説明

プロトン伝導性複合電解質膜、それを用いた膜電極接合体及び燃料電池

【課題】優れたプロトン伝導性と低燃料透過性とを両立し、且つ、比較的高い温度域における低湿度下においても高プロトン伝導性を保持できるプロトン伝導性複合電解質膜を提供する。
【解決手段】本発明のプロトン伝導性複合電解質膜は、プロトン伝導性を有する無機材料と、プロトン伝導性を有する有機材料と、イオン性液体とを含むプロトン伝導性複合電解質膜であって、前記無機材料の含有量が、前記電解質膜の全重量に対して10〜60重量%であり、前記イオン性液体の含有量が、前記無機材料100重量部に対して1〜100重量部であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高湿度下だけでなく、低湿度下においても高プロトン伝導性を有するプロトン伝導性複合電解質膜、それを用いた膜電極接合体及び燃料電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、リチウムイオン二次電池に代わる携帯機器用電源として、メタノールあるいは水素を燃料に使う燃料電池〔直接型メタノール燃料電池(DMFC:Direct Methanol Fuel Cell)及び固体高分子型燃料電池(PEFC:Polymer Electrolyte Fuel Cell)が期待されており、実用化を目指して盛んに開発が行われている。
【0003】
燃料電池の電極は、プロトン伝導性の固体高分子電解質膜の表裏にカソード(酸素極)の触媒層及びアノード(燃料極)の触媒層をそれぞれ配した膜電極接合体(MEA:Membrane Electrode Assembly)から構成されている。上記触媒層は触媒担持カーボンと固体高分子電解質とが適度に混ざり合ったマトリクスとして形成されており、カーボン上の触媒と固体高分子電解質及び反応物質とが接触する三相界面において電極反応が行われる。また、カーボンの繋がりが電子の通り道となり、固体高分子電解質の繋がりがプロトンの通り道となる。
【0004】
例えば、DMFCでは、燃料極の触媒層及び酸素極の触媒層でそれぞれ下記の式(1)及び式(2)に示す反応が起き、電気を取り出すことができる。
【0005】
CH3OH + H2O → CO2 + 6H+ + 6e- (1)
2 + 4H+ + 4e- → 2H2O (2)
DMFCは理論的にリチウムイオン二次電池の約10倍のエネルギー密度を持つとされている。しかし、現状ではリチウムイオン二次電池と比べて、用いるMEAの出力が低く、実用化に至っていない。
【0006】
MEAの出力向上には、構成材料である触媒及び電解質膜の改良、MEAの構造の最適化といったアプローチがある。中でも電解質膜の改良がMEAの出力向上の重要な鍵を握っている。電解質膜に求められる性能としては、(1)プロトン伝導率が高いこと、(2)燃料(メタノールあるいは水素)の透過率が低いこと、の2点が挙げられる。(1)のプロトン伝導率が高いことが要求されるのは、プロトン伝導率が低くなると電解質膜の抵抗が高くなるためであり、膜抵抗の増大は出力低下に直結する。また、(2)の燃料透過率が低いことが要求されるのは、燃料透過率が高くなると燃料極側の燃料が電解質膜を透過して酸素極に達してしまう、いわゆる「クロスオーバー」が起こるためである。酸素極に達した燃料は、酸素極の触媒上で酸素と化学的に反応して熱を発する。このクロスオーバーにより、電解質膜そのものの劣化を招くだけでなく、酸素極の過電圧の増大を招き、MEAの出力低下の原因となる。
【0007】
さらに、これら燃料電池に用いられる電解質膜は、水による湿潤状態下でのみプロトン伝導性を有する。そのために、水が蒸散しやすい約80℃以上の高温域や、水が凍結する低温域では、プロトン伝導性が低下し、MEAの出力が低下してしまう。
【0008】
現在、最も一般的に用いられている電解質膜は、デュポン社製の“ナフィオン”(登録商標)と呼ばれるパーフルオロスルホン酸系電解質膜である。ナフィオンは、疎水性のポリテトラフルオロエチレン(PTFE)骨格に、末端に親水性のスルホン酸基が固定された側鎖を有し、含水状態でスルホン酸基とプロトン及び水分子とが会合して、イオンクラスターを形成する。このクラスター内はスルホン酸基の濃度が高いためにプロトンの通路となり、ナフィオンは高プロトン伝導率を発現する。しかし、ナフィオンは高プロトン伝導率を有するものの、燃料透過率が高いという問題がある。
【0009】
ナフィオン以外の電解質膜としては、炭化水素系電解質膜、芳香族炭化水素系電解質膜等があり、いずれも、スルホン酸基、ホスホン酸基あるいはカルボキシル基等のプロトン供与体を有する。ナフィオン同様、これらの電解質膜でも、含水状態にすることでプロトンが解離し、プロトン伝導性を発現する。ここで、スルホン酸基等のプロトン供与体の濃度を高くすることにより、プロトン伝導率を高くすることが可能である。しかしながら、これらの従来のプロトン伝導性電解質膜は、スルホン酸基等のプロトン供与体の濃度を高くすると、含水量が増加するために膜そのものが膨潤し、それに伴い膜に隙間が形成されるために、燃料透過率も増大してしまう。また、これらの電解質材料は、ナフィオンと比較してやや高温まで分解せずに耐え得るものの、低湿度下での水分保持力が低いため、燃料電池の高温作動時等にはプロトン伝導度の著しい低下が見られる。
【0010】
このように、有機材料のみを用いた単一電解質膜では、プロトン伝導率と燃料透過率との間にはトレードオフの関係があり、高プロトン伝導性と低燃料透過性(低クロスオーバー)とを両立し、且つ、低湿度下において高プロトン伝導性を保つ電解質膜を得ることは困難であった。
【0011】
近年、高プロトン伝導性・低燃料透過性を両立する電解質膜として、無機物と有機物とを複合した無機有機複合電解質膜が注目されている。例えば、非特許文献1には、有機物であるポリビニルアルコールに、無機物であるヘテロポリ酸(12タングストリン酸)を分散させた複合電解質膜が開示されている。また、非特許文献2には、有機物であるポリビニルアルコールに、無機物であるゼオライトの一種(モルデナイト)を分散させた複合電解質膜が開示されている。また、非特許文献3には、有機物であるスルホン化ポリエーテルケトンあるいはスルホン化ポリエーテルエーテルケトンに、無機物であるSiO2、TiO2、ZrO2を分散させた複合電解質膜が開示されている。
