説明

リップ状シール部材及び該リップ状シール部材を用いた車両用液圧マスタシリンダ

【課題】 リサイクル可能なゴム組成物からなるリップ状シール部材及び該リップ状シール部材を用いた車両用液圧マスタシリンダを提供する。
【解決手段】 リップ状シール部材82aは、ベース部821と、該ベース部821から無端状に突出形成されたリップ部822と、を有し、リップ部822を被シール面77に対して液密にかつ摺動可能に押圧するリップ状シール部材82aである。リップ状シール部材82aは、カーボンナノファイバーに対して親和性を有する不飽和結合または基を有するゴムと、該ゴムに分散されたカーボンナノファイバーと、を含む無架橋のゴム組成物で形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無架橋のゴム組成物で形成されたリップ状シール部材及び該リップ状シール部材を用いた車両用液圧マスタシリンダに関する。
【背景技術】
【0002】
リップ状シール部材は、無端状に突出形成されたリップ部を有し、一般にゴムを主成分とする架橋ゴム組成物によって成形されている。例えば、自動車などの車両のブレーキやクラッチを液圧で作動する車両用液圧マスタシリンダには、ピストンとシリンダ孔の内周壁との間にリップ状シール部材としてカップシールが用いられている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
車両用液圧マスタシリンダはシリンダ孔の底部とピストンとの間に画成された液圧室を有し、ピストンはピストンのフランジ部に装着されたカップシールによってシリンダ孔内周面に対し液密に摺動する。このピストンが液圧室側へ前進すると、カップシールのリップ部は、液圧室内に発生した液圧によって開く方向に力を受け、シリンダ孔内周面に押し付けられながら摺動する。また、車両用液圧マスタシリンダはピストンの小径軸部外周に画成された補給油室を有し、ピストンが液圧室と反対方向へ戻る(後退)際に、カップシールのリップ部が変形して、補給油室内の作動液を液圧室へ補給する。
【0004】
したがって、車両用液圧マスタシリンダのカップシールは、シリンダ孔の内周壁とピストンとを液密的に移動可能な状態で密接させることができ、かつピストンの後退時にはリップ部が変形可能な柔軟性が必要とされる。特に、車両用液圧マスタシリンダのカップシールは、高温時においても充分な柔軟性が要求される。
【0005】
また、シリンダ孔の内周壁には貯油室との連通路の開口部が形成されており、ピストンの進退時にカップシールが開口部を通過する。カップシールは、この開口部に食い込み、いわゆるクワレに起因する傷等が発生すると、シール不良となる。そのため、カップシールは、クワレを防止するため、カーボンナノファイバー及びフラーレンを含有するゴムで形成されることが提案されていた(例えば、特許文献2参照)。
【0006】
さらに、リップ状シール部材としては、例えば自動車のアンチロックブレーキシステム(ABS)のプランジャポンプにおいて、プランジャの溝に装着され、ポンプハウジング内の油圧路内周面に摺動自在に接触する断面X字状のXリングがある(例えば、特許文献3参照)。
【0007】
しかしながら、従来の架橋ゴム組成物で形成されたリップ状シール部材は、リサイクルすることができなかった。ゴム組成物のリサイクルは、環境保護を推進する産業界、特に自動車産業界におけるリサイクル率向上のために切望されていた。
【特許文献1】特開2003−95082号公報
【特許文献2】特開2004−231105号公報
【特許文献3】特開2004−308837号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、本発明の目的は、リサイクル可能なゴム組成物からなるリップ状シール部材及び該リップ状シール部材を用いた車両用液圧マスタシリンダを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明にかかるリップ状シール部材は、ベース部と、該ベース部から無端状に突出形成されたリップ部と、を有し、
前記リップ部を被シール面に対して液密にかつ摺動可能に押圧するリップ状シール部材であって、
カーボンナノファイバーに対して親和性を有する不飽和結合または基を有するゴムと、該ゴムに分散されたカーボンナノファイバーと、を含む無架橋のゴム組成物で形成されたことを特徴とする。
【0010】
本発明にかかるリップ状シール部材は、無架橋のゴム組成物で形成されているため、使用後に再度せん断力をかけて混練し、再利用(リサイクル)することができる。しかも、ゴム組成物は、無架橋であってもカーボンナノファイバーによって補強されることで柔軟性と強さとを備え、リップ状シール部材として使用可能である。特に、無架橋のゴム組成物は、流動温度が150℃以上であり、高温においても利用可能なリップ状シール部材となる。また、圧縮永久歪及び引張永久歪が小さいため、永久歪によるシール不良も減少する。
【0011】
本発明にかかるリップ状シール部材は、前記無架橋のゴム組成物は、前記ゴム100重量部に対して、前記カーボンナノファイバーを5〜100重量部含み、
前記カーボンナノファイバーは、平均直径が0.7〜15nmかつ平均長さが0.5〜100μmとすることができる。
【0012】
本発明にかかるリップ状シール部材によれば、非常に細いカーボンナノファイバーを大量に用いて補強することによって、高温における物性低下が小さく、温度変化に対してシール性を維持することができる。
【0013】
また、ゴムの不飽和結合または基が、カーボンナノファイバーの活性な部分、特にカーボンナノファイバーの末端のラジカルと結合することにより、カーボンナノファイバーの凝集力を弱め、その分散性を高めることができる。その結果、リップ状シール部材は、基材であるゴムにカーボンナノファイバーが均一に分散されたものとなる。
【0014】
本発明にかかるリップ状シール部材は、カップシールまたはXリングとすることができる。
【0015】
本発明にかかるリップ状シール部材は、液圧式マスタシリンダのピストンに装着されるカップシールとすることができる。
【0016】
本発明にかかる車両用液圧マスタシリンダは、このようなリップ状シール部材を装着されたピストンと、
