説明

ポリペプチドフィルムおよび方法

本明細書において、治療物質が第1層のポリペプチドに共有結合により連結しているポリペプチドの多層フィルムを開示する。このような結合の利点は、連結している治療物質が、適切な刺激を加えたときに、多層フィルムからフィルムの環境中に制御可能に放出され得ることである。開示するフィルムおよび方法の利点は、特定の条件下での環境によって刺激される放出を可能にすることである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物学的機能性を有するポリペプチドの多層フィルムの設計に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子電解質の多層フィルムは、反対に荷電した高分子電解質の交互の層から構成される薄いフィルム(例えば、厚さ数ナノメートルから数ミリメートル)である。このようなフィルムは、適切な基質上への積層構築によって形成され得る。静電気的積層自己集合(「ELBL」)においては、高分子電解質の集合の物理的ベースは静電気である。フィルムの表面の電荷密度の符号が連続層の沈着時に逆転するので、フィルムの集積が可能である。反対に荷電したポリイオンのELBL沈着の一般的原理を、図1に図示する。ELBLフィルムプロセスは一般的であり、比較的単純であるので、多くの異なるタイプの表面上に多くの異なるタイプの高分子電解質を沈着するのが可能になる。ポリペプチドの多層フィルムは、荷電したポリペプチドを含む少なくとも1層からなる、高分子電解質の多層フィルムのサブセットである。ポリペプチド多層フィルムの主要な利点は、環境にやさしいことである。ELBLフィルムは、カプセル化のために用いることもできる。ポリペプチドフィルムおよびマイクロカプセルの適用には、例えば、ナノリアクター、バイオセンサー、人工細胞、および薬物送達ビヒクルが含まれる。
【0003】
多層フィルム中にポリペプチドを組み込むことに関する設計原理は、米国特許出願公開第2005/0069950号(特許文献1)において最初に明らかにされた。簡潔に述べると、ELBLへのポリペプチドの適合性は、ポリペプチド上の実効電荷およびポリペプチド長に関連する。ELBLに適するポリペプチドは、好ましくは1つまたは複数のアミノ酸配列モチーフ、すなわち約5から約15アミノ酸残基長を有し、静電沈着に適する線形電荷密度を有する近接するアミノ酸配列を含んでいる。ELBL用のポリペプチドは、様々な方法で、例えば、多数のアミノ酸配列モチーフを、直接またはリンカーによってのいずれかによって、相互に連結することによって設計され得る。好適な長さおよび電荷の性質を有するポリペプチドは容易に沈着し、1つまたは複数の層のポリペプチドの多層フィルムを形成することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】米国特許出願公開第2005/0069950号明細書
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】P.ChouおよびG.Fasman、Biochemistry、13巻、211頁(1974年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ポリペプチドの多層フィルムに対する基本的な設計原理は明らかにされているが、それでも望ましい機能性、特に生物学的機能性を有するポリペプチドの多層フィルムを設計することが依然として必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
一実施形態において、多層フィルムは2つ以上の高分子電解質層を含み、隣接する層は反対に荷電している高分子電解質を含み、第1層の高分子電解質は1つまたは複数の第1のアミノ酸配列モチーフを含む第1層のポリペプチドを含み、1つまたは複数の第1のアミノ酸配列モチーフは5から15アミノ酸からなり、0.4の1残基あたりの実効電荷を有する。第1層のポリペプチドは少なくとも15アミノ酸長であり、pH7で第1層のポリペプチドの全長の約2分の1以上の電荷のバランスを有し、第1層のポリペプチドは第1層のポリペプチドに可逆的に連結している治療物質を含む。第2層は、1000を超える分子量および1分子あたり少なくとも5の電荷を有するポリカチオン材料またはポリアニオン材料を含む第2層の高分子電解質を含み、第2層はポリペプチドを含まない。
【0008】
ポリペプチドの多層フィルムから治療物質を制御可能に放出する方法は、上記に記載したポリペプチドの多層フィルムを提供するステップと、フィルムを、可逆的連結からの治療物質の放出を刺激するのに適する刺激と接触させるステップとを含む。
【0009】
別の一実施形態において、ポリペプチドの多層フィルムを構築する方法は、第2層の高分子電解質は、1000を超える分子量および1分子あたり少なくとも5の荷電を有するポリカチオン材料またはポリアニオン材料を含み、第2層はポリペプチドを含まない、第2層の高分子電解質を基質上に配置するステップと、第1層のポリペプチドは1つまたは複数の第1のアミノ酸配列モチーフを含む、第1層のポリペプチドを第2層の高分子電解質上に配置するステップとを含み、1つまたは複数の第1のアミノ酸配列モチーフは5から15アミノ酸からなり、0.4の1残基あたりの実効電荷を有する。第1層のポリペプチドは少なくとも15アミノ酸長であり、pH7で第1層のポリペプチドの全長の約2分の1以上の電荷のバランスを有し、第1層のポリペプチドは第1層のポリペプチドに可逆的に連結している治療物質を含む。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】反対に荷電したポリペプチドの構築を示す模式図である。
【図2】DTNBの、N1におけるCys側鎖との反応を示す図である。TNB基は、ジスルフィド結合の形成によってペプチドのチオール基に結合する。
【図3】未反応のDTNBを除去するための広範な透析後であるが、DTTを加える前(0時間)および1.5時間後の、LN1溶液の吸収スペクトルを示す図である。1.5時間のスペクトルにおける412nmのピークはTNBジアニオンによるものであり、328nm(0時間)のピークはTNB-チオール混合ジスルフィドによるものである。300nm未満の吸光度における急激な増大はDTTによるものである。後の時間点(示さず)における275nm周辺に明らかであるショルダーは、酸化されたDTTによるものである。
【図4】190nmにおける多層フィルム吸光度(光学的厚さ)対、層の数を示す図である。
【図5】DTTの内向きの拡散時のペプチドLN1からのTNB解離を示す図である。
【図6】0.1mMDTT溶液中の浸漬0、5、30、または60分後に記録された、10P1/LN1ナノコーティングの周囲の液体媒体の吸収スペクトルを示す図である。TNBの吸光度は時間とともに増大する。
【図7】10P1/LN1フィルムに対する放出媒体の412nmの吸光度対インキュベーション時間を示す図である。「キャッピングされた」フィルムは、外側表面上に(P1/N1)2を有していた。TNB放出の動態学は、酸化還元電位、およびキャッピング層によって表される物理学的挙動に依存する。
【図8】ポリペプチドの多層ナノコーティングからのTNBの酸化還元刺激された放出を示す模式図である。単純化のためDTT分子は省略する。ΔEは、還元電位における変化であるΔt時間を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、第1の層のポリペプチドを含む少なくとも1つの層を含むポリペプチドの多層フィルムを対象とし、ポリペプチドは、可逆的に結合している治療物質、例えば薬物を含む。高分子電解質の多層コーティングは、例えば、ステントなどの医療用インプラントからの薬物の送達に有用であり得る。一手法では、治療物質は、コーティング調製後にコーティングに担持され、治療物質は拡散によって放出される。別の手法では、治療物質は、多層コーティング内にカプセル化され、再び、放出は拡散によって支配される。本明細書に開示する代替の一手法は、治療物質と第1層のポリペプチドの間に共有結合による連結を形成することであり、共有結合による連結はいくつかの物理学的条件下で可逆的である。例えば、5,5'-ジチオ-ビス(2-ニトロ安息香酸)(DTNB)のチオール保有分子のモデルは、ジスルフィド結合の形成によって32merのCys含有ポリペプチド上に「担持」されてよく、「担持」されたペプチドは、ELBLによって多層フィルム中に組み込まれてよく、2-ニトロ-5-チオベンゾエートジアニオン(TNB)が周囲の液体媒体の酸化還元電位における変化によってフィルムから放出され得る。このような担持および放出は、実験的に実証されている。DTNBはエルマン試薬としても知られており、ペプチドおよびタンパク質における遊離のスルフヒドリル基およびジスルフィドを定量するのに用いられ得る。周囲の液体媒体の還元電位における増大は、生存する生物学的な細胞の、酸化的な環境の場合は外側からの、還元的な場合は内側へのコーティングされた粒子の通過のモデルとなっている。したがって、本明細書に開示する手法は、局所的な還元電位に感受性である、ジスルフィド結合によって多層フィルムに共有結合している治療物質の環境的な刺激による放出を可能にするものである。
