説明

フッ素除去剤とその製造方法

【課題】フッ素に対して従来の除去剤よりも格段に除去能力に優れたフッ素除去剤を提供する。
【解決手段】非晶質ヒドロキシアパタイトと多孔質シリカとの複合多孔質体からなることを特徴とし、好ましくは、F濃度10mg/lのフッ素含有液と平衡な状態のF濃度が1%以上であるイオン交換容量を有し、水に対するリンの溶解度が3.5mg/l以下であるフッ素除去剤、および珪酸カルシウム化合物のスラリーまたは水溶液に、70℃未満の温度で、リン酸を加えて反応させ、シリカを多孔質化すると共に非晶質ヒドロキシアパタイトを生成させる多孔質シリカとの複合多孔質体からなるフッ素除去剤を製造する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フッ素除去効果に優れたフッ素除去剤とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フッ素は、アルミニウムの電解精錬工程、リン酸肥料の製造工程、ステンレス鋼等のピクリング工程、シリコン等の電気部品の洗浄工程等から排出される排水や、ごみ焼却場洗煙排水、石炭火力排煙脱硫排水等に含有されているが、排水中のフッ素濃度につては排水基準が規定されており、その基準値以下になるように排水処理がなされている。
【0003】
現在、実用化されているフッ素の処理方法としては、(I)カルシウム塩を添加して難溶性のフッ化カルシウム(CaF2)を生成し沈殿分離する方法、(II)アルミニウム塩を添加して水酸化アルミニウム(Al(OH)3)と共沈させ分離する方法、(III)上記カルシウム塩による凝集沈殿方法とアルミニウム塩による凝集沈殿方法を組み合わせる方法などが一般的である。
【0004】
一方、最近では生活環境項目の見直しからフッ素の排水基準が厳しくなる方向にあり、フッ素を更に高度に除去処理する必要が生じてきた。具体的には、1999年4月にフッ素の環境基準値が0.8mg/Lとして定められた(平成11年環境庁告示第14号)。一方、水質汚濁防止法では2001年にフッ素の排出基準が15mg/Lから8mg/Lに強化されて同年7月より施行されているが、さらに厳しい排水基準を設けている自治体もあり、基本的には排水中のフッ素濃度を上記環境基準程度まで下げる技術が望まれている。
【0005】
そこで、カルシウム塩やアルミニウム塩を用いた従来の方法に代わるフッ素除去剤として、例えば、比表面積20m2/g以上の水酸化カルシウムからなるもの(特許文献1)、リン酸類やリン酸化合物からなるもの(特許文献2)、水酸化カルシウムとリン酸カルシウムとからなる塩基性塩〔3Ca3(PO4)2・Ca(OH)2〕のスラリーを利用するもの(特許文献3)、酸化カルシウムや炭酸カルシウムを飽和リン酸水素カリウム溶液とジルコニウム溶液で処理して表面にリン酸カルシウムとジルコニウムとを配位したもの(特許文献4)などが提案されている。
【0006】
一方、ヒドロキシアパタイト〔Ca10(PO4)6(OH)2〕はその水酸イオンとフッ素イオンのイオン交換反応によって水中のフッ素を吸着するが、フッ素に対する反応性が低いため、このままでは実用的なフッ素吸着剤として利用できない。
【特許文献1】特開2002−254086号公報
【特許文献2】特開2002−370093号公報
【特許文献3】特開2003−24953号公報
【特許文献4】特開2003−62457号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、従来知られているフッ素除去剤の上記問題を解決したものであり、フッ素に対して従来の除去剤よりも格段に除去能力に優れたフッ素除去剤を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、以下に示す構成によって上記課題を解決したフッ素除去吸着剤に関するものである。
(1)非晶質ヒドロキシアパタイトと多孔質シリカとの複合多孔質体からなることを特徴とするフッ素除去剤。
