説明

リファンピシンを成分とする肝臓癌治療剤

【課題】 肝臓癌の治療剤の提供を課題とする。
【解決手段】 肝臓癌に対する治療剤を開発すべく本発明者は鋭意研究を行った結果、リファンピシンまたはその誘導体が、肝臓癌、特に転移性肝臓癌に対して治療効果を有することを見出した。リファンピシンまたはその誘導体は、肝臓へ転移した各種癌の増殖および肝臓組織内への浸潤を抑制する作用があり、転移性肝臓癌に対して治療効果を有する。リファンピシンまたはその誘導体は、転移性肝臓癌の治療剤、または肝臓への癌転移抑制剤の有効成分として有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リファンピシンまたはその誘導体を有効成分とする肝臓癌治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
リファンピシンに関して、以下の知見が報告されている。
(1)抗菌作用
リファンピシンは抗結核薬の抗生物質として開発された。リファンピシンは原核生物のrpoB遺伝子によってコードされるDNA依存性RNAポリメラーゼのβサブユニットに結合し、RNA合成を阻害することで抗菌性を示す。
【0003】
(2)化学構造
【0004】
【化1】

【0005】
3-[[(4-methyl-1-piperazinyl)imino]methyl)]rifamycin 5,6,9,17,19,21-hexahydroxy-23-methoxy-2,4,12,16,18,20,22-heptamethyl-8-[N-(4-methyl-1-piperazinyl)formimidoyl]2,7-(epoxypentadecal[1,11,13]trienimino)-naphtho[2,1-beta]furan-1,11(2H)-dione 21-acetate
C43H58N4O12: 822.95
リファンピシンの化学構造上の特徴の一つは、naphtohydroquinone構造が存在することで、この構造は、リファンピシンのフリーラジカル補足・消去物(free radical scavenger:ラジカル・スカベンジャー)としての作用に寄与していると考えられる。
【0006】
(3)フリーラジカル除去作用
(a) ONOO抑制:
一酸化窒素(NO)は血管拡張作用など生体内で重要な役割を果たしているが、大量に存在すると酸素と結合して、パーオキシナイトライト(peroxynitrite: ONOO)に変化する。ONOOは脂質、蛋白質、DNAなどの生体物質を酸化し、またチロシンの亜硝酸化を引き起こし、傷害の原因になる(非特許文献1参照)。チロシンおよびα1-Antiproteinaseはいずれも炎症反応と関係し、その亜硝酸化は炎症反応を引き起こす。リファンピシンはこれらの物質の亜硝酸化を抑制した(非特許文献2参照)。
【0007】
(b) 抗酸化作用:
DPPH (α,α-diphenil-β-picryl hydrazyl)は安定なラジカルであり、これを用いて化合物の抗酸化作用を評価した。その結果、リファンピシンに抗酸化作用のあることが分かった(非特許文献3参照)。
【0008】
(c) アミロイド凝集阻止作用:
可溶性アミロイドβタンパク質(Aβ)が凝集して不溶化したものはアルツハイマー症の原因になる。Aβ1-40ペプチドを用いたシステムで調べてみたところ、リファンピシンは凝集反応を抑制した。Aβ1-40ペプチドの凝集反応では出現したフリーラジカルが大きな役割を果たしていることが知られており、リファンピシンのフリーラジカル除去作用が凝集反応の抑制に関与していると想定される(非特許文献4参照)。
【0009】
(4)組織分布:
いろいろな組織でのリファンピシンの分布は、150 mgおよび450 mgを投与後生検により組織を採取して行われた。血液/組織での濃度比でみると、投与後12時間の時点で、1より低いのは(すなわち組織での濃度が高い)胆汁、肝臓、胆嚢壁、尿管、卵巣嚢胞壁であり、ほぼ1に近いのは脾臓、腸間膜嚢および液、虫垂、皮膚、筋肉、骨および乳癌組織で、1より大きい値を示したのは肺、胃壁および胃癌組織、脂肪、乳汁であった。特に肝臓に胆汁からの再吸収により、肝臓へ集積するのを特徴とする(非特許文献5参照)。
