説明

メタクリル酸製造用触媒およびその製造方法、ならびにメタクリル酸の製造方法

【課題】メタクリル酸を高選択率で製造できるメタクリル酸製造用触媒、その製造方法、およびこの触媒を用いたメタクリル酸の製造方法を提供する。
【解決手段】水中に少なくともモリブデン原料およびX元素の原料を添加して、ヘテロポリ酸を含む水性スラリーまたは水溶液を調製し、その水性スラリーまたは水溶液にアルカリ金属化合物を添加して、ヘテロポリ酸の少なくとも一部がアルカリ金属塩になったヘテロポリ酸塩を析出させた後、リン原料を添加したスラリーの温度を70℃以下に保持することで、リン元素、モリブデン元素、X元素(ケイ素、チタン、ゲルマニウム、ヒ素、アンチモンおよびセリウムからなる群より選ばれた少なくとも1種類の元素)およびアルカリ金属元素を含む触媒を製造し、メタクリル酸の製造に用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メタクロレインを分子状酸素により気相接触酸化してメタクリル酸を製造するためのメタクリル酸製造用触媒(以下、単に「触媒」とも記す)の製造方法、この方法により製造される触媒、およびこの触媒を用いたメタクリル酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
メタクロレインを分子状酸素により気相接触酸化してメタクリル酸を製造するメタクリル酸製造用触媒としては、モリブデンおよびリンを含むヘテロポリ酸系触媒が知られている。このようなヘテロポリ酸系触媒としては、カウンターカチオンがプロトンであるプロトン型ヘテロポリ酸、およびそのプロトンの一部をセシウム、ルビジウム、カリウムなどのアルカリ金属で置換し、ヘテロポリ酸塩にしたものが知られている(以下、プロトン型ヘテロポリ酸を単に「ヘテロポリ酸」とも言い、プロトン型ヘテロポリ酸および/またはヘテロポリ酸塩を「ヘテロポリ酸(塩)」とも言う。)。なお、プロトン型ヘテロポリ酸は水溶性であるが、プロトンがアルカリ金属で置換されたヘテロポリ酸塩はこれらカチオンのイオン半径が大きいため、一般に水に難溶性である。
【0003】
例えば、非特許文献1には、ヘテロポリ酸(塩)の構造に関して、以下のような記載がある。
(a)ヘテロポリ酸(塩)は中心に異種元素があり、酸素を共有して縮合酸基が縮合して形成される単核または複核の錯イオンを有している。縮合形態は数種類知られており、リン、ヒ素、ケイ素、ゲルマニウム、チタン等が中心元素となり得る。
【0004】
また、特許文献1には、メタクロレインからメタクリル酸の選択率を向上させるヘテロポリ酸系触媒として、以下の触媒が開示されている。
(b)触媒調製時にモリブデン及びバナジウム成分の原料として酸化物を使用し、カリウム、ルビジウム、セシウム及びタリウム以外の触媒原料と水との混合物を85℃以上に1〜10時間加熱したのち、該混合液を80℃以上に冷却し、カリウム、ルビジウム、セシウム及びタリウムからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を添加し、次いで混合液温80℃以下でさらに硝酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウム、硫酸アンモニウム及び硫酸水素アンモニウムからなる群より選ばれた少なくとも1種の化合物を添加した後、水を除去し残留物を熱処理することを特徴とするリン、モリブデン及びバナジウムを含む多成分系のメタクリル酸製造用触媒。
一方、特許文献2〜4には、イソブタンからメタクリル酸の選択率を向上させるヘテロポリ酸系触媒として、以下の触媒が開示されている。
(c)リンまたはヒ素を中心元素とし、モリブデンを含むヘテロポリ酸(塩)を、ヘテロポリ酸一分子当たり一〜六電子相当還元した触媒(特許文献2)。
(d)リン、ヒ素を中心元素、モリブデン、バナジウムを配位元素として含み、その比率がモリブデン12グラム原子に対して中心元素が0.5〜3グラム原子、バナジウムが0.01〜2グラム原子であるヘテロポリ酸(塩)を含む触媒(特許文献3)。
(e)ヘテロポリ酸の難水溶性の塩、およびリン、モリブデン、バナジウムを含む複合酸化物を含有する触媒(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平4−7037号公報
【特許文献2】特開昭63−145249号公報
