説明

リング状部材の熱処理方法およびリング状部材の製造方法

【課題】焼入装置の製作コストを抑制することが可能なリング状部材の熱処理方法およびリング状部材の製造方法を提供する。
【解決手段】リング状部材の熱処理方法は、鋼からなるリング状の成形体10の転走面11に面するように配置され、成形体10を誘導加熱するコイル21を、成形体10の周方向に沿って相対的に回転させることにより、成形体10に、上記鋼がオーステナイト化した環状の加熱領域を形成する工程と、加熱領域全体をM点以下の温度に同時に冷却する工程とを備えている。そして、加熱領域を形成する工程では、転走面11の各領域がA点温度を超える状態と、A点温度未満であって過冷オーステナイト状態が維持される温度の状態とを複数回繰り返すように加熱される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はリング状部材の熱処理方法およびリング状部材の製造方法に関し、より特定的には、焼入装置の製作コストを抑制することが可能なリング状部材の熱処理方法およびリング状部材の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受の軌道輪などの鋼からなるリング状部材に対する焼入硬化処理として、高周波焼入が採用される場合がある。この高周波焼入は、リング状部材を炉内で加熱した後、油などの冷却液中に浸漬する一般的な焼入硬化処理に比べて、設備を簡略化できるとともに、短時間での熱処理が可能となるなどの利点を有している。
【0003】
しかし、高周波焼入において、リング状部材の周方向に沿った焼入硬化すべき環状の領域を同時に加熱するためには、当該領域に対向するように、リング状部材を誘導加熱するためのコイルなどの誘導加熱部材を配置する必要がある(たとえば、特許文献1参照)。そのため、大型のリング状部材を焼入硬化する場合、それに応じた大型のコイルや当該コイルに対応する大容量の電源が必要となり、焼入装置の製作コストが高くなるという問題がある。
【0004】
このような問題を回避する方策として、リング状部材の周面の一部に面するようにコイルを配置し、当該コイルをリング状部材の周方向に沿って相対的に回転させ、A点以上の温度に加熱された環状の加熱領域を形成した上で、当該加熱領域全体をM点以下の温度に同時に冷却する方法が提案されている(たとえば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭59−118812号公報
【特許文献2】特開2011−26633号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、リング状部材を構成する鋼が加熱されて表面がオーステナイト化すると、鋼が強磁性体から常磁性体へと変化することに起因して、誘導加熱による発熱密度が低下する。そのため、所望の厚みを有し、A点以上に加熱された環状の加熱領域を形成するためには、長時間を要することとなる。したがって、上記特許文献2の熱処理方法を採用した場合、環状部材のサイズが大きい場合には、コイルの数を増やす、周方向に長いコイルを使用する、電源出力を大きくするなどの対策が必要となる。その結果、焼入装置の製作コストが上昇するという問題が生じる。
【0007】
本発明は上述のような問題を解決するためになされたものであり、その目的は、焼入装置の製作コストを抑制することが可能なリング状部材の熱処理方法およびリング状部材の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に従ったリング状部材の熱処理方法は、鋼からなるリング状部材の周面の一部に面するように配置され、リング状部材を誘導加熱する誘導加熱部材を、リング状部材の周方向に沿って相対的に回転させることにより、リング状部材に、上記鋼がオーステナイト化した環状の加熱領域を形成する工程と、加熱領域全体をM点以下の温度に同時に冷却する工程とを備えている。そして、加熱領域を形成する工程では、上記周面の各領域がA点温度を超える状態と、A点温度未満であって過冷オーステナイト状態が維持される温度の状態とを複数回繰り返すように加熱される。
【0009】