【0012】
一実施形態において、多層フィルムは2つ以上の高分子電解質層を含み、隣接する層は反対に荷電している高分子電解質を含み、第1層の高分子電解質は1つまたは複数の第1のアミノ酸配列モチーフを含む第1層のポリペプチドを含み、1つまたは複数の第1のアミノ酸配列モチーフは5から15アミノ酸からなり、0.4の1残基あたりの実効電荷を有し、第1層のポリペプチドはホモポリマーではなく、少なくとも15アミノ酸長であり、pH7で第1層のポリペプチドの全長の約2分の1以上の電荷のバランスを有する。第2層は、1000を超える分子量および1分子あたり少なくとも5の電荷を有するポリカチオン材料またはポリアニオン材料を含む第2層の高分子電解質を含み、第2層はポリペプチドを含まない。フィルムが基質を含む一実施形態において、第1層のポリペプチドは最も外側であり、または溶剤に曝露されている層であり、すなわち基質から最も遠い層である。
【0013】
本明細書には、ポリペプチドの多層フィルムから治療物質を放出する方法も開示する。
【0014】
本明細書で用いられる「層」は、例えば、吸着ステップの後フィルムを形成するための基質上の厚さの増大を意味する。「多層」は、複数の(すなわち、2つ以上の)厚さの増大を意味する。「高分子電解質の多層フィルム」は、高分子電解質の1つまたは複数の厚さの増大を含むフィルムである。沈着後、多層フィルムの層は別々の層として残らなくてもよい。実際、特に厚さが増大する界面において、種の著しい混ぜ合わせが存在することが可能である。
【0015】
「高分子電解質」の語は、1000を超える分子量および1分子あたり少なくとも5の電荷を有するポリカチオン材料およびポリアニオン材料を含む。適切なポリカチオン材料には、例えば、ポリアミンが含まれる。ポリアミンには、例えば、ポリペプチド、ポリビニルアミン、ポリ(アミノスチレン)、ポリ(アミノアクリレート)、ポリ(N-メチルアミノアクリレート)、ポリ(N-エチルアミノアクリレート)、ポリ(N,N-ジメチルアミノアクリレート)、ポリ(N,N-ジエチルアミノアクリレート)、ポリ(アミノメタクリレート)、ポリ(N-メチルアミノ-メタクリレート)、ポリ(N-エチルアミノメタクリレート)、ポリ(N,N-ジメチルアミノメタクリレート)、ポリ(N,N-ジエチルアミノメタクリレート)、ポリ(エチレンイミン)、ポリ(ジアリルジメチルアンモニウムクロライド)、ポリ(N,N,N-トリメチルアミノアクリレートクロライド)、ポリ(メタアクリルアミドプロピルトリメチルアンモニウムクロライド)、キトサン、および先のポリカチオン材料の1つまたは複数を含む組合せが含まれる。適切なポリアニオン材料には、例えば、ポリペプチド、核酸、アルギン酸塩、カラギーナン、フルセララン(furcellaran)、ペクチン、キサンタン、ヒアルロン酸、ヘパリン、ヘパラン硫酸、コンドロイチン硫酸、デルマタン硫酸、デキストラン硫酸、ポリ(メタ)アクリル酸、酸化セルロース、カルボキシメチルセルロース、酸性多糖、およびクロスカルメロース、ペンダントのカルボキシル基を含む合成ポリマーおよび共重合体、ならびに先のポリアニオン材料を1つまたは複数含む組合せが含まれる。
【0016】
「アミノ酸」は、ポリペプチドの構成単位を意味する。本明細書で用いる「アミノ酸」には、20種の通常の天然に存在するLアミノ酸、全ての他の天然のアミノ酸、全ての非天然のアミノ酸、および全てのアミノ酸模倣物、例えばペプトイドが含まれる。
【0017】
「天然に存在するアミノ酸」は、20種の通常の天然に存在するLアミノ酸、すなわち、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、セリン、スレオニン、システイン、メチオニン、アスパラギン酸、アスパラギン、グルタミン酸、グルタミン、アルギニン、リジン、ヒスチジン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、およびプロリンを意味する。
【0018】
「非天然のアミノ酸」は、20種の通常の天然に存在するLアミノ酸以外のアミノ酸を意味する。非天然のアミノ酸は、L-またはD-いずれかの立体配置を有することができる。
【0019】
「ペプトイド」、すなわちN置換されたグリシンは、対応するアミノ酸と同じ側鎖を有するが、残基のα-炭素に対してではなく、アミノ基の窒素原子に対して付加している側鎖を有する、対応するアミノ酸モノマーの類似体を意味する。したがって、ポリペプトイドにおけるモノマー間の化学連結は、タンパク質分解性の消化を制限するのに有用であり得るペプチド結合ではない。
【0020】
「アミノ酸配列」および「配列」は、少なくとも2アミノ酸残基長である、近接する長さのポリペプチド鎖を意味する。
【0021】
「残基」は、ポリマーまたはオリゴマーにおけるアミノ酸を意味し、そこからポリマーが形成されたアミノ酸モノマーの残基である。ポリペプチドの合成には、脱水、すなわちアミノ酸がポリペプチド鎖に付加するとき、水分子1個の「喪失」を伴う。
【0022】
「アミノ酸配列モチーフ」は、n個の残基を含む近接するアミノ酸配列を意味し、この場合nは5から15である。一実施形態において、アミノ酸配列モチーフ1残基あたりの実効電荷の大きさは、0.4以上である。別の一実施形態において、アミノ酸配列モチーフ1残基あたりの実効電荷の大きさは、0.5以上である。本明細書で用いられる、実効電荷の大きさは実効電荷の絶対値を意味し、すなわち実効電荷は負の正でもよい。
【0023】
「設計されたポリペプチド」は1つまたは複数のアミノ酸配列モチーフを含むポリペプチドを意味し、ポリペプチドは少なくとも15アミノ酸長であり、ポリペプチドにおける残基の総数に対する、同じ極性の荷電した残基の数から反対の極性の残基の数を引いたものの比率は、pH7.0で0.4以上である。換言すると、ポリペプチド1残基あたりの実効電荷の大きさは0.4以上である。一実施形態において、ポリペプチドにおける残基の総数に対する、同じ極性の荷電した残基の数から反対の極性の残基の数を引いたものの比率は、pH7.0で0.5以上である。換言すると、ポリペプチドにおける1残基あたりの実効電荷の大きさは0.5以上である。総じて、ポリペプチド長に対して絶対的な上限は存在しないが、ELBL沈着に適する設計されたポリペプチドは、1000残基の実際的な長さの上限を有する。
【0024】
「一次構造」は、ポリペプチド鎖におけるアミノ酸の近接する線状の配列を意味し、「二次構造」は通常水素結合である、非共有結合による相互作用によって安定化されるポリペプチド鎖におけるある程度規則的なタイプの構造を意味する。二次構造の例には、αヘリックス、βシート、およびβターンが含まれる。
【0025】
「ポリペプチドの多層フィルム」は、上記で定義した設計されたポリペプチドなど、1つまたは複数のポリペプチドを含むフィルムを意味する。例えば、ポリペプチドの多層フィルムは、設計されたポリペプチドを含む第1層を含み、高分子電解質を含む第2層は設計されたポリペプチドに反対の極性の実効電荷を有する。例えば、第1層が正の実効電荷を有する場合は、第2層は負の実効電荷を有し、第1層が負の実効電荷を有する場合は、第2層は正の実効電荷を有する。第2層は、別の設計されたポリペプチド、または別の高分子電解質を含む。
【0026】
「基質」は、水溶液から高分子電解質を吸着するのに適する表面を有する固体の材料を意味する。基質の表面は、例えば、平面、球状、細長状など、本質的にあらゆる形態を有することができる。基質の表面は、規則的または不規則的である。基質は結晶であってよい。基質は、場合により生物活性分子を含む。基質のサイズは、ナノスケールからマクロスケールまでの範囲である。さらに、基質は、場合によりいくつかの小型のサブ粒子を含む。基質は、有機材料、無機材料、生物活性材料、またはこれらの組合せからできていてよい。基質の非限定的な例には、シリコンウェハ、荷電したコロイド粒子、例えば、CaCO3またはメラミンホルムアルデヒドの微粒子、タンパク質結晶、核酸結晶、生物学的細胞(例えば、赤血球、肝細胞、細菌の細胞、または酵母菌の細胞)、有機ポリマーの格子(例えば、ポリスチレンまたはスチレン共重合体の格子)、リポソーム、細胞小器官、およびウイルスが含まれる。一実施形態において、基質は、人工ペースメーカー、人工内耳、またはステントなどの医療器具である。
