説明

フェナントレンキノン化合物、電極活物質および蓄電デバイス

【課題】高エネルギー密度を有し、有機溶媒に溶解し難く、二次電池の軽量化、小型化、高機能化などに対応でき、電極活物質として有用な新規な有機化合物を合成し、該有機化合物を含む蓄電デバイスを得る。
【解決手段】可逆的な酸化還元反応の際に電子移動を起こす特性を有し、オルト位の位置関係で2つのキノン基を有する特定のキノン化合物を、エネルギー密度の低下を伴わずに、オリゴマー化またはポリマー化することによって有機溶媒に対して不溶化し、蓄電デバイスの電極活物質として用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェナントレンキノン化合物、電極活物質および蓄電デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
最近における電子技術の進歩は、携帯電話、携帯型パーソナルコンピュータ、携帯情報端末(Personal Data Assistance、PDA)、携帯型ゲーム機などの携帯型電子機器の目覚しい普及を生み出している。それに伴い、携帯型電子機器の電源として、繰り返し充放電できる二次電池などの蓄電デバイスの需要が増大している。なかでも、移動キャリアとしてリチウムイオンを用いるリチウム二次電池は、起電力およびエネルギー密度が高く、小型化への対応が比較的容易なことから、携帯型電子機器の電源として広範囲に用いられている。
【0003】
携帯型電子機器の汎用化をさらに進める上で、携帯型電子機器には一層の性能向上が要求され、たとえば、軽量化、小型化、高機能化などが重要な技術的課題になっている。これらの技術的課題を解決する上で、電源用電池には、たとえば、さらなる高エネルギー密度化が要望されている。電池の高エネルギー密度化には、エネルギー密度の高い電極活物質を用いる手法が有力である。したがって、正極活物質および負極活物質を問わず、エネルギー密度の高い新規な電極活物質についての研究開発が積極的に行われている。
【0004】
たとえば、可逆的な酸化還元反応に関与して電子移動を起こす有機化合物を電極活物質として利用することが検討されている。有機化合物は比重が1g/cm3前後であり、従来から電極活物質として用いられているコバルト酸リチウムなどの無機酸化物よりも軽量である。しかしながら、有機化合物、特に低分子量の有機化合物は有機溶媒に溶解し易いため、現在汎用されているリチウム二次電池の電極活物質としては使用できない。これは、支持塩を有機溶媒である非水溶媒に溶解してなる非水電解質が、リチウム二次電池の電解質の主流になっているためである。有機化合物が非水溶媒に溶解すると、集電体と電極活物質である有機化合物との間で十分な電子伝導性が得られず、反応性が低下する。また、電極活物質である有機化合物が非水溶媒中に溶出すると、酸化還元反応に関与し得る電極活物質濃度ひいては電池容量が低下する。
【0005】
このため、電極活物質である有機化合物の高分子化、電解質の固体化などについて種々の提案がなされている。たとえば、ポリチオフェン、ポリアニリン、ポリピロールなどの、分子全体が共役電子雲で覆われている導電性高分子化合物を電極活物質として用いる提案が数多くなされている。しかしながら、これらの導電性高分子化合物には、反応電子数が0.5程度と少ないという問題がある。一方、電極活物質のエネルギー密度は反応電子数に比例して増加するので、これらの導電性高分子化合物が十分なエネルギー密度を有さないことは明らかである。反応電子数が少ない理由を、ポリチオフェンを例に採って説明する。ポリチオフェンは、チオフェン環同士が隣接した分子構造を有している。原理的には、チオフェン環1個について、1つの電子交換を伴う反応、すなわち1電子反応が起こると考えられている。しかしながら、酸化還元反応に関与することによって帯電状態にあるポリチオフェンでは、隣接したチオフェン環同士の電子的な反発によって、実質的には0.5電子程度の反応しか起こらない。このような電子的な反発は、ポリアニリンやポリピロールでも同様に発生する。
【0006】
従来の導電性高分子化合物の問題に鑑み、たとえば、ポリアニリンの分子内に酸化還元活性を示すキノン系官能基を導入してなる導電性高分子化合物を二次電池用の正極活物質として用いることが提案されている(たとえば、特許文献1参照)。特許文献1の導電性高分子化合物は、たとえば、メタ位またはオルト位に2つのキノン系官能基を有するアミノベンゼン類を重合させることによって製造されている。特許文献1の技術は、反応電子数の少ない導電性高分子化合物であるポリアニリンに、2つの電子交換を伴う2電子反応を起こすキノン系官能基を導入することによって、反応電子数を増加させようとしている。しかしながら、特許文献1の導電性高分子化合物全体で見れば、反応電子数は平均化され、実際には2電子よりも少なくなる。すなわち、特許文献1の技術では、電池の高エネルギー密度化に向けてキノン系官能基を含む化合物を電極活物質に用いる上で、キノン系官能基の最大の特徴である2電子反応を十分に使いこなすことができない。
【0007】
また、電極活物質としてキノン化合物とともに含窒素高分子化合物を含む電池用複合電極が提案されている(たとえば、特許文献2参照)。特許文献2の技術では、キノン化合物と含窒素高分子化合物とが分子間水素結合によって結合することを利用して、含窒素高分子化合物上にキノン化合物を固定化し、エネルギー密度の高い複合電極活物質を形成している。また、キノン化合物はリチウムイオンに対する反応可逆性が低いので、それを補うために、プロトンを含むかまたはプロトン伝導性を持つ電解質を用い、複合電極活物質の酸化還元反応に伴う電子授受にプロトンのみが関与するように構成している。なお、キノン化合物としては、ナフトキノン、アントラキノンなどが挙げられている。また、含窒素高分子化合物としては、ポリアニリン、ポリピリジン、ポリピリミジンなどが挙げられている。しかしながら、特許文献2の複合電極活物質を含む電極を、リチウムイオンを吸蔵および放出可能な対極、ならびに非水電解液である電解質を含む高電圧設計のリチウム二次電池に用いると、正極と負極との間の電位差が1.2Vを超えにくく、電池の高エネルギー密度化を確実に実現できない。これは、水素結合を利用して電極活物質を複合化していることによるものと考えられる。現在のリチウム二次電池には、正極と負極との間の電位差が1.2Vを大きく超えることが要求されているから、特許文献2の複合電極活物質は実用性に乏しい。
【0008】
一方、9,10−フェナントレンキノンを原料化合物にして合成される有機化合物としては、たとえば、9,10−ビス(N,N−ジアリールアミノ)フェナントレン誘導体が提案されている(たとえば、特許文献3参照)。特許文献3のフェナントレン誘導体は、電子写真感光体の電荷輸送材料として用いられるが、ケトン基を有さず、有機溶媒に可溶な単量体であるため、そのままでは電極活物質としての使用は困難である。また、9,10−フェナントレンキノンの2つのオキソ基のうち、1つを2つのフェノール基で置換したフェナントレンキノン化合物が提案されている(たとえば、特許文献4参照)。このフェナントレンキノン化合物は、樹脂材料、レジスト材料などの原料として使用できることが特許文献4に記載されているのみである。また、このフェナントレンキノンも有機溶媒に可溶な単量体である。
【0009】
一方フェナントレン化合物は蛍光特性を有することから、有機エレクトロルミネッセンス材料、化学センサーとして利用する検討が提案されている(たとえば非特許文献5参照。)ここではフェナントレン化合物とフェノールなどの部位を導入した高分子体が検討されているが、これらも有機溶媒に可溶な高分子体である。
【特許文献1】特開平10−154512号公報
【特許文献2】特開2000−82467号公報
【特許文献3】特開平6−211757号公報
【特許文献4】特開2006−213634号公報
【非特許文献5】Organic Letters,2006,Vol.8,No.9,1855−1858
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、高エネルギー密度を有し、有機溶媒に溶解し難く、蓄電デバイスの軽量化、小型化、高機能化などに対応でき、電極活物質として有用な有機化合物、該有機化合物を含む電極活物質、および該電極活物質を含む蓄電デバイスを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するための研究過程で、従来技術のキノン化合物に着目した。従来技術では、主に、パラ位にケトン基を有するキノン化合物(以下「パラキノン化合物」とする)が用いられている。パラキノン化合物は、ケトン基が反応部位であり、ケトン基はマイナス電荷を有する。パラキノン化合物とプラス電荷を有する移動キャリア(以下単に「移動キャリア」とする)との酸化還元反応は、移動キャリアとしてリチウムイオンを用いる場合を例に採れば、下記反応工程式1に示すような(a)および(b)の2段階反応になる。
【0012】
【化4】

