説明

リン酸塩被覆材料、アパタイト被覆材料、およびこれらの製造方法

【解決課題】耐腐食性の高い基材の上に、安定であって好ましくは組織親和性に優れるリン酸塩被膜を有する被覆材料またはアパタイト被膜を有する被覆材料を提供する。
【解決手段】(A)セラミックス、高分子化合物、炭素材料、リン酸塩を含みpHが5未満である酸性水溶液ISO 10271により測定される不動態破壊電位が、同条件において測定される304ステンレス鋼の不動態破壊電位以上の不動態破壊電位を有する金属、およびこれらの複合材料からなる群より選択される基材と、(B)リン酸塩を含みpHが5未満である酸性水溶液とを、1気圧より高い圧力下、100℃より高い温度に加熱して反応させる水熱処理工程を含む、リン酸塩被膜材料の製造方法;または、セラミックス、高分子化合物、炭素材料、金属、およびこれらの複合材料からなる群より選択される基材、前記基材の上に設けられたアパタイト以外のリン酸塩からなるリン酸塩被膜、および前記リン酸塩被膜の上に設けられたアパタイト被膜を有するアパタイト被覆材料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン酸塩被覆材料、アパタイト被覆材料、およびこれらの製造方法に関する。本発明は、特に、生体組織親和性に優れる医療用材料や塗膜に対する密着性等に優れるリン酸塩被覆材料、アパタイト被覆材料、およびこれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
材料に種々の機能を付与するために、材料の表面に被膜を形成することが検討されてきた。例えば、医療用野においては、力学的性質および耐腐食性に優れたチタンやステンレス鋼などの金属材料にさらなる機能を付与するため、これらの金属材料をアパタイトで被覆することが知られている。アパタイトは骨組織に隣接してインプラントした場合、既存骨から形成された新生骨と結合する骨伝導性と呼ばれる極めて重要な機能性を有する。例えば、従来、プラズマスプレーなどの方法でチタン基材などの表面をアパタイト被覆したアパタイト被覆チタンが提案されている。しかしながら、プラズマスプレー装置は高価であるという問題があった。また、プラズマスプレーを用いる場合、材料が約10000℃という超高温に曝される。このようにして得られる材料は、超高温においてアパタイトが熱分解するので生体組織への親和性(組織親和性)に欠けたり、熱分解物の溶解度が高いために生体内で溶解し、長期的にはアパタイト膜が剥離したりするという問題があった。さらに、このようにして得られる材料は、生体骨と著しく異なる高い結晶性のために組織親和性が十分でないという問題があった。さらにまた、製造時の冷却に伴う収縮によって基材と被膜の間に残留応力が発生するという問題があった。以上から、医療分野においては、1)比較的安価に製造できる、2)10000℃以上の超高温を必要とせずに製造できる、3)長期にわたり安定した被膜を有する、4)組織親和性に優れる、などの特性を有する材料が求められていた。
【0003】
また、一般工業分野においても、腐食防止や塗膜との密着性の向上などの観点から材料の表面に被膜を形成することが検討されてきた。当該分野においては組織親和性を高くするという要求はないものの、前記1)〜3)の特性を有する材料が求められていた。
【0004】
材料を被覆する方法として、腐食性金属の表面にリン酸塩被膜を形成するパーカー法が知られている。パーカー法は、軟鉄、鋼鉄や亜鉛の腐食防止技術として多用されている。しかしながら、パーカー法で基材の上にリン酸塩被膜を形成するためには基材から鉄イオン等のイオンが遊離することが必要と考えられてきたために、耐腐食性の高い材料や腐食性がないセラミックスやポリマーなどへパーカー法を適用することは不可能であるというのが当業者の常識であった。さらに、パーカー法においては、基材の腐食防止が主目的であるため安価であることが重要視され、長期にわたり安定した被膜を形成することへの要求はほとんどなかった。
【0005】
耐腐食性の高い材料をリン酸塩で被覆する方法として、導電性基材をpH6〜8の電解液に浸漬し、水熱条件下で電圧を印加して該基体表面に電気化学的にリン酸カルシウムを析出させる方法が提案されている(特許文献1)。しかし、当該方法は導電性の基材にしか適用できないこと、電圧を印加する手段が必要であり装置が煩雑になる等の問題があった。
【0006】
また、チタンをアパタイトで被覆する方法として、カルシウムイオンを含有する水溶液およびリン酸イオンを含有する水溶液に、交互にチタンを浸漬することによりアパタイト被膜を形成する手法が提案されている(特許文献2)。しかしながら、このアパタイト被覆材料は、アパタイトと基板との接着力が十分ではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平11−99199号公報
【特許文献2】特開2006−255319号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記事情に鑑み、本発明は、耐腐食性の高い基材の上に、安定であって好ましくは組織親和性に優れるリン酸塩被膜を有する被覆材料またはアパタイト被膜を有する被覆材料を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は鋭意検討の結果、特定の基材とリン酸塩を含有する酸性水溶液とを、1気圧より高い圧力下で100℃より高い温度に加熱することにより得られるリン酸塩被覆材料により前記課題が解決できることを見出した。また、本発明者は基材とその上に設けられたリン酸塩被膜とさらにその上に設けられたアパタイト被膜により前記課題が解決できることも見出した。すなわち、前記課題は以下の本発明により解決される。
[1](A)セラミックス、高分子化合物、炭素材料、リン酸塩を含みpHが5未満である酸性水溶液中にてISO 10271により測定される不動態破壊電位が、同条件で測定される304ステンレス鋼の不動態破壊電位以上である金属、およびこれらの複合材料からなる群より選択される基材と、
(B)リン酸塩を含みpHが5未満である酸性水溶液とを接触させ、
1気圧より高い圧力下で100℃より高い温度に加熱する水熱処理工程を含む、リン酸塩被膜材料の製造方法。
[2]セラミックス、高分子化合物、炭素材料、金属、およびこれらの複合材料からなる群より選択される基材、
前記基材の上に設けられたアパタイト以外のリン酸塩からなるリン酸塩被膜、および
前記リン酸塩被膜の上に設けられたアパタイト被膜、を有するアパタイト被覆材料。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、耐腐食性の高い基材の上に、安定であって好ましくは組織親和性に優れるリン酸塩被膜を有する被覆材料またはアパタイト被膜を有する被覆材料が提供できる。また、本発明により、鉄のような腐食性の基材の上にアパタイト以外のリン酸塩被膜、当該被膜の上にアパタイト被膜を有する被覆材料も提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1−1】実施例I−1で得たリン酸塩被覆チタン基材表面のSEM像。
【図1−2】実施例I−1で得たリン酸塩被覆チタン基材表面のEDXスペクトル。
【図1−3】実施例I−1で得たリン酸塩被覆チタン基材のX線回折パターン。
【図1−4】実施例I−2で得たリン酸塩被覆チタン基材の表面のSEM像。
【図1−5】実施例I−2で得たリン酸塩被覆チタン基材表面のEDXスペクトル。
【図1−6】実施例I−2で得たリン酸塩被覆チタン基材のX線回折パターン。
【図1−7】実施例I−2で得たリン酸塩被覆チタン基材割断面のSEM像。
【図1−8】実施例I−3で得たリン酸塩被覆チタン基材表面のSEM像。
【図1−9】実施例I−3で得たリン酸塩被覆チタン基材表面のEDXスペクトル。
【図1−10】実施例I−3で得たリン酸塩被覆チタン基材のX線回折パターン。
【図1−11】実施例I−4で得たリン酸塩被覆チタン基材表面のSEM像。
【図1−12】実施例I−4で得たリン酸塩被覆チタン基材表面のEDXスペクトル。
【図1−13】実施例I−4で得たリン酸塩被覆チタン基材のX線回折パターン。
【図1−14】実施例I−5で得たリン酸塩被覆チタン基材表面のSEM像。
【図1−15】実施例I−5で得たリン酸塩被覆チタン基材表面のEDXスペクトル。
【図1−16】実施例I−5で得たリン酸塩被覆チタン基材のX線回折パターン。
【図1−17】実施例I−5で得た引張試験前の試料の割断面。
【図1−18】実施例I−5で得た引張試験後の試料の割断面。
【図1−19】実施例I−5で得たリン酸塩被覆チタン基材に骨芽細胞様細胞株を播種、5時間培養した後の細胞接着形態。
【図1−20】比較例I−6で用いたチタン基材に骨芽細胞様細胞株を播種、5時間培養した後の細胞接着形態。
【図1−21】実施例I−6で得たリン酸塩被覆ステンレス鋼基材表面のSEM像。
【図1−22】実施例I−6で得たリン酸塩被覆ステンレス鋼基材表面のEDXスペクトル。
【図1−23】実施例I−6で得たリン酸塩被覆ステンレス鋼基材のX線回折パターン。
【図1−24】実施例I−7で得たリン酸塩被覆ステンレス鋼基材表面のSEM像。
【図1−25】実施例I−7で得たリン酸塩被覆ステンレス鋼基材表面のEDXスペクトル。
【図1−26】実施例I−7で得たリン酸塩被覆ステンレス鋼基材のX線回折パターン。
【図1−27】316Lステンレス鋼板の表面を加熱した際の表面の鉄(Fe2p)のXPSスペクトル
【図1−28】316Lステンレス鋼板の表面を加熱した際の表面のクロム(Cr2p)のXPSスペクトル
【図1−29】実施例I−8で得たリン酸塩被覆アルミナ基材表面のSEM像。
【図1−30】実施例I−8で得たリン酸塩被覆アルミナ基材表面のEDXスペクトル。
【図1−31】実施例I−8で得たリン酸塩被覆アルミナ基材のX線回折パターン。
【図1−32】実施例I−9で得たリン酸塩被覆ジルコニア基材表面のSEM像。
【図1−33】実施例I−9で得たリン酸塩被覆ジルコニア基材表面のEDXスペクトル。
【図1−34】実施例I−9で得たリン酸塩被覆ジルコニア基材のX線回折パターン。
【図1−35】実施例I−10で得たれたリン酸塩被覆アルミナ基材表面のSEM像。
【図1−36】実施例I−10で得たリン酸塩被覆アルミナ基材表面のEDXスペクトル。
【図1−37】実施例I−10で得たリン酸塩被覆アルミナ基材のX線回折パターン。
【図1−38】実施例I−11で得たれたリン酸塩被覆ジルコニア基材表面のSEM像。
【図1−39】実施例I−11で得たリン酸塩被覆ジルコニア基材表面EDXスペクトル。
【図1−40】実施例I−11で得たリン酸塩被覆ジルコニア基材のX線回折パターン。
【図1−41】実施例I−12で得たリン酸塩被覆ポリエチレンテレフタレート基材表面のSEM像。
【図1−42】実施例I−12で得たリン酸塩被覆ポリエチレンテレフタレート基材表面のEDXスペクトル。
【図1−43】参考例I−13で得たリン酸塩被覆軟鉄の表面のSEM像。
【図1−44】参考例I−13で製造されたリン酸塩被覆軟鉄基材表面のEDXスペクトル。
【図1−45】参考例I−13で得たリン酸塩被覆軟鉄基材のX線回折パターン。
【図1−46】参考例I−14で得たリン酸塩被覆軟鉄基材表面のSEM像。
【図1−47】参考例I−14で得たリン酸塩被覆軟鉄基材表面のEDXスペクトル。
