説明

ラテックス産出植物の乳管細胞を検出する方法

【課題】ラテックス産出植物において乳管細胞を特異的に検出するための方法を提供する。
【解決手段】ラテックス産出植物の乳管細胞を検出するにあたり、乳管細胞を有するラテックス産出植物の組織標本を作製し、該組織標本をナイルレッドで染色し、330nmから450nmの励起波長と460nmから480nmの吸収波長で、染色された該組織標本の蛍光を検出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はラテックス産出植物において乳管細胞を検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ラテックス産出の増強などを目的として、パラゴムノキ(Hevea brasiliensis)などのラテックス産出植物のラテックス産出を解析するためには、該植物のラテックス産出器官である乳管細胞を組織染色して検出する技術が必要である。乳管細胞は脂質に富む細胞であるが、これまで植物において細胞内脂質を検出する目的には、オイルレッドを用いた染色法が用いられることが多かった。なおオイルレッドは無極性かつ脂溶性の色素であるため、オイルレッドと植物組織が接触すると該色素は組織内脂質に溶け込むので、オイルレッドを用いて乳管細胞を染色することが可能である。しかし、オイルレッドは単なる染色剤であって蛍光色素ではないので、生きた細胞に使用して染色を観察できないなどの点で応用に限りがあり、更にオイルレッドによる染色には大量の染色剤が必要であるという問題もあった。またオイルレッドによる染色は特異性という点でも満足がいくものではなかったので、乳管細胞の染色に適した他の染色用色素が求められていた。
【0003】
その他の染色用色素として、ナイルブルーと硫酸から得られる親油性の色素であるナイルレッドが知られている。ナイルレッドは細胞内の油滴に貯蔵されてそれらを赤く染めるので、動物の脂肪細胞や組織内に存在する脂質の検出などに広く用いられている。しかし植物組織については、ナイルレッドを用いて組織染色が行なわれた例は殆んど存在しなかった。
【0004】
なお、非特許文献1には、カンキツ類の植物の中に存在するミネラルオイルをナイルレッドで染色したことが記載されている。すなわち非特許文献1では、460nmから490nmの励起フィルターを用いて、蛍光顕微鏡によりナイルレッドの蛍光を検出している。なお非特許文献1においては、ラテックス産出植物についての検討はなされていない。
【0005】
更に非特許文献2には、海洋性の緑藻の細胞内脂質と細胞膜をナイルレッドを用いて検出することが記載されている。しかしこれも緑藻に関する知見であり、ラテックス産出植物に関するものではない。
【0006】
【非特許文献1】B.L.Tan et al., Journal of Experimental Botany, (2005) Vol.56, No.42, pp2755-2763
【非特許文献2】G.H.Kim et al., J.Cell Sci., (2001) Vol.114, No.11, pp2009-2014
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
よって本発明の課題は、乳管細胞の特異的な検出を可能とするために、ラテックス産出植物の乳管細胞を特定の励起波長及び吸収波長で蛍光染色して検出する、新たな方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために本発明は、以下の(1)から(6)の発明を提供するものである。
(1) 乳管細胞を有するラテックス産出植物の組織標本を作製し、該組織標本をナイルレッドで染色し、330nmから450nmの励起波長と460nmから480nmの吸収波長で、染色された該組織標本の蛍光を検出することを特徴とする、ラテックス産出植物の乳管細胞を検出する方法。
(2) 前記ラテックス産出植物が、パラゴムノキ、ケシ、キャッサバ、グアユール及びロシアタンポポからなる群から選択された植物であることを特徴とする、上記(1)記載の方法。
(3) 前記ラテックス産出植物がパラゴムノキであることを特徴とする、上記(2)記載の方法。
(4) 前記励起波長が355nmから425nmであることを特徴とする、上記(1)から上記(3)のいずれか1記載の方法。
(5) 前記吸収波長が470nmであることを特徴とする、上記(1)から上記(4)のいずれか1記載の方法。
(6) 前記組織標本の蛍光を検出する手段が、蛍光顕微鏡であることを特徴とする、上記(1)から上記(5)のいずれか1記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
ラテックス産出植物をナイルレッドで染色し、特定の励起波長と吸収波長でナイルレッドの蛍光を検出することにより、ラテックス産出植物の乳管細胞を高感度で特異的に検出することが可能となった。
【0010】
またその他にも、本発明の方法を採用することにより、種々の有利な効果を得ることができる。すなわち、本発明で用いるナイルレッドは蛍光色素であることから、特定の励起波長及び吸収波長による検出と組み合わせた本発明の方法により、少量の蛍光色素を用いて、高い選択性で、迅速に、細胞が生きた状態でパラゴムノキの乳管細胞を染色できる。よって本発明の方法は、パラゴムノキにおいてラテックスを生合成する部位である乳管細胞を詳細且つ精度よく観察するのに適している。また、ナイルレッドによる染色と特定の励起波長及び吸収波長による検出と組み合わせた本発明の方法を用いて定量的な測定することにより、ラテックス生合成の活性測定ができる。
