説明

ヘテロ二糖、キトビオース、及びジ‐N‐アセチルキトビオースの製造方法、並びにそれらの用途

【課題】この発明は、生理活性物質として期待できるヘテロ二糖をキチンから高効率で製造する方法、その用途、並びに前記ヘテロ二糖からキトビオース、及びジ‐N‐アセチルキトビオースを製造する方法に関する。
【解決手段】本発明のヘテロ二糖の製造方法は、非還元末端側がD‐グルコサミン残基であって還元末端側がN‐アセチル‐D‐グルコサミン残基であるヘテロ二糖の製造方法であって、キチンを部分的に脱アセチル化する脱アセチル化工程と、部分的に脱アセチル化された前記キチンを酸で加水分解するキチン加水分解工程と、を有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、生理活性物質として期待できるヘテロ二糖をキチンから高効率で製造する方法、その用途、並びに前記ヘテロ二糖からキトビオース、及びジ‐N‐アセチルキトビオースを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、カニ等の甲殻類から抽出されるキチンを加水分解することにより得られるキチンオリゴ糖に、いくつかの生理活性が見い出されている。例えば、キチンを限定分解して得られ、N‐アセチル‐D‐グルコサミンがβ1,4グリコシド結合してなるオリゴ糖は、抗腫瘍活性や免疫賦活作用を有することが見い出されている。
【0003】
ところで、オリゴ糖は二糖以上が結合してなるものであるが、食品用素材や美容用素材として用いた場合、二糖のオリゴ糖であれば主に小腸においてグリコシド結合部位が切断され単糖になり、効率よく吸収されることがわかっている。したがって、食品用素材や美容用素材として用いるのであれば、吸収性を考慮して二糖であることが好ましい。特に、D‐グルコサミンとN‐アセチル‐D‐グルコサミンからなる二糖(以下、単にヘテロ二糖という。)であれば、D‐グルコサミン及びN‐アセチル‐D‐グルコサミン夫々による効果と、N‐アセチル‐D‐グルコサミンによる爽やかな甘みを有する等の効果とを有することが考えられる。以上のように、オリゴ糖、特にヘテロ二糖は、食品用素材や美容用素材として今後の開発が期待されるものである。
【0004】
前記ヘテロ二糖は、現在、加水分解酵素であるキチナーゼの型識別のための基質として用いられている。特許文献1には、基質としてのヘテロ二糖の製造方法が提案されている。これは、ジ‐N‐アセチルキトビオースに、脱アセチル化酵素であるデアセチラーゼを作用させて、非還元末端側がD‐グルコサミン残基であり、還元末端側がN‐アセチル‐D‐グルコサミン残基であるヘテロ二糖を生成するものである。この方法を用いることで、食品用素材や美容素材用のヘテロ二糖も、製造できるものとも考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−327893号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1のヘテロ二糖の製造方法は大量生産を前提としたものではなく、それ故市場供給するために大量生産が必要となる食品用素材や美容用素材としてのヘテロ二糖の生産には不向きである。具体的には、特許文献1におけるヘテロ二糖の製造方法は、脱アセチル化酵素であるデアセチラーゼを作用させてヘテロ二糖を生成するものであり、反応速度が遅い酵素加水分解法を用いることから、製造効率が悪い。また、脱アセチル化酵素であるデアセチラーゼは高価なものであり、これを大量に用いることはコスト面からみて現実的ではない。さらに、出発物質であるジ‐N‐アセチルキトビオース自体が、容易に大量入手することが困難であると共に高価な物質である。以上のことから、特許文献1の製造方法では、ヘテロ二糖を大量生産することは困難である。
【0007】
