説明

ピーニング用ショットおよびそのショットの製造方法

【課題】材料表面に圧縮残留応力層と、高耐食性元素のコーティング層とを同時に形成し、高温高圧水環境中において材料の耐食性を向上することができるピーニング用ショットおよびその製造方法を提案すること。
【解決手段】 本発明に係る鉄−クロム−ニッケル合金製ピーニング用ショットは、材料表層に圧縮残留応力層を形成させ、材料表面に高耐食性を有する元素であるクロムを付与する表面改質方法に使用する鉄−クロム−ニッケル合金製ピーニング用ショットであって、使用するショットの表面層2のクロム量が中心部1に比べて多いことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はショットピーニング法により材料の表面に残留圧縮応力を付与するためのショットピーニング用ショットおよびそのショットの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
原子炉炉内構造物は高温高圧水中において耐食性に優れるオーステナイト系ステンレス鋼やニッケル基合金が使用されるが、引張応力が残留する溶接部あるいは機械加工を受けた部材で応力腐食割れ(SCC)が発生する可能性があることが知られている。
【0003】
その対策として、より耐SCC性の高い材料の採用、及び、水質制御あるいは残留応力改善によりSCCの発生を未然に防止する対策が行われてきている。特に、SCCの一要因である引張残留応力を圧縮に変換することによりSCCの発生を抑制する目的で、ピーニングと呼ばれる応力改善プロセスが開発され、適用されている(特許文献1参照)。
【0004】
また、原子力分野に限らず腐食環境で使用される機器、部品の信頼性向上、寿命延長の目的で表面に高耐食性を有する表面層を形成する技術が公開されている(特許文献2参照)。さらに、自動車などの輸送機器や回転機器に使用される摺動性を要求される部品に対して、レーザピーニングによる表面改質方法を適用し表面の硬度あるいは潤滑性を改善する手法が公開されている(特許文献3参照)。また、超音波ピーニングにより材質改善コーティングを行う工法が公開されている(特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許第6993948号公報
【特許文献2】特開2000−34581
【特許文献3】特開2006−320907
【特許文献4】特開2007−197764
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
商用軽水炉として沸騰水型原子炉(BWR)と加圧水型原子炉(PWR)が国内外で稼働中であるが、主要機器はいずれも高温高圧水環境に曝されている。特に、運転開始から長期間経過した高経年化プラントでは、応力腐食割れ(SCC)という残留応力、環境、材質劣化が重畳して発生する損傷事例が報告されている。残留応力は主に構造物溶接部に発生する引張残留応力であり、環境因子としてはBWRの場合、溶存酸素、各種不純物、PWRにおいては温度、特定濃度範囲の水素がその要因として挙げられている。また、材質面では粒界近傍のクロム濃度の低下が一因と言われている。
【0007】
SCC対策としてBWR、PWRとも各種対策工法が開発され実機に適用されている。残留応力因子を抑制する立場からはピーニング工法がBWR、PWR両プラントで適用されてきている。
【0008】
古くはPWRの蒸気発生器(SG)のSCC対策としてショットピーニング(SP)が適用され、その効果が実証されてきている。また、BWR、PWRの炉内機器の残留応力改善技術としては遠隔施工性に優れたレーザピーニング(LP)やウォータジェットピーニング(WJP)が実用化されている。また、環境因子抑制の点からは、BWRプラントにおける水素注入による溶存酸素濃度の低減や、ノーブルメタル注入技術が適用され、その効果が実証されつつある。さらに、材質面の改善として、従来の材料と比較して高クロム化を計ったニッケル基溶接金属の適用、あるいは高クロムニッケル基合金が開発されPWRの取替え機器などに適用されてきている。
【0009】
しかしながら、いずれの工法も3因子のうちの1因子のみを改善するものであり、機器によっては製造履歴により不可避的に形成される機械加工層、運転中の熱、外部負荷履歴などの影響が重なることによりSCCが誘発される懸念もある。したがって、複数の因子を同時に低コストで改善できるプロセスが開発されれば、より確実なSCCの発生防止が可能となり、原子炉機器の信頼性向上につながり、経済性の高いプラントの実現に貢献することができる。