前記ピストンが挿入されるシリンダ孔を有するシリンダボディと、
前記ピストンと前記シリンダ孔の底部との間に画成された液圧室と、
前記ピストンが前記底部に対して後退した際に、前記液圧室と貯液室とを連通する連通路と、を含み、
前記連通路は、前記シリンダ孔の内周壁に開口部を有し、
前記リップ状シール部材は、前記ピストンの移動によって、前記連通路の開口部を通過して前記シリンダ孔の内周壁に対し摺動することを特徴とする。
【0017】
このような構成とすることで、耐ヘタリ性を持ち、かつ補給油路の開口部におけるクワレを抑える所望の強さを有するリップ状シール部材を備えた車両用液圧マスタシリンダとすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しながら詳細に説明する。
【0019】
図1は、本発明の一実施の形態にかかるリップ状シール部材としてのカップシール82a,82b,92a,92bを含む車両用の液圧マスタシリンダ73を模式的に示す断面図である。図2は、液圧マスタシリンダ73のカップシール82aの部分拡大断面図である。図3は、本発明の一実施の形態にかかるリップ状シール部材としてのXリング10を含むプランジャポンプ1を模式的に示す断面図である。
【0020】
(リップ状シール部材)
本実施の形態にかかるリップ状シール部材(カップシール82a,82b,92a,92b、Xリング10)は、環状のベース部821と、該ベース部821から無端状に突出形成されたリップ部822と、を有し、リップ部822を被シール面に対して液密にかつ摺動可能に押圧するリップ状シール部材であって、リップ状シール部材は、カーボンナノファイバーに対して親和性を有する不飽和結合または基を有するゴムと、該ゴムに分散されたカーボンナノファイバーと、を含む無架橋のゴム組成物で形成されている。
【0021】
本実施の形態にかかるリップ状シール部材は、例えばカップシール82a,82b,92a,92b、Xリング10であり、カーボンナノファイバーに対して親和性を有する不飽和結合または基を有するゴムと、該ゴムに分散されたカーボンナノファイバーと、を含む無架橋のゴム組成物で形成される。例えば、無架橋のゴム組成物は、平均直径が0.7〜15nmかつ平均長さが0.5〜100μmのカーボンナノファイバーを含む。
【0022】
また、本実施の形態にかかる車両用液圧マスタシリンダ73は、リップ状シール部材からなるカップシール82a,82b,92a,92bを装着されたピストン81と、ピストン81が挿入されるシリンダ孔77を有するシリンダボディ76と、ピストン81とシリンダ孔77の底部76bとの間に画成された液圧室83と、ピストン81が底部76bに対して後退した際に、液圧室83と貯液室としてのリザーバ78とを連通する連通路79、89と、を含み、連通路79,89は、シリンダ孔の内周壁に開口部79a,89aを有し、リップ状シール部材は、ピストン81の移動によって、連通路の開口部79a,89aを通過してシリンダ孔77の内周壁に対し摺動する。
【0023】
(液圧マスタシリンダ)
本実施の形態にかかる液圧マスタシリンダ73は、例えば四輪車両用のブレーキ装置であり、液圧式ブレーキ装置71の一部を構成する。この液圧式ブレーキ装置71は、液圧マスタシリンダ73および液圧式ブレーキ(図示せず)を含む。図1においては、液圧式ブレーキ装置71のうち液圧マスタシリンダ73の部分のみが示されている。液圧マスタシリンダ73には、負圧ブースタ(図示せず)を介してブレーキペダル(図示せず)が取り付けられている。また、液圧マスタシリンダ73と液圧式ブレーキとは、液圧配管75(矢印を用いて省略して示す)によって連結されている。
【0024】
図1に示すように、この液圧式ブレーキ装置71においては、図示せぬブレーキペダルの踏み込みによるブレーキ操作によって、液圧マスタシリンダ73内で発生した液圧を、液圧配管75を介して液圧式ブレーキ(図示せず)に供給することにより、車輪の制動を行なう。
【0025】
液圧マスタシリンダ73には、作動液を貯液するリザーバ78が取り付けられている。カップシール82a,82b,92a,92bを装着されたピストン81,91は、このシリンダ孔77の内周壁に対し摺動して移動可能である。本実施の形態において、ピストン81,91に装着された環状のカップシール82a,82b,92a,92bが、リップ状シール部材である。シリンダ孔77は、ピストン81とシリンダ孔77の底部76bとの間に画成された液圧室83と、シリンダ孔77およびピストン81,91とによって画成された液圧室93と、を含み、各々の液圧室83,93から液圧式ブレーキに液圧が供給される。
【0026】
各液圧室83,93は、液圧マスタシリンダ73が作動していない状態(図1参照)において、それぞれ連通路としてのリリーフポート79,89を介して、リザーバ78と連絡している。すなわち、リリーフポート79は、開口部79aを含み、液圧マスタシリンダ73が作動していない状態において、開口部79aを介してリザーバ78とシリンダ孔77とを連絡している。また、リリーフポート89は、開口部89aを含み、液圧マスタシリンダ73が作動していない状態において、開口部89aを介してリザーバ78とシリンダ孔77とを連絡している。開口部79a,89aは、シリンダ孔77の内周壁に設置されている。
【0027】
リザーバ78によって貯留される作動液は、リリーフポート79,89およびサプライポート80,90を通してシリンダ孔77に直接供給される。
【0028】
ピストン81,91の外周部には、それぞれ無端状のカップシール82a,82bおよびカップシール92a,92bが装着されている。すなわち、カップシール82aはピストン81のうち液圧室83に面している側に設けられ、カップシール82bはピストン81を挟んでカップシール82aと反対側に設けられている。また、カップシール92aはピストン91のうち液圧室93に面している側に設けられ、カップシール92bはピストン91を挟んでカップシール92aと反対側に設けられている。
【0029】