【図1−48】参考例I−14で得たリン酸塩被覆軟鉄基材のX線回折パターン。
【図2−1】実施例II−1で得たアパタイト被覆軟鉄基材表面のSEM像。
【図2−2】実施例II−1で得たアパタイト被覆軟鉄基材表面のEDXスペクトル。
【図2−3】実施例II−1で得たアパタイト被覆軟鉄基材のX線回折パターン。
【図2−4】実施例II−2で得たアパタイト被覆ステンレス鋼基材表面のSEM像。
【図2−5】実施例II−2で得たアパタイト被覆ステンレス鋼基材表面のEDXスペクトル。
【図2−6】実施例II−2で得たアパタイト被覆ステンレス鋼基材のX線回折パターン。
【図2−7】実施例II−3で得たアパタイト被覆ステンレス鋼基材表面のSEM像。
【図2−8】実施例II−3で得たアパタイト被覆ステンレス鋼基材表面のEDXスペクトル。
【図2−9】実施例II−3で得たアパタイト被覆ステンレス鋼基材のX線回折パターン。
【図2−10】実施例II−4で得たアパタイト被覆ステンレス鋼基材表面のSEM像。
【図2−11】実施例II−4で得たアパタイト被覆ステンレス鋼基材表面のEDXスペクトル。
【図2−12】実施例II−4で得たアパタイト被覆ステンレス鋼基材のX線回折パターン。
【図2−13】実施例II−5で得たアパタイト被覆ステンレス鋼基材表面のSEM像。
【図2−14】実施例II−5で得たアパタイト被覆ステンレス鋼基材表面のEDXスペクトル。
【図2−15】実施例II−5で得たアパタイト被覆ステンレス鋼基材のX線回折パターン。
【図2−16】実施例II−6で得たアパタイト被覆チタン基材表面のSEM像。
【図2−17】実施例II−6で得たアパタイト被覆チタン基材表面のEDXスペクトル。
【図2−18】実施例II−6で得たアパタイト被覆チタン基材のX線回折パターン。
【図2−19】実施例II−7で得たアパタイト被覆チタン基材表面のSEM像。
【図2−20】実施例II−7で得たアパタイト被覆チタン基材表面のEDXスペクトル。
【図2−21】実施例II−7で得たアパタイト被覆チタン基材X線回折パターン。
【図2−22】実施例II−8で得たアパタイト被覆チタン基材表面のSEM像。
【図2−23】実施例II−8で得たアパタイト被覆チタン基材割断面のSEM像。
【図2−24】実施例II−8で得たアパタイト被覆チタン基材表面表面のEDXスペクトル。
【図2−25】実施例II−8で得たアパタイト被覆チタン基材のX線回折パターン。
【図2−26】実施例II−8で得たアパタイト被覆チタン基材に骨芽細胞様細胞株を播種、5時間培養した後の細胞接着形態。表面のSEM像。
【図2−27】実施例II−9で得たアパタイト被覆チタン基材表面のSEM像。
【図2−28】実施例II−9で得たアパタイト被覆チタン基材割断面のSEM像。
【図2−29】実施例II−9で得たアパタイト被覆チタン基材表面のEDXスペクトル。
【図2−30】実施例II−9で得たアパタイト被覆チタン基材のX線回折パターン。
【図2−31】実施例II−10で得たアパタイト被覆ジルコニア基材表面のSEM像。
【図2−32】実施例II−10で得たアパタイト被覆ジルコニア基材表面のEDXスペクトル。
【図2−33】実施例II−10で得たアパタイト被覆ジルコニア基材のX線回折パターン。
【図2−34】実施例II−11で得たアパタイト被覆アルミナ基材表面のSEM像。
【図2−35】実施例II−11で得たアパタイト被覆アルミナ基材表面のEDXスペクトル。
【図2−36】実施例II−11で得たアパタイト被覆アルミナ基材のX線回折パターン。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。本明細書において「〜」は両端の値を含む。
I.リン酸塩被覆材料
I−1.リン酸塩被覆材料の製造方法
本発明のリン酸塩被覆材料の製造方法は、(A)特定の基材と(B)リン酸塩を含みpHが5未満である酸性水溶液とを、1気圧より高い圧力下、100℃より高い温度に加熱して反応させる水熱処理工程を含む。
【0013】
(1)リン酸塩被覆材料における基材
基材とは、リン酸塩被覆材料の基礎となる材料である。本製造方法において、基材は、セラミックス、高分子化合物、炭素材料、リン酸塩を含みpHが5未満である酸性水溶液中にてISO 10271により測定される不動態破壊電位が、同条件で測定される304ステンレス鋼の不動態破壊電位以上である金属、およびこれらの複合材料からなる群より選択される。
【0014】
セラミックスとは、非金属性無機物を焼結または燃焼して得られる無機材料である。本製造方法においては、優れた強度を有するため、アルミナ、ジルコニアが好ましい。
高分子化合物とは、モノマーの結合によって形成される巨大分子からなる材料である。好ましい高分子化合物の例には、ポリエチレンテレフタレート、シリコーン、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリウレタン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリアクリル酸誘導体が含まれる。ポリアクリル酸誘導体とは、ポリアクリル酸、ポリアクリレート、ポリメタクリル酸、またはポリメタクリレートである。中でも、耐腐食性および取扱い性に優れるため、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリアクリル酸誘導体が好ましい。
【0015】
炭素材料とは、黒鉛、ダイヤモンド、カルビンの同素体とその複合系から構成される材料である。好ましい炭素の例には黒鉛、ダイヤモンドが含まれる。
リン酸塩を含みpHが5未満である酸性水溶液中にてISO 10271により測定される不動態破壊電位が、同条件で測定される304ステンレス鋼の不動態破壊電位以上である金属とは、304ステンレス鋼と同じかそれ以上の耐腐食性を有する金属である。さらに、本製造方法で用いる前記金属の不動態破壊電位は、316Lステンレス鋼の不動態破壊電位以上であることが好ましい。304ステンレス鋼とはNiが8〜10.5原子%、Crが18〜20原子%、その余がFeである合金鋼であり、316Lステンレス鋼とは、Niが10〜14原子%、Crが16〜18原子%、Moが2〜3原子%、その余がFeの合金鋼である316ステンレス鋼の内、炭素含有量が極めて少ない合金鋼である。リン酸塩を含みpHが5未満である酸性水溶液については後述する。
【0016】
ISO 10271は、歯科用金属材料の腐食試験方法に関し、不動態破壊電位の測定方法を規定する。不動態破壊電位とは、金属表面に腐食作用に抵抗する酸化被膜(不動態被膜)を有する不動態に電圧を印加した際に、防食効果が奏されなくなる程に不動態被膜が破壊されるときの電圧である。不動態被膜破壊電圧は、測定に用いる基準電極、溶液に依存するので一義的ではない。例えば、飽和カロメル電極(SCE)を基準電極として測定したステンレス鋼の不動態破壊電位は、一般に300mV vs.SCE程度であるが、溶液組成、pHにより大きく変動する。また、塩化物イオンを含有する溶液では孔食が発生するので、より不動態破壊電位は変動する。従って、本発明においては、リン酸塩を含みpHが5未満である酸性水溶液中にてISO 10271により測定したステンレス鋼の不動態破壊電位を求め、同条件で試験した場合に、ステンレス鋼の不動態破壊電位以上の電位を有する金属を用いる。前述のとおりここで用いるステンレス鋼は304ステンレス鋼であるが、これよりもさらに耐食性に優れる316Lステンレス鋼であることが好ましい。このような不動態破壊電位を有する金属を「高耐食性金属」ともいう。
【0017】
本製造方法で用いる前記金属は、優れた強度を有するため、コバルトクロム合金、ニッケルクロム合金、ステンレス鋼、チタン、チタン合金、ニオブ、タンタルが好ましい。また、生体材料として用いる場合には、316Lステンレス鋼以上の耐食性を有する金属、例えば、316Lステンレス鋼、チタン、チタン合金、コバルトクロム合金、などが好ましい。
【0018】
複合材料とは、前記材料を2種以上含む材料である。本製造方法においては公知の複合材料が使用できる。その例には、高分子化合物等の第一材料の上に、セラミック等第二の材料の層を有する積層体等や、第一材料と第二の材料を接合して得られる接合体等が含まれる。
【0019】
このように、耐食性の高い、セラミックス、高分子化合物、炭素材料、高耐食性金属、およびこれらの複合材料を、本製造方法においてはまとめて「高耐食性材料」ともいう。
基材の形状は限定されない。例えば基材は平板であってよい。また、医療用材料として用いる場合、基材は人工歯根や人工関節等、医療材料として適した形状であればよい。
【0020】
(2)リン酸塩を有しpHが5未満である酸性水溶液
リン酸塩とはリン酸イオンと金属イオンからなる化合物であり、場合によっては水和物を含む化合物である。本製造方法においては、強度の高い被膜が得られるという理由から、一価の金属塩よりは二価の金属塩あるいは三価金属塩が好ましく、二価の金属塩がさらに好ましい。好ましいリン酸塩の例には、リン酸亜鉛、リン酸マグネシウム、リン酸鉄、リン酸マンガン、リン酸アルミニウム、リン酸カルシウムが含まれる。
【0021】
これらのリン酸塩を、リン酸、塩酸、硝酸、硫酸、フッ酸等の溶媒中においてプロトンを放出する物質、いわゆるアレニウス酸の水溶液に溶解させることにより、リン酸塩を含有するpH5未満の酸性水溶液が調製される。pHは5未満であればよいが、0.5〜4が好ましく、1〜3がより好ましく、1〜2がさらに好ましい。酸は単独で使用しても複数種を併用してもよいが、取扱いの容易性からリン酸あるいはリン酸と硝酸の混合物を用いることが好ましい。
【0022】
被膜を形成しやすいという理由から、酸性水溶液中の金属濃度は、0.05〜5mol/Lが好ましく、0.08〜2.5mol/Lがより好ましく、0.1〜1.0mol/Lがさらに好ましい。
【0023】
また、形成されるリン酸塩被膜の物性や、基板とリン酸塩被膜の接着強さの調整を目的として、酸性水溶液に、リン酸およびZn、Ni、Mn、Mg、Co、Fe、Ca、Cu、Ti等の金属やこれら金属の塩を、あるいはアルコールやエーテルなどの水溶性の有機溶媒を添加してもよい。
【0024】
(3)水熱処理工程
本工程では、前記基材と酸性水溶液を接触させ、温度が100℃より高く、かつ圧力が1気圧を超える条件で加熱する。この際、基材は酸性水溶液に浸漬されることが好ましい。浸漬された基材は、例えばオートクレーブなどの加圧と加熱が可能な反応容器に装入されて、加熱される。温度は100℃を超える必要があるが、120℃以上が好ましく、150℃以上がより好ましく、200℃以上がさらに好ましい。また、温度が高すぎると被膜が劣化するおそれがあるため、温度は500℃以下が好ましく、水の亜臨界温度である374℃未満がより好ましい。このように、本製造方法においては、プラズマスプレー処理のような10000℃以上の超高温を必要としない。
【0025】
圧力は、1気圧を超えることが必要であるが、1.9気圧以上が好ましく、4.7気圧以上がより好ましく、15気圧以上がさらに好ましい。また、圧力が高すぎると装置が劣化するおそれがあるので、87気圧以下が好ましく、47気圧以下がより好ましい。
処理時間は、処理基材、処理温度や所望の被膜状況により適宜選定されるが、通常、10分〜1週間が好ましい。
【0026】
(4)水酸基導入工程
