フッ化アルキルケイ素高分子化合物を用いたハロゲンイオン検出素子材料
【課題】 フッ化アルキルケイ素高分子化合物及びそれを用いたハロゲンイオン検出素子材料を提供する。
【解決手段】 本発明のフッ化アルキルケイ素高分子化合物は、主鎖がケイ素で形成され、少なくとも炭素及びフッ素を含む側鎖を含んでなる。このフッ化アルキルケイ素高分子化合物は、直線状の軸を中心として、この軸の周囲を、主鎖のケイ素連鎖が渦巻状に取り囲むコンホメーションを有している。本発明のフッ化アルキルケイ素高分子化合物は、ハロゲンイオンを検出するハロゲンイオン検出素子材料として用いることができる。
【解決手段】 本発明のフッ化アルキルケイ素高分子化合物は、主鎖がケイ素で形成され、少なくとも炭素及びフッ素を含む側鎖を含んでなる。このフッ化アルキルケイ素高分子化合物は、直線状の軸を中心として、この軸の周囲を、主鎖のケイ素連鎖が渦巻状に取り囲むコンホメーションを有している。本発明のフッ化アルキルケイ素高分子化合物は、ハロゲンイオンを検出するハロゲンイオン検出素子材料として用いることができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ケイ素によって形成された主鎖構造を有し、側鎖にフッ素を含む置換基を有するフッ化アルキルケイ素高分子化合物を用いたハロゲンイオン検出素子材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ケイ素によって形成された主鎖構造を有する有機ケイ素高分子化合物は、一般にポリシランと呼ばれ、機能性高分子として注目を集めている。ポリシランの一般的な合成方法では、金属ナトリウムを用いるため、金属ナトリウムと反応しない官能基である炭化水素基を側鎖に有するアルキルポリシランの用途開発等が盛んに行われている。
【0003】
一方、近年、金属ナトリウムと反応すると考えられていたフッ化アルキル基を側鎖に有するフルオロアルキルポリシランも、反応温度を制御することによって、金属ナトリウムの存在下で合成することができることが見出されている。具体的には、このようなフルオロアルキルポリシランとして、特許文献1や非特許文献1に記載のホモポリマーや、特許文献2や非特許文献2・3に記載のコポリマー等が報告されている。これらのフルオロアルキルポリシランは、撥水性を有しているので、ポリシランとしての一般的用途に加えて、さらに撥水材料や防水材料等として利用することができる。
【0004】
ところで、上記フルオロアルキルポリシランは、該フルオロアルキルポリシランをテトラヒドロフラン(THF)等の有機溶媒に溶解させて、紫外可視吸収スペクトルを測定した場合に、波長285nm付近にフルオロアルキルポリシランのケイ素連鎖に基づく吸収ピークが観測されることが報告されている。
【特許文献1】特開平3−258834号公報(平成3(1991)年11月19日公開)
【特許文献2】特開平5−125193号公報(平成5(1993)年5月21日公開)
【非特許文献1】M.フジノ(M.Fujino),T.ヒサキ(T.Hisaki),M.フジキ(M.Fujiki),N.マツモト(N.Matsumoto)、「Preparation and Characterization of a Novel Organopolysilane. (3,3,3-Trifluoropropyl)methylpolysilane」、マクロモレキュールズ(Macromolecules)、25巻、p.1079-1083、1992年
【非特許文献2】M.フジノ(M.Fujino),T.ヒサキ(T.Hisaki),N.マツモト(N.Matsumoto)、「Electrochromism in an Organopolysilane」、マクロモレキュールズ(Macromolecules)、28巻、p.5017-5021、1995年
【非特許文献3】T.イトウ(T.Itoh)、「Spectroscopic Characterization of Polysilane Copolymers Based on Cyclopentamethylenesilane and (3,3,3-Trifluoropropyl)methylsilane」、ジャーナル オブ ポリマー サイエンス:パートA:ポリマー ケミストリー(J. Polym. Sci. Part A: Polym. Chem.)、35巻、p.3079-3082、1997年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記従来のフルオロアルキルポリシランのTHF溶液に見られる波長285nm付近に見られる吸収ピークは、半値幅が35nm〜50nm程度のブロードな吸収ピークとなっている(例えば、特許文献1の図3、特許文献2の図6を参照)。すなわち、このようなブロードな吸収ピークは、従来のフルオロアルキルポリシランが主鎖構造に分岐構造を有し、また、ランダムコイル状の分子形態をとるためであり、主鎖構造が剛直棒状ではないことに起因している。このように、主鎖構造が剛直棒状ではないために、従来のフルオロアルキルポリシランは、波長285nm付近に、半値幅が35nm〜50nm程度のブロードな吸収ピークを有すると考えられる。
【0006】
一般に、高分子化合物の諸物性は、主鎖構造やコンホメーションに依存することが知られている。そのため、上記フルオロアルキルポリシランの主鎖構造や分岐構造、コンホメーション等を制御すれば、従来見出されていた撥水性以外の新しい機能を見出すことができる可能性が期待される。
【0007】
本発明は、上記従来の課題を解決するためになされたものであって、その目的は、従来のフルオロアルキルポリシランの主鎖のコンホメーション構造を制御することによって、従来見出されていなかった新規な機能を発現し得るフッ化アルキルケイ素高分子化合物及びそれを用いたハロゲンイオン検出素子材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、ケイ素によって形成された主鎖構造を有し、側鎖にフッ素を含む置換基を有するフッ化アルキルケイ素高分子化合物のコンホメーション構造を検討するために、該フッ化アルキルケイ素高分子化合物を含む溶液の紫外可視吸収スペクトルを測定した結果、主鎖構造の違いにより、紫外可視吸収スペクトルの吸収波長や吸収強度が変化することを見出すとともに、上記溶液にハロゲンイオンを添加することにより、紫外可視吸収スペクトルの吸収波長や吸収強度に変化が見られることから、上記フッ化アルキルケイ素高分子化合物を用いることによって、ハロゲンイオンの検出を行うことができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明のフッ化アルキルケイ素高分子化合物は、上記課題を解決するために、一般式(1)
【0010】
【化1】
【0011】
(式中、R1は、炭化水素基に含まれる水素のうちの少なくとも1つがフッ素に置換されたフッ化炭化水素基であり、R2は、少なくとも1つの炭素及び少なくとも1つの水素を有していればよい炭化水素基であり、nは10以上の整数である)にて表される構造を有するフッ化アルキルケイ素高分子化合物において、剛直棒状の螺旋構造を有していることを特徴としている。
【0012】
ここで、上記剛直棒状の螺旋構造とは、螺旋構造の中心軸が直線的であって、この直線状の中心軸の周囲を、上記一般式(1)にて表されるケイ素連鎖からなる主鎖が螺旋状に取り囲むコンホメーションをいう。
【0013】
また、本発明のハロゲンイオン検出素子材料は、一般式(1)
【0014】
【化2】
【0015】
(式中、R1は、炭化水素基に含まれる水素のうちの少なくとも1つがフッ素に置換されたフッ化炭化水素基であり、R2は、少なくとも1つの炭素及び少なくとも1つの水素を有していればよい炭化水素基であり、nは10以上の整数である)にて表される構造を有するフッ化アルキルケイ素高分子化合物を含有していることを特徴としている。
【0016】
ここで、本発明のハロゲンイオン検出素子材料に含まれるフッ化アルキルケイ素高分子化合物の、上記一般式(1)中のR1は、3,3,3−トリフルオロプロピル基であることが好ましい。また、本発明のハロゲンイオン検出素子材料に含まれるフッ化アルキルケイ素高分子化合物は、剛直棒状の螺旋構造を有しているものであってもよい。
【0017】
上記一般式(1)にて表されるフッ化アルキルケイ素高分子化合物は、ハロゲンイオンと特異的に相互作用をするため、ハロゲンイオンの検出に用いることができる。上記フッ化アルキルケイ素高分子化合物は、ハロゲンイオンのうちフッ素イオンに対して高感度であるため、特にフッ素イオンの検出に対して、好適に用いることができる。
【0018】
また、本発明のハロゲンイオン検出方法は、上記ハロゲンイオン検出素子材料を含む溶液の吸収スペクトル測定、蛍光スペクトル測定、励起スペクトル測定のうちのいずれかを行うことによって、ハロゲンイオンを検出することを特徴としている。
【0019】
上記の方法によれば、光吸収スペクトル強度及び吸収波長測定、蛍光スペクトル強度及び蛍光波長測定、励起スペクトル強度及びスペクトル波長測定といった簡便な手法にて、ハロゲンイオンを検出することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明のフッ化アルキルケイ素高分子化合物は、以上のように、前記した一般式(1)にて表される構造を有し、その立体構造は、中心軸が直線状である螺旋構造を有する剛直棒状螺旋構造となっている。
【0021】
また、本発明のハロゲンイオン検出素子材料は、一般式(1)にて表されるフッ化アルキルケイ素高分子化合物を含有してなるものである。
【0022】
それゆえ、上記フッ化アルキルケイ素高分子化合物は、ハロゲンイオンの検出に好適に用いることができる。なお、ハロゲンイオンの検出は、上記フッ化アルキルケイ素高分子化合物を含有する溶液の光吸収波長測定、蛍光波長測定、励起波長測定のうちのいずれかによって行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明にかかるフッ化アルキルケイ素高分子化合物(以下、フルオロアルキルポリシラン)及びその利用について、以下に詳細に説明する。
【0024】
A.本発明にかかるフルオロアルキルポリシラン
まず、本発明のフルオロアルキルポリシランの構造について説明する。
【0025】
本発明のフルオロアルキルポリシランは、一般式(1)
【0026】
【化3】
【0027】
(式中、R1は、炭化水素基に含まれる水素のうちの少なくとも1つがフッ素に置換されたフッ化炭化水素基であり、R2は、少なくとも1つの炭素及び少なくとも1つの水素を有していればよい炭化水素基であり、nは10以上の整数である)にて表される構造を有し、かつ、剛直棒状の螺旋構造を有している。
【0028】
すなわち、本発明のフルオロアルキルポリシランは、主鎖がケイ素で形成され、かつ、側鎖R1として少なくとも炭素及びフッ素を含むフッ化炭化水素基と、側鎖R2として少なくとも炭素及び水素を含む炭化水素基とを有している。
【0029】
上記R1のフッ化炭化水素基は、炭化水素基に含まれる少なくとも1つの水素がフッ素で置換されたものであれば特に限定されない。なお、上記フッ化炭化水素基は、少なくとも炭素及びフッ素を有していればよく、炭化水素基のすべての水素がフッ素で置換されているものや、炭化水素基の水素がフッ素以外の元素や官能基にて置換されているものも含むものとする。このようなフッ化炭素水素基としては、具体的には、ペンタフルオロフェニルプロピル基、3,3,4,4,5,5,6,6,6−ノナフルオロヘキシル基、3,3,3−トリフルオロプロピル基等の直鎖状フッ化炭化水素基;アラルキル基等を挙げることができる。このうち、上記R1は、3,3,3−トリフルオロプロピル基(CF3CH2CH2−)であることが好ましい。
【0030】
