説明

ポリマー基材の表面改質方法及びその方法を用いて表面改質されたポリマー基材

【課題】 ポリマー基材の表面の一部を選択的に(部分的に)表面改質する方法であって、より高精度に且つ微細に表面改質する方法を提供する。
【解決手段】 超臨界流体を用いたポリマー基材の表面改質方法であって、ポリマー基材上に接して所定パターンの開口部を有するマスク層を形成することと、物質を溶解した超臨界流体をポリマー基材のマスク層側の表面に接触させて、物質を上記マスク層の開口部を介して上記ポリマー基材に浸透させることにより、ポリマー基材の所定領域を表面改質する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリマー基材の表面改質方法及びその方法を用いて表面改質されたポリマー基材に関し、さらに詳細には、超臨界流体を用いたポリマー基材の表面改質方法及びその方法を用いて表面改質されたポリマー基材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、気体のような浸透性を有すると同時に液体のような溶媒としての機能を備える超臨界流体をポリマー基材の成形加工に用いたプロセスが種々提案されている。例えば、超臨界流体は熱可塑性樹脂に浸透することによって可塑剤として作用し、ポリマーの粘性を低下させることができるので、この超臨界流体の作用を活用して、射出成形時におけるポリマーの流動性や転写性を向上させる方法が提案されている(例えば、特許文献1を参照)。
【0003】
また、超臨界流体の溶媒としての機能を活かして、ポリマー基材の表面の濡れ性を向上させる等の高機能化のための方法も種々提案されている(例えば、特許文献2及び3を参照)。特許文献2には、ポリアルキルグリコールを超臨界流体に溶解させて繊維に接触させることによって、繊維表面を親水化することが開示されている。特許文献3には、超臨界状態、即ち、高圧下で、機能性材料である溶質が予め溶解した超臨界流体とポリマー基材とを接触させて染色を行うポリマー基材表面の高機能化のためのバッチプロセスが開示されている。
【0004】
また、従来、所望の形状の孔が形成されたマスクを基体上に設け、マスクの上から基体上に付着させる物質(金属錯体)を溶解させた超臨界流体を噴射し、基体表面に付着物質の100μm以下のパターンを形成する方法も提案されている(例えば、特許文献4を参照)。
【0005】
【特許文献1】特開平10−128783号公報
【特許文献2】特開2001−226874号公報
【特許文献3】特開2002−129464号公報
【特許文献4】特開2002−313750号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記特許文献1〜3には、超臨界流体を溶媒として用いたポリマー基材の表面改質方法であり、ポリマー基材の表面全体を改質する技術が開示されている。しかしながら、上記特許文献1〜3に開示された技術でポリマー基材表面の一部を選択的に且つ微細に改質することは困難である。
【0007】
一方、引用文献4では超臨界流体を用いて、基体表面の選択された領域に部分的に物質を付着させる方法が開示されているが、この方法では、マスクを基体とは別個に作製するプロセスが必要であり、コストが高くなるという問題がある。また、引用文献4に開示されている方法では、基体上にマスクを配置するだけであるので、該マスクと基体との間に隙間が生じ、その隙間に超臨界流体が入り込み、マスクに設けられた孔の形状どおりに、該物質を基体に付着させて所望のパターンを形成することが困難となる恐れがある。
【0008】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、本発明の目的は、ポリマー基材の表面の一部を選択的に(部分的に)表面改質する方法であって、より高精度に且つ微細に表面改質する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第1の態様に従えば、超臨界流体を用いたポリマー基材の表面改質方法であって、上記ポリマー基材上に接して所定パターンの開口部を有するマスク層を形成することと、物質を含有した超臨界流体を上記ポリマー基材の上記マスク層側の表面に接触させて、上記物質を上記マスク層の開口部を介して上記ポリマー基材に浸透させることとを含む表面改質方法が提供される。
【0010】
本件出願人は先に、予め有機物質をポリマー基材の表面に塗布しておき、そのポリマー基材表面に超臨界流体を接触させてポリマー基材表面を改質する技術を提案した(特願2004−129235号)。この出願では、ポリマー基材表面の一部分を選択的に改質する方法として、次のような方法を提案した。まず、ポリマー基材の表面の全面ないし広域に、ポリマー基材に浸透させようとする有機物質を塗布し、次いで、所定の凹凸パターンを有する金型表面をポリマー基材の表面に密着させる。次いで、金型(凹部)とポリマー基材表面との間に画成される空間に超臨界流体を流入し、超臨界流体を流入したポリマー基材表面の領域のみに、塗布された有機物質を選択的に浸透させる。そこで、本発明の別の目的は、上記特願2004−129235号で提案したポリマー基材表面の一部分を選択的に改質する方法のように微細な凹凸パターンが形成された金型を用いることなく、より簡易な方法でポリマー基材表面の一部を選択的(部分的)に改質する方法を提供することである。
【0011】
本発明の第1の態様に従う表面改質方法の一例を、図3を用いて簡単に説明する。まず、用意したポリマー基材1上に、マスク層3を形成する。この際、図3(a)に示すように、ポリマー基材1上の表面改質すべき領域4以外の領域にマスク層3を形成する。すなわち、ポリマー基材1上の表面改質すべき領域4が開口部となるマスク層3を形成する。次いで、図3(b)に示すように、物質2を含有した超臨界流体(SCF:Supercritical Fluid)5をポリマー基材1のマスク層3側から接触させる。この際、マスク層3の開口部では、ポリマー基材1の表面が露出しているので、超臨界流体に含まれた物質は、超臨界流体とともにマスク層3の開口部に露出したポリマー基材1の表面からその内部に浸透する。その結果、図3(c)に示すように、マスク層3の開口部に露出したポリマー基材1の表面領域4のみに物質2が浸透した状態となる。次いで、マスク層3を除去すると、図3(d)に示すように、ポリマー基材1上の所定の領域4のみに物質2が浸透して表面改質されたポリマー基材10が得られる。
【0012】
なお、図3の例では、物質2が全てポリマー基材1に浸透した例を示しているが、物質2が全て浸透せずに一部残存していても良い。物質2の浸透量は、物質2を含有した(溶解した)超臨界流体5の温度、圧力、接触時間、物質の含有量(溶解量)等の条件を変化させることにより任意に制御することができ、用途等に応じてこれらの条件を適宜調整して物質2の浸透量を調整することが好ましい。
【0013】
