説明

メタルボンド砥石の製造方法

【課題】高寿命のメタルボンド砥石を製造することができる製造技術を提供することを課題とする。
【解決手段】研削材としての砥粒と、砥石の性能を向上させるコバルト及びセラミックスと、結合材とからなるメタルボンド砥石の製造方法であって、加熱を停止し、圧縮不活性ガスの圧力を維持しつつ焼成品を冷却することで砥石を得る冷却処理工程を含み、圧縮不活性ガスの圧力は、ゲージ圧力で0.92〜0.98MPaとする。
【効果】0.92MPa以上であれば、高い降温速度が得られ、0.98MPaに留めることによりホットプレスの価格を抑えることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホーニング粗加工に好適なメタルボンド砥石の製造技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、あらゆる分野において環境に対する取り組みがなされている。車両においても、燃費向上は取り組むべき重大な事項である。燃費向上対策の一つに、シリンダとピストンとの間の摩擦軽減がある。この摩擦軽減は、燃費向上だけでなく、運動性能の向上にも繋がる。
【0003】
上述の摩擦軽減を実現するには、プラトーホーニング工法が有効である。
図8はプラトーホーニング加工が施されたシリンダの断面を拡大した模式図であり、プラトーホーニング加工が施されたシリンダ100の表面には、無数のプラトー(丘)101と、隣り合うプラトー101、101の間に形成される谷102とが形成される。プラトー101の頂面103は面粗さを小さくして摩耗を低減させ、谷102に溜めたオイルで頂面103とピストンとの間の潤滑を維持する。この結果、摺動性と潤滑性を両立させることができる。
【0004】
以上に述べたプラトーホーニング加工に適した砥石として、メタルボンド砥石が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。
【0005】
特許文献1の段落番号[0049]に「製造条件は、硫酸バリウム(BaSO)を含む実施例の砥石の焼結温度500℃及び成型圧力15MPaであった。いずれも調合した混合粉末を同時に過熱(原文のまま。加熱が正しいと思われる)加圧(ホットプレス)して製作した。」の記載がある。
【0006】
本発明者らは、上記焼結条件(500℃、15MPa)で、メタルボンド砥石素材を加圧焼結した。焼結後に、特許文献1には説明されていないが、ヒータへの通電を停止して冷却することでメタルボンド砥石を得た。このときの冷却速度は5.8℃/分であった。
得られたメタルボンド砥石の断面模式図は次の通りである。
【0007】
図9は従来のメタルボンド砥石の断面模式図であり、このメタルボンド砥石110では、母材である金属系結合材Mb中に、コバルト(Co)粒子111と、砥粒112と、二硫化タングステン(WS)粒子113とを分散させることを基本とするが、これに凝集塊115が含まれていることが判明した。
【0008】
この凝集塊115は、機械的特性の向上を目的に添加されるフィラーの分散が不十分であるため、母材である金属系結合材Mbの粗大な結晶中にフィラーであるコバルト粒子111と二硫化タングステン粒子113とが凝集したことにより生成される。このような凝集塊115は、周囲に較べて脆弱である。
【0009】
図10は図9の作用説明図であり、メタルボンド砥石110で暫く研削を行ったところ、凝集塊115が表面から脱落して、ポケット116ができていた。このため保持力が低下して砥粒の脱落が進行することによる研削量の低下、および、凝集塊脱落の進行による摩耗の急増が発生するので、従来のメタルボンド砥石110は寿命が短いという問題があることが分かった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2008−229794公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、高寿命のメタルボンド砥石を製造することができる製造技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1に係る発明は、研削材としての砥粒と、砥石の性能を向上させるコバルト及びセラミックスと、結合材とからなるメタルボンド砥石の製造方法であって、
ホットプレスにより前記砥粒、コバルト、セラミックス及び結合材からなる素材にプレス圧を付与しながら、前記素材を圧縮不活性ガス雰囲気中で、焼成処理することで焼成品を得る加熱処理工程と、
