説明

マイクロウェルアレイチップ

【課題】規則正しく配列されたマイクロウェルからなる構造を有し、単一のウェルに単一の細胞または微生物を収納することができるマイクロウェルアレイチップの提供。
【解決手段】基板に樹脂製の薄いフィルムを固定してあり、当該フィルム表面には、内接円直径が0.2〜50μm、深さが0.2〜50μmの複数のウェルを配列してあり、当該フィルムはラジカル重合性の1個の二重結合を有する単量体Xと、ラジカル重合性の2個以上の二重結合を有する単量体Yとの重合体A及び、単量体Xと単量体Yとの均一混合液体に溶解又はコロイド状に分散する重合体Bを主たる成分とし、20〜25℃における貯蔵弾性率が1〜1100MPaの重合体組成物であり、重合体Aは、単量体Xと単量体Yとの質量比が90/10〜55/45の範囲にあることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面に微小なウェルが多数設けられたマイクロウェルアレイチップに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、多数の細胞を個別に規則正しく配列させ、個々に取り扱ったり観察したりすることを可能とする技術が開発され、創薬、治療、検査などの分野での応用が提案されている。一例として、Bリンパ球集団の中に極めて低い頻度で存在する抗原特異的リンパ球を同定する方法が提案されており(特許文献1)、このような方法により短時間で、低コストな抗体医薬開発や免疫検査が可能となることが期待される。
【0003】
このような個々の細胞を取り扱う方法においては、その細胞に合わせたサイズを有する多数のウェルからなるマイクロウェルアレイチップが用いられる。
このようなマイクロウェルアレイチップは種々の素材を用いて作製することが可能であり、シリコン、シリコーンゴム、プラスチックなどの素材が用いられている。
【0004】
シリコンによるマイクロウェルアレイチップは、シリコンウエハーをエッチングすることにより作製することができる。
この方法では、通常の半導体加工設備を用いた既存技術が利用できるため一般に実施可能であり、寸法精度の高いマイクロウェルアレイチップが得られる。
しかしこのような方法により作製されたシリコン製マイクロウェルアレイチップは、原材料が高価なこと、加工機・加工設備が極めて高価であること、加工時間が長いこと、不良品の発生率が高いことなどから、高価なものとなり、使用できる用途が極めて限定される。
【0005】
シリコーンゴムによるマイクロウェルアレイチップは、PDMS(ポリジメチルシロキサン)を主成分とした硬化性樹脂を型に流し込んで、加熱により固化させて作製することができる。
このような方法によるマイクロウェルアレイチップの作製は実験室レベルで比較的容易に実施できることから、これまでに多くの研究例があり、一部商品化されているものもある。
しかし原材料が高価、硬化時間が長いなどの理由から、このようにして得られるマイクロウェルアレイチップでは低価格、大量生産を実現することは困難である。また固化時の加熱・冷却により歪が生じるため、規則正しい配列が必要なマイクロウェルアレイチップにはこのような方法は適用できない。
【0006】
プラスチックによるマイクロウェルアレイチップは、プラスチックプレートを一般的な微細加工装置であるレーザー加工機やマイクロ切削機などを用いて加工することにより作製できる。
これらの方法によれば、流路などの単純な構造は容易に作製できるものの、構造が複雑化すればするほど加工時間が長くなる。
よって極めて多くのウェルを有するマイクロウェルアレイチップの生産に使用すると、生産性の低下、コストアップを招き問題がある。
【0007】
プラスチックによるマイクロウェルアレイチップの作製には、プラスチックの射出成形も適用することができる。
射出成形は生産性の面で有利であることから、アクリル樹脂、ポリカーボネート、環状オレフィン樹脂などを用いたマイクロ流路チップ等の検討がなされている。
また上記樹脂の問題を改良した転写性・離型性などに優れた新規な樹脂を用いたマイクロチップも提案されている(特許文献2)。
このようにプラスチックの射出成形を用いたマイクロチップの検討は多いが、熱可塑性プラスチックの射出成形では必ず加熱・冷却のプロセスが存在し、熱収縮による歪が発生する。よって規則正しい配列が必要なマイクロウェルアレイチップでは、このような射出成形を用いることは本質的に困難である。
【0008】
熱収縮による歪をなくすためには、加熱・冷却プロセスのない樹脂成形方法が必要であり、その例としては光硬化を利用した硬化性樹脂による成形が考えられる。
このような成形においては、マスク露光による方法や鋳型に硬化性樹脂を流し込む方法などが用いられる。
