説明

ポリヒドロキシアルカン酸の製造法

【課題】油脂類を炭素源として、柔軟性に優れた共重合体P(3HB-co-3HA)を高い生産性で製造する方法を提供する。
【解決手段】特定の配列で示されるアミノ酸配列の477番のセリンが、システィン、アスパラギン酸、グルタミン酸、リシン、ロイシン、アルギニン、トレオニン、バリン、トリプトファン又はチロシンに置換されたアミノ酸配列をコードする、Pseudomonas 61-3株由来ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子;ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素;組換えベクター;形質転換体;並びに、油脂類の存在下、当該形質転換体を培養し、得られる培養物から(R)-3-ヒドロキシブタン酸と3-ヒドロキシアルカン酸とからなるポリヒドロキシアルカン共重合体を採取することを特徴とする、ポリアルカン酸共重合体の製造法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生分解性及び優れた柔軟性を有するポリヒドロキシアルカン酸の油脂類からの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリヒドロキシアルカン酸(以下、「PHA」と称する)は微生物が細胞内に蓄積するポリエステルである。近年では、生分解性プラスチック素材としてのみならず、バイオマス由来のプラスチック素材として注目されている。最も一般的なPHAは、(R)-3-ヒドロキシブタン酸(以下、「3HB」と称する)を構成ユニットとするホモポリマー(以下、「P(3HB)」と称する)である。P(3HB)は結晶性が高いため、柔軟性がないのが欠点であった。その後、3HBと(R)-3-ヒドロキシ吉草酸(以下、「3HV」と称する)からなる共重合体(以下、「P(3HB-co-3HV)」と称する)の微生物による製造法が開発されたが、3HBと3HVとが共結晶化するために、柔軟性はほとんど向上しなかった。
【0003】
近年、3HBと(R)-3-ヒドロキシヘキサン酸(以下「3HHx」と称する)とからなる共重合体(以下、「P(3HB-co-3HHx)」と称する)の製造法が確立され、高い柔軟性を有するPHAの製造が可能になった(特許文献1参照)。P(3HB-co-3HHx)の製造法は、具体的には、高いPHA蓄積能を示すRalstonia eutropha(ラルストニア・ユートロファ)属由来のPHA合成酵素遺伝子欠損変異株(PHB-4株)に土壌細菌Aeromonas caviae(アエロモナス・キャビエ)属由来のPHA合成酵素(PhaCAc)を組み込んだ組換え株を作製し、植物油を炭素源として微生物合成を行うものである。炭素源として大豆油を使用すると、3HHxを5mol%含む共重合体が得られる。
【0004】
一方、3HBと3-ヒドロキシアルカン酸(以下、「3HA」と称する)とからなる共重合体(以下、「P(3HB-co-3HA)」と称する)は、P(3HB-co-3HHx)に比べて更に柔軟なポリマーであり、3HAを約6mol%含むP(3HB-co-3HA)は低密度ポリエチレンと同等の破壊のび性を示す。P(3HB-co-3HA)の製造法としては、糖類を炭素源とし、Pseudomonas 61-3株由来の組換え株を用いる方法が知られている(非特許文献1参照)。
【0005】
更に、糖類を炭素源とし、Pseudomonas 61-3株由来のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の477番のセリンがアルギニンに及び481番のグルタミンがリシン、メチオニン、アルギニン等に置換された変異株、又は325番目のセリンがシスティン又はトレオニンに置換された変異株を大腸菌内で培養すると、P(3HB)の蓄積量が上昇することが報告されている(非特許文献2参照)。
【0006】
また、上記酵素の130番目のグルタミン酸がアスパラギン酸に置換された変異株を大腸菌内で培養すると、P(3HB)の蓄積量が著しく上昇することも報告されている(非特許文献3参照)。
【0007】
【特許文献1】国際公開第03/033707号パンフレット
【非特許文献1】J. Bacteriol. 180, 6459-6467
【非特許文献2】J. Biochem. 133, 139-145 (2003)
【非特許文献3】Biomacromolecules 2005, 6, 99-104
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、PHA製造の炭素源としては、一般的に、生産性の点から糖類よりも脂質類の方が適しており、P(3HB-co-3HHx)の油脂類からの製造法は特許文献1の方法により確立されているが、P(3HB-co-3HA)の油脂類からの製造法は知られていない。
従って、本発明は、油脂類を炭素源として、柔軟性等の機械的物性に優れたP(3HB-co-3HA)を高い生産性で製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、斯かる実状に鑑み、油脂類を炭素源とし、Pseudomonas 61-3株由来ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素の477番のセリン、325番目のセリン、130番目のグルタミン酸又は481番のグルタミンがそれぞれ、当該アミノ酸以外のアミノ酸に置換された変異酵素を作製し、P(3HB-co-3HA)蓄積能を検討したところ、特定のアミノ酸に置換された変異酵素を用いることにより、P(3HB-co-3HA)を高い生産性で製造できることを見出した。また、当該共重合体は、(R)-3-ヒドロキシブタン酸(3HB)を約90 mol%と高い割合で含む、柔軟性に優れた共重合体であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、(1)本発明は、配列番号1で示されるアミノ酸配列の477番のセリンが、システィン、アスパラギン酸、グルタミン酸、リシン、ロイシン、トレオニン、バリン、トリプトファン又はチロシンに置換されたアミノ酸配列をコードする、Pseudomonas(シュウドモナス) 61-30株由来ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子を提供するものである。