【特許文献3】特開平02−42032号公報
【特許文献4】特開2001−114726号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】大竹正之,小野田武,触媒,vol.18,No.6(1976)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、(b)〜(e)の触媒は、工業触媒としてはメタクリル酸の選択率がいまだ不充分であり、工業触媒として用いるためには、更なるメタクリル酸の選択率の向上が望まれている。
【0008】
本発明の目的は、メタクリル酸を高選択率で製造できるメタクリル酸製造用触媒、その製造方法、およびこの触媒を用いたメタクリル酸の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、メタクロレインを分子状酸素により気相接触酸化してメタクリル酸を製造す
る際に用いられる、リン元素、モリブデン元素、X元素(ケイ素、チタン、ゲルマニウム、ヒ素、アンチモンおよびセリウムからなる群より選ばれた少なくとも1種類の元素)およびアルカリ金属元素を含む触媒の製造方法であって、
(i)水中に少なくともモリブデン原料およびX元素の原料を添加して、ヘテロポリ酸を含む水性スラリーまたは水溶液を調製する工程と、
(ii)前記水性スラリーまたは水溶液に、アルカリ金属化合物を添加して、前記ヘテロポリ酸の少なくとも一部のアルカリ金属塩であるヘテロポリ酸塩を析出させる工程と、
(iii)前記ヘテロポリ酸塩が析出している水性スラリーにリン原料を添加する工程と、
(iv)リン原料を添加した後、前記水性スラリーの温度を70℃以下に保持し噴霧乾燥により乾燥物を得る工程と、
(v)前記乾燥物を熱処理する工程と
を有することを特徴とする。
【0010】
また、本発明は、上記の製造方法で製造されたメタクリル酸製造用触媒である。また、本発明は、上記の製造方法で製造されたメタクリル酸製造用触媒を用いて、メタクロレインを分子状酸素により気相接触酸化してメタクリル酸を製造するメタクリル酸の製造方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、メタクロレインを分子状酸素により気相接触酸化してメタクリル酸を高選択率で製造できるメタクリル酸製造用触媒、その製造方法、およびそのメタクリル酸製造用触媒を用いたメタクリル酸の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
<メタクリル酸製造用触媒およびその製造方法>
本発明は、リン元素、モリブデン元素、X元素(ケイ素、チタン、ゲルマニウム、ヒ素、アンチモンおよびセリウムからなる群より選ばれた少なくとも1種類の元素)およびアルカリ金属元素を含む触媒であり、下記式(1)で表される組成を有することが好ましい。
【0013】
MoabcCudefgh (1)
(式中、Mo、P、V、CuおよびOはそれぞれモリブデン、リン、バナジウム、銅および酸素を示す元素記号である。Xはケイ素、チタン、ゲルマニウム、ヒ素、アンチモンおよびセリウムからなる群より選ばれた少なくとも1種類の元素を示し、Yはビスマス、ジルコニウム、銀、鉄、亜鉛、クロム、マグネシウム、コバルト、マンガン、バリウム、セリウムおよびランタンからなる群より選ばれた少なくとも1種類の元素を示し、Zはカリウム、ルビジウムおよびセシウムからなる群より選ばれた少なくとも1種類の元素を示す。a、b、c、d、e、f、gおよびhは各元素の原子比率を表し、a=12のとき、b=0.5〜3、c=0.01〜3、d=0.01〜2、e=0.1〜3、f=0〜3、g=0.01〜3であり、hは前記各元素の原子価を満足するのに必要な酸素の原子比率である。)
本発明の触媒は、以下の工程を有する製造方法により製造される。
・工程(i):水中に少なくともモリブデン原料およびX元素の原料を添加して、ヘテロポリ酸を含む水性スラリーまたは水溶液を調製する(調製工程)。
・工程(ii):前記水性スラリーまたは水溶液にアルカリ金属化合物を添加して、前記ヘテロポリ酸の少なくとも一部がアルカリ金属塩になったヘテロポリ酸塩を析出させる(析出工程)。
・工程(iii):前記ヘテロポリ酸塩が析出している水性スラリーに、リン原料を添加する(リン添加工程)。
