説明

ベアリング装置及びその製造方法

【課題】極めて簡易且つコスト安な手法でありながらクラウニング加工を施した場合と同等以上の製品寿命の延長を実現でき、定格荷重の減少の問題も生じない極めて実用性に秀れたベアリング装置の提供。
【解決手段】軸と移動体とが相対移動する構成で、この軸と移動体との間には負荷部が設けられ、移動体には、無負荷部と該無負荷部及び前記負荷部を連通するリターン部とが設けられ、この負荷領域を形成する負荷部と無負荷領域を形成する無負荷部及びリターン部とで構成される循環部には転動体が配設され、この転動体が前記循環部を転動移動するように構成されたベアリング装置であって、前記負荷領域と前記無負荷領域との境界部から該無負荷領域側の所定範囲にバニシング加工を施す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ベアリング装置及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
軸と移動体とが相対移動する構成で、この軸と移動体との間には負荷部が設けられ、移動体には、無負荷部と該無負荷部及び前記負荷部を連通するリターン部とが設けられ、この負荷領域を形成する負荷部と無負荷領域を形成する無負荷部及びリターン部とで構成される循環部には転動体としてのボールが配設され、このボールが前記循環部を転動移動するように構成されたベアリング装置においては、図1に図示したような前記負荷領域と前記無負荷領域との境界部にフレーキングと呼ばれる剥離の起点が集中することが知られている(尚、フレーキングの発生時点が製品寿命となる。)。図中符合1’は軸(軌道台)、2’は移動体(外筒)、3’はボール保持器、4’はボールである。
【0003】
ところで、従来から、負荷領域と無負荷領域との境界部にフレーキングの起点が集中する原因は、転動体が無負荷領域から負荷領域へ移動する際(負荷転送面に乗りあがる際)に生じる荷重が他の部位より過大であるためと考えられており、従って、転動体通過時の負荷転送面の端部にかかる荷重を分散し、ピーク荷重を減少させるべく、例えば特許文献1に開示されるような負荷転送面の端部に微小の擬似R形状を設ける所謂クラウニング加工を施し、製品寿命の延長を図っているのが一般的である。
【0004】
しかしながら、クラウニング加工には砥石若しくは流体による精密な研削が必要であり、コスト高となる。また、図2に図示したように、通常、無負荷領域と負荷領域とに跨ってクラウニング加工を施すため、負荷領域(の有効部分)が減少し、それだけ定格荷重(基本動定格荷重)が減少する(基本動定格荷重は有効負荷領域面積等により決まる。)。
【0005】
また、コストを抑えるために負荷転送面の端部に1°程度の微小な研削面取りを行う擬似クラウニング加工を施す場合もあるが、擬似クラウニング加工もクラウニング加工と同様に無負荷領域と負荷領域とに跨って施すため(図3)、定格荷重の減少は避けられない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第4354177号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上述のような現状に鑑み、発明者等の種々の検討の結果、上述のクラウニング加工の寿命延長理論に囚われない全く別異の方法により、製品寿命の延長を図れることを見出し完成したもので、極めて簡易且つコスト安な手法でありながら上述のクラウニング加工を施した場合と同等以上の製品寿命の延長を実現でき、定格荷重の減少の問題も生じない極めて実用性に秀れたベアリング装置及びその製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
添付図面を参照して本発明の要旨を説明する。
【0009】
軸と移動体とが相対移動する構成で、この軸と移動体との間には負荷部が設けられ、移動体には、無負荷部と該無負荷部及び前記負荷部を連通するリターン部とが設けられ、この負荷領域を形成する負荷部と無負荷領域を形成する無負荷部及びリターン部とで構成される循環部には転動体が配設され、この転動体が前記循環部を転動移動するように構成されたベアリング装置であって、前記負荷領域と前記無負荷領域との境界部から該無負荷領域側の所定範囲にはバニシング加工が施されていることを特徴とするベアリング装置に係るものである。