【0027】
フィルム形成の間もしくは後に、基質が分解され、またはそうでなければ除去される場合、基質は(フィルム形成用の)「テンプレート」と呼ばれる。テンプレート粒子は、好適な溶媒に溶解されてもよく、または熱処理によって除去されてもよい。例えば、部分的に架橋されているメラミンホルムアルデヒドテンプレート粒子が用いられる場合、テンプレートは穏やかな化学的方法(例えば、DMSO中)によって、またはpH値における変化によって分解され得る。テンプレート粒子が溶解した後は、交互の高分子電解質層から構成される中空の多層シェルが残る。
【0028】
「マイクロカプセル」は、中空のシェル、またはコアを取り囲むコーティングの形態の高分子電解質フィルムである。コアは、例えば、液体または結晶の形態の、タンパク質、薬物、またはこれらの組合せなどの多様な異なる封入剤を含む。
【0029】
「生物活性分子」は、生物学的作用を有する分子、巨大分子、または巨大分子集合体を意味する。特定の生物学的作用は、適切なアッセイにおいて測定することができ、生物活性分子の1単位重量あたりまたは1分子あたりで平均化する。生物活性分子は、カプセル化され、裏側に保持され、または高分子電解質フィルム内にカプセル化され得る。生物活性分子の非限定的な例は、薬物、薬物の結晶、タンパク質、タンパク質の機能的なフラグメント、タンパク質の複合体、リポタンパク質、オリゴペプチド、オリゴヌクレオチド、核酸、リボソーム、活性な治療物質、リン脂質、多糖、リポ多糖である。本明細書で用いられる「生物活性分子」は、例えば、機能的な膜フラグメント、膜構造、ウイルス、病原体、細胞、細胞の凝集体、および細胞小器官などの生物学的に活性な構造をさらに包含する。カプセル化され、またはポリペプチドフィルムの裏側に保持され得るタンパク質の例は、ヘモグロビン;グルコースオキシダーゼ、ウレアーゼ、リゾチームなどの酵素;フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、およびコラーゲンなどの細胞外マトリックスタンパク質、ならびに抗体である。カプセル化され、または高分子電解質フィルムの裏側に保持され得る細胞の例は、移植された島細胞、真核細胞、細菌細胞、植物細胞、および酵母菌細胞である。
【0030】
治療物質は、生物活性分子のサブセットである。「治療物質」は、患者に単独で、または別の化合物、要素、もしくは混合物と組み合わせて投与した場合に、直接または間接的に患者に対して生理学的作用を付与する化合物、要素、または混合物を意味する。間接的な生理学的作用は、代謝産物または他の間接的な機序によって起こることがある。活性物質が化合物である場合は、塩、遊離の化合物または塩の溶媒和化合物(水和物を含む)、結晶形態、非結晶形態および化合物のあらゆる多形が、本明細書に企図される。
【0031】
適切な治療物質は、抗炎症物質、冠血管拡張薬、脳血管拡張薬、末梢血管拡張薬、抗感染薬、向精神薬、抗躁病薬、刺激薬、抗ヒスタミン薬、胃腸管鎮静薬、止瀉薬調製物、抗狭心症薬、血管拡張薬、抗不整脈薬、降圧薬、血管収縮薬、偏頭痛を処置するのに有用な薬物、抗凝血薬および抗血栓薬、鎮痛薬、解熱薬、催眠薬、鎮静薬、鎮吐薬、制吐薬、抗痙攣薬、神経筋薬、高血糖および低血糖薬剤、甲状腺および抗甲状腺調製物、利尿薬、鎮痙薬、子宮弛緩薬、ミネラルおよび栄養の添加物、抗肥満薬、タンパク同化薬、赤血球生成薬、抗喘息薬、去痰薬、鎮咳薬、粘液溶解薬、抗尿酸血症薬、他の薬物、ならびに先の治療物質を1つまたは複数含む組合せである。
【0032】
「生体適合性」は、経口摂取、局所適用、経皮適用、皮下注射、筋肉内注射、吸入、埋め込み、または静脈内注射時に、実質的な健康への有害作用を引き起こさないことを意味する。例えば、生体適合性のフィルムは、例えばヒトの免疫系と接触させた場合に、実質的な免疫反応を引き起こさないものを含む。
【0033】
「免疫反応」は、身体のあらゆるところでの物質の存在に対する、細胞性免疫系または体液性免疫系の反応を意味する。免疫反応は、数々の方法で、例えば、ある抗原を認識する抗体の数の血中における増大によって特徴付けることができる。抗体は、B細胞によって分泌されるタンパク質であり、抗原は免疫反応を誘発する実体である。ヒトの身体は、感染と戦い、血流およびあらゆる場所において抗体の数を増大することによって再感染を阻害する。反応の一般的なパターンは普通であるが、特異的な免疫反応は個体にいくらか依存する。
【0034】
「エピトープ」は、抗体によって認識されるタンパク質の構造または配列を意味する。通常、エピトープはタンパク質の表面上にある。「連続的なエピトープ」は、いくつかの近接するアミノ酸残基を伴うものであり、折りたたまれたタンパク質における制限されたスペースの領域とたまたま接触し、またはそこにあるアミノ酸残基を伴わないものである。
【0035】
本発明は、第1層のポリペプチドを含むポリペプチドの多層フィルムに対するものであり、第1層のポリペプチドは、可逆的に結合している生物活性分子を含む。他の層は、設計されているポリペプチドまたは他のポリカチオンもしくはポリアニオンを含む。
【0036】
静電気的積層沈着に適するポリペプチドに対する設計原理は、参照によって本明細書に組み込まれる米国特許出願公開第2005/0069950号明細書(特許文献1)において明らかにされている。簡潔に述べると、主な設計の問題はポリペプチド長および電荷である。静電気学はELBLのベースであるので、最も重要な設計の問題である。適切な荷電の性質がなければ、ポリペプチドはpH4から10の水溶液に実質的に可溶性ではなく、ELBLによる多層フィルムの製作に簡単に用いることができない。他の設計の問題には、ポリペプチドの物理的構造、ポリペプチドから形成されたフィルムの物理的安定性、ならびにフィルムおよび構成成分であるポリペプチドの生体適合性および生物活性が含まれる。
【0037】
上記で定義したように、設計されたポリペプチドは、1つまたは複数のアミノ酸配列モチーフを含むポリペプチドを意味し、ポリペプチドは、少なくとも15アミノ酸残基長であり、ポリペプチド1残基あたりの実効電荷の大きさはpH7.0で0.4以上である。「アミノ酸配列モチーフ」は、n個のアミノ酸残基を含む近接するアミノ酸配列を意味し、この場合nは5から15である。pH7.0で正に荷電している(塩基性の)天然に存在するアミノ酸は、Arg、His、およびLysである。pH7.0で負に荷電している(酸性の)天然に存在するアミノ酸残基は、GluおよびAspである。反対の電荷のアミノ酸残基の混合物を含むアミノ酸モチーフは、電荷の全体の比率が特定の基準を満たす限り用いることができる。一実施形態において、設計されたポリペプチドはホモポリマーではない。
【0038】
一つの例示の実施形態において、アミノ酸配列モチーフは7アミノ酸残基を含む。荷電したアミノ酸が4個であるのがモチーフサイズ7に適する最低である、というのは荷電が4未満であるとペプチドの可溶性の低下、およびELBLにわたる制御の低減をもたらすからである。さらに、生体適合性に関して、ゲノムのデータにおいて同定された各アミノ酸配列モチーフは、連続のエピトープを構成するには7アミノ酸残基では十分長いが、実質的にタンパク質の表面上およびその内部両方における残基に対応するにはそれほど長くない。したがって、アミノ酸配列モチーフの荷電および長さは、ゲノムのデータにおいて同定されたアミノ酸配列モチーフが、それに配列モチーフが由来するフォールディングされたタンパク質の表面上に生じる可能性があるということを確かめるのを助ける。これとは対照的に、非常に短いモチーフは、身体にとってランダムな配列または特に「自己」ではなく思われ得るものであり、したがって免疫反応を誘発し得る。
【0039】