【0013】
この2段階反応において、パラキノン化合物のケトン基とリチウムイオンとの結合強度は、ケトン基の電荷密度(マイナス電荷)と、リチウムイオンの電荷密度(プラス電荷)との差によって決まる。つまり、電荷密度の差が大きいもの同士で形成される結合はより安定で強固になり、電荷密度の小さいもの同士で形成される結合は結合強度が弱く、解離し易い。パラキノン化合物は2つのケトン基が離れた状態で存在し、電荷分布が局在化することによって、大きな電荷密度を有し、リチウムイオンとの電荷密度の差も大きくなる。このため、ケトン基とリチウムイオンとの酸化反応によって形成される結合は、共有結合的な非常に強固な結合になり、エネルギー的に安定な状態が形成され、還元反応によって当該結合からリチウムイオンを解離させるのは容易ではない。したがって、パラキノン化合物を電極活物質に用いる場合に、移動キャリアとしてリチウムイオンを用いると、反応可逆性が低いという問題が生じる。ここで述べた安定な状態とは、Liイオンを電池反応によって解離することのできない強固な結合状態を示し、電池反応における化合物の安定性を意味しているのではない。
【0014】
また、パラキノン化合物は、2つのケトン基が離れた状態で存在することによって、(a)および(b)の各々の反応が独立したエネルギーレベルになる。具体的には、1段階目(1電子目)の反応の電位と、2段階目(2電子目)の反応の電位との差が、約1.0Vと大きい。蓄電デバイスの動作電圧およびエネルギー密度は各反応における電位の平均値(平均電圧)から算出される。したがって、2段階目の反応の電位が低いと、平均電圧が低くなり、高エネルギー密度化の観点からは望ましくない。さらに、2つの反応に大きな電位差があることは、蓄電デバイスの動作制御の点からも望ましくない。
【0015】
本発明者らは、以上のような知見に基づき、酸化還元反応が可能で、リチウムイオンとの電荷密度の差が小さい有機化合物であれば、リチウムイオンを移動キャリアに用いても、可逆性の高い酸化還元反応系を構築できるであろうことに着目し、さらなる研究を進めた。その結果、2つのケトン基をオルト位の位置関係で含むキノン化合物(以下「オルトキノン化合物」とする)が目的に叶うことを見出した。オルトキノン化合物は、パラキノン化合物と同様に、移動キャリアとの間で2電子反応を2段階で行う。また、オルトキノン化合物においては、マイナス電荷をもつケトン基が隣接して存在しているため、電荷分布が非局在化し、電荷密度は低くなる。したがって、リチウムイオンを移動キャリアに用いても、還元反応によってリチウムイオンの解離可能な結合が形成され、反応可逆性が向上する。リチウムイオンを移動キャリアとして利用可能にすることで、出力電圧の高い蓄電デバイスが得られる。具体的には、3.0V級の高出力電圧を有する蓄電デバイスを得ることが可能になる。また、オルトキノン化合物においては、反応部位である2つのケトン基が非常に近いエネルギーレベルをもつ電子状態が形成される。これは、2電子反応におけるそれぞれの反応電位が近い値になり、平均電圧がほとんど低下しないことを意味している。したがって、蓄電デバイスの高エネルギー密度化が可能になり、制御性も向上する。
【0016】
なお、従来技術のように、移動キャリアとしてリチウムイオンではなくプロトンを用いると、酸化反応によってイオン結合的な結合が形成されるため、還元反応によって当該結合からプロトンを比較的容易に解離させることができる。したがって、反応可逆性は良好である。しかしながら、この場合にはプロトン系溶媒を用いることが必要になるため、水素ガス発生電位の制限により正極と負極との間で1.2Vを超える電位差を得ることができない。したがって、良好な反応可逆性が得られても、3.0V級の高電圧系の蓄電デバイスを実現することは困難である。
【0017】
さらに、本発明者は、特定のオルトキノン化合物をオリゴマー化またはポリマー化して有機溶媒に対して不溶化する場合には、蓄電デバイスなどにおける電極活物質として有用な有機化合物が得られることを見出した。該有機化合物は、元のオルトキノン化合物の電荷分布の非局在性を保持し、反応電子数の低下がなく、同程度のエネルギーレベルを持つ2電子反応を確実に実施できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0018】
すなわち本発明は、下記一般式(1)で表されるフェナントレンキノン化合物(以下「フェナントレンキノン化合物(1)」とする)を提供する。
【0019】
【化5】

〔式中、R1およびR2はそれぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、シアノ基、炭素数1〜4のアルキル基、炭素数2〜4のアルケニル基、炭素数3〜6のシクロアルキル基、炭素数3〜6のシクロアルケニル基、アリール基またはアラルキル基を示す。ただし、前記アルキル基、炭素数2〜4のアルケニル基、炭素数3〜6のシクロアルキル基、炭素数3〜6のシクロアルケニル基、アリール基およびアラルキル基は、ハロゲン原子、窒素原子、酸素原子、硫黄原子および珪素原子からなる群から選ばれる少なくとも1つの原子を含んでいてもよい。nは2以上の整数を示す。〕
【0020】
また、上記フェナントレンキノン化合物(1)の中でも、R1およびR2がそれぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、シアノ基または炭素数1〜4のアルキル基であり、nが2〜4の整数であるフェナントレンキノン化合物(以下「フェナントレンキノン化合物(1a)」とする)が好ましい。
また、上記フェナントレンキノン化合物(1)の中でも、R1およびR2が水素原子であり、nが2〜4の整数であるフェナントレンキノン化合物(以下「フェナントレンキノン化合物(1b)」とする)がさらに好ましい。
【0021】
また、本発明は、フェナントレンキノン化合物(1)から選ばれる少なくとも1つを含む電極活物質を提供する。
本発明の電極活物質は、正極活物質として用いられるのが好ましい。
【0022】
また、本発明は、正極と、負極と、電解質とを含み、酸化還元反応に伴う電子移動を電気エネルギーとして取り出す蓄電デバイスにおいて、
前記正極および前記負極の少なくとも一方が本発明の電極活物質を含む蓄電デバイスを提供する。
【0023】
また、本発明は、下記一般式(2)で表されるフェナントレン化合物(以下「フェナントレン化合物(2)」とする)を提供する。
【化6】

〔式中、R1、R2はおよびnは上記に同じ。R3およびR4は基−OX(式中Xは水素原子、1価の有機基、1価の有機金属基もしくは1価金属原子を示す)を示すかまたは互いに結合して基−O−Y−O−(式中Yは2価の有機基、2価の有機金属基もしくは2価金属原子を示す)を形成する。〕
【0024】
また、上記フェナントレン化合物(2)の中でも、R1およびR2がそれぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、シアノ基または炭素数1〜4のアルキル基であり、nが2〜4の整数であるフェナントレン化合物(以下「フェナントレン化合物(2a)」とする)が好ましい。
【0025】
また、上記フェナントレン化合物(2)の中でも、下記一般式(3)で表されるフェナントレン化合物(以下「フェナントレン化合物(3)」とする)がさらに好ましい。
【化7】

