説明

モデル予測制御装置およびプログラム

【課題】制御量を目標値とする、という目標に加えて、制御量を目標値以下若しくは以上とする、または、制御量を極力小さくするという目標を同時に実現する。
【解決手段】プロセスモデルに基づいて、被制御量の変化を予測し、操作量を変化させるモデル予測制御装置10であって、被制御量の予測式を用いて、被制御量の変化の予測値を算出する予測部11と、算出した予測値および目標値からの被制御量の超過分を示す変数または目標値からの被制御量の不足分を示す変数の少なくとも一方を含む評価関数を用いて、被制御量が目標値以下となるように、操作量を決定し、被制御量が目標値以上となるように、操作量を決定し、被制御量が目標値となるように、操作量を決定し、被制御量が最小化するように、操作量を決定し、または、被制御量が最大化するように、操作量を決定する操作量決定部12と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロセスモデルに基づいて、被制御量の変化を予測し、操作量を変化させる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、鉄鋼、石油化学、セメントなどの産業で行われているプロセス制御は、プロセスの状態を示す温度や圧力などの制御量(Process Variable)が、予め決められた目標値(Set point Variable)となるように、バルブなどの操作量(Manipulated Variable)を自動的に調節することによって行われている。このような自動制御システムにおいては、一般にPID制御と呼ばれる制御方法が用いられているが、多変量を同時に制御しなければならない場合や、むだ時間が長くプロセスの状態を予測する必要がある場合には、モデル予測制御(Model Predictive Control)と呼ばれる高度な制御方法が広く適用されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、多変数モデル予測制御システムが開示されている。この多変数モデル予測制御システムでは、外部からプラントの出力を制御する制御量の目標値SV、その現在制御量PV、演算器により演算された「SV−PV」を入力し、内部からプラントへの過去の操作量MVおよび外乱DVが入力され、それらの制御時間ステップ毎のデータをニューロモデル部に出力する。この出力値に基づき、ニューロモデル部は、各制御量の変化の予測値を感度計算部に出力する。この出力値に基づき、感度計算部は、各操作量に対する予測値の感度を計算して最適化計算部に出力する。この出力値に基づき、最適化計算部は制御量と操作量の最適化計算を行って得られた操作量MVを、プラントおよびデータ処理部に出力する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−157003号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Jan M.Maciejowski著,足立修一,菅野政明訳,“モデル予測制御 制約のもとでの最適制御”,東京電機大学出版局
【非特許文献2】橋本伊織,長谷部伸治,加納学,”プロセス制御工学”,pp.131-pp.149,朝倉書店
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記の従来技術では、「制御量を目標値に近づけたい」という制御目標に対応するものであり、「制御量を目標値以下にしたい」、若しくは、「制御量をなるべく小さくしたい」という目標を容易に扱うことはできなかった。このようなタイプの目標としては、例えば、品質規格やコストに係るものなどがある。
【0007】
ここで、従来のモデル予測制御を用いて「制御量を目標値以下にしたい」という目標に対応しようとする場合、これを目標として扱うのではなく、制約条件として組み込めば良いように思われる。しかしながら、この場合、何らかの外乱によって制御量が目標値を超えてしまうと、制約条件が成立しなくなって、演算不能となる欠点がある。また、ばらつきを考慮した上で、目標値以下の値を従来のモデル予測制御の目標値とすることも考えられるが、この場合は、制御量が目標値以下の時、目標値を指向する操作が不必要なだけでなく、これがプロセスに対する外乱となり、また、運転効率を低下させる要因となる欠点がある。
【0008】
一方、「制御量をなるべく小さくしたい」という目標についても、従来のモデル予測制御を適用すると、目標値を実現不可能なレベルに設定することが考えられる。しかしながら、状況によって変動する制御量に対して、制御パラメータのチューニングを含めて目標値をどのレベルすれば良いのか明らかではないという問題がある。
