説明

プロトン伝導性高分子電解質及び燃料電池

【課題】100℃から200℃程度の作動温度において、無加湿あるいは相対湿度50%以下の作動条件で良好に作動する発電性能を長期間安定的に示すことが可能なプロトン伝導性高分子電解質及び燃料電池を提供する。
【解決手段】酸性官能基を有する芳香族炭化水素系高分子と、電子供与性官能基を有する化合物とが少なくとも含有された組成物からなることを特徴とするプロトン伝導性高分子電解質を採用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロトン伝導性高分子電解質及び燃料電池に関するものであり、特に、100℃以上200℃以下の作動温度下において、無加湿あるいは相対湿度50%以下であっても良好な発電性能を長期間安定的に示す固体高分子型燃料電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
燃料電池用の電解質としては、プロトン伝導性や化学的安定性に優れる等の理由から、食塩電解や海水淡水化、水処理等の用途にも用いられているフッ化ポリエチレンスルホン酸膜が広く利用されている。例えば、Nafion膜、Flemion膜、Aciplex膜、Dow膜(いずれも商品名)等が市販されている。しかしながら、これらの電解質膜はフッ素を含有するため、環境面から好ましくなく、かつ高価格であるという欠点がある。
フッ素を含有しない電解質膜としては、水処理用イオン交換樹脂やイオン交換膜等としてポリスチレンスルホン酸、燃料電池用としてスルホン酸化芳香族ポリマー等が提案されている(特許文献1、非特許文献1)。しかしながらこれらは、耐熱性や化学的安定性が燃料電池として実用化するには不充分である。
【0003】
また、非水系プロトン伝導性電解質として、プロトンアクセプターまたはキャリヤーに、不揮発性の常温溶融塩、リン酸、イミダゾールなどの低分子塩基を用いて、これら常温溶融塩、リン酸、低分子塩基を耐熱性高分子に複合化させたものが知られている。しかし、これらの化合物は水に可溶であることが多く、燃料電池の発電中に系内に生成する水によって、系外へ流出してしまう問題があった。
【特許文献1】特表平11−502245号公報
【非特許文献1】T.Kobayashi,M.Rikukawa,K.Sanui,N.Ogata,Solid State Ionics,106巻,1998年,p.219
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記課題を解決するためになされたもので、100℃から200℃程度の作動温度において、無加湿あるいは相対湿度50%以下の作動条件で良好に作動する発電性能を長期間安定的に示すことが可能なプロトン伝導性高分子電解質及び燃料電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明では、従来の常温溶融塩やリン酸等と同様にプロトンアクセプターとなり、かつ水に不溶な化合物として、特定の電子供与性基を持つ化合物を見出し、この電子供与性基を持つ化合物と耐熱性高分子とを併用することにより、無加湿、高温で作動させる燃料電池用の電解質膜として最適な膜を提供可能であることが見出された。すなわち、本発明は以下の構成を採用することにより、上記の課題を解決することが可能になった。
【0006】
本発明のプロトン伝導性高分子電解質は、酸性官能基を有する芳香族炭化水素系高分子と、電子供与性官能基を有する化合物とが少なくとも含有された組成物からなることを特徴とする。
また、本発明のプロトン伝導性高分子電解質においては、前記電子供与性官能基を有する化合物が、前記酸性官能基を有する芳香族炭化水素系高分子に対して0.01〜50重量%の範囲で含有されてなることが好ましい。
更に、本発明のプロトン伝導性高分子電解質においては、前記電子供与性官能基を有する化合物の融点が100℃以上であり、沸点が200℃以下であることが好ましい。
更にまた、本発明のプロトン伝導性高分子電解質においては、前記酸性官能基を有する芳香族炭化水素系高分子の酸性官能基が、スルホン酸基またはスルファミド酸基であることが好ましい。
