説明

ヒ素を含有する水の処理方法

【課題】ヒ素の再溶出を可及的に防止しつつ、低コストでヒ素の除去処理を可能としたヒ素を含有する水の処理方法を提供すること。
【解決手段】ヒ素を含有した原水を処理槽に供給し、原水中のヒ素を曝気による空気酸化のみで酸化させるとともに、前記原水中に鉄塩を添加してヒ素と鉄とを共沈させて前記原水中からヒ素を除去し、しかも、発生した汚泥を前記処理槽から引き抜くことなく繰り返し利用することにより、ヒ酸鉄を生成しつつ汚泥の高密度化を生じさせて、ヒ素の再溶出を防止可能とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒ素を含有する水の処理方法に関し、特に鉱山周辺からの湧水中に含有する高濃度のヒ素を安価かつ容易に環境基準値以下まで低減させるために有用な水処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、地下水等の水中に溶存したヒ素の除去工程としては、以下のような処理工程が一般的に行われている。すなわち、(1)共沈処理工程は、鉄塩、消石灰、高分子凝集剤を用いる処理(例えば、特許文献1参照)であり、(2)吸着処理工程は、活性炭、活性アルミナ、二酸化マンガン、セリウム、ランタンなどを用いて吸着する処理であり、(3)オゾン処理工程は、オゾンにより3価ヒ素から5価ヒ素へ酸化する処理であり、その他には(4)逆浸透膜処理工程などの処理が行われている。これら上記(1)から(4)の処理工程をいくつか組み合わせることで水中に溶存しているヒ素の除去処理が行われている。
【0003】
また、従来から坑廃水処理には、殿物繰り返し法と称する処理工程が行われており、殿物繰り返し法では、処理水の中和や添加薬品の削減を目的として用いられている。
【0004】
しかしながら、これらの技術は処理工程が多く複雑であり、湧水中のヒ素の濃度が高い場合やヒ素の濃度が大幅に変動する場合におけるヒ素除去の処理法に関して現在も様々な処理法による実証試験が行われている。
【0005】
たとえば、環境省は、ヒ素に汚染された地下水の浄化技術に関する技術的な評価を行うことを目的として、実際の汚染地下水を用いた実証試験を実施している(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002−320979号公報
【非特許文献1】“平成18年度有機ヒ素化合物に汚染された土壌及び地下水の浄化技術に関する調査研究業務の結果について”[online]、[平成21年10月22日検索]、インターネット<URL:http://www.env.go.jp/chemi/gas_inform/pdfs/result_h18-oa-sgp.pdf>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、ヒ素に汚染された地下水を上記(1)から(4)の処理工程を用いて除去処理しようとした際には、コスト面や管理面で多くの問題点がある。(1)共沈処理工程における問題点は、原水中のヒ素の濃度に比例して薬剤の添加量を逐一調整する必要があった。すなわち、一般的に鉄塩を用いた連続処理による共沈においてはヒ素の数倍から数十倍の量の鉄塩を入れなければならないだけでなく、共沈させる前に次亜塩酸ナトリウムや過マンガン酸カリウム等によってヒ素を酸化させる処理工程が必要であった。また、鉄塩のほかにポリ塩化アルミニウム(PAC)などの高分子凝集剤を添加することが広く行われている。
共沈処理工程で生じた汚泥は逐一引き抜かれ、特別管理産業廃棄物として処理されるために、処理コストが高くなる問題点があった。さらに、消石灰によるヒ素の凝集処理では生成したヒ酸カルシウムからヒ素が溶出するなどするために、発生汚泥中からのヒ素の再溶出を防止する処理コストが高く、結果的にはこれら汚泥を最終処理するための場所の確保などを困難にしていた。
【0008】