図2に示すように、カップシール82a(カップシール82b,92a,92bも同様の構成であるので説明は省略する)は、ピストン81に装着固定される環状のベース部821と、ベース部821から突出し、シリンダ孔77の内周壁に向かってテーパ状に拡径するリップ部822と、を有している。したがって、カップシール82aの縦断面は、略U字状であり、リップ部821が被シール面であるシリンダ孔77の内周壁に液密かつ摺動可能に押圧されている。
【0030】
本実施の形態にかかる液圧マスタシリンダ73においては、ブレーキペダルの踏み込みによって、ブレーキ操作が行なわれると、プッシュロッド100によって各ピストン81,91はともに底部76bの方向(図1中左方)に移動することにより、シリンダ孔77の内周壁に摺接するカップシール82a,92aのリップ部822がそれぞれ、リリーフポート79,89の開口部79a,89aを通過する。これにより、開口部79a,89aを介した液圧室83,93とリザーバ78との間の作動液の連絡が遮断される。そして、各ピストン81,91がさらに移動することにより、各液圧室83,93にて液圧が発生する。ここで発生した液圧は、液圧配管75を介して液圧式ブレーキに供給される。このようにピストン81,91が液圧室83,93側へ前進する間、カップシール82a,92aのリップ部822は、液圧室内83,93に発生した液圧によってリップ部822が開く方向に力を受け、シリンダ孔77内周壁に押し付けられながら摺動する。
【0031】
また、各液圧室83,93にはそれぞれ、ばね88,98が設けられている。ブレーキペダルの踏み込み動作を解除または弱めた場合、これらのばね88,98の勢いによって、ピストン81,91は、図2に示す設置位置に戻るべく移動する。そして、このピストン81,91の戻り動作に伴い、液圧室83,93内の液圧が、一時的にリザーバ78内の作動液の圧力よりも低くなる。これにより、カップシール82a,92aのリップ部822がシリンダ孔77の内周壁から離れるように変形し、開口部79a,89aを介してリザーバ78と常時連絡しているサプライポート80,90から液圧室83,93へと作動液が補給される。
【0032】
したがって、本実施の形態にかかるカップシール82a,82b,92a,92bのリップ部822は、ピストン81,91の動作に迅速に応答して、シリンダ孔77内周壁に対して密着(シール)・離間する柔軟性を有している。また、本実施の形態にかかるカップシール82a,92aのリップ部は、シリンダ孔77内周壁を摺動し、開口部79a,89aを通過するため、いわゆるクワレなどによる損傷を受けにくい強さも有している。さらに、本実施の形態にかかるカップシール82a,82b,92a,92bのリップ部822は、シリンダ孔77内周壁との摺動抵抗が小さいため出力損失が少なく、また、永久変形量(圧縮永久歪及び引張永久歪)が小さいため永久歪によるシール不良も減少する。特に、本実施の形態にかかるカップシール82a,82b,92a,92bは、低温から高温にかけて物性変化が少ないため、熱によるブレーキ操作への影響を小さくすることができる。
【0033】
また、本実施の形態にかかる液圧マスタシリンダ73を、ABS装置(図示せず)を備えたブレーキシステムに適用することができる。この場合、本実施の形態の液圧マスタシリンダ73は、車輪のロックを防止するためにABS装置が作動したときには、作動液はABS装置に含まれるポンプによってホイールシリンダから圧力を弛めて排出され、加圧された後、液圧室83,93を介してリザーバ78に戻される。
【0034】
(プランジャポンプ)
本実施の形態にかかるプランジャポンプ1は、アルミニウム製のポンプハウジング2内に形成された円筒状のカム室3と、カム室3と連通して延びる円筒状のシリンダ孔9と、を含む。カム室3には図示せぬ電動モータの出力軸4が突出し、出力軸4に取り付けられた偏心カム軸41と、その偏心カム軸41の外周にボールベアリングを有するカム42が配置されている。シリンダ孔9は、一方をカム室3に開口し、他方を蓋状の出力室体7によって閉鎖され、プランジャ5が摺動可能に配置されている。そして、プランジャ5に配置された吸入弁20と、ポンプ室体6に配置された吐出弁22とによってポンプ室44が形成される。
【0035】
プランジャポンプ1は、図示せぬ電動モータを回転させることで、カム42を偏心状態で回転させ、カム42に接触するプランジャ5を回転軸4に対して進退させることで流体の吐出を行う。プランジャ5の後退移動によって、入口室43から導入した作動液を、吸入弁20からポンプ室44へと導き、さらにプランジャ5の前進移動によって、作動液を吐出弁22から出口室46を通って吐出ポート45へと吐出させる。
【0036】
プランジャ5は、シリンダ孔9に案内されて進退駆動する際、シリンダ孔9の内壁面とプランジャ5の外壁面との間で液密状態を維持させるため、プランジャ5の外周溝に無端状のシール部材10、12を装着している。シール部材10の断面形状は、図3の部分拡大図に示されている。シール部材10は、ベース部821から四方に突出形成されたリップ部822が環状に形成された無端状であり、断面がX字状であることからXリング10と呼ばれる。本実施の形態(プランジャポンプ)において、Xリング10がリップ状シール部材である。Xリング10は、シリンダ孔9の内壁面に狭圧されてリップ部822が変形し、シリンダ孔9の内壁面との密着状態を維持し、液密にシールすることができる。シリンダ孔9内をプランジャ5が進退駆動すると、リップ部822は、シリンダ孔9の内壁面に対して摺動する。
【0037】
したがって、本実施の形態にかかるXリング10のリップ部822は、プランジャ5の高速往復動作の間、シリンダ孔9の内壁面に対して摺動し、シールする柔軟性と耐久性を有している。さらに、本実施の形態にかかるXリング10のリップ部822は、シリンダ孔9の内壁面との摺動抵抗が小さく、永久変形量(圧縮永久歪及び引張永久歪)が小さい。特に、本実施の形態にかかるXリング10は、低温から高温にかけて物性変化が少ないため、熱による作動液の吐出量への影響が小さい。
【0038】
(ゴム)
まず、本実施の形態にかかるゴムは、天然ゴムもしくは合成ゴムであって、分子量が好ましくは5000ないし500万、さらに好ましくは2万ないし300万である。ゴムの分子量がこの範囲であると、ゴム分子が互いに絡み合い、相互につながっているので、ゴムは、凝集したカーボンナノファイバーの相互に侵入しやすく、したがってカーボンナノファイバー同士を分離する効果が大きい。ゴムの分子量が5000より小さいと、ゴム分子が相互に充分に絡み合うことができず、後の工程で剪断力をかけてもカーボンナノファイバーを分散させる効果が小さくなる。また、ゴムの分子量が500万より大きいと、ゴムが固くなりすぎて加工が困難となる。
