説明

プロトン伝導体

【課題】100〜200℃等の高温で電解質膜として機能し、かつ使用している間にイオン液体がにじみ出たり、揮散してしまうなどの問題のないプロトン伝導体及びこのプロトン伝導体を電解質として用いた固体高分子型燃料電池を提供する。
【解決手段】ブレンステッド塩基及びブレンステッド酸から成りプロトンを有するヘテロ原子を少なくとも一つ有する塩(即ち、イオン液体)を固定するために、水酸基などの活性水素を有する置換基を有するポリマーが有効である。プロトン伝導体は、(1)このイオン液体と(2)水酸基などの活性水素を有する置換基を有するポリマーとの相溶体から成る。このようなポリマーとして、マレイミド化合物やビニル化合物から成る群から選択される少なくとも1種のモノマーを重合して形成されたポリマーやバクテリアセルロースなどのセルロースが挙げられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、プロトン伝導性電解質材料に関し、より詳細には、100℃以上の高温で電解質としての性能を発揮することのできるプロトン伝導性材料及びこのプロトン伝導性材料を電解質として用いた燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子型燃料電池(PEFC)は電気自動車用電源や小形コジェネレーションシステム用電源として研究開発が活発にすすめられている。このPEFCの電解質膜として、一般的にはパーフルオロスルホン酸系のイオン交換膜が使用されており、電解質に要求されるプロトン伝導性及び燃料ガスと酸化剤ガスを分離する機能は十分に水を含んだ状態で発現する。しかし、このパーフルオロスルホン酸系のイオン交換膜を含むこれまでに開発された高温用電解質膜の多くは含水状態でプロトン伝導性を発現するため、乾燥した高温では使用できない。
このような問題を解決するために、イミダゾール等の塩基化合物から成るプロトン伝導性イオン液体が開発されている(特許文献1、2、非特許文献1)。このタイプのイオン液体は、プロトン伝導のために水を必要とせず、そのため100℃以上の無加湿状態で使用できるため、高出力の燃料電池等の電解質膜として可能性の有る材料である。更にイオン液体を安定化するために、イオン液体中でビニルモノマーを重合させて固定化する方法が提案されている(非特許文献2)。
本発明者らは、イオン液体とこのイオン液体との相溶性が高いマレイミド構造を有するポリマーとの相溶体から成るプロトン伝導体を開発した(特許文献3)。
【0003】
【特許文献1】国際公開WO 03/083981
【特許文献2】特開2008-135365
【特許文献3】国際公開WO2006/022081
【非特許文献1】Chem. Comm. 2003, 938-939
【非特許文献2】Electrochimica Acta 45 (2000) 1265-1270
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
プロトン伝導体をPEFC等へ応用することを考えた場合、電解質が高温、例えば100〜200℃で機能することと、そのための電解質(イオン液体)を高分子に固定して安定化させることが求められている。
しかし、ポリマー中にイオン液体を固定する場合(非特許文献2)、イオン液体がポリマーに十分相溶していないと、電解質膜として使用している間にイオン液体がにじみ出たり、揮散してしまうなどの問題が生じることがある。
本発明者らが開発したイオン液体とマレイミド構造を有するポリマーとの相溶体から成るプロトン伝導体(特許文献3)は、優れたプロトン伝導性と安定性を示すが、本発明者らは、イオン液体とこれと相溶させるポリマーとの結合性を更に改良すれば、イオン液体のにじみ出しやプロトン伝導性がさらに改良されるのではないかと考えて、ポリマーの改良を進めた。
即ち、本発明は、プロトン伝導性イオン液体を相溶させるために適したポリマーを選択することにより、100〜200℃等の高温で電解質膜として機能し、かつ電解質膜として使用している間にイオン液体がにじみ出たり、揮散してしまうなどの問題のないプロトン伝導体及びこのプロトン伝導体を電解質として用いた固体高分子型燃料電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、ブレンステッド塩基及びブレンステッド酸から成りプロトンを有するヘテロ原子を少なくとも一つ有する塩(即ち、イオン液体)を固定するために、水酸基などの活性水素を有する置換基を有するポリマーが有効であることを見出し、本発明を完成するに至った。