【0009】
マスク露光による方法では、基板上に一定の厚さで塗布した光硬化性樹脂の上に、パターンに対応したマスクを載せ、その上から一定時間光を照射したのちに、未硬化樹脂を除去して凹凸構造が作製される(特許文献3)。
このような方法は既存技術を組み合わせただけなので、比較的容易に微細な凹凸構造が得られるものの、垂直な壁を有する構造の形成には問題がある。
すなわちマスク露光では、露光により構造を形成する際に樹脂中で光や化学反応が拡散することにより壁に傾きが発生する。このような点を改良された樹脂が市販されているが、そのような樹脂を含めマスク露光用に用いられる従来の樹脂は、無蛍光のものがほとんどなく蛍光観察に使用されるマイクロウェルアレイチップへの使用には問題がある。
【0010】
鋳型に硬化性樹脂を流し込む方法では、微細な凹凸構造を表面に有する鋳型を用い、そこに光硬化性樹脂を流し込み、光照射して樹脂を硬化させることにより微細構造を作製する。
用いる光硬化性樹脂は、硬化前の樹脂粘度を低く出来るために、一般には微細構造先端への樹脂充填は容易である。また構造形成後の冷却プロセスがなく、熱収縮や結晶化による体積変化がないために変形も発生しにくいので、この方法によれば鋳型の寸法精度を反映した高精度な微細構造を形成できる。
【0011】
このように鋳型に硬化性樹脂を流し込む方法では、高精度な微細形状の形成は容易であるが、問題の多くは硬化後の離型に見られる。
すなわち、光硬化性樹脂の成分としてよく用いられるエポキシ系化合物やアクリル系化合物は、それらが接着剤としても使用されることから分かるように、鋳型の素材である金属、ガラス、シリコンとは密着性が高く、そのために離型時に微細構造体のミクロな構造が変形したり、破壊したり、鋳型を破損したりする。
【0012】
このような問題を解決するために、これまで我々は光硬化性樹脂や鋳型を改良する検討をおこない、光硬化性樹脂を用いる新たな成形方法を考案してきた(特許文献4、5)。難接着性樹脂であるポリプロピレン系樹脂やシリコーンゴムを鋳型とした硬化性樹脂の成形方法を考案して上記離型の問題を解決したが、これらの鋳型では耐久性や精度に課題が残されているためにさらなる改良が望まれる。
通常の金属、ガラス、シリコンなどからなる高精度で耐久性の高い鋳型を使用することができる光硬化性樹脂が必要であると考えられるが、現状では離型性などの成形性やマイクロウェルアレイチップに求められる無蛍光性など、物性の点で満足できるものは提供されていない。
【0013】
【特許文献1】特許第3723882号公報
【特許文献2】特許第3867126号公報
【特許文献3】特開2003−66033号公報
【特許文献4】特開2006−346905号公報
【特許文献5】特開2007−253071号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は前記技術課題に鑑み、規則正しく配列されたマイクロウェルからなる構造を有し、無蛍光な素材からなり、シリコンや金属からなる耐久性の高い鋳型を用い光硬化のような高い生産性が得られる方法により製造可能な、安価で量産性に優れ、単一のウェルに単一の細胞または微生物を収納することができるマイクロウェルアレイチップの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明に係るマイクロウェルアレイチップは、基板に樹脂製の薄いフィルムを固定してあり、当該フィルム表面には、内接円直径が0.2〜50μm、深さが0.2〜50μmの複数のウェルを配列してあり、当該フィルムはラジカル重合性の1個の二重結合を有する単量体Xと、ラジカル重合性の2個以上の二重結合を有する単量体Yとの重合体A及び、単量体Xと単量体Yとの均一混合液体に溶解又はコロイド状に分散する重合体Bを主たる成分とし、20〜25℃における貯蔵弾性率が1〜1100MPaの重合体組成物であり、重合体Aは、単量体Xと単量体Yとの質量比が90/10〜55/45の範囲にあることを特徴とする。
ここで、ウェルの大きさを内接直径が0.2〜50μm、深さが0.2〜50μmとしたのは単一のウェルに1つの細胞又は微生物を収納できる大きさに設定するためであり、1つの細胞や微生物を各ウェルに培養液ともに収納し、あるいは抗原抗体反応を出現させ、その細胞等をキャピラリーを使用して回収する際に、水平方向の液の流れが生じると隣のウェル内の細胞等が吸引されてしまう恐れがある。
そこで、本発明においては、ウェルは、ウェル中心から外側に向けて延在する溝部あるいは隣接するウェル間をつなぐ溝部を有しているとよい。
【0016】
