説明

リン酸化検出用アレイ

【課題】 ペプチドチップを用いるラジオアイソトープによるリン酸化測定系において、リン酸化シグナルを増幅しながら生体分子の非特異的吸着を抑制することより、信頼性の高いデータを得ることのできるリン酸化検出用アレイを得る。
【解決手段】蛋白質もしくはペプチドが、2〜10アミノ酸残基を含むスペーサー配列を介して固定化されていることを特徴とするラジオアイソトープを用いたリン酸化検出のためのアレイ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラジオアイソトープ(以下、RIともいう)を用いてリン酸化反応検出に用いられる蛋白質もしくはペプチドが固定化されてなるアレイに関する。より詳細には、低分子量化合物を架橋剤として用いることによりリン酸化シグナルを増大させ、非特異的な影響も低減することの可能なアレイに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、生体分子の相互作用解析、発現分子のプロファイリング、もしくは診断に用いるバイオチップが注目を集めている。基板上に生体分子が固定化されることで操作が容易になり、場合によっては非常に多くの物質の相互作用を解析することができる。特に比較的分子量の小さなペプチドを基板上に固定化したペプチドアレイは、蛋白質のような変性の問題が比較的少なく、またコンビナトリアルケミストリーの側面が強いことから、近年酵素の基質探索や、あるいはインヒビターの探索などに広く用いられるようになってきている。なかでも、ポストゲノムの中にあっては、蛋白質の翻訳後修飾、特にリン酸化の解析は蛋白質の活性調節、機能調節を詳細に解明するうえで重要である。リン酸化を網羅的に解析するための技術として、近年種々の手法が報告されつつある。特に、RIを用いたリン酸化アッセイは、リンの取り込みを直接モニターすることができるうえに、感度、特異性の点でも有利であり種々の報告がなされている(非特許文献1〜4など)。
【0003】
これら生体分子同士の相互作用を観察する際に問題になるのが感度と非特異的吸着による影響、すなわち特異性である。ここで非特異的吸着とは、本来であれば相互作用しない分子へ対象物質が非特異的に吸着する場合のことを言う。その結果、擬陽性の判定を与えるため好ましくない。非特異的な吸着を抑制するために、生体高分子が固定化された基板を、デキストラン、ポリエチレングリコール(PEG)などの親水性高分子で表面をコートしたバイオチップが開発されている。例えば、カルボキシメチルデキストランのカルボキシル基を水溶性カルボジイミド(EDC)とN−ヒドロキシスクシンイミド(NHS)で活性化し、形成したスクシンイミド基と生体分子を固定化することに成功している(非特許文献5)。これらの親水性高分子には生体分子の非特異的吸着を抑制する効果があることが知られている。しかしながら、親水性高分子のコーティングによって、生体分子が親水性高分子中に埋没してしまい、生体高分子同士の相互作用が阻害されるという問題を生じる場合がある。
【0004】
この生体高分子同士の相互作用の阻害は、測定シグナル低下の原因となる。この相互作用の阻害は、親水性高分子のコーティングに起因するだけでなく、生体高分子を基板に直接的に結合することによって生じることも少なくない。生体高分子を基板に直接的に結合すると、生体高分子の自由度が抑制されるためである。バイオチップの測定シグナル向上のためには、生体高分子同士の相互作用を容易せしめる必要がある。
【0005】
生体分子同士の相互作用をより容易に行わせるために、基板にスペーサーを介して生体分子を固定化する検討がなされている。しかしながら、こうした親水性高分子を介して生体分子を固定化すると、固定化反応効率の低下や測定系への阻害などの悪影響が生じる可能性が高く必ずしも好ましくない。特に、ペプチドを基板上に固定化するに際しては、高分子量のリンカーを介した固定化反応では、その収率が非常に低下し、測定シグナルの低下や非特異的なシグナルの増大を起こすことが頻繁に見られる。
【0006】
【非特許文献1】Curr.Opin.Biotechnol. 13,315,2002
【非特許文献2】Angew.Chem.Int.Ed. 43,2671,2004
【非特許文献3】Nature Methods 1,27,2004
【非特許文献4】J.Biol.Chem. 277,27839,2002
【非特許文献5】Anal.Biochem. 198,268,1991
