説明

リグノセルロース材料の蒸解方法

【課題】低カッパー価かつ高収率のパルプの提供、および薬液使用量の削減、回収ボイラーの負荷低減。
【解決手段】リグノセルロース材料を、蒸解するための容器に送られる以前に、リグノセルロース材料の絶乾重量に対して活性アルカリ添加率が1%以上5%以下となる活性アルカリとキノン化合物X(%)を含むアルカリ性溶液を添加し、この時の系内の液比をY(L/kg)とした場合、Z=X・Y-1・104で表されるキノン化合物濃度Zが100ppm以上であり、リグノセルロース材料を温度条件80〜120℃で加熱処理する工程を設け、引き続いてアルカリ性溶液を追添加し蒸解する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リグノセルロース材料の蒸解方法に関する。さらに詳しくは、キノン化合物を用いたアルカリ性蒸解方法をより効果的に実施する化学パルプの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
これまで工業的に実施されている化学パルプの主な製造法は、木材等のリグノセルロース材料のアルカリ性蒸解方法、特に水酸化ナトリウムと硫化ナトリウムが主成分のアルカリ性蒸解液を用いるクラフト法が多く利用されている。また、このアルカリ性蒸解液にキノン化合物類を添加するいわゆるキノン化合物蒸解方法も広く知られている。
【0003】
キノン化合物蒸解方法において、添加されたキノン化合物類がセルロースおよびヘミセルロースの末端アルデヒド基を酸化して安定化させることにより、ピーリング反応を防ぐことで、セルロースおよびヘミセルロースの溶出反応を抑え、自身はヒドロキノン型になる。一方、ヒドロキノン型となったキノン化合物類はリグニンに作用してリグニンを還元溶解させ、それ自体はキノン型になる。このようにキノン化合物類は、自身の持つ酸化還元サイクルを通じてセルロースおよびヘミセルロースを安定化し、脱リグニンを促進させることにより、パルプのカッパー価が同一の条件で比較した場合、収率が向上すると同時に、蒸解で必要な活性アルカリ量を減少させるという効果をもたらすとされている。
【0004】
クラフト法においても近年に改善が図られ、一般に修正クラフト蒸解と呼ばれる、蒸解の最初および途中で蒸解液を分割して添加すること等を特徴とする方法が現れ、カッパー価の低減やパルプ強度の向上が見られ、この修正クラフト蒸解にキノン化合物類を用いることも知られている(例えば、特許文献1)。この修正クラフト蒸解において、キノン化合物による添加効果を高める方法として、蒸解初期の浸透工程でリグノセルロース材料を処理する蒸解液として、特定の活性アルカリ濃度及びキノン化合物濃度を含有する蒸解液を用いることでキノン化合物による添加効果を高める方法が提案されている。(特許文献2)
【0005】
しかしながら、発明者らがユーカリ材でキノン化合物を用いた修正クラフト蒸解を行いキノン化合物の挙動を調べた結果、蒸解開始10分後に取り出したリグノセルロース材料内部に存在するキノン化合物は、添加した量に対して50%弱程度であって、添加したキノン化合物の約半分が直接リグノセルロース材料内部の反応と関わることができずに排出されてしまうといった問題点があることがわかった。さらに、蒸解途中すなわちリグノセルロース材料内部が、アルカリ性蒸解液で満たされている状態でキノン化合物を添加した場合は、添加した量に対して30%弱程度であって、大半のキノン化合物が浸透しない問題があった。
【特許文献1】特開平4−209883号公報
【特許文献2】特開2006−104631号公報
【非特許文献1】田中潤治、第75回紙パルプ研究発表会講演要旨集、東京、p26-29、(2008))
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、本発明の目的は、リグノセルロース材料の蒸解方法において、キノン化合物の添加効果を最大限に高めることのできる前処理方法としてリグノセルロース材料のキノン化合物を用いた加熱処理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
すなわち、本発明は以下に記載の骨子を特徴とするものである。
【0008】
(1)リグノセルロース材料をアルカリ性蒸解液を用いて蒸解する方法において、リグノセルロース材料の蒸解工程の前工程として、リグノセルロース材料の絶乾重量に対して活性アルカリ添加率が1〜5%となる活性アルカリ及びキノン化合物を含むアルカリ性溶液中でリグノセルロース材料を80〜120℃で加熱処理する工程を設けることを特徴とするリグノセルロース材料の蒸解方法。