・工程(iv):リン原料を添加した後、前記水性スラリーの温度を70℃以下に保持し噴霧乾燥により乾燥物を得る工程(乾燥工程)。
・工程(v):前記乾燥物を熱処理する工程(熱処理工程)。
【0014】
さらに、前記乾燥物を賦形する工程(賦形工程)を有していてもよい。
【0015】
本発明者らは、触媒に含まれるヘテロポリ酸(塩)の中心元素としてX元素のおよびリン元素を用い、X元素の原料をヘテロポリ酸塩の析出前に添加し、リン原料をヘテロポリ酸塩の析出後に添加したのち、該スラリーの温度を一定以下に保持したまま噴霧乾燥を行い乾燥物を得ることにより、触媒性能が向上することを見出した。
【0016】
この理由としては、触媒に含まれるヘテロポリ酸(塩)中に存在するX元素がメタクリル酸の選択率に影響を及ぼしており、X元素の原料をヘテロポリ酸塩の析出前に添加し、リン原料をヘテロポリ酸塩の析出後に添加することで、ヘテロポリ酸(塩)中に存在するX元素の割合が増加すること、およびリン原料を添加した後のスラリーを一定温度以下に保持し噴霧乾燥を行うことで、生じるリンを中心元素とするヘテロポリ酸(塩)の生成量を適度に制御することができるためであると推測している。
【0017】
触媒には、ヘテロポリ酸のカウンターカチオンが全て水素(プロトン)であるプロトン型ヘテロポリ酸と、そのプロトンの一部または全部をセシウム、ルビジウム、カリウムなどのアルカリ金属で置換し、ヘテロポリ酸塩にしたものが存在する。プロトン型へテロポリ酸には、メタクロレインに酸素を供給し、これをメタクリル酸に酸化する効果があり、ヘテロポリ酸塩には、メタクロレインがメタクリル酸に酸化された後、さらに酸化反応が継続してしまう逐次酸化反応を抑制する効果がある。一方、完成した触媒においては、ヘテロポリ酸(塩)以外にも、ヘテロポリ酸(塩)になり得なかった不純物も存在する。
【0018】
このヘテロポリ酸(塩)になり得なかった不純物の役割は明らかではないが、X元素はヘテロポリ酸(塩)を構成することでメタクリル酸の選択率向上に寄与しており、不純物として存在する割合が増加するとメタクリル酸の選択率は低下する。従って、ヘテロポリ酸(塩)中に存在するX元素の割合を増加させることで、メタクリル酸の選択性を向上することができる。
【0019】
本発明においては、中心元素の原料として、X元素の原料が存在する状態でアルカリ金属を添加し、X元素を中心元素とするヘテロポリ酸塩を析出させた後に、リン原料を添加する。これにより、リン元素を中心元素とするヘテロポリ酸(塩)に優先して、X元素を中心元素とするヘテロポリ酸塩が形成されるため、不純物として存在するX元素の割合が減少し、さらにリン原料の添加後のスラリー温度を制御し乾燥を行うことでリン元素を中心元素とするヘテロポリ酸(塩)の生成量が制御され、メタクリル酸の選択率が向上すると推測している。
【0020】
〔調製工程〕
この工程では、水中に少なくともモリブデン原料およびX元素の原料を添加して、ヘテロポリ酸を含む水性スラリーまたは水溶液を調製する。リン原料は、この工程では添加しないことが好ましいが、X元素の原料中のX元素のモル数より少ないモル数のリン元素を供給する量のリン原料であれば添加してもよい。なお、モリブデン原料、リン原料、X元素の原料およびアルカリ金属化合物以外の原料(式(1)で表される組成を有する触媒を製造する場合においては、バナジウム原料、銅原料およびY元素の原料)等は、調製工程、析出工程およびリン添加工程のいずれの段階で添加しても構わない。添加する原料の配合量は、目的とする触媒の組成に応じて適宜決定すればよい。
【0021】
使用する原料としては、各元素の硝酸塩、炭酸塩、酢酸塩、アンモニウム塩、酸化物、ハロゲン化物等が挙げられる。モリブデン原料としては、パラモリブデン酸アンモニウム、三酸化モリブデン、モリブデン酸、塩化モリブデン等が挙げられる。銅原料としては、硝酸銅、酸化銅、炭酸銅、酢酸銅等が挙げられる。
【0022】
水性スラリーまたは水溶液の調製は、水に各元素の原料を加え、加熱しながら攪拌する方法が簡便であり好ましい。調製工程で使用する水の量は、調製工程で使用する原料の合計質量:調製工程で使用する水の質量=1:0.5〜1:15となる量が好ましく、1:1〜1:2となる量がより好ましい。調製工程で使用する水の量をこの範囲にすることでメタクリル酸の選択率が向上する。調製工程で使用する水の量の役割は明らかではないが、水性スラリーの濃度が向上することで、次の析出工程で形成されるヘテロポリ酸塩の物理構造が、逐次酸化反応を抑制するための最適な構造となり、メタクリル酸の選択率が向上するものと推定している。水性スラリーまたは水溶液の加熱温度は80〜130℃が好ましく、90〜130℃がより好ましい。