本製造方法は、水熱処理工程の前に、基材表面に水酸基を導入する水酸基導入工程をさらに含むことが好ましい。「水酸基を導入する」とは基材表面に水酸基を形成することである。具体的には、基材をオゾンに暴露して基材表面に水酸基を導入するオゾン処理、UV光を基材に照射して基材表面に水酸基を導入するUV光処理、基材を過酸化水素水に暴露して基材表面に水酸基を導入する過酸化水素水処理などの公知の方法が利用できる。これらの処理における、処理時間、オゾン濃度、UV強度、および過酸化水素水濃度は公知のとおりとしてよい。
【0027】
(5)ステンレス鋼の加熱工程
本製造方法においてステンレス鋼を基材として用いた場合には、前記水熱処理工程の前または水酸基導入工程の前にステンレス鋼を加熱する加熱工程を設けることが好ましい。加熱温度は100℃以上が好ましく、200℃以上がより好ましく、300℃以上がさらに好ましく、400℃以上がよりさらに好ましい。加熱処理したステンレス鋼は、リン酸塩被膜との密着性が良好となる。この機序は明らかではないので限定されないが、加熱処理によってステンレス鋼表面の組成に変化が認められることと相関があると推察される。すなわち、加熱処理によって表面の鉄濃度が増大するため、リン酸塩を有しpHが5未満である酸性水溶液と接触した際に鉄イオンが溶出し、リン酸亜鉛を主成分とする被膜が形成されやすくなると考えられる。
【0028】
これらの効果を高めるためには、加熱温度を高くすることが有効であるが、一方で温度が高すぎるとコストがかかるため、加熱温度は600℃以下が好ましい。加熱時間は、10分〜24時間が好ましい。また、酸化を促進するために、加熱は酸素存在下で行なうことが好ましい。
【0029】
(6)リン酸塩被覆材料が製造できる機序
本製造方法によりリン酸塩被覆材料が製造できる機序は必ずしも十分に明らかでないため限定されないが、次のように考えられる。
【0030】
従来の軟鉄などの腐食性材料を基材として用いるいわゆるパーカー法では、金属表面を腐食して、当該金属表面から遊離した金属イオンを含むリン酸塩被膜を基材表面に形成する。一般に、腐食性の高い材料や非腐食性の材料においては、金属表面から腐食によって金属イオンが遊離しないのでリン酸塩被膜を形成することは不可能であると考えられてきた。しかし、本製造方法のように水熱条件下で基材と酸性水溶液を接触させると、高耐食性の基材であっても部分的な腐食が進行して当該基材表面からイオンが遊離し、当該イオンを含むリン酸塩被膜が基材表面に形成される。この際、本製造方法においてはpHが5未満の酸性水溶液を用いるが、水熱条件と酸による相乗効果のため耐腐食性の高い材料や非腐食性の材料においても効率よく表面を腐食できる。
【0031】
あるいは、本製造方法によりリン酸塩被覆材料が製造できる機序は、次のようにも考えられる。水熱処理は材料表面に水酸基を形成する手法として知られている。また亜鉛イオンに代表される二価イオンは材料表面の水酸基定量に用いられており、材料表面の水酸基と強固に結合することが知られている。よって、まず、材料表面へ亜鉛イオンなどの二価イオンが固定されると考えられる。次いで、亜鉛等と表面に固定されたリン酸とが反応してリン酸塩被膜が形成される。このことは、後述するようなオゾン処理などによって基材表面に水酸基をより多く形成すると、リン酸亜鉛被膜の形成が促進されるということからも裏付けられる。
【0032】
一方、特許文献1は、陰極近傍でリン酸カルシウム粒子を形成させ、帯電した当該粒子を陰極に電気的に引きつけて基材を被覆する電着を利用する発明である。具体的には、カルシウムイオンとリン酸イオンとを含有する中性の電解液に導電性材料を浸漬し、電圧を印加することによって陰極付近のpHを上昇させ、リン酸カルシウムに対する電解液の過飽和度を向上させてリン酸カルシウム粒子を形成させる。このように形成されたリン酸カルシウム粒子を基点として、電解液から供給されるカルシウムイオンとリン酸イオンが結晶として成長し、陰極にリン酸カルシウム被膜が形成される。このように、陰極付近でリン酸カルシウムが析出する必要があるので、特許文献1においてはリン酸カルシウムに対して過飽和な電解液、あるいは過飽和に近い電解液を用いる必要がある。従って、特許文献1ではpHが低い電解液は用いることができず、電解液は中性である必要がある。また、リン酸イオン濃度を高くすることも困難である。このようにして電着により得られたリン酸カルシウム被膜は、本発明のように水熱条件で形成されたリン酸カルシウム被膜に比べて、基材との密着性は低い。
【0033】
I−2.リン酸塩被覆材料
(1)リン酸塩被覆材料の構造
本製造方法により、基材の上にリン酸塩被膜(以下「リン酸塩層」ともいう)を有する被覆材料が得られる。リン酸塩被膜の厚みは特に限定されないが、0.1〜200μmが好ましく、1〜100μmがより好ましい。厚みが0.1μm未満であると、リン酸塩被膜による被覆効果が十分でない場合がある。また、厚みが200μmを超えるとコストがかかる場合がある。厚みは、被覆材料断面の電子顕微鏡像により求められる。
【0034】
(2)リン酸塩被覆材料の特性
本製造方法で得られるリン酸塩被膜材料は、リン酸塩被膜と基材の密着性に極めて優れるという特徴がある。この理由としては、通常条件では溶解されない高耐腐食性材料を低pHと水熱条件という特殊条件で高耐腐食性材料の表面を一部溶解しているため、基材表面に微小な凹凸が形成され、析出されるリン酸塩が基材表面の凹部にまで析出し、アンカー効果が十分に発現すること;溶解された高耐腐食性材料の成分の一部あるいは全部がリン酸塩と伴に析出されうるので、基材とリン酸塩の間の組成変化が抑えられること;特に基材からリン酸塩表面にかけて、傾斜機能的に組成が変化しうること;プラズマ処理と比較して本製造方法は極めて低い温度で実施できるので、基材とリン酸塩被膜との熱膨張係数の差異に基づく基材と被覆材の密着性の低下が小さく、かつリン酸塩被覆材自体に残留する熱応力が小さいこと等が考えられる。このため、リン酸塩被膜は長期にわたり安定である。
【0035】
また、当該リン酸塩被覆材料は、耐腐食性に優れた基材と、その上に設けられた組織親和性に優れたリン酸塩被膜を備えるので、高耐腐食性かつ高生体適合性を有する。このため、本製造方法で得られたリン酸塩被覆材料は、医療用、歯科用の生体適合性材料として有用である。生体適合性とは、生体に対して為害性を示さないことをいい、具体的には、生体組織や細胞に対して炎症反応、免疫反応、または血栓形成反応を起こさない、あるいは毒性を持たないことをいう。組織親和性は、製品を組織に埋入して病理組織学的検索を行なうことで評価できる。より簡便な方法として細胞培養液中に浸漬した製品に細胞を製品表面に播種し細胞の初期接着数や細胞の接着形態を観察することによっても評価できる。
また、リン酸塩被膜は、塗料や接着剤など一般の工業材料とも良好な親和性を有する。従って、本製造方法で得られるリン酸塩被覆材料は、一般工業材料としても有用である。
【0036】
II.アパタイト被覆材料
II−1.アパタイト被覆材料
本発明のアパタイト被覆材料は、セラミックス、高分子化合物、炭素材料、金属、およびこれらの複合材料からなる群より選択される基材、前記基材の上に設けられたアパタイト以外のリン酸塩からなるリン酸塩被膜、および前記リン酸塩被膜の上に設けられたアパタイト被膜を有する。
【0037】
(1)アパタイト被覆材料における基材
アパタイト被覆材料で用いる基材は、セラミックス、高分子化合物、炭素材料、金属、またはこれらの複合材料である。
【0038】
本発明のアパタイト被覆材料において金属とは、周期表における1族(Hを除く)、2〜11族、12族(Hgを除く)、13族(Bを除く)、14族(CとSiとを除く)、15族(NとPとを除く)、または16族(OとSとSeを除く)に属する元素をいう。中でも入手容易であり、優れた機械的特性を有するため、鉄、亜鉛、アルミ、銅、ステンレス鋼、チタン、チタン合金、コバルトクロム合金が好ましい。また、耐食性に優れるという観点からは、リン酸塩を含みpHが5未満である酸性水溶液中にてISO 10271により測定される不動態破壊電位が、同条件で測定される304ステンレス鋼の不動態破壊電位である金属(高耐食性金属)が好ましい。高耐食性金属については「I−1.リン酸塩被覆材料の製造方法」で述べたとおりである。
【0039】
また、アパタイト被覆材料で用いるセラミックス、高分子化合物、炭素材料、および複合材料、ならびに基材の形状も「I−1.リン酸塩被覆材料の製造方法」で述べたとおりである。
【0040】
(2)アパタイト以外のリン酸塩被膜
本発明のアパタイト被覆材料は、基材の上にアパタイト以外のリン酸塩被膜(以下単に「特定リン酸塩被膜」ともいう)を有する。特定リン酸塩被膜を構成するリン酸塩とは、リン酸イオンと金属イオンからなるアパタイト以外の化合物であり、場合によって水和物を含む。このようなリン酸塩を便宜上「特定リン酸塩」と称する。好ましい特定リン酸塩の例には、リン酸亜鉛、リン酸マンガン、リン酸マグネシウム、リン酸カルシウム、リン酸アルミニウム、リン酸鉄、リン酸ニッケル、リン酸銅、リン酸チタン、リン酸銀、リン酸ジルコニウム、リン酸ケイ素、リン酸水素カルシウム、リン酸三カルシウム、リン酸四カルシウム、リン酸マグネシウム、リン酸スズ、リン酸タングステンまたはこれらの組合せが含まれる。特定リン酸塩被膜は、基材と後述するアパタイト被膜との双方に良好な密着性を示すので、被覆材料の最表面におけるアパタイト被膜を安定的に固定する役割を担う。
【0041】
特定リン酸塩被膜の厚みは、この上に設けられるアパタイト被膜を安定的に保持できるという理由から、0.1〜500μmが好ましく、1〜300μmがより好ましい。特定リン酸塩被膜は基材表面の全部または一部を覆っていればよいが、材料の耐久性を考慮すると、全部を覆っていることが好ましい。
【0042】
(3)アパタイト被膜
本発明のアパタイト被覆材料は、特定リン酸塩被膜の上にアパタイト被膜を有する。アパタイトとは、A10(BOで表される無機化合物である。ハイドロキシアパタイトと称されるCa10(PO(OH)が代表組成であるが、本発明のアパタイト被覆材料においてはハイドロキシアパタイトのCa、PO、OHの一部が他の元素等に置換された化合物を含む。すなわち、Aは通常Ca2+であるが、Cd2+、Sr2+、Ba2+、Pb2+、Zn2+、Mg2+、Mn2+、Fe2+、Ra2+、H、H、Na、K、Al3+、Y3+、Ce3+、Nd3+、La3+、またはC4+であってよい。BOは、通常PO3−であるが、CO2−、CrO3−、AsO3−、VO3−、UO3−、SO2−、SiO4−、またはGeO4−であってよい。Xは通常OHであるが、OD、F、Br、BO2−、CO2−、O2−、空隙であってよい。Dとは重水素である。本発明のアパタイト被覆材料を医療用として用いる場合、アパタイトは、ハイドロキシアパタイトと一般的に呼称されるリン酸カルシウム系アパタイトが好ましい。アパタイトは組織親和性や骨伝導性など組織学的機能や、他の物質を吸着する吸着性などの物理的機能を有する。これらの機能を十分に発揮するために、アパタイト被膜の厚みは、0.1〜200μmが好ましく、1〜100μmがより好ましい。アパタイト被膜は基材表面の全部または一部を覆っていればよいが、材料の生体適合性等を考慮すると、全部を覆っていることが好ましい。
【0043】
(4)アパタイト被覆材料の特性