【0011】
更に、本発明の方法を用いて乳管数を測定し、ラテックス収量と乳管の数との関係や、パラゴムノキの樹齢と乳管の数との関係などを解析することもできる。そしてそのような知見を利用して、栽培されているパラゴムノキの乳管数を基にしてラテックス収量を予測するなどの応用もできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の方法は、親油性の染色試薬であるナイルレッドでパラゴムイキなどのラテックス産出植物の組織標本を染色し、染色された組織標本を330nmから450nmの励起波長と460nmから480nmの吸収波長でラテックス産出植物の乳管細胞を検出するものである。なお、励起波長が355nmから425nmであり、検出波長が470nmであることは、本発明において特に好適である。また蛍光の検出に用いる装置は特に限定されるものではないが、蛍光顕微鏡を用いて組織標本の蛍光を検出することは本発明において好適である。
【0013】
なお、本願明細書において「ラテックス産出植物」とは、ラテックスを産出する機能を有する植物を意味するものである。その具体例としてパラゴムノキ、ケシ、キャッサバ、グアユール、ロシアタンポポなどを挙げることができるが、本発明のラテックス産出植物としてパラゴムノキは特に好ましい。
【0014】
本発明で用いるナイルレッドは、9-(ジエチルアミノ)-5H-ベンゾ[α]フェノキサジン-5-オンで示される化学構造を有し、既に述べたように、蛍光顕微鏡やフローサイトメトリーを用いて細胞内の脂質を検出する目的に使用される。なおナイルレッドの最大励起波長は549nmであり、最大吸収波長は628nmであることが知られている。例えばThe Journal of Cell Biology, (2007) Vol.100, pp965-973にP.Greenspanらのナイルレッドに関する総説が掲載され、その中にナイルレッドの基本的な化学特性と、ナイルレッドを用いて種々の動物細胞を染色した実験例が記載されている。
【0015】
本発明の検出対象であるラテックス産出植物の乳管細胞内には、脂肪酸やゴム粒子(例えばポリイソプレン)が多量に存在している。よって親油性のナイルレッドにより乳管細胞内のそれらの成分が染色されるために、ナイルレッドを用いた蛍光染色により乳管細胞を染色することができる。
【0016】
ナイルレッドで染色したサンプルの蛍光を検出するにあたっては、一般的には、上記で述べた最大励起波長が549nmで最大吸収波長が628nmに近い波長条件が採用されている。しかし、これらの一般的に使用されている波長でナイルレッド染色後のラテックス産出植物の乳管細胞を検出した場合には、植物が有する自家蛍光のために乳管細胞以外の細胞も染色及び検出がされてしまう。よって染色のバックグラウンドが高くなり、乳管細胞とその他の細胞を明確に区別することが困難となる問題がある。
【0017】
そこで本発明者らは、ナイルレッドで蛍光染色された乳管細胞を検出する際の励起波長と吸収波長について鋭意検討したところ、励起波長として330nmから450nm、吸収波長として460nmから480nmを採用することにより、自家蛍光とナイルレッドで染色された細胞を分けて検出できることを見出した。言い換えれば、ナイルレッドの蛍光を特定の励起波長及び吸収波長で検出するという本発明の方法により、ラテックス産出植物の乳管細胞を、特異的に且つ低いバックグラウンドで検出することが可能となった。
【0018】
本発明の方法の具体的な態様について更に詳細に説明する。乳管細胞を検出する対象であるパラゴムノキなどのラテックス産出植物の組織を、約5〜10mm角に細断する。そのように細断された組織標本を、4%パラフォルムアルデヒド(PFA)、ホルマリン:酢酸:50%エタノール=1:1:18(FAA)、又はホルマリンなどの固定液中に30分から18時間浸漬することにより、組織標本を固定化することができる。固定化の方法は特に限定されるものではなく、本技術分野における通常の方法を適宜用いることができる。そして、そのように固定化した組織標本を組織包埋剤で包埋し、包埋組織標本を作製することができる。そのような目的に使用できる組織包埋剤は特に限定されるものではないが、例えばO.C.Tコンパウンドや4%カルボキシメチルセルロースなど、本技術分野で一般的に使用されているものを用いることができる。
【0019】
また組織を凍結する凍結法によっても組織標本を固定化および包埋できる。具体的には、約5〜10mm角に細断した組織を、O.C.Tコンパウンド、4%カルボキシメチルセルロースなどの包埋剤で包埋し、-100℃付近まで冷却したヘキサン、ヘキサン/イソペンタンの1:1混合溶液などの冷媒中に浸漬することにより、組織を固定化および包埋することができる。
【0020】
そのようにして作製した包埋組織標本とナイルレッドを接触させ、該包埋組織標本をナイルレッドで染色する。ナイルレッドによる染色は本技術分野における通常の方法で行なうことができるが、例えば10〜100μg/mLのナイルレッドの溶液を、包埋組織標本に50〜100μL滴下することにより染色することができる。ここで、滴下するナイルレッド溶液の濃度と量は、必用に応じて適宜改変することができる。なおナイルレッドの蛍光の減衰を防ぐために、包埋組織標本とナイルレッドを接触させた後には、できるだけ早く、少なくとも24時間以内に蛍光を検出することが望ましい。
