説明

ポリエーテルエステルブロック共重合体弾性糸の製造方法

【課題】製糸時の処理剤飛散が少なく、かつ張力変動斑による巻取パッケージ不良(綾落ち)の発生もなく、走行時の摩擦が小さくて静電気の発生が少なく、スカムの発生も抑制された取扱い性に優れたポリエーテルエステルブロック共重合体弾性糸を安定に製造する方法を提供すること。
【解決手段】ポリエーテルエステルブロック共重合体を溶融紡糸するに際し、鉱物油および/またはポリジメチルシリコーンを80重量%以上、ならびに高級アルコールのエチレンオキサイド付加物の部分リン酸エステル塩を0.5〜3重量%含有する油剤を、水系エマルジョンとして付与する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエーテルエステルブロック共重合体弾性糸の製造方法に関する。さらに詳しくは、本発明は、製糸時の油剤(以下「処理剤」と称することがある)飛散もなく、かつ油剤付着斑や張力変動斑も少なく安定したパッケージが得られると共に、巻取パッケージからの解舒性に優れ、また糸の走行時においては静電気の発生が少なく、スカムの発生も抑制された取扱い性が極めて良好なポリエーテルエステルブロック共重合体弾性糸を製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、弾性糸としては、ゴム、ポリウレタン系の弾性糸が使用され、身体へのフィット性が要求される分野、例えば海水着、スキーズボン、トレーニングパンツなどの多方面に利用されている。
【0003】
近年、ポリブチレンテレフタレートのようなポリエステルをハードセグメントとし、ポリテトラメチレングリコールをソフトセグメントとするポリエーテルエステルブロック共重合体からの弾性糸は、その化学構造がポリエステル繊維に類似していることから、従来の弾性糸では耐熱性、耐薬品性不足でポリエステル繊維と同等の条件で後加工(例えば、アルカリ減量加工など)するには耐えられなかった問題を解決するものとして期待され、種々実用化検討がなされてきている。しかしながら、かかるポリエーテルエステルブロック共重合体弾性糸は、大量に商業的に生産・使用する場合、製糸時にローラーや巻取機周辺に油剤が飛散したり、張力変動斑による巻取パッケージ不良(綾落ち)の発生、および糸走行時静電気が発生したり、合糸、カバリング、製編織工程でスカムの発生に伴う各種のトラブルを惹起するという問題があった。
【0004】
従来、ポリウレタン系弾性糸においては、シリコンや鉱物油を主体成分とし、これに種々の高級脂肪酸エステル、高級アルコールのエチレンオキサイド付加物、高級脂肪酸金属塩、変性シリコーンなどを配合した非水系処理剤が数多く提案されている。かかる処理剤は、ウレタン系弾性糸の解舒性向上結果をもたらすものの、ポリエーテルエステルブロック共重合体弾性糸に適用しても、該弾性糸自体はウレタン弾性糸に比べて静電気が発生しやすいため、静電気によるトラブルが発生する。また、ウレタン系弾性糸では、通常、非水系の処理剤として付与されるが、非水系では給油時の処理剤粘度の調整が難しく、巻取張力の変動が大きくなって巻取パッケージの綾落ち(綾外れ)が発生しやすくなるという問題もある。
【0005】
一方、特許文献1(特開平4−352878号公報)には、ポリジメチルシリコーンに代えてポリジメチルシロキサンジオール(重合度50以下の低分子量)を主体成分とする水系処理剤が提案されている。しかし、このものは、ポリジメチルシロキサンジオールが多分に反応性を有しているため、糸上に付着した状態で重合が進行し、走行摩擦が経時的に増加して、後加工時に断糸発生が増加するという問題がある。
【0006】
また、特許文献2(特開平8−296126号公報)には、鉱物油および/またはポリジメチルシリコーンを70重量%以上、ならびに高級アルコールのエチレンオキサイド付加物の部分リン酸エステル塩を10〜20重量%含有する油剤を、25℃における粘度が4〜15センチストークスの水系エマルジョンとして付与する方法が提案されている。これにより大部分の用途で安定に使用できるが、上記油剤を付与した弾性糸を長期間経時した後に使用した場合に、スカムの発生により糸切れなどのトラブルを引き起こす問題が残されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平4−352878号公報