いくつかの場合において、アミノ酸配列モチーフおよび設計されたポリペプチドに関する設計の問題は、2次構造、とりわけαヘリックスまたはβシートを形成するこれらの性向である。いくつかの実施形態において、薄いフィルム層の形成にわたって制御を最大にするために、水性媒体中の設計されたポリペプチドによって、2次構造の形成を制御、例えば最小にすることができるのが望ましい。第1に、長いモチーフは溶液中で安定な3次構造をとりがちになるので、配列モチーフが比較的短い、すなわち約5から約15アミノ酸残基であるのが好ましい。第2に、設計されたポリペプチドにおける連続したアミノ酸配列モチーフ間で共有結合により連結している、グリシンまたはプロリン残基などのリンカーは、ポリペプチドが溶液中で2次構造をとる性向を低減する。例えば、グリシンはαヘリックスの性向が非常に低く、βシートの性向が非常に低く、このためグリシンおよびその近隣のアミノ酸が水溶液中で規則的な2次構造を形成するのはエネルギー的に非常に不都合になっている。第3に、設計されたポリペプチド自体のαヘリックスおよびβシートの性向は、それに対する合計されたαヘリックスの性向が7.5未満であり、合計されたβシートの性向が8未満であるアミノ酸配列モチーフを選択することによって最小にすることができる。「合計された」性向は、モチーフにおけるアミノ酸全てのαヘリックスまたはβシートの性向の和を意味する。合計されたαヘリックスの性向および/または合計されたβシートの性向がいく分より高いアミノ酸配列モチーフは、特にGlyまたはProなどのリンカーによって連結された場合、ELBLに適する。ある適用において、ポリペプチドが2次構造を形成する性向は、薄いフィルムの製作の特定の設計の特徴として比較的高いことがある。天然に存在する20種のアミノ酸全てに対する2次構造の性向は、ChouおよびFasmanの方法を用いて計算することができる(その全文が参照によって本明細書に組み込まれるP.ChouおよびG.Fasman、Biochemistry、13巻、211頁(1974年)(非特許文献1)を参照されたい。)
【0040】
別の設計の問題は、ポリペプチドのELBLフィルムの安定性の制御である。イオン結合、水素結合、ファンデルワールス相互作用、および疎水性の相互作用は、多層フィルムの安定性に寄与する。さらに、同じ層内または隣接する層におけるポリペプチドにおけるスルフヒドリル含有アミノ酸間に形成される共有結合によるジスルフィド結合が、構造上の強度を増大することができる。スルフヒドリル含有アミノ酸には、システインおよびホモシステインが含まれる。さらに、スルフヒドリルは、D,L-β-アミノ-β-シクロヘキシルプロピオン酸、D,L-3-アミノブタン酸、または5-(メチルチオ)-3-アミノペンタン酸などのβアミノ酸に加えることができる。スルフヒドリル含有アミノ酸は、酸化電位における変化によって多層ポリペプチドフィルムの層を「ロック」(一緒に結合する)し、「アンロック」するのに用いることができる。また、スルフヒドリル含有アミノ酸を、設計されたポリペプチドの配列モチーフを組み込むことにより、分子間ジスルフィド結合の形成によって、薄いフィルムの製作において比較的短いペプチドが使用できるようになる。スルフヒドリル含有アミノ酸を含むアミノ酸配列モチーフは、以下に記載する方法を用いて同定されるモチーフのライブラリーから選択してもよく、または新規に設計してもよい。
【0041】
一実施形態において、化学的に合成されても、または宿主の生物体において生成されても、設計されたスルフヒドリル含有ポリペプチドは、未熟なジスルフィド結合の形成を防ぐための還元剤の存在下、ELBLによって構築される。フィルム構築後、還元剤を除去し、酸化剤を加える。酸化剤の存在下では、ジスルフィド結合がスルフヒドリル基間に形成し、その結果チオール基が存在する層内および層間のポリペプチドを一緒に「ロック」する。適切な還元剤には、ジチオスレイトール(「DTT」)、2-メルカプトエタノール(2-ME)、還元されたグルタチオン、トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン塩酸(TCEP)、およびこれらの1つを超えた化学物質の組合せが含まれる。適切な酸化剤には、酸化されたグルタチオン、tert-ブチルヒドロペルオキシド(t-BHP)、チメロサール、ジアミド、5,5'-ジチオ-ビス-(2-ニトロ安息香酸)(DTNB)、4,4'-ジチオジピリジン、臭素酸ナトリウム、過酸化水素、テトラチオン酸ナトリウム、ポルフィリンジン(porphyrindin)、オルトヨードソベンゾエート(orthoiodosobenzoate)ナトリウム、およびこれらの1つを超えた化学物質の組合せが含まれる。
【0042】
生体適合性は生物医学的な適用における設計の問題である。このような適用において、理想的には「免疫不活性」なポリペプチドを産生するためのポリマー設計に対するベースとして、ゲノムまたはプロテオミクスの情報が用いられる。この取り組みは、製作またはコーティングされた物体を循環する血液と接触させる場合、特に有用である。アミノ酸配列モチーフは高度に多孔性であるので、これらは、これらが由来するタンパク質の天然のフォールディングされた形態の表面上に典型的に生じる。「表面」は、単に水の粒状の性質のために、溶剤と接触し、または溶剤に接近することができない、フォールディングされたタンパク質の部分である。血液タンパク質において同定されたアミノ酸配列モチーフは、タンパク質が血液中にある間は、効果的に常に細胞および免疫系の分子と接触している。したがって、フォールディングされた血液タンパク質の表面に由来するポリペプチドは、無作為に選択された配列よりも免疫原性が低い可能性がある。設計されたポリペプチドは一般的に生体適合性であるが、免疫反応またはあらゆる他のタイプの生物学的反応の程度は、配列モチーフの特定の詳細にかなり依存し得る。
【0043】
生物活性は、数々の方法によって、フィルム、コーティング、またはマイクロカプセル中に組み込むことができる。例えば、フィルムを含む設計されたポリペプチドは機能的なドメインを含むことができる。あるいは、生物活性は、ポリペプチドの薄いフィルムによってカプセル化またはコーティングされた別の生物活性分子に付随していてよい。一実施形態において、テンプレートは、タンパク質結晶などの生物活性分子を含む。
【0044】
この文脈における機能的なドメインは、特異的な生体機能性を有するタンパク質の独立に熱安定性の領域(例えば、結合性ホスホチロシン)である。多ドメインタンパク質では、例えば、ホスホチロシン結合性ドメインおよびタンパク質チロシンホスファターゼドメインを包含するタンパク質であるテンシンにおいて、複数の機能的なドメインが存在することができる。多層フィルム中に組み込まれた設計されたポリペプチドにおいて機能的なドメインを包含することで、例えば、特異的なリガンド結合、in vivoにおけるターゲティング、バイオセンシング、および生体触媒を含む、望ましい機能性を有するフィルムを提供することができる。
【0045】
生物活性分子は、タンパク質、タンパク質の機能的なフラグメント、設計されたポリペプチドの部分ではないタンパク質の機能的なフラグメント、タンパク質の複合体、オリゴペプチド、オリゴヌクレオチド、核酸、リボソーム、活性の治療物質、リン脂質、多糖、リポ多糖、機能的な膜フラグメント、膜構造、ウイルス、病原体、細胞、細胞の凝集体、細胞小器官、脂質、炭水化物、薬剤、または抗微生物剤であってよい。生物活性分子は、秩序だった、または無構造の結晶の形態であってよい。タンパク質は、酵素であってもよく、または抗体であってもよい。基質は生物活性分子を含むことができる。一実施形態において、基質は、反対に荷電したポリペプチドの層の沈着の前にその表面上に沈着した生物活性分子を有する。別の一実施形態において、基質は生物活性分子を含む結晶である。
【0046】
一実施形態において、アミノ酸配列モチーフは新規に設計される。他の実施形態において、アミノ酸配列モチーフは、ヒトゲノムなどの特定の生物体のゲノムまたはプロテオミクスの情報から選択される。例えば、補体C3(gi/68766)またはラクトトランスフェリン(gi/4505043)の1次構造を用いて、ヒト血液タンパク質におけるアミノ酸配列モチーフを検索することができる。
【0047】
ポリペプチドにおける第1のアミノ酸配列モチーフを同定する方法は、ポリペプチドにおけるスターターのアミノ酸残基を選択するステップ;正および負の荷電の出現に対する、ポリペプチドにおけるスターターのアミノ酸残基およびそれに続くn-1個のアミノ酸残基を含むアミノ酸配列を試験するステップ(この場合、nは5から15である);pH7の5〜15アミノ酸残基の側鎖の実効電荷が0.4*n以上である場合は、アミノ酸配列モチーフとして5〜15アミノ酸残基を決定するステップ;またはpH7の5-15のアミノ酸残基の側鎖の実効電荷が0.4*n未満の場合は、配列を捨てるステップを含む。
【0048】