加熱を停止し、前記圧縮不活性ガスの圧力を維持しつつ前記焼成品を冷却することで砥石を得る冷却処理工程と、からなることを特徴とする。
【0013】
請求項2に係る発明では、圧縮不活性ガスの圧力は、ゲージ圧力で0.92〜0.98MPaであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
請求項1に係る発明では、焼成品を圧縮不活性ガス中で冷却するようにした。不活性ガスは圧縮されると密度が大きくなりガス分子同士の衝突頻度が増すので、伝熱性が高まる。すなわち、圧縮不活性ガスは、焼成品の保有熱を、水冷ジャケットへ効率よく伝達する、熱キャリアの役割を果たす。高い降温速度で冷却すると、脆弱な凝集塊の発生を抑制することができる。結果、砥石の寿命を延ばすことができる。焼成品を圧縮不活性ガス中で冷却すると、10℃/分以上の冷却速度が得られる。装置によっては20℃/分以上の冷却速度が得られる。冷却速度が10℃/分以上、好ましくは20℃/分以上であれば、凝集塊の発生を抑えることができる。
【0015】
請求項2に係る発明では、圧縮不活性ガスの圧力を、ゲージ圧力で0.92〜0.98MPaにした。0.98MPaを超えると高圧容器関連法令により、ホットプレスの耐圧性が強く求められ、ホットプレスが高価になる。この点、0.98MPaに留めることにより、ホットプレスの価格を抑えつつ、高い降温速度が得られる。また、0.92MPa以上であれば、高い降温速度が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】ホットプレスの断面図である。
【図2】炉内圧力と降温速度の相関図である。
【図3】降温速度と研削比の相関図である。
【図4】研削前における実験02の砥石の断面模式図である。
【図5】研削前における実験03の砥石の断面模式図である。
【図6】好適な降温速度の範囲を説明する図である。
【図7】炉内圧力の好適範囲を示す図である。
【図8】プラトーホーニング加工が施されたシリンダの断面を拡大した模式図である。
【図9】従来の砥石の断面を拡大した模式図である。
【図10】使用後の砥石の断面を拡大した模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の実施の形態を添付図に基づいて以下に説明する。なお、圧力に関しては次の表記を採用する。減圧状態には、絶対真空をゼロとした絶対圧を使用し、単位の後に(a)を記す。加圧状態には、大気圧をゼロとしたケージ圧を使用し、単位の後に(G)を記す。
【実施例】
【0018】
本発明の実施例を図面に基づいて説明する。
図1に示されるように、ホットプレス10は、水冷ジャケット11を備え、内圧が0.98MPa(G)まで耐える炉殻12と、この炉殻12の底から上向きに挿入された下部パンチ13と、この下部パンチ13に載せられる円筒状のダイ14と、炉殻12のトップから下向きに挿入され、ダイ14に挿入される上部パンチ15と、ダイ14の周囲に配置される黒鉛ヒータ16と、この黒鉛ヒータ16を囲う断熱室17とからなる焼結炉(耐加圧型ホットプレス)である。
断熱室17は、耐久性に富み、断熱性能が高いセラミックファイバー製成形体からなる。
【0019】
下部パンチ13の下部はシリンダ18に挿入され、このシリンダ18へ油圧ポンプ19から圧油が送られると下部パンチ13は上昇する。油圧は圧力検出手段21で検出する。
水冷ジャケット11へは、水ポンプ22で給水される。この水はチラー23に排出され、温度調節がなされた後、水ポンプ22に戻される。
【0020】
黒鉛ヒータ16は炉温制御部25で制御される。すなわち、炉温検出手段26で検出した温度が設定値より低い場合には、黒鉛ヒータ16への給電量を増加し、温度が設定値より高い場合には、黒鉛ヒータ16への給電量を減少させることにより、昇温速度の制御を含む炉温制御が可能となる。
【0021】
また、炉殻12には、炉内の圧力を検出する炉圧検出手段27及び排気・加圧兼用の管28が設けられ、この管28に真空ポンプやエジェクターなどの排気手段29及び不活性ガス供給源31が接続されている。不活性ガスは、アルゴンガスや窒素ガスが入手容易である。ただし、排気手段29と不活性ガス供給源31とは同時に使用されることはない。
【0022】
また、炉圧検出手段27は減圧用と加圧用とは別々に設けることが望ましいが、ここでは便宜的に共用とした。
以上に説明したホットプレス10を用いて次に述べる実験を行った。
【0023】
(実験例)