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、蛋白質やペプチドを変性させることなくチップ上への固定化効率を著しく高めることができるだけでなく、更に非特異的吸着をも効果的に抑制され、なおかつリン酸化シグナルを増大させるためのアレイを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは鋭意検討した結果、以下に示すような手段により、上記課題を解決できることを見出し、本発明に到達した。
1.複数種の蛋白質もしくはペプチドが基板上に固定化されたアレイ上におけるリン酸化を、ラジオアイソトープを用いて検出するためのアレイであって、該蛋白質もしくはペプチドが基板に固定化される部位と基質となる該蛋白質もしくはペプチドとの間に2〜10個のアミノ酸残基を含むスペーサー配列を介して固定化されていることを特徴とするリン酸化検出用アレイ。
2.スペーサー配列中に少なくとも1つのグリシン残基が含まれることを特徴とする1のリン酸化検出用アレイ。
3.スペーサー配列中に、2残基のグリシン、グリシンとアラニン残基、及びグリシンとセリン残基からなる2アミノ酸の組み合わせに関する群から選択されるいずれか一つの組み合わせを少なくとも1回含まれることを特徴とする1又は2のリン酸化検出用アレイ。
4.蛋白質もしくはペプチドが分子量2,000以下の架橋剤を介して固定化されていることを特徴とする1〜3のいずれかのリン酸化検出用アレイ。
5.蛋白質もしくはペプチドが分子量500以下の架橋剤を介して固定化されていることを特徴とする1〜4のいずれかのリン酸化検出用アレイ。
6.架橋剤が一方にスクシンイミド基もしくは硫酸スクシンイミド基を有し、もう一方にマレイミド基を有するヘテロ二官能型の架橋剤であることを特徴とする1〜5のいずれかのリン酸化検出用アレイ
7.架橋剤として式(I)もしくは式(II)に示す化合物を用いることを特徴とする1〜6のいずれかのリン酸化検出用アレイ。
【化1】

【化2】

8.片方の末端にシステイン残基を有するペプチドが固定化されることを特徴とする1〜7のいずれかのリン酸化検出用アレイ。
9.基板がガラスであることを特徴とする1〜8のいずれかのリン酸化検出用アレイ。
10.基板の表面が金であることを特徴とする1〜9のいずれかのリン酸化検出用アレイ。
11.1〜10のいずれかのアレイを用いて、プロテインキナーゼを含有する含み得る供試材料に、核種として32Pもしくは33Pを共存させながら作用させることを特徴とする基板上におけるリン酸化の検出方法。
12.プロテインキナーゼを含有する含み得る供試材料を作用させる前にブロッキング処理を施すことを特徴とする11の基板上におけるリン酸化の検出方法。
13.親水性高分子を用いてブロッキング処理を施すことを特徴とする12の基板上におけるリン酸化の検出方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明のリン酸化検出用アレイは、種々のプロテインキナーゼの基質として機能しうる蛋白質もしくはペプチドが、2〜10個、好ましくは2〜6個のアミノ酸残基を含むスペーサー配列を介して固定化されていることを特徴とする。本発明におけるスペーサー配列を介して固定化することにより、固定化された蛋白質もしくはペプチドのRIによるリン酸化シグナルを向上させ、更に非特異的吸着をも抑制された精度のよいペプチドチップを用いた測定系を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明におけるアレイは好ましくは透明な基板上に金属薄膜が形成された金属基板からなり、上記金属薄膜上に直接的もしくは間接的に、化学的もしくは物理的に、物質もしくは物質の集合体が固定化されているスライドが用いられる。基板の素材は特に限定されるものではないが、透明なものを用いるのが好ましい。具体的にはガラス、あるいはポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリカーボネート、アクリルなどのプラスチック類が挙げられる。なかでも、ガラスが特に好ましい。基板の厚さは特に限定されるものではないが、0.1〜20mm程度が好ましく1〜2mm程度がより好ましい。
【0011】
