説明

ポリアクリロニトリル系ポリマーの製造方法

【課題】極性ビニルモノマーの重合に好適なアニオン重合において、汎用の重合設備、条件(温度、重合開始剤)が適用可能で、かつ高度な立体規則性の制御も可能な立体規則性アニオン重合法の開発、及び経済的、工業的にも有利な立体規則性ポリマーの製造方法を提供すること。
【解決手段】アクリロニトリル成分又はアクリロニトリル成分を主とする不飽和共重合成分から選ばれる重合用モノマーを、鋳型化合物としての周期律表IIA族〜IIB族の六方晶系及び/又は三方晶系に属する金属化合物に吸収させて錯体を形成し、溶媒の存在下あるいは不存在下に該錯体を塩基触媒の存在下でアニオン重合する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリアクリロニトリル系ポリマーの製造方法に関する。更に詳しくは本発明は、高度な立体規則性を有するポリアクリロニトリル系ポリマーの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、極性基を側鎖に有する極性ビニルポリマーは非極性ビニルポリマーと比較して様々な機能を有することが知られており、ポリアクリロニトリル、ポリビニルアルコール(ポリ酢酸ビニル)、ポリアクリルアミド、ポリメタクリル酸メチル等が産業分野でも重要な役割を果たしてきた。
【0003】
これら極性ビニルポリマーに更に高次の機能、性能を付与するには、非極性ビニルポリマーと同様に、生成ポリマーの一次構造、すなわち立体構造や分子量、末端基の制御、あるいは厳密なブロック構造の実現などの精密な設計、制御が必要不可欠である。
【0004】
従来、これらのポリマーは主としてバルク系でのフリーラジカル重合法により合成されてきた。フリーラジカル重合法は高活性なフリーラジカルを成長種とし、そのためにモノマーの構造、また水系、非水系を問わず多様な重合条件下での種々の高分子量体の調整を簡便に実現することができる。しかしながらフリーラジカル種は高活性な反面、他の重合法と比較して反応性の制御が困難でありポリマーの一次構造制御の実現が困難な為、現在までのところ新たな機能性発現には至っていない。
【0005】
一方、非極性ポリマーの一次構造制御、特に立体構造の制御に関しては、既にZieglar−Natta触媒、メタロセン触媒などで知られる有機金属錯体触媒の適用で実現されているが、極性ビニルモノマー重合にこれら有機金属錯体触媒を適用した場合、極性基がしばしば触媒毒となり、触媒の重合活性そのものを失活してしまうため成功例は限られている。中でも立体構造を制御することによる立体規則性ビニルポリマー重合に関しては、希土類錯体触媒によるメタクリル酸エステルの重合(例えば、非特許文献1参照。)、極性ビニルモノマーの重合(例えば、非特許文献2参照)、ジルコノセン錯体と硼素化合物からなる触媒によるメタクリル酸エステルの重合(例えば、非特許文献3参照)が挙げられ、立体規則性ポリマー重合も報告されている。しかしながらこれらの錯体は例えばアクリロニトリルなど、メタクリル酸エステル以外の極性ビニルモノマーには立体規則性発現はおろか重合活性も乏しく、また空気中で不安定なため取り扱い作業性に問題があり、現在までのところ工業化には至っていない。
【0006】
また、極性ビニルモノマーにアニオン重合を適用することにより立体規則性を制御したポリマーを調整する報告も種々なされているが、これらは重合条件や側鎖極性基によるアニオン成長種への副反応などの要因から、得られるポリマーの平均分子量、収率などの点で実用性に乏しい。例えばt−ブチルリチウムとトリアルキルアルミニウム系開始剤(例えば、非特許文献4参照)、及びアルキルアルミニウムとホスフィン錯体(例えば、非特許文献5参照)によるシンジオタクティックメタクリル酸エステルの重合が知られているが得られるポリマーの平均分子量は10万以下である。また、極性ビニルモノマーとしてアクリロニトリルを用いた場合、Mg、Be等のアルカリ土類金属のアルキル化物を成分とするアニオン重合触媒を70℃で作用させることによりアイソタクティック含率が50〜70%程度のポリアクリロニトリルの調整に成功しているが(例えば、非特許文献6、特許文献1、特許文献2、特許文献3等参照。)、これらはアニオン重合でありシアノ基の副反応による副生成物の混在が避けられず重合収率も10〜30%程度である。
【0007】