即ち、本発明は、(1)このイオン液体と(2)水酸基などの活性水素を有する置換基を有するポリマーとの相溶体から成るプロトン伝導体、及びこのプロトン伝導体を電解質として用いた固体高分子型燃料電池である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
本発明のプロトン伝導体は、(1)ブレンステッド塩基及びブレンステッド酸から成りプロトンを有するヘテロ原子を少なくとも一つ有する塩(即ち、イオン液体)と(2)活性水素を有する置換基を有するポリマーとの相溶体から成る。
【0007】
本発明のプロトン伝導体を構成する塩は、ブレンステッド塩基及びブレンステッド酸とから成る。この塩はブレンステッド酸−塩基型イオン液体又はプロトン伝導性イオン液体とも称する。またこの塩はプロトンを有するヘテロ原子を少なくとも一つ有する。プロトンを有するヘテロ原子はブレンステッド塩基及びブレンステッド酸のいずれに有るものでも良いが、ブレンステッド塩基に有るものが好ましい。このヘテロ原子としてはN、P、S、O等が挙げられるが、窒素原子が好ましい。
【0008】
ヘテロ原子を有するブレンステッド塩基として1〜3級アミンが好ましい。2、3級アミンは、RHN、RN(式中、R、R及びRはぞれぞれ同じであっても異なってもよく炭素数が1〜18のアルキル基を表し、RとRはそれらが結合する窒素原子と共に4〜8員環、好ましくは5又は6員環を形成してもよい。)で表わされるものを使用できる。なお、通常1級及び2級アミンが有する水素原子はここにいうプロトンではなく、このプロトン源は塩を形成するブレンステッド酸又は塩の形成とは関係のないプロトン酸であってもよいが、塩を形成するブレンステッド酸であることが好ましい。通常は1〜3級アミンをプロトン源であるブレンステッド酸と反応させて塩(アンモニウム塩)にすることにより容易に移動可能なプロトンを与える。
【0009】
ブレンステッド塩基としては、例えば、ブチルアミン、ジエチルメチルアミン、ジメチルエチルアミン、トリエチルアミン、ジブチルアミン、トリブチルホスフィン、トリフェニルホスフィン、ジメチルスルフィド、ジフェニルスルフィド、メチルフェニルスルフィド、ヒドラジン、ジフェニルアミン、トリフェニルアミン等の直鎖状ブレンステッド塩基や、アクリジン、ベンゾチアゾール、ベンズイミダゾール、1,2,3−ベンゾトリアゾール、カルバゾール、シンノリン、1,10−フェナントロリン、フェノチアジン、キノリン、イソキノリン、プリン、インドール、チオナフタレン、s−トリアジン、s−トリチアン、ピリミジン、1,3,4−チアジアゾール、ピリジン、イミダゾール、ピラゾール、1,2,3−トリアゾール、1,2.4−トリアゾール、1,2,3−オキサジアゾール、オキサゾール、チアゾール、ピラジン、ピリダジン、ピペリジン、2−ピラゾリン、ピラゾリジン、3−ピロリン、ピロリジン、1,3−ジオキソラン、ピロール、モルフォリン、キノキサリン、4,4−トリメチレンジピリジン、ピペラジン、4,4'−トリメチレンジピペリジン、1−(3−アミノプロピル)−イミダゾール、1,3,5−トリアゾール、ステロイド環系化合物、チオフェン、ジベンゾフラン、フラボン、クマリン、ベンゾフラン、4H-ピラン、フラン、ジオキサン等の環状ブレンステッド塩基、及びこれらの誘導体が挙げられる。この誘導体としては、アルキル基、アルケニル基(又はビニル基)、アリール基、ハロゲン、アルコキシ基、シアノ基、アミド基、ニトロ基、ケトン基等による置換体等が含まれる。
これらブレンステッド塩基は必要に応じて2種以上を併用して用いてもよい。
【0010】
ブレンステッド酸としては、例えば、トリフルオロメタンスルホン酸(triflic acid)、ビス(フルオロスルホニル)イミド、ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド((CF3SO2)2NH)、ビス(トリフルオロメタンスルホニル)メタン、トリス(トリフルオロメタンスルホニル)メタン、テトラフルオロホウ酸、ヘキサフルオロリン酸及びトリス(フルオロスルホニル)メタン、硫酸、塩酸、硝酸、リン酸、酢酸及びこれらの誘導体が挙げられる。
これらから形成される塩において、ブレンステッド塩基に対するブレンステッド酸のモル比は好ましくは0.9〜1.1、より好ましくは0.95〜1.05である。
【0011】
