説明

ポリフェニルアセチレン膜の芳香環形成による超分子自立膜の製造方法

【課題】反応速度が速く、完全に芳香環生成物のみからなる超分子自立膜を製造することのできる、ポリフェニルアセチレン膜の芳香環形成による超分子自立膜の製造方法を提供する。
【解決手段】ポリフェニルアセチレン膜に蛍光灯による可視光を照射した。ポリフェニルアセチレン膜としては、ポリ(4−ドデシルオキシ−3,5−ビス(ヒドロキシメチル)フェニルアセチレン)膜、ポリ(4−[4−(フェニルエチニル)ベンジルオキシ]−3,5−ビス(ヒドロキシメチル)フェニルアセチレン)膜、ポリ(4−[4−(ドデシルオキシ)ベンジルオキシ]−3,5−ビス(ヒドロキシメチル)フェニルアセチレン)膜のいずれかが好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリフェニルアセチレン膜の芳香環形成による超分子自立膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリフェニルアセチレンは、高温での加熱でわずかに環化三量化を起こし、1,3,5−置換の芳香環が生成することが知られている(非特許文献1)。一方、発明者らは、側鎖間の分子内水素結合によって片巻きらせん構造が保持されているポリ(4−ドデシルオキシ−3,5−ビス(ヒドロキシメチル)フェニルアセチレン)(ポリ(DoDHPA))(非特許文献2)が、膜状態において水中への浸漬やUV照射を行うことにより、他のポリフェニルアセチレンには見られない選択的な芳香環形成反応でc−トリ(4−ドデシルオキシ−3,5−ビス(ヒドロキシメチル)フェニルアセチレン)(c−トリ(DoDHPA))を与えることを見出した。しかも、この際、膜状態が維持された超分子自立膜を与えた(非特許文献3、4)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】V. Percec et al., J. Am. Chem. Soc., 127, 15257 (2005).
【非特許文献2】T. Aoki et al., J. Am. Chem. Soc., 125, 6346 (2003).
【非特許文献3】S. Hadano, T.Aoki et al., Polym. Prepr. Jpn., 55(2), 2811 (2006).
【非特許文献4】T. Namikoshi, T.Aoki et al., Polym. Prepr. Jpn., 57(1), 175 (2008).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、これまでに、水への浸漬では反応速度が遅く完全に芳香環生成物のみを得られていない。また、UV照射では反応速度は早いものの芳香環とは異なる有機溶媒に不溶な生成物が10〜20%程度生成するといった問題点があった。
【0005】
そこで、本発明は、反応速度が速く、完全に芳香環生成物のみからなる超分子自立膜を製造することのできる、ポリフェニルアセチレン膜の芳香環形成による超分子自立膜の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記のような特徴的な反応性を示す片巻らせんポリ(DoDHPA)膜の芳香環形成反応を用いて、環化三量体のみからなる超分子自立膜の製造を試みるため、反応条件の検討及び置換基の異なるポリ(4−[4−(フェニルエチニル)ベンジルオキシ]−3,5−ビス(ヒドロキシメチル)フェニルアセチレン)膜(ポリ(PEBDHPA)膜)、及びポリ(4−[4−(ドデシルオキシ)ベンジルオキシ]−3,5−ビス(ヒドロキシメチル)フェニルアセチレン)膜(ポリ(DoBDHPA)膜)との芳香環形成反応の選択性の比較を行なった。そして、その結果、本発明に想到した。
【0007】
すなわち、本発明のポリフェニルアセチレン膜の芳香環形成による超分子自立膜の製造方法は、ポリフェニルアセチレン膜に蛍光灯による可視光を照射することを特徴とする。
【0008】
また、前記ポリフェニルアセチレン膜は、ポリ(4−ドデシルオキシ−3,5−ビス(ヒドロキシメチル)フェニルアセチレン)膜、ポリ(4−[4−(フェニルエチニル)ベンジルオキシ]−3,5−ビス(ヒドロキシメチル)フェニルアセチレン)膜、ポリ(4−[4−(ドデシルオキシ)ベンジルオキシ]−3,5−ビス(ヒドロキシメチル)フェニルアセチレン)膜のいずれかであることを特徴とする。
【0009】
さらに、前記ポリフェニルアセチレン膜は、ポリ(4−ドデシルオキシ−3,5−ビス(ヒドロキシメチル)フェニルアセチレン)膜であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ポリフェニルアセチレン膜に蛍光灯による可視光を照射することにより、ポリフェニルアセチレン膜の芳香環形成反応の選択性を向上して、芳香環生成物からなる超分子自立膜を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明のポリフェニルアセチレン膜の芳香環形成による超分子自立膜の製造方法の一実施例を示すDoPHDAの環化三量体のMALDI−TOF−MSスペクトルである。