前述のとおり、本発明のアパタイト被覆材料は、基材とアパタイト被膜との双方に対して優れた密着性を示す特定リン酸塩被膜を備える。このため、従来、密着性が十分でないとされた基材とアパタイト被膜を、より強固に一体化させることができる。特定リン酸塩被膜と基材の密着性が良好である理由としては、「I−1.リン酸塩被覆材料の製造方法」で述べたように、基材表面にリン酸塩の結晶が成長して被膜が形成されるので、特定リン酸塩被膜と基材の間にアンカー効果が十分に発現しているためなどと考えられる。特定リン酸塩被膜とアパタイト被膜の密着性が良好である理由は、後述するように特定リン酸塩被膜表面にアパタイトの結晶が成長してアパタイト被膜が形成されるので、同様にアンカー効果が十分に発現するためや特定リン酸塩とアパタイトはいずれもリン酸化合物であるため結晶学的連続性が担保されるためと考えられる。このように密着性が良好な被膜を有するため、本発明のアパタイト被覆材料は、長期にわたって被膜を安定に保持できる。
【0044】
アパタイトは前述のとおり生体適合性に優れる。よって、本発明のアパタイト被覆材料は、医療用、歯科用の生体適合性材料として有用である。また、アパタイトは、塗料や接着剤など一般の工業材料とも良好な密着性を有する。従って、本発明のアパタイト被覆材料は、一般工業材料としても有用である。
【0045】
II−2.アパタイト被覆材料の製造方法
本発明のアパタイト被覆材料は、次に述べる二つの方法で製造されることが好ましい。
(1)第一の製造方法
第一の製造方法は、(a−1)基材と、当該基材の上に設けられたアパタイト以外のリン酸塩であってカルシウムを含むリン酸塩からなる被膜とを有する積層体を準備する準備工程、および(b−1)前記積層体と水またはカルシウム水溶液とを接触させてアパタイト被膜を形成する接触工程を含む。
【0046】
1)工程(a−1)
工程(a−1)の積層体は、公知のパーカー法を適用して、アパタイト以外のリン酸塩であってカルシウムを含むリン酸塩水溶液で腐食性金属を処理することにより準備できる。例えば、室温にて、前記酸性水溶液に腐食性金属の基材を浸漬することにより積層体を調製できる。アパタイト以外のリン酸塩であってカルシウム含有リン酸塩(以下「Ca含有特定リン酸塩」ともいう)とは、例えばリン酸水素カルシウムである。この際の浸漬条件は公知のとおりとしてよい。
【0047】
しかし、基材がセラミック、高分子化合物、炭素材料、前述の高耐腐食性金属、またはこれらの複合材料である場合にはパーカー法が適用できない。よってこの場合は、「I−1.リン酸塩被覆材料の製造方法」で述べた方法により積層体を準備することが好ましい。
このように積層体を準備することで、前述のとおり、Ca含有特定リン酸塩被膜と基材の密着性が良好な積層体が得られる。
【0048】
2)工程(b−1)
本工程では、前記積層体と水またはカルシウム水溶液とを接触させて、アパタイト被膜を形成する。反応を効率よく進めるために、カルシウム水溶液を用いることが好ましい。しかしながら、Ca含有特定リン酸塩被膜の場合は水でも反応は進行する。
カルシウム水溶液はカルシウムがイオンとして存在していればよく、そのカウンターイオンは限定されないが、取扱いの容易性から、カルシウム水溶液は、塩化カルシウム水溶液または酢酸カルシウム水溶液が好ましい。カルシウムイオンの濃度は特に限定されないが、5mmol/L以上が好ましく、50mmol/L以上がより好ましく、1mol/L以上がさらに好ましい。また、飽和濃度のカルシウム水溶液で反応させるために懸濁液を用いてもよい。
【0049】
水のpHは限定されず、また反応の進行と共に変化するが、反応を効率よく進行させるために反応初期の水のpHは4以上であることが好ましく、5以上であることがより好ましく、7以上であることがさらに好ましい。また、カルシウム水溶液の反応初期のpHは11以下が好ましく、10以下がより好ましい。水またはカルシウム水溶液は、pHを適切な範囲に保持するために公知の緩衝液等を含んでいてもよい。
【0050】
積層体と水等との接触方法は限定されず、例えば、水等に積層体を浸漬する、積層体に水等をスプレーする等により行なってよい。
接触条件は、特に限定されないが、室温〜100℃で1時間〜4週間程度行なうことが好ましい。また、反応を促進するためには、「I−1.リン酸塩被覆材料の製造方法」で述べたような水熱処理条件にて、本工程を実施することが好ましい。特に、前述の高耐食性材料を基材とする場合には、100℃を超える温度で水熱処理して工程(a−1)を実施し、Ca含有特定リン酸塩被膜を形成し積層体を得ることが好ましいが、このようにして得たCa含有特定リン酸塩被膜は、100℃以下で形成されたものと比較して水への溶解度が低い。従って、この場合には、本(b−1)工程も水熱条件下で行なうことが好ましい。この際の温度は130℃以上が好ましい。ただし、温度が高すぎると装置が劣化する恐れがあるので、温度は水の亜臨界温度未満である374℃未満が好ましい。
【0051】
本工程でアパタイト被膜が形成される機序は必ずしも十分に解明されていないので、限定されないが、次のように推察される。Ca含有特定リン酸塩被膜を有する積層体を水に浸漬した場合、当該被膜中のCa含有特定リン酸塩はカルシウム水溶液、あるいは水に対して熱力学的に不飽和な状態(Ca含有特定リン酸塩が水に溶解しやすい状態)となる。このため、CaHPOのようなCa含有特定リン酸塩は難溶性ではあるが一部が水に溶解する。よって、積層体のCa含有特定リン酸塩被膜表面の近傍の水中には、リン酸イオン、カルシウムイオンが存在するようになる。Ca含有特定リン酸塩が他の金属を含んでいる場合には当該金属イオンも存在する。
【0052】
その結果、前記被膜表面の近傍はアパタイトに対して過飽和な状態(アパタイトが析出しやすい状態)となる。Ca含有特定リン酸塩とアパタイトとはいずれもリン酸基を含み一部類似した結晶構造を示すので、アパタイトに対して過飽和な状態にあるカルシウムイオンおよびリン酸イオンは被膜表面の特定リン酸塩を核として当該表面に析出する。これにより、被膜表面の近傍におけるリン酸イオン濃度は減少する。この減少を補うために、被膜表面からCa含有特定リン酸塩が水溶液にさらに溶解し、特定Ca含有リン酸塩被膜表面近傍にカルシウムイオンとリン酸イオンが供給される。その結果、アパタイト結晶の析出を促進する。このようにしてCa含有特定リン酸塩被膜の表面にアパタイト被膜が形成される。
【0053】
よって、本工程において、Ca含有特定リン酸塩被膜の近傍の水中には、アパタイト形成に必要なカルシウムイオンとリン酸イオンが必須となる。なお、アパタイト形成には水酸基も必要であるが、水酸基は水溶液中に過剰に存在するため考慮する必要がない。本工程では、Ca含有特定リン酸塩被膜がカルシウムイオンを含むので、積層体と接触させられる水はカルシウムイオンを含んでいる必要はない。もちろん、積層体と接触させられる水がカルシウムを含んでいてもよい。
【0054】
また、アパタイトの溶解度はpHに依存することが知られている。すなわち、アパタイトの溶解度は酸性条件では大きいが、pHの増大とともに小さくなる。従って、当初の水のpHが低いと当該水溶液におけるアパタイトの溶解度が大きいためCa含有特定リン酸塩被膜の近傍がアパタイトに対して十分に過飽和とならず、アパタイトの析出反応が十分に進行しない。よって、前述のとおり、水のpHは4以上であることが好ましく、5以上であることがより好ましく、7以上であることがさらに好ましい。また、積層体とカルシウム水溶液を接触させる場合、カルシウム水溶液のpHが高いと、水酸化カルシウムが形成されてしまいカルシウム濃度が限定的となり、Ca含有特定リン酸塩被膜表面の近傍におけるカルシウム濃度が、アパタイトに対して十分に過飽和とならない。よって、カルシウム水溶液のpHは11以下が好ましく、10以下がより好ましい。
【0055】
(2)第二の製造方法
第二の製造方法は、(a−2)基材と、当該基材の上に設けられたアパタイト以外のリン酸塩であってカルシウムを含まないリン酸塩からなる被膜とを有する積層体を準備する準備工程、および(b−2)前記積層体とカルシウム水溶液とを反応させる接触工程を含む。
【0056】
本製造方法で用いるカルシウムを含まないリン酸塩(「Ca非含有特定リン酸塩」ともいう)とは、アパタイトおよびリン酸のカルシウム塩以外のリン酸塩である。このような塩の具体例は、既に述べたとおりである。また、本製造方法の工程(a−2)および(b−2)は、「第一の製造方法」で述べたとおりに実施すればよい。
【0057】
本製造方法では、積層体のCa非含有特定リン酸塩被膜からはカルシウムイオンが供給されないが、工程(b−2)で用いるカルシウム水溶液から、カルシウムイオンが供給されるので、前記のとおりに反応が進み、Ca非含有特定リン酸塩の表面にアパタイト被膜が形成されると考えられる。
【0058】
(3)第一および第二の製造方法の特徴
本製造方法によれば、基材との接着性が良好であり、回り込み不良による被膜形成不良が低減されたアパタイト被覆材料を製造できる。回り込み不良とは、プラズマスプレー法などの一方向からのコーティング法において発生する被覆ムラが生じる現象である。しかし、本製造方法によれば、基材を水またはカルシウム水溶液と湿式条件下で反応させるので、このような不良を回避できる。また、本製造方法では10000℃の超高温を必要としないので、基材と被膜との接着性が良好なアパタイト被覆材料を製造できる。
【0059】
(4)その他の方法
前記積層体は、特定リン酸を含む練和液と金属塩を含む水硬性粉末を練和して調製された水硬性ペーストを基材の表面に塗布して製造されてもよい。水硬性ペーストとしては、例えばリン酸亜鉛セメントなどの公知のリン酸セメントを用いることができる。この方法によれば、室温にてかつ水溶液を用いずに積層体を調製できる。また、この方法は、メッシュのような開口部を有する材料を基材とした場合でも、開口部を塞ぎつつ基材の上に特定リン酸塩被膜を形成できるので、種々の形状の基材を用いることができる。
【0060】
この方法で得られた積層体の特定リン酸塩層がカルシウムを含む場合は前記(b−1)工程に積層体を供することにより、本発明のアパタイト被覆材料を製造できる。また、特定リン酸塩層がカルシウムを含まない場合は前記(b−2)工程に、積層体を供することにより、本発明のアパタイト被覆材料を製造できる。
【実施例】
【0061】
以下、実施例および比較例を用いて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれに限定されない。実施例Iはリン酸塩被覆材料に、実施例IIはアパタイト被覆材料に関する。
実施例および比較例において形態観察は走査型電子顕微鏡(S−3400N、株式会社日立ハイテクノロジーズ製)を用いて行なった。組成分析はエネルギー分散型X線分析装置(EDX、Genesis XM4、EDAX社製)、結晶構造解析はX線回折装置(New D8 ADVANCE、Bruker社製)を用いて行なった。
【0062】
また、組織親和性の指標となる細胞接着は、αMEM(alpha Modified Eagle Minimum Essential Medium)500mL、牛血清50mL、L−グルタミン10mL、ペニシリンとストレプトマイシン5mLの割合で混合した培地に浸漬した基材に骨芽細胞様細胞株(MC3T3−E1細胞)を播種し、37℃の5%二酸化炭素インキュベーター内で1時間、3時間、あるいは5時間培養し、初期細胞接着数は1時間後および3時間後に測定し、初期細胞接着形態は5時間培養試料について走査型電子顕微鏡にて接着形態を観察し評価した。