また、本発明のプロトン伝導性高分子電解質においては、前記酸性官能基を有する芳香族炭化水素系高分子が、下記式(1)で表されるポリアミド酸誘導体であることが好ましい。但し、式(1)中、Arは芳香族環または芳香族環を含む基であり、Rはアルキル基であり、0≦a≦2,0≦b≦2,且つa+b=2であり、nは平均重合度であって100〜10000の整数である。
【0007】
【化1】

【0008】
次に、本発明の燃料電池は、一対の電極と各電極の間に配置された電解質膜とを具備してなり、前記電解質膜が、先のいずれかに記載のプロトン伝導性高分子電解質からなることを特徴とする。
また、本発明の燃料電池においては、前記電極の一部に、先のいずれかに記載のプロトン伝導性高分子電解質が含有されていることが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、酸性官能基を有する芳香族炭化水素系高分子と、電子供与性官能基を有する化合物とを含む組成物を燃料電池の電解質として用いることで、作動温度が100℃以上200℃以下で無加湿、あるいは相対湿度50%以下であっても、電流密度が高く、高出力、高寿命な固体高分子型燃料電池を提供することが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明のプロトン伝導性高分子電解質及び燃料電池について詳述する。
【0011】
[プロトン伝導性高分子電解質]
本発明に係るプロトン伝導性高分子電解質は、酸性官能基を有する芳香族炭化水素系高分子と、電子供与性官能基を有する化合物とが少なくとも含有された組成物から構成されている。
(芳香族炭化水素系高分子)
芳香族炭化水素系高分子における酸性官能基としては、カルボン酸基、ホスホン酸基、スルホン酸基、スルファミド酸基など、プロトンを放出することが可能な官能基が好ましく、スルホン酸基、カルボン酸基またはスルファミド酸基であることがより好ましく、スルホン酸基またはスルファミド酸基が特に好ましい。
【0012】
スルファミド酸基を有する芳香族炭化水素系高分子としては、下記式(2)に示されるポリアミド酸誘導体が好ましい。下記式(2)において、Arは芳香族環または芳香族環を含む基であり、Rはアルキル基であり、より具体的にはRは炭素数が3〜12の範囲のアルキル基であり、また式(2)中a及びbは、0≦a≦2,0≦b≦2,且つa+b=2であり、nは平均重合度であって100〜10000の整数である。芳香族環または芳香族環を含む基としては、フェニル基、ナフチル基等が挙げられるが、これらに何ら限定されるものではない。
【0013】
【化2】

【0014】
上記のポリアミド酸誘導体の平均重合度は、上述の通り100〜10000の範囲が好ましい。平均重合度が100未満では膜を形成することができず、また平均重合度が10000を超えると溶媒に難溶となり、電子供与性官能基を有する化合物とを複合化させる手段として好適なキャスト成膜が不可能になる。
【0015】
上記のポリアミド酸誘導体としては、ポリアミド酸の側鎖カルボン酸基の全部、または一部がスルファミド化されてなる化合物とすることが好適である。このようなポリアミド酸誘導体としては、ポリアミド酸の側鎖カルボン酸基の全部、または一部を酸クロライド化後、アミド硫酸トリエチルアミン塩と反応させ、さらに陽イオン交換して得られるものを好適に用いることができる。
【0016】
なお、上記式(2)で示されるポリアミド酸誘導体の官能基の導入率:a/bは、80%〜100%の範囲であることが好ましい。官能基の導入率:a/bが80%未満だと、充分なプロトン伝導性が得られない。
【0017】
ポリアミドの側鎖としてスルファミド酸基を高導入率で導入した場合には、電解質膜として成膜した際の柔軟性が低下し、脆い膜となる虞があるところ、本発明では、ポリアミドの主鎖にアルキル基を含む構成のポリアミド酸誘導体としているため、ポリアミドの側鎖としてスルファミド酸基を高導入率で導入した場合であっても、電解質膜として成膜した際の柔軟性に優れていることから、膜が脆くなるのを抑制することができる。
【0018】