【図2】同上、可視光照射前(上)と後(下)のポリ(DoPHDA)膜のGPC曲線である。
【図3】同上、可視光照射前(左)と後(右)のポリ(DoPHDA)膜の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明のポリフェニルアセチレン膜の芳香環形成による超分子自立膜の製造方法は、ポリフェニルアセチレン膜に蛍光灯による可視光を照射するものである。
【0013】
ここで使用されるポリフェニルアセチレン膜は、フェニルアセチレンを重合、製膜して得られる。また、片巻きらせん構造を有しているポリフェニルアセチレンからなるものが好適に用いられる。このようなポリフェニルアセチレン膜としては、これらに限定されるものではないが、例えば、ポリ(4−ドデシルオキシ−3,5−ビス(ヒドロキシメチル)フェニルアセチレン)膜(ポリ(DoDHPA)膜)、ポリ(4−[4−(フェニルエチニル)ベンジルオキシ]−3,5−ビス(ヒドロキシメチル)フェニルアセチレン)膜(ポリ(PEBDHPA)膜)、ポリ(4−[4−(ドデシルオキシ)ベンジルオキシ]−3,5−ビス(ヒドロキシメチル)フェニルアセチレン)膜(ポリ(DoBDHPA)膜)のいずれかを用いることができる。
【0014】
ポリフェニルアセチレン膜への蛍光灯による可視光の照射は、不活性ガス雰囲気下、例えば、窒素雰囲気下において行うのが望ましい。なお、蛍光灯による可視光を照射する時間は、適宜調節すればよい。
【0015】
また、ここで使用される蛍光灯は、特定のものに限られない。例えば、色温度の種類として、昼光色(5700〜7100K)、昼白色(4600〜5400K)、白色(3900〜4500K)、温白色(3200〜3700K)、電球色(2600〜3150K)のもの、演色性の種類として、三波長発光形蛍光灯、高演色形蛍光灯、一般型(普及型)蛍光灯のいずれであっても用いることができる。
【0016】
そして、ポリフェニルアセチレン膜へ可視光を照射することによって、化1に示すように、膜状態を維持したままポリマー主鎖が選択的に芳香環を形成して、環化三量体からなる超分子自立膜が合成される。なお、化1は、ポリ(3,5−ビス(ヒドロキシメチル)フェニルアセチレン)膜(ポリ(DHPA)膜)を用いた場合の反応式を示している。
【0017】
【化1】

【0018】
このようにして得られた超分子自立膜は、工業用、医薬品用として、幅広い利用が可能である。
【0019】
なお、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の思想を逸脱しない範囲で種々の変形実施が可能である。
【0020】
以下、より具体的に、本発明のポリフェニルアセチレン膜の芳香環形成による超分子自立膜の製造方法について説明する。
【実施例1】
【0021】
[ポリフェニルアセチレンの合成]
フェニルアセチレンとして、4−ドデシルオキシ−3,5−ビス(ヒドロキシメチル)フェニルアセチレン(DoDHPA)、4−[4−(フェニルエチニル)ベンジルオキシ]−3,5−ビス(ヒドロキシメチル)フェニルアセチレン(PEBDHPA)、4−[4−(ドデシルオキシ)ベンジルオキシ]−3,5−ビス(ヒドロキシメチル)フェニルアセチレン(DoBDHPA)を用いて、下記の反応条件1〜3にて、片巻きらせん構造を有するポリフェニルアセチレンを合成した。
【0022】
三方コックを取り付けた試験管に300mgのフェニルアセチレンを入れて窒素置換した。そこへ無水トルエンを下記の濃度になるように加え、均一溶液としてモノマー溶液を得た。また、[Rh(nbd)Cl](nbd:ノルボルナジエン)を秤取り無水トルエンに溶かして均一系としたロジウム触媒溶液を別途用意し、そこに(R)−PEA(フェニルエチルアミン)又は(S)−PEAを下記の共触媒比になるように加えた。その後、下記の触媒比になるように触媒溶液を秤取り、モノマー溶液にすばやく加えて室温で撹拌した。下記の時間の反応後、大量のメタノール中に滴下し、沈殿したポリマーをG4ガラスフィルターで吸引ろ過し、デシケータ内で一晩乾燥させた。
(反応条件1)[DoDHPA]=0.10mol/L,[DoDHPA]/[[Rh(nbd)Cl]]=50,[(R)−PEA]/[[Rh(nbd)Cl]]=250,3h
(反応条件2)[PEBDHPA]=0.15mol/L,[PEBDHPA]/[Rh(nbd)Cl]]=50,[(R)−PEA]/[Rh(nbd)Cl]]=250,24h
(反応条件3)[DoBDHPA]=0.10 mol/L,[DoBDHPA]/[[Rh(nbd)Cl]]=100,[(R)−PEA]/[[Rh(nbd)Cl]]=100),6h
[ポリフェニルアセチレン膜の調製]
得られたポリマー30mgをトルエン16mL、クロロホルム4mL、又はテトラヒドロフラン4mLに溶解させ、キャスト法により膜厚15〜30μmの膜を製膜し、1日減圧乾燥した。
【0023】
[超分子自立膜の調製]
調製されたポリマー膜をガラス瓶に入れ、N雰囲気下で蛍光灯(昼白色、27W)による光照射を行うことで、選択的な芳香環形成反応を行った。
【0024】