本発明で用いる活性水素を有する置換基を有するポリマーにおける、活性水素を有する置換基は、水酸基(−OH)、1級アミノ基(−NH)、−NHR(式中、Rは炭化水素基を表す。)で表される2級アミノ基、−NHR(式中、R及びRはそれぞれ独立して炭化水素基を表す。)で表される4級アンモニウム基、好ましくは水酸基である。この炭化水素基に特に限定はなく、通常アルキル基やアリール基である。
【0012】
この活性水素を有する置換基を有するポリマーとしては、下式(化1)
【化1】

で表されるマレイミド化合物及び下式(化2)
【化2】

で表されるビニル化合物から成る群から選択される少なくとも1種のモノマーを重合して形成されたポリマーが好ましい。
式中、Rは2価の炭化水素基を表し、Xは水素原子又は上記の活性水素を有する置換基を表す。Rは、好ましくは、置換基(X)を有するアルキル基、アリール基又はアラルキル基、好ましくはアリール基を表す。アルキル基の炭素数は1〜4が好ましい。アリール基としては、フェニル基及びナフチル基が好ましい。アラルキル基としてはこれらアルキル基とアリール基とから成る基が好ましい。
は2価の炭化水素基を表し、Xは水素原子又は上記の活性水素を有する置換基を表す。Rは、好ましくは、置換基(X)を有するアルキル基、アリール基又はアラルキル基、好ましくはアリール基を表す。アルキル基の炭素数は1〜4が好ましい。アリール基としては、フェニル基及びナフチル基が好ましい。アラルキル基としてはこれらアルキル基とアリール基とから成る基が好ましい。
このポリマーに含まれるX及び/又はXのうち少なくとも一つ又はその一部が上記の活性水素を有する置換基である。
【0013】
このようなポリマーとして例えば以下のポリマーが挙げられる。
(i)Xの全てが上記の活性水素を有する置換基である上記マレイミド化合物のホモポリマー。
(ii)Xが上記の活性水素を有する置換基である上記マレイミド化合物と、Xが水素原子である上記マレイミド化合物のコポリマー。
(iii)Xの全てが上記の活性水素を有する置換基である上記ビニル化合物のホモポリマー。
(iv)Xが上記の活性水素を有する置換基である上記ビニル化合物と、Xが水素原子である上記ビニル化合物のコポリマー。
(v)Xが上記の活性水素を有する置換基である上記マレイミド化合物と、Xが水素原子である上記ビニル化合物のコポリマー。
(vi)Xが水素原子である上記マレイミド化合物と、Xが上記の活性水素を有する置換基である上記ビニル化合物のコポリマー。
(vii)Xが上記の活性水素を有する置換基である上記マレイミド化合物と、Xが上記の活性水素を有する置換基である上記ビニル化合物のコポリマー。
(viii)Xが上記の活性水素を有する置換基である上記マレイミド化合物と、Xが上記の活性水素を有する置換基である上記ビニル化合物と、Xが水素原子である上記ビニル化合物とのコポリマー。
(ix)Xが水素原子である上記マレイミド化合物と、Xが上記の活性水素を有する置換基である上記マレイミド化合物と、Xが上記の活性水素を有する置換基である上記ビニル化合物とのコポリマー。
(x)Xが水素原子である上記マレイミド化合物と、Xが上記の活性水素を有する置換基である上記マレイミド化合物と、Xが水素原子である上記ビニル化合物とのコポリマー。
この中で、(v)〜(x)、好ましくは(v)〜(vii)のような、上記マレイミド化合物及び上記ビニル化合物を共重合して形成されたポリマー(但し、このポリマーに含まれるX及びXのうち少なくとも一つ又はその一部が上記の活性水素を有する置換基である。)が好ましい。
【0014】
この他の活性水素を有する置換基を有するポリマーとして、セルロースが挙げられる。
セルロースは、D−グルコースがβ−1,4結合で直鎖状に繋がったホモ多糖であり、水酸基を有する。セルロースは通常樹木などの高等植物の細胞壁に存在する。
このセルロースとして、バクテリアセルロースが更に好ましい。バクテリアセルロースはアセトバクター・アセチ・サブスピーシス・キシリナム、サルシナ・ベントリクリ、バクテリウム・キシロイデス、シュードモナス属細菌、アグロバクテリウム属細菌等の微生物によって生成される。植物セルロースが、セルロース分子鎖が多数集束し、ミクロフィブリルと呼ばれる非常に細い繊維を形成し、このミクロフィブリルがさらに束になり、フィブリル、ラメラ、繊維細胞と段階的に高次構造を形成するのに対し、バクテリアセルロースは、菌細胞から分泌されたセルロースのミクロフィブリルが、そのままの太さで微細な網目構造を形成する。広葉樹パルプの繊維幅が30μm程度であるのに対し、バクテリアセルロースのミクロフィブリルの幅は0.1μm程度である。
【0015】