一実施形態において、中性または負に荷電しているアミノ酸だけを含む、長さnの負に荷電したアミノ酸配列モチーフを求めてタンパク質配列データを検索するプロセスは以下に記載するとおりである。第1に、第1のアミノ酸残基を、タンパク質配列において選択する。第2に、このアミノ酸残基およびそれに続くn-1個のアミノ酸残基を、アルギニン(Arg)、ヒスチジン(His)、またはリジン(Lys)(中性のpHで正に荷電していることがある天然に存在する3つのアミノ酸)の出現に対して試験する(nは5から15である)。第3に、1つまたは複数のArg、His、またはLys残基がこれらn個のアミノ酸残基に見られる場合、第2のアミノ酸残基で改めてプロセスを開始する。しかし、これらn個の残基においてArg、His、またはLysが見られない場合は、n個の残基を試験して、グルタミン酸(Glu)および/またはアスパラギン酸(Asp)(中性のpHで負に荷電している2つのアミノ酸)の出現の数を決定する。第4に、n個の残基において少なくとも0.4*nのGluおよび/またはAspの出現が存在する場合、負に荷電したアミノ酸配列モチーフとして配列を登録する。しかし、0.4*n未満の負に荷電したアミノ酸残基の出現が見られる場合、第1のアミノ酸残基で始まる配列を捨て、例えば、第1のアミノ酸残基にすぐに隣接する第2のアミノ酸残基でプロセスを新たに開始する。モチーフを登録した後、第2のアミノ酸残基で改めてプロセスを開始することができる。
【0049】
正に荷電した配列モチーフを同定するためのプロセスは、中性または正に荷電しているアミノ酸残基だけを含むn個の残基長のアミノ酸配列を求めてタンパク質配列データを検索するのと類似しており、中性のpHでそれに対するアミノ酸残基の側鎖の実効電荷は、0.4*n以上である。
【0050】
モチーフにおいて正および負に荷電した両方のアミノ酸残基を許す、長さn個の負に荷電したアミノ酸配列モチーフまたは正に荷電したアミノ酸配列モチーフを同定するためのプロセスも類似している。例えば、長さn個の正に荷電したアミノ酸配列モチーフを同定するための手順は、ポリペプチドにおける第1のアミノ酸残基を選択することである。次に、このアミノ酸残基およびそれに続くn-1個のアミノ酸残基を、pH7で正または負に荷電している残基の出現に対して試験する。n個のアミノ酸残基の側鎖の実効荷電を決定する。実効荷電の絶対値が0.4*n未満である場合は、配列を捨て、別のアミノ酸で新たな検索を開始し、実効荷電の絶対値が0.4*n以上である場合、配列はアミノ酸配列モチーフである。実効荷電がゼロを超える場合モチーフは正であり、実効荷電がゼロ未満である場合は負である。
【0051】
本明細書で定義するアミノ酸配列モチーフの新規な設計は、配列が天然で見出されるものに限定されない以外は、本質的に同様の法則に従う。モチーフ長n、ならびに望ましい符号および実効電荷の大きさを選択する。次いで、n個のアミノ酸の実効電荷の絶対値が0.4*n以上となるように、望ましい符号および電荷の大きさをもたらすアミノ酸配列モチーフに対してn個のアミノ酸を選択する。アミノ酸配列モチーフの新規の設計の潜在的な利点は、特定の知られているタンパク質配列において見られるアミノ酸に限定されないで、望ましい実効電荷を達成するために、全てのアミノ酸(天然に存在する20種のアミノ酸および全ての非天然のアミノ酸)の中から専門家が選択することができることである。アミノ酸のプールが大きいほど、ゲノム配列におけるアミノ酸配列モチーフの同定に比べて、モチーフの配列を設計するのに選択することができる、物理的、化学的、および/または生物学的性質の潜在的な範囲が広くなる。
【0052】
本明細書で定義するアミノ酸配列モチーフの新規な設計は、配列が天然で見出されるものに限定されない以外は、本質的に同様の法則に従う。モチーフ長n、ならびに望ましい符号および実効電荷の大きさを選択する。次いで、n個のアミノ酸の実効電荷の絶対値が0.4*n以上となるように、望ましい符号および電荷の大きさをもたらすアミノ酸配列モチーフに対してn個のアミノ酸を選択する。アミノ酸配列モチーフの新規の設計の潜在的な利点は、特定の知られているタンパク質配列において見られるアミノ酸に限定されないで、望ましい実効電荷を達成するために、全てのアミノ酸(天然に存在する20種のアミノ酸および全ての非天然のアミノ酸)の中から専門家が選択することができることである。アミノ酸のプールが大きいほど、ゲノム配列におけるアミノ酸配列モチーフの同定に比べて、モチーフの配列を設計するのに選択することができる、物理的、化学的、および/または生物学的性質の潜在的な範囲が広くなる。
【0053】
本明細書で定義する設計されたポリペプチドは、1つまたは複数のアミノ酸配列モチーフを含む。ELBL用にポリペプチドを設計するのに、同じモチーフが繰り返されてよく、または異なるモチーフが連結されてもよい。一実施形態において、アミノ酸配列モチーフは介在配列なしに共有結合により連結されている。別の一実施形態において、設計されたポリペプチドは、リンカーによって共有結合により連結されている2つ以上のアミノ酸配列モチーフを含む。リンカーはアミノ酸ベース、例えば、グリシンもしくはプロリンなどの1つまたは複数のアミノ酸残基であってもよく、あるいは2つのアミノ酸配列モチーフを共有結合により連結するのに適するあらゆる他の化合物であってもよい。一実施形態において、リンカーは1〜4アミノ酸残基、例えば、1〜4個のグリシン残基および/またはプロリン残基を含んでいる。リンカーは、設計されたポリペプチドが、0.4以上の1残基あたりの実効電荷の大きさを維持するように、適切な長さまたは組成を含む。
【0054】
一実施形態において、設計されたポリペプチドは、15アミノ酸残基長以上である。他の実施形態において、設計されたポリペプチドは、18、20、25、30、32または35アミノ酸長を超える。1000残基が、ポリペプチド長の実際の上限である。
【0055】
アミノ酸配列モチーフが選択され、または新規に設計されたら、アミノ酸ベースのリンカーを有する設計されたポリペプチドを、固相合成およびF-mocの化学、または遺伝子クローニングおよび形質転換後の細菌における異種性の発現などの、当技術分野ではよく知られている方法を用いて合成する。設計されたポリペプチドは、Global Peptide(Ft Collins、Colorado)などのペプチド合成会社によって合成してもよく、ペプチド合成機を用いて実験室で生成してもよく、または組換えDNA法によって生成してもよい。ペプチド合成のあらゆる新奇な方法の開発はペプチドの生成を亢進するが、本明細書に記載するようなペプチドの設計を根本的に変更するものではない。
【0056】
合成後、第1層のポリペプチドを治療物質に可逆的に連結する。可逆的連結には、適切な刺激に曝されたときに治療物質が第1層のポリペプチドから放出される限り、共有結合および非共有結合の両方が含まれる。治療物質は、天然に見られるように、または結合および放出を促進するように化学的に修飾されるように、ポリペプチドのN末端、C末端、または側鎖に連結していてよい。共有結合による可逆的連結は、例えば、第1層のポリペプチド上の薬物と遊離のスルフヒドリル基、遊離アミノ基、および遊離カルボキシル基の間に形成され得る。非共有結合による可逆的連結には、例えば、イオン結合および疎水性の相互作用が含まれる。
【0057】
一実施形態において、治療物質のアルコール基、アミン基またはカルボン酸基は、ペプチドのN末端、C末端、または側鎖に共有結合により結合している。結合の位置は、官能基の選択に依存する。例えば、治療物質がカルボン酸(例えば、アスピリン)である場合、ペプチドのN末端が結合の適切な点である。治療物質がアミン(例えば、アンピシリン)である場合、安定なペプチド連結した活性物質を達成するために、C末端が結合の適切な点である。C末端およびN末端両方の例において、本質的に新しいペプチド結合を形成する1つの単量体単位が、ペプチドの終端に分子を加える。
【0058】
治療物質がアミンである場合、アミンをペプチドのC末端に結合させる交互の方法は、アミンに結合を開始させることである。治療物質がアルコールである場合、安定な組成物を達成するために、C末端またはN末端のいずれかが適切な結合の点である。例えば、治療物質がアルコールである場合、アルコールを、ホスゲンまたはトリホスゲンでアルキルクロロホルメートに変換することができる。次いで、この中間体をペプチドのN末端と反応させて、カルバメートによって連結しているペプチド組成物の治療物質を生成する。次いで、カルバメートの治療物質が、腸のペプチダーゼ、アミダーゼ、またはエステラーゼによってペプチドから放出され得る。
【0059】
あるいは、アルコールの治療物質は、グルタミン酸のガンマカルボキシレートに選択的に結合することができ、次いでこのコンジュゲートはペプチドのC末端に共有結合により結合する。グルタミン酸-治療物質コンジュゲートは二量体とみなすことができるので、この生成物は、グルタミン酸部分がペプチドと治療物質の間のスペーサーとして働くペプチドのC末端に2つの単量体単位を加える。主要なペプチド結合を腸の酵素が加水分解することによって、ペプチドの担体からグルタミン酸-薬物部分が放出される。グルタミン酸残基の新しく形成された遊離アミンは、次いで、分子内伝達反応を受け、その結果、プリオグルタミン酸を同時に形成して治療物質を放出する。
【0060】