本発明において、単量体Xはアクリレート又はメタクリレートを主たる成分とし、当該単量体Xの重合体のガラス転移温度が20℃以下であるのが好ましい。
【0017】
マイクロウェルアレイチップ表面に疎水性を付与するには、単量体Xに炭素数3以上のアルキルアクリレート,アルキルメタクリレート,又は、シクロアルキルアクリレート,シクロアルキルメタクリレートを用いるのがよい。
【0018】
本発明において、重合体Bはコア・シェル型の高分子微粒子からなることが好ましい。
【0019】
本発明において、基板の材質はシリコン、ガラス、プラスチック、金属のいずれかであってよい。
【0020】
本発明において、フィルムは、単量体X、単量体Y、重合体Bを主成分とする光硬化性樹脂を鋳型に流し込み光重合により固化して作製することも可能である。
【0021】
マイクロウェルアレイチップに形成した多くのウェルの中から、目的とする細胞あるいは微生物を回収する必要がある。
そこで、フィルムはウェル周囲に、ウェルに収納した目的細胞あるいは微生物によって産生される物質に特異的に結合する標識物質を固定してあると目的細胞あるいは目的微生物の検出、同定が容易になる。
【発明の効果】
【0022】
本発明により、耐久性の高い鋳型を用いる光硬化法により製造される安価で大量供給が可能な、単一のウェルに単一の細胞または微生物を収納することができるマイクロウェルアレイチップを提供できる。また本発明のマイクロウェルチップは、加熱・冷却過程がない成形法で製造できるため、構造の精度が高い。さらに原材料に用いる単量体などの特性から、親水性、疎水性、無蛍光であるマイクロウェルアレイチップを提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明のマイクロウェルアレイチップの構造について説明する。該チップは、基板と樹脂からなる薄いフィルムとがそれらの各々の片面が接するように固定された構造を有する。
前記フィルムは、固定された面の反対面である表面に開口部の内接円直径が0.2〜50μm、深さが0.2〜50μmの範囲にあるウェルを規則正しく配列した構造を有し、該ウェルの数は900個以上あってもよい。
規則正しい配列構造は、正方格子状であるのが好ましく、格子定数は配置したウェルの最大内接円直径に対し1.5倍〜10倍の範囲にあるのが好ましい。
ウェルの立体形状は特に制限はないが、立方体、直方体、円柱、角柱(三角柱、五角柱、六角柱、八角柱など)、逆円錐、逆角錐(逆三角錐、逆四角錐、逆五角錐、逆六角錐、逆八角錐など)であることが好ましい。
ウェル開口部の内接円直径および深さの範囲は、ヒトやその他動物の血液細胞(2〜14μm程度の大きさ)、細菌(0.2〜8μm程度の大きさ)などのサイズをもとに、それらを単一で収納できることを考慮して決定するとよい。
また前記フィルムは、厚さが表面に設けたウェルの最大深さから1mmの範囲にあるのがよい。
【0024】
次に前記フィルムの素材について説明する。前記フィルムは、1個の重合性二重結合を有しフリーラジカル重合により重合する単量体Xおよび単量体Xと混合した時に均一な液体となり2個以上の重合性二重結合を有しフリーラジカル重合により重合する単量体Yからなり単量体Xと単量体Yの重量比が90/10〜55/45の範囲にある重合体A、および単量体Xと単量体Yとからなる液体に溶解またはコロイド状に分散する重合体Bを主たる成分とする重合体組成物からなり、20℃〜25℃の温度における貯蔵弾性率が1〜1100MPaの範囲にある。
【0025】
前記単量体Xは、1個の重合性二重結合を有しフリーラジカル重合により重合するモノマーであれば特に制限は無く、ビニルモノマー類、アクリレート類又は、メタクリレート類[以下、総称して(メタ)アクリレート類と表現する。]、アクリルアミド類などを使用することができる。単量体Xは1種類のモノマーでも良く、2種類以上のモノマーを混合したものでも良い。
【0026】
前記単量体Yは、単量体Xと混合したした時に均一な液体となり2個以上の重合性二重結合を有しフリーラジカル重合により重合するモノマーであれば特に制限は無いが、蛍光の観点からは芳香族化合物でないのが好ましい。
このような単量体Yの例としては、ジ(メタ)アクリル酸エチレングリコール、ジ(メタ)アクリル酸ブタンジオール、ジ(メタ)アクリル酸1,6−ヘキサンジオール、ジ(メタ)アクリル酸1,10−デカンジオール、ポリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、アリル(メタ)アクリレートなどが挙げられる。単量体Yは1種類のモノマーでも良く、2種類以上のモノマーを混合したものでも良い。
【0027】