また、上記R2の炭化水素基は、少なくとも炭素及び水素を有していればよく、該水素の一部が水素以外の他の元素や官能基にて置換されていてもよいものとする。このような炭化水素基としては、具体的には、メチル基、エチル基、ブチル基、ヘキシル基、ビニル基、アリル基等の鎖状炭化水素基;シクロヘキシル基、シクロペンチル基等の環式飽和炭化水素基;フェニル基、トリル基、ナフチル基等の芳香族炭化水素基等を挙げることができる。
【0031】
さらに、上記一般式(1)にて表される構造を有するフルオロアルキルポリシランにおける繰り返し数であるnは、10以上の整数であれば特に限定されないが、10以上1,000,000以下であることが好ましい。nが10未満であると、吸収波長が250nm以下となり、また蛍光強度が極めて弱くなるので、好ましくない。また、nが1,000,000を超えると、溶媒への溶解性が極めて低下するため、好ましくない。
【0032】
上記の構造式にて表されるフルオロアルキルポリシランの立体構造は、剛直棒状螺旋構造であると考えられる。上記剛直棒状螺旋構造とは、螺旋構造の中心軸が直線的であり、この直線状の中心軸の周囲をポリシランの主鎖が螺旋状に取り囲むコンホメーションである。具体的には、本発明のフルオロアルキルポリシランは、ケイ素連鎖からなる主鎖が、直線状の軸を中心として、該軸の周囲を螺旋状に取り囲む立体構造を有していると考えられる。
【0033】
上記剛直棒状螺旋構造を有する場合、上記フルオロアルキルポリシランを適当な有機溶媒に溶解させて紫外可視吸収スペクトルを測定すると、波長320nm付近に、半値幅5nm〜10nmの鋭い(シャープな)吸収ピークを有する吸収スペクトルが得られる。この波長320nm付近の吸収ピークは、文献(M.Fujiki、「Optically Active Polysilylenes : The State of the Art Chiroptical Polymers」、Macromol. Rapid Commun.、22巻、p.539-563、2001年)に記載されているように、主鎖が7/3螺旋構造を有する剛直棒状螺旋構造に特徴的な吸収帯であることが知られている。また、上記波長320nmの吸収ピークは、半値幅が5nm〜10nmのシャープな吸収ピークであり、主鎖のケイ素連鎖に分岐構造が存在しないことを示す。従って、波長320nm付近にシャープな吸収ピークが得られれば、中心軸が直線である螺旋構造からなる剛直棒状螺旋構造を有していると考えることができる。
【0034】
なお、上記の波長320nm付近とは、上記フルオロアルキルポリシランの側鎖(R1,R2)の構造、重合度、用いる有機溶媒に依存して変化するが、本発明では、310nm〜330nmの範囲内の波長を指すものとする。また、フルオロアルキルポリシランを溶解させる有機溶媒は、フルオロアルキルポリシランを溶解させることができるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、n−デカン、n−オクタン、イソオクタン、n−ヘキサン、シクロヘキサン等のパラフィン系炭化水素;トルエン、アニソール、ピリジン、キシレン、ベンゼン等の芳香族系炭化水素;テトラヒドロフラン(THF)、ジオキサン等の複素環式化合物;ジメチルホルムアミド等のアミド系化合物等を用いればよい。
【0035】
これに対し、従来(例えば、特許文献1の図3等)では、前記したように、主鎖にケイ素連鎖が存在することを示す、波長285nm付近に吸収ピークを有している。この吸収ピークは、半値幅が35nm〜50nm程度のブロードな(幅広い)吸収ピークであるため、ケイ素連鎖に分岐構造が存在しているために生じていると考えられる。また、剛直棒状螺旋構造に特徴的な波長320nm付近には吸収ピークが見られない。それゆえ、従来のフルオロアルキルポリシランでは、中心軸が直線ではなく自由に屈曲しており、その立体構造はランダムコイル構造になっていると考えられる。
【0036】
このように、本発明者等は、本発明のフルオロアルキルポリシランが、従来とは異なる立体化学構造を有していることを見出し、これによって、後述するように、ハロゲンイオンを高感度及び高選択性で検出するというハロゲンイオン検出素子材料としての新規な用途を見出したものである。
【0037】
なお、本発明のフルオロアルキルポリシランは、光学不活性であり、螺旋構造の巻き方向は各ポリマー毎に異なっていると考えられる。すなわち、本発明のフルオロアルキルポリシランは、右巻きの7/3螺旋構造と、左巻きの7/3螺旋構造とを等量ずつ含んでいる。
【0038】
B.本発明にかかるフルオロアルキルポリシランの製造方法
次に、上記フルオロアルキルポリシランの製造方法について説明する。
【0039】
上記一般式(1)にて表される構造を有するフルオロアルキルポリシランを合成するためには、該フルオロアルキルポリシランの側鎖R1(フッ化炭化水素基)及びR2(炭化水素基)を有するケイ素化合物をモノマーとして用いる。そして、このケイ素化合物を、有機溶媒中にて、アルカリ金属やアルカリ金属の合金を用いて、脱塩縮合することによって得ることができる。ここで、反応温度は、約60℃以上約220℃以下の温度範囲内であることが好ましく、特に約90℃以上約180℃以下の温度範囲内であることが好ましい。反応温度が60℃未満であると、上記ケイ素化合物と、上記アルカリ金属又はアルカリ金属の合金との反応性が低下して、本発明のフルオロアルキルポリシランが得られない。また、反応温度が220℃を超えると、フッ素を含む側鎖R1と、アルカリ金属又はアルカリ金属の合金とが反応して、架橋反応や脱フッ化水素(HF)反応によってオレフィン結合が形成されるため、好ましくない。
【0040】
上記フルオロアルキルポリシランの合成の反応式は、下記一般式(2)によって表される。
【0041】
【化4】
【0042】
(式中、R1は、炭化水素基に含まれる水素のうちの少なくとも1つがフッ素に置換されたフッ化炭化水素基で、R2は、少なくとも1つの炭素及び少なくとも1つの水素を有していればよい炭化水素基、nは10以上の整数、Xはハロゲン、Mはアルカリ金属又はアルカリ金属の合金を示す。)
上記一般式(2)中のモノマー(ケイ素化合物)に含まれるXのハロゲンとしては、フッ素(F)、塩素(Cl)、臭素(Br)、ヨウ素(I)を挙げることができるが、このうち塩素が好ましい。また、上記したように、側鎖R1は、3,3,3−トリフルオロプロピル基であることが好ましいため、上記モノマーとしては、例えば、3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ジクロロシラン(CF3CH2CH2Si(CH3)Cl2)を挙げることができる。
【0043】
また、Mのアルカリ金属又はアルカリ金属の合金としては、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、ルビジウム(Rb)、ナトリウム−カリウム(Na−K)合金を挙げることができるが、このうちナトリウム、ナトリウム−カリウム合金が好ましい。
【0044】
さらに、有機溶媒としては、沸点が60℃よりも高い溶媒であれば特に限定されないが、ベンゼン(沸点80℃)よりも沸点の高い溶媒であることが好ましい。具体的には、オクタン、ノナン、デカン、ウンデカン、ドデカン、テトラデカン、ヘキサデカン等の長鎖パラフィン系有機溶媒や、シス−デカリン、トランス−デカリン等を用いることが好ましい。この理由は、沸点が60℃以下の溶媒を用いると、反応温度を60℃以上の温度に設定することができないことによる。すなわち、本発明のフルオロアルキルポリシランを合成するためには、上記したように、反応温度が60℃以上であることが好ましいが、沸点が60℃以下の溶媒を用いると、反応温度を60℃以上に設定することができなくなる。
【0045】
なお、上記の合成反応の合成反応液中におけるモノマー(ケイ素化合物)濃度は、従来(前記特許文献1等)で行われているよりも高い濃度となるように、すなわち、有機溶媒中にて0.5mol/L以上、好ましくは1.0mol/L以上となるように添加することが好ましい。また、アルカリ金属又はアルカリ金属合金は、上記モノマーのモル数の2倍以上用いることが好ましい。
【0046】
さらに、上記従来とは異なり、得られるフルオロアルキルポリシランの重量平均分子量を30,000以上となるように、反応条件の最適化を行っている。
【0047】
これにより、従来生じていたケイ素主鎖構造の分岐を低減し、剛直棒状螺旋構造を有するフルオロアルキルポリシランを得ることができる。
【0048】
C.本発明にかかるフルオロアルキルポリシランの用途
上記フルオロアルキルポリシランは、フッ素イオン、塩素イオン、臭素イオン等のハロゲンイオンに対して特異的な選択性を示す。このうち、フッ素イオンに対しては、高感度かつ高精度の選択性を示す。そのため、本発明にかかるフルオロアルキルポリシランは、これらのハロゲンイオンの検出素子材料(以下、ハロゲンイオン検出素子材料)として利用することができる。
【0049】
すなわち、上記フルオロアルキルポリシランは、ハロゲンイオンと相互作用することにより、主鎖構造に螺旋−螺旋転移及びコイル−ロッド転移が誘起されて、立体構造に変化が生じる。これにより、フルオロアルキルポリシランの光吸収波長、蛍光波長、励起波長(以下、光波長と総称する)や、光吸収強度、蛍光強度、励起強度(以下、光強度と総称する)が変化する。
【0050】
ここで、光吸収波長とは、吸収スペクトル測定によって吸収が見られる波長をいい、光吸収強度とは、光吸収波長での信号強度をいうものとする。また、蛍光波長とは、蛍光スペクトル測定によって発光が見られる波長をいい、蛍光強度とは、蛍光波長での信号強度をいうものとする。さらに、励起波長とは、励起スペクトル測定によって発光が見られる波長をいい、励起強度とは、励起波長での信号強度をいうものとする。
【0051】
従って、フルオロアルキルポリシランを溶解させた溶液等を用いて、上記の光波長や光強度を検出すれば、ハロゲンイオンを検出することができる。特に、光強度は、相互作用したハロゲンイオンの量に依存して変化すると考えられので、光強度を検出すれば、ハロゲンイオンを定量的に検出することが可能になる。
【0052】
上記光波長や光強度は、用いるフルオロアルキルポリシランの側鎖(R1,R2)や、相互作用するハロゲンイオン量に依存する。例えば、有機溶媒等にフルオロアルキルポリシランを溶解させた溶液中に存在するハロゲンイオンを光吸収波長によって検出する場合には、波長280nm付近及び320nm付近の吸収ピーク及びその強度を用いることによって検出することができる。
【0053】
すなわち、波長280nm付近及び320nm付近の吸収ピークは、前記したように、フルオロアルキルポリシランの主鎖構造であるケイ素連鎖に基づいている。それゆえ、フルオロアルキルポリシランとハロゲンイオンとが相互作用することによって、螺旋−螺旋転移及びコイル−ロッド転移が誘起されて主鎖構造が変化するので、波長280nm付近及び320nm付近の吸収ピークにも変化が生じる。具体的には、螺旋−螺旋転移及びコイル−ロッド転移が進むにつれて、波長280nm付近の吸収ピークの強度が小さくなり、320nm付近の吸収ピークの強度が相対的に大きくなる。
【0054】
本発明のフルオロアルキルポリシランを用いて塩素イオンや臭素イオンを検出する場合、一般式(1)に示される繰り返し単位に含まれるケイ素1つに対する値として換算した場合に、約103以上となる塩素イオンや臭素イオンを検出することができる。
【0055】
また、上記フルオロアルキルポリシランを用いてフッ素イオンを検出する場合、上記繰り返し単位に含まれるケイ素1つに対する値として換算した場合に、10-8以上となるフッ素イオンを検出することができる。特に、上記フルオロアルキルポリシランは、ケイ素1つに対する値として換算した場合に、10-8〜10-2の範囲内となるフッ素イオンの検出を好適に行うことができる。このことは、10-5mol/L〜10-6mol/Lのフルオロアルキルポリシランを含む溶液を用いた場合、溶液中に10-3mol/L〜10-13mol/Lの濃度で含まれるフッ素イオンを検出することができることに相当する。
【0056】