一般的には、上記(1)共沈処理工程法のみでは水中のヒ素を目標の基準値まで低減できないことが多いために、様々な種類の吸着資材による吸着処理が行われることとなる。(2)吸着処理法における問題点は、吸着資材に比較的に安価な活性炭を用いた場合に、頻繁に濾過材の活性炭の交換が必要となり、吸着資材の充填作業などの管理面が大変であった。また、使用する吸着資材の量も比較的多く、ヒ素を吸着した後の吸着資材の処分費などが別途必要となり、処理コストが高くなる問題があった。さらに、吸着資材に比較的高価なセリウムを用いた場合には、別途、定期的な吸着資材の再生工程などが必要となり、大規模な装置となる問題があった。
【0009】
(3)オゾン処理工程では、装置自体が比較的高価なだけでなく、過酸化水素などの助剤などが必要なために、管理が困難となる問題点があった。
【0010】
(4)逆浸透膜処理法では、高濃度のヒ素を含む廃液が生成されるために、この廃液を処理しなければならない問題点があった。
【0011】
以上の何段階にもなる(1)から(4)までの処理工程を組み合わせて実際の処理プラントとして用いた場合には、処理プラント自体が大規模となり、処理プラントを建造するコストが高額となる問題点があった。
【0012】
殿物繰り返し法は、沈殿池に沈殿した汚泥を原水側に返送する連続的な処理方法であり、中和や発生汚泥量を削減させることを主としおり、発生汚泥からのヒ素の溶出や原水中のヒ素濃度の大幅な変動が生じた場合に安定的に処理できない恐れがある。例えば、ヒ素濃度が大幅に増加した場合には、薬品の添加量が足りずに、処理水へ高濃度のヒ素が流出する可能性があり、逐一、ヒ素濃度を測定し管理する必要があるが、実際には、瞬時にヒ素濃度を正確に測定できない問題点があった。
【0013】
本発明は、水に含有する高濃度のヒ素を容易に低減させ、使用する添加薬剤としての鉄塩の量を可能な限り低減するだけでなく、発生する汚泥の量を抑えつつ、これら汚泥からヒ素が再溶出しない形態へと変化させることができる処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
請求項1に記載のヒ素を含有する水の処理方法は、ヒ素を含有した原水を処理槽に供給し、原水中のヒ素を曝気による空気酸化のみで酸化させると共に、前記原水中に鉄塩を添加してヒ素と鉄とを共沈させて前記原水中からヒ素を除去し、しかも、発生した汚泥を前記処理槽から引き抜くことなく繰り返し利用することにより、ヒ素を溶出しにくい形態へと変化させつつ汚泥の高密度化を生じさせて、ヒ素の再溶出を防止可能としたことを特徴とする。
【0015】
請求項2に記載のヒ素を含有する水の処理方法は、ヒ素を含有した原水を処理槽内に導入する原水導入工程と、前記原水中のヒ素を曝気による空気酸化のみで酸化させる曝気工程と、前記原水中に鉄塩を添加して攪拌し、前記原水のpHを酸性雰囲気下に維持しつつヒ素と鉄とを共沈させる共沈工程とを有し、前記共沈工程で発生した汚泥を、前記処理槽から引き抜くことなく保持したまま、前記各工程を繰り返して前記処理槽内に鉄バクテリアを生成保持させ、前記原水中に含まれる2価の鉄を3価の鉄に酸化させるとともに、3価のヒ素を5価のヒ素に酸化させてヒ素と鉄の共沈を促進しつつヒ素の再溶出を防止可能としたことに特徴を有する。
【0016】
請求項3に記載のヒ素を含有する水の処理方法は、請求項2に記載のヒ素を含有する水の処理方法において、前記共沈工程における前記原水のpHの値を酸性雰囲気に維持することに特徴を有する。
【0017】
請求項4に記載のヒ素を含有する水の処理方法は、請求項1〜3のいずれか1項に記載のヒ素を含有する水の処理方法において、ヒ素と鉄とを共沈させた後、前記処理槽内の上澄み水をフィルタで濾過する濾過工程を有することに特徴を有する。
【0018】
請求項5に記載のヒ素を含有する水の処理方法は、請求項4に記載のヒ素を含有する水の処理方法において、前記濾過工程後の処理水の濁度を検出し、検出した濁度に応じて前記フィルタの洗浄を行うことに特徴を有する。
【発明の効果】
【0019】
請求項1又は2の発明によれば、ヒ素を含有した原水を処理槽に供給し、原水中のヒ素を曝気による空気酸化のみで酸化させるとともに、前記原水中に鉄塩を添加してヒ素と鉄とを共沈させるので、原水に含有する高濃度のヒ素を容易に低減させることが出来る効果がある。また、発生した汚泥を前記処理槽から引き抜くことなく繰り返し利用するため、原水中に添加する薬剤の使用量が少なくて済み、かつ、ヒ酸鉄を生成しつつ汚泥の高密度化を生じさせるので、発生汚泥量を約1/3まで低減することが出来るだけでなく、生成した汚泥はヒ素が溶出しにくい形態へと変態するために、その後の最終処理が容易となる効果がある。