基板上にそのまま蛋白質もしくはペプチドを固定化することも可能であるが、金属薄膜を表面にコーティングして、その上に固定化する方法も挙げられる。金表面に固定化する方が、バックグラウンドにおける非特異吸着の抑制の点でより有利であり、基板をそのまま用いるより好ましいが、特に限定されない。金属薄膜を構成する金属としては、金、銀、銅、アルミニウム、白金等が挙げられ、これらを単独であるいは組み合わせて用いてもよいが、なかでも、金を用いるのが特に好ましい。金属薄膜の形成方法は特に限定されるものではないが、公知の手法として例えば蒸着法、スパッタ法、イオンコーティング法などが挙げられる。なかでも蒸着による方法が好ましい。また、金属薄膜の厚みは特に限定されるものではないが、10〜3000Å程度が好ましく、100〜600Å程度がより好ましい。
【0012】
固定化された蛋白質もしくはペプチドのリン酸化は、プロテインキナーゼを有し得る供試試料とRI標識されたヌクレオシド三リン酸、例えばATPを本発明のアレイ上に適用して行うことができる。標識されるRIの各種としては32Pもしくは33Pが通常用いられるが、感度、特異性の両面において33Pの方がより好ましい。最適なリン酸化反応条件はプロテインキナーゼの種類に応じて変動するが、例えば、バッファー中にプロテインキナーゼを有し得る供試試料とヌクレオシド三リン酸を加え、10〜40℃程度の温度で、好ましくは30〜40℃の温度で、10分〜6時間程度、好ましくは30〜1時間程度反応させることで、ペプチドをリン酸化することができる。必要に応じて、リン酸化の反応溶液には、cAMP、cGMP、Mg2+,Ca2+リン脂質などのリン酸化を補助する物質を共存させるのがよい。リン酸化の検出に際しては、直接的なリンの取り込みに関してオートラジオグラフィを行い、イメージアナライザーを用いて検出することができる。
【0013】
動態のプロファイリングの対象となるプロテインキナーゼとしては、蛋白質のチロシン、セリン、スレオニン、ヒスチジンなどのアミノ酸の側鎖をリン酸化する酵素が挙げられ、例えばcGMP依存性プロテインキナーゼファミリー、 cAMP依存性プロテインキナーゼ(PKA)ファミリー、ミオシン軽鎖キナーゼファミリー、プロテインキナーゼC(PKC)ファミリー、プロテインキナーゼD(PKD)ファミリー、プロテインキナーゼB(PKB)ファミリー、MAPキナーゼ(MAPK)カスケードに属するプロテインキナーゼファミリー、Srcチロシンキナーゼファミリー、及び受容体型チロシンキナーゼファミリーなどが例示できる。
【0014】
本発明において、固定化される蛋白質もしくはペプチドは、プロテインキナーゼの動態を網羅的にプロファイリングすることが目的であるので、1種類のペプチドは1種類のプロテインキナーゼによってのみリン酸化され(すなわち、特定のプロテインキナーゼの基質として機能する)、他のプロテインキナーゼによってはリン酸化されないのがより好ましい。蛋白質、ペプチドのいずれを用いてもよいが、ペプチドの方が、蛋白質ほどには二次構造に依存することなく生物学的に機能しうる点で有利である。また、近年では高速に多種類のペプチドを合成する技術も進歩しており、網羅的な解析をするうえで多数の基質を揃えるうえでも有利である。プロテインキナーゼの基質となるアミノ酸配列は公知であるか、公知の配列に基づき適宜選択することが可能である。本発明のアレイがその動態の把握を必要とする複数のプロテインキナーゼの種類に対応した種類の蛋白質もしくはペプチドを固定化されていれば、1枚のアレイで全てのプロテインキナーゼのプロファイリングをすることができる。
【0015】
ペプチドを固定化する場合、ペプチドの長さは特に限定されないが、一般的には100アミノ酸残基以下のものが用いられる。ここで、ペプチドとは一般的に用いられる意味のものを指し、アミノ酸が2個以上ペプチド結合により連結されたものである。好ましくは5〜60アミノ酸残基、より好ましくは10〜25アミノ酸残基程度からなるものが用いられる。ペプチドは公知の手法に基づく化学的な合成により得られたペプチドであってもよいし、あるいは遺伝子工学的な手法により生産されたペプチドを用いてもよい。また基板への脱着を容易にするために、上記ペプチドの片末端において、ビオチンや、チオール基を有するシステイン残基を付加させたものや、あるいはオリゴヒスチジン(His−tag)、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)のような一般的によく用いられるタグを付加させたものを用いるのも有用である。
【0016】