本発明のリング状部材の熱処理方法においては、リング状部材の一部に面するように配置された誘導加熱部材が周方向に沿って相対的に回転することにより、リング状部材に加熱領域が形成される。このとき、加熱領域全体がA点温度を超える状態に加熱するのではなく、上記周面の各領域がA点温度を超える状態と、A点温度未満であって過冷オーステナイト状態が維持される温度の状態とを周方向に順次繰り返すように加熱される。より具体的には、まず周面のうち誘導加熱部材に面する領域がA点温度を超える状態に加熱される。そして、誘導加熱部材がリング状部材の周方向に相対的に移動することにより、加熱された領域は誘導加熱部材に面する位置から離脱し、温度が低下する。ここで、当該領域の温度がA点温度未満にまで低下しても、材質によって定まる所定の温度を下回らない限り、過冷オーステナイト状態を維持することができる。そして、過冷オーステナイト状態が維持されたまま、当該領域が再度誘導加熱部材に面するようになると、再度温度が上昇し、A点温度を超える状態となる。これを繰り返すことにより、鋼がオーステナイト状態を維持しつつ、A点温度を超える状態に保持される時間が積算されていき、炭素の母材への固溶状態が焼入に適した状態となった後、加熱領域全体がM点以下の温度に同時に冷却され、焼入硬化される。
【0010】
このようなプロセスで焼入処理が実現されることにより、たとえ誘導加熱部材に加熱領域全体をA点温度を超える状態にする能力が無くても、加熱領域全体を同時に焼入硬化することができる。そのため、たとえば大型のリング状部材を焼入硬化する場合でも、加熱領域全体を同時にA点温度を超える状態にすることが可能な大型のコイルや当該コイルに対応する大容量の電源を準備する必要がない。その結果、焼入装置の製作コストを抑制することが可能となる。
【0011】
上記リング状部材の熱処理方法においては、加熱領域を形成する工程では、誘導加熱部材は、リング状部材の周方向に沿って複数個配置されてもよい。これにより、加熱領域を形成する工程において過冷オーステナイト状態を維持することが容易となる。
【0012】
上記リング状部材の熱処理方法においては、上記リング状部材を構成する鋼は、0.43質量%以上0.65質量%以下の炭素と、0.15質量%以上0.35質量%以下の珪素と、0.60質量%以上1.10質量%以下のマンガンと、0.30質量%以上1.20質量%以下のクロムと、0.15質量%以上0.75質量%以下のモリブデンとを含有し、残部鉄および不純物からなるものであってもよい。
【0013】
また、上記リング状部材の熱処理方法においては、上記リング状部材を構成する鋼は、0.43質量%以上0.65質量%以下の炭素と、0.15質量%以上0.35質量%以下の珪素と、0.60質量%以上1.10質量%以下のマンガンと、0.30質量%以上1.20質量%以下のクロムと、0.15質量%以上0.75質量%以下のモリブデンと、0.35質量%以上0.75質量%以下のニッケルとを含有し、残部鉄および不純物からなるものであってもよい。
【0014】
このように、適切な成分組成を有する鋼を採用することにより、本発明の熱処理方法によって転がり軸受の軌道輪など、高硬度かつ耐久性に優れたリング状部材を得ることができる。
【0015】
ここで、鋼の成分範囲を上記の範囲に限定した理由について説明する。
炭素:0.43質量%以上0.65%質量%以下
炭素含有量は、焼入硬化後における鋼の硬度に大きな影響を与える。リング状部材を構成する鋼の炭素含有量が0.43質量%未満では、焼入硬化後における十分な硬度を確保することが困難となる。一方、炭素含有量が0.65質量%を超えると、焼入硬化の際の割れの発生(焼割れ)が懸念される。そのため、炭素含有量は0.43質量%以上0.65%質量%以下とすることが好ましい。
【0016】
珪素:0.15質量%以上0.35質量%以下
珪素は、鋼の焼戻軟化抵抗の向上に寄与する。リング状部材を構成する鋼の珪素含有量が0.15質量%未満では、焼戻軟化抵抗が不十分となり、焼入硬化後の焼戻や、リング状部材の使用中における温度上昇により硬度が大幅に低下する可能性がある。一方、珪素含有量が0.35質量%を超えると、焼入前の素材の硬度が高くなり、素材を成形する際の冷間加工における加工性が低下する。そのため、珪素含有量は0.15質量%以上0.35質量%以下とすることが好ましい。
【0017】
マンガン:0.60質量%以上1.10質量%以下
マンガンは、鋼の焼入性の向上に寄与する。マンガン含有量が0.60質量%未満では、この効果が十分に得られない。一方、マンガン含有量が1.10質量%を超えると、焼入前の素材の硬度が高くなり、冷間加工における加工性が低下する。そのため、マンガン含有量は0.60質量%以上1.10質量%以下とすることが好ましい。