本発明に係る実験例を以下に述べる。なお、本発明は実験例に限定されるものではない。
○素材:
砥粒(平均粒径69μm):10体積%
コバルト:40体積%
セラミックス:20体積%
結合材:30体積%
【0024】
○素材充填:
上記素材を、図1のダイ14に充填した。なお、ダイ14の最大径は120mmである。
○排気:
炉内の空気を排除するために、図1の排気手段29により、炉内を20Pa(a)又はそれ以下の圧力に減圧する。これで、酸素は殆ど除去される。
【0025】
○不活性ガス充填:
図1の不活性ガス供給源31からアルゴンガスを炉内へ吹き込み、炉圧を所定の圧力に維持する。
○プレス:
図1のパンチ13、15により、素材に30MPaのプレス圧を付与する。
【0026】
○加熱及び昇温速度:
大気温度(25℃)から焼結温度(740℃)まで、12.5℃/分の昇温速度で加熱する。740℃で一定時間保持することにより、焼結処理がなされる。
○加熱停止:
図1の黒鉛ヒータ16を止める。これで、炉内及び素材の温度は下がる。降温の際には、炉内の不活性ガスの圧力が維持されるように、炉圧検出手段27で圧力を監視して排気手段29、及び不活性ガス供給源31を制御する。
【0027】
降温速度は、次図に示す通りであった。
図2に示すように、炉内圧力が0.01MPa(G)では、降温速度は11.9℃/分、0.10MPa(G)で12.8℃/分、0.49MPa(G)で16.0℃/分、0.69MPa(G)で17.5℃/分、0.80MPa(G)で18.7℃/分、0.92MPa(G)で、19.3℃/分であった。
なお、降温速度は740℃〜600℃までの所要時間を計測し、(740−600)/所要時間=降温速度の計算により求めた。
【0028】
また、炉内が20Pa(a)もの高真空の場合は、5℃/分であった。
【0029】
降温速度の差異は、次のように説明することができる。
冷却とは温度が高い炉中心部から低い外周部に熱が伝わる(逃げる)事である。この仲介を果たす伝達物質が雰囲気となる。言い換えれば、熱の伝達は気体分子の衝突で行われる。
【0030】
一般的なホットプレス製法は、炉内を減圧もしくはガス置換を行い、酸素分圧を下げてから焼結する。これは、酸化による劣化を防ぐ為である。減圧雰囲気では、熱を伝達する物質(気体分子)が少なくなる。また、ガス置換についても、ガスの種類が変わっても気体分子数はほとんど変わらない。よって、一般的なホットプレスの雰囲気では降温速度は向上しない。高真空の場合は、上述したように降温速度が半分以下になる。
【0031】
本発明では、炉内の雰囲気を加圧状態でホットプレス製法を行うことにより、降温速度を向上させるものである。高圧ガスを炉に封入することにより気体の分子の数を増やす。すなわち、分子の衝突を増やして放熱を加速することができる。
【0032】
次に、降温速度と砥石の性能との相関を調べる。
図1で説明したホットプレス10で、炉内圧力を0.5MPa(G)に設定する。この設定で得られる15℃/分の降温速度で、砥石を製造した。得られた砥石に係る実験番号を実験01と呼ぶことにする。
【0033】
同様に、ホットプレス10で、炉内圧力を20Pa(a)に設定する。この設定で得られる5℃/分の降温速度で、砥石を製造した。得られた砥石に係る実験番号を実験02と呼ぶことにする。
【0034】
得られた砥石(粗砥石)を用いて、粗研削を行って、研削比を調べた。結果を表1に示す。なお、研削比の定義は次の通りである。
【0035】
砥石でワークを研削した場合に、ワークは所定の体積だけ研削除去される。この体積を研削体積と呼ぶ。また、砥石側もある程度の体積が摩耗する。この体積を摩耗体積と呼ぶ。
(研削体積/摩耗体積)=研削比と定義する。研削比は砥石の寿命そのものを表すので、研削比の大きな砥石、すなわち、砥石の摩耗量が少なく、ワークの研削量が大きい砥石が望まれる。
【0036】
【表1】

【0037】
実験02より実験01の方が、大きな研削比を得ることができた。すなわち、砥石の研削比は降温速度に比例して増加することが期待できる。
そこで、より大きな降温速度で砥石を製造し、研削比を調べることにする。
【0038】
図1の設備では、降温速度の上限が20℃/分に留まる。降温速度を更に高めるために、図1中の断熱室17を、セラミックファイバー製成形体より断熱性能が小さなセラミックスファイバー製フェルトに交換した。結果、30℃/分もの大きな降温速度を得ることができた。30℃/分の降温速度で、砥石を製造した。得られた砥石に係る実験番号を実験03と呼び、研削比を調べた。結果を表2に示す。