このように、本発明のフルオロアルキルポリシランは、ハロゲンイオンに対して優れた選択性を示すので、ハロゲンイオン検出素子として利用することができる。特に、フッ素イオンは、極めて微量であっても、また高濃度であっても検出することが可能である。そのため、上記フルオロアルキルポリシランは、近年、社会問題化している半導体工場等から排出される微量のフッ素イオンの検出や、水道水中に含まれる極微量のフッ素イオンの検出等に好適に用いることができる。
【0057】
また、ランダムコイル構造を有する従来のフルオロアルキルポリシランも、ハロゲンイオン検出素子として用いることができる。すなわち、本発明のフルオロアルキルポリシランのように剛直棒状螺旋構造を有していないフルオロアルキルポリシランであっても、ハロゲンイオンと相互作用することにより、主鎖構造に螺旋−螺旋転移及びコイル−ロッド転移が誘起されて、立体化学構造が変化する。それゆえ、上記にて説明したように、従来のフルオロアルキルポリシランについても、光波長や光強度を検出することによって、ハロゲンイオンを検出することができる。
【0058】
このように、前記した一般式(1)にて表される構造を有するフルオロアルキルポリシランであれば、ハロゲンイオン検出素子材料として用いることができる。フルオロアルキルポリシランのハロゲンイオン検出素子材料としての用途は、これまでに報告されたものではなく、本発明者等によって新規に見出されたものである。
【0059】
また、一般式(1)で表される構造を備えたフルオロアルキルポリシランがハロゲンイオンを検出するという機能を利用すれば、上記フルオロアルキルポリシランの用途はさらに広がると考えられる。
【0060】
すなわち、例えば、情報通信分野では、記録媒体に記録するデジタル情報量の増加や、記録媒体の小型化に伴って、より高密度に、また簡便かつ高速に、記録媒体にデジタル情報を記録する記録方式が望まれている。無機磁性体薄膜を用いた光磁気記録媒体(MO)や、無機薄膜を用いた相転移記録媒体(PD)等の光読出しの記録媒体では、デジタル情報の記録に際して使用するレーザ光の波長の2乗に逆比例して記録密度が増大することが知られている。それゆえ、今後、さらに大量のデジタル情報を記録するために、現在DVD−RAM等に使用されている635nm・650nmよりも短波長のレーザ光によるデジタル情報の記録を可能にし、より大容量の記録媒体の開発が行われると考えられる。現在、370nm〜430nmのレーザ光を発振することができるGaNレーザ素子等の短波長紫外固体レーザが実用化されており、今後さらに短波長のレーザ光を発振することができるレーザが実用化されると考えられる。
【0061】
上記フルオロアルキルポリシランは、このような短波長のレーザ光によるデジタル情報の記録が可能な記録媒体の材料として用いることができる可能性がある。すなわち、フルオロアルキルポリシランを用いた記録媒体にハロゲンイオンをケミカルドーピングして、紫外可視領域の幅広い範囲にわたってハロゲンイオンとの相互作用による吸収帯や蛍光帯の出現・消失を制御すれば、短波長のレーザ光に対応した記録媒体の材料として利用することができる可能性が期待される。
【0062】
また、ハロゲンイオンとの相互作用を利用すれば、電場応答性の光スイッチの高性能化、電場応答性の円偏光カラー表示素子の高性能化等を達成することも可能となると期待される。
【0063】
さらに、本発明のフルオロアルキルポリシランは、主鎖がケイ素で形成されたポリシランの一種であるため、ポリシランの一般的用途であるシリコンカーバイド前駆体や電子写真感光体、フォトレジスト、光重合開始剤、光学非線形材料、電界発光材料、特に青色の電界発光材料として利用できる。さらに、フッ化炭化水素基を有しているので、良好な撥水性を示し、撥水材料や防水材料として好適に用いることができる。また、このフッ化炭化水素基は、電子吸引性置換基であるため、従来のポリシランでは実現できなかったN型ドーピングに利用することができる可能性、すなわち電子輸送材料としての利用の可能性も期待される。
【実施例】
【0064】
以下、本発明のフルオロアルキルポリシランである3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランについて、実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0065】
〔実施例1・2〕
<3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの合成>
300mLの4つ口フラスコに、乾燥デカン12mLと金属ナトリウム1.3g(0.0565mol)とを入れ、さらに滴下漏斗、還流冷却管、撹拌機をセットして、窒素ガス雰囲気下、3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ジクロロシラン6.0g(0.0284mol)を滴下し、撹拌しながら加熱還流を行った。なお、このときの3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ジクロロシランの濃度は2.36mol/Lであり、また、反応温度及び反応時間は表1に示すとおりである。反応後、反応溶液を室温まで冷却し、テトラヒドロフラン(THF)100mLを加えて、30分間撹拌した後、窒素ガス雰囲気下にて、2μmのテフロン(登録商標)(PTFE)フィルタで加圧濾過し、濾液をイソプロピルアルコール(IPA)700mL中へ滴下した。IPA溶液中に沈殿した沈殿物を濾取し、該沈殿物に含まれる溶媒及び揮発性物質を除去するために数時間真空乾燥を行い、THFに溶解させてTHF溶液とした。このTHF溶液に、エタノール及び/又はメタノール、あるいは、上記沈殿物を濾取した後のIPAを含む濾液を注意深く添加して再沈殿を行って精製した後、遠心分離によって再沈殿物を集め、さらに60℃にて一晩真空乾燥を行って、表1に示す収率にて、白色固体(3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシラン)を得た。
【0066】
【表1】
【0067】
<3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの物性・構造>
得られた白色固体は、THF、クロロホルムに可溶であった。また、得られた白色固体について、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(LC−10AD、SPD−M10A、CTO−10AC、島津製作所社製)によって分子量分布(ポリスチレン換算)を調べた。その結果を図1(実施例1)及び図2(実施例2)に示す。また、図1及び図2から算出された重量平均分子量(Mw)、及び、分子量分散(Mw/Mn;Mnは数平均分子量)を表1に示す。
【0068】
また、赤外分光器(FT−IR FT−730、HORIBA(堀場)社製)を用いて、上記白色固体の赤外吸収スペクトル測定を行った結果を図3に示す。図3の赤外吸収スペクトルには、3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランに特徴的な吸収が観測されている。すなわち、2958cm-1及び2898cm-1にメチル基のC−H伸縮振動(非対称、対称)に起因する吸収が観測され、2928cm-1及び2872cm-1にメチレン基のC−H伸縮振動(非対象、対象)に起因する吸収が観測されている。また、1264cm-1にSi−CH3のメチル基の変角振動(はさみ)に起因する吸収が観測されている。さらに、1212cm-1、1126cm-1、1066cm-1、1026cm-1、894cm-1に、3,3,3−トリフルオロプロピル基に特徴的な吸収が観測されている。その他、1444cm-1、1414cm-1、1360cm-1、1312cm-1、1198cm-1、994cm-1、836cm-1、748cm-1、666cm-1、624cm-1、550cm-1にも、3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランに特徴的な吸収が観測されている。
【0069】
さらに、図4〜図7に上記白色固体のNMRスペクトルを示す。すなわち、図4は、CDCl3を溶媒として用い、テトラメチルフラン(TMS)を基準にして、1H−NMRスペクトルを測定した結果である。また、図5は、CDCl3を溶媒として用い、TMSを基準にして、13C−NMRスペクトルを測定した結果である。なお、図4及び図5に示す各NMRスペクトルの帰属は表2に示すとおりである。
【0070】
【表2】
【0071】
さらに、図6(a)〜(c)には、それぞれ溶媒としてTHF−d8、CDCl3、トルエン−d8を用い、TMSを基準にして、19F−NMRスペクトルを測定した結果を示す。図7(a)〜(c)には、それぞれ溶媒としてTHF−d8、CDCl3、トルエン−d8を用い、TMSを基準にして、29Si−NMRスペクトルを測定した結果を示す。
【0072】
上記した図4〜図7に示す各スペクトルは実施例1・2ともほぼ同じであり、これらの結果から、本実施例にて得られた白色固体が3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランであることがわかる。
【0073】
<紫外可視吸収スペクトル測定>
実施例1にて得られた白色固体を、トルエン、n−デカン、THFに溶解させて、室温条件下にて、紫外可視吸収スペクトルの測定を行った。その結果を図8〜図9に示す。図8(a)(b)に示すように、323nmに半値幅8nmの鋭い吸収ピークが観測され、白色固体が主鎖であるケイ素連鎖が剛直棒状7/3螺旋構造であることがわかる。
【0074】
また、図9には、上記図8(a)(b)と同様、323nmに半値幅8nmの鋭い吸収ピークが観測され、白色固体が主鎖であるケイ素連鎖が剛直棒状7/3螺旋構造であることがわかる。この吸収ピークは、従来のランダムコイル構造を有するフルオロアルキルポリシランでは観測されなかったものである。さらに、280nmにブロードな吸収ピークが観測されている。このブロードな吸収ピークは、従来観測されていたように、ランダムコイル構造に起因するものである。これらの吸収ピーク及び、これらの吸収ピークの強度比から、本実施例にて得られた白色固体の立体構造は、従来のフルオロアルキルポリシランとは全く異なるコンホメーションを有していることがわかる。
【0075】
<蛍光スペクトル・励起スペクトル測定>
実施例1にて得られた白色固体を、1×10-5mol/Lのイソオクタン−THF混合溶液(THFを1mol%含有)に溶解させたイソオクタン溶液について、蛍光分光器(FP−6500、日本分光社製)を用いて、室温条件下、励起波長314nmにて蛍光スペクトルを測定した。その結果を図10(a)に示す。図10(a)に示す蛍光スペクトルに示されるように、波長335nm付近に鋭い発光ピークが見られ、波長430nm付近にブロードで非常に弱い発光帯が見られる。
【0076】
また、上記の蛍光分光器を用いて、室温条件下、モニター波長を335nmにて、上記イソオクタン溶液の励起スペクトルを測定した。その結果を図10(b)に示す。図10(b)の励起スペクトルに示されるように、波長318nm付近に、ブロードな励起帯が認められる。なお、335nm付近に見られるピークは、分光器のフィルタに基づくものであり、試料による励起帯ではない。
【0077】
〔実施例3〕
<3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの合成>
上記実施例1・2にて用いた乾燥デカンに代えてオクタン12mLを用い、表1に示す反応温度及び反応条件にて、上記と同様の手法で、3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランを合成した。
【0078】
<3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの物性・構造>