【0010】
(5)血管新生抑制作用:
リファンピシンおよびその誘導体には血管新生抑制作用があることが報告されている(特許文献1参照)。
【0011】
(6)抗癌作用:
培養した癌細胞に対してはリファンピシンないしその誘導体が弱いながら抗癌活性をもっていることが報告されている。また、臨床では、胆管細胞癌の患者に投与すると、患者の予後が改善されるという報告がある。ラットのアデノカルチノーマでは、リファンピシンの誘導体を腹腔経由で投与すると抗癌効果が認められているが、経口あるいは経皮投与では効果がなかった。急性骨髄性白血病の再発を、リファンピシンが抑える可能性も指摘されている(非特許文献6〜12参照)。
【0012】
【特許文献1】特許公開公報第2004-75665号
【非特許文献1】藤田直 著、「活性酸素、過酸化脂質、フリーラジカルの生成と消去機構並びにそれらの生物学的作用」、薬学雑誌、2002年、Vol.122、p.203-218
【非特許文献2】Whiteman, M. および Halliwell, B.著、「Prevention of peroxynitrite-dependent tyrosine nitration and inactivation of alpha1-antiproteinase by antibiotics.」、Free Radic Res、1997年、Vol. 26、p.49-56
【非特許文献3】Kalpana, T.外4名著、「Assessment of antioxidant activity of some antileprotic drugs.」、Arzneimittelforschung、2001年、Vol.51、p.633-637
【非特許文献4】Tomiyama, T.外6名著、「Inhibition of amyloid beta protein aggregation and neurotoxicity by rifampicin. Its possible function as a hydroxyl radical scavenger.」、J Biol Chem、1996年、Vol.271、p.6839-6844
【非特許文献5】Acocella, G.著、「Clinical pharmacokinetics of rifampicin.」、Clin Pharmacokinet、1978年、Vol.3、p.108-127
【非特許文献6】Winters, W. D.外2名著、「Differential effects of rifampicin on cultured human tumor cells.」、Cancer Res、1974年、Vol.34、p.3173-3179
【非特許文献7】Joss, U. R.外2名著、「Effect of dimethylbenzyldesmethylrifampicin (DMB) on chemically induced mammary tumours in rats.」、Nat New Biol、1973年、Vol.242、p.88-90
【非特許文献8】Sali, A.外3名著、「Rifampicin as cytotoxic agent for cholangiocarcinoma: preliminary report of seven cases.」、J Cancer Res Clin Oncol、1991年、Vol.117、p.503-504
【非特許文献9】Burghouts, J. および Haanen, C.著、「A possible role of rifampicin in prolonging remission duration in acute myelogenous leukaemia.」、Scand J Haematol、1986年、Vol.36、p.376-378
【非特許文献10】Adamson, R. H.著、「Evaluation of the antitumor activity of rifamycin SV.」、Arch Int Pharmacodyn Ther、1971年、Vol.192、p.61-65
