説明

リチウムイオン電池及びその製造方法

【課題】 高率放電特性が良好で、しかも安全性が高いリチウムイオン電池を提供する。
【解決手段】 正極集電体の表面または裏面の少なくとも一方の面上に、固体の難燃化剤を含む正極活物質合剤層を塗布して塗布層を形成し、塗布層が集電体の上方に位置する姿勢を保持して、析出物が正極集電体に向かって沈降する乾燥条件下で塗布層を乾燥する。乾燥条件は、乾燥時間内で析出した難燃化剤が沈降するように乾燥温度及び乾燥時間が定められている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、集電体に難燃化剤を含む活物質合剤層が形成された電極板を備えるリチウムイオン電池及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン電池は、エネルギー密度が高く、また非水電解液として揮発性の有機溶媒が用いられる。そのため、リチウムイオン電池が高温環境に置かれた場合や過充電・過放電または内部短絡が起こった場合等の異常発熱時に、非水電解液の気化による電池内圧の上昇によって電池が破裂・膨張したり、また非水電解液や正極活物質の燃焼によって電池が発火・発煙する等の問題がある。これらの問題を解消するため、従来のリチウムイオン電池では、種々の方法により、電池の安全性向上が図られている。特許文献1(特開平5−151971号、段落[0012])には、ペースト状の正極合剤に難燃化剤を添加したスラリーを調製し、これを芯材の両面に薄層状に塗布して形成したシートを乾燥して正極板を構成する技術が開示されている。特許文献2(特開2009−16106号)には、粉末状の難燃化剤がほぼ均等に分散したスラリーを集電体に塗着して、乾燥し、その後圧延することにより、難燃化剤を正極合剤層中に分散させる発明が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平5−151971号公報
【特許文献2】特開2009−16106号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1及び2に示された従来のリチウムイオン電池では、正極質合剤層中に難燃化剤が存在するため、異常発熱時における電池の破裂や発火等を抑制することができる。しかしながら、難燃化剤の存在により、正極合剤層中のイオン透過性が阻害されたり、活物質間の電気抵抗が大きくなるため、高率放電特性等の電池性能が低下する問題がある。
【0005】
本発明の目的は、活物質合剤層中に難燃化剤が存在していても、高率放電特性が良好なリチウムイオン電池を提供することにある。
【0006】
本発明の他の目的は、従来よりも電池の難燃性を高めることができるリチウムイオン電池を提供することにある。
【0007】
本発明の目的は、高率放電特性が良好で、しかも従来よりも難燃性が高いリチウムイオン電池を簡単に製造できる製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明が改良の対象とするリチウムイオン電池は、正極集電体の表面および裏面の少なくとも一方の面上に、固体の難燃化剤を含む正極活物質合剤層が形成された正極板を備える。正極集電体は、通常アルミニウム箔で構成されている。リチウムイオン電池は可燃性の非水電解液が使用される。スピネル構造のマンガン酸リチウムのような正極活物質は充電状態においては高温において酸素を放出しながら分解することが知られている。放出された酸素は電解液の燃焼を加速する。難燃化剤は燃焼過程で生成したラジカルを補足し、連鎖反応を終止すると機能を有すると推測される。その結果、燃焼過程で生成したラジカルの連鎖反応が抑制されるため、リチウムイオン電池の難燃化を達成することができる。
【0009】