これらのことより、極性ビニルモノマーの重合に最も適したフリーラジカル重合においてポリマーの立体規則性をも制御する試みもなされている。例えば古くは、尿素、胆汁酸誘導体などをホスト分子に用い、モノマーとの包摂化合物を調整後に低温にて放射線固相重合を行うことにより、高アイソタクティック含率のポリアクリロニトリルや高シンジオタクティックなポリメタクリル酸メチルが調整された(例えば、非特許文献7参照。)。
【0008】
また近年、かさ高いフルオロアルコールを溶媒かつモノマー包摂分子に用いて酢酸ビニルを低温にて光重合、鹸化することにより、アイソタクティック、シンジオタクティック含率の高いポリビニルアルコールが報告されている(例えば、非特許文献8、特許文献4、特許文献5等参照)。また、包摂分子としてゼオライト等の多孔性無機化合物を用いたアイソタクティックリッチなポリアクリロニトリル光重合の報告もある(例えば、非特許文献9参照)。
【0009】
ただしこれらはホスト分子の包摂能が機能しうるモノマー種がホスト分子の種類により限定され、汎用性に乏しい。またこれらの包摂ホスト化合物は−30℃以下の低温でのみ有効に機能し、室温下では容易に包摂化合物が解離、分解してしまう為、低温での光重合を行う必要があり、作業性、コスト面で実用性に欠けるのみならず、高度な立体規則性の制御は困難である。
【0010】
一方、従来ルイス酸の一種である塩化亜鉛の存在下、メタクリル酸エステル等の極性モノマーを重合すると、モノマーとルイス酸が相互作用して重合速度や他の非極性モノマーとの共重合性が変化することも知られていた。しかしながらそれらにおいてはルイス酸とモノマーの相互作用の強度が不十分な為、満足できる立体規則性の制御には至らなかった。
【0011】
この問題に対し近年、強力なルイス酸であり、かつ特異な反応活性を示す希土類金属のトリフルオロメタンスルホン酸塩などをモノマーに対して0.1等量前後(通常の触媒使用量程度)添加し重合することによる高いシンジオタクティック及びアイソタクティック含率のアクリルアミド誘導体のラジカル重合が報告されている(例えば、非特許文献10参照)。
【0012】
しかしこの場合も、満足できる高い立体規則性を発現するには−20℃程度の低温下での重合が必要であり、またアクリルアミド以外のモノマー、すなわちメタクリル酸メチルやアクリロニトリル、又は酢酸ビニル等、工業的に有用な極性ビニルモノマーでは期待されるほどの効果は認められていない。例えば酢酸ビニルにルイス酸として有機アルミニウム化合物を添加してラジカル重合後、鹸化して得られるポリビニルアルコールは、通常のラジカル重合に比べて高々1〜2%、トライアドのシンジオタクティシティーが増加する程度であり(例えば、特許文献6参照。)、実用上の有用性は低い。
【0013】
また希土類金属を含むルイス酸は高価なため、モノマーに対し0.1〜0.2等量の使用量であっても高コストと回収、再使用プロセスの問題を解決せねばならず、工業規模での大量重合には不適である。
【0014】
一方、我々は既に、六方晶或いは三方晶系に属する結晶性金属塩にアクリロニトリル、メタクリル酸メチル、酢酸ビニル、および4−ビニルピリジンのような極性ビニルモノマーを接触させて包接錯体とし、これをトルエンやヘプタンに代表される炭化水素系溶媒に分散させスラリー状にした後にラジカル重合開始剤を添加してラジカル重合を行うと、アイソタクティシティーに富むポリマーが得られることを提案している(非特許文献11)。
【0015】
然しながらこの方法はラジカル開始剤とモノマーとが不均一系となり、開始剤効率が低下することと、成長末端ラジカルが溶媒に対して連鎖移動することで高分子量体が得難いといった課題を抱えている。
【0016】
【特許文献1】特開平1−203406号公報
【特許文献2】特開平3−68606号公報
【特許文献3】特開平7−18012号公報
【特許文献4】特開2000−26537号公報
【特許文献5】特開2000−44607号公報
【特許文献6】特開2001−200008号公報
【非特許文献1】「ジャーナル オブ ザ アメリカン ケミカル ソサエティ(Journal of the American Chemical Society)」、(米国)、1992年、114巻、12号、P.4908−4910
【非特許文献2】「マクロモレキュールズ(Macromolecules)」、(米国)、1996年、29巻、24号、P.8014−8016
【非特許文献3】「マクロモレキュールズ(Macromolecules)」、(米国)、1995年、28巻、9号、P.3067―3073
【非特許文献4】「ポリマー プレプリンツ(Polymer Preprints)」、米国、1988年、29巻、2号、P.76―77