【0063】
[実施例I−1]
85wt%リン酸(ナカライテスク株式会社製)と酸化亜鉛(ナカライテスク株式会社製)とを混合し、リン酸濃度が1.16mol/L、亜鉛濃度が0.361mol/Lである、リン酸塩を含む酸性水溶液を調製した。この酸性水溶液のpHは1.7であった。この酸性水溶液とチタン板(商品名 純チタン2種、株式会社神戸製鋼所製)をテフロン(登録商標)内張のボンベ型オートクレーブに入れ、密封し、250℃の恒温槽に6時間保持することによって水熱処理を行った。得られた材料の表面の電子顕微鏡像(図1−1)からチタン板表面の上に被膜が形成されていることがわかった。図1−2に示すように、被膜のEDXスペクトルからは亜鉛、リン、チタンのピークが検出された。図1−3に示すように、X線回折解析により皮膜は結晶性の高いリン酸亜鉛を主成分とする結晶性化合物であることがわかった。このようにしてリン酸塩被覆チタンを製造した。
【0064】
[比較例I−1]
温度を90℃とし処理時間を7日間とした以外は実施例I−1と同様にしてチタン基材を処理した。その結果、チタン基材表面に被膜が形成されないことがわかった。
【0065】
[実施例I−2]
85wt%リン酸と酸化カルシウムとを混合し、リン酸濃度が1.16mol/L、カルシウム濃度が0.361mol/Lあるリン酸塩を含む酸性水溶液を調製した。この酸性水溶液のpHは1.5であった。この酸性水溶液とチタン板をテフロン(登録商標)内張のボンベ型オートクレーブに入れ、密封し、250℃の恒温槽に6時間保持することによって水熱処理を行った。得られた材料の表面の電子顕微鏡像(図1−4)からチタン板表面の上に被膜が形成されていることがわかった。図1−5に示すように、被膜のEDXスペクトルからはカルシウム、リン、チタンのピークが検出された。図1−6に示すようにX線回折解析により被膜は結晶性の高いリン酸水素カルシウムを主成分とする結晶性化合物であることがわかった。図1−7に材料の断面の電子顕微鏡像を示す。図中、1はチタン基材、10はリン酸水素カルシウム被膜である。このようにしてリン酸塩被覆チタンを製造した。
【0066】
[比較例I−2]
温度90℃とし、処理時間を7日間とした以外は実施例I−2と同様にしてチタン基材を処理した。その結果、チタン基材表面に被膜が形成されないことがわかった。
【0067】
[実施例I−3]
85wt%リン酸と酸化マグネシウム(商品名酸化マグネシウム、ナカライテスク株式会社製)とを混合し、リン酸濃度が1.16mol/L、マグネシウム濃度が0.361mol/Lである酸性水溶液を調製した。この酸性水溶液のpHは1.4であった。この酸性水溶液とチタン板をテフロン(登録商標)内張のボンベ型オートクレーブに入れ、密封し、250℃の恒温槽に6時間保持することによって水熱処理を行った。得られた材料の表面の電子顕微鏡像(図1−8)からチタン板表面の上に被膜が形成されていることがわかった。図1−9に示すように被膜のEDXスペクトルからはマグネシウム、リン、チタンのピークが検出された。図1−10のX線回折解析により被膜はリン酸マグネシウムを主成分とする結晶性化合物であることがわかった。このようにしてリン酸塩被覆チタンを製造した。
【0068】
[比較例I−3]
温度90℃とし、処理時間を7日間とした以外は実施例I−3と同様にしてチタン基材を処理した。その結果、チタン基材表面に被膜が形成されないことがわかった。
【0069】
[実施例I−4]
85wt%リン酸と酸化亜鉛と水酸化カルシウム(商品名 水酸化カルシウム、ナカライテスク株式会社製)とを混合し、リン酸濃度が1.16mol/L、亜鉛濃度が0.18mol/L、カルシウム濃度が0.18mol/Lであるリン酸亜鉛カルシウムを含む酸性水溶液を調製した。この酸性水溶液のpHは1.6であった。この酸性水溶液とチタン板とをテフロン(登録商標)内張のボンベ型オートクレーブに入れ、密封し、250℃の恒温槽に6時間保持することによって水熱処理を行った。得られた材料の表面の電子顕微鏡像(図1−11)から、チタン板表面の上に被膜が形成されていることがわかった。図1−12に示すように被膜のEDXスペクトルからは亜鉛、カルシウム、リン、チタンのピークが検出された。図1−13のX線回折解析により被膜はリン酸亜鉛カルシウムを主成分とする結晶性化合物であることがわかった。このようにしてリン酸塩被覆チタンを製造した。
【0070】
[比較例I−4]
温度90℃とし、処理時間を7日間とした以外は実施例I−4と同様にしてチタン基材を処理した。その結果、チタン基材表面に被膜が形成されないことがわかった。
【0071】
[実施例I−5]
85wt%リン酸と濃硝酸(商品名 濃硝酸、ナカライテスク株式会社製)と酸化亜鉛を混合して、リン酸濃度が0.58mol/L、硝酸濃度が0.63mol/L、亜鉛濃度が0.36mol/Lである酸性水溶液を調製した。この酸性水溶液のpHは1.0であった。この酸性水溶液とチタン板をテフロン(登録商標)内張のボンベ型オートクレーブに入れ、密封し、250℃の恒温槽に10時間保持することによって水熱処理を行った。得られた材料の表面の電子顕微鏡像(図1−14)から、チタン板表面の上に被膜が形成されていることがわかった。図1−15に示すように被膜のEDXスペクトルからは亜鉛、リン、チタンのピークが検出された。また、図1−16に示すようにX線回折解析により被膜はリン酸亜鉛を主成分とする結晶性化合物であることがわかった。このようにしてリン酸塩被覆チタンを製造した。
【0072】
この被膜の基材への接着強さはセバスチャン法にて以下のように測定した。本例で得られたリン酸塩被覆チタン(円形、直径14.7mm、チタン基材の厚み1.0mm)にスタッドピンを固定した。スタッドピンとは、円柱状のヘッドと当該ヘッドよりも半径の小さい円柱部材を、円柱の軸が一致するように接合した部材である。スタッドピンのヘッドの天面が接着面であり、本発明では、接着面が直径2.7mmの円形であり、当該面に厚さ50μmのエポキシ樹脂をコーティングしたスタッドピン(商品名 Stud pin、Quad group社製)を用いた。スタッドピンを冷蔵保存していたため、室温で30分間静置して結露を除いた後、使用した。試料と当該試料に接合されたスタッドピンを、さらに専用クリップ(マウントクリップ)で固定したまま、150℃で1時間加熱し、エポキシ樹脂を硬化させた。このようにして引張試験用サンプルを調製した。このサンプルを2kg/秒の速度で接着面の法線方向(円柱の軸方向)に引張り、引張試験を行った。引張試験前の試料の割断面を図1−17、引張試験後の試料の割断面を図1−18に示す。図中、1はチタン基材、11はリン酸亜鉛被膜、20はエポキシ樹脂である。図1−17からチタン基材にリン酸塩被膜が緊密に被覆されていることがわかる。引張試験後の試料の割断面である図1−18によれば、リン酸塩被膜の表面にエポキシ樹脂は観察されず、かつリン酸塩被膜内で破壊された跡が観察された。従って、引張試験によって基材とリン酸塩被膜間では破壊が起こらず、リン酸塩被膜内部で破壊が起こったことが明らかとなった。引張強さは48.3±9.2MPaであったことから、チタン基材とリン酸塩の接着力は48.3±9.2MPaより大きいことがわかった。
【0073】
さらにリン酸塩被覆チタンの組織親和性を評価する目的で骨芽細胞様細胞株(MC3T3−E1細胞)を表面に播種、培養した。培養1時間後の接着細胞数は播種した細胞の69%であり、培養3時間後の接着細胞数は播種した細胞数の85%であった。培養5時間後の走査型電子顕微鏡像を図1−19に示す。細胞がリン酸塩被覆基材に伸展しており、リン酸塩被覆基材は組織親和性に優れることがわかった。
【0074】
[比較例I−5]
温度90℃とし、処理時間を7日間とした以外は実施例I−5と同様にしてチタン基材を処理した。その結果、チタン基材表面に被膜が形成されないことがわかった。
【0075】
[比較例I−6]
無処理のチタン基材表面に骨芽細胞様細胞株であるMC3T3−E1細胞を播種した。培養1時間後の接着細胞数は播種した細胞の38%であり、培養3時間後の接着細胞数は播種した細胞数の66%であった。5時間後の走査型電子顕微鏡像を図1−20に示す。細胞はチタン基材表面で伸展して接着しており、チタン基材が組織親和性に優れることがわかった。しかし、図1−19に示すような実施例I−5で得たリン酸塩被覆チタン基材と比較すると、接着細胞数、細胞の伸展の状態は限定的であることがわかった。従って、本発明で得たリン酸塩被覆基材は、チタンに比較して組織親和性に優れることがわかった。
【0076】
[実施例I−6]
85wt%リン酸と濃硝酸と酸化亜鉛を混合して、リン酸濃度が0.29mol/L、硝酸濃度が0.31mol/L、亜鉛濃度が0.18mol/Lである酸性水溶液を調製したこの酸性水溶液のpHは1.3であった。この酸性水溶液と316Lステンレス鋼板(商品名316Lステンレス鋼板、株式会社神戸製鋼所製)をテフロン(登録商標)内張のボンベ型オートクレーブに入れ、密封し、200℃の恒温槽に88時間保持することによって水熱処理を行った。得られた材料の表面の電子顕微鏡像(図1−21)から、ステンレス鋼表面の上に被膜が形成されていることがわかった。図1−22に示すように被膜のEDXスペクトルからは亜鉛、リン、鉄のピークが検出された。また、図1−23に示すようにX線回折解析により被膜はリン酸亜鉛を主成分とする結晶性化合物であることがわかった。このようにしてリン酸塩被覆316Lステンレス鋼を製造した。
【0077】
[比較例I−7]
温度90℃とし、処理時間を7日間とした以外は実施例I−6と同様にしてステンレス鋼基材を処理した。その結果、ステンレス鋼基材表面に被膜が形成されないことがわかった。
【0078】
[実施例I−7]
316Lステンレス鋼板を400℃で2時間加熱処理した。当該ステンレス鋼板と実施例I−6で調製した酸性水溶液とをテフロン(登録商標)内張のボンベ型オートクレーブに入れ、密封し、200℃の恒温槽に24時間保持することによって水熱処理を行った。得られた材料の表面の電子顕微鏡像(図1−24)から、ステンレス鋼表面の上に被膜が形成されていることがわかった。図1−25に示すように被膜のEDXスペクトルからは亜鉛、リン、鉄のピークが検出された。また、図1−26に示すようにX線回折解析により被膜はリン酸亜鉛を主成分とする結晶性化合物であることがわかった。このようにしてリン酸塩被覆316Lステンレス鋼を製造した。また、ステンレス鋼をあらかじめ加熱処理することによって、被膜をより形成しやすくなることがわかった。
【0079】
図1−27および図1−28に示すとおり、ステンレス鋼を加熱すると、ステンレス鋼の表面の鉄濃度が上昇することが明らかである。図1−28および図1−29は、316Lステンレス鋼板の表面を100℃、300℃、400℃、500℃でそれぞれ1時間加熱した場合における、表面の鉄(Fe2p)およびクロム(Fe2p)のXPSスペクトル(装置名K−Alpha、Thermo Scientific社製)である。これらの結果から、ステンレス鋼を加熱すると、鉄の濃度が上昇し、クロムの濃度が低下することが明らかである。このような作用により、ステンレス鋼をあらかじめ加熱処理すると、被膜をより形成しやすくなると考えられる。
【0080】