【0039】
ゴムは、パルス法NMRを用いてハーンエコー法によって、30℃で測定した、未架橋体におけるネットワーク成分のスピン−スピン緩和時間(T2n/30℃)が好ましくは100ないし3000μ秒、より好ましくは200ないし1000μ秒である。上記範囲のスピン−スピン緩和時間(T2n/30℃)を有することにより、ゴムは、柔軟で充分に高い分子運動性を有することができる。このことにより、ゴムとカーボンナノファイバーとを混合したときに、ゴムは高い分子運動によりカーボンナノファイバーの相互の隙間に容易に侵入することができる。スピン−スピン緩和時間(T2n/30℃)が100μ秒より短いと、ゴムが充分な分子運動性を有することができない。また、スピン−スピン緩和時間(T2n/30℃)が3000μ秒より長いと、ゴムが液体のように流れやすくなり、カーボンナノファイバーを分散させることが困難となる。
【0040】
パルス法NMRを用いたハーンエコー法によって得られるスピン−スピン緩和時間は、物質の分子運動性を表す尺度である。具体的には、パルス法NMRを用いたハーンエコー法によりゴムのスピン−スピン緩和時間を測定すると、緩和時間の短い第1のスピン−スピン緩和時間(T2n)を有する第1の成分と、緩和時間のより長い第2のスピン−スピン緩和時間(T2nn)を有する第2の成分とが検出される。第1の成分は高分子のネットワーク成分(骨格分子)に相当し、第2の成分は高分子の非ネットワーク成分(末端鎖などの枝葉の成分)に相当する。そして、第1のスピン−スピン緩和時間が短いほど分子運動性が低く、ゴムは固いといえる。また、第1のスピン−スピン緩和時間が長いほど分子運動性が高く、ゴムは柔らかいといえる。
【0041】
パルス法NMRにおける測定法としては、ハーンエコー法でなくてもソリッドエコー法、CPMG法(カー・パーセル・メイブーム・ギル法)あるいは90゜パルス法でも適用できる。ただし、本発明にかかるゴムは中程度のスピン−スピン緩和時間(T2)を有するので、ハーンエコー法が最も適している。一般的に、ソリッドエコー法および90゜パルス法は、短いT2の測定に適し、ハーンエコー法は、中程度のT2の測定に適し、CPMG法は、長いT2の測定に適している。
【0042】
ゴムは、主鎖、側鎖および末端鎖の少なくともひとつに、カーボンナノファイバーの末端のラジカルに対して親和性を有する不飽和結合または基を有するか、もしくは、このようなラジカルまたは基を生成しやすい性質を有する。かかる不飽和結合または基としては、二重結合、三重結合、α水素、カルボニル基、カルボキシル基、水酸基、アミノ基、ニトリル基、ケトン基、アミド基、エポキシ基、エステル基、ビニル基、ハロゲン基、ウレタン基、ビューレット基、アロファネート基および尿素基などの官能基から選択される少なくともひとつであることができる。
【0043】
カーボンナノファイバーは、通常、側面は炭素原子の6員環で構成され、先端は5員環が導入されて閉じた構造となっているが、構造的に無理があるため、実際上は欠陥を生じやすく、その部分にラジカルや官能基を生成しやすくなっている。本実施の形態では、ゴムの主鎖、側鎖および末端鎖の少なくともひとつに、カーボンナノファイバーのラジカルと親和性(反応性または極性)が高い不飽和結合や基を有することにより、ゴムとカーボンナノファイバーとを結合することができる。このことにより、カーボンナノファイバーの凝集力にうち勝ってその分散を容易にすることができる。そして、ゴムと、カーボンナノファイバーと、を混練する際に、ゴムの分子鎖が切断されて生成したフリーラジカルは、カーボンナノファイバーの欠陥を攻撃し、カーボンナノファイバーの表面にラジカルを生成すると推測できる。
【0044】
ゴムとしては、天然ゴム(NR)、エポキシ化天然ゴム(ENR)、スチレン−ブタジエンゴム(SBR)、ニトリルゴム(NBR)、クロロプレンゴム(CR)、エチレンプロピレンゴム(EPR,EPDM)、ブチルゴム(IIR)、クロロブチルゴム(CIIR)、アクリルゴム(ACM)、シリコーンゴム(Q)、フッ素ゴム(FKM)、ブタジエンゴム(BR)、エポキシ化ブタジエンゴム(EBR)、エピクロルヒドリンゴム(CO,CEO)、ウレタンゴム(U)、ポリスルフィドゴム(T)などのゴム類およびこれらの混合物を用いることができる。特に、ブレーキ液と接触するリップ状シール部材例えばカップシールやXリングには、ゴムとしてエチレン・プロピレンゴムやスチレン−ブタジエンゴムが好ましい。例えばエチレンプロピレンゴム(EPDM)のように極性の低いゴムは、混練の温度を比較的高温(例えばEPDMの場合、50〜150℃)とすることで、フリーラジカルを生成するのでカーボンナノファイバーを分散させることができる。エチレン・ピロピレンゴムとしては、EPDM(エチレン・プロピレン・ジエン・共重合体)、EPM(エチレン・プロピレン共重合体)等を用いることができるが、EPDMが好ましい。なお、ゴムは、通常架橋して使用されるゴムであり、熱可塑性エラストマーを含まない。
【0045】
本実施の形態にかかるエチレン・プロピレンゴムは、プロピレン含有量が35〜60重量%が好ましく、さらに好ましくは37〜55%である。プロピレン含有量が35重量%未満ではエチレン成分が多すぎてゴム組成物が剛直になり、柔軟性が低くなるため好ましくない。また、プロピレン含有量が60重量%を超えると、柔らかすぎてシール部材として好ましくない。
【0046】
(カーボンナノファイバー)
本実施の形態にかかるカーボンナノファイバーは、平均直径が0.7〜15nmかつ平均長さが0.5〜100μmである。リップ状シール部材のゴム組成物において、前記ゴム100重量部に対して、カーボンナノファイバーの含有量は5〜100重量部であることが好ましい。ゴム組成物におけるカーボンナノファイバーの配合量が5重量部よりも少ないとカーボンナノファイバーの補強効果が小さく、100重量部を超えると硬度や弾性率が高くなり好ましくない。このように非常に細いカーボンナノファイバーで補強することによって、高温における物性低下を小さくすることができる。なお、カーボンナノファイバーが0.7nmより細いものは入手が困難であり、15nmを越えるものは材料特性(補強効果)が得ることができないので好ましくない。