治療物質がケトンまたはアルデヒドである場合、ペプチドのN末端、C末端、または側鎖に結合するのに適するペンダント基を有するリンカーを有するケタールが形成される。例えば、グルコースがメチルナルトレキソンと反応する例で示すように、メチルトリボフラノシド(methyltribofuranoside)またはグルコースのメチルナルトレキソンとの反応によってケタールが形成され得る。次いで、糖部分からの残りの遊離のヒドロキシルを、ペプチドのC末端または適切な側鎖に結合させるためにアルコールとして処理してもよい。
【0061】
一実施形態において、治療物質はペプチドのN末端に結合している。結合に適するアミノ酸には、例えば、グルタミン酸、アスパラギン酸、セリン、およびリジンが含まれる。N末端の結合に適する薬物は、典型的には、例えば、イブプロフェン、フロセミド、ゲムフィブロジル、およびナプロキセンなど、コンジュゲートのためにカルボン酸または無機の官能基を提供する。
【0062】
一実施形態において、治療物質はペプチドのC末端に結合している。ペプチドへの治療物質のC末端の結合は、複数の活性物質の官能基によって形成され得る。官能基には、アミンおよびこれらの同等物、ならびにアルコールおよびこれらの同等物が含まれる。あらゆるアミノ酸を用いて活性物質をC末端に連結してもよいが、グルタミン酸、アスパラギン酸、セリン、およびリジンが特に適切なアミノ酸である。C末端の結合に適する活性物質は、例えば、アテノロール、メトロプロロール、プロパノロール、メチルフェニデート、およびセルトラリンなどのアルコールおよびアミノ官能基を有する活性物質である。
【0063】
一実施形態において、治療物質はポリペプチドの側鎖に共有結合により結合している。カルボン酸含有の活性物質は、ペプチド側鎖のアミンまたはアルコール基に結合して、それぞれアミドまたはエステルを形成することができる。アミン含有の活性物質は、側鎖のカルボキシレート、カルバミド、またはグアニン基に結合して、アミドまたは新しいグアニン基を形成することができる。さらに、リンカーはペプチドの実質的にあらゆる側鎖が結合することができるように、化合物の全ての化学物質のクラスの群から選択され得る。
【0064】
別の一実施形態において、治療物質のペプチドへの結合は、活性物質とペプチドの間にリンカーを組み込むことによってなされる。リンカーは、ペプチドに共有結合により結合するために、カルボキシレート、アルコール、チオール、オキシム、ヒドラゾン、ヒドラジド、またはアミン基などのペンダント官能基を有さなければならない。一実施形態において、治療物質はアルコールであり、アルコール基はペプチドのN末端にリンカーによって共有結合により結合している。別の一実施形態において、治療物質はケトンまたはアルデヒドであり、それぞれケタールまたはアセタールの形成によってリンカーに結合しており、リンカーはペプチドに結合しているペンダント基を有する。さらに別の一実施形態において、治療物質は、アミド、イミド、イミダゾール、または尿素であり、窒素はリンカーに結合しており、リンカーのペンダント基はペプチドに結合している。
【0065】
一実施形態において、第1層のポリペプチドおよび治療物質は、各々遊離のスルフヒドリル基を含んでいる。遊離のスルフヒドリル基を天然に含んでいる適切な治療物質には、例えば、システアミン、ジメルカプロール、2-メルカプトエタンスルホネートナトリウム、アセチルシステイン、オマパトリラート、カプトプリルなどが含まれる。さらに、遊離のスルフヒドリル基が存在しない既知の治療物質を、遊離のスルフヒドリル基を含むように化学的方法によって修飾することができる。
【0066】
高分子電解質の多層フィルムを作成する方法は、複数の層の反対に荷電した高分子電解質を基質上に沈着させることを含む。連続的に沈着した高分子電解質は、反対の実効電荷を有する。本明細書の場合では、可逆的に連結している治療物質を含んでいる少なくとも第1層の高分子電解質が沈着する。図1はELBL沈着を模式的に図示したものである。一実施形態において、設計されたポリペプチドなどの高分子電解質の沈着は、ELBLに適する実効電荷を有するpHで、設計されたポリペプチド(または他の高分子電解質)を含む水溶液に基質を曝すことを含む。他の実施形態において、設計されたポリペプチドまたは他の高分子電解質の基質上への沈着は、反対に荷電した高分子電解質の溶液を逐次的に噴霧することによって実現される。さらに他の実施形態において、基質上への沈着は、反対に荷電した高分子電解質の溶液を同時に噴霧することによる。
【0067】
多層フィルムを形成するELBLの方法において、隣接する層の反対の荷電が構築に対する推進力を提供する。対立する層における高分子電解質が同じ線形実効電荷密度を有することは決定的ではなく、対立する層が反対の電荷を有することだけが決定的である。沈着のための1つの標準のフィルム構築手順には、高分子電解質がイオン化されるpH(すなわち、pH4〜10)の高分子電解質の水溶液を形成するステップと、表面に電荷を帯びる基質を提供するステップと、荷電した高分子電解質溶液への基質の浸漬を交互に行うステップとが含まれる。基質は、交互に行う層の沈着の間に、任意選択で洗浄される。
【0068】
高分子電解質の沈着に適する高分子電解質の濃度は、当業者であれば容易に決定することができる。例示の濃度は0.1mg/mLから10mg/mLである。典型的には、生成される層の厚さは、指定される範囲における沈着の間、ポリイオンの溶液の濃度とは実質的に無関係である。ポリ(アクリル酸)およびポリ(アリルアミン塩酸塩)などの典型的な非ポリペプチドの高分子電解質では、層の厚さは溶液のイオン強度に応じて約3Åから約5Åである。短い高分子電解質は、長い高分子電解質よりも薄い層を形成することが多い。フィルムの厚さに関して、高分子電解質のフィルムの厚さは、湿度ならびに層の数およびフィルムの組成に依存する。例えば、厚さ50nmのPLL/PLGAフィルムは、窒素で乾燥すると1.6nmに収縮する。一般的に、フィルムの水和状態、および構築に用いられる高分子電解質の分子量に応じて、1nmから100nm以上の厚さのフィルムが形成され得る。
【0069】
さらに、安定な高分子電解質の多層フィルムを形成するのに必要とされる層の数は、フィルムにおける高分子電解質に依存する。低分子量のポリペプチド層だけを含むフィルムでは、フィルムは典型的には、反対に荷電したポリペプチドの2重層を4つ以上有する。ポリ(アクリル酸)およびポリ(アリルアミン塩酸塩)などの高分子量の高分子電解質を含むフィルムでは、反対に荷電した高分子電解質の2重層を1つ含むフィルムが安定であり得る。
【0070】
別の一実施形態において、ポリペプチドの多層フィルムから治療物質を放出する方法は、可逆的にそれに連結している治療物質を有する第1層のポリペプチドを含む本明細書に記載するポリペプチドの多層フィルムを提供するステップと、可逆的連結から、したがってフィルムから治療物質の放出を刺激するのに適する刺激とフィルムを接触させるステップとを含む。
【0071】
一実施形態において、治療物質の送達は、一般的な全身性の循環中を標的とする。血流および/または消化管のpH環境は、治療物質を放出するのに適する刺激を提供することができる。別の一実施形態において、ペプチドから治療物質を放出するための刺激は、血流におけるペプチド-治療物質のコンジュゲートに対する酵素作用、または消化管におけるペプチド-治療物質のコンジュゲートに対する酵素作用、その後の通常の侵入経路による腸または胃による吸収によって生じる。
【0072】
一実施形態において、治療物質は、ペプチドにおけるグルタミン酸残基によって結合している。複合体が、ペプチドの加水分解時にペプチドから放出され、次いで同時の分子内アミノ基転移によってグルタミン酸から治療物質が放出される。別の一実施形態において、グルタミン酸は、アスパラギン酸、アルギニン、アスパラギン、システイン、リジン、スレオニン、およびセリンによって置き換えられ、治療物質はアミノ酸の側鎖に結合して、アミド、チオエステル、エステル、エーテル、チオエーテル、カーボネート、無水物、オルトエステル、ヒドロキサム酸、ヒドラゾン、スルホンアミド、スルホン酸エステル、硫黄のその他の誘導体、またはカルバメートを形成する。さらに別の一実施形態において、グルタミン酸は、例えば、アミン、アルコール、スルフヒドリル、アミド、尿素、または酸の官能性を含むペンダント基を有する合成のアミノ酸によって置換される。
【0073】
可逆的連結がイオン結合を含む場合、適切な刺激は濃厚な塩の溶液、例えば、1MNaClである。可逆的連結が疎水性の相互作用を含む場合、適切な刺激は界面活性剤溶液、例えば、2%SDSである。可逆的連結がジスルフィド結合を含む場合、治療物質の放出のための刺激として作用する適切な還元剤には、ジチオスレイトール(「DTT」)、2-メルカプトエタノール(2-ME)、還元されたグルタチオン、tris(2-カルボキシエチル)ホスフィン塩酸塩(TCEP)、およびこれらの化学物質の1つを超える組合せが含まれる。