本発明の相溶体を構成する(1)ブレンステッド塩基及びブレンステッド酸から成りプロトンを有するヘテロ原子を少なくとも一つ有する塩と(2)活性水素を有する置換基を有するポリマーの割合として、両者の合計((1)+(2))に対して(1)の塩が、好ましくは20〜99重量%、より好ましくは40〜95重量%、最も好ましくは60〜90重量%である。
また本発明の相溶体は、以下のようにして作製することができる。まず、ブレンステッド酸−塩基型イオン液体と活性水素を有する置換基を有するポリマーの両方が溶解する溶媒にポリマーを溶解させる。好ましい溶媒として、テトラヒドロフラン、1,4−ジオキサン、アセトン、シクロヘキサノン、アセトニトリル、N,N-ジメチルホルムアミド、クロロホルム、ジクロロメタン等が挙げられる。このとき、ポリマーの濃度を調整することにより生成する相溶体の膜厚を調整することができるが、PEFC用電解質膜として適切な膜厚を得るためには、ポリマーの濃度が0.1〜2.0g/mL程度となることが好ましい。このポリマー溶液に、溶液中のポリマーとの重量比を規定したイオン液体を溶解させ、キャストしたのちに乾燥させることにより相溶体が作製できる。バクテリアセルロースを用いる場合には、溶媒に膨潤はするが溶解はしなので、溶媒にイオン液体などの可溶成分を溶解させたのちに、その溶液にバクテリアセルロースを浸漬し、その後、表面を洗浄したのちに減圧乾燥を行うことにより、相溶体を得ることができる。
【0016】
本発明の活性水素を有する置換基を有するポリマーとして、上記マレイミド化合物及び上記ビニル化合物から成る群から選択される少なくとも1種のモノマーを重合して形成されたポリマー(以下、「マレイミド/ビニルポリマー」という。)及び上記セルロースの混合物であることが好ましい。セルロースの繊維構造がマレイミド/ビニルポリマーを補強し、イオン液体との相溶体の形成を容易にするものと考えられる。
イオン液体とこのマレイミド/ビニルポリマーとの相溶体においては、イオン液体を多量に含むことに限界があるため、プロトン伝導性に限界がある。
一方、イオン液体と上記セルロースのみとの相溶体においては、イオン液体を多量に含むことができるが、イオン液体が漏れ出るという問題が生じることがある。
そのため、上記マレイミド/ビニルポリマー及びセルロースの合計に対するセルロースの割合は、5〜30重量%、好ましくは10〜25重量%である。また、上記マレイミド/ビニルポリマー、セルロース及びイオン液体の合計に対するイオン液体の割合は、20〜99重量%、好ましくは40〜95重量%、より好ましくは60〜90重量%である。
【0017】
本発明のプロトン伝導体は、固体高分子型燃料電池の電解質として用いることができる。固体高分子型燃料電池は、基本的に電解質を2つの電極(燃料極と酸素極)で挟んだ構造をしており、この構造を複数重ねた構造をとってもよい。この電極としては白金担持カーボン電極などが用いられる。燃料には水素ガスなど、酸化剤には酸素ガスや空気などが用いられ、通常の発電規模は1〜250kW程度である。
【実施例】
【0018】
以下、実施例にて本発明を例証するが本発明を限定することを意図するものではない。
まずマレイミド化合物とスチレンとの共重合体について3種類のポリマーを合成した。即ち、水酸基を持つマレイミド化合物とスチレンとの共重合体(PMS-1H)、いずれも水酸基を持つマレイミド化合物とスチレンとの共重合体(PMS-2H)、及び比較のためいずれも水酸基を持たないマレイミド化合物とスチレンとの共重合体(PMS)を合成した。
【0019】
合成例1
窒素導入管とアリーン冷却管を備えた100mL四つ口フラスコに、トランス-p-クマル酸 10.0g(60.9mmol)、酢酸カリウム 0.598g(6.09mol、10mol%)、DMF 60mL (トランス-p-クマル酸 1M)を仕込み、還流しながら1時間反応させた。その後溶液を室温に戻し、0℃に冷やした飽和塩化ナトリウム水溶液 200mLを加え、酢酸エチル 150mLで2回抽出した。有機層を2%NaHCO3 (200mL)、イオン交換水(200mL)で洗浄した。ろ液をエバポレートし、乳白色固体を得た。さらにカラムクロマトグラフィー(酢酸エチル/ヘキサン = 4/6)により精製し、4-ヒドロキシスチレン(以下「HSt」という。)を収率80%で得た。1H-NMR (DMSO-d6, r.t.) δ= 5.04 (dd, 1H), 5.58 (dd, 1H), 6.61 (q, 1H), 6.74 (d, 2H), 7.28 (d, 2H).