【0018】
クロム:0.30質量%以上1.20質量%以下
クロムは、鋼の焼入性の向上に寄与する。クロム含有量が0.30質量%未満では、この効果が十分に得られない。一方、クロム含有量が1.20質量%を超えると、素材コストが高くなるという問題が生じる。そのため、クロム含有量は0.30質量%以上1.20質量%以下とすることが好ましい。
【0019】
モリブデン:0.15質量%以上0.75質量%以下
モリブデンも、鋼の焼入性の向上に寄与する。モリブデン含有量が0.15質量%未満では、この効果が十分に得られない。一方、モリブデン含有量が0.75質量%を超えると、素材コストが高くなるという問題が生じる。そのため、モリブデン含有量は0.15質量%以上0.75質量%以下とすることが好ましい。
【0020】
ニッケル:0.35質量%以上0.75質量%以下
ニッケルも、鋼の焼入性の向上に寄与する。リング状部材の外径が大きい場合など、リング状部材を構成する鋼に特に高い焼入性が求められる場合に、ニッケルを添加することができる。ニッケル含有量が0.35質量%未満では、焼入性向上の効果が十分に得られない。一方、ニッケル含有量が0.75質量%を超えると、焼入後における残留オーステナイト量が多くなり、硬さの低下、寸法安定性の低下などの原因となるおそれがある。そのため、必要に応じて0.35質量%以上0.75質量%以下の範囲で添加することが好ましい。
【0021】
上記リング状部材の熱処理方法においては、加熱領域を形成する工程において、上記周面の各領域がA点温度を超える状態に累積時間で1分間以上保持された後、加熱領域全体を冷却する工程が実施されてもよい。これにより、より確実に、鋼を構成する炭素が母材に適切に固溶した状態で焼入処理を実施することができる。
【0022】
上記リング状部材の熱処理方法においては、加熱領域を形成する工程では、上記周面が1000℃を超えることがないように上記加熱領域が形成されてもよい。これにより、鋼の結晶粒が粗大化することによる特性の低下を抑制することができる。
【0023】
上記リング状部材の熱処理方法においては、上記リング状部材の内径は1000mm以上であってもよい。このような大型のリング状部材を焼入処理する場合でも、本発明のリング状部材の熱処理方法によれば、焼入装置の製作コストを抑制することができる。
【0024】
本発明に従ったリング状部材の製造方法は、鋼からなるリング状の成形体を準備する工程と、成形体を焼入硬化する工程とを備えている。そして、成形体を焼入硬化する工程では、上記本発明のリング状部材の熱処理方法を用いて成形体を焼入硬化する。本発明のリング状部材の製造方法では、上記本発明のリング状部材の熱処理方法を用いて成形体を焼入硬化することにより、焼入設備の製作コストを抑制することができる。
【0025】
上記リング状部材の製造方法においては、上記リング状部材は軸受の軌道輪であってもよい。周面の全周にわたって均質な焼入硬化を実現することが可能な上記リング状部材の製造方法は、軸受の軌道輪の製造に好適である。
【0026】
上記リング状部材の製造方法においては、上記軌道輪は、風力発電装置において、ブレードに接続された主軸を支持する転がり軸受に用いられるものであってもよい。大型のリング状部材の製造が可能な本発明のリング状部材の製造方法は、直径の大きい風力発電用転がり軸受の軌道輪の製造に好適である。
【0027】
なお、A点とは鋼を加熱した場合に、鋼の組織がフェライトからオーステナイトに変態を開始する温度に相当する点をいう。また、M点とはオーステナイト化した鋼が冷却される際に、マルテンサイト化を開始する温度に相当する点をいう。
【発明の効果】
【0028】
以上の説明から明らかなように、本発明のリング状部材の熱処理方法およびリング状部材の製造方法によれば、焼入装置の製作コストを抑制することが可能なリング状部材の熱処理方法およびリング状部材の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】転がり軸受内輪の製造方法の概略を示すフローチャートである。
【図2】焼入硬化工程を説明するための概略図である。
【図3】図2の線分III−IIIに沿う断面を示す概略断面図である。
【図4】転走面からの深さ7mmの所定部位における温度履歴を示す図である。
【図5】温度履歴の主要部を拡大して示す図である。
【図6】転走面および転走面から深さ7mmの位置における温度履歴を示す図である。