【0012】
さらに、特許文献1には、有機高分子材料に金属酸化物水和物を分散させた電解質膜が開示されている。また、無機物・有機物の複合電解質膜ではないが、特許文献2には、メタノール及び水に対して実質的に膨潤しない多孔性基材の細孔にプロトン伝導性を有するポリマーを充填させた電解質膜が開示されている。
【0013】
このように、高プロトン伝導性・低燃料透過性を両立した電解質膜として、無機材料と有機材料との複合電解質膜が注目されている。中でも、プロトン伝導性を有する無機材料とプロトン伝導性を有する有機材料とからなる複合電解質膜では、無機材料そのものがプロトン伝導性を持つために膜の伝導性を阻害せず、より向上させることも可能である。また、無機材料を含有させることにより、膜内で無機材料が骨格を形成し、含水時の膜の膨潤を防ぐことが可能であることから、高プロトン伝導性・低燃料透過性を両立した電解質膜として有望であると考えられる。
【0014】
一方、高温・低温のような低湿度環境下における電解質膜のプロトン伝導性を向上させる手段として、イオン性液体を用いたものが報告されている。このイオン性液体は水の存在とは無関係にイオン伝導性を示し分解温度が非常に高いため、融点が十分に低いものを使用すれば、零度以下でも200℃程度までの高温においても、同様のイオン伝導性を示すものである。しかしながら、イオン性液体を使用するにあたっては、それ自体が液体であるために固体膜中に固定化することが難しく、その手段が当面の解決課題となっている。例えば、特許文献3には、疎水性のイオン性液体を重合体の構造中に保持することにより固体膜中にイオン性液体を留めることが可能であることが開示されている。また、特許文献4には、イオン性液体とプロトン伝導性高分子ポリマーとを混合し、塗布・乾燥により得られる電解質膜において、低湿度域におけるプロトン伝導性が向上することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2003−331869号公報
【特許文献2】国際公開第00/54351号パンフレット
【特許文献3】特開2007−213899号公報
【特許文献4】特開2006−32181号公報
【非特許文献】
【0016】
【非特許文献1】Materials Letters、第57巻、p.1406、2003年
【非特許文献2】AIChE Journal、第49巻、p.991、2003年
【非特許文献3】J.Membrane Science、第203巻、p.215、2002年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
しかしながら、無機材料及び有機材料からなる複合電解質膜について、本来備えていると考えられる特性を十分引き出すためには、さまざまな条件が必要である。中でも、分散させる無機材料の特性や粒子径のみならず、膜中における配置、分散状態等を最適化する必要がある。
【0018】
現在の無機材料を複合化させた電解質膜では、高湿度下におけるプロトン伝導率、燃料透過率等の特性が改善される傾向にあることが分かっているが、無機材料の特性と分散状態とが最適化されていないために、低湿度下における高プロトン伝導性と低燃料透過性の点では未だ十分な性能を発揮できないのが現状である。
【0019】
また、無機材料を膜中に含有させる際には、粒子径の小さな無機材料を均一に分散させるために、汎用の分散剤を添加することが好ましいが、一方で分散剤等のプロトン伝導性を持たない有機材料を加えることになり、少なからず、有機材料のプロトン伝導性を阻害してしまう。
【0020】
さらに、イオン性液体を電解質膜中に保持して使用することについては、特許文献3のような例もあるが、この場合、疎水性のイオン性液体のみが利用可能であり、イオン性液体のプロトン伝導性等に関する選択幅が狭められ、また、重合体として使用できるポリマーのイオン伝導性が低く、特に低加湿状態での特性は現状のものより向上するが、常温〜40℃・高湿度の、現状の電解質膜でも高い性能を維持できる範囲において、イオン伝導性が0.01〜0.02S/cm程度と著しく低下してしまうという欠点がある。一方で、特許文献4の場合には、通常状態で性能の高い高分子ポリマーを用いていることから、イオン性液体を膜中に保持することができれば、広範囲・広い条件下においてプロトン伝導性を発現させることができると考えられる。但し、この場合には、材料を単に混合して塗布・乾燥により電解質膜を得ているため、燃料電池の運転時における水の移動に伴い、イオン性液体が流出することとなり、その性能を維持することができないと考えられる。この水に対する相溶によるイオン性液体の流出は、特にプロトン化された伝導性の高い高分子ポリマーとイオン性液体との組み合わせの場合に、両者の結合が弱いため流出しやすく、顕著となる。これらのことから、現状ではイオン性液体の特徴を最大限に生かすことができていない。
【0021】
本発明は、上記問題を解決したもので、高プロトン伝導性と低燃料透過性とを有し、且つ、高湿度下だけでなく低湿度下においても高プロトン伝導性を保つ複合電解質膜を提供する。また、本発明は、その複合電解質膜を用いた高出力の燃料電池用MEA及びそのMEAを用いた燃料電池を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明のプロトン伝導性複合電解質膜は、プロトン伝導性を有する無機材料と、プロトン伝導性を有する有機材料と、イオン性液体とを含むプロトン伝導性複合電解質膜であって、前記無機材料の含有量が、前記電解質膜の全重量に対して10〜60重量%であり、前記イオン性液体の含有量が、前記無機材料100重量部に対して1〜100重量部であることを特徴とする。