【特許文献2】特開平8−296126号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記従来技術に鑑みなされたもので、その目的とするところは、製糸時の処理剤飛散が少なく、かつ張力変動斑による巻取パッケージ不良(綾落ち)の発生もなく、また走行時の摩擦が小さくて静電気の発生が少なく、スカムの発生も抑制された取扱い性に優れたポリエーテルエステルブロック共重合体弾性糸を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成するため鋭意検討した結果、高級アルコールにエチレンオキサイドを付加した化合物の部分リン酸エステル塩(以下「エチレンオキサイド付加アルキルホスフェート塩」と称することがある)は、ポリジメチルシリコーンや鉱物油を主体成分とする油剤中に含有させても、平滑性能を損なうこと無く制電性能を発揮すること、さらに、その含有量を極力おさえることで、後に述べるポリエーテルエステルブロック共重合体弾性糸中に含まれる光安定剤を抽出することを最低限に抑えることでスカムの発生を抑制できることを見出し、本発明に到達した。
【0010】
すなわち、本発明によれば、ポリエーテルエステルブロック共重合体を溶融紡糸するに際し、鉱物油および/またはポリジメチルシリコーンを80重量%以上、ならびに高級アルコールのエチレンオキサイド付加物の部分リン酸エステル塩を0.5〜3重量%含有する油剤を、水系エマルジョンとして付与することを特徴とするポリエーテルエステルブロック共重合体弾性糸の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0011】
本発明で用いられる油剤は、鉱物油および/またはポリジメチルシリコーンを主体成分とし、これにエチレンオキサイド付加ホスフェート塩を適当量配合したものであり、またこれを水系エマルジョンとして弾性糸に付与しているので、処理剤の付着斑が防止されて巻取パッケージ不良の発生が抑制されると共に、平滑性および静電気発生防止性能も良好で、極めて品位の良好な弾性糸を工業的に安定して得ることができる。さらに、特定の弾性糸の横断面を特定の形状とすることにより、走行糸と各工程でのガイドなどとの接触面積が最低限に抑えられるため、エチレンオキサイド付加アルキルホスフェート塩の含有量を少なくしても静電気によるトラブルが発生しない。また、長期間の経時によりエチレンオキサイド付加アルキルホスフェート塩が弾性糸中の光安定剤を抽出してスカムを発生させることもなく、安定に使用することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明が対象とするポリエーテルエステルブロック共重合体は、テレフタル酸を主とするジカルボン酸成分と、1,4−ブタンジオールまたはエチレングリコールを主とするグリコール成分と、平均分子量が400〜4,000のポリオキシアルキレングリコールを構成成分とする共重合体である。なかでも、ポリオキシアルキレングリコールとしては、平均分子量が1,000〜3,000のポリテトラメチレングリコールまたはポリエチレングリコールが好ましい。
【0013】
ポリエーテルエステルブロック共重合体中のポリオキシアルキレングリコールの含有量は50〜80重量%の範囲にあることが好ましく、80重量%を超えると、弾性的には性能の優れた弾性糸が得られるものの、該共重合体の融点が低くなりすぎるため、乾熱処理、湿熱処理時の弾性的性能が急激に低下し耐久性の劣る弾性糸となってしまう。一方、50重量%未満では、永久歪が大きく弾性的性質に劣る弾性糸しか得られない。
【0014】
また、耐紫外線、耐熱性などの耐久性を向上するため、上述のポリエ−テルエステルブロック共重合体には、酸化防止剤、光安定剤、紫外線吸収剤などを添加するのが好ましい。
【0015】
かかる光安定剤としては、例えばヒンダードフェノール系化合物、ヒンダードアミン系化合物、硫黄原子含有エステル化合物などを、また、紫外線吸収剤としては、ベンゾフェノン系化合物、ベンゾトリアゾール系化合物、サシレート系化合物などが例示される。
【0016】
本発明においては、上述のポリエーテルエステルブロック共重合体からなる弾性糸に、鉱物油および/またはポリジメチルシリコーンならびにエチレンオキサイド付加アルキルホスフェート塩を含有する油剤を付与することが必要である。
【0017】