〔式中、X1は保護基またはアルカリ金属を示す。mは2〜4の整数を示す。〕
また、保護基は、トリアルキルシリル基または4級アンモニウム基であることが好ましい。
【0026】
また、本発明は、上記フェナントレン化合物(2)から選ばれる少なくとも1つを含む有機発光素子を提供する。
【発明の効果】
【0027】
本発明のフェナントレンキノン化合物は、移動キャリアとの間で、キノン化合物に特有の2電子反応である可逆的な酸化還元反応を起こすことができる。また、本発明のフェナントレンキノン化合物は、有機溶媒に対して不溶で、従来電極活物質として用いられる無機酸化物などよりも軽量な有機化合物である。したがって、このフェナントレンキノン化合物を蓄電デバイスなどの電極活物質として用いることが可能になり、高エネルギー密度の蓄電デバイスが得られる。さらに、移動キャリアとしてリチウムイオンを用いる系でも酸化還元反応を可逆的に行うことができるので、3.0V級の高電圧系の蓄電デバイスが得られる。したがって、本発明によれば、高出力および高容量で、サイクル特性に優れ、携帯型電子機器の軽量化、小型化および高機能化に対応可能な蓄電デバイスが得られる。さらに、フェナントレンキノン化合物の前駆体であるフェナントレン化合物は蛍光特性を有することから、新規な有機発光素子を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
[フェナントレンキノン化合物]
本明細書において、各一般式中の符号R1〜R7、X、X1、X2およびYで示される各基は、具体的には次の通りである。
保護基としてはカチオン基であれば特に制限されないが、tert−ブチルジメチルシリル、tert−ブチルジエチルシリルなどの炭素数1〜4の直鎖または分岐鎖状のアルキル基が3個置換したトリアルキルシリル、tert−ブチルジフェニルシリルなどの炭素数1〜4の直鎖または分岐鎖状のアルキル基とアリール基とが合わせて3個置換したアリールシリル、アルキルテトラエチルアンモニウム、3−エチルメチルイミダゾリニウムなどの4級アンモニウム基などが挙げられる。1価の金属原子としては、たとえば、カリウム、ナトリウム、リチウムなどのアルカリ金属などが挙げられる。2価の金属原子としては、たとえば、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、マグネシウムなどのアルカリ土類金属などが挙げられる。
【0029】
ハロゲン原子としては、たとえば、フッ素、塩素、臭素、沃素などが挙げられる。炭素数1〜4のアルキル基としては、たとえば、メチル、エチル、n−プロピル、iso−プロピル、n−ブチル、iso−ブチル、tert−ブチルなどの炭素数1〜4の直鎖または分岐鎖状のアルキル基が挙げられる。炭素数2〜4のアルケニル基としては、たとえば、ビニル、1−プロペニル、2−プロペニル、1−メチル−1−プロぺニル、2−メチル−1−プロペニル、2−メチル−2−プロペニル、2−プロペニル、2−ブテニル、1−ブテニル、3−ブテニルなどの炭素数2〜4の直鎖または分岐鎖状のアルケニル基が挙げられる。
【0030】
炭素数3〜6のシクロアルキル基としては、たとえば、シクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシルなどが挙げられる。炭素数3〜6のシクロアルケニル基としては、たとえば、シクロプロペニル、シクロブテニル、シクロペンテニル、シクロヘキセニル、メチルシクロペンテニルなどが挙げられる。アリール基としては、たとえば、フェニル、メチルフェニル、ニトロフェニル、メトキシフェニル、クロロフェニル、ビフェニル、α−ナフチル、β−ナフチルなどの、フェニル環またはナフタレン環上に、炭素数1〜4の直鎖または分岐鎖状アルキル基、炭素数1〜4の直鎖または分岐鎖状アルコキシ基、ニトロ基およびハロゲン原子よりなる群から選ばれる少なくとも1種の置換基を有していてもよいアリール基が挙げられる。アラルキル(アリールアルキル)基としては、たとえば、ベンジル、メチルベンジル、ニトロベンジル、メトキシベンジル、クロロベンジル、フェニルエチル、1−メチル−1−フェニルエチル、1,1−ジメチル−2−フェニルエチル、1,1−ジメチル−3−フェニルプロピル、α−ナフチルメチル、β−ナフチルメチルなどの、炭素数1〜4の直鎖または分岐鎖状アルキル基にアリール基が1〜3個置換したアラルキル基が挙げられる。
【0031】
本発明のフェナントレンキノン化合物(1)は文献未記載の新規化合物である。また、フェナントレンキノン化合物(1)は、酸化還元反応に寄与できる反応電子数がキノン化合物の理論反応電子数である2個またはそれに近い値であり、高エネルギー密度を有する。また、フェナントレンキノン化合物(1)は、有機溶媒に対する溶解性が極めて低いかまたは不溶である。さらに、フェナントレンキノン化合物(1)は、有機化合物であることから、従来の電極活物質である無機酸化物などに比べて軽量である。したがって、フェナントレンキノン化合物(1)は、たとえば、蓄電デバイス用の電極活物質として好適に使用でき、各種蓄電デバイスの軽量化、小型化、高エネルギー密度化に寄与できる。フェナントレンキノン化合物(1)の中でも、合成の容易性などを考慮すると、フェナントレンキノン化合物(1a)が好ましく、フェナントレンキノン化合物(1b)がさらに好ましい。
【0032】
また、フェナントレン化合物(2)は、9,10−フェナントレンキノンおよびその誘導体のオリゴマーまたはポリマーであり、これも文献未記載の新規化合物である。フェナントレン化合物(2)は、たとえば、フェナントレンキノン化合物(1)の合成中間体として有用であるだけでなく、有機発光素子の材料としても使用できる。フェナントレン化合物(2)の原料になる9,10−フェナントレンキノンおよびその誘導体は、オルト位の位置関係に2つのケトン基を有するオルトキノン化合物の1種である。フェナントレン化合物(2)の中でも、合成の容易性などを考慮すると、フェナントレン化合物(2a)が好ましく、フェナントレン化合物(3)がさらに好ましい。
【0033】
本発明では、9,10−フェナントレンキノンおよびその誘導体をオリゴマー化またはポリマー化することによって、従来の導電性高分子化合物のような電子同士の反発による反応電子数の減少を起こすことなく、有機溶媒に対する不溶化が達成される。その理由は、次のよう考えられる。
【0034】
有機化合物を電極活物質として用いる場合、一般に、有機溶媒に対する不溶化と、高エネルギー密度化という2つの課題がある。有機化合物を有機溶媒に不溶化する方法として、オリゴマー化またはポリマー化が一般的である。一方、電極活物質のエネルギー密度(mAh/g)は、下記式から求められる。
エネルギー密度=[(反応電子数×96500)/分子量]×(1000/3600)
すなわち、高エネルギー密度化には、反応電子数を増加させること、および分子量を増加させないことが必要になる。ポリアニリンなどの従来の導電性高分子化合物では、ポリマー化によって、分子量が増加しているにもかかわらず、反応電子数が減少し、エネルギー密度が低下している。すなわち、有機溶媒に対する不溶化と、高エネルギー密度化とは相反する課題である。
【0035】
一方、9,10−フェナントレンキノンは、分子全体に電子共役雲が存在している。したがって、9,10−フェナントレンキノンをオリゴマー化またはポリマー化する際には、その結合のしかたによっては、得られるオリゴマーまたはポリマーの分子全体に電子共役雲が広がり、従来の導電性高分子化合物と同様に電子同士の反発が起こり、反応電子数が減少するおそれがある。これを回避するためには、分子全体に電子共役雲が広がらないように、オリゴマー化またはポリマー化を行う必要がある。これには2つの方法が考えられる。1つは、電子共役雲を作り出すπ電子を持たない部位を、電子共役雲を有する有機化合物間に挿入し、電子共役雲の広がりを断絶する方法である。しかしながら、π電子を持たない部位の挿入は分子量を増加させ、該部位は概して酸化還元反応には無関係であるため、高エネルギー密度化という観点からは好ましくない。もう1つは、有機化合物を立体的に非平面構造になるように結合させる方法である。電子共役雲は平面上に広がってゆくため、非平面構造にすることによって、電子共役雲を立体的に断絶することができる。この方法であれば、分子量の不必要な増加と、反応電子数の減少とを同時に防止できるものと推測された。
【0036】
たとえば、9,10−フェナントレンキノンのダイマーについて、密度汎関数法、基底関数6−31G*の条件で最適構造を算出した場合、2つの9,10−フェナントレンキノンは30〜90°の角度を持って結合している状態が安定状態であると算出される。これは、2つの9,10−フェナントレンキノン分子内に存在するキノン部位が同一平面上に存在するより、ある角度をもって存在するほうが電子的な反発が緩和され安定に存在できるためと考えられる。したがって、本発明者らは、9,10−フェナントレンキノンを特定の角度で結合させることによって、有機溶媒に対する不溶化と高エネルギー密度化とを同時に達成できることを見出した。そして、反応性が非常に高いキノン部位に保護基を導入した状態で、9,10−フェナントレンキノンの2位および7位のいずれか一方またはき両方に、ハロゲン原子などの重合開始部位(官能基)を導入してオリゴマー化またはポリマー化を行うことによって、本発明のフェナントレンキノン化合物(1)を得ることに成功した。さらに、9,10−フェナントレンキノンの2位および7位以外の部分に官能基を導入してもフェナントレンキノン化合物(1)が得られることを見出した。
【0037】
[フェナントレンキノン化合物(1)の合成]
本発明のフェナントレンキノン化合物(1)は、たとえば、R3およびR4が基−OX2(式中X2は保護基を示す)であるフェナントレン化合物(2)において、脱保護により基−OX2を水酸基に変換した後、該水酸基を酸化することによって製造できる。この反応は、たとえば、有機溶媒中にてフェナントレン化合物(2)に相間移動触媒を作用させることによって、一段階の反応として実施できる。有機溶媒としては、水との混和性を有しかつ反応に不活性な有機溶媒を好ましく使用でき、たとえば、テトラヒドロフランなどのエーテル類、メタノール、エタノールなどの低級アルコール類、ジメトキシエタンなどの炭化水素類、アセトニトリルなどのニトリル類、これらの2種以上の混合溶媒などが挙げられる。有機溶媒の使用量は特に制限されず、フェナントレン化合物(2)の使用量、相間移動触媒の種類などに応じて、反応が円滑に進行する量を適宜選択すればよい。
【0038】
相間移動触媒としては公知のものを使用でき、たとえば、テトラn−ヘキシルアンモニウムクロライド、トリメチルベンジルアンモニウムクロライド、トリエチルベンジルアンモニウムクロライド、トリメチルフェニルアンモニウムクロライド、テトラブチルアンモニウムフロライド、テトラブチルアンモニウムハイドロゲンサルフェート、テトラブチルアンモニウムクロライド、テトラブチルアンモニウムブロマイド、メチルトリカプリルアンモニウムクロライド、テトラブチルホスホニウムブロマイドなどが挙げられる。相間移動触媒の使用量は特に制限されないが、好ましくはフェナントレン化合物(2)の使用量の100〜200モル%、さらに好ましくは200モル%程度である。さらに、酢酸などの酸の適量を添加することができる。この反応は、好ましくは攪拌下にて0〜50℃程度の温度下に行われ、1〜24時間程度で終了する。この反応により、フェナントレンキノン化合物(1)を合成できる。
【0039】
フェナントレンキノン化合物(1)の原料化合物になるフェナントレン化合物(2)は、たとえば、一般式(4)
【化8】