特に本発明のリチウムイオン電池では、正極活物質合剤層の表面に近い領域中の難燃化剤の存在比よりも正極集電体側に近い領域中の難燃化剤の存在比の方が大きくなるように、正極板が構成されている。このような構造では、正極活物質合剤層の表面側に存在する難燃化剤が少ないため、リチウムイオンが正極活物質合剤層の表面から正極活物質合剤層内に入り易くなる。そのため、本発明のリチウムイオン電池によれば、電池の難燃化を達成しながら電池特性(高率放電、低率放電、寿命、充電等の電池性能)を向上させることができる。また本発明の構造では、正極活物質合剤層中の正極集電体側に難燃化剤が多く存在するため、異常発熱時に燃焼過程で生成したラジカルは、正極集電体付近で難燃化剤にトラップされ易くなる。正極集電体として用いられるアルミニウムは、異常発熱時に燃焼し易く、また燃焼熱が大きいため、高温になり易く、正極活物質合剤層内の正極集電体付近では最も燃焼し易くなる。そのため、本発明のように正極集電体付近でラジカルがトラップされ易い構造にすると、正極活物質合剤層内の燃焼し易い部分で燃焼が抑制されやすく、電池の難燃性を従来よりも高めることができる。
【0010】
本発明のリチウムイオン電池は、正極集電体に近づくに従って難燃化剤の存在比が大きくなる構造になっている。このように、正極活物質合剤層中の難燃化剤が正極集電体側に一方的に偏って存在しない構造にすると、正極活物質合剤層中の集電体付近で活物質間の電気抵抗が大きくなるのを防ぐことができるため、高率放電特性等の電池特性の低下を抑制することができる。
【0011】
本発明では、融点が90℃以上の難燃化剤を用いるのが好ましい。なお、融点が90℃未満の難燃化剤は、リチウムイオン電池が正常に使用されている場合(異常発熱が起こっていない場合)でも全部または一部が液状になり易い。そのため、正極活物質合剤層中に安定して存在することができないので、電池特性(高率放電、低率放電、寿命、充電等の電池性能)の低下を引き起こすおそれがある。
【0012】
このような融点を有する難燃化剤としては、一般式(NPR23または(NPR24で表される環状ホスファゼン化合物を用いることができる。一般式中のRは、フッ素や塩素等のハロゲン元素または一価の置換基を示している。一価の置換基としては、メトキシ基やエトキシ基等のアルコキシ基、フェノキシ基やメチルフェノキシ基等のアリールオキシ基、メチル基やエチル基等のアルキル基、フェニル基やトリル基等のアリール基、メチルアミノ基等の置換型アミノ基を含むアミノ基、メチルチオ基やエチルチオ基等のアルキルチオ基、および、フェニルチオ基等のアリールチオ基を挙げることができる。
【0013】
また、本発明のリチウムイオン電池で用いる正極板を製造する方法(リチウムイオン電池用電極板の製造方法)では、まず難燃化剤として溶媒に溶解し且つ溶媒に溶解した状態で溶媒が揮発すると析出物が析出し、常温で固体となるものを用意する。この難燃化剤を正極活物質、導電剤、結着剤とともに溶媒に混合したスラリーを正極集電体に塗布して塗布層を形成する。そして、塗布層が正極集電体の上方に位置する姿勢を保持して、析出物が集電体に向かって沈降する乾燥条件下で塗布層を乾燥する。乾燥後に圧延してもよいのは勿論である。
【0014】
特許文献2に示された従来のリチウムイオン電池の製造方法では、難燃化剤の沈降を積極的に利用することを考えていないために、難燃化剤が沈降する前に乾燥が完了しているものと考えられる。そのため正極活物質合剤層中には、ほぼ均等に難燃化剤が存在しているものと考えられる。本発明の方法によれば、析出した難燃化剤を沈降により集電体側に集めるように乾燥条件を定めるため、正極活物質合剤層中の難燃化剤の存在比が正極活物質合剤層の表面に近い領域中の存在比よりも正極集電体側に近い領域中の存在比の方が大きな正極板を簡単に製造することができる。
【0015】