上記ペプチドの金属薄膜への固定化の方法は、特に限定されるものではないが、金属薄膜表面に固定化しやすいような官能基を予め導入しておいて基質ペプチドを固定化処理するのがより好ましい。該官能基としては、アミノ基、メルカプト基(チオール基ともいう)、カルボキシル基、アルデヒド基などが挙げられるが、特にメルカプト基を利用するのが好ましい。これらの官能基を金属薄膜表面に導入するには、一般的に用いられているアルカンチオールの誘導体を用いるのが好ましい。
【0017】
その際に、J.M.BrockmanらによりJ.Am.Chem.Soc.第121巻、第8044〜8051頁(1999年)において報告されているような方法に基づいて、アルカンチオール層を介して固定化し、PEG(ポリエチレングリコール)によりバックグラウンドを修飾する方法を用いてもよい。また、非特異的な影響をより抑えるために、PEGの末端に上述のような官能基が導入された誘導体をアルカンチオールに結合させた後に、ペプチドを固定化することも、スペーサー効果を奏する点で有用である。
【0018】
固定化されるペプチドに関しては、分析する目的に応じて、アミノ酸残基のうち1乃至数残基において化学的な修飾を加えられたアミノ酸が含まれていてもよい。また特に限定されるものではないが、特定の酵素に対して基質としての機能を有しているペプチドを少なくとも1種は含むことが好ましい。
【0019】
ここで、官能基がペプチドに存在している場合とは、具体的には例えば固定化されるペプチドのアミノ酸配列において少なくとも1箇所以上のシステイン残基が存在する状態のものをいう。システイン残基は固定化されるペプチドが本来の機能を奏するために必要なアミノ酸配列として必須な残基として存在している場合であっても、あるいはペプチドが本来の機能を奏するために必要なアミノ酸配列に対してさらに付加された場合であってもよい。固定化されるペプチドにおけるシステイン残基の存在位置は特に限定されないが、好ましくは少なくとも一方の末端に、より好ましくは一方の末端のみに付加されてなる方がよい。一方の末端にシステイン残基を付加させる場合、本発明においては、システイン残基と基質配列との間に固定化された基質の自由度を大きくして作用させる物質との相互作用の効率を高めるために、スペーサー配列として2〜10残基のアミノ酸配列をさらに付加させる。スペーサー配列のアミノ酸配列は特に限定されないが、少なくともグリシン残基を含むアミノ酸配列が好ましく、なかでもグリシン2残基(GG)、グリシン残基及び/又はアラニン残基もしくはセリン残基(GA,AG,GS,SG)の繰り返しが少なくとも1回含まれていることが特に好ましい。
【0020】
また、官能基がペプチドに付加されている場合とは、固定化されるペプチドに対して、チオール基を有する化合物が1箇所以上のいずれかのアミノ酸残基において化学結合されている状態のものをいう。該化合物の結合箇所も特に限定はされないが、いずれかの末端のアミノ酸残基に結合されていることが好ましい。
【0021】
本発明においては、ペプチドの固定化に際して、分子量が2,000以下の化合物を用いることを特徴とする。好ましくは1,000以下、更に好ましくは500以下の分子量の化合物である。化合物の構造は特に限定されるものではないが、チオール基を介して固定化する場合には、スクシンイミド(NHS)基もしくは硫酸スクシンイミド基とマレイミド(MAL)基を有するヘテロ二官能型架橋剤を用いるのが好ましい。
【0022】
NHS基もしくは硫酸スクシンイミド基とMAL基を有するヘテロ二官能型架橋剤としては、具体的には式(I)もしくは式(II)に示すような化合物が挙げられるが、特に限定はされない。式(I)に示す化合物Succinimidyl 4−[N−maleimidomethyl]cyclohexane−1−carboxylate(以下、SMCCと示す。)もしくは式(II)に示す化合物Sulfosuccinimidyl 4−[N−maleimidomethyl]cyclohexane−1−carboxylate(以下、SSMCCと示す。)を架橋剤として用いることを特徴としている。なお、式(I)もしくは式(II)に示す化合物と完全に同一構造のものだけではなく、その機能を損なわない範囲でアナログ化された化合物をも包含する。また、本発明においてはSMCC及びSSMCCのいずれも適用することが可能であるが、水に対する溶解性の点からは、緩衝液のような水系で反応させる場合においてはSSMCCを用いる方がより好ましい。
【0023】
【化3】

【0024】
【化4】

【0025】