〔式中、R1およびR2は上記に同じ。〕
で表される9,10−フェナントレンキノン誘導体(以下「9,10−フェナントレンキノン誘導体(4)」とする)を原料化合物として用い、官能基導入工程と、保護基導入工程と、多量化工程とを含む製造方法によって製造できる。原料化合物である9,10−フェナントレンキノン誘導体(4)の中でも、R1=R2=水素原子である9,10−フェナントレンキノンが好ましい。また、9,10−フェナントレンキノン誘導体(4)において、符号R1およびR2で示される置換基の一方または両方がハロゲン原子である場合は、官能基導入工程を実施することなく、そのまま保護基導入工程に供することができる。次に、各工程について説明する。
【0040】
(官能基導入工程)
官能基導入工程では、9,10−フェナントレンキノン誘導体(4)に、オリゴマー化またはポリマー化のための官能基であるハロゲン原子を1または2個導入する。ハロゲン原子の導入は、たとえば、一般的なハロゲン化反応により行うことができる。
ハロゲン化反応は、たとえば、ハロゲン化剤および必要に応じて触媒の存在下、好ましくは有機溶媒中にて実施される。ハロゲン化剤としては公知のものを使用でき、塩素、塩化スルフリル、臭素、臭化スルフリル、フッ素、N−フルオロピリジニウム塩、N−ヨードスクシンイミドなどが挙げられる。ハロゲン化剤の使用量は、好ましくは9,10−フェナントレンキノン誘導体(4)に対して1〜3倍モル程度とすればよい。触媒としては、たとえば、塩化第1鉄、塩化第2鉄、臭化第1鉄、臭化第2鉄、塩化第1銅、塩化第2銅、臭化第1銅、臭化第2銅、塩化亜鉛、塩化アルミニウム、塩化ニッケル、塩化リチウム、塩化スズ、塩化アンチモン、ジエチルアルミニウムクロライド、ジブチルスズジクロライド、トリフェニルスズクロライドなどのルイス酸、鉄、銅、亜鉛などの金属類などを使用できる。触媒を用いることによって、ハロゲン化反応が円滑に進行する。触媒の使用量は特に制限されないが、好ましくは、9,10−フェナントレンキノン誘導体(4)の使用量の0.05〜5重量%程度である。有機溶媒としては、たとえば、ヘキサン、シクロヘキサン、ヘプタンなどの炭化水素類、ジクロロエタン、ジクロロメタン、クロロホルムなどのハロゲン化炭化水素類、ベンゼン、トルエン、キシレン、クロロベンゼン、ジクロロベンゼン、トリクロロベンゼンなどの芳香族炭化水素類が挙げられる。有機溶媒を用いる場合、その使用量は特に制限されないが、好ましくは、9,10−フェナントレンキノン誘導体(4)の使用量の0.1〜10倍重量である。ハロゲン化反応は、通常−20〜80℃程度、好ましくは−5〜30℃程度の温度下に行われる。
なお、このハロゲン化反応においては、ハロゲン化剤を適宜変更することにより、特定の化合物を選択的に合成できる。たとえば、9,10−フェナントレンキノンに臭素を作用させると、3,6−ジブロモ−フェナントラ−9,10−ジオンが選択的に得られる。また、トリフルオロメタンスルホン酸の存在下にN−ヨードスクシンイミドを作用させると、2,7−ジヨード−フェナントラ−9,10−ジオンが選択的に得られる。また、トリフルオロ酢酸の存在下にN−ヨードスクシンイミドを作用させと、2−ヨード−フェナントラ−9,10−ジオンが選択的に得られる。
【0041】
(保護基導入工程)
保護基導入工程では、官能基導入工程で得られる一般式(5)
【化9】

〔式中、R1およびR2は上記に同じ。R5およびR6はそれぞれ独立してハロゲン原子または水素原子を示す。ただし、R5およびR6は同時に水素原子であってはならない。〕
で表される9,10−フェナントレンキノン誘導体(以下「官能基導入体(5)」とする)に保護基を導入する。
【0042】
官能基導入体(5)の具体例としては、たとえば、下記化合物(5a)〜(5f)が挙げられる。これらのうち、化合物(5a)〜(5d)は二量体の合成に用いられ、化合物(5e)〜(5f)は二量体以上のオリゴマーおよびポリマーの合成に用いられる。
【化10】



【化11】

【0043】
官能基導入体(5)への保護基の導入は、公知の方法に従って実施できる。たとえば、官能基導入体(5)とシラン化合物または4級アンモニウム化合物とを、金属触媒および錯化剤の存在下に、好ましくは有機溶媒中にて反応させればよい。シラン化合物としては、たとえば、t−ブチルジメチルシリルクロライド、tert−ブチルジエチルシリルクロライド、t−ブチルジフェニルシリルクロライド、トリフェニルメチルクロライド、トリメチルシリルクロライド、N−トリメチルシリルアセトアミド、N−トリメチルシリルジエチルアミン、N−トリメチルシリルイミダゾールなどが挙げられる。4級アンモニウム化合物としては、テトラエチルアンモニウムクロライド、3−エチルメチルイミダゾリニウムクロライドなどが挙げられる。金属触媒としては、たとえば、亜鉛などが挙げられる。錯化剤としては、たとえば、N,N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミンなどが挙げられる。溶媒としては、ヘキサンなどの炭化水素類、などが挙げられる。保護基の導入反応は、好ましくは0〜80℃程度の温度下に行われる。
また、塩基および有機ハロゲン化物の存在下、80℃程度の加熱下、好ましくは有機溶媒中にて、官能基導入体(5)にハイドロサルファイトナトリウムなどの還元剤を作用させることにより、任意の保護基を導入できる。塩基としては、たとえば、水酸化ナトリウム、炭酸カリウムなどを使用できる。また有機ハロゲン化物としては、たとえば、ベンジルブロマイド、n−ブロモへキサンなどを使用できる。
【0044】
これらの反応により、一般式(6)
【化12】

〔式中、R1、R2、R5、R6およびX2は上記に同じ。〕
で表される9,10−フェナントレン誘導体(以下「保護基導入体(6)」とする)が得られる。
この保護基導入体(6)とアルカリ金属とを反応させ、保護基導入体(6)における保護基をアルカリ金属に置換することにより、アルカリ金属導入体が得られる。この反応には、保護基をアルカリ金属で置換する公知の方法を利用でき、たとえば、ハロゲン−リチウム交換反応などが挙げられる。ハロゲン―リチウム交換反応によれば、たとえば、保護基導入体(6)とアルキルリチウム反応剤とを、無水条件下および必要に応じて有機溶媒中にて反応させることにより、アルカリ金属導入体が得られる。アルキルリチウム反応剤としては、たとえば、n−ブチルリチウム、tert−ブチルリチウムなどが挙げられる。有機溶媒としては反応に不活性であれば特に制限されず、ジエチルエーテル、テトラヒドロピランなどが挙げられる。ただし、出来る限り脱水して用いるのが望ましい。この反応は、好ましくは−78℃〜室温程度の温度下に行われる。
【0045】
(多量化工程)
多量化工程では、保護基導入工程で得られる保護基導入体(6)またはアルカリ金属導入体を、オリゴマー化またはポリマー化する。オリゴマー化は、たとえば、保護基導入体(6)またはアルカリ金属導入体を原料化合物とし、ウレトジオン触媒、ニッケル塩および還元金属の存在下に、無溶媒または溶媒中にて行われる。ウレトジオン触媒としては公知のものを使用でき、たとえば、トリス(ジメチルアミノ)ホスフィン、トリス(ジエチルアミノ)ホスフィン、トリエチルホスフィン、トリ−n−プロピルホスフィン、トリイソプロピルホスフィン、トリ−n−ブチルホスフィン、トリイソブチルホスフィン、トリ−tert−ブチルホスフィン、トリ−n−ヘキシルホスフィン、トリシクロヘキシルホスフィン、トリス(ジシクロヘキシル)ホスフィン、トリ−n−オクチルホスフィン、トリフェニルホスフィン、トリベンジルホスフィン、ベンジルジメチルホスフィンなどの三価のリン化合物、三フッ化ホウ素、三塩化亜鉛などのルイス酸などが挙げられる。ウレトジオン触媒の使用量は特に制限されないが、好ましくは原料化合物の使用量の0.01〜10重量%、より好ましくは0.1〜2重量%である。ニッケル塩としては、塩化ニッケル、臭化ニッケル、酢酸ニッケル、ニッケルアセチルアセトナート、(トリフェニルホスフィン)ニッケル(II)ジクロライドなどを使用できる。
【0046】
ニッケル塩の使用量は特に制限されないが、好ましくは原料化合物に対して0.001〜2倍モル、さらに好ましくは0.02〜0.1倍モルである。還元金属としては、たとえば、亜鉛、マグネシウム、アルミニウム、マンガンなどが挙げられる。これらの中でも、亜鉛が好ましい。還元金属の使用量は特に制限されないが、好ましくは原料化合物の0.1〜4倍モル、より好ましくは1〜2倍モルである。さらに、水素化ナトリウム、水酸化アルミニウムなどの還元剤も使用できる。これらは、脱水した有機溶媒で洗浄してから用いるのが好ましい。有機溶媒としては反応に不活性なものであれば特に制限されず、たとえば、ヘキサンなどの炭化水素類、トルエンなどの芳香族炭化水素類、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、N−メチルピロリドン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン、これらの2種以上の混合溶媒などが挙げられる。なお、溶媒として非プロトン性溶媒以外のものを用いる場合は、できる限り脱水して用いるのが好ましい。オリゴマー化反応は、たとえば、0〜50℃程度の温度下に行われる。この反応によって、本発明のフェナントレン化合物(2)において、nが2であるオリゴマー(2量体)を得ることができる。
【0047】
また、フェナントレン化合物(2)において、n=3であるオリゴマー(3量体)は、たとえば、官能基が1個導入された官能基導入体(5a)と一般式(7)
【化13】