【0009】
(2)リグノセルロース材料をアルカリ性蒸解液を用いて蒸解する方法において、リグノセルロース材料の蒸解工程の前工程であって、リグノセルロース材料の脱気・含水処理工程の後工程に、リグノセルロース材料の絶乾重量に対して活性アルカリ添加率が1〜5%となる活性アルカリ及びキノン化合物を含むアルカリ性溶液中でリグノセルロース材料を80〜120℃で加熱処理する工程を設けることを特徴とするリグノセルロース材料の蒸解方法。
【0010】
(3)リグノセルロース材料をアルカリ性蒸解液を用いて蒸解する方法において、リグノセルロース材料の蒸解工程の前工程であって、リグノセルロース材料の脱気・含水処理工程の前工程に、リグノセルロース材料の絶乾重量に対して活性アルカリ添加率が1〜5%となる活性アルカリ及びキノン化合物を含むアルカリ性溶液中でリグノセルロース材料を80〜120℃で加熱処理する工程を設けることを特徴とするリグノセルロース材料の蒸解方法。
【0011】
(4)リグノセルロース材料をアルカリ性蒸解液を用いて蒸解する方法において、リグノセルロース材料の蒸解工程の前工程であって、リグノセルロース材料の脱気・含水処理する工程を、リグノセルロース材料の絶乾重量に対して活性アルカリ添加率が1〜5%となる活性アルカリ及びキノン化合物を含むアルカリ性溶液の存在下、80〜120℃で行うことを特徴とするリグノセルロース材料の蒸解方法。
【0012】
(5)リグノセルロース材料を温度条件80〜120℃で加熱処理する工程の後、当該加熱処理に用いたアルカリ性溶液を抽出することなくリグノセルロース材料の蒸解工程を行うことを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれかに記載のリグノセルロース材料の蒸解方法。
【0013】
(6)アルカリ性溶液の存在下に行うリグノセルロース材料の脱気・含水処理する工程の後、当該脱気・含水処理に用いたアルカリ性溶液を抽出することなくリグノセルロース材料の蒸解工程を行うことを特徴とする上記(4)に記載のリグノセルロース材料の蒸解方法。
【0014】
(7)アルカリ性溶液中のキノン化合物濃度が、リグノセルロース材料の絶乾重量に対するキノン化合物の添加率をX(%)、リグノセルロース材料の絶乾重量に対するアルカリ性溶液の体積の比(液比)をY(L/kg)としたときに、下記式で示されるキノン化合物濃度Zが、アントラキノン換算重量で100ppm以上であることを特徴とする上記(1)〜(6)のいずれかに記載のリグノセルロース材料の蒸解方法。
Z=X・Y-1・104
【0015】
(8)さらに、Xが0.03%以下であることを特徴とする上記(7)に記載のリグノセルロース材料の蒸解方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明を行うことにより、従来の蒸解方法に比べて、同じキノン化合物を添加した条件では、より低カッパー価かつ高収率のパルプを提供すること、およびそれに伴う薬液使用量の削減、回収ボイラーの負荷低減が達成可能である。あるいは、従来の蒸解方法と同じ効果をもたらすために必要なキノン化合物を節減することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明は、リグノセルロース材料をキノン化合物の存在下、アルカリ性溶液を用いて蒸解してパルプを製造する蒸解方法に関するものである。
【0018】
本発明に使用するリグノセルロース材料としては、針葉樹または広葉樹等の木材チップが好ましいが、バガスやワラ等の非木材と呼ばれるものでもよく、特に限定されるものではない。木材の種類としては、例えば、針葉樹としてはダグラスファー、スプルース、松、杉等、広葉樹としてはブナ、ナラ、ユーカリ、アスぺン、アカシア等が挙げられる。
【0019】
本発明における、キノン化合物を含むアルカリ性溶液を添加する直前のリグノセルロ−ス材料の含水率については特に限定しない。すなわち、本発明では風乾状態、水飽和状態、絶乾状態いずれのチップでも適用できる。
【0020】
本発明を適用できるリグノセルロ−ス材料の蒸解方法として、ソーダ蒸解やクラフト蒸解、サルファイト蒸解等のアルカリ性蒸解液を用いる蒸解方法が挙げられる。また、アルカリ性蒸解液であるクラフト蒸解液の一部を酸化して得られるポリサルファイド蒸解にも用いることができる。