上記のポリアミド酸誘導体を合成するには、例えば以下のような方法で行なうことができる。
ポリアミド酸誘導体を、スルファミド化されたポリアミドスルファミド酸として合成する場合、合成の容易さの点から、ポリアミド酸の側鎖カルボン酸をスルファミド化する方法によって行なうことが好ましい。特に、ポリアミド酸の側鎖カルボン酸基を酸クロライド化後、アミド硫酸トリエチルアミン塩と反応させ、さらに陽イオン交換して得る方法とすることが好ましい。
このポリアミドスルファミド酸の合成スキームの例を以下に示す。
【0019】
【化3】

【0020】
上記合成スキームに示すように、出発ポリマーとして用いる一般式(5)のポリアミド酸は、例えば、一般式(3)の芳香族四酢酸二無水物と一般式(4)の芳香族ジアミンとの重縮合により生成することができる。また、一般式(3)〜(5)中のAr、及びR、nは、上記一般式(1)(目的生成物)と同じものである。
【0021】
上記ポリアミド酸(5)と塩化チオニル(SOCl)とを、アミド系溶媒中において、室温若しくは低温下にて数時間〜24時間攪拌混合することにより、ポリアミド酸(5)の側鎖カルボン酸の全部、又は少なくとも一部が酸クロライド基に変換される(酸クロライド化)。一般式(6)に示す例では、ポリアミド酸(5)の側鎖カルボン酸の一方のみが酸クロライド基に変換され、他方がカルボン酸のままとなっているが、この他方の側鎖カルボン酸も酸クロライド基に変換することができる。この際に用いるアミド系溶媒としては、N,N’−ジメチルアセトアミド、N,N’−ジメチルホルムアミド等が挙げられる。反応終了後、反応溶液をメタノール等に注入し、沈殿物をろ別及び洗浄することにより、生成ポリマー(6)が分離される。
【0022】
得られたポリマー(6)とアミド硫酸トリエチルアミン塩(NHSOH・N(C)とを、アミド系溶媒中において、室温若しくは低温下にて数時間〜24時間攪拌混合することにより、一般式(7)のポリアミドスルファミド酸トリエチルアミン塩が合成される。一般式(7)に示す例では、ポリアミド酸(5)の側鎖の内、上記反応で酸クロライド化された一方のみがスルファミド酸塩に変換されているが、上述したように他方の側鎖カルボン酸も酸クロライド化しておけば、この他方の側鎖もスルファミド酸塩に変換することができる。この際に用いるアミド系溶媒としては、上記酸クロライド化反応と同様のものが用いられる。反応終了後、反応溶液をメタノール等に注入し、沈殿物をろ別及び洗浄することにより、生成ポリマー(7)が分離される。
【0023】
最後に、得られたポリアミドスルファミド酸トリエチルアミン塩(7)の溶液(例えばN,N’−ジメチルアセトアミド溶液等)を、陽イオン交換樹脂に通液することで陽イオン交換(スルファミド酸塩をスルファミド酸に変換)し、プロトン化する。処理液をメタノール、ジクロロメタン、又はクロロホルム等に注入し、沈殿物をろ別及び洗浄することにより、目的物である一般式(1)で表されるポリアミド酸誘導体が得られる。
【0024】
なお、本例のポリアミド酸誘導体(1)は、上記各反応の結果、ポリアミド酸の側鎖の一部にのみスルファミド酸基が導入された構造となっているが、上述したようにポリアミド酸の側鎖の各反応形態は限定されないため、ポリアミド酸の側鎖の一部のみならず、例えば、側鎖全部をスルファミド酸基に変換することも可能である。
また、上述したように、上記一般式(2)で示されるポリアミド酸誘導体中のa,bは、0≦a≦2,0≦b≦2,且つa+b=2であり、それぞれの官能基が異なる比率で存在したものとなる。
【0025】
次に、スルホン酸基を有する芳香族炭化水素系高分子としては、下記式(8)に示されるポリエーテルエーテルケトン誘導体が好ましい。ここで、式(8)におけるmは、平均重合度であって、100〜10000の範囲が好ましい。平均重合度が100未満では膜を形成することができず、また平均重合度が10000を超えると溶媒に難溶となり、電子供与性官能基を有する化合物とを複合化させる手段として好適なキャスト成膜が不可能になる。
【0026】
【化4】

【0027】
