説明

ラックアンドピニオン式ステアリング装置及びピニオン

【課題】耐摩耗性に優れるとともに機械加工性に優れ製造しやすいピニオン、及び、長寿命で安価なラックアンドピニオン式ステアリング装置を提供する。
【解決手段】ラックアンドピニオン式ステアリング装置のピニオン22は、炭素の含有量が0.38質量%以上0.75質量%以下、ケイ素の含有量が0.11質量%以上0.83質量%以下、マンガンの含有量が0.5質量%以上2.03質量%以下、クロムの含有量が0.8質量%以上1.5質量%以下、モリブデンの含有量が0.5質量%以下であり、且つ、式値が5.9以上である鋼で構成されている。また、高周波焼入れ処理により硬化され、歯面の硬さはHv600以上である。さらに、歯面の1.0mm内側の深さ位置から歯面までの間の各深さ位置における炭化物の量が面積率で0.51%以上2.97%以下である。さらに、非焼入れ部の組織は調質組織又は焼準組織である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等に用いられるラックアンドピニオン式ステアリング装置及びそのピニオンに関する。
【背景技術】
【0002】
乗用車においては、ステアリング軸の回転を左右の転舵輪の運動に変換する機構として、高剛性且つ軽量であることから、ラックアンドピニオン機構が主に用いられている。そして、ラックアンドピニオン式ステアリング装置のラック及びピニオンは、中炭素鋼材(例えばJIS G4051に規定されたS35〜S55Cに相当する鋼材)で構成され、例えばピニオンは通常は以下のようにして製造される。すなわち、中炭素鋼材を圧延して得た棒状素材に焼入れ,焼戻し処理を施した後に、ラックの歯と噛み合う歯を切削加工により形成し、この歯に高周波焼入れ処理を施す。
【0003】
ラック及びピニオンには、優れた耐摩耗性が要求されると同時に、機械加工性に優れ製造しやすいことが要求される。一般に、高周波焼入れ処理及び焼戻し処理を施した後の鋼材は、炭素の含有量が多いほど硬いという傾向がある。しかしながら、S53C等の中炭素鋼材では、熱処理を工夫することにより表面硬さをHRC58程度にすることはできるものの、耐摩耗性が不十分である場合があった。また、鋼材の炭素の含有量が多くなると機械加工性が低下するため、生産コストが上昇する傾向があった。
【0004】
そこで、鋼材にチタン炭化物,チタン炭窒化物の粒子を分散させるとともに高周波焼入れ処理を行うことにより、耐摩耗性に優れ長寿命で且つ冷間引抜き加工性に優れた転動部材が開示されている(特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−80446号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、チタン炭化物,チタン炭窒化物は硬質であるため、特許文献1に記載の転動部材は、耐摩耗性は優れているものの、機械加工性に関しては更なる改善の余地があった。また、チタンは高価であるため、鋼材のコストの点においても不利である。
そこで、本発明は上記のような従来技術が有する問題点を解決し、耐摩耗性に優れるとともに機械加工性に優れ製造しやすいピニオン、及び、長寿命で安価なラックアンドピニオン式ステアリング装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するため、本発明の態様は、次のような構成からなる。すなわち、本発明の一態様に係るピニオンは、運転者の操舵により回転するステアリング軸と、前記ステアリング軸に連結され前記ステアリング軸の回転に伴って回転するピニオンと、前記ピニオンに噛み合うとともに車輪に連結されるラックと、を備えるラックアンドピニオン式ステアリング装置のピニオンであって、以下の5つの条件を満足することを特徴とする。
【0008】
条件A:炭素の含有量が0.38質量%以上0.75質量%以下、ケイ素の含有量が0.11質量%以上0.83質量%以下、マンガンの含有量が0.5質量%以上2.03質量%以下、クロムの含有量が0.8質量%以上1.5質量%以下、モリブデンの含有量が0.5質量%以下であり、且つ、前記ケイ素の含有量を[Si]、前記マンガンの含有量を[Mn]、前記クロムの含有量を[Cr]、前記モリブデンの含有量を[Mo]として4.0×[Si]+2.4×[Mn]+5.0×[Cr]+16.6×[Mo]なる式で算出される数値が5.9以上である鋼で構成されている。
【0009】
条件B:高周波焼入れ処理により硬化された焼入れ部が表面に形成されているとともに、焼入れが施されていない非焼入れ部が芯部に形成されている。
