説明

レーザアブレーション用試料室、レーザアブレーション装置及び試料分析装置

【課題】 試料室等の内壁への微粒子の付着を抑えることができるレーザアブレーション用試料室、レーザアブレーション装置及び試料分析装置を提供すること。
【解決手段】 レーザアブレーション用試料室5は、試料4を収容するための試料室本体5aと、この試料室本体5aの上部に設けられ、試料4に照射されるレーザ光を透過させる窓部5bとを有している。試料室本体5aは導電性材料で形成されている。試料室本体5aは接地電極34と電気的に接続されている。このため、試料室5内に発生した静電気は、試料室5の外部に逃されることになる。これにより、試料室5の内壁への微粒子の静電的な付着が抑えられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体試料の元素分析などに使用されるレーザアブレーション用試料室、レーザアブレーション装置及び試料分析装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来の試料分析装置として、例えば、試料室内に配置された固体試料の表面にレーザ光を照射し固体試料の一部を気化・微粒子化させるレーザアブレーション装置と、試料室にチューブを介して接続され、微粒子化された固体試料をイオン化して質量分析を行うICP−MS装置(高周波誘導結合プラズマ質量分析装置)とを備えたものが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2003−247920号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、上記特許文献1に記載のレーザアブレーション装置では、微粒子化された試料(以下、微粒子という)が試料室及びチューブの内壁に付着し、その後微粒子が徐々に剥離するという、所謂メモリ効果が発生し、その結果として分析精度の低下を引き起こすといった問題があった。
【0004】
このような不具合を解決するためには、微粒子の剥離が完全に安定化するまで待つか、分析毎に装置系内を洗浄して微粒子を除去する必要があった。しかし、試料室等の内壁に付着した微粒子は徐々に剥離していくため、バックグランド強度が十分に低下し安定化するには長時間を要する。また、装置系内の洗浄のために装置を停止するには手間と時間がかかるばかりでなく、洗浄作業を行うと連続分析ができず、分析精度の再現性にも影響を与えてしまう。
【0005】
本発明は、このような課題を解決するために成されたものであり、試料室等の内壁への微粒子の付着を抑えることができるレーザアブレーション用試料室、レーザアブレーション装置及び試料分析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、試料にレーザ光を照射した時に発生した微粒子同士が互いに衝突したり、微粒子が試料室等の内壁と衝突したりすることで摩擦が生じ、この摩擦によって微粒子が帯電し、試料室等の内部に静電気が発生することを見出した。そして、更に検討を重ねた結果、試料室等が絶縁性プラスチックなどといった絶縁性材料から形成されている場合には、試料室等の内部で発生した静電気は微粒子と試料室等の内壁に溜まる一方であることから、試料室等の内壁に微粒子が静電的に付着することが分かった。本発明は、このような知見に基づいてなされたものである。
【0007】
本発明によるレーザアブレーション用試料室は、レーザ光が照射される試料を収容するための試料室本体と、試料室本体に固定され、レーザ光を透過させる窓部と、を有し、試料室本体の内壁部は導電性材料で形成されていることを特徴としている。
【0008】
このようなレーザアブレーション用試料室内に試料を配置した状態で、窓部を介して試料にレーザ光を照射すると、試料の一部から微粒子が生じる。この微粒子が試料室本体の内壁面又は他の微粒子と衝突すると、その時に生じる摩擦によって微粒子は帯電され、試料室内には静電気が発生する。ここで、試料室本体の内壁部は導電性材料で形成されているので、その内壁部を接地すれば、帯電した微粒子が内壁面に接したときに、発生した静電気が試料室本体の内壁部から試料室の外部に逃げるようになる。その結果、試料室本体の内壁への微粒子の静電的な付着を抑えることができる。
【0009】
好ましくは、試料室本体の内壁部は、接地用部材と電気的に接続されている。これにより作業者がいちいち試料室本体の内壁部を接地しなくて済むため、作業者の負担を軽減することができる。
【0010】
また、好ましくは、導電性材料は膜を形成している。これにより、例えば絶縁性プラスチック等といった絶縁性材料からなる既存の試料室本体をそのまま使用しても、内壁部が導電性材料からなる試料室本体を得ることができる。
【0011】