正極集電体側に難燃化剤の層を構成する方法として、正極集電体上に正極活物質合剤とは別に難燃化剤を予め塗布し、その後、正極活物質合剤層を形成する方法も原理的には考えられる。しかしながら、この方法は製造方法が複雑であり、制御が難しいという課題が存在する。また、正極集電体に近づくに従って難燃化剤の存在比が大きくなる構造を形成する事に特別の工夫を要する。そこで、本発明の製造方法を用いることにより、1回の塗布工程で本発明の正極板を製造することができる。
【0016】
乾燥時に塗布層内で対流が発生し難い。その上で、析出物が沈降するように塗布層を乾燥すれば、正極活物質合剤層中の集電体側に難燃化剤が偏在する正極板を確実に得ることができる。
【0017】
難燃化剤が析出しながら沈降する乾燥条件は、適宜に定めることができる。例えば、比較的低い温度で比較的長い時間をかけて乾燥させることが考えられる。
【0018】
また、乾燥温度を段階的に変化させることもできる。例えば、乾燥の初期において低温で長時間かけて乾燥させ、乾燥速度が低下した時点で温度を上昇させることで乾燥を速め、生産性を上げることも考えられる。このようにすると析出した難燃化剤を沈降させながら、乾燥完了までの時間を短縮することができる。
【0019】
また、逆に、初期に比較的、高い温度で乾燥させ、乾燥速度が低下した時点で温度を下げる方法もある。この場合には前二者よりも効果は低下するものの、ある程度の効果は得られるとともに乾燥完了までの時間を短縮することができる。
【0020】
乾燥炉の設定温度が高く、急速に乾燥させた場合には正極活物質合剤層内に温度分布が生じる可能性がある。正極活物質合剤層内の温度分布が大きい場合には対流が発生する。対流は析出物の沈降を妨げると考えられる。そのため、設定温度を低くして、ゆっくり乾燥させた場合には難燃化剤が沈降し正極集電体側に難燃化剤が偏在する電極板を確実に得ることができる。一方、マイクロ波乾燥のように正極活物質合剤層内部から乾燥させた場合には均一な乾燥となり、対流が起こり難い可能性がある。そのため、上述のような乾燥温度および乾燥時間を定めることなく、本発明のような正極集電体側に難燃化剤が偏って存在するリチウムイオン電池用電極板を製造することができると推測される。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】(A)は本発明のリチウムイオン電池として用いるラミネート電池の内部を透視した状態で示した概略図であり、(B)は(A)のIB−IB線断面図である。
【図2】本発明の実施の形態であるリチウム電池(ラミネート電池)の正極板の内部における、正極集電体からの距離(任意単位)とリンの濃度(任意単位)との関係を示すグラフである。
【図3】本発明の比較例であるリチウムイオン電池(ラミネート電池)の正極板の内部における、正極集電体からの距離(任意単位)とリン濃度(任意単位)との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。図1(A)は、本発明のリチウムイオン電池の実施の形態であるラミネート電池の内部を透視状態で示した概略図であり、図1(B)は図1(A)のIB−IBの断面図である。このリチウムイオン二次電池(ラミネート電池1)は、正極リード端子3aを備える正極板3と、負極リード端子5aを備える負極板5と、正極板3と負極板5との間に配置されたセパレータ7と、リチウム塩を有機溶媒に溶解させた非水電解液9とを備える。正極板3、負極板5およびセパレータ7は、積層されて積層体からなる極板群11を構成する。極板群11は、正極リード端子3aおよび負極リード端子5aが外部に接続可能な状態でケース13内に収納されている。ケース13内は、非水電解液9が充填された状態で真空になっている。本例では、このようなリチウムイオン二次電池(ラミネート電池1)を、以下のように作製した。
【0023】
[非水電解液]
ケース13内には、非水電解液9が注液されている。非水電解液9には、エチレンカーボネートとジメチルカーボネートとの体積比1:1の混合溶媒中にリチウム塩として4フッ化ホウ酸リチウムを1.5モル/リットルで溶解したものが用いられている。