【非特許文献11】Hughes, A. M. および Calvin, M.著、「Effect of some rifamycin derivatives on chemically-induced mammary tumors in rats.」、Cancer Lett、1976年、Vol.2、p.5-10
【非特許文献12】Hughes, A. M.外5名著、「Inhibition of adenocarcinoma TA3 ascites tumor growth by rifamycin derivatives.」、Oncology、1978年、Vol.35、p.76-82
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、肝臓癌の治療剤の提供を課題とする。さらに、転移性肝臓癌に対する治療剤、並びに、肝臓への癌転移抑制剤の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、リファンピシンまたはその誘導体が肝臓癌に対して治療効果を有することを見出した。
また、胃癌、大腸癌、肺癌はいずれも日本人に多い癌であるが、手術後門脈を経由して肝臓に転移するケースが多い。本発明者らは、他の臓器から転移した肝臓癌の治療剤を開発すべく鋭意研究を行い、リファンピシンまたはその誘導体が、転移性肝臓癌に対して治療効果を有することを見出した。
リファンピシンまたはその誘導体は、肝臓へ転移した各種癌の増殖および肝臓組織内への浸潤を抑制する作用があり、肝臓癌、特に転移性肝臓癌に対して治療効果を有する。
【0015】
上述のように、リファンピシンは胆管癌に対する抗癌活性が報告されているが、リファンピシンまたはその誘導体が、肝臓癌、特に肝実質細胞癌に対して有効であることは報告されていない。
抗癌剤であるアドリアシンは、肝癌に対する臨床試験での効果は16.7%であるのに対して、胆のう癌および胆管癌に対する効果は60%であることが報告されている(横山正和、檜森 巽、氏家重紀、斉藤達雄(1974)Adriamycinによる悪性腫瘍の治療成績 癌の臨床20巻7号 536-544)。当該知見において示されるように、胆管癌と肝実質細胞癌とは細胞学的に種類の異なる癌であり、通常、癌細胞の種類が異なれば、抗癌剤の種類も異なるのが一般的である。即ち、リファンピシンが胆管癌に有効であることが知られていた場合であっても、同様に肝実質細胞癌に対しても有効であるとは予測することができない。
また、肝臓への転移癌に対して有効な治療効果を有することは、本発明者によって初めて見出された知見である。
リファンピシンまたはその誘導体は、肝臓癌治療剤、特に転移性肝臓癌の治療剤、または肝臓への癌転移抑制剤の有効成分として有用である。
【0016】
即ち本発明は、肝臓癌治療剤、特に転移性肝臓癌の治療剤、並びに、肝臓への癌転移抑制剤に関し、より具体的には、
〔1〕 リファンピシンまたはその誘導体を有効成分とする、肝臓癌の治療剤、
〔2〕 前記肝臓癌が肝実質細胞癌である、〔1〕に記載の治療剤、
〔3〕 前記肝臓癌が転移性肝臓癌である、〔1〕に記載の治療剤、
〔4〕 前記転移性肝臓癌が、肺癌、胃癌、直腸癌、結腸癌、大腸癌、膵臓癌、または乳癌からの転移癌である、〔3〕に記載の治療剤、
〔5〕 リファンピシンまたはその誘導体を有効成分とする、癌転移抑制剤、
〔6〕 前記癌転移が肝臓への癌転移である、〔5〕に記載の癌転移抑制剤、
〔7〕 前記癌転移が、肺癌、胃癌、直腸癌、結腸癌、大腸癌、膵臓癌、または乳癌の肝臓への転移である、〔6〕に記載の癌転移抑制剤、
を、提供するものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明はリファンピシンまたはその誘導体を、肝臓癌、特に肝臓へ転移した癌の治療に用いることに関するものである。
リファンピシンは肝臓への集積度が高く、したがって肝臓へ転移した癌への有効性が期待される。リファンピシンはフリーラジカル・スカベンジャーであるが、フリーラジカル・スカベンジャーには肝臓内での癌細胞の浸潤、遊走を阻止する活性のあることが知られており、また、リファンピシンおよびその誘導体には血管新生抑制作用があり、その結果、癌の増殖を抑制することが期待される。なお、血管新生抑制作用には、リファンピシンのフリーラジカル・スカベンジャーとしての作用が貢献している可能性がある。