【0021】
具体的に、リグノセルロ−ス材料の蒸解方法とは、一般に浸透工程及び蒸解工程を有する方法であり、好ましくはこれらを連続的に行う連続蒸解法が挙げられる。但し、本発明と同等の効果が得られる限りにおいて、いわゆるバッチ式蒸解法等、他の蒸解方法であっても良い。ここで、浸透工程とは、蒸解工程に先立ちリグノセルロース材料に蒸解液を浸透させると共に、一部脱リグニン反応が進行する工程であり、蒸解工程は、蒸解液によるリグノセルロース材料の脱リグニン反応が実質的に進行する工程である。本発明を好適に適用できるリグノセルロ−ス材料を連続的に蒸解する蒸解装置としては、蒸解釜内部に塔頂ゾーン、上部蒸解ゾーン、下部蒸解ゾーン等が備えられた1ベッセル型蒸解装置、あるいは蒸解釜の前に浸透ベッセルが設置された2ベッセル蒸解装置が挙げられ、通常、1ベッセル型蒸解装置では、塔頂ゾーンが浸透工程を担い、2ベッセル蒸解装置では、浸透ベッセルが浸透工程を担う。
【0022】
これらの蒸解装置、あるいは、その他の蒸解装置のいずれを使用した場合であっても、主としてリグノセルロース材料中に蒸解液を浸透させる浸透工程と実質的な蒸解反応が行われる蒸解工程があり、浸透工程及び蒸解工程を合わせた蒸解系に用いられる全蒸解液を適宜分割し、浸透工程および蒸解工程の工程毎に少なくとも1箇所に蒸解液を供給、添加することが行われている。さらに、蒸解工程においては、蒸解ゾーンを複数に分割し、それぞれの蒸解ゾーンに蒸解液を分割添加と黒液抽出を行うことが広く行われており、浸透工程においても、2ベッセル蒸解装置の浸透ベッセルの中段に蒸解液を追加する形で2箇所以上に分割して添加することも行われている。
【0023】
本発明は、キノン化合物を含むアルカリ性溶液による加熱処理を、リグノセルロース材料の蒸解工程の前工程として行うことが好ましい。ここでの蒸解工程とは、バッチ式蒸解釜の場合は蒸解釜内で脱リグニン反応が実質的に進行するアルカリおよび温度条件下でリグノセルロース材料が処理される工程をいう。また連続式蒸解釜では、1ベッセル型蒸解装置の場合は蒸解釜の頂部以降において、2ベッセル蒸解装置の場合は浸透ベッセル以降において、脱リグニン反応が実質的に進行するアルカリおよび温度条件下でリグノセルロース材料が処理される工程をいう。脱リグニン反応が実質的に進行する温度条件としては、アルカリ条件によっても異なるがおおむね130℃以上の温度領域である。
【0024】
本発明に用いるキノン化合物類としては、キノン化合物のみならず、ヒドロキノン化合物やこれらの前駆体から選ばれる化合物も含み、蒸解助剤として公知の化合物を使用することができる。例えば、アントラキノン、ジヒドロアントラキノン(例えば、1,4−ジヒドロアントラキノン)、テトラヒドロアントラキノン(例えば、1,4,4a,9a−テトラヒドロアントラキノン、1,2,3,4−テトラヒドロアントラキノン)、メチルアントラキノン(例えば、1−メチルアントラキノン、2−メチルアントラキノン)、メチルジヒドロアントラキノン(例えば、2−メチル−1,4−ジヒドロアントラキノン)、メチルテトラヒドロアントラキノン(例えば、1−メチル−1,4,4a,9a−テトラヒドロアントラキノン、2−メチル−1,4,4a,9a−テトラヒドロアントラキノン)等のキノン化合物であり、アントラヒドロキノン(一般に、9,10−ジヒドロキシアントラセン)、メチルアントラヒドロキノン(例えば、2−メチルアントラヒドロキノン)、ジヒドロアントラヒドロアントラキノン(例えば、1,4−ジヒドロ−9,10−ジヒドロキシアントラセン)又はそのアルカリ金属塩等(例えば、アントラヒドロキノンのジナトリウム塩、1,4−ジヒドロ−9,10ージヒドロキシアントラセンのジナトリウム塩)等のヒドロキノン化合物であり、アントロン、アントラノール、メチルアントロン、メチルアントラノール等の前駆体が挙げられる。
【0025】
本発明において用いられる上記のキノン化合物には、アルカリ性溶液に対して溶解性のものと難溶解性のものがある。アルカリ性溶液に溶解性のキノン化合物を前処理に用いた場合、リグノセルロース材料中に浸透しやすくなるので好ましい。このようなキノン化合物として、9,10−アントラヒドロキノンなどが挙げられる。アルカリ性溶液に難溶解性のものを用いた場合、アルカリ性溶液に溶解した糖類によって還元されてから徐々に溶解することによってリグノセルロース材料中に浸透していく。このため、アルカリ性溶液に可溶なキノン化合物を使用した場合と比べて、長い前処理時間を要する。このようなアルカリ性溶液に難溶解性のキノン化合物として、9,10-アントラキノン、2−メチルアントラキノンなどが挙げられる。これらを用いる場合、微粉化して液中に懸濁させたものを用いると、溶解性が高まりリグノセルロース材料中に浸透しやすくなるので好ましい。
