説明

プロテインキナーゼ活性の網羅的プロファイリング用アレイ

【課題】種々のプロテインキナーゼ活性に関する放射性物質を用いた網羅的なプロファイリングを効果的に実現するための検出感度の高いアレイを提供する。
【解決手段】放射性物質を用いた反応によりペプチド又は蛋白質のリン酸化を判定するためのアレイであって、該ペプチド又は該蛋白質が、ヘテロ二官能基型リンカーを用いて基板上に固定化されていることを特徴とするリン酸化判定用アレイ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガラス基板上にプロテインキナーゼの基質となるペプチドもしくは蛋白質を固定化させてなり、放射性物質(以下、RIと示すこともある。)を用いた反応によりリン酸化されたペプチドもしくは蛋白質を検出するためのアレイに関する。より詳細には、ガラス基板とプロテインキナーゼの基質をヘテロ二官能基型のリンカーを介して固定化させることで簡便なアレイの作製を実現し、しかもプロテインキナーゼによりリン酸化されたペプチドもしくは蛋白質をRIを用いることで効果的に検出できる新規アレイに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、生体分子の相互作用解析、発現分子のプロファイリング、もしくは診断に用いるバイオチップが注目を集めている。基板上に生体分子が固定化されることで操作が容易になり、場合によっては非常に多くの物質の相互作用を解析することができる。例えば、シグナル伝達経路に関わる様々な種類のプロテインキナーゼの基質を基板上に固定化し、プロテインキナーゼの活性を蛍光物質もしくは放射性物質で検出する技術がある。この技術によりプロテインキナーゼとその候補となる基質を1対1(一種類ずつ混ぜて)反応させていた従来の方法では難しい網羅的な解析を可能とし、より効率的にプロテインキナーゼの活性をプロファイリングすることができる。しかし、その一方で基板上への生体分子の固定化は、様々な作製段階で操作的な困難さがあり、また検出感度にもまだまだ改良する余地が残っているのが現状である。
【0003】
すでに報告されている固定化技術として、例えばaminopropyltriethoxysilaneによりチオエステル化されたガラススライド表面をアミノ基でコートさせ、その後ペプチドをチオエステルスライド上に固定化させる技術が知られている(非特許文献1、非特許文献2)。この技術を利用して、PKAあるいはp60チロシンキナーゼの基質をチップ上に固定化し、蛍光標識した抗リン酸化セリン・スレオニン抗体あるいは抗リン酸化チロシン抗体によりキナーゼ活性を評価したことが報告されている(非特許文献1)が、標的配列の異なる同型キナーゼ(セリン・スレオニンキナーゼあるいはチロシンキナーゼという意味です)の活性を検出する点では、抗体の特性上、非特異的な結合が問題となり現状では十分なアッセイ系とはいえない。
【0004】
また、アビジンでコートした基板上にビオチン結合したペプチドあるいは蛋白質を固定化し(非特許文献1、非特許文献3)、PKA活性を検討した例(例えば、非特許文献3参照)もある。これら報告されたアレイでは、ペプチドあるいは蛋白質に直接ビオチンを結合させており、基板と基質の間の距離が十分取れておらず、したがって安定なキナーゼ反応を行う点で不十分である
【0005】
さらに、上述したいずれの技術においてもチップ上に生体分子を固定化させる一連の作製段階において複雑な操作が要求される、あるいは、作製されたアレイの反応性が高いため、デシケーター内で保存したり、長期的な保存に向かない(チオエステルスライド:デシケータ内で保存→チオエステルの反応性が高いようだ。アビヂンスライド:40℃保存→あまり長期保存は良くないようだ)といった問題点があり、簡便な固定化方法とはいえない。また、上記いずれの方法においても、検出の際のバックグラウンドがスポットを観察する上で悪影響し、その低減が大きな課題となっている。
【0006】
【非特許文献1】Methods in Molecular Biology,264,191,2004,
【非特許文献2】Bioconjugate Chem.12,346,2001
【非特許文献3】Combinatorial Chemistry & High Throughput Screening 7,213,2004
