説明

ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1測定方法および検査試薬

【課題】癲癇などの脳疾患、敗血症などの炎症、白血病の簡便かつ精度の良い検査方法の提供。
【解決手段】上記課題は抗ヒトホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1抗体を用いたホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1の免疫化学的測定方法の提供により解決される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はヒト検体中のホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1を測定することによる疾患の測定方法および定量試薬である。特に、癲癇などの脳疾患、敗血症などの炎症、白血病の検査に有効である。
【背景技術】
【0002】
ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1は1997年同定されたリパーゼファミリーに属する蛋白質で極性頭部にセリン残基を有するセリンリン脂質であるホスファチジルセリン、リゾホスファチジルセリンを特異的基質としてsn-1位のアシル基を加水分解する酵素である。本酵素は活性化血小板やマクロファージより主に産生される事が知られているが、その機能は未だ明らかになっていない。しかし、本酵素の活性から予測される機能として生体内からのホスファチジルセリンの消去、2-acyl-1-リゾホスファチジルセリンの産生により何らかの生体機能の調整に関与していることが予想される。ホスファチジルセリンは血液凝固の際、血小板細胞表面に露出することにより血液凝固の場を提供していることが知られておりホスファチジルセリンを加水分解消去することにより血液凝固の阻害制御を行っていることや、アポトーシス細胞表面にもホスファチジルセリンが露出することから死細胞処理の制御に関与していることも示唆される。また、リゾホスファチジルセリン産生活性から想定される機能として、肥満細胞活性化による炎症反応への関与、神経細胞活性化への関与などが示唆される。また、転移活性の異なる癌細胞のディファレンシャルディスプレー解析により本酵素の発現量に差が認められることから癌の転移に関与していることも示唆される。本発明者は、本酵素に対する抗体を樹立し、血清中の本酵素濃度を定量可能な測定系を構築した。本測定試薬を用い血清測定を行なったところ癲癇などの脳疾患、敗血症などの炎症、白血病において本酵素濃度が変動する、あるいは変動を示唆する結果を見出した。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1(PS−PLA1)は、その酵素活性から極性頭部にセリン残基を有するセリンリン脂質を特異的に加水分解する。しかし、本酵素の生体内での機能に関しての明確な役割は明らかにされておらず、特に疾患との因果関係は明らかとなっていない。ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1が有する酵素活性を指標に検体中のホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1の測定は可能であるが、本酵素以外に含まれる他のホスホリパーゼや内在性の基質などの妨害により真のホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1の特異的定量方法は存在しなかった。ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1の特異的定量による解析がなされなかった理由は、生体内で構造、機能を維持した存在状態にあるホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1を効率よく認識、捕捉結合可能な抗体がなかったことよるものであり、汎用可能なホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1の定量法が確立されていなかったためである。従ってホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1蛋白濃度と疾病との詳細な解析が行なわれていないのが実情であった。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者は、血清、血漿中に存在するホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1を変性などの前処理を必要とせず直接反応可能な抗体を取得し、それを用いることにより簡便に精度良くホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1を定量可能な測定方法ならびに定量試薬の提供に成功した。
【0005】
詳しくは、本願は下記の発明を包含する:
(1)抗ヒトホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1抗体を用いたホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1の免疫化学的測定方法。
(2)前記ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1が完全長のホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1、部分的に切断を受けたホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1または一部遺伝子の変異を受けたホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1であることを特徴とする、(1)の測定方法。