本発明者は、リファンピシンまたはその誘導体が、肝臓癌、特に肝臓へ転移した各種癌の増殖および肝臓組織内への浸潤を抑制する作用があり、その治療剤として利用できることを突き止めた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明者は、リファンピシンまたはその誘導体が、肝臓癌、特に転移性肝臓癌に対して抗癌作用を有することを見出した。本発明は、リファンピシンまたはその誘導体を有効成分とする、肝臓癌の治療剤に関する。
本発明の治療剤の好ましい態様としては、肝実質細胞癌に対する治療剤である。また、本発明は、リファンピシンまたはその誘導体を有効成分として含む、転移性肝臓癌の治療剤を提供する。
【0019】
さらに本発明者らは、リファンピシンまたはその誘導体は、肝臓以外の臓器を原発巣とする癌が肝臓へ転移するのを抑制することを見出した。即ち本発明は、リファンピシンまたはその誘導体を有効成分とする、肝臓への癌転移抑制剤に関する。(本明細書において、本発明の上記治療剤または癌転移抑制剤を、単に「本発明の薬剤」と記載する場合あり)
本発明の薬剤の有効成分は、通常、下記一般式(I)で表される化合物である。
【0020】
【化2】

【0021】
また、本発明の好ましい態様としては、上記一般式(I)で表される化合物の誘導体を有効成分とする薬剤である。
本発明の薬剤として利用可能なリファンピシンの誘導体としては、例えば3-Folmyl-RFM、Rifamycin SV、または、主代謝物の25-Desacetyl-RFP等を挙げることができる。
【0022】
本発明において「転移性肝臓癌」とは、肝臓以外の臓器もしくは組織を原発巣とする肝臓癌をいい、通常、肝臓以外の臓器もしくは組織における癌が肝臓へ転移した癌を指す。例えば、肺、胃、直腸、大腸、結腸、膵臓または乳腺等に生じた癌(例えば肺癌、胃癌、直腸癌、大腸癌、結腸癌、膵臓癌、乳癌等)が肝臓へ転移して起こる肝臓癌が挙げられる。
【0023】
本発明において、リファンピシンの塩もまた、本発明の誘導体に含まれる。本発明において「塩」とは、本発明のリファンピシンと塩を形成し、かつ薬理学的に許容されるものであれば特に限定されず、例えば、無機酸塩、有機酸塩、無機塩基塩、有機塩基塩、酸性または塩基性アミノ酸塩などがあげられる。通常、本発明において「塩」とは、通常、薬学的に許容される塩を言う。
【0024】
本発明の治療剤は、例えば、「治療薬」、「抗癌剤」、「抗腫瘍剤」、「癌治療用組成物」、「医薬品」、「医薬組成物」等と表記することもできる。
本発明の治療剤は、通常、癌を治療する、または癌の転移を抑制する効果を有する薬剤(医薬、医薬組成物)を指すが、例えば、癌を予防もしくは癌の転移を予防する効果を有する薬剤もまた本発明の薬剤に含まれる。
【0025】
本発明において、「癌」は通常、悪性腫瘍とも呼ばれる。
【0026】
本発明のリファンピシンまたはその誘導体を有効成分とする薬剤は、慣用されている方法により錠剤、丸剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、粉剤、被覆錠剤、カプセル剤、吸入剤、坐剤、注射剤、軟膏剤、液剤、乳剤、懸濁剤、注射剤等として製剤化することができる。
【0027】
製剤化には通常用いられる賦形剤、結合剤、滑沢剤、着色剤、矯味矯臭剤や、必要に応じて安定化剤、乳化剤、吸収促進剤、界面活性剤、pH調製剤、防腐剤、抗酸化剤などを使用することができ、一般に医薬品製剤の原料として用いられる成分を配合して常法により製剤化される。
【0028】
例えば経口製剤を製造するには、本発明にかかる化合物またはその薬理学的に許容される塩と賦形剤、さらに必要に応じて結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味矯臭剤などを加えた後、常法により散剤、細粒剤、顆粒剤、錠剤、被覆錠剤、カプセル剤等とする。
【0029】