【0026】
本発明において、リグノセルロース材料中にキノン化合物を効果的に浸透させるためには、リグノセルロース材料が初めて接触する液として、後述する所定濃度のキノン化合物およびその浸透に必要なアルカリが含まれているアルカリ性溶液を用いるのが好ましい。以後、このような液を浸透液とも称する。
【0027】
この浸透液中のアルカリ量の範囲を活性アルカリ添加率で示すと、リグノセルロース材料の絶乾重量に対して1%以上5%以下含んでいることが好ましい。1%未満であると、リグノセルロース材料内部への前処理時間が長くなるので好ましくない。5%を超えると、アルカリと多糖類の反応が起こりやすくなり、パルプ収率が低下してしまう恐れがあるので好ましくない。
【0028】
現在、一般的な蒸解で用いられている活性アルカリ添加率は13.0〜24.0%である。一方、連続式蒸解釜における修正クラフト蒸解法で白液を分割添加して蒸解する方法において、蒸解釜頂部(従来の浸透工程)にキノン化合物と共に添加する白液の割合は全体の40〜90%である。したがって、現在の修正クラフト蒸解法で、キノン化合物と共に添加される活性アルカリ添加率は5.2%〜21.6%と推定される。
【0029】
この浸透液として、その後の蒸解工程で用いるアルカリ性溶液(白液)を使用しても勿論問題ない。この他にも黒液、緑液をその一部として用いることができる。一般的に蒸解工程全体で用いるアルカリ性溶液の活性アルカリ濃度は、100〜120g/L(Na2O換算)である。
【0030】
なお、活性アルカリとは蒸解液中のアルカリ度を示す尺度であり、ソーダ法であればNaOH、クラフト法であればNaOH+Na2SをNa2O重量に換算した値で表され、活性アルカリ添加率とは、リグノセルロース材料の絶乾重量に対する活性アルカリの量を100分率で表したものである。
【0031】
一般的にキノン化合物を用いた蒸解では、キノン化合物の添加量を増加させると得られる効果も増加する。本発明において、浸透液にはリグノセルロース材料の絶乾重量に対してキノン化合物X(%)を含み、この時の系内の液比をY(L/kg)とした場合、下記式(1)で表されるキノン化合物濃度(リグノセルロース材料中の水分を含む)Zが、アントラキノン換算で100ppm以上含んでいることが好ましい。
【0032】
Z=X・Y-1・104 (1)
【0033】
ここで、キノン化合物濃度Zが100ppm未満であると、キノン化合物を用いた従来の蒸解方法で使用される範囲内であり、キノン化合物による効果が充分に得られない。なお、ここでいう液比とは、バッチ式の蒸解方法においては、バッチ型蒸解釜で用いられる蒸解液(アルカリ性溶液)体積とリグノセルロース材料の絶乾重量との比(L/Kg)であり、連続式の蒸解方法においては、蒸解装置の所定領域における単位時間当たりのリグノセルロース材料の供給量(絶乾重量)に対する単位時間当たりの蒸解液(アルカリ性溶液)の供給量(体積)の比(L/Kg)である。
【0034】
本発明において、キノン化合物濃度Zがアントラキノン換算で100ppm以上を達成するためには、キノン化合物の添加率Xを大きくするか、系内の液比Yを小さくする方法が考えられる。後者の方法を採用すると、キノン化合物の使用量を増やすことなく、キノン化合物の添加量に対する効果が大きくなり、経済的にパルプ生産を行うことができるので好ましい。
【0035】
本発明において、キノン化合物を含む浸透液を添加する際の系内の液比(式(1)のY)は0.5L/kg以上であることが好ましい。より好ましくは2.5L/kgを超えるものである。液比が0.5〜2.5L/kgの状態では、リグノセルロース材料に対して浸透液の体積が小さいため、一部のリグノセルロース材料中にキノン化合物が浸透してしまうことが予想される。しかし、この範囲であれば加熱処理後に機械的な方法等で均一化することが可能であり、その後蒸解液を添加することによって、キノン化合物が均一にリグノセルロース材料全体に行き渡るので問題はない。但し、液比が0.5L/kg未満であると、ごく一部のリグノセルロース材料中のみに浸透するため、系内のリグノセルロース材料全体に均等にキノン化合物が行き渡らずに、キノン化合物の効果が発現しにくくなるので好ましくない。
【0036】