【非特許文献5】「ポリマー プレプリンツ ジャパン(Polymer Preprints Japan)」、1987年、36巻、6号、P.3139
【非特許文献6】「(ポリマー インターナショナル)Polymer International」、1994年、35巻、2号、P.207―213
【非特許文献7】「ジャーナル オブ ザ アメリカン ケミカル ソサエティ(Journal of the American Chemical Society)」、(米国)、1960年、82巻、21号、P.5671―5678
【非特許文献8】「マクロモレキュールズ(Macromolecules)」、1998年、31巻、22号、P.7598―7605
【非特許文献9】「マテリアルズ レター(Materials Letter)」、2002年、53巻、3号、P.180−185
【非特許文献10】「ジャーナル オブ ザ アメリカン ケミカル ソサエティ(Journal of the American Chemical Society)」、2001、123巻、29号、P.7180―7181
【非特許文献11】「ポリマー プレプリンツ (Polymer Preprints)」、米国、2002年、43巻、2号、P.978−979
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明者らは、上述のような従来の立体制御極性ビニルモノマーの製造技術の課題をもとに、極性ビニルモノマーの重合に好適なアニオン重合において、汎用の重合設備、条件(温度、重合開始剤)が適用可能で、かつ高度な立体規則性の制御も可能な立体規則性アニオン重合法の開発、及び経済的、工業的にも有利な立体規則性ポリマーの製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは極性ビニルモノマーの立体規則性アニオン重合に関する研究を行い、上述した極性モノマー中の酸素や窒素原子と相互作用し、かつ包摂しうるルイス酸性層状化合物と塩基触媒を対象に検討を行った。その結果、驚くべきことに周期表IIA〜IIB族の無機層状化合物にモノマーを配位させた錯体に、塩基触媒を添加すると触媒と層状化合物のルイス塩基/酸相互作用により効率的に錯体に開始剤が分散させることが可能であり、しかる後にアニオン重合を行うことにより、連鎖移動反応を併発せず簡便かつ効果的に極性ビニルモノマーの高度な立体規則性制御が可能であることを見出した。
【0019】
すなわち、本発明の目的は、
アクリロニトリル成分又はアクリロニトリル成分を主とする不飽和共重合成分から選ばれる重合用モノマーを、鋳型化合物としての周期律表IIA族〜IIB族の六方晶系及び/又は三方晶系に属する金属化合物に吸収させて錯体を形成し、溶媒の存在下あるいは不存在下に該錯体を塩基触媒の存在下でアニオン重合する、アイソタクティックトリアッド(mm%)基準で35%以上のアイソタクティシティーを有するポリアクリロニトリル系ポリマーの製造方法によって達成される。
【発明の効果】
【0020】
本発明の製造方法によれば、極性ビニルモノマーの重合に好適なアニオン重合において、汎用の重合設備、条件(温度、重合開始剤)が適用可能で、かつ高度な立体規則性の制御も可能な立体規則性アニオン重合法の開発、及び経済的、工業的にも有利な立体規則性ポリマーの製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明について詳述する。
本発明で使用される重合用モノマーとしてはアクリロニトリル成分又はアクリロニトリル成分を主とする不飽和共重合成分から選ばれる化合物であり、ここで、「主として」とは、該成分が全成分を基準として50%以上、好ましくは70%以上、更に好ましくは80モル%以上を占めることをいう(以下、アクリロニトリル成分又はアクリロニトリル成分を主とする不飽和共重合成分を単に重合用モノマーと略記することがある。)。
【0022】
本発明において、アクリロニトリル成分以外の不飽和共重合成分としては従来公知のものを用いることができるが、アニオン重合活性の大きな不飽和カルボン酸及び/または不飽和カルボン酸のエステルやアミド誘導体、特にアクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸及び/またはこれらのアルキルエステル、アルキルアミドを用いることが特に好ましい。アルキルエステルとしてはメチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ノルマルブチル、イソブチル、t−ブチル基、シクロヘキシルから選ばれる少なくとも1つの基など、炭素数1〜6のアルキル基を有するエステルを好ましく用いることができる。