【0010】
また、請求項1記載のベアリング装置において、前記バニシング加工は前記移動体に施されていることを特徴とするベアリング装置に係るものである。
【0011】
また、請求項2記載のベアリング装置において、前記移動体は熱処理加工されるものであり、この移動体の熱処理加工前に前記バニシング加工が施されていることを特徴とするベアリング装置に係るものである。
【0012】
また、請求項3記載のベアリング装置において、前記負荷領域と前記無負荷領域との境界部から該無負荷領域側の所定範囲に施す前記バニシング加工は、前記移動体にして前記負荷部を構成する負荷転送面の仕上げ加工後の表面粗さと略同じ表面粗さとなるように行われていることを特徴とするベアリング装置に係るものである。
【0013】
また、軸と移動体とが相対移動する構成で、この軸と移動体との間には負荷部が設けられ、移動体には、無負荷部と該無負荷部及び前記負荷部を連通するリターン部とが設けられ、この負荷領域を形成する負荷部と無負荷領域を形成する無負荷部及びリターン部とで構成される循環部には転動体が配設され、この転動体が前記循環部を転動移動するように構成されたベアリング装置の製造方法であって、前記負荷領域と前記無負荷領域との境界部から該無負荷領域側の所定範囲にバニシング加工を施すことを特徴とするベアリング装置の製造方法に係るものである。
【0014】
また、請求項5記載のベアリング装置の製造方法において、前記バニシング加工は前記移動体に施すことを特徴とするベアリング装置の製造方法に係るものである。
【0015】
また、請求項6記載のベアリング装置の製造方法において、前記移動体は熱処理加工されるものであり、この移動体の熱処理加工前に前記バニシング加工を施すことを特徴とするベアリング装置の製造方法に係るものである。
【0016】
また、請求項7記載のベアリング装置の製造方法において、前記負荷領域と前記無負荷領域との境界部から該無負荷領域側の所定範囲に施す前記バニシング加工は、前記移動体にして前記負荷部を構成する負荷転送面の仕上げ加工後の表面粗さと略同じ表面粗さとなるように行われることを特徴とするベアリング装置の製造方法に係るものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明は上述のようにしたから、極めて簡易且つコスト安な手法でありながら上述のクラウニング加工を施した場合と同等以上の製品寿命の延長を実現でき、定格荷重の減少の問題も生じない極めて実用性に秀れたベアリング装置及びその製造方法となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】ベアリング装置の負荷領域と無負荷領域との境界部を示す概略説明断面図である。
【図2】ベアリング装置の負荷領域と無負荷領域との境界部を示す概略説明断面図である。
【図3】ベアリング装置の負荷領域と無負荷領域との境界部を示す概略説明断面図である。
【図4】本実施例の負荷領域と無負荷領域との境界部を示す概略説明断面図である。
【図5】実験条件を示す表である。
【図6】実験結果を示す表である。
【図7】実験結果を示すグラフである。
【図8】実験結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
好適と考える本発明の実施形態を、図面に基づいて本発明の作用を示して簡単に説明する。
【0020】
負荷領域と無負荷領域との境界部から該無負荷領域側の所定範囲に、例えばバニシングローラやバニシングボールを押し付けることで所定の表面粗さとするバニシング加工を施す。
【0021】
この際、バニシング加工によって、精密な研削加工を必要とするクラウニング加工を施した場合と同等若しくはそれ以上の寿命延長効果を発揮できることが確認できた(後述の実験結果を参照)。これは、バニシング加工により、表面粗さが改善すると共に表面硬さが向上したことによるものと考えられる。
【0022】
また、本発明では負荷領域側を加工しないため、負荷領域の有効部分が減少しない。従って、クラウニング加工及び擬似クラウニング加工における定格荷重の減少の問題は生じない。
【実施例】
【0023】
本発明の具体的な実施例について図面に基づいて説明する。
【0024】