また、酸性官能基を有する芳香族炭化水素系高分子の他の例としては、ポリエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンエーテル、ポリフェニレンスルフィド、ポリイミド、ポリベンゾオキサゾールなどの耐熱性高分子を例示できる。
【0028】
(電子供与性官能基を有する化合物)
電子供与性官能基とは、電子供与性基とも呼ばれ、電気陰性度の違いや共鳴効果、誘起効果により、分子の特定の部位に電子密度が増加し、相手に電子を与える官能基である。上記理由により電子密度が高くなっている部分とポリマーに含まれる酸性官能基の解離可能なプロトンとが作用し、プロトンが系内に存在する電子供与性官能基部分を移動することによりプロトン伝導度が発現する。
電子供与性官能基を有する化合物としては、少なくとも燃料電池運転温度である100℃〜200℃において液体である化合物がよい。すなわち、融点が100℃以上であり、沸点が200℃以下である化合物がよい。電子供与性官能基としては、アミド基、エーテル基、アミノ基、水酸基、チオエーテル基、アルキル基、ハロゲン基などを例示できる。
【0029】
これらの電子供与性官能基を持つ化合物としては、デシルアミン、ウンデシルアミン、ドデシルアミン、トリデシルアミン、トリドデシルアミン、ペンタデシルアミン、デシルアニリン、4−ブチルアニリン、1−デカノール、2−デカノール、1−ウンデカノール、1−ドデカノール、2−ドデカノール、1−トリデカノール、1−テトラデカノール、2−テトラデカノール、2−ヘキサデカノール、2−ヘキシル−1−デカノール、ヘプタデカノール、1,10−デカンジオール、1,2−デカンジオール、1,12−ドデカンジオール、1,2−テトラデカンジオール、1,14−テトラデカンジオール、1−デカンチオール、1−ウンデカンチオール、1−ペンタデカンチオールなどが挙げられる。
【0030】
中でも効果的な電子供与性官能基としてはアミド基、エーテル基が挙げられ、これらの電子供与性官能基を持つ化合物としては、ジエチルドデカン酸アミド、ジエチルオクタデカン酸アミド、ジエチルベンズアミド、ジエチル−4−ヘプチルベンズアミド、ジフェニルエーテル、エチルフェニルエーテル、シクロヘキシルフェニルエーテルなどが挙げられる。
【0031】
本発明に係るプロトン伝導性高分子電解質においては、芳香族炭化水素系高分子に、電子供与性官能基を有する化合物が含有された状態になっており、芳香族炭化水素系高分子と電子供与性官能基を有する化合物とが、相互に混合されて均質な状態になっている。
電子供与性官能基を有する化合物の混合比率は、酸性官能基を有する芳香族炭化水素系高分子に対して、0.01〜50重量%が好ましい。電子供与性官能基を有する化合物の混合比率が0.01質量%未満では充分なプロトン伝導度が得られず、50質量%を超えると、膜が強度不足になる。
【0032】
本発明に係るプロトン伝導性高分子電解質の製造方法としては、例えば、芳香族炭化水素系高分子を溶媒に溶解させてポリマー溶液とし、このポリマー溶液中に、電子供与性官能基を有する化合物を添加して混合溶液とし、この混合溶液をキャスト成膜してから、加熱、減圧または加熱減圧などの手段で溶媒を除去することによって製造すればよい。
芳香族炭化水素系高分子を溶解させる溶媒としては、例えば、芳香族炭化水素系高分子が上記のポリアミド酸誘導体の場合には、ジメチルホルムアミド(DMF),N,N’−ジメチルアセトアミド(DNAc)、N−メチルピロリジン(NMP)、ジメチルスルホキシド(DMSO)などを用いることができる。
【0033】
[燃料電池]
図1に、本実施形態の燃料電池の一例を示す分解斜視図を示し、図2には、図1の燃料電池を構成する膜−電極接合体の断面模式図を示す。
図1に示す燃料電池1は、2つの単セル11が一対のホルダ12、12に狭持されて概略構成されている。単セル11は、膜−電極接合体10と、膜−電極接合体10の厚み方向両側に配置されたバイポーラプレート20、20とから構成され、作動温度100℃〜200℃、湿度が無加湿若しくは相対湿度50%以下の条件で作動するものである。バイポーラプレート20、20は、導電性を有する金属またはカーボン等から構成されており、膜−電極接合体10にそれぞれ接合することで、集電体として機能するとともに、膜−電極接合体10の触媒層に対して、酸素および燃料を供給する。