【0023】
更に、他のアクリロニトリル成分以外の不飽和共重合成分としてメタクリロニトリル、酢酸ビニル、アクリルアミド、無水マレイン酸、N−ビニルピロリドンのようなアニオン重合活性な極性ビニルモノマー、スチレン、ビニルピリジン、ビニルイミダゾールのような芳香族ビニル化合物なども好ましく用いることができる。
【0024】
これらのアクリロニトリル成分以外の不飽和共重合成分は単独で用いても、あるいは併用してもよく、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、若しくはこれらのアルキルエステル、メタクリルニトリル、酢酸ビニル、アクリルアミド、無水マレイン酸、N−ビニルピロリドンのような極性ビニルモノマー、スチレン、ビニルピリジン、ビニルイミダゾールのような芳香族ビニル化合物からなる群から選ばれる少なくとも1つの化合物を特に好ましく選ぶことが出来る。
【0025】
これらのアクリロニトリル成分以外の不飽和共重合成分は、錯体の配位構造を破壊しない範囲の量を存在させることが可能である。鋳型化合物への不飽和共重合成分の添加量は重合用モノマー全体を基準として、0〜50mol%、好ましくは0〜30mol%、特に好ましくは0〜20mol%である。これらは共重合の結果、アクリロニトリルとランダムな配列となるランダム共重合体、あるいはアクリロニトリル連鎖と不飽和共重合成分の連鎖が形成されるブロック共重合体が得られる。
【0026】
最終的に得られるポリマーは単独で繊維やフィルム、その他各種成型体への素材として使用するのみならず、共重合成分の種類、構造に応じてブレンド、複合化による他の素材の改質や機能化への使用、更にはプレポリマーとして引き続き種々のモノマーとの共重合成分へ応用することも可能である。
【0027】
本発明において鋳型化合物として使用される金属化合物は、周期律表IIA族〜IIB族に属し、その結晶系が六方晶系、あるいは三方晶系に属する結晶状態の金属化合物、即ちハロゲン化物、酸化物、水酸化物、硫化物、硝酸塩、亜硝酸塩、硫酸塩、炭酸塩、チオ硫酸塩、燐酸塩、脂肪族カルボン酸塩、芳香族カルボン酸塩からなる群から選ばれる少なくとも一種類の化合物を挙げることができる。
【0028】
結晶状態の金属化合物は金属カチオンとこれに対を成す対アニオンとが整然と配列された構造を有しており、アクリロニトリルおよびアクリロニトリル以外の不飽和共重合成分は、カルボキシル基、アミド基、あるいはカルボン酸エステル基に含まれる酸素原子や窒素原子上の不対電子を介して金属カチオンに配位することができる。その際、アクリロニトリルおよびアクリロニトリル以外の不飽和共重合成分は、金属カチオンと対アニオンの秩序、サイズ、或いはイオン間の距離に応じて配列が規制される。
【0029】
その配列規制は選択する金属化合物の種類、結晶状態によると思われるが、周期律表IIA族〜IIB族に属しその結晶系が六方晶系、あるいは三方晶系である結晶状態の金属化物はアイソタクティックな立体制御重合の鋳型化合物として好適に使用される。これら六方晶系、三方晶系に属する金属化合物は巨視的に考えると層状構造をとっているものが多く、アクリロニトリルや不飽和共重合成分は結晶状態の金属化合物の層間に包接され、極性基を同一方向に配向させて規則正しく配列させることができる。そのような金属化合物の例としては臭化カルシウム六水和物、ヨウ化カルシウム、ヨウ化カルシウム六水和物、塩化コバルト(II)、臭化コバルト(II)、ヨウ化コバルト(II)、ヨウ化コバルト(II)六水和物、硝酸セシウム、塩化カドミウム、臭化カドミウム、ヨウ化カドミウム、塩化鉄(II)、塩化鉄(III)、臭化鉄(II)、臭化鉄(III)、ヨウ化鉄(II)、二硫化カリウム、亜硝酸カリウム二水和物、ヨウ化リチウム三水和物、塩化マグネシウム、臭化マグネシウム、水酸化マグネシウム、塩化マンガン(II)、臭化マンガン(II)、亜硝酸ナトリウム、塩化ニッケル(II)、硫酸錫二水和物、塩化チタン(II)、塩化チタン(III)、塩化バナジウム(II)、臭化バナジウム(II)、臭化バナジウム(III)、塩化亜鉛が挙げられるが、好ましくは塩化マグネシウム、臭化マグネシウム、塩化コバルト(II)で、特に好ましくは塩化マグネシウムである。
【0030】