【0011】
(2)本発明はまた、上記置換されたアミノ酸が、ロイシン、トレオニン又はバリンである、(1)の記載の遺伝子を提供するものである。
【0012】
(3)本発明はまた、(1)又は(2)の遺伝子から翻訳される、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素を提供するものである。
【0013】
(4)本発明はまた、(1)又は(2)の遺伝子を含む組換えベクターを提供するものである。
【0014】
(5)本発明はまた、(4)の組換えベクターがRalstonia eutropha(ラルストニア・ユートロファ) PHB-4株に導入されてなる形質転換体を提供するものである。
【0015】
(6)本発明はまた、配列番号1で示されるアミノ酸配列の481番のグルタミンが、システィン、グルタミン酸、フェニルアラニン、イソロイシン、リシン、ロイシン、メチオニン、バリン、トリプトファン又はアルギニンに置換されたアミノ酸配列をコードするPseudomonas 61-3株由来ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子を含む組換えベクターが、Ralstonia eutropha(ラルストニア・ユートロファ) PHB-4株に導入されてなる形質転換体を提供するものである。
【0016】
(7)本発明はまた、上記置換されたアミノ酸が、イソロイシン、バリン又はトリプトファンである、(6)記載の形質転換体を提供するものである。
【0017】
(8)本発明はまた、配列番号1で示されるアミノ酸配列の130番のグルタミン酸が、フェニルアラニン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、バリン、トリプトファン又はチロシンに置換されたアミノ酸配列をコードするPseudomonas 61-3株由来ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子を含む組換えベクターが、Ralstonia eutropha PHB-4株に導入されてなる形質転換体を提供するものである。
【0018】
(9)本発明はまた、上記置換されたアミノ酸が、フェニルアラニン、イソロイシン、バリン又はチロシンである、(8)記載の形質転換体を提供するものである。
【0019】
(10)本発明はまた、配列番号1で示されるアミノ酸配列の325番のセリンが、フェニルアラニン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、メチオチン、アスパラギン、又はチロシンに置換されたアミノ酸配列をコードするPseudomonas 61-3株由来ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子を含む組換えベクターが、Ralstonia eutropha PHB-4株に導入されてなる形質転換体を提供するものである。
【0020】
(11)本発明はまた、上記置換されたアミノ酸が、ロイシン又はチロシンである、(10)記載の形質転換体を提供するものである。
【0021】
(12)本発明は更に、油脂類の存在下、上記形質転換体を培養し、得られる培養物から(R)-3-ヒドロキシブタン酸と(R)-3-ヒドロキシアルカン酸との共重合体を採取することを特徴とする、ポリヒドロキシアルカン酸共重合体の製造法を提供するものである。
【0022】
(13)上記共重合体中の上記(R)-3-ヒドロキシブタン酸の含量が68〜95 mol%である、(12)記載の製造法を提供するものである。
【0023】
(14)本発明はまた、上記(R)-3-ヒドロキシアルカン酸が、(R)-3-ヒドロキシヘキサン酸、(R)-3-ヒドロキシオクタン酸、(R)-3-ヒドロキシデカン酸及び(R)-3-ヒドロキシドデカン酸から選ばれる、(12)又は(13)記載の製造法を提供するものである。
【0024】
(15)本発明は更に、上記油脂類が大豆油である、(12)〜(14)のいずれか1つに記載の製造法を提供するものである。
【発明の効果】
【0025】
本発明により、生分解性及び高い柔軟性を有する、(R)-3-ヒドロキシブタン酸と(R)-3-ヒドロキシアルカン酸とからなる共重合体P(3HB-co-3HA)を収率良く製造することができる。従って、本発明の製造法は、優れた機械的物性を有する生分解性プラスチック材料の微生物的製造法として工業的に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
Pseudomonas 61-3株由来のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素(PhaC1Ps)は、細胞内に共重合体P(3HB-co-3HA)を蓄積する能力を有する。P(3HB-co-3HA)を構成する3-ヒドロキシアルカン酸(3HA)としては、3HAの3位の置換基であるアルキル基が炭素数3〜9であるものが好ましい。このような3HAとしては、例えば3-ヒドロキシへキサン酸、3-ヒドロキシオクタン酸、3-ヒドロキシデカン酸、3-ヒドロキシドデカン酸が挙げられる。
【0027】
本発明の遺伝子は、当該PhaC1Psのアミノ酸配列(配列番号1)の477番のセリン(agt)が、システィン(tgc)、アスパラギン酸(gac)、グルタミン酸(gaa)、リシン(aag)、ロイシン(ctg)、トレオニン(acc)、バリン(gtc)、トリプトファン(tgg)又はチロシン(tac)に置換されたアミノ酸配列をコードする塩基配列を有する。この中で、共重合体P(3HB-co-3HA)の生産性の高さ及び共重合体中の3HB(3-ヒドロキシブタン酸)の含有率の高さの点から、当該セリンがロイシン、トレオニン又はバリンに置換されたアミノ酸配列をコードする塩基配列が好ましい。
各アミノ酸に対応する遺伝暗号は、当該アミノ酸に対応する他の遺伝暗号に変更してもよいが、導入する遺伝子の翻訳効率の点から、各アミノ酸について、使用頻度の高い上記括弧内の遺伝暗号を使用することが好ましい。
【0028】
