説明

ボイラ水処理剤及び水処理方法

【課題】リグニンスルホン酸塩及び金属水酸化物を併せて含有しても析出物の発生を抑制できるボイラ水処理剤及び水処理方法を提供すること。
【解決手段】ボイラ水処理剤は、リグニンスルホン酸及び/又はその塩と、金属水酸化物と、を含有し、リグニンスルホン酸及び/又はその塩には、少なくとも部分的に脱スルホン化された脱スルホン化物が含まれる。脱スルホン化物の含有量は、ボイラ水処理剤の全体の4.0質量%超であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ボイラ水系を水処理する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
純水あるいは軟水を給水として用いるボイラ缶内における腐食を抑制するため、従来、リグニンスルホン酸塩を含む水処理剤が用いられている。例えば、特許文献1には、リグニン類をホスホン酸及び不飽和カルボン酸重合体と併用する技術が示され、特許文献2にはリグニン組成物をリン酸塩及びグリセリンと併用する技術が示され、特許文献3にはリグニン類を貴金属と併用する技術が示されている。
【特許文献1】特開平6−108274号公報
【特許文献2】特公昭53−36084号公報
【特許文献3】特開2002−220687号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかし、前述した水処理剤では、リグニンスルホン酸塩によるボイラ水系からの溶存酸素の除去に伴って、二酸化炭素が発生する。この結果、ボイラ水系内のpHが低下し、むしろ腐食が進行する場合がある。そこで、ボイラ水系内のpHが調整されるよう、金属水酸化物等のアルカリ剤の使用が望まれるが、リグニンスルホン酸塩及び金属水酸化物を併用したボイラ水処理剤は、流通や保管等の間、特に低温環境におかれると、硫酸塩を生成し析出させやすい。
【0004】
この問題を解決するため、リグニンスルホン酸塩の濃度を低減する対策が考えられる。しかし、この対策では、単位使用量あたりの腐食抑制能の低下を回避できず、結果的に多量の水処理剤を使用せざるを得ない。
【0005】
また、硫酸塩の析出を予防するべく、リグニンスルホン酸塩及び金属水酸化物を別々に流通及び保管し、ボイラ水系に別々に添加する対策が考えられる。しかし、この対策では、流通及び保管の設備及び管理が二重に必要になるため、煩雑である。
【0006】
本発明は、以上の実情に鑑みてなされたものであり、リグニンスルホン酸塩及び金属水酸化物を併せて含有しても析出物の発生を抑制できるボイラ水処理剤及び水処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、リグニンスルホン酸が少なくとも部分的に脱スルホン化された脱スルホン化物は、金属水酸化物と併存していても析出物を発生しにくいことを見出し、本発明に至った。具体的には、本発明は以下のようなものを提供する。
【0008】
(1) リグニンスルホン酸及び/又はその塩と、金属水酸化物と、を含有するボイラ水処理剤であって、
前記リグニンスルホン酸及び/又はその塩には、少なくとも部分的に脱スルホン化された脱スルホン化物が含まれるボイラ水処理剤。
【0009】
(2) 前記脱スルホン化物の含有量は、前記ボイラ水処理剤の全体の4.0質量%超である(1)記載のボイラ水処理剤。
【0010】
(3) 前記脱スルホン化物の含有量は、前記ボイラ水処理剤の全体の25.0質量%未満である(1)又は(2)記載のボイラ水処理剤。
【0011】
(4) 前記リグニンスルホン酸及び/又はその塩のうち前記脱スルホン化物を除く成分の含有量は、前記ボイラ水処理剤の全体の6.0質量%未満である(1)から(3)いずれか記載のボイラ水処理剤。
【0012】