これらは二種類以上を混合して使用することも可能であり、単一の結晶系に二つ以上の金属カチオンが存在するミョウバンやハイドロタルサイトのような所謂複塩であっても構わないが、六方晶や三方晶以外の結晶系、即ち立方晶、斜方晶、あるいは単斜晶系の金属化合物ではアクリロニトリル及びアクリロニトリル以外の不飽和共重合成分の規則的配列は実現できず、得られるポリマーは実質アタクティックなものとなる。
【0031】
重合用モノマーは不活性ガス雰囲気下で結晶状態の金属化合物と接触・吸収させて錯体とする。この工程は窒素やアルゴン不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましく、空気のように水や二酸化炭素が存在する混合気体を使用すると、アニオン重合開始剤となったり、あるいはアニオン成長末端の失活の原因となったりするので、十分な重合度を有するポリマーは得られないことがある。
【0032】
本発明の製造方法においては、重合用モノマーと鋳型化合物とのモル比(A/M)は0.1以上3.0未満とすることが好ましく、(A/M)が0.1を以上であれば、結晶状態の金属化合物に配位した重合用モノマーが高分子量体を与えるのに更に十分な量であり、。また、(A/M)が3.0未満であれば、結晶状態の金属化合物が吸収、配位し得る重合用モノマーの最大量を越えることが無く、余剰モノマーが発生しないため、副反応を格段に抑えることができ、得られるポリマーの立体規則性は更に向上する。
【0033】
本発明の製造方法において、アニオン重合に際しては溶媒の存在下あるいは不存在下(固相重合)に行うことができ、溶媒の存在下に重合させる場合には、錯体の構造を破壊しない低極性、非プロトン性の溶媒を用いれば特に問題なく、ペンタン、へキサン、ヘプタン、オクタンなどの脂肪族炭化水素やベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素、あるいはジクロロメタン、ジエチルエーテル、テトラヒドロフランなどを好ましく挙げることができる。
【0034】
本アニオン重合系においてはラジカル重合に比べて溶媒への連鎖移動が少ないため得られるポリマーは比較的高分子量体を得やすいが、特に機械物性良好な粘度平均分子量(以下単にMvと略記する事がある。)が100,000以上の高分子量ポリアクリロニトリル系ポリマー及びその共重合体を得ようとする場合、固相重合を行うことが好ましい。
【0035】
固相重合は先述のように重合用モノマーを不活性ガス雰囲気下で鋳型化合物としての金属化合物と接触させて調製した錯体をアニオン重合開始剤の存在下に不活性ガス雰囲気にてそのまま重合させることで達成される。
【0036】
固相重合方法は大別して二種類あり、モノマーと結晶状態の金属化合物の錯体を調整後、アニオン重合開始剤を少量の有機溶媒に溶かして添加する方法と、予めアニオン重合開始剤をモノマーに溶かしたものを結晶状態の金属化合物に添加する方法が挙げられる。
【0037】
アニオン開始剤の重合活性が高い場合、金属化合物の無い状態で予めモノマーと開始剤を混合するとバルクでのアニオン重合が起こり立体規則性は発現しないため、前者を利用することが好ましい。また、アニオン重合開始剤の活性がそれほど高くない場合は、モノマーと開始剤を混合する際に十分冷却して重合が開始しないよう制御することで後者の方法を実施することができる。開始剤の均一分布を考慮すると後者が好適であるため、重合開始反応を温度により制御できる場合は後者が好ましい。添加に際しては錯体を静置して自発的に吸収させる方法と、錯体に適度な撹拌を与える方法の両方が可能であるが、撹拌は錯体を粉砕するような激しいものであってはならない。
【0038】
本発明におけるアニオン重合開始剤とは通常アニオン重合で使用されるものであれば良い。そのようなアニオン重合開始剤としては、リチウムメトキシド、ナトリウムメトキシド、カリウムメトキシド、リチウムエトキシド、ナトリウムエトキシド、カリウムエトキシド、ナトリウムイソプロポキシド、カリウムブトキシド、リチウムtert.ブトキシド、アルミニウムトリブトキシドに代表されるメタルアルコキシド、ジエチルマグネシウム、トリエチルアルミニウム、フェニルリチウムなどに代表される有機金属化合物、フェニルマグネシウムブロミド、エチルマグネシウムクロリド、アリルマグネシウムヨージドなどに代表されるグリニャール試薬、リチウムアミド、琥珀酸イミドカリウム、アセトアミドカリウム等に代表される金属アミド化合物、トリエチルアミン、トリブチルアミン、メチルピペリジン、モルフォリン、トリエチレンジアミン、1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ−7−エンなどに代表される有機アミン等を挙げることができる。