尚、Pseudomonas 61-3株由来ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子のアミノ酸配列(配列番号1)はDDBJ 受託番号 BAA36200.1として、塩基配列(配列番号2)はDDBJ受託番号 AB014758として登録されている。
【0029】
ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素(PhaC1Ps)への変異の導入は、例えばpGEM-T(プロメガより入手可能)等のベクターに、Pseudomonas 61-3株由来ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子phaC1Ps(野生型)とR. eutropha属由来のモノマー供給遺伝子phaABReを挿入することによって作製されたプラスミドを鋳型として、PCR反応により行うことができる。すなわち、各アミノ酸について、変異が挿入されたフォワードプライマー及び変異が挿入されていないリバースプライマーを設計し、これらを用いてプラスミドごとに増幅することにより導入できる。
導入する変異は、477番のセリン(agt)に関しては、システィン(tgc)、アスパラギン酸(gac)、グルタミン酸(gaa)、リシン(aag)、ロイシン(ctg)、トレオニン(acc)、バリン(gtc)、トリプトファン(tgg)又はチロシン(tac)である。
【0030】
また、本発明では、配列番号1で示されるアミノ酸配列の481番のグルタミン(cag)に関しても変異を導入することができる。具体的には、システィン(tgc)、グルタミン酸(gaa)、フェニルアラニン(ttc)、イソロイシン(atc)、リシン(aag)、ロイシン(ctg)、メチオニン(atg)、バリン(gtc)、トリプトファン(tgg)又はアルギニン(cgc)が挙げられる。この中で、P(3HB-co-3HA)の生産性の高さ及び共重合体中の3HBの含有率の高さの点から、バリン、トリプトファン又はイソロイシンが好ましい。
【0031】
更に、本発明では、配列番号1で示されるアミノ酸配列の130番のグルタミン酸(gaa)に関しても変異を導入することができる。具体的には、フェニルアラニン(ttc)、ヒスチジン(cag)、イソロイシン(atc)、ロイシン(ctg)、バリン(gtc)、トリプトファン(tgg)又はチロシン(tac)が挙げられる。中でも、フェニルアラニン、イソロイシン、バリン又はチロシンが好ましい。
【0032】
更にまた、本発明では、配列番号1で示されるアミノ酸配列の325番のセリンに関しても変異を導入することができる。具体的には、フェニルアラニン(ttc)、グリシン(ggc)、ヒスチジン(cag)、イソロイシン(atc)、ロイシン(ctg)、メチオニン(atg)、アスパラギン(aac)、又はチロシン(tac)が挙げられる。中でも、ロイシン又はチロシンが好ましい。
【0033】
本発明の形質転換体を導入する宿主細胞としては、油脂類を炭素源として使用した場合の増殖性が良好で、菌株の安全性が高く、菌体と培養液との分離が比較的容易である点から、R. eutropha H16のPHA蓄積能欠損株であるR. eutropha PHB-4株を使用する。現在のところ、遺伝子phaC1PsR. eutropha PHB-4株への直接的な形質転換法は確立されていないが、接合伝達によって本発明の遺伝子phaC1Psを伝達することができる。尚、接合伝達は、Fプラスミドを有する細胞(F+)から有さない細胞(F-)に遺伝子が自然伝達される現象であり、菌株間で二つの細胞を接触させることにより、DNAの一部が伝達される。具体的には、移動能を有するmob領域を持つベクターpBBR1MCS-2に、本発明の遺伝子phaC1Psを含む上記プラスミドのDNA断片をライゲーションし、ライゲーションによって得られるプラスミドを、DNAの移動に直接関わるtra領域が染色体中に組み込まれているE. coli S17-1株中で形質転換した後、得られたプラスミドをR. eutropha PHB-4株と接触させる。図1に本発明の形質転換体の作製法を示す。
【0034】
本発明の形質転換体の宿主細胞への導入は、公知の方法により行うことができる。例えば、カルシウム法(Lederberg. E. M. et al., J. Bacteriol. 119. 1072(1974))やエレクトロポレーション法(Current Protocols in Molecular Biology, 1 巻, 184頁, 1994年)等を用いることができる。また、Fast Track TM-Yeast Transformation KitSM(Geno Technology)のような市販の形質転換キットを利用することもできる。
【0035】
本発明の共重合体P(3HB-co-3HA)の製造は、培養培地に本発明の形質転換体を添加して培養した後、得られた当該培養菌体又は培養物からP(3HB-co-3HA)を回収することにより行うことができる。培養温度は、菌の生育可能な温度、好ましくは15〜40℃、特に好ましくは20〜40℃、更に好ましくは28〜34℃である。培養時間は、特に限定されないが、例えばバッチ培養では1〜7日間が好ましく、また連続培養も可能である。培養培地は、本発明の宿主が利用できるものである限り特に限定されない。炭素源に加えて、窒素源、無機塩類、その他の有機栄養源等を含有する培地を使用することができる。
【0036】
本発明の製造法では炭素源として油脂類を用いる。油脂類としては、例えば大豆油、コーン油、綿実油、落花生油、ヤシ油、パーム油、パーム核油、又はこられの分別油、例えばパームWオレイン油(パーム油を2回無溶媒分別した低沸点画分)、パーム核油オレイン(パーム核油を1回無溶媒分別した低沸点画分)、又はこれらの油脂やその画分を化学的もしくは生化学的に処理した合成油、あるいはこれらの混合油が挙げられる。なかでも、コストの点から天然油が好ましく、特に大豆油が好ましい。
【0037】
窒素源としては、例えばアンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム等のアンモニウム塩、ペプトン、肉エキス、酵母エキス等が挙げられる。