また、図1に示す燃料電池1は、単セル11の数が2つだが、数は2つに限らず、燃料電池に要求される特性に応じて数十〜数百程度まで増やしてもよい。
【0034】
膜−電極接合体10は、図2に示すように、電解質膜100と、電解質膜100の厚み方向両側に配置された触媒層110、110’と、触媒層110、110’にそれぞれ積層された第1の気体拡散層121、121’と、第1の気体拡散層121、121’にそれぞれ積層された第2の気体拡散層120、120’とから構成されている。
電解質膜100は、上述のプロトン伝導性高分子電解質からなるものであり、酸性官能基を有する芳香族炭化水素系高分子と、電子供与性官能基を有する化合物とが少なくとも含有された組成物から構成されている。電解質膜100の膜厚は、20μm〜200μm程度の範囲が好ましい。
【0035】
触媒層110、110’は、燃料極及び酸素極として機能するものであって、活性炭等を主体とする触媒材料と、この触媒材料を固化成形するバインダとが含まれてそれぞれ構成されている。触媒材料は、触媒物質が活性炭等に担持されて構成されている。触媒物質は、水素の酸化反応及び酸素の還元反応を促進する金属であれば、特に限定されないが、例えば鉛、鉄、マンガン、コバルト、クロム、ガリウム、バナジウム、タングステン、ルテニウム、イリジウム、パラジウム、白金、ロジウムまたはそれらの合金を挙げることができる。こうした金属または合金を活性炭に担持させることによって触媒材料を構成できる。
バインダは、耐熱性に優れたフッ素樹脂を用いても良く、本発明に係るプロトン伝導性高分子電解質を用いてもよい。バインダとしてプロトン伝導性高分子電解質を用いることで、触媒層110、110’内部のプロトン拡散を効率よく行なわれ、触媒層110、110’のインピーダンスが低下して燃料電池の出力が向上する。
また、バインダとしてフッ素樹脂を用いる場合は、融点が400℃以下のフッ素樹脂が好ましく、そのようなフッ素樹脂としてポリ四フッ化エチレン、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、ポリフッ化ビニリデン、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロエチレン共重合体、パーフルオロエチレン等といった疎水性および耐熱性に優れた樹脂を用いることができる。疎水性結着剤を添加することにより、発電反応に伴って生成した水によって触媒層110、110’が過剰に濡れるのを防止することができ、燃料極及び酸素極内部における燃料ガス及び酸素の拡散阻害を防止することができる。
【0036】
更に、触媒層110、110’には、導電材を添加してもよい。導電材としては、電気伝導性物質であればどのようなものでもよく、各種金属や炭素材料などが挙げられる。例えば、アセチレンブラック等のカーボンブラック、活性炭および黒鉛等が挙げられ、これらを単独あるいは混合して使用される。
【0037】
第1の気体拡散層121、121’及び第2の気体拡散層120、120’はそれぞれ、たとえばカーボンシート等から形成されており、バイポーラプレート20、20を介して供給された酸素および燃料を触媒層110、110’の全面に拡散させる。
【0038】
この膜−電極接合体10を含む燃料電池1は、100℃〜200℃の温度で作動し、一方の触媒層側にバイポーラプレート20を介して燃料として例えば水素が供給され、他方の触媒層側にはバイポーラプレート20を介して酸化剤として例えば酸素が供給される。そして、一方の触媒層において水素が酸化されてプロトンが生じ、このプロトンが電解質膜4を伝導して他方の触媒層に到達し、他方の触媒層においてプロトンと酸素が電気化学的に反応して水を生成するとともに、電気エネルギーを発生させる。
なお、燃料として供給される水素は、炭化水素若しくはアルコールの改質により発生された水素でもよく、また、酸化剤として供給される酸素は、空気に含まれる状態で供給されても良い。
【0039】