【0009】
本発明は、上記のような事情に鑑みてなされたものであり、制御量を目標値とする、という目標に加えて、制御量を目標値以下若しくは以上とする、または、制御量を極力小さくするという目標を同時に実現することができるモデル予測制御装置およびプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
(1)上記の目的を達成するために、本発明は、以下のような手段を講じた。すなわち、本発明のモデル予測制御装置は、プロセスモデルに基づいて、被制御量の変化を予測し、操作量を変化させるモデル予測制御装置であって、前記被制御量の予測式を用いて、前記被制御量の変化の予測値を算出する予測部と、前記算出した予測値および前記目標値からの前記被制御量の超過分を示す変数または前記目標値からの前記被制御量の不足分を示す変数の少なくとも一方を含む評価関数を用いて、前記被制御量が前記目標値以下となるように、前記操作量を決定し、前記被制御量が前記目標値以上となるように、前記操作量を決定し、前記被制御量が前記目標値となるように、前記操作量を決定し、前記被制御量が最小化するように、前記操作量を決定し、または、前記被制御量が最大化するように、前記操作量を決定する操作量決定部と、を備えることを特徴とする。
【0011】
この構成により、被制御量を目標値とする場合のみならず、目標値以下や目標値以上とする場合にも所望の制御を行なうことが可能となる。また、目標値とは関わりなく、被制御量を最小化したり、最大化したりすることも可能となる。その結果、少なくとも5種類の多様な目標を達成することが可能となり、これらを状況に応じて組み合わせて使用することが可能となる。
【0012】
(2)また、本発明のプログラムは、プロセスモデルに基づいて、被制御量の変化を予測し、操作量を変化させるモデル予測制御装置で実行されるプログラムであって、前記被制御量の予測式を用いて、前記被制御量の変化の予測値を算出する処理と、前記算出した予測値および前記目標値からの前記被制御量の超過分を示す変数または前記目標値からの前記被制御量の不足分を示す変数の少なくとも一方を含む評価関数を用いて、前記被制御量が前記目標値以下となるように、前記操作量を決定する処理、前記被制御量が前記目標値以上となるように、前記操作量を決定する処理、前記被制御量が前記目標値となるように、前記操作量を決定する処理、前記被制御量が最小化するように、前記操作量を決定する処理、または、前記被制御量が最大化するように、前記操作量を決定する処理のいずれかの処理と、の一連の処理をコンピュータに読み込み可能および実行可能にコマンド化したことを特徴とする。
【0013】
この構成により、被制御量を目標値とする場合のみならず、目標値以下や目標値以上とする場合にも所望の制御を行なうことが可能となる。また、目標値とは関わりなく、被制御量を最小化したり、最大化したりすることも可能となる。その結果、少なくとも5種類の多様な目標を達成することが可能となり、これらを状況に応じて組み合わせて使用することが可能となる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、目標値からの被制御量の超過分を示す変数または目標値からの被制御量の不足分を示す変数の少なくとも一方を含む評価関数を用いて、操作量を決定するので、従来のモデル予測制御ではできなかったこと、すなわち、制御量を目標値以下若しくは以上とするという目標を実現することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1A】ステップ応答係数を示す図である。
【図1B】ステップ応答係数を示す図である。
【図2】本実施形態に係るモデル予測制御装置の概略構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
次に、本発明に係る実施形態について、図面を参照しながら説明する。本明細書において、本文中の記号の書体と数式中の記号の書体とが異なる場合があるが、これは単に書体が異なるだけであって、実質的には同一である。まず、制御対象のモデルとしてステップ応答モデルを用いた場合の出力の予測方法について説明する。現サンプル時点kからj番目の未来のサンプル時点k+jでの出力ym(k+j)について考える。時刻k+iに制御対象に入った入力Δu(k+i)は、時刻k+j(j>i)では、aj-iΔu(k+i)という出力として現れる。Δu(-∞)からΔu(k+j-1)までの入力によって、出力は、(1)式のように表される。
【0017】
【数1】