無機塩類としては、例えばリン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、リン酸水素マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム等が挙げられる。
その他の有機栄養源としては、例えばグリシン、アラニン、セリン、トレオニン、プロリン等のアミノ酸類;ビタミン B1、ビタミン B12、ビオチン、ニコチン酸アミド、パントテン酸、ビタミンC等のビタミン類などが挙げられる。
【0038】
P(3HB-co-3HA)の菌体からの回収は、例えば、次の方法によって行うことができる。培養終了後、遠心分離器等で培養液から菌体を分離し、その菌体を蒸留水、メタノール等により洗浄した後、乾燥させた後、この乾燥菌体から、クロロホルム等の有機溶媒を用いて共重合体を抽出する。次いで、この共重合体を含む有機溶媒溶液から、濾過等によって菌体成分を除去し、その濾液にメタノールやへキサン等の貧溶媒を加えて共重合体を沈殿させる。沈殿した共重合体から、濾過や遠心分離によって上澄み液を除去し、乾燥させ、共重合体を回収することができる。得られた共重合体の分析は、例えば、ガスクロマトグラフ法や核磁気共鳴法等により行うことができる。
【0039】
本発明の製造法によって得られるP(3HB-co-3HA)における(R)-3-ヒドロキシブタン酸(3HB)の含量は、通常、68〜95 mol%の範囲である。特に477番目のセリンのロイシン、トレオニン又はバリンへの置換体、325番目のセリンのフェニルアラニン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、メチオニン又はチロシンへの置換体、130番目のグルタミン酸のフェニルアラニン、イソロイシン、バリン、トリプトファン又はチロシン、及び481番目のグルタミンのイソロイシン、バリン又はトリプトファンへの置換体では、約80〜95 mol%と非常に高い。このように、P(3HB-co-3HA)の90 mol%前後が3HBで構成されかつ残りの10 mol%前後が上記の中鎖長モノマーで構成される共重合体は、特に柔軟性に優れるため、工業的に有用な高分子材料である。
【実施例】
【0040】
次に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に何ら限定されるものではない。
【0041】
以下、3-ヒドロキシブタン酸、3-ヒドロキシへキサン酸、3-ヒドロキシオクタン酸、3-ヒドロキシデカン酸、3-ヒドロキシドデカン酸を、それぞれC4モノマー、C6モノマー、C8モノマー、C10モノマー、C12モノマーと称することがある。
【0042】
<材料及びその調製方法>
(1)微生物
a) Escherichia coli(エスチェリシア・コリ) DH5α株(カタラバイオより入手)
b) Escherichia coli S17-1株(H. G. Schlegel (Georg-August-Universitat、ドイツより入手)
c) Ralstonia eutropha(ラルストニア・ユートロファ) PHB-4(R. eutropha H16のポリヒドロキシアルカン酸蓄積能欠損株 DSM541、ドイツDSMより入手)
【0043】
(2)培地
a) Luria-Bertani(LB)培地
Bacto trypton 10 g、酵母エキス 5g、NaCl 10 gを脱イオン水1Lに溶かして、110℃で20分間オートクレーブして作製した。また、寒天培地は、上記成分に寒天 1.5〜2 %(vol/vol)となるよう加えオートクレーブして作製した。抗生物質(カナマイシン:終濃度 50μg/mL、アンピシリン:終濃度100μg/mL)は、液体培地、寒天培地ともにオートクレーブ後に添加した。
b) Nutrient-rich(NR)培地
Bacto trypton 10 g、酵母エキス 2g、肉エキス 10 gを脱イオン水1Lに溶かして、110℃で20分間オートクレーブして作製した。抗生物質(カナマイシン:終濃度50μg/mL)はオートクレーブ後の液体培地に添加した。
c) シモンズクエン酸培地
クエン酸ナトリウム 2g、NaCl 5g、NH4H2PO4 1g、K2HPO4 1g、MgSO4 0.2 gを脱イオン水1Lに溶かして、110℃で20分間オートクレーブした後、アガー 15gを加えて作製した。寒天培地は、まず液体培地をpH 6.9に調整し、渇変を防ぐため当該液体培地と寒天成分とを別々に121℃で20分間オートクレーブした後にこれらを混合した。更に、200 g/Lに調整したMgSO4・7H2Oをフィルター滅菌し、培地全量に対し1/1000量及び抗生物質(カナマイシン:終濃度50μg/mL)を加え、滅菌シャーレに分注してプレートを作製した。
d) MS培地
d-1) 微量金属塩培地(0.1N HCl):CoCl2・6H20 0.218 g、FeCl3 9.7 g、CaCl2 7.8 g、NiCl3・6H2O 0.118 g、CrCl3・6H2O 0.105 g、CuSO4・5H2O 0.156 gを脱イオン水1Lに溶かして、110℃で20分間オートクレーブして作製した。
d-2) ミネラル培地(pH 7):K2HPO4 1.5 g、Na2HPO4・12H2O 9.0 g、NH4Cl 0.5 g、微量金属塩培地 1mlを脱イオン水1Lに溶かして、110℃で20分間オートクレーブした後、MgSO4・7H2O 0.2 gを加えて作製した。
【0044】
(3)プラスミドの構築
図1にプラスミドの構築法を示す。
a) 野生型pGEM"C1PsABRe
pGEM"C1PsABReは、pGEM-Tベクター(プロメガより入手)に、配列番号2で示されるPseudomonas 61-3株由来のPHA合成酵素遺伝子phaC1Psと、R. eutropha属由来のモノマー供給遺伝子phaABReとを挿入して作製した。
【0045】
b) 変異導入pGEM"C1PsABRe