本願発明は、上記のような課題を解決することを目的としてなされたものであり、食品用素材又は美容用素材として市場に供給できる程度の大量生産が可能なヘテロ二糖の製造方法を提供することを目的とする。更に、ヘテロ二糖からキトビオース、及びジ‐N‐アセチルキトビオースを製造する製造方法、並びに、ヘテロ二糖を多く含むキチン分解物を含有する食品及び飲料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、請求項1記載のヘテロ二糖の製造方法は、非還元末端側がD‐グルコサミン残基であって還元末端側がN‐アセチル‐D‐グルコサミン残基であるヘテロ二糖の製造方法であって、キチンを部分的に脱アセチル化する脱アセチル化工程と、部分的に脱アセチル化された前記キチンを酸で加水分解するキチン加水分解工程と、を有することを特徴としている。
【0009】
請求項2記載のヘテロ二糖の製造方法は、請求項1に記載のヘテロ二糖の製造方法において、前記キチン加水分解工程を経た分解溶液中に含まれる前記ヘテロ二糖を、陽イオン交換樹脂に吸着させ、その後酸性液で溶出することにより、前記ヘテロ二糖を精製することを特徴としている。
【0010】
請求項3記載のヘテロ二糖の製造方法は、請求項2に記載のヘテロ二糖の製造方法において、前記酸性液で溶出された溶出液を陰イオン交換樹脂を用いて酸性を中和させて前記ヘテロ二糖を精製することを特徴としている。
【0011】
請求項4記載のヘテロ二糖の製造方法は、請求項1に記載のヘテロ二糖の製造方法において、前記キチン加水分解工程を経た分解溶液中に含まれる前記ヘテロ二糖を、逆浸透膜を用いて精製することを特徴としている。
【0012】
請求項5記載のジ‐N‐アセチルキトビオースの製造方法は、請求項1乃至4のいずれかに記載のヘテロ二糖の製造方法により製造された前記ヘテロ二糖の前記D‐グルコサミン残基をN‐アセチル化することを特徴としている。
【0013】
請求項6記載のキトビオースの製造方法は、請求項1乃至4のいずれかに記載のヘテロ二糖の製造方法により製造された前記ヘテロ二糖の前記N‐アセチル‐D‐グルコサミン残基を脱アセチル化することを特徴としている。
【0014】
請求項7記載の食品は、請求項1乃至4に記載のヘテロ二糖の製造方法により製造された前記ヘテロ二糖、又は請求項6に記載のキトビオースの製造方法により製造された前記キトビオースを含有することを特徴としている。
【0015】
請求項8記載の飲料は、請求項1乃至4に記載のヘテロ二糖の製造方法により製造された前記ヘテロ二糖、又は請求項6に記載のキトビオースの製造方法により製造された前記キトビオースを含有することを特徴としている。
【0016】
請求項9記載のキチン分解物は、請求項1記載のヘテロ二糖を含有することを特徴としている。
【発明の効果】
【0017】
請求項1記載のヘテロ二糖の製造方法によれば、食品用素材や美容用素材として高い効能が期待できるヘテロ二糖を、食品用素材又は美容用素材として市場に供給できる程度に大量生産することができる。
【0018】
請求項1記載の方法で製造されるヘテロ二糖は、上記のように非還元末端側がD‐グルコサミン残基であり、還元末端側がN‐アセチル‐D‐グルコサミン残基である。そして、ヘテロ二糖はグルコサミニダーゼによりN‐アセチル‐D‐グルコサミンとD‐グルコサミンに分解される。したがって、上記のように、D‐グルコサミン、及びN‐アセチル‐D‐グルコサミンの両方の効果が期待できる。更に、以下のような該ヘテロ二糖特有の効果も期待できる。還元末端側にN‐アセチル‐D‐グルコサミンがβ1,4グリコシド結合しているため、非還元末端側のD‐グルコサミンの変色しやすさが抑えられ、飲料に添加した場合、D‐グルコサミンによる変色という問題が解消され、D‐グルコサミンの適用範囲を拡大することが可能である。また、D‐グルコサミン単糖では、味覚の面において酸性側で苦味や渋味があったが、ヘテロ二糖は中性付近でも変色等を起こさない安定なものなので、前記の苦味や渋味を抑制することが期待できる。更に、一級アミノ基がフリーベースのままついているため脱臭機能も期待できる。更にまた、二糖である特性として上記のように小腸で切断されることから、機能性成分を抱え込ませて、それらを確実に小腸内で遊離させることができる担体としての機能も併せ持つことが考えられ、美容用素材としての用途も期待できる。
【0019】
請求項2記載のヘテロ二糖の製造方法によれば、陽イオン交換樹脂に吸着させ、その後酸性液で溶出することにより精製することで、より純度の高いヘテロ二糖を生産することができる。