(2)F濃度10mg/lのフッ素含有液と平衡な状態のF濃度が1%以上であるイオン交換容量を有する上記(1)に記載するフッ素除去剤。
(3)複合多孔質体の全細孔容積が0.5ml/g以上である上記(1)または上記(2)に記載するフッ素除去剤。
(4)Cu−αX線回折像における2θ=31.8°のピークの相対強度が1000cps以下であって、最強ピーク後の2θ=35.0°の範囲で相対強度100cps以上の分離したピークを示さない回折像を有する非晶質ヒドロキシアパタイトと多孔質シリカとの複合多孔質体である上記(1)〜上記(3)の何れかに記載するフッ素除去剤。
(5)カルシウムとリンのモル比(Ca/P)が1.5〜2.0である上記(1)〜上記(4)の何れかに記載するフッ素除去剤。
(6)カルシウムとケイ素のモル比(Ca/Si)が0.1〜2.0である上記(1)〜上記(5)の何れかに記載するフッ素除去剤。
(7)水に対するリンの溶解度が3.5mg/l以下である上記(1)〜上記(6)の何れかに記載するフッ素除去剤。
(8)平均粒径10〜60μm、BET比表面積100m2/g以上である上記(1)〜上記(7)の何れかに記載するフッ素除去剤。
(9)珪酸カルシウム化合物のスラリーまたは水溶液に、70℃未満の温度で、リン酸を加えて反応させ、シリカを多孔質化すると共に非晶質ヒドロキシアパタイトを生成させて、多孔質シリカとの複合多孔質体からなるフッ素除去剤を製造する方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明のフッ素除去剤は、非晶質ヒドロキシアパタイトと多孔質シリカとの複合多孔質体からなるものであり、細孔容積が大きく、好ましくは全細孔容積0.5ml/g以上の複合多孔質体であるため、フッ素に対しイオン交換容量が大きく、交換速度が速いという優れた性質を有している。
【0010】
本発明のフッ素除去剤は、具体的にはフッ素含有水溶液に添加したときに、F濃度10mg/lのフッ素含有水溶液と平衡状態であるときの複合多孔質体のF濃度が1%以上であるイオン交換容量を有する。
【0011】
本発明のフッ素除去剤を形成するヒドロキシアパタイトは非晶質である。具体的には、例えば、Cu−αX線回折像における2θ=31.8°のピークの相対強度が1000cps以下であって、最強ピーク後の2θ=35.0°の範囲で相対強度100cps以上の分離したピークを示さない回折像を有する非晶質ヒドロキシアパタイトであるので、結晶質のヒドロキシアパタイトよりもフッ素の除去効果が大きい。
【0012】
また、本発明のフッ素除去剤は、好ましくは、ヒドロキシアパタイトのカルシウムとリンのモル比(Ca/P)は1.5〜2.0であり、リンの含有量を一定範囲に制御しているのでリンが溶出し難く、例えば、リン溶解度が3.5mg/l以下であるので、耐水性に優れており、またフッ素除去後の水質を汚染しない。
【0013】
さらに、本発明のフッ素除去剤は、好ましくは、カルシウムとケイ素のモル比(Ca/Si)が0.1〜2.0であり、非晶質ヒドロキシアパタイトと多孔質シリカが適度な割合で含まれているので、フッ素除去効果が高い。
【0014】
本発明のフッ素除去剤は、好ましくは、平均粒径10〜60μm、BET比表面積100m2/g以上のものである。この粒径のものはフッ素含有液との接触面積が十分に大きいので優れたイオン交換性を有しており、フッ素の除去効果に優れ、かつ良好な濾過性および沈降性を有しているので、フッ素除去後の除去剤の固液分離処理が極めて容易である。
【0015】
本発明のフッ素除去剤は、珪酸カルシウム化合物に、70℃未満の温度でリン酸を反応させることによって、シリカを多孔質化すると共に非晶質ヒドロキシアパタイトを生成させて、多孔質シリカとの複合多孔質体からなるフッ素除去剤を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明を実施形態に基づいて具体的に説明する。なお、%は単位固有の場合を除き質量%である。