上記野生型のプラスミドpGEM"C1PsABReを鋳型としたPCR法により、PHA合成酵素遺伝子phaC1Psの1429〜1431番のコドンagt(Ser)(配列番号2の塩基配列中の下線部)が、コドンtgc(Cys)、gac(Asp)、gaa(Glu)、aag(Lys)、ctg(Leu)、acc(Thr)、gtc(Val)、tgg(Trp)、tac(Tyr)、gcc(Ala)、ttc(Phe)、ggc(Gly)、cac(His)、atc(Ile)、atg(Met)、aac(Asn)、ccg(Pro)、cag(Gln)又はcgc(Arg)にそれぞれ置換された塩基配列を有するDNA断片を、当該変異が挿入されたフォワードプライマー(配列番号3)及び変異が挿入されていないリバースプライマー(配列番号4)によりプラスミド全体を増幅させ、これを自己ライゲーションすることにより、当該変異を挿入した。配列番号3の「X」は、Ser以外の19種類のアミノ酸残基を示す。PCRの条件は、96℃で1分、58℃で30秒、68℃で8分を1サイクルとして、これを30回繰り返した。
【0046】
また、PHA合成酵素遺伝子phaC1Psの1441〜1443番のコドンcag(Gln)(配列番号2の塩基配列中の下線部)が、tgc(Cys)、gaa(Glu)、ttc(Phe)、atc(Ile)、aag(Lys)、ctg(Leu)、atg(Met)、gtc(Val)、tgg(Trp)、gcc(Ala)、gac(Asp)、ggc(Gly)、cac(His)、aac(Asn)、ccg(Pro)、agt(Ser)、acc(Thr)、tac(Tyr)又はcgc(Arg)にそれぞれ置換された塩基配列を有するDNA断片を、当該変異が挿入されたフォワードプライマー(配列番号5)及び変異が挿入されていないリバースプライマー(配列番号6)によりプラスミド全体を増幅させ、これを自己ライゲーションすることにより、当該変異を挿入した。配列番号5の「X」は、Gln以外の19種類のアミノ酸残基を示す。
【0047】
また、PHA合成酵素遺伝子phaC1Psの388〜390番のコドンgaa(Glu)(配列番号2の塩基配列中の下線部)が、tgc(Cys)、cag(Gln)、ttc(Phe)、atc(Ile)、aag(Lys)、ctg(Leu)、atg(Met)、gtc(Val)、tgg(Trp)、gcc(Ala)、gac(Asp)、ggc(Gly)、cac(His)、aac(Asn)、ccg(Pro)、agt(Ser)、acc(Thr)、tac(Tyr)又はcgc(Arg)にそれぞれ置換された塩基配列を有するDNA断片を、当該変異が挿入されたフォワードプライマー(配列番号7)及び変異が挿入されていないリバースプライマー(配列番号8)によりプラスミド全体を増幅させ、これを自己ライゲーションすることにより、当該変異を挿入した。配列番号7の「X」は、Glu以外の19種類のアミノ酸残基を示す。
【0048】
更に、PHA合成酵素遺伝子phaC1Psの973〜975番のコドンagc(Ser)(配列番号2の塩基配列中の下線部)が、tgc(Cys)、gaa(Glu)、cag(Gln)、ttc(Phe)、atc(Ile)、aag(Lys)、ctg(Leu)、atg(Met)、gtc(Val)、gcc(Ala)、gac(Asp)、ggc(Gly)、cac(His)、aac(Asn)、ccg(Pro)、acc(Thr)、tac(Tyr)又はcgc(Arg)にそれぞれ置換された塩基配列を有するDNA断片を、当該変異が挿入されたフォワードプライマー(配列番号9)(下線部分が変異導入部分)及び変異が挿入されていないリバースプライマー(配列番号10)によりプラスミド全体を増幅させ、これを自己ライゲーションすることにより、当該変異を挿入した。配列番号9の「X」は、Ser以外の19種類のアミノ酸残基を示す。
【0049】
c) プラスミドの抽出
野生型pGEM"C1PsABRe及び変異導入pGEM"C1PsABReプラスミドをE. coli DH5α株に形質転換し、抗生物質含有LB寒天培地で37℃、12時間培養した。プレート上に形成された単一コロニーを拾い、抗生物質含有LB培地1.7 mLに植菌し、37℃、160/分で12時間振盪培養した。当該培養液からE. coli DH5α株を回収し、75μLのTE溶液(10 mM Tris-HCl, 1mM EDTA, pH 8.0)を用い、Rapid Plasmid Miniprep System(MARLIGEN BIOSCIENCE社製)によりプラスミドを抽出した。
【0050】
d) pBBR1"C1PsABRe
まず、挿入DNA断片を作製した。上記c)の抽出プラスミドをBamHIによって消化し、0.8 %アガロースゲル(TaKaRa社製)を用いて電気泳動を行った。その後、分離した目的のDNA断片のゲルを切り出し、Rapid Gel Extraction System(MARLIGEN BIOSCIENCE社製)を用いて精製した。その際、50μLのTE溶液を用いて溶出した。更に、このDNA断片をエタノール沈殿によって濃縮し、10μLのTE溶液に溶解した。
このようにして得られた濃縮挿入DNA断片4μLとpBBR1MCS-2ベクター(M. E. K. Kovach, Louisiana State University,米国より入手)1μLとを混合し、DNA Ligation kit ver.2(TaKaRa社製)を5μL加えた後、16℃で約2〜3時間反応させた。次いで、上記c)の方法によって、プラスミド抽出を行い、挿入断片の有無及び挿入方向を確認し、pGEM"C1PsABReのBamHI断片(phaC1PsとphaABReとを含む)を挿入したプラスミドpBBR1"C1PsABReを作製した。
【0051】
(4)リコンビナントR. eutropha PHB-4株の作製及び培養
a) リコンビナントR. eutropha PHB-4株の作製
R. eutropha PHB-4株への遺伝子伝達を目的として接合伝達を行った。プラスミドpBBR1"C1PsABReE. coli S17-1株へ形質転換し、抗生物質入りのプレートで37℃、12時間培養を行った。プレート上に形成された単一コロニーを拾い、抗生物質を入れた1.7 mLのLB培地に植菌し37℃、160/分で12時間振盪培養した。培養後、培養液を1.5 mLチューブに移し、12,000 rpm(12,500×g)で1分間遠心した。ここで、抗生物質含有LB培地は上清を完全に取り除き、新たにLB培地を500μL加えて懸濁し、再度12,000 rpmで1分間遠心した。次いで、LB培地の上清を残りが約50μLとなるよう取り除き懸濁させた。