【0023】
また、本発明の膜電極接合体は、酸素を還元する触媒層を含む酸素極と、燃料を酸化する触媒層を含む燃料極と、前記酸素極と前記燃料極との間に配置された上記本発明のプロトン伝導性複合電解質膜とを含むことを特徴とする。
【0024】
また、本発明の燃料電池は、上記本発明の膜電極接合体を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0025】
本発明により、優れたプロトン伝導性と低燃料透過性とを両立し、且つ、比較的高い温度域における低湿度下においても高プロトン伝導性を保持できるプロトン伝導性複合電解質膜を提供できる。また、本発明のプロトン伝導性複合電解質膜を用いることにより、より高出力の膜電極接合体及びそれを用いた燃料電池を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の無機材料粒子の理想的な分散状態を示す模式図である。
【図2】無機材料粒子の凝集体が粗大化した場合の分散状態を示す模式図である。
【図3】本発明のプロトン伝導性複合電解質膜の一例を示す模式断面図である。
【図4】本発明の膜電極接合体とそれを用いた燃料電池の一例を示す模式断面図である。
【図5】実施例1の電解質膜の小角散乱測定スペクトルを示す図である。
【図6】実施例1の電解質膜の断面のTEM写真を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
前述の無機材料としての無機粒子の一次粒子径が大きくて無機粒子同士の隙間を微細に埋められない状態、また、無機粒子の一次粒子径が小さくても凝集等により二次粒子径が大きくなり、一次粒子の状態で分布する粒子数が少なくなって無機粒子同士の隙間を埋められない状態では、膜中の無機粒子が存在しない有機材料のみで構成される部分の割合が多くなり、その無機粒子同士の隙間を通って燃料が透過したり、有機材料のみで構成される部位の含水による膨潤が起こりやすくなるため、クロスオーバーを十分に抑制することができない。さらに、これらの無機粒子が粗大な凝集体あるいはサブミクロンサイズ以上の粒子径を持つ場合には、悪くすれば、無機粒子を分散させることで、逆にクロスオーバーが増大する場合すらある。よって、分散させる無機粒子の一次粒子径及び二次粒子径は、ある程度以下にする必要があり、さらにそれらの粒子は、膜骨格を形成して膜の膨潤を防ぐために、膜全体にわたって均一に分布していることが必要である考えられる。
【0028】
この場合の理想的な分散状態を、図1に模式的に示す。図1は、本発明の無機材料粒子の理想的な分散状態を示す模式図であり、図1において、11が有機材料、12が無機粒子凝集体を示す。
【0029】
また、プロトン伝導性を持つ無機粒子を分散させることで、膜全体のプロトン伝導性を阻害することなく燃料透過率を低減させることができる。この際には、(1)無機粒子の含有率が低い、(2)無機粒子の分散が不均一である、(3)無機粒子の凝集径が大きい等の理由で、有機材料のみで構成される部分が多くなり、無機粒子同士の伝導の繋がりが不連続となれば、いわば直流回路の様に、無機粒子 → 有機材料の親水性クラスター → 無機粒子というように、有機材料を介してプロトンが伝導することとなり、本来の無機粒子の持つ高いプロトン伝導性を効果的に発揮することができない。この場合、凝集体(二次粒子)は、その内部に含まれる無機粒子(一次粒子)のみに着目すれば「直接に接触」するという意味合いで最も近い位置に無機粒子同士が配置されている状態であるように見えるが、図2に示したように、無機粒子の膜中における凝集体間の距離が広くなり、プロトン伝導の道筋を断ってしまうこととなる。ここで、図2は、無機材料粒子の凝集体が粗大化した場合の分散状態を示す模式図であり、図2において、21が有機材料、22が無機粒子凝集体を示す。以上の理由から、プロトン伝導性を向上させる場合には、特に無機粒子の有機材料に対する含有率を高くし、膜全体に対して均一に含有させることで、より良い特性を引き出し得ることが期待される。
【0030】
本発明は、以上の点を鑑みて成されたものであり、以下、本発明の実施形態を説明する。
【0031】
(実施形態1)
先ず、本発明のプロトン伝導性複合電解質膜を説明する。本発明のプロトン伝導性複合電解質膜は、プロトン伝導性を有する無機材料と、プロトン伝導性を有する有機材料と、イオン性液体とを含む。
【0032】
本発明では、上記無機材料及び上記有機材料に、上記イオン性液体を含有させることにより、無機材料の粒子表面にイオン性液体が吸着し、イオン性液体がプロトン伝導を阻害しない分散剤として機能すると考えられ、無機材料の電解質膜内部における分散状態を向上させることが可能となり、且つ、無機材料への吸着によりイオン性液体を電解質膜中に保持することが可能となる。これにより、電解質膜の使用時におけるイオン性液体の流出を防ぐことができる。また、イオン性液体自体も低湿度雰囲気下でプロトン伝導性を有するため、高湿度下だけでなく低湿度下においても高プロトン伝導性を保つ複合電解質膜を提供できる。
【0033】
上記プロトン伝導性を有する無機材料としては、酸化ジルコニウム水和物、酸化タングステン水和物、酸化スズ水和物、ニオブをドープした酸化タングステン水和物、酸化ケイ素水和物、酸化リン酸水和物、ジルコニウムをドープした酸化ケイ素水和物、リン酸ジルコニウム、リン酸ジルコニウム水和物、タングストリン酸水和物、モリブドリン酸水和物等の金属酸化物水和物を用いることができる。また、これらの金属酸化物水和物を複数混合して用いることができる。特に、高温作動型PEFC用電解質膜に分散させる無機材料としては、結晶水によるプロトン伝導が起こりやすい酸化ジルコニウム水和物、酸化スズ水和物又はリン酸ジルコニウム等が望ましい。
【0034】