また、本発明によるレーザアブレーション装置は、試料室内に配置される試料にレーザ光を照射して、試料の一部を微粒子化させるレーザアブレーション装置であって、試料室は、試料を収容するための試料室本体と、試料室本体に固定され、レーザ光を透過させる窓部と、を有し、試料室本体の内壁部は、導電性材料で形成されていることを特徴としている。
【0012】
このようなレーザアブレーション装置において、試料室内に試料を配置した状態で、窓部を介して試料にレーザ光を照射すると、試料の一部から微粒子が生じる。この微粒子が試料室本体の内壁面又は他の微粒子と衝突すると、その時に生じる摩擦によって微粒子は帯電され、試料室内には静電気が発生する。ここで、試料室本体の内壁部は導電性材料で形成されているので、その内壁部を接地すれば、帯電した微粒子が内壁面に接したときに、発生した静電気が試料室本体の内壁部から試料室の外部に逃げるようになる。その結果、試料室本体の内壁への微粒子の静電的な付着を抑えることができる。
【0013】
また、本発明の試料分析装置は、試料室内に配置される試料にレーザ光を照射して、試料の一部を微粒子化させるレーザアブレーションユニットと、試料室と接続部を介して接続され、微粒子化された試料を分析する分析ユニットとを備えた試料分析装置であって、試料室は、試料を収容するための試料室本体と、試料室本体に固定され、レーザ光を透過させる窓部と、を有し、試料室本体及び接続部の少なくとも一方の内壁部は、導電性材料で形成されていることを特徴としている。
【0014】
このような試料分析装置において、レーザアブレーションユニットの試料室内に試料を配置した状態で、窓部を介して試料にレーザ光を照射すると、試料の一部から微粒子が生じ、この微粒子が接続部を通って分析ユニットに送られる。このとき、微粒子が試料室本体や接続部の内壁面、又は他の微粒子と衝突すると、その時に生じる摩擦によって微粒子は帯電され、試料室内又は接続部内には静電気が発生する。ここで、試料室本体及び接続部の少なくとも一方の内壁部は導電性材料で形成されているので、その内壁部を接地すれば、帯電した微粒子が内壁面に接したときに、発生した静電気が試料室本体又は接続部の内壁部から試料室又は接続部の外部に逃げるようになる。その結果、試料室本体又は接続部の内壁への微粒子の静電的な付着を抑えることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、試料室等の内壁への微粒子の付着を抑えることができるため、試料の分析精度を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の好適な実施形態について図面を参照しながら説明する。なお、図面の説明において、同一または相当要素には同一の符号を付し、重複する説明は省略する。図1は、本発明に係るレーザアブレーション装置を備えた試料分析装置の一実施形態を示す概略図である。
【0017】
図1に示すように、本実施形態の試料分析装置は、レーザアブレーションICP質量分析装置(以下、LA−ICP−MS装置という)である。LA−ICP−MS装置1は、分析対象の試料にレーザ光を照射して、試料の一部を蒸発(気化)させて微粒子化させるレーザアブレーションユニット(以下、LAユニットという)2と、このLAユニット2において微粒子化された試料をプラズマでイオン化して質量分析を行うICP質量分析ユニット(以下、ICP−MSユニット)3とを備えている。
【0018】
まず、LAユニット2について説明する。LAユニット2は概略、分析対象の試料4が配置される試料室5、Nd−YAGレーザ等のレーザを搭載し所定波長のレーザ光を出射するレーザ光源6、このレーザ光源6で出射されたレーザ光を試料室5内に導くための光学系7、試料室5内の試料4を観察するためのCCDカメラ8を備えている。
【0019】
試料室5は、図2に示すように、箱形状を成している試料室本体5aを有している。この試料室本体5aの内部には、試料4を載置する試料台9が収容されている。試料室本体5aの上部には、レーザ光源6からのレーザ光を透過させる窓部5bが設けられている。試料室本体5a自体は、導電性材料で形成されている。このような導電性材料としては、銅やニッケル等の金属、導電性プラスチック又は導電性ゴムなどが挙げられる。また、ガラスやプラスチック等の絶縁物に、金属や導電性フィラー等をコーティングあるいは練りこんで、導電性を持たせた材料等を用いてもよい。試料室本体5aは、接地電極34と電気的に接続されている。また、窓部5bは、例えば石英ガラス等で形成されている。
【0020】
光学系7は、ミラー10,11,14〜16、レーザ光の波長を半減させる波長変換素子12,13、レンズ17、ビームスプリッタ18を有している。レーザ光源6から出射されたレーザ光は、ミラー10,11で反射された後、波長変換素子12,13で波長が1/4とされる。そして、そのレーザ光は、ミラー14〜16で反射された後、レンズ17を通り、更にビームスプリッタ18で反射され、試料室5内の試料4に照射される。