前記重合体Aを構成する単量体Xと単量体Yの重量比は、90/10〜55/45の範囲にある。本発明では、樹脂の粘接着力を低下させること、および樹脂に弾性を付与することによりマイクロウェルアレイ構造成形時の離型の問題を解決している。一般に樹脂を架橋することによりその粘接着力を低下させることが可能であることが知られているので、架橋剤として単量体Yを加えた。しかし単量体Yの割合が多くなりすぎると、樹脂の弾性が失われて硬くなりすぎるため、本発明における単量体Xと単量体Yの重量比は、90/10〜55/45の範囲にある。
【0028】
前記重合体Bは、単量体Xと単量体Yとからなる液体に溶解またはコロイド状に分散する重合体であれば特に制限は無く、ポリ(メタ)アクリレート類、ビニル系ポリマー類、ジエン系ポリマー類、縮合系ポリマー類などを自由に使用することができる。
【0029】
重合体組成物中の重合体Aと重合体Bの割合には特に制限はないが、マイクロウェルアレイ構造を成形する際に、重合体Bの量が少ないと収縮が大きくなり寸法精度が低下し、重合体Bの量が多いと単量体X/単量体Y/重合体Bが主成分である光硬化性樹脂の粘度が高くなりすぎて成形時に問題が発生するので、重合体Aと重合体Bの重量比は93/7〜65/35の範囲にあるのが好ましい。
【0030】
重合体組成物は、前記のとおり離型のために弾性が必要なので、20℃〜25℃の温度における貯蔵弾性率が1〜1100MPaの範囲にあることが好ましく、5〜800MPaの範囲にあることがより好ましい。単量体X、単量体Yおよび重合体Bの各々は前記のとおり特に限定されないが、これら3成分の組合せは重合体組成物の貯蔵弾性率が前記の範囲になるように選択されなければならない。
【0031】
前記単量体Xは、マイクロウェルアレイチップを製造する際の生産性を高める観点からは重合速度が速いことが好ましく、このような単量体としては(メタ)アクリレートが主たる成分である単量体が好ましい。また前記単量体Xは、蛍光の観点からは芳香族化合物でないのが好ましい。以上のような単量体Xとしては、アルキル基、シクロアルキル基がエステル部分に結合した(メタ)アクリレートが挙げられる。このような単量体の例としては、メチルアクリレート、エチルアクリレート、プロピルアクリレート、ブチルアクリレート、ヘキシルアクリレート、2−エチルヘキシルアクリレート、ラウリルアクリレート、ノニルアクリレート、シクロヘキシルアクリレート、メチルメタクリレート、エチルメタクリレート、プロピルメタクリレート、ブチルメタクリレート、ヘキシルメタクリレート、2−エチルヘキシルメタクリレート、ラウリルメタクリレート、ノニルメタクリレート、シクロヘキシルメタクリレートなどが挙げられる。
【0032】
前記単量体Xは、それを重合した重合体のガラス転移温度が20℃以下であることが好ましく、0℃以下であることがより好ましい。前記のとおり本発明の重合体組成物は弾性を有することが必要なため、主要な成分の1つである単量体Xは、その重合体が室温付近でゴム状態であるのが良い。
【0033】
マイクロウェルアレイチップに親水性を付与するには、単量体Xが少なくとも式(1)により表される化学構造を有する単量体を含有するのが好ましい。
【化1】

[ただし、式(1)中、mは2〜4の整数、nは1〜10の整数、RはCHまたはHである。]
単量体Xが式(1)の構造を有する単量体を含有することにより、マイクロウェルアレイチップに親水性を付与できるため、該チップは細胞を取り扱う医学、生化学、生物学分野などでより好適に使用できるようになる。親水性を付与するためには、単量体Xは式(1)の構造を有する単量体を10重量%以上含有するのが好ましい。式(1)の構造を有する単量体の例としては、2−ヒドロキシエチルアクリレート、2−ヒドロキシプロピルアクリレート、4−ヒドロキシブチルアクリレート、2−ヒドロキシエチルメタクリレート、2−ヒドロキシプロピルメタクリレート、4−ヒドロキシブチルメタクリレート、2−メトキシエチルアクリレート、2−メトキシプロピルアクリレート、4−メトキシブチルアクリレート、2−メトキシエチルメタクリレート、2−メトキシプロピルメタクリレート、4−メトキシブチルメタクリレート、水酸基末端ポリエチレングリコールモノアクリレート、水酸基末端ポリエチレングリコールモノメタクリレート、メチル基末端ポリエチレングリコールモノアクリレート、メチル基末端ポリエチレングリコールモノメタクリレートなどが挙げられる。
また、これとは逆にマイクロウェルアレイチップに疎水性を付与するには、単量体Xにアルキル(メタ)アクリレート,シクロアルキル(メタ)アクレートを用いるのがよい。
アルキル基は炭素数3以上のものが好ましい。
【0034】