【0018】
ここで、Δu(k+i)=u(k+i)-u(k+i-1)で、ai(i=1,…,N,…)は、決められたサンプル間隔のステップ応答係数である(図1Aおよび図1B参照)。
【0019】
図1Aおよび図1Bは、ステップ応答係数を示す図である。図1Aおよび図1Bでは、ステップ応答が一次遅れのように表されているが、制御対象によって、むだ時間があっても逆応答系でも構わない。a1からaNまでの数列が分かっていればよい。
【0020】
ここで、(1)式の時刻を未来と過去の入力に分けて書き直すと(2)式のように表される。
【数2】

【0021】
また、現時刻の出力は(3)式のように過去の入力だけで表され、(2)、(3)式より時刻k+jの予測値は(4)式のように有限個の入力値で計算できるようになる。
【数3】

【0022】
【数4】

【0023】
対象プロセスの操作量uに対するステップ応答モデルaiが得られていたとする。ここでは、測定できない外乱の項d(k+j)も加え、出力の未来値を(5)式のように表す。
【0024】
【数5】

【0025】
また、(6)式のように未来の外乱は一定であり、その値は実測値と予測値の差であるとすると(5)式は(7)式のように表される。
【数6】

【数7】

【0026】
いま現時点をk、予測する未来をk+1からk+P(P≦N)までとしたとき出力の予測値は、(8)式で表されるようになる。
【数8】

【0027】
次に多入力(q)多出力(r)について考える。ステップ応答係数aiを、
【数9】

とステップ応答係数行列に拡張する。これを用いて(8)式を拡張すると多入力多出力系のモデル(9)式が得られる。
【数10】

【0028】
出力の目標値ベクトルを、
【数11】

とすれば、予測値との偏差ベクトルが計算できる。この偏差を用いて(10)式のような評価関数Fを定義する。
【0029】
【数12】

ここで、
【数13】

ΓtΓBtBは、偏差および操作量に係る重み係数であり、この評価関数Fを最小にする、
【数14】

を決定する。また、制約条件を考慮する必要がある場合には、以下のような2次計画問題に変換すればよい。
【0030】
【数15】

【0031】
また、制約式に関しては、全操作変数の上下限を考えると以下のようになる。
【数16】

【0032】
ここで、Iqは、(q×q)の単位行列、現在の目標値を、
【数17】

目標値の上下限を
【数18】

とする。
【0033】
ここで、このようなモデル予測制御では、制御量を目標値以下にしたいという目標を扱うことができない。そこで、目標値からの差異を表す変数を新たに導入し、以下のように定義する。
【0034】
【数19】

ここで、
【数20】

は、目標値からの超過分を表し、
【数21】

は、目標値からの不足分を表すものである。
【数22】

を、
【数23】

以下にしたい場合には、目標からの超過分を最小化するように(10)式の評価関数Fを次のようにすれば良い。
【0035】
【数24】

【0036】
同様に、制御量を目標値以上にしたい場合には、目標からの不足分を最小化することになる。
【数25】

【0037】
また、従来のようにあくまでも目標値を狙う場合にも、過不足変数どちらも最小化することで(10)式と同様の結果となる。
【0038】
【数26】

さらに、目標値とは関係なく最小化したい場合には、
【数27】

【0039】
同様に、目標値とは関係なく最大化したい場合には、
【数28】

とすればよい。つまり、本発明による定式化によれば、従来と同じタイプの制御目標を含めて5種類の多様な目標に対応でき、これを状況によって任意に組み合わせて使用することが可能になる。
【0040】
図2は、本実施形態に係るモデル予測制御装置の概略構成を示すブロック図である。モデル予測制御装置10は、プロセスモデルに基づいて、被制御量の変化を予測し、前記被制御量と目標値とが一致するように操作量を変化させる。予測部11は、制御対象13における被制御量の予測式を用いて、被制御量の変化の予測値を算出する。操作量決定部12は、予測部11が算出した予測値および評価関数を用いて、操作量を決定する。操作量決定部12は、被制御量と目標値との差分を示す変数を、上述したように、評価関数に適用して、操作量を決定する。また、操作量決定部12は、上述したように、差分が最小となるように評価関数を変更する。
【0041】
[実施例]
セメント製造における原料調合プロセスは、所定の調合目標となるように石灰石(一般、高品位)、粘土、頁岩、鉄原料、珪石の配合比率を操作することによって自動制御されている。ここで使用される原料事情は、工場によってさまざまであるが、高価な原料を使用せざるを得ない工場では、調合上の制約を満たす範囲内でこれらの使用を抑えるように手動で管理している場合がある。
【0042】
そこで、本実施例では、どのような原料事情であっても、常にコストが最小となるようなリアルタイム最適化機能を備えた原料調合制御プログラムを示す。制御方式は、上述したモデル予測制御(Model Predictive Control)をベースとして、従来の調合目標だけでなく原料コストの最小化を制御目標に加える方式を採る。また、アルカリや鉱物組成(C3A)などの制約条件も同時に考慮できるようにすることも可能である。
【0043】
(1)調合目標 LSF=95.7 A=5.0 F=4.0 RO≦0.65
(2)原料成分と単位コスト
【0044】
次の表は、計算に用いたデータを示す。
【表1】