上述したような低分子量化合物を適用することにより、特に高分子量の物質を架橋剤として用いる場合と比べて、ペプチドのチップへの固定化効率が格段に高くなるためリン酸化シグナルがより鮮明になるという効果を奏するものである。また、非特異的な影響に関してもほとんど問題とならず、いわゆるS/N比を大きくすることができる。
【0026】
上述したようなSMCCもしくはSSMCCをチップ上に導入させてマレイミド表面を形成させるためには、SMCCにおけるもう一方の端に有するスクシンイミド基あるいはSSMCCにおけるもう一方の端に有する硫酸スクシンイミド基と反応性を有する官能基、具体的にはアミノ基を予めチップ上に導入させておく必要がある。チップ上にアミノ基を導入する手段は特に限定されるものではない。基板表面に分子を整列させる自己組織化表面の手法、反応試薬を用いて導入する方法、官能基を有する物質をチップ上にコーティングする手段などが挙げられる。また、表面に導入しておいた官能基を起点として、架橋剤を用いてアミノ基を導入する手段なども含まれる。
【0027】
上述したような相互作用解析方法においては、測定対象ではない物質が非特異的に吸着するのと、特異的な吸着を区別することが重要である。よりシビアに非特異的な吸着を抑制する手段が求められるため、本発明の固定化方法は非常に効果的である。
【0028】
非特異的吸着を抑制するためのブロッキング処理に際しては、親水性高分子を用いて行うことが好ましい。ELISA法などにおいてはブロッキング方法として牛血清アルブミンやカゼインなどによる物理吸着が一般的に選択されている。物理吸着の方法は容易ではあるが、安定しておらず、経時的にチップ表面から脱離する場合がある。共有結合によるブロッキングを行うことが好ましい。特に未反応のマレイミド基表面をブロッキングする場合は、チオール基を有する化合物を用いるのが好ましく、特にPEG(ポリエチレングリコール)の誘導体が好適に用いられる。
【0029】
本発明の1つの特に好ましい具体例は、金属を蒸着した基板上にプロテインキナーゼの基質となる複数種のペプチドが固定化されてなるアレイを用い、且つ該アレイに細胞破砕液等のγ−33P−ATPとともにプロテインキナーゼを含有する溶液を作用させ、アレイを十分に洗浄、乾燥を行った後、オートラジオグラフィにより33Pの取り込みを直接的に検出することを特徴とする。本発明においてプロテインキナーゼの基質となるペプチドとは、該プロテインキナーゼによりリン酸化反応を受ける性質を有するペプチドをいうものである。
【実施例】
【0030】
以下に実施例を示して本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例に特に限定されるものではない。
【0031】
[実施例1]
(ペプチド固定化)
末端官能基がチオール基である4armPEG(日本油脂製SUNBRIGHT PTE−100SH)を1mMの濃度で7mLのエタノール:水=6:1の混合溶液に溶解させた。4armPEGの分子量は10000であり、中心からほぼ同等の長さのPEG鎖が4つ存在する分子であり親水性が非常に高い。また、PEGの4つの末端はすべてチオール基であり、特に金に対する金属結合性を示す。
【0032】
18mm四方、2mm厚のSF15ガラススライドにクロムを3nm蒸着し、金を45nm蒸着した金蒸着スライドを、上記4armPEGチオール溶液に3時間浸漬させ、金基板全体に4armPEGチオールを結合させた。
【0033】
このスライドの上にフォトマスクを載せ、500W超高圧水銀ランプ(ウシオ電機製)で2時間照射し、UV照射部の4armPEGチオールを除去した。フォトマスクは500μm四方の正方形の穴が96個有し(8個×12個のパターンからなる。)、穴の中心間のピッチは1mmに設計されている。フォトマスクの穴があいている部分はUV光が透過し、スライドに照射されてパターン化される。照射されなかった部分は4armPEGが残り、チップのバックグラウンド(Background)部分としてレファレンス部として機能する。
【0034】
8−Amino−1−Octanethiol, Hydrochrolide(8−AOT,同仁化学研究所製)の1mMエタノール溶液に1時間浸漬し、UV照射部に8−AOTの自己組織化表面を形成させた。SSMCC(ピアス製)をリン酸緩衝液(20mM リン酸、150mM NaCl;pH7.2)に0.4mg/mLで溶解し、金表面の8−AOTに15分間反応させた。8−AOTのアミノ基とSSMCCのNHS基が反応し、MAL基は未反応のまま残るため、PEGを介してマレイミド基を表面に導入することができた。