本発明において、リグノセルロース材料を浸透液で加熱処理する際の温度は80〜120℃であることが好ましい。この温度が80℃未満であるとキノン化合物がリグノセルロース材料中に充分に浸透せず、キノン化合物によって得られる効果が期待できなくなるので好ましくない。また、加熱処理の温度が120℃を超えると、多糖類の分解が起こってしまい、パルプ品質が損なわれるので好ましくない。加熱処理の温度が90〜110℃であればさらに好ましい。
【0037】
本発明において、リグノセルロース材料を浸透液で加熱処理する際の処理時間は少なくとも1分間以上であることが好ましい。1分未満であるとキノン化合物がリグノセルロース材料中に充分に浸透せず、キノン化合物によって得られる効果が充分には期待できなくなるので好ましくない。
【0038】
本発明における、リグノセルロース材料を浸透液で加熱処理する方法や保持する方法、およびその装置の構造については、本発明における条件を満たすものであれば特に限定しない。例えば、容器内で高濃度のキノン化合物を含むアルカリ性溶液(浸透液)にリグノセルロース材料を浸漬したり、容器内のリグノセルロース材料に浸透液を直接散布する方法等が挙げられる。
【0039】
本発明において、液比が充分高い条件を用いる場合、高いキノン化合物濃度である浸透液にするために、多量のキノン化合物が必要になる。その場合、加熱処理後にリグノセルロース材料に浸透されなかった浸透液の一部を分離または抽出して、新たなリグノセルロース材料に対して循環利用して添加することも可能である。
【0040】
以下、代表的な蒸解装置及び蒸解方法の例として、図1に示した連続式1ベッセル蒸解釜を用いた蒸解について説明する。図1に示したリグノセルロース材料、例えば木材チップ(1)はチップビン(2)に供給され、スチーミングベッセル(3)において加熱脱気され、メタルトラップ(4)を経由して高圧フィーダー(5)によって蒸解釜頂部(6)へ導管(7)を通じて供給される。一方、白液等のアルカリ性蒸解液は導管(12)から供給される。そして、蒸解釜頂部(6)から抽出された蒸解液の一部が、導管(8)を通じて高圧フィーダー(5)に戻される。そして高圧フィーダー(5)にて加熱脱気された木材チップと混合され、導管(7)を通じて蒸解釜頂部(6)に供給される。なお、スチーミングベッセル(3)における一般的な温度は80℃〜130℃程度であり、蒸解釜頂部(6)における温度は90〜130℃程度である。また、MCC法では、蒸解工程中のアルカリ濃度をできるだけ一定に近づけるために、蒸解釜への蒸解液の分配を行っている。その一般的な分配比率は、蒸解液導入管(12)から供給される蒸解液を100とすれば、蒸解釜頂部(6)へ供給される量は40〜90%、蒸解工程の途中に添加する分岐管(13)へは10〜60%である。
【0041】
本発明を、現在一般的に用いられているパルプ蒸解方法に適用させるために、リグノセルロース材料の蒸解工程の前工程であって、リグノセルロース材料の脱気・含水処理工程の後工程に、活性アルカリ及びキノン化合物を含むアルカリ性溶液(浸透液)中でリグノセルロース材料を加熱処理する工程を設けることは有効である。ここで言うリグノセルロース材料の脱気・含水処理工程とは、図1に示したスチーミングベッセル(3)に相当する。このような工程を設ける場所の例として、スチーミング処理後の蒸解釜へ送るためのライン(チップシュートライン)やメタルトラップ(4)が挙げられる。これらの箇所には高温のアルカリ性溶液が存在しており、例えば高圧ポンプを用いてキノン化合物を添加することにより浸透液として、本発明における諸条件を満たす加熱処理を行うことができる。
【0042】
本発明を、現在一般的に用いられているパルプ蒸解方法に適用させるために、リグノセルロース材料の蒸解工程の前工程であって、リグノセルロース材料の脱気・含水処理工程の前工程に、活性アルカリ及びキノン化合物を含むアルカリ性溶液(浸透液)中でリグノセルロース材料を加熱処理する工程を設けることも有効である。このような工程を設ける場所の例として、チップビン(2)が挙げられる。ここはリグノセルロース材料が屋外保管場所から供される箇所であり、例えばここを加熱しながら、浸透液を散布することで、本発明における諸条件を満たす加熱処理を行うことができる。
【0043】