【0024】
[正極板の作製]
正極板3は、正極集電体としてアルミニウム箔を用いる。アルミニウム箔の厚さは、本例では、20μmに設定されている。アルミニウム箔の表面および/または裏面に、正極活物質としてリチウム遷移金属複酸化物を含む正極活物質合剤を塗布する。リチウム遷移金属複酸化物として、本例では、スピネル結晶構造を有するマンガン酸リチウム粉末が用いられている。正極活物質合剤には、正極活物質以外に、導電材として炭素粉末、バインダ(結着剤)としてポリフッ化ビニリデン(以下、PVDFといる。)および難燃化剤として粉末状(固体)のホスファゼン化合物が配合されている。マンガン酸リチウム粉末、炭素粉末、PVDFおよび難燃化剤粉末の配合割合は、本例では、85:5:5:5(重量%)に設定されている。すなわち、正極活物質合剤に対する難燃化剤の配合割合は、5重量%に設定されている。アルミニウム箔に正極活物質合剤を塗布するときには、分散溶媒のN−メチル−2−ピロリドン(以下、NMPという。)で粘度調整されスラリーを調製する。なお、難燃化剤は、このスラリー中に分散している。このスラリーをアルミニウム箔からなる正極集電体に塗布して塗布層を形成する。そして塗布層が集電体の上方に位置する姿勢を保持して塗布層を乾燥する。本発明では、乾燥条件(乾燥温度及び乾燥時間、乾燥方法等)を後述する実施例のように、塗着層中で析出した難燃化剤が正極集電体側に沈降するように定める。乾燥後、プレス加工を施して、正極シートを作製した。このような正極シートを10cm×20cmに切り取り、アルミニウム箔の集電タブを溶接して正極板3を作製した。
【0025】
[難燃化剤(ホスファゼン化合物)]
正極板の作製に用いる難燃化剤はホスファゼン化合物であり、NMP溶媒に溶解し且つNMP溶媒に溶解した状態でNMP溶媒が揮発すると析出する。このようなホスファゼン化合物としては、一般式(NPR23または(NPR24で表される環状化合物を用いることができる。本実施の形態では、株式会社ブリヂストン製のホスライトAE(登録商標)を用いた。この環状ホスファゼン化合物は、一般式中のRがフェノキシであり、常温で固体であり、融点は約110℃である。
【0026】
[負極板の作製]
負極板5は、負極集電体として銅箔を用いる。銅箔の厚さは、本例では、10μmに設定されている。銅箔の表面および裏面には、負極活物質としてリチウムイオンを吸蔵、放出可能な非晶質炭素粉末や黒鉛粉末等の炭素材料を含む負極活物質合剤が塗布されている。負極活物質合剤には、負極活物質以外に、バインダとしてPVDFが配合されている。本例の負極活物質合剤には難燃化剤は配合されていないが、難燃化剤を配合する場合は、正極活物質合剤に配合したものと同じホスファゼン化合物を用いることができる。炭素材料およびPVDFの配合割合は、本例では、90:10(重量%)に設定されている。このように設定された炭素材料とPVDFとをNMP溶媒に分散させて粘度調整しながらスラリーを調製する。このスラリーを、銅箔の負極集電体に塗布して、正極板を作成する場合と同様に乾燥する。乾燥した後、プレス加工を施して、負極シートを作製した。この負極シートを10cm×20cmに切り取り、切り取ったシートにニッケル箔の集電タブを溶接して負極板5を作製した。
【0027】
[積層体の作成]
このように作製した正極板3と負極板5との間に、ポリエチレンからなるセパレータシート(セパレータ7)を挟んで、正極板3、負極板5およびセパレータ7を積層して電池容量が8Ahになるように極板群1を作製した。
【0028】
[電池の組立]
熱融着フィルム(アルミラミネートフィルム)からなる一端が開口した外装材(後にケース13となる)の中に、作製した極板群11を挿入し、さらに調製した非水電解液9を外装材中に注入した。その後、外装材中を真空にして、すばやく外装材の開口部をヒートシールして、平板状のリチウムイオン電池(ラミネート電池1)を作製した。
