説明

ラベル化によるアミノ酸配列解析方法

【課題】ペプチドやタンパク質のアミノ酸配列を質量分析法によって解析する際に、ラベル化を行うことにより、b系列のみを強く検出するようにしたアミノ酸配列解析方法を提供することを目的とする。また、液体クロマトグラフ質量分析計を用いてジペプチド等の親水性物質を解析する際に、ジペプチドを確実にカラム中に保持させることができるアミノ酸配列解析方法を提供することを目的とする。
【解決手段】ペプチド又はタンパク質のN末端に、6−アミノキノリル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメートを反応させてラベル化し、該ラベル化したペプチド又はタンパク質のアミノ酸配列を質量分析法によって決定するアミノ酸配列解析方法からなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生化学分野におけるペプチドやタンパク質のアミノ酸配列を質量分析法によって解析する方法に関する。特に、データベースに存在しないペプチド、タンパク質のデノボシーケンス解析において、ラベル化剤試薬を用いることによりアミノ酸配列を正確に決定するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、生体試料中のペプチドおよびタンパク質を構成しているアミノ酸の配列解析には、エドマン分解を利用したペプチドシーケンサー装置が用いられてきた。この方法は、古典的な方法で非常に優れた手法であるが、ペプチドのN末端がブロックされていると測定ができないという欠点があった。また、測定は基本的に液体クロマトグラフィーによるため解析時間が60分程度必要であり、さらに光学的に検出するため感度はpmolレベルに留まり、近年の生化学分野で要求される検出感度に比べると決して高いといえない。
【0003】
そこで近年では、遺伝子情報と、液体クロマトグラフ質量分析計から得られるマススペクトルに基づいてアミノ酸配列解析が行われている。しかし、この手法は遺伝子情報のない生物種には適用が困難であった。
【0004】
すなわち、質量分析計を用いてアミノ酸配列解析を行うと、図4に示すようなマススペクトルが得られる。通常タンパク質由来のペプチドであれば、C末端を有するy系列とN末端を有するb系列が混在した状態であっても遺伝子情報とマススペクトルの値からデータベースを参照することで配列を決定することができる。しかし、一般にヒトやマウスなどの生物種ではデータベースが充実しているが、他の大部分の生物種はデータ登録数が少なくデータベースとして機能していないか、もしくはデータベースが存在しない。このような遺伝子情報のない生物種については、デノボシーケンス解析によりマススペクトルから配列を予測するしかなかった。その場合、実際のマススペクトル上ではどのピークがy系列でありb系列であるかの区別はつかないため、アミノ酸配列の候補がかなりの数で算出されることになり、正確なアミノ酸配列の解析は困難であった。
【0005】
これに対し、ペプチドのN末端やC末端を予め化学修飾し、質量分析において修飾末端を含むペプチド断片を高感度に検出する技術が知られている。
【0006】
例えば、(特許文献1)には、解析すべきペプチド、又はその解析すべきペプチドを必要に応じ断片化して得られたペプチド断片のN末端に、側鎖に酸性基を有するアミノ酸のアミノ基が保護基で保護された、N−ビオチニルシステイン酸等のアミノ酸誘導体を結合させ、質量分析法によってペプチドのアミノ酸配列を決定する方法が開示されている。
【0007】
また、(特許文献2)には、N末端標識試薬及び衝突活性化開裂法を併用する質量分析法によるペプチドのアミノ酸配列解析方法において、そのN末端標識試薬として少なくとも塩素又は臭素が結合したピリジン環を含有し、かつプロダクトイオンが荷電を持ち易い化合物を使用するアミノ酸配列解析方法が開示されている。
【0008】
上記従来の方法に対し、デノボシーケンス解析をより正確に行うため、b系列(もしくはy系列)をより強く検出できるようにする技術の開発が望まれていた。
【0009】
また、発酵食品に含まれるジペプチド等を解析する場合に、液体クロマトグラフ質量分析計を用いると、親水性の高いジペプチドがカラムに保持されにくく、検出及び解析が困難になるという問題もあった。生化学分野における親水性物質(ジペプチド等)への解析要求は今後大きく増大していくことが予想されるため、そのような親水性物質にも適用可能なアミノ酸配列の解析方法の開発が望まれる。
【0010】
【特許文献1】特開2004−294431号公報
【特許文献2】特開平9−101310号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで本発明は、上記従来の状況に鑑み、ペプチドやタンパク質のアミノ酸配列を質量分析法によって解析する際に、ラベル化を行うことにより、b系列のみを強く検出するようにしたアミノ酸配列解析方法を提供することを目的とする。
【0012】