【0020】
請求項3の発明によれば、共沈工程における前記原水のpHの値を酸性雰囲気に維持するので、前記原水導入工程から、前記曝気工程、前記共沈工程までの各工程を処理槽内で繰り返し行っても鉄バクテリアを生成保持することが出来る。
【0021】
請求項4の発明によれば、ヒ素と鉄とを共沈させた後、前記処理槽内の上澄み水をフィルタで濾過する濾過工程を有するので、原水中に10mg/Lの高濃度ヒ素が含有されている場合、或は原水中に硬度としてのCa,MgやSi,Pなどが高い濃度で含有されている場合において共沈処理効率が低下したとしても、共沈工程後の上澄み水からヒ素を除去して、環境基準値(0.01mg/L)以下とした処理水を得ることが可能となる効果がある。
【0022】
請求項5の発明によれば、前記濾過工程後の処理水の濁度を検出し、検出した濁度に応じて前記フィルタの洗浄を行うので、フィルタの目詰まり等によるヒ素の流出を濁度として認識することが出来、さらに濁度の度合いによりフィルタの汚れ度合いを把握して、最適な時期にフィルタの洗浄を行うことが出来る。従って、フィルタを透過した処理水のヒ素濃度を環境基準値以下に維持することが可能となる効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本実施形態に係るヒ素を含有する水の処理方法を具現化したシステムを示す全体概念図である。
【図2】原水中のヒ素濃度と上澄み水のヒ素濃度を示すグラフである。
【図3】上澄み水のヒ素濃度と濾過処理後の処理水のヒ素濃度を示すグラフである。
【図4】濾過処理後の処理水のヒ素濃度と積算処理水量との関係を示すグラフである。
【図5】発生汚泥量と積算処理水量との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本実施形態に係るヒ素を含有する水の処理方法は、ヒ素を含有した原水を処理槽に供給し、原水中のヒ素を曝気による空気酸化のみで酸化させると共に、前記原水中に鉄塩を添加してヒ素と鉄とを共沈させて前記原水中からヒ素を除去し、しかも、発生した汚泥を前記処理槽から引き抜くことなく繰り返し利用することにより、ヒ素を溶出しにくい形態へと変化させつつ汚泥の高密度化を生じさせて、ヒ素の再溶出を防止可能としたことを特徴としている。
【0025】
本実施形態に係るヒ素を含有する水の処理方法は、ヒ素を含有した原水を処理槽内に導入する原水導入工程と、前記原水中のヒ素を曝気による空気酸化のみで酸化させる曝気工程と、前記原水中に鉄塩を添加して攪拌し、前記原水のpHを酸性雰囲気下に維持しつつヒ素と鉄とを共沈させる共沈工程と、を有している。
【0026】
原水導入工程は、処理槽内にヒ素を含有した原水を所定量貯留する工程である。
【0027】
曝気工程は、処理槽内の原水に空気を注入して、原水中の砒素を空気酸化させる工程である。
【0028】
共沈工程では、処理槽内の原水に鉄塩を添加して攪拌し、原水のpHを酸性雰囲気下に維持しつつ、原水中のヒ素と鉄とを共沈させる工程である。その後、処理槽内の上澄みのみを排出し、発生した汚泥を、処理槽から引き抜くことなく保持したまま、再度、原水を処理槽に注入する原水導入工程、曝気工程、共沈工程を繰り返し行う回分処理である。
【0029】
原水導入工程、曝気工程、共沈工程を繰り返す際にも、処理槽内に鉄バクテリアを生成保持させることが出来、前記原水中に含まれる2価の鉄を3価の鉄に酸化させるとともに、3価のヒ素を5価のヒ素に酸化させてヒ素と鉄の共沈を促進しつつヒ素の再溶出を防止可能としている。
【0030】
また、原水中に鉄塩を添加したが、好ましくは塩化第二鉄を添加するようにしている。
【0031】
また、共沈工程では、原水のpHの値を酸性雰囲気に維持することが好ましい。
【0032】