【0035】
上記のようにして得られた表面に、配列表の配列番号1〜12に示すような12種類の合成ペプチドを固定化した。配列番号1〜6(基質Aと示す。)はNature Biotech. Vol.20,pp.270−274(2002)に、配列番号7〜12(基質Bと示す。)はBioorg.Med.Chem.Lett. Vol.12,pp.2085−2088(2002)において、いずれもcSrcキナーゼの基質として報告されている配列に、末端にシステイン残基を付加し、システイン残基と基質配列との間に長さの異なるスペーサー配列を挿入したものである。いずれのペプチドに関してもリン酸緩衝液(20mMリン酸、150mM NaCl;pH7.2)に1mg/mLで溶解して、MultiSPRinterスポッター(東洋紡績製)を用いて10nLずつスポッティングを行った。その後、ウェットな環境下で室温、16時間静置させて固定化反応を行った。チップの表面に形成させたマレイミド基と基質ペプチド末端のシステイン残基が有するチオール基とが反応し、基質ペプチドを共有結合的に表面に固定化することができる。
【0036】
(未反応マレイミド基のブロッキング)
基質ペプチドを固定化した表面をリン酸緩衝液で洗浄した後、未反応のマレイミド基をブロッキングするために、片末端の官能基がチオール基、もう一方の官能基がメトキシ基であるPEGチオール(日本油脂製SUNBRIGHT MESH−50H)を1mM濃度になるようにリン酸緩衝液(20mMリン酸、150mM NaCl;pH7.2)に溶解して、250μLをチップ上に注出し、室温で30分間反応させた。ここで用いたPEGチオールの分子量は5,000である。
【0037】
(オートラジオグラフィによるリン酸化の検出)
上記のようにブロッキングを行ったアレイを用いて、cSrcキナーゼ(Upstate製Src,active)によるon−chipリン酸化反応を行った。cSrcキナーゼ溶液300μL(50U)をアレイ上にドロップして、30℃にて5時間の反応を行った。反応バッファーとしては、50mM MES緩衝液(50mM塩化マグネシウム;pH6.8)を用いた。なお、反応液中にγ−33P−ATP(9.25MBq;アマシャムバイオサイエンス製)を2μL添加して反応を行った。
【0038】
リン酸化を行ったアレイを、PBS及び水で3回ずつアレイの洗浄を行い、アレイ表面を十分に乾燥した後、IPシート(富士写真フイルム製)への露光処理を行った。露光時間は15分ないし2時間で行った。その後、イメージアナライザーBAS1800IIを用いて読み取りを行った。
【0039】
(観察の結果と考察)
図1にオートラジオグラフィの結果を示した。基質Aの場合は、スペーサーが長いほど33Pの取り込みが多くなる傾向が確認されるのに対して、基質Bの場合は、2アミノ酸もしくは4アミノ酸残基の挿入の場合に最も33Pの取り込みが多くなり、それ以上長いと逆にリン酸化が弱くなっており、基質の種類による傾向の相違が見られた。しかしながら、これらの結果よりある程度の長さのスペーサー配列を挿入する方が、リン酸化効率の増すことは確認されている。
【0040】
[実施例2]
PEGを介したマレイミド基を金表面に導入する段階までは実施例1と全く同じ方法により金スライドの処理を行った。実施例1において最適化された場合には、よりリン酸化効率の優れた基質Bの6種を、実施例1と同様に固定化してアレイ化した。未反応マレイミド基のブロッキングも、実施例1と同様に行った。cSrcキナーゼによるon−chip反応を、実施例1と同じ反応組成(30U)及び半分のキナーゼ量(15U)にて、30℃で2時間行った。実施例1と同様にオートラジオグラフィを取った結果を図2に示した。
【0041】
反応時間が短い場合、最適なスペーサーの長さの傾向がより顕著になり、セリン残基とグリシン残基の2アミノ酸のみ挿入した場合が最もリン酸化効率が優れていた。キナーゼ量を少なくすると、更にその傾向が顕著に示されている。この結果より、数アミノ酸のスペーサー配列の挿入が、基質の種類により最適な長さはあるものと考えられるが、オートラジオグラフィによるリン酸化の検出に非常に大きな効果を奏するものであることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明により、アレイ上におけるRIによるリン酸化シグナルを増幅させることができつつ、非特異的吸着に関しては十分に抑制することができ、より正確な測定が可能となる。また処理方法も非常に容易であることからも、産業界に大きく寄与することが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】実施例1において得られた、オートラジオグラフィの結果を示す図である。