上記金属酸化物水和物の作製方法は、水和水量の高い微粒子が得られる水系の作製方法を用い、共沈法、水熱法等の公知の作製方法が適用できるが、これらのうち特に、高い水和水量を得るために水熱法を用いることが好ましい。水熱法を用いるに当たっては、通常の水熱法では用いられない、70〜150℃という低い温度範囲で水熱処理することが好ましい。150℃を超える高い温度で水熱処理を行うと、規則的結晶構造が形成されてしまい結晶水が減少することとなる。以上の条件で水熱法を用いて金属酸化物水和物を作製することにより、平均一次粒子径が0.5〜5nmである金属酸化物水和物粒子を得ることができる。
【0035】
上記無機材料の含有量は、上記電解質膜の全重量に対して10〜60重量%である。10重量%未満では、無機材料の添加の効果が発現せず、60重量%を超えると、膜の強度が低下し自立膜化が困難となるからである。電解質膜中の無機材料の含有量を測定する方法としては、熱分解法等を用いて、有機成分を焼き飛ばした後に残留する無機材料の重量から見積もることができる。
【0036】
また、上記無機材料の平均分散粒子径は、1〜30nmであることが好ましい。無機材料の粒子径がこの範囲内であれば、無機材料粒子間の隙間が大きくならず、燃料透過率を低くすることができる。また、電解質膜中の粒子の平均分散粒子径は、後述する小角散乱測定により求めることができる。
【0037】
上記プロトン伝導性を有する有機材料としては、パーフルオロカーボンスルホン酸、ポリスチレン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、その他のエンジニアリングプラスチック材料に、スルホン酸基、ホスホン酸基、カルボキシル基等のプロトン供与体をドープあるいは化学的に結合、固定化したものを用いることができ、特に芳香族炭化水素が好ましい。また上記材料において、架橋構造にすること、あるいは部分フッ素化することにより材料安定性を高めることも望ましい。
【0038】
上記イオン性液体は、比較的プロトン伝導性が高く電解質として利用可能なものであれば特に限定されないが、用いるプロトン伝導性有機材料を溶解し得る有機溶剤に対して、混和性の高いものを選択するのが好ましい。一般的には、アニオンとしてスルホン酸基、リン酸基等を持つものの方が、プロトン伝導性に優れる。
【0039】
上記イオン性液体は、100℃未満で液体のイオン性化合物であり、例えば、1−ブチル−1−メチルピロリディニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、メチルトリオクチルアンモニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、テトラブチルアンモニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド等のイミド系化合物;テトラオクチルホスホニウムブロマイド等のブロマイド系化合物;1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムクロライド、1−ブチル−3−オクチルイミダゾリウムクロライド、テトラヘプチルアンモニウムクロライド等のクロライド系化合物;1−エチル−3−メチルイミダゾリウムジシアナマイド等のジシアナマイド系化合物;1−エチル−2,3−ジメチルイミダゾリウムエチルスルフェイト、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムエチルスルフェイト等のエチルスルフェイト系化合物;1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムメタンスルホネイト等のメタンスルホネイト系化合物;1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムメチルスルフェイト、メチルトリブチルアンモニウムメチルスルフェイト等のメチルスルフェイト系化合物;1−エチル−3−メチルイミダゾリウムテトラクロロアルミネート等のテトラクロロアルミネート系化合物;1−ブチル−2,3−ジメチルイミダゾリウムテトラフルオロボレート、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムテトラフルオロボレート等のテトラフルオロボレート系化合物;1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムチオシアネート、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムチオシアネート、テトラペンチルアンモニウムチオシアネート等のチオシアネート系化合物;1−エチル−2,3−ジメチルイミダゾリウムトリフルオロメタンスルホネート、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムトリフルオロメタンスルホネート等のトリフルオロメタンスルホネート系化合物;等が挙げられる。
【0040】
上記イオン性液体の含有量は、上記無機材料100重量部に対して1〜100重量部である。1重量部未満ではイオン性液体の添加の効果が小さく、100重量部を超えると無機材料に吸着できないイオン性液体が生じて、電解質膜からイオン性液体が流出するおそれがあり、結果的に電解質膜内に保持されないことになる。使用する無機材料の比表面積により、最大限吸着可能なイオン性液体の体積が変化し、また、イオン性液体の比重により、その体積内に含有させられる重量が異なるため、上記イオン性液体の含有量のより好ましい範囲は、適宜選択される。
【0041】
本発明のプロトン伝導性複合電解質膜には、架橋等のためにポリアリルアミン化合物、ジビニル化合物等の他の材料を添加してもよい。但し、上記他の材料としては、プロトン伝導性を阻害しないものを選択する必要があり、その添加量は、プロトン伝導性に悪影響を与えない範囲とする必要がある。
【0042】
次に、本発明のプロトン伝導性複合電解質膜を図面に基づき説明する。図3は、本発明のプロトン伝導性複合電解質膜の一例を示す模式断面図である。図3において、31がスルホン酸基等のプロトン供与体を有する有機材料であり、32がプロトン伝導性を有する無機材料の一例である酸化ジルコニウム水和物粒子(ZrO2・nH2O)であり、33がイオン性液体である。イオン性液体33は酸化ジルコニウム水和物粒子32の表面に吸着されており、燃料電池動作時に水移動が起こっても、電解質膜内に保持される。