〔式中、R7は炭素数1〜4のアルキル基を示す。〕
で表されるジオキサボロラン化合物(以下「ジオキサボロラン化合物(7)」とする)とを反応させて、官能基導入体(5a)の官能基を4,4,5,5−テトラメチル−1,3,2−ジオキサボロラン基に置換し、得られた化合物をさらに官能基が2個導入された官能基導入体(5b)と反応させることにより製造できる。
ジオキサボロラン化合物(7)と官能基導入体(5a)との反応は、たとえば、アルキルリチウム反応剤の存在下に、有機溶媒中にて行われる。ジオキサボロラン化合物(7)と官能基導入体(5a)との使用割合は特に制限されないが、通常は官能基導入体(5a)1モルに対して、ジオキサボロラン化合物(7)を1〜1.2モル程度使用する。アルキルリチウム反応剤としては、たとえば、n−ブチルリチウム、tert−ブチルリチウムなどが挙げられる。有機溶媒としては反応に不活性であれば特に制限されず、ジエチルエーテル、テトラヒドロピランなどが挙げられる。ただし、出来る限り脱水して用いるのが望ましい。この反応は、好ましくは−78℃〜室温程度の温度下に行われ、1〜5時間程度で終了する。
官能基導入体(5a)の官能基が4,4,5,5−テトラメチル−1,3,2−ジオキサボロラン基に置換された化合物(以下「ジオキサボロラン基導入体」という)と官能基導入体(5b)との反応は、たとえば、パラジウム触媒および塩基の存在下に好ましくは溶媒中にて行われる。両化合物の使用割合は特に制限されないが、通常は官能基導入体(5b)1モルに対して、ジオキサボロラン基導入体を1〜1.2モル程度使用する。パラジウム触媒としては、トリフェニルホスフィンパラジウム、ビス(トリフェニルホスフィン)パラジウム、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム、ビス(トリアルキルホスフィン)パラジウム、酢酸パラジウムなどが挙げられる。これらの中でも、ホスフィン類とパラジウムとの錯体が好ましい。また、塩基としても公知のものを使用でき、たとえば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸セシウム、水素化ナトリウムなどが挙げられる。パラジウム触媒および塩基の使用量は、反応に供される両化合物の使用量に応じて適宜選択すればよい。溶媒としては反応に不活性なものを選択して用いればよく、たとえば、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素類、水、これらの2種以上の混合溶媒などが挙げられる。この反応は、好ましくは0〜80℃程度の温度下に行われ、1〜24時間程度で終了する。
また、フェナントレン化合物(2)において、n=4であるオリゴマーも、たとえば、2量体に2個の官能基を導入し、これとジオキサボロラン基導入体とを上記と同様にして反応させることによって製造できる。n=5以上の多量体もこれと同様にして製造できる。
【0048】
なお、各工程の反応は、好ましくは、アルゴン雰囲気などの不活性雰囲気または非酸化性雰囲気中にて行われる。また、各工程で得られる目的物は、ろ過、遠心分離、抽出、クロマトグラフィー、濃縮、再結晶、洗浄などの一般的な単離、精製手段を組み合わせて行うことによって、最終的に得られる反応混合物中から容易に単離できる。
【0049】
[電極活物質および蓄電デバイス]
本発明のフェナントレンキノン化合物(1)は、正極活物質および負極活物質として使用できる。本発明のフェナントレンキノン化合物(1)を含む蓄電デバイスを作製する際には、該化合物(1)を正極および負極の少なくとも一方に用いる。もちろん、正極および負極の両方に用いてもよい。正極および負極の一方に用いる場合には、他方には蓄電デバイスの活物質として常用されているものを使用できる。
本発明の蓄電デバイスは、正極と、負極と、セパレータと、電解質とを含む。正極と負極とは、セパレータを介して対向するように配置される。
【0050】
正極は、正極集電体と正極活物質層とを含み、正極活物質層がセパレータ側に位置するように配置される。正極集電体としてはこの分野で常用されるものを使用でき、たとえば、ニッケル、アルミニウム、金、銀、銅、ステンレス鋼、アルミニウム合金などの金属材料からなる多孔質または無孔のシート状物またはフィルム状物を使用できる。シート状物またはフィルム状物とは、具体的には、金属箔、メッシュ体などである。また、正極集電体の表面にカーボンなどの炭素材料を塗布し、抵抗値の低減、触媒効果の付与、正極活物質層と正極集電体とを化学的または物理的に結合させることによる正極活物質層と正極集電体と結合強化などを図ってもよい。
【0051】
正極活物質層は正極集電体の少なくとも一方の表面に設けられ、正極活物質を含み、必要に応じて、導電性補助剤、イオン伝導補助剤、結着剤などを含む。フェナントレンキノン化合物(1)を正極活物質として用いる場合には、負極活物質としては、たとえば、炭素、黒鉛化炭素(グラファイト)、非晶質炭素などの炭素化合物、リチウム金属、リチウム含有複合窒化物、リチウム含有チタン酸化物、Si、Si酸化物、Snなどを好ましく使用できる。また、活性炭を対極として用いることで、キャパシタを構成することもできる。なお、フェナントレンキノン化合物(1)は正極活物質として用いるのがより好ましい。
【0052】
導電性補助剤およびイオン伝導補助剤は、たとえば、電極の抵抗を低減するために用いられる。導電性補助剤としてはこの分野で常用されるものを使用でき、たとえば、カーボンブラック、グラファイト、アセチレンブラックなどの炭素材料、ポリアニリン、ポリピロール、ポリチオフェンなどの導電性高分子化合物などが挙げられる。また、イオン伝導補助剤としてもこの分野で常用されるものを使用でき、たとえば、ポリエチレンオキシドなどの固体電解質、ポリメチルメタクリレート、ポリメタクリル酸メチルなどのゲル電解質などが挙げられる。
結着剤は、たとえば、電極の構成材料の結着性を向上させるために用いられる。結着剤としてもこの分野で常用されるものを使用でき、たとえば、ポリフッ化ビニリデン、ビニリデンフルライド−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、ビニリデンフルオライド−テトラフルオロエチレン共重合体、ポリテトラフルオロエチレン、スチレン−ブタジエン共重合ゴム、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリイミドなどが挙げられる。
【0053】
負極は、負極集電体と負極活物質層とを含み、負極活物質層がセパレータ側に位置するように配置される。負極集電体には、正極集電体と同様の金属材料からなる多孔性または無孔のシート状物またはフィルム状物である。具体的には、たとえば、金属箔、メッシュ体などである。負極集電体の表面にも、正極集電体と同様に、カーボンなどの炭素材料を塗布し、抵抗値の低減、触媒効果の付与、負極活物質層と負極集電体との結合強化などを図ってもよい。負極活物質層は負極集電体の少なくとも一方の表面に設けられ、負極活物質を含み、必要に応じて、導電性補助剤、イオン伝導補助剤、結着剤などを含む。フェナントレンキノン化合物(1)を負極活物質として用いる場合には、正極活物質として、たとえば、LiCoO2、LiNiO2、LiMn24などのリチウム含有金属酸化物などを好ましく使用できる。負極活物質層に含まれる導電性補助剤、イオン伝導補助剤および結着剤は、正極活物質層に含まれる導電性補助剤、イオン伝導補助剤、結着剤と同じものを使用できる。
【0054】
セパレータは、正極と負極との間に設けられる。セパレータには、所定のイオン透過度、機械的強度、絶縁性などを併せ持つシート状物またはフィルム状物が用いられる。セパレータの具体例としては、たとえば、微多孔膜、織布、不織布などの、多孔性のシート状物またはフィルム状物が挙げられる。セパレータの材料には各種樹脂材料を使用できるが、耐久性、シャットダウン機能、電池の安全性などを考慮すると、ポリエチレン、ポリプロピレンなどのポリオレフィンが好ましい。なお、シャットダウン機能とは、電池の異常発熱時に貫通孔が閉塞し、それによりイオンの透過を抑制し、電池反応を遮断する機能である。
【0055】
電解質としては、たとえば、液状電解質、固体電解質、ゲル電解質などを使用できる。これらの中でも、ゲル電解質が好ましい。
液状電解質は支持塩を含み、必要に応じて有機溶媒を含む。支持塩としては、リチウムイオン電池や非水系電気二重層キャパシタに用いられるものを使用できる。支持塩の具体例としては、以下に挙げるカチオンとアニオンとからなる支持塩が挙げられる。カチオンとしては、たとえば、リチウム、ナトリウム、カリウムなどのアルカリ金属のカチオン、マグネシウムなどのアルカリ土類金属のカチオン、テトラエチルアンモニウム、1,3−エチルメチルイミダゾリウムなどの4級アンモニウムカチオンを使用できる。カチオンは1種を単独でまたは2種以上を組み合わせて使用できる。アニオンとしては、たとえば、ハロゲン化物アニオン、過塩素酸アニオンおよびトリフルオロメタンスルホン酸アニオン、四ホウフッ化物アニオン、トリフルオロリン6フッ化物アニオン、トリフルオロメタンスルホン酸アニオン、ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドアニオン、ビス(パーフルオロエチルスルホニル)イミドアニオンなどが挙げられる。アニオンは1種を単独でまたは2種以上を組み合わせて使用できる。
【0056】
支持塩自体が液状である場合は、支持塩と有機溶媒とを混合してもよく、または混合しなくてもよい。支持塩が固体状である場合は、有機溶媒に溶解して用いるのが好ましい。有機溶媒としては、リチウムイオン電池や非水系電気二重層キャパシタに用いられるものを使用でき、その中でも、たとえば、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、メチルエチルカーボネート、γブチルラクトン、テトラヒドロフラン、ジオキソラン、スルホラン、ジメチルホルムアミド、アセトニトリルなどの非水溶媒を好ましく使用できる。有機溶媒は1種を単独で使用できまたは必要に応じて2種以上を組み合わせて使用できる。
【0057】
固体電解質としては、たとえば、Li2S−SiS2−リチウム化合物(ここでリチウム化合物はLi3PO4、LiIおよびLi4SiO4よりなる群から選ばれる少なくとも1種)、Li2S−P25、Li2S−B25、Li2S−P25−GeS2、ナトリウム/アルミナ(Al23)、相転移温度(Tg)の低い無定形ポリエーテル、無定形フッ化ビニリデンコポリマー、異種ポリマーのブレンド体、ポリエチレンオキサイドなどが挙げられる。
ゲル電解質としては、たとえば、樹脂材料、有機溶媒および支持塩を含むゲル電解質が挙げられる。樹脂材料としては、たとえば、ポリアクリロニトリル、エチレンとアクリロニトリルとのコポリマー、これらの架橋されたポリマーなどが挙げられる。有機溶媒としては、たとえば、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネートなどの低分子量非水溶媒を好ましく使用できる。支持塩としては、上記に例示したのと同じものを使用できる。
本発明の蓄電デバイスの具体例としては、たとえば、一次電池、二次電池、キャパシタ、電解コンデンサ、センサー、エレクトロクロミック素子などが挙げられる。
【実施例】
【0058】
以下に実施例および試験例を挙げ、本発明を具体的に説明する。
(実施例1)
(1)2−ヨード−フェナントラ−9,10−ジオンの合成
200ml容ナス型フラスコに、9,10−フェナントレンキノン10.0g、トリフルオロ酢酸54.8gおよびN−ヨードスクシンイミド21.6gを室温下で加え、35℃まで昇温ののち、アルゴン雰囲気中で36時間攪拌を行った。この反応混合物に氷水中に注入し、析出した固体を濾別したのち、テトラヒドロフランを用いて再結晶を行い、2−ヨード−フェナントラ−9,10−ジオン12.1g(収率75%)を橙色固体として得た。
【0059】
(2)9,10−ビス(t−ブチルジメチルシリルオキシ)−2−ヨード−9,10−ジヒドロ−フェナントレンの合成
200ml容ナス型フラスコに、2−ヨード−フェナントラ−9,10−ジオン1.0g、亜鉛粉末3.0g、ジクロロメタン100ml、N,N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミン1.8gおよびt−ブチルジメチルクロロシラン(以下「TBDMSCl」とする)1.9gを加え、室温下、アルゴン雰囲気中で1晩攪拌を行った。この反応混合物にさらにTBDMSCl1.0gを加えて5時間攪拌した。得られた反応混合物を濃縮し、カラム精製(充填剤:中性粒状シリカゲル、溶媒:ヘキサン)を行い、さらにヘキサンを用いて再結晶を行い、9,10−ビス(t−ブチルジメチルシリルオキシ)−2−ヨード−9,10−ジヒドロ−フェナントレン1.19g(収率80%)を白色固体として得た。
【0060】
(3)9,10−ビス(t−ブチルジメチルシリルオキシ)−2−ヨード−9,10−ジヒドロ−フェナントレン2量体の合成
脱水トルエン3ml中に、上記で得られた9,10−ビス−(t−ブチルジメチルシリルオキシ)−2−ヨード−9,10−ジヒドロ−フェナントレン250mg、ビス(トリフェニルホスフィン)ニッケル(II)ジクロライド150mg、トリフェニルホスフィン120mg、脱水ヘキサンで洗浄した水素化ナトリウム149mgおよび亜鉛粉末90mgを加え、アルゴン雰囲気中、80℃で8時間攪拌を行った。得られた反応混合物に対してカラム精製(充填剤:中性粒状シリカゲル、溶媒:ヘキサンおよびヘキサン/酢酸エチル=10:1)およびアセトン洗浄を行い、白色沈殿物を濾取し、9,10−ビス(t−ブチルジメチルシリルオキシ)−2−ヨード−9,10−ジヒドロ−フェナントレン2量体100mg(収率50%)を白色固体として得た。
【0061】
得られた化合物の1H−NMRスペクトルによれば、0.16ppmにt−ブチルジメチルシリル基のメチル基上の水素(24プロトン)に帰属するピークが存在した。また、1.12ppmおよび1.21ppmにt−ブチルジメチルシリル基のt−ブチル基上の水素(各、18プロトン)に帰属するピークが存在した。また、7.56−7.64ppm(4プロトン)、8.02ppm(2プロトン)、8.22−8.28ppm(2プロトン)、8.63ppm(2プロトン)、8.64−8.69ppm(2プロトン)および8.73ppm(2プロトン)に、芳香環上の水素(合計14プロトン)に帰属するピークがそれぞれ存在した。この結果から、上記化合物と同定した。
【0062】
(4)脱保護反応
20ml容ナス型フラスコに、上記で得られた9,10−ビス(t−ブチルジメチルシリルオキシ)−2−ヨード−9,10−ジヒドロ−フェナントレン2量体80mg、テトラヒドロフラン10ml、エタノール43mgおよびテトラブチルアンモニウムフロライド0.4mlを入れ、室温下、大気中で攪拌を行った。得られた反応混合物を静置し、析出物をろ過し、洗浄し、下記化学構造式(1b−1)で表されるフェナントレンキノン化合物(以下「フェナントレンキノン化合物(1b−1)」とする)28mg(収率76%)を赤茶褐色固体として得た。
【化14】