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来の固定化技術は複雑な操作で熟練を要するという問題がある。従って、本発明の目的は簡易にアレイを調整できる固定化方法を提供することにある。さらに、RIを用いることで良好な感度で検出できるアッセイ系を提供し、種々のプロテインキナーゼにおける活性を網羅的にプロファイリングできる方法を確立しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記事情に鑑み鋭意検討を重ねた結果、プロテインキナーゼの基質となるペプチドもしくは蛋白質をヘテロ二官能基型のリンカーを介して基板上に固定化させることが種々のプロテインキナーゼ活性を網羅的に解析する上で極めて有用であることを見出し、本発明に到達した。すなわち、本発明は、ペプチド又は蛋白質を基板上に固定化させる技術に関する。
1.放射性物質を用いた反応によりペプチド又は蛋白質のリン酸化を判定するためのアレイであって、該ペプチド又は該蛋白質が、ヘテロ二官能基型リンカーを用いて基板上に固定化されていることを特徴とするリン酸化判定用アレイ。
2.基板表面上の官能基(A)とヘテロ二官能基型リンカーの一方の官能基(B)とが反応し、該ヘテロ二官能基型リンカーの他方の官能基(C)と該ペプチド又は該蛋白質の官能基(D)とが反応するよう設計されていることを特徴とする1のリン酸化判定用アレイ。
3.官能基(A)が、アミノ基、カルボキシル基及びチオール基からなる群より選ばれた1種以上であることを特徴とする2のリン酸化判定用アレイ。
4.官能基(A)がアミノ基、官能基(B)が硫酸スクシンイミド基又はスクシンイミド基、官能基(C)がマレイミド基であることを特徴とする2または3のリン酸化判定用アレイ。
5.ペプチド又は蛋白質の官能基(D)が、アミノ基、カルボキシル基及びチオール基からなる群より選ばれた1種以上であることを特徴とする2〜4のいずれかのリン酸化判定用アレイ。
6.ペプチド又は蛋白質の少なくとも一方の末端にチオール基が存在していること特徴とする5のリン酸化判定用アレイ。
7.ペプチド又は蛋白質の少なくとも一方の末端がシステイン残基であることを特徴とする6のリン酸化判定用アレイ。
8.ヘテロ二官能型リンカーの分子量が500から2000であることを特徴とする1または2のリン酸化判定用アレイ。
9.ヘテロ二官能型リンカーの分子量が800から1600であることを特徴とする1、2または8のリン酸化判定用アレイ。
10.ヘテロ二官能型リンカーがポリエチレングリコール(PEG)を含む化合物であることを特徴とする1、2、8または9のリン酸化判定用アレイ。
11.エチレングリコール鎖の繰り返しが4から30であることを特徴とする10のリン酸化判定用アレイ。
12.基板がガラス基板であることを特徴とする1のリン酸化判定用アレイ。
13.放射性物質が[γ32P]−ATPもしくは[γ33P]−ATPであることを特徴とする特徴とする1のリン酸化判定用アレイ。
14.1〜12のいずれかのリン酸化判定用アレイと、放射性物質と、プロテインキナーゼを含むもしくは含まれると考えられる溶液とを作用させ、該リン酸化判定用アレイ上に固定化されているペプチド又は蛋白質への該放射物質の取り込みを調べることを特徴とするリン酸化判定方法。
15.放射性物質が[γ32P]−ATPもしくは[γ33P]−ATPであることを特徴とする特徴とする14のリン酸化判定方法。
16.ペプチド又は蛋白質を基板上に固定化する方法であって、該基板表面上の官能基(A)とヘテロ二官能基型リンカーの一方の官能基(B)とを反応させ、ヘテロ二官能基型リンカーの他方の官能基(C)と該ペプチドまたは該蛋白質の官能基(D)とを反応させることを特徴とする固定化方法。
17.官能基(A)が、アミノ基、カルボキシル基及びチオール基からなる群より選ばれた1種以上であることを特徴とする16の固定化方法。
18.官能基(A)がアミノ基、官能基(B)が硫酸スクシンイミド基又はスクシンイミド基、官能基(C)がマレイミド基であることを特徴とする16または17の固定化方法。
19.ペプチド又は蛋白質の官能基(D)が、アミノ基、カルボキシル基及びチオール基からなる群より選ばれた1種以上であることを特徴とする16の固定化方法。
20.ペプチド又は蛋白質の少なくとも一方の末端にチオール基が存在していること特徴とする19の固定化方法。
21.ペプチド又は蛋白質の少なくとも一方の末端がシステイン残基であることを特徴とする19の固定化方法。