前記重合体Bはコア・シェル型の高分子微粒子からなるのが好ましい。このような重合体Bを使用することにより、前記単量体X、単量体Y、重合体Bを主たる成分とする光硬化性樹脂は、粘度の上昇が抑えられ取扱いが容易となる。
さらに前記重合体Bのコア・シェル型高分子微粒子は、伸張した歪100%の状態における発生応力が100MPa以下であるのが好ましく、20MPa以下であるのがより好ましい。
前記のとおりマイクロウェルアレイチップを構成する重合体組成物には、離型性を向上するために弾性を付与することが必要なため、重合体Bは柔軟であることが好ましい。
【0035】
前記コアシェル粒子の粒子径には特に制限が無いが、製造方法としては乳化重合を使用しやすいことを考慮すると、粒子径は0.01〜10μmの範囲にあるものが使用しやすい。
前記コアシェル粒子のシェルに使用される高分子は特に制限は無いが、製造方法として乳化重合を使用しやすいことや蛍光の発生を考慮すると、ポリメチルメタクリレートのような(メタ)アクリレート重合体およびその共重合体、ポリ酢酸ビニルおよびその共重合体などが挙げられる。
前記コアシェル粒子のコアに使用される高分子は特に制限は無いが、製造方法として乳化重合を使用しやすいことや蛍光の発生を考慮すると、ポリブチルアクリレートのような(メタ)アクリレート重合体およびその共重合体、ポリ酢酸ビニルおよびその共重合体などが挙げられる。
【0036】
前記コアシェル型の高分子微粒子は、形状を保持するために、少なくともコア部分が架橋されているのが好ましい。これにより重合体Bはマイクロウェルアレイチップを構成する重合体組成物の中で安定に分散相を形成し、柔軟な場合には弾性体として良好に機能することができる。架橋を形成する単量体については特に制限が無く、ジビニルモノマー類、ジ(メタ)アクリレート類、アリル(メタ)アクリレートなどが挙げられる。
【0037】
次に前記基板の素材について説明する。
前記基板の材質は、シリコン、ガラス、プラスチック、金属のいずれかであるのが好ましい。また本発明のマイクロウェルアレイチップを光硬化により作製する場合は、基板が透明であると基板側から光を照射できるので、より好ましい。
【0038】
次に本発明のマイクロウェルアレイチップを構成する樹脂からなる薄いフィルムの作製方法について説明する。該フィルムは、前記の単量体X、単量体Y、重合体Bを主成分とする光硬化性樹脂をマイクロウェルアレイの鋳型に流し込み光重合により固化して作製されることが好ましい。本発明においては、高い生産性や寸法精度が達成できる方法でマイクロウェルアレイチップを提供することを目的とするため、鋳型を用いる光重合による作製が好ましい。
【0039】
次に前記フィルムおよび基板を固定する方法について説明する。基板とフィルムを固定する方法には特に制限はなく、フィルムおよび基板を別々に作製した後に、各々の片面に接着剤塗布して貼り付ける方法などを自由に使用できる。また別の方法として、マイクロウェルアレイの鋳型の上に前記の光硬化性樹脂を流し込み、その上に基板をのせて光硬化した後に離型し、フィルムと基板とが一体になったマイクロウェルアレイチップを作製しても良い。なお、その際に用いる基板を、フィルムとの接着が良好となるように、モノマーや重合性二重結合を持ったシランカップリング剤で表面処理するとより好ましい。
【0040】
本発明のマイクロウェルアレイチップの作製に使用する光硬化性樹脂には光重合開始剤を添加してもよい。光重合開始剤については特に制限はなく、ベンゾインエーテル系、ケタール系、アセトフェノン系、ベンゾフェノン系、チオキサントン系などの光重合開始剤から自由に選択して用いることができる。
また該光硬化性樹脂には、本発明の効果を阻害しない範囲で、モノマー、ポリマー、無機フィラーなどを自由に配合しても良い。
光重合に用いる光照射装置については特に制限が無く、高圧水銀ランプ、メタルハライドランプ、UV放電管などを装備した装置を自由に用いることができる。
光硬化性樹脂の硬化は、重合性の観点から窒素雰囲気中で行なうのがより好ましい。
【0041】
本発明においては、900以上配列したウェルの中から目的とする細胞あるいは微生物の検出、同定をするには、ウェルの周囲にウェルに収納した目的細胞あるいは目的微生物によって産生される物質に特異的に結合する標識物質、あるいは、産生される物質と結合性を有する物質の検出に有効な標識物質を固定しておくのが望ましい。
該チップに使用する標識物質は抗体の種類、分子構造については特に制限がなく、市販されているものや特定の抗原に対して作製されたものなどを自由に使用できる。
抗体等の標識物質の固定は、その溶解液を前記チップのウェルを設けた面と接触させ、該チップ面のウェル周囲に吸着させることにより行なうことができる。