【0023】
調製される水性スラリーまたは水溶液のpHが高い場合には、硝酸根等を多く含むように各原料を選択することが好ましい。調製される水性スラリーまたは水溶液のpHは4以下が好ましく、2以下がより好ましい。
【0024】
〔析出工程〕
この工程では、調製工程で得られた水性スラリーまたは水溶液にアルカリ金属化合物を添加して、ヘテロポリ酸の少なくとも一部がアルカリ金属塩になったヘテロポリ酸塩を析出させる。アルカリ金属化合物を添加する前に、水性スラリーまたは水溶液を冷却することが好ましい。冷却温度は20〜80℃が好ましく、40〜70℃がより好ましい。
【0025】
析出させるヘテロポリ酸塩は、ケギン型構造でも、ドーソン型等のケギン型以外の構造でも構わないが、ケギン型構造を有することが好ましい。析出させるヘテロポリ酸塩がケギン型であると、よりメタクリル酸の選択率が向上する。ケギン型構造のヘテロポリ酸塩を析出させるためには、例えばモリブデン原料として三酸化モリブデンを使用して、析出工程におけるpHを3以下に調整する方法が挙げられる。析出させたヘテロポリ酸塩の構造は、ヘテロポリ酸塩をろ過等により分離し乾燥させたものを赤外吸収分析で測定することにより確認することができる。ケギン型構造を有するヘテロポリ酸塩であれば、例えばX元素がヒ素である場合は、得られる赤外吸収スペクトルは、960、890、870、780cm−1付近に特徴的なピークを有する。ドーソン型構造を有するヘテロポリ酸塩である場合、得られる赤外吸収スペクトルは、930、870、720cm−1付近に特徴的なピークを有する。
【0026】
アルカリ金属化合物としては、セシウム化合物、カリウム化合物、ルビジウム化合物等が挙げられる。式(1)で表される組成を有する触媒を製造する場合においては、Z元素の原料となる。熱安定性の点から、セシウム化合物が好ましい。セシウム化合物としては、重炭酸セシウム、硝酸セシウム、酸化セシウム等が挙げられる。アルカリ金属化合物の添加量は、目的とする触媒の組成に応じて適宜決定すればよい。
【0027】
アルカリ金属化合物は、溶媒に溶解または懸濁させたアルカリ金属化合物の溶液またはスラリーの状態で添加することが好ましい。溶媒としては、水、エチルアルコール、アセトン等が挙げられるが、水性スラリーまたは水溶液と同じ水を用いることが好ましい。
【0028】
アルカリ金属化合物の溶液またはスラリーの添加速度は、アルカリ金属化合物の溶液またはスラリーの全量を100質量部としたときに、1分間あたりアルカリ金属化合物の溶液またはスラリーを0.1〜80質量部の割合で添加することが好ましく、1〜20質量部の割合で添加することがより好ましい。
【0029】
アルカリ金属化合物を添加した水性スラリーは引き続きリン添加工程に処しても、静置してもよいが、攪拌することが好ましい。撹拌装置としては、回転翼撹拌機、高速回転剪断撹拌機(ホモジナイザー等)等の回転式撹拌装置、振り子式の直線運動型撹拌機、容器ごと振とうする振とう機、超音波等を用いた振動式撹拌機等の公知の撹拌装置が挙げられる。回転式撹拌装置における撹拌翼または回転刃の回転速度は、液の飛散等の不都合が起きない程度に、容器、撹拌翼、邪魔板等の形状、液量等を勘案して適宜調整すればよい。撹拌は連続的または断続的のいずれの方法で行ってもよいが、連続的に行う方が好ましい。
【0030】
調製される水性スラリーのpHを調整するために、硝酸化合物、アンモニア化合物を添加してもよい。硝酸化合物としては、硝酸、硝酸アンモニウムが挙げられる。アンモニア化合物としては、アンモニア水、炭酸水素アンモニウム、炭酸アンモニウム、硝酸アンモニウムが挙げられる。調製される水性スラリーまたは水溶液のpHは4以下が好ましく、2以下がより好ましい。
【0031】
撹拌時の水性スラリーの温度は、20〜80℃が好ましく、40〜70℃がより好ましい。また、アルカリ金属化合物を添加した後の撹拌時間は、5〜60分が好ましく、10〜30分がより好ましい。
【0032】
