説明

リン脂質組成物の製造方法

【課題】含窒素塩基を含まないリン脂質を高含有するリン脂質組成物の効率的な製造方法の提供。
【解決手段】レシチンに、吸水率が145%以下である大豆種子より抽出され、ホスホリパーゼDとホスホリパーゼCの活性比が9.0以上である大豆酵素抽出物を反応させるリン脂質組成物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、含窒素塩基を含まないリン脂質を高含有するリン脂質組成物を製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
リン脂質は生体膜を構成する主要な脂質であるが、乳化作用、酸化防止作用等を有することから、食品添加物として、マーガリン、乳飲料、アイスクリーム、菓子類等に広く用いられている。一方で、ホスファチジルコリン(PC)及びホスファチジルエタノールアミン(PE)といったリン脂質は、構成成分である含窒素化合物が熱に対して不安定であるため、加熱すると容易に着色、悪臭の発生を起こすとされている(特許文献1)。従って、含窒素塩基を含まないリン脂質、例えばホスファチジン酸(PA)、ホスファチジルイノシトール(PI)などを高含有するリン脂質は、食品のみならず、医薬品、化粧品などの様々な分野へ有用であると考えられている。
【0003】
PAの製造法としては、レシチンを、ホスホリパーゼD(PL−D)で加水分解する方法や、PL−DとホスホリパーゼC(PL−C)とを組み合わせて加水分解する方法が知られている(特許文献2−4)。PL−Dは、PCやPEをPAと含窒素塩基に加水分解する酵素で、PL−Cは、PIをジグリセリドとホスホリルイノシトールに加水分解する酵素である。
【0004】
また、レシチンを大豆等の油糧種子抽出物により処理することでPAを製造する方法が知られている(特許文献5及び6)。この方法によってはPAを高純度で得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公平7−24548号公報
【特許文献2】特開平3−4795号公報
【特許文献3】特公平6−77509号公報
【特許文献4】特開平4−66091号公報
【特許文献5】特公平6−83639号公報
【特許文献6】特公平6−77507号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前記PL−D及びPL−Cを用いてレシチンを加水分解する従来技術は、いずれも酵素源として微生物由来のものを用いており、これは高価であるため工業的生産に適さない。一方、大豆等の油糧種子抽出物により処理する方法では、PIの分解率も高くなるため含窒素塩基を含まないリン脂質自体の収率は下がる。また、処理後にリン脂質を抽出する際、分離が困難で作業性が悪くなる結果、収率が下がる場合があった。そこで、含窒素塩基を含まないリン脂質を、作業性を良好として効率よく製造できる方法が望まれている。
【0007】
従って、本発明は、含窒素塩基を含まないリン脂質を高含有するリン脂質組成物の効率的な製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、レシチンを大豆種子から抽出した酵素含有抽出物(以下「大豆酵素抽出物」と記載する)により処理する方法において酵素源である大豆について検討したところ、吸水率の高い大豆からの抽出物は、レシチンの加水分解反応終了後に粘質な固形分を生成し、これがリン脂質組成物製造時における連続遠心の工程や溶媒(ヘキサン)でリン脂質組成物を抽出する際の分離性を低下させ、結果としてリン脂質組成物中のリン脂質の抽出率を下げることを見出した。また、含窒素塩基を含まないリン脂質の収率を上げ、かつPC及びPEの構成比を低くするためには、大豆酵素抽出物中のPL−DとPL−Cの活性のバランス(PL−D/PL−C活性比)が重要であることを見出した。