【図2】実施例2において、得られた、オートラジオグラフィの結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数種の蛋白質もしくはペプチドが基板上に固定化されたアレイ上におけるリン酸化を、ラジオアイソトープを用いて検出するためのアレイであって、該蛋白質もしくはペプチドが基板に固定化される部位と基質となる該蛋白質もしくはペプチドとの間に2〜10個のアミノ酸残基を含むスペーサー配列を介して固定化されていることを特徴とするリン酸化検出用アレイ。
【請求項2】
スペーサー配列中に少なくとも1つのグリシン残基が含まれることを特徴とする請求項1に記載のリン酸化検出用アレイ。
【請求項3】
スペーサー配列中に、2残基のグリシン、グリシンとアラニン残基、及びグリシンとセリン残基からなる2アミノ酸の組み合わせに関する群から選択されるいずれか一つの組み合わせを少なくとも1回含まれることを特徴とする請求項1又は2に記載のリン酸化検出用アレイ。
【請求項4】
蛋白質もしくはペプチドが分子量2,000以下の架橋剤を介して固定化されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のリン酸化検出用アレイ。
【請求項5】
蛋白質もしくはペプチドが分子量500以下の架橋剤を介して固定化されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のリン酸化検出用アレイ。
【請求項6】
架橋剤が一方にスクシンイミド基もしくは硫酸スクシンイミド基を有し、もう一方にマレイミド基を有するヘテロ二官能型の架橋剤であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のリン酸化検出用アレイ
【請求項7】
架橋剤として式(I)もしくは式(II)に示す化合物を用いることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のリン酸化検出用アレイ。
【化1】

【化2】

【請求項8】
片方の末端にシステイン残基を有するペプチドが固定化されることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載のリン酸化検出用アレイ。
【請求項9】
基板がガラスであることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載のリン酸化検出用アレイ。
【請求項10】
基板の表面が金であることを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載のリン酸化検出用アレイ。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれかに記載のアレイを用いて、プロテインキナーゼを含有する含み得る供試材料に、核種として32Pもしくは33Pを共存させながら作用させることを特徴とする基板上におけるリン酸化の検出方法。
【請求項12】
プロテインキナーゼを含有する含み得る供試材料を作用させる前にブロッキング処理を施すことを特徴とする請求項11に記載の基板上におけるリン酸化の検出方法。
【請求項13】
親水性高分子を用いてブロッキング処理を施すことを特徴とする請求項12に記載の基板上におけるリン酸化の検出方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−166837(P2006−166837A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−366050(P2004−366050)
【出願日】平成16年12月17日(2004.12.17)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成14年度新エネルギー・産業技術総合開発機構「ゲノム研究成果産業利用のための細胞内シグナル網羅的解析技術」委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】