【0021】
CCDカメラ8は、ビームスプリッタ18を介して試料室5内の試料4を観察できるようになっている。このCCDカメラ8は、試料4表面におけるレーザ光の照射位置を観察する手段として機能する他、試料4までの距離や試料4の形状を測定する手段としても機能する。
【0022】
試料室5には、アルゴンガス等のキャリアガスを試料室5内に導入するための導入管19と、キャリアガスを微粒子化された試料と一緒に試料室5外に導出するための接続管(接続部)20とが接続されている。接続管20は、試料室5とICP−MSユニット3とをつなぐチューブである。接続管20は、試料室本体5aと同様に、導電性材料で形成されている。この導電性材料としては、ICP−MSユニット3との接続性が高くなることから、フレキシブル性を有する導電性プラスチックや導電性ゴム等が好適である。接続管20は、接地電極35と電気的に接続されている。
【0023】
次に、ICP−MSユニット3について説明する。ICP−MSユニット3は、LAユニット2によって微粒子化された試料4をイオン化するイオン化部22と、このイオン化部22でイオン化された試料の質量分析を行う質量分析部23とを備えている。
【0024】
イオン化部22は、試料4をイオン化させるためのプラズマPを形成するプラズマトーチ21と、このプラズマトーチ21の外周に巻回された高周波コイル24とを有している。
【0025】
プラズマトーチ21は、上記の接続管20及び管25、26に接続された例えば3重管構造となっている。そして、プラズマトーチ21には、キャリアガス及び微粒子化された試料4が上記接続管20を介して導入され、プラズマP形成用のプラズマガスが管25を介して導入され、プラズマトーチ21の壁面を冷却するためのクーラントガスが管26を介して導入されるようになっている。なお、プラズマガス及びクーラントガスとしては、例えば、アルゴンガスなどを用いる。
【0026】
高周波コイル24は、プラズマトーチ21の先端側(図示右側)に配置され、図示しない高周波電源に接続されている。この高周波電源によって高周波コイル24に印加電圧が加えられることにより、プラズマトーチ21の先端側の内部にプラズマPが形成される。
【0027】
質量分析部23は筐体27を有し、この筐体27におけるプラズマトーチ21の先端に対向する位置には、イオン導入部28が設けられている。このイオン導入部28は、プラズマトーチ21で生成されたプラズマPからの光やイオンを筐体27内に導入する。
【0028】
筐体27内には、イオン導入部28側(図示左側)に位置する低真空室27aと、その奥(図示右側)に位置する高真空室27bとが設けられている。低真空室27a及び高真空室27bは、それぞれ適宜ポンプ29、30によって真空度が異なるように減圧されている。低真空室27aには、プラズマPからの光とイオンとを分離してイオンのみを通過させるイオンレンズ31が配置されている。高真空室27bには、イオンレンズ31を通過したイオンのうち特定のイオンのみを取り出す質量多重極部32と、この質量多重極部32で取り出されたイオンを検出する検出器33とを有している。
【0029】
このようなLA−ICP−MS装置1では、上述したように、試料室5の窓部5bを介して試料4にレーザ光を照射すると、試料4の一部が気化または微粒子化(微粉化を含む)される。このとき、微粒子化された試料(以下、微粒子という)同士が互いに衝突すると摩擦が生じ、この摩擦によって微粒子が帯電するため、試料室5又は接続管20の内部に静電気が生じる。このとき、試料室5の試料室本体5a及び接続管20が絶縁性材料で形成されていると、静電気は微粒子と試料室本体5a及び接続管20の内壁に溜まる一方であるため、試料室5又は接続管20の内壁に微粒子が静電的に付着・堆積する。この場合には、堆積した微粒子が徐々に剥離するといった、所謂メモリ効果が引き起こされ、その結果として分析精度の低下につながってしまう。
【0030】
これに対し、本実施形態のLA−ICP−MS装置1によれば、試料室5の試料室本体5a及び接続管20が導電性材料から形成されており、しかも試料室本体5a及び接続管20は接地電極34、35とつながっている。このため、試料室本体5a及び接続管20は、接地(アース)されることになるので、試料室5内及び接続管20内に存在する帯電した微粒子が試料室本体5a又は接続管20の内壁に接することで、試料室5及び接続管20の内部に発生した静電気が外部に逃げるようになる。その結果、試料室5及び接続管20の内壁への微粒子の静電的な付着を抑えることができるため、試料の分析精度を向上させることができる。
【0031】
また、試料室本体5a及び接続管20は接地電極34、35とつながっているため、作業者がいちいち試料室本体5a及び接続管20のアースをとる必要がないので、作業者の手間を省くことができる。
【0032】