また、注射用製剤等の液剤を製造する際には、本発明にかかる化合物またはその薬理学的に許容される塩にpH調整剤、溶解剤、等張化剤などと、必要に応じて溶解補助剤、安定化剤などを加えて、常法により製剤化する。注射剤を調製する場合、必要に応じて、pH調製剤、緩衝剤、安定化剤、保存剤等を添加し、常法により、皮下、筋肉内、静脈内注射剤とする。注射剤は、溶液を容器に収納後、凍結乾燥等によって、固形製剤として、用時調製の製剤としてもよい。
【0030】
製剤化にあたり使用する基剤原料としては、医薬品、医薬部外品、化粧品等に通常使用される各種原料を用いることが可能である。使用する基剤原料として具体的には、例えば動植物油、鉱物油、エステル油、ワックス類、高級アルコール類、脂肪酸類、シリコン油、界面活性剤、リン脂質類、アルコール類、多価アルコール類、水溶性高分子類、粘土鉱物類、精製水等の原料が挙げられ、さらに必要に応じて、pH調整剤、抗酸化剤、キレート剤、防腐防黴剤、着色料、香料等を添加することができる。また必要に応じて殺菌剤、消炎剤、細胞賦活剤、ビタミン類、アミノ酸、保湿剤、角質溶解剤等の成分を配合することもできる。
主成分である本発明の薬剤を含むように、上記の剤型とする製剤技術は公知である。
【0031】
本発明の化合物もしくは誘導体(塩を含む)を投与する場合、その形態は特に限定されず、通常用いられる方法により経口投与でも非経口投与でもよい。本発明の薬剤の投与量は、剤型の種類、投与方法、患者の年齢や体重、患者の症状等を考慮して、最終的には医師または獣医師の判断により適宜決定することができる。
【0032】
本発明の薬剤において、リファンピシンまたはその誘導体の含有濃度は特に制限されないが、投与すべき個体の対象臓器(肝臓もしくは肝臓細胞)1 kgあたり、例えば、10〜500 mg、好ましくは50〜200 mg、より好ましくは、50〜100 mgとなるような濃度を例示することができる。
【0033】
本発明の薬剤の投与の対象となる生物は、通常、哺乳動物であり、例えば、ヒト、イヌ、またはネコ等の生物を挙げることができる。
【0034】
なお本明細書において引用された全ての先行技術文献は、参照として本明細書に組み入れられる。
【実施例】
【0035】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は、これに限定されるものではない。
【0036】
〔実施例1〕 ヌードマウスでの肝臓に転移させた肺癌(A549)の抑制作用
ヌードマウスに脾臓経由で肝臓に移植した肺癌細胞(A549)の増殖に対するリファンピシンの作用を調べた。
移植細胞として、肺癌細胞(A549)を1.5 × 106 cells/50μL/body用いた。そして移植前の麻酔として、移植処置の約5分前に5 mg/mL ネンブタールを体重1 gあたり10μL容量で腹腔内投与した。
【0037】
移植部位及び移植方法は、以下の通りである。まず鋏を用いてマウス(マウス、雄、BALB/cA Jcl-nu nu/nu)左脇腹の皮膚、筋層を各10 mm程度背腹軸方向に切り開いた。先の丸いピンセットを用いて腹腔内より脾臓を引き出し、脾臓の下端(腹側)をつまみ、端から3〜5 mmの位置にほぼ水平に針を刺し、針先を脾臓内部に5〜7 mm挿入し、ゆっくり細胞懸濁液を注入した。なお、細胞懸濁液は27番Gの針を装着した1 mLシリンジに50μL充填した。細胞懸濁液注入後、約10秒間針先を脾臓内に保持し、内圧が下がるのを待ち、針を抜き、傷跡から漏れ出てくる注入液はキムワイプで拭き取った。また、臓器の乾燥を防ぐため生理食塩水に浸し固く搾った脱脂綿で脾臓を覆った。麻酔したマウスは体温が低下しやすいため、乾燥した脱脂綿などに乗せ保温に努め、移植細胞が肝臓に転移するまで10分待った。
【0038】
脾臓の摘出及び縫合は、以下のように行った。予め脾臓中央部からピンセットを用いて膵臓との間に縫合糸(絹軟質縫合糸3号)を通し、脾臓を走る2本の血管(背側、腹側)にそれぞれ結び目を作っておき、10分経過時に腹側の血管から結紮し、次に背側の血管と脾臓の一部を一緒に結紮した。腹側の血管を結紮した糸をピンセットで押さえながら、リングピンセットで脾臓を引っ張りながら脾臓を外し、脾臓背側部を糸の結び目が外れない位置をハサミで切り取った。余分な縫合糸を切り、内臓を腹腔内に戻し、筋層を縫合糸2号で1ヵ所縫合した。皮膚をホッチキスで留め、皮膚の血痕をふき取りケージに戻した。また、必要に応じてホットプレート等で保温し、麻酔及び術後からの回復を即した。