【図7】急冷工程における温度履歴を示す図である。
【図8】実施の形態2における焼入硬化工程を説明するための概略図である。
【図9】風力発電装置用転がり軸受を備えた風力発電装置の構成を示す概略図である。
【図10】図9における主軸用軸受の周辺を拡大して示す概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付し、その説明は繰り返さない。
【0031】
(実施の形態1)
まず、リング状部材である転がり軸受の軌道輪(内輪)の製造方法を例に、本発明の一実施の形態である実施の形態1について説明する。図1を参照して、本実施の形態における内輪の製造方法では、まず工程(S10)として成形体準備工程が実施される。この工程(S10)では、たとえばJIS規格SUP13からなる鋼材が準備され、鍛造、旋削などの加工が実施されることにより、所望の内輪の形状に応じた形状を有するリング状の成形体が作製される。
【0032】
次に、図1を参照して、焼入硬化工程が実施される。この焼入硬化工程は、工程(S20)として実施される予備加熱工程と、工程(S21)として実施される加熱工程と、工程(S22)として実施される過冷工程と、工程(S30)として実施される急冷工程とを含んでいる。工程(S20)では、まず図2および図3を参照して、誘導加熱部材としてのコイル21が、工程(S10)において作製された成形体10において転動体が転走すべき面である転走面11の一部に面するように配置される。ここで、コイル21において転走面11に対向する面は、図3に示すように転走面11に沿った形状を有している。次に、成形体10が中心軸周り、具体的には矢印αの向きに回転されるとともに、コイル21に対して電源(図示しない)から高周波電流が供給される。これにより、成形体10の転走面11を含む表層領域が加熱される。
【0033】
工程(S20)において転走面11がA点以上の温度にまで加熱されると、鋼が強磁性体から常磁性体へと変化することに起因して、誘導加熱による発熱密度が低下する。そのため、転走面11がA点以上の温度に加熱された時点、あるいは転走面11がA点以上の温度に加熱されるよりも前の時点で工程(S20)を終了し、工程(S21)を開始する。
【0034】
工程(S21)では、コイル21に面する領域であって所望の硬化深さに対応する位置、たとえばコイル21に面する転走面11からの深さ7mmの位置における温度がA点温度を超える状態にまで加熱される。具体的には、たとえば工程(S20)に比べて遅い速度で成形体10を回転させることにより、1回転あたりに転走面11の各領域がコイル21に面する時間を長くする。これにより、コイル21に面する領域を通過するごとに転走面11を含む表層部に与えられる熱量が大きくなり、たとえば転走面11からの深さ7mmの位置における温度がA点温度を超える状態にまで加熱される。つまり、工程(S21)では成形体10の回転速度を工程(S20)の場合よりも小さくする。これによって、転走面11のうちコイル21に面する領域、およびその直下の表層部(たとえば深さ7mmまでの領域)がA点温度を超える状態に加熱される。
【0035】
次に、工程(S22)では、成形体10が回転を続けることにより、工程(S21)において加熱された転走面11の領域はコイル21に面する位置から離脱し、当該領域の温度が低下する。そして、工程(S22)では、工程(S21)において加熱された転走面11およびその直下の表層部がA点温度未満にまで冷却されるものの、過冷オーステナイト状態が維持された状態で再度コイル21に面する領域にまで到達する。これにより、工程(S22)が終了し、再度工程(S21)が実施される。つまり、工程(S20)が完了した後、成形体10が工程(S20)の場合よりも小さい速度で複数回回転することにより、工程(S21)および(S22)が複数回繰り返して実施される。これにより、鋼がオーステナイト状態を維持しつつ、A点温度を超える状態に保持される時間が積算されていく。そして、成形体10の転走面11を含む領域に、鋼がオーステナイト化した環状の加熱領域11Aが形成されるとともに、炭素の母材への固溶状態が焼入に適した状態となった時点で工程(S21)および(S22)の繰り返しを終了し、工程(S30)が実施される。
【0036】