【0043】
ここで、有機材料31は、含水状態においてプロトン伝導性を示す。これは、含水状態においてスルホン酸基等のプロトン供与体からプロトンが解離して伝導するためである。この有機材料31を単体で電解質膜に用いた場合、含水量の増加により膜の膨潤が起こり、それに伴ってメタノールあるいは水素等の燃料も有機材料内を透過してしまう。一方、酸化ジルコニウム水和物粒子32及びこれを被覆するイオン性液体33においては、ホッピング等によりプロトンが伝導していく。さらに、このイオン性液体33を吸着した酸化ジルコニウム水和物粒子32が高い含有率で微細に且つ均一に膜中に存在することによって、酸化ジルコニウム水和物粒子32による骨格を形成すると共に、これらの酸化ジルコニウム水和物粒子32同士を繋ぐ役割をする有機材料31もまた、その動きが抑制されるために、含水による膜の膨潤が抑制され、同時に燃料のクロスオーバーも抑制される。
【0044】
また、金属酸化物水和物は無機材料としては比較的高いプロトン伝導性を有する。例えば、25℃におけるプロトン伝導性は、酸化ジルコニウム水和物ZrO2・nH2Oでは2.8×10-3S/cm、酸化スズ水和物SnO2・nH2Oでは4.7×10-3S/cmである。さらに、金属酸化物水和物粒子を被覆するイオン性液体は、構造により値は異なるが、それ自体プロトン伝導性を有するために、湿潤時の有機材料及び金属酸化物水和物粒子間のプロトンの移動を阻害することなく存在し、さらに低加湿状態においては、イオン性液体及び金属酸化物水和物粒子によるプロトン伝導が起こり、一定のプロトン伝導度を維持することが可能となる。
【0045】
以上のように、プロトン伝導性を有する有機材料と、プロトン伝導性を有する無機材料と、イオン性液体とを組み合わせた複合電解質膜により、有機材料の単一電解質膜に見られるプロトン伝導性と燃料クロスオーバーとのトレードオフの関係を改善し、且つ、低加湿時のプロトン伝導性を向上させることができる。
【0046】
次に、本発明のプロトン伝導性複合電解質膜の製造方法について説明する。本発明のプロトン伝導性複合電解質膜の製造方法では、先ず、上記無機材料、上記有機材料、上記イオン性液体、必要に応じて他の有機材料及び有機溶媒を混合して、有機溶媒に有機材料及びイオン性液体を溶解させると共に、無機材料を分散させて分散体を作製する。
【0047】
上記有機溶媒は、上記有機材料等を溶解し、上記イオン性液体との混和性が高く、その後に蒸散等により除去し得るものであれば特に制限はなく、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドン、ジメチルスルホキシド等の非プロトン性極性溶媒;エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル等のアルキレングリコールモノアルキルエーテル;ジクロロメタン、トリクロロエタン等のハロゲン系溶媒;i−プロピルアルコール、t−ブチルアルコール等のアルコール等を用いることができる。有機溶媒は用いる有機材料等に合わせて適宜選択するが、その溶解度は10重量%以上であることが好ましい。この際の溶解度は作製する分散体の固形分量に影響を及ぼすが、この固形分量が少なすぎると、製膜する際に十分な厚みのものが得られにくいために好ましくない。十分な厚みのものを得るために重層塗布するなどの手段もあり、溶解度が10重量%未満の有機溶媒でも必ずしも利用できないわけではないが、均一な膜を得るためには高い塗布技術と複雑な工程が必要となるため、好ましくない。
【0048】
上記無機材料の含有量は、上記分散体の固形分の全重量に対して、10〜60重量%とする。上記無機材料の含有量が10重量%未満では、燃料透過性を低下させる点では有効であるが、プロトン伝導性を向上させる効果がほとんど得られない。即ち、無機材料の含有量が低い場合には必然的に無機材料粒子間の距離が開き、膜としてのプロトン伝導率は急激に低下する。また、上記含有量が60重量%を超えると、このような高含有量において、自立膜化のための有機材料同士の繋がりを得ようとすれば、必然的に被吸着物である無機材料粒子の比表面積を減少させなければならない。このことは即ち、無機材料粒子がより大きな粒子径を持つか、あるいは、凝集により粗大な分散粒子径を持つこととなり、最終的に得られる電解質膜において燃料透過性を低下させることができない。よって、上記無機材料の含有量は10〜60重量%であることが必要であり、特にプロトン伝導性と低燃料透過性との両者の特性を向上させるという意味では、40重量%以上55重量%以下がより好ましい。
【0049】
上記分散体の作製方法は特に限定されない。例えば、上記無機材料を、上記有機材料及び上記イオン性液体を溶解させた溶液中に混合し、分散機を用いて分散することにより作製できる。分散法としては、スターラ法、ボールミル法、ジェットミル法、ナノミル法、超音波法等を用いることができる。
【0050】
次に、上記分散体を基板に塗布し、有機溶媒を蒸発させることで、無機有機複合電解質膜を得ることができる。その後、水に浸漬することで、基板から複合電解質膜を剥がし取ることにより、本発明のプロトン伝導性複合電解質膜が得られる。上記分散体の基板への塗布方法は特に限定されるものではなく、ディップコート法、スプレーコート法、ロールコート法、ドクターブレード法、グラビアコート法、スクリーン印刷法等を用いることができる。上記基板は、上記分散体を塗布した後に膜を剥がすことができれば特に制限はなく、ガラス板、フッ素樹脂シート、ポリイミドシート等を用いることができる。
【0051】