22.ヘテロ二官能型リンカーの分子量が500から2000であることを特徴とする16の固定化方法。
23.ヘテロ二官能型リンカーの分子量が800から1600であることを特徴とする16又は22の固定化方法。
24.ヘテロ二官能型リンカーがポリエチレングリコール(PEG)を含む化合物であることを特徴とする16、22又は23の固定化方法。
25.エチレングリコール鎖の繰り返しが4から30であることを特徴とする24の固定化方法。
26.基板がガラス基板であることを特徴とする16の固定化方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、プロテインキナーゼ活性を解析するためのアレイを簡便に作製することが可能となる。特にPEGを含む化合物をリンカーとして用いる場合には、放射性物質を用いたリン酸化反応の検出系においてバックグラウンドを低減させる効果をもち、非常に効率的な種々のプロテインキナーゼ活性を網羅的にプロファイリングすることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明において用いるプロファイリング用アレイは、ヘテロ二官能基型リンカーを用いて基板上に固定化されていることを特徴とする。基板は、ガラス基板を用いてもよい。ガラスの種類や基板の厚さは特に限定されるものではないが、厚さとしては0.1〜20mm程度が好ましく、例えば1〜2mm程度の基板が用いられる。大きさや形状に関しても特に限定されるものではないが、通常市販されているスライドグラスのようなものを用いてもよい。
【0011】
本発明において、ペプチドもしくは蛋白質はプロテインキナーゼの活性をプロファイリングすることが可能な基質を指し、1種類のペプチドもしくは蛋白質は1種類のプロテインキナーゼによってのみリン酸化され、他のプロテインキナーゼによってはリン酸化されないのが好ましい。ここで、ペプチドもしくは蛋白質とは、複数のアミノ酸が縮合結合されて連結された通常のポリペプチド全般を指すものである。必要に応じて、これらペプチドもしくは蛋白質はタグの付加などの化学修飾がされていてもよい。プロファイリングの対象となるプロテインキナーゼとしては、蛋白質のチロシン、セリン、スレオニンなどのアミノ酸の側鎖をリン酸化する酵素が挙げられ、例えばcAMP依存性プロテインキナーゼファミリー(PKA)、プロテインキナーゼC(PKC)ファミリー、MAPキナーゼ(MAPK)、Srcチロシンキナーゼファミリー、及び受容体型チロシンキナーゼファミリーなどが例示できるが、基本的にはあらゆる種類のプロテインキナーゼに関して適用することが可能である。これら該プロテインキナーゼの基質となるペプチドもしくは蛋白質は公知のものであってもよいが、例えばペプチド配列は公知の配列に基づき適宜選択することも可能である。ペプチドの長さは一般的に100アミノ酸残基以下のものが用いられるが、好ましくは5〜60アミノ酸残基、より好ましくは8〜25アミノ酸残基、更に好ましくは10〜20アミノ酸残基からなるものが用いられる。また、蛋白質を用いる場合の分子量は特に限定されるものではない。上記ペプチドもしくは蛋白質の生成手法は特に限定されるものではなく、化学的もしくは遺伝子工学的な公知の手法により生成することが可能である。
【0012】
本発明において、上記ペプチドもしくは蛋白質を基板上に固定化させる際には、その間にヘテロ二官能基型リンカーを導入することを特徴とする。ヘテロ二官能基型リンカーの化学組成は特に限定されるものではないが、例えば分子量が500〜2000程度であることが好ましく、より好ましくは800〜1600程度、更に好ましくは800〜1200程度からなるものが用いられる。ヘテロ二官能基型リンカーは化学的に安定であり、また水溶性分子であることが好ましく、具体的には水溶性高分子であるポリエチレングリコール(PEG)を含む化合物が特に好ましい。この場合、エチレングリコール鎖の繰り返しは4〜30であることが好ましいが、より好ましくは8〜24程度、更に好ましくは10〜20程度であるものが用いられる。
【0013】
上述したヘテロ二官能基型リンカーを介して、ペプチドもしくは蛋白質をガラス基板表面上に固定化させる方法は特に限定されるものではないが、ガラス基板表面及び該ペプチドもしくは該蛋白質と架橋しやすいようなヘテロ二官能基型リンカーの両官能基を選択し、ガラス基板上にあらかじめヘテロ二官能基型リンカーを導入しておいてから、基質となるペプチドもしくは蛋白質を固定化処理するのが好ましい。