以上説明したように、本発明に係るプロトン伝導性高分子電解質によれば、芳香族炭化水素系高分子に電子供与性官能基を有する化合物が含有されることによって、芳香族炭化水素系高分子に含まれるプロトン供与性の酸性基と電子供与性官能基とが相互作用し、これによりプロトン伝導性が発現されるので、燃料電池の電解質として好適に用いることができる。
また、本発明に係る電子供与性官能基を有する化合物は、水に対して不溶性を示すので、燃料電池の発電反応によって生成する水に溶解するおそれがなく、電子供与性官能基を有する化合物が電解質から流出するおそれがない。
【0040】
また、芳香族炭化水素系高分子として上記のポリアミド酸誘導体を用いることにより、ポリアミド酸誘導体のスルファミド酸基と、電子供与性官能基を有する化合物の電子供与性官能基との相互作用によってプロトン伝導性を発現できるとともに、ポリアミド酸誘導体に含まれるアルキル基によって電解質膜に成膜した場合の柔軟性を高めることができる。
【0041】
また、上記の燃料電池によれば、100℃以上200℃以下の作動温度範囲で、無加湿あるいは相対湿度50%以下の作動条件であっても、電流密度が高く、高出力、高寿命であり、良好な発電性能を長期間安定的に示す固体高分子型の燃料電池を得ることができ、自動車用、家庭発電用または携帯機器用として好適に用いることができる。
【実施例】
【0042】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明は下記例によって限定されるものではない。
【0043】
(実施例1)
「ポリアミド酸の合成」
ポリアミド酸誘導体の前駆体であるポリアミド酸として、上記式(2)中の置換基Arをフェニル基に、置換基Rを(CH10基となるものを製造目的とし、以下に示すように前駆体を合成した。
1,10−ジアミノデカン3.45g(20mmol)を脱水N,N’−ジメチルホルムアミド(DMF)170mLに溶解させ、アセトン/ヘキサンから再結晶した無水ピロメリット酸4.36g(20mmol)を徐々に加え、15℃で1時間、25℃で60時間、700rpmで攪拌し、反応させた。反応溶液を4Lのアセトン/塩酸(1/4)中に沈殿させ、ろ過により回収し、1mol/L塩酸水溶液、アセトンで洗浄し、60℃で36時間加熱真空乾燥させることにより、下記式(9)に示すポリアミド酸1を7.65g(収率98%)の白色粉末として得た。
【0044】
得られた白色粉末のH-NMRスペクトル(DMSO−d,500MHz)は1.20−1.38(br,−CH−),1.43−1.57(br,−CH−),3.13−3.24(br,−CH−),7.34,7.68,8.08(s,Ph),8.39,8.44(m,NH)のスペクトルを示し、更にIRスペクトルにおけるカルボニル基由来の吸収(1719cm−1,1655cm−1(vC=O))を示した。
また、上記ポリマーは、DMF,N,N’−ジメチルアセトアミド(DNAc)、N−メチルピロリジン(NMP)、ジメチルスルホキシド(DMSO)などに可溶で、水、メタノール、クロロホルム、ヘキサン、ベンゼン、トルエンに不溶であった。
【0045】
【化5】

【0046】
「ポリアミド酸誘導体の合成」
上記のようにして合成したポリアミド酸1の1.17g(3 unit mmol)を脱水DMF100mLに溶解させ、窒素雰囲気下、塩化チオニル1.78g(15mmol)を徐々に滴下し、室温で6時間攪拌してポリマー溶液を調製した。次に、脱水ジクロロメタン15mLにアミド硫酸(キシダ化学社製)2.91g(30mmol)及びトリエチルアミン3.03g(30mmol)を混合し、アミド硫酸トリエチルアミン塩を生成させた後、窒素雰囲気下で先のポリマー溶液に徐々に滴下し、室温で16時間攪拌した。
反応溶液中の溶媒を50℃で減圧留去した後、粘稠体に純水100mLを加え、室温で1時間攪拌した。その後、溶液を4000rpmで10分遠心分離にかけ、上澄液を除去後、残った固形分をろ過した。回収物をDMF100mLに溶解させ、陽イオン交換樹脂(オルガノ社製アンバーリスト15JWET)250mL中に通液してプロトン交換した。