[実施例I−8]
実施例I−6で調製した酸性水溶液とアルミナ基材(商品名 SSA−T角板、ニッカトー株式会社製)とをテフロン(登録商標)内張のボンベ型オートクレーブに入れ、密封し、250℃の恒温槽に12時間保持することによって水熱処理を行った。得られた材料の表面の電子顕微鏡像(図1−29)から、アルミナ表面の上に被膜が形成されていることがわかった。図1−30に示すように被膜のEDXスペクトルからはリン、アルミニウムおよび亜鉛のピークが検出された。また、図1−31に示すようにX線回折解析により被膜はリン酸亜鉛を主成分とする結晶性化合物であることがわかった。このようにしてリン酸塩被覆アルミナ基材を製造した。
【0081】
[比較例I−8]
温度90℃とし、処理時間を7日間とした以外は実施例I−8と同様にしてアルミナ基材を処理した。その結果、アルミナ基材表面に被膜が形成されないことがわかった。
【0082】
[実施例I−9]
実施例I−6で調製した酸性水溶液とジルコニア基材(商品名 ZR−8Y、ニッカトー株式会社製)とをテフロン(登録商標)内張のボンベ型オートクレーブに入れ、密封し、250℃の恒温槽に24時間保持することによって水熱処理を行った。得られた材料の表面の電子顕微鏡像(図1−32)から、ジルコニア表面の上に被膜が形成されていることがわかった。図1−33のように被膜のEDXスペクトルからは亜鉛、リン、ジルコニウムのピークが検出された。また、図1−34に示すようにX線回折解析により被膜はリン酸亜鉛を主成分とする結晶性化合物であることがわかった。このようにしてリン酸塩被覆ジルコニア基材を製造した。
【0083】
[比較例I−9]
温度90℃とし、処理時間を7日間とした以外は実施例I−9と同様にしてジルコニア基材を処理した。その結果、ジルコニア基材表面に被膜が形成されないことがわかった。
【0084】
[実施例I−10]
85wt%リン酸と水酸化カルシウムとを混合して、リン酸濃度が1.16mol/L、カルシウム濃度が0.36mol/Lであるリン酸カルシウムを含む酸性水溶液をした。この酸性水溶液のpHは1.5であった。この酸性水溶液とアルミナ基材とをテフロン(登録商標)内張のボンベ型オートクレーブに入れ、密封し、250℃の恒温槽に72時間保持することによって水熱処理を行った。得られた材料の表面の電子顕微鏡像(図1−35)から、アルミナ表面の上に被膜が形成されていることがわかった。図1−36に示すように被膜のEDXスペクトルからはアルミニウム、リン、カルシウムのピークが検出された。また、図1−37に示すようにX線回折解析により被膜はリン酸カルシウムを主成分とする結晶性化合物であることがわかった。このようにしてリン酸塩被覆アルミナ基材を製造した。
【0085】
[比較例I−10]
温度90℃とし、処理時間を7日間とした以外は実施例I−10と同様にしてアルミナ基材を処理した。その結果、アルミナ基材表面に被膜が形成されないことがわかった。
【0086】
[実施例I−11]
85wt%リン酸と水酸化カルシウムとを混合して、リン酸濃度が1.16mol/L、カルシウム濃度が0.36mol/Lである酸性水溶液を調製した。この酸性水溶液のpHは1.5であった。この酸性水溶液とジルコニア基材をテフロン(登録商標)内張のボンベ型オートクレーブに入れ、密封し、250℃の恒温槽に72時間保持することによって水熱処理を行った。得られた材料の表面の電子顕微鏡像(図1−38)から、ジルコニア表面の上に被膜が形成されていることがわかった。図1−39に示すように被膜のEDXスペクトルからはジルコニウム、リン、カルシウムのピークが検出された。図1−40に示すようにX線回折解析により被膜はリン酸カルシウムを主成分とする結晶性化合物であることがわかった。このようにしてリン酸塩被覆ジルコニア基材を製造した。
【0087】
[比較例I−11]
温度90℃とし、処理時間を7日間とした以外は実施例I−11と同様にしてジルコニア基材を処理した。その結果、ジルコニア基材表面に被膜が形成されないことがわかった。
【0088】
[実施例I−12]
85wt%リン酸と濃硝酸と酸化亜鉛とを混合して、リン酸濃度が0.29mol/L、硝酸濃度が0.31mol/L、亜鉛濃度が0.18mol/Lであるリン酸亜鉛処理液を調製した。この酸性水溶液のpHは1.3であった。
【0089】
ポリエチレンテレフタレート基材(商品名 二軸延伸PET、アーバンクラウン株式会社製)を、蒸留水に流通させたオゾンで6時間処理した。なお、オゾンはオゾン発生器(商品名 研究開発用オゾン発生器ED−OG−R4、エコデザイン株式会社製)から電流2A、酸素供給量毎分2Lの条件で発生させた。
【0090】
酸性水溶液とオゾン処理したポリエチレンテレフタレート基材をテフロン(登録商標)内張のボンベ型オートクレーブに入れ、密封し、110℃の恒温槽に12時間保持することによって水熱処理を行った。得られた材料の表面の電子顕微鏡像(図1−41)から、ポリエチレンテレフタレート表面の上に被膜が形成されていることがわかった。図1−42に示すように被膜のEDXスペクトルからはリン、亜鉛のピークが検出された。このようにしてリン酸塩被覆ポリエチレンテレフタレート基材を製造した。
【0091】
[比較例I−12]
温度90℃とし、処理時間を7日間とした以外は実施例I−12と同様にしてポリエチレンテレフタレート基材を処理した。その結果、ポリエチレンテレフタレート基材表面に被膜が形成されないことがわかった。
【0092】
[参考例I−13]
85wt%リン酸と濃硝酸と酸化亜鉛とを混合して、リン酸濃度が0.29mol/L、硝酸濃度が0.31mol/L、亜鉛濃度が0.18mol/Lの酸性水溶液を調製した。この酸性水溶液のpHは1.3であった。この酸性水溶液と軟鉄板(商品名 FE−223552、株式会社ニラコ製)をテフロン(登録商標)内張のボンベ型オートクレーブに入れ、密封し、250℃の恒温槽に6時間保持することによって水熱処理を行った。得られた材料の表面の電子顕微鏡像(図1−43)から、軟鉄表面の上に被膜が形成されていることがわかった。図1−44に示すように被膜のEDXスペクトルからは亜鉛、リン、鉄のピークが検出された。また、図1−45に示すようにX線回折解析により被膜はリン酸亜鉛を主成分とする結晶性化合物であることがわかった。このようにしてリン酸塩被覆軟鉄基材を製造した。
【0093】
[参考例I−14]
温度80℃とし、処理時間を7日間とした以外は参考例I−13と同様にして軟鉄基材を処理した。得られた材料の表面の電子顕微鏡像(図1−46)から、軟鉄鋼表面の上に被膜が形成されていることがわかった。図1−47に示すように被膜のEDXスペクトルからは亜鉛、リン、鉄のピークが検出された。また、図1−48に示すようにX線回折解析により被膜はリン酸亜鉛を主成分とする結晶性化合物であることがわかった。
【0094】
参考例I−13の図1−43と参考例I−14の図1−46を比較すると被覆割合は参考例I−13が圧倒的に多く、参考例I−13の材料は、長期的に緊密な状態を保持できる被膜を有しているといえる。
【0095】
以上、驚くべきことに、リン酸塩を含有する酸性溶液によって基材を水熱処理することによって、従来はリン酸塩処理ができないとされていた耐食性の高い材料や耐食性のない材料に対してもリン酸塩被膜を形成できることが明らかとなった。
【0096】
[実施例II−1]
リン酸(ナカライテスク株式会社製)、酸化亜鉛(ナカライテスク株式会社製)および蒸留水から調製した亜鉛濃度0.36mol/L リン酸濃度1.16mol/Lのリン酸亜鉛水溶液に、軟鉄板(商品名FE−223552、株式会社ニラコ製)を、80℃で6時間浸漬して、軟鉄板の表面をリン酸亜鉛で被覆した。当該リン酸亜鉛被覆軟鉄板を1mol/L塩化カルシウム水溶液に浸漬し、水熱反応容器中200℃で1時間反応させた。
【0097】
製造物の表面SEM像(図2−1)、製造物の表面EDX像(図2−2)、製造物の製造物の表面X線回折パターン(図2−3)などから製造物は軟鉄板、リン酸亜鉛を主成分とする化合物、アパタイトからなる三層構造をしており、アパタイトはリン酸亜鉛を主成分とする化合物を介して軟鉄板と強固に結合していることがわかった。
【0098】
[比較例II−1]
実施例1で製造したリン酸亜鉛被覆軟鉄板を水に浸漬し、水熱反応容器中200℃で1時間反応させた。製造物の割断面SEM像、表面EDX像、表面X線回折パターンなどの解析の結果、リン酸亜鉛被覆軟鉄板表面にはアパタイト被膜が形成されていないことがわかった。
【0099】
[実施例II−2]
リン酸、硝酸(ナカライテスク株式会社製)、酸化亜鉛および蒸留水から調製した亜鉛濃度0.18mol/L、リン酸濃度0.29mol/L、硝酸濃度0.31mol/Lのリン酸硝酸亜鉛水溶液に、316Lステンレス鋼板(商品名 316Lステンレス鋼板、株式会社神戸製鋼所製)を浸漬し、水熱反応容器中200℃で24時間反応させ、ステンレス鋼板の表面をリン酸亜鉛で被覆した。当該リン酸亜鉛被覆ステンレス鋼板を0.5mol/L酢酸カルシウム水溶液に浸漬し、水熱反応容器中200℃で24時間反応させた
製造物の表面SEM像(図2−4)、製造物の表面EDX像(図2−5)、製造物の表面X線回折パターン(図2−6)などから製造物はステンレス鋼板、リン酸亜鉛を主成分とする化合物、アパタイトからなる三層構造をしており、アパタイトはリン酸亜鉛を主成分とする化合物を介してステンレス鋼板と強固に結合していることがわかった。
【0100】
[実施例II−3]
実施例II−2で製造したリン酸亜鉛被覆ステンレス鋼板を1.0mol/L塩化カルシウム水溶液に浸漬し、水熱反応容器中200℃で18時間反応させた。
【0101】
製造物の表面SEM像(図2−7)、製造物の表面EDX像(図2−8)、製造物の表面X線回折パターン(図2−9)などから製造物はステンレス鋼板、リン酸亜鉛を主成分とする化合物、アパタイトからなる三層構造をしており、アパタイトはリン酸亜鉛を主成分とする化合物を介してステンレス鋼板と強固に結合していることがわかった。
【0102】
[比較例II−2]
実施例II−2で製造したリン酸亜鉛被覆ステンレス鋼板を水に浸漬し、水熱反応容器中200℃で24時間反応させた。製造物の表面SEM像、表面EDX像、表面X線回折パターンなどの解析の結果、リン酸亜鉛被覆ステンレス鋼板表面にはアパタイトが形成されないことがわかった。
【0103】
[実施例II−4]
リン酸、硝酸、酸化亜鉛および蒸留水から調製した亜鉛濃度0.18mol/L、リン酸濃度0.29mol/L、硝酸濃度0.31mol/Lのリン酸硝酸亜鉛水溶液に浸漬し、水熱反応容器中250℃で8時間反応させ、ステンレス鋼板の表面をリン酸亜鉛で被覆した。当該リン酸亜鉛被覆ステンレス鋼板を1.0mol/L酢酸カルシウム水溶液に浸漬し、水熱反応容器中250℃で10時間反応させた。
【0104】
製造物の表面SEM像(図2−10)、製造物の表面EDX像(図2−11)、製造物の表面X線回折パターン(図2−12)などから製造物はステンレス鋼板、リン酸亜鉛を主成分とする化合物、アパタイトからなる三層構造をしており、アパタイトはリン酸亜鉛を主成分とする化合物を介してステンレス鋼板と強固に結合していることがわかった。
【0105】
[実施例II−5]
実施例II−4で製造したリン酸亜鉛被覆ステンレス鋼板を1.0mol/L塩化カルシウム水溶液中に浸漬し、水熱反応容器中250℃で4時間反応させた。
【0106】
製造物の表面SEM像(図2−13)、製造物の表面EDX像(図2−14)、製造物の表面X線回折パターン(図2−15)などから製造物はステンレス鋼板、リン酸亜鉛を主成分とする化合物、アパタイトからなる三層構造をしており、アパタイトはリン酸亜鉛を主成分とする化合物を介してステンレス鋼板と強固に結合していることがわかった。
【0107】
[比較例II−3]
実施例II−4で製造したリン酸亜鉛被覆ステンレス鋼板を水に浸漬し、水熱反応容器中250℃で10時間反応させた。製造物の表面SEM像、表面EDX像、表面X線回折パターンなどの解析の結果、リン酸亜鉛被覆ステンレス鋼板表面にはアパタイト被膜が形成されないことがわかった。
【0108】
[実施例II−6]
リン酸、硝酸、酸化亜鉛および蒸留水から調製した亜鉛濃度0.36mol/L、リン酸濃度0.58mol/L、硝酸濃度0.63mol/Lのリン酸硝酸亜鉛水溶液に、チタン板を浸漬し、水熱反応容器中、250℃で10時間反応させ、チタン板の表面をリン酸亜鉛で被覆した。当該リン酸亜鉛被覆チタン板を0.5mol/L塩化カルシウム水溶液に浸漬し、水熱反応容器中150℃で12時間反応させた。
【0109】
製造物の表面SEM像(図2−16)、製造物の表面EDX像(図2−17)、製造物の表面X線回折パターン(図2−18)などから製造物はチタン板、リン酸亜鉛を主成分とする化合物、アパタイトからなる三層構造をしており、アパタイトはリン酸亜鉛を主成分とする化合物を介してチタン板と強固に結合していることがわかった。
【0110】
[実施例II−7]
実施例II−6で製造したリン酸亜鉛被覆チタン板を0.5mol/L酢酸カルシウム水溶液に浸漬し、水熱反応容器中200℃で48時間反応させた。
【0111】
製造物の表面SEM像(図2−19)、製造物の表面EDX像(図2−20)、製造物の表面X線回折パターン(図2−21)などから製造物はチタン板、リン酸亜鉛を主成分とする化合物、アパタイトからなる三層構造をしており、アパタイトはリン酸亜鉛を主成分とする化合物を介してチタン板と強固に結合していることがわかった。
【0112】
[実施例II−8]
実施例II−6で製造したリン酸亜鉛被覆チタン板を0.5mol/L酢酸カルシウム水溶液1mLと0.5mol/L酢酸カルシウム水溶液200mLとの混合カルシウム水溶液に浸漬し、水熱反応容器中200℃で12時間反応させた。
【0113】
製造物の表面SEM像(図2−22)、割断面SEM像(図2−23)、製造物の表面EDX像(図2−24)、製造物の表面X線回折パターン(図2−25)などから製造物はチタン板、リン酸亜鉛を主成分とする化合物、アパタイトからなる三層構造をしており、アパタイトはリン酸亜鉛を主成分とする化合物を介してチタン板と強固に結合していることがわかった。
【0114】
さらにチタン板、リン酸亜鉛を主成分とする化合物、アパタイトからなる三層構造物の組織親和性を評価する目的で骨芽細胞様細胞株(MC3T3−E1細胞)を表面に播種、培養した。培養1時間後の接着細胞数は播種した細胞の92%であり、培養3時間後の接着細胞数は播種した細胞数の94%であった。培養5時間後の走査型電子顕微鏡像を図2−26に示す。細胞がチタン板、リン酸亜鉛を主成分とする化合物、アパタイトからなる三層構造物に伸展しており、チタン板、リン酸亜鉛を主成分とする化合物、アパタイトからなる三層構造物は組織親和性に優れることがわかった。
【0115】
[比較例II−4]
実施例II−6で製造したリン酸亜鉛被覆チタン板を水に浸漬し、水熱反応容器中200℃で48時間反応させた。製造物の表面SEM像、表面EDX像、表面X線回折パターンなどの解析の結果、リン酸亜鉛被覆チタン板表面にはアパタイト被膜が形成されないことがわかった。
【0116】
[実施例II−9]
リン酸、硝酸、酸化カルシウムおよび蒸留水から調製したカルシウム濃度0.36mol/L、リン酸濃度1.16mol/Lのリン酸カルシウム水溶液に浸漬し、水熱反応容器中、250℃で6時間反応させ、チタン板の表面をアパタイトとは異なるリン酸カルシウムに被覆した。当該リン酸カルシウム被覆チタン板を蒸留水に浸漬し、水熱反応容器中200℃で6時間反応させた。
【0117】
製造物の表面SEM像(図2−27)、割断面SEM像(図2−28)製造物の表面EDX像(図2−29)、製造物の表面X線回折パターン(図2−30)などから製造物はチタン板、アパタイトとは異なるリン酸カルシウムを主成分とする化合物、アパタイトからなる三層構造をしており、アパタイトとは異なるリン酸カルシウムを主成分とする化合物を介してチタン板と強固に結合していることがわかった。
【0118】
[実施例II−10]
リン酸、硝酸、酸化亜鉛および蒸留水から調製した亜鉛濃度0.36mol/L、リン酸濃度0.58mol/L、硝酸濃度0.63mol/Lのリン酸硝酸亜鉛水溶液に、ジルコニ板(商品名ZR−8Y、ニッカトー株式会社製)を浸漬し、水熱反応容器中250℃で48時間反応させ、ジルコニア板の表面をリン酸亜鉛で被覆した。当該リン酸亜鉛被覆ジルコニア板を0.5mol/L塩化カルシウム水溶液に浸漬し、水熱反応容器中250℃で24時間反応させた。
【0119】
製造物の表面SEM像(図2−31)、製造物の表面EDX像(図2−32)、製造物の表面X線回折パターン(図2−33)などから製造物はジルコニア板、リン酸亜鉛を主成分とする化合物、アパタイトからなる三層構造をしており、アパタイトはリン酸亜鉛を主成分とする化合物を介してジルコニア板と強固に結合していることがわかった。
【0120】
[比較例II−5]
実施例II−10で製造したリン酸亜鉛被覆ジルコニア板を水に浸漬し、水熱反応容器中250℃で24時間反応させた。製造物の表面SEM像、表面EDX像、表面X線回折パターンなどの解析の結果、リン酸亜鉛被覆ジルコニア板表面にはアパタイト被膜が形成されないことがわかった。
【0121】
[実施例II−11]
リン酸、硝酸、酸化亜鉛および蒸留水から調製した亜鉛濃度0.36mol/L、リン酸濃度0.58mol/L、硝酸濃度0.63mol/Lのリン酸硝酸亜鉛水溶液に、アルミナ板(商品名SSA−T角板、ニッカトー株式会社製)を浸漬し、水熱反応容器中250℃で24時間反応させ、アルミナ板の表面をリン酸亜鉛で被覆した。当該リン酸亜鉛被覆アルミナ板を1.0mol/L塩化カルシウム水溶液に浸漬し、水熱反応容器中250℃で24時間反応させた。
【0122】
製造物の表面SEM像(図2−34)、製造物の表面EDX像(図2−35)、製造物の表面X線回折パターン(図2−36)などから製造物は、アルミナ板、リン酸亜鉛を主成分とする化合物、アパタイトからなる三層構造をしており、アパタイトはリン酸亜鉛を主成分とする化合物を介してアルミナ板と強固に結合していることがわかった。
【0123】
[比較例II−6]
実施例II−11で製造したリン酸亜鉛被覆アルミナ板を水に浸漬し、水熱反応容器中250℃で24時間反応させた。この製造方法は本発明の範囲外の製造方法である。
【0124】
製造物の表面SEM像、表面EDX像、表面X線回折パターンなどの解析の結果、リン酸亜鉛被覆アルミナ板表面にはアパタイト被膜が形成されないことがわかった。
【符号の説明】
【0125】
1 チタン基材
10 リン酸水素カルシウム被膜
11 リン酸亜鉛被膜
20 エポキシ樹脂