〔フッ素除去剤〕
本発明のフッ素除去剤は、非晶質ヒドロキシアパタイトと多孔質シリカとの複合多孔質体である。ヒドロキシアパタイトは一般式〔Ca10(PO4)6(OH)2〕によって表されるリン酸カルシウム化合物であり、水酸基などが置換してイオン交換能を有するが、ヒドロキシアパタイト単独では反応性が低く、実用性に乏しいので、本発明のフッ素除去剤は、非晶質のヒドロキシアパタイトと多孔質シリカとの複合体を形成することによって高いフッ素除去性能を有するようにした。なお、ヒドロキシアパタイトを含有しないシリカは多孔質であってもフッ素とイオン交換反応を生じないのでフッ素を除去する効果がない。
【0017】
本発明のフッ素除去剤を形成するヒドロキシアパタイトは非晶質である。具体的には、例えば、Cu−αX線回折像において、2θ=31.8°付近で最強のピークを有し、このピークの相対強度が1000cps以下であって、かつ最強ピーク後の2θ=35.0°の範囲で相対強度100cps以上の分離したピークを示さず、緩やかな回折像を有するものである。
【0018】
本発明のフッ素除去剤を形成するヒドロキシアパタイトはこのような結晶性の低い非晶質のものであるのでフッ素の除去効果が大きい。なお、上記X線回折像における2θ=31.8°付近の最強ピークの相対強度が1000cpsより大きな高い結晶性を有するヒドロキシアパタイトはフッ素除去性能が非晶質のものよりも低い。因みに、図10〜図12(比較例1〜3)に示すように、結晶性の高いヒドロキシアパタイトは、Cu−αX線回折像において、2θ=(31.8°)、(32.2°)、(32.9°)、(34.0°)に相対強度100cps以上の明瞭な分離した4つのピークが認められるが、本発明のヒドロキシアパタイトはこれらの明瞭に分離したピークを示さず、結晶性の低いものである。
【0019】
本発明のフッ素除去剤は、好ましくは、ヒドロキシアパタイトのカルシウムとリンのモル比(Ca/P)が1.5〜2.0である。Ca/Pモル比が1.5より小さく、従ってリンの含有量が上記範囲より多いとリンが溶出しやすくなる。一方、上記モル比が2.0を上回るものは、未反応の珪酸カルシウム化合物が残留し、アパタイトの生成量が不十分となって、フッ素吸着能力が低下するので好ましくない。
【0020】
Ca/Pモル比が上記範囲内のものは、リンが溶出し難く、例えば、リンの溶解度が3.5mg/L以下、好ましくは10mg/L以下であるので、水に対して溶解性が低く、耐水性に優れている。また、リンの溶解度が低いのでフッ素除去後の水質を汚染しない。なお、Ca/Pモル比を調整するには、珪酸カルシウム化合物にリン酸を反応させて本発明のフッ素除去剤を製造する際に、珪酸カルシウム化合物とリン酸の混合量を調整すれば良い。
【0021】
さらに、本発明のフッ素除去剤は、好ましくは、カルシウムとケイ素のモル比(Ca/Si)が0.1〜2.0、より好ましくは0.8〜1.2である。Ca/Siモル比がこの範囲を外れるとヒドロキシアパタイトまたはシリカの何れかの含有量が過小になるのでフッ素除去性能が低下する。なお、Ca/Siモル比を調整するには、原料として用いる珪酸カルシウム化合物のCa/Siモル比が上記範囲のものを用いれば良い。
【0022】
本発明のフッ素除去剤は、多孔質シリカを含有し、さらに微細な非晶質ヒドロキシアパタイトが多数析出した形態を有するので隙間が多く、好ましくは全細孔容積0.5ml/g以上、より好ましくは0.75ml/g以上である。従って、フッ素に対しイオン交換容量が大きく、交換速度が速い。具体的にはフッ素含有水溶液に添加したときに、F濃度10mg/Lのフッ素含有水溶液と平衡状態になったときの複合多孔質体のF濃度が1%以上であるイオン交換容量を有する。
【0023】