本発明の第2の態様に従えば、超臨界流体を用いたポリマー基材の表面改質方法であって、上記ポリマー基材上に接して所定パターンの開口部を有するマスク層を形成することと、上記マスク層の少なくとも開口部に物質の層を形成することと、上記物質の層に超臨界流体を接触させて、上記物質を上記マスク層の開口部を介して上記ポリマー基材に浸透させることとを含む表面改質方法が提供される。
【0014】
本発明の第2の態様に従う表面改質方法の一例を、図9を用いて簡単に説明する。まず、用意したポリマー基材41上に、マスク層44を形成する。この際、図9(a)に示すように、ポリマー基材41上の表面改質すべき領域42以外の領域にマスク層44を形成する。すなわち、ポリマー基材41上の表面改質すべき領域42が開口部となるマスク層44を形成する。次いで、マスク層44上に物質の層45を形成する。この際、図9(b)に示すように、マスク層44の開口部に露出したポリマー基材41の領域42上だけでなく、マスク層44の開口部以外の領域上にも物質の層45を形成した。なお、本発明はこれに限定されず、少なくともマスク層44の開口部に物質の層45が形成されれば良く、マスク層44の開口部以外の領域上には物質の層45を形成しなくても良い。
【0015】
次いで、超臨界流体46をポリマー基材41の物質層45側から接触させる(図9(b)の状態)。この際、マスク層44の開口部に露出したポリマー基材41の領域42(ポリマー基材41上の表面改質すべき領域42)上に形成された物質層45の一部が、超臨界流体46とともにポリマー基材41の表面の領域42からその内部に浸透する。その結果、図9(c)に示すように、ポリマー基材41表面の領域42のみに物質43が浸透した状態となる。次いで、ポリマー基材41に浸透していない有機物質を除去する(図9(d)の状態)。最後に、マスク層44を除去すると、図9(e)に示すように、ポリマー基材41上の所定領域42のみに選択的に物質43が浸透し、表面改質されたポリマー基材40が得られる。
【0016】
本発明の表面改質方法では、ポリマー基材として各種の樹脂を用いることができる。例えば、ポリメチルメタクリレート、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、ポリエステル、ポリアセタール、ポリメチルペンテン、非晶質ポリオレフィン、ポリテトラフルオロエチレン、液晶ポリマー、スチレン系樹脂、ポリメチルペンテン、ポリアセタール、ポリ乳酸等やこれらを複合種混合したもの、これらを主成分とするポリマーアロイやこれらに各種の充填剤を配合したもの等の各種熱可塑性樹脂を用いても良い。
【0017】
本発明の表面改質方法では、超臨界流体として種々の物質を用いることが可能であるが、特に、超臨界状態の二酸化炭素(以下、超臨界ニ酸化炭素ともいう)または超臨界状態の窒素を用いることが好ましい。特に、超臨界二酸化炭素は熱可塑性樹脂材料に対する可塑剤として、射出成形や押し出し成形において実績があり最適である。また、超臨界流体として、超臨界状態にある空気、水、ブタン、ペンタン、メタノール等を用いても良い。物質をある程度溶解する流体であれば任意のものを用い得る。また、物質の超臨界流体に対する溶解度を向上させるために、超臨界流体にエントレーナ、即ち、助剤としてアセトンやメタノール、エタノール、プロパノール等のアルコールを混合させても良い。
【0018】
また、本発明のポリマーの表面改質方法では、ポリマー基材の表面に超臨界流体を接触させた状態(例えば、図3(b)の状態)で、超臨界流体の圧力を制御して、ポリマー基材表面を適度な圧力の超臨界流体でプレスすることが好ましい。このプレスにより物質をポリマー基材内部により深く浸透させることが可能となる。また、上述のように、超臨界流体はポリマー基材に対して可塑剤として作用し、ポリマー基材の表面を軟化させる。それゆえ、超臨界流体をポリマー基材の表面に接触させる際あるいはその後に、金型などでポリマー基材表面をプレスすると、ポリマー基材の変形を抑制しつつ効率良く物質をポリマー基材内部に浸透させることができるので、より精密なパターンをポリマー表面に形成することが可能である。
【0019】
なお、本発明の表面改質方法において、ポリマー基材に接触させる超臨界流体の温度及び圧力等の条件は任意であるが、例えば、超臨界状態になる閾値が温度約31℃、圧力約7MPa以上である超臨界二酸化炭素を用いた場合、超臨界二酸化炭素の温度は35〜150℃の範囲、圧力は10〜25MPaの範囲が望ましい。温度や圧力が上記範囲外であると、有機物質の超臨界流体に対する溶解性やポリマー基材への浸透性が不十分となる。
【0020】
上述のように、本発明の表面改質方法では、物質をポリマー基材上に所定のパターンで選択的に浸透させる際に、超臨界流体とともに物質を浸透させる。それゆえ、物質としては、超臨界流体に対して溶解しやすい物質を用いることが好ましい。なお、本発明で、「物質」と称しているポリマー基材の表面に浸透させる物質としては、種々の有機材料(有機物質)はもちろん、有機化合物で修飾された無機材料を用いることもでき、超臨界流体にある程度溶解するものであれば、任意のものを用いることができる。物質は目的・用途に応じて種々の材料を用いることができる。例えば、有機物質のベースとなる無機材料としては、例えば、金属アルコキシド等が挙げられる。本発明の表面改質方法で用い得る物質の具体例及びその効果を以下に説明する。
【0021】
ポリマー基材の表面を親水化することを目的とする場合には、物質として、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリアルキルグリコール等の有機物質を用いることができる。特に、ポリエチレングリコールは、例えば、超臨界二酸化炭素に溶解するので比較的ポリマー基材に浸透し易く、また親水基(OH)を有するために表面が親水化されたポリマー基材を得ることができるため好ましい。また、生体適合性に優れたポリエチレングリコールを用いて親水化されたポリマー基材は、バイオチップやμ−TAS(micro total analysis system)等に用いられる基材として好適である。例えば、疎水性材料であるポリマー基材表面を親水化することにより、核酸やタンパク質の固着を制御する効果や、ポリマー基材表面における親水化−疎水化の微小領域における区分けにより核酸の疎水化率による分離を行うことが可能となる。
【0022】
物質として有機金属錯体を用いた場合には、ポリマー基材に無電解メッキの触媒核を形成することができる。この場合には、物質が付加された領域に無電解メッキによりメッキ層を形成することができる。
【0023】
物質として、例えば、アゾ系等の染料、蛍光染料やフタロシアニン等の有機色素材料を用いても良い。このような材料を物質として用いた場合には、ポリマー基材の表面を染色することができる。
【0024】
物質として、ベンゾフェノン、クマリン等の疎水性紫外線安定剤を用いても良い。このような材料を物質として用いた場合には、ポリマー基材の風化後の引っ張り強度を向上させることができる。