そして、酵素源である大豆として特定の吸水率の大豆種子を用い、且つ大豆酵素抽出物中の前記活性比を9.0以上とすれば、PCとPEを分解することにより高純度のPAが得られ、且つPIの分解を抑制でき、さらに作業性が良く抽出率も向上するため、極めて効率良く含窒素塩基を含まないリン脂質を高含有するリン脂質組成物を製造することができることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は、レシチンに、吸水率が145%以下である大豆種子より抽出され、ホスホリパーゼDとホスホリパーゼCの活性比が9.0以上である大豆酵素抽出物を反応させるリン脂質組成物の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法によれば、PCとPEを分解しつつ、PIを多く残存させることができ、また、作業性が良く抽出率も向上するため、含窒素塩基を含まないリン脂質を高含有するリン脂質組成物を効率良く得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明で用いるレシチンは、PC、PE、PA、PI、ホスファチジルセリン(PS)及びホスファチジルグリセロール(PG)、又はこれらのリゾ体などからなるリン脂質混合物である。レシチンは各種動植物由来のもの、化学合成により得られたものを用いることができるが、大豆、卵黄等を原料とする天然由来のレシチンが好ましい。また、ペースト状のクルードレシチン、油脂分を除去した脱脂レシチン、水素添加レシチンなどを用いることもできる。
【0012】
本発明で用いる大豆種子は、その吸水率が145%以下のものである。吸水率が145%を超える大豆種子から得られた酵素抽出物を用いると、レシチンの加水分解反応後に粘質な固形分が生成するため、リン脂質組成物製造時における連続遠心の工程や溶剤抽出の際に分離性すなわち作業性が著しく悪く、抽出率が劣る。また、吸水率が145%以下の大豆種子から得られた酵素抽出物を用いると、PIがより分解され難いという特性も有する。大豆種子の吸水率は、更には100〜140%、特に120〜139%であるのが作業性、抽出率、PIの分解され難さの点から好ましい。なお、大豆種子の吸水率は、大豆種子を10倍重量の水に20時間浸漬し、浸漬後の大豆質量と浸漬前の大豆質量の比(次式〔1〕)から求めることができる。
吸水率(%)={(浸漬後の大豆質量(g)−浸漬前の大豆質量(g))/浸漬前の大豆質量(g)}×100 〔1〕
【0013】
大豆酵素抽出物は、大豆種子を生のまま或いは乾燥した後に、破砕処理したものから抽出することにより得られる。本発明においては、長期保存が可能なように乾燥した通常の乾燥大豆を用いることが好ましい。破砕処理は、特に制限されず、例えばワーリングブレンダー等の公知の装置、方法によって行うことができる。破砕処理後、ふるい分けして夾雑物を除去したものを用いてもよい。
【0014】
抽出方法は、浸漬、煎出、浸出、還流抽出、カラム通液抽出、超臨界抽出、超音波抽出、マイクロ波抽出等のいずれでもよい。抽出は、例えば、酵素活性維持の点から、カラム通液抽出するのが好ましい。
【0015】
抽出液としては、水、あるいはアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩の1種又は2種以上を含有する水溶液が挙げられる。アルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩としては、例えば、アルカリ金属又はアルカリ土類金属のカルボン酸塩、リン酸塩、炭酸塩;アルカリ金属又はアルカリ土類金属のハロゲン化物、水酸化物等が挙げられる。中でも、カルボン酸塩、リン酸塩、ハロゲン化物が好ましい。これらは単独で又は2種以上を組み合わせて使用できる。
前記カルボン酸としては、炭素数2〜8の直鎖又は分岐鎖の脂肪族カルボン酸、ジカルボン酸、トリカルボン酸、炭素数7〜12の芳香族カルボン酸が挙げられ、例えば酢酸、酪酸、プロピオン酸、コハク酸、クエン酸、安息香酸等が挙げられる。また、アルカリ金属としては、例えばナトリウム、カリウムが挙げられ、アルカリ土類金属としては、例えばマグネシウム、カルシウムが挙げられる。
【0016】
また、抽出液は緩衝能を有することが好ましい。緩衝能を有するものとして、例えば、酢酸ナトリウム緩衝液、クエン酸ナトリウム緩衝液、リン酸ナトリウム緩衝液、クエン酸ナトリウム−酢酸ナトリウム緩衝液等が挙げられる。さらに、これらの緩衝液に、緩衝能を有さない、例えばアルカリ金属又はアルカリ土類金属のハロゲン化物等を併用しても良い。