条件C:歯面の硬さはHv600以上である。
条件D:歯面の1.0mm内側の深さ位置から歯面までの間の各深さ位置における炭化物の量が面積率で0.51%以上2.97%以下である。
【0010】
条件E:前記非焼入れ部の組織は調質組織又は焼準組織である。
また、本発明の他の態様に係るラックアンドピニオン式ステアリング装置は、運転者の操舵により回転するステアリング軸と、前記ステアリング軸に連結され前記ステアリング軸の回転に伴って回転するピニオンと、前記ピニオンに噛み合うとともに車輪に連結されるラックと、を備え、このピニオンが前記態様に係るピニオンであることを特徴とする。
【0011】
ここで、前記条件A〜Eの内容、及び、前記各条件A〜Eにおける各数値の臨界的意義について説明する。
〔高周波焼入れ処理について〕
炭素の含有量が0.75質量%程度の中炭素鋼に焼入れ処理を施す場合には、高周波焼入れ処理を採用することが好ましい。高周波焼入れ処理は加熱時間が短いので、ピニオンの歯面の1.0mm内側の深さ位置から歯面までの間に炭化物を析出させて、耐摩耗性の優れたピニオンを得ることができる。また、高周波焼入れ処理を用いれば、加熱時間が短いことから、非平衡状態組織を容易に得ることができる。そのため、マトリックス中に必要以上の炭化物を溶かさない手法として最適である。バッチ加熱焼入れ処理(ずぶ焼入れ)を採用することも不可能ではないが、炭素の含有量が0.38質量%以上0.75質量%以下の亜共析鋼の場合は、炭化物の量の調整は極めて困難である。
【0012】
〔炭素の含有量について〕
炭素(C)は、高周波焼入れ後の鋼の強度や表面硬さを確保するために必要な元素である。ピニオンの歯面の硬さはHv600以上である必要があるので、それを満足するためには、炭素の含有量は0.38質量%以上である必要がある。ただし、含有量が0.75質量%超過であると、硬さが高くなりすぎて機械加工性が不十分となるおそれがある。
【0013】
〔ケイ素の含有量について〕
ケイ素(Si)は、焼入れ性を向上させる元素であるとともに、製鋼時に脱酸剤として作用する元素であるが、十分な脱酸効果が奏されるためには、ケイ素の含有量は0.11質量%以上である必要がある。ただし、0.83質量%超過であると、硬さが高くなりすぎて機械加工性が不十分となるおそれがある。
【0014】
〔マンガンの含有量について〕
マンガン(Mn)は、焼入れ性を向上させる元素であるとともに、炭化物の球状化を促進する作用を有する元素であり、マンガンの含有量は0.5質量%以上である必要がある。ただし、含有量が2.03質量%超過であると、炭化物が粗大化して焼入れ性が低下するおそれがある。
【0015】
〔クロムの含有量について〕
クロム(Cr)は、焼入れ性を向上させる作用を有する元素であるとともに、炭化物の安定化を促進する元素であり、クロムの含有量は0.8質量%以上である必要がある。ただし、含有量が1.5質量%超過であると、炭化物が粗大化して焼入れ性が低下するおそれがある。
【0016】
〔モリブデンの含有量について〕
モリブデン(Mo)は、焼入れ性や靱性を向上させる元素である。ただし、多量に添加してもその効果は飽和し、コストアップの要因となるので、含有量は0.5質量%以下とする必要があり、0.2質量%以下とすることが好ましい。
〔前記式で算出される数値について〕
ケイ素,マンガン,クロム,及びモリブデンは、厳しい摩耗条件下においてはマトリックス強度を向上させる効果を有するので、耐摩耗性の向上に効果がある。すなわち、厳しい摩耗条件下においては、前記各元素が析出するとともにマトリックスを安定化させるため、マトリックス強度が向上する。
【0017】
本発明者がラックアンドピニオン式ステアリング装置を用いて耐摩耗性試験を行った結果、ピニオンの耐摩耗性に対する前記各元素の寄与度の比は、Si:Mn:Cr:Mo=4.0:2.4:5.0:16.6であることが明らかとなった。そして、ピニオンの耐摩耗性を優れたものとするためには、4.0×[Si]+2.4×[Mn]+5.0×[Cr]+16.6×[Mo]なる式で算出される数値(以降においては「式値」と記すこともある)が5.9以上である必要があり、8.0以上であることがより好ましい。
【0018】
〔歯面の硬さについて〕
ピニオンの歯面の硬さがHv600未満であると、相手材であるラックよりも硬さが低くなってしまう場合があるため、耐摩耗性が不十分となるおそれがある。
〔炭化物の量について〕