【0020】
合成例2
窒素導入管とアリーン冷却管を備えた100mL四つ口フラスコに、N-(ヒドロキシフェニル)マレイミド(大八化学製、以下「HPMI」という。)、スチレン(和光純薬工業製、以下「St」という。)を当量比が1:1になるように仕込み、そこへDMF(全モノマー/DMF=2/1(mol/L))を加え、さらにラジカル重合開始剤として2,2'-アゾビス(イソブチロニトリル)(以下「AIBN」という。)を全モノマーに対し1mol%加えたのちに、60℃で15時間重合反応を行った。反応終了後、メタノールへ再沈殿、50℃で15時間減圧乾燥することにより、ポリマーPMS-1Hを得た。
分子量をゲル浸透クロマトグラフィー(以下「GPC」という。)(東ソー(株)製、GPC-8020システム、ポリスチレン標準)を用いて測定したところ、PMS-1Hの数平均分子量(Mn)は6.8×104、多分散度は2.3であった。
【0021】
合成例3
窒素導入管とアリーン冷却管を備えた100mL四つ口フラスコに、HPMIと、合成例1で得たHStを当量比が1:1になるように仕込み、そこへDMF(全モノマー/DMF=2/1(mol/L))を加え、さらにラジカル重合開始剤AIBNを全モノマーに対し1mol%加えたのちに、60℃で15時間重合反応を行った。反応終了後、メタノール/水=6/4 混合溶媒へ再沈殿、50℃で15時間減圧乾燥することにより、ポリマーPMS-2Hを得た。
分子量を同様にGPCを用いて測定したところ、PMS-2HのMnは7.6×104、多分散度は2.2であった。
【0022】
合成例4
窒素導入管とアリーン冷却管を備えた100mL四つ口フラスコに、N-フェニルマレイミド(PMI、和光純薬工業製)、Stを当量比が1:1になるように仕込み、そこへ1-ドデカンチオール(東京化成)を全モノマーの0.11mol%、アセトン(全モノマー/アセトン=1/1(mol/L))を加え、さらにラジカル重合開始剤AIBNを全モノマーに対して0.1mol%加えたのちに60℃で15時間重合反応を行った。反応終了後、メタノールへ再沈殿、減圧乾燥により、ポリマーPMSを得た。
分子量を同様にGPCを用いて測定したところ、PMSのMnは2.1×105、多分散度1.8であった。
【0023】
上記合成例2〜4で合成したポリマーPMS-1H、PMS-2H及びPMSの模式的構造を以下に示す。式中nは分子量に対応する整数を表す。
【化3】

【0024】
合成例5
アルゴン雰囲気のグローブボックス中でジエチルメチルアミン(DEMA)とトリフルオロメタンスルホン酸(TfOH)をモル比で1:1となるよう秤量した。秤量後、液体窒素で冷却しながら、秤量したジメチルアミンとトリフルオロメタンスルホン酸を混合し、攪拌することでジエチルメチルアンモニウムトリフルオロメタンスルホネートを得た(以下「DeTf」という)。
【化4】

【0025】
調整例1
バクテリアセルロース(以下「BC」という。)(P.T. NIRAMAS UTAMA社製、商品名:INACO、ココナツミルクに酢酸菌Acetobacterを加えて産生させたバクテリアセルロース,日星産業株式会社より提供)は、以下の手順により、浸漬溶媒を酢酸からアセトンに置換したのちに使用した。
まず、酢酸溶液に浸漬されているBCを目的の大きさに切り取り、イオン交換水に浸漬・振とう(25℃、70rpm、1h)した。イオン交換水を入れ替えて浸漬・振とうする操作を計4回行い、さらにアセトンに浸漬・振とう(25℃、70rpm、1h)の操作を計4回行い、アセトンで置換したBCを得た(以下「アセトン置換BC」という。)。
アセトンの代わりにTHFを用いて同様の手順で、THFで置換したBCを得た(以下「THF置換BC」という。)。
【0026】
実施例1
上記で得たPMS-1HをTHF(PMS-1H/THF=1/6(g/mL))に溶解させ、DeTfをPMS-1H:DeTf=1:1(重量比)となるように加えたのち、フッ素樹脂製シャーレへキャストした。これを乾燥して(条件:30℃/7時間常圧乾燥+50℃/2時間常圧乾燥+50℃/15時間減圧乾燥)、THFを完全に除去して膜を得た(以下「PMS1H-DeTf」という。)。
PMS-1Hの代わりにPMS-2Hを用いて同様に膜を得た(以下「PMS2H-DeTf」という。)。
【0027】
実施例2
1.5cm角に切り取ったアセトン置換BCをDeTf 3.00g中に浸漬させ、2時間振盪した。BCを取り出し、新しいDeTf 3.00g中に再度浸漬させ、2時間浸漬した。BCを取り出し、厚さ1mmのフッ素樹脂製のスペーサーとともに2枚のガラス板の間に挟んで圧縮することにより膜厚を約1mmに調製して、膜の表面をアセトンで洗浄した。その後50℃で15時間減圧乾燥して膜を得た(以下「BC-DeTf」という。)。