特に、抗体は疎水性表面に吸着しやすいので、抗体を固定する場合は前記単量体Xとして、炭素数が3以上のアルキル基を有するアルキル(メタ)アクリレートやシクロアルキル(メタ)アクリレートなどを用いるのが好ましい。
また、目的細胞あるいは目的微生物等を1つ1つ確実に回収するにはキャピラリーにて吸引する際に、液に水平方向の流れが生じないように、フィルムはウェル周囲に、キャピラリーのノズルの外径よりも外側にまで延びた溝部を設けるとよい。
ここで溝部は、キャピラリーのノズルの外径よりも外側に延在しているものであれば形状は問わない。
従って、ウェルの形状を略円形状や略正多角形である場合には、その外側に延びる溝部が必要であり、ウェルの形状がひし形や長円であれば角部や長円部の一部がノズルの長側に位置さえすればよい。
また、チップの製作のしやすさからすれば隣接するウェルを溝部でつないでもよい。
このようにウェル中心からノズルの外径よりも外側に溝部があると、ノズルにて細胞を回収する際に溝部から液が吸い上がるように作用し、隣の細胞が誤ってノズルに吸い込まれるのを防止する。
【0042】
次に本発明の実施例について説明する。
本発明のマイクロウェルアレイチップの作製に、次のものを使用した。
1個の重合性二重結合を有する単量体Xとして、和光純薬工業製のn−ブチルアクリレート(重合体のガラス転移温度:−50℃)および日本油脂製のメチル基末端ポリエチレングリコールモノメタクリレートであるブレンマーPME−200(ポリエチレングリコール部分の重合度が約4)を使用した。2個以上の重合性二重結合を有する単量体Yとして、ワコーケミカル製のジメタクリル酸1,6−ヘキサンジオールを使用した。重合体Bとして、クラレ製のパラペットSA−NW201(コア・シェル型高分子微粒子で、歪100%の発生応力11MPa)を使用した。光重合開始剤として、チバ・スペシャルティ・ケミカルズ製の光重合開始剤 Ciba DAROCUR 1173(2−ヒドロキシ−2−メチル−1−フェニル−プロパン−1−オン)を使用した。
【実施例1】
【0043】
80重量部のn−ブチルアクリレート、40重量部のジメタクリル酸1,6−ヘキサンジオール、20重量部のパラペットSA−NW201をそれぞれガラス製サンプル管に量り取って混合し、室温の暗所で攪拌した。
重合体Bが完全に溶解したのちに該モノマー溶液にCiba DAROCUR 1173を1重量部添加し、光硬化性樹脂とした。
次に図1に示すように、鋳型1で、シリコン基板をドライエッチングして作製したもので、図中の上面に型となる微細構造を有する)の上に前記の光硬化性樹脂2を置き、さらにその上からスライドガラス(3で、76×26×1mmのサイズを有し、使用直前まで3−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン,信越化学工業製に12時間以上浸漬した)をのせて光硬化性樹脂が鋳型上面全体に広がるようにした。
このようにして用意した鋳型、光硬化性樹脂、スライドガラスを窒素雰囲気中に置き、図2のようにしてスライドガラス上面からの高さが2cmのところに紫外線ランプ(アズワン株式会社製 LUV−16)を置いて30分間紫外線照射したのちに、鋳型を外してマイクロウェルアレイチップを得た。
鋳型としてスタンパA(形状が六角柱で、開口部の六角形の内接円直径が10μm、深さが15μmであるウェルが、最短の中心間距離が20μmで正方格子状に縦横30列ずつ並んだ構造を1クラスタとし、該クラスタが縦に5列、横に10列並んだ構造を作製できる)を使用し、上記のようにしてBリンパ球(8μm程度の大きさ)用に作製したマイクロウェルアレイチップ1の全体像を図3に示す。
また、光学顕微鏡により、マイクロウェルアレイ構造を上部方向および断面方向から観察した結果を図4および図5にそれぞれ示す。
このマイクロウェルアレイチップ1においては、ウェル入り口のエッジ部分での樹脂の未充填や変形などが全く認められず、全体としてもスタンパ構造を忠実に転写した構造が認められた。
マイクロウェルアレイチップ1の樹脂フィルムの厚みをマイクロメーターにより測定した。ガラス基板と樹脂フィルムとが積層された部分の厚みおよびガラス基板の厚みを測定し、その差から樹脂フィルムの厚みを求めたところ、その値は83μmであり、4点を測定した時の最大厚みと最小厚みの差は9μmであった。
本実施例で使用した光硬化性樹脂を用い、25mm×5mm×1mmの短冊状試料を光硬化により作製して、樹脂フィルムの貯蔵弾性率を測定した。貯蔵弾性率をメトラー製DMA861により、周波数10Hz、温度20℃で動的粘弾性測定して求めたところ、その値は130MPaであった。