【0025】
物質として、フッソ化有機銅錯体等のフッソ化合物を用いても良い。このような材料を物質として用いた場合には、ポリマー基材の摩擦性を向上させたり、撥水機能を持たせることができる。
【0026】
物質として、シリコンオイルを用いても良い。この場合には、ポリマー基材上に撥水機能が発現する。
【0027】
さらに、物質として、超臨界流体に溶解しない材料を用いることも可能である。超臨界流体に溶解しない物質を用いた場合には、超臨界流体をポリマー基材の表面に接触させた際に、ポリマー基材表面に付加(塗布)された物質が、超臨界流体の圧力によってポリマー基材内に浸透する。この場合、物質に用いる材料としては任意のものを用い得るが、ポリマー基材内に容易に浸透可能な物質の分子の大きさを考慮して、特に分子量5000以下の材料を用いることが望ましい。ただし、物質として金属微粒子、カーボンナノチューブ、フラーレン、ナノホーン等のナノカーボン、酸化チタン等、無機材料を用いる場合、化学修飾、物理修飾して超臨界流体に可溶化処理することが望ましい。
【0028】
本発明の第1及び第2の態様に従う表面改質方法では、上記マスク層が高分子材料で形成されていることが好ましい。本発明の表面改質方法では、マスク層は超臨界流体を遮蔽することが可能であり、且つポリマー基材の表面に付着/密着する材料であれば、任意の材料が用い得る。このような性質を有する材料でマスク層を形成することにより、マスク層が付着/密着したポリマー基材の領域に超臨界流体が浸入することを防ぐことができる。マスク層の形成材料としては、例えば、感光性樹脂、熱可塑性樹脂、揮発性の溶剤に溶解した樹脂等が好適である。
【0029】
本発明の第1及び第2の態様に従う表面改質方法では、上記マスク層を印刷法で形成することが好ましい。本発明の表面改質方法では、マスク層の形成方法として、ポリマー基材の表面改質すべき領域を開口部とするマスク層を形成することが可能な方法であれば任意の方法が用い得るが、特に、感光性樹脂(例えば、フォトレジスト)などの液状のマスク部材をスクリーン印刷法やインクジェット法などの印刷方法によりポリマー基材の表面改質すべき領域以外の領域に付着させ、硬化させることによりマスク層を形成することが好ましい。また、これ以外のマスク層の形成方法としては、感光性樹脂をポリマー基材全面に塗布した後、メタルマスクやフォトリソグラフィー法などを用いて、ポリマー基材上の表面改質すべき領域の該感光性樹脂を除去して、マスク層を形成することも可能である。
【0030】
本発明の第1及び第2の態様に従う表面改質方法では、さらに、上記マスク層の開口部に対応する上記ポリマー基材表面に、凹部が形成されているポリマー基材を用意することを含むことが好ましい。
【0031】
マスク層の開口部に対応するポリマー基材の領域(表面改質すべき領域)に凹部が形成されているポリマー基材を用いた場合の表面改質方法の一例を、図6を用いて簡単に説明する。まず、図6(a)に示すように、ポリマー基材51の表面改質すべき領域が凹部52で形成されているポリマー基材51を用意する。次いで、用意したポリマー基材51上に、マスク層54を形成する。この際、図6(b)に示すように、ポリマー基材51の凹部52以外の領域にマスク層54を形成する。すなわち、マスク層54の開口部にポリマー基材51の凹部52が露出するようにマスク層54を形成する。次いで、図6(c)に示すように、物質53が含有された超臨界流体55をポリマー基材51のマスク層54側から接触させる。この際、マスク層54の開口部に露出したポリマー基材51の凹部52では、超臨界流体55に含有された物質53が、超臨界流体とともにポリマー基材51の表面からその内部に浸透する。その結果、図6(d)に示すように、ポリマー基材51表面の凹部52にのみ物質53が浸透した状態となる。次いで、マスク層54を除去すると、図6(e)に示すように、ポリマー基材51上に形成された凹部にのみ物質53が浸透して表面改質されたポリマー基材50が得られる。
【0032】
上述のように、ポリマー基材上の表面改質すべき領域を凹部で形成した場合、該凹部はポリマー基材上に物質のパターンを形成する際のガイドとすることができる。また、ポリマー基材上の表面改質すべき領域を凸部で形成しても良い。さらに、ポリマー基材上に形成する物質のパターンを、凹部及び/または凸部だけでなく、図3に示すようなポリマー基材の平坦部に形成された物質のパターンと併用して構成しても良い。この場合には、種々のパターンの働きをより効果的に発揮させることができる。
【0033】
また、スクリーン印刷法やインクジェット法による印刷方法で物質を平坦なポリマー基材表面に付加する場合、現状では、技術的に100μm以下の微細パターンを形成することは困難である。また、物質を平坦なポリマー基材表面に付加した場合、ポリマー基材表面に超臨界流体を接触させると、物質のパターンの滲み等により、微細パターンを形成することが困難になる恐れもある。しかしながら、図6に示す表面改質方法において、例えば、100μm以下、より望ましくは50μm以下、さらに望ましくは10μm以下といった幅あるいは深さの凹凸パターンをポリマー基材表面に形成して、その凹凸パターン部以外のポリマー基材の領域に、例えばインクジェット法などによりマスク材料を付加すると、マスク層の開口部の精度はポリマー基材に形成された凹凸パターンの形状の精度で制御することが可能となる。それゆえ、図6に示すような表面改質方法では、ポリマー基材上に非常に微細で高精度のパターンで物質を浸透させ表面改質することができる。
【0034】
また、図6に示すような本発明の表面改質方法は、例えば、バイオチップやμTASなどの液体を制御するデバイスに応用する場合、具体的には、親水性を有する流路などの微細パターンをポリマー基材上に形成する場合に有効である。例えば、ポリマー基材上に凹状の溝部を形成して、その溝部に有機物質を付加して親水化すると、該凹状の溝部に作用する毛細管現象により該溝部に沿って、検体や試薬などの液体はより流れやすくなる効果がある。
【0035】
さらに、図6に示すような本発明の表面改質方法は、電気回路などの配線パターンをポリマー基材上に形成する場合にも有効である。ポリマー基材上に配線パターンを形成する場合には、まず、物質として金属錯体を用い、その物質をポリマー基材の配線パターン部に付加してメッキ核のパターンを形成する。その後、無電界メッキ法などにより、該メッキ核のパターンに沿って金属を析出させて配線パターンを形成する。上述のようにポリマー基材上に配線パターンを形成する場合、予め形成すべき配線パターンに対応した凹凸パターンがポリマー基材上に形成されており、その凹部ないし凸部に該金属錯体のパターンが形成されると、無電界メッキを行う際に該凹凸部がガイドとなって金属の析出が制御され、配線幅が広がることなく配線パターンを形成することが可能である。
【0036】
本発明の第3の態様に従えば、第1または第2の態様に従う表面改質方法を用いて表面改質されたポリマー基材が提供される。