本発明を、現在一般的に用いられているパルプ蒸解方法に適用させるために、リグノセルロース材料の蒸解工程の前工程であって、リグノセルロース材料の脱気・含水処理工程を、活性アルカリ及びキノン化合物を含むアルカリ性溶液(浸透液)の存在下に行うのも有効である。このような操作を行う場所の例として、スチーミングベッセル(3)が挙げられる。ここは、リグノセルロース材料に蒸気を噴霧することにより脱気・含水処理を行っている。例えば、ここで蒸気と共にキノン化合物を含むアルカリ性溶液(浸透液)を噴霧することで、本発明における諸条件を満たす加熱処理を行うことができる。
【0044】
本発明において、リグノセルロース材料へのキノン化合物の浸透を促進させるために、上記のアルカリ性溶液(浸透液)に界面活性剤等の助剤を添加することは有効である。界面活性剤の例として、特開昭57-112485で示されたポリアルキレン酸化物ポリマー、米特許5,298,120(1994)で示されたポリエチレン酸化物とポリプロピレン酸化物の共重合体ポリマー、特開2001-64888で示された脂肪族アルコールにアルキレン酸化物を付加して得られたポリマー等が挙げられる。これらは複数を組み合わせて添加することももちろん有効である。
【0045】
本発明において、リグノセルロース材料に浸透液を用いて加熱処理するための圧力は特に規定しない。但し、その浸透を促進させるために加圧あるいは減圧条件で行うことは有効である。
【0046】
本発明において、リグノセルロース材料はキノン化合物を含むアルカリ性溶液(浸透液)で加熱処理した後、引き続いて蒸解工程で蒸解するが、その蒸解工程における条件、例えば温度や液比、活性アルカリ添加率などに関しては特に限定せず、通常の蒸解条件を採用することができる。例えば、蒸解最高温度:160℃、活性アルカリ添加率:16%、液比:4.0L/kg、蒸解時間:100分のような条件を採用できる。どのような条件であっても、既にキノン化合物がリグノセルロース材料中に浸透しているので、高いキノン化合物による効果を得ることができる。また、本発明は、蒸解におけるキノン化合物の添加場所を限定するものではなく、キノン化合物を前述した箇所の他、例えば蒸解釜の各部の複数箇所に追って添加しても全く問題はない。
【実施例】
【0047】
以下、実施例に基づき本発明を詳しく説明するが、本発明がこれらの実施例に限定されないことはもちろんである。
【0048】
「実施例1」
加熱処理及び蒸解処理は、500mL容量のステンレス製オートクレーブに、アルカリ性蒸解液等の出し入れが可能であるように配管を接続した装置を用いて行った。リグノセルロース材料として用いるチップはユーカリ材を繊維方向の長さ約3cm,幅約1cm,厚さ約5mmに切りそろえたものを使用した。チップは風乾したものを用い、絶乾重量は83.6gであった。チップはあらかじめチップ内水分量と合わせて83.6ccになるように蒸留水を加え、減圧処理をしながら調湿した。調湿したチップはオートクレーブ中で100℃まで加温した。蒸解に使用するアルカリ性蒸解液として用いる白液は、試薬を用いて調製し、その組成はNaS:NaOH:NaCO=71.5:28.5:22.5(NaO換算)とした。硫化度は28.5%であった。キノン化合物として1,4-ジヒドロ-9,10-ジヒドロキシアントラセンのナトリウム塩(川崎化成工業株式会社製、商品名:SAQ)を用い、その添加率はアントラキノンに換算した重量であらわした。(以下、同じ。)
【0049】
<加熱処理工程>
オートクレーブで加温したチップに、100℃に加温しておいたキノン化合物を含むアルカリ性溶液(浸透液)を添加した。アルカリ性溶液は上記の白液を蒸留水で希釈したものを用い、活性アルカリ添加率は5%とした。リグノセルロース材料に対するキノン化合物の添加率はアントラキノン換算重量で0.05%とした。アルカリ性溶液の液量は100ccとした。その後、100℃で3分間保持した。
加熱処理条件
液比:(83.6+100)/83.6=2.2
キノン化合物濃度:0.05/2.2*104=227ppm
【0050】
<蒸解工程>
続いて、活性アルカリ添加率11%となる活性アルカリを含む150ccのアルカリ性蒸解液になるよう白液を蒸留水で希釈したものを添加し、蒸解温度155℃で、Hファクターが500になるまで蒸解を行った。
蒸解条件
液比:(150+83.6+100)/83.6=4.0
キノン化合物濃度:0.05/4.0*104=125ppm
なお、ここで、Hファクターとは下記式(2)で定義される蒸解過程で反応系に与えられた熱の総量を表す目安であり、リグノセルロース材料と蒸解液が混ざった時点から蒸解終了時まで積分して得られる値である。
【0051】
Hファクター=∫exp(43.2−16113/T)dt (2)