反応後、H NMR、13C NMR、MALDI−TOF−MS及びGPC測定により、構造、分子量を決定した。生成物のH NMR、13C NMRから、生成物が環状構造であることが同定された。さらに、ポリ(DoDHPA)の光照射により得られた生成物のMALDI−TOF−MS測定の結果、質量はM/Z=1061(M+Na)であり、化1に示す環化三量体であることが確認された(図1)。反応後の膜のGPCは、図1、2に示すように、高分子量のピークが消失して新たに低分子量体のピークが現れ、反応の進行が確認された。また、GPCより求めた光照射による環化三量化の選択性は、ポリ(DoDHPA)は98%、ポリ(DoBDHPA)は74%であった。
【0025】
図3に示すように、片巻きらせんポリ(DoDHPA)の光照射により、環化三量体からなる超分子自立膜が合成された。なお、光照射前の膜は濃い赤色であった(図3左)が、光照射後は薄い橙色になった(図3右)。
【実施例2】
【0026】
[UV照射との比較]
光照射に、高圧水銀ランプ(UV光照射、253.7〜579.1nm)、蛍光灯(可視光照射、3波長形昼白色27W、(450、540、610nm))をそれぞれ用いた。片巻きらせんポリマーの芳香環形成反応は、UV及びCD検出器を備えたGPC測定(ポリスチレン標準)で評価した。また、生成物の同定はH NMR、13C NMR及びMALDI−TOF−MSによって行った。
【0027】
ポリ(DoDHPA)膜の蛍光灯による可視光照射を行った結果、水銀ランプによるUV光照射よりも反応は遅かったものの、4週間で高分子量体のピークが消失し、わずかにオリゴマーを含むものの、新たに低分子量域に単峰性の環化三量体のピークが観測された。また、反応後の膜は、UV照射により得られた不溶部は生成せず、THFに全て可溶であった。このように、可視光照射を行うことで、芳香環形成反応の選択性は94%となり、高い選択性を示した。
【0028】
一方、高圧水銀ランプによるUV光照射では、わずか18時間でGPCによる高分子領域のピークが完全に消失し、オリゴマーを含むものの、新たに低分子量域に単峰性の環化三量体のピークが観測された。しかし、UV光照射では、THFなどの有機溶媒に不溶な生成物が17%生成し、芳香環形成反応の選択性は74%と低かった。
【0029】
[置換基による芳香環形成反応の選択性への影響]
置換基Rの異なるポリ(PEBDHPA)及びポリ(DoBDHPA)の自立膜へ高圧水銀ランプによる光照射を行い、置換基による芳香環形成反応の選択性について検討した。
【0030】
いずれも高分子量体のピークが消失し、新たに低分子量域に環化三量体のピークが観測されたものの、オリゴマーの量が多く、さらにポリ(DoDHPA)膜と同様に、THF不溶部が生成した。ポリ(PEBDHPA)及びポリ(DoBDHPA)では、THF不溶部の生成量がポリ(DoDHPA)より多く、THF不溶部の生成物がそれぞれ25%、41%生成した。また、芳香環形成反応の選択性は、それぞれ64%、42%であった。これにより、置換基により選択性が大きく異なり、ポリ(DoDHPA)膜が最も高い選択性を有することがわかった。
【0031】
[製膜法の比較]
上記の可視光照射又はUV光照射により得られたいずれの膜も、芳香環形成反応後に膜の状態を保っており、ポリ(DoDHPA)膜の可視光照射により得られた膜の組成が94%環状化合物(c−トリ(DoDHPA))からなる膜でさえ自立性を示した。一方、精製したc−トリ(DoDHPA)をTHF溶液からキャスト法により製膜しても自立膜は得られなかった。
【0032】
これらのことから、ポリ(DoDHPA)鎖の選択的な芳香環形成反応は、膜状態と水素結合を保ちながら環化三量化を起こし、超分子的に自立膜の状態が維持されたと考えられた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリフェニルアセチレン膜に蛍光灯による可視光を照射することを特徴とするポリフェニルアセチレン膜の芳香環形成による超分子自立膜の製造方法。
【請求項2】
前記ポリフェニルアセチレン膜は、ポリ(4−ドデシルオキシ−3,5−ビス(ヒドロキシメチル)フェニルアセチレン)膜、ポリ(4−[4−(フェニルエチニル)ベンジルオキシ]−3,5−ビス(ヒドロキシメチル)フェニルアセチレン)膜、ポリ(4−[4−(ドデシルオキシ)ベンジルオキシ]−3,5−ビス(ヒドロキシメチル)フェニルアセチレン)膜のいずれかであることを特徴とする請求項1記載のポリフェニルアセチレン膜の芳香環形成による超分子自立膜の製造方法。
【請求項3】
前記ポリフェニルアセチレン膜は、ポリ(4−ドデシルオキシ−3,5−ビス(ヒドロキシメチル)フェニルアセチレン)膜であることを特徴とする請求項1記載のポリフェニルアセチレン膜の芳香環形成による超分子自立膜の製造方法。

【図2】
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【図1】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−189365(P2010−189365A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−38313(P2009−38313)
【出願日】平成21年2月20日(2009.2.20)
【出願人】(304027279)国立大学法人 新潟大学 (310)
【Fターム(参考)】