【0039】
【表2】

【0040】
図3で、降温速度と研削比の相関を示す。降温速度が15℃/分以上になると、研削比が飛躍的に増大することが確認できた。
【0041】
研削比が大きく異なっているため、実験02の砥石と実験03の砥石とを、顕微鏡で観察した。断面の様子を模式図で説明する。
図4は研削前における実験02の砥石の断面模式図であり、実験02の砥石40は、砥粒41と、コバルト粒子42と、セラミックス粒子43と、これらを結合する金属系結合材44とを基本要素とするが、これに凝集塊45が含まれていた。
【0042】
この凝集塊45は、従来の技術の項で説明したように、機械的特性の向上を目的に添加されるフィラーの分散が不十分であるため、母材である金属系結合材の粗大な結晶中にフィラーであるコバルト粒子42とセラミックス粒子43とが凝集したことにより生成される。このような凝集塊45は、周囲に較べて脆弱である。
【0043】
研削作業を行うと、脆弱な凝集塊45が脱落する。すると、砥粒41に対する支持力が減少し、砥粒41が砥石40から脱落する。摩耗体積が増加し、研削体積が減少するため、(研削体積/摩耗体積)で示される研削比が小さくなり、表1に示されように、研削比が4800に留まった。
【0044】
図5は研削前における実験03の砥石の断面模式図であり、実験03の砥石50は、砥粒51と、コバルト粒子52と、セラミックス粒子53と、これらを結合する金属系結合材54とからなり、凝集塊は認められなかった。
【0045】
研削作業を実行すると、砥粒51の脱落は少なく、良好な研削が行えた。結果、研削比が飛躍的に大きくなり、表2に示されように、研削比が14000になった。
【0046】
表1と表2とに基づいて、炉内圧力と研削比との相関をグラフ化した。
図6に示すように、研削比は、降温速度が5〜15℃/分の範囲では、それ程の増大は期待できない。一方、降温速度が15〜30℃/分の範囲では、降温速度に比例した大きな研削比が得られる。
したがって、研削比の面から、降温速度は15℃/分以上が好ましく、且つ大きいほど良い。
【0047】
また、表2の備考欄に記載したように、断熱性能を下げたため、加熱に要する電気代が嵩む。また、セラミックスファイバー製フェルトは、セラミックスファイバー製成形体より耐久性に乏しいため、断熱室17の交換費用が嵩む。
したがって、実験03を実施するには、運転費が嵩み、実施が困難となる。すなわち、運転費の上昇を抑えることから降温速度は20℃/分以下であることが望まれる。
【0048】
図2でプロットした黒丸の最大値は、0.92MPa(G)であった。また、図3での真空加圧型は、10気圧(0.98MP(G))まで炉内圧力を高めることができる。
したがって、図7に示すように、0.92〜0.98MPa(G)の炉内圧力が好適範囲として推奨される。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明は、ホーニング粗加工に用いるメタルボンド砥石に好適である。
【符号の説明】
【0050】
50…メタルボンド砥石、51…砥粒、52…コバルト粒子、53…セラミックス粒子、54…結合材(金属系結合材)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
研削材としての砥粒と、砥石の性能を向上させるコバルト及びセラミックスと、結合材とからなるメタルボンド砥石の製造方法であって、
ホットプレスにより前記砥粒、コバルト、セラミックス及び結合材からなる素材にプレス圧を付与しながら、前記素材を圧縮不活性ガス雰囲気中で、焼成処理することで焼成品を得る加熱処理工程と、
加熱を停止し、前記圧縮不活性ガスの圧力を維持しつつ前記焼成品を冷却することで砥石を得る冷却処理工程と、
からなることを特徴とするメタルボンド砥石の製造方法。
【請求項2】
前記圧縮不活性ガスの圧力は、ゲージ圧力で0.92〜0.98MPaであることを特徴とする請求項1記載のメタルボンド砥石の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2012−76185(P2012−76185A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−224083(P2010−224083)
【出願日】平成22年10月1日(2010.10.1)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】