【0047】
カーボンナノファイバーとしては、例えば、いわゆるカーボンナノチューブなどが例示できる。カーボンナノチューブは、炭素六角網面のグラフェンシートが円筒状に閉じた単層構造あるいはこれらの円筒構造が入れ子状に配置された多層構造を有する。すなわち、カーボンナノチューブは、単層構造のみから構成されていても多層構造のみから構成されていても良く、単層構造と多層構造が混在していてもかまわない。また、部分的にカーボンナノチューブの構造を有する炭素材料も使用することができる。なお、カーボンナノチューブという名称の他にグラファイトフィブリルナノチューブといった名称で称されることもある。
【0048】
単層カーボンナノチューブもしくは多層カーボンナノチューブは、アーク放電法、レーザーアブレーション法、気相成長法などによって望ましいサイズに製造される。
【0049】
アーク放電法は、大気圧よりもやや低い圧力のアルゴンや水素雰囲気下で、炭素棒でできた電極材料の間にアーク放電を行うことで、陰極に堆積した多層カーボンナノチューブを得る方法である。また、単層カーボンナノチューブは、前記炭素棒中にニッケル/コバルトなどの触媒を混ぜてアーク放電を行い、処理容器の内側面に付着するすすから得られる。
【0050】
レーザーアブレーション法は、希ガス(例えばアルゴン)中で、ターゲットであるニッケル/コバルトなどの触媒を混ぜた炭素表面に、YAGレーザーの強いパルスレーザー光を照射することによって炭素表面を溶融・蒸発させて、単層カーボンナノチューブを得る方法である。
【0051】
気相成長法は、ベンゼンやトルエン等の炭化水素を気相で熱分解し、カーボンナノチューブを合成するもので、より具体的には、流動触媒法やゼオライト担持触媒法などが例示できる。
【0052】
カーボンナノファイバーは、ゴムと混練される前に、あらかじめ表面処理、例えば、イオン注入処理、スパッタエッチング処理、プラズマ処理などを行うことによって、ゴムとの接着性やぬれ性を改善することができる。
【0053】
本実施の形態にかかるゴム組成物は、ゴム100重量部に対して、カーボンナノファイバーの配合量が比較的少量例えば20重量部未満の場合、カーボンナノファイバー以外の配合剤として、カーボンブラックや繊維を加えることが好ましい。その場合、カーボンブラックは、種々の原材料を用いた種々のグレードのカーボンブラックを用いることができる。カーボンブラックは、その基本構成粒子(いわゆる一次粒子)が融着して連結したアグリゲート(いわゆる二次凝集体)が発達した比較的高いストラクチャーを有するものが好ましい。
【0054】
本実施の形態にかかるカーボンブラックは、基本構成粒子の平均粒径が10〜100nmであって、DBP吸収量が80ml/100g以上であり、さらに好ましくは、平均粒径が10〜40nmであって、DBP吸収量が100〜500ml/100gである。カーボンブラックの平均粒径が10nm未満だと加工(混練)が困難であり、平均粒径が100nmより太いと補強効果が劣る。カーボンブラックは、アグリゲートが発達したストラクチャーの高低によって補強効果が影響を受けるため、DBP吸収量が80ml/100g以上とすると補強効果が大きい。
【0055】
このようなカーボンブラックとしては、例えばケッチェンブラック、SAF、SAF-HS、ISAF、ISAF-HS、HAF、HAF-HS、FEF、FEF−HS、SRF−HSなどのカーボンブラックを用いることができる。
【0056】
本実施の形態にかかるゴム組成物は、カーボンナノファイバー以外の配合剤として、繊維を加える場合、繊維は、しなやかで屈曲性に優れ、平均直径が1〜100μmかつアスペクト比が50〜500が好ましい。繊維の平均直径が1μm未満だと加工(混練)が困難であり、平均直径が100μmより太いと補強効果が劣る。
【0057】
繊維としては、屈曲性に優れたしなやかな繊維が好ましく、天然繊維、金属繊維、合成繊維またはこれらの繊維の混合物を用いることができる。天然繊維としては、綿、麻などの植物繊維、羊毛、絹などの動物繊維を適宜選択して用いることができる。金属繊維としては、ステンレス繊維、銅繊維などを適宜選択して用いることができる。合成繊維としては、脂肪族ポリアミド系の繊維を用いることができる。なお、ポリエステル系繊維、芳香族ポリアミド系繊維、セラミックス繊維などは剛直であり、屈曲性がないので適当ではない。また、繊維は、カーボンブラックと一緒に加えてもよい。
【0058】
(ゴム組成物の製造方法)
本実施の形態にかかるゴム組成物の製造方法としては、ゴムとカーボンナノファイバーとを、オープンロール、単軸あるいは2軸の押出機、バンバリーミキサー、ニーダーなど公知の混合機に供給し、混練して得られる。カーボンブラックなどのカーボンナノファイバー以外の充填材は、カーボンナノファイバーを供給する前に混合器に供給することが好ましい。通常、この混練の際に、カーボンブラックと同量程度のプロセスオイルが使用されるが、本発明のゴム組成物の製造過程では使用しないことが望ましい。プロセスオイルを用いて製造されたリップ状シール部材を用いた液圧マスタシリンダは、プロセスオイルが作動液中に溶け出し、作動液の性能の経時変化や耐熱性の変化の原因となるからである。
【0059】
ゴム組成物の製造方法として、例えば、ロール間隔が0.5mm以下のオープンロール法を用いる場合には、例えば1.5mmの間隔で配置された回転する2本のロールにゴムを投入する。次に、このゴムに充填材例えばカーボンブラックなどを加え、さらにカーボンナノファイバーを加えて、ロールを回転させ、ゴムとカーボンナノファイバーとの混合物を得る。この混合物を0.1ないし0.5mmの間隔に設定されたオープンロールに投入し、例えば10回程度薄通しを行なってゴム組成物を得る。このような薄通しによってゴムに高い剪断力が作用し、凝集していたカーボンナノファイバーがゴム分子に1本づつ引き抜かれるように相互に分離し、ゴムに分散される。特に、カーボンブラックなどの充填材をカーボンナノファイバーに先立って混合させた場合には、カーボンブラックの周りに乱流が発生し、カーボンナノファイバーを容易に分散させることができる。