【0052】
同時に、宿主となるR. eutropha PHB-4株も1.7 mLのNR培地に植菌し、30℃、12時間培養を行った。LB培地同様、培養液を1.5 mLチューブに移し、12,000 rpm(12,500×g)で1分間遠心を行った。そして、NR培地の上清を残りが約50μLとなるよう取り除き懸濁させた。これらの懸濁液を混合し、抗生物質無添加のLBプレート上に滴下し、乾燥させた後37℃で5時間培養を行った。
【0053】
その後、E. coli S17-1株とR. eutropha PHB-4株との混合菌体を抗生物質入りのシモンズクエン酸培地に白金耳を用いて塗布し、30℃で2〜3日培養した。ここで、単離したコロニーを白金耳で拾い、再び抗生物質入りのシモンズクエン酸培地に塗布し、30℃で2〜3日培養した。これにより単離したコロニー(リコンビナントR. eutropha株)を以降の実験で使用した。
【0054】
b) リコンビナントR. eutropha株の培養
リコンビナントR. eutropha株の培養にはMS培地を用いた。シモンズクエン酸培地上で単離した単一コロニーを白金耳を用いて1.7 mLのNR培地に植菌し、30℃で12時間振盪培養した(前培養)。この培養液1mLを、大豆油(5 g/L)及び抗生物質を含む100 mLのMS培地に植菌し、30℃、130/分で72時間振盪培養を行った(本培養)。
以上の方法で培養後、250 mL遠心管に培養液を移し、4℃、6,000 rpm(4,050×g)で10分間遠心し集菌した。ここで、大豆油を除去するために、培養液に20 mLのヘキサンを加え、よく振盪することにより残存していた油脂分を取り除いた。菌を遠心分離後、約20 mLの水に菌体を懸濁させ、再度4℃、6,000 rpmで10分間遠心し集菌し、上清を取り除いた。集菌した菌のペレットを2〜3mLの超純水に懸濁させ、5mLのポリプロピレン容器に移し、風穴を開けたパラフィルムを貼り付け、-80℃で凍結乾燥し、72時間真空乾燥させることにより乾燥菌体を得た。
【0055】
(5)PHAの精製及びPHAの分析
a) PHAの精製
PHAを蓄積させた乾燥菌体を100 mLの蓋付ガラス瓶に移し、100 mLのクロロホルムを加え72時間攪拌した。撹拌後の溶液をNo.1濾紙(アドバンテック社製)でろ過し、ナス型フラスコに移し変えた。その後、ロータリーエバポレーターで完全に濾液を揮発させ、共重合体を析出させた。析出した共重合体を少量のメタノールで洗い取り、約20 mLのクロロホルムに完全に溶解させた後、400 mLのメタノールに少量ずつ滴下しながら撹拌を行い精製した。精製した共重合体をNo.1濾紙で回収し、48時間ドラフト中で乾燥させ、以降の実験に使用した。
【0056】
b) PHA分析
菌体内のPHA含有率とその組成は、ガスクロマトグラフ(GC)で決定した(Brauneggら, 1978)。まず、得られた乾燥菌体を耐圧ガラス管に10〜15 mL秤量し、ここに硫酸メタノール溶液(硫酸:メタノール=15 vol%:85 vol%)2mL及びクロロホルム2mLを加えて密栓し、100℃、140分間ヒートブロックで加熱しメタノール分解した。加熱中は約30分ごとにサンプルを撹拌した。その後、室温まで冷却し、純水1mLを加えて激しく撹拌した。静置後、二層に分離した下層(クロロホルム層)をパスツールピペットで吸引し、0.45μm径のMillex-FH PVDFフィルター(ミリポア社製)でろ過した。ろ過後のクロロホルム層500μLに内部標準物質である0.1vol%カプリル酸メチル500μLを加え混合したものをサンプルとした。GC装置は島津製作所製のガスクロマトグラフGC14Bを用い、カラムにはGLサイエンス社製NEUTRA-BOND-1(内径30 m×0.25 mm、膜厚0.4μm)を用いた。キャリアガスとしてHe及びN2を用い、成分の検出には水素炎イオン化検出器を用いた。
【0057】
c) PHAの物性解析
c-1) GPC(ゲル浸透クロマトグラフ)測定
菌体から精製したPHAの数平均分子量(Mn)及び分子量分布(Mw/Mn)(Mw:重量平均分子量)をGPC測定によって求めた。標準物質としてポリスチレンを使用しているため、本発明で求めた分子量はポリスチレン換算相対分子量である。用いた5種類のポリスチレンの分子量は、3,790、30,300、219,000、756,000及び4,230,000である。GPCサンプルは、精製した重合体を約1mg/mLとなるようにクロロホルムに溶解し、孔径0.45μmのMillex-FH PVDFフィルター(ミリポア社製)を取り付けたシリンジでろ過して作製した。GPC測定には島津製作所社製のLC-VPシリーズ(システムコントローラー:SCL-10AVP、オートインジェクター:SIL-10A VP、送液ユニット:LC-10AD VP、カラムオーブン:CTO-10A、ディテクター:RID-10A)を使用し、カラムにはShodex社製のK-806M及びK-802を用いた。移動層にはクロロホルムを用い、総液流量は0.8 mL/分、カラム温度は40℃に設定し、サンプル注入量は50μLとした。データの解析にはCLASS-VP用GPC(島津製作所社製)を用いた。ポリスチレンスタンダードから検量線を引き、これとサンプルデータとを照合することによりポリスチレン換算分子量及び分子量分布を算出した。
【0058】
c-2)示差走査熱量(DSC)測定
DSCサンプルは、精製したPHAを約10 mg秤り取り、5mL容のサンプルバイアルに入れ、約1〜2mLのクロロホルムに完全に溶解した。これをドラフト中で48時間乾燥させた後、24時間真空乾燥させることによりキャストフィルムを作製した。このキャストフィルムから約3mgを秤量し、専用アルミニウムパンに入れたものをDSC測定サンプルとした。測定には、パーキンエルマー社製のPyris 1 DSCを使用した。測定は20 mL/分の窒素雰囲気下で行った。対照には試料の入っていないアルミニウムパンを用いた。測定の条件として、初めに25℃〜200℃まで20℃/分の昇温速度で加熱し、200℃で1分間保持した後、-500℃/分で-120℃まで急冷した。次に、-120℃で1分間保持した後、20℃/分の昇温速度で200℃に加熱した。解析には、パーキンエルマー社製の解析ソフトData Analysisを用いた。測定した試料の融点Tm及び融解エンタルピーΔHmの決定は、最初に昇温した時のサーモグラムより、熱容量変化の中点をガラス転移温度Tgとした。