本発明のプロトン伝導性複合電解質膜の厚みについては特に制限はないが、10〜200μmが好ましい。実用に耐える膜の強度を得るには10μmより厚い方が好ましく、膜抵抗の低減、即ち発電性能向上のためには200μmより薄い方が好ましい。特に、20〜100μmが好ましい。溶液キャスト法により製膜した場合、膜厚は溶液濃度あるいは基板上への塗布厚により制御できる。また、溶融材料を用いて製膜する場合、膜厚は溶融プレス法あるいは溶融押し出し法等で得た所定厚さのフィルムを、所定の倍率に延伸することで膜厚を制御できる。
【0052】
以上のようにして、平均一次粒子径が0.5〜5nmであり、高いプロトン伝導性を有する超微粒子無機材料粒子を分散させた複合電解質膜を得ることができる。
【0053】
このようにして得られた本発明のプロトン伝導性複合電解質膜の分散状態の評価方法としては、例えば以下のような指標が用いられる。
【0054】
(1)透過型電子顕微鏡(TEM)観察
得られた電解質膜について、その断面のTEM写真を撮影し、目視から凝集粒子径(二次粒子径)及び無機粒子充填率を求めることができる。より凝集粒子径が小さく、無機材料粒子の充填率が高く、有機材料のみの部分(TEM写真ではバックグラウンドとなるカーボンと同様、白く写る部分)が少ない方が、より微細分散できていると判定することができる。
【0055】
(2)光学測定
黒色以外の無機材料粒子の一次粒子径が十分に小さく、約200nm以下である場合には、一般的に微細分散していれば可視光を透過する。本発明においては、無機材料粒子の平均一次粒子径は数nmサイズの粒子を用いるため、分散されていれば必ず、ある割合で可視光を透過する膜となる。この際、膜内部の凝集粒子径が小さくなり、全体として見た際に凝集粒子径のばらつきが少なくなれば、可視光透過を阻害するような粗大粒子が少なくなるために可視光透過率が高くなり、ばらつきによる不均一が少なくなればヘイズ値(表面散乱光)が小さくなる。従って、同じ無機材料粒子含有率、同じ膜厚であれば、可視光透過率が高く、ヘイズ値が小さい方がより微細分散できていると判定することができる。ここで、ヘイズ値は、日本工業規格(JIS)K7105に規定する曇価である。このような光学特性による判定では、TEM写真による判定では難しい、全体としての「均一性」の評価をすることが可能であり、含有率・膜厚が一定である場合の分散状態の比較評価としては、写真観察と共に有用な方法である。
【0056】
(3)小角散乱測定
得られた電解質膜の透過型小角散乱スペクトルを測定し、その結果から膜中の粒子の平均分散粒子径及びその分布を求めることができる。各材料の真密度が明らかな場合には、膜厚や含有率等に依存することもなく、一義的に測定することが可能である。但し、小角散乱測定を用いて精密に測定できる平均粒子サイズは、高々20〜30nm程度までであり、また、その分布状態がある程度シャープなものでなければ、正確に粒子径を求めることができない。そのため、より粗大な凝集体を含む場合、あるいは、分散径が連続的に広い範囲で分布している場合には、本測定方法を用いることは好ましくない。
【0057】
本発明においては、凝集粒子径が微細であることから、分析方法としては以上のいずれの方法を用いてもよいが、分散粒子径、無機材料粒子含有率、膜厚等に左右されずに一義的に膜中の粒子の分散状態を判定することのできる小角散乱測定を用いて、平均粒子径、あるいは平均空間径を求め、これと併行してTEM観察を行うことにより、膜の全体像を把握することとした。
【0058】
(実施形態2)
次に、本発明の膜電極接合体とそれを用いた燃料電池を説明する。本発明の膜電極接合体は、酸素を還元する触媒層を含む酸素極と、燃料を酸化する触媒層を含む燃料極と、上記酸素極と上記燃料極との間に配置された実施形態1で説明した本発明のプロトン伝導性複合電解質膜とを備える。また、本発明の燃料電池は、上記本発明の膜電極接合体を備えている。本発明のプロトン伝導性複合電解質膜を用いることにより、より高出力の膜電極接合体及びそれを用いた燃料電池を提供できる。
【0059】
以下、本発明の膜電極接合体及びそれを用いた燃料電池の一例を図面に基づき説明する。
【0060】
図4は、本発明の膜電極接合体とそれを用いた燃料電池の一例を示す模式断面図である。図4において、燃料電池40は、膜電極接合体41を備え、膜電極接合体41は、酸素極1、燃料極2及びプロトン伝導性複合電解質膜3から構成されている。
【0061】
酸素極1及び燃料極2は、それぞれ、触媒層1b、2bとガス拡散層1a、2aとを備えているが、酸素極1及び燃料極2は、それぞれ触媒層1b、2bのみで構成されていてもよい。また、酸素極1のガス拡散層1a及び燃料極2のガス拡散層2aは、多孔性の電子伝導性材料等で構成することができ、例えば、撥水処理を施した多孔質炭素シート等を用いることができる。プロトン伝導性複合電解質膜3は、実施形態1で説明した本発明のプロトン伝導性複合電解質膜である。
【0062】
また、燃料電池40は、酸素極1のガス拡散層1a及び燃料極2のガス拡散層2aの外側に、それぞれ集電板5、6を備えている。酸素極1側の集電板5には、酸素(空気)を取り込むための孔9が設けられており、さらにリード体5aが接続されている。また、燃料極2側の集電板6には、燃料経路8から燃料(メタノール、水素等)を取り込むための孔7が設けられており、さらにリード体6aが接続されている。膜電極接合体41は集電板5、6により挟まれ、シール材4で封止されることにより燃料電池40が構成される。
【0063】
集電板5、6としては、例えば、白金、金等の貴金属や、ステンレス鋼等の耐食性金属、又は炭素材料等で構成することができる。また、それらの材料に耐食性向上のために、表面にメッキや塗装が施されていてもよい。
【実施例】
【0064】
以下、実施例に基づき本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0065】
(実施例1)
<酸化ジルコニウム水和物粒子の作製>
本実施例で用いるプロトン伝導性を有する無機材料としての酸化ジルコニウム水和物粒子を下記のようにして作製した。
【0066】