【発明の効果】
【0037】
本発明のポリマー基材の表面改質方法によれば、ポリマー基材上の表面改質すべき領域が開口部となるマスク層をポリマー基材上に密着させて形成しているので、ポリマー基材のマスク層側から物質を溶解した超臨界二酸化炭素を接触させても、物質を溶解した超臨界二酸化炭素がマスク層とポリマー基材との間に入り込むことはないので、より高精度に所定のパターンでポリマー基材の表面を改質することができる。
【0038】
また、本発明のポリマー基材の表面改質方法によれば、予め印刷法により、ポリマー基材上の表面改質すべき所定の領域が開口部となるマスク層をポリマー基材上に形成し、その開口部を介して物質を超臨界流体によりポリマー基材に浸透させて、ポリマー基材上の所定領域を選択的に表面改質することができる。それゆえ、本発明の表面改質方法では、微細な凹凸パターンを形成した金型を用いることなくポリマー基材表面の所定の領域を部分的に表面改質することができるので、ポリマー基材表面の表面改質すべき領域のパターンに応じて個々に金型を作製する必要もなく、低コストであり、またプロセスを簡略化することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
以下に、本発明のポリマー基材の表面改質方法の実施例について図面を参照しながら具体的に説明するが、本発明はこれに限定されない。
【実施例1】
【0040】
実施例1では、図1に示すように、ポリマー基板1(ポリマー基材)の表面に色素2(物質)を文字パターン(「A」及び「B」)で浸透させて表面改質する方法について説明する。
【0041】
[高圧装置]
まず、実施例1の表面改質方法で色素2をポリマー基板1内に浸透させるために用いる高圧装置について、図2を用いて説明する。図2は、この例の表面改質方法に用いる高圧装置100の概略構成図である。高圧装置100は、図2に示すように、主に、高圧容器11と、COボンベ12と、超臨界流体調整装置13と、それらの構成要素を繋ぐ配管16a及び16bとで構成されている。
【0042】
高圧容器11は、図2に示すように、表面に凹部31が形成された容器本体33と、蓋34とを含み、容器本体33の凹部31の外壁上面にはO−リング32が設けられている。そして、図2に示す高圧容器11では、蓋34を容器本体33の凹部側の上面に載置してボルト締めすることにより、容器本体33の凹部31が密閉される。また、高圧容器11には、図2に示すように、容器本体33の凹部31と流通した流路36及び導入口35が形成されている。また、流路36は、図2に示すように、導入口35を介して外部の超臨界流体を流す配管16bと流通しており、高圧容器11の外部で生成された超臨界流体は、配管16bから導入口35及び流路36を通って密閉された容器本体33の凹部31に効率良く導入される。この際、容器本体33の凹部31はO−リング32を介して蓋34により密閉されているので、導入口35及び流路36を介して凹部31に導入された超臨界流体が高圧容器11の外部に漏れ出すことはない。
【0043】
超臨界流体調整装置13は、図2に示すように、主に、ブースターポンプ21と、バッファータンク17と、物質溶解用タンク18とから構成されている。COボンベ12と超臨界流体調整装置13とは配管16aによって接続されており、COボンベ12から配管16aを介して超臨界流体調整装置13に導入されたCOガスは、ブースターポンプ21により、バッファータンク17内に導入される。そして、導入されたCOガスは、バッファータンク17内で所定の圧力に昇圧され、バッファータンク17に設けられたヒーター17aにより所定の温度に調整された超臨界状態のCOガス(超臨界二酸化炭素)となる。そして、バッファータンク17で発生した超臨界二酸化炭素は、物質溶解用タンク18内に導入され、物質(この例では色素)が超臨界二酸化炭素に溶解される。そして、物質(この例では色素)が溶解された超臨界二酸化炭素は温調装置14で所定の温度に温調された配管16bを通過して、高圧容器11の導入口35から流路36を介して密閉された凹部31内に導入される。
【0044】
[ポリマー基板の表面改質方法]
次に、この例におけるポリマー基板1上の所定パターン部(アルファベットパターン部)に色素2を浸透させて表面改質する方法について図3を参照しながら説明する。
【0045】
まず、表面が平坦なポリマ−基板1を用意した。ポリマー基板1にはガラス転移温度Tgが約130℃のポリカーボネート樹脂を用いた。
【0046】
次いで、図3(a)に示すように、ポリマー基板1上の表面改質すべき領域4(アルファベット「A」及び「B」に対応する領域)以外の領域にマスク層3を形成した。すなわち、マスク層3の開口部にポリマー基板1上の表面改質すべき領域4が露出するようにマスク層3を形成した。この例では、マスク層3として感光性樹脂(化薬マイクロケム(株)製、SU−8)を用い、感光性樹脂の塗布厚さは100nmとした。具体的には、次のようにして、マスク層3を形成した。まず、ポリマー基板1の表面にスクリーン印刷法により、感光性樹脂をポリマー基板1上の表面改質すべき領域4以外の領域に付着した。次いで、感光性樹脂が付着されたポリマー基板1を70℃で1時間乾燥させ、さらに室温で1時間冷却した。次いで、感光性樹脂に紫外線を照射して硬化させてマスク層3を形成した。
【0047】
次に、マスク層3が形成されたポリマー基板1を図2の高圧装置100の高圧容器11内に装着した。次いで、図3(b)に示すように、色素2を溶解した超臨界二酸化炭素5をポリマー基板1のマスク層3側表面に接触させた。なお、この例では、超臨界二酸化炭素に溶解した色素として下記化学式で表される染料Blue35のアルコール(10wt%)溶液を用いた。
【0048】
【化1】

【0049】
ここで、図3(b)に示すように、色素2を溶解した超臨界二酸化炭素5をポリマー基板1のマスク層3側表面に接触させる手順を図2及び3を用いてより具体的に説明する。
【0050】
まず、マスク層3が形成されたポリマー基板1を高圧容器11の凹部31の底部に設置した。その後、蓋34を容器本体33上に載置してボルト締めすることにより高圧容器11内の凹部31を密閉した。次に、高圧容器11内の凹部31内に超臨界流体を次のようにして導入した。まず、COボンベ12からCOガスが超臨界流体調整装置13のブースターポンプ21を経由してバッファータンク17内に導入される。導入されたCOガスは、バッファータンク17内で昇圧・加熱されて超臨界状態のCO(超臨界二酸化炭素)が発生する。この例では、温度40℃、圧力15MPaの超臨界二酸化炭素を発生させた。次いで、バッファータンク17で発生した超臨界二酸化炭素は物質溶解用タンク18内に導入される。物質溶解用タンク18内には超臨界二酸化炭素に溶解する色素2が保持されており、超臨界二酸化炭素が物質溶解用タンク18を通過する際に色素2が超臨界二酸化炭素に溶解される。次いで、バルブ15bを開放して、超臨界流体調整装置13内で所定の圧力に調整された色素2を溶解した超臨界二酸化炭素を高圧容器11の導入口35及び流路36を介して、高圧容器11内の密閉された凹部31に導入して滞留させた(図3(b)の状態)。