本実施例は、軸と移動体とが相対移動する構成で、この軸と移動体との間には負荷部が設けられ、移動体には、無負荷部と該無負荷部及び前記負荷部を連通するリターン部とが設けられ、この負荷領域を形成する負荷部と無負荷領域を形成する無負荷部及びリターン部とで構成される循環部にはボールが配設され、このボールが前記循環部を転動移動するように構成されたベアリング装置の製造方法であって、前記負荷領域と前記無負荷領域との境界部から該無負荷領域側の所定範囲にバニシング加工を施すものである。
【0025】
本実施例は、軸として鋼製の丸棒(軌道台)が採用され、移動体として鋼製の円筒体(外筒)が採用された直線案内装置である。この軸と移動体との間には、転動体としてのボールを保持するボール保持器が設けられる(図4)。図中符合1は軸(軌道台)、2は移動体(外筒)、3はボール保持器、4はボールである。尚、直線案内装置に限らず、ボールスプライン装置等の他の案内装置に適用することも可能である。
【0026】
具体的には、ボール保持器の転動溝と外筒と軌道台とでボールが移動する負荷部が設けられ、この負荷部はリターン部を介して無負荷部と連通せしめられ、この負荷部と無負荷部と左右のリターン部とで無限循環路が形成される。
【0027】
この外筒の内周面にして前記負荷部を形成する部分が負荷転送面となり、この負荷転送面の両端部にリターン部が設けられ、このリターン部にして負荷転送面との境界部(負荷領域と無負荷領域との境界部)にバニシング加工を施す。
【0028】
具体的には、外筒は切削加工、焼入れ加工後、負荷転送面が仕上げ研削加工されて形成されるものであり、この移動体の焼入れ加工前にバニシング加工を施す。バニシング加工は、公知のバニシングボールやバニシングローラと汎用旋盤を用いて施すことが可能であり、専用機を用いる必要がなく、クラウニング加工及び擬似クラウニング加工に比し、それだけコスト安となる。尚、クラウニング加工及び擬似クラウニング加工は、外筒の焼入れ加工及び仕上げ研削加工後に施されるものであるため、上述したように負荷領域の端部が削られるため有効部分が減少する。また、クラウニング加工及び擬似クラウニング加工は、外筒の全ての成形が終了した後の最終工程となるため、外筒の形状等によっては適用できない場合もあり、それだけ汎用性に劣る。
【0029】
また、バニシング加工は、負荷領域と無負荷領域との境界(部)から該無負荷領域側の所定範囲が、移動体にして負荷部を構成する負荷転送面の仕上げ加工後の表面粗さと略同じ表面粗さとなるように施すのが好ましいと考えられる。転動体が負荷領域を出入りする際の振動を抑え、滑らかに出入りできるようにするためには、表面粗さが小さいほど好ましいが、負荷転送面の仕上げ加工後の表面粗さと同程度であるとより良好な出入りが行える。具体的には、Ra(算術平均粗さ)0.8程度とする。バニシング加工により簡易に加工を行える範囲であり、それだけ加工時間を短縮できるからである。尚、切削加工後のRaは通常1.6程度である。
【0030】
また、バニシング加工により加工部の表面硬度が向上するが、表面硬度の必要な範囲は、ボールの弾性変形量以上の外径方向深さXが確保できる範囲Lと考えられる。従って、バニシング加工範囲はL以上に設定する。ただ、このLが微小の場合には、目視確認できる程度、例えばボール(径)約1〜2個分の範囲をバニシング加工範囲とするとより加工を容易に行えることになる。
【0031】
本実施例は上述のように、負荷領域と無負荷領域との境界部から該無負荷領域側の所定範囲に、例えばバニシングローラやバニシングボールを押し付けることで所定の表面粗さとするバニシング加工を施すことで、後述する実験結果から、バニシング加工によって、精密な研削加工を必要とするクラウニング加工を施した場合と同等若しくはそれ以上の寿命延長効果を発揮できることが確認できた。
【0032】
また、本実施例では負荷領域側を加工しないため、負荷領域の有効部分が減少しない。従って、クラウニング加工及び擬似クラウニング加工における定格荷重の減少の問題は生じない。
【0033】
よって、本実施例は、極めて簡易且つコスト安な手法でありながら上述のクラウニング加工を施した場合と同等以上の製品寿命の延長を実現でき、定格荷重の減少の問題も生じない極めて実用性に秀れたものとなる。
【0034】
本実施例の効果を裏付ける実験例について説明する。
【0035】
図5には実験条件を、図6、図7及び図8には実験結果を示す。
【0036】