ここで Tはある時点での絶対温度であり、tは時間である。
【0052】
蒸解終了後、蒸解釜から取り出したパルプは離解機で解繊し,十分に洗浄した。その後105℃で8時間乾燥してパルプ収率を測定した。また、カッパー価はTAPPI法T236hm-85により測定した。パルプ収率とカッパー価の結果を表1に示す。
【0053】
「実施例2」
加熱処理工程で用いるキノン化合物を含んだアルカリ性溶液(浸透液)の活性アルカリ添加率が2%であり、蒸解工程で用いる蒸解液の活性アルカリ添加率を14%とした以外は実施例1と同様に蒸解を行った。パルプ収率とカッパー価の結果を表1に示す。
【0054】
「比較例1」
加熱処理工程で用いるアルカリ性溶液(浸透液)にはキノン化合物を添加せず、蒸解工程で用いるアルカリ性蒸解液にキノン化合物を0.05%添加した以外は実施例1と同様に蒸解を行った。パルプ収率とカッパー価の結果を表1に示す。
【0055】
「比較例2」
加熱処理工程でオートクレーブで加温したチップに、最初にキノン化合物を含んだアルカリ性溶液(浸透液)を添加した後、100℃で30秒間保持してから、引き続きアルカリ性蒸解液を添加した以外は実施例1と同様に蒸解を行った。パルプ収率とカッパー価の結果を表1に示す。
【0056】
「比較例3」
加熱処理工程で用いるキノン化合物を含んだアルカリ性溶液(浸透液)の活性アルカリ添加率が0.5%であり、蒸解工程で用いる蒸解液の活性アルカリ添加率を15.5%とした以外は実施例1と同様に蒸解を行った。パルプ収率とカッパー価の結果を表1に示す。
【0057】
「比較例4」
加熱処理工程でオートクレーブで加温したチップに、最初にキノン化合物を含んだアルカリ性溶液を添加した後、80℃で3分間保持してから、引き続きアルカリ性蒸解液を添加した以外は実施例1と同様に蒸解を行った。パルプ収率とカッパー価の結果を表1に示す。
【0058】
「実施例3」
<加熱処理工程>
オートクレーブで加温したチップに、最初に添加するアルカリ性溶液(浸透液)に含まれる活性アルカリ添加率は5%、キノン化合物の添加率は0.072%とし、添加液量は250ccとした。その後、100℃で3分間保持した。
加熱処理条件
液比:(83.6+250)/83.6=4.0
キノン化合物濃度:0.072/4.0*104=180ppm
<蒸解工程>
続いて、オートクレーブ中から100ccのアルカリ性溶液を系外に抽出した。
この時点での液比は(83.6+250-100)/83.6=2.8
さらに、活性アルカリ添加率11%となる活性アルカリを含む150ccのアルカリ性蒸解液になるよう白液を蒸留水で希釈したものを添加し、蒸解温度155℃で、Hファクターが500になるまで蒸解を行った以外は、実施例1と同様に蒸解を行った。パルプ収率とカッパー価の結果を表1に示す。
蒸解条件
液比:(83.6+250-100+100)/83.6=4.0、
推定キノン化合物濃度:180*(2.8/4.0)=126ppm
【0059】
「実施例4」
<加熱処理工程>
蒸解に用いる風乾チップを調湿する時に、活性アルカリ添加率が2%となる活性アルカリおよびキノン化合物の添加率が0.05%となるキノン化合物を含むアルカリ性溶液(浸透液)20ccを、チップ内水分量と合わせて83.6ccになるように蒸留水を加え、減圧しながら調湿した。その後、オートクレーブ中にて100℃で3分間保持した。
加熱処理条件
液比:83.6/83.6=1.0
キノン化合物濃度:0.05/1.0*104=500ppm
<蒸解工程>
続いて、活性アルカリ添加率14%となる活性アルカリを含む250ccのアルカリ性蒸解液になるよう白液を蒸留水で希釈したものを添加し、蒸解温度155℃で、Hファクターが500になるまで蒸解を行った以外は、実施例1と同様に蒸解を行った。パルプ収率とカッパー価の結果を表1に示す。
蒸解条件
液比:(83.6+250)/83.6=4.0、
キノン化合物濃度は0.05/4.0*104=125ppm
【0060】
「比較例5」
<加熱処理工程>
蒸解に用いる風乾チップを調湿する時に、活性アルカリ添加率が2%となる活性アルカリおよびキノン化合物の添加率が0.05%となるキノン化合物を含むアルカリ性溶液(浸透液)20ccを、チップ内水分量と合わせて30ccになるように蒸留水を加え、減圧しながら調湿した。その後、オートクレーブ中にて100℃で3分間保持した。
加熱処理条件
液比:30/83.6=0.36、
キノン化合物濃度:0.05/0.36*104=1400ppm