図3は、本発明に係る試料分析装置の他の実施形態の要部拡大断面図である。図中、上述した実施形態と同一または同等の部材には同じ符号を付し、その説明を省略する。
【0033】
同図において、本実施形態の試料分析装置50は、上記の試料室5に代えて試料室51を有し、上記の接続管20に代えて接続管52を有している。試料室51は、箱形状の試料室本体51aと、この試料室本体51aの上部に設けられた窓部5bとを有している。試料室本体51aは、絶縁性プラスチックで形成されている。試料室本体51aの内壁面には、導電性材料からなる導電膜53が形成されている。ここで用いられる導電性材料は、上述した試料室本体5aと同様である。導電膜53は、例えば蒸着法、スパッタリング法、印刷法などによって形成される。導電膜53は、接地電極34と電気的に接続されている。接続管52は、例えば軟質塩化ビニルからなるタイゴンチューブ(登録商標)である。この接続管52の内壁面には、導電性材料からなる導電膜54が形成されている。この導電膜54の材料及び形成方法は、導電膜53と同様である。導電膜54は、接地電極35と電気的に接続されている。
【0034】
このような本実施形態においても、試料室本体51a及び接続管52の内壁部は導電性材料で形成されることになるので、試料室51及び接続管52の内部に発生した静電気が外部に逃げるようになる。これにより、試料室本体51a及び接続管52の内壁への微粒子の静電的な付着を抑えることができる。
【0035】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。例えば、試料室の試料室本体及び接続管の内壁部を接地電極につなげることなく、作業者自身がアースをとるようにしてももちろん構わない。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明に係るレーザアブレーション装置を備えた試料分析装置の一実施形態を示す概略図である。
【図2】図1に示した試料室を含む部分の拡大断面図である。
【図3】本発明に係るレーザアブレーション装置を備えた試料分析装置の他の実施形態において試料室を含む部分の拡大断面図である。
【符号の説明】
【0037】
1…LA−ICP−MS装置(試料分析装置)、2…レーザアブレーションユニット(レーザアブレーション装置)、3…ICP質量分析ユニット(分析ユニット)、4…試料、5…レーザアブレーション用試料室、5a…試料室本体、5b…窓部、20…接続管(接続部)、34,35…接地電極(接地用部材)、50…LA−ICP−MS装置(試料分析装置)、51…レーザアブレーション用試料室、51a…試料室本体、52…接続管(接続部)、53,54…導電膜。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザ光が照射される試料を収容するための試料室本体と、
前記試料室本体に固定され、前記レーザ光を透過させる窓部と、を有し、
前記試料室本体の内壁部は導電性材料で形成されていることを特徴とするレーザアブレーション用試料室。
【請求項2】
前記試料室本体の内壁部は、接地用部材と電気的に接続されていることを特徴とする請求項1に記載のレーザアブレーション用試料室。
【請求項3】
前記導電性材料は、膜を形成していることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のレーザアブレーション用試料室。
【請求項4】
試料室内に配置される試料にレーザ光を照射して、前記試料の一部を微粒子化させるレーザアブレーション装置であって、
前記試料室は、前記試料を収容するための試料室本体と、前記試料室本体に固定され、前記レーザ光を透過させる窓部と、を有し、
前記試料室本体の内壁部は、導電性材料で形成されていることを特徴とするレーザアブレーション装置。
【請求項5】
試料室内に配置される試料にレーザ光を照射して、前記試料の一部を微粒子化させるレーザアブレーションユニットと、前記試料室と接続部を介して接続され、前記微粒子化された試料を分析する分析ユニットとを備えた試料分析装置であって、
前記試料室は、前記試料を収容するための試料室本体と、前記試料室本体に固定され、前記レーザ光を透過させる窓部と、を有し、
前記試料室本体及び前記接続部の少なくとも一方の内壁部は、導電性材料で形成されていることを特徴とする試料分析装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−184111(P2006−184111A)
【公開日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−377296(P2004−377296)
【出願日】平成16年12月27日(2004.12.27)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】