得られた白色固体は、THF、クロロホルムに可溶であった。また、得られた白色固体について、ゲルパーミエーションクロマトグラフィーによって分子量分布(ポリスチレン換算)を調べた。その結果を図11に示す。また、図11から算出された重量平均分子量(Mw)、及び、分子量分散(Mw/Mn;Mnは数平均分子量)を表1に示す。
【0079】
さらに、本実施例にて得られた白色固体について、赤外吸収スペクトル測定及びNMR測定を行った結果、上記実施例1・2と同様の結果が得られ、得られた白色固体が3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランであることがわかった。
【0080】
また、本実施例にて得られた白色固体の示差熱分析を、窒素気流下、20℃/分の昇温速度にて行った結果を図12に示す。この結果から、ガラス転移点が−4.3℃と見積もられ、従来の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの−3℃(非特許文献1参照)と異なっているため、本実施例の白色固体が従来とは異なる立体構造を有することが示唆される。
【0081】
〔実施例4〕
実施例3にて得られた3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランを用いて、フッ素イオンの検出能を調べた。
【0082】
<フッ素イオンの検出;紫外可視吸収スペクトル測定>
得られた固体(以下、ポリマー)の繰り返し単位に含まれるSi換算で、2×10-4mol/Lとなるように、上記ポリマーをTHFに溶解してTHF溶液を調製し、このTHF溶液に、フッ素イオンを生じるテトラブチルアンモニウムフルオライドを添加し、室温にて紫外可視吸収スペクトルを測定した。その結果を図13に示す。なお、図中の(a)〜(e)の各スペクトルに示す数値は、ポリマーの繰り返し単位(一般式(1)参照)に含まれるケイ素(Si)1つに対する値として換算した場合の、フッ素イオン数(アンモニウムフルオライド数)である。以下では、ポリマーの繰り返し単位に含まれるケイ素(Si)1つに対する値として換算したフッ素イオン数を、フッ素イオン濃度(mol%)として表す。
【0083】
図13に示すように、添加したフッ素イオン(アンモニウムフルオライド)の濃度の増加に伴って、ランダムコイル構造に特徴的な波長280nmのブロードな吸収ピークが顕著に減少し、剛直棒状7/3螺旋構造に特徴的な波長323nm、半値幅8nmの吸収ピークが見られるようになる。そして、フッ素イオン濃度が0.166mol%になると、280nmの吸収ピークがほぼ消失し、320nmの鋭い吸収ピークのみとなることがわかる。
【0084】
また、図13に示す(a)〜(e)の吸収スペクトルに基づいて、波長280nmにおける吸収強度の変化を、上記したケイ素1つに対するフッ素イオン濃度に対して算出した結果を図14に示す。図14に示すように、フッ素イオン濃度の上昇に伴って、波長280nmにおける吸収強度が低下していることがわかる。
【0085】
以上より、フッ素イオンの添加により、螺旋−螺旋転移及びコイル−ロッド転移が誘起されて、上記ポリマーのコンホメーションに変化が生じていることがわかる。また、紫外吸収スペクトル測定を行うことにより、フッ素イオンの検出を行うことができることがわかる。
【0086】
<フッ素イオンの検出;蛍光スペクトル・励起スペクトル測定>
フッ素イオンを含んでいない上記THF溶液について、励起波長275nm及び314nmにて、上記の蛍光分光器を用い、室温条件下にて、蛍光スペクトルを測定した。その結果を図15(a)(b)に示す。また、種々のフッ素イオン濃度のTHF溶液について、室温条件下、励起波長285nmにて、335nmにおける蛍光強度を測定した。この蛍光強度のフッ素イオン濃度依存性を示すために行ったスターン・ホルマー(Stern-Volmer)プロットの結果を図16に示す。なお、図16の縦軸に示すF0は、フッ素イオンが存在しないときの蛍光強度を示し、Fは、横軸に示すフッ素イオン濃度における蛍光強度を示す。
【0087】
図15(a)に示されるように、フッ素イオンを含んでいないTHF溶液を励起波長275nmにて測定した場合、波長335nm付近の鋭い発光帯と、波長430nm付近の弱く幅広い発光帯とが観測された。また、図15(b)に示されるように、フッ素イオンを含んでいないTHF溶液を励起波長314nmにて測定した場合には、波長335nm付近にのみ鋭い発光帯が見られる。
【0088】
これに対し、図16に示されるように、フッ素イオンを含んでいるTHF溶液を励起波長285nmにて測定した場合には、フッ素イオン濃度の増加に伴って、蛍光強度が減少した。それゆえ、この性質を利用すれば、蛍光強度変化をモニターすることによって、フッ素イオン濃度を定量することができる。
【0089】
また、0.116mol%のフッ素イオン濃度のTHF溶液について、上記の蛍光分光器を用い、室温条件下、励起波長350nm、400nm、450nmにて、励起スペクトルを測定した。その結果を図17及び図18(a)(b)に示す。図17に示されるように、励起波長が350nmである場合には、315nm付近に幅広い励起帯が観測される。図18(a)(b)に示されるように、励起波長が400nm及び450nmである場合には、波長350nm付近に幅広い励起帯と、波長240nm付近に弱くて幅広い励起帯とが観測される。
【0090】
以上より、フッ素イオンの検出は、蛍光スペクトル測定や、励起スペクトル測定によって行うことができることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0091】
【図1】本発明の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの分子量分布を示すグラフである。
【図2】本発明の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの分子量分布を示すグラフである。
【図3】本発明の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの赤外吸収スペクトルである。
【図4】本発明の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの1H−NMRスペクトルである。
【図5】本発明の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの13C−NMRスペクトルである。
【図6】(a)〜(c)は、本発明の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの19F−NMRスペクトルであり、溶媒として、(a)はTHF−d8を用いた場合を示し、(b)はCDCl3を用いた場合を示し、(c)はトルエン−d8を用いた場合を示している。
【図7】(a)〜(c)は、本発明の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの29Si−NMRスペクトルであり、溶媒として、(a)はTHF−d8を用いた場合を示し、(b)はCDCl3を用いた場合を示し、(c)はトルエン−d8を用いた場合を示している。
【図8】(a)(b)は、本発明の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの紫外可視吸収スペクトルであり、溶媒として、(a)はトルエンを用いた場合を示し、(b)はn−デカンを用いた場合を示している。
【図9】THFを溶媒として用いた場合の本発明の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの紫外可視吸収スペクトルである。
【図10】(a)は、本発明の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランのイソオクタン中での蛍光スペクトルであり、(b)は、本発明の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランのイソオクタン中での励起スペクトルである。
【図11】本発明の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの分子量分布を示すグラフである。
【図12】本発明の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの示差熱分析結果を示すグラフである。
【図13】本発明のハロゲンイオン検出素子として用いられる3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランを含むTHF溶液に、フッ素イオンの濃度を変化させて添加した場合の紫外可視吸収スペクトルである。
【図14】図13に示す紫外可視吸収スペクトルに基づいて算出された、フッ素イオン濃度と、波長280nmにおける吸光度との関係を示すグラフである。
【図15】(a)(b)は、本発明のハロゲンイオン検出素子として用いられる3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランのTHF中での蛍光スペクトルであり、(a)は314nmの励起波長を用いた場合を示し、(b)は275nmの励起波長を用いた場合を示す。
【図16】本発明のハロゲンイオン検出素子として用いられる3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランを含むTHF溶液に、種々の濃度でフッ素イオンを添加して、285nmの励起波長を用いて測定した、波長335nmにおける蛍光強度変化のスターン・ホルマープロットを示すグラフである。
【図17】本発明のハロゲンイオン検出素子として用いられる3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランを含むTHF溶液に、フッ素イオンを添加して、350nmのモニター波長を用いて測定した励起スペクトルである。
【図18】(a)(b)は、本発明のハロゲンイオン検出素子として用いられる3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランを含むTHF溶液に、フッ素イオンを添加して測定した励起スペクトルであり、(a)は400nmのモニター波長を用いた場合を示し、(b)は450nmのモニター波長を用いた場合を示す。
【技術分野】
【0001】
本発明は、ケイ素によって形成された主鎖構造を有し、側鎖にフッ素を含む置換基を有するフッ化アルキルケイ素高分子化合物を用いたハロゲンイオン検出素子材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ケイ素によって形成された主鎖構造を有する有機ケイ素高分子化合物は、一般にポリシランと呼ばれ、機能性高分子として注目を集めている。ポリシランの一般的な合成方法では、金属ナトリウムを用いるため、金属ナトリウムと反応しない官能基である炭化水素基を側鎖に有するアルキルポリシランの用途開発等が盛んに行われている。
【0003】
一方、近年、金属ナトリウムと反応すると考えられていたフッ化アルキル基を側鎖に有するフルオロアルキルポリシランも、反応温度を制御することによって、金属ナトリウムの存在下で合成することができることが見出されている。具体的には、このようなフルオロアルキルポリシランとして、特許文献1や非特許文献1に記載のホモポリマーや、特許文献2や非特許文献2・3に記載のコポリマー等が報告されている。これらのフルオロアルキルポリシランは、撥水性を有しているので、ポリシランとしての一般的用途に加えて、さらに撥水材料や防水材料等として利用することができる。
【0004】
ところで、上記フルオロアルキルポリシランは、該フルオロアルキルポリシランをテトラヒドロフラン(THF)等の有機溶媒に溶解させて、紫外可視吸収スペクトルを測定した場合に、波長285nm付近にフルオロアルキルポリシランのケイ素連鎖に基づく吸収ピークが観測されることが報告されている。