【0021】
ナイルレッドの蛍光の検出は、330nmから450nmの励起波長と460nmから480nmの吸収波長、好ましくは355nmから425nmの励起波長と470nmの吸収波長を用いて行なわれる。一般的には蛍光の検出に使用する蛍光顕微鏡の光路に、上記の励起波長を透過させる励起フィルターと、上記の吸収波長を透過させるバリアフィルターを設置し、蛍光顕微鏡で該波長の蛍光を検出する。
【実施例】
【0022】
以下に、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0023】
パラゴムノキの組織を5〜10mm角に細断し、以下のようにして凍結法によって包埋組織標本を作製した。
【0024】
細断された組織をO.C.Tコンパウンド又は4%カルボキシメチルセルロースで包埋し、包埋した組織を冷媒中で凍結させた。冷媒には、ドライアイスにヘキサンを混ぜたもの、またはドライアイスにヘキサンとイソペンタンの混合液(1:1)を混ぜたものを用いた。凍結の際にはドライアイス以外の他に、−100℃付近まで冷却できる冷却装置を用いた。凍結包埋した試料から、切片作製装置である凍結ミクロトームで厚さ20〜30μmの組織切片を作製した。その組織切片をスライドグラスに貼り付け、水洗して包埋剤を除き、包埋組織標本を得た。
【0025】
上記の包埋組織標本上に、アセトン中に溶解したナイルレッド(10〜100μg/mL)を50〜100μL滴下して染色し、カバーグラスを載せて蛍光顕微鏡で観察した。このときの蛍光顕微鏡の蛍光フィルターとして、実施例では、355-425nmの励起フィルターと470nmのバリアフィルターを用いた。一方、530-595nmの励起フィルターと615nmのバリアフィルターを用いて、従来から一般的に用いられている条件でも蛍光顕微鏡での観察を行い、比較例とした。
【0026】
パラゴムノキの組織切片の蛍光を、蛍光顕微鏡で観察した写真を図1に示す。実施例の写真を図1(a)に、比較例の写真を図1(b)に、それぞれ示す。本発明で規定された波長の励起フィルターとバリアフィルターを用いた実施例では、乳管細胞が特異的に染色されていた。一方、従来の波長の励起フィルターとバリアフィルターを用いた比較例では、かなりの自家蛍光が認められるために、乳管細胞とその他を区別することが困難であった。この結果から、本発明の方法により、パラゴムノキの乳管細胞を特異的に検出できることが判った。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明の方法によれば、ラテックス産出植物をナイルレッドで染色し、特定の励起波長及び吸収波長で蛍光を検出することにより、乳管細胞を特異的に検出することができる。本発明で使用しているナイルレッドは蛍光色素であるので、特定の波長による検出と組み合わせた場合に、少量の色素で、迅速に、高い感度で、乳管細胞を検出できるという利点がある。そのような利点を有する本発明の方法は種々の応用が可能であり、例えば農園で栽培しているパラゴムノキの乳管数を本発明の方法で測定することにより、ラテックスの収量を予想するなど、農園におけるゴムノキの管理技術に応用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】図1は、パラゴムノキの包埋組織標本をナイルレッドで染色した際の蛍光を、蛍光顕微鏡で観察した写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳管細胞を有するラテックス産出植物の組織標本を作製し、該組織標本をナイルレッドで染色し、330nmから450nmの励起波長と460nmから480nmの吸収波長で、染色された該組織標本の蛍光を検出することを特徴とする、ラテックス産出植物の乳管細胞を検出する方法。
【請求項2】
前記ラテックス産出植物が、パラゴムノキ、ケシ、キャッサバ、グアユール及びロシアタンポポからなる群から選択された植物であることを特徴とする、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記ラテックス産出植物がパラゴムノキであることを特徴とする、請求項2記載の方法。
【請求項4】
前記励起波長が355nmから425nmであることを特徴とする、請求項1から請求項3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
前記吸収波長が470nmであることを特徴とする、請求項1から請求項4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
前記組織標本の蛍光を検出する手段が、蛍光顕微鏡であることを特徴とする、請求項1から請求項5のいずれか1項記載の方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−109217(P2009−109217A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−278883(P2007−278883)
【出願日】平成19年10月26日(2007.10.26)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 植物の物質生産プロセス制御基盤技術開発委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】