【0020】
請求項3記載のヘテロ二糖の製造方法によれば、より味が改善される中和されたヘテロ二糖を生産することができる。
【0021】
請求項4記載のヘテロ二糖の製造方法によれば、逆浸透膜を用いて精製することで、より純度の高いヘテロ二糖を生産することができる。
【0022】
請求項5記載のジ‐N‐アセチルキトビオースの製造方法によれば、前記のヘテロ二糖のD‐グルコサミン残基をジ‐N−アセチル化することで、容易にN‐アセチルキトビオースを製造することができる。
【0023】
請求項6記載のキトビオースの製造方法によれば、前記ヘテロ二糖のN‐アセチル‐D‐グルコサミンを脱アセチル化することで、容易にキトビオースを生産することができる。
【0024】
請求項7記載の食品は、ヘテロ二糖、又はキトビオースを含有しているので、それぞれの効能を当該食品に付与することができる。
【0025】
請求項8記載の飲料は、ヘテロ二糖、又はキトビオースを含有しているので、それぞれの効能を当該飲料に付与することができる。
【0026】
請求項9記載のキチン分解物は、上記製造方法で得られるヘテロ二糖を強化したキチン分解物であり、食品、飲料及び化粧品に当該キチン分解物を含有させることによって、ヘテロ二糖等夫々の効能をそれらに付与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】D‐グルコサミン残基とN‐アセチル‐D‐グルコサミン残基が交互に存在するキチン分子鎖の加水分解反応を表した模式図。
【図2】脱アセチル化の状況がことなる複数のキチン分子鎖と、それらの加水分解による分解物を表した模式図。
【図3】部分脱アセチル化工程を経ていないキチン(参考例)を加水分解した分解溶液のHPLC(高速液体クロマトグラフフィ)の分析結果。
【図4】脱アセチル化反応時間が18時間(実施例1)の部分脱アセチル化キチンを加水分解した分解溶液のHPLCの分析結果。
【図5】脱アセチル化反応時間が24時間(実施例2)の部分脱アセチル化キチンを加水分解した分解溶液のHPLCの分析結果。
【図6】脱アセチル化反応時間が41時間(実施例3)の部分脱アセチル化キチンを加水分解した分解溶液のHPLCの分析結果。
【図7】脱アセチル化反応時間が65時間(実施例4)の部分脱アセチル化キチンを加水分解した分解溶液のHPLCの分析結果。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
本願発明におけるヘテロ二糖の製造方法、及びヘテロ二糖の製造方法の最良の実施形態について、以下に説明する。本願発明によって製造されるヘテロ二糖は、下記の構造式[化1]に示されるように、非還元末端側がD‐グルコサミン残基であり還元末端側がN‐アセチル‐D‐グルコサミン残基である。
【0029】
【化1】

【0030】
本願発明のヘテロ二糖の製造方法、及びオリゴ糖の製造方法は、出発原料としてキチンを用いる。該キチンは、アミノ多糖類のことで、化学式はN‐アセチル‐D‐グルコサミンが繰り返して連結したポリ‐N‐アセチル‐D‐グルコサミンからなり、下記の構造式[化2]に示される天然高分子である。
【0031】
【化2】

【0032】
本願発明では、まず出発原料であるキチンに脱アセチル化工程を行い、該キチンを部分的に脱アセチル化する。まずここで、本願発明において、キチンを部分的に脱アセチル化する理由について、図1、及び図2を用いて説明する。図1は、D‐グルコサミン残基とN‐アセチル‐D‐グルコサミン残基が交互に存在するように部分的に脱アセチル化されたキチン分子鎖を表したものである。発明者は、このような部分脱アセチル化キチンを加水分解した場合、D‐グルコサミン残基の還元末端側のグリコシド結合と、N‐アセチル‐D‐グルコサミン残基の還元末端側のグリコシド結合とでは、加水分解反応の進行度に相違があると予測した。その根拠は、図1上段に示す中性条件下と異なり、同図下段に示す酸性条件下において、D‐グルコサミン残基のアミノ基はプラスにチャージされており、該アミノ基がD‐グルコサミン残基の還元末端側に近接し、N‐アセチル‐D‐グルコサミン残基の還元末端側から離れているからである。すなわち、プラスにチャージされているアミノ基が近接しているため、D‐グルコサミン残基の還元末端側のグリコシド結合を構成する酸素原子には、加水分解において取り込まれるプロトン(H)が接近しにくいと考えられる。逆に、N‐アセチル‐D‐グルコサミン残基の還元末端側のグリコシド結合を構成する酸素原子の近傍には、プロトン(H)の接近を阻害する要因はないので、優先的にプロトン(H)が取り込まれ、加水分解が速く進行すると考えられる。