ここで用いられるポリジメチルシリコーンは、25℃における粘度が3〜20センチストークス、特に5〜15センチストークス程度であることが好ましい。3センチストークス未満の場合には、後述するエチレンオキサイド付加アルキルホフェート塩を用いても該シリコーンの揮発性を抑制することが困難となり、保存中に該シリコーン成分が揮散して弾性糸上の油剤組成比率が変化して平滑性が不充分となる。一方、20センチストークスを超える場合には、得られる弾性糸の平滑性が不充分となるので好ましくない。
【0018】
また、鉱物油は、25℃における粘度が8〜16センチストークス程度であることが好ましく、この範囲未満ではポリジメチルシリコーンの場合と同様に揮散の問題が発生しやすい。一方、16センチストークスを超える場合には、油剤系の粘度を高め糸への給油が不均一になりやすく、糸の平滑性も低下しやすい。
【0019】
次に、上記成分と併用されるエチレンオキサイド付加アルキルホスフェート塩のエチレンオキサイド付加モル数は、あまりに多いと静電気発生防止能力が低下しやすく、逆に少なすぎると平滑性が低下しやすい。したがって、エチレンオキサイドの付加モル数は、高級アルコール1モルに対して2〜10モルの範囲が好ましい。
【0020】
一方、高級アルコールのアルキル基の炭素数は、その静電気発生防止の観点から8〜18が好ましく、またホスフェート塩の対イオンとしてはNa、Kなどのアルカリ金属イオン、アンモニウムカチオンなどを例示することができ、特にNa、Kは静電気発生防止能力が大きいので好ましい。
【0021】
好ましく用いられるエチレンオキサイド付加アルキルホスフェート塩としては、エチレンオキサイド付加(以下「EO付加」と略記することがある)イソオクチルホスフェートK塩、EO付加ラウリルホスフェートK塩、EO付加セカンダリーアルコール(炭素数16〜18のアルコール)ホスフェートK塩などを挙げることができる。
【0022】
本発明において用いられる油剤には、上記に詳述した鉱物油および/またはジメチルシリコーンの合計量が油剤有効成分に対して80重量%以上、好ましくは85〜95重量%含まれている必要がある。この含有量が80重量%未満の場合には、平滑性が不充分となって糸の走行安定性が低下し、糸の異常伸長が発生するので好ましくない。
【0023】
また、エチレンオキサイド付加アルキルホスフェート塩の含有量は、油剤有効成分に対して0.5〜3重量%である必要がある。この含有量が0.5重量%未満の場合には制電性能が不充分となり、一方3重量%を超える場合にはポリエーテルエステルブロック共重合体弾性糸中の光安定剤などを徐々に抽出しスカムの発生原因となるため好ましくない。
【0024】
本発明における油剤は、上記の成分を基剤とするものであるが、必要に応じて他の配合剤、例えば酸化防止剤、防腐剤、紫外線吸収剤などの安定性向上剤などや、脂肪酸またはアルコールで変性したシリコーン化合物などの平滑助剤を、本発明の目的を損なわない範囲で添加してもよい。
【0025】
本発明においては、以上に説明した油剤を水で乳化させて使用する。油剤の弾性糸への付与は、従来公知の手段いずれをも採用することができるが、なかでも糸に与える抵抗を少なくするオイリングノズルを介して計量された量を付与する方法が、より好ましい方法として採られる。
【0026】
油剤の弾性糸への付与量は、繊維重量を基準として1.5〜5.0重量%(有効成分として)が好ましく、付与量がこの範囲未満になると平滑性や制電性が低下して糸切れやスカム発生のトラブルが起こりやすくなり、逆にこの範囲を超えると過剰の油剤が糸導などを汚染しやすくなり商業的にも得策でない。
【0027】
なお、本発明のポリエーテルエステルブロック共重合体弾性糸の横断面形状は、中央部の断面部Aとその周囲におのおの独立して該断面部Aに接合した3〜5個の円形の断面部Bとくびれた接合部Cとから構成され、かつ下記(1)〜(2)を満足する形状であることが好ましい。
(1)弾性糸横断面の、外接円の直径Dと内接円の直径dとの比(D/d)が1.5〜4.0
(2)断面部Bの最大幅Wと接合部Cの最小幅wとの比(W/w)が0.9〜3.0
【0028】
このような断面を有することで、弾性糸を合糸、カバリング、製編織工程において使用する際、走行糸と各工程でのガイドなどとの接触面積が最低限に抑えられるため、エチレンオキサイド付加アルキルホスフェート塩の含有量を少なくしても静電気によるトラブルが発生しない。また、長期間の経時によりエチレンオキサイド付加アルキルホスフェート塩が弾性糸中の光安定剤を抽出してスカムを発生させることもなく、安定に使用することができるのである。
【実施例】
【0029】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明する。