【0060】
また、この混練工程では、できるだけ高い剪断力を得るために、ゴムとカーボンナノファイバーとの混合は、好ましくは0ないし50℃、より好ましくは5ないし30℃の比較的低い温度で行われる。なお、ゴムとしてEPDMを用いた場合には、2段階の混練工程を行なうことが望ましく、第1の混練工程では、できるだけ高い剪断力を得るために、EPDMとカーボンナノファイバーとの混合は、第2の混練工程より50〜100℃低い第1の温度で行なわれる。第1の温度は、好ましくは0ないし50℃、より好ましくは5ないし30℃の第1の温度である。ロールの第2の温度は、50〜150℃の比較的高い温度に設定することでカーボンナノファイバーの分散性を向上させることができる。
【0061】
この混練工程では、剪断力によって剪断されたゴムにフリーラジカルが生成され、そのフリーラジカルがカーボンナノファイバーの表面を攻撃することで、カーボンナノファイバーの表面は活性化される。このとき、分子長が適度に長く、分子運動性の高いゴムがカーボンナノファイバーの相互に侵入し、かつ、ゴムの特定の部分が化学的相互作用によってカーボンナノファイバーの活性の高い部分と結合する。この状態で、混合物に強い剪断力が作用すると、ゴムの移動に伴ってカーボンナノファイバーも移動し、凝集していたカーボンナノファイバーが分離されて、ゴム中に分散されることになる。そして、一旦分散したカーボンナノファイバーは、ゴムとの化学的相互作用によって再凝集することが防止され、良好な分散安定性を有することができる。要するに、この混練工程では、凝集したカーボンナノファイバーを分離でき、かつゴム分子を切断してラジカルを生成する剪断力をゴムに与えることができればよい。
【0062】
(無架橋のゴム組成物の特性)
本実施の形態にかかる無架橋のゴム組成物は、10Hz、30℃及び150℃における動的弾性率がいずれも8MPa以上である。また、この無架橋のゴム組成物は、30℃から150℃への温度上昇に伴う動的弾性率の保持率が50%以上である。リップ状シール部材としては、大きな圧力変動に耐えるためには高温においても高い動的弾性率を安定して維持することが好ましく、特に、本実施の形態にかかる液圧マスタシリンダのカップシールとして用いた場合、望ましいクワレ耐久性を有するためには動的弾性率が8MPa以上であることが好ましい。また、本実施の形態にかかる液圧マスタシリンダのカップシールとして用いた場合、30℃から150℃への温度上昇に伴う動的弾性率の保持率が50%以上であると、高温においても望ましいクワレ耐久性を有する。
【0063】
ゴム組成物は、無架橋でありながら高温における物性低下が小さく、例えば高温における圧縮永久歪が小さいため、リップ状シール部材における耐ヘタリ性に優れている。
【0064】
無架橋のゴム組成物は、基材であるゴムにカーボンナノファイバーが均一に分散されている。このことは、ゴムがカーボンナノファイバーによって拘束されている状態であるともいえる。この状態では、カーボンナノファイバーによって拘束を受けたゴム分子の運動性は、カーボンナノファイバーの拘束を受けない場合に比べて小さくなる。そのため、本実施の形態にかかるリップ状シール部材の第1のスピン−スピン緩和時間(T2n)、第2のスピン−スピン緩和時間(T2nn)及びスピン−格子緩和時間(T1)は、カーボンナノファイバーを含まないゴム単体の場合より短くなる。
【0065】
また、ゴム分子がカーボンナノファイバーによって拘束された状態では、以下の理由によって、非ネットワーク成分(非網目鎖成分)は減少すると考えられる。すなわち、カーボンナノファイバーによってゴムの分子運動性が全体的に低下すると、非ネットワーク成分は容易に運動できなくなる部分が増えて、ネットワーク成分と同等の挙動をしやすくなること、また、非ネットワーク成分(末端鎖)は動きやすいため、カーボンナノファイバーの活性点に吸着されやすくなること、などの理由によって、非ネットワーク成分は減少すると考えられる。そのため、第2のスピン−スピン緩和時間を有する成分の成分分率(fnn)は、カーボンナノファイバーを含まないゴム単体の場合より小さくなる。
【0066】
以上のことから、無架橋のゴム組成物は、パルス法NMRを用いてハーンエコー法によって得られる測定値が以下の範囲にあることが望ましい。
【0067】
すなわち、無架橋のゴム組成物において、150℃で測定した、第1のスピン−スピン緩和時間(T2n)は100ないし3000μ秒であり、第2のスピン−スピン緩和時間(T2nn)は1000ないし10000μ秒であり、さらに第2のスピン−スピン緩和時間を有する成分の成分分率(fnn)は0.2未満であることが好ましい。
【0068】
パルス法NMRを用いたハーンエコー法により測定されたスピン−格子緩和時間(T1)は、スピン−スピン緩和時間(T2)とともに物質の分子運動性を表す尺度である。具体的には、ゴムのスピン−格子緩和時間が短いほど分子運動性が低く、ゴムは固いといえ、そしてスピン−格子緩和時間が長いほど分子運動性が高く、ゴムは柔らかいといえる。したがって、カーボンナノファイバーが均一に分散したリップ状シール部材は、分子運動性が低くなり、上述のT2n,T2nn,fnnの範囲となる。
【0069】
無架橋のゴム組成物は、動的粘弾性の温度依存性測定における流動温度が、原料ゴム単体の流動温度より20℃以上高温であることが好ましく、無架橋のゴム組成物の流動温度は150℃以上が好ましく、より好ましくは200℃以上である。無架橋のゴム組成物は、ゴムにカーボンナノファイバーが良好に分散されている。このことは、上述したように、ゴムがカーボンナノファイバーによって拘束されている状態であるともいえる。この状態では、ゴムは、カーボンナノファイバーを含まない場合に比べて、その分子運動が小さくなり、その結果、流動性が低下する。このような流動温度特性を有することにより、無架橋のゴム組成物は、動的粘弾性の温度依存性が小さくなり、その結果、優れた耐熱性を有する。
【0070】
また、無架橋のゴム組成物は、カーボンナノファイバーを含むことで表面粘着性が低くなり、架橋しない状態でありながら成形が可能である。
【0071】
(リップ状シール部材の特性)