【0014】
ペプチド又は該蛋白質は、本発明に使用される官能基を介して基板上に固定される。基板表面上の官能基を(A)、ヘテロ二官能基型リンカーの一方の官能基を(B)、ヘテロ二官能基型リンカーの他方の官能基を(C)、ペプチド又は該蛋白質の官能基を(D)とすると、基板表面上の官能基(A)とヘテロ二官能基型リンカーの一方の官能基(B)とが反応し、該ヘテロ二官能基型リンカーの他方の官能基(C)と該ペプチド又は該蛋白質の官能基(D)とが反応するよう設計されていることが好ましい。また、官能基(A)と官能基(C)が反応しないように設計されていることがよいがこれに限定されるものではない。
【0015】
より、具体的には、官能基(A)は、アミノ基、カルボキシル基及びチオール基からなる群より選ばれた1種以上であればよい。官能基は混在していてよく、例えば、アミノ基に統一されていても良い。より好ましくは、アミノ基が好ましい。
【0016】
ガラス基板表面に官能基(A)としてアミノ基を導入しておけば、ヘテロ二官能基型リンカーの一方の官能基を(B)を硫酸スクシンイミド基もしくはスクシンイミド基を選択することで簡便にガラス基板上にヘテロ二官能基型リンカーを導入することが可能となり好ましい。特に、ヘテロ二官能基型リンカーは、官能基(A)がアミノ基の場合、PEGの片末端に官能基(B)として硫酸スクシンイミド基又はスクシンイミド基、官能基(C)としてマレイミド基が付加されたものが扱いやすく好適である。具体的な構造式で示すと、例えば式(1)に示したようなものが例示される。
【0017】
【化1】

【0018】
ペプチド又は蛋白質の官能基(D)は、アミノ基、カルボキシル基及びチオール基からなる群より選ばれた1種以上であればよい。これらの官能基は、混在していてもよく、一種類に統一されていても良い。これらの基は、ペプチド合成時に人為的に導入しても構わない。好ましくは、チオール基がよく、更に好ましくは、ペプチド又は蛋白質の少なくとも一方の末端にチオール基が存在していることがよい。また、ヘテロ二官能基型リンカーのもう一方の官能基と基質となるペプチドもしくは蛋白質とを作用させるために、該ペプチドもしくは該蛋白質のアミノ酸残基を利用する方法が挙げられる。とくに好ましくは、システイン残基が導入されているのがよい。この場合、システイン残基はペプチドもしくは蛋白質の一方の末端に付加されてなるものが好ましく、より好ましくはプロテインキナーゼによるリン酸化反応に悪影響を及ぼさないように1〜20残基のスペーサーとなるアミノ酸配列を導入してなるものが用いられ、さらに好ましくは3〜10残基のアミノ酸配列を導入してなるものが用いられる。スペーサーとなるアミノ酸配列も特に限定されないが、例えばグリシン残基の繰り返し配列、グリシン−アラニン残基の繰り返し配列などが挙げられる。また、末端のシステイン残基と基質配列との間にPEGなどの親水性分子を挿入した態様のものも考えられる。このようにして、多種類の基質となるペプチドもしくは蛋白質を1枚の基板上に固定化されてなるアレイを得ることができる。
【0019】
本発明における測定方法に関する好ましい実施形態として、本発明のアレイ上にプロテインキナーゼ及びRI標識されたヌクレオシド三リン酸、例えば[γ32P]−ATPもしくは[γ33P]−ATPを適用してOn−chipでリン酸化反応させることができる。特に[γ33P]−ATPが感度、特異性の点で好ましい。プロファイリングの対象となるプロテインキナーゼは市販されているような試薬であってもよいが、細胞由来の抽出液中にすでに含まれる、もしくは含まれると推定されるものを用いることも可能である。例えば、バッファーもしくは細胞抽出液または両者混合液中にプロテインキナーゼ試薬もしくは細胞抽出液中にすでに含まれるプロテインキナーゼとRI標識したヌクレオシド三リン酸を加えたものを直接アレイに作用させることにより固定化基質のリン酸化を行うことができる。リン酸化の条件はプロテインキナーゼの種類により変動するが、通常は10〜40℃程度、好ましくは20〜40℃程度の温度で5分〜8時間程度、好ましくは10分〜5時間程度反応させることで、ペプチドもしくは蛋白質をリン酸化することができる。必要に応じて反応液中には、cAMP、cGMP、Mg2+、Ca2+などのリン酸化を補助、促進する物質を共存させてもよい。アレイ上のリン酸化反応が終わった後の検出方法は特に限定されないが、アレイを水や緩衝液等で十分に洗浄を行い、乾燥させた後、オートラジオグラフィを行うことによりRIの取り込みをモニターさせることによりリン酸化を検出させて行うのが感度の面からも特に好ましい。