(3)前記抗体がモノクローナル抗体であることを特徴とする、(1)または(2)の測定方法。
(4)前記抗体を検体と接触させ、検体中のホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1に結合あるいは結合しなかった抗体を検出することにより検体中のホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1濃度の測定を行なうこと特徴とする、(1)〜(3)のいずれか1項)の測定方法。
(5)前記抗体を検体と接触させ、抗体に結合あるいは結合しなかったホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1を検出することにより検体中のホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1濃度の測定を行なうことを特徴とする、(1)〜(4)のいずれかの測定方法。
(6)前記検体が、血清、血漿などのヒト体液あるいはヒト細胞、組織の抽出液であることを特徴とする、(4)または(5)の測定方法。
(7)前記測定方法が酵素標識、アイソトープ標識または蛍光標識を利用した競合法またはサンドイッチ法、蛍光偏光法等を利用したホモジニアス測定法、表面プラズモン共鳴分析法を利用した結合測定法のいずれかであることを特徴とする、(1)〜(6)のいずれかの測定方法。
【0006】
(8)(1)〜(7)のいずれかの測定方法によりホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1濃度を測定し、その値が健常人測定値からなる正常値に対し有意差をもって高値を示した場合に脳疾患を有するとすることを特徴とする、ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1測定による脳疾患検査方法。
(9)脳疾患が癲癇であるであることを特徴とする(8)の脳疾患検査方法。
(10)脳疾患が脳梗塞による虚血性脳疾患であることを特徴とする(8)の検査方法。
(11)(1)〜(7)のいずれかの測定方法によりホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1濃度を測定し、その値が健常人測定値からなる正常値に対し有意差をもって高値を示した場合に炎症を有するとすることを特徴とする、ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1測定による炎症の検査方法。
(12)炎症が敗血症であることを特徴とする(11)の検査方法。
(13)炎症が腹膜炎であることを特徴とする(11)の検査方法。
(14)(1)〜(7)のいずれかの測定方法によりホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1濃度を測定し、その値が健常人測定値からなる正常値に対し有意差をもって低値を示した場合に白血病を有する検査することを特徴とする、ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1測定による白血病の検査方法。
(15)(1)〜(7)のいずれかの測定方法を原理とすることを特徴とするホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1測定試薬。
(16)(15)の測定試薬からなる検査試薬。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1を特異的に認識結合可能なモノクローナル抗体を用いることによりヒト検体中のホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1を前処理などすることなく定量可能である。本発明により得られたホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1測定試薬を用い、ヒト血清等を測定することにより癲癇などの脳疾患、敗血症などの炎症、白血病の検査あるいは検査補助が可能である。また、ラットの脳虚血実験により本酵素のRNA量及び本酵素の発現量が上昇することより脳梗塞などの脳疾患の検査も可能なことが予想される。本方法によれば内在性の測定妨害因子や競合酵素の影響を受けることなく短時間でホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1を定量可能な方法、試薬を提供することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明者は生体中に存在する天然型ヒトホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1に対する抗体を作製し、血清などの生体サンプル中の本酵素を内在性物質の影響を受けることなく、また検体の還元処理、グアニジン塩酸塩、尿素などの蛋白変性剤による処理を必要とすることなく定量可能な測定方法ならびに定量試薬の発明に成功した。
【0009】
ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1抗原の調製は、たとえばホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1の遺伝子情報をもとにしたポリヌクレオチドプローブを使用してヒトホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1遺伝子をコードする核酸分子をcDNAライブラリーあるいはゲノムライブラリーよりポリメラーゼチェーンリアクション法などにより増幅させることにより容易に取得可能である。cDNAライブラリーは、公知の方法を利用して組織からRNAを単離することにより容易に調製可能であり、また市販のものを利用してもかまわない。得られたホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1cDNAを用い発現用ベクターに組換えることにより、種々の発現系での抗原発現を行なうことができる。また、以降の抗原精製操作を簡便にするためにポリヒスチジン配列付加やMyc配列付加等の汎用されているマーカー配列をホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1遺伝子の末端に導入することも有効である。蛋白質発現系は大腸菌、酵母、昆虫細胞、動物細胞などいずれでもかまわないが、大量発現が可能であり、かつ糖鎖付加など天然型ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1に近い構造を有する蛋白質発現が可能である昆虫細胞−バキュロウイルス系が優れている。ポリヒスチジン付加ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1を発現させた場合は、金属キレートカラムなどにより容易に精製可能である。また、Myc配列付加などは抗Myc抗体アフィニティーカラムによる精製が可能である。これらの方法は標準的であり充分技術確立されている。
本発明でいう「ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1」は完全長のホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1のみならず、その特異的なホスホリパーゼ活性を有することを条件に、その部分的に切断を受けたホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1または一部遺伝子の変異を受けた、たとえばそれをコードする遺伝子の1また数個のヌクレオチドの付加、欠失もしくは置換により変異を受けた結果、天然ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1とは1また数個のアミノ酸の付加、欠失もしくは置換により異なるアミノ酸配列を有するホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1変異体をも意味する場合がある。
【0010】
本発明における抗体作製のための抗原免疫は技術確立されていれば手法を選ばず、例えば精製抗原を動物に免疫することにより免疫動物内での抗体の産生が可能である。使用する動物はマウス、ラット、ウサギなどの通常用いられる哺乳動物でもかまわないし、ニワトリ等を用いることも可能であり、抗体産生能を有するものであればいかなるものにも制限されない。たとえば、マウスを用いる場合、精製ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1抗原とフロイント完全アジュバントのエマルジョンを皮下、footpad、あるいは腹腔などに投与することにより免疫を行う。必要に応じ精製抗原とフロイント不完全アジュバントによる繰り返し追加免疫を行なうことにより抗体価の上昇が望める場合もある。細胞融合の数日前に最終免疫として、アジュバントとエマジョン化することなく抗原のみを動物に投与する。投与する抗原量は動物体重あたり約0.4μg/g−体重程度を目安に行えば良いが、抗原過少、過多による免疫寛容を受けない抗原量であれば問題ない。また、ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1をノックアウトした動物を用いることによりホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1に対する免疫寛容を回避することが可能であり、抗体取得には有利である。
【0011】
本発明のモノクローナル抗体作製においてハイブリドーマ細胞作製方法は技術確立されていれば手法を選ばず、電気的融合、ポリエチレングリコールなどの試薬を用いた融合等手段を選ばない。例えば免疫を行なった動物のB細胞とミエローマ細胞とをポリエチレングリコール存在下細胞融合を行い、HAT培地により抗体産生細胞の選択を行ことにより得ることが可能である。選択したハイブリドーマ細胞は限界希釈法によりモノクローン化を行なうことによりモノクローナル抗体産生ハイブリドーマ細胞として樹立可能である。
【0012】
ハイブリドーマ選択方法は免疫抗原を固相に結合させ、固相表面に結合した抗原に対する反応性での選択することにより可能である。最終的に抗原に結合したハイブリドーマ中の目的抗体を、酵素などで標識された抗動物イムノグロブリン抗体により検出が可能であり、例えばペルオキシダーゼを標識酵素に用いた場合はTMB(tetramethylbenzidine)などにより波長450nmの吸光度の発色検出が可能である。
【0013】
本発明に使用する抗体の精製方法は、技術確立されている手法であればその手法は問わない。例えば目的の抗体産生ハイブリドーマの選択後、限界希釈によりモノクローナル抗体産生ハイブリドーマを樹立し、細胞の培養上清を回収する。必要に応じ硫酸アンモニウム沈殿による抗体濃縮後、Protein AやProtein G 固相化担体を用いたアフィニティークロマトグラフィーにてモノクローナル抗体の精製を行うことが可能である。また、精製した抗体はビオチン標識あるいはアルカリ性ホスファターゼ等の酵素により標識を施すことによりヒトホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA12抗体サンドイッチ免疫測定系に使用することが可能である。これらの方法は標準的であり充分技術確立されている。