(5) (1)から(4)いずれか記載のボイラ水処理剤をボイラ水系に供給する水処理方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、リグニンスルホン酸及び/又はその塩として、少なくとも部分的に脱スルホン化された脱スルホン化物を用いたので、リグニンスルホン酸塩及び金属水酸化物を併せて含有しても析出物の発生を抑制できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の一実施形態を説明するが、これに本発明が限定されるものではない。
【0015】
<ボイラ水処理剤>
本発明に係るボイラ水処理剤は、リグニンスルホン酸及び/又はその塩と、金属水酸化物と、を含有する。
【0016】
[リグニンスルホン酸及び/又はその塩]
リグニンスルホン酸は、ボイラ水系内の溶存酸素除去作用、及びボイラ水系の金属表面への防食皮膜形成作用を有し、これらの作用を通じて腐食を抑制する。リグニンスルホン酸としては、天然素材から分離されたものを用いてもよいし、亜硫酸パルプ蒸解廃液等から分離されたものを用いてもよい。前者は安全性に優れる点で好ましく、後者は環境負荷の軽減の観点で好ましい。また、リグニンスルホン酸は、不純物に起因する不具合(例えば、沈殿物の発生)を抑制できる点で、その製造過程で精製されたものであることが好ましいが、精製されていないものであってもよい。
【0017】
塩は、水溶性である限りにおいて特に限定されないが、例えば、アルカリ金属塩(例えばナトリウム塩、カリウム塩)、アルカリ土類金属塩(例えばマグネシウム塩、カルシウム塩)等の金属塩、アンモニウム塩、及びアミン塩(メチルアミン塩、エチルアミン塩、エタノールアミン塩等)が挙げられる。
【0018】
本発明のボイラ水処理剤では、リグニンスルホン酸及び/又はその塩に、少なくとも部分的に脱スルホン化された脱スルホン化物が含まれている。ここで、脱スルホン化物とは、フェニルプロパン骨格あたりのスルホ基が0.35モル以下のリグニンスルホン酸及び/又はその塩を指し、特に限定されないが、脱スルホン酸化処理前のリグニンスルホン酸及び/又はその塩を高温で酸化し、任意に二次的な化学処理を施すことにより生成できる。具体的な脱スルホン化物の製法の一例は、特公平1−28798号公報に記載されている。
【0019】
脱スルホン化物を用いることで析出物の発生が抑制される機構は、特に限定されないが、次のように推測される。一般に、リグニンスルホン酸及び/又はその塩が金属酸化物と併存すると、リグニンスルホン酸のスルホ基由来の硫酸イオンが生成され、この硫酸イオンが形成した硫酸塩が析出する。脱スルホン化物ではスルホ基が少なくとも部分的に脱離されているので、硫酸イオンの生成量が低減し、結果的に硫酸塩等の析出物の発生を抑制できる。
【0020】
脱スルホン化物の含有量は、ボイラ水処理剤の全体の4.0質量%超であることが好ましく、より好ましくは5.0質量%以上である。これにより、腐食抑制能を有するリグニンスルホン酸及び/又はその塩が高濃度に含有されるため、ボイラ水処理剤の使用量の低減を期待できる。他方、脱スルホン化物の含有量は、過剰になると硫酸塩が析出しやすくなることから、ボイラ水処理剤の全体の25.0質量%未満であることが好ましい。
【0021】
リグニンスルホン酸及び/又はその塩のうち脱スルホン化物を除く成分(以下、非脱スルホン化物とも称する)の含有量は、ボイラ水処理剤の全体の6.0質量%未満であることが好ましく、より好ましくは4.0質量%以下である。これにより、硫酸塩の析出を抑制できる。なお、安価な非脱スルホン化物を併用することで、コストを低下できるとともに、ボイラ水処理剤の粘度が低下するため、ボイラ水処理剤の適用を広範に行うこともできる。
【0022】
リグニンスルホン酸及び/又はその塩は、1種の成分のみからなってもよいし、複数種の成分からなってもよい。ここで複数種の成分とは、化学構造、分子量、塩の種類、脱スルホン化の程度等のいずれか1以上が互いに異なる二以上の成分を指す。
【0023】
[金属水酸化物]