【実施例】
【0029】
次に、本実施の形態であるリチウムイオン電池(ラミネート電池1)の実施例について説明する。なお、比較のために作製した比較例のリチウムイオン電池(ラミネート電池)についても併せて説明する。
【0030】
[実施例1]
本実施例では、正極板の製造過程において、乾燥時間内で難燃化剤が沈降しながら析出するように乾燥条件を定める。
【0031】
具体的には、乾燥温度を100℃、乾燥時間を260秒とする乾燥条件の下で、正極集電体の表面に前述の環状ホスファゼン化合物を含む正極活物質合剤を塗布して形成された塗布層を乾燥して、リチウムイオン二次電池1の正極板3を作製した。
【0032】
実施例1では、乾燥温度(100℃)は、環状ホスファゼン化合物の融点(110℃)よりも低い温度とした。また、乾燥時間(260秒)は、恒率乾燥および減率乾燥をそれぞれ一定温度(100℃)で完了させることができる長さとした。この乾燥時間は、この乾燥条件は、塗着層を早期に乾燥させるのではなく、難燃化剤を確実に沈降しながら析出させることを可能にする。
【0033】
なお後述する比較例のように、120℃で100秒の乾燥条件で、乾燥を行うと、沈降の前に乾燥が起こる、あるいは対流のため沈降が妨げられるため難燃化剤は合剤内にほぼ均等に分散する。
【0034】
[実施例2]
本実施例では、正極板の製造過程において、初期の乾燥条件として、比較的低い温度で加熱し、溶媒の蒸発速度が低下した時点、すなわち減率乾燥過程に至った段階で温度を上昇させた。このような乾燥条件を採用すると、析出した難燃化剤を沈降させて、しかも乾燥完了までの時間を短縮することができる。
【0035】
具体的には、正極板3の製造過程において、初期の乾燥炉設定温度を100℃に設定した。乾燥開始から100秒後に乾燥速度が低下した。その時点で、乾燥炉の設定温度を120℃に上昇させた。50秒後に乾燥が終了した。
【0036】
[実施例3]
本実施例では、正極板の製造過程において、初期の乾燥条件として、比較的高い温度で加熱している。乾燥速度が低下した時点において乾燥温度を低下させた。
【0037】
そこで実施例3では、具体的に、正極板の製造過程において、初期の乾燥炉設定温度を120℃に設定した。乾燥開始から50秒後に乾燥速度が低下した。その時点で、乾燥炉の設定温度を100℃に低下させた。130秒後に乾燥が終了した。
【0038】
[比較例1]
本比較例では、難燃化剤(環状ホスファゼン化合物)を含まない正極活物質合剤を用いて、上述の特許文献2で実質的に採用された乾燥条件の下で、正極集電体の表面に正極活物質合剤を塗布して形成された塗布層を乾燥して、リチウムイオン二次電池の正極板を作製した。具体的には、予熱温度を120℃、予熱時間を50秒、乾燥温度を120℃、乾燥時間を100秒とする乾燥条件を定めた。
【0039】
[比較例2]
比較例1と同様の乾燥条件の下で、正極集電体の表面に難燃化剤(環状ホスファゼン化合物)を含む正極活物質合剤を塗布して形成された塗布層を乾燥して正極板を形成し、リチウムイオン二次電池を作製した。
【0040】
[比較例3]
比較例2に対して、予熱温度および予熱時間を変えた以外は、比較例2と同様の乾燥条件下で、正極集電体の表面に難燃化剤(環状ホスファゼン化合物)を含む正極活物質合剤を塗布して形成された塗布層を乾燥して、リチウムイオン二次電池の正極板を作製した。具体的には、乾燥条件として、予熱温度を100℃、予熱時間を70秒、乾燥温度を120℃、乾燥時間を100秒とする乾燥条件と定めた。
【0041】
(正極板の内部観察)