【0039】
中でもリチウムtert.ブトキシド、アルミニウムトリブトキシド、ジエチルマグネシウム、トリエチルアルミニウム、トリエチルアミン、トリブチルアミン、メチルピペリジン、モルフォリン、トリエチレンジアミン、1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ−7−エンなどを特に好ましく挙げることができる。
【0040】
アニオン重合に好適な温度条件は−80℃以上150℃未満である。−80℃以下では重合反応速度が極端に低下するばかりか、冷却の為のエネルギー消費量が多くなるといった問題を生じる。逆に150℃以上では重合反応以外の副反応が併発するほか、モノマーが結晶状態の金属化合物から気体として解離してしまい十分に高分子量の立体規則性ポリマーを得ることができない。
【0041】
固相重合を完了した錯体は、結晶状態の金属化合物と重合により得られた立体規則性ポリマー成分から構成されている。立体規則性ポリマーを金属化合物から分離する手段は幾通りかある。該金属化合物が易溶性の場合は水、メタノール、エタノール等で溶出させることで、立体規則性ポリマーから除去することが可能である。一方該金属化合物が難溶性の場合はジメチルスルホキシド、N,N’−ジメチルホルムアミド、N−メチルピロリドン等の極性有機溶媒を用いて立体規則性ポリマーを溶出させ、これを再沈殿することによって単離可能である。
【0042】
この様にして得られるポリアクリロニトリル系立体規則性ポリマーの微細構造については、隣り合う極性基同士がmeso−meso配置で整列したアイソタクティックトライアド(mm)の含量が、racemo−racemo配置で整列したシンジオタクティックトライアド(rr)及びmeso−racemo配置で整列したmr(ヘテロタクティックトライアド)を含めた全微細構造中に35%以上存在するような立体規則性を有する。ここでいうmm、及び/又はrr含量とは、ポリアクリロニトリルのようにα−モノ置換型の極性ビニルポリマーの場合、α―炭素の13C−NMRスペクトルにおけるmm、mr、rrの三種の立体構造に基づくピーク強度比より算出することができる。
【0043】
また、共重合成分としてポリメタクリル酸メチルの様にα位にアルキル基等の置換基を有するポリマーの場合、α置換基上の水素原子のmm、mr、rrの三種のピーク強度比より算出することも可能である。立体規則構造の発現により極性ポリマーの力学特性、耐熱性、耐溶剤性、耐薬品性といった物理的、化学的性質を改良することが出来る。アイソタクティックポリアクリロニトリルではアタクティックな素材に比べて熱的、力学特性の向上が可能であり、また金属イオンを選択的に配位することが可能で、金属の吸着素材や導電性ポリマーへの応用にも有用である。mm及び/またはrr含量が50%に満たない場合、上述の物理的、化学的特性への微細構造の寄与が少なく、期待される機能発現への効果が少ないか、又は結びつかない。
【実施例】
【0044】
以下、参考例及び実施例によって本発明を更に詳しく説明する。ただし、本発明は、以下の参考例、実施例にのみ限定されるものではない。
実施例中、ポリマーの組成はH−NMRより、また立体規則性(タクティシティー)は13C−NMR測定(270MHz JNR−EX−270 日本電子データム株式会社製、溶媒DMSO−d)により定量し、アイソタクティックトリアッド(mm)、シンジオタクティッティクトリアッド(rr)、ヘテロタクティックトリアッド(mr)を決定した。ポリマーの固有粘度[η]はS−40規格のウベローデ型粘度計を用い、35℃のN,N’−ジメチルホルムアミド中で測定したηsp/Cを下記実験式(1)に代入することによって算出した。
[数1]
[η]=0.6712×ηsp/C+0.063 (1)
【0045】
[実施例1]