金属水酸化物は、リグニンスルホン酸を中和する作用とともに、脱酸素剤による溶存酸素の除去に伴って発生するCOと反応し、COを除去する作用も有する。これにより、ボイラ水系内のpH低下が抑制されるため、腐食をより充分に抑制できる。金属水酸化物は、同様の作用を有するアルカリ剤である金属炭酸化物と異なり、炭酸ガスを発生しないため、腐食をより抑制できる。
【0024】
金属水酸化物は、アルカリ性であれば特に限定されず、アルカリ金属(例えばナトリウム、カリウム)又はアルカリ土類金属(例えばマグネシウム、カルシウム)の水酸化物であってよい。スケールをより充分に低減できる点では、アルカリ金属の水酸化物が好ましく、水酸化ナトリウム及び/又は水酸化カリウムであることがより好ましい。
【0025】
金属水酸化物の含有量は、腐食抑制を充分に達成できるよう、ボイラ水処理剤の全体の5.0質量%以上であることが好ましく、特に限定されないが通常50.0%以下であってよい。また、別の観点で、金属水酸化物の含有量は、リグニンスルホン酸及び/又はその塩の含有量の0.5倍(質量比)以上であることが好ましい。
【0026】
(その他)
ボイラ水処理剤は、キトサン類やデンプン等の多糖類系有機化合物;ガロタンニン等の加水分解性タンニン、ケブラチョタンニン等の重合タンニン等のタンニン類;アルコールリグニン、ジオキサンリグニン、フェノールリグニン、ハイドロトロビックリグニン、メルカプトリグニン、チオグリコール酸リグニン、アルカリリグニン、チオアルカリリグニン、酸リグニン、酸化銅−アンモニアリグニン、過ヨウ素酸リグニン等のリグニン類;ピロリン酸、トリポリリン酸、テトラポリリン酸、ヘキサメタリン酸、ウルトラメタリン酸等の重合リン酸;ヒドロキシエチリデンジホスホン酸、ホスホノブタントリカルボン酸、エチレンジアミンテトラメチレンホスホン酸等のホスホン酸塩;ポリアクリル酸ナトリウム、ポリアクリル酸・アクリルアミドメチルプロパンスルホン酸又はその塩等のアクリル酸系ポリマー及びコポリマーといった任意成分を更に含んでいてもよい。
【0027】
その他、ボイラ水処理剤は、シクロヘキシルアミン、ジエチルエタノールアミン、モルホリン等の中和性アミン、オクタデシルアミン等の長鎖脂肪族アミン等の防食剤を更に含有してもよい。これにより、ボイラ水系に防食皮膜が形成され、腐食をより防止できる。
【0028】
本発明のボイラ水処理剤は、リグニンスルホン酸塩及び金属水酸化物を併せて含有しても硫酸塩の析出を抑制できることから、これらの成分を併せて含有する一液の形態で、流通及び保管等が可能である。特に、本発明の水処理剤は、低温条件下においても硫酸塩の析出を高度に抑制できることから、一液の形態でも薬液タンクでの沈殿物の生成を抑制しながら保管することができ、プラント施設や管理の簡素化を期待できる。また、ボイラ水処理剤中のリグニンスルホン酸及び/又はその塩の濃度を高く設定でき、これによりボイラ水処理剤の保管必要量を低減化できるので、薬液タンクの小型化も可能である。ただし、これに限定されず、リグニンスルホン酸塩及び金属水酸化物を別々に流通及び保管し、使用時に併せて使用してもよく、他の任意成分についても同様である。
【0029】
<水処理方法>
本発明の水処理方法は、以上のボイラ水処理剤をボイラ水系に供給する手順を有する。上記したように、本発明のボイラ水処理剤は、一液の形態で保管等が可能であるため、供給系の簡素化及び管理を簡素化できる。また、ボイラ水処理剤中のリグニンスルホン酸及び/又はその塩の濃度を高く設定でき、これによりボイラ水処理剤の使用量を低減できるため、水処理コストを削減できる。
【実施例】
【0030】
リグニンスルホン酸ナトリウム、金属水酸化物、及び分散剤(ポリアクリル酸ナトリウム、分子量3000〜4000程度)を、表1に示す組成で含有するボイラ水処理剤を調製した。なお、フェニルプロパン骨格あたりのスルホ基のモル数は、非脱スルホン化物では0.45、脱スルホン化物では0.13であった。
【0031】