【特許文献1】特開平3−258834号公報(平成3(1991)年11月19日公開)
【特許文献2】特開平5−125193号公報(平成5(1993)年5月21日公開)
【非特許文献1】M.フジノ(M.Fujino),T.ヒサキ(T.Hisaki),M.フジキ(M.Fujiki),N.マツモト(N.Matsumoto)、「Preparation and Characterization of a Novel Organopolysilane. (3,3,3-Trifluoropropyl)methylpolysilane」、マクロモレキュールズ(Macromolecules)、25巻、p.1079-1083、1992年
【非特許文献2】M.フジノ(M.Fujino),T.ヒサキ(T.Hisaki),N.マツモト(N.Matsumoto)、「Electrochromism in an Organopolysilane」、マクロモレキュールズ(Macromolecules)、28巻、p.5017-5021、1995年
【非特許文献3】T.イトウ(T.Itoh)、「Spectroscopic Characterization of Polysilane Copolymers Based on Cyclopentamethylenesilane and (3,3,3-Trifluoropropyl)methylsilane」、ジャーナル オブ ポリマー サイエンス:パートA:ポリマー ケミストリー(J. Polym. Sci. Part A: Polym. Chem.)、35巻、p.3079-3082、1997年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記従来のフルオロアルキルポリシランのTHF溶液に見られる波長285nm付近に見られる吸収ピークは、半値幅が35nm〜50nm程度のブロードな吸収ピークとなっている(例えば、特許文献1の図3、特許文献2の図6を参照)。すなわち、このようなブロードな吸収ピークは、従来のフルオロアルキルポリシランが主鎖構造に分岐構造を有し、また、ランダムコイル状の分子形態をとるためであり、主鎖構造が剛直棒状ではないことに起因している。このように、主鎖構造が剛直棒状ではないために、従来のフルオロアルキルポリシランは、波長285nm付近に、半値幅が35nm〜50nm程度のブロードな吸収ピークを有すると考えられる。
【0006】
一般に、高分子化合物の諸物性は、主鎖構造やコンホメーションに依存することが知られている。そのため、上記フルオロアルキルポリシランの主鎖構造や分岐構造、コンホメーション等を制御すれば、従来見出されていた撥水性以外の新しい機能を見出すことができる可能性が期待される。
【0007】
本発明は、上記従来の課題を解決するためになされたものであって、その目的は、従来のフルオロアルキルポリシランの主鎖のコンホメーション構造を制御することによって、従来見出されていなかった新規な機能を発現し得るフッ化アルキルケイ素高分子化合物及びそれを用いたハロゲンイオン検出素子材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、ケイ素によって形成された主鎖構造を有し、側鎖にフッ素を含む置換基を有するフッ化アルキルケイ素高分子化合物のコンホメーション構造を検討するために、該フッ化アルキルケイ素高分子化合物を含む溶液の紫外可視吸収スペクトルを測定した結果、主鎖構造の違いにより、紫外可視吸収スペクトルの吸収波長や吸収強度が変化することを見出すとともに、上記溶液にハロゲンイオンを添加することにより、紫外可視吸収スペクトルの吸収波長や吸収強度に変化が見られることから、上記フッ化アルキルケイ素高分子化合物を用いることによって、ハロゲンイオンの検出を行うことができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明のフッ化アルキルケイ素高分子化合物は、上記課題を解決するために、一般式(1)
【0010】
【化1】
【0011】
(式中、R1は、炭化水素基に含まれる水素のうちの少なくとも1つがフッ素に置換されたフッ化炭化水素基であり、R2は、少なくとも1つの炭素及び少なくとも1つの水素を有していればよい炭化水素基であり、nは10以上の整数である)にて表される構造を有するフッ化アルキルケイ素高分子化合物において、剛直棒状の螺旋構造を有していることを特徴としている。
【0012】
ここで、上記剛直棒状の螺旋構造とは、螺旋構造の中心軸が直線的であって、この直線状の中心軸の周囲を、上記一般式(1)にて表されるケイ素連鎖からなる主鎖が螺旋状に取り囲むコンホメーションをいう。
【0013】
また、本発明のハロゲンイオン検出素子材料は、一般式(1)
【0014】
【化2】
【0015】
(式中、R1は、炭化水素基に含まれる水素のうちの少なくとも1つがフッ素に置換されたフッ化炭化水素基であり、R2は、少なくとも1つの炭素及び少なくとも1つの水素を有していればよい炭化水素基であり、nは10以上の整数である)にて表される構造を有するフッ化アルキルケイ素高分子化合物を含有していることを特徴としている。
【0016】
ここで、本発明のハロゲンイオン検出素子材料に含まれるフッ化アルキルケイ素高分子化合物の、上記一般式(1)中のR1は、3,3,3−トリフルオロプロピル基であることが好ましい。また、本発明のハロゲンイオン検出素子材料に含まれるフッ化アルキルケイ素高分子化合物は、剛直棒状の螺旋構造を有しているものであってもよい。
【0017】
上記一般式(1)にて表されるフッ化アルキルケイ素高分子化合物は、ハロゲンイオンと特異的に相互作用をするため、ハロゲンイオンの検出に用いることができる。上記フッ化アルキルケイ素高分子化合物は、ハロゲンイオンのうちフッ素イオンに対して高感度であるため、特にフッ素イオンの検出に対して、好適に用いることができる。
【0018】
また、本発明のハロゲンイオン検出方法は、上記ハロゲンイオン検出素子材料を含む溶液の吸収スペクトル測定、蛍光スペクトル測定、励起スペクトル測定のうちのいずれかを行うことによって、ハロゲンイオンを検出することを特徴としている。
【0019】
上記の方法によれば、光吸収スペクトル強度及び吸収波長測定、蛍光スペクトル強度及び蛍光波長測定、励起スペクトル強度及びスペクトル波長測定といった簡便な手法にて、ハロゲンイオンを検出することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明のフッ化アルキルケイ素高分子化合物は、以上のように、前記した一般式(1)にて表される構造を有し、その立体構造は、中心軸が直線状である螺旋構造を有する剛直棒状螺旋構造となっている。
【0021】
また、本発明のハロゲンイオン検出素子材料は、一般式(1)にて表されるフッ化アルキルケイ素高分子化合物を含有してなるものである。
【0022】
それゆえ、上記フッ化アルキルケイ素高分子化合物は、ハロゲンイオンの検出に好適に用いることができる。なお、ハロゲンイオンの検出は、上記フッ化アルキルケイ素高分子化合物を含有する溶液の光吸収波長測定、蛍光波長測定、励起波長測定のうちのいずれかによって行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明にかかるフッ化アルキルケイ素高分子化合物(以下、フルオロアルキルポリシラン)及びその利用について、以下に詳細に説明する。
【0024】
A.本発明にかかるフルオロアルキルポリシラン
まず、本発明のフルオロアルキルポリシランの構造について説明する。
【0025】
本発明のフルオロアルキルポリシランは、一般式(1)
【0026】
【化3】
【0027】
(式中、R1は、炭化水素基に含まれる水素のうちの少なくとも1つがフッ素に置換されたフッ化炭化水素基であり、R2は、少なくとも1つの炭素及び少なくとも1つの水素を有していればよい炭化水素基であり、nは10以上の整数である)にて表される構造を有し、かつ、剛直棒状の螺旋構造を有している。
【0028】
すなわち、本発明のフルオロアルキルポリシランは、主鎖がケイ素で形成され、かつ、側鎖R1として少なくとも炭素及びフッ素を含むフッ化炭化水素基と、側鎖R2として少なくとも炭素及び水素を含む炭化水素基とを有している。
【0029】
上記R1のフッ化炭化水素基は、炭化水素基に含まれる少なくとも1つの水素がフッ素で置換されたものであれば特に限定されない。なお、上記フッ化炭化水素基は、少なくとも炭素及びフッ素を有していればよく、炭化水素基のすべての水素がフッ素で置換されているものや、炭化水素基の水素がフッ素以外の元素や官能基にて置換されているものも含むものとする。このようなフッ化炭素水素基としては、具体的には、ペンタフルオロフェニルプロピル基、3,3,4,4,5,5,6,6,6−ノナフルオロヘキシル基、3,3,3−トリフルオロプロピル基等の直鎖状フッ化炭化水素基;アラルキル基等を挙げることができる。このうち、上記R1は、3,3,3−トリフルオロプロピル基(CF3CH2CH2−)であることが好ましい。
【0030】
また、上記R2の炭化水素基は、少なくとも炭素及び水素を有していればよく、該水素の一部が水素以外の他の元素や官能基にて置換されていてもよいものとする。このような炭化水素基としては、具体的には、メチル基、エチル基、ブチル基、ヘキシル基、ビニル基、アリル基等の鎖状炭化水素基;シクロヘキシル基、シクロペンチル基等の環式飽和炭化水素基;フェニル基、トリル基、ナフチル基等の芳香族炭化水素基等を挙げることができる。
【0031】
さらに、上記一般式(1)にて表される構造を有するフルオロアルキルポリシランにおける繰り返し数であるnは、10以上の整数であれば特に限定されないが、10以上1,000,000以下であることが好ましい。nが10未満であると、吸収波長が250nm以下となり、また蛍光強度が極めて弱くなるので、好ましくない。また、nが1,000,000を超えると、溶媒への溶解性が極めて低下するため、好ましくない。
【0032】
上記の構造式にて表されるフルオロアルキルポリシランの立体構造は、剛直棒状螺旋構造であると考えられる。上記剛直棒状螺旋構造とは、螺旋構造の中心軸が直線的であり、この直線状の中心軸の周囲をポリシランの主鎖が螺旋状に取り囲むコンホメーションである。具体的には、本発明のフルオロアルキルポリシランは、ケイ素連鎖からなる主鎖が、直線状の軸を中心として、該軸の周囲を螺旋状に取り囲む立体構造を有していると考えられる。
【0033】
上記剛直棒状螺旋構造を有する場合、上記フルオロアルキルポリシランを適当な有機溶媒に溶解させて紫外可視吸収スペクトルを測定すると、波長320nm付近に、半値幅5nm〜10nmの鋭い(シャープな)吸収ピークを有する吸収スペクトルが得られる。この波長320nm付近の吸収ピークは、文献(M.Fujiki、「Optically Active Polysilylenes : The State of the Art Chiroptical Polymers」、Macromol. Rapid Commun.、22巻、p.539-563、2001年)に記載されているように、主鎖が7/3螺旋構造を有する剛直棒状螺旋構造に特徴的な吸収帯であることが知られている。また、上記波長320nmの吸収ピークは、半値幅が5nm〜10nmのシャープな吸収ピークであり、主鎖のケイ素連鎖に分岐構造が存在しないことを示す。従って、波長320nm付近にシャープな吸収ピークが得られれば、中心軸が直線である螺旋構造からなる剛直棒状螺旋構造を有していると考えることができる。
【0034】
なお、上記の波長320nm付近とは、上記フルオロアルキルポリシランの側鎖(R1,R2)の構造、重合度、用いる有機溶媒に依存して変化するが、本発明では、310nm〜330nmの範囲内の波長を指すものとする。また、フルオロアルキルポリシランを溶解させる有機溶媒は、フルオロアルキルポリシランを溶解させることができるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、n−デカン、n−オクタン、イソオクタン、n−ヘキサン、シクロヘキサン等のパラフィン系炭化水素;トルエン、アニソール、ピリジン、キシレン、ベンゼン等の芳香族系炭化水素;テトラヒドロフラン(THF)、ジオキサン等の複素環式化合物;ジメチルホルムアミド等のアミド系化合物等を用いればよい。
