説明

ブランク材の残留応力を低減する方法及びブランク材

【課題】情報記録媒体用ガラス基板の製造工程で残留応力による変形や破壊が生じない情報記録媒体用ガラス基板となるブランク材の残留応力を低減する方法を提供する。
【解決手段】プレス成形された非晶質ガラスの成形体を平坦な板の間に1枚づつ挟んだ積層体を結晶化若しくは軟化しない温度範囲で熱処理する熱処理工程を有する情報記録媒体用ガラス基板となるブランク材の残留応力を低減する方法において、前記板をなす材料の熱膨張係数Asと前記成形体をなす材料の熱膨張係数Abとは、特定の条件式を満足する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブランク材の残留応力を低減する方法及びブランク材に関する。
【背景技術】
【0002】
磁気、光、光磁気等の性質を利用した記録層を有する情報記録媒体のなかで、代表的なものとして磁気ディスクがある。磁気ディスク用基板として、従来アルミニウム基板が広く用いられていた。しかし、近年、記録密度向上のための磁気ヘッド浮上量の低減の要請に伴い、ガラス基板を磁気ディスク用基板として用いる割合が増えてきている。ガラス基板を用いる割合が増えている理由として、ガラス基板が、アルミニウム基板よりも表面の平滑性に優れ、しかも表面欠陥が少ないことから磁気ヘッド浮上量の低減を図ることができるからである。
【0003】
このような磁気ディスク用等のガラス基板は、ガラス基板前駆体であるブランク材に研磨加工等を施すことによって製造される。ブランク材となるガラス板は、プレス成形によって製造する方法や、フロート法等によって製造されたガラス板を切断して製造する方法等が知られている。これらの方法のうち、溶融ガラスを直接プレス成形することによってガラス板を製造する方法は、特に高い生産性が期待できることから注目されている。
【0004】
例えば、2.5インチ径の磁気ディスク用ガラス基板を製造する場合、プレス成形にて1.2mmから1.5mm程度の厚みの円板形状のガラス板を製造し、この後、ガラス板を熱処理してガラス板が有する残留応力を緩和させてブランク材としている。一般にガラス製品を製造する際には、引っ張り応力や圧縮応力がガラス内部に存在している残留応力を除くために熱処理を行う。残留応力がガラス内部に存在したままでは、研磨時に変形を生じたり、また、破壊強度が著しく低下し、ガラス強度を支配する表面のキズが自然に成長して破壊に至ることもあるため、ガラス製品の機械的信頼性が著しく損なわれることになる(非特許文献1参照)。
【0005】
この残留応力を緩和させたブランク材の中央に穴を開けたり、両平面の研削加工や研磨加工等を行って、ブランク材を、例えば厚みが0.635mmの情報記録媒体用ガラス基板に仕上げる。
【0006】
ブランク材から情報記録媒体用ガラス基板に仕上げるためには、上記の様に厚みの約半分を研削加工や研磨加工により除去している。このため上記の熱処理によりブランク材に反りが生じた状態があっても、反りを取り除くことが十分な研削加工や研磨加工による加工代を取ることができるため所望の平面度を得ることができる。
【0007】
一方で、これら研削加工や研磨加工には多大な時間が費やしているため、こうした加工を効率良く行うためには、薄いブランク材を製造することが考えられる。しかし、薄いブランク材では、従来の厚さのブランク材に比較して反りが大きく、また反りを修正するための加工代の厚みを十分に確保できず、平面度の良好な情報記録媒体用ガラス基板を得ることができなくなってしまう問題があった。
【0008】
上記の問題に対して、ブランク材となるガラス板を平坦面を有する2枚の板で挟んで加熱することによりガラス板の反りを修正してブランク材を得る方法がある。(例えば、特許文献1、特許文献2参照)
【非特許文献1】「ガラス光学ハンドブック」 初版 (株)朝倉書店 1999年7月5日発行 379頁
【特許文献1】特開平9−102125号公報
【特許文献2】特開2002−87835号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1、2で情報記録媒体用ガラス基板を製造する際、研削加工や研磨加工等に提供されるブランク材は結晶化ガラスである。すなわち、プレス成型等によって得た非晶質のガラス板を板で挟んで熱処理することにより、反りを修正すると伴に非晶質ガラスを結晶化ガラスにしている。この結晶化ガラスに研削加工や研磨加工等を施すことによって情報記録媒体用ガラス基板を得ている。