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)セラミックス、高分子化合物、炭素材料、リン酸塩を含みpHが5未満である酸性水溶液中にてISO 10271により測定される不動態破壊電位が、同条件において測定される304ステンレス鋼の不動態破壊電位以上である金属、およびこれらの複合材料からなる群より選択される基材と、
(B)リン酸塩を含みpHが5未満である酸性水溶液とを接触させ、
1気圧より高い圧力下で100℃より高い温度に加熱する水熱処理工程を含む、リン酸塩被膜材料の製造方法。
【請求項2】
前記金属が、チタン、チタン合金、ステンレス鋼、またはコバルトクロム合金である、請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記セラミックスが、アルミナまたはジルコニアであり、前記高分子化合物が、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、またはポリアクリル酸誘導体である、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記水熱処理工程の前に、前記基材表面に水酸基を導入する水酸基導入工程をさらに含む請求項1〜3いずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
前記水酸基導入工程が、前記基材をオゾンに暴露することを含む、請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記金属がステンレス鋼であり、前記水熱処理工程の前に、ステンレス鋼を加熱する工程をさらに含む、請求項4に記載の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6に記載の方法で製造された、前記基材の上にリン酸塩被膜を有するリン酸塩被覆材料。
【請求項8】
セラミックス、高分子化合物、炭素材料、金属、およびこれらの複合材料からなる群より選択される基材、
前記基材の上に設けられたアパタイト以外のリン酸塩からなるリン酸塩被膜、および
前記リン酸塩被膜の上に設けられたアパタイト被膜、を有するアパタイト被覆材料。
【請求項9】
前記アパタイト以外のリン酸塩が、リン酸亜鉛、リン酸マンガン、リン酸マグネシウム、アパタイト以外のリン酸カルシウム、リン酸アルミニウム、リン酸鉄、リン酸ニッケル、リン酸銅、リン酸チタン、リン酸銀、リン酸ジルコニウム、リン酸ケイ素、またはこれらの組合せを含むことを特徴とする、請求項8に記載のアパタイト被覆材料。
【請求項10】
前記金属のリン酸塩を含みpHが5未満である酸性水溶液中にてISO 10271により測定される不動態破壊電位が、同条件において測定される304ステンレス鋼の不動態破壊電位以上である、請求項8または9に記載のアパタイト被覆材料。
【請求項11】
前記金属が、チタン、チタン合金、ステンレス鋼、またはコバルトクロム合金である、請求項10に記載のアパタイト被覆材料。
【請求項12】
前記セラミックスが、アルミナまたはジルコニアであり、前記高分子化合物は、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、またはポリアクリル酸誘導体である、請求項8または9のいずれかに記載のアパタイト被覆材料。
【請求項13】
前記基材と、当該基材の上に設けられた、アパタイト以外のリン酸塩であってカルシウムを含むリン酸塩からなる被膜とを有する積層体を準備する準備工程、および
前記積層体と水またはカルシウム水溶液とを接触して、前記積層体表面にアパタイト被膜を形成する接触工程、
を含む、請求項8〜12のいずれかに記載のアパタイト被覆材料の製造方法。
【請求項14】
前記基材が金属であって、リン酸塩を含みpHが5未満である酸性水溶液中にてISO 10271により測定される不動態破壊電位が、同条件において測定される304ステンレス鋼の不動態破壊電位以上である金属であり、
前記準備工程が、前記金属と、カルシウムを含むリン酸塩を含有しpHが5未満である酸性水溶液とを1気圧より高い圧力下で100℃より高い温度に加熱する水熱処理工程を含む、請求項13に記載の製造方法。
【請求項15】
前記基材と、当該基材の上に設けられた、アパタイト以外のリン酸塩であってカルシウムを含まないリン酸塩からなる被膜とを有する積層体を準備する準備工程、および
前記積層体とカルシウム水溶液とを接触して前記積層体表面にアパタイト被膜を形成する接触工程、
を含む、請求項8〜12のいずれかに記載のアパタイト被覆材料の製造方法。
【請求項16】
前記基材が金属であって、リン酸塩を含みpHが5未満である酸性水溶液中にてISO 10271により測定される不動態破壊電位が、同条件において測定される304ステンレス鋼の不動態破壊電位以上である金属であり、
前記準備工程が、前記金属と、カルシウムを含まないリン酸塩を含有しpHが5未満である酸性水溶液とを1気圧より高い圧力下で100℃より高い温度に加熱する水熱処理工程を含む、請求項15に記載の製造方法。