【0033】
次に、上記の予測の下で、部分的に脱アセチル化されたキチンが加水分解により、どのように分解されるかを、部分脱アセチル化キチン分子鎖とそれを加水分解して生成される分解物を表した模式図である図2を用いて説明する。なお、同図において、黒丸がN‐アセチル‐D‐グルコサミン残基を、白丸がD‐グルコサミン残基を模式的に表している。したがって、左側(非還元末端側)が白丸で右側が黒丸の二糖である図2(A)がヘテロ二糖を表し、複数個連なった白丸の右側(還元末端側)に黒丸が結合している図2(B)はオリゴ糖を表している。尚、オリゴ糖は図2(B)のように四糖に限るものではない。図2(C)〜(H)の左欄には、脱アセチル化の程度、及び脱アセチル化された部位がそれぞれ異なる6種類の部分脱アセチル化キチン分子鎖を模式的に表している。具体的には、図2(C)〜(F)の左欄は、略均一にD‐グルコサミン残基が点在するように脱アセチル化された部分脱アセチル化キチン分子鎖の模式図であり、図2(C)〜(F)にかけて徐々に脱アセチル化度が高くなっている。一方、図2(G)及び(H)の左欄は、ブロック状に数個連なって脱アセチル化された部分脱アセチル化キチン分子鎖の模式図である。上記の予測では、N‐アセチル‐D‐グルコサミン残基の還元末端側、すなわち図2(C)〜(H)においては黒丸の右側が優先的に加水分解されて切断される。したがって、図2(C)〜(H)の左欄の部分脱アセチル化キチン分子鎖は、加水分解により図2(C)〜(H)の右欄に模式的に表されている分解物になると予測される。
【0034】
図2右欄における分解物の模式図を見れば明らかなように、図2(C)では1個、図2(D)では2個、図2(E)では3個、図2(F)では4個、のヘテロ二糖が生成されている。特に、図2(F)のように、D‐グルコサミン残基が交互に存在している場合に、最も効率よくヘテロ二糖が生成される。一方、図2(G)及び(H)の右欄における分解物の模式図では、オリゴ糖が生成されている。以上のように、ヘテロ二糖を効率よく生成したい場合は均一にD‐グルコサミン残基が点在するように脱アセチル化し、オリゴ糖を効率よく生成したい場合は、D‐グルコサミン残基がブロック状に数個連なるように脱アセチル化する必要がある。尚、脱アセチル化が進みすぎるとD‐グルコサミン残基が多くなるためプラスにチャージされているアミノ基も多くなり、キチン分子鎖全体が強いプラス電荷を有することになる。したがって、実際の加水分解では、プロトン(H)がキチン分子鎖自体に近づき難くなり、加水分解が起こり難くなる。したがって、本願発明における脱アセチル化度の下限は5%が好ましく、10%〜20%であることが更に好ましい。また、その上限は95%が好ましく、60%であることが更に好ましい。
【0035】
以上のように、脱アセチル化工程により部分的に脱アセチル化されたキチンを加水分解することにより、本発明の目的物であるヘテロ二糖、及びオリゴ糖を生成することができると考えられる。脱アセチル化工程は、既存の方法を用いればよいが、例として以下にアルカリ水溶液による脱アセチル化を説明する。
【0036】