工程(S30)では、工程(S20)〜(S22)において形成された加熱領域11Aを含む成形体10全体に対して、たとえば冷却液としての水が噴射されることにより、加熱領域11A全体がM点以下の温度に同時に冷却される。これにより、加熱領域11Aがマルテンサイトに変態し、硬化する。以上の手順により、高周波焼入が実施され、焼入硬化工程が完了する。
【0037】
次に、工程(S40)として焼戻工程が実施される。この工程(S40)では、工程(S20)〜(S30)において焼入硬化された成形体10が、たとえば炉内に装入され、A点以下の温度に加熱されて所定の時間保持されることにより、焼戻処理が実施される。
【0038】
次に、工程(S50)として仕上工程が実施される。この工程(S50)では、たとえば転走面11に対して研磨加工などの仕上加工が実施される。以上のプロセスにより、転がり軸受の内輪が完成し、本実施の形態における内輪の製造は完了する。
【0039】
上記本実施の形態では、上記工程(S20)〜(S30)のプロセスによって焼入処理が実現されることにより、たとえコイル21によって加熱領域11A全体を同時にA点温度を超える状態にする能力を焼入設備が有していなくても、加熱領域11A全体を同時に焼入硬化することができる。そのため、大型の成形体10を焼入硬化する場合でも、加熱領域11A全体を同時にA点温度を超える状態にできるような大型のコイルや当該コイルに対応する大容量の電源を準備する必要がないため、焼入装置の製作コストを抑制することができる。
【0040】
ここで、上記工程(S20)〜(S30)について、JIS規格SUP13からなり、内径d(図3参照)が1000mmを超えるリング状部材を準備し、上記実施の形態におけるプロセスを実際に実施した場合のデータを参照して、より詳細に説明する。図4は、転走面11から深さ7mmのある点における温度履歴を測定した結果を示しており、曲線Aは転走面11の周方向に沿って8個のコイルを並べて配置した場合、曲線Bは4個のコイルを並べて配置した場合を示している。また、図5は、曲線Bの工程(S21)および(S22)に対応する領域を拡大して示した図である。図6は、図5に対して最表面(すなわち転走面11)における温度履歴を示す曲線を重ねて示した図である。図4〜図6において、破線はA点温度を示している。
【0041】
図4を参照して、転走面11の周方向に沿って8個のコイルを並べて配置した場合、加熱開始から250秒程度で測定位置における温度がA点温度を超えている。そのため、曲線Aに対応する焼入設備が存在する場合、たとえば上記特許文献2に開示された方法により、加熱領域11A全体がA点温度を超える状態に加熱して、焼入硬化処理を実施することができる。これに対し、転走面11の周方向に沿って4個のコイルを並べて配置した場合、同様の条件では加熱開始から800秒近く経過した時点でも、測定位置における温度がA点温度に到達していない。そのため、加熱領域11A全体がA点温度を超える状態に加熱する特許文献2の方法を採用することは困難である。
【0042】
これに対し、図4および図5に示すように、温度がA点温度に近づいた時点で成形体10の回転速度を低下させることにより工程(S20)を終了し、工程(S21)および(S22)に移行することができる。この工程(S21)および(S22)では、図4および図5に示すように、上記測定位置がA点温度を超える状態と、A点温度未満であって過冷オーステナイト状態が維持される温度の状態とを複数回繰り返すように加熱される。このとき、図6に示すように、最表面における温度が1000℃を超えることがないように、工程(S21)が実施されることが好ましい。これにより、転走面11における結晶粒の粗大化に起因した耐久性の低下を抑制することができる。
【0043】
図7は、SUP13のCCT(Continuous Cooling Transformation)線図に、工程(S21)および(S22)終了後、工程(S30)完了までの成形体10の温度履歴を重ねて描いた図である。図7には、転走面11から深さ7mmの領域における温度履歴が示されており、工程(S21)および(S22)終了時点において、コイル21に最も近い位置にあった領域の温度履歴が太線で、最も遠い位置にあった領域(コイル21による最後の加熱が完了して最も長い時間が経過していた領域)の温度履歴が細線で示されている。
【0044】
図7に示すように、コイル21に最も近い位置にあった領域だけでなく、最も遠い位置にあった領域もパーライトノーズ(図中「P」で示す)およびベイナイトノーズ(図中「B」で示す)に触れることなく、M点以下の温度にまで冷却されている。このように工程(S30)を実施することにより、良好な焼入硬化層が形成される。