【0051】
なお、超臨界流体調整装置13と高圧容器11とを繋ぐ配管16bは、温調装置14(例えば、温水循環型の温調装置)によって所定の温度に温調されているので、配管の調整温度に応じてこの配管16bを通過する超臨界二酸化炭素の温度も調整することができる。それゆえ、温調装置14により、超臨界二酸化炭素が導入された高圧容器11の凹部31内の温度調節も可能となる。なお、超臨界流体は温度調節されることにより、高圧容器11内での温度や圧力が変化するが、本実施例における上記超臨界流体の温度や圧力条件は、高圧容器11導入前の状態を示したものである。
【0052】
高圧容器11の凹部31内部に導入された色素2を溶解した超臨界二酸化炭素5がポリマー基板1のマスク層3側の表面に接触すると、マスク層3の開口部に露出したポリマー基板1の表面領域4にのみ、色素2が超臨界二酸化炭素とともに浸透する。
【0053】
次いで、超臨界流体調整装置13内の開放弁24を開放して、高圧容器11内の凹部31を大気開放した後、高圧容器11からポリマー基板1を取り出した(図3(c)の状態)。次いで、ポリマー基板1上のマスク層3を専用の剥離液で除去した(図3(d)の状態)。
【0054】
上述のプロセスにより、色素2が、図1に示すような文字パターン「A」及び「B」で、ポリマー基板内部に浸透した状態のポリマー基板1を得た。すなわち、色素2で部分的に表面改質されたポリマー基板1を得ることができた。色素2は、ポリマー基板1内部に高濃度で浸透しているので、色素2が剥離し難い状態となっている。
【0055】
上述のように、この例のポリマー基材の表面改質方法では、予めスクリーン印刷法等の印刷方法で、基材上の表面改質すべき領域が開口部となるマスク層を基材上に形成し、その開口部を介して有機物質を超臨界流体により浸透させて、基材上の所定領域を選択的に表面改質を行う。それゆえ、この例の表面改質方法では、微細な凹凸パターンを形成した金型を用いることなく基材表面に所定領域を選択的に表面改質することができるので、表面改質すべき領域のパターンに応じて個々に金型を作製する必要もなく、低コストであり、またプロセスを簡略化することができる。
【0056】
また、この例のポリマー基材の表面改質方法では、マスク層をポリマー基材上に密着させているので、基材のマスク層側から有機物質を溶解した超臨界二酸化炭素を接触させても、有機物質を溶解した超臨界二酸化炭素がマスク層とポリマー基材との間に入り込むことはないので、表面改質すべき領域のパターンをより高精度で形成することができる。
【0057】
[付着性の評価]
上述のプロセスで得られたポリマー基板1の表面に形成された色素2の付着性を評価した。具体的には、該色素2の良溶媒であるイソプロピルアルコールにポリマー基板1を浸漬して評価した。なお、比較のため該色素をポリマー基板1にスクリーン印刷しただけの(超臨界流体を用いて色素をポリマー基板内に浸透させる処理を行わなかった)ポリマー基板(以下、比較例1のポリマー基板という)を作製し、同様に付着性の評価を行った。その結果、比較例1のポリマー基板をイソプロピルアルコールに浸漬すると染料が溶出し印字が消えた。しかしながら、この例で作製したポリマー基板1では、文字パターン部の色の消失がみられなかった。これは、比較例1のポリマー基板では色素が基板内部に浸透しておらず、溶出しやすい状態であるのに対して、実施例1のポリマー基板では、色素がポリマー基板内部に高濃度で浸透しており色素が溶出し難い状態となっているためであると考えられる。
【実施例2】
【0058】
実施例2では、マイクロTAS(μ−TAS)と呼ばれる生化学分析等に用いられるプレートに本発明の表面改質方法を適用した例を説明する。この例で作製したマイクロTASの概略構成を図4に示した。
【0059】
この例のマイクロTAS40では、ポリマー基板41上に、図4(a)に示すような有機物質43のパターン42を形成した。ポリマー基板41としては、ガラス転移温度Tgが約100℃のポリメチルメタクリレート樹脂(旭化成工業(株)製、商品名:デルペット560F)製の平坦な基板を用いた。パターン42を形成する有機物質43としては、平均分子量が約1000のポリエチレングリコール(PEG)を用いた。すなわち、この例では、ポリマー基板1の表面の所定領域にPEG43を溶解した超臨界流体を接触させることによりPEG43を浸透させ、該所定領域を親水化する表面改質処理を行った。PEG43が付加されたポリマー基板表面のパターン部42は、親水化されるので、水などを溶質とする検体や試薬等をパターン部42に沿って流動させることができる。
【0060】
PEG43のパターン42は、図4(a)に示すように、液体状のサンプルが注入される円形部42aと、円形部42aからポリマー基板41の長手方向に沿って延在する流路42bと、流路42bの途中から分岐した3つの分流路42cと、3つの分流路42cのそれぞれの先端に形成された試薬が注入される3つの小円形部42dとから構成した。なお、この例では、円形部42aの直径を5mm、小円形部42dの直径を2mm、流路42b及び分流路42cの幅を300μmとした。この例ではポリマー基板41の表面は平坦面である。PEG43のパターン42は、実施例1と同様に、以下のようにしてPEG43のパターン42をポリマー基板41上に形成した。
【0061】
まず、ポリマー基板41上にマスク層を次のようにして形成した。ポリマー基板上に形成すべきPEG43のパターン部42以外の領域に、インクジェット印刷法により、マスク材料を付着させた。この例では、実施例1と同様にマスク材料に感光性樹脂(化薬マイクロケム(株)製、SU−8)を用い、感光性樹脂の塗布厚さは100nmとした。次いで、感光性樹脂が付着されたポリマー基板41を70℃で1時間乾燥させ、さらに室温で1時間冷却した。次いで、マスク材料に紫外線を照射してマスク材料を硬化させて、マスク層を形成した。このようにして、PEG43のパターン部42を開口部とするマスク層をポリマー基板41上に形成した。
【0062】
次に、PEG43のパターン部42を開口部とするマスク層が形成されたポリマー基板41を、実施例1で用いた高圧容器11の凹部31に設置して、高圧容器11内部を密閉した。次いで、実施例1と同様にして、ポリマー基板41の表面に、PEG43が溶解した超臨界二酸化炭素を接触させてPEG43をマスク層の開口部に露出しているポリマー基板41表面からその内部に浸透させた。なお、この際、圧力P1=15MPa、温度50℃の超臨界二酸化炭素に60℃に加熱して軟化したPEG43を物質溶解用タンク18内で溶解させ、そのPEG43を溶解した超臨界二酸化炭素を高圧容器11内に導入し滞留させた。次いで、PEG43を溶解した超臨界二酸化炭素の圧力Pが安定した後、その状態を30分間保持した。これにより、マスク層の開口部に露出しているポリマー基板41の表面からその内部に、PEG43を超臨界二酸化炭素とともに浸透させた。ただし、この際、マスク層の開口部以外の領域にも超臨界二酸化炭素が接触するが、この領域には感光性樹脂が形成されているので、この領域でPEG43がポリマー基板41内に浸透することはない(この領域のポリマー基板41の表面は改質されない)。