ヘテロ二糖を効率よく生成するためには、図2(C)〜(F)のようにD‐グルコサミン残基が均一に点在するようにキチンを部分的に脱アセチル化する必要がある。そこでまず、キチンを粉末状にして所定濃度のアルカリ水溶液に分散させる。これを3〜10℃で一昼夜放置し、その後、該アルカリ分散液に氷を投入し、激しく撹拌する。こうすることによって、アルカリ水溶液が急冷され、粘調な液体となる。この粘調な液体をアルカリキチンドープと称する。前記アルカリ水溶液としては、アルカリ金属水酸化物、アルカリ土類金属水酸化物、炭酸アルカリ金属塩等の水溶液を使用すればよいが、特にNaOH(水酸化ナトリウム)、KOH(水酸化カリウム)の水溶液が望ましい。前記アルカリキチンドープの粘度は400cps以下、望ましくは300cps以下となるように調整すればよい。このようなアルカリキチンドープは、粘度の調整段階で既に脱アセチル化度が1.0〜2.0%程度になっている。この脱アセチル化度を10〜60%にするには、更にこのアルカリキチンドープを5〜65時間熟成させて脱アセチル化を促進する。このとき、温度が高いとアルカリキチンドープ状態であっても容器内に温度ムラが生じ、反応のムラが起きる。また、温度が低すぎる場合はなかなか脱アセチル化反応が進まないことがある。このことを鑑み、温度は、50℃以下、好ましくは40℃以下とし、30℃付近とすることが最も適当である。以上のように、一度アルカリキチンドープにしてから脱アセチル化を促進することで、脱アセチル化は均一に進行し、図2(C)〜(F)のごとく、均一にD‐グルコサミン残基が点在するように部分的に脱アセチル化することができる。そして、このような部分脱アセチル化キチンを加水分解することで、ヘテロ二糖を効率良く生成することができる。所定の熟成時間経過後、脱アセチル化反応を停止するため、氷をアルカリキチンドープに投入し、中和熱を抑えながら、濃塩酸若しくは濃硫酸で中和する。
【0037】
一方、オリゴ糖を効率よく生成するためには、図2(G)又は(H)のように、D‐グルコサミン残基がブロック状に数個連なるように脱アセチル化される必要がある。このため、ヘテロ二糖を生成する場合と異なり、ドーブにせずに、例えばカニ殻から得られるキチンであればカニ殻の形状が残っている程度の固形状態でアルカリ水溶液に投入する。所定の熟成時間経過後、脱アセチル化反応を停止するため、熱水で洗浄を繰り返すことによって中和する。
【0038】
次に、脱アセチル化工程を経たキチン溶液に対して酸によるキチン加水分解工程を行うことにより、N‐アセチル‐D‐グルコサミン残基の還元末端側を優先的に加水分解する。酸による加水分解は、酵素による加水分解よりも反応時間が短く、安価に大量生産できるという利点がある。例えば硫酸、硝酸などを用いても加水分解処理をすることができるが、製造価格や製造の容易さから濃塩酸を用いることが好ましい。また、加水分解に使用する濃塩酸の量はキチンに対して3〜15倍量が好ましい。3倍量より少ない場合にはキチンを十分に加水分解することができず、また、15倍量より多い場合には、その後の中和や脱塩処理に手間がかかるからである。更に、加水分解時間は2〜24時間が好ましい。2時間より短い場合には、脱アセチル化されているため酸性条件下において分子全体としてプラスにチャージされ、分解自体が遅くなることにより、十分に加水分解することができず、24時間よりも長い場合は生産効率が悪くなるからである。加水分解反応の停止には、水酸化ナトリウム等の濃アルカリ溶液を投入して中和する。中和時のpHは5.0〜9.0が好ましく、更に好適にはpH8.5付近で若干アルカリ側であることが望ましい。これは、酸性が強い場合は生成物が精製時に濾液と共に流れ出してしまことにより収量が減ってしまい、またアルカリが強い場合にはこの時点で脱アセチル化が進んでしまうからである。また、この際には濃塩酸と水酸化ナトリウムとの中和反応熱によって、反応液の温度が60℃以上にならないように、適宜氷を反応液に投入することが好ましい。これは、温度が高い場合に、上記アルカリが強い場合と同様に、この時点で脱アセチル化が進んでしまうからである。以上のキチン加水分解工程により、本発明の目的物であるオリゴ糖、及びヘテロ二糖が生成される。尚、図2からもわかるように、目的物以外のN‐アセチル‐D‐グルコサミン、D‐グルコサミンも生成されている。また実際の製造過程においては、モデル化された図2のように正確に加水分解されるものではないため、ジ‐N‐アセチルキトビオース、及びその他の重合度の高いオリゴ糖も生成されている。
【0039】