混練されたゴム組成物は、リップ状シール部材の形状を有した金型を用いて押出成形もしくは射出成形される。一般にゴム組成物を架橋成形してリップ状シール部材を得るが、本実施例のリップ状シール部材は、無架橋のまま成形され、再利用(リサイクル)可能である。
【0072】
したがって、本実施の形態にかかるリップ状シール部材は、上述した無架橋のゴム組成物の特性をそのまま有しており、低温から高温にかけて広い温度範囲で物性変化が少なく、特に熱膨張が安定しているので広い温度範囲で使用することが可能である。このようなうリップ状シール部材は、無架橋でありながら、広い温度範囲で摺動抵抗が温度変化に対して安定しており、永久歪も小さいのでシール不良も少ない。また、このようなリップ状シール部材を車両用液圧マスタシリンダのカップシールとして用いると、常温から高温における柔軟性と強さを備え、熱によるブレーキ操作への影響が小さく、耐ヘタリ性及び耐クワレ耐久性を向上することができる。さらに、本実施の形態にかかるリップ状シール部材をプランジャポンプのXリングとして用いると、常温から高温における柔軟性と強さを備え、高速往復動作に対する耐久性が向上する。
【0073】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨の範囲内において種々の形態に変形可能である。
【実施例1】
【0074】
以下、本発明の実施例について述べるが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0075】
(実施例1〜6、比較例1〜3)
(a)無架橋ゴム組成物の作製
1)6インチオープンロール(ロール温度10〜20℃)に、ゴムを投入して、ロールに巻き付かせた。
2)ゴム100重量部(phr)に対して表1に示す量(重量部(phr))のカーボンナノファイバー(表1では「CNT13」と記載する)をゴムに投入した。実施例4と5においては、さらにカーボンブラック(表1では「HAF−HS」と記載する)を、実施例3と5においては、繊維(絹糸)を、ゴムに投入した。このとき、ロール間隙を1.5mmとした。
3)カーボンナノファイバーを投入し終わったら、ゴムとカーボンナノファイバーとの混合物をロールから取り出した。
4)ロール間隙を1.5mmから0.3mmと狭くして、混合物を投入して薄通しをした。このとき、2本のロールの表面速度比を1.1とした。薄通しは繰り返し10回行った。
5)ロールを所定の間隙(1.1mm)にセットして、薄通しした混合物を投入し、分出しした。
【0076】
このようにして、実施例1〜6および比較例1〜3の無架橋のゴム組成物を得た。表1において、原料ゴムは、「EPDM」がエチレン・プロピレンゴム、「SBR」がスチレン−ブタジエンゴムである。また、表1において、「CNT13」は平均直径が約13nmのマルチウォールカーボンナノチューブであり、「HAF−HS」は平均粒径27nm、DBP吸収量101ml/100g、窒素比表面積82m/gのHAF−HSグレードのカーボンブラックであり、「絹糸」は平均直径が約3μm平均長さが約6mmの絹糸であり、POはパーオキサイド(架橋剤)である。
【0077】
(b)カップシールの作製
前記(a)で得られたゴム組成物を射出成形し、実施例1〜6および比較例2、3の無架橋のカップシールを得た。比較例1は、カップシールに成形された後、架橋した。
【0078】
(c)電子顕微鏡による観察
各無架橋サンプルについて、電子顕微鏡(SEM)を用いて、カーボンナノファイバー及びカーボンブラックの分散の状態を観察した。全てのサンプルでカーボンナノファイバー及びカーボンブラックがゴム中に均一に分散している様子が観察された。
【0079】
(d)静的物性の測定
各無架橋のゴム組成物について、ゴム硬度(JISA)、引張強度(TB)および切断伸び(EB)を測定した。ゴム硬度(JISA)については、JIS K 6253によって測定した。TB及びEBについては、JIS K 6521−1993によって測定した。これらの結果を表1に示す。
【0080】
(e)動的物性の測定
各無架橋のゴム組成物について、30℃及び150℃におけるE’(動的粘弾性率)をJIS K 6521−1993によって測定した。さらに、E’保持率(%)として30℃のE’に対する150℃のE’の割合(E’保持率(%)=E’(30℃)/E’(150℃)・100)を計算した。これらの結果を表1に示す。
【0081】
(f)流動温度の測定
原料ゴム単体および無架橋のゴム組成物について、動的粘弾性測定(JIS K 6394)によって流動温度を測定した。具体的には、流動温度は、幅5mm、長さ40mm、厚み1mmのサンプルに正弦振動(±0.1%以下)を与え、これによって発生する応力と位相差δを測定して求めた。このとき、温度は、−70℃から2℃/分の昇温速度で200℃まで変化させた。その結果を表1に示す。なお、表1において、200℃までサンプルの流動現象がみられない場合を「200℃以上」と記載した。
【0082】
(g)パルス法NMRを用いた柔軟性の測定
各無架橋のゴム組成物について、パルス法NMRを用いてハーンエコー法及び反復法による測定を行った。この測定は、日本電子(株)製「JMN−MU25」を用いて行った。測定は、観測核がH、共鳴周波数が25MHz、90゜パルス幅が2μsecの条件で行い、ハーンエコー法のパルスシーケンス(90゜x−Pi−180゜x)にて、Piをいろいろ変えて減衰曲線を測定した。また、無架橋のゴム組成物は、磁場の適正範囲までサンプル管に挿入して測定した。測定温度は150℃であった。この測定によって、サンプルの第2のスピン−スピン緩和時間を有する成分の成分分率(fnn)を求めた。その結果を表1に示す。
【0083】
(h)リサイクル性の評価
各カップシールのサンプルを、オープンロールで混練し、射出成形してカップシールを作成する工程を5回繰り返して製品(カップシール)が作成可能であるかどうかを評価した。その結果を表1に示す。なお、表1において、「○」は製品が作成可能であったことを示し、「×」はリサイクルできなかったことを示し、「−」はリサイクル試験を行なっていないことを示す。
【0084】
(i)表面粘着性の評価