本発明のフッ素除去剤は、平均粒径10〜60μm、BET比表面積100m2/g以上のものが好ましい。この粒径のものはフッ素含有液との接触面積が十分に大きいので優れたイオン交換性を有しており、フッ素の除去効果に優れ、かつ良好な濾過性および沈降性を有しているので、フッ素除去後の除去剤の固液分離処理が極めて容易である。
【0024】
なお、珪酸カルシウム化合物にリン酸を反応させてヒドロキシアパタイトシリカ複合多孔質体を製造する方法によれば、珪酸カルシウム化合物のカルシウム分がリン酸によって溶出し、粒子表面にヒドロキシアパタイトが析出するので、原料の珪酸カルシウム化合物とほぼ同等の粒径を有する複合多孔質体が生成する。従って、平均粒径10〜60μm、BET比表面積100m2/g以上のフッ素除去剤を得るには、これと同程度の粒径およびBET比表面積を有する珪酸カルシウム化合物を原料として用いれば良い。
【0025】
〔製造方法〕
本発明のフッ素除去剤として用いるヒドロキシアパタイトシリカ複合多孔質体は、珪酸カルシウム化合物にリン酸を反応させ、カルシウム分を溶出させてシリカ分を多孔質にすると共に、溶出したカルシウム分をヒドロキシアパタイトに転化して析出させることによって製造することができる。
【0026】
従来の製造方法のように、多孔質シリカなどの多孔質材料にヒドロキシアパタイトを含浸または析出させる方法によって製造したものは、基材が多孔質でもヒドロシキアパタイトの析出によってその多孔性が損なわれてしまうので、本発明のような多孔質体を得ることができない。
【0027】
一方、珪酸カルシウム化合物をリン酸と反応させる製造方法によれば、珪酸カルシウム化合物のカルシウム分がリン酸と反応してヒドロキシアパタイトが生成すると共にシリカが多孔質化するので、多孔性に優れた複合体が形成される。しかも、この多孔質シリカの粒子表面に微細なヒドロキシアパタイトが析出するので、細孔容積が大きく、良好な濾過特性、沈降性、透水性を有する複合多孔質体を得ることができ、さらに生成したヒドロキシアパタイトは水に対する溶解牲も低いという利点を有する。
【0028】
なお、シリカ原料を加えず、単に石灰質原料とリン酸を反応させてヒドロキシアパタイト単体を形成したるものは、多孔性の程度が低く、従って十分なフッ素除去性能を有さず、濾過特性、沈降性も低い。
【0029】
本発明のフッ素除去剤の原料として用いる珪酸カルシウム化合物は、珪酸原料と石灰原料とを水性スラリーとしたものを、例えばオートクレーブ中において水熱反応を行なって合成した一般的によく知られているものを好適に用いることができる。その種類としては、珪酸カルシウム化合物であれば特に限定されず、例えば、トバモライト、ジャイロライト、ゾノトライトなどの結晶質珪酸カルシウム化合物、あるいは非晶質珪酸カルシウム化合物など何れの珪酸カルシウム化合物を用いることができる。これらは単独で用いても良く、2種以上を組み合わせて用いても良い。また、これらの珪酸カルシウム化合物は粉体に限らず、成形体や塊状物を用いても良い。
【0030】
本発明のフッ素除去剤は、カルシウムとケイ素のモル比(Ca/Si)が0.1〜2.0であるのがよく、0.8〜1.2がさらに良いので、このCa/Siモル比を有する珪酸カルシウム化合物を用いるのが好ましい。
【0031】
珪酸カルシウム化合物の多孔質化およびヒドロシキアパタイト化は、珪酸カルシウム化合物のスラリー、または珪酸カルシウム化合物の浸漬水溶液に、リン酸を添加して行うことができる。
【0032】
例えば、シリカ粉などの珪酸原料と、消石灰などの石灰原料とを混合し、これに水を加え、水熱反応させて珪酸カルシウム化合物スラリーを製造し、この生成したスラリーにリン酸を加えて、ヒドロシキアパタイト化を行うと良い。水熱反応して生成した珪酸カルシウムにリン酸を作用させることによって、カルシウム分がリン酸と反応してシリカが多孔質化すると共に、ヒドロキシアパタイトが生成する。また、リン酸の濃度や添加速度、液温などの反応条件を制御することによって非晶質のヒドロキシアパタイトが析出する。
【0033】