また静置する時の水性スラリーまたは水溶液の温度は、20〜80℃が好ましく、40〜70℃がより好ましい。静置する時間は、5〜60分が好ましく、10〜30分がより好ましい。
【0033】
〔リン添加工程〕
この工程では、ヘテロポリ酸塩が析出している水性スラリーにリン原料を添加する。リン原料としては、正リン酸、五酸化リン、リン酸アンモニウム等が挙げられる。リン原料の添加量は、目的とする触媒の組成に応じて適宜決定すればよい。
【0034】
リン原料はそのまま添加してもよく、あるいは溶媒に溶解または懸濁させたリン原料の溶液またはスラリーの状態で添加してもよい。溶媒を用いる場合は、溶媒として水、エチルアルコール、アセトン等が挙げられるが、水性スラリーまたは水溶液と同じ水を用いることが好ましい。リン原料の濃度は、5〜85質量%が好ましく、15〜35質量%がより好ましい。
【0035】
本発明においてはリン原料を添加した水性スラリーを70℃以下に保持し噴霧乾燥による乾燥工程に処する。この場合に、リン原料を加えてからすぐに乾燥工程に処してもよいが、一定時間経過後に噴霧乾燥を行っても良い。一定時間保持する場合、該水性スラリーは攪拌することが好ましい。撹拌装置としては、回転翼撹拌機、高速回転剪断撹拌機(ホモジナイザー等)等の回転式撹拌装置、振り子式の直線運動型撹拌機、容器ごと振とうする振とう機、超音波等を用いた振動式撹拌機等の公知の撹拌装置が挙げられる。回転式撹拌装置における撹拌翼または回転刃の回転速度は、液の飛散等の不都合が起きない程度に、容器、撹拌翼、邪魔板等の形状、液量等を勘案して適宜調整すればよい。撹拌は連続的または断続的のいずれの方法で行ってもよいが、連続的に行う方が好ましい。
【0036】
撹拌時の水性スラリーの温度は、70℃以下であり、10〜60℃が好ましく、20〜50℃がより好ましい。また、リン原料を添加した後の撹拌時間は、5〜60分が好ましく、10〜30分がより好ましい。
【0037】
また、水性スラリーを静置する場合、その温度は、70℃以下であり、10〜60℃が好ましく、20〜50℃がより好ましい。静置する時間は、5〜60分が好ましく、10〜30分がより好ましい。静置する時間は、短いほどよいが、2日以内が好ましい。
【0038】
〔乾燥工程〕
この工程では、全ての原料を含む水性スラリーを乾燥することで乾燥物を得る。本発明における乾燥方法としては、モリブデン及びリン原料を含んだ水性スラリーに対し長時間にわたり熱が加えられるのを抑制するため、噴霧乾燥法を用いる。この際に使用する機種や乾燥温度などの条件は特に限定されないが、乾燥するスラリーに熱が加えられる時間が短くなるように乾燥を行うことが好ましい。この際、所望する乾燥品の形状や大きさにより適宜乾燥温度を選択する。
【0039】
乾燥物中のヘテロポリ酸(塩)は、ケギン型構造でも、ドーソン型等のケギン型以外の構造でも構わないが、ケギン型構造を有することが好ましい。乾燥物中の前記ヘテロポリ酸(塩)がケギン型構造であると、メタクロレインの反応率が向上し、メタクリル酸の収率が高くなる。ケギン型構造のヘテロポリ酸(塩)の乾燥物を得るためには、例えば析出工程において上記の方法でケギン型構造のヘテロポリ酸塩を析出させ、リン添加工程および乾燥工程におけるpHを3以下に調整する方法が挙げられる。なお、乾燥物中のヘテロポリ酸(塩)の構造は、赤外吸収分析で測定することにより確認することができる。ケギン型構造を有するヘテロポリ酸(塩)である場合、得られる赤外吸収スペクトルは、1060、960、870、780cm−1付近に特徴的なピークを有する。一方、ドーソン型構造を有するヘテロポリ酸(塩)である場合、得られる赤外吸収スペクトルは、1040、1020、930、720、680cm−1付近に特徴的なピークを有する。
【0040】
〔賦形工程〕
得られた乾燥物をそのまま熱処理してもよいが、その乾燥物を賦形し、得られた賦形品を熱処理してもよい。また、乾燥物を後述する熱処理工程で熱処理したものを賦形してもよい。乾燥物または熱処理した乾燥物の賦形に用いる装置としては、打錠成形機、押出成形機、転動造粒機等の公知の粉体用成形機が挙げられる。賦形品の形状としては特に制限はなく、球状、リング状、円柱状、星型状等の任意の形状が挙げられる。
【0041】
〔熱処理工程〕
この工程では、乾燥物または乾燥物の賦形品を熱処理することで、触媒を得ることができる。熱処理条件としては、特に限定はなく、公知の熱処理条件を適用できる。熱処理は、通常、空気等の酸素含有ガス流通下および/または不活性ガス流通下で、200〜500℃、好ましくは300〜450℃で、0.5時間以上、好ましくは1〜40時間で行う。