【0010】
本発明は上述した課題を解決するためになされたものであり、材料表面に圧縮残留応力層と、高耐食性元素のコーティング層とを同時に形成し、高温高圧水環境中において材料の耐食性を向上することができるピーニング用ショットおよびその製造方法を提案する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明においては、材料表層に圧縮残留応力層を形成させ、材料表面に高耐食性を有する元素であるクロムを付与する表面改質方法に使用する鉄−クロム−ニッケル合金製ピーニング用ショットであって、使用するショットの表面層のクロム量が中心部に比べて多いことを特徴とする鉄−クロム−ニッケル合金製ピーニング用ショット、および球状の鉄−クロム−ニッケル合金を真空中で加熱処理することにより、表面層のクロム量を多く含む表面層を形成させることを特徴とする上記ピーニング用ショットの製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明にかかるピーニング用ショットおよびそのショットの製造方法によって、材料表面に圧縮残留応力層と、高耐食性元素のコーティング層とを同時に形成し、高温高圧水環境中において材料の耐食性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明に係るピーニング用ショットの概念図を示し、(a)は縦断面図、(b)は(a)のA部拡大図、(c)は表面近傍のクロム量の分布図。
【図2】本発明によるピーニング用ショット製造の流れを示すフロー図。
【図3】ショット表面にクロムを多く含む層が形成される原理の概念図を示し、(a)は縦断面図、(b)は(a)のC部拡大図、(c)は表面近傍のクロム量の分布図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に係るショットおよび表面改質方法の実施例について、図面を参照して説明する。
【0015】
(実施例)
図1を用いて本発明に係わる実施例1を説明する。図1(a)は本発明に係るピーニング用ショットの断面を模式的に示した図である。なお、以下に示す成分の%は質量%を示している。
【0016】
図1において例えばクロムを25.28%、ニッケルを19.38%、炭素を0.05%、マンガンを0.99%、ケイ素を0.75%、残部が鉄であるSUS310S製の略球状のショットを真空中で熱処理することにより、中心部1の材質がSUS310Sであり、表面層がクロムを多く含む層2となるピーニング用ショットを製造することができる。
【0017】
図1(b)および(c)は、図1(a)のA部を拡大した表面近傍要部拡大図と、図1(b)におけるBラインにおけるクロム量と表面からの距離との関係を示した図である。
【0018】
クロムを多く含む層2は、表面から5μmまでの範囲でクロム量が中心部に比べて高くなっている。表面部のクロム量が50%と最も大きく、表面からの距離が増加するに伴い、クロム量が原料であるSUS310Sの略25%に近づく。図1示した表面にクロムを多く含むショットをピーニングに使用することにより、材料表面に圧縮残留応力層を形成し、かつ、ショット表面層の移着による高耐食性元素のコーティング層を形成することが可能となる。このとき、高耐食性元素のコーティング層を形成するためには、クロムを多く含む表面層の厚さが少なくとも1μm以上必要である。
【0019】
また、本実施例ではクロムが50%の量で説明したがピーニング効果が得られる硬さではクロムの量が多ければ良く、多ければより短時間のショット加工時間で被加工表面のクロムの量を多くすることができる。このため最低限、被加工材表面のクロム濃度よりもクロムの濃度が高ければ良い。
【0020】
図2は本発明におけるピーニング用ショットの製造方法のフロー図であり、はじめに鉄−クロム−ニッケル合金の素材(S1)から、球状のショットを作成する(S2)。例えば、SUS310S製の丸棒(φ3mm)を3mm長さに切断し、球状に加工するラウンドカット処理をすることにより、直径φ3mmの球状ショットを作成することができる。
【0021】