【0017】
抽出液として、アルカリ金属又はアルカリ土類金属のカルボン酸塩、リン酸塩を含有する水溶液を使用する場合、抽出液中のカルボン酸イオン又はリン酸イオンの濃度は酵素活性を効率よく維持する点から、0.05〜1.0M、特に0.1〜0.5Mの範囲が好ましい。
【0018】
抽出液のpHは、抽出効率の点から、pH4〜7.5、特にpH5〜7の範囲が好ましい。
【0019】
得られた大豆酵素抽出物は、必要に応じて糖質、タンパク質、各種塩類等の安定化剤を添加し、減圧濃縮、乾燥或いは凍結乾燥等の処理により液状、固形状とし、必要に応じて前記の抽出液を添加して使用することができる。また、大豆酵素抽出物は、本発明の効果を発揮するものであれば粗精製物であってもよく、さらに得られた粗精製物を公知の分離精製方法を適宜組み合わせてこれらの純度を高めてもよい。精製手段としては、有機溶剤沈殿、遠心分離、限界濾過膜、高速液体クロマトグラフやカラムクロマトグラフなどが挙げられる。
【0020】
本発明において、大豆酵素抽出物中のホスホリパーゼD(PL−D)とホスホリパーゼC(PL−C)の活性比(PL−D/PL−C活性比)は9.0以上である。PL−D/PL−C活性比が9.0以上である大豆酵素抽出物を用いることにより、リン脂質組成物のPA組成比が高くなり、一方でPIの分解率を抑えることができるため、リン脂質組成物中の含窒素塩基を含まないリン脂質の含有量を向上させることができる。PL−D/PL−C活性比は、9.0〜15.0が好ましく、更には10.2〜13.0が好ましく、特に10.5〜12.0が好ましい。
【0021】
本発明において、レシチンと大豆酵素抽出物との反応は、これらを混合、攪拌してスラリー状にし、反応温度10〜60℃、好ましくは20〜50℃で行うのが反応効率の点から好ましい。大豆酵素抽出物の使用割合は、レシチンに対して質量比で1〜50、好ましくは1〜10である。また、空気との接触が出来るだけ回避されるように、窒素、アルゴン等の不活性ガスの存在下で行うのが好ましい。
【0022】
また、リン脂質組成物中の含窒素塩基を含まないリン脂質の含有量をより高めるために、各リン脂質の組成比(総リン脂質質量中の質量%)を経時的に測定しながら行い、リン脂質のうちPA組成比が90%以上に達した時点で反応を終了させることが好ましい。反応終了後は、反応液から固形分を遠心分離等により分取し、水洗等した後にヘキサン等の有機溶媒にてリン脂質を抽出し、精製するのが好ましい。有機溶媒抽出後のリン脂質組成物中には、リン脂質の他に、PIが分解することにより生成したジアシルグリセロールが含まれ、この含有量はPIの分解率により左右されるが、通常リン脂質組成物中の5〜15質量%程度である。
【0023】
かくして、リン脂質組成物中のリン脂質のPA組成比90%以上、好ましくは90〜96%未満、更に好ましくは90〜94%未満とPAが高い純度で得られつつも、PI分解率80%未満、好ましくは66%未満、更に好ましくは60%以上66%未満に抑えることができ、含窒素塩基を含まないリン脂質を効率良く得ることができる。リン脂質組成物中のリン脂質のPI組成比は4%以上、好ましくは5%以上10%未満である。
【0024】
また、リン脂質組成物中のリン脂質の含窒素塩基を含まないリン脂質(PA及びPI)の組成比は94%以上、更に96%以上、特に97〜99.5%であるのが好ましい。また、リン脂質組成物中のリン脂質のPC及びPEの組成比は6%未満であるのが好ましく、更に5%未満、特に3%未満であるのが好ましい。さらに、これら以外のリン脂質、例えばホスファチジルセリン等の総組成比は0.5%以下、特に0.1%以下であることが好ましい。
【実施例】
【0025】
〔分析方法〕
(1)PL-C活性測定法
ここでいうPL-C活性とは、大豆酵素抽出物1mlが1分間に加水分解するPIの量(nmol)を意味し、PL-CによりPIをイノシトールリン酸とジアシルグリセロールに分解する工程後、生成したイノシトールリン酸のリン量を測定する以下の方法で測定した。
<試薬>
(A)基質・緩衝液:基質としてPI(SIGMA P-6636)80mgを0.5%デオキシコール酸(東京化成工業)水溶液5mlに加え、さらに0.38M酢酸緩衝液(pH6)10mlを加え溶解したもの。