【0063】
次いで、実施例1と同様にして高圧容器11内部を大気開放し、高圧容器11からポリマー基板41を取り出した。その後、マスク層を専用の剥離液で除去した。こうして、ポリマー基板41表面のパターン42部にのみPEG43が浸透した、即ち、PEG43が付加された部分だけが表面改質されたポリメチルメタクリレート樹脂からなるマイクロTAS40を得ることができた。この例で作製されたマイクロTAS40では、PEG43が浸透したポリマー基板41の表面部(パターン42部)のみが親水化されている。
【0064】
次に、上述のようにして作製されたこの例のマイクロTAS40の表面における濡れ性を評価した。なお、比較のためPEGのパターンをポリマー基板にインクジェット印刷しただけの(超臨界流体を用いてPEGをポリマー基板内に浸透させる処理を行わなかった)マイクロTAS(以下、比較例2のマイクロTASという)を作製し、同様に濡れ性の評価を行った。その結果、比較例2のマイクロTASでは、PEGが付加された表面部分の水の接触角が約55°であったのに対して、この例のマイクロTAS40(表面改質処理を行ったマイクロTAS)ではPEGが付加された表面の水の接触角は約10°であった。すなわち、この例で作製したマイクロTAS40のように、超臨界二酸化炭素を接触させる表面改質処理を行うことにより、PEGが付加された部分の濡れ性が大幅に改善される(親水性が向上する)ことが分かった。また、この例で作製したマイクロTAS40上に形成された円形部42a付近に水滴を滴下したところ、その水は流路42b及びに分流路42cに沿って伝わり、小円形部42dに到達する様子が確認できた。
【0065】
また、この例のマイクロTAS40を24時間水に浸漬した後に再度濡れ性を確認したところ、水の接触角は殆ど変化し無かった。さらに、この例のマイクロTAS40を10ヶ月間大気中に放置した後に、PEGが付加された領域の濡れ性を確認したところ、水の接触角は13°であり、良好な濡れ性が維持されることが分かった。これは、PEGがポリマー基板内部に高濃度に浸透しているため、濡れ性が安定に保持されているためであると考えられる。
【実施例3】
【0066】
実施例3では、実施例2と同様にマイクロTASに本発明の表面改質方法を適用した例を説明する。ただし、この例では実施例2よりさらに微細な有機物質のパターンをポリマー基板上に形成するために、ポリマー基板上の表面改質すべき領域に凹部(溝)を設けた例について説明する。
【0067】
この例で作製したマイクロTASの概略構成図を図5に示した。この例のマイクロTAS50では、図5(a)及び(b)に示すように、ポリマー基板51の表面に、実施例2で作製したマイクロTASのポリマー基板表面に形成されたPEGのパターンと同様の溝パターン52を形成し、その溝パターン内にPEG53を浸透させた。この例のマイクロTAS50では、溝パターン52の寸法を次の通りとした。円形部52aの直径を5mm、流路52b及び分流路52cの幅をともに100μm、小円径部52dの直径を2mm、そして、円形部52a、小円径部52d及び溝パターン52の深さはいずれも100μmとした。また、この例では、ポリマー基板51としてPMMA(ポリメチルメタクリレート)樹脂を用い、溝パターン52内部に浸透させる有機物質としてPEG(ポリエチレングリコール)53を用いた。次に、この例のマイクロTAS50の作製方法を図6を用いて説明する。
【0068】
まず、ポリマー基板51に形成する溝パターン52とは逆の凹凸パターンが形成された金型を用意し、その金型を用いて射出成形により、図5に示すような溝パターン52が表面に形成されたポリマー基板51を作製した(図6(a)の状態)。なお、この例では、金型上の凹凸パターンを精密機械加工により形成したが、リソグラフィー法を応用して金型上に凹凸パターンを形成して成形しても良い。
【0069】
次に、図6(b)に示すように、上述の方法で形成されたポリマー基板51の溝パターン52(表面改質すべき領域)以外の領域に、実施例2と同様にしてマスク層54を形成した。すなわち、インクジェット印刷法を用いて溝パターン52部を開口部とするマスク層54をポリマー基板51上に形成した。なお、この例では、マスク層54として、実施例2と同様に感光性樹脂(化薬マイクロケム(株)製、SU−8)を用い、感光性樹脂の塗布厚さは100nmとした。
【0070】
次に、マスク層54が形成されたポリマー基板51を、実施例1で用いた高圧容器11の凹部31に設置して、高圧容器11内部を密閉した。次いで、実施例2と同様にして、ポリマー基板51の表面に、PEG53を溶解した超臨界二酸化炭素55に接触させてPEG53をマスク層の開口部に露出しているポリマー基板51表面からその内部に浸透させた(図6(c)の工程)。
【0071】
次いで、実施例1と同様にして高圧容器11内部を大気開放し、高圧容器11からポリマー基板51を取り出した(図6(d)の状態)。次いで、マスク層54を専用の剥離液で除去した(図6(e)の状態)。こうして、ポリマー基板51表面の溝パターン52部にのみPEG53が浸透した(表面改質された)ポリメチルメタクリレート樹脂からなるマイクロTAS50を得ることができた。この例で作製されたマイクロTAS50では、PEG53が浸透したポリマー基板51の溝パターン52部のみが親水化されている。
【0072】
この例の表面改質方法のように、ポリマー基材上の予め表面改質すべき領域に凹部を設けることにより、より微細なパターンであっても容易に且つ高精度に有機物質のパターンを形成することができることが分かった。実際、この例では、実施例2で作製したマイクロTASの流路パターン幅の約1/3の幅を有する流路パターンでPEGを浸透させることができた。
【0073】
また、この例で作製したマイクロTAS50に対しても、実施例2と同様にして濡れ性を評価した。その結果、実施例2と同様の結果が得られた。すなわち、PEGを浸透させたパターン部でのみ濡れ性が向上し、親水化され且つ濡れ性が長期間安定して保持されることが確認された。
【0074】
なお、この例では、ポリマー基材上の表面改質すべき領域を凹部で形成したが、本発明はこれに限定されず、凸部で形成しても良い。
【0075】
また、この例では、ポリマー基材上に所定のパターンで溝パターンを形成する際に、金型を用いて形成したが、本発明はこれに限定されない。例えば、次のような方法によりポリマー基材上に有機物質のパターンに対応する溝パターンを形成しても良い。まず、平坦なポリマー基材上に、表面改質すべき領域が開口部となるマスク層を形成する。次いで、リアクティブイオンエッチングなどの方法によりマスク層の開口部(ポリマー基材の表面が露出している領域)に溝(凹部)を形成しても良い。