次にショットを真空中で加熱処理する(S3)ことにより、ショット表面にクロムを多く含む層を形成することができる。ショットを真空中に保持する方法としては、真空チャンバーを有する加熱炉を用いる方法や、石英管にショットを真空封入する方法がある。このときの真空度は10-4Pa以下、加熱処理の温度は980〜1020℃、加熱処理時間は60〜80分間の条件が、クロムを多く含む層の形成に適した条件である。
【0022】
図3は、ショット表面にクロムを多く含む層が形成される原理を模式的に示す説明図である。なお、図3(b)および(c)は、図3(a)のA部を拡大した表面近傍要部拡大図と、図3(b)におけるDラインにおけるクロム量と表面からの距離との関係を示した図である。
【0023】
クロムの蒸気圧は、鉄やニッケルに比べて大きい。例えば絶対温度1373Kで、クロムと鉄の蒸気圧は、それぞれ3.3×10−3Paと8.9×10−4Paである。
【0024】
図3(a)に示す球状の鉄−クロム−ニッケル合金3を真空中で加熱すると、表面近傍において蒸気圧の大きいクロムが合金中から選択的に蒸発するため、図3(b)に示すように中心部から表面に向かってクロムが移動する。
【0025】
図3(c)は表面近傍のクロム量分布であり、実線4は熱処理前のクロム量、破線5は熱処理後のクロム量分布を示す。蒸気圧の違いにより中心部から表面に向かってクロムが移動するため、表面近傍のクロム量が次第に大きくなる。このとき、真空度を10−4Pa以下とし、加熱処理の温度を980〜1020℃、加熱処理時間を60〜80分間とすると、ショット表面にクロム量の多い層が形成される。
【0026】
なお、球状の鉄−クロム−ニッケル合金3の化学成分としては、SUS310Sの代わりに、熱処理によって表面にクロムが移動し、表面にクロム量の多い層が形成されるクロムを24〜26%、ニッケルを19〜22%含むSUS304や、クロムを16〜18%、ニッケルを10〜14%含むSUS316を用いてもよい。
【符号の説明】
【0027】
1… 中心部
2… クロムを多く含む表面層
3… 球状の鉄−クロム−ニッケル合金
4… 熱処理前のクロム量分布
5… 熱処理後のクロム量分布

【特許請求の範囲】
【請求項1】
材料表層に圧縮残留応力層を形成させ、材料表面に高耐食性を有する元素であるクロムを付与する表面改質方法に使用する鉄−クロム−ニッケル合金製ピーニング用ショットであって、使用するショットの表面層のクロム量が中心部に比べて多いことを特徴とする鉄−クロム−ニッケル合金製ピーニング用ショット。
【請求項2】
クロムを多く含む表面層の厚さが1μm以上であることを特徴とする請求項1記載のピーニング用ショット。
【請求項3】
球状の鉄−クロム−ニッケル合金を真空中で加熱処理することにより、表面層のクロム量を多く含む表面層を形成させることを特徴とする請求項1記載のピーニング用ショットの製造方法。
【請求項4】
前記加熱処理は、球状の鉄−クロム−ニッケル合金を10−4Pa以下の真空中で加熱することを特徴とする請求項3記載のピーニング用ショットの製造方法。
【請求項5】
前記加熱処理は、球状の鉄−クロム−ニッケル合金を980℃から1020℃の温度のいずれかの温度で60〜80分間、加熱することを特徴とする請求項3記載のピーニング用ショットの製造方法。
【請求項6】
前記球状の鉄−クロム−ニッケル合金の化学成分が、クロムを24〜26質量%、ニッケルを19〜22質量%含み残部鉄および不可避成分から成ることを特徴とする請求項3記載のピーニング用ショットの製造方法。
【請求項7】
前記球状の鉄−クロム−ニッケル合金の化学成分が、クロムを18〜20質量%、ニッケルを8〜10.5質量%含み残部鉄および不可避成分から成ることを特徴とする請求項3記載のピーニング用ショットの製造方法。
【請求項8】
前記球状の鉄−クロム−ニッケル合金の化学成分が、クロムを16〜18質量%、ニッケルを10〜14質量%含み残部鉄および不可避成分から成ることを特徴とする請求項3記載のピーニング用ショットの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−215944(P2010−215944A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−61716(P2009−61716)
【出願日】平成21年3月13日(2009.3.13)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】