また、本発明は、液体クロマトグラフ質量分析計を用いてジペプチド等の親水性物質を解析する際に、ジペプチドを確実にカラム中に保持させることができるアミノ酸配列解析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題に対し、測定すべきペプチドもしくはタンパク質を、6−アミノキノリル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメートで化学修飾(いわゆるラベル化)することにより、ペプチド及びタンパク質の電荷のポテンシャルが変化し、N末端側に電荷がシフトするため、質量分析においてb系列が特異的に検出されることを見い出した。さらには、ラベル化剤の母骨格のベンゼン環に由来して、ペプチド及びタンパク質の物理化学的性質が親水性から疎水性へ変化し、カラムに保持され易くなることを見い出した。
【0014】
すなわち、本発明の要旨は次の通りである。
(1)ペプチド又はタンパク質のN末端に、6−アミノキノリル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメートを反応させてラベル化し、該ラベル化したペプチド又はタンパク質のアミノ酸配列を質量分析法によって決定するアミノ酸配列解析方法。
(2)ペプチド又はタンパク質のN末端に、6−アミノキノリル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメートを反応させてラベル化し、該ラベル化したペプチド又はタンパク質のアミノ酸配列を液体クロマトグラフ質量分析計を用いて決定するアミノ酸配列解析方法。
(3)ペプチド又はタンパク質が、親水性のジペプチドである上記(1)又は(2)に記載のアミノ酸配列解析方法。
【発明の効果】
【0015】
従来は、遺伝子情報を有する生物種についてしか正確にアミノ酸配列解析ができなかったが、6−アミノキノリル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメートによるラベル化によって直接マススペクトルからアミノ酸配列を決定することができ、高価な解析ソフトも不要となり、データベースに依存しないデノボシーケンス解析を正確にかつ短時間に行うことができる。
【0016】
また、測定が従来困難であった親水性のジペプチドについても解析が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0018】
本発明のアミノ酸配列解析方法は、ペプチド又はタンパク質のN末端に、6−アミノキノリル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメートを反応させてラベル化し、そのラベル化したペプチド又はタンパク質のアミノ酸配列を質量分析法によって決定することを特徴とする。
【0019】
測定対象であるペプチド及びタンパク質としては、特に限定されるものではなく、ジペプチド、トリペプチド、及びそれ以上のアミノ酸からなるペプチドや、各種タンパク質を挙げることができる。特に、本発明は、いまだ遺伝子情報のない生物種についてのデノボシーケンス解析に好適に用いられる。また、タンパク質は、リン酸化などの各種修飾を受けていても良い。なお、タンパク質は、分子量が大きい場合、予め酵素消化によって断片化することが好ましい。このような酵素としては、トリプシン、リジルエンドペプチダーゼ、アルギニンエンドペプチダーゼ等が挙げられる。測定するためのペプチド及びタンパク質の量としては、数マイクログラムあれば十分である。
【0020】
これらのペプチドもしくはタンパク質に対し、6−アミノキノリル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメートを接触させ、N末端をラベル化する。反応条件は適宜設定することができ、例えばペプチド/タンパク質と6−アミノキノリル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメートとをpHを調整した溶液中で混合、攪拌することにより行うことができる。
【0021】
特に、発酵食品等に存在する親水性のジペプチドを測定する場合には、6−アミノキノリル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメートでラベル化することによってジペプチドを疎水性にすることができる。したがって、質量分析計への導入手段として液体クロマトグラフを用いたときに、ジペプチドをカラム中に確実に保持することができる。親水性のジペプチドとしては、特に限定されるものではないが、一例としてIle−His、Ile−Arg、Ile−Lys、Gly−Ala、Ala−Glu等を挙げることができる。
【0022】
次に、ラベル化したペプチドもしくはタンパク質を、質量分析計に導入し、アミノ酸配列を解析する。ラベル化したペプチドもしくはタンパク質は、N末端側に電荷がシフトしているため、質量分析計から得られるマススペクトルではb系列が強く検出され、これによりデータベースを利用することなくアミノ酸配列を正確に決定することができる。