【0042】
以上のような本発明のメタクリル酸製造用触媒は、メタクロレインを分子状酸素により
気相接触酸化してメタクリル酸を高収率で製造できる触媒となる。
【0043】
<メタクリル酸の製造方法>
本発明のメタクリル酸の製造方法は、上記本発明のメタクリル酸製造用触媒を用いて、メタクロレインを分子状酸素により気相接触酸化してメタクリル酸を製造することを特徴とする。
【0044】
具体的には、メタクロレインおよび分子状酸素を含む原料ガスと、本発明の触媒とを接触させることで、メタクリル酸を製造する。この反応は、通常、固定床で行う。また、触媒層は1層でもよく、2層以上でもよい。メタクリル酸製造用触媒は、担体に担持させたものであってもよく、その他の添加成分を混合したものであってもよい。
【0045】
原料ガス中のメタクロレインの濃度は、広い範囲で変えることができ、1〜20容量%が好ましく、3〜10容量%がより好ましい。メタクロレインは、水、低級飽和アルデヒド等の本反応に実質的な影響を与えない不純物を少量含んでいてもよい。
【0046】
原料ガス中の分子状酸素の濃度は、メタクロレイン1モルに対して0.4〜4モルが好ましく、0.5〜3モルがより好ましい。なお、分子状酸素源としては、経済性の点から、空気が好ましい。必要ならば、空気に純酸素を加えて分子状酸素を富化した気体等を用いてもよい。
【0047】
原料ガスは、メタクロレインおよび分子状酸素源を、窒素、炭酸ガス等の不活性ガスで希釈したものであってもよい。さらに、原料ガスに、水蒸気を加えてもよい。水の存在下で反応を行うことにより、メタクリル酸をより高収率で得ることができる。原料ガス中の水蒸気の濃度は、0.1〜50容量%が好ましく、1〜40容量%が特に好ましい。
【0048】
原料ガスとメタクリル酸製造用触媒との接触時間は、1.5〜15秒が好ましく、2〜5秒がより好ましい。
【0049】
反応圧力は、大気圧(0.1MPa−G)〜数気圧(例えば1MPa−G)が好ましい。反応温度は200〜450℃が好ましく、250〜400℃が特に好ましい。
【実施例】
【0050】
以下、実施例および比較例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。実施例および比較例中の「部」は質量部を意味する。
【0051】
触媒組成は、アンモニア水に溶解した成分をICP発光分析法と原子吸光分析法で分析することによって算出した。
【0052】
原料ガスおよび生成物の分析は、ガスクロマトグラフィーを用いて行った。ガスクロマトグラフィーの結果から、メタクロレインの反応率、メタクリル酸の選択率、およびメタクリル酸の収率を下記式にて求めた。
メタクロレインの反応率(%)=(B/A)×100
メタクリル酸の選択率(%) =(C/B)×100
メタクリル酸の収率(%) =(C/A)×100
式中、Aは供給したメタクロレインのモル数、Bは反応したメタクロレインのモル数、Cは生成したメタクリル酸のモル数である。
【0053】
〔実施例1〕
純水400部に、三酸化モリブデン100部、メタバナジン酸アンモニウム3.1部、60質量%ヒ酸7.5部および硝酸銅(II)3水和物1.5部を溶解し、これを攪拌しながら95℃に昇温し、液温を95℃に保ちつつ3時間攪拌した。50℃まで冷却後、回転翼攪拌機を用いて攪拌しながら、純水20部に溶解した重炭酸セシウム13.5部および純水20部に溶解した硝酸アンモニウム11.6部を滴下して、ヘテロポリ酸塩を析出させた後、15分攪拌した。析出したヘテロポリ酸塩はケギン型構造を有していた。この水性スラリーに85質量%リン酸水溶液7.3部を滴下し、さらに50℃で15分攪拌した。
【0054】
得られた水性スラリーを50℃に保持し、噴霧乾燥により乾燥を行った。得られた乾燥物中のヘテロポリ酸(塩)は、ケギン型構造を有していた。この乾燥物を加圧成型により賦形し、得られた賦形品を空気流通下に380℃で5時間熱処理した。得られた触媒の酸素以外の元素組成(以下同じ)は、次の通りであった。
【0055】
Mo120.451.1As0.55Cu0.11Cs1.2