【0020】
このようにガラス基板表面及び該ペプチドもしくは該蛋白質と、あらかじめ活性化させなくとも作用するようなヘテロ二官能基型リンカーの両官能基を選択することで、複雑な操作を要せず、作製段階もいくつか省略することが可能となる。また、ヘテロ二官能基型リンカーにポリエチレングリコール(PEG)を導入することで、バックグラウンドを低減できる最適な繰り返し数を決定でき、感度の向上につながる。
【実施例】
【0021】
以下、実施例を挙げることにより本発明をより具体的に説明するが、本発明は実施例に特に限定されるものではない。
【0022】
実施例1 PKCδによるOn−chipリン酸化
(ペプチドアレイの作製)
アミノ基を高密度に導入されたガラス基板(松浪硝子工業株式会社製SDM0011;サイズ:25.4mm×76.2mm×1mm、コートタイプ:高密度化アミノ基導入コート)を3枚用意し、10mg/ml濃度のNHS−PEG−MAL(分子量3400;Nekter製)、5mg/ml濃度のMAL−dPEG12NHS ester(分子量865;Quanta製)溶液、0.4mg/ml濃度のSSMCC(分子量436;Pierce製)溶液(いずれも150mMのNaClを含む10mM リン酸バッファー;pH7.4に溶解して調製した。)を各々のガラス基板上のペプチドを固定化する領域を覆うように、各300μlをドロップして溶液を広げ、室温で1時間(SSMCCの場合のみ15分間)静置反応させた。こうして、基板上にマレイミド基表面を形成させることができた。その後ガラス基板をエタノール、水の順で洗浄し乾燥させた。
【0023】
乾燥後、ガラス基板上に基質となる合成ペプチド(以下、基質ペプチドとも示す。)96種をスポッター(東洋紡績製MultiSPRinter自動スポッター)を用いて10nlずつスポットし、湿度を保った状態で、室温で16時間静置して基質ペプチドを固定化させた。用いた96種の基質ペプチドは、配列表に示したアミノ酸配列のものを用いた。これらは、2種類のcSrcキナーゼの基質ペプチド(配列番号69及び70)を除き、プロテインキナーゼによりセリンもしくはスレオニン残基がリン酸化されることが報告されているアミノ酸配列である。いずれのペプチドも末端にシステイン残基が付加されてなり、このシステイン残基の有するチオール基が、基板表面のマレイミド基とカップリング反応することにより基板上に基質ペプチドが固定化されるものである。基質ペプチドの固定化パターンは図1に示す通りである。基質ペプチド溶液は、150mM NaCl及び1mM トリス(2−カルボキシエチル)ホスフィン塩酸塩(東京化成製)を含む10mM リン酸バッファー(pH7.4)中に1mg/ml濃度になるように溶解したものを用いた。以上の手法により、分子量の異なる3種類のリンカーを介したペプチドアレイを調製することができた。
【0024】
【化2】

【0025】
(オートラジオグラフィによるリン酸化の検出)
上記の通り調製したアレイ上に、終濃度10mg/mlのPEG−SH(日本油脂株式会社製SUNBRIGHT ME−050SH;分子量5000)溶液(10mM リン酸バッファー;pH7.4;150mM NaClを含む。)200μlをペプチド固定化領域を覆うようにロップして広げ、室温で30分間静置反応させた。こうして、基板上に残存する未反応のマレイミド基がPEG−SHのチオール基によりブロッキングされ、非特異的な吸着を抑制することができるものである。アレイを洗浄し乾燥させた後、RIを用いたPKCδによるOn−chipリン酸化反応を行った。
【0026】
PKCδは、Sigma製Protein Kinase C δ Isozymeを0.5μg/ml濃度で用いた。反応液組成としては、[γ33P]−ATP(50uCi/ml;アマシャムバイオサイエンス製)を含み、50mM MgCl、8μg/ml ホスファチジルセリン、0.8μg/ml ジアシルグリセロールを含む50mM MOPSバッファー(pH7.4)を用いた。PKCδ溶液300μlをアレイの基質固定化領域上にドロップして十分に液を広げて、30℃で1時間反応させた。反応後、PBS、2M NaCl(1% Triton×100を含む)、水の順で洗浄を行い、乾燥させた後、オートラジオグラフィによる各固定化基質におけるRIの取り込みの読み取りを、BAS−1800II(富士写真フイルム製)を用いて行った。露光は装置専用のシート(富士写真フイルム製SGイメージングプレート)を用いて、30分間行った。その結果を図2に示した。