カップシール部材の表面粘着性によって成形性を評価した。その結果を表1に評価を示す。表面の粘着性が高く成形が困難な場合には「×」を記入し、表面の粘着性が低く成形が容易である場合には「○」を記入した。
【0085】
(j)圧縮永久歪(耐ヘタリ性)及び高温定荷重疲労の測定
各ゴム組成物について、圧縮永久歪(JIS K6262)を測定した。圧縮永久歪は、150℃、70時間、25%圧縮の条件で行なった。圧縮永久歪は、カップシールのいわゆる耐ヘタリ性についての評価である。高温定荷重疲労は、150℃、2MPaの荷重を繰り返し与え、破断した回数を求めた。これらの結果を表1に示す。
【0086】
(k)クワレ耐久性の測定
各カップシールサンプルについて、クワレ耐久性を測定した。クワレ耐久性は、液圧マスタシリンダのピストンに各カップシールサンプルを装着し、リザーバを満タンにした状態で、ABS作動を行なった。具体的な条件は、室温、ABS開始圧2.45MPa、キックバック圧14.7〜17.6MPa、リザーバ液残しのフル減モード、1分間に1サイクルを50サイクル行い、クワレによる損傷の有無を観察した。これらの観察結果を表1にしめす。なお、表1において、「○」は損傷が見られなかったものを示し、「×」は損傷がみられたものを示す。
【0087】
【表1】

【0088】
表1から、本発明の実施例1〜6によれば、以下のことが確認された。すなわち、実施例1〜6の無架橋のゴム組成物は、架橋したゴム組成物と同等の静的物性及び動的物性を示した。特に、常温から高温における動的弾性率の保持率及び流動温度は高く、無架橋でありながら高温における物性低下が小さいことがわかった。また、実施例1〜6のゴム組成物は、圧縮永久歪が30%以下であり、耐ヘタリ性の評価がよかった。実施例1〜6のカップシールは、高温定荷重では破断しにくく、クワレ耐久性においてもよい評価が得られた。また、比較例1の架橋されたゴム組成物は、リサイクル性に問題があった。比較例2、3のゴム組成物においては、表面の粘着性が高く成形が困難であったので、リサイクル性の評価をしていない。また、比較例2、3のゴム組成物においては、圧縮永久歪が30%を大きく超え、80%以上であった。比較例2、3のカップシールは、強度不足であった。
【0089】
表1に示すように、実施例1〜6のカップシールは、ハーンエコー法によるfnnが0.2未満であった。
【0090】
表1に示すように、無架橋のゴム組成物における流動温度は、200℃以上であり、優れた耐熱性を有するため、無架橋のままカップシールとして利用できることがわかる。特に、無架橋のままカップシールとして利用できるため、リサイクル性が良好であった。
【図面の簡単な説明】
【0091】
【図1】本発明の実施の形態に係るカップシールを含む液圧マスタシリンダを模式的に示す断面図である。
【図2】本発明の実施の形態に係るカップシールの拡大断面図である。
【図3】本発明の実施の形態にかかるXリングを含むプランジャポンプを模式的に示す断面図である。
【符号の説明】
【0092】
1 プランジャポンプ
2 ポンプハウジング
3 カム室
5 プランジャ
9 シリンダ孔
10 Xリング
71 液圧式ブレーキ装置
73 液圧マスタシリンダ
75 液圧配管
76 シリンダボディ
76b 底部
77 シリンダ孔
78 リザーバ
79,89 リリーフポート
79a,89a 開口部
80,90 サプライポート
81,91 ピストン
82a,82b,92a,92b カップシール
83,93 液圧室
88,98 ばね

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ベース部と、該ベース部から無端状に突出形成されたリップ部と、を有し、
前記リップ部を被シール面に対して液密にかつ摺動可能に押圧するリップ状シール部材であって、
カーボンナノファイバーに対して親和性を有する不飽和結合または基を有するゴムと、該ゴムに分散されたカーボンナノファイバーと、を含む無架橋のゴム組成物で形成された、リップ状シール部材。
【請求項2】
請求項1において、
前記無架橋のゴム組成物は、前記ゴム100重量部に対して、前記カーボンナノファイバーを5〜100重量部含み、
前記カーボンナノファイバーは、平均直径が0.7〜15nmかつ平均長さが0.5〜100μmである、リップ状シール部材。
【請求項3】
請求項1または2において、
前記ゴムは、分子量が5000ないし500万である、リップ状シール部材。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれかにおいて、
前記ゴムは、パルス法NMRを用いてハーンエコー法によって30℃で測定した、未架橋体における、ネットワーク成分のスピン−スピン緩和時間(T2n)が100ないし3000μ秒である、リップ状シール部材。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれかにおいて、
前記ゴムは、エチレン・プロピレンゴムもしくはスチレン−ブタジエンゴムである、リップ状シール部材。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれかにおいて、
前記無架橋のゴム組成物の流動温度は、150℃以上である、リップ状シール部材。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれかにおいて、
前記リップ状シール部材は、カップシールまたはXリングである、リップ状シール部材。
【請求項8】
請求項1ないし7記載のいずれかのリップ状シール部材を装着されたピストンと、
前記ピストンが挿入されるシリンダ孔を有するシリンダボディと、
前記ピストンと前記シリンダ孔の底部との間に画成された液圧室と、
前記ピストンが前記底部に対して後退した際に、前記液圧室と貯液室とを連通する連通路と、を含み、
前記連通路は、前記シリンダ孔の内周壁に開口部を有し、
前記リップ状シール部材は、前記ピストンの移動によって、前記連通路の開口部を通過して前記シリンダ孔の内周壁に対し摺動する、車両用液圧マスタシリンダ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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