表面及びその近傍部分に炭化物が析出すると、炭化物はマトリックスよりも硬質であるため、摩耗が抑制される。また、炭化物により金属同士の接触が抑制されることも、摩耗が抑制される理由の一つである。ピニオンの耐摩耗性を考えると、歯面の1.0mm内側の深さ位置から歯面までの間の部分に炭化物を析出させればよく、それよりも深い部分に炭化物を析出させても無意味である。炭化物の量が面積率で0.51%未満であると、ピニオンの耐摩耗性が不十分となるおそれがある。一方、炭化物の量が面積率で2.97%超過であると、硬さが低下し、歯面の1.0mm内側の深さ位置よりも深い部分(この部分の炭化物の量は面積率で0.2%以下である)との硬さの差が大きくなりすぎるおそれがある。
【0019】
〔非焼入れ部の組織について〕
高周波焼入れ処理を施す際に炭化物が球状化しすぎると、炭化物を溶かすのに必要な時間や熱量が多くなるので、焼入れ時の組織を調整することが難しくなる。よって、高周波焼入れ処理を施す前の鋼材の組織は、調質組織又は焼準組織である必要がある。このような組織を有する鋼材に高周波焼入れ処理を施せば、非焼入れ部の組織は調質組織又は焼準組織となる。
【発明の効果】
【0020】
本発明のピニオンは、耐摩耗性に優れるとともに機械加工性に優れ製造しやすい。また、本発明のラックアンドピニオン式ステアリング装置は、耐摩耗性に優れ長寿命であるとともに製造しやすく安価である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】ラックアンドピニオン式ステアリング装置の構造を説明する図である。
【図2】ピニオンの歯及びその周辺部分を示す部分拡大図である。
【図3】炭化物の量とピニオンの摩耗量との相関を示すグラフである。
【図4】式値とピニオンの摩耗量との相関を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明に係るピニオン及びラックアンドピニオン式ステアリング装置の実施の形態を、図1を参照しながら詳細に説明する。図1は、本発明に係るラックアンドピニオン式ステアリング装置の構造を説明する図である。
ステアリングホイール10が上端部に固定されたステアリング軸11が、ステアリング軸用ハウジング12の内部に、軸心を中心に回転自在に支承されている。また、ステアリング軸用ハウジング12は、下部を車両の前方に向けて傾斜させた姿勢で、車室内部の所定位置に固定されている。
【0023】
ステアリング軸11の回転を左右の転舵輪15,15の運動に変換するラックアンドピニオン機構は、軸方向に移動可能なラック21と、ラック21の軸心に対して斜めに支承されラック21の歯に噛み合う歯を備えたピニオン22と、ラック21及びピニオン22を支承する筒状のラック用ハウジング23と、で構成されている。そして、ラックアンドピニオン機構は、その長手方向が車両の幅方向に沿うようにして、車両の前部のエンジンルーム内にほぼ水平に配置されている。
【0024】
また、ピニオン22の上端部とステアリング軸11の下端部とは、2個の自在継手25,26を介して連結されている。さらに、ラック21の両端部には、転舵輪15,15が連結されている。
運転者によってステアリングホイール10に操舵トルク(回転力)が加えられると、ステアリング軸11が回転し、このステアリング軸11の回転に伴ってピニオン22が回転する。そして、このピニオン22の回転がラックアンドピニオン機構によってラック21の左右方向のスライド運動に変換され、転舵輪15,15が駆動されて自動車が操舵される。
【0025】
なお、本実施形態のラックアンドピニオン式ステアリング装置には、いわゆるパワーステアリング機構を設けてもよい。すなわち、前記操舵トルクは、ステアリング軸11に取り付けられた図示しないトーションバーにより検出され、検出された操舵トルクに基づいて、電動モータ13の出力(操舵を補助する回転力)が制御される。電動モータ13の出力は、ステアリング軸11の中間部分に供給され(ピニオン22に供給されるようにしてもよい)、前記操舵トルクと合わされて、ラックアンドピニオン機構によって転舵輪15,15を駆動する運動に変換される。
【0026】
このラックアンドピニオン式ステアリング装置においては、ピニオン22は下記のような鋼で構成されている。すなわち、炭素の含有量が0.38質量%以上0.75質量%以下、ケイ素の含有量が0.11質量%以上0.83質量%以下、マンガンの含有量が0.5質量%以上2.03質量%以下、クロムの含有量が0.8質量%以上1.5質量%以下、モリブデンの含有量が0.5質量%以下で、残部が鉄及び不可避的不純物であり、且つ、ケイ素の含有量を[Si]、マンガンの含有量を[Mn]、クロムの含有量を[Cr]、モリブデンの含有量を[Mo]として4.0×[Si]+2.4×[Mn]+5.0×[Cr]+16.6×[Mo]なる式で算出される数値が5.9以上である鋼で構成されている。なお、ラック21についても、ピニオン22と同様の鋼で構成してもよい。
