説明

ヒドロキシ化触媒を製造する方法およびその使用

本発明は、ヒドロキシ化触媒を調製する方法であって、i)ゾル-ゲルマトリックス中にシトクロムP450モノオキシゲナーゼを包埋すること、ii)ゾル-ゲルマトリックス中に酵素的NADPH再生系を包埋すること、ならびに、2つの成分i)およびii)が包埋前にすでに混合されていた場合以外は、これらの成分を組み合わせること、を含んでなる前記方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シトクロムP450モノオキシゲナーゼに基づくヒドロキシ化触媒を調製するための方法、およびこれらのヒドロキシ化触媒を用いて有機物基質をヒドロキシ化するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シトクロムP450モノオキシゲナーゼ(以下、CYPと呼ぶ)は、多数の疎水性基質の、活性化および非活性化炭素原子におけるヒドロキシ化を触媒する。これは、O2の一方の酸素原子が基質に取り込まれることを必要とし、他方の酸素原子は、同時に起こるニコチンアデニンジヌクレオチド(リン酸)(NAD(P)H)の酸化を伴って還元され、H2Oを生じる。このヒドロキシ化は、多くの場合、位置および立体特異的に進行する。
【0003】
特に有望なシトクロムP450モノオキシゲナーゼは、もともと、バチルス・メガテリウム(Bacillus megaterium)からクローニングされた遺伝子であり、以下、CYP BM-3と呼ぶ。これは、119kDaのサイズを有する天然の融合タンパク質であり、ヘム含有モノオキシゲナーゼドメインとFADおよびFMN含有レダクターゼドメインとを含む(L.P. Wen, A.J. Fulco, J. Biol. Chem.1987, 262, 6676-6682;A.J. Fulco, R.T. Ruettinger, Life Sci. 1987, 40, 1769-1775)。
【0004】
CYP BM-3に対する天然の基質は長鎖脂肪酸(C12〜C20)であって、長鎖脂肪酸は、もっぱら末端近傍の位置ω-1、ω-2、ω-3において、ある場合には高度にエナンチオ選択的に、ヒドロキシ化される。CYP BM-3の変異体(突然変異タンパク質(mutein)と呼ぶ)はまた、非天然基質に対して活性を示し、そのような非天然基質としては例えば、短鎖脂肪酸(Ostら FEBS Lett. 2000, 486, 173-177;Liら Biochim. Biophys. Acta 2001, 1545, 114-121)、インドール類(Liら Chemistry 2000, 6, 1531-1536)、多環式芳香族炭化水素(Liら Appl. Environ. Microbiol. 2001, 67, 5735-5739)、アルカン(Appelら J. Biotechnol. 2001, 88, 167-171)およびスチレン類(Liら FEBS Lett. 2001, 508, 249-252)が挙げられる。
【0005】
工業的なスケールでのこのCYPの使用は、低い安定性および生成物の除去という問題によりいまだ阻止されている。さらなる欠点は、CYPがNADPHのような高価なコファクターに依存することである。
【0006】
これらの問題は、固定化したCYPをヒドロキシ化反応のために用いることにより、一部分は解決されうる。しかしながら、多くの固定化方法は少なくとも部分的に酵素を不活性化し、または酵素への必要なコファクターおよび基質の拡散制御供給(diffusion-controlled supply)が制限される。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
CYPを、高い酵素活性を保持したまま固定化する方法を提供することが、本発明の目的である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、ヒドロキシ化触媒を調製する方法であって、
i) ゾル-ゲルマトリックス中にシトクロムP450モノオキシゲナーゼを包埋すること、
ii) ゾル-ゲルマトリックス中に酵素的NADPH再生系を包埋すること、
ならびに、2つの成分i)およびii)が包埋前にすでに混合されていた場合以外は、これらの成分を組み合わせること、
を含んでなる前記方法に関する。
【0009】