【0010】
一方、本発明者らが製造の対象とする情報記録媒体用ガラス基板は、結晶化ガラスではなく、非晶質ガラスに化学強化を施したガラス基板である。
【0011】
発明者らがプレス成形して得た厚みが1mmのガラス板を例にすると、反りを修正するために板に挟んで熱処理を行って得たブランク材においては、反りが修正されているにもかかわらず残留応力が十分に低減されていない場合があった。この残留応力が低減されていない状態のブランク材を用いて、情報記録媒体用ガラス基板の製造を行うと新たに反り等の変形や破壊が生じてしまい情報記録媒体用ガラス基板を効率よく製造できない場合が生じてしまうという問題があった。発明者らは、この問題が生じる要因は、ブランク材が結晶化ガラスであるか、又は非晶質ガラスであるかの違いによるものと推測している。
【0012】
本発明は、上記の問題を鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、情報記録媒体用ガラス基板の製造工程で残留応力による変形や破壊が生じない情報記録媒体用ガラス基板の製造に提供されるブランク材の残留応力を低減する方法及びブランク材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の課題は、以下の構成により解決される。
【0014】
1. プレス成形された非晶質ガラスの成形体を平坦な板の間に1枚づつ挟んだ積層体を結晶化若しくは軟化しない温度範囲で熱処理する熱処理工程を有する情報記録媒体用ガラス基板となるブランク材の残留応力を低減する方法において、
前記板をなす材料の熱膨張係数Asと前記成形体をなす材料の熱膨張係数Abとは、以下の条件式を満足することを特徴とするブランク材の残留応力を低減する方法。
0.80 ≦ As/Ab ≦ 1.20
2. 1に記載のブランク材の残留応力を低減する方法により残留応力が低減されたブランク材であって、前記ブランク材における厚み方向のリターデーションが、50nm/10mm以下であることを特徴とするブランク材。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、非晶質ガラスの成形体を平坦な板で挟んだ積層体で結晶化若しくは軟化しない温度範囲で熱処理する工程で、成形体を挟む板の熱膨張係数の範囲を、成形体の熱膨張係数の0.8倍以上1.2倍以下に定めている。よって、熱処理する成形体と板との間での熱膨張係数の差による成形体に生じる応力が抑えられ、熱処理後の残留応力を低減することができたブランク材を得ることができる。
【0016】
従って、情報記録媒体用ガラス基板の製造工程で残留応力による変形や破壊が生じない情報記録媒体用ガラス基板の製造に提供されるブランク材の残留応力を低減する方法及びブランク材を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明を図示の実施の形態に基づいて説明するが、本発明は該実施の形態に限らない。
【0018】
本発明は、研削加工や研磨加工等が施されて最終製品である情報記録媒体用ガラス基板となるブランク材の残留応力を低減する方法に関するものである。
【0019】
ブランク材を製造するフローを図4に示す。まず、ブランク材の母材となる溶融状態のガラスを準備し(ガラス溶融工程)、プレス成形法によって目的形状に近い円板形状に成形する(プレス成形工程)。この円板形状にプレス成形した非晶質ガラスの板を以降、成形体と呼ぶ。この成形体を結晶化若しくは軟化しない温度範囲で熱処理(熱処理工程)してブランク材を得る。
【0020】
より具体的には以下のようにする。ガラスを構成するために必要な材料(硝材)を混合し、1500℃程度の高温に加熱して溶融させ溶融ガラスを得る(ガラス溶融工程)。次に、平坦な成形面を有している下型と上型を準備し、下型及び上型を所定の温度に加熱した後、ブランク材を製造するに適量な溶融ガラスを下型に供給する。この後、下型に供給された溶融ガラスを下型との間に挟むように上型で加圧することで溶融ガラスをプレス成形して成形体を得る(プレス成形工程)。