無処理品はクラウニング加工やバニシング加工を施していないもの、クラウニング加工品は無負荷領域と負荷領域とに跨って流体研削によりクラウニング加工を施したもの、本発明品は上述の通り無負荷領域にのみバニシング加工を施したものである。尚、クラウニング加工の範囲及びバニシング加工の範囲(移動体軸方向における加工長さ)は約ボール2個分とした。また、サンプル数が少ないため、モンテカルロ法を用いて実験結果から推測される定格寿命の存在範囲(信頼度95%の下限値、信頼度5%の上限値)で比較している。
【0037】
図6〜図8より、無処理品の定格寿命は40km〜65kmの範囲内に90%の確率で存在する。これに対し、本発明品の定格寿命は227〜1311kmの範囲内に90%の確率で存在する。これより、無処理品の定格寿命上限値65kmに対して本発明品の定格寿命下限値の227kmは十分に長いので本発明品の寿命延長効果が証明される。
【0038】
また、クラウニング加工品の定格寿命95km〜315kmの範囲内に本発明品の定格寿命下限値227kmがあるため本発明品の優位性は断定できないが、定格寿命下限値を比較するとクラウニング加工品の95kmに対して本発明品は227kmであり、本発明品の方が寿命延長効果がある可能性が高いと考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸と移動体とが相対移動する構成で、この軸と移動体との間には負荷部が設けられ、移動体には、無負荷部と該無負荷部及び前記負荷部を連通するリターン部とが設けられ、この負荷領域を形成する負荷部と無負荷領域を形成する無負荷部及びリターン部とで構成される循環部には転動体が配設され、この転動体が前記循環部を転動移動するように構成されたベアリング装置であって、前記負荷領域と前記無負荷領域との境界部から該無負荷領域側の所定範囲にはバニシング加工が施されていることを特徴とするベアリング装置。
【請求項2】
請求項1記載のベアリング装置において、前記バニシング加工は前記移動体に施されていることを特徴とするベアリング装置。
【請求項3】
請求項2記載のベアリング装置において、前記移動体は熱処理加工されるものであり、この移動体の熱処理加工前に前記バニシング加工が施されていることを特徴とするベアリング装置。
【請求項4】
請求項3記載のベアリング装置において、前記負荷領域と前記無負荷領域との境界部から該無負荷領域側の所定範囲に施す前記バニシング加工は、前記移動体にして前記負荷部を構成する負荷転送面の仕上げ加工後の表面粗さと略同じ表面粗さとなるように行われていることを特徴とするベアリング装置。
【請求項5】
軸と移動体とが相対移動する構成で、この軸と移動体との間には負荷部が設けられ、移動体には、無負荷部と該無負荷部及び前記負荷部を連通するリターン部とが設けられ、この負荷領域を形成する負荷部と無負荷領域を形成する無負荷部及びリターン部とで構成される循環部には転動体が配設され、この転動体が前記循環部を転動移動するように構成されたベアリング装置の製造方法であって、前記負荷領域と前記無負荷領域との境界部から該無負荷領域側の所定範囲にバニシング加工を施すことを特徴とするベアリング装置の製造方法。
【請求項6】
請求項5記載のベアリング装置の製造方法において、前記バニシング加工は前記移動体に施すことを特徴とするベアリング装置の製造方法。
【請求項7】
請求項6記載のベアリング装置の製造方法において、前記移動体は熱処理加工されるものであり、この移動体の熱処理加工前に前記バニシング加工を施すことを特徴とするベアリング装置の製造方法。
【請求項8】
請求項7記載のベアリング装置の製造方法において、前記負荷領域と前記無負荷領域との境界部から該無負荷領域側の所定範囲に施す前記バニシング加工は、前記移動体にして前記負荷部を構成する負荷転送面の仕上げ加工後の表面粗さと略同じ表面粗さとなるように行われることを特徴とするベアリング装置の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−193791(P2012−193791A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−57777(P2011−57777)
【出願日】平成23年3月16日(2011.3.16)
【出願人】(591077818)日本ベアリング株式会社 (19)
【Fターム(参考)】