リン酸濃度は2〜50%、好ましくは5〜40%の範囲がよい。リン酸濃度が2%未満では処理すべき液の量が増大して不都合であり、50%より高い場合は、局部的な液のpHの低下によって微細なヒドロシキアパタイトやシリカ粒子が発生しやすくなるので好ましくない。リン酸に代えて、リン酸アンモニウムやリン酸ナトリウムのような水溶性リン酸塩を用いることもできる。
【0034】
リン酸の添加量は、珪酸カルシウム化合物のカルシウム分とリン酸のモル比(Ca/P)が1.5〜2.0になるように定めることが望ましい。このモル比が2.0を上回ると未反応の珪酸カルシウム化合物が残留し、ヒドロキシアパタイトの生成量が不十分となって、フッ素除去効果が低下する。一方、このモル比が1.5より低いと、リンの溶解度が上がる傾向を有し、耐水性が低下するので好ましくない。
【0035】
非晶質のヒドロキシアパタイトを生成させるには、温度70℃未満において、リン酸を添加して珪酸カルシウム化合物のヒドロキシアパタイト化を行う。70℃以上になると、ヒドロキシアパタイトの結晶が発達するようになり、ヒドロキシアパタイトが非晶質にならないので、フッ素除去性能が低下する。温度が低いほど結晶性は低下し、フッ素除去能力が向上するが、製造プロセス上、常温以上の温度が推奨される。
【0036】
リン酸の添加速度をコントロールすることによっても、非晶質化を進めることができる。具体的には、pH7未満を維持するよう、好ましくはpH3.0〜7.0未満になるように、リン酸を添加すると良い。
【0037】
なお、極端にリン酸の添加速度が速い場合は、珪酸カルシウム化合物の粒子形状が崩れ、微細なヒドロシキアパタイトやシリカ粒子が発生し、ろ過性、沈降性が劣化する。反応中の溶液のpHを上記範囲になるようにリン酸を添加することによって、非晶質のヒドロキシアパタイトが析出し、フッ素吸着能に優れ、ろ過性、沈降性に優れた複合多孔質体を得ることができる。
【0038】
ヒドロシキアパタイト化の反応時間は、原料の種類や粒度、粉体または成形体などの形状によって異なり、一概に定めることはできないが、通常は10〜120分程度で十分である。
【0039】
珪酸カルシウム化合物にリン酸を反応させることによって、非晶質ヒドロシキアパタイトと多孔質シリカとの多孔質複合体を得ることができるが、この複合体の多孔質度をさらに上げたい場合には、リン酸の添加に先立ち、珪酸カルシウム化合物にリン酸以外の酸を予め作用させ、カルシウム分を酸処理して除去することにより、細孔容積の高い複合体を得ることができる。また、酸処理に代えて、二酸化炭素を吹き込む方法でもよく、あるいは酸性陽イオン交換樹脂を珪酸カルシウム化合物スラリーに加えてカルシウム分を除去しても良い。
【0040】
カルシウム分を予め除去するために用いる酸としては塩酸、硝酸等の無機酸、酢酸などの有機酸を用いることができる。このときの酸の添加も、先に述べたように珪酸カルシウム化合物からカルシウムが溶出する速度に見合った速度、具体的にはpH3.0以上を保持する速度で徐々に酸を加えていくことが好ましい。pH3.0を下回ると、微細なシリカ粒子が発生し、濾過処理に時間がかかるようになるので好ましくない。
【0041】
なお、液温を上げ、または液を攪拌することによって反応速度を促進することができる。カルシウム除去の反応時間は、原料の珪酸カルシウムの種類や粒度、形状などによって異なるが、概ね0.5〜3時間程度で十分である。
【0042】
リン酸以外の酸と反応させた後に固液分離して珪酸カルシウム化合物を回収し、これを水洗した後、再び水性スラリーあるいは水に浸漬し、リン酸を添加してヒドロキシアパタイト化を行なう。
【0043】
珪酸カルシウム化合物にリン酸を反応させて、シリカの多孔質化とヒドロキシアパタイト化を行った後に、生成物を濾過または遠心分離などによって固液分離し、回収した澱物を乾燥処理することにより、平均粒径10〜60μm、BET比表面積100m2/g以上の非晶質ヒドロキシアパタイト−シリカ複合多孔質体からなるフッ素除去剤を得ることができる。