【0035】
これに対し、従来(例えば、特許文献1の図3等)では、前記したように、主鎖にケイ素連鎖が存在することを示す、波長285nm付近に吸収ピークを有している。この吸収ピークは、半値幅が35nm〜50nm程度のブロードな(幅広い)吸収ピークであるため、ケイ素連鎖に分岐構造が存在しているために生じていると考えられる。また、剛直棒状螺旋構造に特徴的な波長320nm付近には吸収ピークが見られない。それゆえ、従来のフルオロアルキルポリシランでは、中心軸が直線ではなく自由に屈曲しており、その立体構造はランダムコイル構造になっていると考えられる。
【0036】
このように、本発明者等は、本発明のフルオロアルキルポリシランが、従来とは異なる立体化学構造を有していることを見出し、これによって、後述するように、ハロゲンイオンを高感度及び高選択性で検出するというハロゲンイオン検出素子材料としての新規な用途を見出したものである。
【0037】
なお、本発明のフルオロアルキルポリシランは、光学不活性であり、螺旋構造の巻き方向は各ポリマー毎に異なっていると考えられる。すなわち、本発明のフルオロアルキルポリシランは、右巻きの7/3螺旋構造と、左巻きの7/3螺旋構造とを等量ずつ含んでいる。
【0038】
B.本発明にかかるフルオロアルキルポリシランの製造方法
次に、上記フルオロアルキルポリシランの製造方法について説明する。
【0039】
上記一般式(1)にて表される構造を有するフルオロアルキルポリシランを合成するためには、該フルオロアルキルポリシランの側鎖R1(フッ化炭化水素基)及びR2(炭化水素基)を有するケイ素化合物をモノマーとして用いる。そして、このケイ素化合物を、有機溶媒中にて、アルカリ金属やアルカリ金属の合金を用いて、脱塩縮合することによって得ることができる。ここで、反応温度は、約60℃以上約220℃以下の温度範囲内であることが好ましく、特に約90℃以上約180℃以下の温度範囲内であることが好ましい。反応温度が60℃未満であると、上記ケイ素化合物と、上記アルカリ金属又はアルカリ金属の合金との反応性が低下して、本発明のフルオロアルキルポリシランが得られない。また、反応温度が220℃を超えると、フッ素を含む側鎖R1と、アルカリ金属又はアルカリ金属の合金とが反応して、架橋反応や脱フッ化水素(HF)反応によってオレフィン結合が形成されるため、好ましくない。
【0040】
上記フルオロアルキルポリシランの合成の反応式は、下記一般式(2)によって表される。
【0041】
【化4】
【0042】
(式中、R1は、炭化水素基に含まれる水素のうちの少なくとも1つがフッ素に置換されたフッ化炭化水素基で、R2は、少なくとも1つの炭素及び少なくとも1つの水素を有していればよい炭化水素基、nは10以上の整数、Xはハロゲン、Mはアルカリ金属又はアルカリ金属の合金を示す。)
上記一般式(2)中のモノマー(ケイ素化合物)に含まれるXのハロゲンとしては、フッ素(F)、塩素(Cl)、臭素(Br)、ヨウ素(I)を挙げることができるが、このうち塩素が好ましい。また、上記したように、側鎖R1は、3,3,3−トリフルオロプロピル基であることが好ましいため、上記モノマーとしては、例えば、3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ジクロロシラン(CF3CH2CH2Si(CH3)Cl2)を挙げることができる。
【0043】
また、Mのアルカリ金属又はアルカリ金属の合金としては、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、ルビジウム(Rb)、ナトリウム−カリウム(Na−K)合金を挙げることができるが、このうちナトリウム、ナトリウム−カリウム合金が好ましい。
【0044】
さらに、有機溶媒としては、沸点が60℃よりも高い溶媒であれば特に限定されないが、ベンゼン(沸点80℃)よりも沸点の高い溶媒であることが好ましい。具体的には、オクタン、ノナン、デカン、ウンデカン、ドデカン、テトラデカン、ヘキサデカン等の長鎖パラフィン系有機溶媒や、シス−デカリン、トランス−デカリン等を用いることが好ましい。この理由は、沸点が60℃以下の溶媒を用いると、反応温度を60℃以上の温度に設定することができないことによる。すなわち、本発明のフルオロアルキルポリシランを合成するためには、上記したように、反応温度が60℃以上であることが好ましいが、沸点が60℃以下の溶媒を用いると、反応温度を60℃以上に設定することができなくなる。
【0045】
なお、上記の合成反応の合成反応液中におけるモノマー(ケイ素化合物)濃度は、従来(前記特許文献1等)で行われているよりも高い濃度となるように、すなわち、有機溶媒中にて0.5mol/L以上、好ましくは1.0mol/L以上となるように添加することが好ましい。また、アルカリ金属又はアルカリ金属合金は、上記モノマーのモル数の2倍以上用いることが好ましい。
【0046】
さらに、上記従来とは異なり、得られるフルオロアルキルポリシランの重量平均分子量を30,000以上となるように、反応条件の最適化を行っている。
【0047】
これにより、従来生じていたケイ素主鎖構造の分岐を低減し、剛直棒状螺旋構造を有するフルオロアルキルポリシランを得ることができる。
【0048】
C.本発明にかかるフルオロアルキルポリシランの用途
上記フルオロアルキルポリシランは、フッ素イオン、塩素イオン、臭素イオン等のハロゲンイオンに対して特異的な選択性を示す。このうち、フッ素イオンに対しては、高感度かつ高精度の選択性を示す。そのため、本発明にかかるフルオロアルキルポリシランは、これらのハロゲンイオンの検出素子材料(以下、ハロゲンイオン検出素子材料)として利用することができる。
【0049】
すなわち、上記フルオロアルキルポリシランは、ハロゲンイオンと相互作用することにより、主鎖構造に螺旋−螺旋転移及びコイル−ロッド転移が誘起されて、立体構造に変化が生じる。これにより、フルオロアルキルポリシランの光吸収波長、蛍光波長、励起波長(以下、光波長と総称する)や、光吸収強度、蛍光強度、励起強度(以下、光強度と総称する)が変化する。
【0050】
ここで、光吸収波長とは、吸収スペクトル測定によって吸収が見られる波長をいい、光吸収強度とは、光吸収波長での信号強度をいうものとする。また、蛍光波長とは、蛍光スペクトル測定によって発光が見られる波長をいい、蛍光強度とは、蛍光波長での信号強度をいうものとする。さらに、励起波長とは、励起スペクトル測定によって発光が見られる波長をいい、励起強度とは、励起波長での信号強度をいうものとする。
【0051】
従って、フルオロアルキルポリシランを溶解させた溶液等を用いて、上記の光波長や光強度を検出すれば、ハロゲンイオンを検出することができる。特に、光強度は、相互作用したハロゲンイオンの量に依存して変化すると考えられので、光強度を検出すれば、ハロゲンイオンを定量的に検出することが可能になる。
【0052】
上記光波長や光強度は、用いるフルオロアルキルポリシランの側鎖(R1,R2)や、相互作用するハロゲンイオン量に依存する。例えば、有機溶媒等にフルオロアルキルポリシランを溶解させた溶液中に存在するハロゲンイオンを光吸収波長によって検出する場合には、波長280nm付近及び320nm付近の吸収ピーク及びその強度を用いることによって検出することができる。
【0053】
すなわち、波長280nm付近及び320nm付近の吸収ピークは、前記したように、フルオロアルキルポリシランの主鎖構造であるケイ素連鎖に基づいている。それゆえ、フルオロアルキルポリシランとハロゲンイオンとが相互作用することによって、螺旋−螺旋転移及びコイル−ロッド転移が誘起されて主鎖構造が変化するので、波長280nm付近及び320nm付近の吸収ピークにも変化が生じる。具体的には、螺旋−螺旋転移及びコイル−ロッド転移が進むにつれて、波長280nm付近の吸収ピークの強度が小さくなり、320nm付近の吸収ピークの強度が相対的に大きくなる。
【0054】
本発明のフルオロアルキルポリシランを用いて塩素イオンや臭素イオンを検出する場合、一般式(1)に示される繰り返し単位に含まれるケイ素1つに対する値として換算した場合に、約103以上となる塩素イオンや臭素イオンを検出することができる。
【0055】
また、上記フルオロアルキルポリシランを用いてフッ素イオンを検出する場合、上記繰り返し単位に含まれるケイ素1つに対する値として換算した場合に、10-8以上となるフッ素イオンを検出することができる。特に、上記フルオロアルキルポリシランは、ケイ素1つに対する値として換算した場合に、10-8〜10-2の範囲内となるフッ素イオンの検出を好適に行うことができる。このことは、10-5mol/L〜10-6mol/Lのフルオロアルキルポリシランを含む溶液を用いた場合、溶液中に10-3mol/L〜10-13mol/Lの濃度で含まれるフッ素イオンを検出することができることに相当する。
【0056】
このように、本発明のフルオロアルキルポリシランは、ハロゲンイオンに対して優れた選択性を示すので、ハロゲンイオン検出素子として利用することができる。特に、フッ素イオンは、極めて微量であっても、また高濃度であっても検出することが可能である。そのため、上記フルオロアルキルポリシランは、近年、社会問題化している半導体工場等から排出される微量のフッ素イオンの検出や、水道水中に含まれる極微量のフッ素イオンの検出等に好適に用いることができる。
【0057】
また、ランダムコイル構造を有する従来のフルオロアルキルポリシランも、ハロゲンイオン検出素子として用いることができる。すなわち、本発明のフルオロアルキルポリシランのように剛直棒状螺旋構造を有していないフルオロアルキルポリシランであっても、ハロゲンイオンと相互作用することにより、主鎖構造に螺旋−螺旋転移及びコイル−ロッド転移が誘起されて、立体化学構造が変化する。それゆえ、上記にて説明したように、従来のフルオロアルキルポリシランについても、光波長や光強度を検出することによって、ハロゲンイオンを検出することができる。
【0058】
このように、前記した一般式(1)にて表される構造を有するフルオロアルキルポリシランであれば、ハロゲンイオン検出素子材料として用いることができる。フルオロアルキルポリシランのハロゲンイオン検出素子材料としての用途は、これまでに報告されたものではなく、本発明者等によって新規に見出されたものである。
【0059】
また、一般式(1)で表される構造を備えたフルオロアルキルポリシランがハロゲンイオンを検出するという機能を利用すれば、上記フルオロアルキルポリシランの用途はさらに広がると考えられる。
【0060】
すなわち、例えば、情報通信分野では、記録媒体に記録するデジタル情報量の増加や、記録媒体の小型化に伴って、より高密度に、また簡便かつ高速に、記録媒体にデジタル情報を記録する記録方式が望まれている。無機磁性体薄膜を用いた光磁気記録媒体(MO)や、無機薄膜を用いた相転移記録媒体(PD)等の光読出しの記録媒体では、デジタル情報の記録に際して使用するレーザ光の波長の2乗に逆比例して記録密度が増大することが知られている。それゆえ、今後、さらに大量のデジタル情報を記録するために、現在DVD−RAM等に使用されている635nm・650nmよりも短波長のレーザ光によるデジタル情報の記録を可能にし、より大容量の記録媒体の開発が行われると考えられる。現在、370nm〜430nmのレーザ光を発振することができるGaNレーザ素子等の短波長紫外固体レーザが実用化されており、今後さらに短波長のレーザ光を発振することができるレーザが実用化されると考えられる。
【0061】