フェナントレンキノン化合物(1b−1)のIRスペクトルによれば、1674cm-1の位置に、キノン化合物のカルボニル基の伸縮振動に帰属するものと考えられるピークが存在した。また、1593cm-1の位置に9,10−ビス(t−ブチルジメチルシリルオキシ)−2−ヨード−9,10−ジヒドロ−フェナントレン2量体では観察されなかった新たなピークが存在した。この結果から、上記化合物であると同定した。
【0063】
(実施例2)
(1)9,10−ビス(t−ブチルジメチルシリルオキシ)−2−(4,4,5,5−テトラメチル−1,3,2−ジオキサボロラ−2−ニル)−9,10−ジヒドロフェナントレンキノンの合成
100ml容ナス型フラスコに、9,10−ビス(t−ブチルジメチルシリルオキシ)−2−ヨード−9,10−ジヒドロフェナントレンキノン6.4gおよび脱水ジエチルエーテル50mlを加え、−78℃まで冷却した。この冷却した溶液にt−ブチルリチウム9.5ml(1.31モルn−ペンタン溶液)を滴下しさらに1時間攪拌した。このものに2−イソプロポキシ−4,4,5,5−テトラメチル−1,3,2−ジオキサボロラン2.6mlを加え、さらに攪拌しながら室温まで徐々に昇温した。得られた反応混合物をカラム精製(充填剤:中性粒状シリカゲル、溶媒:へキサン・酢酸エチル10:1)し、濃縮後、下記化学構造式で表される9,10−ビス(t−ブチルジメチルシリルオキシ)−2−(4,4,5,5−テトラメチル−1,3,2−ジオキサボロラ−2−ニル)−9,10−ジヒドロフェナントレンキノン4.2g(収率は65%)を白色固体として得た。
【化15】