回分処理を行うことにより、未反応の塩化第二鉄やオキシ水酸化鉄、鉄化合物、ヒ酸鉄を凝集助剤として可能な限り再利用することが出来るので、塩化第二鉄の添加量を抑えることが可能となる。
【0033】
また、曝気と塩化第二鉄の添加によって生じたオキシ水酸化鉄や鉄化合物、ヒ酸鉄へのヒ素の吸着も起るために、原水中のヒ素濃度が大幅に変動したとしても安定的にヒ素を除去することが可能となる。
【0034】
逐一汚泥を引き抜く従来法とは異なり、共沈処理によって発生した汚泥を引き抜くことなく、繰り返し利用する回分処理では、汚泥の相互作用により分子間水の少ない圧密化した汚泥が出来るために、発生汚泥量を約1/3程度まで低減することが可能となる。
【0035】
この生成汚泥は繰り返し利用されることによって、処理槽内でヒ素と鉄の化合物であるヒ酸鉄が生成され、時間の経過とともに徐々にヒ素を溶出しにくい形態へと変化させることで、発生汚泥の最終処理が容易になる。発生初期の汚泥からは、1mg/L単位でヒ素が溶出するが、1週間後には1/10程度、1ヶ月後には1/100程度まで発生汚泥からのヒ素の溶出量を抑えることができる。
【0036】
従来の処理方法では、通常、原水中のヒ素を酸化させるために、次亜塩素酸ナトリウムや過マンガン酸カリウム等を添加することとなるが、本発明に係る水の処理方法では、これら酸化剤を使用する必要がないために、沈殿槽内に鉄バクテリアが生息して、ヒ素の酸化を助けることとなる。
【0037】
従って、上述した処理槽内で行われる原水導入工程と、曝気工程と、共沈工程のみで、原水中の90%以上のヒ素を除去することができる。
【0038】
しかしながら、原水中に10mg/L単位の高濃度ヒ素が含有している場合には、原水中のヒ素を環境基準値以下まで低減することは不可能であった。また、原水中に硬度分(カルシウム、マグネシウム)やシリカ、リン酸などが高濃度で含まれる場合には、共沈工程における凝集処理効率が極端に低下してしまうことがある。そこで、共沈工程の後段に、濾過工程を設けることとした。
【0039】
すなわち、ヒ素と鉄とを共沈させた処理槽の後段には、前記処理槽内から上澄み水を排出して、上澄み水をフィルタで濾過する濾過工程を有している。
【0040】
濾過工程によって、共沈処理のみでは除去処理できなかったヒ素をさらに95%以上処理が可能であり、また、一時的な共沈工程の性能低下にも対応でき、環境基準値を容易に満足することができる。
【0041】
また、濾過工程後の処理水の濁度を検出し、検出した濁度に応じて前記フィルタの洗浄を行うようにしている。
【0042】
フィルタは、上澄み水を濾過して処理水とした際に、処理水に含有するヒ素を環境基準値以下まで低減する濾過の性能を長期に渡り維持する効果がある。
【0043】
本実施形態に係るヒ素を含有する水の処理方法について、図面を参照しながら具体的に説明する。以下の説明において、ヒ素を含有する水の処理システムを用いながらヒ素を含有する水の処理方法について説明する。図1は、本実施形態に係るヒ素を含有する水の処理方法を具現化したシステムを示す全体概念図である。
【0044】
図1に示すように、ヒ素を含有する水の処理システムは、水源Sから供給されるヒ素を含有する原水を貯留し、その原水と鉄塩とを反応させる処理槽2と、処理槽2内に圧縮した空気を送気するコンプレッサー3と、処理槽2から排出された上澄み水を貯留するための調整槽4と、調整槽4から排出された上澄み水を濾過するための濾過装置5と、濾過装置5に圧縮した空気を送気するコンプレッサー6と、濾過装置5から排出された処理液を貯留するための放流槽7と、処理槽2に凝集した汚泥を貯留するための汚泥貯留槽8と、汚泥貯留槽8から排出された汚泥に含まれた水分を脱水するための脱水機9とからなる構成としている。
【0045】
水源Sと処理槽2との間には、原水を供給する原水パイプ21が連通連結されており、水源Sからヒ素を含有する原水を原水パイプ21を介して注入口(図示しない)から処理槽2に導入して貯留する原水導入工程を行うこととなる。例えば、注入口に設けたバルブ(図示しない)を開き、処理槽2に6mの原水を貯留したのち、バルブを閉じる。
【0046】