【0074】
本発明を、以下の非限定的な実施例によって、さらに説明する。
【0075】
(実施例)
[材料と方法]
材料:ペプチド(KVKGKCKV)3KVKGKCKY(「P1」)および(EVEGECEV)3EVEGECEY (「N1」)(Genscript, Inc.、USA)は、リジン(K)のプロトン化およびグルタミン酸(E)の脱プロトン化によって、中性のpHでは反対に荷電している。他のアミノ酸残基は、バリン(V)、グリシン(G)、およびCys(C)である。4〜15kDaポリ(L-リジン)(「PLL」)、13kDaポリ(L-グルタミン酸)(「PLGA」)およびDTNBはSigma (USA)からであった。還元剤であるDL-ジチオスレイトール(DTT)はGold Biotechnology, Inc (USA)からであった。他の試薬は全てSigmaからであった。P1、N1、PLL、およびPLGAを、TAバッファー(10mM tris(ヒドロキシメチル)アミノメタン、10mM酢酸ナトリウム、20mMNaCl、0.1%NaN3、pH7.4)中、1mg/mLの濃度に溶解した。
【0076】
DTNBでのN1の標識化:ペプチドP1およびN1はCys残基を含んでいる。ペプチド上の遊離チオール基は、酸化条件下でDTNB分子と反応する(図2)。このプロセスにおいてTNB分子は、Cys側鎖と混合のジスルフィドを形成し、TNB分子が周囲に放出される。遊離TNBの水溶液は黄色であり、少々塩基性のpHでは412nmに吸収ピークがある。TNBの消衰係数は、条件に応じて11400M-1cm-1から14150M-1cm-1までの範囲である。
【0077】
「還元性のTAバッファー」(TAバッファー、10mMDTT、pH8.1)にペプチドを溶解し、周囲温度で24時間インキュベートすることによって、担持用に凍結乾燥したN1を調製した。N1溶液2mLを、1000MWCO透析管tubing(SpectroPor(登録商標)7、Spectrum Laboratories,Inc.、USA)中に導入し、撹拌を継続しながら「DTNB溶液」(TAバッファー、10mMDTNB、pH8.1)200mLに対して透析した。1、2、4、および17時間後にDTNB溶液を交換した。標識したN1(LN1)を含む透析バッグを、次いでpH7.4のTAバッファーに浸漬して過剰のDTNBを除去し、pHを8.1から7.4に移動させた。1、2、4、および17時間後にTAバッファーを交換した。pH7.4のTAバッファーでLN1の最終濃度を1mg/mLに調節した。DTTで処理する前および後のLN1のUV吸収スペクトルを図6に示す。
【0078】
ポリペプチドの多層ナノコーティングの構築:ポリペプチドの多層コーティングを、基質を清浄にした後、石英の顕微鏡スライド (Electron Microscopy Sciences、USA)上に構築した。基質を、正に荷電したポリペプチド溶液(P1またはPLL)中および負に荷電したポリペプチド溶液(N1、LN1、またはPLGA)中に、ペプチド吸着ステップ1回あたり15分間、繰返し浸漬した。各ペプチド沈着ステップの後、2分間、1分間、および1分間、別々の脱イオン水浴において、コーティングしたスライドをすすいだ。30層のポリペプチドをこの方法で構築した。以下に示すようにいくつかの場合において、(P1/N1)2で表されるP1およびN1の2つの「キャッピング」した2重層を、30層のP1/LN1コーティングの上部に構築した。
【0079】
ポリペプチド多層ナノコーティングからのTNBの放出:pH7.4のLN1溶液を、脱イオン水で4倍希釈し、DTTを加えて最終濃度2mMとした(図3)。TNB放出プロセスの間中、ロッキングプラットホーム上で混合物を穏やかに振盪した。Shimadzu UV mini 1240UV-Vis分光光度計(日本)で、溶液の吸収スペクトルを記録した。各々の場合において、コーティングは基質の約2cm2を覆っていた。放出媒体3mL(脱イオン水で4倍に希釈したpH7.4のTAバッファー、0、0.1、または1mMDTT)中、P1/LN1コーティングを10枚の別々の石英プレート上に浸漬することによって、TNBの吸収ピークを検出範囲中に入れた。放出媒体の吸光度を、規定された時間点に分光光度計をスキャンすることによって記録した。各コーティングを、第1の吸光度測定用に5分間、およびその後の測定用に15分間浸漬した。フィルム試料および放出媒体を含むビーカーを、放出プロセスの間中穏やかに揺すった。
【0080】
(実施例1)
[N1上へのTNBの担持]
DTTは、還元状態においてモノチオールを完全に維持し、ジスルフィドを定量的に還元することができる。ポリペプチドN1をDTTで処理して可能な分子間および分子内ジスルフィド結合を切断し、Cys残基側鎖の遊離チオール基を保護した。得られたN1分子は、各々遊離チオール基をいくつか有しており、少々塩基性の溶液におけるTNBの担持に用いられた(図2)。図2における328nmの吸収ピークはTNBおよびチオールの混合したジスルフィドによるものであり、N1分子へのTNBの担持に成功したことを示している。275nmのチロシン吸収は、近くのUVにおけるTNBの吸収よりも10倍を超えて小さかった。
【0081】
(実施例2)
[ポリペプチドの多層の構築]
30層のP1/N1、P1/LN1、P1/PLGA、PLL/N1、およびPLL/PLGAコーティングを、LBLによって石英スライド上に構築した。図3は、数々の吸収ステップでのフィルム厚さにおける蓄積を示している。P1/N1は、最大量の材料の沈着を示した。P1/N1とPLL/PLGAの間の光学的質量における違いは、多層フィルムの蓄積における線形電荷密度の重要性、アミノ酸配列、および重合度を示唆しており、以前の研究と一致している。強力なクーロン力が、反対に荷電した種を両方とも引きつけ、同様に荷電した種をはね返し、フィルムの厚さの増大を制限している。P1/LN1の構築は、PLL/N1およびP1/PLGAの構築に類似する。各々の「担持」されたTNB分子は、ペプチドの疎水性を増大し、これらの実験において単一の負の荷電を加えた。静電気的な相互作用および疎水性の相互作用の両方が、ペプチド構築の挙動およびフィルムの安定性に影響を及ぼす。P1/LN1とP1/N1の間の構築の挙動における違いが、N1上にTNBを担持する間接的な証明であり、図3におけるデータと一致する。
【0082】
ポリペプチドの設計は、本明細書に記載する薬物の担持および放出のプロセスにおいて重要な役割を果たしている。TNB分子は、P1上に、およびニワトリ卵白リゾチーム(HEWL)上に担持することができ、このTNBは、DTT添加時に溶液中の標識された分子から放出され得る(データは示さず)。しかし、標識されたP1も標識されたHEWLも、LBLによる多層フィルムの構築に有用ではなかったことが証明された(データは示さず)。pH7.4ではP1およびHEWLは正に荷電しており、TNB基は負に荷電している。単一の分子における荷電の異なる符号の組合せは、線形電荷密度の平均および静電気的なLBLに対する適合性を低減する。HEWLにおける電荷の分配は複雑であり、多数の疎水性基のいくつかは、インタクトな天然の酵素において「疎水性のコア」の形態を呈する。LN1は、それとは対照的に、静電気的なLBLによって多層フィルムを製作するのに有用である。
【0083】
(実施例3)
[制御されたTNBの放出]
溶液中のその挙動と同様に(図3)、TNBは、水性の還元環境中に浸漬すると、多層コーティングにおいてLN1から放出された(図5)。412nmの吸収ピーク(図6)は、0.1mMDTT溶液におけるコーティングのインキュベーション時間の関数としてのTNB濃度の変化を示している。図7は、(P1/N1)2「キャッピング」層あり、およびなしのコーティングからのTNB放出の動態学を比較するものである。0.1mMDTTに対する1次の時定数は8分であった。DTT濃度が高いほど、所与の時間におけるコーティングにおける、DTTのTNBとの衝突の可能性が高くなり、コーティングからのTNBの放出が速くなる。TNBは、温和な酸化的条件下(0mMDTT)では、検出可能レベルまで放出されなかった。1時間後の0.1mMDTT溶液におけるTNBの濃度は、2.2μMであった。LN1を含んでいるコーティングにキャッピング2重層を添加すると、TNBの放出速度が低減した。キャッピングしたフィルムの時定数は19分であり、非キャップのフィルムに対して約2倍大きかった。キャッピング層はTNBを含んでおらず、内向きのDTTの拡散および外向きのTNBの拡散の阻害を阻止することができ、遊離チオール基はTNBおよびDTTに結合することができた(図8)。