(B)リン標準液:リン含量が正確に0.5mMとなるように蒸留水でリン酸一カリウム(和光純薬工業)を溶解したもの。
(C)反応停止液:クロロホルム66ml、メタノール33ml、濃塩酸1mlを混合したもの。
(D)酸化剤
(E)脱色剤
(F)発色剤
(D)〜(F)は過マンガン酸塩灰化法のリン脂質テストキット試薬(和光純薬工業製)を使用した。
<操作>
(i)測定対象となる試料(下記「大豆酵素抽出物の調製」により得られた大豆酵素抽出物)100μLを試験管に正確に計り取った。このとき、ブランクとして試料を取らない試験管を準備し、同時に分析した。
(ii)37℃水浴中で、前記2つの試験管にそれぞれ前記(A)の基質・緩衝液400μLを正確に計り取った後に加えて混合し、加えた時点から30分間放置した。
(iii)同時に検量線作成用に、標準ブランクとして蒸留水500μL、標準リンとして前記(B)のリン標準液500μLを各々正確に試験管に計り取っておいた。
(iv)(i)の試料及びブランク、並びに(iii)の検量線作成用の標準ブランク及びリン標準液を入れた各々の試験管に前記(C)の反応停止液2.5mLを正確に加え、よく混合した。
(v)上記試験管をそのまま1000rpmで10分間遠心分離し、上層200μLを正確に別の試験管に計り取った。
(vi)遠心分離で上層を採取した試験管に硫酸0.2mLを正確に加え、混合したのち沸騰浴中で10分間放置した。
(vii)前記(D)の酸化剤1.0mLを正確に加えて混合したのち、ガラス玉を試験管の上にのせ、沸騰浴中で30分放置した。
(viii)室温で10分間放冷し、ガラス玉を取った。
(ix)前記(E)の脱色剤1.0mLを正確に加え、よく撹拌した。
(x)前記(F)の発色剤0.25mLを正確に加え、混合したのち、37℃水浴中で20分間放置した。
(xi)流水で10分間冷却した。
(xii)吸光度計(HITACHI、U-3310)で660nmの吸光度を測定し、下記式〔2〕より活性を求めた。
【0026】
活性(nmoL/min・mL)=(試料吸光度−ブランク吸光度)×83.3/(標準リン吸光度−標準ブランク吸光度) 〔2〕
【0027】
(2)PL-D活性測定法
ここでいうPL-D活性とは、大豆酵素抽出物1mlが1分間に加水分解するPCの量(nmol)を意味し、PL-DによりPCをコリンとPAに分解する工程後、生成したコリンをコリンオキシダーゼ・フェノール法にて測定する以下の方法で測定した。
<試薬>
(G)基質・緩衝液:基質としてPC(商品名エピクロンS-200、Lucas Mayer社製)0.3gに、0.13%ノニデットP-40(SIGMA N-3516)水溶液10mlと75mM酢酸緩衝液(75mM塩化カルシウム入り;pH6.0)20mlを加え、溶解したもの。
(H)標準塩化コリン溶液:0.2mM塩化コリン(SIGMA C-1879)を含む50mM酢酸緩衝液(50mM塩化カルシウム入り;pH6.0)
(I)反応停止液: 1Mトリス塩酸緩衝液(150mM EDTA2ナトリウム2水塩入り;pH8.0)。
(J)発色基質液:4-アミノアンチピリン61mgを、100mMトリス塩酸緩衝液(4mMフェノール入り;pH8.0)100mlに溶解したもの。
(K)発色液:前記(J)発色基質液10mlに6mgコリンオキシダーゼ(SIGMA C-5896)6mgとパーオキシダーゼ(和光純薬工業)1mgを溶解したもの。
(L)発色停止液:1%(w/v)トリトンX-100(和光純薬工業)水溶液。
<操作>
(i)75mM酢酸緩衝液で50倍に希釈した測定対象となる試料(下記「大豆酵素抽出物の調製」により得られた大豆酵素抽出物)200μLを試験管に正確に取った。このとき、ブランクとして試料を取らない試験管、標準ブランクとして蒸留水200μLを正確に取った試験管、及び標準コリンとして前記(H)標準塩化コリン溶液200μLを正確に取った試験管を準備し、同時に分析した。
(ii)37℃水浴中で、前記(G)基質・緩衝液300μLを各々の試験管に正確に加えて混合し、加えた時点から10分間放置した。
(iii)正確に10分経過したら、前記(I)反応停止液200μLを各々の試験管に正確に加え、よく混合した。