処理槽2とコンプレッサー3との間には、圧縮空気を送気する送気パイプ22が連通連結されており、処理槽2内にコンプレッサー3からの圧縮空気を所定時間送気し、原水中のヒ素を空気酸化させる曝気工程を行う。例えば、処理槽2内の原水を約3時間曝気する。
【0047】
処理槽2の原水内に鉄塩供給部14から供給される鉄塩を添加して攪拌し、原水のpH値を3〜5に維持する。例えば、鉄塩として39%塩化第二鉄溶液を処理槽2の原水に注入し、約4時間攪拌する。
【0048】
続いて、処理槽2の原水内に苛性ソーダ供給部15から供給される苛性ソーダ溶液を注入し、pH測定器16で測定して、pH値を7程度、望ましくは5〜7にして、ヒ素と鉄とを共沈させる共沈工程を行う。例えば、24%苛性ソーダ溶液を処理槽2の原水に注入し、原水中のヒ素と鉄を共沈する。
【0049】
処理槽2と調整槽4との間には、上澄み水を流す排出パイプ23が連通連結されており、その後の処理槽2の原水を所定時間放置したのちに所定量の上澄み水を調整槽4へ排出し、一方、処理槽2内には、共沈された汚泥と残りの原水が貯留される。例えば、共沈工程後、約5時間放置したのち、処理槽2内の約4.2mの上澄み水を調整槽4へ排出する。
【0050】
ヒ素を含有する水の処理方法は、回分処理としており、汚泥が堆積した処理槽2に水源Sからの原水を新たに供給して所定量貯留する原水導入工程を経たのち曝気工程、共沈工程を行うこととなる。そして、数ヶ月間、共沈工程における汚泥を引き抜くことなく、連続処理を行うこととなる。
【0051】
共沈工程後、処理槽2の上澄み水を排出口(図示しない)から排出して調整槽4へ貯留する。調整槽4内の上澄み水をポンプ10により供給パイプ24を介して濾過装置5へ供給する。
【0052】
後述する濾過装置5内に内蔵したフィルタとしてのろ布エレメントに上澄み水を通水すると濾過された処理水が得られる濾過工程が行われる。濾過装置5で濾過された処理水は、ヒ素の濃度が環境基準値以下まで低減されることとなる。
【0053】
濾過装置5と放流槽7との間には、濾過した処理水を流す処理水パイプ25が連通連結されており、濾過装置5を経た処理水は、放流槽7に貯留される。放流槽7には、濁度計11やpH測定器12や攪拌機13を設けており、特に放流槽7内の処理水の濁度状態を濁度計11で測定するようにしている。濁度計11で測定した処理水の濁度の値が低い場合には、放流槽7から処理水を放流する。一方、処理水の濁度の値が高い場合には、処理水の放流を停止して、濾過装置5のフィルタの洗浄を行うこととしている。
【0054】
なお、放流槽7においては、濁度の測定の他に処理水のpH値をpH測定器12で測定しており、処理水のpH値が酸性の場合には苛性ソーダ供給部15から苛性ソーダ溶液を供給して、処理水を中性化して放流するようにしている。
【0055】
そして、処理槽2で原水を連続的に供給して行う回分処理の後に、処理槽2の底に沈殿した汚泥を引き抜いて汚泥貯留槽8に蓄積する。このとき処理槽2と汚泥貯留槽8との間には、汚泥パイプ26が連通連結されている。
【0056】
汚泥貯留槽8と脱水機9の間には、汚泥供給パイプ27が連通連結されており、汚泥貯留槽8から汚泥を脱水機9に投入して汚泥から水分を除くこととなる。汚泥からの水分を脱水再処理パイプ28を介して原水パイプ21に供給し、処理槽2で再度共沈処理等を行うようにしている。この汚泥に含まれるヒ素は、再溶出しない形態へと変化している。
【0057】
この詳細なメカニズムについては定かではないが、1ヶ月間程度かけて汚泥を引き抜かずに処理を行った後の汚泥からのヒ素の溶出量は、土壌からのヒ素溶出基準値(0.03mg/L)以下となる。可能な解釈をいくつか挙げることとする。
【0058】
鉄化合物の生成時におけるpH領域によって、生成鉄化合物は、スコロダイト(pH1.0〜1.5)や、ジャロサイト(pH1.5〜3.0)や、シュベルトマナイト(pH3.0〜4.0)や、フェリハイドライト(pH>5.0)や、ゲーサイト(pH>6.0)や、ヘマタイト(pH6.0〜7.0)の形態をとることとなる。
【0059】