【0023】
質量分析計としては、従来知られた種々の装置を用いることができる。具体的には、ペプチドのイオン化方法として、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)、エレクトロスプレーイオン化法(ESI)等を挙げることができる。
【0024】
また、質量分析装置として、例えば、イオントラップ質量分析計、四重極型質量分析計、磁場型質量分析計、飛行時間(TOF)型質量分析計、フーリエ変換型質量分析計、あるいはリニアトラップ(四重極型)−飛行時間型質量分析計等のタンデム質量分析計等を用いることができる。
【0025】
図1に、アミノ酸配列解析を行うための一実施形態として、液体クロマトグラフ質量分析計の装置構成を示す。図1において、ラベル化された試料は、まずオートサンプラ6にセットされ、その後システム内に導入される。試料は一旦、トラップカラム5に保持され、その間に、グラジエントポンプ1によって分離するためのグラジエント溶液が作製される。10方バルブ4で交互に切り替え、ナノフローポンプ(低流量専用ポンプ)2によって送液し、トラップカラム5に保持されているラベル化された試料を分析カラム7に導入する。分析カラム7内では、それぞれのラベル化されたペプチドに分離され、その後ペプチドがリニアトラップ飛行時間型質量分析装置8に導入され、MS/MS分析によりマススペクトルが得られる。得られたマススペクトルからはb系列が強く検出され、直接にアミノ酸配列の解析が可能になる。また、親水性のジペプチドは、従来、トラップカラム5に保持され難く検出できなかったが、6−アミノキノリル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメートによるラベル化によって図2の液体クロマトグラムに示すように検出することが可能となる。
【実施例】
【0026】
以下、実施例により本発明を説明するが、これに限定されるものではない。
(実施例1)
ペプチドとして、LLIIPペプチドを用いた。この試料(数μg)を、ラベル化の前に減圧乾燥しておく。続いて、減圧乾燥された試料に20mM塩酸を20μl加え、十分に攪拌した。次に、pH9程度の炭酸緩衝液を60μl加え十分に撹拌した。さらに、アセトニトリルで溶解させた6−アミノキノリル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメート(市販品、商品名:Accq Tag(商標))を20μl加え10秒間撹拌した後、1分間静置してラベル化を行った。
【0027】
ラベル化した試料を、図1に示す液体クロマトグラフ質量分析計に導入し、MS/MS測定を行ってマススペクトルを得た(図2)。図2に示すように、b系列が強く検出され、アミノ酸配列を正確に求めることができた。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】液体クロマトグラフ質量分析計の一実施形態を示す図である。
【図2】ラベル化前後のジペプチドの液体クロマトグラムを示す図である。
【図3】ラベル化したLLIIPペプチドのMS/MSスペクトルを示す図である。
【図4】ラベル化していないAFHQPTGELWKペプチドのMS/MSスペクトルを示す図である。
【符号の説明】
【0029】
1 グラジエントポンプ
2 ナノフローポンプ
3 バックフラッシュポンプ
4 10方バルブ
5 トラップカラム
6 オートサンプラ
7 分析カラム
8 リニアトラップ飛行時間型質量分析装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ペプチド又はタンパク質のN末端に、6−アミノキノリル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメートを反応させてラベル化し、該ラベル化したペプチド又はタンパク質のアミノ酸配列を質量分析法によって決定するアミノ酸配列解析方法。
【請求項2】
ペプチド又はタンパク質のN末端に、6−アミノキノリル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメートを反応させてラベル化し、該ラベル化したペプチド又はタンパク質のアミノ酸配列を液体クロマトグラフ質量分析計を用いて決定するアミノ酸配列解析方法。
【請求項3】
ペプチド又はタンパク質が、親水性のジペプチドである請求項1又は2に記載のアミノ酸配列解析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−300094(P2009−300094A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−151596(P2008−151596)
【出願日】平成20年6月10日(2008.6.10)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】