(iv)前記(K)発色液500μLを各々の試験管に正確に加えて混合し、37℃水浴中で20分間放置し、発色させた。
(v)前記(L)発色停止液2mLを各々の試験管に正確に加えて混合し、吸光度計(HITACHI、U-3310)で500nmの吸光度を測定し、下記式〔3〕より活性を求めた。
【0028】
活性(nmoL/min・mL)=20×(試料吸光度−ブランク吸光度)×(サンプルの希釈倍率)/(標準塩化コリン吸光度−標準ブランク吸光度) 〔3〕
【0029】
(3)リン脂質組成の測定法
ヘキサンをリン脂質組成物1mLに対し3mLの割合で加え、よく混合した。3000rpmで10分間遠心分離し、上層を採取した。得られた上層3〜4滴にクロロホルム1mLを加えた。この溶液10μLを液体クロマトグラフに注入し、リン脂質組成を下記式〔4〕より求めた。
液体クロマトグラフ測定条件
カラム:ワコーシルNH2(5μm)、4.0×150mm (和光純薬工業)
カラム温度:40℃
溶離液:アセトニトリル/エタノール/12mMリン酸二水素アンモニウム水溶液(30/65/5容量比)
流速:1.0ml/min
検出:UV 210nm
【0030】
各リン脂質のモル組成比(%)=各リン脂質のピーク面積/4成分のリン脂質(PC、PE、PA、PI)のピーク面積の和 〔4〕
【0031】
実施例1〜6、比較例1及び2
(1)大豆酵素抽出物の調製
6種類の市販の乾燥大豆200gをワーリングブレンダーにてそれぞれ破砕した。破砕物はふるいにかけて夾雑物を除去した後、ガラスカラムに充填し、ペリスタポンプで流量を3.3ml/minに調整しながらカラム底部から抽出液(50mM塩化カルシウム入りの0.4M酢酸ナトリウム緩衝液;pH6.0)を流し、カラム上部から酵素抽出物を900g回収した。
(2)酵素反応
撹拌装置を備えた1000mLの4口フラスコに、市販の脱脂レシチン(商品名SLP-WSP:辻製油(株)製)を100gとり、これに酵素抽出物600gを加え、遮光、窒素ガス雰囲気下、30℃の条件で反応を行った。なお、本レシチンはリン脂質が100質量%であり、そのリン脂質組成(モル比)は、PA10.9%、PI16.2%、PC38.2%、PE34.7%であった。リン脂質中のPAのモル比が90%となった時点(実施例1〜4、比較例1及び2)、さらにPAのモル比が高まった時点(実施例5及び6)でそれぞれ反応液を採取し、リン脂質組成を高速液体クロマトグラフィーで分析し、反応終了後の総リン脂質の収量(総リン脂質質量の計算値)、PA+PIの収量及びそれぞれの収率を、下記に示した計算に従って求めた。
(3)計算方法
反応開始前の原料レシチンはPA、PC、PE及びPIから構成されているので、原料レシチン100g中の各リン脂質の質量は、各リン脂質の平均分子量にそれぞれのモル数を乗じることにより算出することができる。ここで、原料レシチン中の各リン脂質のモル数は、それぞれのモル組成比に比例した値であるので、原料レシチン中のPA、PC、PE及びPIのモル組成比をそれぞれA、B、C及びDとし、それぞれの平均分子量をMwPA、MwPC、MwPE、MwPIとすると、例えば原料レシチン100g中のPAの質量WPAは、
PA={(MwPA×A)/(MwPA×A+MwPC×B+MwPE×C+MwPI×D)}×100
であり、よって、原料レシチン100g中のPAのモル数MnPAは、
MnPA=WPA/MwPA
である。その他のリン脂質についても同様にMnPC、MnPE、MnPIが算出される。
次に、各リン脂質の反応後のモル数をmnPA、mnPC、mnPE、mnPIとし、反応終了後のPA、PC、PE及びPIのモル組成比をそれぞれa、b、c及びdとする。ここで、PIは反応によりDAGに分解されて減少するが、PC及びPEは、酵素反応によりそれぞれPAが生成するため、PA+PC+PEの合計モル数は反応前後で変化しないので、
mnPA+mnPC+mnPE=MnPA+MnPC+MnPE
であり、よって、
mnPI/(MnPA+MnPC+MnPE+mnPI)=d
であり、ここで、MnPA+MnPC+MnPE=Xとすれば次の式が導かれる。
mnPI=d×X/(1−d)
すると、反応終了後のPA、PC及びPEのモル数は、それぞれ、
mnPA=a×{X+d×X/(1−d)}