【0021】
成形体の厚みは、情報記録媒体用ガラス基板を得るための研削加工や研磨加工等の手間を抑えるため、例えば2.5インチ径の磁気ディスク用ガラス基板で厚みが0.635mmであれば、0.7mmから1mm程度とするのが好ましい。成形体には、残留応力が有り、また反りが生じている状態であってもよい。成形体の外観の様子を図1に示す。図1において、1は成形体、3は主表面を示している。尚、主表面3は、表裏があるが区別する必要はない。
【0022】
次に成型体を熱処理することで成形体の残留応力を低減し反りの修正を行う(熱処理工程)。このようにして、情報記録媒体用ガラス基板の製造に対して良好なブランク材を得ることができる。成形体1に熱処理を施して得たブランク材には、この後、その中央に穴を設け、その主表面3に研削・研磨加工を施して主表面を平坦化・平滑化する等で情報記録媒体用ガラス基板とすることができる。情報記録媒体用ガラス基板の様子を図2に示す。24は穴、26は内周端面、28は外周端面、22は研磨加工されて鏡面状態の主表面を示している。さらに、図3に示すように情報記録媒体用ガラス基板20の一方の主表面22に記録層30を直接又は間接的に設けることで、情報記録媒体用ガラス基板20と記録層30を備えた情報記録媒体Dを得ることができる。記録層30は、情報記録媒体用ガラス基板20の両面に設けても良い。
【0023】
本発明に係わるブランク材においては、予め最終製品に近似する形状のプレス成型による成形体を用意し、この成形体を熱処理して反りの修正と伴に残留応力の低減を行う。本発明は情報記録媒体用ガラス基板の製造に提供されるブランク材を効率良く生産するためのものなので、複数枚の成形体に対して反りの修正と残留応力の低減のための熱処理を一度に行うのが好ましい。
【0024】
成形体は、平坦な板であるスペーサの間に1枚づつ挟み込まれ、成形体とスペーサとが交互に積み重なっている状態の積層体を構成し、この積層体を熱処理する。この積層体の様子を図5(a)、積層体の構成を説明するために成形体とスペーサを分離した状態を図5(b)に示す。1は成形体(熱処理後はブランク材となる。)、Sはスペーサを示す。スペーサSの材料は、熱処理で晒される温度において、十分な耐熱性を有し、変形せず、成形体1と融着しないものが好ましい。
【0025】
図1に示すように成形体1は、プレス成形により概ね円板状となる。図5に示すスペーサSは、成形体1の形状に合わせて円板状であることが好ましく、またスペーサSの直径は、成形体1の直径の1.01倍から1.2倍の範囲が好ましい。スペーサSの直径を上記の範囲とすることで、成形体1の主表面3全域にスペーサSの平坦面S1を対向させることができるため、成形体1の主表面3全域に渉って反りを修正ことができる。またスペーサSが成型体1に対して必要以上に大きくないため、加熱、冷却時の熱効率を良くすることができ、更に積層体Bを加熱処理のために、例えば電気炉内に配置する際に必要な空間を小さくすることができるので好ましい。
【0026】
スペーサSは、熱処理する成形体1の数n(nは1以上の整数である)に対して、n+1個を用意する。これにより、スペーサSを一番底に置き、次に成形体1、次にスペーサSと交互に順次積層し、最上部をスペーサSとする積層体Bを形成することができる。従って、積層体Bを構成するすべての成形体1の両主表面3に対してスペーサSの平坦面S1を対向させることができるため、成型体1の主表面3の反りを修正することができる。
【0027】
成形体1を熱処理する際は、積層体Bの加熱を行う空間内の温度分布を均一にすることが好ましい。温度分布が均一な空間にできるだけ多くのスペーサSと成形体1とで構成される積層体Bを置くためには、スペーサSの厚みは薄いほうが好ましい。しかし、スペーサSが薄すぎると、成形体1の反り等の変形を十分に修正することができなくなってしまう。一方で厚すぎると、積層体Bと加熱のための熱源との配置にもよるが、例えば、熱源が積層物の上下とすると積層体Bの中央部分に十分に熱が伝導しなくなり上下の部分と中央部分とで温度勾配が生じてしまって、中央部分で十分な熱処理ができなくなってしまう。
【0028】