上記のように、目的物であるヘテロ二糖、及びオリゴ糖以外にも、いくつかの単糖やオリゴ糖が生成されているので、これらを取り除く精製工程を行うことが望ましい。以下に、オリゴ糖の精製工程について説明する。まず、前記キチン加水分解工程を経た分解溶液に対して電気透析による脱塩を行い、生成された塩を分解溶液中から除去する。その後、分解液を濃縮して乾固して粉末にする方法、スプレードライを行う方法、冷凍乾燥を行う方法等から、任意の方法を選択して粉末化することにより精製すればよい。このオリゴ糖にはN‐アセチル‐D‐グルコサミン、D‐グルコサミン、ヘテロ二糖、ジ‐N‐アセチルキトビオース、キトビオース、及び三糖以上のオリゴ糖が含まれている。
【0040】
次に、上記脱塩を行った分解溶液からのヘテロ二糖の精製工程について説明する。まず、分解溶液中に生成されているヘテロ二糖を、陽イオン交換樹脂により吸着固定して分解溶液から分離する。この際、D‐グルコサミンも陽イオン交換樹脂に吸着固定されるが、D‐グルコサミンの生成量は僅かであるため、これを無視しても十分な純度を保つことができる。その後、陽イオン交換樹脂を流水で洗浄して、希塩酸でヘテロ二糖を溶出する。このようにして抽出されたヘテロ二糖の非還元末端側はD‐グルコサミン塩酸塩となっている。更に、上記希塩酸でヘテロ二糖を溶出した溶出液を陰イオン交換樹脂により中和することで、塩酸塩をアミノ基フリーにすることもできる。このようにすることでヘテロ二糖の結晶化は、他の塩酸塩や他の塩と比べると難しくなるが、水和すれば結晶化できる。またこのようにすることで、ヘテロ二糖の味が改善されると考えられる。
【0041】
なお、上記脱塩を行った分解溶液からのヘテロ二糖の精製は、逆浸透膜(NF膜)を用いて分子量サイズ分配を行う工程により行ってもよい。本工程は、まず限外ろ過膜(UF膜)でオリゴ糖を除去し、その後NF膜(ルーズRO NaCl阻止率10〜60%のもの)で二糖と単糖とを分けることにより行うことができる。
【0042】
ここで、本願発明のヘテロ二糖の製造方法により製造されたヘテロ二糖は、非還元末端側がD‐グルコサミン残基であり、還元末端側がN‐アセチル‐D‐グルコサミン残基であるので、非還元末端側のD‐グルコサミン残基をN‐アセチル化することで容易にジ‐N‐アセチルキトビオースを生成することができる。アセチル化は、例えば、ヘテロ二糖をメタノール(無水メタノールであることが好ましい)等に分散させ、当該ヘテロ二糖に対して2〜3倍量の無水酢酸を加えて室温で1時間以上撹拌することにより行うことができる。また、ジ‐N‐アセチルキトビオースは、前記撹拌後の溶出液をアセトン等の不溶性溶媒に入れることで生じる析出物を、十分洗浄した後に乾燥することにより結晶化できる。更に、本願発明のヘテロ二糖の製造方法により製造されたヘテロ二糖のN‐アセチル‐D‐グルコサミン残基を脱アセチル化することで、容易にキトビオースを生成することもできる。脱アセチル化の方法としては既存の方法を用いればよい。例えば、上記の脱アセチル化工程と同様の方法でもよく、酵素を用いた脱アセチル化方法を用いてもよい。
【0043】
更に、本願発明の製造方法により製造されるヘテロ二糖、オリゴ糖、及びキトビオースは、キチンの酸加水分解により得られるものであるので、キチン分解物として食することができ、食品、及び飲料に含有させることができる。
【0044】
次に、本願発明のヘテロ二糖の製造方法を、実施例により更に詳細に説明するが、本願発明は係る実施例に限定されるものではない。
【0045】
[実施例]まず、脱アセチル化工程を行う。48%のNaOH100gに粉末状のキチン5〜10gを分散させて、室温で一昼夜放置した。その後、アルカリ濃度10%になるよう氷を投入して溶液が室温に戻るまで激しく撹拌し、溶液を急冷させることで粘調な液体とした。次いで、30〜35℃のオーブンに入れ、均一な状態で脱アセチル化反応を進めた。尚、オーブンに入れている間、望ましくは撹拌した方がよい。
【0046】
時間の経過とともに脱アセチル化されていくので、いくつかの反応時間を設定し、設定された時間ごとに取り出した。具体的には、18時間(実施例1)、24時間(実施例2)、41時間(実施例3)、及び65時間(実施例4)を設定反応時間とした。尚、前記の各反応時間は今回の実施例に用いた反応容器の大きさを考慮したものであり、大量生産を前提とした製造工程では、それに適した反応時間を設定すべきである。