三口フラスコを乾燥窒素で置換し、引き続き乾燥窒素気流下で無水塩化マグネシウム50gを三口フラスコにとり、これを氷浴で0℃以下に保った。別に用意した三口フラスコを乾燥窒素で置換し、アクリロニトリル34.6mlおよび1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ−7−エン(152.24,d=1.02)80μlを混合してモノマー/開始剤溶液とした。これをシリンジで−10℃に冷却した無水塩化マグネシウムに加えA/M=1/1の錯体とした。この錯体が入った三口フラスコをシールテープで密閉後、25℃に設定した恒温槽に設置し、25℃にて24時間固相重合を行った。固相重合後、錯体をメタノール中に注ぎ無水塩化マグネシウムを溶解抽出、除去することでメタノールに不溶のポリアクリロニトリルをろ別収集した。イオン交換水、アセトンの順に洗浄した後40℃にて一昼夜減圧乾燥させた。得られたポリマーは12.7g(収率45.5%)であった。13C−NMR測定を行い、タクティシティーを定量したところ、mm/mr/rr=60.3/29.3/10.4であり、高いアイソタクティシティーを有することが確認された。35℃のN,N’−ジメチルホルムアミド中で測定したηsp/Cを基に計算した固有粘度[η]は1.67であった。
【0046】
[実施例2]
三口フラスコを乾燥窒素で置換し、引き続き乾燥窒素気流下で無水塩化マグネシウム50gを三口フラスコにとり、これを氷浴で0℃以下に保った。別に用意した三口フラスコを乾燥窒素で置換し、アクリロニトリル34.6mlおよび1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ−7−エン(152.24,d=1.02)80μlを混合してモノマー/開始剤溶液とした。これをシリンジで−10℃に冷却した無水塩化マグネシウムに加えA/M=1/1の錯体とした。別に用意した脱水メチルシクロヘキサン300mlをこの錯体に加え均一に混合しスラリ溶液とした後、三口フラスコをシールテープで密閉後、25℃に設定した恒温槽に設置し、25℃にて24時間スラリ重合を行った。重合後、錯体をメタノール中に注ぎ無水塩化マグネシウムを溶解抽出、除去することでメタノールに不溶のポリアクリロニトリルをろ別収集した。イオン交換水、アセトンの順に洗浄した後40℃にて一昼夜減圧乾燥させた。得られたポリマーは10.5g(収率37.6%)であった。13C−NMR測定を行い、タクティシティーを定量したところ、mm/mr/rr=60.1/29.4/10.5であり、高いアイソタクティシティーを有することが確認された。35℃のN,N’−ジメチルホルムアミド中で測定したηsp/Cを基に計算した固有粘度[η]は1.32であった。
【0047】
[実施例3]
実施例1において、1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ−7−エン(152.24,d=1.02)80μlをトリ−n−プロピルアミン(143.27)100μlに変更したこと以外は同様の手法にてポリアクリロニトリル10.5g(収率37.6%)を得た。13C−NMR測定を行い、タクティシティーを定量したところ、mm/mr/rr=59.0/30.0/11.0であり、高いアイソタクティシティーを有することが確認された。35℃のN,N’−ジメチルホルムアミド中で測定したηsp/Cを基に計算した固有粘度[η]は1.28であった。
【0048】
[実施例4]
実施例1において、無水塩化マグネシウム(95.21)50gを無水臭化マグネシウム(184.113)96.7gに変更したこと以外は同様の手法にてポリアクリロニトリル13.2g(収率47.3%)を得た。13C−NMR測定を行い、タクティシティーを定量したところ、mm/mr/rr=59.0/30.0/11.0であり、高いアイソタクティシティーを有することが確認された。35℃のN,N’−ジメチルホルムアミド中で測定したηsp/Cを基に計算した固有粘度[η]は1.71であった。
【0049】
[実施例5]
三口フラスコを乾燥窒素で置換し、引き続き乾燥窒素気流下で無水塩化マグネシウム50gを三口フラスコにとり、これを氷浴で0℃以下に保った。別に用意したアクリロニトリル34.6mlをシリンジで0℃に冷却した無水塩化マグネシウムに加えA/M=1/1の錯体とした。別にリチウムtert.−ブトキサイド(分子量80.05)0.042gと乾燥n−ヘプタン100mlを混合して開始剤溶液とし、これを−20℃に冷却したアクリロニトリル/無水塩化マグネシウム錯体に加え撹拌することでスラリー分散液を調整した。このスラリーを15℃に設定した恒温槽に設置し、24時間撹拌、重合を行った。固相重合後、錯体をメタノール中に注ぎ無水塩化マグネシウムを溶解抽出、除去することでメタノールに不溶のポリアクリロニトリルをろ別収集した。イオン交換水、アセトンの順に洗浄した後40℃にて一昼夜減圧乾燥させた。得られたポリマーは11.1g(収率39.8%)であった。13C−NMR測定を行い、タクティシティーを定量したところ、mm/mr/rr=58.5/30.3/11.2であり、高いアイソタクティシティーを有することが確認された。35℃のN,N’−ジメチルホルムアミド中で測定したηsp/Cを基に計算した固有粘度[η]は1.34であった。