たとえば、その中でも、特にシュベルトマナイトは、鉄バクテリアの存在下でヒ素を高濃度で吸着することが知られている。また、これらジャロサイト、シュベルトマナイトおよびフェリハイドライトは、長期的にはゲーサイトやヘマタイトの形態になることが知られていることから、本発明の水処理方法では、回分処理による時間の経過に伴うヒ素を含んだ化合物の様々な要因に伴う形態変化がヒ素の溶出を抑制している可能性がある。
【0060】
また、ヒ素は、鉄と化合してヒ酸鉄となることが知られている。このヒ酸鉄には、非結晶性と結晶性の形態があり、前者よりも後者の結晶性の形態の方が砒素を溶出しにくいことが知られている。したがって、本発明の水処理方法では、回分処理による発生汚泥を繰り返し使用する過程で非結晶性のヒ酸鉄が結晶性のヒ酸鉄に変化していることも考えられる。さらに、処理槽内でのヒ素の吸着の初期メカニズムは、鉄塩から生じたオキシ水酸化鉄への吸着と考えられる。
【0061】
しかし、オキシ水酸化鉄とヒ素の結合力は弱く、イメージとしてはフワフワした汚泥と考えられる。したがって、その汚泥からはヒ素が高濃度で溶出するが、本発明の水処理方法では、時間の経過と共に上記したような過程を介して結晶性のヒ酸鉄あるいはシュベルトマナイト等といった鉄化合物へのヒ素の強固な結合を及ぼし、ヒ素を溶解しにくい形態へと変化させていると考えられる。
【0062】
通常、原水中の3価のヒ素を酸化させて5価のヒ素とするためには、次亜塩素酸ナトリウムや過マンガン酸カリウム等を添加する必要がある。しかし、本発明に係る水の処理法では、これら酸化剤を使用せずに、処理槽内に空気を送気して原水を曝気する処理のみを行うこととした。このため、原水や汚泥を貯留した処理槽内では、鉄バクテリアが死滅することなく汚泥中に生息し、回分処理により鉄バクテリアが処理槽から流失することなく増殖することによって、速やかなヒ素の酸化および鉄の酸化に伴うヒ素との反応を助けることとなる。本発明に係るヒ素の処理方法においては、次亜塩素酸ナトリウムや過マンガン酸カリウム等の酸化剤の添加を必要としない効果がある。
【0063】
上記濾過装置5について説明する。
濾過装置5は、集水パイプに筒状に加工したろ布を装着したろ布エレメントと複数のエレメントを収納する収納筒からなり、収納筒では、下部の原水供給パイプ24から上澄み水を供給し、収納筒内のろ布エレメントの下方から上方へ向って上澄み水を通水して収納筒の上部から濾過された処理水が排出される。例えば、収納筒は、配管口径300Aの長さ3.5mの塩ビ管とし、その収納筒の内部には、7本のろ布エレメントを設けるようにしている。ろ布エレメントの濾過面積は、約0.6m2であり、ろ布エレメントの下方から上方へ向う上向流によって濾過が進行する。
【0064】
濾過装置では、ろ布エレメントに処理槽内で共沈しきれなかった鉄コロイドやヒ素と鉄などの化合物を圧入することで、ろ布エレメント表面にこれら物質から成る汚泥を積層させ、その汚泥の層(スラッジブランケット)に共沈処理後の上澄み水を通過させることによって、ヒ素を捕捉除去する処理が行われる。いわゆる、積層濾過効果:スラッジブランケット効果が生じることとなる。例えば、ろ布エレメントの表面には、オキシ水酸化鉄やヒ酸鉄が層状にコーティングされることで積層濾過効果をより効果的に生じさせることが可能となる。
【0065】
なお、濾過装置と同様の濾過機能を発揮するもので、かつ、高いコストや頻繁な管理等を考慮しなければ、膜分離装置や限外ろ過膜、逆浸透膜装置などを適用することも可能である。
【0066】
[実験結果]
図2〜図5は、廃鉱山周辺の原水に含有するヒ素の除去を行った実験結果をまとめたものである。以下、図2〜図5に基づいて説明する。
【0067】
廃鉱山周辺から汲み上げた原水を処理槽2に供給する。容積6mの原水を処理槽2内に貯留する。処理槽2内の原水をコンプレッサー3から送気される空気で曝気する。曝気後に処理槽2内の原水に塩化第二鉄溶液を注入しながら撹拌する。
【0068】
その後、さらに処理槽2内に苛性ソーダを注入してpHをおよそ中性の値に調整する。このとき処理槽2内にフロックが沈降する。その後、処理槽2内の上澄み水を排出し、濾過装置5へ供給する。
【0069】