この触媒を反応管に充填し、メタクロレイン5容量%、酸素10容量%、水蒸気30容量%、窒素55容量%の原料ガスを反応温度290℃、接触時間3.6秒で通じた。生成物を捕集し、ガスクロマトグラフィーで分析してメタクロレインの反応率、メタクリル酸の選択率、およびメタクリル酸の収率を求めた。結果を表1に示す。
【0056】
〔実施例2〕
85質量%リン酸水溶液滴下した水性スラリーを60℃まで加熱し、温度を60℃に保持しつつ15分間攪拌を行った後噴霧乾燥を行った以外は実施例1と同様にして乾燥物を得た。なお、途中析出したヘテロポリ酸塩はケギン型構造を有し、乾燥物中のヘテロポリ酸(塩)は、ケギン型構造を有していた。この乾燥物を実施例1と同様にして触媒を得た。得られた触媒の元素組成は、次の通りであった。
【0057】
Mo120.451.1As0.55Cu0.11Cs1.2
実施例1と同様にしてメタクリル酸の製造を行った。結果を表1に示す。
【0058】
〔比較例1〕
85質量%リン酸水溶液滴下した水性スラリーを90℃まで加熱し、温度を90℃に保持しつつ15分間攪拌を行った後噴霧乾燥を行った以外は、実施例1と同様にして乾燥物を得た。なお、途中析出したヘテロポリ酸塩はケギン型構造を有しており、乾燥物中のヘテロポリ酸(塩)は、ケギン型構造を有していた。この乾燥物を実施例1と同様に処理して触媒を得た。得られた触媒の元素組成は、次の通りであった。
Mo120.451.1As0.55Cu0.11Cs1.2
この触媒を使用して実施例1と同様にしてメタクリル酸の製造を行った。結果を表1に示す。
【0059】
〔比較例2〕
85質量%リン酸水溶液滴下後の水性スラリーを101℃に加熱し、攪拌しながら蒸発乾固させた以外は実施例1と同様にして乾燥物を得た。なお、途中析出したヘテロポリ酸塩はケギン型構造を有しており、乾燥物中のヘテロポリ酸(塩)は、ケギン型構造を有していた。この乾燥物を実施例1と同様に処理して触媒を得た。得られた触媒の元素組成は、次の通りであった。
Mo120.451.1As0.55Cu0.11Cs1.2
この触媒を使用して実施例1と同様にしてメタクリル酸の製造を行った。結果を表1に示す。
【0060】
〔実施例3〕
メタバナジン酸アンモニウム3.1部を五酸化バナジウム2.4部に変更した以外は、実施例1と同様にして、触媒を製造した。なお、析出したヘテロポリ酸塩はケギン型構造を有しており、乾燥物中のヘテロポリ酸(塩)はケギン型構造を有していた。得られた触媒の元素組成は、次の通りであった。
【0061】
Mo120.451.1As0.55Cu0.11Cs1.2
この触媒を用いた以外は、実施例1と同様にしてメタクリル酸の製造を行った。結果を表1に示す。
【0062】
〔比較例3〕
85質量%リン酸水溶液滴下した水性スラリーを90℃まで加熱し、温度を90℃に保持しつつ15分間攪拌を行った後噴霧乾燥を行った以外は、実施例3と同様にして乾燥物を得た。なお、途中析出したヘテロポリ酸塩はケギン型構造を有しており、乾燥物中のヘテロポリ酸(塩)は、ケギン型構造を有していた。この乾燥物を実施例1と同様に処理して触媒を得た。得られた触媒の元素組成は、次の通りであった。
Mo120.451.1As0.55Cu0.11Cs1.2
この触媒を使用して実施例1と同様にしてメタクリル酸の製造を行った。結果を表1に示す。
【0063】
〔比較例4〕
85質量%リン酸水溶液滴下した水性スラリーを101℃に加熱し、攪拌しながら蒸発乾固させた以外は、実施例3と同様にして乾燥物を得た。なお、析出したヘテロポリ酸塩はケギン型構造を有しており、乾燥物中のヘテロポリ酸(塩)は、ケギン型構造を有していた。この乾燥物を実施例1と同様に処理して触媒を得た。得られた触媒の元素組成は、次の通りであった。
Mo120.451.1As0.55Cu0.11Cs1.2
この触媒を使用して実施例1と同様にしてメタクリル酸の製造を行った。結果を表1に示す。
【0064】
〔実施例4〕
純水200部に、三酸化モリブデン100部、メタバナジン酸アンモニウム6.1部、60質量%ヒ酸11.0部、硝酸セリウム(III)六水和物7.5部および硝酸銅(II)3水和物3.4部を溶解し、これを攪拌しながら95℃に昇温し、液温を95℃に保ちつつ3時間攪拌した。50℃まで冷却後、回転翼攪拌機を用いて攪拌しながら、純水22部に溶解した重炭酸セシウム11.2部、純水6.0部に溶解した硝酸ルビジウム3.1部および純水16部に溶解した炭酸アンモニウム7.2部を滴下して、ヘテロポリ酸塩を析出させた後、15分攪拌した。析出したヘテロポリ酸塩はケギン型構造を有していた。この溶液に85質量%リン酸水溶液4.0部を滴下し、さらに50℃で15分攪拌した。