【実施例】
【0044】
以下、本発明の実施例を比較例と共に示す。なお、製造したフッ素吸着剤体の物性は下記測定方法によって求めた。
【0045】
〔X線回折像〕
ミニフレックスX線回折装置(理学社製)を用い、Cu管球、管電圧30kV、管電流15mA、サンプリング幅0.02°、スキャンスピード4°/分の条件で測定した。
〔平均粒径〕
レーザー回折式粒度分布測定装置(堀場製作所製品:LA-300)を用いて測定した。
【0046】
〔比表面積〕
島津製作所製装置(フローソブII)を用い、BET1点法により測定した。
〔細孔容積〕
150℃で1時間真空脱気を行なった試料につき、日本BEL社装置(BELSORP-mini)を用い、窒素吸着法(BJH法)により測定した。
【0047】
〔フッ素濃度・吸着等温線〕
フッ化ナトリウムを水に溶かして5〜200mg/Lに調整した水溶液100mlに対し、試料を0.20g添加し、60℃の恒温槽中で24時間振盪して平衡状態にした。この試料液を濾過し、イオンメーターによって液中のフッ素濃度を求めた。試料が吸着したフッ素量は、液中のフッ素の減少量より計算で求めた。溶液のフッ素濃度と試料が吸着したフッ素量の関係を両対数グラフにプロットして吸着等温線を作成した。この吸着等温線のグラフより、固相中のフッ素濃度1%に平衡な液のF濃度を読み取り、表1に示した。この吸着等温線を各実施例および各比較例について、図1および図2に示した。
【0048】
〔リン濃度〕
純水100mlに対し、試料を0.20g添加し、60℃の恒温槽中で24時間振盪を行ない、この試料液を濾過後、モリブデンブルー法によってリン濃度を求めた。
【0049】
〔実施例1〕
珪酸原料(平均粒径20μmの非晶質シリカ粉)100gと消石灰100g(Ca/Siモル比0.8)に、水−固形分比15相当分の水を加え、オートクレーブ中で攪拌しながら180℃、4時間水熱反応を行ない、珪酸カルシウム化合物スラリーを形成した。このスラリーを60℃に加熱して、Ca/Pモル比が1.67になる量のリン酸を、pHが7未満を維持する速度でスラリーを攪拌しつつ添加した。添加後、1時間攪拌し、スラリーを濾過して澱物を分離し、乾燥して非晶質ヒドロキシアパタイトと多孔質シリカとからなる複合多孔質体を得た。この物性値を表1および図1に示し、SEM写真を図3に示した。またX線回折グラフを図6に示した。
【0050】
〔実施例2〕
珪酸原料として平均粒径10μmの珪石粉末100gを用いた以外は実施例1と同様にして非晶質ヒドロキシアパタイトと多孔質シリカとからなる複合多孔質体を得た。この物性値を表1および図1に示し、SEM写真を図4に示した。またX線回折グラフを図7に示した。
【0051】
〔実施例3〕
珪酸原料(平均粒径20μmの非晶質シリカ粉)100gと消石灰127g(Ca/Siモル比1.0)に、水−固形分比10相当分の水を加え、温浴中で攪拌しながら95℃、15時間水熱反応を行ない、珪酸カルシウム化合物スラリーを形成した。このスラリーを60℃に加熱して、Ca/Pモル比が1.67になる量のリン酸を、pHが7未満を維持する速度でスラリーを攪拌しつつ添加した。添加後、1時間攪拌し、スラリーを濾過して澱物を分離し、乾燥して非晶質ヒドロキシアパタイトと多孔質シリカとからなる複合多孔質体を得た。この物性値を表1、図1、図2に示し、SEM写真を図5に示した。またX線回折グラフを図8に示した。
【0052】
〔実施例4〕
実施例3と同じ珪酸カルシウム化合物スラリーを30℃に加熱して、Ca/Pモル比が1.67になる量のリン酸を、pHが7以上を維持する速度でスラリーを攪拌しつつ添加した。添加後、1時間攪拌し、スラリーを濾過して澱物を分離し、乾燥して非晶質ヒドロキシアパタイトと多孔質シリカとからなる複合多孔質体を得た。この物性値を表1、図1に示した。またX線回折グラフを図9に示した。
【0053】
〔比較例1〕