濾過装置5において、さらに上澄み水を濾過して処理水が得られる。これらの操作を自動運転で行うことにより、1日当たり容積4mの原水からヒ素を除去する処理を行い、67日間、処理槽2内の汚泥を引き抜くことなく容積約270mのヒ素汚染された原水を連続処理した。
【0070】
実験期間中の原水中のヒ素濃度W1(mg/L)は、平均12.6mg/L(最小値5.8mg/L〜最大値19mg/L)であった。この原水中のヒ素濃度は、排水基準値の126倍(最大190倍)であり、環境基準値の1260倍(最大1900倍)であった。このときの鉄濃度(mg/L)は、平均56mg/L(最小値44mg/L〜最大値62mg/L)であった。原水中のヒ素濃度と鉄濃度ともに大幅な変動が見られた(表1及び図2参照)。
【0071】
【表1】

【0072】
処理槽2内のヒ素を含有した原水を共沈処理することにより、平均91.5%のヒ素が除去される。処理槽2内の上澄み水を排出し、この上澄み水のヒ素濃度を測定した。測定した上澄み水のヒ素濃度W2は、約0.1mg/L〜数mg/Lとなった(図2参照)。
【0073】
したがって、原水中に含有していたヒ素は、1/10〜1/100程度まで低減された。
【0074】
しかしながら、実験した原水中のヒ素や鉄の濃度が高いため、原水を共沈処理したのみでは、なお排水基準値および環境基準値を超過するレベルであった。例えば、図2中における5月14日では、原水を共沈処理した後の上澄み水中のヒ素濃度が通常の10倍以上となった。この原因は、硬度分(Ca,Mg)やSi,Pなどが原水中に高濃度で含まれることで、ヒ素の塩化第二鉄への吸着性が低下したり、コロイド状のヒ素含有物が水中に浮遊してしまうことに起因すると考えられる。
【0075】
そこで、処理槽2内の上澄み水を排出して、濾過装置5で上澄み水を濾過するようにした。濾過装置5において、上澄み水をろ布エレメントに通水したところ、上澄み水に含有していたヒ素が96.9%除去され、処理水のヒ素濃度W3は、環境基準値の0.01mg/L以下まで低減することができた(図3参照)。この濾過装置5による処理を経ることによって、共沈処理後の上澄み水中のヒ素濃度が通常の10倍以上となった場合でも、容易に環境基準値以下までヒ素濃度を低減することが可能となった。
【0076】
図4は、共沈処理と濾過処理を行った処理水におけるヒ素濃度W4と原水の積算処理水量との関係を示すグラフである。
【0077】
1日あたり4mの原水に共沈処理と濾過処理とを施して、67日間連続処理した積算処理水量が約270mまでの間におけるヒ素濃度W4は、環境基準値(0.01mg/L)以下であった。
【0078】
その後、積算処理水量が約270mより増えると、そのヒ素濃度は、急激に上昇して、積算処理水量が約300m(連続75日処理)程度となると、そのヒ素濃度は、排水基準値(0.1mg/L)を超過すると推察された。
【0079】
図5は、処理槽内の汚泥量と積算処理水量との関係を示すグラフである。図5中のD1は理論上の推定値、D2は実測値である。
【0080】
共沈処理では処理槽(容積6m)内の発生汚泥量(SV30)が6%程度とほぼ一定量を保った。
処理槽内の原水に注入する塩化第二鉄の注入量などから処理槽内に発生する発生汚泥量の推定値D1を算出したところ、27L/1日の汚泥が発生する。そして、約2ヶ月後の推定値D1の積算汚泥発生量が1620Lになると推定された。
【0081】
しかし、実際に現場で行った実測値D2の積算汚泥発生量が540Lとなり、推定値D1と比較して実測値D2における汚泥の発生量が1/3に低減されていることが明らかとなった。
【0082】
このことによって、毎日新たに塩化第二鉄やヒ素などが加えられたとしても、発生殿物自体の相互作用と圧密効果によって発生汚泥量の増加が抑えられていると考えられ、余剰汚泥を約2カ月程度引き抜くことなく、約270mの汚染された原水を連続処理することが可能となり、発生汚泥量も大幅に低減することが可能となった。
【0083】
実施期間中に生成した汚泥から溶出するヒ素の溶出量を経時的に調べた。
発生初期(生成後4日目)の汚泥からのヒ素の溶出量は、2.2mg/Lであるが、10日目のヒ素の溶出量は、0.1mg/Lとなり、35日目のヒ素の溶出量は、0.01mg/Lとなり、発生汚泥からのヒ素の溶出量が抑えられている。結果的には、時間の経過に伴って汚泥からのヒ素溶出量が減少していくことが確かめられた。