マイクロウェルアレイチップ1を用いて、抗体固定を試みた。抗体はCEDARLANE社のCy3 Goat F(ab’) Anti−Mouse IgG(H+L)を用い、蒸留水で2μg/mlの濃度に調製し、この溶液を室温で2時間、マイクロウェルアレイチップ1のウェルを設けた面に接触させた後、該チップ全体を蒸留水で洗浄することにより固定化を行なった。このようにして得たチップの抗体溶液が接触した部分とそうでない部分の境界付近を、光学顕微鏡により明視野観察した結果を図6に、蛍光観察した結果を図7に示す。図6では視野中のマイクロウェルアレイ構造が全て認められるのに対し、図7では視野の下半分程度にしかマイクロウェルアレイ構造は認められない。これは、図7の上側は抗体溶液が接触していない部分で、抗体が付着していないからであり、抗体溶液が接触し抗体が表面(ウェルの周囲)に固定された図7の下側部分では、抗体をラベルした蛍光分子が発する光によりマイクロウェルアレイ構造が認められた。このように本発明のマイクロウェルアレイチップ1では、表面に抗体を固定することが可能であることが分かった。
【実施例2】
【0044】
実施例1と同様な光硬化性樹脂を用い、実施例1と同様な方法で、鋳型としてスタンパB(形状が六角柱で、開口部の六角形の内接円直径が10μm、深さが15μmであるウェルが、最短の中心間距離が20μmで正方格子状に縦横30列ずつ並んだ構造を1クラスタとし、該クラスタが縦に10列、横に26列並んだ構造を作製できる)を用いてBリンパ球用のマイクロウェルアレイチップ2を作製した。
このようにして得たマイクロウェルアレイチップ2の光学顕微鏡観察結果を図8に示す(図8の1が、前記のクラスタ)。
次にウェル配列の精度を評価した。評価は、マイクロウェルアレイチップ2において図8の左下端ウェルの内接円中心を原点とし、原点と右下端ウェルの内接円中心とを通る直線をX軸とし、原点を通りX軸に直交する直線をY軸として、最下列の各クラスタの左下端ウェルの内接円中心座標を求める測定を行い(装置はミツトヨ製Super Quick Vision Proを使用した)、同様な測定をスタンパBについても実施し(スタンパBの測定は突起の外接円中心について行なった)、両測定の結果を比較することにより行なった。座標をミリメートルの単位で測定し、その結果を図9にプロットした。図9より、マイクロウェルアレイチップ2のウェル位置は、誤差範囲内でスタンパBと一致しており、非常に精度が高いことが分かった。
【実施例3】
【0045】
80重量部のブレンマーPME−200、40重量部のジメタクリル酸1,6−ヘキサンジオール、20重量部のパラペットSA−NW201、1重量部のCiba DAROCUR 1173を用い、スタンパAにより実施例1と同様にしてBリンパ球用のマイクロウェルアレイチップ3を作製した。実施例1と同様にして光学顕微鏡観察を行なったところ、図3と同様な構造が認められ問題なくマイクロウェルアレイ構造が作製されていることを確認した。また実施例1と同様にして樹脂フィルムの厚みを求めたところ、その値は99μmであった。
実施例1と同様にして本実施例の樹脂フィルムの貯蔵弾性率を求めたところ、その値は91MPaであった。
【実施例4】
【0046】
実施例1に用いたスタンパAの替りにスタンパC,D,Eを用いた他は、実施例1と同じ条件でマイクロウェルアレイチップを製作した。
図10はスタンパCを用いて製作したマイクロウェルアレイチップの例で、略円形のウェルの両側に幅2μm、長さ30μm、深さ14μmの溝部を形成した例である。
図11はスタンパDを用いた例で、ウェルの両側の角部がノズルの外径の外側に位置するようにひし形に成形した例であり、短い対角線7μm、長い対角線30μm、深さ14μmである。
図12はスタンパEを用いた例で、略円形状のウェル同士を溝部でつないだ例である溝部の幅2μm、深さ14μmである。
図12の断面写真を図13に示す。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明のマイクロウェルアレイチップは、低価格で大量に提供できるため、医薬品開発や医療検査などにおいて広く使い捨てチップとして使用できる。また蛍光発生が無く、寸法や形状の精度が高くマイクロウェルが規則正しく配列しているため、顕微鏡観察、マイクロマニュピレーター、スキャナーなどのプレート読み取り機などに使用でき、医学研究、医薬品開発、医療検査などにおいて好適に用いることができる。さらに表面に抗体を固定したマイクロウェルアレイチップとすることができ、ウェル中の特定の細胞、微生物等が生成する抗原をそのウェル周辺にのみ捕捉しウェルをマークすることができるので、それにより特定の機能を有する細胞、微生物等をスクリーニングすることにも利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】マイクロウェルアレイチップの成形方法の一部を示した工程図である。