【0045】
なお、成形体を構成する鋼としては種々の鋼を採用することができるが、上記実施の形態におけるプロセスに適した焼入性等を備える鋼、たとえば0.43質量%以上0.65質量%以下の炭素と、0.15質量%以上0.35質量%以下の珪素と、0.60質量%以上1.10質量%以下のマンガンと、0.30質量%以上1.20質量%以下のクロムと、0.15質量%以上0.75質量%以下のモリブデンとを含有し、残部鉄および不純物からなる鋼、あるいはこれに0.35質量%以上0.75質量%以下のニッケル添加した鋼を採用することが好ましい。具体的には、たとえばJIS規格SUP13、SCM445、SAE規格8660Hなどを採用することができる。
【0046】
また、上記工程(S21)および(S22)において、転走面11の各領域がA点温度を超える状態に累積時間で1分間以上保持された後、工程(S30)が実施されることが好ましい。これにより、より確実に鋼を構成する炭素が母材に適切に固溶した状態で焼入処理を実施することができる。
【0047】
(実施の形態2)
次に、本発明の他の実施の形態である実施の形態2について説明する。実施の形態2におけるリング状部材としての内輪の製造方法は、基本的には実施の形態1の場合と同様に実施され、同様の効果を奏する。しかし、実施の形態2における内輪の製造方法は、工程(S20)におけるコイル21の配置において、実施の形態1の場合とは異なっている。
【0048】
すなわち、図8を参照して、実施の形態2における工程(S20)では、成形体10を挟んで一対のコイル21が配置される。そして、成形体10が矢印αの向きに回転されるとともに、コイル21に対して電源(図示しない)から高周波電流が供給される。
【0049】
このように、コイル21が成形体10の周方向に沿って複数個(本実施の形態では2個)配置されることにより、実施の形態2における転がり軸受の内輪の製造方法は、上記工程(S22)において過冷オーステナイト状態を維持することが容易となっている。
【0050】
なお、上記実施の形態においてはコイル21を固定し、成形体10を回転させる場合について説明したが、成形体10を固定し、コイル21を成形体10の周方向に回転させてもよいし、コイル21および成形体10の両方を回転させることにより、コイル21を成形体10の周方向に沿って相対的に回転させてもよい。ただし、コイル21には、コイル21に電流を供給する配線などが必要であるため、上述のようにコイル21を固定することが合理的である場合が多い。
【0051】
また、上記実施の形態においては、リング状部材の一例としてラジアル型転がり軸受の内輪の熱処理および製造が実施される場合について説明したが、本発明を適用可能なリング状部材はこれに限られず、たとえばラジアル型転がり軸受の外輪であってもよいし、スラスト型軸受の軌道輪であってもよい。さらに、本発明を適用可能なリング状部材は軸受の軌道輪に限られず、鋼からなるリング状の種々の部材の熱処理および製造に、本発明を適用することができる。ここで、工程(S20)〜(S22)において、たとえばラジアル型転がり軸受の外輪を加熱する場合、コイル21を成形体の内周側に形成された転走面に面するように配置すればよい。また、工程(S20)〜(S22)において、たとえばスラスト型転がり軸受の軌道輪を加熱する場合、コイル21を成形体の端面側に形成された転走面に面するように配置すればよい。
【0052】
さらに、上記実施の形態では、被処理物を部分的に焼入硬化することが可能な高周波焼入の特徴を利用して、転がり軸受の軌道輪の転走面を含む表層部のみを焼入硬化する部分焼入が実施される場合について説明したが、本発明は部分焼入のみに適用可能なものではなく、たとえば軌道輪の全体を焼入硬化する場合にも適用可能である。
【0053】
また、成形体10の周方向におけるコイル21の長さは、適切な加熱を実現するように任意に決定することができるが、たとえば加熱すべき領域の長さの1/4以上1/1.5以下程度の長さとすることができる。複数のコイル21を用いる場合、コイル21の長さの合計値が上記範囲となればよい。
【0054】
(実施の形態3)
次に、リング状部材が風力発電装置用軸受(風力発電装置用転がり軸受)を構成する軌道輪として用いられる実施の形態3について説明する。
【0055】