実施例及び比較例として作製した正極板の内部を観察した。正極板内部の観察は、島津製作所製の電子線マイクロアナライザ(EPMA−1600)を用いて、正極板内部における難燃化剤の分布度を測定した(図2および図3)。図2及び図3は、実施例1および比較例2の正極板内部における、正極集電体からの距離(任意単位)とリン濃度(任意単位)との関係を示すグラフである。このグラフから、正極板内部の正極集電体側から電体正極活物質合剤層の表面側に向かって変化するリン濃度を測定して、リンを含む環状ホスファゼン化合物(難燃化剤)の正極活物質合剤層内の分布度を確認した。なお、比較例3については、正極板内部における難燃化剤の分布度を示すグラフは特に示していないが、比較例3の正極板の内部は、比較例2の正極板の内部と同様の構造となることが確認された。また実施例2〜4についても、正極板内部における難燃化剤の分布度を示すグラフは特に示していないが、実施例2〜4の正極板の内部は、実施例1の正極板の内部と同様の構造となることが確認された。
【0042】
(電池特性の評価/高率放電試験)
実施例及び比較例として作製した正極板をリチウムイオン二次電池(ラミネート電池1)に用いた場合の電池特性を評価した。電池特性の評価は、高率放電試験により行った。高率放電試験では、まず、25℃の環境下で、4.2〜3.0Vの電圧範囲で、1.6Aの電流による充放電サイクルを2回繰り返し、さらに4.1Vまで電池の充電を行った。充電した後、電流1.6A(0.2CA),8A(1CA), 16A(2CA)、24A(3CA)で各率放電を測定した。終止電圧は3.0Vとした。1.6A(0.2CA)放電時の容量に対する24A(3CA)放電時の相対容量(%)を表1に示す。
【0043】
(難燃性の評価/釘刺し試験)
実施例及び比較例として作製した正極板をリチウムイオン二次電池に用いた場合の電池について、釘刺し試験を行った。釘刺し試験では、まず、上記の高率放電試験と同じ条件で充放電サイクルを繰り返して4.2Vまで電池の充電を行った。その後、同じ25℃の温度条件下で、軸部の直径が5mmのセラミック製の釘を、速度1.6mm/sで電池の側面の中心に垂直に突き刺し、温度と電圧をモニターした。最高到達温度を表1に示す。
【0044】
(総合評価)
高率放電試験および釘刺し試験の結果、0.2CA容量に対する3CA放電の相対容量(%)が高く、釘刺し時の最高到達温度(℃)が低く抑制されている場合は○とし、いずれか一方でも満足しない場合は×とした。
【表1】

【0045】
表1及び図3に示すように、正極板の内部を観察した結果、高い温度で乾燥した比較例2及び比較例3で、難燃化剤(環状ホスファゼン化合物)が正極活物質合剤層中の正極集電体側および表面側に関係なくほぼ均一に正極活物質合剤層中に分散して存在していることが確認された。これに対して、表1及び図2に示すように、乾燥工程の全部または一部で低い温度で乾燥した実施例1〜3では、難燃化剤(環状ホスファゼン化合物)が正極活物質合剤層中の表面側には殆ど存在せず、正極集電体側に偏って存在(偏在)していることが分かった。さらに、実施例1〜4では、正極活物質合剤層中の難燃化剤(環状ホスファゼン化合物)が、正極活物質合剤層の表面側から集電体側に近づくに従って分布度が大きくなっていくことが分かった(図2参照)。
【0046】
これらの結果から、乾燥工程の全部または一部で低い温度で乾燥を行うことにより、集電体側に近い領域中の難燃化剤の存在比が正極活物質合剤層の表面に近い領域中の難燃化剤の存在比よりも大きく、しかも難燃化剤の存在比が、集電体に近づくに従って大きくなっていく正極板を形成できることが分かった。なお、予熱温度および予熱時間が異なる比較例2および比較例3では、いずれも難燃化剤(環状ホスファゼン化合物)が正極活物質合剤層中の正極集電体側に偏って存在する正極板は得られなかったことから、乾燥前の予熱条件は本発明の構成を得るための条件にはならいことも分かった。
【0047】