【0047】
反応液から脱アセチル化されたキチンを取り出す際は、氷を反応液に投入し、中和熱を抑えながら濃塩酸で中和した。中和のpHは7.0〜8.5程度の範囲で行うことが望ましい。中和されると部分脱アセチル化キチンが析出してくるのでこれをろ過する。ろ過の際には、ろ布等に包んで絞るようにして集めた。集められた部分脱アセチル化キチンは中和で生成した塩を含んでいるので、湯等で繰り返し洗浄することによって容易に塩を除去することができる。
【0048】
こうして得られたキチンは脱アセチル化度が異なり、コロイド滴定による結果では、例えば実施例3(反応時間41時間)では脱アセチル化度が36〜40%であり、実施例4(反応時間65時間)では脱アセチル化度が56〜60%であった。
【0049】
次に、脱アセチル化の反応時間がそれぞれ18時間(実施例1)、24時間(実施例2)、41時間(実施例3)、及び65時間(実施例4)である4種類の部分脱アセチル化キチンと、脱アセチル化工程を経ていないキチン(参考例)に対して、同時に加水分解を行った。加水分解の条件は35%の濃塩酸により、45℃の状態で、5時間行うというものである。具体的には、5つの100mlの三角フラスコに、前記の各実施例、及び参考例のキチンをそれぞれ2.0g、及び35%濃塩酸10mlを投入し、45℃の温浴層で加温しながら加水分解を行った。加水分解反応の停止は、反応液に氷を加えて、48%のNaOHで中和した。その後、中和された分解溶液(反応液)に含まれる塩を電気透析による脱塩により分解溶液中から除去した。
【0050】
以上の加水分解工程を経た実施例1〜4、及び参考例の分解溶液をHPLC(高速液体クロマトグラフィ)により分析した。図3〜7は、参考例、及び実施例1〜4における分解溶液のHPLCの分析結果である。図3〜7においては、N‐アセチル‐D‐グルコサミンをGlcNAcと、D‐グルコサミンをGlcNと、ヘテロ二糖をHetero dimerと、ジ‐N‐アセチルキトビオースをdimerと、夫々表記しており、これらは図3に示すようにN‐アセチル‐D‐グルコサミン、D‐グルコサミン、ヘテロ二糖、ジ‐N‐アセチルキトビオースの順にピークが溶出している。なお、ヘテロ二糖に関しては、標品が市販されていないため、京都府立大学の川田教授等によって合成されたヘテロ二糖(以下、合成ヘテロ二糖という。)と照合した。この合成へテロ二糖に関してはMonash Chem(2009)140:1245−1250に掲載されている。照合結果は、本願発明のヘテロ二糖と考えられる物質と合成へテロ二糖のリテンションタイムが、共に12.8分であり完全に一致した。また、TLC(薄層クロマトグラフィー)分析でも、シリカゲルプレート(シリカゲル60 メルク社製)で展開溶媒MeOH/CHCl/H0(6:4:1(V/V/V))を適用して、本願発明のヘテロ二糖と考えられる物質と合成へテロ二糖のRf値が共に0.4付近になり、一致した。
【0051】
図3は参考例(脱アセチル化工程なし)のHPLCの分析結果である。同図において、本発明の目的物質であるヘテロ二糖のピークは、N‐アセチル‐D‐グルコサミンのピークと比べ非常に小さい。このことから、部分脱アセチル化工程を経ていないキチンを加水分解してもヘテロ二糖は殆ど生成されないことがわかる。
【0052】
図4は実施例1(脱アセチル化反応時間18時間)のHPLCの分析結果である。図3と比較するとN‐アセチル‐D‐グルコサミンのピークが小さくなり、ヘテロ二糖のピークが大きくなっている。このことから、脱アセチル化工程を加えることでヘテロ二糖の生成量が増えていることがわかる。
【0053】
図5は実施例2(脱アセチル化反応時間24時間)のHPLCの分析結果である。ヘテロ二糖のピークは、図4と比較して、特に変化は無い。一方で、ヘテロ二糖のピークに対する、N‐アセチル‐D‐グルコサミン、D‐グルコサミン、及びジ‐N‐アセチルキトビオースのピークの相対的な大きさは、図4と比較して小さくなる。
【0054】