【0064】
(2)9,10−ビス(t−ブチルジメチルシリルオキシ)−9,10−ジヒドロフェナントレンキノン3量体の合成
20ml容シュレンク管に9,10−ビス(t−ブチルジメチルシリルオキシ)−2,7−ジヨード−9,10−ジヒドロフェナントレンキノン347mg、9,10−ビス(t−ブチルジメチルシリルオキシ)−2−(4,4,5,5−テトラメチル−1,3,2−ジオキサボロラ−2−ニル)−9,10−ジヒドロフェナントレンキノン682mg、ビス[トリ(t−ブチル)ホスフィン]パラジウム60mg、炭酸セシウム1.0g、水48μl及び脱気トルエン5mlを加え、60℃で一晩攪拌を行った。得られた反応混合物に対してカラム精製(充填剤:中性粒状シリカゲル、溶媒:酢酸エチル)を行ったのち、ゲル浸透クロマトグラフィーにてさらに精製し、下記の化学構造式(3a)で表される9,10−ビス(t−ブチルジメチルシリルオキシ)−9,10−ジヒドロフェナントレンキノン3量体317mg(収率48%)を白色固体として得た。なお、化学構造式(3a)において、「基−OTBS」はt−ブチルジメチルシリルオキシ基を示す。
【化16】

【0065】
得られた9,10−ビス(t−ブチルジメチルシリルオキシ)−9,10−ジヒドロフェナントレンキノン3量体の1H NMRおよび13C NMRは次の通りである。
1H−NMR(400MHz,CDCl3)δ:0.17(s,36H),1.20(s,18H),1.22(s,36H),7.56〜7.64(m,4H),8.03(dd,J=4.0,2.0Hz,2H),8.05(dd,J=4.0,2.0Hz,2H),8.22〜8.26(m,2H),8.64(d,J=2.0Hz,4H),8.65〜8.70(m,2H),8.74(d,J=8.8Hz,2H),8.78(d,J=8.8Hz,2H)
13C−NMR(100MHz,CDCl3)δ:3.2,3.1,18.9,19.0,26.7,26.8,121.4,121.5,122.3,123.00,123.03,123.1,124.0,124.2,124.9,125.9,126.6,126.7,127.5,130.2,130.65,130.69,137.5,137.7,137.9,138.51,138.53,
【0066】
得られた化合物の1H−NMRスペクトルによれば、0.17ppmにt−ブチルジメチルシリル基のメチル基上の水素(36プロトン)に帰属するピークが存在した。また、1.20ppmおよび1.22ppmにt−ブチルジメチルシリル基のt−ブチル基上の水素(54プロトン)に帰属するピークが存在した。また、7.56−7.64ppm(4プロトン)、8.03ppm(2プロトン)、8.05ppm(2プロトン)、8.22−8.26ppm(2プロトン)、8.64(4プロトン)、8.65−8.70ppm(2プロトン)、8.74ppm(2プロトン)、8.78ppm(2プロトン)に芳香環上の水素(合計20プロトン)に帰属するピークがそれぞれ存在した。この結果から、上記化合物と同定した。
【0067】
(3)脱保護反応
20ml容ガラス製容器に、上記で得られた9,10−ビス(t−ブチルジメチルシリルオキシ)−9,10−ジヒドロフェナントレンキノン3量体187mg、テトラヒドロフラン20ml、酢酸64μlおよびテトラブチルアンモニウムフルオライド2.3mlを入れ、室温下、大気中で攪拌をした。得られた反応混合物を静置し、析出物を濾別して洗浄し、下記化学構造式(1b−2)で表されるフェナントレンキノン化合物(以下「フェナントレン化合物(1b−2)」とする)87mg(収率は75%)を赤茶褐色固体として得た。
【化17】