【0014】
本発明に開示するホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1測定方法は、ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1、抗体との複合体を検出可能な方法であれば検出方法を選ばない。好ましくはイムノアッセイで汎用されている標識抗原と検体中のホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1の抗ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1抗体に対する競合を利用した競合法、あるいはホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1上の異なるエピトープを認識する2種の抗体を用い、ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1との3者の複合体を形成させるサンドイッチ法が簡便かつ汎用しやすい。抗体を担体に結合させる場合、担体としてはイムノプレート、ラテックス粒子、磁性微粒子、ニトロセルロース膜、PVDF膜などイムノアッセイで使用されるものであれば特に担体を選ばない。担体を用いる場合、担体に固定化した抗体により捕捉したホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1の酵素活性を検出する方法、抗体を固定化したチップに検体を接触させてホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1結合依存的なシグナルを検出する表面プラズモン共鳴などの方法、あるいは抗体を固定化したチップに検体を接触させてホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1結合させた後、抗原抗体結合を乖離させる溶媒にて抗原を遊離させ、遊離した抗原をマススペクトロメーターなどで定量する方法等でホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1の測定が可能である。また、蛍光標識した抗体がホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1と結合することによる蛍光偏光を検出するようなホモジニアス測定方法においてもホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1の定量は可能である。これら試薬、装置は十分技術確立されている。
【0015】
前記の測定方法において特異性、感度、汎用性など点からエピトープの異なる2抗体サンドイッチ免疫測定方法が優れている。本測定系構築が可能な抗ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1モノクローナル抗体の組み合わせの選択は、精製した抗体群とその標識抗体群を用い、組換えヒトホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1をサンプルとしてサンドイッチ測定系が構築可能であるかの検証にて行なう。具体的には、精製した未標識の抗ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1モノクローナル抗体をイムノプレートに結合させ、ウシ血清アルブミンなどを含む緩衝液でイムノプレート表面のブロッキング処理を行う。続いて、組換えホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1を含む緩衝液をイムノプレートに添加し、固相抗体に捕捉させる。未反応物質を除去するためPBSなどの緩衝液でイムノプレートを洗浄後、標識を施したホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1に対する抗体を反応させ2種類の抗体でのホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1のサンドイッチ複合体を形成させる。未反応物質を除去するためPBSなどの緩衝液でイムノプレートを洗浄後、抗体標識に酵素標識を行った場合は基質の添加を行い、ビオチン標識などさらに反応が必要な場合は酵素標識ストレプトアビジンなどを反応させる。最終的にホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1を介して固相表面に結合した酵素を発色、蛍光、化学発光基質等を用い組換えホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1の検出を行なう。得られる以上の実験を組換えホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1を含まない緩衝液で同様に行いバックグラウンド値として用いる。組換えホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1を用いた測定値がバックグラウンド低値でありかつ測定値に対し有意に高い組み合わせをホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1免疫測定系候補とする。
【0016】