シトクロムP450モノオキシゲナーゼ(CYP)およびバイオトランスフォーメーション(biotransformation)におけるそれらの使用は、例えばE.T. Farinasら Adv. Synth. Catal. 2001, 343, 601-606またはV. Urlacher and R.D. Schmid Curr. Opin. Biotechnol. 2002, 13, 557-564により当業者に公知である。
【0010】
本発明の方法に特に好適なCYPは、微生物から単離されたもの、特にバチルス(Bacillus)属のものである。
【0011】
特に好適なシトクロムP450モノオキシゲナーゼは、もともと、バチルス・メガテリウム(Bacillus megaterium)からクローニングされたタンパク質(以下、CYP BM-3と呼ぶ)である。これは、119kDaのサイズを有する天然の融合タンパク質であり、ヘム含有モノオキシゲナーゼドメインとFADおよびFMN含有レダクターゼドメインとを含む(L.P. Wen, A.J. Fulco, J. Biol. Chem.1987, 262, 6676-6682;A.J. Fulco, R.T. Ruettinger, Life Sci. 1987, 40, 1769-1775)。
【0012】
このCYP BM-3から出発して、組換えDNA技術により、野生型CYP BM-3と比較して特定のアミノ酸位置に改変を有する突然変異タンパク質を作製することが可能である。
【0013】
本発明の方法に特に好適な突然変異タンパク質は、74位にAla以外のアミノ酸を有し、および/または87位にPhe以外のアミノ酸を有し、および/または188位にLeu以外のアミノ酸を有し、および/または386位にPhe以外のアミノ酸を有するものである。前記位置での改変は、単一突然変異として導入されてもよいし、または多重突然変異として累積的に導入されてもよい。
【0014】
基質域が広いために特に好適な突然変異タンパク質は、野生型CYP BM-3と比較して、以下の3つのアミノ酸置換を有するものである:74位AlaのGlyによる置換、87位PheのValによる置換、188位LeuのGlnによる置換。この突然変異タンパク質は特に、アルカンおよび芳香族化合物のヒドロキシ化に用いることができる。
【0015】
β-イオノンのヒドロキシ化に特に好適な別の突然変異タンパク質は、野生型CYP BM-3と比較して、以下の3つのアミノ酸置換を有するものである:74位AlaのGluによる置換、87位PheのValによる置換、386位PheのSerによる置換。
【0016】
ゾル-ゲルマトリックス中への酵素の包埋は、I. Gill, Chem. Mater. 2001, 13, 3404-3421により総説中に記載されている。
【0017】
本発明の方法に特に好適なゾル-ゲルマトリックスは、シリカに基づくものである。特に好適なゾル-ゲルマトリックスは、アルコキシシランから調製することができ、特にテトラアルコキシシラン、具体的にはテトラエトキシシラン(TEOS)およびテトラメトキシシラン(TMOS)から調製することができる。ゾル-ゲルマトリックスの調製およびCYPの包埋に関しては、上記のGillによる論文(I. Gill, Chem. Mater. 2001, 13, 3404-3421)を参照されたい(これは参照により本明細書中に組み入れられる)。
【0018】
酵素的NADPH再生系(NADPH-regenerating system;以下、NADPH-RSと呼ぶ)はNAD+-もしくはNADP+-依存性酵素からなり、この酵素は、同時に起こるNAD+からNADHへの還元もしくはNADP+からNADPHへの還元を伴って、基質を生成物へと酸化する。この用途には、あらゆるNAD+-もしくはNADP+-依存性デヒドロゲナーゼが適しているが、特に微生物のデヒドロゲナーゼ、具体的にはギ酸デヒドロゲナーゼが好適である。
【0019】
NADPH-RSの好ましい具体例は、Pseudomonas sp. 101由来のNADP+-依存性ギ酸デヒドロゲナーゼ(EC 1.2.1.2)(以下、FDHと略す)である。FDHはギ酸イオンをCO2にNAD+依存的に酸化する触媒である。この系の利点は、低い基質コスト(ギ酸)および生じる生成物(CO2)の取り出しやすさである。FDHの突然変異型はNADP+に対して高い活性を有し、従ってCYPと組み合わせてNADPH再生酵素として使用するのに特に適している。この特に好適なFDHの突然変異型は、Tishkovら Biotechnol. Bioeng. 1999, 64, 187-193およびSeelbachら Tetrahedron Lett. 1996, 37, 1377-1380により記述されている。これらの文献は、天然FDHと変異型FDHの双方、ならびにそれらを調製する方法、特に大腸菌中でのそれらの組換え発現について記載している。