【実施例4】
【0076】
実施例4では、表面が立体形状のポリマー基板に対して本発明の表面改質方法を適用した例について説明する。具体的には、この例では、レンズと、レンズによる結像を電気信号として検出するイメージセンサーとを一体に有するワンチップ型のレンズモジュールのモジュール基材に回路配線を行う際に、本発明の表面改質方法を適用した例を説明する。
【0077】
この例で作製したレンズモジュールの概略構成を図7に示した。この例で作製したレンズモジュール60は、図7(a)及び(b)に示すように、基材61(ポリマー基板)と、レンズ62と、イメージセンサー63とから構成される。基材61の一方の面61a(図7(a)中の上面)は略平坦面であり、他方の面61b(図7(a)中の下面)は凹形状の立体面となっている。レンズ62は、図7(a)に示すように、基材61の平坦面61aの中央部分に基材61と一体的に搭載されており、イメージセンサー63は、凹状の立体面61bの底部61e上に設置される。そして、この例のレンズモジュール60では、図7(b)に示すように、基材61の凹状の立体面61bの上部61dと底部61eとを繋ぐ複数の立体配線64が形成されている。この立体配線64は、イメージセンサーを基材61の凹状の立体面61b上に搭載するために必要な配線である。
【0078】
基材61には、ガラス転移温度Tgが約145℃のアモルファスポリオレフィンからなるポリマー基板を用いた。また、立体配線64はCu膜で形成した。立体配線64の作製方法は次の通りである。
【0079】
まず、基材61の凹状の立体面61b上の配線パターンに対応する領域にメッキベースのパターンを形成する。具体的には、次のようにして、メッキベースのパターンを基材61の立体面61b上に形成した。
【0080】
まず、基材61の立体面61b上の配線パターン部64に対応しない領域に実施例2と同様にしてマスク層を形成した。すなわち、インクジェット印刷法を用いて配線パターン部64を開口部とするマスク層を基材61上に形成した。なお、この例では、マスク層として、実施例2と同様に感光性樹脂(化薬マイクロケム(株)製、SU−8)を用い、感光性樹脂の塗布厚さは100nmとした。
【0081】
次に、マスク層が形成された基材61を、実施例1で用いた高圧容器11の凹部31に設置して、高圧容器11内部を密閉した。次いで、実施例2と同様にして、基材61の表面に、金属錯体(物質)を溶解した超臨界二酸化炭素を接触させて、該金属錯体をマスク層の開口部に露出している基材61表面からその内部に浸透させて安定化させた。
【0082】
この例では、金属錯体として、ビス(アセチルアセトナト)パラジウム金属錯体を用い、金属錯体のヘキサン溶液を超臨界二酸化炭素に溶解した。なお、超臨界二酸化炭素に溶解し、還元してメッキ核となりうる金属錯体としては、白金ジメチル(シクロオクタジエン)、ビス(シクロペンタジエニル)ニッケル、ビス(アセチルアセトネート)パラジウム、ヘキサクロロアセチルアセトナトパラジウム等を用いることもできる。
【0083】
その後、還元剤(水素化ホウ素ナトリウム)に基材61を浸漬し、金属錯体を還元し金属微粒子とした。このようにして、基材61の凹状の立体面61b上の配線パターンに対応する領域にメッキベースを形成した。
【0084】
次に、基材61の凹状の立体面61b側に無電界メッキによりCuをメッキした。この際に金属錯体が浸透して表面改質された部分(メッキベースの部分)にのみCu膜が成長する。この例では、膜厚10μmのCu膜を形成した。最後に、マスク層を専用の剥離液で除去した。こうして、図7に示すような基材61の立体面61bにCu膜からなる立体配線64を形成した。上述のように、本発明の表面改質方法を適用するポリマー基材がこの例のように立体構造を有する場合でも、インクジェット法により配線パターン部を開口部とするマスク層を形成してその上から金属錯体(物質)を溶解した超臨界流体を接触させることにより、配線パターン部のみに該金属錯体を浸透させて表面改質することができる。それゆえ、本発明の表面改質方法を用いることにより、従来不可能であった立体部への配線などを可能にすることができた。
【0085】
次に、この例で作製されたレンズモジュール60の立体配線64の密着性を評価した。具体的には、基材61の立体面61bに形成された立体配線64に対して粘着テープによる引き剥がし試験を行った。なお、比較のため、基材61の立体面61bを表面改質処理(超臨界二酸化炭素を用いて金属錯体を基材に浸透させる処理)しないレンズモジュール(以下、比較例3のレンズモジュールという)を作製して密着性を調べた。その結果を図8に示した。図8から明らかなように、比較例3のレンズモジュールでは立体配線は、引き剥がし試験において簡単に剥離した。それに対して、この例のレンズモジュール60では、立体配線64は剥離しにくくなっており、密着性が大幅に改善されていることが分かった。さらに、表面改質処理後のレンズモジュールを10ヶ月間大気中に放置した後に立体配線64の密着性を確認したところ、剥離しにくく、良好な密着性が維持されることが分かった。
【実施例5】
【0086】
実施例5では、実施例2と同様の構造のマイクロTAS(図4)を、実施例2とは異なる表面改質方法で作製した。この例で作製したマイクロTASの基材、有機物質及び基材上に形成するパターンは実施例2と同じとした。この例のマイクロTASの作製方法を図9を用いて説明する。
【0087】
まず、図9(a)に示すように、ポリマー基板41上に、実施例2と同様にしてPEG43のパターン部42を開口部とするマスク層44を形成した。次いで、ポリマー基板41に浸透させるPEG43の層45を、マスク層44上に形成した。具体的には、60℃に加熱したPEG43(平均分子量1000)を、図9(b)に示すように、マスク層44上及びマスク層44の開口部42上に塗布した。なお、この例では、図9(b)に示すように、マスク層44上全面に渡ってPEGの層45を塗布した例を説明したが、本発明はこれに限定されない。この例の表面改質方法では、マスク層44の開口部42には必ずPEG43を塗布する必要があるが、それ以外のマスク層44上の領域にはPEG43を塗布しなくても良い。
【0088】
次に、PEG43の層45を形成したポリマー基板41を、実施例1で用いた高圧容器11の凹部31に設置して、高圧容器11内部を密閉した。次いで、圧力P1=15MPa、温度50℃の超臨界二酸化炭素を高圧容器11内部に導入し滞留させた(図9(b)の状態)。そして、超臨界二酸化炭素の圧力が安定した後、その状態を30分間保持した。この際、ポリマー基板41の表面に、超臨界二酸化炭素に接触させることにより、マスク層44の開口部42に形成されたPEGの層45の一部が超臨界二酸化炭素とともに、マスク層44の開口部に露出しているポリマー基板41表面からその内部に浸透する(図9(c)の状態)。すなわち、この例では、実施例2のようにPEGを溶解した超臨界二酸化炭素をポリマー基板に接触させてPEGをポリマー基板内部に浸透させるのではなく、予めポリマー基板上にPEGを塗布しておき、その上から超臨界二酸化炭素を接触させることにより、PEGをポリマー基板内部に浸透させる。