耐火被覆建材用珪酸カルシウム化合物(ゾノトライト)スラリーを予め60℃に加熱して、Ca/Pモル比が1.67になる量のリン酸を、pHが7以上を維持する速度でスラリーを攪拌しつつ添加した。添加後、1時間攪拌し、スラリーを濾過、乾燥して結晶質ヒドロキシアパタイトと多孔質シリカとからなる複合多孔質体を得た。この物性値を表1および図1に示した。またX線回折グラフを図10に示した。
【0054】
〔比較例2〕
実施例3と同じ珪酸カルシウム化合物スラリーを70℃に加熱して、Ca/Pモル比が1.67になる量のリン酸を、pHが7未満を維持する速度でスラリーを攪拌しつつ添加した。添加後、1時間攪拌し、スラリーを濾過して澱物を分離し、乾燥して結晶質ヒドロキシアパタイトと多孔質シリカとからなる複合多孔質体を得た。この物性値を表1、図1に示した。またX線回折グラフを図11に示した。
【0055】
〔比較例3〕
消石灰スラリーを予め60℃に加熱して、Ca/Pモル比が1.67になる量のリン酸を、pHが7未満を維持する速度でスラリーを攪拌しつつ添加した。添加後、1時間攪拌し、スラリーを濾過、乾燥して結晶質ヒドロキシアパタイトを得た。この物性値を表1および図1に示した。またX線回折グラフを図12に示した。
【0056】
〔参考例1〕
上記実施例3の珪酸カルシウム化合物スラリーを予め60℃に加熱して、Ca/Pモル比が1.45になる量のリン酸を、pHが7未満を維持する速度でスラリーを攪拌しつつ添加した。添加後、1時間攪拌し、スラリーを濾過、乾燥してヒドロキシアパタイトシリカ複合多孔質体を得た。この物性値を表1および図2に示した。
【0057】
〔参考例2〕
上記実施例3の珪酸カルシウム化合物スラリーを予め60℃に加熱して、Ca/Pモル比が2.5になる量のリン酸を、pHが7未満を維持する速度でスラリーを攪拌しつつ添加した。添加後、1時間攪拌し、スラリーを濾過、乾燥してヒドロキシアパタイトシリカ複合多孔質体を得た。この物性値を表1および図2に示した。
【0058】
図1に示すように、本発明の実施例1〜4は何れもフッ素の吸着量が比較例に比べて格段に勝っており、例えば、液中のF濃度が10mg/lであるとき、これと平衡状態の固相中のF濃度は1.0%以上である。また、表1に示すように、固相中のフッ素濃度1%に平衡な液中のフッ素濃度は、本発明の実施例1〜4では1.9〜3.2mg/lであるのに対して、比較例1は291mg/l、比較例2は70mg、比較例3は74mg/l であり、本発明の実施例の液中フッ素濃度は格段に低く、高いフッ素吸着能力を有することを示している。
【0059】
比較例1および比較例2はヒドロキシアパタイトと多孔質シリカの複合体であるが、図10〜図11に示すように、ヒドロキシアパタイトの回折角度において明瞭な4つのピークが認められ、ピーク強度が大きく、ヒドロキシアパタイトの結晶性が高い。このため表1に示すように液中のフッ素濃度が大幅に高く、フッ素吸着能力が低いことを示している。また、比較例3は多孔質シリカを含まないヒドロキシアパタイト単体であるのでフッ素吸着能力が低い。
【0060】
一方、実施例1〜4のヒドロキシアパタイトは、図6〜図9に示すように、回折角2θ=31.8°付近で最強のピークを示すが、このピーク相対強度は1000cps以下であって、かつ最強ピーク後の2θ=35.0°の範囲で分離したピークを示さず、緩やかな回折像を有しており、非晶質であることを示している。従って、表1に示すように液中のフッ素濃度が低く、高いフッ素吸着能力を有している。
【0061】
参考例1は、非晶質ヒドロキシアパタイトと多孔質シリカの複合体であり、液中のフッ素濃度は低いが、Ca/Pモル比が好ましい範囲より低いので、リンが溶出しやすく、液中のリン濃度が高い。また、参考例2は非晶質ヒドロキシアパタイトと多孔質シリカの複合体であるが、Ca/Pモル比が好ましい範囲より高いので、ヒドロキシアパタイトの含有量が少なく、フッ素吸着能力がやや低いので、液中のフッ素濃度が実施例1〜4よりも高い。
【0062】