【0020】
ゾル-ゲルマトリックス中へのCYPおよびNADPH-RSの包埋は、同時に、または別個の混合物として行うことが可能である。同時包埋とは、まずCYPの調製物(好ましくはCYPの溶液)をNADPH-RSの調製物(好ましくはNADPH-RSの溶液)と混合し、この混合調製物をその後ゾル-ゲルマトリックス中に包埋することを意味する。
【0021】
分離包埋とは、CYPの調製物(好ましくはCYPの溶液)をゾル-ゲルマトリックス中に包埋し、別の混合物として、NADPH-RSの調製物(好ましくはNADPH-RSの溶液)をゾル-ゲルマトリックス中に包埋し、その後これら2種類の混合物を一緒にすることを意味する。
【0022】
本発明の方法には分離包埋が好ましく用いられる。なぜなら、こうすることで、CYPとNADPH-RSの化学量論的比をその後いかようにも調整できるからである。
【0023】
本発明はさらに、ゾル-ゲルマトリックス中に包埋されたCYPおよびNADPH-RSを含む製剤に関する。このタイプの製剤は、上記の方法により調製することができる。これらの製剤は、以下のような利点を有する。すなわち、これらによれば、ヒドロキシ化触媒を貯蔵しやすい安定した形態で調製し、かつ特定のヒドロキシ化反応に使用するために供給することが可能である。
【0024】
本発明はさらに、本発明に従って調製することができるヒドロキシ化触媒の1つを用いた基質の酵素的ヒドロキシ化方法に関する。多数のクラスの有機化合物が基質として好適であり、特に長鎖脂肪酸(C12〜C20)(末端近傍の位置ω-1、ω-2、ω-3において特にヒドロキシ化される)が好適であるが、短鎖脂肪酸(Ostら FEBS Lett. 2000, 486, 173-177;Liら Biochim. Biophys. Acta 2001, 1545, 114-121)、インドール類(Liら Chemistry 2000, 6, 1531-1536)、多環式芳香族炭化水素(Liら Appl. Environ. Microbiol. 2001, 67, 5735-5739)、アルカン(Appelら J. Biotechnol. 2001, 88, 167-171)およびスチレン類(Liら FEBS Lett. 2001, 508, 249-252)もまた好適である。
【0025】
本発明により調製されたヒドロキシ化触媒を用いたこれらの基質の変換は、酵素反応のための、当業者に公知の条件下で行われる。反応は0〜70℃の間の広範な温度範囲において、好ましくは5〜50℃の間、または特に好ましくは10〜40℃の間で行われうる。
【0026】
ヒドロキシ化される基質は、有機溶媒もしくは水性溶媒中に溶解もしくは懸濁することができ、液体基質の場合、いくつかの状況下では、溶剤の添加を完全に省くことが可能である。水性溶媒と有機溶媒の混合物、特にDMSO/水が上記変換反応には好ましい。DMSO量が1〜10%v/vであるDMSO/水混合物が特に好適である。
【0027】
ヒドロキシ化反応は、バッチ方式で、または連続的に行うことができる。NADPH-RSとしてFDHを用いた好ましい実施形態では、反応は連続的に行われ、ヒドロキシ化される基質に加えて、ギ酸イオンが連続的に反応に供給され、ヒドロキシ化された生成物および生じたCO2が反応から連続的に取り出される。
【0028】
本発明は以下の実施例によりさらに説明される。
【実施例】
【0029】
ゾル-ゲル固定化CYP BM-3の活性および安定性
用いたモデル反応は、p-ニトロフェノキシデカン酸(10-pNCA)のヒドロキシ化であり、この反応は形成される生成物であるp-ニトロフェノレートの容易な測光検出を可能とする(Schwanebergら Anal. Biochem. 1999, 269, 359-366)。
【0030】
固定化酵素は、反応混合物への添加後、濁った混合物を形成する。そのため、ゾル-ゲル包埋CYP BM-3の活性を測定するための直接的な速度論的実験は不可能であった。従って、ゾル-ゲル包埋CYP BM-3の活性は、標準的なpNCA試験の全成分を一定時間インキュベートし、その後、固体触媒から黄色の反応生成物を取り出すために遠心分離することにより測定した。そして上清から410nmでの吸収を測定した。