従って、スペーサSの厚みは、成形体1の厚みの0.5倍から3.5倍の範囲とすることが好ましい。スペーサSの厚みを上記の範囲とすることで、積層体Bを構成する成形体1を十分に熱処理することで残留応力を低減することができ、また変形を十分に修正することができる。スペーサSを成す材料は、積層体Bの中央部分に十分に熱を伝導することができるように熱伝導率が大きいことが好ましい。これに関しては、後で説明する。
【0029】
スペーサSを成す材料は、その熱膨張係数As、成形体1をなすガラス材料の熱膨張係数をAbとすると、以下の条件式(1)を満たしている。
0.80 ≦ As/Ab ≦ 1.20 (1)
積層体Bを構成しているスペーサSと成型体1には反りの修正を行うために、0.005g/mm2から0.5g/mm2の範囲の荷重を加えている。0.005g/mm2未満では反りの修正を十分に行うことができなくなり、0.5g/mm2を超える場合は反りの修正に対して過剰となりスペーサや成形体に割れ等が生じることが懸念される。この荷重により、スペーサSと成型体1の接触面には摩擦が生じ、スペーサSと成形体1は、接触面に平行な方向に対して相対的に動き難くなっている。熱処理が進むと、反りが修正されることで、スペーサSと成形体1との接触面積はより大きくなり摩擦も大きくなる。
【0030】
熱処理を行うと、その加熱・冷却過程において、成形体1の外周部分と中心部分とでは温度差が生じる。特に冷却過程においては、スペーサSと成型体1との熱膨張係数の差が大きい場合、両者の収縮量の違いにより成型体1に大きな応力が生じ、熱処理後にこの応力が残ったままとなってしまう。よって、条件式(1)を満足する熱膨張係数を有する材料からなるスペーサSを選択して、成形体1とスペーサSとの熱膨張係数の差を制限することで熱処理後に成形体1に存在する残留応力を抑えることができる。
【0031】
成形体1を成すガラス材料がアルミノシリケートガラスの場合、その熱膨張係数は3.4×10-6/Kである。アルミノシリケートガラスに対して、条件式(1)を満足するスペーサの材料としては、例えば窒化珪素(3.4×10-6/K)、炭化珪素(4.0×10-6/K)が挙げられる。また、ガラス材料がMEL3(コニカミノルタオプト(株)製)の場合、その熱膨張係数は7.5×10-6/Kであり、条件式(1)を満足するスペーサの材料としては、アルミナ(熱膨張係数:6〜7×10-6/K)、ステアタイト(熱膨張係数:7.4×10-6/K)が挙げられる。尚、上記で挙げた及び以降で示す熱膨張係数の値は、製造会社等から提示される資料等に記載されている常温〜400℃での値である。
【0032】
このように成形体1を熱処理して残留応力を低減したブランク材を情報記録媒体用ガラス基板の製造工程に供給すると、その製造工程において変形や破壊が生じたり、破壊強度の低下がない製品、すなわち情報記録媒体用ガラス基板やこのガラス基板を使用した磁気記録媒体の信頼性が損なわれることがない。このような好ましいブランク材における残留応力は、偏光顕微鏡を用いて複屈折による互いに直交する偏光成分の光路差であるリターデーション(Retardation)を測定することによって評価することができる。この残留応力は、試料であるブランク材の厚みを10mmに換算した場合のリターデーションが50nm/10mm以下であることが好ましい。リターデーションが50nm/10mm以下とすることで、残留応力を十分に低減したブランク材を情報記録媒体用ガラス基板を製造する工程に供給することができ、効率よく情報記録媒体用ガラス基板を製造することができる。
【0033】
さらにスペーサSは、積層体Bを構成する成形体1に熱を十分に伝えることができるように成形体1よりも大きい熱伝導率を有することが好ましい。成形体1を成すガラスの室温における熱伝導率は、例えば、アルミノシリケートガラスは1.2W/(m・K)、MEL3は1.11W/(m・K)である。上記で挙げたスペーサの材料の熱膨張係数は、窒化珪素(90W/(m・K))、炭化珪素(100〜300W/(m・K))、アルミナ(Al23:15〜40W/(m・K))、ステアタイト(MgO・SiO2:2W/(m・K))である。尚、上記に挙げた熱伝導率は、代表値である。
【0034】