【0028】
実施例3
合成例2で得たPMS-1HをTHF(PMS-1H/THF=1/5(g/mL))に溶解させ、そこへDeTfをPMS-1H:Detf=1:1(重量比)となるように加え、得られた溶液を2等分した。1.5cm角のアセトン置換BCを厚さ1mmのフッ素樹脂製のスペーサーとともに2枚のガラス板の間に挟んで圧縮し膜厚約1mmの膜状に調製したのちに一方の溶液に浸漬させ、2時間振盪した。BC膜を取り出しもう一方の溶液に浸漬させ、4時間振盪した。取り出したBC膜の表面をTHFで洗浄し、50℃で15時間減圧乾燥して複合膜を得た(以下「BC-P1H-DeTf 1:1」という。)。
さらにPMS-1H:Detf=1:3及び1:5(重量比)の溶液を用いて同様にして、複合膜を得た(以下「BC-P1H-DeTf 1:3」及び「BC-P1H-DeTf 1:5」という。)。
【0029】
実施例4
PMS-1Hの代わりにPMS-2Hを用いて、PMS-2H:DeTf=1:1、1:3、1:5(重量比)の溶液を用いて実施例3と同様にして、複合膜を得た(以下「BC-P2H-DeTf 1:1」、「BC-P2H-DeTf 1:3」、「BC-P2H-DeTf 1:5」という。)。
【0030】
比較例1
PMSをTHF(PMS/THF=1/5(g/mL))に溶解させ、そこへプロトン伝導性イオン液体DeTfをPMS:Detf=1:1(重量比)となるように加え、得られた溶液を2等分した。1.5cm角のTHF置換BCを厚さ1mmのフッ素樹脂製のスペーサーとともに2枚のガラス板の間に挟んで圧縮し膜厚約1mmの膜状に調製したのちに一方の溶液に浸漬させ、2時間振盪した。BC膜を取り出し、もう一方の溶液に浸漬させ、4時間振盪した。取り出したBC膜の表面をTHFで洗浄し、50℃で15時間減圧乾燥した。
減圧乾燥後、DeTfで膨潤していないため乾燥した状態のBCの表面にPMSが付着した不均一な膜が得られた。膜がうまく形成されなかったため、後記の評価をすることができなかった。
この結果は、膜内部にDeTfが取り込まれていないことを示しており、相溶体形成にはヒドロキシル基の存在が重要であることが確認された。
【0031】
比較例2
この比較例では、本発明者らによる従来の膜(特許文献3(国際公開WO2006/022081))を作成し、性能を比較した。
N-フェニルマレイミド(PMI) 0.520g(3.00mmol)、スチレン(St)0.300g(2.88mmol)、架橋剤の55%ジビニルベンゼン(DVB) 13.7mg(57.7μmol、Stに対して2mol%)を PMI:(St + DVB)=1:1(モル比)になるよう仕込み、そこへ全モノマー:イオン液体(DeTf) 1:1 (重量比)となるようDeTf 0.833g(膜全体の50wt%)を、また全モノマー濃度が6.6Mとなるよう1,4-ジオキサン 0.90mLを、更に開始剤としてAIBN 9.9mg(60μmol、全二重結合の1mol%)を加え均一に溶解した。これを厚さ0.5mmの型に流し込み60℃で15時間反応させた。得られた膜を、室温で3時間及び100℃で一晩、減圧乾燥することにより、無色透明のイオンゲルを得た(以下「PMSD-DeTf」という。)。
【0032】
上記で得た膜の特性評価を次のようにして行った。
膜中の各成分の組成
作成した膜中に、イオン電導体(DeTf)やポリマー(PMS-1H、PMS-2Hなど)が実際どの程含まれているかを調べた。仕込んだ割合と同じ割合で膜中に取り込まれているとは限らないからである。
実施例1:PMS-1H又はPMS-2HとDeTfとの混合比で組成が決まるため、混合比をそのまま重量組成比とした。
実施例2:作製した膜の重量を量ったのちに膜をアセトンに浸漬・振とう(25℃、70rpm、2h)し、取り出した膜をさらに別のアセトン中に浸漬・振とう(2h)することによりイオン液体を膜から取り除いた。この膜を50℃で一晩減圧乾燥したのちに得られる乾燥BC膜の重量を測定し、最初の重量との比率から膜中のDeTf含有量を算出した。
実施例3、4:BCと「PMS-1H(又はPMS-2H)+DeTf」との重量比については、実施例2と同様の方法により算出した。PMS-1H(又はPMS-2H)とDeTfとの重量比については以下のようにして算出した:複合膜を浸漬したあとのアセトン溶液を合一し、アセトンを減圧留去により完全に除去したのちに、DMSO-d6を加えて1H-NMRスペクトルを測定し、得られるスペクトルにおけるポリマー由来のピーク(PMS-1Hでは6.3-7.4ppm、PMS-2Hでは6.3-7.2ppm)とDeTf由来のピーク(1.2ppm)との積分強度比より、これらのモル比及び重量比を算出した。