前記の通り選択したホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1の2抗体サンドイッチ免疫測定系候補の信頼性を検証するため組換ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1およびヒト血清の希釈系列サンプルを準備し、希釈倍率依存的に反応性が認められるか検証を行い測定法として選択する。本手法により得られた2抗体サンドイッチ測定系を用いることにより未知検体の濃度定量が可能である。すなわち、最終的に基質から得られる発色、蛍光、化学発光シグナルの強度はホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1を介して固相に結合した酵素量に依存すること、すなわちホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1量に依存することから、既知濃度のホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1を用いた標準曲線から未知濃度の検体中のホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1濃度が定量可能である。
【0017】
選択した2種の抗体組み合わせを用い、ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1測定試薬の調製を行う。2ステップサンドイッチ測定試薬の場合、2種の抗体の一方をイムノプレート、磁性粒子などB/F分離可能な担体に結合させる。結合方法は、疎水結合を利用した物理的結合、2物質間を架橋可能なリンカー試薬などを用いた化学的結合いずれでもかまわない。非特異的結合を避けるため担体表面を牛血清アルブミン、スキムミルクあるいは市販のイムノアッセイ用ブロッキング剤などでブロッキング処理を行ない1次試薬とする。2次試薬として標識を施したもう一方の抗体を含む溶液を準備する。抗体標識はペルオキシダーゼ、アルカリ性ホスファターゼなどの酵素、蛍光物質、化学発光物質、ラジオアイソトープなどの検出可能な物質、ビオチン、アビジンなどの特異的結合パートナーが存在する物質などでの標識が好ましい。また、2次試薬溶液は抗原抗体反応が良好に行える緩衝液、例えばリン酸緩衝液、Tris-HCl緩衝液などが基本となる中性付近の緩衝液が好ましい。実検体の測定は、1次試薬と実検体を一定時間、一定温度のもと接触させる。反応条件は4〜40℃の温度で5分〜3時間の反応が好ましい。未反応物質をB/F分離により除去し、続いて2次試薬と一定時間、一定温度のもと接触させサンドイッチ複合体を形成させる。反応条件に関しては4〜40℃の温度で5分〜3時間の反応が好ましい。未反応物質をB/F分離により除去し、標識抗体の標識物質を定量し、既知濃度ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1を標準とし作成した検量線により、実検体中のホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1濃度を定量する。1ステップサンドイッチ測定試薬の場合、2ステップサンドイッチ測定試薬と同様、担体に抗体を結合させブロッキング処理を行ったものを準備する。本抗体固相化担体に標識抗体を含む緩衝液を添加し試薬とする。必要に応じ、試薬を凍結乾燥品とすることも可能である。1ステップ試薬では抗原−抗体の使用量バランスにより抗原あるいは抗体の過不足が生じ測定系構築が困難であることが多い。測定に用いるヒト検体は、血清、血漿、尿、精漿、脳脊髄液などがあるが、用いる検体の希釈倍率は無希釈〜100希釈での使用が好ましく、特に血清、血漿においては40倍希釈検体を50 μLを用いることにより良好な結果が得られる。本発明による測定試薬を用い、患者血清中のホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1を測定することにより脳疾患、炎症、白血病の検査あるいは検査補助が可能である。
【実施例】
【0018】
以下に実施例を示すが、本発明は実施例に記載された例に限られるものではない。
【0019】
実施例1:組換えホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1の発現
ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1(Genbank accession number NM015900)の塩基番号1−1371(配列番号1)をヒト肝臓cDNAライブラリーよりRT−PCRを用い常法に従いクローニングした。本cDNAをバキュロウイルス用トランスファーベクターpFASTBac−1(インビトロジェン)に導入し、Bac−to−Bacシステム(インビトロジェン)を用い、全長ヒトホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1発現用バキュロウイルスをプロトコールに従い調製した。この際、ポリヒスチジンを有するポリヒスチジン−タグ付ヒトホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1発現用バキュロウイルスもプロトコールに従い調製した。本バキュロウイルスを用い、常法に従い、sf9あるいはsf21などに感染させることにより全長ヒトホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1およびポリヒスチジン−タグ付ヒトホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1を含む発現培養上清を貯製することができる。