スペーサSの平坦面S1は、互いに平行で、平坦面S1の平面度は10μm以下、面粗さRmax(最大高さ)が0.01μmから5μmの範囲とするのが好ましい。スペーサの平坦面S1が互いに平行であることで、成形体1とで積み重ねて形成する積層体Bを安定させることができる。また、平面度を10μm以下とすることで、ブランク材1の反りを情報記録媒体用ガラス基板の製造工程で十分に除去できる範囲内に収めることができる。更に、面粗さRmaxを0.01μmから5μmの範囲とすることで熱処理された成形体1がスペーサSに固着することがなく容易に取り出すことができ、また後の研削工程での研削加工を効率よく行うことができる。
【0035】
スペーサSと成形体1で構成する積層体Bの高さは、積層体Bの下段における成形体1への荷重が過多とならず、積層体Bが崩れることなく安定性を維持することができ、加熱炉等の加熱空間の高さによって適宜決めればよい。加熱炉の大きさにもよるが、生産効率や積層体Bの積層状態の安定性、積層体Bにおける熱の均一性の観点から積層段数は10〜30段(スペーサ1枚と成形体1枚の組み合わせを1段と数える)の範囲が好ましい。
【0036】
ブランク材の製造方法では、スペーサSと成形体1とからなる積層体Bを1セットとして熱処理する。複数の積層体Bを順次、所定の温度に設定された加熱炉内をベルトやローラで移動させて連続して熱処理を行うのが製造効率の観点から好ましい。また連続して熱処理するためにベルトやローラ等で積層体を移動させる際、積層体Bの安定性(特に移送中の振動等による崩れ)を向上させるための治具を用いても良い。但し、熱量の大きな過剰な治具を使用すると、治具に熱を奪われてしまい、成形体1に対して本来の熱処理を十分に行うことができなくなってしまう。
【0037】
熱処理工程で積層体Bを加熱する温度範囲は、結晶化若しくは軟化しない温度範囲とする。更に、積層体Bを構成する成形体1を成すガラス材料のガラス転移点Tgと降伏点Atとの間が好ましく、ガラス転移点Tg+10℃以上+30℃以下がより好ましい。この温度範囲で一定時間保持することで成形体1の反りを修正するために適度に柔らかい状態で且つ成形体の形状の崩れが問題とならない範囲内に抑えることができ、残留応力を効率よく低減することができる。温度の保持状態は、先の温度範囲内で一定としても良いし、時間の経過と伴に上昇又は下降する傾斜があっても良い。また、熱処理時に上記の温度範囲を保持する時間は、残留応力の低減状態や成形体1の反りの修正状態によって適宜決めれば良いが、概ね2時間から3時間程度とすればよい。また、加熱・冷却時の温度勾配は1℃/分以上20℃/分以下の範囲とするのが好ましい。この範囲とすることで、熱衝撃による成形体1やスペーサSに破損が生じることなく、また加熱・冷却を効率良く行うことができ、ブランク材の残留応力の低減を効率良く行うことができる。
【0038】
(情報記録媒体用ガラス基板の製造工程)
情報記録媒体用ガラス基板の製造方法について図6のフロー図を用いて説明する。上記で説明した熱処理を経たブランク材において、必要によりコアドリル等で中心部に穴を開ける(コアリング工程)。コアリング工程では、ブランク材を積層した状態で行うのが製造効率の観点から好ましい。上記の熱処理によりブランク材の反りを修正しているため、安定した状態でブランク材を積層し固定することができ、コアドリルによる穴開け加工を効率良く行うことができる。以降、加工が進むブランク材をガラス基板と呼ぶ。
【0039】
次に、ガラス基板の両表面が研磨加工され、ガラス基板の全体形状、すなわちガラス基板の平行度、平面度および厚みを予備調整する(第1ラッピング工程)。次に、ガラス基板の外周端面および内周端面を研削し面取りして、ガラス基板の外径寸法および真円度、穴の内径寸法、並びにガラス基板と穴との同心度を微調整した後(内・外径加工工程)、ガラス基板の内周端面を研磨して微細なキズ等を除去する(内周端面加工工程)。
【0040】
次に、ガラス基板の両表面を再び研磨加工されて、ガラス基板の平行度、平坦度および厚みを微調整する(第2ラッピング工程)。そして、ガラス基板の外周端面が研磨されて微細なキズ等が除去される(外周端面加工工程)。
【0041】