そして、処理液を10mLに濃縮し、純水200mL中に滴下して沈殿物をろ別し、一昼夜70℃にて加熱真空乾燥し、薄茶色粉末として下記式(10)に示すポリアミド酸誘導体2を0.68g(収率42%)得た。なお、aとbの比率は、硫黄の元素分析より、a:b=9:1であった。また、平均重合度は約200であった。
【0047】
得られた薄茶色粉末のH-NMRスペクトル(DMSO−d,500MHz)は1.20−1.35(br,−CH−),1.49−1.65(br,−CH−),3.20−3.30(m,−CH−),3.52−3.64(m,−CH−)のスペクトルを示し、更にIRスペクトルにおけるカルボニル基由来の吸収(1716cm−1,1635cm−1(vC=O))と、スルファミド酸基由来の吸収(1192cm−1,1055cm−1(vS=O))とを示した。
また、上記ポリマーは、DMF,DNAc,NMP,DMSOなどに可溶で、水、メタノール、クロロホルム、ヘキサン、ベンゼン、トルエンに不溶であった。
【0048】
【化6】

【0049】
上記のようにして得られたポリアミド酸誘導体0.95gとジエチルドデカン酸アミド0.05gとをジメチルホルムアミド9gに溶解させ、60℃でキャスト成膜することにより、膜厚50μmの薄茶色の膜を得た。このようにして、実施例1のプロトン伝導性高分子電解質膜を製造した。
【0050】
「プロトン伝導度測定」
実施例1のプロトン伝導性高分子電解質膜を、直径13mmの円板状の白金電極に挟み込み、複素インピーダンス測定よりイオン伝導度を決定した。プロトン伝導度の温度依存性を図3に示す。150℃のイオン伝導度は5.8×10−3Scm−1であった。
【0051】
「燃料電池評価」
次に、実施例1で作製した電解質膜のDMAc溶液に、白金が50質量%担持されたカーボン粉末を加え、十分攪拌して懸濁液を得た。このとき、固形分の重量比で白金担持カーボン粉末とプロトン伝導性電解質との重量比が2:1になるように調整した。この懸濁液をカーボン多孔質体(気孔率75%)上に塗布し、これを乾燥して燃料電池用の多孔質電極とした。
そして、一対の上記多孔質電極の問に、実施例1で得られた電解質膜を挟み込んで単セルとした。燃料に水素、酸化剤に空気をそれぞれ供給して、150℃にて発電試験を行ったところ、開路電圧0.99Vで100mA/cmの電流密度において0.589Vの電圧が得られた。
【0052】
(実施例2〜7)
「電解質膜の他の例」
実施例1におけるポリアミド酸誘導体に代えて、表1に示す芳香族炭化水素系高分子(高分子)を用い、また実施例1におけるジエチルドデカン酸アミドに代えて、表1に示す電子供与性官能基を有する化合物(第二成分)とを用い、これらを表1に示す割合で混合したこと以外は、実施例1と同様にして、実施例1〜7の電解質膜を製造した。
得られた電解質膜について、実施例1と同様にして、プロトン伝導度を測定するとともに、燃料電池の評価を行った。
なお、実施例2及び4〜7における高分子は、実施例1における高分子と同一である。また、実施例3における高分子は、黄色粉末として得られたものであり、この粉末のH-NMRスペクトル(DMSO−d,500MHz)は、7.02,7.16,7.55,7.66(s,Ph)のスペクトルを示し、更にIRスペクトルにおけるカルボニル基由来の吸収(1644cm−1(vC=O))と、スルホン酸基由来の吸収(1222cm−1(vS=O))とを示した。また、平均重合度は約250であった。
この、実施例3における高分子は、DMF,DNAc,NMP,DMSOなどに可溶で、水、メタノール、クロロホルム、ヘキサン、ベンゼン、トルエンに不溶であった。
なお、実施例7における第2成分には、東京化成株式会社製のPolyethylene Glycol #600(Mw=600)を用いた。
【0053】
(比較例)
ジエチルドデカン酸アミドに代えてビフェニルを用い、このビフェニルを、式(10)に示すポリアミド酸誘導体とともにDMFに加えてDMF溶液を調製し、これをガラス板上にキャストして60℃で加熱乾燥した以外は実施例1と同様にして、比較例1の電解質膜を製造した。比較例1の電解質膜は、薄茶色の膜であった。