【0059】
<結果>
(1)部位481(グルタミン)への飽和変異導入によって蓄積されたPHA
部位481(グルタミン)への飽和変異導入によって蓄積されたPHAの含量及びその組成をGC測定により求めた結果を表1、図2及び3に示す。
表1及び図3中の3HB、3HHx、3HO、3HD、3HDD、C4、C6、C8、C10及びC12は以下のモノマーを示す。3HB及びC4;3-ヒドロキシブタン酸、3HHx及びC6;3-ヒドロキシヘキサン酸、3HO及びC8;3-ヒドロキシオクタン酸、3HD及びC10;3-ヒドロキシデカン酸、3HDD及びC12;3-ヒドロキシドデカン酸。PHA含量は乾燥細胞が100 %ポリマーで形成されていると仮定した場合の含量を示す。
【0060】
【表1】

【0061】
表1から明らかなように、グルタミン(Q)がシスティン(C)、グルタミン酸(E)、フェニルアラニン(F)、イソロイシン(I)、リシン(K)、ロイシン(L)、メチオニン(M)、バリン(V)、トリプトファン(W)、アルギニン(R)に置換された変異酵素を使用した場合にはいずれも、PHA含量が野生型と比較して増加した。更に、これらのPHA組成をみると、3-ヒドロキシブタン酸(3HB)が約74〜94 mol%と高含量であることが判った。特に、(V)又は(W)に置換された変異酵素を使用した場合には、PHA含量が野生型と比較して著しく増加した。すなわち、疎水性アミノ酸を使用した場合には、本発明の所望の効果を有するPHAが得られることが示唆された。
一方、グルタミン酸(E)への置換体(参考例)では3-ヒドロキシブタン酸(3HB)の含量が低く、中鎖長モノマー含量が比較的高かった。
尚、アラニン、アスパラギン酸、グリシン、ヒスチジン、アスパラギン、プロリン、セリン、トレオニン又はチロシンへの置換体では、野生型に比較してPHA含量の増加が認められなかった。
【0062】
(2)部位477(セリン)への飽和変異導入によって蓄積されたPHA
部位477(セリン)への飽和変異導入によって蓄積されたPHAの含量及びその組成をGC測定により求めた結果を表2、図4及び5に示す。
表2及び図5中の3HB、3HHx、3HO、3HD、3HDD、C4、C6、C8、C10及びC12は以下のモノマーを示す。3HB及びC4;3-ヒドロキシブタン酸、3HHx及びC6;3-ヒドロキシヘキサン酸、3HO及びC8;3-ヒドロキシオクタン酸、3HD及びC10;3-ヒドロキシデカン酸、3HDD及びC12;3-ヒドロキシドデカン酸。PHA含量は乾燥細胞が100 %ポリマーで形成されていると仮定した場合の含量を示す。
【0063】
【表2】

【0064】
表2から明らかなように、セリン(S)がアスパラギン酸(D)、グルタミン酸(E)、ロイシン(L)、トレオニン(T)、バリン(V)又はトリプトファン(W)に置換された変異酵素を使用した場合にはいずれも、PHA含量が野生型と比較して著しく増加した。
なかでも、(T)又は(V)に置換された変異酵素では、それぞれ野性型の約7.4倍、約8.1倍と大きな増加を示した。従って、これらの変異体と他のモノマー供給酵素遺伝子等とを組み合わせることにより、植物油からの更に効率的にPHAが製造できることが期待できる。
【0065】
更に、これらのPHA組成をみると、いずれのPHAも3-ヒドロキシブタン酸(3HB)が約68〜93 mol%と高含量であることが判った。これはPHA合成酵素の基質特異性によるもの考えられる。高いPHA含量を示した(T)又は(V)への置換体では、PHA中の3HBの割合が90 mol%前後であり、これは高分子材料として有用なPHA組成であることが明らかとなった。同様に高いPHA含量を示した(D)、(E)、(L)又は(W)への置換体では3HHX〜3HDDが20 mol%以上を占め、これらの変異酵素によって合成されたPHAはエラストマー的な性質を示すものと考えられる。
尚、アラニン、フェニルアラニン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、メチオニン、アスパラギン又はグルタミンへの置換体では、野生型に比較してPHA含量の増加が認められなかった。
【0066】
(3)PHAの特性解析
上記表1及び2においてPHA含量の高かった5菌体から、PHAの抽出を行い、得られたPHAのGPC測定及びDSC測定を行った。その結果を表3に示す。
【0067】
【表3】

【0068】
各PHAの分子量測定の結果、セリン(S)のバリン(V)への置換体を用いて得られたPHAが最も高い分子量(Mn=70,000)を示した。
【0069】
(4)部位130(グルタミン酸)への飽和変異導入によって蓄積されたPHA
部位130(グルタミン酸)への飽和変異導入によって蓄積されたPHAの含量及びその組成をGC測定により求めた結果を表4に示す。
表4中の3HB、3HHx、3HO、3HD、3HDD、C4、C6、C8、C10及びC12は以下のモノマーを示す。3HB及びC4;3-ヒドロキシブタン酸、3HHx及びC6;3-ヒドロキシヘキサン酸、3HO及びC8;3-ヒドロキシオクタン酸、3HD及びC10;3-ヒドロキシデカン酸、3HDD及びC12;3-ヒドロキシドデカン酸。PHA含量は乾燥細胞が100 %ポリマーで形成されていると仮定した場合の含量を示す。
【0070】
【表4】

【0071】
表4から明らかなように、フェニルアラニン(F)、ヒスチジン(H)、イソロイシン(I)、ロイシン(L)、バリン(V)、トリプトファン(W)、チロシン(Y)への置換体は全て、野生型と比較して2倍以上のPHA含量を示した。中でも、(I)への置換体を用いた株は、最も高い蓄積量(47 wt%)を示した。蓄積量が30 wt%を超えた株では、3HB組成が約80 mol%、3Hが約20 mol%からなる共重合体を生産した。
【0072】
(5)部位325(セリン)への飽和変異導入によって蓄積されたPHA
部位325(セリン)への飽和変異導入によって蓄積されたPHAの含量及びその組成をGC測定により求めた結果を表5に示す。