【0027】
図2に示したように、分子量865のMAL−dPEG12NHS esterをリンカーにしたアレイが最も鮮明で、強いRIの取り込みによるリン酸化パターンを示しており最適であることが確認される。他の分子量がより大きいリンカーもしくはより小さいリンカーを用いた場合は、バックグラウンドが高くなって不鮮明であったり、あるいはRIの取り込みが弱くなってリン酸化効率も低下したりする傾向が確認されている。キナーゼの作用効率の向上と[γ33P] −ATPの非特異的吸着抑制の両面の効果がバランスよく機能するためのリンカーの長さ、ずなわち、リンカーの分子量の大きさが存在することが示される。なお、このリンカーの構造式は、式(1)に示す通りである。EGの繰り返しが12回であるヘテロ二官能型リンカーである。
【0028】
【化3】

【0029】
実施例2 PKCβIによるOn−chipリン酸化
実施例1と同様にして、3種類のリンカーを用いたペプチドアレイを調製した。アレイのブロッキングも実施例1と同様に行った後、PKCβIによるOn−chipリン酸化を行い、オートラジオグラフィ解析を同様に検討した。PKCβIはSigma製Protein Kinase C βI Isozymeを0.5μg/ml濃度で用いた。実施例1と同様に [γ33P] −ATPを共存させて、50mM MgCl、0.1mM CaCl、8μg/ml ホスファチジルセリン、0.8μg/ml ジアシルグリセロールを含む50mM MOPSバッファー(pH7.4)を反応バッファーとして、各々のアレイ上において1時間のリン酸化を行った。反応後、実施例1と同様にアレイを洗浄、乾燥して、オートラジオグラフィを行った。その結果を図3に示した。この場合も、実施例1と同様に、分子量865のMAL−dPEG12NHS esterをリンカーにしたアレイが最も鮮明で、強いRIの取り込みによるリン酸化パターンを示している。他のリンカーを用いたアレイと対比しても、その傾向は顕著である。したがって、プロテインキナーゼの種類に関わらず、同じ傾向の再現性のあることも確認された。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明を利用することにより、多種類のプロテインキナーゼシグナルを網羅的に解析することができ、機能未知な遺伝子の導入、あるいは薬物投与に伴う細胞内のプロテインキナーゼ動態を効果的にプロファイリングすることができる。これにより新規な遺伝子からの機能解析、新薬探索へのアプローチといったゲノム創薬への展開が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】実施例1及び2において、アレイ上に固定化した基質ペプチドのスポットパターンを示す図である(数字は、配列番号を示している。)。
【図2】実施例1において、PKCδによりOn−chipリン酸化反応をさせた後のRI解析結果を示す図である。
【図3】実施例2において、PKCβIによりOn−chipリン酸化反応をさせた後のRI解析結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
放射性物質を用いた反応によりペプチド又は蛋白質のリン酸化を判定するためのアレイであって、該ペプチド又は該蛋白質が、ヘテロ二官能基型リンカーを用いて基板上に固定化されていることを特徴とするリン酸化判定用アレイ。
【請求項2】
基板表面上の官能基(A)とヘテロ二官能基型リンカーの一方の官能基(B)とが反応し、該ヘテロ二官能基型リンカーの他方の官能基(C)と該ペプチド又は該蛋白質の官能基(D)とが反応するよう設計されていることを特徴とする請求項1に記載のリン酸化判定用アレイ。
【請求項3】
官能基(A)が、アミノ基、カルボキシル基及びチオール基からなる群より選ばれた1種以上であることを特徴とする請求項2に記載のリン酸化判定用アレイ。
【請求項4】
官能基(A)がアミノ基、官能基(B)が硫酸スクシンイミド基又はスクシンイミド基、官能基(C)がマレイミド基であることを特徴とする請求項2または3に記載のリン酸化判定用アレイ。
【請求項5】
ペプチド又は蛋白質の官能基(D)が、アミノ基、カルボキシル基及びチオール基からなる群より選ばれた1種以上であることを特徴とする請求項2〜4のいずれかに記載のリン酸化判定用アレイ。