【0033】
イオン伝導度(σ)
インピーダンスアナライザー(Hewlett-Packard社製4192ALF)を用い、無加湿、電圧10mV、周波数範囲5 Hz〜13 Hzで交流インピーダンス法により、作成した膜のイオン伝導度(σ)を測定した。イオン伝導度(σ)は大きい程好ましく、燃料電池への応用を考えた場合、10−3S/cm以上が望ましい。
Tdonset
作製した膜を、熱重量分析装置(TGA)(島津製作所製TGA-50)を用いて、N2雰囲気下、昇温速度10℃/分の条件によりTdonsetを測定した。この値が高いことは耐熱性が高いことを示し、この値が高いほど高温作動時の耐久性が良い。燃料電池への応用を考えた場合、Tdonset値は200℃以上が望ましい。
貯蔵弾性率(G')
作製した膜を動的粘弾性測定装置(エスアイアイ・ナノテクノロジー社製 EXSTAR 6000)を用いて、動的粘弾性を測定し(昇温速度5℃/分)、貯蔵弾性率(G')を測定した。貯蔵弾性率(G')は、膜の機械的強度や寸法安定性の指標であり、燃料電池への応用を考えた場合、室温〜200℃の温度範囲で10Pa以上の値を保つことが望ましい。下表において貯蔵弾性率(G')が測定できなかったものは、その機械的強度や寸法安定性が測定できるほど十分ではなかったことを示す。
【0034】
測定結果を表1に示す。比較のためイオン導電体(DeTf)のみのデータも載せる。
【表1】

注:表中ポリマーはそれぞれPMS1H、PMS-2H、PMS又はPMSDを示す。また「−」は測定不可を示す。
【0035】
実施例1で作製した膜はいずれも薄黄色透明で硬い膜であり、イオン伝導度は150℃で高い値を示す。この膜は340℃前後のTdonsetを持ち、十分な耐熱性を示す。
実施例2で作製した膜BC-DeTfは白色半透明であり、このことはBCとDeTfが相溶していることを示す。イオン伝導度は全温度域で10-2 S/cmを超え、非常に高い。Tdonsetは200℃以上の値を示し、耐熱性は十分である。なお、このBC-DeTf膜にプレス機を用いて2MPaの圧力を3分間かけたところ、加圧後にはDeTfの漏れ出しにより膜の重量が加圧前の55%にまで減少しており、イオン液体の保持性が十分ではないことが明らかとなった。
実施例3で作製した複合膜BC-P1H-DeTf 1:1、1:3、1:5、実施例4で作製した複合膜BC-P2H-DeTf 1:1、1:3、1:5はすべて薄黄色半透明であり、BCとポリマーとDeTfが相溶していることを示す。イオン伝導度は150℃ではどの膜も10-2 S/cm以上の値を示す。Tdonsetは全ての膜で200℃以上であることから十分な耐熱性を示す。また、1:1〜1:3の膜は150℃での貯蔵弾性率は106〜107 Paを維持している。このBC膜を上述の実施例2のBC-DeTf膜と同様の方法で加圧したところ、重量減少は観測されなかった。
実施例3、4の複合膜は、イオン伝導度と貯蔵弾性率の両方に優れた性能を示し、実施例1や実施例2の膜に比べて優れているといえる。
【0036】
実施例5
実施例3で作製した複合膜BC-P1H-DeTf 1:3を用いて膜−電極複合体(MEA)を作製し、発電試験を行った。
ガス拡散電極(GDE)としてBASF社製のLT-140EW(白金担持量:0.5mg/cm2)を用いた。GDEを5cm2の正方形に切り、9cm2の複合膜(BC-P1H-DeTf 1:3)を2枚のGDEでホットプレスせずに挟むことにより膜電極接合体(MEA)を作製した。MEAを組み込んだセルに乾燥N2を流し120℃の恒温槽中に一晩置いたのち、アノード、カソードにそれぞれ乾燥H2(7mL/min,0.2MPa)、乾燥O2(3mL/min,0.2MPa)を流し、無加湿下120℃の条件で発電試験を行った。
開回路電圧(OCV)は0.25Vであり、1.5mA/cm2において最大出力密度は0.090mW/cm2を示し、発電が可能であることが示された。
当該実験は作成したイオン電導体が発電が可能であるかどうかを調べる目的で行われたものにすぎず、諸条件を最適化した上で行われたものではない。発電条件を最適化すれば、本願発明のイオン電導体を用いた燃料電池は上記性能よりもすぐれた性能を示すことができると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)ブレンステッド塩基及びブレンステッド酸から成りプロトンを有するヘテロ原子を少なくとも一つ有する塩と(2)活性水素を有する置換基を有するポリマーとの相溶体から成るプロトン伝導体。