【0031】
長期安定性について試験したところ、ゾル-ゲル中に包埋されたCYP BM-3は、4℃で36日にわたって活性を全く失わないことが明らかになった。遊離の酵素は、50mM KPi中での保存下では26日の半減期を有し、50%グリセロールで安定化させると288日の半減期を有していた。ゾル-ゲル包埋酵素の半減期は、この288日より相当に長い。
【0032】
本発明の固定化酵素は、25℃においてさえ顕著に高い安定性を示す。この温度での半減期を測定すると、29日である。
【0033】
別の選択的なヒドロキシ化反応を、ゾル-ゲル包埋CYP BM-3を用いて基質n-オクタンについて行った。前駆体の79%がヒドロキシ化された。位置異性体である2-オクタノール、3-オクタノールおよび4-オクタノールが、モル比1:2.1:1.6で得られた(ガスクロマトグラフィーにより検出した)。
【0034】
別の選択的なヒドロキシ化反応を、ゾル-ゲル包埋CYP BM-3を用いて基質ナフタレンについて行った。前駆体の77%がヒドロキシ化された。得られた主生成物は1-ナフトール(85%)であり、2-ナフトールが副生成物(15%)として得られた(ガスクロマトグラフィーにより検出した)。
【0035】
コファクター再生
本発明によるコファクター再生について、2つの可能性を検討した。両方の酵素(CYPおよびFDH)の共固定化を第1の一連の実験において検討し、第2の一連の実験では、2種類の酵素を別々に固定化し、その後、1:1(m/m)の比で混合した。いずれの場合にも、包埋はTEOSゾル-ゲルマトリックス中に行った。
【0036】
第1の実験から得られた共固定化酵素をp-NCA試験に供したが、その際、酸化型NADP+に対して10倍過剰のp-NCAを用いた。
【0037】
別個に固定化されたCYPと混合した、別個に固定化されたFDHの活性は、共固定化された酵素よりも顕著に高かった。
【0038】
3時間の反応時間後、共固定化酵素は最大28%のpNCAの変換を示し、一方、別々に固定化された酵素の混合物は、最大75%の変換をもたらした。
【0039】
これらの結果は、NADPH-RSと共にゾル-ゲル包埋されたCYPに基づく連続作動バイオリアクターを実現することを可能にする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒドロキシ化触媒を調製する方法であって、
i) ゾル-ゲルマトリックス中にシトクロムP450モノオキシゲナーゼを包埋すること、
ii) ゾル-ゲルマトリックス中に酵素的NADPH再生系を包埋すること、
ならびに、2つの成分i)およびii)が包埋前にすでに混合されていた場合以外は、これらの成分を組み合わせること、
を含んでなる、前記方法。
【請求項2】
バチルス(Bacillus)属から単離された酵素をモノオキシゲナーゼとして用いる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
モノオキシゲナーゼがバチルス・メガテリウム(Bacillus megaterium)から単離されたものである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
ゾル-ゲルマトリックス中にシトクロムP450モノオキシゲナーゼおよび酵素的NADPH再生系を含む製剤。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法により調製することができるヒドロキシ化触媒と基質を反応させることによる、基質の酵素的ヒドロキシ化方法。
【請求項6】
β-イオノンを基質として用いる、請求項5に記載の方法。

【公表番号】特表2006−525799(P2006−525799A)
【公表日】平成18年11月16日(2006.11.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−505372(P2006−505372)
【出願日】平成16年5月5日(2004.5.5)
【国際出願番号】PCT/EP2004/004748
【国際公開番号】WO2004/099398
【国際公開日】平成16年11月18日(2004.11.18)
【出願人】(595123069)ビーエーエスエフ アクチェンゲゼルシャフト (847)
【氏名又は名称原語表記】BASF Aktiengesellschaft
【住所又は居所原語表記】D−67056 Ludwigshafen, Germany
【Fターム(参考)】