各ボイラ水処理剤1Lをポリプロピレン製容器に分取し、容器に蓋を被せた。なお、この蓋には約2mm径の孔を形成しておき、この孔を通じて空気が容器内外で容易に交換されるようにした。このような容器を、−5℃の恒温槽内で2週間に亘り保管した。その後、金属水酸化物として水酸化ナトリウムを用いた水処理剤には硫酸ナトリウムを、水酸化カリウムを用いた水処理剤には硫酸カリウムを、種晶として微量に添加した。その後2日以上経過した後、容器内の水処理剤を、100メッシュ以上のステンレス鋼製の篩を用いてゆっくり濾過し、容器内又は篩上に残存した析出物の有無を観察した。この結果を表1に示す。
【0032】
【表1】

【0033】
表1に示されるように、配合2〜3、10〜11の水処理剤は析出物を生じたのに対し、配合4〜7、12〜15の水処理剤は、等量以上のリグニン酸スルホン酸ナトリウムを含有するにもかかわらず、析出物を生じなかった。これにより、リグニンスルホン酸及び/又はその塩として脱スルホン化物を用いることで、金属水酸化物を併用しても、優れた腐食抑制能を保持しつつ、析出物の発生を抑制できることが確認された。
【0034】
配合1、9の水処理剤は析出物を生じなかったが、リグニン酸スルホン酸ナトリウムの含有量が4.0質量%にすぎず、ボイラ水系の腐食を充分に抑制できないことが懸念される。これに対して、配合4〜7、12〜15、17〜18の水処理剤は、4.0質量%超のリグニン酸スルホン酸ナトリウムを含有するにもかかわらず、析出物を生じなかった。これにより、脱スルホン化物の含有量をボイラ水処理剤の全体の4.0質量%超にすることで、腐食を充分に抑制でき且つ析出物の発生を抑制できることが確認された。
【0035】
配合8、16の水処理剤では析出物を生じていた。これにより、析出物の発生をより確実に抑制するためには、脱スルホン化物の含有量は、ボイラ水処理剤の全体の25.0質量%未満にすることが好ましいことが確認された。なお、脱スルホン化物の含有量の許容量は、保管温度や他の組成に応じて若干変動するため、必ずしも25.0質量%未満であることが必須とはいえない。
【0036】
また、配合1、9、17〜18のボイラ水処理剤は析出物を生じなかったのに対して、配合2〜3、10〜11のボイラ水処理剤は析出物を生じていた。これにより、非脱スルホン化物の含有量をボイラ水処理剤の全体の6.0質量%未満にすることで、析出物の発生をより確実に抑制できることも確認された。なお、非脱スルホン化物の含有量の許容量は、保管温度や他の組成に応じて若干変動するため、必ずしも6.0質量%未満であることが必須とはいえない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リグニンスルホン酸及び/又はその塩と、金属水酸化物と、を含有するボイラ水処理剤であって、
前記リグニンスルホン酸及び/又はその塩には、少なくとも部分的に脱スルホン化された脱スルホン化物が含まれるボイラ水処理剤。
【請求項2】
前記脱スルホン化物の含有量は、前記ボイラ水処理剤の全体の4.0質量%超である請求項1記載のボイラ水処理剤。
【請求項3】
前記脱スルホン化物の含有量は、前記ボイラ水処理剤の全体の25.0質量%未満である請求項1又は2記載のボイラ水処理剤。
【請求項4】
前記リグニンスルホン酸及び/又はその塩のうち前記脱スルホン化物を除く成分の含有量は、前記ボイラ水処理剤の全体の6.0質量%未満である請求項1から3いずれか記載のボイラ水処理剤。
【請求項5】
請求項1から4いずれか記載のボイラ水処理剤をボイラ水系に供給する水処理方法。

【公開番号】特開2010−100864(P2010−100864A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−270430(P2008−270430)
【出願日】平成20年10月21日(2008.10.21)
【出願人】(000001063)栗田工業株式会社 (1,536)
【Fターム(参考)】