先ず、28%アンモニア水溶液15.12gを300mLの水に溶解してアンモニア水溶液を調製した。また、このアンモニア水溶液とは別に、塩化酸化ジルコニウム8gを100mLの水に溶解してジルコニウム塩水溶液を調製した。
【0067】
次に、上記アンモニア水溶液に上記ジルコニウム塩水溶液を滴下しつつ攪拌し、酸化ジルコニウム水和物粒子を含む沈殿物を生成させた。上記ジルコニウム塩水溶液は全て滴下して用いた。この沈殿物を含む懸濁液のpHは11.8であった。この沈殿物を懸濁液の状態で25℃で15時間、熟成させた。15時間経過後の懸濁液のpHは、11.3であった。
【0068】
続いて、この沈殿物を含む懸濁液をオートクレーブに仕込み、100℃で7時間、水熱処理を施した。
【0069】
最後に、水熱処理後の沈殿物から未反応物や不純物を除去するために、超音波洗浄器を使って水洗した後、濾過を行い、60℃で6時間、空気中で乾燥を行った。その後、乳鉢で軽く解砕し、酸化ジルコニウム水和物粒子を得た。
【0070】
得られた酸化ジルコニウム水和物粒子を透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて観察し、そのTEM写真を用いて、300個の酸化ジルコニウム水和物粒子の直径又は長軸長さの算術平均を求め、酸化ジルコニウム水和物粒子の平均一次粒子径を求めたところ、2nmであった。また、BET法により酸化ジルコニウム水和物粒子の比表面積を求めたところ、380m2/gであった。
【0071】
続いて、乾燥終了後1時間経過した上記酸化ジルコニウム水和物粒子について、リガク社製の示差熱天秤(装置型番:TG−DTA−2000S)を用いて示差熱熱重量同時分析(TG/DTA)を行い、一般式ZrO2・nH2Oで表される酸化ジルコニウム水和物粒子の水和水量nを求めたところ、5.5であった。
【0072】
<プロトン伝導性複合電解質膜の作製>
上記酸化ジルコニウム水和物粒子(ZrO2・5.5H2O)と、プロトン伝導性を有する有機材料としてポリエーテルスルホンにスルホン酸基を導入したSM−PES(Sulfonated Methyl−Poly Ether Sulfone)と、イオン性液体として、比較的プロトン伝導度の高い1−エチル−3−メチルイミダゾリウムトリフルオロメタンスルホネートとを用いて、下記のようにして電解質膜を作製した。但し、上記SM−PESの乾燥重量当たりのイオン交換容量は、1.25meq/gとした。
【0073】
先ず、SM−PESを有機溶媒であるジメチルスルホキシドに溶解させ、SM−PES濃度25重量%の溶液を準備した。次に、この溶液に下記重量割合で、酸化ジルコニウム水和物粒子とイオン性液体(1−エチル−3−メチルイミダゾリウムトリフルオロメタンスルホネート)とジメチルスルホキシドとを加えて、ボールミル法を用いて30時間混合し、酸化ジルコニウムを分散させた分散液を作製した。
(1)酸化ジルコニウム水和物粒子 100重量部
(2)SM−PES溶液(濃度:25重量%) 400重量部
(3)イオン性液体(1−エチル−3−メチルイミダゾリウムトリフルオロメタンスルホネート) 40重量部
(4)ジメチルスルホキシド 300重量部
【0074】
次に、この分散液を、アプリケータによりガラス板上に塗布し、真空乾燥機により60℃で3時間乾燥することで、ジメチルスルホキシドを蒸発させて製膜した。その後、得られた膜を水に浸漬することで、ガラス板上から剥がし取った。続いて、その膜を1Mの硫酸水溶液に浸漬することでプロトン化し、酸化ジルコニウム水和物粒子を分散させたプロトン伝導性複合電解質膜とした。得られた電解質膜は全体的に均一な白色透明膜であり、乾燥時における酸化ジルコニウム水和物粒子の含有量は42重量%であり、イオン性液体と酸化ジルコニウム水和物粒子との重量比は、40:100であり、厚さは25μmであった。
【0075】
このようにして得られた電解質膜について、小角散乱測定から粒子径分布を求めた。その結果、酸化ジルコニウムの一次粒子による4.7nm程度の粒子分布と、酸化ジルコニウムの一次粒子の凝集体からなる二次粒子による38nm程度の粒子分布との2種が観測された。この結果から酸化ジルコニウム水和物粒子の平均一次粒子径と平均二次粒子径を求め、これら全体の平均粒子径を平均分散粒子径とし、その結果を表1に示す。また、電解質膜の断面のTEM観察を行い、これらの分布測定結果が妥当であることを目視により確認した。本実施例の電解質膜の小角散乱測定スペクトルを図5に示し、その電解質膜の断面のTEM写真を図6に示す。
【0076】
(実施例2)
実施例1で得た電解質膜を、pH1に調整したリン酸水溶液に浸漬し、60℃で1時間保持し、水洗した後、pH1に調整した硫酸水溶液で洗浄し、酸化ジルコニウム水和物粒子をリン酸化し、さらに60℃で3時間乾燥させることによりリン酸ジルコニウム含有電解質膜を作製した。得られた電解質膜は全体的に均一な白色透明膜であり、厚さは28μmであった。
【0077】
このようにして得られた電解質膜について、実施例1と同様にして小角散乱測定からリン酸ジルコニウムの平均分散粒子径を求め、その結果を表1に示す。
【0078】
(比較例1)
イオン性液体を使用せず、以下の重量割合で酸化ジルコニウム水和物粒子を分散させた以外は、実施例1と同様にして分散液を作製した。
(1)酸化ジルコニウム水和物粒子 100重量部
(2)SM−PES溶液(濃度:25重量%) 400重量部
(3)ジメチルスルホキシド 300重量部
その後、この分散液を用いて実施例1と同様にして、乾燥時における酸化ジルコニウム水和物粒子の含有量が50重量%の電解質膜を作製した。得られた電解質膜は全体的に均一な白色透明膜であり、厚さは25μmであった。
【0079】
このようにして得られた電解質膜について、実施例1と同様にして小角散乱測定から酸化ジルコニウムの平均分散粒子径を求め、その結果を表1に示す。
【0080】
(比較例2)
酸化ジルコニウム水和物粒子を使用せず、以下の重量割合でSM−PES溶液とイオン性液体とを混合した以外は、実施例1と同様にして混合液を作製した。
(1)SM−PES溶液(濃度:25重量%) 400重量部