図9を参照して、風力発電装置50は、旋回翼であるブレード52と、ブレード52の中心軸を含むように、一端においてブレード52に接続された主軸51と、主軸51の他端に接続された増速機54とを備えている。さらに、増速機54は、出力軸55を含んでおり、出力軸55は、発電機56に接続されている。主軸51は、風力発電装置用転がり軸受である主軸用軸受3により、軸まわりに回転自在に支持されている。また、主軸用軸受3は、主軸51の軸方向に複数個(図9では2個)並べて配置されており、それぞれハウジング53により保持されている。主軸用軸受3、ハウジング53、増速機54および発電機56は、機械室であるナセル59の内部に格納されている。そして、主軸51は一端においてナセル59から突出し、ブレード52に接続されている。
【0056】
次に、風力発電装置50の動作について説明する。図9を参照して、風力を受けてブレード52が周方向に回転すると、ブレード52に接続された主軸51は、主軸用軸受3によりハウジング53に対して支持されつつ、軸まわりに回転する。主軸51の回転は、増速機54に伝達されて増速され、出力軸55の軸まわりの回転に変換される。そして、出力軸55の回転は、発電機56に伝達され、電磁誘導作用により起電力が発生して発電が達成される。
【0057】
次に、風力発電装置50の主軸51の支持構造について説明する。図10を参照して、風力発電装置用転がり軸受としての主軸用軸受3は、風力発電装置用転がり軸受の軌道輪としての環状の外輪31と、外輪31の内周側に配置された風力発電装置用転がり軸受の軌道輪としての環状の内輪32と、外輪31と内輪32との間に配置され、円環状の保持器34に保持された複数のころ33とを備えている。外輪31の内周面には外輪転走面31Aが形成されており、内輪32の外周面には2つの内輪転走面32Aが形成されている。そして、2つの内輪転走面32Aが、外輪転走面31Aに対向するように、外輪31と内輪32とは配置されている。さらに、複数のころ33は、2つの内輪転走面32Aのそれぞれに沿って、外輪転走面31Aと内輪転走面32Aとに、ころ接触面33Aにおいて接触し、かつ保持器34に保持されて周方向に所定のピッチで配置されることにより複列(2列)の円環状の軌道上に転動自在に保持されている。また、外輪31には、外輪31を径方向に貫通する貫通孔31Eが形成されている。この貫通孔31Eを通して、外輪31と内輪32との間の空間に潤滑剤を供給することができる。以上の構成により、主軸用軸受3の外輪31および内輪32は、互いに相対的に回転可能となっている。
【0058】
一方、ブレード52に接続された主軸51は、主軸用軸受3の内輪32を貫通するとともに、外周面51Aにおいて内輪の内周面32Fに接触し、内輪32に対して固定されている。また、主軸用軸受3の外輪31は、ハウジング53に形成された貫通孔の内壁53Aに外周面31Fにおいて接触するように嵌め込まれ、ハウジング53に対して固定されている。以上の構成により、ブレード52に接続された主軸51は、内輪32と一体に、外輪31およびハウジング53に対して軸まわりに回転可能となっている。
【0059】
さらに、内輪転走面32Aの幅方向両端には、外輪31に向けて突出する鍔部32Eが形成されている。これにより、ブレード52が風を受けることにより発生する主軸51の軸方向(アキシャル方向)の荷重が支持される。また、外輪転走面31Aは、球面形状を有している。そのため、外輪31と内輪32とは、ころ33の転走方向に垂直な断面において、当該球面の中心を中心として互いに角度をなすことができる。すなわち、主軸用軸受3は、複列自動調心ころ軸受である。その結果、ブレード52が風を受けることにより主軸51が撓んだ場合であっても、ハウジング53は、主軸用軸受3を介して主軸51を安定して回転自在に保持することができる。
【0060】
そして、実施の形態3における風力発電装置用転がり軸受の軌道輪としての外輪31および内輪32は、たとえば上記実施の形態1または2に記載のリング状部材の製造方法により製造されている。この外輪31および内輪32は、1000mm以上の内径を有する風力発電装置用転がり軸受の軌道輪である。このように、焼入装置の製作コストを抑制することが可能な製造方法により製造されることにより、外輪31および内輪32の製造コストを低減することができる。また、上記実施の形態1および2においては、加熱領域11A全体がM点以下の温度に同時に冷却されて焼入硬化されるため、転走面(外輪転走面31Aおよび内輪転走面32A)を含む焼入硬化層を全周にわたって一様な深さに形成することが可能となり、耐久性に優れた外輪31および内輪32を得ることができる。