【0054】
【表1】

【0055】
表1に示すように、実施例2〜7の電解質膜によれば、膜単独のプロトン伝導度と、燃料電池に構成した場合の開回路電圧とが、ともに優れた値を示していることが分かる。これらの電解質膜においては、第2成分として添加した化合物に、エーテル基またはアミド基のいずれか一方が電子供与性官能基として含まれており、これら電子供与性官能基と、芳香族炭化水素系高分子に含まれるスルファミド基またはスルホン基との相互作用によって、高いプロトン伝導度が発現されたと考えられる。
【0056】
一方、比較例1については、膜単独のプロトン伝導度が検出不能なほど低く、また燃料電池に構成した場合の開回路電圧が安定した値として得られず、極めて高い抵抗を示した。
比較例1では、第2成分として添加した化合物に、エーテル基やアミド基といった電子供与性官能基が含まれていないので、芳香族炭化水素系高分子に含まれる酸性官能基との相互作用が発現されず、充分なプロトン伝導度が発現されなかったものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】図1は、本発明の実施形態である燃料電池の要部を示す斜視分解図である。
【図2】図2は、図1の燃料電池に備えられた膜−電極接合体を示す断面模式図である。
【図3】図3は、実施例1の電解質膜のプロトン伝導度の温度依存性を示すグラフである。
【符号の説明】
【0058】
1…燃料電池、10… 膜−電極接合体、20…バイポーラプレート、100…電解質膜(プロトン伝導性高分子電解質)、110、110’…触媒層、120、120’、121,121’…気体拡散層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸性官能基を有する芳香族炭化水素系高分子と、電子供与性官能基を有する化合物とが少なくとも含有された組成物からなることを特徴とするプロトン伝導性高分子電解質。
【請求項2】
前記電子供与性官能基を有する化合物が、前記酸性官能基を有する芳香族炭化水素系高分子に対して0.01〜50重量%の範囲で含有されてなることを特徴とする請求項1に記載のプロトン伝導性高分子電解質。
【請求項3】
前記電子供与性官能基を有する化合物の融点が100℃以上であり、沸点が200℃以下であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のプロトン伝導性高分子電解質。
【請求項4】
前記酸性官能基が、スルホン酸基またはスルファミド酸基であることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載のプロトン伝導性高分子電解質。
【請求項5】
前記酸性官能基を有する芳香族炭化水素系高分子が、下記式(1)で表されるポリアミド酸誘導体であることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれかに記載のプロトン伝導性高分子電解質。
但し、式(1)中、Arは芳香族環または芳香族環を含む基であり、Rはアルキル基であり、0≦a≦2,0≦b≦2,且つa+b=2であり、nは平均重合度であって100〜10000の整数である。
【化1】

【請求項6】
一対の電極と各電極の間に配置された電解質膜とを具備してなり、前記電解質膜が、請求項1乃至請求項5のいずれかに記載のプロトン伝導性高分子電解質からなることを特徴とする燃料電池。
【請求項7】
前記電極の一部に、請求項1乃至請求項5のいずれかに記載のプロトン伝導性高分子電解質が含有されていることを特徴とする請求項6に記載の燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−130243(P2008−130243A)
【公開日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−310239(P2006−310239)
【出願日】平成18年11月16日(2006.11.16)
【出願人】(590002817)三星エスディアイ株式会社 (2,784)
【Fターム(参考)】