(2)イオン性液体(1−エチル−3−メチルイミダゾリウムトリフルオロメタンスルホネート) 40重量部
【0081】
その後、この混合液を用いて実施例1と同様にして、電解質膜を作製した。得られた電解質膜は全体的に均一な透明膜であり、厚さは25μmであった。
【0082】
<イオン性液体の流出試験>
実施例1、2及び比較例1、2で得られた電解質膜について、水中に6時間浸漬し、十分に膜を膨潤させた後、5分間の超音波洗浄を行い、60℃で乾燥させた後、重量変化を測定した。有機材料及び無機材料のみが含まれる、比較例1の電解質膜では、洗浄前後での重量変化は見られず、これら2種の材料の水流出は無いことが確認された。このことから、実施例1、2及び比較例2では、重量の減少分をイオン性液体の流出量として見積もり、これらの測定結果を表1に示す。表1中のイオン性液体の流出量は、作製時に添加したイオン性液体の重量に対する、上記イオン性液体の重量減少分の比率で表した。
【0083】
【表1】

【0084】
<プロトン伝導度の測定>
実施例1、2及び比較例1、2で得られた電解質膜について、HIOKI社製のケミカルインピーダンスメータ“3532−80”を用いてプロトン伝導度の測定を行った。具体的には、得られた電解質膜を幅5mmに切断し、4端子法で測定した。端子には白金線を用い、電圧端子間距離は1cmとした。印加電圧は20mVとし、サンプルホルダごと高温恒湿槽中に入れ、温度及び湿度を変化させて測定を行った。その結果を表2に示す。
【0085】
【表2】

【0086】
表1に示したように、実施例1では、イオン性液体を添加しない比較例1と比べて、電解質膜中の平均分散粒子径が小さいことが分かる。これは、イオン性液体を添加することによって、イオン性液体が分散剤としての役割を果たし、無機材料粒子の凝集がほぐれ、分散状態が向上したからと考えられる。このような分散状態の向上、及び、イオン性液体によるプロトン伝導の向上の、両者の寄与により、表2に示したように、いずれの条件下においても、実施例1におけるプロトン伝導度は、同種の無機材料を含有させた比較例1よりも優れていることが分かる。特に、低湿度下におけるプロトン伝導度が、イオン性液体を含有させることにより向上していることが分かる。
【0087】
また、実施例2においては、膜中の酸化ジルコニウム水和物粒子をリン酸化したことにより、平均分散粒子径がやや大きくなっているが、材料そのものがより保湿性の高いリン酸ジルコニウムとなったことにより、イオン性液体との相乗効果で、低湿度下でより高いプロトン伝導度を実現することが可能となっていることが分かる。
【0088】
ここで、実施例1、比較例1で使用した酸化ジルコニウム水和物では、表面吸着水を利用したプロトン伝導性無機材料であるために、比較例1では、40℃でのプロトン伝導度は良好であるものの、80℃に温度を上昇させた際には、水分の蒸発が進み、プロトン伝導度が著しく低下する。一方、これにイオン性液体を流出することなく含有させた実施例1では、イオン性液体を含有させない比較例1と比べて特性の向上が見られる。この結果から、イオン性液体の構造をさらに改善する、もしくは、より最適なものを選択するなどして、よりプロトン伝導性の高いイオン性液体を使用することができれば、電解質膜のプロトン伝導度をより向上させられる可能性があると考えられる。
【0089】
また、実施例1、2においてはイオン性液体の流出は少量に抑えられているが、比較例2のように無機材料粒子を添加せずに、単にイオン性液体と有機材料とを混合した膜では、水により容易に、膜内に含まれるイオン性液体が流出することが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0090】
以上のように本発明のプロトン伝導性複合電解質膜は、高プロトン伝導性と低燃料透過性とを有し、且つ、高湿度下だけでなく低湿度下においても高プロトン伝導性を保持できるので、これを用いることにより、より高出力の膜電極接合体及びそれを用いた燃料電池を提供できる。
【符号の説明】
【0091】
1 酸素極
2 燃料極
3 プロトン伝導性複合電解質膜
11、21、31 有機材料
12、22 無機粒子凝集体
32 酸化ジルコニウム水和物粒子
33 イオン性液体
40 燃料電池
41 膜電極接合体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロトン伝導性を有する無機材料と、プロトン伝導性を有する有機材料と、イオン性液体とを含むプロトン伝導性複合電解質膜であって、
前記無機材料の含有量が、前記電解質膜の全重量に対して10〜60重量%であり、
前記イオン性液体の含有量が、前記無機材料100重量部に対して1〜100重量部であることを特徴とするプロトン伝導性複合電解質膜。
【請求項2】
前記無機材料の平均分散粒子径が、1〜30nmである請求項1に記載のプロトン伝導性複合電解質膜。
【請求項3】
前記無機材料が、酸化ジルコニウム水和物及びリン酸ジルコニウムから選ばれる少なくとも一つである請求項1又は2に記載のプロトン伝導性複合電解質膜。
【請求項4】
前記有機材料が、芳香族炭化水素である請求項1〜3のいずれか1項に記載のプロトン伝導性複合電解質膜。
【請求項5】
酸素を還元する触媒層を含む酸素極と、燃料を酸化する触媒層を含む燃料極と、前記酸素極と前記燃料極との間に配置された請求項1〜4のいずれか1項に記載のプロトン伝導性複合電解質膜とを含むことを特徴とする膜電極接合体。
【請求項6】
請求項5に記載の膜電極接合体を含むことを特徴とする燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−48939(P2011−48939A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−194458(P2009−194458)
【出願日】平成21年8月25日(2009.8.25)
【出願人】(000005810)日立マクセル株式会社 (2,366)
【Fターム(参考)】