【0065】
得られた水性スラリーを50℃に保持し、噴霧乾燥により乾燥を行った。得られた乾燥物中のヘテロポリ酸(塩)は、ケギン型構造を有していた。この乾燥物を加圧成型により賦形し、得られた賦形品を空気流通下に380℃で5時間熱処理した。得られた触媒の元素組成は、次の通りであった。
【0066】
Mo120.90.6As0.8Ce0.3Cu0.24Cs1.0Rb0.1
この触媒を用いた以外は、実施例1と同様にしてメタクリル酸の製造を行った。結果を表1に示す。
【0067】
〔比較例5〕
85質量%リン酸水溶液滴下した水性スラリーを90℃まで加熱し、温度を90℃に保持しつつ15分間攪拌を行った後噴霧乾燥を行った以外は、実施例4と同様にして乾燥物を得た。なお、途中析出したヘテロポリ酸塩はケギン型構造を有しており、乾燥物中のヘテロポリ酸(塩)は、ケギン型構造を有していた。この乾燥物を実施例1と同様に処理して触媒を得た。得られた触媒の元素組成は、次の通りであった。
Mo120.90.6As0.8Ce0.3Cu0.24Cs1.0Rb0.1
この触媒を使用して実施例1と同様にしてメタクリル酸の製造を行った。結果を表1に示す。
【0068】
〔比較例6〕
85質量%リン酸水溶液滴下した水性スラリーを101℃に加熱し、攪拌しながら蒸発乾固させた以外は、実施例4と同様にして乾燥物を得た。なお、途中析出したヘテロポリ酸塩はケギン型構造を有していた。得られた乾燥物中のヘテロポリ酸(塩)は、ケギン型構造を有していた。この乾燥物を実施例1と同様に処理して触媒を得た。得られた触媒の元素組成は、次の通りであった。
Mo120.90.6As0.8Ce0.3Cu0.24Cs1.0Rb0.1
この触媒を使用して実施例1と同様にしてメタクリル酸の製造を行った。結果を表1に示す。
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
メタクロレインを分子状酸素により気相接触酸化してメタクリル酸を製造する際に用いられる、リン元素、モリブデン元素、X元素(ケイ素、チタン、ゲルマニウム、ヒ素、アンチモンおよびセリウムからなる群より選ばれた少なくとも1種類の元素)およびアルカリ金属元素を含む触媒の製造方法であって、
(i)水中に少なくともモリブデン原料およびX元素の原料を添加して、ヘテロポリ酸を含む水性スラリーまたは水溶液を調製する工程と、
(ii)前記水性スラリーまたは水溶液にアルカリ金属化合物を添加して、前記ヘテロポリ酸の少なくとも一部がアルカリ金属塩になったヘテロポリ酸塩を析出させる工程と、
(iii)前記ヘテロポリ酸塩が析出している水性スラリーにリン原料を添加する工程と、
(iv)リン原料を添加した後、前記水性スラリーの温度を70℃以下に保持し噴霧乾燥により乾燥物を得る工程と、
(v)前記乾燥物を熱処理する工程と
を有することを特徴とするメタクリル酸製造用触媒の製造方法。
【請求項2】
前記乾燥物中のヘテロポリ酸およびヘテロポリ酸塩が、ケギン型構造を有することを特徴とする請求項1に記載のメタクリル酸製造用触媒の製造方法。
【請求項3】
前記乾燥物を賦形し、得られた賦形品を熱処理することを特徴とする請求項1または2に記載のメタクリル酸製造用触媒の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のメタクリル酸製造用触媒の製造方法で製造されたメタクリル酸製造用触媒。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載のメタクリル酸製造用触媒の製造方法で製造されたメタクリル酸製造用触媒を用いて、メタクロレインを分子状酸素により気相接触酸化してメタクリル酸を製造するメタクリル酸の製造方法。

【公開番号】特開2011−152519(P2011−152519A)
【公開日】平成23年8月11日(2011.8.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−16286(P2010−16286)
【出願日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】