また、高率放電試験および釘刺し試験の結果、正極活物質合剤層に難燃化剤が含まれていない比較例1では、高率放電容量は維持されるものの、釘刺し試験において強制的に内部短絡させたところ最高到達温度が著しく高い温度となった。また、発煙が観察された。比較例2および3では、正極活物質合剤層に難燃化剤(環状ホスファゼン化合物)が含まれているため最高到達温度は低く抑えられた。また、発煙・発火は観察されなかった。しかしながら、難燃化剤(環状ホスファゼン化合物)が正極活物質合剤層中にほぼ均一に分散されているため、高率放電容量が低い結果となった。これに対して、難燃化剤(環状ホスファゼン化合物)が正極活物質合剤層中の正極集電体側に偏って存在(偏在)する正極板を備える実施例1〜3は、高率放電容量が良好であり、釘刺し時の最高到達温度が低い温度に止まった。また、発煙・発火は認められなかった。これらの結果から、難燃化剤(環状ホスファゼン化合物)が正極活物質合剤層中の正極集電体側に偏在する正極板を用いることにより、高率放電特性を低下させることなく、リチウムイオン電池の安全性を向上できることが分かった。
【0048】
以上、本発明の実施の形態および実施例について具体的に説明したが、本発明は、これらの実施の形態および実施例に限定されるものではなく、本発明の技術的思想に基づく変更が可能であるのは勿論である。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明によれば、正極活物質合剤層中の難燃化剤の存在比が、正極活物質合剤層の表面に近い領域中で小さいため、リチウムイオンが正極活物質合剤層の表面から正極活物質合剤層内に入り易くすることができる。また、正極活物質合剤層の表面側に近い領域中よりも正極集電体側に近い領域中に難燃化剤が多く存在するため、異常発熱時に燃焼過程で生成したラジカルが、正極集電体付近で難燃化剤にトラップされ易くなる。そのため、本発明によれば、高率放電特性が良好で、しかも従来よりも難燃性が高いリチウムイオン電池が得られる。
【符号の説明】
【0050】
1 リチウムイオン二次電池
3 正極板
5 負極板
7 セパレータ
9 非水電解液
11 極板群
13 ケース

【特許請求の範囲】
【請求項1】
過充電または過放電によって電池が異常発熱した際に正極集電体の表面および裏面の少なくとも一方の面上に、固体の難燃化剤を含む正極活物質合剤層が形成された正極板を備えるリチウムイオン電池であって、
前記正極活物質合剤層の表面に近い領域中の難燃化剤の存在比よりも前記正極集電体側に近い領域中の難燃化剤の存在比の方が大きいことを特徴とするリチウムイオン電池。
【請求項2】
前記難燃化剤の存在比は、前記正極集電体に近づくに従って大きくなっていることを特徴とする請求項1に記載のリチウムイオン電池。
【請求項3】
前記難燃化剤の融点が90℃以上である請求項1または2に記載のリチウムイオン電池。
【請求項4】
前記難燃化剤が、環状ホスファゼン化合物である請求項3に記載のリチウムイオン電池。
【請求項5】
正極集電体の表面および裏面の少なくとも一方の面上に難燃化剤を含む正極活物質合剤層が形成されたリチウムイオン電池用電極板の製造方法であって、
溶媒に溶解し且つ前記溶媒に溶解した状態で前記溶媒が揮発すると析出物として析出する固体の難燃化剤を用意し、
前記難燃化剤を正極活物質、導電剤、およびバインダとともに前記溶媒に混合したスラリーを前記正極集電体に塗布して塗布層を形成し、
前記塗布層が前記正極集電体の上方に位置する姿勢を保持して、前記析出物が前記正極集電体に向かって沈降する乾燥条件下で、前記塗布層を乾燥することを特徴とするリチウムイオン電池用電極板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−54968(P2013−54968A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−193289(P2011−193289)
【出願日】平成23年9月5日(2011.9.5)
【出願人】(593063161)株式会社NTTファシリティーズ (475)
【出願人】(000001203)新神戸電機株式会社 (518)
【Fターム(参考)】