上記フェナントレンキノン化合物(1b−2)のIRスペクトルによれば、1674cm-1の位置に、キノン化合物のカルボニル基の伸縮振動に帰属すると考えられるピークが存在した。また、1593cm-1の位置に、キノン化合物の共役C=C−C=Cの逆対称伸縮に帰属すると考えられるピークが存在した。また、1285cm-1の位置に、キノン化合物に帰属すると考えられるピークが存在した。この結果から、上記化合物であると同定した。
【0068】
(試験例1)
ガス精製装置を備えたドライボックス内にて、アルゴンガス雰囲気下で電極活物質であるフェナントレンキノン化合物(1b−1)20mgと、導電補助剤であるアセチレンブラック20mgとを均一に混合し、溶剤としてN−メチル−2−ピロリドン1mlを加えた。さらに、上記電極活物質と導電補助剤とを結着させるために、結着剤であるポリフッ化ビニリデン5mgを加えて均一に混合し、黒色のスラリーを調製した。このスラリーを厚さ20μmのアルミニウム箔(集電体)上に塗布し、室温にて1時間真空乾燥を行った。乾燥後これを13.5mmの円盤状に打ち抜き、厚さ60μmの電極を作製した。
【0069】
上記で得られた電極を作用極とし、金属リチウム製の対極および参照極を用い、これらを電解液中に浸漬して評価用電池システムを作製し、リチウム基準に対して1.0〜3.0Vの電位範囲で電位掃印を行った。掃印速度は0.1mV/secとした。電解液としては、プロピレンカーボネートとエチレンカーボネートとの体積比1対1の混合物に1.0モルの濃度でほうフッ化リチウムを加えたものを用いた。得られたサイクリックボルタモグラムを図1に示す。図1のサイクリックボルタモグラムは、フェナントレンキノン化合物(1b−1)を含む電極を用いて電位掃印を行った結果を示す。
【0070】
図1に示すように、初期2.7V付近に還元反応に伴うキノン部位のキノン(C=O)からO−Liへの反応が、さらに2.4V付近に2段階目の還元反応を示す電流ピークが観察された。これは、フェナントレンキノン化合物(1b−1)がLiイオンと反応することを示している。さらに、2.6Vおよび3.0V付近に酸化反応を示す電流ピークが観察されたことから、フェナントレンキノン化合物(1b−1)が可逆的に反応することが分かる。一方、フェナントレンキノン化合物(1b−1)に代えてパラキノン化合物である1,4−ベンゾキノンを用いる以外は同様に電極を作製し、同様の条件で試験を行ったが、この場合は明確に酸化還元応答を得ることができなかった。
【0071】
フェナントレンキノン化合物(1b−1)は電子共役雲を有する分子であるにも関わらず、モノマー分子である9,10−フェナントレンキノンと同様に2段階の明瞭なピークが観察された。以上の結果から、新規化合物であるフェナントレンキノン化合物(1b−1)がリチウムイオンと可逆的に電気化学反応を行うことが確認された。さらに2量化されて電子共役雲が広がると、従来の導電性高分子化合物と同様に、反応電子数の減少や、反応電位の低下が懸念されるが、フェナントレンキノン化合物(1b−1)においてそれらは観察されなかった。これは、フェナントレンキノン化合物(1b−1)が2量体であっても、電子共役が立体的に断絶された状態にあることを示していると言うことができる。このことから、フェナントレンキノン化合物(1)は、反応電子数の低下および反応電位の減少がなく、液状電解液に溶解し難く、電極活物質として有用であることが判る。
【0072】
(試験例2)
図2に示す構造を有するコイン型電池1を作製した。図2は、本発明の実施の1形態であるコイン型電池1の構造を模式的に示す縦断面図である。まず、試験例1で作製した電極を正極(正極活物質層10と正極集電板11との積層体)とし、この正極を正極集電板11がケース17内面に接するようにケース17に配置し、その上に多孔質ポリエチレンシートからなるセパレータ14を設置した。次に、非水電解質をケース17内に注液した。非水溶媒電解質としては、エチレンカーボネートとプロピレンカーボネートとの重量比1:1の混合溶媒にホウフッ化リチウムを1モルの濃度で溶解させた電解液を用いた。
一方、封口板15の内面に、負極集電体13および負極活物質層12をこの順番で圧着させた。負極活物質層12には、厚さ300μmのグラファイト層を用いた。なお、グラファイト層には、Li金属対極を用いて0.1mA/cm2の電流値で予備充電を行い、予めリチウムイオンを挿入した。負極集電体13には、厚さ100μmのステンレス鋼箔を用いた。
【0073】
正極を設置したケース17と負極を設置した封口板15とを、負極活物質層12がセパレータ14に圧接するように、周縁部にガスケット16を装着して重ね合わせ、プレス機にてかしめて封口し、厚み16mm、直径20mmの本発明のコイン型電池を作製した。
また、フェナントレンキノン化合物(1b−1)に代えて1,4−ベンゾキノンを用いる以外は、試験例1と同様にして作製された電極を正極として用い、上記と同様にして比較用のコイン型電池を作製した。
【0074】
上記で得られた本発明および比較用のコイン型電池について、0.133mAの電流で、電圧範囲2.5V〜4.0Vで定電流充放電を行い、リチウムイオン系における反応可逆性の検討を行った。その結果を図3に示す。図3は、本発明のコイン型電池の充放電曲線である。図3に示すグラフにおいて、縦軸は電池電位(V)、横軸は放電容量(mAh)を示す。図3から、リチウムイオンを移動キャリアに用いた系である本発明のコイン型電池において、可逆的な充放電反応が進行することが確認された。この後、充放電サイクル試験を5サイクルまで行ったが、特に大きな容量劣化は見られなかった。
【0075】
(試験例3)
電極活物質として、フェナントレンキノン化合物(1b−1)に代えてフェナントレンキノン化合物(1b−2)を用いる以外は、試験例1と同様にして試験を行った。得られたサイクリックモルタボグラムを図4に示す。図4に示すように、初期2.8V付近に還元反応に伴うキノン部位のキノン(C=O)からO−Liへの反応を示すピークが観察された。さらに、2.5V付近に2段階目の還元反応を示す電流ピークが観察された。これは、フェナントレンキノン化合物(1b−2)がリチウムイオンと反応することを示している。さらに、2.5Vから4.3Vの領域に酸化反応を示す電流ピークが観察されたことから、フェナントレンキノン化合物(1b−2)が可逆的に反応することが分かる。
【0076】
(試験例4)
電極活物質として、フェナントレンキノン化合物(1b−1)に代えてフェナントレンキノン化合物(1b−2)を用いる以外は、試験例2と同様にして試験を行った。結果を図5に示す。図5は、本発明のコイン型電池の充放電曲線である。図5から、リチウムイオンを移動キャリアに用いた系である本発明のコイン型電池において、可逆的な充放電反応が進行することが確認された。この後、充放電サイクル試験を5サイクルまで行ったが、特に大きな容量劣化は見られなかった。
【0077】
(試験例5)
フェナントレンキノン化合物の吸光特性および蛍光特性評価を行った。
紫外可視スペクトルならびに蛍光スペクトルの測定は、クロロホルムを溶媒に用い、紫外可視スペクトルを1.0×10-5モルの濃度で、蛍光スペクトルを1.0×10-6モルの濃度でそれぞれ測定した。紫外可視スペクトルは、分光記録計(商品名:SHIMADZU UV−2500PC UV−VIS、(株)島津製作所製)を用いて測定した。蛍光スペクトルは、分光蛍光計(商品名:HORIBA jobin Yvon SPEX FluoroMax−3、(株)堀場製作所製)を用いて測定した。その結果、紫外可視スペクトルの極大吸収波長は、9,10−ビス(t−ブチルジメチルシリルオキシ)−2−ヨード−9,10−ジヒドロ−フェナントレン2量体で300nm、3量体で318nmであった。全く同じ測定条件の単量体の極大吸収波長が260nmであることから、π協約系の拡張による極大吸収波長の長波長側へのシフトが観測された。
また、蛍光スペクトルにおいても、極大発光波長が9,10−ビス(t−ブチルジメチルシリルオキシ)−2−ヨード−9,10−ジヒドロ−フェナントレン2量体で425nm、3量体で437nmと長波長側へのシフトが観測された。この場合の励起波長はそれぞれの紫外可視スペクトルの極大吸収波長である。また単量体の場合の極大発光波長は395nmである。
以上の結果から、9,10−ビス(t−ブチルジメチルシリルオキシ)−2−ヨード−9,10−ジヒドロ−フェナントレン2量体、および3量体は蛍光特性を有することが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明によれば、高出力、軽量および高容量な蓄電デバイスを提供することができる。即ち、本発明の蓄電デバイスは、各種携帯電子機器、輸送機器、無停電電源などの電源として好適に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0079】
【図1】試験例1において作製された評価用電池システムのサイクリックボルタモグラムである。
【図2】本発明の実施の1形態であるコイン型電池の構成を模式的に示す縦断面図である。
【図3】試験例2において作製されたコイン型電池の充放電曲線である。
【図4】試験例3において作製された評価用電池システムのサイクリックボルタモグラムである。
【図5】試験例4において作製されたコイン型電池の充放電曲線である。
【符号の説明】
【0080】
1 コイン型電池
10 正極活物質層
11 正極集電板
12 負極活物質層
13 負極集電体
14 セパレータ
15 封口板
16 ガスケット
17 ケース

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表されるフェナントレンキノン化合物。
【化1】

〔式中、R1およびR2はそれぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、シアノ基、炭素数1〜4のアルキル基、炭素数2〜4のアルケニル基、炭素数3〜6のシクロアルキル基、炭素数3〜6のシクロアルケニル基、アリール基またはアラルキル基を示す。ただし、前記アルキル基、炭素数2〜4のアルケニル基、炭素数3〜6のシクロアルキル基、炭素数3〜6のシクロアルケニル基、アリール基およびアラルキル基は、ハロゲン原子、窒素原子、酸素原子、硫黄原子および珪素原子からなる群から選ばれる少なくとも1つの原子を含んでいてもよい。nは2以上の整数を示す。〕
【請求項2】
前記R1およびR2はそれぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、シアノ基または炭素数1〜4のアルキル基であり、前記nは2〜4の整数である請求項1記載のフェナントレンキノン化合物。
【請求項3】
前記R1およびR2は水素原子であり、前記nは2〜4の整数である請求項1記載のフェナントレンキノン化合物。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1つのフェナントレンキノン化合物を含む電極活物質。
【請求項5】
正極活物質として用いられる請求項4記載の電極活物質。
【請求項6】
正極と、負極と、電解質とを含み、酸化還元反応に伴う電子移動を電気エネルギーとして取り出す蓄電デバイスにおいて、
前記正極および前記負極の少なくとも一方が請求項4または5に記載の電極活物質を含む蓄電デバイス。
【請求項7】
下記一般式(2)で表されるフェナントレン化合物。
【化2】

〔式中、R1およびR2はそれぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、シアノ基、炭素数1〜4のアルキル基、炭素数2〜4のアルケニル基、炭素数3〜6のシクロアルキル基、炭素数3〜6のシクロアルケニル基、アリール基またはアラルキル基を示す。ただし、前記アルキル基、炭素数2〜4のアルケニル基、炭素数3〜6のシクロアルキル基、炭素数3〜6のシクロアルケニル基、アリール基およびアラルキル基は、ハロゲン原子、窒素原子、酸素原子、硫黄原子および珪素原子からなる群から選ばれる少なくとも1つの原子を含んでいてもよい。R3およびR4は基−OX(式中Xは水素原子、1価の有機基、1価の有機金属基もしくは1価金属原子を示す)を示すかまたは互いに結合して基−O−Y−O−(式中Yは2価の有機基、2価の有機金属基もしくは2価金属原子を示す)を形成する。nは2以上の整数を示す。〕
【請求項8】
前記R1およびR2はそれぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、シアノ基または炭素数1〜4のアルキル基であり、前記nは2〜4の整数である請求項7記載のフェナントレン化合物。
【請求項9】
下記一般式(3)で表される請求項7記載のフェナントレン化合物。
【化3】

〔式中、X1は保護基またはアルカリ金属を示す。mは2〜4の整数を示す。〕
【請求項10】
前記保護基が、トリアルキルシリル基または4級アンモニウム基である請求項9記載のフェナントレン化合物。
【請求項11】
請求項7〜10のいずれか1つのフェナントレン化合物を含む有機発光素子。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2008−222559(P2008−222559A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−58896(P2007−58896)
【出願日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】