【0039】
リファンピシン(GK-001)は、50、100及び200 mg/kgの用量で癌細胞移植後4日目から1日1回、週5日間(土曜、日曜は休薬)で約3週間反復経口投与した。
5-FUは、30 mg/kgの用量で癌細胞移植後4日目から1日1回、週5日間(土曜、日曜は休薬)で約3週間反復投与した。薬剤は0.5 w/v %カルボキシメチルセルロースナトリウム溶液(0.5%CMC-Na)に縣濁して1 mL注射筒及びマウス用金属製胃ゾンデを用いて強制経口投与した。対照群には0.5%CMC-Naのみを投与した。
【0040】
(a) 一般状態観察
一般状態観察の結果を以下の表1に示す。観察16日から18日にかけて対照群の5例に皮膚蒼白、体温低下及び活動性低下が認められ、観察18日の採血直前には2例が死亡した。対照群における上記症状及び死因は、転移性肝臓癌による全身状態の急激な悪化によるものと考えられた。一方、リファンピシン各投与群では、観察15日まで異常は認められなかったが、観察16日から18日にかけて50 mg/kg群の1例及び200 mg/kg群の2例に皮膚蒼白、皮膚の黄色化、体温低下及び活動性低下が認められ、観察17日には200 mg/kgの1例が死亡した。リファンピシン各投与群では、転移性肝臓癌による上記症状発現及び死亡を用量依存的に抑制する明らかな効果は認められなかったが、対照群に比べて上記症状の発現例数は少なく、リファンピシンは転移性肝臓癌による全身状態の悪化を抑制している可能性が示唆された。5-FU投与群では、1例に観察15日から18日にかけて皮膚の発赤が認められたのみで、観察期間を通して転移性肝臓癌による全身状態の急激な悪化を示唆する症状は観察されず、転移性肝臓癌の進行抑制を裏付ける結果が得られた。
18日目における臨床的兆候を表1に示す。
【0041】
【表1】

【0042】
対照群では、5/7例で何らかの外観的異常が観察されたが、リファンピシン 100 mg/kg群では、外観的異常は観察されなかった。
また、腫瘍(癌)細胞転移度、および肝臓における空胞化についての病理学的観察結果を表2に示す。
【0043】
【表2】

【0044】
表中、「-」は転移なし、「+」、「++」、「+++」は転移度がそれぞれ、弱、中、強であることを表す。
【0045】
対照群全例に強い転移・増殖が見られた。また、リファンピシンは転移・増殖を抑制する傾向にあり、リファンピシン 100および200 mg/kg群で、代謝酵素誘導にともなう肝実質細胞の空胞化が見られた。
【0046】
(b) 癌マーカCA15-3によるモニタリング
さらにアッセイキットとして、CA15-3 ELISA kit (Panomics)を利用し癌マーカCA15-3によるモニタリングを実施した。
具体的には、観察18日目(癌細胞移植後22日目)に、エーテルで麻酔した後、後大静脈腹部よりヘパリン塗布注射筒で可能な限りの血液を採取した。採取した血液は、速やかに1,870 × gで10分間遠心分離し、得られた血漿を測定に用いた。測定は以下のように実施した。
【0047】
1)血漿サンプルを等量の希釈バッファー(ELISA kit付属)で希釈後、各サンプルを100 microLずつ2 wellに分注し、室温(25℃)で5時間静置した。
2)0.02%Tween20/PBSで5回洗浄した。
3)各wellにHRP-標識検出抗体(ELISA kit付属)を200 microL加え、37℃で2時間静置した。
4)0.02%Tween20/PBSで5回洗浄した。
5)各wellにTMBを100 microL加え、室温(25℃)で発色するまで静置した。
6)各wellに1N HClを100 microL加え発色を停止させた。
7)450 nmで吸光度を測定した。
【0048】
測定した吸光度を癌抗原の血漿中濃度に換算したグラフを図1に示す。また図2に各投与群ごとの集計値を示す。ソフトの都合上示されていないが、100 mg投与群において統計的に有意な差が見られた。