なお、実施例における各評価項目は下記方法にしたがって測定した。
【0030】
1.油剤揮散性
径8cmのステンレス皿中に油剤2gを精秤し、50℃の熱風乾燥器中24時間放置後の重量減少率を測定し、次の基準で評定した。
○:15%未満
△:15%以上30%未満
×:30%以上
【0031】
2.綾落ち
巻取パッケージ100本を外観検査し、端面に綾外れを発生しているパッケージの発生率を求め、次の基準で評定した。
○:綾外れなし
△:3%未満
×:3%以上
【0032】
3.解舒性
巻取パッケージから、第1糸導ガイドまでの距離を25cmとし、この糸導を通して10m/分の速度で弾性糸(原糸)を引き出した。この時の解舒性を3段階評価した。
○:全く問題なく安定に解舒できる。
△:やや引き出す糸に抵抗感あるも糸切れの発生なし。
×:引き出す糸に抵抗感大きく、断糸が頻発する。
【0033】
4.平滑性
得られた弾性糸を15m/分の速度で解舒し、途中、径60mm、表面粗度11Sの梨地クロムピンを180°の接触角で接触して巻取った。この時のピンの前後の張力(各々T1 、T2 :単位g)から次式により摩擦係数(μ)を算出した。なおT1 は約5gに調整した。
μ=1/π[Ln(T1 /T2 )]
評価は次の基準で評定した。
○:0.35未満
△:0.35以上0.40未満
×:0.40以上
【0034】
5.制電性
得られた弾性糸を、10本の枠立てにより整経機にかけ、経糸用ビームとして20m/分の速度で20,000m巻取り、この時、静電気発生状況を春日式集電気式電位測定器で測定した。なお、評価は下記の基準により評定した。
○:帯電圧1KV未満
△:帯電圧1KV以上3KV未満
×:帯電圧3KV以上
【0035】
6.スカム
得られた弾性糸を混繊機にて約2倍に伸長しながら約600m/minの速度で混繊巻取りし、5万m走行後のガイド上に堆積するスカムの量を目視確認し、下記の基準により評定した。
○:スカムの発生が全く認められない。
△:わずかにスカムの発生が認められるが糸の走行に影響はない。
×:スカムが大量に発生し場合によっては糸切れを起こすことがある。
【0036】
[実施例1〜4、比較例1〜2]
ポリブチレンテレフタレートをハードセグメントとし、ポリテトラメチレングリコールをソフトセグメントとする、ハードセグメントの含有量が40重量%であるポリエーテルエステルブロック共重合体であって、ヒンダードアミン系光安定剤を1.0重量%、ヒンダードフェノール系抗酸化剤を0.2重量%含有するブロック共重合体を、225℃で溶融し、紡糸口金より押出し800m/分の速度で巻取り40デシテックス1フィラメントの弾性糸を得た。この際、紡出糸には計量ノズルを介して表1記載の油剤を、20重量%の水系エマルジョンとして、繊維重量を基準として油剤有効成分付着量が3重量%となるように付与した。評価結果を表1にまとめて示す。
【0037】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエーテルエステルブロック共重合体を溶融紡糸するに際し、鉱物油および/またはポリジメチルシリコーンを80重量%以上、ならびに高級アルコールのエチレンオキサイド付加物の部分リン酸エステル塩を0.5〜3重量%含有する油剤を、水系エマルジョンとして付与することを特徴とするポリエーテルエステルブロック共重合体弾性糸の製造方法。
【請求項2】
油剤の付与量が、繊維重量を基準として1.5〜5.0重量%である請求項1記載のポリエーテルエステルブロック共重合体弾性糸の製造方法。
【請求項3】
ポリエーテルエステルブロック共重合体弾性糸の横断面形状が、中央部の断面部Aとその周囲におのおの独立して該断面部Aに接合した3〜5個の円形の断面部Bとくびれた接合部Cとから構成され、かつ下記(1)〜(2)を満足する形状である請求項1または2に記載のポリエーテルエステルブロック共重合体弾性糸の製造方法。
(1)弾性糸横断面の、外接円の直径Dと内接円の直径dとの比(D/d)が1.5〜4.0である。
(2)断面部Bの最大幅Wと接合部Cの最小幅wとの比(W/w)が0.9〜3.0である。

【公開番号】特開2010−236145(P2010−236145A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−86054(P2009−86054)
【出願日】平成21年3月31日(2009.3.31)
【出願人】(302011711)帝人ファイバー株式会社 (1,101)
【Fターム(参考)】