図2に示すように、本発明の複合多孔質体のCa/Pモル比は低い方がフッ素吸着能力に優れる。特にCa/Pモル比が2.0より高いと(参考例2)、吸着等温線の傾きが急になるので、低濃度に置けるフッ素吸着能の低下が著しくなる。十分なフッ素除去能力を有するにはCa/Pモル比は低い方が良い。一方、表1に示すように、Ca/Pモル比が1.5を下回るとリンの溶解度が急上昇し(参考例1)、リンが溶出して液中のリン濃度が高くなり、処理水が富栄養化する原因となる懸念が生じるため、実用的にはCa/Pモル比は1.5以上にすることが望ましい。
【0063】
また、図3〜図5に示すように、本発明の実施例1〜3の粉末は、表面および内部に微細な針状粒子が成長しており、空隙が多い。
【0064】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】フッ素に対する吸着等温線を示すグラフ
【図2】フッ素に対する吸着等温線を示すグラフ
【図3】実施例1の複合多孔質体の組織状態を示す電子顕微鏡(SEM)写真
【図4】実施例2の複合多孔質体の組織状態を示す電子顕微鏡(SEM)写真
【図5】実施例3の複合多孔質体の組織状態を示す電子顕微鏡(SEM)写真
【図6】実施例1のヒドロキシアパタイトのX線回折図
【図7】実施例2のヒドロキシアパタイトのX線回折図
【図8】実施例3のヒドロキシアパタイトのX線回折図
【図9】実施例4のヒドロキシアパタイトのX線回折図
【図10】比較例1のヒドロキシアパタイトのX線回折図
【図11】比較例2のヒドロキシアパタイトのX線回折図
【図12】比較例3のヒドロキシアパタイトのX線回折図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非晶質ヒドロキシアパタイトと多孔質シリカとの複合多孔質体からなることを特徴とするフッ素除去剤。
【請求項2】
F濃度10mg/lのフッ素含有液と平衡な状態のF濃度が1%以上であるイオン交換容量を有する請求項1に記載するフッ素除去剤。
【請求項3】
複合多孔質体の全細孔容積が0.5ml/g以上である請求項1または請求項2に記載するフッ素除去剤。
【請求項4】
Cu−αX線回折像における2θ=31.8°のピークの相対強度が1000cps以下であって、最強ピーク後の2θ=35.0°の範囲で相対強度100cps以上の分離したピークを示さない回折像を有する非晶質ヒドロキシアパタイトと多孔質シリカとの複合多孔質体である請求項1〜請求項3の何れかに記載するフッ素除去剤。
【請求項5】
カルシウムとリンのモル比(Ca/P)が1.5〜2.0である請求項1〜請求項4の何れかに記載するフッ素除去剤。
【請求項6】
カルシウムとケイ素のモル比(Ca/Si)が0.1〜2.0である請求項1〜請求項5の何れかに記載するフッ素除去剤。
【請求項7】
水に対するリンの溶解度が3.5mg/l以下である請求項1〜請求項6の何れかに記載するフッ素除去剤。
【請求項8】
平均粒径10〜60μm、BET比表面積100m2/g以上である請求項1〜請求項7の何れかに記載するフッ素除去剤。
【請求項9】
珪酸カルシウム化合物のスラリーまたは水溶液に、70℃未満の温度で、リン酸を加えて反応させ、シリカを多孔質化すると共に非晶質ヒドロキシアパタイトを生成させて、多孔質シリカとの複合多孔質体からなるフッ素除去剤を製造する方法。

【図1】
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【図2】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−188483(P2008−188483A)
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−22484(P2007−22484)
【出願日】平成19年1月31日(2007.1.31)
【出願人】(592012384)小野田化学工業株式会社 (20)
【Fターム(参考)】