【図1−1】
image rotate

【図1−2】
image rotate

【図1−3】
image rotate

【図1−4】
image rotate

【図1−5】
image rotate

【図1−6】
image rotate

【図1−7】
image rotate

【図1−8】
image rotate

【図1−9】
image rotate

【図1−10】
image rotate

【図1−11】
image rotate

【図1−12】
image rotate

【図1−13】
image rotate

【図1−14】
image rotate

【図1−15】
image rotate

【図1−16】
image rotate

【図1−17】
image rotate

【図1−18】
image rotate

【図1−19】
image rotate

【図1−20】
image rotate

【図1−21】
image rotate

【図1−22】
image rotate

【図1−23】
image rotate

【図1−24】
image rotate

【図1−25】
image rotate

【図1−26】
image rotate

【図1−27】
image rotate

【図1−28】
image rotate

【図1−29】
image rotate

【図1−30】
image rotate

【図1−31】
image rotate

【図1−32】
image rotate

【図1−33】
image rotate

【図1−34】
image rotate

【図1−35】
image rotate

【図1−36】
image rotate

【図1−37】
image rotate

【図1−38】
image rotate

【図1−39】
image rotate

【図1−40】
image rotate

【図1−41】
image rotate

【図1−42】
image rotate

【図1−43】
image rotate

【図1−44】
image rotate

【図1−45】
image rotate

【図1−46】
image rotate

【図1−47】
image rotate

【図1−48】
image rotate

【図2−1】
image rotate

【図2−2】
image rotate

【図2−3】
image rotate

【図2−4】
image rotate

【図2−5】
image rotate

【図2−6】
image rotate

【図2−7】
image rotate

【図2−8】
image rotate

【図2−9】
image rotate

【図2−10】
image rotate

【図2−11】
image rotate

【図2−12】
image rotate

【図2−13】
image rotate

【図2−14】
image rotate

【図2−15】
image rotate

【図2−16】
image rotate

【図2−17】
image rotate

【図2−18】
image rotate

【図2−19】
image rotate

【図2−20】
image rotate

【図2−21】
image rotate

【図2−22】
image rotate

【図2−23】
image rotate

【図2−24】
image rotate

【図2−25】
image rotate

【図2−26】
image rotate

【図2−27】
image rotate

【図2−28】
image rotate

【図2−29】
image rotate

【図2−30】
image rotate

【図2−31】
image rotate

【図2−32】
image rotate

【図2−33】
image rotate

【図2−34】
image rotate

【図2−35】
image rotate

【図2−36】
image rotate


【公開番号】特開2012−95735(P2012−95735A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−244278(P2010−244278)
【出願日】平成22年10月29日(2010.10.29)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】