【0045】
(3)最適化機能
最適調合の例を、次の表に示す。この表で明らかであるように、同じ制御目標であっても調合によって原料コストが異なる。つまり、原料事情に応じて最適な調合が存在することがわかる。よって、原料調合制御に最適化機能を組み込めば、各原料の成分変動があったとしても、常に最適な方向にアクションすることができ、これまで見逃されていた原価低減が期待できる。
【0046】
【表2】

【0047】
なお、本発明は、コンピュータにプログラムを実行させることによっても実施することが可能である。すなわち、本発明に係るプログラムは、プロセスモデルに基づいて、被制御量の変化を予測し、操作量を変化させるモデル予測制御装置で実行されるプログラムであって、前記被制御量の予測式を用いて、前記被制御量の変化の予測値を算出する処理と、前記算出した予測値および前記目標値からの前記被制御量の超過分を示す変数または前記目標値からの前記被制御量の不足分を示す変数の少なくとも一方を含む評価関数を用いて、前記被制御量が前記目標値以下となるように、前記操作量を決定する処理、前記被制御量が前記目標値以上となるように、前記操作量を決定する処理、前記被制御量が前記目標値となるように、前記操作量を決定する処理、前記被制御量が最小化するように、前記操作量を決定する処理、または、前記被制御量が最大化するように、前記操作量を決定する処理のいずれかの処理と、の一連の処理をコンピュータに読み込み可能および実行可能にコマンド化したことを特徴とする。
【0048】
この構成により、被制御量を目標値とする場合のみならず、目標値以下や目標値以上とする場合にも所望の制御を行なうことが可能となる。また、目標値とは関わりなく、被制御量を最小化したり、最大化したりすることも可能となる。その結果、少なくとも5種類の多様な目標を達成することが可能となり、これらを状況に応じて組み合わせて使用することが可能となる。
【0049】
以上説明したように、本実施形態によれば、従来の「制御量を目標値としたい」という目標に加えて、「制御量を〜以下にしたい」もしくは、「制御量をなるべく小さくしたい」という目標を同時に考慮することができる。例えば、品質スペックと原料コストを同時に勘案しなければならないような場合に、本発明は、特に有効である。
【符号の説明】
【0050】
10 モデル予測制御装置
11 予測部
12 操作量決定部
13 制御対象



【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロセスモデルに基づいて、被制御量の変化を予測し、操作量を変化させるモデル予測制御装置であって、
前記被制御量の予測式を用いて、前記被制御量の変化の予測値を算出する予測部と、
前記算出した予測値および前記目標値からの前記被制御量の超過分を示す変数または前記目標値からの前記被制御量の不足分を示す変数の少なくとも一方を含む評価関数を用いて、
前記被制御量が前記目標値以下となるように、前記操作量を決定し、
前記被制御量が前記目標値以上となるように、前記操作量を決定し、
前記被制御量が前記目標値となるように、前記操作量を決定し、
前記被制御量が最小化するように、前記操作量を決定し、または、
前記被制御量が最大化するように、前記操作量を決定する操作量決定部と、を備えることを特徴とするモデル予測制御装置。
【請求項2】
プロセスモデルに基づいて、被制御量の変化を予測し、操作量を変化させるモデル予測制御装置で実行されるプログラムであって、
前記被制御量の予測式を用いて、前記被制御量の変化の予測値を算出する処理と、
前記算出した予測値および前記目標値からの前記被制御量の超過分を示す変数または前記目標値からの前記被制御量の不足分を示す変数の少なくとも一方を含む評価関数を用いて、
前記被制御量が前記目標値以下となるように、前記操作量を決定する処理、
前記被制御量が前記目標値以上となるように、前記操作量を決定する処理、
前記被制御量が前記目標値となるように、前記操作量を決定する処理、
前記被制御量が最小化するように、前記操作量を決定する処理、または、
前記被制御量が最大化するように、前記操作量を決定する処理のいずれかの処理と、の一連の処理をコンピュータに読み込み可能および実行可能にコマンド化したことを特徴とするプログラム。


【図1A】
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【図1B】
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【図2】
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