【0084】
TNBは、設計された、負に荷電した32merのCys含有ポリペプチド上に「担持」されており、標識されたポリペプチドはLBLによる多層のナノコーティングを構築するのに用いられており、酸化還元電位における変化はコーティングからのTNBの放出を刺激するのに用いられていた。手法は、コーティングを製作した後、コーティング中に小分子を担持するのと実質的に異なっている。ここに概略した手法は、拡散が制御する担持よりも、小分子を捕捉する、より効率的な手段であると思われ、特定の条件下で環境的に刺激された放出を可能にする。
【0085】
「一つの(a)」、および「一つの(an)」、および「その(the)」の語、ならびに類似の指示物の使用は(特に、以下の特許請求の範囲における文脈において)、本明細書において別段の指摘がなく、または文脈によって明らかに否定されなければ、単数および複数の両方を網羅すると解釈されたい。本明細書で用いられる、第1、第2などの語は、いかなる特定の順序付けを指すことを意味するものではないが、単に便宜上、例えば層が複数であることを指すことを意味するものである。「含む(comprising)」、「有する」、「含む(including)」、および「含む(containing)」の語は、別段の言及がなければ制限のない語(すなわち、「含むがそれに限定されない」を意味する)と解釈されたい。値の範囲の列挙は、本明細書において別段の指摘がなければ、範囲内にある各々の別な値を個々に意味する即時的な方法として作用することを単に企図するものであり、各々の別な値は、それが個々に本明細書に列挙されるごとく本明細書中に組み込まれる。全ての範囲のエンドポイントは範囲内に含まれ、個々に組合せ可能である。本明細書に記載する方法は全て、本明細書において別段の指摘がなければ、またはそうでなければ文脈によって明らかに否定されなければ、適切な順序で行うことができる。いかなる全ての例、または例示の言語(例えば、「など」)の使用は、本発明をより良好に説明することが単に企図され、別の方法で要求されなければ、本発明の範囲に対する限定を提示するものではない。本明細書における言語は、本明細書で用いられる本発明の実践に本質的であるとして、あらゆる非請求の要素を示すものと解釈してはならない。
【0086】
本発明を、例示の実施形態に関して記載してきたが、当業者であれば様々な変更を行うことができ、本発明の範囲から逸脱せずにその要素に対する同等物を置き換えることができることが理解されよう。さらに、本発明の本質的な範囲から逸脱せずに、本発明の教示に特定の状況または材料を適用させるために、多くの改変を行うことができる。したがって、本発明は、本発明を行うために企図される最善の様式として開示される特定の実施形態に限定されないが、本発明は、添付の特許請求の範囲の範囲内にある全ての実施形態を含むことが企図される。本明細書において別段の指摘がなければ、またはそうでなければ文脈によって明らかに否定されなければ、全ての可能な変形における上記に記載した要素のあらゆる組合せが本発明に包含される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2つ以上の高分子電解質層を含み、隣接する層が反対に荷電している高分子電解質を含む多層フィルムであって、
第1層の高分子電解質は1つまたは複数の第1のアミノ酸配列モチーフを含む第1層のポリペプチドを含み、
1つまたは複数の第1のアミノ酸配列モチーフは5から15アミノ酸からなり、0.4の1残基あたりの実効電荷を有し、
第1層のポリペプチドは少なくとも15アミノ酸長であり、pH7で第1層のポリペプチドの全長の約2分の1以上の電荷のバランスを有し、
第1層のポリペプチドは第1層のポリペプチドに可逆的に連結している治療物質を含み、
第2層は、1000を超える分子量および1分子あたり少なくとも5の電荷を有するポリカチオン材料またはポリアニオン材料を含む第2層の高分子電解質を含み、第2層はポリペプチドを含まない、多層フィルム。
【請求項2】
治療物質が、ポリペプチドのN末端、C末端、または側鎖に可逆的に連結している、請求項1に記載の多層フィルム。
【請求項3】
ポリペプチドおよび治療物質の両方がスルフヒドリル基を含み、可逆的連結がジスルフィド結合である、請求項1に記載の多層フィルム。
【請求項4】
治療物質のアルコール基、アミン基またはカルボン酸基が、ポリペプチドのN末端、C末端、または側鎖に共有結合により結合している、請求項1に記載の多層フィルム。
【請求項5】
治療物質とペプチドの結合が、活性物質とペプチドの間にリンカーを組み込むことによってなされ、リンカーがペンダント官能基を含む、請求項1に記載の多層フィルム。
【請求項6】
ペンダント官能基が、カルボキシレート基、アルコール基、チオール基、オキシム基、ヒドラゾン基、ヒドラジド基、またはアミン基を含む、請求項6に記載の多層フィルム。
【請求項7】
マイクロカプセルの形である、請求項1に記載の多層フィルム。
【請求項8】
基質上に形成される、請求項1に記載の多層フィルム。
【請求項9】
基質が医療器具を含む、請求項8に記載の多層フィルム。
【請求項10】
請求項1に記載のポリペプチドの多層フィルムを提供するステップと、
前記フィルムを、可逆的連結からの治療物質の放出を刺激するのに適する刺激と接触させるステップと
を含む、ポリペプチドの多層フィルムから治療物質を制御可能に放出する方法。
【請求項11】
可逆的連結がジスルフィド結合であり、刺激が還元剤である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
可逆的連結が、アミド、チオエステル、エステル、エーテル、チオエーテル、カーボネート、無水物、オルトエステル、ヒドロキサム酸、ヒドラゾン、スルホンアミド、スルホン酸エステル、またはカルバメートであり、刺激が、血流および/または消化管のpH環境である、請求項10に記載の方法。
【請求項13】
刺激が、ポリペプチド-治療物質連結に対する酵素作用である、請求項10に記載の方法。
【請求項14】
マイクロカプセルの形である、請求項10に記載の多層フィルム。
【請求項15】
基質上に形成される、請求項10に記載の多層フィルム。
【請求項16】
基質が医療器具を含む、請求項15に記載の多層フィルム。
【請求項17】
第2層の高分子電解質を基質に配置するステップであって、第2層の高分子電解質は、1000を超える分子量および1分子あたり少なくとも5の荷電を有するポリカチオン材料またはポリアニオン材料を含み、第2層はポリペプチドを含まない、ステップと、
第1層のポリペプチドを第2層の高分子電解質上に配置するステップであって、第1層のポリペプチドは1つまたは複数の第1のアミノ酸配列モチーフを含み、
1つまたは複数の第1のアミノ酸配列モチーフは5から15アミノ酸からなり、0.4の1残基あたりの実効電荷を有し、
第1層のポリペプチドは少なくとも15アミノ酸長であり、pH7で第1層のポリペプチドの全長の約2分の1以上の電荷のバランスを有し、
第1層のポリペプチドは第1層のポリペプチドに可逆的に連結している治療物質を含む、ステップと
を含む、ポリペプチドの多層フィルムを構築する方法。
【請求項18】
治療物質が、ポリペプチドのN末端、C末端、または側鎖に可逆的に連結している、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
ポリペプチドおよび治療物質の両方がスルフヒドリル基を含み、可逆的連結がジスルフィド結合である、請求項17に記載の方法。
【請求項20】
基質が医療器具を含む、請求項17に記載の方法。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図1】
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【図8】
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【公表番号】特表2010−516336(P2010−516336A)
【公表日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−546448(P2009−546448)
【出願日】平成20年1月22日(2008.1.22)
【国際出願番号】PCT/US2008/000805
【国際公開番号】WO2008/091591
【国際公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【出願人】(508206771)アーティフィシャル セル テクノロジーズ インコーポレイテッド (2)
【Fターム(参考)】