【0020】
実施例2:モノクローナル抗体作製
ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1をノックアウトしたマウスに対し、抗原250μgをフロイントの完全アジュバントと共に腹腔に免疫を行なった。細胞融合3日前に最終免疫を実施し、脾臓を採取し、B細胞を回収した。マウスミエローマ細胞株PAIとポリエチレングリコール存在下、細胞融合を常法に従い行い、約10日間のHAT培地による選択を行ない、ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1に対する反応性をELISA法により調べ、目的抗体産生細胞ハイブリドーマの選択を行った。スクリーニング陽性ウェル中の細胞を限界釈放法によりモノクローナル化を行いハイブリドーマとして樹立した。この際、HT培地により約10日間の培養を行った後、最終的にハイブリドーマ用培地により培養を続け、抗体回収のために培養上清を回収した。GIT培地(大日本住友製薬)500mLに対し、NCTC−109培地(インビトロジェン)27.5mL、不必須アミノ酸(インビトロジェン)5.5mL、ペニシリン/ストレプトマイシン/グルタミン酸(インビトロジェン)5.5mLをろ過滅菌し添加したものをハイブリドーマ細胞培養用培地とした。本培地にHAT(Sigma−Aldrich Co.,HYBRYMAX,Cat.No.H0262)を添加したものをHAT培地として、HT(Sigma−Aldrich Co.,HYBRYMAX,Cat.No.H0137)を添加したものをHT培地として用いた。
【0021】
実施例3:ハイブリドーマスクリーニング
バキュロウイルス系を用い発現、精製したホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1を96穴イムノプレート(MaxiSorp;Nalge NUNC International,Cat.No.430341)に50ng/ウェルにてコーティングし4℃にて一昼夜保存した。続いてTBS(10mM Tris,150mM NaCl、pH7.4)により3回の洗浄後、3%−ウシ血清アルブミン(BSA;bovine serum albumin)を含むTBS溶液を200μL/ウェルにて各ウェルに添加し、室温で2時間放置した。TBSにより3回洗浄を行い、ハイブリドーマ細胞の培養上清を50μL/ウェルにより添加し、室温で2時間放置した。TBST(0.1%−Tween20を含むTBS)により6回洗浄を行なった後、HRP標識抗マウスIgG抗体(Zymed社)を0.1% Tween−20、1% BSAを含むTBSにて1/1000希釈したものを50μL/ウェルにて添加し、室温で2時間放置した。TBSTにより6回洗浄を行なった後、オルトフェニレンジアミン基質を50μl/ウェルで添加し室温30分放置し発色後、4N−硫酸にて反応を停止し492nmの吸光度を測定した。ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1のコーティングを施さない対照群に対し反応性を示したものを陽性クローンとして選択し25クローンのハイブリドーマを得た。
【0022】
実施例4:抗体精製とビオチン標識
モノクローン化した抗体産生細胞の培養上清を回収し、HiTrap Potein G HP(Amersham Biosciences Corp,Cat.No.17−0405−01)により抗体の精製を行った。PBS(phosphate buffer saline;10mM リン酸、150mM NaCl、pH7.4)で緩衝液置換した上記カラムに対し、培養上清を流速20mL/minにて通過させた。カラム容量の5倍以上のPBSにより十分カラムを洗浄し、未結合蛋白質の除去を行った。この際、カラムを通過した緩衝液のOD280による吸光度が0.01以下になったことを確認することにより、未結合蛋白質が残っていないことの確認が可能である。カラム洗浄後、100mM グリシン、pH2.5溶出液により結合抗体を溶出させた。溶出抗体は速やかに1/10容量の1M Tris、pH8を添加し、中性にするとともにTBSにより速やかに透析を行った。精製抗体の一部は抗体評価用にEZ−Link Sulfo−NHS−LC−LC−biotin(Pierce Bioctechnology,Inc.,Cat.No.21338)によりビオチンによる標識を行った。
【0023】
実施例5:サンドイッチELISA測定系用抗体組み合わせの選択
精製抗体ならびにビオチン標識抗体を用い、サンドイッチELISA測定系が構築可能な抗体の組み合わせ評価を行なった。96穴イムノプレート(NUNC)に、精製抗体1μg/mLを含むTBS溶液を50μL/ウェルにて添加し、一昼夜、4℃にて抗体プレートに結合させる。TBSにより3回洗浄後、3%BSAを含むTBSにてブロッキング処理を2時間行なう。続いてTBSにより3回洗浄後、組換えホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1をELISAアッセイ緩衝液(1%BSAを含むTBST)にて希釈し、50μL/ウェルにて添加した。室温で2時間放置後、TBSTにより3回洗浄し、1μg/mLのビオチン標識抗体を含むELISAアッセイ緩衝液を50μL/ウェルにて添加した。室温で2時間放置後、TBSTにより3回洗浄し、2000倍希釈したHRP標識ストレプトアビジン(Zymed社製)を含むELISAアッセイ緩衝液を50μL/ウェルにて添加した。1時間室温で放置後、TBSTにより6回洗浄し、TMB基質を100μl/ウェルで添加し室温30分放置し発色後、1N−リン酸100μl/ウェルにて反応を停止し450nmの吸光度を測定した。その結果、クローン名3C9および9H8の組み合わせにおいてサンドイッチELISAが構築可能な結果を得た。