【0027】
そして、ピニオン22は、上記のような鋼からなる棒状素材又は管状素材(以降は素材と記すこともある)に調質処理又は焼準処理を施した後に、例えば鍛造により所定の形状(ピニオン形状)に成形し、さらに高周波焼入れ処理及び焼戻し処理を施すことにより製造されている。高周波焼入れ処理により、焼入れが施され硬化された焼入れ部31が表面に形成され、焼入れが施されていない非焼入れ部32が主に芯部に形成される(図2を参照)。
【0028】
さらに、高周波焼入れ処理により、表面及びその近傍部分に微細な炭化物が析出する。そして、歯面の1.0mm内側の深さ位置から歯面までの間の部分33の各深さ位置における炭化物の量は、面積率で0.51%以上2.97%以下となっている。また、焼入れにより硬化された歯面の硬さは、Hv600以上となっている。すなわち、高周波焼入れ処理によってピニオン22の歯面及びその近傍部分の炭化物の量及び硬さが調整される。さらに、非焼入れ部32の組織は、高周波焼入れ処理の前に施した熱処理の種類によって決まり、調質組織又は焼準組織となる。
【0029】
以下に、ピニオン22の製造方法について、さらに詳細に説明する。まず、鋼で構成された棒状素材又は管状素材に、調質処理又は焼準処理を施す。調質処理の内容は、例えば、800℃以上900℃以下の焼入れを施した後に、600℃以上720℃以下の焼戻し処理を施すというものである。また、焼準処理の内容は、例えば、840℃以上880℃以下の温度で加熱した後に放冷処理するというものである。このような調質処理又は焼準処理により、素材は適度な硬さに調整される。
【0030】
次に、調質処理又は焼準処理を施した素材に、例えば鍛造を施し、所定の形状に成形する。
次に、成形した素材に高周波焼入れ処理を施すと、焼入れが施され硬化された焼入れ部31が表面に形成され、焼入れが施されていない非焼入れ部32が主に芯部に形成される。高周波焼入れの条件は特に限定されるものではないが、例えば、出力電流220〜270A、周波数100kHz、加熱時間3〜5秒、冷却時間10〜15秒のような条件があげられる。そして、最後に焼戻し処理を施したら、研削仕上げや超仕上げを施して、ピニオン22を完成した。
【0031】
このようにして得られたピニオン22は、前記のような条件を満たす鋼で構成されており、且つ、歯面の1.0mm内側の深さ位置から歯面までの間の各深さ位置における炭化物の量が面積率で0.51%以上2.97%以下である。また、ピニオン22の歯面の硬さはHv600以上である。よって、ピニオン22は、耐摩耗性に優れる。また、ピニオン22を構成する前記鋼は中炭素鋼に相当し機械加工性に優れるため、ピニオン22は、製造が容易であり製造コストが安価である。さらに、ピニオン22を構成する前記鋼は、高価なチタン等を含有しない汎用鋼に該当するため、ピニオン22の製造コストが安価である。したがって、ピニオン22を備える本実施形態のラックアンドピニオン式ステアリング装置は、耐摩耗性に優れ長寿命であるとともに製造しやすく安価である。
【0032】
〔実施例〕
以下に、実施例を示して、本発明をさらに具体的に説明する。種々の組成を有する鋼で構成された直径26.5mmの丸棒素材に、調質処理を施した。鋼の組成を表1に示す。なお、表1に記載の4種の合金元素以外の成分(残部)は、鉄及び不可避の不純物である。また、調質処理の条件は、800〜900℃で0.1〜1.5h保持することにより焼入れを施した後に、600〜720℃で2〜3h保持することにより焼戻し処理を施すというものである。
【0033】
【表1】

【0034】
調質処理を施した素材に冷間鍛造を施して、ピニオンの形状に成形した。そして、成形した素材に高周波焼入れ処理を施し、それに続いて焼戻し処理を施して、ピニオンを完成した。この高周波焼入れ処理により、焼入れが施され硬化された焼入れ部が素材の表面(主に歯の表面)に形成されるとともに、焼入れが施されていない非焼入れ部が主に芯部に形成された。また、高周波焼入れ処理及び焼戻し処理の条件を適宜設定することにより、歯面の炭化物の量(面積率)と歯面の硬さを所望の値とした。得られた各ピニオンの鋼種、歯面の炭化物の量、及び歯面の硬さを表2,3に示す。また、表4には、得られた各ピニオンの鋼種、歯面の硬さ、及び式値を示す。
【0035】
