】実施例1で得られたヒトエグサ抽出物の高速液体クロマトグラフィーによる分離パターンを示すクロマトグラム。
【図2】実施例1で得られたヒトエグサ抽出物の抗酸化活性を示すグラフ。
【図3】実施例1で得られたヒトエグサ抽出物とフェオフィチンの紫外吸収スペクトル。
【図4】種々の温度に対するヒトエグサ抽出物(実施例1)の熱安定性を示すグラフ。
【図5】種々のpHに対するヒトエグサ抽出物(実施例1)のpH安定性を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトエグサ科ヒトエグサ属に属する緑藻類を、極性溶媒による抽出工程に付すことにより抽出溶媒の溶解画分として得られ、かつ、酸性のときに270nmに最大吸収波長を有する物質を含有することを特徴とする、ヒトエグサ属緑藻類抽出物。
【請求項2】
ヒトエグサ科ヒトエグサ属に属する緑藻類を、水、低級アルコールまたはそれらの混合物による抽出工程に付すことにより得られることを特徴とする、請求項1に記載のヒトエグサ属緑藻類抽出物。
【請求項3】
ヒトエグサ科ヒトエグサ属に属する緑藻類が、Monostroma nitidumであることを特徴とする、請求項1または2に記載のヒトエグサ属緑藻類抽出物。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載されたヒトエグサ属緑藻類抽出物から得ることができる単離精製物であって、下記(a)〜(d)の理化学的性質を有することを特徴とする、精製物。
(a)分子量が300以下の化合物である。
(b)酸性のときに270nmに最大吸収波長を有する。
(c)100℃の温度に対する熱安定性を有する。
(d)pH1〜13の環境に対するpH安定性を有する。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項に記載されたヒトエグサ属緑藻類抽出物または請求項4に記載された精製物を有効成分とする、抗酸化剤。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれか1項に記載されたヒトエグサ属緑藻類抽出物または請求項4に記載された精製物を含む、抗酸化作用を有する飲食品。
【請求項7】
請求項1〜3のいずれか1項に記載されたヒトエグサ属緑藻類抽出物または請求項4に記載された精製物を含む、医薬用または化粧用組成物。
【請求項8】
緑藻類の色彩値を測定し、得られた色彩値に基づき、上記緑藻類について抗酸化活性、タンパク質、アミノ酸、香気成分および色素成分からなる群から選択される一種または複数種の指標項目の程度もしくは含有程度を推定することを特徴とする、緑藻類の品質評価方法。
【請求項9】
緑藻類が、ヒトエグサ科ヒトエグサ属に属する緑藻類であることを特徴とする、請求項8に記載の品質評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−240991(P2006−240991A)
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−54219(P2005−54219)
【出願日】平成17年2月28日(2005.2.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 1.刊行物名、巻数、号数 日本食品科学工学会第51回大会講演集 2.発行者名 日本食品科学工学会第51回大会事務局 3.発行年月日 2004年9月1日発行
【出願人】(591104848)株式会社桃屋 (17)
【Fターム(参考)】