【0050】
[実施例6]
三口フラスコを乾燥窒素で置換し、引き続き乾燥窒素気流下で無水塩化マグネシウム50gを三口フラスコにとり、これをメタノール/氷浴で−10℃以下に保った。別に用意した三口フラスコを乾燥窒素で置換し、アクリロニトリル(0.808)34.6ml(27.9568g)、アクリル酸メチル(d=0.962)2ml(1.942g)、イタコン酸ジブチル(0.985)1.2ml(1.182g)、およびトリエチレンジアミン(112.17)0.059gを−10℃下に混合してモノマー/開始剤溶液とした。これをシリンジで−10℃に冷却した無水塩化マグネシウムに加えA/M=1/1の錯体とした。この錯体が入った三口フラスコをシールテープで密閉後、25℃に設定した恒温槽に設置し、そのまま24時間固相重合を行った。固相重合後、錯体をメタノール中に注ぎ無水塩化マグネシウムを溶解抽出、除去することでメタノールに不溶のポリアクリロニトリル共重合体(31.0808)をろ別収集した。イオン交換水、アセトンの順に洗浄した後40℃にて一昼夜減圧乾燥させた。得られたポリマーは10.1g(収率32.5%)であった。H−NMR測定により該共重合体の組成を見積もったところ、アクリロニトリル成分、アクリル酸メチル成分、イタコン酸ジブチル成分がそれぞれ94.7%、2.3%、3.0%であった。また13C−NMR測定を行い、タクティシティーを定量したところ、mm/mr/rr=67.5/26.3/6.2であり、高いアイソタクティシティーを有することが確認された。35℃のN,N’−ジメチルホルムアミド中で測定したηsp/Cを基に計算した固有粘度[η]は1.35であった。
【0051】
[比較例1]
実施例1において、無水塩化マグネシウムを使用しないこと以外は同様の条件で重合を行った。13C−NMR測定によりトリアッドタクティシティーを定量したところ、mm/mr/rr=25.8/49.0/25.2であり、実質アタクティックなポリアクリロニトリル10.9g(収率39.1%)が得られたことが確認できた。35℃のN,N’−ジメチルホルムアミド中、ウベローデ型粘度計を用いて得られた固有粘度[η]は1.42であった。
【0052】
[比較例2]
実施例1において、無水塩化マグネシウムから変更して単斜晶系に属する塩化カルシウム58gを使用したこと以外は全て同様の条件で重合を行った。13C−NMR測定によりトリアッドタクティシティーを定量したところ、mm/mr/rr=26.7/49.2/24.1であり、実質アタクティックなポリアクリロニトリル9.8g(収率35.2%)が得られたことが確認できた。35℃のN,N’−ジメチルホルムアミド中、ウベローデ型粘度計を用いて得られた固有粘度[η]は1.38であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリロニトリル成分又はアクリロニトリル成分を主とする不飽和共重合成分から選ばれる重合用モノマーを、鋳型化合物としての周期律表IIA族〜IIB族の六方晶系及び/又は三方晶系に属する金属化合物に吸収させて錯体を形成し、溶媒の存在下あるいは不存在下に該錯体を塩基触媒の存在下でアニオン重合する、アイソタクティックトリアッド(mm%)基準で35%以上のアイソタクティシティーを有するポリアクリロニトリル系ポリマーの製造方法。
【請求項2】
前記鋳型化合物が、ヨウ化カドミウム型、塩化カドミウム型及び硫化モリブデン型の層状構造を有する金属化合物である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
アニオン重合が、前記錯体にアニオン重合開始剤を共存させて固相重合することによって達成される、請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
前記錯体において、前記重合用モノマーと鋳型化合物とのモル比(A/M)を0.1以上3.0未満とする、請求項1に記載の製造方法。

【公開番号】特開2006−22137(P2006−22137A)
【公開日】平成18年1月26日(2006.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−198969(P2004−198969)
【出願日】平成16年7月6日(2004.7.6)
【出願人】(000003001)帝人株式会社 (1,209)
【Fターム(参考)】