【請求項6】
ペプチド又は蛋白質の少なくとも一方の末端にチオール基が存在していること特徴とする請求項5に記載のリン酸化判定用アレイ。
【請求項7】
ペプチド又は蛋白質の少なくとも一方の末端がシステイン残基であることを特徴とする請求項6に記載のリン酸化判定用アレイ。
【請求項8】
ヘテロ二官能型リンカーの分子量が500から2000であることを特徴とする請求項1または2に記載のリン酸化判定用アレイ。
【請求項9】
ヘテロ二官能型リンカーの分子量が800から1600であることを特徴とする請求項1、2または8に記載のリン酸化判定用アレイ。
【請求項10】
ヘテロ二官能型リンカーがポリエチレングリコール(PEG)を含む化合物であることを特徴とする請求項1、2、8または9に記載のリン酸化判定用アレイ。
【請求項11】
エチレングリコール鎖の繰り返しが4から30であることを特徴とする請求項10に記載のリン酸化判定用アレイ。
【請求項12】
基板がガラス基板であることを特徴とする請求項1に記載のリン酸化判定用アレイ。
【請求項13】
放射性物質が[γ32P]−ATPもしくは[γ33P]−ATPであることを特徴とする特徴とする請求項1に記載のリン酸化判定用アレイ。
【請求項14】
請求項1〜12のいずれかに記載のリン酸化判定用アレイと、放射性物質と、プロテインキナーゼを含むもしくは含まれると考えられる溶液とを作用させ、該リン酸化判定用アレイ上に固定化されているペプチド又は蛋白質への該放射物質の取り込みを調べることを特徴とするリン酸化判定方法。
【請求項15】
放射性物質が[γ32P]−ATPもしくは[γ33P]−ATPであることを特徴とする特徴とする請求項14に記載のリン酸化判定方法。
【請求項16】
ペプチド又は蛋白質を基板上に固定化する方法であって、該基板表面上の官能基(A)とヘテロ二官能基型リンカーの一方の官能基(B)とを反応させ、ヘテロ二官能基型リンカーの他方の官能基(C)と該ペプチドまたは該蛋白質の官能基(D)とを反応させることを特徴とする固定化方法。
【請求項17】
官能基(A)が、アミノ基、カルボキシル基及びチオール基からなる群より選ばれた1種以上であることを特徴とする請求項16に記載の固定化方法。
【請求項18】
官能基(A)がアミノ基、官能基(B)が硫酸スクシンイミド基又はスクシンイミド基、官能基(C)がマレイミド基であることを特徴とする請求項16または17に記載の固定化方法。
【請求項19】
ペプチド又は蛋白質の官能基(D)が、アミノ基、カルボキシル基及びチオール基からなる群より選ばれた1種以上であることを特徴とする請求項16に記載の固定化方法。
【請求項20】
ペプチド又は蛋白質の少なくとも一方の末端にチオール基が存在していること特徴とする請求項19に記載の固定化方法。
【請求項21】
ペプチド又は蛋白質の少なくとも一方の末端がシステイン残基であることを特徴とする請求項19に記載の固定化方法。
【請求項22】
ヘテロ二官能型リンカーの分子量が500から2000であることを特徴とする請求項16に記載の固定化方法。
【請求項23】
ヘテロ二官能型リンカーの分子量が800から1600であることを特徴とする請求項16又は22に記載の固定化方法。
【請求項24】
ヘテロ二官能型リンカーがポリエチレングリコール(PEG)を含む化合物であることを特徴とする請求項16、22又は23に記載の固定化方法。
【請求項25】
エチレングリコール鎖の繰り返しが4から30であることを特徴とする請求項24に記載の固定化方法。
【請求項26】
基板がガラス基板であることを特徴とする請求項16に記載の固定化方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−314292(P2006−314292A)
【公開日】平成18年11月24日(2006.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−142697(P2005−142697)
【出願日】平成17年5月16日(2005.5.16)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成14年度新エネルギー・産業技術総合開発機構「ゲノム研究成果産業利用のための細胞内シグナル網羅的解析技術」委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】