【0024】
実施例6:サンドイッチELISA測定系の評価
実施例5にて選択したモノクローナル抗体3C9および9H8の組み合わせにおけるサンドイッチELISAの評価を実施した。サンプルとして健常人血清、本血清を抗ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1モノクローナル抗体1F12をCNBr活性化ビーズ(GEヘルスサイエンス社)に結合させた担体、ならびに抗体を結合させていないCNBr活性化ビーズにて処理したものの3種を測定した。その結果、図1に示すとおり、1F12抗体固定化ビーズにて処理し、ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1を吸着除去した血清のみ反応性が認められず、未処理血清、抗体を結合させていないビーズ処理血清では同等の反応性を示した。本結果から構築したサンドイッチELISAがホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1を特異的に検出していることが示された。
【0025】
実施例6:患者検体の評価
実施例5にて選択したモノクローナル抗体3C9および9H8の組み合わせにおけるサンドイッチELISAを用い癲癇患者および白血病患者の検体評価を行った。健常人血清としては医師により癲癇、脳梗塞などの脳疾患、敗血症、腹膜炎といった炎症性疾患や白血病を患っていないと診断された者(以下、単に「健常人」と称す)の血清を使用した。その結果、図2に示すとおり癲癇患者においては健常人測定値に対し高値を示し、そのほとんどが1.5倍以上の測定値を示した。また、白血病患者において低値を示し、そのほとんどが0.5倍以下の低値を示した。本結果より、癲癇ならびに白血病の検査に本測定方法が有効であることが示された。
【0026】
実施例7:マウス炎症モデルでの評価
本発明者はヒトホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1と同様の手法でマウスホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1に対するサンドイッチELISAも構築している。本測定系を用い、マウス炎症モデルでの評価を行った。ヒト敗血症モデルとしてマウス腹腔にリポポリサッカライド(LPS)を投与したマウスを、ヒト腹膜炎モデルとしてマウス腹腔にカゼインを投与したマウスを準備し、それぞれ血清中のホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1濃度を定量した。その結果、図3に示すとおり健常マウスの測定値に対し数倍から数十倍の高濃度のホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1を検出した。このことからヒトにおいても敗血症、腹膜炎などの炎症時ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1濃度が上昇することが強く示唆される。
【0027】
実施例8:脳虚血再灌流モデルでの評価
中大脳動脈閉塞術(MCAo)によりラット右大脳に対し虚血−再灌流を施し、巣状脳梗塞モデルとした。本モデルラットの右脳、左脳を経時的に採取しホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1に対するノーザンブロッティングとウエスタンブロッティングによりmRNAおよび蛋白質発現を検証した。使用した抗体はラットホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1を大腸菌にて発現させたものを抗原として作製した抗体である。その結果、図4に示すとおりmRNA、蛋白質いずれも梗塞を誘発した右脳のみで発現上昇が確認された。また、ウエスタンブロッティングではmRNAに遅れて蛋白質発現が認められ7日目においても強い発現が認められている。本結果より脳梗塞などの虚血性脳障害の検査にもホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1が診断マーカーとなることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明は、ヒト検体中に含まれるホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1の定量方法ならびに定量試薬に関する。これらを用いることにより癲癇、脳梗塞などの脳疾患、敗血症などの炎症、白血病の検査あるいは検査補助が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】サンドイッチELISAを用い、ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1を含むヒト血清ならびに抗体固定化ビーズによるホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1吸収血清の測定結果を示す。
【図2】サンドイッチELISAを用い、健常人血清、癲癇患者血清、白血病患者血清を測定した際の結果を示す。縦軸は、健常人測定値平均に対する各測定値の比率で示している。
【図3】マウス用サンドイッチELISAを用い、マウス炎症モデル2例(リポポリサッカライド投与およびカゼイン投与)の血清評価結果を示す。