次に、ガラス基板を洗浄した後、化学強化液にガラス基板を浸漬してガラス基板に化学強化層を形成する(化学強化工程)。化学強化工程における化学強化方法は、従来より公知の化学強化法であれば特に制限されないが、例えば、ガラス転移点Tgの観点からガラス転移点Tgを超えない温度領域でイオン交換を行う低温型化学強化が好ましい。化学強化に用いるアルカリ溶融塩としては、硝酸カリウム、硝酸ナトリウム、あるいは、それらを混合した硝酸塩などが挙げられる。この後、ガラス基板の表面を精密に仕上げる研磨加工を行う(ポリッシング工程)。そして洗浄工程及び検査工程を経て、製品としての図2に示す情報記録媒体用ガラス基板20を得る。
【0042】
上記の情報記録媒体用ガラス基板の製造工程において、2.5インチ径の情報記録媒体用ガラス基板を得るために、ブランク材の厚みを1mmとすると、第2ラッピング工程終了時で約0.7mm程度、ポリッシング工程終了時で所定の0.635mmとなる。熱処理して残留応力を低減しているブランク材をこの製造工程に投入することで、ラッピング工程やポリッシング工程においてガラス基板に反り等の変形が生じることなく、また、化学強化工程における加熱においても破損することがない。よって、効率よく良好な情報記録媒体用ガラス基板を製造することができる。
【実施例】
【0043】
(実施例1)
溶融したMEL3をプレス成形にて円形状の成形体を準備した。成形体は、直径が約67mm、厚み約0.9mmとした。
【0044】
MEL3の熱膨張係数は7.5×10-6/K、熱伝導率は1.1W/(m・K)であった。
【0045】
上記の成形体を熱処理するために挟むスペーサを用意した。スペーサの材料は、アルミナAP960(熱膨張係数:7.3×10-6/K、熱伝導係数:25W/(m・K))を使用した。スペーサの大きさは、直径70mm、厚み1mmとした。スペーサの平坦度は10μm以下で、面粗さRmax(最大高さ)は、0.5μmから1.2μmの範囲であった。尚、平坦度、面粗さの測定は、サーフコーダSEF3500((株)小坂研究所製)を使用した。
【0046】
上記で準備した成形体とスペーサとを図5で示すように最下部にスペーサS、次に成形体1とし、これを順次20回繰り返してスペーサ1枚と成形体1枚の組み合わせを1段として20段とする積層体Bを6セット用意した。尚、最上部にはスペーサSを置いた。また、成形体1に加わる荷重が0.005g/mm2から0.5g/mm2の範囲となるように調整した。
【0047】
この後、昇温速度を5℃/分でMEL3のガラス転移点Tgである500℃まで昇温し、その後500℃を3時間保持した後、5℃/分で冷却した。
【0048】
室温まで冷却した後、積層体Bからブランク材1を取りだした。この時、スペーサSとブランク材1とが固着していることはなく、容易にブランク材1を取り出すことができた。
【0049】
偏光顕微鏡を用いてブランク材のリターデーションを測定した結果、全てのブランク材が23nm/10mmから32nm/10mmの範囲であった。また、成形体の平坦度(反り)が20μmを超えていたが、熱処理後のブランク材では10μm以下であった。従って残留応力が十分に低減され、反りが修正されたブランク材を得ることができることが確認できた。
【0050】
(実施例2)
スペーサの材料に、アルミナAP90T(熱膨張係数:6.2×10-6/K、熱伝導率:15W/(m・K))を使用した以外は実施例1と同じとしてMEL3からなる成形体を熱処理した。
【0051】
偏光顕微鏡を用いてブランク材のリターデーションを測定した結果、全てのブランク材が31nm/10mmから44nm/10mmの範囲であった。また、成形体の平坦度(反り)が20μmを超えていたが、熱処理後のブランク材では10μm以下であった。従って残留応力が十分に低減され、反りが修正されたブランク材を得ることができることが確認できた。
【0052】
(比較例1)
スペーサの材料に、窒化アルミ(熱膨張係数:4.5×10-6/K、熱伝導率:170W/(m・K))を使用した以外は実施例1と同じとしてMEL3からなる成形体を熱処理した。
【0053】
室温まで冷却した後、偏光顕微鏡を用いてリターデーションを測定した結果、全てのブランク材が59nm/10mmから72nm/10mmの範囲であり、50nm/10mm以下とならなかった。熱処理前の平坦度(反り)は20μmを超えていたが、熱処理後は10μm以下であった。従って反りが修正されているが残留応力を十分に低減することができなかった。
【0054】
(比較例2)