図6、及び図7は、それぞれ実施例3(脱アセチル化反応時間41時間)、及び実施例4(脱アセチル化反応時間65時間)のHPLCの分析結果である。これらより、ヘテロ二糖のピークに対する、N‐アセチル‐D‐グルコサミン、D‐グルコサミン、及びジ‐N‐アセチルキトビオースのピークの相対的な大きさは、脱アセチル化反応時間が長くなり脱アセチル化が進むほど、より小さくなる。また、図4〜7において、D‐グルコサミンのピークは、ヘテロ二糖のピークと比べ、非常に小さいことが良くわかる。特に図7(実施例4)において、D−グルコサミンのピークは殆ど出ていない。
【0055】
次に、上記のように生成されたヘテロ二糖含むキチンの分解溶液を、陽イオン交換樹脂(ローム・アンド・ハース社製・アンバージェット1020H)に通すことにより、ヘテロ二糖を陽イオン交換樹脂に吸着させる。このとき、陽イオン交換樹脂にはヘテロ二糖以外にも、D‐グルコサミンが吸着するが、上記のようにD‐グルコサミンの生成がヘテロ二糖と比較して非常に少ない。したがって、わずかなD‐グルコサミンが混入するだけで、ヘテロ二糖として充分な純度を維持することができる。ヘテロ二糖が吸着した該陽イオン交換樹脂を、希塩酸水溶液(0.1N塩素)で流すことによりヘテロ二糖を離脱させ、ヘテロ二糖を含む溶出液を陰イオン交換樹脂で中和してヘテロ二糖を回収した。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本願発明に係るヘテロ二糖、及びオリゴ糖の製造方法は、安価にヘテロ二糖、及びオリゴ糖を大量生産することができるので、食品用素材や化粧品の原料等の美容用素材として広範にわたって活用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非還元末端側がD‐グルコサミン残基であって還元末端側がN‐アセチル‐D‐グルコサミン残基であるヘテロ二糖の製造方法であって、
キチンを部分的に脱アセチル化する脱アセチル化工程と、
部分的に脱アセチル化された前記キチンを酸で加水分解するキチン加水分解工程と、を有することを特徴とするヘテロ二糖の製造方法。
【請求項2】
前記キチン加水分解工程を経た分解溶液中に含まれる前記ヘテロ二糖を、陽イオン交換樹脂に吸着させ、その後酸性液で溶出することにより、前記ヘテロ二糖を精製することを特徴とする請求項1に記載のヘテロ二糖の製造方法。
【請求項3】
前記酸性液で溶出された溶出液を陰イオン交換樹脂を用いて酸性を中和させて前記ヘテロ二糖を精製することを特徴とする請求項2に記載のヘテロ二糖の製造方法。
【請求項4】
前記キチン加水分解工程を経た分解溶液中に含まれる前記ヘテロ二糖を、逆浸透膜を用いて精製することを特徴とする請求項1に記載のヘテロ二糖の製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載のヘテロ二糖の製造方法により製造された前記ヘテロ二糖の前記D‐グルコサミン残基をN‐アセチル化することを特徴とするジ‐N‐アセチルキトビオースの製造方法。
【請求項6】
請求項1乃至4のいずれかに記載のヘテロ二糖の製造方法により製造された前記ヘテロ二糖の前記N‐アセチル‐D‐グルコサミン残基を脱アセチル化することを特徴とするキトビオースの製造方法。
【請求項7】
請求項1乃至4に記載のヘテロ二糖の製造方法により製造された前記ヘテロ二糖、又は請求項6に記載のキトビオースの製造方法により製造された前記キトビオースを含有することを特徴とする食品。
【請求項8】
請求項1乃至4に記載のヘテロ二糖の製造方法により製造された前記ヘテロ二糖、又は請求項6に記載のキトビオースの製造方法により製造された前記キトビオースを含有することを特徴とする飲料。
【請求項9】
請求項1記載のヘテロ二糖を含有することを特徴とするキチン分解物。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−31107(P2012−31107A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−172466(P2010−172466)
【出願日】平成22年7月30日(2010.7.30)
【出願人】(391003130)甲陽ケミカル株式会社 (17)
【出願人】(509349141)京都府公立大学法人 (19)
【Fターム(参考)】