上述の結果から、100 mgのリファンピシンを経口投与した群では、血中での癌マーカCA15-3の有意な低下が認められ、かつ臨床症状が著しく改善されたことが示された。
【0049】
〔実施例2〕 経口投与したリファンピシンおよびその誘導体によるLL/2 Lewis肺癌細胞の異種動物における成長および転移の抑制効果
雄ヌードマウスBALB/C AnNCri-nu/nuにLL/2細胞(106 cells/animal)を皮下に移植し、癌のサイズが200 mm3になった時点で、0.8 mg/mLのリファンピシン、3-formylrifamycin SV、rifamycin SVを含む飲料水を自由に与えた。一群は7匹のマウスよりなった。皮下移植の癌のサイズは体積で表した(図3−a)。肝臓および肺への転移癌の評価は、それぞれのスライスした臓器を写真に撮り、癌の領域の面積を算出して表した(図3−bおよび図3−c)。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】図1は、測定した吸光度を癌抗原の血漿中濃度に換算したグラフである。STD. 0.0-4.7はそれぞれ0.0-4.7 U/mLの標準サンプルである。1-7がcontrol投与群。8-14が50 mg投与群。15-21が100 mg投与群。22-27が200 mg投与群。51-57が5-FU投与群をそれぞれ示す。
【図2】図2は、リファンピシン投与と血漿中CA15-3濃度との関係について示すグラフである。リファンピシン 100 mg/kg群の血漿中CA15-3濃度は、対照群のそれに比べ有意(p<0.05)に低かった。
【図3−a】図3−aは、皮下移植癌の成長曲線を示すグラフである。白丸は非癌細胞コントロール、黒丸はコントロール、黒四角は3-formylrifamycin SV、黒三角はrifamycin SV、黒菱はリファンピシンを示す。
【図3−b】図3−bは、肝臓への転移癌の評価を示すグラフである。
【図3−c】図3−cは、肺への転移癌の評価を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リファンピシンまたはその誘導体を有効成分とする、肝臓癌の治療剤。
【請求項2】
前記肝臓癌が肝実質細胞癌である、請求項1に記載の治療剤。
【請求項3】
前記肝臓癌が転移性肝臓癌である、請求項1に記載の治療剤。
【請求項4】
前記転移性肝臓癌が、肺癌、胃癌、直腸癌、結腸癌、大腸癌、膵臓癌、または乳癌からの転移癌である、請求項3に記載の治療剤。
【請求項5】
リファンピシンまたはその誘導体を有効成分とする、癌転移抑制剤。
【請求項6】
前記癌転移が肝臓への癌転移である、請求項5に記載の癌転移抑制剤。
【請求項7】
前記癌転移が、肺癌、胃癌、直腸癌、結腸癌、大腸癌、膵臓癌、または乳癌の肝臓への転移である、請求項6に記載の癌転移抑制剤。

【図1】
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【図2】
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【図3−a】
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【図3−b】
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【図3−c】
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【公開番号】特開2010−111582(P2010−111582A)
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−34960(P2007−34960)
【出願日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【出願人】(504179255)国立大学法人 東京医科歯科大学 (228)
【出願人】(502028430)株式会社ジーンケア研究所 (14)
【Fターム(参考)】