スペーサの材料に、フォルステライト(熱膨張係数:9.5×10-6/K、熱伝導率:3W/(m・K))を使用した以外は実施例1と同じとしてMEL3からなる成形体を熱処理した。
【0055】
室温まで冷却した後、偏光顕微鏡を用いてリターデーションを測定した結果、全てのブランク材が56nm/10mmから67nm/10mmの範囲であり、50nm/10mm以下とならなかった。熱処理前の平坦度(反り)は20μmを超えていたが、熱処理後は10μm以下であった。従って反りが修正されているが残留応力を少なくすることができなかった。
【0056】
(実施例3)
ガラス材料にME−X02(コニカミノルタオプト(株)製 熱膨張係数:6.1×10-6/K、熱伝導率:1.14W/(m・K))、スペーサの材料に、アルミナAP960(熱膨張係数:7.3×10-6/K、熱伝導係数:25W/(m・K))を使用した以外は実施例1と同じとしてME−X02からなる成形体を熱処理した。
【0057】
室温まで冷却した後、偏光顕微鏡を用いてリターデーションを測定した結果、全てのブランク材が37nm/10mmから43nm/10mmの範囲であり、50nm/10mm以下となった。熱処理前の平坦度(反り)は20μmを超えていたが、熱処理後は10μm以下であった。従って残留応力が十分に低減され、反りが修正されたブランク材を得ることができることが確認できた。
【0058】
(比較例3)
ガラス材料にME−X02(コニカミノルタオプト(株)製 熱膨張係数:6.1×10-6/K、熱伝導率:1.14W/(m・K))、スペーサの材料に、窒化アルミ(熱膨張係数:4.5×10-6/K、熱伝導率:170W/(m・K))を使用した以外は実施例1と同じとしてME−X02からなる成形体を熱処理した。
【0059】
室温まで冷却した後、偏光顕微鏡を用いてリターデーションを測定した結果、全てのブランク材が55nm/10mmから59nm/10mmの範囲であり、50nm/10mm以下とならなかった。熱処理前の平坦度(反り)は20μmを超えていたが、熱処理後は10μm以下であった。従って反りが修正されているが残留応力を少なくすることができなかった。
【0060】
実施例1から3、比較例1から3の成形体材料、スペーサ材料、条件式(1)の値、リターデーションをまとめて表1に示す。
【0061】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】成形体を示す図である。
【図2】情報記録媒体用ガラスを示す図である。
【図3】情報記録媒体用ガラス基板の主表面の上に磁性層を備えている磁気記録媒体の一例を示す図である。
【図4】ブランク材の製造工程の例をフロー図で示す図である。
【図5】積層体を説明する図である。
【図6】ブランク材を用いた記録媒体用ガラス基板の製造工程の例をフロー図で示す図である。
【符号の説明】
【0063】
1 成形体
3、22 主表面
20 情報記録媒体用ガラス基板
30 記録層
B 積層体
D 磁気記録媒体
S スペーサ
S1 平坦面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プレス成形された非晶質ガラスの成形体を平坦な板の間に1枚づつ挟んだ積層体を結晶化若しくは軟化しない温度範囲で熱処理する熱処理工程を有する情報記録媒体用ガラス基板となるブランク材の残留応力を低減する方法において、
前記板をなす材料の熱膨張係数Asと前記成形体をなす材料の熱膨張係数Abとは、以下の条件式を満足することを特徴とするブランク材の残留応力を低減する方法。
0.80 ≦ As/Ab ≦ 1.20
【請求項2】
請求項1に記載のブランク材の残留応力を低減する方法により残留応力が低減されたブランク材であって、前記ブランク材における厚み方向のリターデーションが、50nm/10mm以下であることを特徴とするブランク材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−226377(P2008−226377A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−64728(P2007−64728)
【出願日】平成19年3月14日(2007.3.14)
【出願人】(303000408)コニカミノルタオプト株式会社 (3,255)
【Fターム(参考)】