なお、歯面の炭化物の量の測定方法は以下の通りである。炭化物の量は、電界放射型走査型電子顕微鏡(FE−SEM)を用いて測定した。すなわち、加圧電圧10kVでピニオンの歯面を観察し、3000倍に拡大した写真を少なくとも10視野撮影し、その写真を2値化してから画像解析装置にて炭化物の量を面積率で算出した。なお、1種のピニオンにつき10個のピニオンの炭化物の量を測定し、その平均値をその種のピニオンの炭化物の量とした。
【0036】
【表2】

【0037】
【表3】

【0038】
【表4】

【0039】
このようにして得られたピニオンを、図1と同様のラックアンドピニオン式ステアリング装置に組み込んで、耐久性試験を行った。すなわち、ステアリングホイールを回転させてラックをフルストロークまで移動させ、元の位置に戻すという操作を10万回行った後に、ピニオンを取り外して、ピニオンの摩耗量を測定した。なお、ラックは、JIS G4051に規定されたS45Cで構成され、高周波焼入れ処理及び焼戻し処理により歯面の硬さがHv653に調整されたものである。
【0040】
耐久性試験の結果(ピニオンの摩耗量)を表2〜4に示す。なお、表2,3に記載した摩耗量の数値は、所定の対照例のピニオンの摩耗量との比([対照例のピニオンの摩耗量]/[試験したピニオンの摩耗量])で示してある。よって、摩耗量の数値が1よりも大きいと、対照例よりも耐摩耗性が高いことを示す。何を対照例としたかは、表2,3の場合は「対照とする比較例」の欄に記してある。また、表4の場合は、実施例1のピニオンを対照例とした。
【0041】
表2,3及び図3のグラフから分かるように、歯面の炭化物の量が面積率で0.51〜2.97%の範囲内であれば、ピニオンの摩耗量は少なかった。炭化物の量が面積率で2.97%超過であると、炭化物の析出量が多量であるためマトリックスの硬さが低下して、かえって耐摩耗性が低下した。
また、表4及び図4のグラフから分かるように、鋼の式値が5.9未満であると耐摩耗性が低かった。なお、表4に記載した各実施例及び各比較例の炭化物の量は、面積率で1〜1.5%の範囲内である。
【符号の説明】
【0042】
11 ステアリング軸
21 ラック
22 ピニオン
31 焼入れ部
32 非焼入れ部
33 歯面の1.0mm内側の深さ位置から歯面までの間の部分

【特許請求の範囲】
【請求項1】
運転者の操舵により回転するステアリング軸と、前記ステアリング軸に連結され前記ステアリング軸の回転に伴って回転するピニオンと、前記ピニオンに噛み合うとともに車輪に連結されるラックと、を備えるラックアンドピニオン式ステアリング装置のピニオンであって、以下の5つの条件を満足することを特徴とするピニオン。
条件A:炭素の含有量が0.38質量%以上0.75質量%以下、ケイ素の含有量が0.11質量%以上0.83質量%以下、マンガンの含有量が0.5質量%以上2.03質量%以下、クロムの含有量が0.8質量%以上1.5質量%以下、モリブデンの含有量が0.5質量%以下であり、且つ、前記ケイ素の含有量を[Si]、前記マンガンの含有量を[Mn]、前記クロムの含有量を[Cr]、前記モリブデンの含有量を[Mo]として4.0×[Si]+2.4×[Mn]+5.0×[Cr]+16.6×[Mo]なる式で算出される数値が5.9以上である鋼で構成されている。
条件B:高周波焼入れ処理により硬化された焼入れ部が表面に形成されているとともに、焼入れが施されていない非焼入れ部が芯部に形成されている。
条件C:歯面の硬さはHv600以上である。
条件D:歯面の1.0mm内側の深さ位置から歯面までの間の各深さ位置における炭化物の量が面積率で0.51%以上2.97%以下である。
条件E:前記非焼入れ部の組織は調質組織又は焼準組織である。
【請求項2】
運転者の操舵により回転するステアリング軸と、前記ステアリング軸に連結され前記ステアリング軸の回転に伴って回転するピニオンと、前記ピニオンに噛み合うとともに車輪に連結されるラックと、を備え、前記ピニオンが請求項1に記載のピニオンであることを特徴とするラックアンドピニオン式ステアリング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−23734(P2013−23734A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−160104(P2011−160104)
【出願日】平成23年7月21日(2011.7.21)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】