<蒸解工程>
続いて、活性アルカリ添加率14%となる活性アルカリを含む306.6ccのアルカリ性蒸解液になるよう白液を蒸留水で希釈したものを添加し、蒸解温度155℃で、Hファクターが500になるまで蒸解を行った以外は、実施例1と同様に蒸解を行った。パルプ収率とカッパー価の結果を表1に示す。
蒸解条件
液比:(30+303.6)/83.6=4.0
キノン化合物濃度は0.05/4.0*104=125ppm
【0061】
【表1】

なお、表1中「AA」の欄には活性アルカリ添加率を記載し、「キノン」の欄にはキノン化合物濃度を記載した。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明の蒸解方法を適用する連続式1ベッセル蒸解釜の例を示す図
【符号の説明】
【0063】
1 木材チップ
2 チップビン
3 スチーミングベッセル
4 メタルトラップ
5 高圧フィーダー
6 蒸解釜頂部
7 蒸解液導管
8 蒸解液導管
9 蒸解液(白液)レベルタンク
10 インラインドレーナー
11 サンドセパレータ
12 蒸解液(白液)導入管
13 蒸解液(白液)導入管(蒸解工程の途中に添加する分岐管)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リグノセルロース材料をアルカリ性蒸解液を用いて蒸解する方法において、リグノセルロース材料の蒸解工程の前工程として、リグノセルロース材料の絶乾重量に対して活性アルカリ添加率が1〜5%となる活性アルカリ及びキノン化合物を含むアルカリ性溶液中でリグノセルロース材料を80〜120℃で加熱処理する工程を設けることを特徴とするリグノセルロース材料の蒸解方法。
【請求項2】
リグノセルロース材料をアルカリ性蒸解液を用いて蒸解する方法において、リグノセルロース材料の蒸解工程の前工程であって、リグノセルロース材料の脱気・含水処理工程の後工程に、リグノセルロース材料の絶乾重量に対して活性アルカリ添加率が1〜5%となる活性アルカリ及びキノン化合物を含むアルカリ性溶液中でリグノセルロース材料を80〜120℃で加熱処理する工程を設けることを特徴とするリグノセルロース材料の蒸解方法。
【請求項3】
リグノセルロース材料をアルカリ性蒸解液を用いて蒸解する方法において、リグノセルロース材料の蒸解工程の前工程であって、リグノセルロース材料の脱気・含水処理工程の前工程に、リグノセルロース材料の絶乾重量に対して活性アルカリ添加率が1〜5%となる活性アルカリ及びキノン化合物を含むアルカリ性溶液中でリグノセルロース材料を80〜120℃で加熱処理する工程を設けることを特徴とするリグノセルロース材料の蒸解方法。
【請求項4】
リグノセルロース材料をアルカリ性蒸解液を用いて蒸解する方法において、リグノセルロース材料の蒸解工程の前工程であって、リグノセルロース材料の脱気・含水処理する工程を、リグノセルロース材料の絶乾重量に対して活性アルカリ添加率が1〜5%となる活性アルカリ及びキノン化合物を含むアルカリ性溶液の存在下、80〜120℃で行うことを特徴とするリグノセルロース材料の蒸解方法。
【請求項5】
リグノセルロース材料を温度条件80〜120℃で加熱処理する工程の後、当該加熱処理に用いたアルカリ性溶液を抽出することなくリグノセルロース材料の蒸解工程を行うことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のリグノセルロース材料の蒸解方法。
【請求項6】
アルカリ性溶液の存在下に行うリグノセルロース材料の脱気・含水処理する工程の後、当該脱気・含水処理に用いたアルカリ性溶液を抽出することなくリグノセルロース材料の蒸解工程を行うことを特徴とする請求項4に記載のリグノセルロース材料の蒸解方法。
【請求項7】
アルカリ性溶液中のキノン化合物濃度が、リグノセルロース材料の絶乾重量に対するキノン化合物の添加率をX(%)、リグノセルロース材料の絶乾重量に対するアルカリ性溶液の体積の比(液比)をY(L/kg)としたときに、下記式(1)で示されるキノン化合物濃度Zが、アントラキノン換算重量で100ppm以上であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載のリグノセルロース材料の蒸解方法。
Z=X・Y-1・104 (1)
【請求項8】
さらに、Xが0.03%以下であることを特徴とする請求項7に記載のリグノセルロース材料の蒸解方法。

【図1】
image rotate