【0089】
なお、この例では、図2に示した高圧装置100を用いたが、上述のように、高圧容器11に導入する超臨界二酸化炭素にはPEGを溶解させる必要がないので、この例の高圧装置100中の物質溶解用タンク18にはPEGを投入しなかった。
【0090】
また、超臨界二酸化炭素をポリマー基板に接触させた際、マスク層の開口部以外の領域にも超臨界二酸化炭素が接触するが、この領域にはマスク層が形成されているので、この領域でPEGがポリマー基板41内に浸透することはない(この領域のポリマー基板41の表面は改質されない)。
【0091】
次に、PEG43をポリマー基板41の所定領域に浸透させた後、実施例1と同様にして高圧容器11内部を大気開放し、高圧容器11からポリマー基板41を取り出した(図9(c)の状態)。次いで、水、あるいは、エチルアルコール等のアルコールを用いて洗浄することにより、ポリマー基板41内に浸透していないPEG43を除去した(図9(d)の状態)。次いで、マスク層44を専用の剥離液で除去した(図9(e)の状態)。こうして、ポリマー基板41表面のパターン42部にのみPEG43が浸透した、即ち、PEG43が付加された部分だけが表面改質されたポリメチルメタクリレート樹脂からなるマイクロTAS40を得ることができた。この例で作製されたマイクロTAS40では、実施例2と同様、PEG43が浸透したポリマー基板41の表面部(パターン42部)のみが親水化されている。
【0092】
また、この例で作製したマイクロTAS40に対しても、実施例2と同様にして濡れ性を評価した。その結果、実施例2と同様の結果が得られた。すなわち、PEGを浸透させたパターン部でのみ濡れ性が向上し、親水化され、且つ濡れ性が長期間安定して保持されることが確認された。
【0093】
上記実施例1〜5では、超臨界流体をポリマー基板に接触させる際に、高圧容器内の密閉状態を維持するためにボルト締めを行ったが、本発明はこれに限定されず、任意の手段を用い得る。例えば、回転式の蓋シール機構等を用い得る。また、プレス装置を用いて、プレスの力で合わせ面をシールする方法等を採用してもよい。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明のポリマー基材への表面改質方法によれば、ポリマー基板上の所定領域(所定パターンの領域)を選択的に表面改質することができる。特に、非常に微細な領域においても容易に表面改質することができるので、本発明のポリマー基材の表面改質方法は、微細なパターンで表面改質を必要とするマイクロTASやバイオチップ、あるいは、立体配線デバイス等の製造に特に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0095】
【図1】図1は、実施例1で作製したポリマー基板の斜視図である。
【図2】図3は、実施例1でポリマー基板の表面改質に用いた高圧装置の概略構成図である。
【図3】図3(a)〜(d)は、実施例1のポリマー基板上に有機物質のパターンを形成する方法の手順を示した図である。
【図4】図4は、実施例2で作製したマイクロTASの概略構成図であり、図4(a)は斜視図であり、図4(b)は図4(a)中のA−A’断面図である。
【図5】図5は、実施例3で作製したマイクロTASの概略構成図であり、図5(a)は斜視図であり、図5(b)は図5(a)中のB−B’断面図である。
【図6】図6(a)〜(e)は、実施例3のポリマー基板上に有機物質のパターンを形成する方法の手順を示した図である。
【図7】図7は、実施例4で作製したレンズモジュールの概略構成図であり、図7(a)は図7(b)中のC−C’断面図であり、図7(b)は立体面側の平面図である。
【図8】図8は、実施例4で作製したレンズモジュールの立体配線の引き剥がし試験の結果を示した図である。
【図9】図9(a)〜(e)は、実施例5のポリマー基板上に有機物質のパターンを形成する方法の手順を示した図である。
【符号の説明】
【0096】
1,41,51 ポリマー基板
2,43,53 物質
3,44,54 マスク層
5,55 物質を溶解した超臨界流体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超臨界流体を用いたポリマー基材の表面改質方法であって、
上記ポリマー基材上に接して所定パターンの開口部を有するマスク層を形成することと、
物質を含有した超臨界流体を上記ポリマー基材の上記マスク層側の表面に接触させて、上記物質を上記マスク層の開口部を介して上記ポリマー基材に浸透させることとを含む表面改質方法。
【請求項2】
超臨界流体を用いたポリマー基材の表面改質方法であって、
上記ポリマー基材上に接して所定パターンの開口部を有するマスク層を形成することと、
上記マスク層の少なくとも開口部に物質の層を形成することと、
上記物質の層に超臨界流体を接触させて、上記物質を上記マスク層の開口部を介して上記ポリマー基材に浸透させることとを含む表面改質方法。
【請求項3】
さらに、上記マスク層の開口部に対応する上記ポリマー基材表面に、凹部及び凸部の少なくとも一方が形成されているポリマー基材を用意することを含む請求項1または2に記載の表面改質方法。
【請求項4】
上記マスク層が高分子材料で形成されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の表面改質方法。
【請求項5】
上記マスク層を印刷法で形成することを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の表面改質方法。
【請求項6】
上記物質が有機物質であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の表面改質方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の表面改質方法を用いて表面改質されたポリマー基材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図9】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−99970(P2007−99970A)
【公開日】平成19年4月19日(2007.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−293491(P2005−293491)
【出願日】平成17年10月6日(2005.10.6)
【出願人】(000005810)日立マクセル株式会社 (2,366)
【Fターム(参考)】