【0061】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明のリング状部材の熱処理方法およびリング状部材の製造方法は、焼入装置の製作コストを抑制することが求められるリング状部材の熱処理方法およびリング状部材の製造方法に、特に有利に適用され得る。
【符号の説明】
【0063】
3 主軸用軸受、10 成形体、11 転走面、11A 加熱領域、21 コイル、31 外輪、31A 外輪転走面、31E 貫通孔、31F 外周面、32 内輪、32A 内輪転走面、32E 鍔部、32F 内周面、33 ころ、33A ころ接触面、34 保持器、50 風力発電装置、51 主軸、51A 外周面、52 ブレード、53 ハウジング、53A 内壁、54 増速機、55 出力軸、56 発電機、59 ナセル。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼からなるリング状部材の周面の一部に面するように配置され、前記リング状部材を誘導加熱する誘導加熱部材を、前記リング状部材の周方向に沿って相対的に回転させることにより、前記リング状部材に、前記鋼がオーステナイト化した環状の加熱領域を形成する工程と、
前記加熱領域全体をM点以下の温度に同時に冷却する工程とを備え、
前記加熱領域を形成する工程では、前記周面の各領域がA点温度を超える状態と、A点温度未満であって過冷オーステナイト状態が維持される温度の状態とを複数回繰り返すように加熱される、リング状部材の熱処理方法。
【請求項2】
前記加熱領域を形成する工程では、前記誘導加熱部材は、前記リング状部材の周方向に沿って複数個配置される、請求項1に記載のリング状部材の熱処理方法。
【請求項3】
前記リング状部材を構成する鋼は、0.43質量%以上0.65質量%以下の炭素と、0.15質量%以上0.35質量%以下の珪素と、0.60質量%以上1.10質量%以下のマンガンと、0.30質量%以上1.20質量%以下のクロムと、0.15質量%以上0.75質量%以下のモリブデンとを含有し、残部鉄および不純物からなる、請求項1または2に記載のリング状部材の熱処理方法。
【請求項4】
前記リング状部材を構成する鋼は、0.43質量%以上0.65質量%以下の炭素と、0.15質量%以上0.35質量%以下の珪素と、0.60質量%以上1.10質量%以下のマンガンと、0.30質量%以上1.20質量%以下のクロムと、0.15質量%以上0.75質量%以下のモリブデンと、0.35質量%以上0.75質量%以下のニッケルとを含有し、残部鉄および不純物からなる、請求項1または2に記載のリング状部材の熱処理方法。
【請求項5】
前記加熱領域を形成する工程において、前記周面の各領域がA点温度を超える状態に累積時間で1分間以上保持された後、前記加熱領域全体を冷却する工程が実施される、請求項1〜4のいずれか1項に記載のリング状部材の熱処理方法。
【請求項6】
前記加熱領域を形成する工程では、前記周面が1000℃を超えることがないように前記加熱領域が形成される、請求項1〜5のいずれか1項に記載のリング状部材の熱処理方法。
【請求項7】
前記リング状部材の内径は1000mm以上である、請求項1〜6のいずれか1項に記載のリング状部材の熱処理方法。
【請求項8】
鋼からなるリング状の成形体を準備する工程と、
前記成形体を焼入硬化する工程とを備え、
前記成形体を焼入硬化する工程では、請求項1〜7のいずれか1項に記載のリング状部材の熱処理方法を用いて前記成形体を焼入硬化する、リング状部材の製造方法。
【請求項9】
前記リング状部材は軸受の軌道輪である、請求項8に記載のリング状部材の製造方法。
【請求項10】
前記軌道輪は、風力発電装置において、ブレードに接続された主軸を支持する転がり軸受に用いられる、請求項9に記載のリング状部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2013−95939(P2013−95939A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−237495(P2011−237495)
【出願日】平成23年10月28日(2011.10.28)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】