【図2】マイクロウェルアレイチップの成形方法の一部を示した工程図である。
【図3】実施例1のマイクロウェルアレイチップ1の全体像である。
【図4】実施例1のマイクロウェルアレイチップ1を上部方向から光学顕微鏡観察した結果の写真である。
【図5】実施例1のマイクロウェルアレイチップ1を断面方向から光学顕微鏡観察した結果の写真である。
【図6】実施例1の抗体固定を行ったマイクロウェルアレイチップ1を明視野観察した結果の写真である。
【図7】実施例1の抗体固定を行ったマイクロウェルアレイチップ1を蛍光観察した結果の写真である。
【図8】実施例2のマイクロウェルアレイチップ2を光学顕微鏡観察した結果の写真である。
【図9】実施例2のマイクロウェルアレイチップ2とスタンパBの構造精度を測定し、比較した結果である。
【図10】スタンパCを用いて製作したマイクロウェルアレスチップの顕微鏡写真を示す。
【図11】スタンパDを用いて製作したマイクロウェルアレイチップの顕微鏡写真を示す。
【図12】スタンパEを用いて製作したマイクロウェルアレイチップの顕微鏡写真を示す。
【図13】スタンパEを用いて製作したマイクロウェルアレイチップの断面写真を示す。
【符号の説明】
【0049】
1 鋳型
2 光硬化性樹脂
3 スライドガラス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板に樹脂製の薄いフィルムを固定してあり、
当該フィルム表面には、内接円直径が0.2〜50μm、深さが0.2〜50μmの複数のウェルを配列してあり、
当該フィルムはラジカル重合性の1個の二重結合を有する単量体Xと、ラジカル重合性の2個以上の二重結合を有する単量体Yとの重合体A及び、単量体Xと単量体Yとの均一混合液体に溶解又はコロイド状に分散する重合体Bを主たる成分とし、20〜25℃における貯蔵弾性率が1〜1100MPaの重合体組成物であり、
重合体Aは、単量体Xと単量体Yとの質量比が90/10〜55/45の範囲にあることを特徴とするマイクロウェルアレイチップ。
【請求項2】
ウェルは、ウェル中心から外側に向けて延在する溝部あるいは隣接するウェル間をつなぐ溝部を有していることを特徴とする請求項1記載のマイクロウェルアレイチップ。
【請求項3】
単量体Xはアクリレート又はメタクリレートを主たる成分とし、当該単量体Xの重合体のガラス転移温度が20℃以下であることを特徴とする請求項1又は2記載のマイクロウェルアレイチップ。
【請求項4】
単量体Xは、アルキルアクリレート,アルキルメタクリレート,シクロアルキルアクリレート,シクロアルキルメタクリレートのいずれかであることを特徴とする請求項1又は2記載のマイクロウェルアレイチップ。
【請求項5】
重合体Bはコア・シェル型の高分子微粒子からなることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のマイクロウェルアレイチップ。
【請求項6】
基板の材質はシリコン、ガラス、プラスチック、金属のいずれかであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のマイクロウェルアレイチップ。
【請求項7】
フィルムは、単量体X、単量体Y、重合体Bを主成分とする光硬化性樹脂を鋳型に流し込み光重合により固化して作製されたことを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のマイクロウェルアレイチップ。
【請求項8】
フィルムはウェル周囲に、ウェルに収納した目的細胞又は目的微生物によって産生される物質に特異的に結合する標識物質を固定してあることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載のマイクロウェルアレイチップ。

【図1】
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【図2】
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【図9】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2009−219480(P2009−219480A)
【公開日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−320217(P2008−320217)
【出願日】平成20年12月16日(2008.12.16)
【出願人】(000236920)富山県 (197)
【Fターム(参考)】