表5中の3HB、3HHx、3HO、3HD、3HDD、C4、C6、C8、C10及びC12は以下のモノマーを示す。3HB及びC4;3-ヒドロキシブタン酸、3HHx及びC6;3-ヒドロキシヘキサン酸、3HO及びC8;3-ヒドロキシオクタン酸、3HD及びC10;3-ヒドロキシデカン酸、3HDD及びC12;3-ヒドロキシドデカン酸。PHA含量は乾燥細胞が100 %ポリマーで形成されていると仮定した場合の含量を示す。
【0073】
【表5】

【0074】
表5から明らかなように、フェニルアラニン(F)、グリシン(G)、ヒスチジン(H)、イソロイシン(I)、ロイシン(L)、メチオニン(M)、アスパラギン(N)、チロシン(Y)への置換体は、野生型と比較して2倍以上のPHA含量を示した。中でも、(L)又は(Y)への置換体を用いた株は、最も高い蓄積量(37 wt%)を示した。蓄積量が30 wt%を超えた株では、3HB組成が約85 mol%、3HAが約15 mol%からなる共重合体を生産した。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】プラスミドpBBR1"C1PsABReの構築法を示す図である。
【図2】大豆油を炭素源として培養されたグルタミン(481位)変異リコンビナントR. eutropha PHB-4中のPHA含量を示すグラフである。
【図3】大豆油を炭素源として培養されたグルタミン(481位)変異リコンビナントR. eutropha PHB-4中でのPHA組成を示すグラフである。
【図4】大豆油を炭素源として培養されたセリン(477位)変異リコンビナントR. eutropha PHB-4株中でのPHA含量を示すグラフである。
【図5】大豆油を炭素源として培養された、セリン(477位)変異リコンビナントR. eutropha PHB-4株中でのPHA組成を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1で示されるアミノ酸配列の477番のセリンが、システィン、アスパラギン酸、グルタミン酸、リシン、ロイシン、トレオニン、バリン、トリプトファン又はチロシンに置換されたアミノ酸配列をコードする、Pseudomonas(シュウドモナス) 61-3株由来ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子。
【請求項2】
前記置換されたアミノ酸が、ロイシン、トレオニン又はバリンである、請求項1記載の遺伝子。
【請求項3】
請求項1又は2記載の遺伝子から翻訳される、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素。
【請求項4】
請求項1又は2記載の遺伝子を含む組換えベクター。
【請求項5】
請求項4記載の組換えベクターがRalstonia eutropha(ラルストニア・ユートロファ) PHB-4株に導入されてなる形質転換体。
【請求項6】
配列番号1で示されるアミノ酸配列の481番のグルタミンが、システィン、グルタミン酸、フェニルアラニン、イソロイシン、リシン、ロイシン、メチオニン、バリン、トリプトファン又はアルギニンに置換されたアミノ酸配列をコードするPseudomonas 61-3株由来ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子を含む組換えベクターが、Ralstonia eutropha(ラルストニア・ユートロファ) PHB-4株に導入されてなる形質転換体。
【請求項7】
前記置換されたアミノ酸が、イソロイシン、バリン又はトリプトファンである、請求項6記載の形質転換体。
【請求項8】
配列番号1で示されるアミノ酸配列の130番のグルタミン酸が、フェニルアラニン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、バリン、トリプトファン又はチロシンに置換されたアミノ酸配列をコードするPseudomonas 61-3株由来ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子を含む組換えベクターが、Ralstonia eutropha PHB-4株に導入されてなる形質転換体。
【請求項9】
前記置換されたアミノ酸が、フェニルアラニン、イソロイシン、バリン又はチロシンである、請求項8記載の形質転換体。
【請求項10】
配列番号1で示されるアミノ酸配列の325番のセリンが、フェニルアラニン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、メチオチン、アスパラギン、又はチロシンに置換されたアミノ酸配列をコードするPseudomonas 61-3株由来ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子を含む組換えベクターが、Ralstonia eutropha PHB-4株に導入されてなる形質転換体。
【請求項11】
前記置換されたアミノ酸が、ロイシン又はチロシンである、請求項10記載の形質転換体。
【請求項12】
油脂類の存在下、請求項5〜11のいずれか1項記載の形質転換体を培養し、得られる培養物から、(R)-3-ヒドロキシブタン酸と(R)-3-ヒドロキシアルカン酸との共重合体を採取することを特徴とする、ポリヒドロキシアルカン酸の製造法。
【請求項13】
前記共重合体中の前記(R)-3-ヒドロキシブタン酸の含量が68〜95 mol%である、請求項12記載の製造法。
【請求項14】
前記(R)-3-ヒドロキシアルカン酸が、(R)-3-ヒドロキシヘキサン酸、(R)-3-ヒドロキシオクタン酸、(R)-3-ヒドロキシデカン酸及び(R)-3-ヒドロキシドデカン酸から選ばれる、請求項12又は13記載の製造法。
【請求項15】
前記油脂類が大豆油である、請求項12〜14のいずれか1項記載の製造法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−125004(P2007−125004A)
【公開日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−238032(P2006−238032)
【出願日】平成18年9月1日(2006.9.1)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】