上記フルオロアルキルポリシランは、このような短波長のレーザ光によるデジタル情報の記録が可能な記録媒体の材料として用いることができる可能性がある。すなわち、フルオロアルキルポリシランを用いた記録媒体にハロゲンイオンをケミカルドーピングして、紫外可視領域の幅広い範囲にわたってハロゲンイオンとの相互作用による吸収帯や蛍光帯の出現・消失を制御すれば、短波長のレーザ光に対応した記録媒体の材料として利用することができる可能性が期待される。
【0062】
また、ハロゲンイオンとの相互作用を利用すれば、電場応答性の光スイッチの高性能化、電場応答性の円偏光カラー表示素子の高性能化等を達成することも可能となると期待される。
【0063】
さらに、本発明のフルオロアルキルポリシランは、主鎖がケイ素で形成されたポリシランの一種であるため、ポリシランの一般的用途であるシリコンカーバイド前駆体や電子写真感光体、フォトレジスト、光重合開始剤、光学非線形材料、電界発光材料、特に青色の電界発光材料として利用できる。さらに、フッ化炭化水素基を有しているので、良好な撥水性を示し、撥水材料や防水材料として好適に用いることができる。また、このフッ化炭化水素基は、電子吸引性置換基であるため、従来のポリシランでは実現できなかったN型ドーピングに利用することができる可能性、すなわち電子輸送材料としての利用の可能性も期待される。
【実施例】
【0064】
以下、本発明のフルオロアルキルポリシランである3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランについて、実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0065】
〔実施例1・2〕
<3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの合成>
300mLの4つ口フラスコに、乾燥デカン12mLと金属ナトリウム1.3g(0.0565mol)とを入れ、さらに滴下漏斗、還流冷却管、撹拌機をセットして、窒素ガス雰囲気下、3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ジクロロシラン6.0g(0.0284mol)を滴下し、撹拌しながら加熱還流を行った。なお、このときの3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ジクロロシランの濃度は2.36mol/Lであり、また、反応温度及び反応時間は表1に示すとおりである。反応後、反応溶液を室温まで冷却し、テトラヒドロフラン(THF)100mLを加えて、30分間撹拌した後、窒素ガス雰囲気下にて、2μmのテフロン(登録商標)(PTFE)フィルタで加圧濾過し、濾液をイソプロピルアルコール(IPA)700mL中へ滴下した。IPA溶液中に沈殿した沈殿物を濾取し、該沈殿物に含まれる溶媒及び揮発性物質を除去するために数時間真空乾燥を行い、THFに溶解させてTHF溶液とした。このTHF溶液に、エタノール及び/又はメタノール、あるいは、上記沈殿物を濾取した後のIPAを含む濾液を注意深く添加して再沈殿を行って精製した後、遠心分離によって再沈殿物を集め、さらに60℃にて一晩真空乾燥を行って、表1に示す収率にて、白色固体(3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシラン)を得た。
【0066】
【表1】
【0067】
<3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの物性・構造>
得られた白色固体は、THF、クロロホルムに可溶であった。また、得られた白色固体について、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(LC−10AD、SPD−M10A、CTO−10AC、島津製作所社製)によって分子量分布(ポリスチレン換算)を調べた。その結果を図1(実施例1)及び図2(実施例2)に示す。また、図1及び図2から算出された重量平均分子量(Mw)、及び、分子量分散(Mw/Mn;Mnは数平均分子量)を表1に示す。
【0068】
また、赤外分光器(FT−IR FT−730、HORIBA(堀場)社製)を用いて、上記白色固体の赤外吸収スペクトル測定を行った結果を図3に示す。図3の赤外吸収スペクトルには、3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランに特徴的な吸収が観測されている。すなわち、2958cm-1及び2898cm-1にメチル基のC−H伸縮振動(非対称、対称)に起因する吸収が観測され、2928cm-1及び2872cm-1にメチレン基のC−H伸縮振動(非対象、対象)に起因する吸収が観測されている。また、1264cm-1にSi−CH3のメチル基の変角振動(はさみ)に起因する吸収が観測されている。さらに、1212cm-1、1126cm-1、1066cm-1、1026cm-1、894cm-1に、3,3,3−トリフルオロプロピル基に特徴的な吸収が観測されている。その他、1444cm-1、1414cm-1、1360cm-1、1312cm-1、1198cm-1、994cm-1、836cm-1、748cm-1、666cm-1、624cm-1、550cm-1にも、3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランに特徴的な吸収が観測されている。
【0069】
さらに、図4〜図7に上記白色固体のNMRスペクトルを示す。すなわち、図4は、CDCl3を溶媒として用い、テトラメチルフラン(TMS)を基準にして、1H−NMRスペクトルを測定した結果である。また、図5は、CDCl3を溶媒として用い、TMSを基準にして、13C−NMRスペクトルを測定した結果である。なお、図4及び図5に示す各NMRスペクトルの帰属は表2に示すとおりである。
【0070】
【表2】
【0071】
さらに、図6(a)〜(c)には、それぞれ溶媒としてTHF−d8、CDCl3、トルエン−d8を用い、TMSを基準にして、19F−NMRスペクトルを測定した結果を示す。図7(a)〜(c)には、それぞれ溶媒としてTHF−d8、CDCl3、トルエン−d8を用い、TMSを基準にして、29Si−NMRスペクトルを測定した結果を示す。
【0072】
上記した図4〜図7に示す各スペクトルは実施例1・2ともほぼ同じであり、これらの結果から、本実施例にて得られた白色固体が3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランであることがわかる。
【0073】
<紫外可視吸収スペクトル測定>
実施例1にて得られた白色固体を、トルエン、n−デカン、THFに溶解させて、室温条件下にて、紫外可視吸収スペクトルの測定を行った。その結果を図8〜図9に示す。図8(a)(b)に示すように、323nmに半値幅8nmの鋭い吸収ピークが観測され、白色固体が主鎖であるケイ素連鎖が剛直棒状7/3螺旋構造であることがわかる。
【0074】
また、図9には、上記図8(a)(b)と同様、323nmに半値幅8nmの鋭い吸収ピークが観測され、白色固体が主鎖であるケイ素連鎖が剛直棒状7/3螺旋構造であることがわかる。この吸収ピークは、従来のランダムコイル構造を有するフルオロアルキルポリシランでは観測されなかったものである。さらに、280nmにブロードな吸収ピークが観測されている。このブロードな吸収ピークは、従来観測されていたように、ランダムコイル構造に起因するものである。これらの吸収ピーク及び、これらの吸収ピークの強度比から、本実施例にて得られた白色固体の立体構造は、従来のフルオロアルキルポリシランとは全く異なるコンホメーションを有していることがわかる。
【0075】
<蛍光スペクトル・励起スペクトル測定>
実施例1にて得られた白色固体を、1×10-5mol/Lのイソオクタン−THF混合溶液(THFを1mol%含有)に溶解させたイソオクタン溶液について、蛍光分光器(FP−6500、日本分光社製)を用いて、室温条件下、励起波長314nmにて蛍光スペクトルを測定した。その結果を図10(a)に示す。図10(a)に示す蛍光スペクトルに示されるように、波長335nm付近に鋭い発光ピークが見られ、波長430nm付近にブロードで非常に弱い発光帯が見られる。
【0076】
また、上記の蛍光分光器を用いて、室温条件下、モニター波長を335nmにて、上記イソオクタン溶液の励起スペクトルを測定した。その結果を図10(b)に示す。図10(b)の励起スペクトルに示されるように、波長318nm付近に、ブロードな励起帯が認められる。なお、335nm付近に見られるピークは、分光器のフィルタに基づくものであり、試料による励起帯ではない。
【0077】
〔実施例3〕
<3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの合成>
上記実施例1・2にて用いた乾燥デカンに代えてオクタン12mLを用い、表1に示す反応温度及び反応条件にて、上記と同様の手法で、3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランを合成した。
【0078】
<3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの物性・構造>
得られた白色固体は、THF、クロロホルムに可溶であった。また、得られた白色固体について、ゲルパーミエーションクロマトグラフィーによって分子量分布(ポリスチレン換算)を調べた。その結果を図11に示す。また、図11から算出された重量平均分子量(Mw)、及び、分子量分散(Mw/Mn;Mnは数平均分子量)を表1に示す。
【0079】
さらに、本実施例にて得られた白色固体について、赤外吸収スペクトル測定及びNMR測定を行った結果、上記実施例1・2と同様の結果が得られ、得られた白色固体が3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランであることがわかった。
【0080】
また、本実施例にて得られた白色固体の示差熱分析を、窒素気流下、20℃/分の昇温速度にて行った結果を図12に示す。この結果から、ガラス転移点が−4.3℃と見積もられ、従来の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの−3℃(非特許文献1参照)と異なっているため、本実施例の白色固体が従来とは異なる立体構造を有することが示唆される。
【0081】
〔実施例4〕
実施例3にて得られた3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランを用いて、フッ素イオンの検出能を調べた。
【0082】
<フッ素イオンの検出;紫外可視吸収スペクトル測定>
得られた固体(以下、ポリマー)の繰り返し単位に含まれるSi換算で、2×10-4mol/Lとなるように、上記ポリマーをTHFに溶解してTHF溶液を調製し、このTHF溶液に、フッ素イオンを生じるテトラブチルアンモニウムフルオライドを添加し、室温にて紫外可視吸収スペクトルを測定した。その結果を図13に示す。なお、図中の(a)〜(e)の各スペクトルに示す数値は、ポリマーの繰り返し単位(一般式(1)参照)に含まれるケイ素(Si)1つに対する値として換算した場合の、フッ素イオン数(アンモニウムフルオライド数)である。以下では、ポリマーの繰り返し単位に含まれるケイ素(Si)1つに対する値として換算したフッ素イオン数を、フッ素イオン濃度(mol%)として表す。
【0083】
図13に示すように、添加したフッ素イオン(アンモニウムフルオライド)の濃度の増加に伴って、ランダムコイル構造に特徴的な波長280nmのブロードな吸収ピークが顕著に減少し、剛直棒状7/3螺旋構造に特徴的な波長323nm、半値幅8nmの吸収ピークが見られるようになる。そして、フッ素イオン濃度が0.166mol%になると、280nmの吸収ピークがほぼ消失し、320nmの鋭い吸収ピークのみとなることがわかる。
【0084】