mnPC=b×{X+d×X/(1−d)}
mnPE=c×{X+d×X/(1−d)}
となる。以上から、反応終了後の各リン脂質のモル数にそれぞれの平均分子量を乗じて収量を算出し、「総リン脂質の収量」及び「PA+PIの収量」を求めた。
また、PIの分解率は下記式〔5〕より、PIの分解により生じたジアシルグリセロール(DAG)の収量については下記式〔6〕よりそれぞれ算出した。
PIの分解率(%)=(MnPI−mnPI)/MnPI×100 〔5〕
DAGの収量=(MnPI−mnPI)×DAGの平均分子量 〔6〕
大豆の吸水率は、前記の式〔1〕より算出した。
【0032】
反応終了後、反応液を遠心分離(3000rpm×10分)することで得られた固形分は、加水(1%NaCl水溶液 500g)と遠心分離の繰り返し(4回)による水洗工程を経た後、分液ロート中でヘキサン(Hex)700mlに懸濁され、リン脂質組成物を抽出した。分液ロートを撹拌静置30分後にHex相と水相の分相状態を観察し、リン脂質組成物をHexで抽出する際の分離性を下記基準に従って評価した。
〔分離性〕
○:撹拌静置30分後にHex相と水相の界面が完全に分離した状態
△:撹拌静置60分後にHex相と水相の界面が完全に分離した状態
×:撹拌静置60分以上経過してもHex相と水相の界面が分離しない状態
【0033】
さらに、Hexで抽出後得られたリン脂質組成物からHexを除去した後のリン脂質組成物の最終収量の実測値と、反応終了後の総リン脂質とジアシルグリセロールを含むリン脂質組成物収量の計算値から下記式〔7〕より抽出率を求めた。
抽出率(%)=Hexを除去した後のリン脂質組成物の最終収量の実測値(g)/反応終了後のリン脂質組成物収量の計算値(g)×100 〔7〕
結果を表1に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
表1の結果から、吸水率145%以下の大豆種子から抽出したもので、且つPL−DとPL−Cの活性比が9.0以上である大豆酵素抽出物をレシチンに加えて反応させることにより、含窒素塩基を含まないリン脂質を高濃度で含有するリン脂質組成物を効率良く製造することができることが確認された。
すなわち、実施例1−6では、PC及びPE分解率が高く、またPI分解率を抑えることができ、且つ反応液の分相状態が良好であったためリン脂質組成物を抽出する際の分離性、PA+PIの収率が良かった。一方、PL−DとPL−Cの活性比が9.0未満である大豆酵素抽出物を用いた比較例1では、PI分解率が極めて高くなりリン脂質組成物中の含窒素塩基を含まないリン脂質の収率が悪かった。
大豆種子の吸水率が145%を超える比較例2では、PI分解率が高い上に、反応液の分相状態に劣り分離性が極めて低いためリン脂質組成物中の含窒素塩基を含まないリン脂質の収率が悪かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レシチンに、吸水率が145%以下である大豆種子より抽出され、ホスホリパーゼDとホスホリパーゼCの活性比が9.0以上である大豆酵素抽出物を反応させるリン脂質組成物の製造方法。
【請求項2】
レシチンが天然由来のレシチンである請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
リン脂質組成物中のリン脂質のうち、含窒素塩基を含まないリン脂質の組成比が94%以上である請求項1又は2記載の製造方法。
【請求項4】
含窒素塩基を含まないリン脂質が、ホスファチジン酸及びホスファチジルイノシトールである請求項3記載の製造方法。
【請求項5】
リン脂質組成物中のリン脂質のうち、ホスファチジン酸組成比が90%以上、ホスファチジルイノシトール組成比が4%以上で得るものである請求項1〜4のいずれか1項記載の製造方法。

【公開番号】特開2010−284116(P2010−284116A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−140653(P2009−140653)
【出願日】平成21年6月12日(2009.6.12)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】