【0084】
この経時毎における汚泥からのヒ素の溶出量は、次のような方程式で表すことが出来る。
{(汚泥からのヒ素溶出量)=41.305×(生成後日数)-2.36}
この式から汚泥からのヒ素溶出量を算出すると、22日目で土壌からのヒ素溶出基準値(0.03mg/L以下)を下回ることとなる。
【0085】
本発明に係るヒ素を含有する水の処理方法と従来の処理方法(非特許文献1に記載の処理方法)を高濃度のヒ素を含有する水450m/日に適用すると仮定した場合に、本発明に係るヒ素を含有する水の処理方法では、従来の処理方法よりも数分の一から数十分の一のコストで済むことが明らかとなった。
【0086】
本実施形態に係るヒ素を含有する水の処理方法を用いたシステムでは、従来法を用いたシステムと比べても小規模とすることができ、建設コストを大幅に削減できる効果がある。したがって、原水のヒ素汚染場所が点在しているような場合においても、各汚染場所ごとにシステムを設けたとしても、安価にかつ速やかに建設することが可能となる。
【符号の説明】
【0087】
S 水源
2 処理槽
3 コンプレッサー
4 調整槽
5 濾過装置
6 コンプレッサー
7 放流槽
8 汚泥貯留槽
9 脱水機
10 ポンプ
11 濁度計
12 pH測定器
13 攪拌機
14 鉄塩供給部
15 苛性ソーダ供給部
16 pH測定器
21 原水パイプ
22 送気パイプ
23 排出パイプ
24 原水供給パイプ
25 処理水パイプ
26 汚泥パイプ
27 汚泥供給パイプ
28 脱水再処理パイプ
29 送気パイプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒ素を含有した原水を処理槽に供給し、原水中のヒ素を曝気による空気酸化のみで酸化させると共に、前記原水中に鉄塩を添加してヒ素と鉄とを共沈させて前記原水中からヒ素を除去し、しかも、発生した汚泥を前記処理槽から引き抜くことなく繰り返し利用することにより、ヒ素を溶出しにくい形態へと変化させつつ汚泥の高密度化を生じさせて、ヒ素の再溶出を防止可能としたことを特徴とするヒ素を含有する水の処理方法。
【請求項2】
ヒ素を含有した原水を処理槽内に導入する原水導入工程と、前記原水中のヒ素を曝気による空気酸化のみで酸化させる曝気工程と、前記原水中に鉄塩を添加して攪拌し、前記原水のpHを酸性雰囲気下に維持しつつヒ素と鉄とを共沈させる共沈工程とを有し、前記共沈工程で発生した汚泥を、前記処理槽から引き抜くことなく保持したまま、前記各工程を繰り返して前記処理槽内に鉄バクテリアを生成保持させ、前記原水中に含まれる2価の鉄を3価の鉄に酸化させるとともに、3価のヒ素を5価のヒ素に酸化させてヒ素と鉄の共沈を促進しつつヒ素の再溶出を防止可能としたことを特徴とするヒ素を含有する水の処理方法。
【請求項3】
前記共沈工程における前記原水のpHの値を酸性雰囲気に維持することを特徴とする請求項2記載のヒ素を含有する水の処理方法。
【請求項4】
ヒ素と鉄とを共沈させた後、前記処理槽内の上澄み水をフィルタで濾過する濾過工程を有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のヒ素を含有する水の処理方法。
【請求項5】
前記濾過工程後の処理水の濁度を検出し、検出した濁度に応じて前記フィルタの洗浄を行うことを特徴とする請求項4記載のヒ素を含有する水の処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−88091(P2011−88091A)
【公開日】平成23年5月6日(2011.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−244597(P2009−244597)
【出願日】平成21年10月23日(2009.10.23)
【特許番号】特許第4473340号(P4473340)
【特許公報発行日】平成22年6月2日(2010.6.2)
【出願人】(597131624)松尾機器産業株式会社 (3)
【Fターム(参考)】