また、図13に示す(a)〜(e)の吸収スペクトルに基づいて、波長280nmにおける吸収強度の変化を、上記したケイ素1つに対するフッ素イオン濃度に対して算出した結果を図14に示す。図14に示すように、フッ素イオン濃度の上昇に伴って、波長280nmにおける吸収強度が低下していることがわかる。
【0085】
以上より、フッ素イオンの添加により、螺旋−螺旋転移及びコイル−ロッド転移が誘起されて、上記ポリマーのコンホメーションに変化が生じていることがわかる。また、紫外吸収スペクトル測定を行うことにより、フッ素イオンの検出を行うことができることがわかる。
【0086】
<フッ素イオンの検出;蛍光スペクトル・励起スペクトル測定>
フッ素イオンを含んでいない上記THF溶液について、励起波長275nm及び314nmにて、上記の蛍光分光器を用い、室温条件下にて、蛍光スペクトルを測定した。その結果を図15(a)(b)に示す。また、種々のフッ素イオン濃度のTHF溶液について、室温条件下、励起波長285nmにて、335nmにおける蛍光強度を測定した。この蛍光強度のフッ素イオン濃度依存性を示すために行ったスターン・ホルマー(Stern-Volmer)プロットの結果を図16に示す。なお、図16の縦軸に示すF0は、フッ素イオンが存在しないときの蛍光強度を示し、Fは、横軸に示すフッ素イオン濃度における蛍光強度を示す。
【0087】
図15(a)に示されるように、フッ素イオンを含んでいないTHF溶液を励起波長275nmにて測定した場合、波長335nm付近の鋭い発光帯と、波長430nm付近の弱く幅広い発光帯とが観測された。また、図15(b)に示されるように、フッ素イオンを含んでいないTHF溶液を励起波長314nmにて測定した場合には、波長335nm付近にのみ鋭い発光帯が見られる。
【0088】
これに対し、図16に示されるように、フッ素イオンを含んでいるTHF溶液を励起波長285nmにて測定した場合には、フッ素イオン濃度の増加に伴って、蛍光強度が減少した。それゆえ、この性質を利用すれば、蛍光強度変化をモニターすることによって、フッ素イオン濃度を定量することができる。
【0089】
また、0.116mol%のフッ素イオン濃度のTHF溶液について、上記の蛍光分光器を用い、室温条件下、励起波長350nm、400nm、450nmにて、励起スペクトルを測定した。その結果を図17及び図18(a)(b)に示す。図17に示されるように、励起波長が350nmである場合には、315nm付近に幅広い励起帯が観測される。図18(a)(b)に示されるように、励起波長が400nm及び450nmである場合には、波長350nm付近に幅広い励起帯と、波長240nm付近に弱くて幅広い励起帯とが観測される。
【0090】
以上より、フッ素イオンの検出は、蛍光スペクトル測定や、励起スペクトル測定によって行うことができることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0091】
【図1】本発明の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの分子量分布を示すグラフである。
【図2】本発明の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの分子量分布を示すグラフである。
【図3】本発明の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの赤外吸収スペクトルである。
【図4】本発明の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの1H−NMRスペクトルである。
【図5】本発明の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの13C−NMRスペクトルである。
【図6】(a)〜(c)は、本発明の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの19F−NMRスペクトルであり、溶媒として、(a)はTHF−d8を用いた場合を示し、(b)はCDCl3を用いた場合を示し、(c)はトルエン−d8を用いた場合を示している。
【図7】(a)〜(c)は、本発明の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの29Si−NMRスペクトルであり、溶媒として、(a)はTHF−d8を用いた場合を示し、(b)はCDCl3を用いた場合を示し、(c)はトルエン−d8を用いた場合を示している。
【図8】(a)(b)は、本発明の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの紫外可視吸収スペクトルであり、溶媒として、(a)はトルエンを用いた場合を示し、(b)はn−デカンを用いた場合を示している。
【図9】THFを溶媒として用いた場合の本発明の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの紫外可視吸収スペクトルである。
【図10】(a)は、本発明の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランのイソオクタン中での蛍光スペクトルであり、(b)は、本発明の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランのイソオクタン中での励起スペクトルである。
【図11】本発明の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの分子量分布を示すグラフである。
【図12】本発明の3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランの示差熱分析結果を示すグラフである。
【図13】本発明のハロゲンイオン検出素子として用いられる3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランを含むTHF溶液に、フッ素イオンの濃度を変化させて添加した場合の紫外可視吸収スペクトルである。
【図14】図13に示す紫外可視吸収スペクトルに基づいて算出された、フッ素イオン濃度と、波長280nmにおける吸光度との関係を示すグラフである。
【図15】(a)(b)は、本発明のハロゲンイオン検出素子として用いられる3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランのTHF中での蛍光スペクトルであり、(a)は314nmの励起波長を用いた場合を示し、(b)は275nmの励起波長を用いた場合を示す。
【図16】本発明のハロゲンイオン検出素子として用いられる3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランを含むTHF溶液に、種々の濃度でフッ素イオンを添加して、285nmの励起波長を用いて測定した、波長335nmにおける蛍光強度変化のスターン・ホルマープロットを示すグラフである。
【図17】本発明のハロゲンイオン検出素子として用いられる3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランを含むTHF溶液に、フッ素イオンを添加して、350nmのモニター波長を用いて測定した励起スペクトルである。
【図18】(a)(b)は、本発明のハロゲンイオン検出素子として用いられる3,3,3−トリフルオロプロピル(メチル)ポリシランを含むTHF溶液に、フッ素イオンを添加して測定した励起スペクトルであり、(a)は400nmのモニター波長を用いた場合を示し、(b)は450nmのモニター波長を用いた場合を示す。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)
【化1】
(式中、R1は、炭化水素基に含まれる水素のうちの少なくとも1つがフッ素に置換されたフッ化炭化水素基であり、R2は、少なくとも1つの炭素及び少なくとも1つの水素を有していればよい炭化水素基であり、nは10以上の整数である)にて表される構造を有するフッ化アルキルケイ素高分子化合物を含有していることを特徴とするハロゲンイオン検出素子材料。
【請求項2】
上記一般式(1)中のR1は、3,3,3−トリフルオロプロピル基であることを特徴とする請求項1記載のハロゲンイオン検出素子材料。
【請求項3】
上記フッ化アルキルケイ素高分子化合物は、310nm〜330nmの波長範囲に吸収ピークを有し、直線状の中心軸の周囲をポリシランのケイ素連鎖からなる主鎖が螺旋状に取り囲む、7/3螺旋構造を有していることを特徴とする請求項1又は2記載のハロゲンイオン検出素子材料。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載のハロゲンイオン検出素子材料を含む溶液の吸収スペクトル測定、蛍光スペクトル測定、励起スペクトル測定のうちのいずれかを行うことによって、ハロゲンイオンを検出することを特徴とするハロゲンイオン検出方法。
【請求項1】
一般式(1)
【化1】
(式中、R1は、炭化水素基に含まれる水素のうちの少なくとも1つがフッ素に置換されたフッ化炭化水素基であり、R2は、少なくとも1つの炭素及び少なくとも1つの水素を有していればよい炭化水素基であり、nは10以上の整数である)にて表される構造を有するフッ化アルキルケイ素高分子化合物を含有していることを特徴とするハロゲンイオン検出素子材料。
【請求項2】
上記一般式(1)中のR1は、3,3,3−トリフルオロプロピル基であることを特徴とする請求項1記載のハロゲンイオン検出素子材料。
【請求項3】
上記フッ化アルキルケイ素高分子化合物は、310nm〜330nmの波長範囲に吸収ピークを有し、直線状の中心軸の周囲をポリシランのケイ素連鎖からなる主鎖が螺旋状に取り囲む、7/3螺旋構造を有していることを特徴とする請求項1又は2記載のハロゲンイオン検出素子材料。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載のハロゲンイオン検出素子材料を含む溶液の吸収スペクトル測定、蛍光スペクトル測定、励起スペクトル測定のうちのいずれかを行うことによって、ハロゲンイオンを検出することを特徴とするハロゲンイオン検出方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【公開番号】特開2006−22339(P2006−22339A)
【公開日】平成18年1月26日(2006.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−257038(P2005−257038)
【出願日】平成17年9月5日(2005.9.5)
【分割の表示】特願2003−15352(P2003−15352)の分割
【原出願日】平成15年1月23日(2003.1.23)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(504143441)国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学 (226)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年1月26日(2006.1.26)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年9月5日(2005.9.5)
【分割の表示】特願2003−15352(P2003−15352)の分割
【原出願日】平成15年1月23日(2003.1.23)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(504143441)国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学 (226)
【Fターム(参考)】
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