【図4】ラット脳梗塞モデルにおけるホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1の発現実験の結果を示す。図左はノーザンブロッティングの結果を、右はウエスタンブロッティングの結果を示す。1〜5は脳梗塞モデルラット、6,7は未梗塞ラットの結果を示し、L、Rはそれぞれ左脳、右脳の結果を示す。また、図は上より6時間、24時間、3日、7日にサンプリングした脳を用いての実験結果である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗ヒトホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1抗体を用いたホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1の免疫化学的測定方法。
【請求項2】
前記ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1が完全長のホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1、部分的に切断を受けたホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1または一部遺伝子の変異を受けたホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1であることを特徴とする、請求項1記載の測定方法。
【請求項3】
前記抗体がモノクローナル抗体であることを特徴とする、請求項1または2記載の測定方法。
【請求項4】
前記抗体を検体と接触させ、検体中のホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1に結合あるいは結合しなかった抗体を検出することにより検体中のホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1濃度の測定を行なうこと特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項記載の測定方法。
【請求項5】
前記抗体を検体と接触させ、抗体に結合あるいは結合しなかったホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1を検出することにより検体中のホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1濃度の測定を行なうことを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項記載の測定方法。
【請求項6】
前記検体が、血清、血漿などのヒト体液あるいはヒト細胞、組織の抽出液であることを特徴とする、請求項4または5記載の測定方法。
【請求項7】
前記測定方法が酵素標識、アイソトープ標識または蛍光標識を利用した競合法またはサンドイッチ法、蛍光偏光法等を利用したホモジニアス測定法、表面プラズモン共鳴分析法を利用した結合測定法のいずれかであることを特徴とする、請求項1〜6のいずれか1項記載の測定方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項記載の測定方法によりホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1濃度を測定し、その値が健常人測定値からなる正常値に対し有意差をもって高値を示した場合に脳疾患を有するとすることを特徴とする、ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1測定による脳疾患検査方法。
【請求項9】
脳疾患が癲癇であるであることを特徴とする請求項8記載の脳疾患検査方法。
【請求項10】
脳疾患が脳梗塞による虚血性脳疾患であることを特徴とする請求項8記載の検査方法。
【請求項11】
請求項1〜7のいずれか1項記載の測定方法によりホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1濃度を測定し、その値が健常人測定値からなる正常値に対し有意差をもって高値を示した場合に炎症を有するとすることを特徴とする、ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1測定による炎症の検査方法。
【請求項12】
炎症が敗血症であることを特徴とする請求項11記載の検査方法。
【請求項13】
炎症が腹膜炎であることを特徴とする請求項11記載の検査方法。
【請求項14】
請求項1〜7記載のいずれか1項記載の測定方法によりホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1濃度を測定し、その値が健常人測定値からなる正常値に対し有意差をもって低値を示した場合に白血病を有する検査することを特徴とする、ホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1測定による白血病の検査方法。
【請求項15】
請求項1〜7記載のいずれか1項記載の測定方法を原理とすることを特徴とするホスファチジルセリン特異的ホスホリパーゼA1測定試薬。
【請求項16】
請求項15記載の測定試薬からなる検査試薬。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−203041(P2008−203041A)
【公開日】平成20年9月4日(2008.9.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−38304(P2007−38304)
【出願日】平成19年2月19日(2007.2.19)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】