【請求項2】
前記活性水素を有する置換基を有するポリマーが、下式(化1)
【化1】

(式中、Rは2価の炭化水素基を表し、Xは水素原子又は活性水素を有する置換基を表す。)で表されるマレイミド化合物及び下式(化2)
【化2】

(式中、Rは2価の炭化水素基を表し、Xは水素原子又は活性水素を有する置換基を表す。)で表されるビニル化合物から成る群から選択される少なくとも1種のモノマーを重合して形成されたポリマー(但し、該ポリマーに含まれるX及び/又はXのうち少なくとも一つ又はその一部が活性水素を有する置換基である。)である請求項1に記載のプロトン伝導体。
【請求項3】
前記活性水素を有する置換基が、水酸基(−OH)、1級アミノ基(−NH)、−NHR(式中、Rは炭化水素基を表す。)で表される2級アミノ基、−NHR(式中、R及びRはそれぞれ独立して炭化水素基を表す。)で表される4級アンモニウム基である請求項1又は2に記載のプロトン伝導体。
【請求項4】
前記活性水素を有する置換基が水酸基である請求項3に記載のプロトン伝導体。
【請求項5】
前記ポリマーが前記マレイミド化合物及び前記ビニル化合物を共重合して形成されたポリマー(但し、該ポリマーに含まれるX及びXのうち少なくとも一つ又はその一部が水酸基である。)である請求項2に記載のプロトン伝導体。
【請求項6】
前記活性水素を有する置換基を有するポリマーがセルロースである請求項1に記載のプロトン伝導体。
【請求項7】
前記セルロースがバクテリアセルロースである請求項6に記載のプロトン伝導体。
【請求項8】
前記活性水素を有する置換基を有するポリマーが、下式(化1)
【化1】

(式中、Rは2価の炭化水素基を表し、Xは水素原子又は活性水素を有する置換基を表す。)で表されるマレイミド化合物及び下式(化2)
【化2】

(式中、Rは2価の炭化水素基を表し、Xは水素原子又は活性水素を有する置換基を表す。)で表されるビニル化合物から成る群から選択される少なくとも1種のモノマーを重合して形成されたポリマー(但し、該ポリマーに含まれるX及び/又はXのうち少なくとも一つ又はその一部が活性水素を有する置換基である。)及びセルロースの混合物である請求項1に記載のプロトン伝導体。
【請求項9】
前記活性水素を有する置換基が、水酸基(−OH)、1級アミノ基(−NH)、−NHR(式中、Rは炭化水素基を表す。)で表される2級アミノ基、−NHR(式中、R及びRはそれぞれ独立して炭化水素基を表す。)で表される4級アンモニウム基である請求項8に記載のプロトン伝導体。
【請求項10】
前記活性水素を有する置換基が水酸基である請求項9に記載のプロトン伝導体。
【請求項11】
前記ポリマーが前記マレイミド化合物及び前記ビニル化合物を共重合して形成されたポリマー(但し、該ポリマーに含まれるX及びXのうち少なくとも一つ又はその一部が活性水素を有する置換基である。)である請求項8に記載のプロトン伝導体。
【請求項12】
前記セルロースがバクテリアセルロースである請求項8に記載のプロトン伝導体。
【請求項13】
前記ブレンステッド塩基が、1〜3級アミンであり、該2、3級アミンがRHN、RN(式中、R、R及びRはぞれぞれ同じであっても異なってもよく炭素数が1〜18のアルキル基を表し、RとRはそれらが結合する窒素原子と共に4〜8員環を形成してもよい。)で表わされる請求項1に記載のプロトン伝導体。
【請求項14】
前記ブレンステッド酸が、トリフルオロメタンスルホン酸(triflic acid)、ビス(フルオロスルホニル)イミド、ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、ビス(トリフルオロメタンスルホニル)メタン、トリス(トリフルオロメタンスルホニル)メタン、テトラフルオロホウ酸、ヘキサフルオロリン酸及びトリス(フルオロスルホニル)メタン、硫酸、塩酸、硝酸、リン酸、酢酸又はこれらの誘導体である請求項1に記載のプロトン伝導体。
【請求項15】
請求項1〜14のいずれか一項に記載のプロトン伝導体を電解質として用いた固体高分子型燃料電池。

【公開番号】特開2012−41474(P2012−41474A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−185164(P2010−185164)
【出願日】平成22年8月20日(2010.8.20)
【出願人】(504182255)国立大学法人横浜国立大学 (429)
【Fターム(参考)】